(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-28
(45)【発行日】2022-12-06
(54)【発明の名称】方向性電磁鋼板、焼鈍分離剤、及び方向性電磁鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20221129BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20221129BHJP
C23C 22/00 20060101ALI20221129BHJP
H01F 1/147 20060101ALI20221129BHJP
C21D 8/12 20060101ALI20221129BHJP
【FI】
C22C38/00 303U
C22C38/60
C23C22/00 A
H01F1/147 183
C21D8/12 B
(21)【出願番号】P 2020565183
(86)(22)【出願日】2020-01-08
(86)【国際出願番号】 JP2020000338
(87)【国際公開番号】W WO2020145314
(87)【国際公開日】2020-07-16
【審査請求日】2021-06-21
(31)【優先権主張番号】P 2019001149
(32)【優先日】2019-01-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【氏名又は名称】木村 健治
(74)【代理人】
【識別番号】100102990
【氏名又は名称】小林 良博
(72)【発明者】
【氏名】山縣 龍太郎
(72)【発明者】
【氏名】森重 宣郷
(72)【発明者】
【氏名】田中 一郎
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-066061(JP,A)
【文献】特開2017-133072(JP,A)
【文献】特開平06-220539(JP,A)
【文献】国際公開第2006/126660(WO,A1)
【文献】国際公開第2008/062853(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/117673(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 8/12, 9/46
H01F 1/12- 1/38, 1/44
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.0050%以下、
Si:2.5~4.5%、
Mn:0.02~0.20%、
S及びSeからなる群から選択される1種以上の元素:合計で0.005%以下、
sol.Al:0.010%以下、及び
N:0.010%以下、
を含有し、残部はFe及び不純物からなる化学組成を有する母材鋼板と、
前記母材鋼板の表面上に形成されており、Mg
2SiO
4を主成分として含有する一次被膜とを備え、
前記母材鋼板の板厚方向において、前記一次被膜側から前記母材鋼板側に向かう方向を正としたときの前記母材鋼板側の前記一次被膜の表面の高さ及び前記一次被膜中の成分情報を鋼板表面に平行な面に投影して展開した特性X線強度及び高さ相関分布図において、
前記一次被膜の表面高さの中央値をH0として、H0+0.2μm
以上の高さとなる前記母材鋼板側に存在する前記一次被膜を「嵌入酸化物層領域」と、H0+0.2μm
未満の高さとなる前記一次被膜側に存在する前記一次被膜を「表面酸化物層領域」と規定し、かつ、
Alの特性X線強度の最大値を特定し、該Alの特性X線強度の最大値の20%以上のAlの特性X線強度が得られる領域を「Al濃化領域」としたとき、
前記一次被膜が、
(1) 前記Al濃化領域の数密度D3:0.020~0.180個/μm
2、
(2) (前記嵌入酸化物層領域でありかつ前記Al濃化領域である領域の合計面積S5)/(前記Al濃化領域の合計面積S3)≧33%、
(3) 前記嵌入酸化物層領域でありかつ前記Al濃化領域である領域の板厚方向の高さの平均値からH0を引いた距離H5:0.4~4.0μm、
(4) (前記嵌入酸化物層領域の合計面積S1)/(観察面積S0)≧15%、
の条件を満足
し、
前記一次被膜がY、La、Ceからなる群から選択される1種以上の元素、及び、Ca、Sr、Baからなる群から選択される1種以上の元素を含有し、かつ、
前記特性X線強度及び高さ相関分布図において、Ca、Sr、Baそれぞれの特性X線強度の最大値を特定し、前記Caの特性X線強度の最大値の20%以上のCaの特性X線強度が得られる領域と、前記Srの特性X線強度の最大値の20%以上のSrの特性X線強度が得られる領域と、前記Baの特性X線強度の最大値の20%以上のBaの特性X線強度が得られる領域とを合せて「Ca群元素濃化領域」としたとき、
前記一次被膜が
(5) 前記一次被膜中のMg
2
SiO
4
の含有量に対する、前記Y、La、Ceからなる群から選択される1種以上の元素の合計含有量の割合:0.1~6.0質量%、
(6) 前記一次被膜中のMg
2
SiO
4
の含有量に対する、前記Ca、Sr、Baからなる群から選択される1種以上の元素の合計含有量の割合:0.1~6.0質量%、
(7) 前記Ca群元素濃化領域の数密度D4:0.008個/μm
2
以上、
の条件を満足することを特徴とする方向性電磁鋼板。
【請求項2】
MgOを主成分とする焼鈍分離剤であって、
Y、La、Ceからなる群から選択される1種以上の元素、及び、Ca、Sr、Baからなる群から選択される1種以上の元素を含有し、
前記MgOの含有量に対する、Mg、Y、La、Ce、Ca、Sr、Baの含有量の割合(質量%)をそれぞれ[Mg]、[Y]、[La]、[Ce]、[Ca]、[Sr]、[Ba]と表したとき、
(8) (0.253[Y]+0.180[La]+0.170[Ce])/0.454[Mg]:0.40~3.60、
(9) (0.353[Ca]+0.252[Sr]+0.195[Ba])/0.454[Mg]:0.20~2.20、
を満たし、
さらに、
(10) 前記MgOの平均粒径R1:0.08~1.50μm、
(11) 前記Ca群元素濃化領域における前記Ca、Sr、Baからなる群から選択される1種以上の元素を含有する粒子の平均粒径R2:0.08~1.50μm、
(12) (前記平均粒径R2)/(前記平均粒径R1):
0.30~3.0、
(13) Ca群元素を含有する粒子の数密度≧250億個/cm
3、
の条件を満足することを特徴とする
請求項1に記載の方向性電磁鋼板の製造に使用する焼鈍分離剤。
【請求項3】
前記Y、La、Ceからなる群から選択される1種以上の元素を含有する粒子が、さらに酸素を含有することを特徴とする請求項
2に記載の焼鈍分離剤。
【請求項4】
Ti、Zr、Hfからなる群から選択される1種以上の元素をさらに含有することを特徴とする請求項
2または3に記載の焼鈍分離剤。
【請求項5】
質量%で、
C:0.100%以下、
Si:2.5~4.5%、
Mn:0.02~0.20%、
S及びSeからなる群から選択される1種以上の元素:合計で0.005~0.070%、
sol.Al:0.005~0.050%、
N:0.001~0.030%、
及び、
Bi,Te及びPbからなる群から選択される1種以上の元素を、合計で0.030%以下
を含有し、残部がFe及び不純物からなるスラブを熱間圧延して熱延鋼板を製造する工程と、
前記熱延鋼板に対して80%以上の冷延率で冷間圧延を実施して冷延鋼板を製造する工程と、
前記冷延鋼板に対して脱炭焼鈍を実施して脱炭焼鈍板を製造する工程と、
前記脱炭焼鈍板の表面に、水性スラリーを塗布し乾燥する工程と、
前記水性スラリーが乾燥された後の鋼板に対して仕上焼鈍を実施する工程とを備え、
前記水性スラリーが、前記請求項
2~
4のいずれか一項に記載の焼鈍分離剤を含むことを特徴とする
請求項1に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項6】
前記Feの一部に代えて、さらにCu、Sn及びSbからなる群から選択される1種以上の元素を、合計で0.60%以下含有する、請求項
5に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項7】
質量%で、
C:0.100%以下、
Si:2.5~4.5%、
Mn:0.02~0.20%、
S及びSeからなる群から選択される1種以上の元素:合計で0.005~0.070%、
sol.Al:0.005~0.050%、
N:0.001~0.030%
、及び、
Bi,Te及びPbからなる群から選択される1種以上の元素を、合計で0.030%以下
を含有し、残部がFe及び不純物からなるスラブを熱間圧延して熱延鋼板を製造する工程と、
前記熱延鋼板に対して80%以上の冷延率で冷間圧延を実施して冷延鋼板を製造する工程と、
前記冷延鋼板に対して脱炭焼鈍を実施して脱炭焼鈍板を製造する工程と、
前記脱炭焼鈍板の表面に、水性スラリーを塗布し乾燥する工程とを備え、
前記水性スラリーが、前記請求項
2~
4のいずれか一項に記載の焼鈍分離剤を含むことを特徴とする
請求項1に記載の方向性電磁鋼板を製造するための仕上焼鈍用鋼板の製造方法。
【請求項8】
前記Feの一部に代えて、さらにCu、Sn及びSbからなる群から選択される1種以上の元素を、合計で0.60%以下含有する、請求項
7に記載の
方向性電磁鋼板を製造するための仕上げ焼鈍用鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気特性と被膜密着性が優れた方向性電磁鋼板、方向性電磁鋼板の製造に利用される焼鈍分離剤、及び方向性電磁鋼板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、質量%で、Siを0.5~7%程度含有し、結晶方位を{110}<001>方位(ゴス方位)に集積させた鋼板である。結晶方位の制御には、二次再結晶と呼ばれるカタストロフィックな粒成長現象が利用される。
【0003】
方向性電磁鋼板の製造方法は次のとおりである。スラブを加熱して熱間圧延を実施して、熱延鋼板を製造する。熱延鋼板を必要に応じて焼鈍する。熱延鋼板を酸洗する。酸洗後の熱延鋼板に対して、80%以上の圧延率で冷間圧延を実施して、冷延鋼板を製造する。冷延鋼板に対して脱炭焼鈍を実施して、一次再結晶を発現させる。脱炭焼鈍後の冷延鋼板に対して仕上焼鈍を実施して、二次再結晶を発現させる。以上の工程により、方向性電磁鋼板が製造される。
【0004】
上述の脱炭焼鈍後であって、仕上焼鈍前に、冷延鋼板の表面上に、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を付着させる。通例、その方法は、焼鈍分離剤成分を含有する水性スラリーを冷延鋼板に塗布し、乾燥させることによって実施される。焼鈍分離剤が付着した冷延鋼板をコイルに巻取った後、仕上焼鈍を実施する。仕上焼鈍時に、焼鈍分離剤中のMgOと、脱炭焼鈍時に冷延鋼板の表面に形成された内部酸化層中のSiO2とが反応し、フォルステライト(Mg2SiO4)を主成分とする一次被膜が鋼板表面上に形成される。一次被膜が形成された後、一次被膜上に、たとえば、コロイダルシリカ及びリン酸塩からなる絶縁コーティング液を塗布して、絶縁被膜(二次被膜ともいう)を形成する。一次被膜及び絶縁被膜は、母材鋼板よりも熱膨脹率が小さい。そのため、一次被膜は、絶縁被膜とともに、母材鋼板に張力を付与して鉄損を低減する。一次被膜はさらに、絶縁被膜の母材鋼板への密着性を高める。一次被膜の母材鋼板への密着性は高い方が好ましい。
【0005】
一方で、方向性電磁鋼板の低鉄損化には、磁束密度を高くしてヒステリシス損を低下することも有効である。
【0006】
方向性電磁鋼板の磁束密度を高めるには、母材鋼板の結晶方位をGoss方位に集積させることが有効である。Goss方位への集積を高めるための技術が、特許文献1~3に提案されている。これらの特許文献では、インヒビター(正常結晶粒成長を抑制する析出物)の作用を強化する磁気特性改善元素(Sn、Sb、Bi、Te、Pb、Se等)を母材鋼板に含有させる。これにより、結晶方位のGoss方位への集積が高まり、方向性電磁鋼板の磁束密度を高めることができる。
【0007】
しかしながら、母材鋼板/一次被膜界面は、なるべく界面エネルギーが低くなるように形成するため、前述の母材鋼板/一次被膜界面は平坦になる。特に、母材鋼板が、磁気特性改善元素を含有する場合、より平坦になりやすい。母材鋼板/一次被膜界面が、より平たんとなった場合は、一次被膜と母材鋼板の物理的な結合力を生む一次被膜の嵌入構造が失われることで、一次被膜の母材鋼板への密着性が低下する。
【0008】
一次被膜の鋼板への密着性を高める技術が特許文献4、及び5に開示されている。
【0009】
特許文献4では、スラブ成分にCeを0.001~0.1質量%含有させ、鋼板表面にCeを0.01~1000mg/m2含む一次被膜を形成する。特許文献5では、方向性電磁鋼板は、Si:1.8~7質量%を含有し、表面にフォルステライトを主成分とする一次被膜を有し、一次被膜中にCe、La、Pr、Nd、Sc、Yの1種または2種を目付量で片面あたり0.001~1000mg/m2含有し、Sr、Ca、Baの内の1種または2種以上を目付量で片面あたり総量で0.01~100mg/m2含有することを特徴とする。
【0010】
特許文献5では、脱炭焼鈍を施した母材鋼板表面に、焼鈍分離剤を塗布、乾燥し、仕上焼鈍を行う一連の工程を含む製造方法が開示されている。MgOを主成分とした焼鈍分離剤の中に、平均粒径が0.1~25μmのCe、La、Pr、Nd、Sc、Yの酸化物、水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の1種または2種以上を、金属換算でMgOに対して総量で0.01~14質量%の範囲で含有させることを特徴とする、磁気特性と被膜密着性に優れた方向性電磁鋼板の製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開平6-88171号公報
【文献】特開平8-269552号公報
【文献】特開2005-290446号公報
【文献】特開2008-127634号公報
【文献】特開2012-214902号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
被膜の密着性については、剪断加工での端面剥離や曲げ加工での表面剥離について様々な検討がなされているが、これを厳密に区別しての最適な鋼板及び製法が提示されているとは言えない。剪断と曲げによる剥離挙動は異なっているため、特に近年の、曲げ加工度が高い鉄心製造法に供する電磁鋼板として、従来よりも厳しい曲げ加工を施した際に被膜が剥離しない密着性が必要となっている。
焼鈍分離剤にY、La、Ce、Sr、Ca、Baを含有させて、Y、La、Ce、Sr、Ca、Baを含有する一次被膜を形成する場合、剪断加工に対する一次被膜密着性に問題がなくても曲げ加工に対する一次被膜密着性が不足する場合や、磁気特性が劣化する場合があるなどの課題があり、曲げ加工に対する一次被膜密着性(以下、単に「被膜密着性」という)がある材料が望まれている。
【0013】
本発明の目的は、磁気特性に優れ、一次被膜の母材鋼板への密着性に優れた方向性電磁鋼板、方向性電磁鋼板の製造に利用される焼鈍分離剤、及び、方向性電磁鋼板の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、方向性電磁鋼板の一次被膜と母材鋼板との界面の構造を制御し、規定して、一次皮膜の構造を特定するものである。本明細書ではこの界面構造を記述するため特別な用語を定義し使用する。まず、これらの用語について説明する。
本発明では、
図1に模式的に示す形状的特徴を基に、一次被膜を板厚方向に2つの領域に分割してそれぞれの領域における構造を規定する。以下の説明において、2つの領域を表現するために、表面側を「表面酸化物層(1)」、母材鋼板側を「嵌入酸化物層(2)」という用語を用いる。表面酸化物層(1)とは、母材鋼板の表面を比較的一様に被覆している一次被膜部分(以下、これを「表面酸化物」と記述することがある)が存在する板厚方向の領域である。嵌入酸化物層(2)とは、母材鋼板中に食い込んだ一次被膜部分(以下、これを「嵌入酸化物」と記述することがある)が存在する板厚方向の領域である。両者を分割する深さの基準値H0については後述する。
このような一次被膜と母材鋼板の界面の構造、特に形状の特徴は、一般的に「根」という用語を用いて表現されることがある。
【0015】
方向性電磁鋼板の一次被膜と母材鋼板との界面は、嵌入酸化物が母材鋼板内部に進入した凹凸形状となっている。嵌入酸化物の侵入深さが深くなり、酸化物粒子の個数の数密度(個/μm3)が増加すると、いわゆるアンカー効果により一次被膜の母材鋼板に対する密着性は高まる。
【0016】
一方で、嵌入酸化物が母材鋼板内部に進入しすぎると、二次再結晶時の鋼板の結晶粒成長や磁化時の磁壁移動の阻害要因となり、磁気特性が劣化する。
【0017】
また、一次被膜は鋼板に張力を付与し鉄損を下げる効果がある。張力を大きくするためには、表面酸化物層(1)は、線膨張係数の小さいMg2SiO4の含有量が高くことが好ましく、表面酸化物層(1)が厚いことが望ましい。
【0018】
本発明者らは、以上の一般的な認識に基づいて、磁気特性改善元素を含有する方向性電磁鋼板の磁気特性、及び、Y、La、Ce及びCa、Sr、Baを含有する焼鈍分離剤を使用して形成される一次被膜の密着性について調査及び検討を行った。以下の説明では、Y、La、Ceからなる群から選択される1種以上の元素をまとめて「Y群元素」、Ca、Sr、Baからなる群から選択される1種以上の元素をまとめて「Ca群元素」と記述することがある。
その結果、本発明者らは次の知見を得た。
【0019】
焼鈍分離剤にY群元素及びCa群元素を含有させて一次被膜を形成した場合、剪断加工に対する被膜密着性は十分であっても、曲げ加工に対する被膜密着性が十分に得られないことがある。また、曲げ加工に対する被膜密着性が良好でない鋼板は、鉄損や磁束密度も良好でない場合が多い。
以降、剪断加工に対する被膜密着性と曲げ加工に対する被膜密着性を明確に区別する必要がない場合は、単に「密着性」と記述し、剪断加工に対する被膜密着性と曲げ加工に対する被膜密着性を含めた意図として用いる。
本発明者らは、焼鈍分離剤中のY群元素及びCa群元素の影響についてさらに検討した結果、次の知見を得た。
【0020】
焼鈍分離剤にY群元素が含有される場合、嵌入酸化物層(2)が厚くなる。これにより剪断加工に対する被膜密着性が改善する。
また、焼鈍分離剤にCa群元素が含有される場合、焼鈍分離剤中でこれら元素が適度に分散していると、形成される一次皮膜の嵌入酸化物層(2)の数密度が増加し、剪断加工に対する被膜密着性が改善する。さらに、一次皮膜中の以下に規定するCa群元素濃化領域におけるCa群元素を含有する粒子の大きさがMgO粒径に対して適当な大きさであると、曲げ加工に対する被膜密着性が高くなり、磁気特性の劣化も抑えられる。このとき表面酸化物層(1)は、その厚さが均一になるとともに、Mg
2SiO
4相が増加する。曲げ加工に対する被膜密着性の改善は、表面酸化物層(1)の厚さが均一になり、曲げ加工時に、表面酸化物層(1)の厚さが薄い領域への局所的な応力の集中が回避されることが原因と考えられる。また、磁気特性の改善は、表面酸化物層(1)中のMg
2SiO
4相の量が増すため、鋼板に作用する張力が高くなることが原因と考えられる。
さらに、このような良好な特性を持つ一次被膜は、単に界面凹凸の形状だけでなく、一次被膜の界面近傍におけるAlの存在形態により特徴づけられることを明らかにした。また、このような一次被膜を形成するために使用する焼鈍分離剤が有する特徴を明確にした。
母材鋼板と一次被膜の界面は、
図1に示すように凹凸を有する複雑な三次元形状となる。明らかになったAlの存在形態の特徴は本質的には「三次元的な構造」として定量化すべきものではあるが、三次元であり、かつ複雑な構造のため定量化が困難であった。このため、本発明者らは、界面構造に関する情報を後述のように鋼板表面に平行な面に投影し、その「平面」において界面が有する特徴を規定することを試みた。そして、本発明の効果が、この「投影平面上の特徴」による定量的な規定により評価及び説明が可能であることを確認した。
【0021】
これら知見により得られる本発明の特徴は以下の通りである。
すなわち、Mg2SiO4を主体とする一次被膜及び一次被膜と母材鋼板の界面が次の(1)~(4)に示す特徴を満足すれば、嵌入酸化物層(2)及び表面酸化物層(1)が適切なものとなり、剪断加工及び曲げ加工に対する一次被膜の密着性と鉄損特性の両立が可能となる。
(1) Al濃化領域の個数の数密度D3:0.020~0.180個/μm2、
(2) (嵌入酸化物層領域でありかつAl濃化領域である領域の面積S5)/(Al濃化領域の面積S3)≧0.33(33%)、
(3) 嵌入酸化物層領域でありかつAl濃化領域である領域の板厚方向の高さの平均値からH0を引いた距離H5:0.4~4.0μm、
(4) (嵌入酸化物層領域の合計面積S1)/(観察面積S0)≧0.15(15%)。
さらにY群元素及び、Ca群元素を含有する一次被膜であり、下記(5)~(7)の条件を満足することは好適な形態である。
(5) Y群元素の合計含有量:0.1~6.0質量%、
(6) Ca群元素の合計含有量:0.1~6.0質量%、
(7) Ca群元素濃化領域の数密度D4:0.008個/μm2以上。
【0022】
そして、上記の一次被膜を形成できる、MgOを主体とし、Y群元素及びCa群元素を含有する焼鈍分離剤は次の(8)~(13)の条件で規定できる。
(8) (0.253[Y]+0.180[La]+0.170[Ce])/0.454[Mg]×100(%):0.40~3.60%、
(9) (0.353[Ca]+0.252[Sr]+0.195[Ba])/0.454[Mg]×100(%):0.20~2.20%、
(10) MgOの平均粒径R1:0.08~1.50μm、
(11) 焼鈍分離剤中のCa群元素を含有する粒子の平均粒径R2:0.08~1.50μm、
(12) (平均粒径R2)/(平均粒径R1)=0.30~3.0、
【0023】
さらに上の(8)~(12)の条件は、仕上焼鈍直前の鋼板の表面に形成されている焼鈍分離剤の層において、少なくとも母材鋼板表面から3.0μmまでの領域で実現されていることが好ましい。
また、Ca群元素を含有する原料粉末の粒子は、鋼板表面に塗布乾燥されるまでの間に凝集しやすいので、原料粉末において、
(13) Ca群元素を含有する粒子の数密度≧250億個/cm3を満たすことが必要である。
【0024】
これら知見により得られる本発明の要旨は以下の通りである。
本発明による方向性電磁鋼板は、質量%で、C:0.0050%以下、Si:2.5~4.5%、Mn:0.02~0.2%、S及びSeからなる群から選択される1種以上の元素:合計で0.005%以下、sol.Al:0.010%以下、及びN:0.010%以下を含有し、残部はFe及び不純物からなる化学組成を有する母材鋼板と、前記母材鋼板の表面上に形成されており、Mg2SiO4を主成分として含有する一次被膜とを備え、前記鋼版の板厚方向において、前記一次被膜側から前記母材鋼板側に向かう方向を正としたときの前記母材鋼板側の前記一次被膜表面の高さ及び前記一次被膜中成分情報を鋼板表面に平行な面に投影して展開した特性X線強度及び高さ相関分布図において、前記一次被膜の母材鋼板側の表面高さの中央値をH0として、H0+0.2μm以上の高さとなる前記母材鋼板側に存在する前記一次被膜を「嵌入酸化物層領域」と、H0+0.2μm未満の高さとなる前記一次被膜側に存在する前記一次被膜を「表面酸化物層領域」と分類し、かつ、Alの特性X線強度の最大値を特定し、該Alの特性X線強度の最大値の20%以上のAlの特性X線強度が得られる領域を「Al濃化領域」としたとき、
前記一次被膜が、
(1) 前記Al濃化領域の数密度D3:0.020~0.180個/μm2、
(2) (前記嵌入酸化物層領域でありかつ前記Al濃化領域である領域の合計面積S5)/(前記Al濃化領域の合計面積S3)≧33%、
(3) 前記嵌入酸化物層領域でありかつ前記Al濃化領域である領域の板厚方向の高さの平均値からH0を引いた距離H5:0.4~4.0μm、
(4) (前記嵌入酸化物層領域の合計面積S1)/(観察面積S0)≧15%
の条件を満足することを特徴とする。
【0025】
また、前記方向性電磁鋼板は、前記一次被膜がY、La、Ceからなる群から選択される1種以上の元素、及び、Ca、Sr、Baからなる群から選択される1種以上の元素を含有し、かつ、前記特性X線強度分布図において、Ca、Sr、Baそれぞれの特性X線強度の最大値を特定し、前記Caの特性X線強度の最大値の20%以上のCaの特性X線強度が得られる領域と、前記Srの特性X線強度の最大値の20%以上のSrの特性X線強度が得られる領域と、前記Baの特性X線強度の最大値の20%以上のBaの特性X線強度が得られる領域とを合せて「Ca群元素濃化領域」としたとき、
前記一次被膜が
(5) 前記一次被膜中のMg2SiO4の含有量に対する、前記Y、La、Ceからなる群から選択される1種以上の元素の合計含有量の割合:0.1~6.0質量%、
(6) 前記一次被膜中のMg2SiO4の含有量をに対する、前記Ca、Sr、Baからなる群から選択される1種以上の元素の合計含有量の割合:0.1~6.0質量%、
(7) 前記Ca群元素濃化領域の数密度D4:0.008個/μm2以上
の条件を満足することを特徴とすることが好ましい。
【0026】
本発明による方向性電磁鋼板の製造に用いられる焼鈍分離剤は、MgOを主成分とする焼鈍分離剤であって、Y、La、Ceからなる群から選択される1種以上の元素、及び、Ca、Sr、Baからなる群から選択される1種以上の元素を含有し、前記MgOの含有量に対する、Mg、Y、La、Ce、Ca、Sr、Baの含有量の割合(質量%)をそれぞれ[Mg]、[Y]、[La]、[Ce]、[Ca]、[Sr]、[Ba]と表したとき、
(8) (0.253[Y]+0.180[La]+0.170[Ce])/0.454[Mg]:0.40~3.60、
(9) (0.353[Ca]+0.252[Sr]+0.195[Ba])/0.454[Mg]:0.20~2.20、
を満たし、
(10) 前記MgOの平均粒径R1:0.08~1.50μm、
(11) 前記Ca、Sr、Baからなる群から選択される1種以上の元素を含有する粒子の平均粒径R2:0.08~1.50μm、
(12) (前記平均粒径R2)/(前記平均粒径R1):0.30~3.0、
(13) Ca群元素を含有する粒子の数密度≧250億個/cm3
の条件を満足することを特徴とする。
【0027】
また、前記焼鈍分離剤は、前記Y、La、Ceからなる群から選択される1種以上の元素を含有する粒子が、さらに酸素を含有することを特徴とすることが好ましい。
【0028】
本発明による方向性電磁鋼板の製造方法は、質量%で、C:0.1%以下、Si:2.5~4.5%、Mn:0.02~0.2%、S及びSeからなる群から選択される1種以上の元素:合計で0.005~0.07%、sol.Al:0.005~0.05%、及び、N:0.001~0.030%を含有し、残部がFe及び不純物からなるスラブを熱間圧延して熱延鋼板を製造する工程と、前記熱延鋼板に対して80%以上の冷延率で冷間圧延を実施して冷延鋼板を製造する工程と、前記冷延鋼板に対して脱炭焼鈍を実施して脱炭焼鈍板を製造する工程と、前記脱炭焼鈍板の表面に、水性スラリーを塗布し乾燥する工程と、前記水性スラリーが乾燥された後の鋼板に対して仕上焼鈍を実施する工程とを備え、前記乾燥後の鋼板表面を被覆する物質が、上記の焼鈍分離剤であることを特徴とする。
【0029】
本発明による方向性電磁鋼板を製造するための仕上焼鈍用鋼板の製造方法は、質量%で、C:0.1%以下、Si:2.5~4.5%、Mn:0.02~0.2%、S及びSeからなる群から選択される1種以上の元素:合計で0.005~0.07%、sol.Al:0.005~0.05%、及び、N:0.001~0.030%を含有し、残部がFe及び不純物からなるスラブを熱間圧延して熱延鋼板を製造する工程と、前記熱延鋼板に対して80%以上の冷延率で冷間圧延を実施して冷延鋼板を製造する工程と、前記冷延鋼板に対して脱炭焼鈍を実施して脱炭焼鈍板を製造する工程と、前記脱炭焼鈍板の表面に、水性スラリーを塗布し乾燥する工程とを備え、前記乾燥後の鋼板表面を被覆する物質が、上記の焼鈍分離剤であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0030】
本発明による方向性電磁鋼板は、磁気特性に優れ、一次被膜の母材鋼板への密着性に優れる。また、本発明による焼鈍分離剤は、本発明の方向性電磁鋼板の製造工程において使用される。そして、本発明の焼鈍分離剤を使用した本発明の製造方法により、本発明の方向性電磁鋼板を製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【
図1】20μm×15μm一次被膜サンプルの模式図である。
【
図2】レーザ顕微鏡で得られる一次被膜の高さ情報データに適用するガウシアンフィルターを説明する図である。
【
図3】剥離させた一次被膜裏面と嵌入部の三次元構造を示す模式図である。
【
図4】特性X線強度及び高さ相関分布図を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
詳細は後述するが、本発明では方向性電磁鋼板の一次被膜と母材鋼板の界面の構造を特定するため、方向性電磁鋼板から剥離した一次被膜の母材鋼板に密着していた側の表面、つまり一次被膜と母材鋼板との界面を形成していた側の一次被膜の面を観察する。この観察面を走査型共焦点レーザ顕微鏡で分析して界面の凹凸分布(界面の深さ方向の情報)を得る。さらに観察面をSEM-EDSを用いて分析し、特性X線強度から一次被膜に存在する各種元素の濃度分布を得る。これらの各機器での観察が剥離元の鋼板表面に対して垂直な方向で行われるため、得られる情報は、三次元構造を有する一次被膜の情報(位置、特性X線強度)を鋼板表面に平行な平面に投影したものとなる。
以降の本明細書における界面に関する説明は、「上記投影平面上の特徴」を用いた説明であることを最初に断っておく。例えば界面の構造に関する「面積」は上記の投影平面上で得られる面積であり、元素の存在領域は、上記投影面上で得られる元素の特性X線強度に基づき特定されるものである。
ただし、これらの投影平面上で得られる一次皮膜の情報は本発明の特徴を不都合なく説明できるものであることは確認しており、これらの投影平面上での一次皮膜の情報により本発明を説明することが、一次被膜の三次元構造が本質的な特徴と考えられる本発明の意義を失わせるものでないことは言うまでもない。
また、本明細書において、特に断らない限り、数値A及びBについて「A~B」という表記は「A以上B以下」を意味するものとする。かかる表記において数値Bのみに単位を付した場合には、当該単位が数値Aにも適用されるものとする。また、本明細書において、「主成分」とはある物質に50質量%以上含まれている成分ことを言い、好ましくは70質量%以上、より好ましくは90質量%以上であることを意味する。
【0033】
以下、本発明による方向性電磁鋼板、焼鈍分離剤、及び本発明の製造方法について詳述する。本明細書において、元素の含有量に関する%は、特に断りのない限り、質量%を意味する。
【0034】
本発明による方向性電磁鋼板は、母材鋼板と、母材鋼板表面に形成されている一次被膜とを備える。
【0035】
[母材鋼板]
本発明の方向性電磁鋼板を構成する母材鋼板の化学組成は、次の元素を含有する。ただし本発明の特徴は一次被膜にあり、母材鋼板は特別なものである必要はない。
【0036】
C:0.0050%以下
炭素(C)は、製造工程中における脱炭焼鈍工程完了までの組織制御に有効な元素であるが、C含有量が0.0050%を超えれば、製品板である方向性電磁鋼板の磁気特性が低下する。したがって、C含有量は0.0050%以下である。C含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、C含有量を0.0001%未満に低減しても、製造コストが掛るだけで、上記効果はそれほど変化しない。したがって、C含有量の好ましい下限は0.0001%である。
【0037】
Si:2.5~4.5%
シリコン(Si)は鋼の電気抵抗を高めて、渦電流損を低減する。Si含有量が2.5%未満であれば、上記効果が十分に得られない。一方、Si含有量が4.5%を超えれば、鋼の冷間加工性が低下する。したがって、Si含有量は2.5~4.5%である。Si含有量の好ましい下限は2.6%であり、さらに好ましくは2.8%である。Si含有量の好ましい上限は4.0%であり、さらに好ましくは3.8%である。
【0038】
Mn:0.02~0.2%
マンガン(Mn)は、製造工程中において、S及びSeと結合してMnS及びMnSeを形成する。これらの析出物は、インヒビター(正常結晶粒成長の抑制剤)として機能し、鋼において、二次再結晶を起こさせる。Mnはさらに、鋼の熱間加工性を高める。Mn含有量が0.02%未満であれば、上記効果が十分に得られない。一方、Mn含有量が0.2%を超えれば、二次再結晶が発現せず、鋼の磁気特性が低下する。したがって、Mn含有量は0.02~0.2%である。Mn含有量の好ましい下限は0.03%であり、さらに好ましくは0.04%である。Mn含有量の好ましい上限は0.13%であり、さらに好ましくは0.10%である。
【0039】
S及びSeからなる群から選択される1種以上の元素:合計で0.005%以下
硫黄(S)及びセレン(Se)は、製造工程中において、Mnと結合して、インヒビターとして機能するMnS及びMnSeを形成する。しかしながら、これらの元素の含有量が合計で0.005%を超えれば、残存するインヒビターにより、磁気特性が低下する。さらに、S及びSeの偏析により、方向性電磁鋼板において、表面欠陥が発生する場合がある。したがって、方向性電磁鋼板において、S及びSeからなる群から選択される1種以上の元素の合計含有量は0.005%以下である。方向性電磁鋼板におけるS及びSe含有量の合計はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、方向性電磁鋼板中のS含有量及びSe含有量の合計を0.0005%未満に低減しても、製造コストが高くなるだけで、上記効果はそれほど変化しない。したがって、方向性電磁鋼板中のS及びSeからなる群から選択される1種以上の元素の合計含有量の好ましい下限は0.0005%である。
【0040】
sol.Al:0.010%以下
アルミニウム(Al)は、方向性電磁鋼板の製造工程中において、Nと結合してAlNを形成し、インヒビターとして機能する。しかしながら、方向性電磁鋼板中のsol.Al含有量が0.010%を超えれば、母材鋼板中に上記インヒビターが過剰に残存するため、磁気特性が低下する。したがって、sol.Al含有量は0.010%以下である。sol.Al含有量の好ましい上限は0.004%であり、さらに好ましくは0.003%である。sol.Al含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、方向性電磁鋼板中のsol.Al含有量を0.0001%未満に低減しても、製造コストが高くなるだけで、上記効果はそれほど変化しない。したがって、方向性電磁鋼板中のsol.Al含有量の好ましい下限は0.0001%である。なお、本明細書において、sol.Alは酸可溶Alを意味する。したがって、sol.Al含有量は、酸可溶Alの含有量である。
注意を要するのは、後述するように本発明の一次被膜の特徴となるAlは母材鋼板を由来とするものであることである。このため、一見すると母材鋼板のAl含有量がゼロであることが、一次被膜にAlが存在することと矛盾するように思えるが、一次被膜に濃化するのは、「製造途中の母材鋼板に含有されていたAl」であり、本発明の方向性電磁鋼板では、本発明の特徴であるAlの濃化が起きた後に、仕上焼鈍の一過程で「純化焼鈍」とも呼ばれる高温熱処理により母材鋼板のAlは系外に排出される。このため、最終的な母材鋼板にAlが含有されないことと、最終的な一次被膜に母材鋼板由来のAlが存在することとは矛盾するものではない。
【0041】
N:0.010%以下
窒素(N)は、方向性電磁鋼板の製造工程中において、Alと結合してAlNを形成し、インヒビターとして機能する。しかしながら、方向性電磁鋼板中のN含有量が0.01%を超えれば、方向性電磁鋼板中に上記インヒビターが過剰に残存するため、磁気特性が低下する。したがって、N含有量は0.01%以下である。N含有量の好ましい上限は0.004%であり、さらに好ましくは0.003%である。N含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、方向性電磁鋼板中のN含有量の合計を0.0001%未満に低減しても、製造コストが高くなるだけで、上記効果はそれほど変化しない。したがって、方向性電磁鋼板中のN含有量の好ましい下限は0.0001%である。
【0042】
本発明による方向性電磁鋼板の母材鋼板の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、母材鋼板を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境などから混入されるもの、又は、純化焼鈍において完全に純化されずに鋼中に残存する下記の元素等であって、本発明の方向性電磁鋼板に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0043】
<不純物について>
銅(Cu)、スズ(Sn)、アンチモン(Sb)、ビスマス(Bi)、テルル(Te)及び鉛(Pb)は、仕上焼鈍の一過程で「純化焼鈍」とも呼ばれる高温熱処理により、母材鋼板の中のCu,Sn,Sb,Bi,Te及びPbの一部が系外に排出される。これらの元素は仕上焼鈍において二次再結晶の方位選択性を高めて磁束密度を改善する作用を発揮するが、仕上焼鈍完了後は母材鋼板中に残存すると単なる不純物として鉄損を劣化させる。したがって、Cu,Sn、Sb、Bi、Te及びPbからなる群から選択される1種以上の元素の合計含有量は0.30%以下であることが好ましい。上述のとおりこれらの元素は不純物であるため、これらの元素の合計含有量はなるべく低い方が好ましい。
【0044】
[一次被膜]
一次被膜の特徴は本発明における最も重要である。この特徴は前述のように、その測定方法の限界もある。本発明では、一次被膜及び母材鋼板の界面の情報を、鋼板表面と平行な平面に投影し、その平面(以降、単に「投影平面」と記述することがある)の上で規定する。一次被膜の特徴を把握するには、この測定方法の理解が重要と考えられるので、最初に測定方法について説明する。
【0045】
<界面構造の測定方法>
表面に一次被膜が形成された方向性電磁鋼板を、母材鋼板のみが溶解するよう電解液中で定電位電解したのち、母材鋼板から一次被膜を分離し、観察用試料とする。なお、試料採取のための電解にあたっては、界面の母材鋼板が選択的に電解されることから、母材鋼板全てを電解する必要はなく、適当な電解量を設定すればよい。電解量はたとえば80C/cm2である。一次被膜の分離にあたっては、市販されている金属製のテープ等の粘着面に一次被膜を付着させたのち母材鋼板を取り除きテープ側に残ったものを観察する方法や、パラフィンを用いて包埋させたあとパラフィンを取り除く方法などがある。
以降、この分離した一次被膜を「界面観察用サンプル」、観察すべき一次被膜の母材鋼板に密着していた側の表面を「観察面」と記述することがある。
【0046】
次に界面観察用サンプルを剥離元の鋼板表面に垂直な方向(方向性電磁鋼板の板厚方向)から各種の観察機器で観察を行う。よって、各機器から得られるデータは界面観察用サンプルの持つ情報を、投影平面上に展開したものとなる。以降の説明はこの投影平面におけるデータを前提として説明する。つまり、例えば「界面において」という記述は、上記投影平面におけるデータの状況について説明したものとなる。ここで、上記板厚方向において、一次被膜側から母材鋼板側へ向かう方向を正とする。以下に使用する「高さ」の用語は、一次被膜側から母材鋼板側へ向かう方向を高いと表す。
【0047】
界面観察用サンプルの観察面について、SEM-EDS(型番:JSM-7900F、日本電子株式会社製)を用いて、Ca、Sr、Ba及びAlの特性X線強度分析を行う。この際、走査ステップは0.1μmとし、投影平面上での200×150画素の特性X線強度分布図を得て、任意の200×150画素の各観察領域を選ぶ。
また、上記観察領域を完全に包含する領域であって、上記特性X線強度分析を行った各観察領域と端が接しない領域を、走査型共焦点レーザ顕微鏡(型番:VK9710、キーエンス株式会社製)で分析し、投影平面上に観察面の凹凸データを得る。この際、走査ステップは0.1μmとする。得られた200×150画素のデータ配列に対し、サイズ3×3のガウシアンフィルタ(
図2)によるスムージングを1回実施する。さらに、スムージング後のデータ配列に対して幅方向の中心線、高さ方向の中心線を基準とした、自動の二次曲面補正を行い、補正後のデータ配列を得る。ここで、凹凸測定の走査ステップを、0.1μmでないDμmとした場合は、凹凸のデータ配列を0.1/D倍のサイズにバイリニア補完で縮小し、疑似的にデータ点の間隔が0.1μmとなった凹凸分布を得る。
図3は、剥離させた一次被膜裏面と嵌入部の三次元構造を示す模式図である。H0は、一次被膜の表面高さの中央値である。H1はH0よりも高い位置に存在する嵌入部の高さの平均値である。この位置(H1-H0)は、本発明では、0.40~2.00μmである。
図3を鋼板表面と平行な平面に投影し、ものが高さの凹凸分布情報を有する投影平面である。そして、凹凸分布から、特性X線強度分布図から選んだ200×150画素の各領域に対応する位置の200×150点のデータ配列を特定する。つまり、特性X線強度分布図のデジタル画像の200×150画素の各領域に対して、全ての画素が、それぞれ1つの凹凸データ(高さ)を持つようにする。
以下、これを特性X線強度及び高さ相関分布図と呼び、これを表した模式図を
図4に示す。
この図から得られる情報で被膜の形態を特定する方法について述べる。
【0048】
このようにして得られる、特性X線強度及び高さ相関分布図から、以下の手順で観察領域内に、以下に説明する領域A0~A5を確定する。
図4に示す特性X線強度及び凹凸相関分布図の模式図では、最外枠内の全ての観察領域をA0で示す。濃いグレーで塗りつぶした領域は、凹凸の中央値H0よりも高い領域である。薄いグレーの線で示す枠内はH0よりもさらに0.2μm高い領域(嵌入酸化物領域)A1である。薄いグレーの線で示す枠の外は、表面酸化物層領域A2である。Al(アルミニウム)濃化領域をA3(点で示す)およびA5(黒色で示す)で表す。特にA5は嵌入酸化物領域(A1)内に存在するAl(アルミニウム)濃化領域を示す。A4の領域(点線の枠内)は、以下に説明するCa群元素濃化領域を示す。
【0049】
領域A0は、観察領域全体、つまり20μm×15μmの領域であり、特性X線強度及び高さ相関分布図の全画素がこの領域A0に相当するものとなる。以下、A0を「観察領域」と記述することがある。
【0050】
領域A1及び領域A2は、特性X線強度及び高さ相関分布図の高さの分布をもとにして区分される。
本発明では、一次被膜を鋼板厚さ方向の位置H0を基準として板厚方向に2つの領域、「嵌入酸化物層(2)」と「表面酸化物層(1)」とに分類することは、前述(
図1)の通りである。領域A1及び領域A2はこの分類を投影平面上に展開した領域となる。
H0は、特性X線強度及び高さ相関分布図の高さデータの一次被膜の表面高さの中央値である。ここでは、200×150個の中央に近い2つの高さの値の算術平均値である。そして、板厚方向H0+0.2μm以上の高さとなる領域が「嵌入酸化物層(2)」であり、投影平面上で見たものが「嵌入酸化物層領域」A1である。同様に、板厚方向H0+0.2μm未満の高さとなる領域が「表面酸化物層(1)」であり、投影平面上では「表面酸化物層領域」A2である。
【0051】
領域A3及び領域A4は、特性X線強度及び高さ相関分布図の高さの分布をもとにして区分される。
特性X線強度及び高さ相関分布図のAl(アルミニウム)の特性X線強度の分布において、Alの特性X線強度の最大値を特定し、該Alの特性X線強度の最大値の20%以上のAlの特性X線強度が得られる領域がA3である。以下、領域A3を「Al濃化領域」と記述する。
また、特性X線強度及び高さ相関分布図において、Ca、Sr、Baそれぞれの特性X線強度を特定し、Caの特性X線強度の最大値の20%以上のCaの特性X線強度が得られる領域と、Srの特性X線強度の最大値の20%以上のSrの特性X線強度が得られる領域と、Baの特性X線強度の最大値の20%以上のBaの特性X線強度が得られる領域とを合わせた領域がA4である。つまり領域A4は、Ca、Sr、Baのいずれかの元素について、特性X線強度が、その元素の最大の特性X線強度の20%以上の強度となっている領域である。以下、領域A4を「Ca群元素濃化領域」と記述する。
【0052】
さらに、嵌入酸化物層領域A1に存在し、かつAl(アルミニウム)濃化領域A3である領域をA5として特定する。以下、領域A5を「嵌入Al(アルミニウム)領域」と記述する。
【0053】
次に上記領域において、各領域の個数の数密度(個/μm2)、各領域の総面積(μm2)、各領域の板厚方向の位置(高さ(μm))を特定する。面積が必要なのは、領域A0、A1、A3、及びA5であり、それぞれの合計面積をS0、S1、S3、及びS5とする。
領域の個数の数密度が必要なのは、A3及びA4である。A3及びA4の領域の個数の数密度を、それぞれD3、D4とする。領域の個数の数密度の特定においては、200×150画素中の画素が上下または左右に連続している場合、これらを一つの領域とみなした。また、3つ以下の画素からなる領域は、ノイズとみなして除外して、領域の個数を特定する。なお、1つの画素の面積は、前述したように測定時の走査ステップが0.1μm(より詳しくは0.092μm)であることから、領域の面積=0.1μm×0.1μm(より詳しくは0.092μm×0.092μm)×領域個数とする。
言うまでもないが、例えばD3は、領域A3について、画素単位で画素が連続している領域を一つの領域と見なして計測した領域の合計個数を、観察領域A0の面積(すなわち全観察面積であるS0)で除した値である。D4も同様の方法で算出している。
領域の板厚方向の位置が必要なのは、領域A5である。領域A5の位置をH5とする。なお、この位置は、表面酸化物層(1)と嵌入酸化物層(2)の境界であるH0を基準として特定する。具体的には領域A5であるすべての画素についての高さの平均値から、H0を引いた値である。領域A5は特性X線強度及び高さ相関分布図における高さが、H0+0.2μm以上の位置に存在する領域なので、領域A5の画素についての高さの平均値は必ずH0+0.2μm以上であり、結果的にH5は0.2μm以上の値となる。
【0054】
<一次被膜の特徴/Al分布>
以下では本発明の特徴的な一次被膜について説明する。本発明の一次被膜はMg2SiO4を主成分とするが、一次被膜と母材鋼板との界面近傍でのAl分布に大きな特徴があり、まずこれを説明する。
本発明は界面近傍におけるAl濃化領域A3の数密度である上記D3について、D3:0.020~0.180個/μm2であることを特徴とする。D3がこの範囲を外れると、曲げ加工に対する被膜密着性の向上効果を得ることができない。
また、Al濃化領域A3に対する、嵌入酸化物層領域A1に存在する嵌入Al領域A5の面積の割合、すなわちS5/S3について、S5/S3≧0.33(33%)であることを特徴とする。この割合が0.33未満になると、曲げ加工に対する被膜密着性の向上効果を得ることができない。
さらに、嵌入Al領域A5の板厚方向の位置H5について、H5:0.4~4.0μmであることを特徴とする。この値が0.4μm未満になると、曲げ加工に対する被膜密着性の向上効果を得ることができない。またH5の値が4.0μm超になる状態は、嵌入酸化物層(2)自体が過度に厚くなっていることを意味し、酸化物が磁化時の磁壁移動を妨げるため、磁気特性への悪影響が見られるようになる。
【0055】
上記のAl分布が曲げ加工性に影響を及ぼす理由は明確ではないが、以下のように考えている。
Alは酸化物形成傾向が強い元素であるため、仕上焼鈍中に、鋼板表面ではAlが選択的に酸化され母材鋼板内部から表面に向かってAlが拡散する。この際、表面酸化物においてMg2SiO4の一部が還元されMgAl2O4が形成されると、最終的な被膜張力が低下し磁気特性を劣化させるとともに、Mg2SiO4を主体とする表面酸化物層(1)の厚さが不均一になる。これを回避するにはAlを鋼板の内部で酸化させ、表面酸化物層(1)への到達を阻止することが解決策となり得る。つまりAlを、母材鋼板に深く進入している嵌入酸化物の先端領域にて酸化して固定すれば良い。
本発明は、嵌入酸化物層(2)の先端領域にAlが濃化した構造となっている。本発明ではAl濃化領域A3におけるAlの状態については何ら規定するものではないが、一次被膜の主成分がMg2SiO4であることを考慮すれば、上記A3内のAlは酸化物として存在していると考えることが妥当であり、上記の状況を発現させて、磁気特性の向上と曲げ加工に対する被膜密着性の改善を両立して達成できていると考えられる。
この状況を表す規定値が、H5であり、H5が0.4μm以上、すなわち嵌入Al領域A5がH0から0.4μm以上離れた鋼板内部側(嵌入酸化物の先端側)であれば上記状態が達成されていると考えられる。
そしてこのような嵌入Al領域が嵌入酸化物層(2)の先端にあるということは、D3が適度な範囲内の数値になることにもつながる。すなわち嵌入Al領域A5の数密度が少なく、界面全体にAlが到達すれば、D3が低いことになる。また、一時的に嵌入Al領域A5の密度が過剰に高くなるような状況が生じたとしても、隣接する嵌入Al領域A5同士の距離が短くなるため、一次被膜の成長に伴いそれらは合体してしまい最終的にはD3は過度に高い値にはなりにくい。このため、D3の適切な範囲が、0.020~0.180個/μm2となる。
また、上記のような適切な嵌入Al領域A5が形成されていれば、鋼板内部から拡散するAlは表面酸化層には到達しなくなるので、S5/S3は必然的に高い値となり、本発明で規定する0.33が下限になると考えられる。
【0056】
<一次被膜の特徴/嵌入酸化物層領域の存在>
本発明の一次被膜において、嵌入酸化物は外形的には顕著な特徴を有するとまでは言えないが、上述の特徴的なAl分布が嵌入酸化物層(2)の先端領域での現象を活用したものであることから、嵌入酸化物自体が存在しなければ特徴的なAl分布の形成も困難となる。
このため、嵌入酸化物の存在を規定するものとして、投影平面上における嵌入酸化物層領域の面積割合を規定する。なお、この規定の数値範囲自体は一般的な剪断加工における被膜密着性が優れた方向性電磁鋼板においても観察される程度のものであるが、特徴的なAl分布を得るための必要条件として重要とも言える。
本発明においては、(嵌入酸化物層領域の面積S1)/(観察面積S0)≧0.15(15%)であることが必要である。この値が0.15未満になるということは、1つずつの嵌入酸化物がそれなりの面積で形成されているとしても嵌入酸化物の個数の数密度が非常に低いか、または数密度がある程度の値であったとしても1つずつの嵌入酸化物の面積が小さいか、の状況になる。どちらの場合も、嵌入酸化物同士の間隔が比較的広くなっている状況を表している。このような状況では、鋼板内部から拡散してくるAlは表面酸化層領域に到達することになるため、前述の特徴的なAl分布の形成が困難となる。
【0057】
<一次被膜の特徴/一次被膜の組成とCa群元素の分布>
本発明の一次被膜はMg2SiO4を主成分とする。より具体的には、一次被膜は50~95質量%のMg2SiO4を含有する。残部は、主として一般的に知られているMgAl2O4などの酸化物や、Mnやアルカリ土類金属の硫化物である。
【0058】
さらに、本発明の一次被膜は、一次被膜中のMg2SiO4の含有量に対して、Y群元素を合計で0.1~6.0質量%含有し、Ca群元素を合計で0.1~6.0質量%含有することが好ましい。
詳細は後述するが、前述のAl分布を実現するには、Y群元素を含有する焼鈍分離剤を使用することが好ましい。この場合、仕上焼鈍後の一次被膜にもY群元素が残存することになる。一次被膜におけるY群元素の合計含有量が0.1質量%未満では、曲げ加工に対する被膜密着性が向上しない。6.0質量%超では、嵌入酸化物層(2)の厚さが厚くなりすぎるため、磁気特性への悪影響が顕著となる。
【0059】
同様に、前述のAl分布を実現するには、Ca群元素を含有する焼鈍分離剤を使用することが好ましい。この場合、仕上焼鈍後の一次被膜にもCa群元素が残存することになる。
一次被膜におけるCa群元素の合計含有量が0.1質量%未満では、曲げ加工における被膜密着性を高めることができない。6.0質量%超では、嵌入酸化物層(2)の酸化物粒子の数密度が高くなりすぎて隣接する嵌入酸化物同士が合体して一体化するため、結果として嵌入酸化物粒子の数密度が低下するばかりか、特徴的なAl分布が得られず、曲げ加工における被膜密着性を高めることができない。
【0060】
一次被膜中のMg2SiO4含有量は、前述の方法で電磁鋼板から分離した一次被膜を試料として、試料中のMgを誘導結合プラズマ質量分析法(ICP―MS)で定量分析する。得られた定量値(質量%)とMg2SiO4の分子量との積を、Mgの原子量の2倍で除したものをMg2SiO4の含有量とする。
さらに同様に、Ca、Ba、Sr及びLa、Y、Ceのそれぞれについて、上記と同様の方法で定量分析を行い、得られた含有値(質量%)に対して、上記と同様の計算を行って、これらの元素の含有量を算出した。得られたCa、Ba、Srの含有量の合計を「Ca群元素含有量」とし、得られたLa、Y、Ceの含有量の合計を「Y群元素含有量」とした。
【0061】
さらに本発明の一次被膜がCa群元素を含有する場合、上記投影平面上における「Ca群元素濃化領域の数密度」D4が0.008個/μm2以上である。詳細は後述するが、焼鈍分離剤が含有するCa群元素は、一次被膜の形成過程で嵌入酸化物の数密度を制御するために重要な役割をしていると考えられる。ここで規定する一次被膜におけるCa群元素濃化領域の数密度D4は、一次被膜の形成過程で嵌入酸化物の形成に作用したCa群元素が一次被膜中に残存する場合の形態を表していると考えられる。D4が高くなると、Ca群元素が嵌入酸化物に偏りなく供給されるため、Al系酸化物の個数密度であるD3が高くなると同時に、嵌入酸化物の母鋼材の内部への進行を助長する。
D4が0.008個/μm2未満になると、嵌入酸化物粒子の数密度が十分に得られず密着性が向上しないばかりか、前述の特徴的なAl分布を得ることができない。
D4があまりに高いと、これに関連して形成される嵌入酸化物粒子の形成頻度も過度に高くなり、D3が過剰に高い場合と同様に、隣接する嵌入酸化物同士が合体して一体化するため、特徴的なAl分布の形成を阻害する。そのため、D4は2.000個/μm2以下である。
【0062】
[製造方法]
本発明による方向性電磁鋼板の製造方法の一例を説明する。
方向性電磁鋼板の製造方法の一例は、製鋼工程と、熱延工程と、熱延板焼鈍工程と、冷延工程と、脱炭焼鈍工程と、焼鈍分離剤層形成工程と、仕上焼鈍工程とを備える。以下、各工程について説明する。なお、以下の各工程の処理条件については、一般的な範囲を逸脱するものでなく、特別なものである必要はない。本発明方法において特徴的なのは、一次被膜の構造を制御するための、仕上焼鈍前の鋼板の表面を被覆する焼鈍分離剤である。
【0063】
<製鋼工程>
製鋼工程では、転炉などの通常の方法で溶鋼を溶製し、周知の精錬工程及び鋳造工程を実施することにより次の化学組成を有するスラブを製造する。なおスラブが含有する元素の一部は、後述の脱炭焼鈍及び仕上焼鈍工程にて鋼中から排出される。特に、一次再結晶を制御するためのC、及びインヒビターとして機能するS、Al、N等は大幅に取り除かれる。そのため、スラブの化学組成は最終製品の鋼板の化学組成とは異なる。
【0064】
C:0.005~0.100質量%、
C含有量が0.100質量%を超えれば、脱炭焼鈍に必要となる時間が長くなる。この場合、製造コストが高くなり、かつ、生産性も低下する。したがって、スラブ中のC含有量は0.100質量%以下である。スラブ中のC含有量の好ましい上限は0.092質量%であり、さらに好ましくは0.085質量%である。また、C含有量が0.005質量%を下回れば、MnS、MnSe及びAlNなどの析出物の分散状態ならびに脱炭焼鈍後の鋼板粒組織が均一に得られず、二次再結晶後のGoss方位集積度を悪化させる可能性がある。したがって、スラブ中のC含有量の下限は0.005質量%である。スラブ中のC含有量の好ましい下限は、0.020質量%であり、さらに好ましくは、0.040質量%である。
【0065】
Si:2.5~4.5質量%、
製品である方向性電磁鋼板の化学組成の項目で説明したとおり、Siは鋼の電気抵抗を高めるが、過剰に存在すると、冷間加工性が低下する。スラブ中のSi含有量が2.5~4.5質量%であれば、仕上焼鈍工程後の方向性電磁鋼板のSi含有量は、2.5~4.5質量%となる。スラブ中のSi含有量の好ましい上限は、4.0%であり、さらに好ましくは、3.8質量%である。スラブ中のSi含有量の好ましい下限は、2.6質量%であり、さらに好ましくは2.8質量%である。
【0066】
Mn:0.02~0.20質量%
製品である方向性電磁鋼板の化学組成の項目で説明したとおり、製造工程中において、MnはS及びSeと結合して析出物を形成し、インヒビターとして機能する。Mnはさらに、鋼の熱間加工性を高める。スラブ中のMn含有量が0.02~0.20質量%であれば、仕上焼鈍工程後の方向性電磁鋼板のMn含有量が0.02~0.20質量%となる。スラブ中のMn含有量の好ましい上限は0.13質量%であり、さらに好ましくは0.10質量%である。スラブ中のMn含有量の好ましい下限は0.03質量%であり、さらに好ましくは0.04質量%である。
【0067】
S及びSeからなる群から選択される1種以上の元素:合計で0.005~0.070質量%
製造工程中において、硫黄(S)及びセレン(Se)はMnと結合して、MnS及びMnSeを形成する。MnS及びMnSeはいずれも、二次再結晶中の結晶粒成長を抑制するために必要なインヒビターとして機能する。S及びSeからなる群から選択される1種以上の元素の合計含有量が0.005質量%未満であれば、上記効果が得られにくい。一方、S及びSeからなる群から選択される1種以上の元素の合計含有量が0.070質量%を超えれば、製造工程中において二次再結晶が発現せず、鋼の磁気特性が低下する。したがって、スラブにおいて、S及びSeからなる群から選択される1種以上の元素の合計含有量は0.005~0.070質量%である。S及びSeからなる群から選択される1種以上の元素の合計含有量の好ましい下限は0.008質量%であり、さらに好ましくは0.016質量%である。S及びSeからなる群から選択される1種以上の元素の合計含有量の好ましい上限は0.060質量%であり、さらに好ましくは0.050質量%である。
【0068】
sol.Al:0.005~0.050質量%
製造工程中において、アルミニウム(Al)は、Nと結合してAlNを形成する。AlNはインヒビターとして機能する。スラブ中のsol.Al含有量が0.005質量%未満であれば、上記効果が得られない。一方、スラブ中のsol.Al含有量が0.050質量%を超えれば、AlNが粗大化する。この場合、AlNがインヒビターとして機能しにくくなり、二次再結晶が発現しない場合がある。したがって、スラブ中のsol.Al含有量は0.005~0.050質量%である。スラブ中のsol.Al含有量の好ましい上限は0.040質量%であり、さらに好ましくは0.035質量%である。スラブ中のsol.Al含有量の好ましい下限は0.010質量%であり、さらに好ましくは0.015質量%である。
【0069】
N:0.001~0.030質量%
製造工程中において、窒素(N)はAlと結合して、インヒビターとして機能するAlNを形成する。スラブ中のN含有量が0.001質量%未満であれば、上記効果が得られない。一方、スラブ中のN含有量が0.030質量%を超えれば、AlNが粗大化する。この場合、AlNがインヒビターとして機能しにくくなり、二次再結晶が発現しない場合がある。したがって、スラブ中のN含有量は0.001~0.030質量%である。スラブ中のN含有量の好ましい上限は0.012質量%であり、さらに好ましくは0.010質量%である。スラブ中のN含有量の好ましい下限は0.005質量%であり、さらに好ましくは0.006質量%である。
【0070】
本発明のスラブ中の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、スラブを工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境などから混入するものであって、本実施形態のスラブに悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0071】
<任意元素について>
本発明によるスラブはさらに、Feの一部に代えて、Cu、Sn及びSbからなる群から選択される1種以上の元素を合計で0.60質量%以下含有してもよい。また、本発明によるスラブはさらに、Feの一部に代えて、Ca、Ba及びSrからなる群から選択される1種以上の元素を合計で0.02質量%以下含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素である。
【0072】
Cu、Sn及びSbからなる群から選択される1種以上の元素:合計で0~0.6質量%
Cu(銅)、スズ(Sn)及びアンチモン(Sb)はいずれも任意元素であり、含有しなくてもよい。含有スラブ成分る場合、Cu、Sn及びSbはいずれも、方向性電磁鋼板の磁束密度を高める。Cu、Sn及びSbが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Cu、Sn及びSb含有量が合計で0.60質量%を超えれば、脱炭焼鈍時に内部酸化層が形成しにくくなる。この場合、仕上焼鈍時に、焼鈍分離剤のMgO及び内部酸化層のSiO2が反応して進行する一次被膜形成が遅延する。その結果、一次被膜の密着性が低下する。また、純化焼鈍後にSn、Sbが不純物元素として残存しやすくなる。その結果、磁気特性が劣化する。したがって、Cu、Sn及びSbからなる群から選択される1種以上の元素の含有量は合計で0~0.60質量%である。Cu、Sn及びSbからなる群から選択される1種以上の元素の合計含有量の好ましい下限は0.005質量%であり、さらに好ましくは、0.007質量%である。Cu、Sn及びSbからなる群から選択される1種以上の元素の合計含有量の好ましい上限は0.50質量%であり、さらに好ましくは、0.45%質量である。
【0073】
本発明によるスラブはさらに、Feの一部に代えて、Bi、Te及びPbからなる群から選択される1種以上の元素を合計で0.030質量%以下含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素である。
【0074】
Bi、Te及びPbからなる群から選択される1種以上の元素:合計で0~0.030質量%
ビスマス(Bi)、テルル(Te)及び鉛(Pb)はいずれも任意元素であるが、以下の観点で本発明においては注目すべき元素である。
これら元素は方向性電磁鋼板の磁束密度を高める。このためのBi、Te及びPbからなる群から選択される1種以上の元素の合計含有量の好ましい下限値は、0.0005質量%であり、さらに好ましくは、0.0010質量%である。
一方、仕上焼鈍時にこれらの元素が表面に偏析すると、嵌入酸化物層(2)が厚くならず一次被膜の被膜密着性が低下する。このため、磁束密度を高める効果を有するにも関わらず被膜密着性を確保するため添加量を、0.030質量%程度以下に制限せざるを得なかった。本発明の効果は嵌入酸化物の構造を変えることで被膜密着性を向上させるため、これらの元素を含有する製造法を適用する場合に、特に有効なものともなる。本発明を適用する場合、これら元素が0.010質量%以上、さらには0.015質量%以上でも良好な被膜密着性の確保が可能となる。とは言え、過剰に含有する場合は本発明の効果をもっても密着性の低下を回避できず、さらに仕上焼鈍時の純化によって系外に排出しきれず母材鋼板中に残存してしまうと磁気特性を劣化させるため、上限は0.0300質量%とする。好ましい上限は0.0200質量%であり、より好ましい上限は0.0150質量%である。
【0075】
<熱延工程>
上述の化学組成を有するスラブを加熱する。スラブの加熱温度はたとえば、1280℃超~1350℃である。加熱されたスラブに対して熱間圧延を実施し、熱延鋼板を製造する。熱延鋼板は必要に応じて、焼鈍を施してもよい。
【0076】
<冷延工程>
冷延工程では、熱延鋼板に対して冷間圧延を実施して、冷延鋼板を製造する。
【0077】
準備された熱延鋼板に対して、冷間圧延を実施して、母材鋼板である冷延鋼板を製造する。冷間圧延は1回のみ実施してもよいし、複数回実施してもよい。冷間圧延を複数回実施する場合、冷間圧延を実施した後、軟化を目的とした中間焼鈍を実施し、その後、さらに冷間圧延を実施する。1回又は複数回の冷間圧延を実施して、製品板厚(製品としての板厚)を有する冷延鋼板を製造する。
【0078】
1回又は複数回の冷間圧延における、冷延率は80%以上である。ここで、冷延率(%)は次のとおり定義される。
冷延率(%)=(1-最後の冷間圧延後の冷延鋼板の板厚/最初の冷間圧延開始前の熱延鋼板の板厚)×100
【0079】
なお、冷延率の好ましい上限は95%である。また、熱延鋼板に対して冷間圧延を実施する前に、熱延鋼板に対して熱処理を実施してもよいし、酸洗を実施してもよい。
【0080】
<脱炭焼鈍工程>
冷延工程により製造された冷延鋼板に対して、脱炭焼鈍を実施し、必要に応じて窒化焼鈍を行う。脱炭焼鈍は、周知の水素-窒素含有湿潤雰囲気中で実施される。脱炭焼鈍により、方向性電磁鋼板のC濃度を、磁気時効劣化を抑制可能な50ppm以下に低減する。脱炭焼鈍工程では同時に一次再結晶が起き、冷延により導入された加工ひずみが解放される。さらに、脱炭焼鈍工程では、母材鋼板の表層部にSiO2を主成分とする内部酸化層が形成される。ここで形成されたSiO2が、その後塗布される焼鈍分離剤を含有する水性スラリー中のMgOと、仕上焼鈍中に反応して、本発明で形態が制御される一次被膜を形成する。脱炭焼鈍工程の条件は周知であり、たとえば最高到達温度は750~950℃である。該温度での保持時間はたとえば、1~5分である。
【0081】
<焼鈍分離剤層形成工程>
本発明において「焼鈍分離剤」とは、仕上焼鈍中の鋼板の焼き付きを防止することを主目的として、仕上焼鈍を実施する上記の脱炭焼鈍板の表面を被覆する物質を指す。
この工程では、焼鈍分離剤を構成する化合物等を含有する水性スラリーを準備する。水性スラリーは焼鈍分離剤を構成する元素を含有する化合物等を水と混合撹拌し調製したものである。このスラリーを上記の脱炭焼鈍板の表面にロールコーターやスプレーなどで塗布する。スラリーが塗布された鋼板を400~1000℃に保持した炉内に挿入し、10~90秒保持することで、表面のスラリーを乾燥する。なお、この際、鋼板自体の温度は400℃程度までしか上昇しない。このため鋼板において粒成長等の顕著な結晶組織の変化は起きず、またスラリーにおいては水分が蒸発して排出されるとともに、含有元素の一部は水と反応して酸素を含有する化合物を形成する。ここで、焼鈍分離剤で被覆された脱炭焼鈍板を仕上焼鈍用鋼板という。
基本的には最終的に仕上焼鈍前の鋼板の表面を被覆している焼鈍分離剤は、その原料として使用した各種の化合物等を単純に混合したものとなっていると考えて良い。
【0082】
<仕上焼鈍工程>
焼鈍分離剤を乾燥後、仕上焼鈍を実施する。仕上焼鈍では、焼鈍温度を1150~1250℃として、焼鈍分離剤で被覆された脱炭焼鈍板を焼鈍する。均熱時間はたとえば15~30時間である。仕上焼鈍における炉内雰囲気は周知の雰囲気である。なお、仕上焼鈍工程の最終過程において、特に、インヒビターとして機能するS、Al、N等の元素の一部を系外に排出する。この過程は「純化(焼鈍)」と呼ばれることがある。
【0083】
以上の製造工程により製造された方向性電磁鋼板では、表面にMg2SiO4を主成分とする一次被膜が形成される。この際、後述する焼鈍分離剤を適用することにより母材鋼板と一次被膜の界面構造が発明の規定を満たす、本発明の方向性電磁鋼板となり、被膜密着性が改善する。
【0084】
<絶縁被膜形成工程>
本発明による方向性電磁鋼板はさらに、仕上焼鈍工程後に絶縁被膜形成工程を実施してもよい。絶縁被膜形成工程では、仕上焼鈍後の方向性電磁鋼板の表面に、コロイド状シリカ及びリン酸塩を主体とする、周知の絶縁コーティング剤を塗布した後、焼付けを実施する。これらの処理は本発明効果を阻害するものではなく、一次被膜上に鋼板への張力付与機能を有する絶縁被膜が形成される。
【0085】
<磁区細分化処理工程>
本発明による方向性電磁鋼板はさらに、冷延後、脱炭焼鈍後、仕上焼鈍後、又は絶縁被膜形成後などに、周知の磁区細分化処理工程を実施してもよい。磁区細分化処理工程では、方向性電磁鋼板の表面に、レーザ照射や凸部付きロールでの圧延等により歪を付与したり、レーザ照射やエッチング等により表面に溝を形成したりする。これらの処理は本発明効果を阻害するものでなく、磁気特性の改善が期待できる。
【0086】
[焼鈍分離剤]
本発明の焼鈍分離剤は、酸化マグネシウム(MgO)を主成分とし、さらに、Y、La、Ceからなる群から選択される1種以上の元素(Y群元素)と、Ca、Sr、Baからなる群から選択される1種以上の元素(Ca群元素)とを含有する。
【0087】
<Y、La、Ce>
焼鈍分離剤中のMgOの含有量に対する、Y、La、Ce、Mgのそれぞれの含有量の割合を質量%で表し、[Y]、[La]、[Ce]、[Mg]とする。焼鈍分離剤は、これらの元素を、下記式:
(0.253[Y]+0.180[La]+0.170[Ce])/0.454[Mg]=0.40~0.360
を満たす範囲で含有する。
以下では、(0.253[Y]+0.180[La]+0.170[Ce])/0.454[Mg]をCYと記述することがある。
ここで上記式の各係数は、焼鈍分離剤中に存在するY、La、Ce原子が、それぞれの安定酸化物であるY2O3、La2O3、CeO2及びMgOとして含有されていると考えて計算される係数で以下の通り計算できる。
Yの係数:Y2O3分子量/Y2O3密度/Y原子量/2=225.8/5.01/88.9/2=0.253
Laの係数:La2O3分子量/La2O3密度/La原子量/2=325.8/6.51/138.9/2=0.180
Ceの係数:CeO2分子量/CeO2密度/Ce原子量=172.1/7.22/140.1=0.170
Mgの係数:MgO分子量/MgO密度/Mg原子量=40.3/3.65/24.3=0.454
【0088】
CYは、焼鈍分離剤中のY群元素を各元素の安定酸化物として換算し、合計した含有量と、焼鈍分離剤中の主要な構成物質であるMgOとの体積比率である。言い換えると、酸化物中でのMgに対するY群元素の影響の大きさを表す指標とも言える。
【0089】
なお、Y群元素を含有する粒子はY群元素を単体、合金、または化合物として含有させることができるが、酸素を含む化合物、あるいは仕上焼鈍中に酸化して酸素を含む化合物に変化する物質として含有させることが好ましい。酸素を含む化合物はたとえば、酸化物、水酸化物、炭酸塩、硫酸塩等である。これは原料として混合させておくことはもちろん、例えば前述の焼鈍分離剤層形成工程の乾燥過程で酸素を含む化合物に変化したものであっても構わない。
【0090】
焼鈍分離剤がY群元素を含有すると、嵌入酸化物層(2)が厚くなり、一次被膜の母材鋼板に対する密着性が高まる。CYが0.40未満では、この効果が十分に得られない。一方、CYが0.360を超えると、嵌入酸化物層(2)が過剰に厚くなり、磁気特性が低下する。したがって、CYは0.40~3.60である。CYの好ましい下限は0.80であり、さらに好ましくは1.20である。好ましい上限は3.20であり、さらに好ましくは2.80である。
【0091】
Y群元素の含有量の制御することにより、嵌入酸化物層(2)の厚さを制御できる理由は明らかではないが、以下のように考えられる。
Y群元素は、仕上焼鈍の初期(比較的低温)過程では、焼鈍分離剤として酸素を含む化合物であった場合はもちろん、そうでない場合も焼鈍分離剤中の酸素と反応して、酸素を含有する化合物として存在する。そして一次被膜が形成する(Mg2SiO4の形成が開始する)中期過程では、化合物が分解して酸素を放出する。
嵌入酸化物層(2)が母材鋼板の内部に侵入するには、脱炭焼鈍で形成された内部酸化層の深い位置にあるSiO2に焼鈍分離剤側から十分な量のMgが拡散し供給される必要があるが、仕上焼鈍は高温かつ水素雰囲気下で実施するため、酸素が不足するとSiO2は不安定となり分解してしまう。
この際、酸素を含むY群元素化合物が分解し酸素を放出することで、SiO2の分解を遅らせ、Mgが到達するまでSiO2の形成を維持できる。Mg2SiO4は仕上焼鈍の高温かつ水素雰囲気下でも安定な酸化物であり、結果として、厚い嵌入酸化物層(2)が形成されることとなる。
【0092】
<Ca、Sr、Ba>
焼鈍分離剤中のMgOの含有量に対する、Ca、Sr、Ba、Mgのそれぞれの含有量の割合を質量%で表し、[Ca]、[Sr]、[Ba]、[Mg]とする。焼鈍分離剤は、これらの元素を、下記式:
(0.353[Ca]+0.252[Sr]+0.195[Ba])/0.454[Mg]≒0.20~2.20
を満たす量だけ含有する。
以下では、(0.353[Ca]+0.252[Sr]+0.195[Ba])/0.454[Mg]をCCと記述することがある。
ここで上記式の各係数は、焼鈍分離剤中に存在するCa、Ba、Sr、Mg原子を、それぞれの安定酸化物であるCaO、BaO、SrO及びMgOとして含有されていると考えて計算される係数で以下の通り計算できる。
Caの係数:CaO分子量/CaO密度/Ca原子量=56.1/3.96/40.1=0.353
Srの係数:SrO分子量/SrO密度/Sr原子量=103.6/3.96/87.6=0.252
Baの係数:BaO分子量/BaO密度/Ba原子量=153.3/4.7/137.3=0.195
Mgの係数:MgO分子量/MgO密度/Mg原子量=40.3/3.65/24.3=0.454
【0093】
CCは、焼鈍分離剤中のCa群元素を各元素の安定酸化物として換算し合計した含有量と、焼鈍分離剤中の主要な構成物質であるMgOとの体積比率である。言い換えると、酸化物中でのMgに対するCa群元素の影響の大きさを表す指標とも言える。
なお、Ca群元素を含有する粒子はCa群元素を単体、合金、または化合物として含有させることができるが、酸素を含む化合物、あるいは仕上焼鈍中に酸化して酸素を含む化合物に変化する物質として含有させることが好ましい。酸素を含む化合物はたとえば、酸化物、水酸化物、炭酸塩、硫酸塩等である。これは原料として混合させておくことはもちろん、例えば前述の焼鈍分離剤層形成工程の乾燥過程で酸素を含む化合物に変化したものであっても構わない。
【0094】
Ca群元素は、一次被膜形成の起点として母鋼板表面領域に存在するSiO2と反応して、嵌入酸化物を形成しやすくする、すなわち嵌入酸化物層領域の数密度を増加させるものと考えている。
このような作用を示す理由は明確ではないが、以下のように考えられる。
嵌入酸化物層(2)の形成には、母材鋼板の表面から深い領域に形成されているSiO2と焼鈍分離剤から供給されるMgを反応させることが必要であることは前述の通りである。
Ca群元素は、Mgと同様の働きを有するが、SiO2中のMgとCa群元素の拡散速度を比較すると、Ca群元素の方が早いため、焼鈍分離剤中にCa群元素が存在すると、SiO2とCa群元素の複合酸化物は、SiO2とMgの複合酸化物であるMg2SiO4よりも早期に母鋼板内部領域に形成され嵌入酸化物が鋼板内部に進行した形態を早い時期で安定にする。この時点では嵌入酸化物はCaとSiの複合酸化物が主体となるが、その後、遅れて到達するMgはCaよりも安定な酸化物を形成するため、徐々に酸化物組成は変化し、最終的には、一次被膜の主要な構成物質であるMg2SiO4で置き換えられることとなる。このようにして、Ca群元素を含有する焼鈍分離剤は、一次被膜の嵌入酸化物層領域の数密度を増大させることとなる。
なお、Mgとの置換で酸化物から排出されたCa群元素は母材鋼板中のSと結合し、硫化物を形成すると考えられる。この過程で最終的に一次被膜に残留するCaが前述の一次被膜に含有されるCa群元素、及びCa群元素濃化領域の数密度D4として観察されることとなる。
【0095】
CCが0.20未満であれば、上記効果を十分に得られない。一方、CCが2.20を超えれば、嵌入酸化物形成の初期過程で数密度が過剰に高くなり、磁壁移動の妨げとなり、鉄損が劣化する。CCが0.20~2.20であれば、鉄損の劣化を抑制しつつ、一次被膜の母材鋼板への密着性を高めることができる。
【0096】
<焼鈍分離剤の任意成分>
上記焼鈍分離剤はさらに、必要に応じて、Ti、Zr、Hfを含有してもよい。以降、Ti、Zr、Hfからなる群から選択される1種以上の元素を「Ti群元素」と記述することがある。
焼鈍分離剤中のMgOの含有量に対する、Ti、Zr、Hf、Mgのそれぞれの含有量の割合を質量%で表し、[Ti]、[Zr]、[Hf]、[Mg]とする。焼鈍分離剤は、これらの元素を、下記式:
(0.370[Ti]+0.238[Zr]+0.122[Hf])/0.454[Mg]<6.50
を満たす量だけ含有する。
以下では、(0.370[Ti]+0.238[Zr]+0.122[Hf])/0.454[Mg]をCTと記述することがある。
ここで上記式の各係数は、焼鈍分離剤中に存在するTi、Zr、Hf、Mg原子を、それぞれの安定酸化物であるTiO2、ZrO2、HfO2及びMgOとして含有されていると考えて計算される係数で以下の通り計算できる。
Tiの係数:(TiO2分子量/TiO2密度/Ti原子量)=79.9/4.506/47.9=0.370
Zrの係数:(ZrO2分子量/ZrO2密度/Zr原子量)=91.2/5.68/123.2=0.238
Hfの係数:(HfO2分子量/HfO2密度/Hf原子量)=210.5/9.68/178.5=0.122
Mgの係数:MgO分子量/Mg原子量=40.3/24.3=0.454
【0097】
CTは、焼鈍分離剤中のCa群元素を各元素の安定酸化物として換算し合計した含有量と、焼鈍分離剤中の主要な構成物質であるMgOとの体積比率である。言い換えると、酸化物中でのMgに対するCa群元素の影響の大きさを表す指標とも言える。
Ti群元素を含有する粒子はTi群元素を単体、合金、または化合物として含有させることができる。化合物はたとえば、硫酸塩、炭酸塩、水酸化物などである。
【0098】
Ti群元素は、仕上焼鈍において、焼鈍分離剤中のMgOと脱炭焼鈍で形成された母鋼板表層のSiO2との反応を促進し、Mg2SiO4の生成を促進する。一方、CTが6.50を超えると効果が飽和するとともに、過剰な被膜の発達による、鉄損の劣化の原因となる可能性がある。
【0099】
さらに、焼鈍分離剤は、本発明効果を阻害しない範囲で、公知の効果が知られている元素を含有することも可能である。
【0100】
上記CY、CC、CTの値を、焼鈍分離剤中の各群元素の含有量及びMgの含有量から求める。
【0101】
<焼鈍分離剤中の元素分散>
本発明の焼鈍分離剤は上記の各種元素を含有するが、それらは単体金属のみならず、各種の化合物として混合された状態で存在している。
本発明ではこの混合された状況に関して、いくつかの規定を行う。
【0102】
本発明の焼鈍分離剤においては、MgOの平均粒径が0.08~1.50μmである。以下ではMgOの平均粒径をR1と記述する。R1が0.08μm未満では、仕上焼鈍中のコイルの板間でのコイルの接触を十分に回避できなくなり、焼鈍分離剤としての機能が損なわれるため、コイルの板間で焼き付きが起こる。R1が1.50μm超では、一次被膜形成中のMgOとSiO2の接触面積が低下するとともに、MgO自体が不活性のため、反応が起きにくくなり一次被膜の形成が遅れるため、被膜密着性が劣位になる。
【0103】
本発明の焼鈍分離剤は、Ca群元素を含有する粒子の平均粒径が0.08~1.50μmである。以下ではCa群元素を含有する粒子の平均粒径をR2と記述する。
R2が0.08μm未満では、Ca群元素が活性のため、形成中の一次被膜へのCa群元素の供給量がMgの供給量に対して大きくなり過ぎる。このため、Mg2SiO4の形成が阻害され、一次被膜の密着性が劣化する。
また、R2が1.50μm超と大きい場合、MgOとSiO2の接触頻度が低下し、形成中の一次被膜へのMgの供給が不足する。このため、Mg2SiO4の形成が遅れ、一次被膜の密着性が劣化する。
【0104】
さらに本発明の焼鈍分離剤は、上記R2のR1に対する比、つまり、R2/R1が0.3~3.0の範囲内である。
R2/R1が0.3未満になると、形成される一次皮膜の嵌入Al領域A5である領域(S3/S5)が低下し、被膜密着性が劣化する。よって、R2/R1の下限は好ましくは、0.5以上、さらに好ましくは0.8以上である。
一方、R2/R1が3.0を超えた場合も、形成される一次皮膜のAl濃化領域の数密度D3が0.020未満に低下し、被膜密着性が劣化する。よって、R2/R1の上限は好ましくは2.6以下、さらに好ましくは2.2以下である。
【0105】
上記R1、R2及びR2/R1により、被膜密着性が改善される理由は明確ではないが、以下のように考えられる。
一般に粉体は小さいほど凝集しやすく、粒径が大きく異なる紛体化合物を混合すると、微細な化合物が凝集する。MgOとCa群元素の混合状況を考えると、Ca群元素の化合物が過度に微細で、R2/R1が0.3未満になると、Ca群元素の化合物が凝集する。このような混合物を母材鋼板表面に付着させた場合、母材鋼板との接触状況においては、Ca群元素のみが母材鋼板と接触した領域が相当の大きさの領域として存在することとなる。同様に、R2/R1が3.0を超えると、MgOが凝集し、Ca群元素と母材鋼板との接触がほとんどない領域が相当の大きさの領域として存在することとなる。
この状況で仕上焼鈍での一次被膜の形成が進行すると、Ca群元素のみが母材鋼板と接触した領域とMgOのみが接触した領域での、嵌入酸化物の形成速度に大きな差が生じることとなり界面が非常に不均一な構造をもってしまう。このような不均一さは曲げ加工時に応力集中のため被膜の密着性を低下させることとなる。
【0106】
以下では上述の「焼鈍分離剤の元素分散」に関する規定値の測定方法について説明する。
R1、R2は、以下のように測定する。すなわち、原料粉末を、レーザ回折/散乱式粒径分布測定装置(堀場製作所社製のLA-700)を用いて、JIS Z8825(2013)に準拠したレーザ回折・散乱法による測定を実施し、体積基準の粒度分布を得る。さらに、これを粒子数基準の粒度分布に変換し、最終的に原料粉末毎に粒子数基準の平均粒径を求める。
【0107】
注意を要するのは、本発明で規定するR1及びR2は粒子数基準で算定される値であることである。
一般的に、粒子の平均粒径は重量基準で規定されることが多い。重量基準では粒径が不均一な粉体において、特定の粒径の範囲にある粒子の存在比率を、全重量に占める割合で表現する。この重量基準の平均粒径は、粒径の分布において測定対象全体の代表的な粒子とはなり得ない、例えば存在頻度の非常に少ない粗大粒の存在比がわずかに変化すると、その粗大粒が重量としては全体に占める割合が大きいことから、得られる平均粒径が大きく変動するという特徴がある。
一方、本発明で規定する粒子数基準の平均粒径は、サイズで区分される粒子の存在数を基準としているため、特定サイズの粒子の個数自体が大きく変化しなければ、全体の平均粒径が大きく変動することはない。つまり、存在頻度が高い粒子の粒径を反映した値となる。この値は言い換えると単位体積当たりの粒子数と強い相関を持つものとなる。
本発明の効果は、これまで説明したように焼鈍分離剤中の元素分散、特にCa群元素の分散において、形成される一次被膜中のCa群元素が濃化した領域が不当に大きな面積を占めることがないよう、焼鈍分離剤中で、適度な大きさで存在することで発揮される。このため、頻度が少ないとは言え、粗大な粒の影響を排除できるよう、粒径は重量基準でなく粒子数基準の平均粒径により規定する必要がある。
【0108】
焼鈍分離剤が提供する元素分散の特徴は以上の通りであるが、このうち、形成される一次被膜中のCa群元素の分散状態を制御するためには,原料粉末において粒子の数密度を適切なものとしておく必要がある。この状況は、原料粉末におけるCa群元素含有粒子の数密度≧250億個/cm3を満足することで実現できる。本発明の焼鈍分離剤に使用するCa群元素を含有する原料粉末については、上記の範囲を意識し、市販品の中でも粒径の分布が微細な範囲内に留まるよう制御された原料を使用する。
原料粉末中の粒子の数密度は、堀場社製のレーザ回折式粒度分布測定装置(LA-700)を用いて測定した。
【実施例】
【0109】
以下に、本発明の態様を実施例により具体的に説明する。これらの実施例は、本発明の効果を確認するための一例であり、本発明を限定するものではない。
本発明は、一次被膜形成に重要な役割を持つ、仕上焼鈍前の鋼板を被覆する焼鈍分離剤及びそれにより形成される一次被膜に関するもので、母材鋼板が特別なものである必要はない。このため本実施例では、鋼板は発明効果には直接関係しない条件(熱延、冷延、焼鈍条件など)を一定として製造した。まず、実施例全体の共通条件を説明した後、実施例1、2で一次被膜形成に関連する条件を変更して発明の効果を検討した結果を説明する。
【0110】
[方向性電磁鋼板の製造]
表1に示す化学組成の溶鋼を、真空溶解炉にて製造し、連続鋳造法によりスラブを製造した。
【0111】
【0112】
1350℃で加熱した表1の各スラブを熱間で圧延して、2.3mmの板厚を有する熱延鋼板を製造した。溶鋼番号5においては、溶鋼中のSiの含有量が多すぎたため、熱間圧延時に割れが発生して、熱延鋼板の製造ができなかった。
【0113】
得られた熱延鋼板に対して熱延板焼鈍、酸洗を実施した。熱延板焼鈍は1100℃にて5分間実施した。
【0114】
酸洗後の熱延鋼板を冷延し、0.22mmの板厚を有する冷延鋼板を製造した。冷延率は90.4%である。
【0115】
冷延鋼板に対して、脱炭焼鈍を兼ねた一次再結晶焼鈍を実施した。最高到達温度は、750~950℃であり、最高到達温度での保持時間は2分とした。
【0116】
続いて、脱炭焼鈍板に水性スラリーを塗布し、900℃の炉に10秒間保持して水性スラリーを乾燥した。水性スラリーには焼鈍分離剤の原料が含有されている。
なお、焼鈍分離剤を構成する化合物等を含有する水性スラリーの作成において、焼鈍分離剤成分にCa群元素を含有する化合物を使用する場合、Ca群元素含有粒子の数密度≧250億個/cm3を充足する場合と、充足しない場合の化合物を使用した。Ca群含有粒子の数密度は、水性スラリーの原料粉末として用いるすべてのCa群含有粒子を含む原料粉末を、レーザ折式粒度分布測定装置を使用して粒度分布を測定し、算出する。2種以上のCa群含有粒子を含む原料粉末を用いる場合は、それぞれの比率をスラリー中での比率と同じになるように混合して測定する。
【0117】
さらに、1200℃で20時間保持する仕上焼鈍を実施した。以上の製造工程により、母材鋼板と一次被膜からなる方向性電磁鋼板を製造した。製造された方向性電磁鋼板の母材鋼板の化学組成を表2に示す。
溶鋼番号3においては、Cの含有量が多すぎ、二次再結晶後の鉄損の値が極めて劣化した。溶鋼番号4はSiの含有量が少なすぎ、二次再結晶しなかったため、磁束密度B8及び鉄損の値が極めて劣化した。
溶鋼番号6、7、8、9、10、11、12、13、14、15においては、Mn、S、Se、Sol.AlまたはNの含有量が、二次再結晶発現に必要な析出物を形成する適切な量の範囲を外れており、二次再結晶しなかったため、その結果、磁束密度B8及び鉄損の値が極めて劣化した。
溶鋼番号17においては、Cuの含有量が多すぎ、被膜密着性が極めて劣位となり、本発明の範囲外となった。
溶鋼番号21においては、Snの含有量が多すぎ、被膜密着性が劣位となった。
溶鋼番号25においては、Bi、Te及びPbの合計含有量が多すぎ、被膜密着性が劣位となった。
【0118】
上記製造においては、一般的な方向性電磁鋼板と同じく、脱炭焼鈍や仕上焼鈍(純化焼鈍)を行ったことにより母材鋼板の組成は、素材であったスラブとは異なるものとなる。
【0119】
【0120】
[特性評価]
鋼板番号1、2、16、18、19、20、22、23、24、25において、製造した方向性電磁鋼板の磁気特性及び一次被膜の密着性を、試験番号1~44として評価した。
【0121】
<磁気特性>
各試験番号の方向性電磁鋼板から圧延方向長さ300mm×幅60mmのサンプルを採取し、800A/mで励磁し、磁束密度B8を求めた。また、コロイド状シリカ及びリン酸塩を主体とする絶縁被膜を焼き付けた後、最大磁束密度1.7T、周波数50Hzで励磁した時の鉄損W17/50を測定した。磁束密度B8が1.92T以上かつ、W17/50が0.85W/kg以下である方向性電磁鋼板を、磁気特性が優れるとした。なお、この基準値は、本実施例の鋼板の組成(主にはSi:3.25質量%)、及び厚さ(母鋼板が0.22mm)を考慮したものである。鋼板組成や板厚が異なれば、合否の基準値が異なることは言うまでもない。
【0122】
<密着性>
各試験番号の方向性電磁鋼板から圧延方向長さ60mm×幅15mmのサンプルを採取し、10mmの曲率で曲げ試験を実施した。曲げ試験は、円筒型マンドレル屈曲試験機を用いて、円筒の軸方向がサンプルの幅方向と一致するようにサンプルに設置して実施した。曲げ試験後のサンプルの表面を観察し、加工領域剥離部の圧延方向の長さをエッジから1mmの幅方向位置から、1mmごとに13水準測定し、そのうちの最大の長さLSを特定した。そして、LSが、加工部全長L(約15.7mm)に占める割合を算出し、密着長さ百分率=(L-LS)/L×100(%)(一次被膜残存率)で密着性を評価して、90%以上が被膜密着性に優れるとした。
【0123】
<一次被膜構造>
各試験番号の方向性電磁鋼板から圧延方向長さ10mm×幅10mmのサンプルを採取し、母材鋼板のみが溶解するよう電解液中で定電位電解して、一次被膜を剥離し、一次被膜の構造及び組成を調査した。剥離方法及び測定方法は前述の手段に従い、使用した電解液成分は、非水溶媒系の10%アセチルアセトン‐1%テトラメチルアンモニウムクロライドーメタノールであり、電解量は80C/cm2であった。最終的に以下の値を得た。
(1)Al濃化領域の数密度:D3
(2)嵌入酸化物層領域でありかつAl濃化領域である領域の面積:S5
(3)Al濃化領域の面積:S3
(4)嵌入酸化物層領域でありかつAl濃化領域である領域の、表面酸化物層と嵌入酸化物層の境界の基準値H0からの距離:H5
(5)嵌入酸化物層領域の面積:S1
(6)Y群元素の合計含有量
(7)Ca群元素の合計含有量
(8)Ca群濃化領域の数密度:D4
(9)観察面積:S0
【0124】
<焼鈍分離剤>
水性スラリーの焼鈍分離剤の原料粉末を、前述の手段に従って測定し、以下の値を得た。
(11) (0.253[Y]+0.180[La]+0.170[Ce])/0.454[Mg]:CY
(12) (0.353[Ca]+0.252[Sr]+0.195[Ba])/0.454[Mg]:CC
(13) MgOの平均粒径:R1
(14) Ca群元素含有粒子の平均粒径:R2
(15) Ca群元素を含有する粒子の数密度≧250億個/cm3
【0125】
<実施例1>
脱炭焼鈍後の鋼板に塗布する水性スラリーを、MgO、Y群元素含有化合物及びCa群元素含有化合物を各群元素含有量が表3のようになるよう水と混合して調整した。この際、化合物種及び各群元素の含有量(CY、CC)を変化させた。
【0126】
【0127】
表4に結果を示す。一次被膜残存率が90%以上であれば、一次被膜の母鋼板に対する密着性に優れると判断した。また、磁束密度B8が1.92以上かつ、レーザ照射後の鉄損W17/50が0.85以下であれば、磁気特性に優れると判断した。本発明の規定を満たすものは、良好な特性が得られることがわかる。表3を参照して、試験番号1~28では、化学組成が適切であり、かつ、焼鈍分離剤中の条件(CC、CY、R1、R2、R2/R1)が適切であった。その結果、嵌入酸化物層(2)の面積率S1/S0が0.15以上であり、嵌入Al領域A5である領域S5/S3が0.33以上であり、距離H5が0.4以上であり、Al濃化領域の数密度D3が0.020以上であった。その結果、これらの試験番号の方向性電磁鋼板において、磁束密度B8が1.92T以上であり、優れた磁気特性が得られた。さらに、一次被膜残存率が90%以上であり、優れた密着性を示した。さらに、一次被膜の外観も良好であった。
【0128】
一方、試験番号29及び40では、Ca群元素の合計体積比率CCが少なすぎ、一次被膜の形態が発達せず、S1/S0が0.15未満、S5/S3が0.33未満かつD3が0.020となった。その結果、一次被膜残存率が、それぞれ84%及び56%であり、被膜密着性が劣位となった。
【0129】
試験番号30では、Ca群元素の合計体積比率CCが多すぎ、一次被膜の形態が発達しすぎて、D3が0.180個/μm2を超えた。その結果、鉄損W17/50が0.852W/kgであり、磁気特性が劣位となった。
【0130】
試験番号31及び41では、Y群元素の合計体積比率CYが少なすぎ、一次被膜の厚みが薄くなり、H5が0.40μm未満となった。その結果、一次被膜残存率が、それぞれ62%と58%であり、被膜密着性が劣位となった。
【0131】
試験番号32では、Y群元素の合計体積比率CYが多すぎ、一次被膜の厚みが厚くなりすぎ、H5が4.0μmを超えた。その結果、磁束密度B8が1.913Tであり、磁気特性が劣位となった。
【0132】
試験番号33では、R2が小さすぎ、Ca群元素とMgの供給が偏り、S1/S0が0.15未満となった。その結果、一次被膜残存率が72%であり、被膜密着性が劣位となった。
【0133】
試験番号34では、R2が大きすぎ、Ca群元素とMgの供給が偏り、Ca群元素の結果、S1/S0が0.15未満となった。その結果、一次被膜残存率が84%であり、被膜密着性が劣位であった。
【0134】
試験番号35では、R1が小さすぎ、板同士の焼き付きが起こった。
【0135】
試験番号36では、R1が大きすぎ、被膜へのMg供給が滞った。その結果、S1/S0、S5/S3、H5及びD3がいずれも基準値を下回った。その結果、一次被膜残存率が52%であり、被膜密着性が劣位であった。
【0136】
試験番号37では、R2/R1が小さすぎ、Caに対するMgの供給が滞った。その結果、S5/S3が基準値を下回った。その結果、一次被膜残存率が88%であり、被膜密着性が劣位であった。
【0137】
試験番号38では、R2/R1が大きすぎ、Mgに対するCaの供給が滞った。その結果、D3が基準値を下回った。その結果、一次被膜残存率が89%であり、被膜密着性が劣位であった。
【0138】
試験番号39、42では、CC、CYがいずれも少なすぎ、結果、一次被膜の形態の発達が十分に得られなかった。その結果、S1/S0が0.15未満、S5/S3が0.33未満、H5が0.40未満、D3が0.020未満となり、一次被膜残存率が、それぞれ31%、14%と、被膜密着性が劣位であった。
【0139】
試験番号43では、鋼成分のBi、Te、Pbが多すぎた。結果、一次被膜の劣化が著しくなり、焼鈍分離剤への添加剤による被膜形態発達の効果が不足した。その結果、S1/S0が0.15未満、H5が0.40未満、D3が0.020未満となり、一次被膜残存率が10%と、被膜密着性が劣位であった。
試験番号44では、原料粉末におけるCa群元素含有粒子の数密度が少なかった。その結果、S5が0.33未満となり、一次被膜残存率が78%と、被膜密着性が劣位であった。
【0140】
【0141】
<実施例2>
脱炭焼鈍後の鋼板に塗布する水性スラリーを、MgO、Y群元素含有化合物、Ca群元素含有化合物及びTi群含有化合物を各群元素含有量が表5のようになるよう水と混合して調整した。この際、化合物種及び各群元素の含有量(CY、CC、CT)を変化させた。
【0142】
【0143】
表6に結果を示す。一次被膜残存率が90%以上であれば、一次被膜の母鋼板に対する密着性に優れると判断した。本発明の規定を満たすものは、良好な特性が得られることがわかる。また、磁束密度B8が1.92以上かつ、レーザ照射後の鉄損W17/50が0.85以下であれば、磁気特性に優れると判断した。本発明の規定を満たすものは、良好な特性が得られることがわかる。表5を参照して、試験番号45~61では、化学組成が適切であり、かつ、焼鈍分離剤中の条件(CC、CY、R1、R2、R2/R1)が適切であった。その結果、嵌入酸化物層(2)の面積率S1/S0が0.15以上であり、嵌入Al領域A5である領域S5/S3が0.33以上であり、距離H5が0.4以上であり、Al濃化領域の数密度D3が0.020以上であった。その結果、これらの試験番号の方向性電磁鋼板において、磁束密度B8が1.92T以上であり、優れた磁気特性が得られた。さらに、一次被膜残存率が90%以上であり、優れた密着性を示した。
【0144】
一方、試験番号62では、CC、CYがいずれも少なすぎ、結果、一次被膜の形態の発達が十分に得られなかった。その結果、S1/S0が0.15未満、S5/S3が0.33未満、H5が0.40未満、D3が0.020未満となり、一次被膜残存率が42%と、被膜密着性が劣位であった。
【0145】
試験番号63では、R2/R1が小さすぎ、Caに対するMgの供給が滞った。その結果、S5/S3が基準値を下回った。その結果、一次被膜残存率が72%であり、被膜密着性が劣位であった。
【0146】
試験番号64では、R2/R1が大きすぎ、Mgに対するCaの供給が滞った。その結果、D3が基準値を下回った。その結果、一次被膜残存率が71%であり、被膜密着性が劣位であった。
【0147】
試験番号65では、Ca群元素の合計含有量CCが多すぎ、一次被膜の形態が発達しすぎて、D3が0.180個/μm2を超えた。その結果、鉄損17/50が0.853W/kgであり、磁気特性が劣位となった。
【0148】
試験番号66では、Y群元素の合計含有量CYが多すぎ、一次被膜の厚みが厚くなりすぎ、H5が4.0μmを超えた。その結果、磁束密度B8が1.911Tであり、磁気特性が劣位となった。
【0149】
試験番号67及び69では、Ca群元素の合計含有量CCが少なすぎ、一次被膜の形態が発達せず、S1/S0が0.15未満、S5/S3が0.33未満かつD3が0.020未満となった。その結果、一次被膜残存率が、それぞれ82%及び78%であり、被膜密着性が劣位となった。
【0150】
試験番号68及び70では、Y群元素の合計含有量CYが少なすぎ、一次被膜の厚みが薄くなり、H5が0.40μm未満となった。その結果、一次被膜残存率が、それぞれ69%と71%であり、被膜密着性が劣位となった。
【0151】
試験番号71及び72では、Ti群元素の合計体積比率CTが多すぎ、D3が0.180個/μm2を超えた。その結果、鉄損W17/50がそれぞれ、0.861、0.855W/kgであり、磁気特性が劣位となった。
【0152】
試験番号73では、R2が小さすぎ、Ca群元素とMgの供給が偏り、S1/S0が0.15未満となった。その結果、一次被膜残存率が69%であり、被膜密着性が劣位であった。
【0153】
試験番号74では、R2が大きすぎ、Ca群元素とMgの供給が偏り、Ca群元素の結果、S1/S0が0.15未満となった。その結果、一次被膜残存率が78%であり、被膜密着性が劣位であった。
【0154】
試験番号75では、R1が小さすぎ、板同士の焼き付きが起こった。
【0155】
試験番号76では、R1が大きすぎ、被膜へのMg供給が滞った。その結果、S1/S0、S5/S3、H5及びD3がいずれも基準値を下回った。その結果、一次被膜残存率が84%であり、被膜密着性が劣位であった。
【0156】
試験番号77では、鋼中の任意元素、鋼成分のBi、Te、Pbが多すぎた。結果、一次被膜の劣化が著しくなり、焼鈍分離剤への添加剤による被膜形態発達の効果が不足した。その結果、S1/S0が0.15未満、H5が0.40未満、D3が0.020未満となり、一次被膜残存率が10%と、被膜密着性が劣位であった。
試験番号78では、Ca群元素含有粒子の数密度が低すぎた。その結果、S5が0.33未満となり、一次被膜残存率が84%と、被膜密着性が劣位であった。
【0157】
【0158】
以上、本発明の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。したがって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
【符号の説明】
【0159】
1 表面酸化物層
2 嵌入酸化物層
3 最深嵌入位置
A0 全ての観察領域
A1 嵌入酸化物領域
A2 表面酸化物層領域
A3 Al(アルミニウム)濃化領域
A4 Ca群元素濃化領域
A5 嵌入酸化物領域内に存在するAl(アルミニウム)濃化領域