(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-28
(45)【発行日】2022-12-06
(54)【発明の名称】スイッチング電源装置
(51)【国際特許分類】
H02M 3/155 20060101AFI20221129BHJP
【FI】
H02M3/155 H
(21)【出願番号】P 2021511710
(86)(22)【出願日】2019-03-29
(86)【国際出願番号】 JP2019014233
(87)【国際公開番号】W WO2020202335
(87)【国際公開日】2020-10-08
【審査請求日】2021-10-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000106276
【氏名又は名称】サンケン電気株式会社
(72)【発明者】
【氏名】中村 勝
【審査官】麻生 哲朗
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/150572(WO,A1)
【文献】特許第5925724(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02M 3/155
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
スイッチング素子をオンオフすることで電源から供給される第1の直流電圧をインダク
タと出力コンデンサを介して第2の直流電圧に変換して出力負荷へ出力電圧を供給するス
イッチング電源装置であって 、
前記出力電圧を検出し、検出された前記出力電圧を所定のビット数のデジタル値に変換
する電圧検出部と、目標値と前記電圧検出部の出力との誤差に基づき所定の演算を行うデ
ジタルフィルタと、フィルタ特性分析期間に所定のデューティーで前記スイッチング素子
を駆動し、前記フィルタ特性分析期間終了後に前記デジタルフィルタの演算結果に基づい
たデューティーで前
記スイッチング素子を制御する駆動部と、前記インダクタに流れる電
流を検出し検出された電流を電流検出信号として出力する電流検出部と、
前記電流検出部の電流検出信号に基づき、前記フィルタ分析期間に前記インダクタに流
れる突入電流の発生期間から前記インダクタと前記出力コンデンサで構成されるフィルタ
特性を分析するフィルタ特性分析部と、複数のフィルタ特性に対応した複数のフィルタ定
数を格納した複数のデジタルフィルタ定数テーブルを有し、前記フィルタ特性分析期間終
了後に前記フィルタ特性に応じて前記複数のデジタルフィルタ
定数テーブルの中から適し
たフィルタ定数を選択し前記デジタルフィルタに供給する定数格納部と、
前記電源の入力電圧を検出する入力電圧検出部と、を備え、
前記駆動部は、前記フィルタ特性分析期間に前記入力電圧検出部からの電圧信号に応じ
て変化するデューティーで前
記スイッチング素子を駆動することを特徴とするスイッチ
ング電源装置。
【請求項2】
前記フィルタ特性分析部は、前記突入電流の発生期間に基づいて前記インダクタと前記
出力コンデンサとの共振周波数を求めて、前記共振周波数に応じて前記フィルタ定数を選
択することを特徴とする請求項1に記載のスイッチング電源装置。
【請求項3】
スイッチング素子をオンオフすることで電源から供給される第1の直流電圧をインダク
タと出力コンデンサを介して第2の直流電圧に変換して出力負荷へ出力電圧を供給するス
イッチング電源装置であって、
前記出力電圧を検出し、検出された前記出力電圧を所定のビット数のデジタル値に変換
する電圧検出部と、
目標値と前記電圧検出部の出力との誤差に基づき所定の演算を行うデジタルフィルタと
、
フィルタ特性分析期間に所定のデューティーで前記スイッチング素子を駆動し、前記フ
ィルタ特性分析期間終了後に前記デジタルフィルタの演算結果に基づいたデューティーで
前
記スイッチング素子を制御する駆動部と、
前記インダクタに流れる電流を検出し検出された電流を電流検出信号として出力する電流検出部と、
前記電流検出部の電流検出信号に基づき、前記フィルタ分析期間に前記インダクタに流
れる突入電流の発生期間から前記インダクタと前記出力コンデンサで構成されるフィルタ
特性を分析するフィルタ特性分析部と、
前記フィルタ特性分析期間終了後に前記フィルタ特性に応じてフィルタ定数の算出を行
い前記デジタルフィルタに供給するフィルタ定数演算部と、
前記電源の入力電圧を検出する入力電圧検出部と、を備え、
前記駆動部は、前記フィルタ特性分析期間に前記入力電圧検出部からの電圧信号に応じ
て変化するデューティーで前
記スイッチング素子を駆動することを特徴とするスイッチ
ング電源装置。
【請求項4】
前記フィルタ特性分析部は、前記突入電流の発生期間に基づいて前記インダクタと前記
出力コンデンサとの共振周波数を求めて、前記共振周波数に応じて前記フィルタ定数を選
択することを特徴とする請求項3に記載のスイッチング電源装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非絶縁型の降圧チョッパ回路等に適用されるスイッチング電源装置に関する。
【背景技術】
【0002】
入力電圧より低い安定した電圧を生成する方法として、非絶縁型の降圧チョッパ回路が広く使用されている。特に、通信インフラなどには、POL(Point of Load)モジュール電源が多く用いられている。
【0003】
このモジュール電源は、制御回路とPower MOSFETと、インダクタが単一基盤上に搭載されている。ユーザーはモジュールの出力端子とGND間に出力コンデンサを追加し、出力コンデンサ値を調整する。これによって、スイッチング動作に伴う出力リップル電圧が抑制でき、出力負荷電流の急激な変動が発生した際の出力電圧の変動が規格範囲に入るように調整することができる。
【0004】
一般には出力コンデンサ値を大きく調整するほど、出力リップル電圧と負荷急変時の出力電圧変動は少なくなる。しかし、制御回路は、想定される範囲内で安定動作できるようにデジタルフィルタの制御定数が設定されている。このため、例えば、出力コンデンサを想定以上に大きくした際には、フィードバック制御の制御帯域(クロスオーバー周波数)が低下して応答特性が退化する。このため、負荷急変時の出力電圧変動を期待通りに抑制できないばかりか、最悪は、位相余裕度が不足して、動作が不安定になってしまう問題があった。
【0005】
これに対して、特許文献1に記載されたスイッチング電源装置は、電源起動後に出力電圧が上昇を開始し所定値に達した後のフィルタ特性分析期間中に発生した出力電圧の変動から制御対象のフィルタ特性を抽出する。その装置は、抽出されたフィルタ特性を予め設定してある複数のモデル周波数特性と比較することでフィルタ特性を分析する。その後、その装置は、モデル周波数特性に対応したデジタルフィルタの制御定数(制御応答特性)を自動選択することで広い動作範囲を確保できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1のモデル周波数特性は、出力電圧が電源立ち上がり後の設定電圧に達したところで最適化されている。このため、フィルタ特性分析期間は、必ず出力電圧が設定電圧に達した以降のタイミングに設ける必要がある。このため、電源起動直後の出力電圧が低い状態ではフィルタ特性を分析できず、フィルタ定数設定が完了していない。このため、出力電圧が設定電圧に達するまでの立ち上がり期間はフィードバック制御が不安定になる。
【0008】
このように、特許文献1のスイッチング電源装置は、電源起動後に出力電圧が上昇を開始し設定電圧に達した後のフィルタ特性分析期間中に発生した出力電圧の変動から制御対象のフィルタ特性を抽出して最適なデジタルフィルタの制御定数を設定する。このため、出力電圧が設定電圧に達するまでの立ち上がり期間中には制御定数の設定が完了しておらず不安定動作に陥る。
【0009】
本発明の課題は、出力電圧が設定電圧に達するまでの立ち上がり期間中に不安定動作に陥るのを防止できるスイッチング電源装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記課題を解決するために、本発明のスイッチング電源装置は、スイッチング素子をオ
ンオフすることで電源から供給される第1の直流電圧をインダクタと出力コンデンサを介
して第2の直流電圧に変換して出力負荷へ出力電圧を供給するスイッチング電源装置であ
って、前記出力電圧を検出し、検出された前記出力電圧を所定のビット数のデジタル値に
変換する電圧検出部と、目標値と前記電圧検出部の出力との誤差に基づき所定の演算を行
うデジタルフィルタと、フィルタ特性分析期間に所定のデューティーで前記スイッチング
素子を駆動し、前記フィルタ特性分析期間終了後に前記デジタルフィルタの演算結果に基
づいたデューティーで前記スイッチング素子を制御する駆動部と、前記インダクタに流
れる電流を検出し検出された電流を電流検出信号として出力する電流検出部と、前記電流
検出部の電流検出信号に基づき、前記フィルタ分析期間に前記インダクタに流れる突入電
流の発生期間から前記インダクタと前記出力コンデンサで構成されるフィルタ特性を分析
するフィルタ特性分析部と、複数のフィルタ特性に対応した複数のフィルタ定数を格納し
た複数のデジタルフィルタ定数テーブルを有し、前記フィルタ特性分析期間終了後に前記
フィルタ特性に応じて前記複数のデジタルフィルタ定数テーブルの中から適したフィルタ
定数を選択し前記デジタルフィルタに供給する定数格納部と、前記電源の入力電圧を検出
する入力電圧検出部と、を備え、前記駆動部は、前記フィルタ特性分析期間に前記入力電
圧検出部からの電圧信号に応じて変化するデューティーで前記スイッチング素子を駆動す
ることを特徴とする。
【0011】
また、本発明のスイッチング電源装置は、スイッチング素子をオンオフすることで電源
から供給される第1の直流電圧をインダクタと出力コンデンサを介して第2の直流電圧に
変換して出力負荷へ出力電圧を供給するスイッチング電源装置であって、前記出力電圧を
検出し、検出された前記出力電圧を所定のビット数のデジタル値に変換する電圧検出部と
、目標値と前記電圧検出部の出力との誤差に基づき所定の演算を行うデジタルフィルタと
、フィルタ特性分析期間に所定のデューティーで前記スイッチング素子を駆動し、前記フ
ィルタ特性分析期間終了後に前記デジタルフィルタの演算結果に基づいたデューティーで
前記スイッチング素子を制御する駆動部と、前記インダクタに流れる電流を検出し検出
された電流を電流検出信号として出力する電流検出部と、前記電流検出部の電流検出信号
に基づき、前記フィルタ分析期間に前記インダクタに流れる突入電流の発生期間から前記
インダクタと前記出力コンデンサで構成されるフィルタ特性を分析するフィルタ特性分析
部と前記フィルタ特性分析期間終了後に前記フィルタ特性に応じてフィルタ定数の算出を
行い前記デジタルフィルタに供給するフィルタ定数演算部と、前記電源の入力電圧を検出
する入力電圧検出部と、を備え、前記駆動部は、前記フィルタ特性分析期間に前記入力電
圧検出部からの電圧信号に応じて変化するデューティーで前記スイッチング素子を駆動
することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、フィルタ特性分析部は、電源起動直後で出力電圧が上昇を開始する以前のフィルタ特性分析期間に流れる突入電流発生期間から出力コンデンサとインダクタで決まる制御対象のフィルタ特性を一度に抽出する。定数格納部は、予め設定され格納されている複数のデジタルフィルタ定数テーブルの中から最適なものを選択しデジタルフィルタに適用する。
【0013】
このため、手作業での出力コンデンサとインダクタを考慮した設定が不要となる。その後、ソフトスタート動作させることで、出力電圧を設定電圧までゆっくりと上昇させる。
【0014】
出力電圧が設定電圧まで上昇する以前にフィルタ定数設定が完了するために、ソフトスタート期間中のフィードバック制御を安定化することができる。このため、出力電圧の立ち上がり期間中に不安定動作に陥るのを防止できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は実施例1のスイッチング電源装置の回路構成図である。
【
図2】
図2は一般的な電圧モードDC/DCコンバータの周波数特性を示す図である。
【
図3】
図3は
図2に示す周波数特性を要素毎に分解したデジタルフィルタとコンバータの周波数特性を示す図である。
【
図4】
図4は出力コンデンサが小さい値で十分な位相余裕度を確保できる場合の周波数特性を示す図である。
【
図5】
図5は出力コンデンサが大きい値で位相余裕度が不足した場合の周波数特性を示す図である。
【
図6】
図6は実施例1のスイッチング電源装置の動作を説明するための各部のタイミングチャートである。
【
図7】
図7は出力コンデンサが大きい値で共振周波数が零点周波数に対して低い場合にクロスオーバー周波数と位相余裕度が低下したときの周波数特性を示す図である。
【
図8】
図8は出力コンデンサが大きい値で共振周波数が低くなるに伴って零点周波数を低い周波数にシフトさせると共に利得を低下させたときの周波数特性を示す図である。
【
図9】
図9は実施例2のスイッチング電源装置の回路構成図である。
【
図10】
図10は実施例3のスイッチング電源装置の回路構成図である。
【
図11】
図11は実施例1のスイッチング電源装置で入力電圧が高い場合の出力電圧とインダクタ電流の立ち上がり波形を示す図である。
【
図12】
図12は実施例3のスイッチング電源装置で入力電圧が高い場合の出力電圧とインダクタ電流の立ち上がり波形を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明のスイッチング電源装置の実施例を図面を参照しながら説明する。
【0017】
(実施例1)
図1は実施例1のスイッチング電源装置の回路構成図である。
図1に示す実施例1のスイッチング電源装置は、電圧検出部1、目標値生成部2、減算器3、デジタルフィルタ4、駆動部5、電流検出部6、フィルタ特性分析部7、定数格納部8、ハイサイドMOSFET101、ローサイドMOSFET102、インダクタ103、出力コンデンサ104、出力負荷105を備える。ハイサイドMOSFET101、ローサイドMOSFET102は、本発明のスイッチング素子に対応する。
【0018】
スイッチング電源装置は、ハイサイドMOSFET101とローサイドMOSFET102とを交互にオンオフすることで電源Viから供給される第1の直流電圧をインダクタ103と出力コンデンサ104を介して第2の直流電圧に変換して出力負荷105へ出力電圧Voを供給する。
【0019】
電源Viの正極にはNチャネルのハイサイドMOSFET101のドレインが接続され、ハイサイドMOSFET101のソースとNチャネルのローサイドMOSFET102のドレインとはインダクタLの一端に接続されている。ローサイドMOSFET102のソースは接地されている。
【0020】
インダクタLの他端には出力コンデンサ104の一端と負荷105の一端が接続されている。出力コンデンサ104の他端と出力負荷105の他端は接地されている。
【0021】
駆動部5は、ハイサイドMOSFET101と、ローサイドMOSFET102を交互にスイッチ動作させることで、SW端子(ハイサイドMOSFET101とローサイドMOSFET102の接続点)に矩形波電圧を発生させる。インダクタ103と出力コンデンサ104で構成される出力フィルタは、矩形波電圧を平滑することによって、負荷105に安定した直流電圧からなる出力電圧Voを供給する。
【0022】
電圧検出部1は、出力コンデンサ104の一端に接続され、出力電圧Voを検出し、検出された出力電圧Voを所定のビット数のデジタル電圧値に変換し、変換されたデジタル電圧値を減算器3に出力する。
【0023】
目標値生成部2は、出力電圧Voの目標値を発生し、目標値を所定のビット数のデジタル値に変換し、変換されたデジタル値を減算器3に出力する。なお、後述するフィルタ特性分析期間の終了時点から所定の期間は、目標値を第1目標値から第2目標値までゆっくりと変化させて、出力電圧Voを第1出力電圧から第2出力電圧までゆっくりと立ち上げる。これにより、オーバーシュートと電源ViからハイサイドMOSFET101及びインダクタ103を経由して出力コンデンサ104に流れる過度な突入電流を抑制する。
【0024】
減算器3は、電圧検出部1からのデジタル電圧値と、目標値生成部2で生成した目標値との誤差を演算して、得られた誤差をデジタルフィルタ4に出力する。
【0025】
デジタルフィルタ4は、フィルタ特性分析期間Trには所定の分析信号を出力し、フィルタ特性分析期間Tr終了以降は、減算器3からの誤差に対して、主にPID(比例・積分・微分)演算を行い、演算結果を駆動部5に出力する。
【0026】
駆動部5は、デジタルフィルタ4からの演算結果に基づいてハイサイドMOSFET101とローサイドMOSFET102を交互にオンオフ駆動させる。ハイサイドMOSFET101とローサイドMOSFET102のオンオフのデューティー比は、デジタルフィルタ4の演算結果に応じて制御される。
【0027】
駆動部5は、フィルタ特性分析期間に所定のデューティーでハイサイドMOSFET101とローサイドMOSFET102を駆動し、フィルタ特性分析期間終了後にデジタルフィルタ4の演算結果に基づいたデューティーでハイサイドMOSFET101とローサイドMOSFET102を制御する。
【0028】
電流検出部6は、インダクタ103に流れる電流値を検出し、検出された電流値を所定のビット数のデジタル電圧値である電流検出信号に変換して電流検出信号をフィルタ特性分析部7に出力する。
【0029】
フィルタ特性分析部7は、電流検出部6からの電流検出信号に基づき、フィルタ特性分析期間Trにインダクタ103に流れる突入電流の発生期間から制御対象のインダクタ103と出力コンデンサ104とにより決定されるフィルタ特性(LC共振周波数f0)を分析し、分析されたフィルタ特性を定数格納部8に出力する。
【0030】
定数格納部8は、フィルタ特性分析期間終了後にフィルタ特性分析部7で分析されたフィルタ特性分析結果(LC共振周波数f0)に応じて、定数格納部8に予め設定され格納されている複数のデジタルフィルタ定数テーブルの中から最適なものを選択し選択されたデジタルフィルタ定数をデジタルフィルタ4に供給する。
【0031】
次に、フィードバック制御について説明する。デジタルフィルタ4が出力電圧Voと目標値VREFの誤差を入力して所定の演算を行う。駆動部5がハイサイドMOSFET101と、ローサイドMOSFET102のデューティー比を制御する。これによって、出力電圧Voと比較値VREFの誤差が小さくなるようにフィードバック制御が行われる。
【0032】
フィードバックループの安定性を判別する方法としてボーデ線図が広く用いられている。
図2は、一般的な電圧モードDC/DCコンバータのボーデ線図のイメージである。周波数が高くなるほど利得と位相が変化し、やがて、利得が1倍(0dB)となる。この時の周波数をクロスオーバー周波数fcという。
【0033】
クロスオーバー周波数fcにおける位相が、発振限界(-180deg)に対して、十分に余裕があればフィードバック制御は安定と判断できる。この余裕を位相余裕PMといい、高い程、安定性が向上する。一般的には60deg程度の位相余裕が安定性と応答性を両立できる最良値とされている。利得と位相は周波数の変化に対して変極点を持ち、周波数が低い領域Iでは、周波数の上昇に伴い、利得は-20dB/decで低下する。
【0034】
周波数fz1は第1零点であり、利得を+20dB/decで上昇させ、位相を+90deg進める。このため、領域IIでは利得の変化はなくなり、位相は最大で0degまで進む。
【0035】
周波数f0は、インダクタ103と出力コンデンサ104で決まるLC共振周波数であり、式(1)で与えられる。周波数の上昇に伴い、利得を-40dB/decで低下させ、位相を-180deg遅らせる。このため、領域IIIでは利得が-40dB/decで変化し、位相は最大で-180degまで遅れる。
【0036】
f0=1/(2・π・√(L・C))・・・(1)
周波数fz2は第2零点であり、第1零点fz1と同様に、利得を+20dB/decで上昇させ、位相を+90deg進める。このため、領域IVでは利得が-20dB/decで変化し、領域IIIで最大で-180degまで遅れた位相を戻す。これによって、クロスオーバー周波数fcにおいて、位相余裕度を確保することができる。
【0037】
図3は、
図2の周波数特性を要素毎に分解した図である。デジタルフィルタ特性は、
図1のデジタルフィルタ4で決定される特性であり、コンバータ特性は、デジタルフィルタ4以外で決定する特性である。デジタルフィルタ4は、周波数に応じて利得を-20dB/decで低下する積分特性に加えて、二つの零点fz
1とfz
2を追加し、適切に配置することによって、コンバータ特性のLC共振周波数f
0における利得低下の傾斜を緩くする。
【0038】
また、デジタルフィルタ4は、最大で-180deg遅れる位相を戻すために、二つの零点fz1とfz2を生成する。この零点fz1とfz2を適切に配置することによって、位相余裕度PMを十分に確保することができる。一般的には、第1零点fz1は、共振周波数f0よりも低く設定し、第2零点fz2は、LC共振周波数f0からクロスオーバー周波数fcの間に配置するのが望ましい。
【0039】
しかし、モジュール電源のユーザーの多くは、モジュール電源の出力端子とGND間にコンデンサを追加し、コンデンサ値を調整する。これによって、スイッチング動作に伴う出力リップル電圧を抑制し、出力負荷電流の急激な変動が発生した際の出力電圧の変動が規格範囲に入るように調整する。このため、(1)式で与えられたLC共振周波数f
0が変化し、クロスオーバー周波数fcが低くなる方向にシフトすることで負荷応答性能が悪化してしまい、出力コンデンサ値を増やしても十分な出力電圧変動の抑制効果を得ることができない。最悪は、フィードバック動作が不安定になる場合がある。これについて、
図4を参照しながら詳しく説明する。
【0040】
例えば、
図4に示したように、出力コンデンサ104が小さな値で十分な位相余裕度PMを確保できるように第1零点fz
1と第2零点fz
2を最適化した条件を考える。このフィルタ条件を維持したまま、出力コンデンサ104のみを大きくすると、
図5に示したように、LC共振周波数はf
0よりも低いf
0’に移動する。このために、第1零点fz
1と共振点f
0’の位置関係が逆転してしまい、特に、領域IIにおいて-60dB/decとなり、非常に傾斜が急峻となる。
【0041】
この結果、クロスオーバー周波数fc’が低くなるため、負荷応答性能が悪化する。さらに、第2零点fz2による位相進み効果が十分に得られない。このため、位相余裕度PM’が不足して不安定動作に陥る。この問題を解決するには、インダクタ103と出力コンデンサ104で決まるLC共振周波数f0’を求め、この結果に基づき第1零点fz1と第2零点fz2を最適化する必要がある。
【0042】
そこで、本発明は、電源Viの投入直後のフィルタ特性分析期間に、インダクタ103に流れる突入電流を積極的に発生させ、突入電流の発生期間から出力コンデンサとインダクタで決まるLC共振周波数f
0を推測し、零点fz
1とfz
2を最適設定する。このために、手作業での出力コンデンサとインダクタを考慮した設定が不要となる。この様子について
図6を参照しながら詳細に説明する。
【0043】
入力電圧Viを投入後、領域Iのフィルタ特性分析期間Trに、デジタルフィルタ4が所定の分析信号を駆動部5に出力することによって、ハイサイドMOSFET101とローサイドMOSFET102を所定のデューティーでオンオフさせる。
【0044】
所定のデューティーは、定常動作期間Tc(領域IV)のデューティーに対して十分に低い。これによって、出力コンデンサ104を充電し出力電圧Voが入力電圧Viと所定のデューティーで決定される第1出力電圧Vo1に達するまでの期間に、インダクタ103に突入電流を積極的に発生させる。尚、第1出力電圧Vo1は、以下の式で与えられる。Dはデューティーを表す。
【0045】
Vo1=Vi・D・・・(2)
このインダクタ103に発生する突入電流の包絡線ELPは、インダクタ103と出力コンデンサ104で決まるLC自由振動の半波と概ね相似している。
【0046】
そこで、フィルタ特性分析部7は、フィルタ特性分析期間の開始から包絡線ELPの頂点近傍に達するまでの時間Trを計測することによって、インダクタ103と出力コンデンサ104で決まる共振周波数f0を算出する。フィルタ特性分析期間の開始から包絡線ELPの頂点近傍に達するまでの期間TrとLC共振周波数f0の関係は、式(3)で与えられる。
【0047】
f
0≒1/(4・Tr)・・・(3)
図6の定数設定期間Ts(領域II)では、フィルタ特性分析部7は、求めた共振周波数f
0値に応じて、定数格納部8に予め設定され格納されている複数のデジタルフィルタ定数テーブルの中から最適なものを選択し、デジタルフィルタ4に適用する。具体的には、表1に示した様に、フィルタ特性分析部7は、LC共振周波数f
0値が低くなるほど、第1零点fz
1と第2零点fz
2が低くなるようなデジタルフィルタ設定テーブルを選択する。
【0048】
【0049】
これによって、
図7に示したように、零点調整前では、第1零点fz
1と共振点f
0の位置関係が逆転する。特に、領域IIにおいて-60dB/decと非常に傾斜が急峻となるために、クロスオーバー周波数fcが低くなり負荷応答性能が低下する。さらに、第2零点fz
2よる位相進み効果が得られず位相余裕度PMが不足している。
【0050】
これに対し零点調整後は、
図8に示したようにLC共振周波数f
0に応じて第1零点fz
1’と第2零点fz
2’を低下させる。これによって、位相余裕度PM’を十分に確保しつつ、クロスオーバー周波数fc’を高くすることで、負荷応答性能と安定性の高い電源を構成できる。
【0051】
図6のソフトスタートTss(領域III)では、目標値生成部2が目標値を第1目標値から第2目標値までゆっくりと上昇させることで、出力電圧Voのソフトスタート動作を実現し、オーバーシュートを防止する。その後、出力電圧Voが第2目標値で決まる設定電圧に達すると、領域IVに移行して定常動作を開始する。
【0052】
尚、従来技術では、ソフトスタート動作期間終了後にフィルタ特性の設定を行うために、ソフトスタート動作期間中にフィードバック動作が不安定になる問題があった。
【0053】
これに対して、本発明では、出力電圧Voがソフトスタート動作を開始する以前にデジタルフィルタ4の設定が完了しているために、同様の問題が発生しない利点がある。
【0054】
尚、表1ではLC共振周波数f0に応じて零点を調整することで負荷応答性能と安定性を両立した電源を構成しているのに対して、LC共振周波数f0値に応じて利得を調整することでも同様の効果を得ることができる。さらに、LC共振周波数f0に応じて零点と利得の両方を調整することでも同様の効果を得ることができる。
【0055】
また、インダクタ103に流れる電流検出は、シャント抵抗を用いて直接検出する方法でも、インダクタ103のDCR(直流抵抗)を利用して間接的に検出する方法でも、ホール素子を用いて非接触で検出する方法でも良い。
【0056】
このように、実施例1のスイッチング電源装置によれば、フィルタ特性分析部は、電源起動直後で出力電圧が上昇を開始する以前のフィルタ特性分析期間に流れる突入電流発生期間から出力コンデンサ104とインダクタ103で決まる制御対象のフィルタ特性を一度に抽出する。定数格納部8は、予め設定され格納されている複数のデジタルフィルタ定数テーブルの中から最適なものを選択しデジタルフィルタ4に適用する。
【0057】
このため、手作業での出力コンデンサ104とインダクタ103を考慮した設定が不要となる。その後、ソフトスタート動作させることで、出力電圧を設定電圧までゆっくりと上昇させる。
【0058】
出力電圧が設定電圧まで上昇する以前にフィルタ定数設定が完了するために、ソフトスタート期間中のフィードバック制御を安定化することができる。このため、出力電圧の立ち上がり期間中に不安定動作に陥るのを防止できる。
【0059】
(実施例2)
図9は、実施例2のスイッチング電源装置の構成図である。実施例2は、実施例1に対して、定数格納部8の代わりに定数演算部9を備えている。実施例2のその他の構成は実施例1の同一構成であるので、定数演算部9のみを説明する。
【0060】
定数演算部9は、フィルタ特性分析部7からのフィルタ特性分析結果(LC共振周波数f0値)と、目標クロスオーバー周波数fcaと、目標位相余裕PMaと、その他の設定に必要な情報とに基づいて、条件を満たすフィルタ定数を演算し、演算されたフィルタ定数をデジタルフィルタ4に適用する。定数演算部9での演算方法の一例を説明する。
【0061】
最適化後のフィルタ特性が、fz1<<f0<fz2<<fcaを満たすものと仮定すると、第2零点fz2は、目標クロスオーバー周波数をfca、目標位相余裕をPMaとすると式(4)で概算できる。
fz2≒-fca・tan(PMa+90deg)-fz1・・・(4)
また、fz1は、fz1<<fz2が前提条件であるため式(5)とする。
【0062】
fz1≒fz2/10・・・(5)
以上に示した式(4)、(5)から、第1零点fz1、第2零点fz2を算出して、デジタルフィルタ4に適用することで、高い負荷応答性能と十分な安定性を持つ良好なフィードバック制御を実現することができる。
【0063】
実施例1では、フィルタ特性分析部7で演算したLC共振周波数f0に応じて、定数格納部8が、格納されているフィルタ定数テーブルの中から最適な定数を選択する。このため、許容できるLC共振周波数f0のばらつき範囲がある程度限定されてしまう。
【0064】
これに対して、実施例2では、定数演算部9が、制御定数を演算で求めるために、LC共振周波数f0がより広い範囲でばらついても良好なフィードバック制御を実現できる。
【0065】
また、インダクタ103に流れる電流の検出は、シャント抵抗を用いて直接検出する方法でも、インダクタ103のDCR(直流抵抗)を利用して間接的に検出する方法でも、ホール素子を用いて非接触で検出する方法でも良い。
【0066】
このように実施例2のスイッチング電源装置によれば、フィルタ特性分析部7は、電源を起動した直後で且つ出力電圧が上昇を開始する以前のフィルタ特性分析期間に流れる突入電流発生期間から出力コンデンサ104とインダクタ103で決まる制御対象のフィルタ特性を一度に抽出する。定数演算部9が、フィルタ特性に応じた最適な定数を演算し演算されたフィルタ定数をデジタルフィルタ4に適用する。
【0067】
このため、手作業での出力コンデンサ104とインダクタ103を考慮した設定が不要となる。その後、ソフトスタート動作させることで、出力電圧を設定電圧までゆっくりと上昇させる。
【0068】
出力電圧が設定電圧まで上昇する以前にフィルタ定数設定が完了するために、ソフトスタート期間中のフィードバック制御を安定化することができる。このため、出力電圧の立ち上がり期間中に不安定動作に陥るのを防止できる。
【0069】
(実施例3)
図10は実施例3のスイッチング電源装置の構成図である。実施例3のスイッチング電源装置は、実施例2のスイッチング電源装置に対して、入力電圧検出部10が追加となっている。また、デジタルフィルタ4がデジタルフィルタ4bに変更されている。
図10に示すその他の構成は、
図1に示す構成と同一であるため、相違する構成のみを説明する。
【0070】
入力電圧検出部10は、入力電圧Viを検出し、検出された入力電圧Viをデジタル値としてデジタルフィルタ4bに出力する。デジタルフィルタ4bは、フィルタ特性分析期間Trに入力電圧検出部10で検出された入力電圧Viの値に応じて変化する分析信号を駆動部5に対して出力する。駆動部5は、デジタルフィルタ4bからの分析信号に基づき、ハイサイドMOSFET101とローサイドMOSFET102を入力電圧Viに応じたデューティーで、具体的には、入力電圧Viが高いほど狭くなるデューティーでオンオフさせる。
【0071】
図11は、
図1に示した実施例1における、入力電圧Viが高いときに発生する第1出力電圧Voが高いことを示す。これに対して、
図12は、
図10に示した実施例2における、入力電圧Viが高いときの第1出力電圧Vo1が低いことを示す。第1出力電圧Vo1が低いため、負荷となるFPGAやCPUの誤動作を防止できる。
【0072】
このように実施例3のスイッチング電源装置によれば、入力電圧Viに応じてフィルタ特性分析期間中のデューティーを制御することで、
図12に示すように、フィルタ特性分析期間に発生する第1出力電圧(オフセット電圧)が高くなりすぎるのを防止でき、滑らかなソフトスタート特性を実現できる。
【0073】
尚、インダクタ103に流れる電流の検出は、シャント抵抗を用いて直接検出する方法でも、インダクタ103のDCR(直流抵抗)を利用して間接的に検出する方法でも、ホール素子を用いて非接触で検出する方法でも良い。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明は、非絶縁型の降圧チョッパ回路等に適用可能である。
【符号の説明】
【0075】
1 電圧検出部
2 目標値生成部
3 減算器
4 デジタルフィルタ
5 駆動部
6 電流検出部
7 フィルタ特性分析部
8 定数格納部
9 定数演算部
10 入力電圧検出部
101 ハイサイドMOSFET
102 ローサイドMOSFET
103 インダクタ
104 出力コンデンサ
105 出力負荷
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