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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-28
(45)【発行日】2022-12-06
(54)【発明の名称】地盤推定方法
(51)【国際特許分類】
   E02D 1/00 20060101AFI20221129BHJP
   G01V 1/00 20060101ALI20221129BHJP
【FI】
E02D1/00
G01V1/00 C
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019028827
(22)【出願日】2019-02-20
(65)【公開番号】P2020133272
(43)【公開日】2020-08-31
【審査請求日】2022-01-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000000549
【氏名又は名称】株式会社大林組
(74)【代理人】
【識別番号】110000176
【氏名又は名称】一色国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】萩原 由訓
【審査官】石川 信也
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-193841(JP,A)
【文献】特開2014-006157(JP,A)
【文献】特開2000-345512(JP,A)
【文献】特開2005-344309(JP,A)
【文献】特開2001-193046(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E02D 1/00
G01V 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
地表面の下方に硬質基盤を有する地盤の卓越振動数を推定する地盤推定方法であって、
水平X方向の常時微動と、前記水平X方向と直交する水平Y方向の常時微動と、鉛直方向の常時微動とを、前記水平X方向及び前記水平Y方向を水平面内で回転させた複数の角度位置で測定する常時微動測定工程と、
前記複数の角度位置毎に、前記水平X方向の常時微動、前記水平Y方向の常時微動、前記鉛直方向の常時微動からそれぞれスペクトルHX、スペクトルHY、スペクトルVを算出するスペクトル算出工程と、
各々の角度位置における前記スペクトルHXと前記スペクトルHY、又は、HX/Vスペクトル比とHY/Vスペクトル比から形状が最も似ている角度位置を求め、当該角度位置の前記スペクトルHX、前記スペクトルHY、前記スペクトルVに基づいて前記地盤の卓越振動数を推定する卓越振動数推定工程と、
前記HX/Vスペクトル比と前記HY/Vスペクトル比のうち少なくとも一方に基づいて対象スペクトル比を設定する対象スペクトル比設定工程と、
前記対象スペクトル比において、前記卓越振動数より大きい振動数である上限振動数と、前記卓越振動数より小さい振動数である下限振動数との間の振動数の範囲を対象振動数と設定する対象振動数設定工程と、
前記対象振動数における前記対象スペクトル比の面積と、前記卓越振動数周りのモーメントとを算出し、前記モーメントを前記面積で除算した基準化モーメントを算出する基準化モーメント算出工程と、
前記基準化モーメントに基づいて前記卓越振動数に関する信頼性指標を算出する信頼性指標算出工程と
を有する地盤推定方法。
【請求項2】
請求項1に記載の地盤推定方法であって、
前記基準化モーメント算出工程における前記モーメントは、2次モーメント及び4次モーメントであり、
前記信頼性指標は、前記2次モーメント及び前記4次モーメントに基づいて算出される尖度の値である
ことを特徴とする地盤推定方法。
【請求項3】
請求項1に記載の地盤推定方法であって、
前記基準化モーメント算出工程における前記モーメントは、4次モーメントであり、
前記信頼性指標は、前記4次モーメントに基づいて算出される値である
ことを特徴とする地盤推定方法。
【請求項4】
請求項1に記載の地盤推定方法であって、
前記基準化モーメント算出工程における前記モーメントは、2次モーメントであり、
前記信頼性指標は、前記2次モーメントに基づいて算出される値である
ことを特徴とする地盤推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、地盤推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
地盤には、常時微動と呼ばれる小さな振動が常に発生している。地盤に発生する常時微動を測定し、その測定結果から地盤の特性を推定できることが知られている。このような常時微動の測定結果から地盤の特性を推定する技術として、例えば、特許文献1には、水平方向2成分(X及びY)と鉛直方向成分(Z)とにおける常時微動の測定結果から地盤の卓越振動数を推定する地盤推定方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2017-193841号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に開示された地盤推定方法では、水平X方向及び水平Y方向を水平面内で回転させた複数の角度位置で常時微動を測定し、測定結果に基づいて卓越振動数を推定することにより、地表面下の硬質基盤が傾いた地盤でも、卓越振動数の推定精度を高めることができる。しかし、卓越振動数を推定する際のスペクトル比のピーク値が明瞭にならない場合があり、このような場合に卓越振動数の推定値が信頼できるかどうかを定量的に評価することができなった。
【0005】
本発明は、地盤の常時微動の測定結果に基づき推定された卓越振動数の信頼性を定量化することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の幾つかの実施形態は、地表面の下方に硬質基盤を有する地盤の卓越振動数を推定する地盤推定方法であって、水平X方向の常時微動と、前記水平X方向と直交する水平Y方向の常時微動と、鉛直方向の常時微動とを、前記水平X方向及び前記水平Y方向を水平面内で回転させた複数の角度位置で測定する常時微動測定工程と、前記複数の角度位置毎に、前記水平X方向の常時微動、前記水平Y方向の常時微動、前記鉛直方向の常時微動からそれぞれスペクトルHX、スペクトルHY、スペクトルVを算出するスペクトル算出工程と、各々の角度位置における前記スペクトルHXと前記スペクトルHY、又は、HX/Vスペクトル比とHY/Vスペクトル比から形状が最も似ている角度位置を求め、当該角度位置の前記スペクトルHX、前記スペクトルHY、前記スペクトルVに基づいて前記地盤の卓越振動数を推定する卓越振動数推定工程と、前記HX/Vスペクトル比と前記HY/Vスペクトル比のうち少なくとも一方に基づいて対象スペクトル比を設定する対象スペクトル比設定工程と、前記対象スペクトル比において、前記卓越振動数より大きい振動数である上限振動数と、前記卓越振動数より小さい振動数である下限振動数との間の振動数の範囲を対象振動数と設定する対象振動数設定工程と、前記対象振動数における前記対象スペクトル比の面積と、前記卓越振動数周りのモーメントとを算出し、前記モーメントを前記面積で除算した基準化モーメントを算出する基準化モーメント算出工程と、前記基準化モーメントに基づいて前記卓越振動数に関する信頼性指標を算出する信頼性指標算出工程とを有する地盤推定方法である。
【0007】
本発明の他の特徴については、後述する明細書及び図面の記載により明らかにする。
【発明の効果】
【0008】
本発明の幾つかの実施形態によれば、地盤の常時微動の測定結果に基づき推定された卓越振動数の信頼性を定量化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、本実施形態の地盤推定方法の概要説明図である。
図2図2は、傾斜領域6における比較例の地盤推定方法の説明図である。
図3図3は、卓越振動数の信頼性の定量化手順を示すフロー図である。
図4図4A及び図4Bは、対象振動数設定工程の説明図である。図4C及び図4Dは、基準化モーメント算出工程の説明図である。
図5図5Aは、水平領域のみで構成される地盤で測定されたHX/Vスペクトル比及びHY/Vスペクトル比を示す図である。図5Bは、水平領域のみで構成される地盤で測定されたHX/Vスペクトル比及びHY/Vスペクトル比に基づいて算出されたH/Vスペクトル比を示す図である。
図6図6Aは、傾斜領域で測定されたHX/Vスペクトル比及びHY/Vスペクトル比を示す図である。図6Bは、傾斜領域で測定されたHX/Vスペクトル比及びHY/Vスペクトル比に基づいて算出されたH/Vスペクトル比を示す図である。
図7図7は、本実施形態における卓越振動数の測定方法の概略説明図である。
図8図8A図8Dは、微動計10を水平面内で回転させた場合の、HX/Vスペクトル比及びHY/Vスペクトル比の形状の変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
後述する明細書及び図面の記載から、少なくとも以下の事項が明らかとなる。
【0011】
地表面の下方に硬質基盤を有する地盤の卓越振動数を推定する地盤推定方法であって、水平X方向の常時微動と、前記水平X方向と直交する水平Y方向の常時微動と、鉛直方向の常時微動とを、前記水平X方向及び前記水平Y方向を水平面内で回転させた複数の角度位置で測定する常時微動測定工程と、前記複数の角度位置毎に、前記水平X方向の常時微動、前記水平Y方向の常時微動、前記鉛直方向の常時微動からそれぞれスペクトルHX、スペクトルHY、スペクトルVを算出するスペクトル算出工程と、各々の角度位置における前記スペクトルHXと前記スペクトルHY、又は、HX/Vスペクトル比とHY/Vスペクトル比から形状が最も似ている角度位置を求め、当該角度位置の前記スペクトルHX、前記スペクトルHY、前記スペクトルVに基づいて前記地盤の卓越振動数を推定する卓越振動数推定工程と、前記HX/Vスペクトル比と前記HY/Vスペクトル比のうち少なくとも一方に基づいて対象スペクトル比を設定する対象スペクトル比設定工程と、前記対象スペクトル比において、前記卓越振動数より大きい振動数である上限振動数と、前記卓越振動数より小さい振動数である下限振動数との間の振動数の範囲を対象振動数と設定する対象振動数設定工程と、前記対象振動数における前記対象スペクトル比の面積と、前記卓越振動数周りのモーメントとを算出し、前記モーメントを前記面積で除算した基準化モーメントを算出する基準化モーメント算出工程と、前記基準化モーメントに基づいて前記卓越振動数に関する信頼性指標を算出する信頼性指標算出工程とを有する地盤推定方法が明らかとなる。このような地盤推定方法によれば、地盤の常時微動の測定結果に基づき推定された卓越振動数の信頼性を定量化することができる。
【0012】
前記基準化モーメント算出工程における前記モーメントは、2次モーメント及び4次モーメントであり、前記信頼性指標は、前記2次モーメント及び前記4次モーメントに基づいて算出される尖度の値であることが望ましい。これにより、地盤の常時微動の測定結果に基づき推定された卓越振動数の信頼性を定量化することができる。
【0013】
前記基準化モーメント算出工程における前記モーメントは、4次モーメントであり、前記信頼性指標は、前記4次モーメントに基づいて算出される値であることが望ましい。これにより、地盤の常時微動の測定結果に基づき推定された卓越振動数の信頼性を定量化することができる。
【0014】
前記基準化モーメント算出工程における前記モーメントは、2次モーメントであり、前記信頼性指標は、前記2次モーメントに基づいて算出される値であることが望ましい。これにより、地盤の常時微動の測定結果に基づき推定された卓越振動数の信頼性を定量化することができる。
【0015】
===本実施形態===
<地盤推定方法の概要>
図1は、本実施形態の地盤推定方法の概要説明図である。
【0016】
以下では、図1に示す方向に従って説明を行うことがある。すなわち、地盤1の地表面2に平行な方向を「水平方向」とし、地表面2に垂直な方向を「鉛直方向」とする。さらに、水平方向は、互いに直交する2つの成分として、「東西方向」と「南北方向」とに分けられる。なお、鉛直方向のことを「上下方向」と呼ぶこともある。
【0017】
まず、本実施形態の地盤推定方法を説明するために、地盤推定の対象となる地盤1について説明する。図1に示すように、地盤1は、地表面2と、地表面2のすぐ下方に存在する表層地盤3と、表層地盤3の下方に存在する硬質基盤4とを有する。
【0018】
地表面2は、地盤1の表面部分であり、水平面に平行である。但し、地表面2は、水平面に平行でなくても良い。表層地盤3は、地表面2近くの層の地盤である。硬質基盤4は、表層地盤3よりも硬い層の地盤である。以下では、硬質基盤4のことを、単に「基盤4」と呼ぶことがある。本実施形態では、地表面2に対する硬質基盤4の深さは、水平方向における領域毎に異なっている。すなわち、地表面2に対する硬質基盤4の深さに応じて、硬質基盤4は、深い領域5と、傾斜領域6と、浅い領域7とに区分される。
【0019】
図1に示すように、深い領域5は、硬質基盤4が地表面2から深い位置に存在している領域である。一方、図1に示すように、浅い領域7は、硬質基盤4が地表面2から浅い位置に存在している領域である。深い領域5における表層地盤3の厚さ(鉛直方向の大きさ)は、浅い領域7における表層地盤3の厚さ(鉛直方向の大きさ)よりも大きい。なお、深い領域5と浅い領域7とでは、硬質基盤4の面(すなわち、表層地盤3と硬質基盤4との境界面)は、地表面2(水平面)に平行である。したがって、以下では、深い領域5と浅い領域7とのことを「水平領域」と呼ぶことがある。また、図1に示すように、傾斜領域6は、深い領域5と浅い領域7とを接続する領域であり、硬質基盤4の面が傾斜している領域である。傾斜領域6では、硬質基盤4の面は、西から東の方向に浅くなるように傾斜している。言い換えれば、傾斜領域6では、硬質基盤4の面は、東から西の方向に深くなるように傾斜している。
【0020】
地盤1には、常時微動と呼ばれる小さな振動が常に発生している。一般に、周期1秒よりも短周期の振動は人間の活動による人工的な振動源が原因であると考えられている。また、周期1秒よりも長周期の振動は波浪や気圧変化などの自然現象が原因であると考えられている。なお、以下では、常時微動のことを単に「微動」と呼ぶことがある。
【0021】
本実施形態の地盤推定方法では、このような常時微動を測定し、微動の測定結果を解析することにより、地盤1における卓越振動数を推定することができる。これにより、地震時における地盤1の揺れ易さなどの特性を推定することができる。また、地盤1における卓越振動数を推定することにより、地盤1の構造を推定することもできる。例えば、測定した微動の測定結果を解析することにより、硬質基盤4の深さ(言い換えれば、表層地盤3の厚さ)や、地盤1がどのような固さの層構成になっているかなどを推定することができる。
【0022】
微動を測定する際は、図1に示すように微動計10を地盤1の地表面2に設置する。本実施形態において微動計10は、各種のデータやプログラムを記憶する記憶部及び各種の演算を行う演算処理部を備えたコンピュータ(不図示)と通信可能に接続されており、常時微動の測定以外の処理は、当該コンピュータにて行う。但し、このコンピュータの機能を微動計10に設けて、微動計10のみで各処理を行うようにしても良い。
【0023】
前述したように、本実施形態の地盤推定方法では、微動の測定結果を解析することにより、地盤1における卓越振動数を推定することができる。より具体的には、微動の測定結果からスペクトル比(以下、後述するH/Vスペクトル比)を算出することにより微動の測定結果を解析し、H/Vスペクトル比が最も高い値をとる振動数を卓越振動数と推定することができる。
【0024】
本実施形態の地盤推定方法では、地盤1の複数の地点において卓越振動数が推定される。図1の上部に示すように、地盤1の地表面2を複数の格子状の区画に分割し、それぞれの区画において卓越振動数が推定される。また、図1の下部は、図1の上部に示す区画A~区画Cにおけるスペクトル比(H/Vスペクトル)と振動数との関係を示している。図1の上部に示すように、区画Aは深い領域5にあり、区画Bは傾斜領域6にあり、区画Cは浅い領域7にある。
【0025】
一般には、硬質基盤4が深いほど卓越振動数が小さくなり、硬質基盤4が浅いほど卓越振動数が大きくなる。すなわち、区画A(深い領域5)において推定された卓越振動数(FA)は、区画C(浅い領域7)において推定された卓越振動数(FC)よりも小さくなる(FA<FC)。言い換えれば、区画C(浅い領域7)において推定された卓越振動数(FC)は、区画A(深い領域5)において推定された卓越振動数(FA)よりも大きくなる(FC>FA)。
【0026】
なお、区画B(傾斜領域6)におけるスペクトル比(H/Vスペクトル)と振動数との関係は、区画A(深い領域5)におけるスペクトル比(H/Vスペクトル)と振動数との関係と、区画C(浅い領域7)におけるスペクトル比(H/Vスペクトル)と振動数との関係との双方の影響を受けることになる。すなわち、区画B(傾斜領域6)におけるスペクトル比(H/Vスペクトル)と振動数との関係では、区画A(深い領域5)の卓越振動数FA寄りの振動数のピークP1と、区画C(浅い領域7)の卓越振動数FC寄りの振動数のピークP2とが現れることになる。なお、区画B(傾斜領域6)では、スペクトル比(H/Vスペクトル)がより高い値となるピークP2を卓越振動数FBとしている。
【0027】
<比較例>
図2は、傾斜領域6における比較例の地盤推定方法の説明図である。なお、図2の上部は、南北方向に垂直な面で切った地盤1の断面図を示している。また、図2の下部は、図1の上部に示す区画B1~区画B4におけるスペクトル比(H/Vスペクトル)と振動数との関係を示している。
【0028】
前述したように、スペクトル比(H/Vスペクトル)と振動数との関係において、スペクトル比が最も高い値をとる振動数を卓越振動数と推定する。また、傾斜領域6におけるスペクトル比(H/Vスペクトル)と振動数との関係は、深い領域5におけるスペクトル比(H/Vスペクトル)と振動数との関係と、浅い領域7におけるスペクトル比(H/Vスペクトル)と振動数との関係との双方の影響を受けることになる。このため、図2の下部に示すように、区画B1~区画B4におけるスペクトル比(H/Vスペクトル)と振動数との関係は、深い領域5の卓越振動数寄りの振動数のピーク(P1、P3、P5、P7)と、浅い領域7の卓越振動数寄りの振動数のピーク(P2、P4、P6、P8)とが現れることになる。
【0029】
ここで、深い領域5に近い区画B1では、深い領域5の卓越振動数寄りの振動数のピークP1が大きくなる。そして、浅い領域7に近い区画B4では、浅い領域7の卓越振動数寄りの振動数のピークP8が大きくなる。つまり、深い領域5に近い区画B1と浅い領域7に近い区画B4とでは、卓越振動数FBを推定する際のスペクトル比(H/Vスペクトル)のピーク値が明瞭である。このため、深い領域5に近い区画B1と浅い領域7に近い区画B4とでは、卓越振動数FBを推定する際の信頼性が高い。
【0030】
しかし、深い領域5と浅い領域7との中間に位置する区画B2及び区画B3では、深い領域5の卓越振動数寄りの振動数のピーク値(P3、P5)と、浅い領域7の卓越振動数寄りの振動数のピーク値(P4、P6)とが、ほぼ同じ大きさとなることがある。つまり、区画B2及び区画B3では、卓越振動数FBを推定する際のスペクトル比(H/Vスペクトル)のピーク値が明瞭にならないことがある。このため、区画B2及び区画B3では、卓越振動数FBを推定する際の信頼性が低くなってしまう。そうすると、区画B2及び区画B3において推定された卓越振動数に基づいて硬質基盤4の深さを推定すると、図2の上部に示すように、推定された基盤の面8が、実際の基盤の面9とは異なって推定されてしまうことがある。
【0031】
<卓越振動数の信頼性の定量化手順>
図3は、卓越振動数の信頼性の定量化手順を示すフロー図である。
【0032】
前述したように、本実施形態の地盤推定方法では、地盤1の複数の地点(図1に示す各区画)において卓越振動数が推定される。本実施形態の本実施形態の地盤推定方法では、地盤1の微動の測定結果に基づく信頼性指標を算出することで、各区画において推定された卓越振動数の信頼性を定量化する。これにより、信頼性指標が低く、卓越振動数の補正が必要な区画を容易に判定することができる。
【0033】
本実施形態の地盤推定方法では、各区画の卓越振動数の推定値を求めた上で(卓越振動数の推定手順)、推定された卓越振動数の信頼性を定量化する(卓越振動数の信頼性の定量化手順)。以下では、このうち、卓越振動数の信頼性の定量化手順を説明し、卓越振動数の推定手順については、後述する。
【0034】
卓越振動数の信頼性の定量化手順では、まず、対象スペクトル比を設定する(S101:対象スペクトル比設定工程)。
【0035】
対象スペクトル比は、卓越振動数の推定手順(後述)において求めたHX/Vスペクトル比とHY/Vスペクトル比のうち少なくとも一方に基づいて求めたスペクトル比である。
【0036】
卓越振動数の推定手順(後述)では、HX/Vスペクトル比とHY/Vスペクトル比との形状が最も似ている角度位置において、卓越振動数を推定している。このため、HX/Vスペクトル比を対象スペクトル比として設定しても良いし、HY/Vスペクトル比を対称スペクトル比としても設定しても良い。さらに、HX/Vスペクトル比とHY/Vスペクトル比とから、H/Vスペクトル比を算出し、H/Vスペクトル比を対象スペクトル比として設定しても良い。
【0037】
下記の数式1及び数式2は、HX/Vスペクトル比とHY/Vスペクトル比とから、H/Vスペクトル比を算出する場合の式である。数式1は、対象スペクトル比の水平動のスペクトルHをスペクトルHXとスペクトルHYの相乗平均とする場合の式である。また、数式2は、対象スペクトル比の水平動のスペクトルHをスペクトルHXとスペクトルHYの2乗和平方根とする場合の式である。
【0038】
【数1】
【0039】
【数2】
【0040】
次に、対象振動数を設定する(S102:対象振動数設定工程)。
【0041】
図4A及び図4Bは、対象振動数設定工程の説明図である。なお、図4Aは、卓越振動数を推定する際のスペクトル比(H/Vスペクトル)のピーク値が明瞭である例を示している。図4Aに示すように、この場合の推定された卓越振動数はf1である。また、図4Bは、卓越振動数を推定する際のスペクトル比(H/Vスペクトル)のピーク値が明瞭でない例を示している。図4Bに示すように、この場合の推定された卓越振動数はf2である。対象振動数設定工程では、卓越振動数より大きい振動数である上限振動数と、卓越振動数より小さい振動数である下限振動数との間の振動数の範囲を対象振動数と設定する。具体的には、図4A及び図4Bに示すように、卓越振動数(f1及びf2)より大きい振動数である上限振動数bと、卓越振動数より小さい振動数である下限振動数aとの間の振動数の範囲を対象振動数と設定する。
【0042】
次に、基準化モーメントを算出する(S103:基準化モーメント算出工程)。
【0043】
図4C及び図4Dは、基準化モーメント算出工程の説明図である。基準化モーメント算出工程では、対象振動数における対象スペクトル比の面積と、卓越振動数周りのモーメントとを算出し、卓越振動数周りのモーメントを面積で除算する。基準化モーメントは、面積で除算した卓越振動数周りのモーメントである。このように、面積で除算した卓越振動数周りのモーメントにより卓越振動数の信頼性指標を算出することで、各区画における卓越振動数の信頼性指標同士を比較することが可能となる。なお、本実施形態の基準化モーメント算出工程においては、卓越振動数周りのモーメントを算出しているが、平均値などの他の指標周りのモーメントを算出してもよい。
【0044】
下記の数式3は、スペクトル比(H/Vスペクトル)のピーク値が明瞭である場合の面積S1を求める場合の式である。また、下記の数式4は、スペクトル比(H/Vスペクトル)のピーク値が明瞭でない場合の面積S2を求める場合の式である。なお、面積S1及び面積S2は、図4C及び図4Dにおいて斜線部で図示した部分の面積である。
【0045】
【数3】
【0046】
【数4】
【0047】
なお、本実施形態では、卓越振動数周りのモーメントとして、2次モーメント(数式5~数式8)、3次モーメント(数式9及び数式10)及び4次モーメント(数式11及び数式12)を算出している。
【0048】
下記の数式5及び数式6では、スペクトル比(H/Vスペクトル)のピーク値が明瞭である場合の卓越振動数周りの2次モーメントを面積S1で除算した基準化モーメントμ2(1)を算出している。なお、下記の数式6は数式5を展開した式である。
【0049】
【数5】
【0050】
【数6】
【0051】
下記の数式7及び数式8では、スペクトル比(H/Vスペクトル)のピーク値が明瞭でない場合の卓越振動数周りの2次モーメントを面積S2で除算した基準化モーメントμ2(2)を算出している。なお、下記の数式8は数式7を展開した式である。
【0052】
【数7】
【0053】
【数8】
【0054】
下記の数式9では、スペクトル比(H/Vスペクトル)のピーク値が明瞭である場合の卓越振動数周りの3次モーメントを面積S1で除算した基準化モーメントμ3(1)を算出している。
【0055】
【数9】
【0056】
下記の数式10では、スペクトル比(H/Vスペクトル)のピーク値が明瞭でない場合の卓越振動数周りの3次モーメントを面積S2で除算した基準化モーメントμ3(2)を算出している。
【0057】
【数10】
【0058】
下記の数式11では、スペクトル比(H/Vスペクトル)のピーク値が明瞭である場合の卓越振動数周りの4次モーメントを面積S1で除算した基準化モーメントμ4(1)を算出している。
【0059】
【数11】
【0060】
下記の数式12では、スペクトル比(H/Vスペクトル)のピーク値が明瞭でない場合の卓越振動数周りの4次モーメントを面積S2で除算した基準化モーメントμ4(2)を算出している。
【0061】
【数12】
【0062】
最後に、信頼性指標を算出する(S104:信頼性指標算出工程)。
【0063】
下記の数式13では、スペクトル比(H/Vスペクトル)のピーク値が明瞭である場合の歪度α3(1)を算出している。
【0064】
【数13】
【0065】
下記の数式14では、スペクトル比(H/Vスペクトル)のピーク値が明瞭でない場合の歪度α3(2)を算出している。
【0066】
【数14】
【0067】
下記の数式15では、スペクトル比(H/Vスペクトル)のピーク値が明瞭である場合の尖度α4(1)を算出している。
【0068】
【数15】
【0069】
下記の数式16では、スペクトル比(H/Vスペクトル)のピーク値が明瞭でない場合の尖度α4(2)を算出している。
【0070】
【数16】
【0071】
一般には、ピーク値が明瞭でない場合、ピーク値が明瞭である場合に比べて、2次モーメント及び4次モーメントが大きくなる。また、ピーク値が明瞭でない場合、ピーク値が明瞭である場合に比べて、尖度が小さくなる。このため、前述の例で言えば、基準化モーメントμ2(2)は、基準化モーメントμ2(1)よりも大きくなる(μ2(2)>μ2(1))。また、基準化モーメントμ4(2)は、基準化モーメントμ4(1)よりも大きくなる(μ4(2)>μ4(1))。また、尖度α4(2)は、尖度α4(1)よりも小さくなる(α4(2)<α4(1))。
【0072】
このため、本実施形態の信頼性指標は、2次モーメント及び4次モーメントに基づいて算出される尖度の値である。また、本実施形態の信頼性指標は、4次モーメントに基づいて算出される値であっても良い。また、本実施形態の信頼性指標は、2次モーメントに基づいて算出される値であっても良い。
【0073】
<卓越振動数の推定手順>
以下では、前述の図1を参照して、本実施形態の地盤推定方法における卓越振動数の推定手順について説明する。
【0074】
本実施形態の地盤推定方法における卓越振動数の推定手順では、地盤1の常時微動を測定し、微動の測定結果を解析することにより、地盤1における卓越振動数を推定することができる。前述の図1に示すように、微動を測定する際は、微動計10を地盤1の地表面2に設置する。
【0075】
微動計10は、高感度の地震計である。微動計10には、水平方向の直交2成分(X方向、Y方向)と鉛直方向の成分(Z方向)との3成分のセンサーとロガー(記録装置)とが一体に設けられている。図1において、微動計10は、X方向の正が東(負が西)、Y方向の正が北(負が南)、Z方向の正が上(負が下)となるように地表面2上に配置されている。そして微動計10は、X方向、Y方向、Z方向の各成分の揺れの変位、速度、加速度などを同時に計測し記録する。これにより、各方向の微動が測定される。例えば、地盤1の東西の微動は、微動計10のX方向の成分として測定される。
【0076】
X方向、Y方向、Z方向の各方向の微動を測定した後、水平方向の直交2成分(X、Y)及び鉛直方向の成分(Z)の微動のフーリエスペクトル(HX、HY、V)をそれぞれ算出する。
【0077】
地盤1の複数の地点(図1に示す各区画)において測定した微動の3成分の測定結果のうち、水平動のスペクトル(H)を上下(鉛直)動のスペクトル(V)で除算したスペクトル比をとることにより、振動源の影響を受けない安定した結果が得られるといわれている。このスペクトル比はH/Vスペクトル比と呼ばれており、地盤1が揺れやすい振動数(卓越振動数)を推定するのに利用されている。
【0078】
本実施形態において、図1のように微動計10を地表面2に設置し、X、Y、Zの3成分の常時微動を記録する場合、H/Vスペクトル比の計算の手順は以下のようになる。
【0079】
まず、観測された各成分(X、Y、Z)の微動の測定結果を周波数分析する。これにより、X方向、Y方向、Z方向の各スペクトルが得られる。次に、水平動(XおよびY)のスペクトルを上下動(Z)のスペクトルで除算する。この時、H/Vスペクトル比は前述の数式1又は数式2を使用して得られる。
【0080】
図5Aは、水平領域のみで構成される地盤で測定されたHX/Vスペクトル比及びHY/Vスペクトル比を示す図である。図5Bは、水平領域のみで構成される地盤で測定されたHX/Vスペクトル比及びHY/Vスペクトル比に基づいて算出されたH/Vスペクトル比を示す図である。なお、HX/Vスペクトル比とは水平X成分のスペクトルHXと鉛直Z成分のスペクトルVとの比であり、HY/Vスペクトル比とは水平Y成分のスペクトルHYと鉛直Z成分のスペクトルVとの比である。
【0081】
図5AではHX/Vスペクトル比の形状とHY/Vスペクトル比の形状が似ている(卓越振動数が同じ値である)。そして、これらの各成分のスペクトルから得られるH/Vスペクトル比(図5B)の卓越振動数も、図5Aの卓越振動数と同じ値になっている。
【0082】
このようにH/Vスペクトル比を求める際に、水平動のスペクトルHは水平X成分(スペクトルHX)および水平Y成分(スペクトルHY)を合わせて考えており、この求め方は、地層が成層(X方向の微動≒Y方向の微動)であることを前提としている。しかしながら、実際には図1の硬質基盤4の傾斜領域6のように、硬質基盤4の面(表層地盤3と硬質基盤4との境界面)が傾斜している場合がある。
【0083】
図6Aは、傾斜領域で測定されたHX/Vスペクトル比及びHY/Vスペクトル比を示す図である。図6Bは、傾斜領域で測定されたHX/Vスペクトル比及びHY/Vスペクトル比に基づいて算出されたH/Vスペクトル比を示す図である。
【0084】
硬質基盤4の面(表層地盤3と硬質基盤4との境界面)が傾斜している場合、図6Aに示すようにX方向のスペクトルHXとY方向のスペクトルHYとが大きく異なる(卓越振動数が一致しない)ことがある。この場合、スペクトルHXとスペクトルHYをそのまま用いてH/Vスペクトル比を算出するとH/Vスペクトル比のピーク値が不明確になり、安定した卓越振動数を求めることができなくなるおそれがある(地盤1の特性の推定精度が低下するおそれがある)。
【0085】
図7は、本実施形態における卓越振動数の測定方法の概略説明図である。図7では、硬質基盤4が南北方向に傾いており、北側は浅く、南側は深くなっている。また、図7において微動計10は図1と同じ向きに置かれている。
【0086】
本実施形態では、地盤1の卓越振動数の推定精度を高めるために、図7に示すように微動計10を数度おきに回転させて測定する。つまり、X方向、Y方向、及び、Z方向の各常時微動を、X方向とY方向を水平面内で回転させた複数の角度位置で測定する(常時微動測定工程に相当)。
【0087】
例えば、図7示すようにX方向が東、Y方向が北を向いた状態(X0、Y0)から、微動計10を上から見て時計回りに(X1、Y1)→(X2、Y2)→(X3、Y3)と回転させる。そして、各角度位置の水平2成分と鉛直成分の常時微動を測定する。
【0088】
コンピュータは、各角度位置で測定した常時微動のデータを受信し、これらを周波数分析してX方向、Y方向、Z方向の各スペクトル(スペクトルHX、スペクトルHY、スペクトルV)を算出する(スペクトル算出工程に相当)。なお、本実施形態では、微動計10自体を回転させているが、X方向とY方向の水平2成分のデータを数度おきに回転させて解析してもよい。
【0089】
次に、角度位置毎にHX/Vスペクトル比と、HY/Vスペクトル比を求め、各々の角度位置におけるHX/Vスペクトル比とHY/Vスペクトル比の形状が最も一致する方向(角度位置)を見つける。なお、XとYは正負記録しているため、90度回すと0度の場合のスペクトルと同じ結果となる。つまり、回転の角度は90度未満でよい。これにより無駄な測定をせずに済む。
【0090】
図8A図8Dは、微動計10を水平面内で回転させた場合の、HX/Vスペクトル比及びHY/Vスペクトル比の形状の変化を示す図である。図8Aは(X0、Y0)、図8Bは(X1、Y1)、図8Cは(X2、Y2)、図8Dは(X3、Y3)における形状をそれぞれ示している。
【0091】
これらの図からわかるように、回転に応じてX方向とY方向の形状が変化している。例えば図の場合、図8Cの角度位置(X2、Y2)になったときにHX/Vスペクトル比とHY/Vスペクトル比の形状が概ね一致している。
【0092】
このように、HX/Vスペクトル比とHY/Vスペクトル比の形状が最も似ている角度位置を求め、その角度位置のデータ(スペクトルHX、スペクトルHY、スペクトルV)を用いて、前述した式1又は式2によりH/Vスペクトル比を求める。そして、H/Vスペクトル比が最も大きくなる振動数を卓越振動数と推定する(卓越振動数推定工程に相当)。これにより、硬質基盤4の面(表層地盤3と硬質基盤4との境界面)が傾斜していても安定した卓越振動数を求めることができる。
【0093】
なお、本実施形態では、HX/Vスペクトル比とHY/Vスペクトル比の形状を比較することで角度位置を決定しているが、各々の角度位置におけるスペクトルHXとスペクトルHYの形状から最も似ている角度位置を求めてもよい。また、本実施形態では、コンピュータが角度位置を求めているが、例えば作業員が形状を目視することによって角度位置を決めてもよい。
【0094】
本実施形態では、地盤1の地表面2の下方に硬質基盤4を有する地盤1の卓越振動数を推定する際に、水平2成分(X方向及びY方向)を水平面内で回転させた複数の角度位置で、X方向、Y方向、Z方向の常時微動を測定している。そして、各常時微動からそれぞれ、水平X方向のスペクトルHXと、水平Y方向のスペクトルHYと、鉛直方向のスペクトルVとを算出している。そして、各々の角度位置におけるHX/Vスペクトル比とHY/Vスペクトル比から形状が最も似ている角度位置を求め、当該角度位置のスペクトルHX、スペクトルHY、スペクトルVを用いて地盤1の卓越振動数を推定している。
【0095】
これにより、硬質基盤4の面の傾斜の有無にかかわらず、安定した卓越振動数を求めることができ、地盤1の特性(卓越振動数)の推定精度を高めることができる。
【0096】
===その他===
前述の実施形態は、本発明の理解を容易にするためのものであり、本発明を限定して解釈するためのものではない。本発明は、その趣旨を逸脱することなく、変更・改良され得ると共に、本発明には、その等価物が含まれることは言うまでもない。
【符号の説明】
【0097】
1 地盤、2 地表面、3 表層地盤、4 (硬質)基盤、
5 深い領域、6 傾斜領域、7 浅い領域、
8 推定された基盤の面、9 実際の基盤の面
10 微動計
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8