(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-28
(45)【発行日】2022-12-06
(54)【発明の名称】汚染水浄化方法
(51)【国際特許分類】
C02F 1/58 20060101AFI20221129BHJP
B09C 1/08 20060101ALI20221129BHJP
C02F 1/28 20060101ALI20221129BHJP
【FI】
C02F1/58 N
B09C1/08 ZAB
C02F1/28 K
(21)【出願番号】P 2018095694
(22)【出願日】2018-05-17
【審査請求日】2021-04-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000000549
【氏名又は名称】株式会社大林組
(74)【代理人】
【識別番号】110000176
【氏名又は名称】一色国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】緒方 浩基
(72)【発明者】
【氏名】西川 直仁
(72)【発明者】
【氏名】大西 健司
(72)【発明者】
【氏名】大島 義徳
(72)【発明者】
【氏名】日野 良太
【審査官】山崎 直也
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-206694(JP,A)
【文献】特開2006-249319(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2008/0207981(US,A1)
【文献】国際公開第2013/171525(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C02F 1/28
1/58- 1/64
1/70- 1/78
B09B 1/00- 5/00
B09C 1/00- 1/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シアン化合物で汚染された水を、シアン化合物処理剤を備えた浄化設備により浄化する汚染水浄化方法であって、
前記シアン化合物処理剤は、鉄
粉、および乳化植物油を含有し、
前記浄化設備は、土壌に含まれる地下水を浄化するための設備であって、前記地下水が流れる下流側に設けられた、前記シアン化合物処理剤を混合させた浄化壁を有し、
前記浄化壁は、壁中を透過する前記地下水中のシアン化合物を前記シアン化合物処理剤によって吸着除去し、
前記浄化壁とは別に、前記乳化植物油の供給設備を設けることを特徴とする、汚染水浄化方法。
【請求項2】
さらに、前記シアン化合物処理剤は、
前記鉄
粉以外の吸着剤を含有することを特徴とする、請求項1記載の汚染水浄化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、汚染水浄化方法、具体的には、シアン化合物で汚染された汚染水の浄化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
シアン化合物は、土壌対策汚染法においては第二種特定有害物質に分類されるものであり、シアン化カリウム(いわゆる青酸)等を代表とする、非常に毒性の強い化合物である。
【0003】
工場などで発生するシアン化合物は、土壌中の鉄と結合し、シアノ錯体を形成する。シアノ錯体は、土壌中に鉄イオンなどの金属塩があれば、塩沈殿物を形成して不溶化することができる。一方、塩沈殿物に至らずに土壌環境中に残存するシアノ錯体も存在する(非特許文献1参照)。
【0004】
そして、残存したシアノ錯体が土壌から浸み出して地下水を汚染し、汚染された地下水が敷地外に流れ出ることによって、深刻な環境汚染を発生させる結果となる。
【0005】
地下水の汚染を防ぐためには、地下水の下流側に浄化壁を設ける方法や、浄化壁の成分としてキレート剤を使用することによって、シアノ錯体をトラップする方法が知られている。
【0006】
しかしながら、キレート剤は高価である。さらに、地下水中の鉄等の溶存物質によって消費され、あるいは劣化するため、浄化壁におけるシアノ錯体の除去能力が落ちるという課題があった。この場合に、キレート剤を含有する浄化壁を再度施工し直すことが考えられるが、それには、多額のコストがかかるという課題がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】公害防止の技術と法規編集委員会,”五訂 公害防止の技術と法規「水質編」”,(社)産業環境管理協会,平成7年5月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このような課題を踏まえ、高価なキレート剤を用いることなく、かつ、シアノ錯体の除去能力を長く保つことができる、汚染水浄化方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、前述の目的を達成するため、鋭意検討の結果、本発明にかかる浄化方法に想到した。
【0010】
すなわち本発明は、シアン化合物で汚染された水を、シアン化合物処理剤を備えた浄化設備により浄化する汚染水浄化方法であって、前記シアン化合物処理剤は、乳化植物油、および鉄を含有することを特徴とする、汚染水浄化方法である。
【0011】
前記シアン化合物処理剤は、鉄以外の吸着剤を含有することが好ましい。
【0012】
前記浄化設備としては、土壌に含まれる地下水を浄化するための設備であって、前記地下水が流れる下流側に設けられた、前記シアン化合物処理剤を混合させた浄化壁が挙げられる。前記浄化壁は、壁中を透過する前記地下水中のシアン化合物を前記シアン化合物処理剤によって吸着除去するものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明の汚染水浄化方法を用いることによって、高価なキレート剤を用いることなく、かつ、シアノ錯体の除去能力を長く保つことが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の一形態について説明するが、本発明の範囲は、実施例を含めた当該記載に限定されるものではない。
【0016】
<シアン化合物>
本発明の除去対象である汚染物質はシアン化合物である。シアン化合物としては、シアン化水素、シアン化カリウム、シアン化ナトリウム等の有機シアン化合物が挙げられる。また、本発明でいう「シアン化合物」は、シアノ錯体、および、分解によって有機シアン化合物が発生する危険性を有する、金属原子と錯化合物を形成したフェリシアン、フェロシアン化合物といった無機シアン化合物も含むものとする。
【0017】
<シアン化合物処理剤>
シアン化合物処理剤は、シアノ錯体を鉄によって不溶化する機能、および経時によって失われる鉄の不溶化機能を回復させる機能を有することが必要である。また、鉄によって不溶化されたシアノ錯体を吸着するための吸着剤としての機能が必要である。
【0018】
そのような機能を有するシアン化合物処理剤の一例としては、本発明の構成のように、少なくとも鉄および乳化植物油を含有するものが挙げられる。以下、鉄、および乳化植物油について説明する。
【0019】
<鉄>
鉄は、鉄イオンによってシアノ錯体を不溶化するための剤である。
【0020】
鉄は、鉄粉などの単体のみならず、硫酸鉄や硫化鉄などの鉄化合物もその範囲に含む。鉄粉を用いる場合、当該鉄粉は吸着剤としての機能も有する。
【0021】
<乳化植物油>
シアン化合物処理剤は、経時によって、その処理性能が落ちてしまうおそれがある。具体的な理由としては、地下水中の酸素との接触によって、鉄が酸化されて、鉄イオンの供給ができなくなる可能性などが考えられる。
【0022】
そこで、本発明においては、シアン化合物処理剤の処理性能を回復させる還元剤を用いる。還元剤を添加することによって、鉄が存在する領域およびその付近の還元雰囲気を作ることができる。結果、鉄が還元されて、鉄イオンの供給を回復することができる。
【0023】
還元剤としては、長期間その効果を持続させるため、および、安全性や二次汚染防止の点から、乳化植物油を用いる。乳化植物油の中でも、地盤への浸透性の高い、乳化粒子の微細な乳化植物油が好ましい。
【0024】
<吸着剤>
吸着剤とは、鉄によって不溶化されたシアノ錯体を吸着するための剤である。鉄によって不溶化されたシアノ錯体を吸着することにより、シアン化合物の流出による環境汚染を阻止することができる。吸着剤としては、たとえば土系(粘土系)の鉱物が、吸着剤が機能する寿命を延ばす効果が大きい点で好ましいが、シアン化合物の吸着効果を有するものであれば、これらに限られるものではない。なお、先に述べた通り、鉄粉を吸着剤として用いることもできる。
【0025】
<シアン化合物処理剤のその他の組成>
また、本発明のシアン化合物処理剤に関し、乳化植物油、および鉄以外にも、浄化性能を損なわない範囲で、色々な剤を含んでいてもよい。たとえば、通水性を確保するために珪砂を使用できる。その他、鉄粉の吸着効率を向上させたり、鉄粉を分離回収しやすくしたりするための、各種溶媒、添加剤などを使用することができる。
【0026】
<浄化設備>
浄化設備は、シアン化合物によって汚染された汚染水を浄化する設備である。浄化設備の一例としては、汚染された地下水が敷地外に流れ出ることを防ぐための浄化壁が挙げられる。
【0027】
図1に、浄化設備として浄化壁を用いた場合の例を示す。工場敷地内5の地下には、シアン化合物によって汚染された地下水1が存在する。シアン化合物処理剤は、浄化壁を作製する際に内部に混入される。シアン化合物処理剤が混入された浄化壁2は、たとえば工場敷地内5と工場敷地外7との境界に、地下水1の全てが浄化壁2を通過するように、地中を掘削して設置される。地下水1が浄化壁2を通過する際、地下水1中のシアン化合物が浄化壁2によって吸着される。その結果、地下水1からシアン化合物が除去される。したがって、工場敷地外7には、シアン化合物を含まない清浄な地下水3が放出される。
【0028】
また、浄化設備に対するシアン化合物処理剤の供給は、たとえば浄化壁とは別に、乳化植物油の供給設備を設けること等により行うこともできる。供給設備の一例として、地下に設置する注入井戸を挙げる。
図2は、地下に設置された浄化壁12及び注入井戸13を上側から見た図である。
図2の例において、注入井戸13は、浄化壁12に対して、地下水の流れ(矢印11)の上流側に複数設置されている。
図2の井戸13の周りの破線は、注入された乳化植物油が拡散する様子を示したものである。
【0029】
注入井戸13の数や深さは、浄化壁12の幅、距離、深さによって適宜調整することができる。注入井戸13に乳化植物油を注入することにより、注入井戸13から乳化植物油が拡散し、浄化壁12に対して乳化植物油を供給することができる。注入井戸13は単数設けても複数設けても良いが、注入井戸13から拡散される乳化植物油は、たとえば乳化植物油の拡散範囲14で示すように、浄化壁12全てをカバーするものであることが好ましい。その結果、浄化壁12に混入されているシアン化合物処理剤に含まれる鉄の、鉄イオンの供給能力を回復することができる。なお、乳化植物油とともに、たとえば硫酸鉄などの水溶性の鉄を注入することによって、浄化壁12に対して鉄を供給することもできる。
【0030】
上流側に井戸を設けるのではなく、浄化壁12内に注入井戸を立て込んでおいてもよい。この場合、浄化壁12に対して直接乳化植物油を注入することができるため、鉄が存在する領域およびその付近を確実に還元雰囲気にできる。
【実施例】
【0031】
次に、実施例により本発明を説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0032】
<試験方法の概略>
(1)浄化設備として、シアン化合物処理剤が混入された浄化壁を用いたケースを想定した。また、浄化壁を模するものとして、シアン化合物処理剤を充填したカラムを用いた。概略図を
図3に示したので、これに基づいて説明する。
【0033】
(2)カラムは、内径5cm、長さ20cmのシアン化合物処理剤充填層25を有するカラム31、または、内径5cm、長さ90cmのシアン化合物処理剤充填層25を有するカラム33のいずれかを用いる。なお、充填層内のシアン化合物処理剤の流出を防止するため、充填層の両端には、充填層からみて順に、数cm程度のガラスビーズ層26、および栓27を用いて封をした。いずれのカラムを用いるかについては、後述する各実施例において明示する。
【0034】
(3)シアン化合物で汚染された水を摸するものとして、水にフェロシアンカリウム(三水和物)を添加してなるフェロシアン水溶液24を用いた。なお、フェロシアン水溶液24のシアン濃度(全シアン濃度を指す、以下同じ。)は、1mg/Lである。
【0035】
(4)フェロシアン水溶液24は、第1管路21を通じて、定量ポンプ28へと運ばれ、定量ポンプ28から、第2管路22を通じて、浄化壁を模したカラム31または33に通水される。なお、フェロシアン水溶液24の通水速度は、定量ポンプ28によって、0.5~2mL/分に制御される。
【0036】
(5)カラムを通水した後のフェロシアン水溶液24は、第3管路23を通じて、サンプリング容器29へ運ばれる。
【0037】
(6)サンプリング容器29へ運ばれたフェロシアン水溶液24の通水量(以下、単に「通水量」とする)と、サンプリング容器29内にたまった水のシアン濃度およびpHを、約1週間に1度、測定した。なお、シアン濃度の測定は、JIS K0102(工場排水試験方法)の蒸留-ピリジン酸吸光光度法により行った。
【0038】
(判定基準について)
「地下水の水質汚濁に係る環境基準について(環境庁告示)」で定められたシアン環境基準値である0.1mg/L(定量限界値)を上回る直前までの通水量を、「シアン環境基準値を満足できた通水量」とする。なお、カラムを通水した直後のフェロシアン水溶液は、シアン濃度の値が不安定であることから、「シアン環境基準値を満足できた通水量」の判定は、フェロシアン水溶液の通水量が50Lに達した後に行うものとする。なお、上記フェロシアンの水溶液シアン濃度の値が不安定である理由としては、カラムの吸着力が安定しない等の理由が考えられる。
【0039】
(実施例1)
鉄粉56g、乳化植物油(ホイップクリーム状)2.0g、および珪砂560gからなるシアン化合物処理剤を、カラム31に充填した。その後、フェロシアン水溶液をカラム31に通水させ、サンプリング容器29へ運ばれたフェロシアン水溶液24に対して、上記通水量、および濃度測定を行った。
【0040】
(比較例1)
鉄粉56g、珪砂560gを、カラム31に充填した。その後、フェロシアン水溶液をカラム31に通水させ、サンプリング容器29へ運ばれたフェロシアン水溶液24に対して、上記通水量、および濃度測定を行った。
【0041】
実施例2は、乳化植物油と硫酸第一鉄とを、浄化壁へ向けて定期的に注入井戸などから注入する構成を想定したものである。
【0042】
(実施例2)
山砂を充填したカラム33に、乳化植物油(クロロクリンL 株式会社大林組社製)4.2gおよび硫酸第一鉄2.5gを注入した(図示しない)。その後、フェロシアン水溶液をカラム33に通水させ、サンプリング容器29へ運ばれたフェロシアン水溶液24に対して、上記通水量、および濃度測定を行った。
【0043】
(比較例2)
山砂を充填したカラム33に、硫酸第一鉄2.5gを注入した(図示しない)。その後、フェロシアン水溶液をカラム33に通水させ、サンプリング容器29へ運ばれたフェロシアン水溶液24に対して、上記通水量、および濃度測定を行った。
【0044】
<実験結果>
実験結果を
図4-
図7に示す。
図4-
図7のグラフについて、x軸は通水量(L)であり、y軸はシアン濃度(mg/L)である。
【0045】
図4に示した通り、乳化植物油を含有する実施例1は、通水量約150Lで通水を終了したが、通水の終了に至るまで、シアン濃度の上昇がほぼ見られなかった。
【0046】
これに対して、
図5に示した通り、乳化植物油を含有しない比較例1は、通水量30~110Lまでシアン環境基準値を下回ったものの、通水量110Lを超えた段階で、シアン環境基準値を超えた。
【0047】
図6に示した通り、乳化植物油を含有する実施例2は、通水量約55Lを超えるまで、シアン濃度の上昇がほぼ見られなかったが、その後急激にシアン濃度が上昇し、通水量約75Lでシアン環境基準値を超えた。しかしながら、実際は、乳化植物油は、先に述べたような方法で追加注入できるため、シアン吸着性能を保ち続けることができる。
【0048】
これに対して、
図7に示した通り、乳化植物油を含有しない比較例2は、通水量約35Lを超えたあたりから急激にシアン濃度が上昇し、通水量40Lを少し超えた時点でシアン環境基準値を超えた。その後もシアン濃度の上昇は続き、通水量約50Lに達する前に、フェロシアン水溶液34のシアン濃度である1mg/Lとなった。
【符号の説明】
【0049】
1・・・シアン化合物によって汚染された地下水
2・・・浄化壁
3・・・浄化された清浄な地下水
5・・・工場敷地内
7・・・工場敷地外
11・・・地下水の流れ
12・・・浄化壁
13・・・注入井戸
14・・・乳化植物油の拡散範囲
21・・・第1管路
22・・・第2管路
23・・・第3管路
24・・・フェロシアン水溶液
25・・・シアン化合物処理剤充填層
26・・・ガラスビーズ層
27・・・栓
28・・・定量ポンプ
29・・・サンプリング容器
31・・・内径5cm、長さ20cmのシアン化合物処理剤充填層を有するカラム
33・・・内径5cm、長さ90cmのシアン化合物処理剤充填層を有するカラム