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特許7183808オーステナイト系耐熱鋼用溶接材料、溶接金属、溶接構造物、および溶接構造物の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-28
(45)【発行日】2022-12-06
(54)【発明の名称】オーステナイト系耐熱鋼用溶接材料、溶接金属、溶接構造物、および溶接構造物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/30 20060101AFI20221129BHJP
【FI】
B23K35/30 320D
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019006889
(22)【出願日】2019-01-18
(65)【公開番号】P2020116584
(43)【公開日】2020-08-06
【審査請求日】2021-09-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】平田 弘征
(72)【発明者】
【氏名】浄▲徳▼ 佳奈
(72)【発明者】
【氏名】栗原 伸之佑
(72)【発明者】
【氏名】田中 克樹
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-277292(JP,A)
【文献】国際公開第2008/087807(WO,A1)
【文献】特開2015-107500(JP,A)
【文献】特開平11-267881(JP,A)
【文献】特開平08-290290(JP,A)
【文献】特開2009-144203(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.03%~0.10%、
Si:0.15%~0.40%、
Mn:0.8%~2.3%、
P:0%~0.02%、
S:0%~0.003%、
Cu:2.0%~4.0%、
Ni:17.0%~23.0%、
Cr:25.0%~29.0%、
Mo:0.5%~1.5%、
Nb:0.25%~0.75%、
Ta:0.001%~0.100%、
N:0.15%~0.40%、
Al:0%~0.03%、および
O:0%~0.02%を含み、残部がFeおよび不純物からなるオーステナイト系耐熱鋼用溶接材料。
【請求項2】
合金成分としての前記Feの一部に代えて、下記群から選択される少なくとも1種の元素を含有する請求項1に記載のオーステナイト系耐熱鋼用溶接材料。
群 V:0.5%以下、
Ti:0.5%以下、
Co:2%以下、
B:0.02%以下、
Ca:0.02%以下、
Mg:0.02%以下、
REM:0.06%以下
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載のオーステナイト系耐熱鋼用溶接材料を用いて、オーステナイト系耐熱鋼が溶接された溶接金属。
【請求項4】
請求項3に記載の溶接金属を有する溶接構造物。
【請求項5】
請求項1または請求項2に記載のオーステナイト系耐熱鋼用溶接材料を用いて、オーステナイト系耐熱鋼を溶接して溶接構造物を製造する溶接構造物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オーステナイト系耐熱鋼用溶接材料、溶接金属、溶接構造物、および溶接構造物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境負荷軽減の観点から発電用ボイラでは運転条件の高温化および高圧化が世界的規模で進められており、その過熱器管や再熱器管に使用される材料には、より優れた高温強度や耐食性を有することが求められている。
【0003】
このような要求を満たす材料として、高温強度を高めるために、多量の窒素を含有させるとともに、高温での耐食性および耐水蒸気酸化特性を高めるために、20%を超えて、Cr含有量を高めた種々のオーステナイト系耐熱鋼が開示されている。
【0004】
例えば、特許文献1にはNを0.1%~0.35%、Crを22%超30%未満含有させるとともに、金属組織を規定した、高温強度と耐食性に優れるオーステナイト系耐熱鋼が提案されている。また、特許文献2にもNを0.1%~0.35%、Crを22%超30%未満含有させるとともに、不純物元素を規定した、高温強度と耐食性に優れるオーステナイト系耐熱鋼が提案されている。
【0005】
これら高N含有かつ高Cr含有のオーステナイト系耐熱鋼を構造物とする場合、溶接により組み立てるのが一般的である。溶接に際しては、AWS A5.14-2005 ERNiCr-3やERNiCrMo-3等の既存の高Ni含有合金用溶接材料を使用して溶接する場合がある。
【0006】
しかしながら、上記の溶接材料はクリープ強度には優れるものの、高価であることから経済性の観点から好ましくないことがある。さらには、被溶接材料と大きく成分が異なる場合には、十分な耐溶接高温割れ性、具体的には耐凝固割れ性が得られないこともある。
【0007】
そのため、特許文献3には、Crを23%~28%、Nbを0.25%~0.7%、Nを0.15%~0.35%含有させるとともに、P、Sの規制およびMgを0.003~0.02%添加させることにより、高温強度と耐凝固割れ性を両立した高窒素含有オーステナイト系耐熱鋼用溶接材料が提案されている。
【0008】
特許文献4には、Crを23%~28%、Nbを0.01%~0.7%含有し、Nを0.20%~0.40%含有させるとともに0.01%までのBを含有させ、かつS、AlおよびOを規制した、高温強度と溶接作業性を両立した高窒素含有オーステナイト系耐熱鋼用溶接材料が提案されている。
【0009】
特許文献5にも、Crを23%~28%、Nbを0.01%~0.7%含有し、Nを0.20%~0.40%含有させるとともに、必要に応じて1%~4%のCuを含有させ、かつPとSの合計量を0.02%以下に規制して、高温強度と溶接性を両立した高窒素含有オーステナイト系耐熱鋼用溶接材料が提案されている。
【0010】
特許文献6には、Crを15%~25%、Nbを0.15%~1.5%、Wを0.5%~3%、Nを0.1%~0.35%含有させた、高温強度に優れる高窒素含有オーステナイト系耐熱鋼用溶接材料が開示されている。
【0011】
このように、20%を超えるCrを含有する母材を溶接するために、高Cr含有かつ高N含有であり、さらにNbを含有する溶接材料が種々提案されている。
【0012】
また、特許文献7には、フェライト相とオーステナイト相とからなる二相ステンレス鋼材であって、Crを20.0%~28.0%、Nbを0.0005%~0.0500%、Nを0.10%~0.50%、Taを0.01%~0.50%、Niを3.0%~7.0%含有し、ステンレス鋼管とした際に溶接部における耐応力腐食割れ性が向上した二相ステンレス鋼材が開示されている。
【0013】
さらには、特許文献8には、Taを0.25%~0.8%、Niを15%~25%、Crを20%~30%、Nbを0.1%~0.8%、Nを0.10%~0.35%含有し、高温に長期間晒された後に優れた靭性を有するオーステナイト系ステンレス鋼が開示されている。
【0014】
特許文献9には、CとNを合計で0.25%~0.36%、NiとCoを合計で18%~22%、Crを22%~28%、Nbを0.15%~0.4%、Taを0.2%~0.5%含有し、製造時の熱間加工性を向上したオーステナイト系ステンレス鋼が開示されている。
【0015】
また、特許文献10には、Niを15.0%~25.0%、Crを20.0%~30.0%、Nbを0.10%~0.60%、Taを0.20%~1.00%、Nを0.10%~0.30%含有し、かつ、Ta/Nbの比率を0.8~4.0とし、長時間クリープ強度を向上させたオーステナイト系ステンレス鋼が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【文献】特許第4424471号公報
【文献】特許第4946758号公報
【文献】特許第2722893号公報
【文献】特許第2800661号公報
【文献】特開平7-60481号公報
【文献】特許第3329261号公報
【文献】特開2017-95794号公報
【文献】特開2014-88593号公報
【文献】特開2015-98630号公報
【文献】特許第5547825号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
ところで、特許文献3~6に開示されているような溶接材料を用いて、例えばボイラなどの高温で使用される大型溶接構造物を組み立てた場合、確かに十分なクリープ強度や耐食性を有する溶接金属が得られる。しかし、こうした溶接金属では高温での使用開始初期に割れが発生することがあり、特に特定の条件下、例えば、複雑で拘束の強い溶接継手形状を有する場合などでは、高温での使用開始初期において溶接金属の割れが顕著に発生する場合がある。
また、特許文献7に開示されているのはステンレス鋼材であり、溶接材料に用いる点には着目していない。なお、仮にこのステンレス鋼材を溶接材料に転用したとすれば、Taの含有によって高温でのオーステナイト組織の安定性が低下し、高温での使用開始初期において溶接金属の割れが顕著に発生することが考えられる。
さらに、特許文献8~10に開示されているのは、特許文献7と同様にステンレス鋼材であり、溶接材料に用いる点には着目していない。また、仮にこのステンレス鋼材を溶接材料に転用したとすれば、Taを多量に含有するため、早期にTaの析出物が析出し、高温での使用開始初期において溶接金属の割れが発生することが考えられる。
【0018】
本発明は、上記現状に鑑みてなされたもので、高温で使用されるオーステナイト系耐熱鋼の溶接に用いる、高温での使用開始初期の耐割れ性に優れ、かつ高いクリープ強度を有する溶接金属が得られるオーステナイト系耐熱鋼用溶接材料の提供を目的とする。また、本発明は、高温での使用開始初期の耐割れ性に優れ、かつ高いクリープ強度を有する溶接金属、その溶接金属を有する溶接構造物、およびその製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上述の状況を踏まえて検討を重ねた結果、以下の手段により上記課題を解決し得ることを見出した。
<1>
質量%で、
C:0.03%~0.10%、
Si:0.15%~0.40%、
Mn:0.8%~2.3%、
P:0%~0.02%、
S:0%~0.003%、
Cu:2.0%~4.0%、
Ni:17.0%~23.0%、
Cr:25.0%~29.0%、
Mo:0.5%~1.5%、
Nb:0.25%~0.75%、
Ta:0.001%~0.100%、
N:0.15%~0.40%、
Al:0%~0.03%、および
O:0%~0.02%を含み、残部がFeおよび不純物からなるオーステナイト系耐熱鋼用溶接材料。
<2>
合金成分としての前記Feの一部に代えて、下記群から選択される少なくとも1種の元素を含有する<1>に記載のオーステナイト系耐熱鋼用溶接材料。
群 V:0.5%以下、
Ti:0.5%以下、
Co:2%以下、
B:0.02%以下、
Ca:0.02%以下、
Mg:0.02%以下、
REM:0.06%以下
<3>
<1>または<2>に記載のオーステナイト系耐熱鋼用溶接材料を用いて、オーステナイト系耐熱鋼が溶接された溶接金属。
<4>
<3>に記載の溶接金属を有する溶接構造物。
<5>
<1>または<2>に記載のオーステナイト系耐熱鋼用溶接材料を用いて、オーステナイト系耐熱鋼を溶接して溶接構造物を製造する溶接構造物の製造方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、高温で使用されるオーステナイト系耐熱鋼の溶接に用いる、高温での使用開始初期の耐割れ性に優れ、かつ高いクリープ強度を有する溶接金属が得られるオーステナイト系耐熱鋼用溶接材料を提供することができる。また、本発明によれば、高温での使用開始初期の耐割れ性に優れ、かつ高いクリープ強度を有する溶接金属、その溶接金属を有する溶接構造物、およびその製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態に係るオーステナイト系耐熱鋼用溶接材料(以下単に「溶接材料」とも称す)について詳述する。
なお、本明細書中の説明において、各元素の含有量の「%」表示は「質量%」を意味する。
また、本明細書中において、「~」を用いて表される数値範囲は、特に断りの無い限り、「~」の前後に記載される数値を下限値および上限値として含む範囲を意味する。
【0022】
[オーステナイト系耐熱鋼用溶接材料]
本実施形態に係る溶接材料は、質量%で、
C:0.03%~0.10%、
Si:0.15%~0.40%、
Mn:0.8%~2.3%、
P:0%~0.02%、
S:0%~0.003%、
Cu:2.0%~4.0%、
Ni:17.0%~23.0%、
Cr:25.0%~29.0%、
Mo:0.5%~1.5%、
Nb:0.25%~0.75%、
Ta:0.001%~0.100%、
N:0.15%~0.40%、
Al:0%~0.03%、および
O:0%~0.02%を含み、残部がFeおよび不純物からなる。
【0023】
また、本実施形態に係る溶接材料は、合金成分としての前記Feの一部に代えて、下記群から選択される少なくとも1種の元素を含有してもよい。
群 V:0.5%以下、
Ti:0.5%以下、
Co:2%以下、
B:0.02%以下、
Ca:0.02%以下、
Mg:0.02%以下、
REM:0.06%以下
【0024】
本発明者らは、前記した高温での使用初期に溶接金属に生じる割れを克服するために種々検討を行った。その結果、以下に述べる知見が明らかになった。
(a)溶接金属に発生した割れは、溶接金属の柱状晶境界に発生し、破面は延性の乏しい性状を呈しており、Sの濃化が検出された。
(b)柱状晶内にはCrやNbを構成元素とする窒化物または炭窒化物が微細、かつ多量に析出していた。
このことから、溶接金属に発生した割れは、いわゆる応力緩和割れであると考えられる。つまり、高温での使用中にNbを含む窒化物または炭窒化物が微細に析出することに起因して、粒内の変形抵抗が大きくなり、溶接により生じた残留応力が高温で開放する過程において生じるクリープ変形が柱状晶境界に集中し、開口して割れが発生したと考えられた。そして、Sは溶接中、または高温での使用中に柱状晶境界に偏析し、その結合力を低下させるため、S含有量が多くなると割れが発生しやすくなると考えられた。
【0025】
そこで、本発明者らはその防止策について検討した。その結果、25%を超えるCrを含有する溶接材料では、高温でのオーステナイト組織の安定性を低下させることから、従来においては積極的に含有させていなかったTaを0.001%以上含有させるとともに、Sの含有量を0.003%以下に低減することにより、高温での使用初期に溶接金属に生じる割れの発生を抑制できることを明らかにした。
これは、CrやNbを構成元素とする窒化物または炭窒化物中にTaが含まれるようになることで、前記窒化物または炭窒化物の析出が遅延し、使用初期の溶接金属内の残留応力緩和過程における変形抵抗の増大が軽減され、柱状晶境界へのクリープ変形の集中が緩和されるためであると推定される。また、Sの柱状晶境界への偏析の抑制により、結合力の低下が軽減されるためであると推定される。
そして、Taを含有させることによる高温でのオーステナイト組織の安定性の低下は、本実施形態のCr含有量の範囲においては、Niを17.0%以上およびCuを2.0%以上含有させることで軽減できることも併せて明らかとした。
本実施形態は、上記の知見により想到に至ったものである。
【0026】
つまり、本実施形態は、Crを25.0%~29.0%、Niを17.0%~23.0%含有させ、Sの含有量を0.003%以下に規制し、Taを0.001%~0.100%含有させた前記の組成を満たすオーステナイト系耐熱鋼用溶接材料とすることにより、高温での使用開始初期の耐割れ性に優れ、かつ高いクリープ強度を有する溶接金属が得られるとの課題を解決したものである。
なお、高温での使用開始初期における溶接金属の割れの発生が顕著となる特定の条件下、例えば、複雑で拘束の強い溶接継手形状を有する溶接金属とする場合などであっても、本実施形態によれば、高温での使用開始初期の割れが抑制される。
【0027】
ここで、本実施形態における「高温での使用」とは、例えば350℃以上750℃以下(さらには400℃以上700℃以下)の環境で使用される態様が挙げられる。
【0028】
高温で使用される溶接構造物の例としては、例えば石炭火力発電プラント、石油火力発電プラント、ごみ焼却発電プラントおよびバイオマス発電プラント等のボイラ用配管;石油化学プラントにおける分解管;等が挙げられる。
【0029】
本実施形態において、オーステナイト系耐熱鋼用溶接材料の化学組成を限定する理由は次のとおりである。
【0030】
C:0.03%~0.10%
Cは、オーステナイト生成元素であり、高温での溶接金属のオーステナイト組織の安定性を高めるとともに、微細な炭化物を生成してクリープ強度の確保に寄与する。その効果を十分得るためには、0.03%以上含有する必要がある。しかしながら、0.10%を超えて含有する場合には、炭化物が粗大かつ多量に析出し、かえってクリープ強度や高温での耐食性の低下を招く。C含有量の好ましい下限は0.04%以上であり、好ましい上限は0.09%以下である。C含有量のさらに好ましい下限は0.05%以上であり、好ましい上限は0.08%以下である。
【0031】
Si:0.15%~0.40%
Siは、脱酸剤として含有されるが、過剰に含有する場合、溶接時の凝固割れ感受性を増大させる。そのため、Siの含有量は0.40%以下とする必要がある。しかしながら、Si含有量の過度の低減は、脱酸効果が十分に得られず、清浄性が低下し、溶接材料の製造コストの増大を招く。そのため、0.15%以上とする。Si含有量の好ましい下限は0.18%以上であり、好ましい上限は0.38%以下である。Si含有量のさらに好ましい下限は0.20%以上であり、好ましい上限は0.35%以下である。
【0032】
Mn:0.8%~2.3%
Mnは、Siと同様、脱酸剤として含有されるが、溶接中に溶融金属の窒素の活量を下げることにより溶融池表面からの窒素の飛散を抑制し、間接的に引張強さおよびクリープ強度の確保に寄与する。その効果を得るためには、Mnは0.8%以上含有する必要がある。しかしながら、Mnを過剰に含有すると、脆化を招くため、Mnの含有量は2.3%以下とする必要がある。Mn含有量の好ましい下限は1.0%以上であり、好ましい上限は2.0%以下である。Mn含有量のさらに好ましい下限は1.2%以上であり、好ましい上限は1.8%以下である。
【0033】
P:0%~0.02%
Pは、不純物として含まれ、溶接金属の凝固時に最終凝固部に偏析し、その融点を低下させ、凝固割れ感受性を増大させる。そのため、Pの含有量は0.02%以下とする必要がある。Pの含有量は0.015%以下とするのが好ましく、0.010%以下とするのがさらに好ましい。P含有量の下限は特に設ける必要はなく、つまり含有量が0%であってもよいが、極度の低減は溶接材料の製造コストの増大を招くため、好ましい下限は0.0005%以上、さらに好ましい下限は0.001%以上である。
【0034】
S:0%~0.003%
Sは、Pと同様に不純物として含まれ、溶接金属の凝固時に最終凝固部の融点を低下させ、凝固割れ感受性を著しく増大させる。また、これに加え、高温での使用中に柱状晶境界に偏析し、その結合力を低下させ、応力緩和割れを招く。そのため、Sの含有量は0.003%以下とする必要がある。Sの含有量は0.0025%以下とするのが好ましく、0.002%以下とするのがさらに好ましい。P含有量の下限は特に設ける必要はなく、つまり含有量が0%であってもよいが、極度の低減は溶接材料の製造コストの増大を招くため、好ましい下限は0.0002%以上、さらに好ましい下限は0.0005%以上である。
【0035】
Cu:2.0%~4.0%
Cuは、高温での溶接金属のオーステナイト組織の安定性を高め、クリープ強度を向上させるのに有効な元素である。その効果を得るためには、2.0%以上含有する必要がある。しかしながら、4.0%を超えて含有しても、その効果が飽和する。Cu含有量の好ましい下限は2.3%以上であり、好ましい上限は3.8%以下である。Cu含有量のさらに好ましい下限は2.5%以上であり、好ましい上限は3.5%以下である。
【0036】
Ni:17.0%~23.0%
Niは、溶接金属の高温でのオーステナイト組織の安定性を確保し、クリープ強度の向上に有効な元素である。その効果を得るためには、17.0%以上の含有が必要である。しかしながら、Niは高価な元素であるとともに、含有量が過剰であると溶接中の溶融金属の窒素溶解度を低めて、逆にクリープ強度を損なう。そのため、上限を23.0%以下とする。Ni含有量の好ましい下限は18.0%以上であり、好ましい上限は22.0%以下である。Ni含有量のさらに好ましい下限は19.0%以上であり、好ましい上限は21.0%以下である。
【0037】
Cr:25.0%~29.0%
Crは、溶接金属の高温での耐酸化性および耐食性の確保のために含有される。加えて、炭化物または炭窒化物として析出し、クリープ強度にも寄与する。この効果を得るためには、25.0%以上の含有が必要である。しかしながら、Crの含有量が過剰になって29.0%を超えると、溶接金属の高温でのオーステナイト組織の安定性を損ない、かえってクリープ強度の低下を招く。Cr含有量の好ましい下限は25.5%以上であり、好ましい上限は28.5%以下である。Cr含有量のさらに好ましい下限は26.0%以上であり、さらに好ましい上限は28.0%以下である。
【0038】
Mo:0.5%~1.5%
Moは、マトリックスに固溶して溶接金属のクリープ強度の向上に寄与する元素である。この効果を得るためには、0.5%以上の含有が必要である。しかしながら、1.5%を超えて含有させてもその効果は飽和するとともに、溶接金属の高温でのオーステナイト組織の安定性を低下させ、却ってクリープ強度の低下を招く。Mo含有量の好ましい下限は0.6%以上であり、好ましい上限は1.4%以下である。Mo含有量のさらに好ましい下限は0.8%以上であり、さらに好ましい上限は1.2%以下である。
【0039】
Nb:0.25%~0.75%
Nbは、高温での使用中に微細な炭化物、窒化物または炭窒化物として粒内に析出し、溶接金属のクリープ強度の向上に寄与する。その効果を得るためには、0.25%以上の含有が必要である。しかしながら、含有量が過剰になると、効果が飽和するとともに、高温での使用初期に多量に析出し、応力緩和割れを助長する。そのため、Nbの含有量は0.75%以下を上限とする。Nb含有量の好ましい下限は0.30%以上であり、好ましい上限は0.60%以下である。Nb含有量のさらに好ましい下限は0.40%以上であり、好ましい上限は0.50%以下である。
【0040】
Ta:0.001%~0.100
Taは、Nbと同様に高温での使用中に微細な窒化物または炭窒化物として粒内に析出し、溶接金属のクリープ強度の向上に寄与する。また、窒化物または炭窒化物中に固溶することにより、析出開始を遅延させ、応力緩和割れを軽減する効果を有する。前記効果を得るためには、0.001%以上の含有が必要である。しかしながら、含有量が過剰になると、早期にTa主体の炭化物が多量に析出し、却って応力緩和割れ感受性を高める。そのため、0.100%以下を上限とする。Ta含有量の好ましい下限は0.002%以上であり、好ましい上限は0.06%以下である。Ta含有量のさらに好ましい下限は0.005%以上であり、好ましい上限は0.04%以下である。
【0041】
N:0.15%~0.40%
Nは、高温での溶接金属のオーステナイト組織の安定性を高めるとともに、マトリックスに固溶、または窒化物として粒内に微細に析出し、クリープ強度の向上に大きく寄与する。この効果を得るためには、0.15%以上含有する必要がある。しかしながら、0.40%を超えて含有する場合、高温での使用初期に多量の窒化物を析出し、応力緩和割れ感受性の増大を招くとともに、クリープ延性も低下する。N含有量の好ましい下限は0.18%以上であり、好ましい上限は0.38%以下である。N含有量のさらに好ましい下限は0.20%以上であり、好ましい上限は0.35%以下である。
【0042】
Al:0%~0.03%
Alは、脱酸剤として含有されるが、多量に含有すると清浄性を著しく害し、溶接材料の加工性および溶接金属の延性を低下させる。そのため、Alの含有量の上限は0.03%以下とする必要がある。Alの含有量は0.025%以下とするのが好ましく、0.02%以下とするのがさらに好ましい。Al含有量の下限は特に設ける必要はなく、つまり含有量が0%であってもよいが、極度の低減は溶接材料の製造コストの増大を招くため、好ましくは0.0005%以上、さらに好ましくは0.001%以上である。
【0043】
O:0%~0.02%
Oは、不純物として含有するが、多量に含まれる場合には、溶接材料の加工性および溶接金属の延性を低下させる。そのため、Oの含有量は0.02%以下とする。Oの含有量は0.015%以下とするのが好ましく、0.01%以下とするのがさらに好ましい。O含有量の下限は特に設ける必要はなく、つまり含有量が0%であってもよいが、極度の低減は溶接材料の製造コストの増大を招くため、好ましくは0.0005%以上、さらに好ましくは0.001%以上である。
【0044】
上記に加え、本実施形態のオーステナイト系耐熱鋼用溶接材料は、合金成分としてのFeの一部に代えて、下記の群(第1群から第3群)の中の少なくとも1つの群に属する少なくとも1種の元素を含有してもよい。下記にその限定理由を述べる。
【0045】
第1群 V:0.5%以下、Ti:0.5%以下
V:0.5%以下
Vは、炭素または窒素と結合して微細な炭化物、窒化物または炭窒化物を形成し、クリープ強度に寄与するため必要に応じて含有してもよい。しかしながら、過剰に含有すると多量に析出し、応力緩和割れ感受性の増大を招くため、0.5%以下とする必要がある。好ましくは0.45%以下、さらに好ましくは、0.4%以下である。尚、含有する場合の好ましい下限は0.01%以上、さらに好ましい下限は0.02%以上である。
【0046】
Ti:0.5%以下
Tiは、Vと同様に微細な炭化物、窒化物または炭窒化物として粒内に析出し、高温でのクリープ強度に寄与するため必要に応じて含有してもよい。しかしながら、過剰に含有すると多量に析出し、応力緩和割れ感受性の増大を招くため、0.5%以下とする必要がある。好ましくは0.45%以下、さらに好ましくは、0.4%以下である。尚、含有する場合の好ましい下限は0.01%以上、さらに好ましい下限は0.02%以上である。
【0047】
第2群 Co:2%以下、B:0.02%以下
Co:2%以下
NiやCuと同様、溶接金属の高温でのオーステナイト組織の安定性を高めてクリープ強度の向上に寄与するため含有してもよい。しかしながら、極めて高価な元素であるため、過剰の含有は大幅なコスト増を招く。そのため、上限は2%以下とする。好ましい上限は1.5%以下、さらに好ましい上限は1%以下である。尚、含有する場合の好ましい下限は0.01%以上、さらに好ましい下限は0.02%以上である。
【0048】
B:0.02%以下
高温使用中に溶接金属の柱状晶境界に偏析し、粒界を強化するとともに粒界炭化物を微細分散させることによりクリープ強度を向上させるのに有効な元素である。そのため、含有してもよい。しかしながら、過剰に含有すると、溶接中の凝固割れ感受性を高めるため、上限は0.02%以下とする。好ましくは、0.018%以下、さらに好ましくは0.015%以下である。尚、含有する場合の好ましい下限は0.001%以上、さらに好ましい下限は0.002%以上である。
【0049】
第3群 Ca:0.02%以下、Mg:0.02%以下、REM:0.06%以下
Ca:0.02%以下
溶接材料製造時の熱間加工性を改善する効果を有するため、必要に応じて含有してもよい。しかしながら、過剰の含有は酸素と結合し、清浄性を著しく低下させて、却って熱間加工性を劣化させるため0.02%以下とする。好ましくは、0.015%以下、さらに好ましくは0.01%以下である。尚、含有する場合の好ましい下限は0.0005%以上、さらに好ましい下限は0.001%以上である。
【0050】
Mg:0.02%以下
Caと同様、溶接材料製造時の熱間加工性を改善する効果を有するため、必要に応じて含有してもよい。しかしながら、過剰の含有は酸素と結合し、清浄性を著しく低下させて、却って熱間加工性を劣化させるため0.02%以下とする。好ましくは、0.015%以下、さらに好ましくは0.01%以下である。尚、含有する場合の好ましい下限は0.0005%以上、さらに好ましい下限は0.001%以上である。
【0051】
REM:0.06%以下
CaやMgと同様、溶接材料製造時の熱間加工性を改善する効果を有するため、必要に応じて含有してもよい。しかしながら、過剰の含有は酸素と結合し、清浄性を著しく低下させて、却って熱間加工性を劣化させるため0.06%以下とする。好ましくは、0.05%以下、さらに好ましくは0.04%以下である。尚、含有する場合の好ましい下限は0.001%以上、さらに好ましい下限は0.002%以上である。
【0052】
尚、「REM」とはSc、Yおよびランタノイドの合計17元素の総称であり、REMの含有量はREMのうちの1種または2種以上の元素の合計含有量を指す。また、REMについては一般的にミッシュメタルに含有される。このため、例えば、ミッシュメタルの形で添加して、REMの量が上記の範囲となるように含有させてもよい。
【0053】
本実施形態のオーステナイト系耐熱鋼用溶接材料は上述の各元素を含み、残部がFeおよび不純物からなる化学組成のものである。尚、「不純物」とは溶接材料を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップまたは製造環境などから混入するものを指す。
【0054】
[溶接金属]
本実施形態の溶接金属は、オーステナイト系耐熱鋼の母材を溶接して作製され、かつ母材を溶接する際に、前述の本実施形態のオーステナイト系耐熱鋼用溶接材料(溶加材)を用いて溶接されることで作製される。
尚、オーステナイト系耐熱鋼の母材としては、特に限定されるものではないが、例えば以下の組成の母材が好ましいものとして例示される。すなわち、質量%で、C:0.03%~0.12%、Si:0%~0.5%、Mn:0%~1.5%、P:0%~0.03%、S:0%~0.01%、Ni:18%~22%、Cr:23%~27%、Mo:0%~0.8%、Cu:0%~4%、Nb:0.3%~0.8%、N:0.1%~0.35%、B:0.0005%~0.01%、およびAl:0%~0.03%を含有し、残部がFeおよび不純物からなる母材であることが好ましい。但し、必ずしも母材は上記の組成に限定されるものではない。
【0055】
本実施形態の溶接金属は、それを得るための溶接方法による制限をうけるものではない。なお、本実施形態の溶接金属を得るための溶接方法としては、特に限定されるものではないが、例えば、ティグ溶接、ミグ溶接、被覆アーク溶接、サブマージアーク溶接、レーザー溶接等が挙げられる。
【0056】
[溶接構造物およびその製造方法]
本実施形態の溶接構造物は、前述の本実施形態の溶接金属を有する構造物である。例えば、溶接構造物は、溶接金属と金属からなる他の母材とからなる。他の母材は、鋼材であると好ましい。ステンレス鋼であると、さらに好ましく、オーステナイト系耐熱鋼であれば、さらに好ましい。なお、溶接構造物の具体的形状、溶接構造物を得るための溶接の具体的態様(溶接姿勢)は特に限定されない。本実施形態の溶接構造物は、前述の本実施形態のオーステナイト系耐熱鋼用溶接材料を用いて、オーステナイト系耐熱鋼を溶接して製造される。
【実施例
【0057】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0058】
表1に示す化学組成を有する材料を実験室にて溶解して鋳込んだインゴットから、熱間鍛造、熱間圧延、冷間圧延、熱処理および機械加工により、板厚12mm、幅50mm、長さ100mmの母材を作製した。
【0059】
【表1】
【0060】
さらに、表2に示す化学組成を有する符号A~Mの材料を実験室にて溶解して鋳込んだインゴットから、熱間鍛造、熱間圧延、熱処理および機械加工により、2mm角、500mm長さのカットフィラー(溶加材)を作製した。
【0061】
【表2】
【0062】
<断面観察試験>
上記の母材の長手方向に、角度30°、ルート厚さ1mmのV開先を加工した。2つの母材の開先同士を突合せ、JIS Z3334(1999)に規定の「YNiCrFe-3」をフィラーワイヤとして用い、両端から20mmずつをティグ溶接により積層溶接を行い、中央60mm長さに開先面が残る試験体を作製した。その後、厚さ25mm、幅200mm、長さ200mmのJIS G 3160(2008)に規定の「SM400B」上に、被覆アーク溶接棒としてJIS Z3224(1999)に規定の「DNiCrFe-3」を用いて、四周を拘束溶接した。そして、上述した符号A~Mのカットフィラーを用いて、ティグ溶接により、入熱を9~15kJ/cmとし、残った開先内に積層溶接し、それぞれの代符について2体ずつ溶接継手を作製した。
【0063】
各代符につき、得られた継手のうち一体は650℃で500時間の熱処理に供した。その後、溶接ままの溶接継手および熱処理した溶接継手のカットフィラーを用いて溶接した部分から、溶接部の横断面を3断面ずつ、鏡面研磨および腐食により現出し、光学顕微鏡により検鏡し、溶接金属における割れの有無を調査した。
検鏡の結果、溶接金属に割れの認められなかった溶接継手を「合格」とした。次いで、溶接ままの溶接継手および熱処理した溶接継手共に合格であったものについて、クリープ破断試験を行った。
【0064】
<クリープ試験>
前述の母材の長手方向に、角度30°、ルート厚さ1mmのV開先を加工した。2つの母材の開先同士を突合せ、前記断面観察試験において割れのなかった代符のカットフィラーを用い、入熱9~15kJ/cmにてティグ溶接により溶接継手を作製した。得られた溶接継手から、溶接金属が平行部の中央となるように丸棒クリープ破断試験片を採取した。この試験片について、母材の目標破断時間が約1000時間となる650℃、245MPaの条件でクリープ試験(クリープ破断試験)を行い、母材も目標破断時間の90%を超えるものを「合格」とした。
【0065】
表3に、上記各試験の結果を併せて示す。
表3の「断面観察」欄における「合格」は、3個の全ての試料で溶接金属に割れがない合格の溶接継手であることを示す。一方、「不合格」は、3個の試料のうち少なくとも1個の試料の溶接金属に割れが認められたことを示す。
【0066】
また、「クリープ試験」欄における「合格」はクリープ破断試験において、母材の目標破断時間の90%を超えたことを示す。一方、「不合格」は母材の目標破断時間の90%以下であったことを示す。また、「実施せず」は断面観察の結果、溶接金属に割れが認められたため、クリープ破断試験を行わなかったことを示す。
【0067】
【表3】
【0068】
表3から、化学組成が本発明の範囲である符号A~Fの溶接継手は、溶接ままおよび熱処理後において溶接金属に割れが発生せず、かつ高いクリープ強度を有することが明らかである。
一方、代符GおよびIの溶接継手は、溶接材料にTaが含有されなかったため、本発明の実施例のような厳しい拘束条件下において、溶接ままでは溶接金属に割れが発生しなかったものの、熱処理後に溶接金属に応力緩和割れと判断される割れが観察された。
また、代符HおよびJは、溶接材料にTaが本発明の範囲を超えて含有されたため、本発明の実施例のような厳しい拘束条件下において、溶接ままでは溶接金属に割れが発生しなかったものの、熱処理後に溶接金属に応力緩和割れと判断される割れが観察された。
さらに、代符Kは、溶接材料のSが本発明の範囲を超えて含有されたため、本発明の実施例のような厳しい拘束条件下において、溶接ままでは溶接金属に割れが発生しなかったものの、熱処理後に溶接金属に応力緩和割れと判断される割れが観察された。
代符LおよびMは、それぞれ溶接材料のCuおよびNi含有量が本発明の範囲を下回ったため、Taを含有させることによる高温でのオーステナイト組織の安定性の低下抑制効果が十分ではなく、クリープ破断時間が目標を下回った。
【0069】
以上のように本発明の要件を満足する場合のみ、高温での使用開始初期における耐割れ性ならびに優れたクリープ強度を有する溶接金属が得られることが分かる。