(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-28
(45)【発行日】2022-12-06
(54)【発明の名称】硬質被覆層が優れた耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20221129BHJP
B23C 5/16 20060101ALI20221129BHJP
B23B 51/00 20060101ALI20221129BHJP
C23C 16/36 20060101ALI20221129BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23C5/16
B23B51/00 J
C23C16/36
(21)【出願番号】P 2018240650
(22)【出願日】2018-12-25
【審査請求日】2021-09-30
(31)【優先権主張番号】P 2018000183
(32)【優先日】2018-01-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【氏名又は名称】影山 秀一
(74)【代理人】
【識別番号】100113826
【氏名又は名称】倉地 保幸
(74)【代理人】
【識別番号】100204526
【氏名又は名称】山田 靖
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【氏名又は名称】木村 孔一
(72)【発明者】
【氏名】柳澤 光亮
(72)【発明者】
【氏名】石垣 卓也
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 賢一
【審査官】増山 慎也
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-030076(JP,A)
【文献】特開2012-187659(JP,A)
【文献】特開2012-143827(JP,A)
【文献】特開2016-137549(JP,A)
【文献】特開2015-163423(JP,A)
【文献】特開2017-080883(JP,A)
【文献】特開平11-323574(JP,A)
【文献】特開昭62-056565(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23C 5/16
B23B 51/00
B23P 15/28
B23D 43/00
C23C 16/34、36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
工具基体の表面に、硬質被覆層が設けられた表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は、平均層厚1.0~20.0μmのTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層を少なくとも含み、
(b)前記複合窒化物層または複合炭窒化物層は、NaCl型の面心立方構造を有する複合窒化物または複合炭窒化物の結晶粒を少なくとも含み、
(c)前記複合窒化物層または複合炭窒化物層は、結晶粒の粒界にポアが存在しており、
ポア面積率が高いTiAlCN層αとポア面積率が低いTiAlCN層βとが交互に3層以上
前記硬質被覆層の厚さ方向に積層された多層構造を含み、
(d)前記TiAlCN層αとTiAlCN層βは、それぞれの平均層厚をL
α、L
βとして、0.1μm≦L
α≦5.0μm、0.1μm≦L
β≦5.0μmを満たし、
(e)前記TiAlCN層αは、
組成式:(Ti
1-XαAl
Xα)(C
YαN
1-Yα)で表した場合、
AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合X
αavgおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合Y
αavg(但し、X
αavg、Y
αavgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦X
αavg≦0.95、0≦Y
αavg≦0.0050を満足し、
(f)前記TiAlCN層βは、
組成式:(Ti
1-XβAl
Xβ)(C
YβN
1-Yβ)で表した場合、
AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合X
βavgおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合Y
βavg(但し、X
βavg、Y
βavgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦X
βavg≦0.95、0≦Y
βavg≦0.005を満足し、
(g)前記TiAlCN層αにおいて、前記ポアが占める平均面積割合Aα
avgと前記ポアの平均孔径Dα
avgおよび前記ポアの最大孔径Dα
maxがそれぞれ、0.20面積%≦Aα
avg≦5.00面積%、4nm≦Dα
avg≦50nm、Dα
max≦200nmを満足し
(h)前記TiAlCN層βにおいて、前記ポアが占める平均面積割合Aβ
avgが、Aβ
avg<0.20面積%と前記ポアの最大孔径Dβ
maxがDβ
max≦100nmを満足する、
ことを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記TiAlCN層α内のNaCl型の面心立方構造を有するTiとAlとの複合窒化物層または複合炭窒化物層の結晶粒の結晶方位を、電子線後方散乱回折装置を用いて縦断面から観察した場合、工具基体表面の法線方向に対する前記結晶粒の結晶面である{100}面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうち、前記法線方向に対して0~45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分して各区分内に存在する度数を集計し傾斜角度数分布を求めたとき
、0~10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に
、0~10度の範囲内に存在する度数の合計が、前記傾斜角度数分布における度数全体の40%以上の割合を占め、
前記TiAlCN層β内のNaCl型の面心立方構造を有するTiとAlとの複合窒化物層または複合炭窒化物層の結晶粒の結晶方位を、電子線後方散乱回折装置を用いて縦断面から観察した場合、工具基体表面の法線方向に対する前記結晶粒の結晶面である{111}面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうち、前記法線方向に対して0~45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分して各区分内に存在する度数を集計し傾斜角度数分布を求めたとき
、0~10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に
、0~10度の範囲内に存在する度数の合計が、前記傾斜角度数分布における度数全体の40%以上の割合を占めることを特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
TiAlCN層αおよびTiAlCN層βを含む前記複合窒化物層または複合炭窒化物層に対し、前記ポアが占める平均面積割合A
totはA
tot≦1.00面積%であることを特徴とする請求項1または2に記載の表面被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱伝導性が低い難削材等に対して高負荷が作用する高速切削加工であっても、硬質被覆層が優れた耐チッピング性・耐欠損性を備えることにより、長期の使用にわたって優れた切削性能を発揮する表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金等の工具基体(以下、これらを総称して工具基体という)の表面に、硬質被覆層として、Ti-Al系の複合炭窒化物層を蒸着法により被覆形成した被覆工具があり、これらは、優れた耐摩耗性を発揮することが知られている。
ただ、前記従来のTi-Al系の複合炭窒化物層を被覆形成した被覆工具は、比較的耐摩耗性に優れるものの、高速切削条件で用いた場合にチッピング等の異常損耗を発生しやすいことから、硬質被覆層の改善についての種々の提案がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1には、TiCN層、Al2O3層を内層として、その上に、化学蒸着法により、立方晶構造あるいは六方晶構造を含む立方晶構造の(Ti1-xAlx)N層(ただし、原子比で、xは0.65~0.90)を外層として被覆するとともに該外層に100~1100MPaの圧縮応力を付与することにより、被覆工具の耐熱性と疲労強度を改善することが記載されている。
【0004】
また、特許文献2には、TiCl4、AlCl3、NH3の混合反応ガス中で、650~900℃の温度範囲において化学蒸着を行うことにより、Alの含有割合xの値が0.65~0.95である(Ti1-xAlx)N層を蒸着形成し、この(Ti1-xAlx)N層の上にさらにAl2O3層を被覆し、これによって断熱効果を高めることが記載されている。
【0005】
特許文献3には、硬質被覆層が、(Ti1-XAlX)(CYN1-Y)で表される複合窒化物層または複合炭窒化物層であって、Alの平均含有割合XおよびCの平均含有割合Yが0.60≦X≦0.95、0≦Y≦0.005を満足し、前記複合窒化物層または複合炭窒化物層を構成する結晶粒の粒界にはポアが存在し、該複合窒化物層または複合炭窒化物層の断面を、走査型電子顕微鏡によって倍率50000倍で1μm×1μmの範囲を観察し、ポアの面積割合とポアの平均孔径を算出したとき、ポアが占める面積割合が1%以上20%未満であるとともにポアの平均孔径が2~50nmである被覆工具が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特表2011-513594号公報
【文献】特表2011-516722号公報
【文献】特開2017-30076号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年の切削加工における省力化および省エネ化の要求は強く、これに伴い、切削加工は一段と高速化、高効率化の傾向にあり、被覆工具には、より一層、耐チッピング性、耐欠損性、耐剥離性等の耐異常損傷性が求められるとともに、長期の使用にわたって優れた耐摩耗性が求められている。
【0008】
しかし、前記特許文献1に記載されている被覆工具は、所定の硬さを有し耐摩耗性には優れるものの、靭性に劣ることから、難削材の高速切削加工等に供した場合には、チッピング、欠損、剥離等の異常損傷が発生しやすく、満足できる切削性能を発揮するとは言えないという課題があった。
【0009】
また、前記特許文献2に記載されている化学蒸着法で蒸着形成した(Ti1-xAlx)N層については、Alの含有割合xを高めることができ、また、立方晶構造を形成させることができることから、所定の硬さを有し耐摩耗性に優れた硬質被覆層が得られるものの、工具基体との密着強度は十分でなく、さらに、靭性に劣るという課題があった。
【0010】
加えて、前記特許文献3に記載されている被覆工具は、所定の面積割合、平均孔径を有するポアが存在することにより、高速断続加工における耐チッピング性、耐欠損性を改善するが、難削材であるインコネル(登録商標、以下、インコネルが登録商標である旨の記載を省略する)等のNi基耐熱合金の高速連続切削加工やステンレス鋼等刃先温度がより高くなるような、より高負荷の高速断続切削加工に供したときには必ずしも十分な耐チッピング性、耐欠損性を発揮するとはいえなかった。
【0011】
そこで、本発明は、難削材であるインコネル等のNi基耐熱合金やステンレス鋼等に対して、高負荷が作用する高速切削加工に供したときであっても、優れた耐チッピング性、耐欠損性を備え、長期の使用にわたって優れた切削性能を発揮する被覆工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、少なくともTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層(以下、複合窒化物層または複合炭窒化物層を「TiAlCN」で示すことがある)を含む硬質被覆層を化学蒸着で蒸着形成した被覆工具を用いた、特に、インコネル等のNi基耐熱合金やステンレス鋼等の熱伝導率の低い等の難削材の切削加工において、切削時の損耗メカニズムの調査を行った結果、被削材の熱伝導率が低いため、切削時の刃先温度が高くなり逃げ面摩耗が進行し、さらに、断続切削に供した場合には熱衝撃にともなう熱応力の発生によってクラックが発生、進展し、短時間で工具寿命に至ることが解り、鋭意研究を重ねた結果、次のような知見を得た。
【0013】
すなわち、TiAlCN層の粒界に沿って所定の大きさの微孔径のポア(微小空孔)を数多く形成した層(ポアの面積率が高い層)と、ポアの数が少ない層(ポアの面積率が低い層)とを交互に積層することによって、前記インコネル等のNi基耐熱合金やステンレス鋼等の難削材について、より高負荷の高速切削加工に供したときであっても、高温での耐摩耗性を維持するとともに、硬質被覆層に作用する機械的応力、あるいは熱衝撃に伴う熱的応力を緩和し、耐チッピング性、耐欠損性が向上するという、新規な知見を得た。
【0014】
本発明は、前記知見に基づいてなされたものであって、
「(1)工具基体の表面に、硬質被覆層が設けられた表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は、平均層厚1.0~20.0μmのTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層を少なくとも含み、
(b)前記複合窒化物層または複合炭窒化物層は、NaCl型の面心立方構造を有する複合窒化物または複合炭窒化物の結晶粒を少なくとも含み、
(c)前記複合窒化物層または複合炭窒化物層は、結晶粒の粒界にポアが存在しており、
ポア面積率が高いTiAlCN層αとポア面積率が低いTiAlCN層βとが交互に3層以上前記硬質被覆層の厚さ方向に積層された多層構造を含み、
(d)前記TiAlCN層αとTiAlCN層βは、それぞれの平均層厚をLα、Lβとして、0.1μm≦Lα≦5.0μm、0.1μm≦Lβ≦5.0μmを満たし、
(e)前記TiAlCN層αは、
組成式:(Ti1-XαAlXα)(CYαN1-Yα)で表した場合、
AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合XαavgおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合Yαavg(但し、Xαavg、Yαavgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦Xαavg≦0.95、0≦Yαavg≦0.0050を満足し、
(f)前記TiAlCN層βは、
組成式:(Ti1-XβAlXβ)(CYβN1-Yβ)で表した場合、
AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合XβavgおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合Yβavg(但し、Xβavg、Yβavgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦Xβavg≦0.95、0≦Yβavg≦0.0050を満足し、
(g)前記TiAlCN層αにおいて、前記ポアが占める平均面積割合Aαavgと前記ポアの平均孔径Dαavgおよび前記ポアの最大孔径Dαmaxがそれぞれ、0.20面積%≦Aαavg≦5.00面積%、4nm≦Dαavg≦50nm、Dαmax≦200nmを満足し
(h)前記TiAlCN層βにおいて、前記ポアが占める平均面積割合Aβavgが、Aβavg<0.20面積%と前記ポアの最大孔径DβmaxがDβmax≦100nmを満足する、
ことを特徴とする表面被覆切削工具。
(2)前記TiAlCN層α内のNaCl型の面心立方構造を有するTiとAlとの複合窒化物層または複合炭窒化物層の結晶粒の結晶方位を、電子線後方散乱回折装置を用いて縦断面から観察した場合、工具基体表面の法線方向に対する前記結晶粒の結晶面である{100}面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうち、前記法線方向に対して0~45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分して各区分内に存在する度数を集計し傾斜角度数分布を求めたとき、0~10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、0~10度の範囲内に存在する度数の合計が、前記傾斜角度数分布における度数全体の40%以上の割合を占め、
前記TiAlCN層β内のNaCl型の面心立方構造を有するTiとAlとの複合窒化物層または複合炭窒化物層の結晶粒の結晶方位を、電子線後方散乱回折装置を用いて縦断面から観察した場合、工具基体表面の法線方向に対する前記結晶粒の結晶面である{111}面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうち、前記法線方向に対して0~45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分して各区分内に存在する度数を集計し傾斜角度数分布を求めたとき、0~10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、0~10度の範囲内に存在する度数の合計が、前記傾斜角度数分布における度数全体の40%以上の割合を占めることを特徴とする(1)に記載の表面被覆切削工具。
(3)TiAlCN層αおよびTiAlCN層βを含む前記複合窒化物層または複合炭窒化物層に対し、前記ポアが占める平均面積割合AtotはAtot≦1.00面積%であることを特徴とする前記(1)または(2)に記載の表面被覆切削工具。」
に特徴を有するものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明は、TiAlCN層の粒界に沿って適正な平均面積割合を有し、平均孔径のポアを多く形成した層と当該ポアが少ない層とを3層以上交互に積層することによって、熱伝導率の低い難削材に対して高負荷が作用する高速切削加工に供したときであっても高温での耐摩耗性を維持するとともに、硬質被覆層にかかる機械的応力、あるいは熱衝撃に伴う熱的応力を緩和し、耐チッピング性、耐欠損性が向上するという、優れた効果を発揮する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明のTiAlCN層の部分拡大図であって、ポアの存在形態を説明する模式図である。
【
図2】TiAlCN層αとTiAlCN層βとの交互積層を下部層の上に設けた一例を示す概略模式図である。
【
図3】TiAlCN層αの傾斜角度数分布の一例である。
【
図4】TiAlCN層βの傾斜角度数分布の一例である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
次に、本発明の被覆工具の硬質被覆層について、より詳細に説明する。
【0018】
硬質被覆層の平均層厚:
本発明の硬質被覆層は、組成式:(Ti1-xiAlxi)(CyiN1-yi)(iはαまたはβ)で表されるTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層を少なくとも含む。このTiAlCN層は、硬さが高く、優れた耐摩耗性を有するが、特に平均層厚が1.0~20.0μmのとき、その効果が際立って発揮される。その理由は、平均層厚が1.0μm未満では、層厚が薄いため長期の使用にわたっての耐摩耗性を十分確保することができず、一方、その平均層厚が20.0μmを超えると、TiAlCN層の結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなるためである。
【0019】
TiAlCN層内のNaCl型の面心立方晶構造を有する結晶粒:
前記TiAlCN層におけるNaCl型の面心立方晶構造を有する結晶粒が存在することが必要であり、その面積割合として60面積%以上であることが好ましい。これにより、高硬度であるNaCl型の面心立方晶構造を有する結晶粒の面積比率が六方晶構造の結晶粒に比べて相対的に高くなり、硬さが向上するという効果を得ることができる。この面積率は、75面積%以上がより好ましい。
【0020】
結晶粒の粒界にポアが存在し、ポア面積率が高いTiAlCN層αとポア面積率が低いTiAlCN層βとが交互に3層以上積層された多層構造:
前記TiAlCN層は、結晶粒の粒界にポアが存在しており、ポア面積率が高いTiAlCN層αとポア面積率が低いTiAlCN層βとが交互に3層以上積層された多層構造である。ここで、TiAlCN層αとTiAlCN層βとが交互に3層以上積層された多層構造とは、TiAlCN層αとTiAlCN層βとが接して交互に積層するものに限らず、TiAlCN層αとTiAlCN層βとの間にこれらTiAlCN層αとTiAlCN層βとは異なる層や組織が存在してもよい。また、TiAlCN層αとTiAlCN層βの積層順序により、耐チッピング性、耐欠損性の向上は変わらない。
ただし、TiAlCN層αとTiAlCN層βの積層構造であっても、これらの層が交互に3層以上積層していないものは、本発明でいう多層構造に含まれない。
【0021】
TiAlCN層αとTiAlCN層βの平均層厚Lα、Lβ:
TiAlCN層αの平均層厚Lα、TiAlCN層βの平均層厚Lβは、それぞれ、0.1μm≦Lα≦5.0μm、0.1μm≦Lβ≦5.0μmを満足することが好ましい。その理由は、LαおよびLβがこの範囲にないと、TiAlCN層αとTiAlCN層βを交互に積層することによる耐チッピング性の向上、耐欠損性の向上が達成できないためである。
【0022】
TiAlCN層αおよびTiAlCN層βの組成:
前記TiAlCN層αは、
組成式:(Ti1-XαAlXα)(CYαN1-Yα)で表した場合、
AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合XαavgおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合Yαavg(但し、Xαavg、Yαavgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦Xαavg≦0.95、0≦Yαavg≦0.0050を満足し、
前記TiAlCN層βは、
組成式:(Ti1-XβAlXβ)(CYβN1-Yβ)で表した場合、
AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合XβavgおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合Yβavg(但し、Xβavg、Yβavgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦Xβavg≦0.95、0≦Yβavg≦0.0050を満足している。
その理由は、各々のAlの平均含有割合が0.60未満であると、TiAlCN層は高温硬さに劣るため、インコネル等のNi基耐熱合金やステンレス鋼等の難削材の高速切削に供した場合には、耐摩耗性が十分でない。一方、Alの平均含有割合が0.95を超えると、硬さに劣る六方晶の析出量が増大し硬さが低下するため、耐摩耗性が低下するためである。
また、TiAlCN層に含まれるCの平均含有割合は前記範囲の微量であるとき、TiAlCN層と工具基体もしくは下部層との密着性が向上し、かつ、潤滑性が向上することによって切削時の摩耗や衝撃を緩和し、結果としてTiAlCN層の耐欠損性および耐チッピング性が向上する。一方、Cの平均含有割合が前記範囲を外れると、TiAlCN層の靭性が低下するため耐欠損性および耐チッピング性が逆に低下するため好ましくない。
【0023】
TiAlCN層に存在するポア:
図1に、本発明のTiAlCN層の部分拡大模式図を示す。
図1に示されるように、本発明のTiAlCN層は、該層の粒界に沿って、所定の平均孔径のポアが形成されており、切削加工時の高負荷によって層中にクラックが発生した場合であっても、このようなポアの存在によって、クラックが粒界に沿って進展することが抑制され、その結果、インコネル等のNi基耐熱合金やステンレス鋼等の難削材の高速切削加工条件においても優れた耐チッピング性を発揮するようになる。
本発明は、このポアの面積率が高い層(TiAlCN層α)と低い層(TiAlCN層β)が交互に3層以上積層していることにより、切削時に硬質被覆層に作用する機械的応力、あるいは熱衝撃に伴う熱的応力を緩和し、耐チッピング性、耐熱亀裂性が向上する。すなわち、ポアの面積率が高い層(TiAlCN層α)によりTiAlCN層に作用する機械的・熱的応力に起因するクラックの発生・進展を抑制し、ポアの面積率が低い層(TiAlCN層β)によりTiAlCN層全体の強度が向上する。ポアの面積率が高い層(TiAlCN層α)は耐熱亀裂性に優れるものの、TiAlCN層全体としてみたときにポアの面積割合が多くなり過ぎると(例えば、TiAlCN層αのみであると)硬質被覆層の強度が損なわれるとともに、硬さが低下し、耐チッピング性が低下する。また、3層積層以上の積層によりクラックの進展抑制の効果が発揮される。その理由はポアの疎密界面に沿ってクラック進展が抑制されるためと推定している。さらに、TiAlCN層の平均ポア率が同じであっても、単純に膜に均一にポアが分散しているときよりも、ポアの面積率の高い層と低い層とが積層されているときの方がクラックの発生・進展を抑制され、TiAlCN層の強度が向上する。
【0024】
TiAlCN層αにおけるポアの平均面積割合(Aαavg)と平均孔径(Dαavg)、最大孔径(Dαmax):
TiAlCN層αにおけるポアの平均面積割合Aαavgは、0.20面積%以上5.00面積%以下とする。その理由は、TiAlCN層αにおけるポアの平均面積割合Aαavgが0.20面積%未満となるとクラックの進展抑制の効果を十分に引き出すことができず、5.00面積%超えるとTiAlCN層全体においてポアによる硬さ、強度の低下が生じ、クラック起点の増加および耐摩耗性の低下による耐チッピング性および耐欠損性の低下を招くためである。
また、TiAlCN層αの粒界に沿って形成されるポアの平均孔径Dαavgは4nm以上50nm以下とする。その理由は、前記ポアの平均孔径Dαavgは、4nm未満であるとクラック進展抑制効果が十分でなく、一方、平均孔径Dαavgが50nmより大きいと、TiAlCN層αの硬さが局所的に低下し、クラックの起点となりやすく、耐チッピング性、耐欠損性が低下するためである。
さらに、TiAlCN層αの粒界に沿って形成されるポアの最大孔径Dαmaxは200nm以下とする。その理由は、ポアの最大孔径Dαmaxが200nmを超えると、同様に強度や硬さが局所的に低下し、クラックの起点となりやすく、耐チッピング性、耐欠損性が低下するためである。
【0025】
TiAlCN層βにおいて、ポアが占める平均面積割合(Aβavg)と最大孔径(Dβmax):
ポアが占める平均面積割合Aβavgは0.20面積%未満とする(0面積%であってもよい)。このように規定する理由は、0.20面積%以上となると、TiAlCN層βの皮膜強度の向上効果が不十分となり、TiAlCN層全体において、耐摩耗性の低下と皮膜の耐塑性変形性低下により、耐チッピング性および耐欠損性の低下を招くからである。
また、ポアの最大孔径Dβmaxが100nmを超えると、TiAlCN層βの同様に強度が局所的に低下し、TiAlCN層全体の強度が担保出来ず、クラックの起点となって、耐チッピング性、耐欠損性が低下する。そのため、TiAlCN層βの粒界に沿って形成されるポアの最大孔径Dβmaxは100nm以下とした(0nmであってもよい)。
【0026】
TiAlCN層αとTiAlCN層βの区別、ポアの平均面積割合、平均孔径、最大孔径および層厚L
α、L
βの算出:
研磨したTiAlCN層の縦断面を倍率50000倍~100000倍の走査型電子顕微鏡あるいは透過型電子顕微鏡で観察し、工具基体表面と水平な100.0μmの長さの直線(間隔線)を100nmごとに引き、該直線の両端をそれぞれ結ぶTiAlCN層の厚さ方向の直線(両端線)を引く。ここで、隣り合う間隔線と両端線により挟まれる長方形の領域それぞれに対して、例えば、アドビ システムズ インコーポレイテッド社のアドビ フォトショップ エレメンツ(登録商標)やその他公知のソフトウェアを用いて、画像処理を行って、ポアとポアでない領域を特定しポアに色をつける(
図2に示された概略模式図を参照)。そして、着色された部分の面積割合を各長方形の領域ごとについて測定してポアの平均面積割合を求め、TiAlCN層αとTiAlCN層βのそれぞれの候補となる領域を決める。次に、この候補となる領域のそれぞれに対して、ポアの平均孔径を算出する。ポアの平均孔径の算出は、ポアと同定された領域の数をカウントし、その総数でポアの総面積を割ることで、ポア1個あたりの平均面積を算出し、その面積を有するような円の直径を算出し、その値をポアの平均孔径とする。
なお、TiAlCN層αの領域の境界にその他の層をまたがって存在するポアについては、TiAlCN層αのポアであるとして処理を行う。また、TiAlCN層βの領域の境界において、TiAlCN層α以外の層に対して境界をまたがって存在するポアについては、TiAlCN層βのポアであるとして処理を行う。TiAlCN層αとTiAlCN層βが隣接し、その境界をまたがって存在するポアについてはTiAlCN層αのポアであるとして処理を行う。
次に、この候補となる領域のそれぞれに対して、ポアの最大孔径を算出する。ポアの最大孔径の算出は、ポアと同定された箇所(領域)の中で最大の面積を有するものについて、その面積を有するような円の直径を算出し、その値をポアの最大孔径Dmaxとする。
最後に、前記各候補となる領域を基にしてTiAlCN層αの領域、TiAlCN層βの領域を画定する。
続いて、TiAlCN層αとTiAlCN層βのそれぞれの平均層厚L
α、L
βは、各層の積層数をカウントし、各層の膜厚の総和を各々の積層数で割り平均した値として算出する。例えば、TiAlCN層αの層厚が、それぞれ、L
α1、L
α2、L
α3のとき、α層の平均層厚L
αはL
α=(L
α1+L
α2+L
α3)/3で表される。
なお、粒界や結晶粒は以下のような方法で判別することが出来る。まず、硬質被覆層の縦断面における、工具基体に平行な方向に幅10μm、縦は層厚(平均層厚)分の観察視野において、高分解能電子線後方散乱回折装置を用いて前記観察視野面内を0.02μm間隔で解析し、観察視野面内の立方晶もしくは六方晶に帰属される測定点を求める。立方晶(NaCl型の面心立方構造)あるいは六方晶に帰属される測定点の中で隣接する測定点(以下、ピクセルという)の間で5度以上の方位差がある場合、あるいは隣接する同一結晶相の測定点がない場合はそこを粒界と定義する。そして、粒界で囲まれた領域で立方晶あるいは六方晶に帰属される測定点を含むものを1つの結晶粒と定義する。ただし、隣接するピクセル全てと5度以上の方位差がある、あるいは、隣接するNaCl型の面心立方構造を有する測定点がないような、単独に存在するピクセルは結晶粒とせず、2ピクセル以上が連結しているものを結晶粒として取り扱う。このようにして、粒界判定を行い、結晶粒を特定する。
【0027】
前述の手順にて区別されたTiAlCN層αおよびTiAlCN層βに対して、そのAlの平均含有割合Xavgを、走査型電子顕微鏡あるいは透過型電子顕微鏡(倍率10000倍あるいは50000倍)のエネルギー分散型X線分光法(EDS)を用いて、前述の各長方形領域に対して面分析を実施した結果の平均値から算出した。
Cの平均含有割合Yavgについては、二次イオン質量分析(SIMS、Secondary-Ion-Mass-Spectrometry)により求めた。
イオンビームを試料表面側から70μm×70μmの範囲に照射し、イオンビームによる面分析とスパッタイオンビームによるエッチングとを交互に繰り返すことにより深さ方向の濃度測定を行った。
ただしCの含有割合には、意図的にガス原料としてCを含むガスを用いなくても含まれる不可避的なCの含有割合を除外している。具体的にはC2H4の供給量を0とした場合のTiAlCN層に含まれるC成分の含有割合(原子比)を不可避的なCの含有割合として求め、C2H4を意図的に供給した場合に得られるTiAlCN層に含まれるC成分の含有割合(原子比)から前記不可避的なCの含有割合を差し引いた値をYavgとして求めた。
【0028】
TiAlCN層αが{100}面の法線方向に配向:
TiAlCN層αについて、NaCl型の面心立方構造のTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層を含む硬質被覆層の工具基体表面に垂直な断面(縦断面)を研磨面とした状態で、電界放出型走査電子顕微鏡の鏡筒内にセットした。前記研磨面(断面研磨面)において、工具基体表面と水平方向に長さ100.0μm、層厚方向L
αμmの領域(L
αはTiAlCN層αの厚さ)を測定範囲とし、この測定範囲の研磨面に70度の入射角度で15kVの加速電圧の電子線を1nAの照射電流で、前記断面研磨面の測定範囲内に存在する立方晶結晶格子を有する結晶粒個々に0.01μm/stepの間隔で照射し、得られた電子線後方散乱回折像に基づき、複合窒化物層または複合炭窒化物層の工具基体表面の法線方向に対する前記結晶粒の結晶面である{100}面の法線がなす傾斜角を測定点毎にそれぞれ測定した。本発明では、前記測定点の傾斜角のうち、前記法線方向に対して0~45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分して各区分内に存在する度数を集計し傾斜角度数分布を求めたとき、前記0~10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記0~10度の範囲内に存在する度数の合計が、前記傾斜角度数分布における度数全体の40%以上の割合を占めるような、{100}面の法線方向に配向していることが望ましい。
この傾斜角度数分布の例として、後述する実施例12の配向を
図3に示す。
なお、傾斜角度数分布を求めるに当たり、理想的なランダム配向の場合、傾斜角度数は工具基体表面の法線方向に対するある結晶面の法線方向がなす傾斜角によらず一定の値になるように規格化している。
【0029】
TiAlCN層βが{111}面の法線方向に配向:
TiAlCN層βについて、NaCl型の面心立方構造のTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層を含む硬質被覆層の工具基体表面に垂直な断面(縦断面)を研磨面とした状態で、電界放出型走査電子顕微鏡の鏡筒内にセットした。前記研磨面(断面研磨面)において、工具基体表面と水平方向に長さ100.0μm、層厚方向L
βμmの領域(L
βはTiAlCN層βの厚さ)を測定範囲とし、この測定範囲の研磨面に70度の入射角度で15kVの加速電圧の電子線を1nAの照射電流で、前記断面研磨面の測定範囲内に存在する立方晶結晶格子を有する結晶粒個々に0.01μm/stepの間隔で照射し、得られた電子線後方散乱回折像に基づき、複合窒化物層または複合炭窒化物層の工具基体表面の法線方向に対する前記結晶粒の結晶面である{111}面の法線がなす傾斜角を測定点毎にそれぞれ測定した。本発明では、前記測定傾斜角のうち、前記法線方向に対して0~45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分して各区分内に存在する度数を集計し傾斜角度数分布を求めたとき、前記0~10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記0~10度の範囲内に存在する度数の合計が、前記傾斜角度数分布における度数全体の40%以上の割合を占めるような、{111}面の法線方向に配向していることが望ましい。
この傾斜角度数分布の例として、後述する実施例9の配向を
図4に示す。
なお、傾斜角度数分布を求めるに当たり、理想的なランダム配向の場合、傾斜角度数は工具基体表面の法線方向に対するある結晶面の法線方向がなす傾斜角によらず一定の値になるように規格化している。
【0030】
このように、TiAlCN層αが{100}面の法線方向に配向し、TiAlCN層βが{111}面の法線方向に配向に配向することにより、本発明のTiAlCN層は、インコネル等のNi基耐熱合金やステンレス鋼等の熱伝導率の低い難削材に対して高負荷が作用する高速切削加工に供したときであっても、高温での耐摩耗性を維持するとともに硬質被覆層にかかる機械的応力、あるいは熱衝撃に伴う熱的応力を緩和し、耐チッピング性、耐熱亀裂性がより一層向上する。これは、TiAlCN層αが{100}面の法線方向へ配向の割合が高いことにより低摩擦係数あるいは、優れた耐溶着性を与え、TiAlCN層βが{111}面の法線方向へ配向の割合が高いことにより高硬度を与えるためと推定している。
【0031】
ポアが占める平均面積割合A
totはA
tot≦1.00面積%:
ポアが占める平均面積割合A
totはA
tot≦1.00面積%であることが望ましい。その理由は、1.00面積%を超える面積割合になると皮膜全体の強度が担保出来ず、耐チッピング性および耐欠損性の低下を招くことがあるためである。
また、ポアが占める平均面積割合A
totは以下の方法により求められる。TiAlCN層αとTiAlCN層βの各々の総膜厚をそれぞれL
αtotとL
βtotと表した場合にそれぞれのポアの平均面積割合Aα
avgとAβ
avgを用いて下記のように算出される。
【数1】
【0032】
その他の層:
本発明は、硬質被覆層として前記TiAlCN層は十分な耐チッピング性、耐摩耗性を有するが、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、0.1~20.0μmの合計平均層厚を有するTi化合物層を含む下部層を工具基体に隣接して設けた場合、および/または、少なくとも酸化アルミニウム層を含む1.0~25.0μmの合計平均層厚で上部層として前記TiAlCN層の上に設けられた場合には、これらの層が奏する効果と相俟って、一層優れた耐摩耗性および熱的安定性を発揮することができる。
ここで、下部層の合計平均層厚が0.1μm未満では、下部層の効果が十分に奏されず、一方、20.0μmを超えると下部層の結晶粒が粗大化しやすくなり、チッピングを発生しやすくなる。また、酸化アルミニウム層を含む上部層の合計平均層厚が1.0μm未満では、上部層の効果が十分に奏されず、一方、25.0μmを超えると上部層の結晶粒が粗大化しやすくなり、チッピングを発生しやすくなる。
【0033】
工具基体:
工具基体は、この種の工具基体として従来公知の基材であれば、本発明の目的を達成することを阻害するものでない限り、いずれのものも使用可能である。一例を挙げるならば、超硬合金(WC基超硬合金、WCの他、Coを含み、あるいはTi、Ta、Nb等の炭窒化物を添加したものも含むもの等)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの等)、高速度鋼、セラミックス(炭化チタン、炭化珪素、窒化珪素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウムなど)、cBN焼結体、またはダイヤモンド焼結体のいずれかであることが好ましい。
【0034】
製造方法:
本発明で規定する成分組成、ポアの面積割合・平均孔径、傾斜角度数分布を備えたTiAlCN層は、以下に示す成膜条件の化学蒸着法によって成膜することができる。なお、本発明のTiAlCN層中に存在するポアの形成は原料ガスの供給量および供給速度によって変化し、ポアの面積割合および平均孔径は、原料ガスの割合および供給周期を変化させることによって、制御することができる。
成膜条件として、以下に一例を挙げる。
1.TiAlCN層α:
反応ガス組成(以下の%はガス群Aとガス群Bの和を100容量%としたときの容量%である):
ガス群A:NH3:4.0~5.0%、H2:60~75%、
ガス群B:AlCl3:0.9~1.2%、TiCl4:0.12~0.60%、
N2:0.0~12.0%、C2H4:0.0~0.5%、H2:残、
反応雰囲気圧力:4.0~5.0kPa、
反応雰囲気温度:700~900℃、
供給周期10.0~30.0秒、
1周期当たりのガス供給時間0.5~2.0秒、
ガス群Aとガス群Bの供給の位相差0.3~1.0秒
2.TiAlCN層β:
反応ガス組成(以下の%はガス群Aとガス群Bの和を100容量%としたときの容量%である):
ガス群A:NH3:1.0~2.5%、H2:60~75%、
ガス群B:AlCl3:0.6~0.9%、TiCl4:0.12~0.40%、
N2:0.0~12.0%、C2H4:0.0~0.5%、H2:残、
反応雰囲気圧力:4.0~5.0kPa、
反応雰囲気温度:700~900℃、
供給周期1.0~5.0秒、
1周期当たりのガス供給時間0.15~0.25秒、
ガス群Aとガス群Bの供給の位相差0.1~0.2秒
【実施例】
【0035】
次に、実施例について説明する。
ここでは、本発明被覆工具の具体例として、工具基体としてWC基超硬合金を用いたインサート切削工具に適用したものについて述べるが、工具基体として、TiCN基サーメット、cBN基超高圧焼結体等を用いた場合であっても同様であるし、ドリル、エンドミルに適用した場合も同様である。
【0036】
原料粉末として、いずれも1~3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr3C2粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370~1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、ISO規格SEEN1203AFSNもしくはISO規格CNMG120412のインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A~Cをそれぞれ製造した。
【0037】
次に、これら工具基体A~Cの表面に、CVD装置を用いて、ポア面積率の高いTiAlCN層αとポア面積率の低いTiAlCN層βとを3層以上積層した層を含む被覆層をCVDにより蒸着形成し、表6に示される本発明被覆工具1~16を得た。
成膜条件は、表2、表3に記載したとおりであるが、概ね、次のとおりである。
1.TiAlCN層α:
反応ガス組成(以下の%は容量%である):
ガス群A:NH3:4.0~5.0%、H2:60~75%、
ガス群B:AlCl3:0.9~1.2%、TiCl4:0.12~0.60%、
N2:0.0~12.0%、C2H4:0.0~0.5%、H2:残、
反応雰囲気圧力:4.0~5.0kPa、
反応雰囲気温度:700~900℃、
供給周期10.0~30.0秒、
1周期当たりのガス供給時間0.5~2.0秒、
ガス群Aとガス群Bの供給の位相差0.3~1.0秒
2.TiAlCN層β:
反応ガス組成(以下の%は容量%である):
ガス群A:NH3:1.0~2.5%、H2:60~75%、
ガス群B:AlCl3:0.6~0.9%、TiCl4:0.12~0.40%、
N2:0.0~12.0%、C2H4:0.0~0.5%、H2:残、
反応雰囲気圧力:4.0~5.0kPa、
反応雰囲気温度:700~900℃、
供給周期1.0~5.0秒、
1周期当たりのガス供給時間0.15~0.25秒、
ガス群Aとガス群Bの供給の位相差0.1~0.2秒
なお、本発明被覆工具1~16は、表4に示される形成条件により、表5に示された下部層および/または上部層を形成した。なお、本発明被覆工具1~16は、全てTiAlCN層αを先に成膜した後、TiAlCN層βを成膜した。
【0038】
また、比較の目的で、工具基体A~Cの表面に、表2、表3に示される条件によりCVDによる成膜を行うことにより、表6に示されるTiAlCN層αを含む硬質被覆層を蒸着形成して比較被覆工具1~16を製造した。なお、比較のためTiAlCN形成記号(条件)A´、B´については積層構造とせずにそれぞれTiAlCN層αまたはTiAlCN層βの単層で蒸着形成した。
なお、比較被覆工具1~16については、表4に示される形成条件により、表5に示された下部層および/または上部層を形成した。なお、比較被覆工具3~8、11~16は、全てTiAlCN層αを先に成膜した後、TiAlCN層βを成膜した。
【0039】
さらに、前記本発明被覆工具1~16および比較被覆工具1~16の硬質被覆層について、工具基体に垂直な方向の断面(縦断面)を、走査型電子顕微鏡(倍率10000倍)を用いて測定し観察視野内の5点の層厚をすべての積層にわたり測定し、平均したものをそれぞれ硬質被覆層全体の平均層厚として求めた。
前述の手順にて区別されたTiAlCN層αおよびTiAlCN層βのAlの平均含有割合Xαavg、Xβavgについて、走査型電子顕微鏡あるいは透過型電子顕微鏡(倍率10000倍あるいは50000倍)のエネルギー分散型X線分光法(EDS)を用い、前述の各長方形領域に対して面分析を実施した結果の平均値から算出した。
Cの平均含有割合Yαavg、Yβavgについては、前記のとおり、二次イオン質量分析(SIMS)により求めた。ただしCの含有割合には、C2H4の供給量を0とした場合のTiAlCN層に含まれるC成分の含有割合(原子比)を不可避的なCの含有割合として求め、C2H4を意図的に供給した場合に得られるTiAlCN層に含まれるC成分の含有割合(原子比)から前記不可避的なCの含有割合を差し引いた値をYavgとして求めた。
加えて、前述した方法を用いて、前述の各長方形領域に対してポアの平均面積割合AαavgおよびAβavg、平均孔径Dαavg、TiAlCN層におけるポアの平均面積割合Atotを求め、さらに、{100}面および{111}面の法線がなすそれぞれの傾斜角度数分布において、傾斜角が0~10度の範囲内に存在する度数の割合を求めた。
これらの結果を表6にまとめた。
なお前記本発明被覆工具1~16はNaCl型の面心立方晶構造を有する結晶粒が面積率で60面積%以上存在することを確認している。
【0040】
【0041】
【0042】
【0043】
【0044】
【0045】
【0046】
続いて、前記本発明被覆工具1~8および比較被覆工具1~8(ISO規格SEEN1203AFSN形状)について、いずれもカッタ径80mmの工具鋼製カッタ先端部に固定治具にてクランプした状態で、以下に示す、マルテンサイト系析出硬化型ステンレス鋼の湿式高速正面フライス、センターカット切削加工試験を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
<切削条件A>
切削試験:湿式高速正面フライス、センターカット切削加工
カッタ径: 80mm
被削材: JIS・SUS630幅60mm、長さ250mmのブロック材
回転速度: 1400min-1
切削速度: 350m/min
切り込み: 1.0mm
一刃送り量: 0.1mm/刃
切削時間: 18分
(通常切削速度は、150~200m/min)
表7に切削試験の結果を示す。なお、比較被覆工具1~8については、切削時間終了前にチッピング発生が原因で寿命に至ったため、寿命に至るまでの時間を示す。
【0047】
【0048】
次に、前記各種の被覆工具(ISO規格CNMG120412形状)をいずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、本発明被覆工具9~16、比較被覆工具9~16について、以下に示す、インコネル718に相当するNi-19Cr-19Fe-3Mo-0.9Ti-0.5Al-5.1(Nb+Ta)合金の乾式高速連続旋削試験を実施し、いずれも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
<切削条件B>
切削試験: 乾式高速連続旋削加工
被削材: Ni-19Cr-19Fe-3Mo-0.9Ti-0.5Al-5.1(Nb+Ta)合金丸棒
切削速度: 100m/min
切り込み: 0.5mm
送り: 0.2mm/rev
切削時間: 10分
(通常切削速度は、60m/min)
結果を表8に示す。なお、比較被覆工具9~16については、切削時間終了前に摩滅し、チッピング発生が原因で寿命に至ったため、寿命に至るまでの時間を示す。
【0049】
【0050】
表7に示される結果から、本発明被覆工具1~8は、いずれも硬質被覆層が優れた耐チッピング性を有しているため、ステンレス鋼等の熱伝導性が低い等の難削材に対して高速切削加工に用いた場合であってもチッピングの発生がなく、長期にわたって優れた耐摩耗性を発揮する。また、表8に示される結果から、本発明被覆工具9~16ではインコネル等のNi基耐熱合金に対して高速連続切削加工に用いた場合であってもチッピングの発生がなく、長期にわたって優れた耐摩耗性を発揮する。これに対して、本発明の被覆工具に規定される事項を一つでも満足していない比較被覆工具1~16は、前記高速切削加工に用いた場合には早期にチッピングが発生し、短時間で使用寿命に至っている。
【産業上の利用可能性】
【0051】
前述のように、本発明の被覆工具は、ステンレス鋼等の難削材に対する高速断続切削加工やインコネル等のNi基耐熱合金の高速連続切削加工等の被覆工具として用いることができ、しかも、長期にわたって優れた耐摩耗性を発揮するから、切削装置の高性能化並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらには低コスト化に十分に満足できる対応ができるものである。