(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-28
(45)【発行日】2022-12-06
(54)【発明の名称】抵抗スポット溶接方法及び溶接継手の製造方法
(51)【国際特許分類】
B23K 11/11 20060101AFI20221129BHJP
B23K 11/16 20060101ALI20221129BHJP
B23K 11/36 20060101ALI20221129BHJP
B23K 31/00 20060101ALI20221129BHJP
B23K 103/04 20060101ALN20221129BHJP
【FI】
B23K11/11 540
B23K11/16 311
B23K11/36
B23K31/00 Z
B23K103:04
(21)【出願番号】P 2021546398
(86)(22)【出願日】2021-05-26
(86)【国際出願番号】 JP2021019986
(87)【国際公開番号】W WO2022014173
(87)【国際公開日】2022-01-20
【審査請求日】2021-08-06
(31)【優先権主張番号】P 2020120974
(32)【優先日】2020-07-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【氏名又は名称】川原 敬祐
(74)【代理人】
【識別番号】100204401
【氏名又は名称】田中 睦美
(72)【発明者】
【氏名】前田 聡
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 一輝
(72)【発明者】
【氏名】田路 勇樹
(72)【発明者】
【氏名】川邉 直雄
【審査官】岩見 勤
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-103608(JP,A)
【文献】特開2006-104550(JP,A)
【文献】特開2019-089077(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 11/11
B23K 11/16
B23K 11/36
B23K 31/00
B23K 103/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
二枚以上重ね合わせた鋼板を一対の溶接電極で挟持し、前記鋼板を加圧しながら通電し、前記鋼板相互の重ね合わせ面にナゲットを形成して、前記鋼板同士を接合する、抵抗スポット溶接方法において、
前記接合後に、前記鋼板の表面での音圧レベルが30dB以上を満たすように、10Hz以上100000Hz以下の周波数を有する音波を、前記ナゲットに直接的又は間接的に照射
して前記ナゲット中の水素量を低減することを特徴とする、抵抗スポット溶接方法。
【請求項2】
前記音波を照射する時間が1秒以上であることを特徴とする、請求項1に記載の抵抗スポット溶接方法。
【請求項3】
前記鋼板のうち少なくとも一枚の引張強さが780MPa以上であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の抵抗スポット溶接方法。
【請求項4】
前記鋼板のうち少なくとも一枚が、前記表面及び前記重ね合わせ面の少なくとも一方にめっき被膜を有することを特徴とする、請求項1~3のいずれか一項に記載の抵抗スポット溶接方法。
【請求項5】
前記めっき被膜が溶融亜鉛めっき被膜又は合金化溶融亜鉛めっき被膜であることを特徴とする、請求項4に記載の抵抗スポット溶接方法。
【請求項6】
二枚以上重ね合わせた鋼板を一対の溶接電極で挟持し、前記鋼板を加圧しながら通電し、前記鋼板相互の重ね合わせ面にナゲットを形成し、前記鋼板同士を接合した溶接継手を得る、溶接継手の製造方法において、
前記接合後に、前記鋼板の表面での音圧レベルが30dB以上を満たすように、10Hz以上100000Hz以下の周波数を有する音波を、前記ナゲットに直接的又は間接的に照射
して前記ナゲット中の水素量を低減することを特徴とする、溶接継手の製造方法。
【請求項7】
前記音波を照射する時間が1秒以上であることを特徴とする、請求項6に記載の溶接継手の製造方法。
【請求項8】
前記鋼板のうち少なくとも一枚の引張強さが780MPa以上であることを特徴とする、請求項6又は7に記載の溶接継手の製造方法。
【請求項9】
前記鋼板のうち少なくとも一枚が、前記表面及び前記重ね合わせ面の少なくとも一方にめっき被膜を有することを特徴とする、請求項6~8のいずれか一項に記載の溶接継手の製造方法。
【請求項10】
前記めっき被膜が溶融亜鉛めっき被膜又は合金化溶融亜鉛めっき被膜であることを特徴とする、請求項9に記載の溶接継手の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、優れた耐遅れ破壊特性を発揮する溶接継手の製造に適合する、抵抗スポット溶接方法、及び、当該抵抗スポット溶接方法を用いた溶接継手の製造方法に関する。本発明は、高強度鋼板を抵抗スポット溶接する場合に特に適している。また、本発明は、自動車等の車両部品の製造工程及び車体の組立工程において特に好適に使用される。
【背景技術】
【0002】
自動車等の車両の外観の加工には、仕上がりの見た目の良さから、抵抗スポット溶接が広く用いられている。抵抗スポット溶接とは、金属に圧力をかけて金属同士を接合させる技術の一つである。具体的には、抵抗スポット溶接とは、接合したい2つ以上の金属(例えば、鋼板)の両側から電極を当て、適度な圧力を加えながら通電することで徐々に金属を溶融させ、その後、金属を冷却して溶融部を凝固させることにより、金属同士を接合させる技術である。金属同士が接合された部位及びその周辺に形成される、接合により溶融を経た熱影響部はナゲットと呼ばれる。また、ナゲットを介して接合された部位は溶接継手と呼ばれる。
【0003】
ここで、抵抗スポット溶接では、金属の溶融・凝固過程において、ナゲット部分に高い引張応力が残存する。加えて、溶接時の上記溶融・凝固過程において、鋼板表面に存在していた防錆油、水分、めっき被膜、表面処理剤等が金属内に取り込まれて水素が発生又は侵入する。この水素は引張応力部に集積し易いので、結果として、溶接及び冷却後の金属では、ナゲット内の残留応力及び水素に起因して、溶接継手に遅れ破壊が発生することが問題となっている。
遅れ破壊とは、金属に加わる応力が降伏強度以下の状態であるにも関わらず、溶接等の加工完了から一定の時間が経過した後に、金属が突然破断してしまう現象である。
【0004】
一方、車体の高強度化による耐衝突性能の向上を目的に、自動車等の車両用鋼板として高強度鋼板が用いられることがある。一般に、高強度鋼板は、多量のCのみならず種々の合金元素を添加して強度を高めた鋼板であるが、水素脆化感受性が大きい。したがって、上述した遅れ破壊は、高強度鋼板の抵抗スポット溶接においてとりわけ大きな問題となる。
【0005】
このような遅れ破壊の問題に対し、特許文献1では、ある加圧力で溶接通電を行った後、この加圧力よりも高い加圧力で後通電、更には電極保持を行うことにより、溶接部における引張残留応力を低減させ、耐遅れ破壊特性を向上させている。また、特許文献1には、上記電極保持の後、さらに「溶接後の熱処理」を120~220℃で100~6000s行うことが、溶接部に侵入した水素量を低下させ、遅れ破壊の防止に対して有利になることも開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1は、遅れ破壊に対して、もっぱら加圧力や通電パターンの適正化により引張残留応力を低減させることに主眼を置いた技術であり、鋼板の水素脆性については更なる改善の余地があった。しかも特許文献1の技術では、この水素脆性に関し、溶接通電と後通電との間に設けられた無通電の冷却時間により溶接部が急速に冷却されることから、多くの水素がナゲットの外部へと拡散することなく残存してナゲット内の残存水素量が高まるため、残存水素に起因した遅れ破壊を抑制し難いという懸念がある。また、残存水素に対して、特許文献1に開示された「溶接後の熱処理」を行うとしても、熱処理設備のためのコストアップが避けられないこと、及び、熱処理に起因して鋼板の組織が変化することにより、材料特性が変化してしまうことが更に懸念される。
【0008】
したがって、より優れた耐遅れ破壊特性を発揮する溶接継手を得るべく、抵抗スポット溶接においてナゲット内に残存する水素をより良好に制御し得る手法を検討する必要があった。
【0009】
本発明は、上記課題に鑑み、水素脆性を改善することにより、優れた耐遅れ破壊特性を発揮する溶接継手を得ることが可能な、抵抗スポット溶接方法及び溶接継手の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するため、本発明者らは、抵抗スポット溶接時にナゲット内に発生又は侵入した水素を鋼板の外部に逃がすことにより、得られる溶接継手の耐遅れ破壊特性を向上させる方途について鋭意検討した。その結果、本発明者らは、接合された後の鋼板に音波を照射することが、熱処理による組織変化に起因する材質の変化を伴わずに、溶接継手の耐遅れ破壊特性を向上させるために有効であるとの新たな知見を得た。
そして、本発明者らは、抵抗スポット溶接において、ナゲットが形成された鋼板に対して所定の条件下で音波を照射すれば、優れた耐遅れ破壊特性を発揮する溶接継手を簡便に得られることを見出した。
【0011】
本発明は上記の知見に基づいてなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
1.二枚以上重ね合わせた鋼板を一対の溶接電極で挟持し、前記鋼板を加圧しながら通電し、前記鋼板相互の重ね合わせ面にナゲットを形成して、前記鋼板同士を接合する、抵抗スポット溶接方法において、
前記接合後に、前記鋼板の表面での音圧レベルが30dB以上を満たすように、10Hz以上100000Hz以下の周波数を有する音波を、前記ナゲットに直接的又は間接的に照射することを特徴とする、抵抗スポット溶接方法。
【0012】
ここで、本明細書において、「ナゲット」は、通常、鋼板相互の重ね合わせ面(
図1,3の符号12,22を参照)側に形成され、抵抗スポット溶接後の鋼板の表面(
図1,3の符号11,21を参照)からは直接視認することができないが、この溶接により鋼板の表面に生じた溶接痕をもって「ナゲット」が形成されていることを確認することができる。そして、「ナゲットに音波を照射する」ことは、例えば、鋼板の表面のうち上記溶接痕が確認できる部分(以下、「ナゲット相当表面」ともいう。
図2の符号6、
図3の符号13,23を参照)に音波を照射することにより実施可能である。
そして、本明細書において、「周波数」及び「音圧レベル」は、例えば、後述する方法に従って測定することができる。
【0013】
2.前記音波を照射する時間が1秒以上であることを特徴とする、前記1に記載の抵抗スポット溶接方法。
【0014】
3.前記鋼板のうち少なくとも一枚の引張強さが780MPa以上であることを特徴とする、前記1又は2に記載の抵抗スポット溶接方法。
【0015】
4.前記鋼板のうち少なくとも一枚が、前記表面及び前記重ね合わせ面の少なくとも一方にめっき被膜を有することを特徴とする、前記1~3のいずれかに記載の抵抗スポット溶接方法。
【0016】
5.前記めっき被膜が溶融亜鉛めっき被膜又は合金化溶融亜鉛めっき被膜であることを特徴とする、前記4に記載の抵抗スポット溶接方法。
【0017】
6.二枚以上重ね合わせた鋼板を一対の溶接電極で挟持し、前記鋼板を加圧しながら通電し、前記鋼板相互の重ね合わせ面にナゲットを形成し、前記鋼板同士を接合した溶接継手を得る、溶接継手の製造方法において、
前記接合後に、前記鋼板の表面での音圧レベルが30dB以上を満たすように、10Hz以上100000Hz以下の周波数を有する音波を、前記ナゲットに直接的又は間接的に照射することを特徴とする、溶接継手の製造方法。
【0018】
7.前記音波を照射する時間が1秒以上であることを特徴とする、前記6に記載の溶接継手の製造方法。
【0019】
8.前記鋼板のうち少なくとも一枚の引張強さが780MPa以上であることを特徴とする、前記6又は7に記載の溶接継手の製造方法。
【0020】
9.前記鋼板のうち少なくとも一枚が、前記表面及び前記重ね合わせ面の少なくとも一方にめっき被膜を有することを特徴とする、前記6~8のいずれかに記載の溶接継手の製造方法。
【0021】
10.前記めっき被膜が溶融亜鉛めっき被膜又は合金化溶融亜鉛めっき被膜であることを特徴とする、前記9に記載の溶接継手の製造方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明の抵抗スポット溶接方法によれば、鋼板同士を接合しても、熱処理による組織変化に起因した鋼板の材質の変化なしに、遅れ破壊の問題を良好に回避することができる。また、本発明の溶接継手の製造方法によれば、優れた耐遅れ破壊特性を発揮する溶接継手を簡便に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】本発明の一実施形態に従った、ナゲットを形成して鋼板同士を接合する様子を示す模式図である。
【
図2】本発明の一実施形態に従った、接合後の鋼板を一表面側から見た平面図である。
【
図3】本発明の一実施形態に従った、鋼板同士を接合した後に、ナゲット相当表面に対して音波を照射する様子を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、図を参照しながら本発明の実施形態を説明する。
本発明の抵抗スポット溶接方法では、二枚以上重ね合わせた、例えば鋼板1,2を、一対の溶接電極4,5で挟持し、加圧しながら通電し、鋼板相互の重ね合わせ面(重ね合わせ部)12,22側にナゲット3を形成し、鋼板同士を接合した後に、ナゲット3に(例えば、ナゲット相当表面13,23のうちの少なくとも一方に対して)、所定の周波数及び所定の音圧レベルで音波を照射する。
そして、本発明の抵抗スポット溶接方法に従えば、主にナゲットに集積する水素を効率的に鋼板外部へと逃がすことにより、熱処理による組織変化に起因する材質の変化を伴わずに、スポット溶接部の遅れ破壊の問題を良好にかつ簡便に回避することができる。
【0025】
また、本発明の溶接継手の製造方法は、上述した本発明の抵抗スポット溶接方法と同様の特徴を有する。そして、本発明の溶接継手の製造方法に従えば、優れた耐遅れ破壊特性を有する溶接継手が簡便に得られる。
【0026】
ここで、接合された鋼板に音波を照射することで鋼板の耐遅れ破壊特性を改善できる理由は明らかではないが、本発明者らは以下のとおり推察する。
すなわち、接合にあたり形成されたナゲットに対して所定の条件で音波を当てることにより、ナゲットを含む鋼板部分が強制加振される。この強制加振による曲げ変形に起因して、ナゲットを含む鋼板部分の格子間隔が板厚方向に拡張(引張)・収縮(圧縮)を繰り返す。格子間を膨張させる鋼中水素は、よりポテンシャルエネルギーの低い引張側への拡散が誘起されるため、この格子間隔の拡張・収縮に伴って水素の拡散が促進され、鋼板内部と表面とを結ぶ水素の拡散パスが強制的に引き起こされる。拡散パスが意図的に形成された水素は、鋼板の表面近傍における格子間隔が拡張したタイミングで、表面を通って更にエネルギー的に有利な鋼板外部へと逃げていく。このように、接合後の鋼板に対して所定の条件で照射した音波が、鋼中、特に引張残留応力部であるナゲットに集積する水素を十分にかつ効率よく低減させるので、溶接継手の遅れ破壊を良好かつ簡便に抑制できるものと推察される。
【0027】
以下、本発明の抵抗スポット溶接方法についていくつかの実施形態に従って詳述するが、本発明の抵抗スポット溶接方法はこれに限定されるものではない。また、本発明の溶接継手の製造方法は、本発明の抵抗スポット溶接方法について詳述される特徴と同様の特徴を有し、本発明の溶接継手の製造方法も後述される実施形態に限定されない。
【0028】
[鋼板同士の接合]
本発明の抵抗スポット溶接方法では、鋼板の接合後にナゲットから水素を効率的に逃がすことができる。したがって、まず、複数の鋼板同士を接合するまでの工程については特に制限されず、一般的な抵抗スポット溶接の条件に従えばよい。一般的な抵抗スポット溶接の通電条件として、例えば、電流は1kA~15kA、通電時間は100ms~2000ms、加圧力は0.5kN~10kNの範囲とすることができる。
【0029】
図1,2に示す本発明の一実施形態では、二枚重ね合わせた鋼板1,2の表面11,21に一対の溶接電極4,5を押し当てて通電する。このとき、鋼板相互の重ね合わせ面12,22の通電された部位が、抵抗発熱により一旦溶融し、その後凝固してナゲット3を形成する。このように、抵抗スポット溶接方法では、鋼板1,2が固体状態のナゲット3を介して接合される。このナゲット3は、通常、接合された鋼板の表面11,21には直接現れない。しかし、鋼板の表面11,21では、溶接電極4,5を押し当てた箇所に焼け跡及び/又は凹みの溶接痕が、抵抗スポット溶接点6として生じる。したがって、この抵抗スポット溶接点6の板厚方向内部にナゲット3が存在することが確認でき、この抵抗スポット溶接点6を、後述する音波を照射する工程における「ナゲット相当表面」として扱うことができる。
【0030】
[[鋼板の特性]]
本発明の抵抗スポット溶接方法で用いる鋼板は、特に制限されないが、高強度鋼板であることが好ましい。具体的には、接合する鋼板のうち少なくとも一枚の引張強さが780MPa以上であることが好ましく、1000MPa以上であることがより好ましく、1300MPa以上であることが更に好ましい。また、接合する鋼板のいずれもが上記引張強さを有することが一層好ましい。接合する鋼板の引張強さが780MPa未満である場合、抵抗スポット溶接によってナゲットに生じる引張残留応力の程度が小さいので、もともと、得られる溶接継手に遅れ破壊が生じ難い。一方、接合する鋼板が上記のとおり高強度であるほど、抵抗スポット溶接によってナゲットに水素が発生又は侵入し易く、溶接継手に遅れ破壊が生じ易いため、音波を照射することによる溶接継手の耐遅れ破壊特性の改善効果が高まる。なお、鋼板の引張強度は特に限定されないが、3000MPa以下とすることができる。
【0031】
鋼板の成分組成は、特に制限されないが、上述した高強度鋼板とすることのできる成分組成であることが好ましい。高強度鋼板の成分組成としては、例えば、C量が0.05質量%以上0.50質量%以下である鋼板を好適に使用することができる。
【0032】
[[鋼板への表面処理]]
また、本発明の抵抗スポット溶接方法は、音波の照射を非接触で行い、鋼板の表面状態に影響されない溶接方法であるため、鋼板に所望の特性を付与する目的で、めっき等の任意の表面処理を施すことができる。
【0033】
めっき被膜は、有機めっき、無機めっき、金属めっきのいずれによるものであってもよく、既知の手法に従ってめっきを行えばよい。中でも、錆及び腐食を防止できる観点からは、めっき被膜が溶融亜鉛めっき(GI)被膜又は合金化溶融亜鉛めっき(GA)被膜であることが好ましい。
【0034】
[音波の照射]
次に、本発明の抵抗スポット溶接方法では、上述した鋼板同士の接合後に、ナゲットに直接的又は間接的に(例えば、ナゲット相当表面の少なくとも一方に)、音波を意図的に照射する。ここで、音波を照射するに際しては、10Hz以上100000Hz以下の周波数を有する音波を、鋼板の表面での音圧レベルが30dB以上を満たすようにすることが肝要である。周波数及び音圧レベルを上記のとおり制御することにより、ナゲットから水素を効率的に逃がし、熱処理による組織変化に起因する材質の変化を伴わずに、水素脆化による溶接継手の遅れ破壊を良好かつ簡便に低減させることができる。
なお、本発明における音波の照射は、鋼板に非接触で行われる。
【0035】
本明細書において、「周波数」は、任意の音波照射装置等で設定する音波出力側の周波数(Hz)を指す。また、「音圧レベル」は、鋼板の表面のうち音波が照射された部位、具体的な一例としては、ナゲット相当表面が受けた音圧レベル(dB)を指し、当該音波が照射された部位(ナゲット相当表面)が位置する箇所に配置した任意の騒音計を用いて測定することができる。
【0036】
[[周波数]]
周波数が10Hz以上100000Hz以下の音波を照射することは、本発明において重要な構成条件である。周波数が10Hz未満の音波を照射しても、照射された音波が鋼板に付与すべき振動が鋼板自体の剛性に妨げられ、鋼板外への水素の拡散が促進されず、ナゲット中の水素量が十分に減少しない。照射する音波の周波数は100Hz以上であることが好ましく、500Hz以上であることがより好ましく、3000Hz以上であることが更に好ましい。照射する音波の周波数が高いほど鋼板に与える曲げ変形が大きいため、鋼中の水素の拡散パスをより良好に形成して、水素脆性に起因した遅れ破壊をより抑制できる。加えて、周波数が高いほど音波の指向性が高まるため、音波を照射する位置をより制御し易い。
一方、周波数が100kHzを超えると、発生させた音波が鋼板表面に到達するまでの空気中での減衰が著しく、鋼板、特にはナゲットに十分に振動が照射されず、効率的に鋼中水素量を減少できない。したがって、照射する音波の周波数は100kHz以下である必要があり、80kHz以下であることが好ましく、50kHz以下であることがより好ましい。
【0037】
[[音圧レベル]]
音圧レベルが30dB以上の音波を照射することも、本発明において重要な構成条件である。音圧レベルが30dBに満たない音波を照射しても、照射された音波が鋼板に付与すべき振動が鋼板自体の剛性に妨げられ、鋼板外への水素の拡散が促進されず、ナゲット中の水素量が十分に減少しない。照射する音波の音圧レベルは60dB以上が好ましく、70dB以上がより好ましい。照射する音波の音圧レベルが高いほど、鋼板をより振動させて、鋼中、特にはナゲット中から残存水素をより放出することにより遅れ破壊をより抑制できる。
一方、一般的に入手可能な音波照射装置の性能上、照射する音波の音圧レベルは、通常、140dB以下である。
【0038】
ナゲット相当表面が受ける音圧レベルは、例えば、音波照射装置の出力を変化させることや、ナゲット相当表面と音波照射装置との距離を適宜調整することにより制御可能である。
【0039】
[[照射時間]]
ナゲット相当表面に音波を照射する時間が短いと、鋼板を振動させたとしても、ナゲット中に残存する水素を鋼板外へと脱離させるのに十分でなく、鋼中水素量を良好に低減できないことがある。したがって、音波を照射する時間は1秒以上であることが好ましく、5秒以上であることがより好ましく、10秒以上であることが更に好ましい。
一方、ナゲット相当表面に音波を3600秒以上照射することは生産性を低下させる。したがって、音波を照射する時間は3600秒未満が好ましく、1800秒以下がより好ましく、1500秒以下が更に好ましい。
【0040】
[[通電開始から音波を照射開始するまでの時間]]
溶接電極を用いた抵抗スポット溶接に起因した遅れ破壊は、通電開始時を0秒として、180分~720分の間に生じる場合がある。このような遅れ破壊が生じる前に音波を照射し、鋼板の引張応力部であるナゲットへの水素集積を抑制、解消することが好ましい。この観点から、ナゲット相当表面への音波の照射は、鋼板への通電開始から360分以内に行うことが好ましく、180分未満に行うことがより好ましく、60分以内に行うことが更に好ましい。遅れ破壊が生じるリスクを少しでも回避する観点からは、通電開始から音波を照射開始するまでの時間は短いほど有利である。したがって、通電開始から音波を照射開始するまでの時間の下限は特に制限されないが、通電自体に要する時間を考慮すると、上記時間の下限は通常10秒である。
【0041】
[[ナゲット中の残存水素量]]
そして、本発明に従って抵抗スポット溶接を行った後のナゲット内では、残存水素量が、質量分率で0.5ppm以下であることが好ましく、0.3ppm以下であることがより好ましく、もちろん、0ppmとしてもよい。ナゲット中に残存する水素は溶接継手における水素脆化の原因となるため、残存水素量は少ないほど好ましい。一般に、高強度鋼板に対する抵抗スポット溶接であるほど遅れ破壊が生じやすいところ、本願では所定条件で音波を照射するので、高強度鋼板の場合であっても良好に残存水素量を低減させることができる。
【0042】
[[音波照射装置]]
音波の照射には、一般的な、音波を発生して対象物に照射する装置(音波照射装置)を用いることができる。音波照射装置としては、例えば、音波発信器、音波発信器に振動板等が備わったスピーカーなどが挙げられる。
【0043】
ナゲットに上述した所定の音波が照射される限り、音波照射装置7の設置方法は特に限定されない。例えば、音波の進行方向が、ナゲット相当表面(
図3の符号13及び23)の少なくとも一方側に音波が最短直線距離で当たるように音波照射装置7を設置してもよい。或いは、音波の進行方向が、上記最短直線距離となるようには向かっていなくても、広がって伝播した音波がナゲット相当表面にまで到達して当たるように音波照射装置7を設置してもよい。鋼板の一表面上にナゲット相当表面が複数存在する場合、各ナゲット相当表面13又は23に対して音波照射装置7を一台ずつ設けてもよいし、一表面上の複数のナゲット相当表面に亘って音波を照射できる音波照射装置を単数又は複数設けてもよい。また、音波照射装置7は、鋼板の両表面11,21側に対向して設けてもよい。
また、一表面上にナゲット相当表面が複数存在する場合、そのうちの一つのナゲット相当表面のみに対して音波を照射してもよいし、任意の複数のナゲット相当表面に対して音波を照射してもよいし、全てのナゲット相当表面に対して音波を照射してもよいし、鋼板の一表面全体に亘って音波を照射してもよい。特にナゲット中に水素が残存し易いことを考慮すれば、一表面上にナゲット相当表面が複数存在する場合、複数のナゲット相当表面に音波を照射することが好ましく、全てのナゲット相当表面に音波を照射することがより好ましい。
また、上記所定の周波数による耐遅れ破壊特性への効果を高める観点からは、鋼板の表面と音波照射装置との最短直線距離を15m以内とすることが好ましく、5m以内とすることがより好ましい。
【0044】
本発明では、加熱処理を行うことなくナゲット中の残存水素を低減させることができる。したがって、本発明に従えば、溶接後に熱処理を行う従来の技術に比して、鋼板の成分組成及び/又は微細組織が熱によって所望の状態から変わるリスクを回避しつつ優れた耐遅れ破壊特性を発揮する溶接継手を得ることができる。また、本発明は、水素脆性に対処するための加熱装置を要せず、作業時間及び作業コストの面でも有利である。
更には、鋼板と接触することなく音波を照射するといった簡便な手法を採用している本発明は、例えば、多数の細かな溶接施工を要する自動車製造における抵抗スポット溶接に、とりわけ有利に用いることができる。
【実施例】
【0045】
長手方向:150mm×短手方向:50mm×板厚:1.4mmの2枚の鋼板を、鉛直方向下側に配置した下鋼板1、及び、該下鋼板1よりも鉛直方向上側に配置した上鋼板2として用いた。下鋼板1及び上鋼板2の引張強さ、鋼板の表面及び重ね合わせ面におけるめっき被膜の有無は表1のとおりであり、めっき処理を施さなかった場合(CR)、又は、めっき処理を施した場合(溶融亜鉛めっき(GI)、合金化溶融亜鉛めっき(GA)、付着量は片面当たり50g/m2)のいずれかであった。
なお、引張強さは、各鋼板から、圧延方向に対して垂直方向に沿ってJIS5号引張試験片を作製し、JIS Z 2241(2011)の規定に準拠して引張試験を実施して求めた引張強さである。
【0046】
図1及び
図2に示すように、2枚の鋼板1,2が重ね合わされた板組を、一対の溶接電極(下電極4及び上電極5)で挟持し、表1に記載する接合(通電)条件で接合することにより、溶接継手を得た。この接合により鋼板(溶接継手)の表面に生じた溶接痕を模式的に表したものが抵抗スポット溶接点6である。
【0047】
上述した工程は、溶接電極4,5を常に水冷した状態とし、鋼板を常温(20℃)の状態として行った。
下電極4及び上電極5としては、いずれも先端の直径(先端径)が6mm、曲率半径が40mmである、クロム銅製のDR形電極を用いた。また、接合時の加圧力は、下電極4と上電極5とをサーボモータで駆動することによって制御し、通電の際には周波数50Hzの単相交流を供給した。
【0048】
このように、接合後の下鋼板1及び上鋼板2の表面11,21では、
図2に示すように、抵抗スポット溶接点6が観察された。そして、この抵抗スポット溶接点6から板厚方向に沿った、下鋼板1及び上鋼板2の重ね合わせ面12,22側には、
図1に模式図を示すナゲット3が形成されている。なお、溶接継手は、音波照射前後のナゲット内の残存水素量をそれぞれ測定するため、各通電条件にて2つずつ作製した。
【0049】
上述のとおり通電して鋼板同士を接合した後、各通電条件で得られた溶接継手のうち1つに対し、表1に記載の「通電開始から音波を照射開始するまでの時間」が経過した後に、表1に記載の条件にて、鋼板の表面の一方側から、ナゲット相当表面(抵抗スポット溶接点6)に向けて音波を照射した。音波の照射は、ナゲット相当表面からの最短直線距離が0.5mの位置に設置したスピーカーを使用して行い、周波数は出力側であるスピーカーで制御し、音圧レベルは音波が照射される側のナゲット相当表面近傍に配置した騒音計を用いて測定した。
【0050】
得られた溶接継手を常温(20℃)で大気中に24時間静置し、静置後に遅れ破壊が生じるか否かについて目視で判定した。さらに、表面から目視でナゲットの剥離および亀裂が認められなかった場合、ナゲット中央部を含む板厚方向の断面を光学顕微鏡(×50倍)で観察し、断面における亀裂の有無を確認した。ナゲットの剥離(接合界面でナゲットが二つに剥離する現象)が観察された場合を×、表面から亀裂が目視で観察された場合を▽、ナゲット中央部を含む板厚方向の断面観察を行い、表面に到達しない亀裂が断面に観察された場合を△、断面からも亀裂が確認されなかった場合を〇として評価した。結果を表1に示す。断面からも亀裂が確認されなかった場合(〇)、および、表面に到達しない亀裂が断面に観察された場合(△)を、溶接継手の耐遅れ破壊特性に優れると判定した。
【0051】
ナゲット内の残存水素量は、昇温脱離分析により測定した。音波照射前の残存水素量については、各通電条件で得られた溶接継手のうち音波照射を施さなかった溶接継手から、抵抗スポット溶接点を中央に含むように1cm×1cm×板厚となるよう切断してサンプルを得、エタノールで脱脂後、昇温脱離分析を行った。また、音波照射後の残存水素量については、上記溶接継手のうち音波照射を施した溶接継手から、抵抗スポット溶接点を中央に含むように1cm×1cm×板厚となるよう切断してサンプルを得、エタノールで脱脂後、昇温脱離分析を行った。200℃/時間の条件でサンプルを昇温し、5分毎にサンプルから放出された水素量をガスクロマトグラフで定量し、各温度での水素放出速度(wt/min)を求めた。求めた水素放出速度を積算することにより、水素放出量を計算により求めた。そして、210℃までに放出される水素量の積算値をサンプルの質量で割った値の百万分率を、質量分率での、ナゲット内の残存水素量(wt.ppm)とし、表1に合わせて記載した。
【0052】
【0053】
表1より、特定の条件に従った音波照射を経て得られた溶接継手では、いずれも、ナゲット内の残存水素量を十分に低減できており、その結果、遅れ破壊が確認されず、良好な耐遅れ破壊特性を発揮していることがわかる。特に、従来は遅れ破壊が生じやすかった高強度鋼板であっても、良好な耐遅れ破壊特性を実現できた。一方、音波照射を行わなかった、又は、音波の照射条件が特定の範囲から外れるNo.1、2、10、16、17の溶接継手では、ナゲット内の残存水素量が高く、且つ、遅れ破壊が発生しており、ナゲットにおける残存水素に起因した遅れ破壊を抑制できていない。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明の抵抗スポット溶接方法によれば、鋼板同士を接合した後における、遅れ破壊の問題を良好に回避することが可能である。また、本発明の溶接継手の製造方法によれば、優れた耐遅れ破壊特性を発揮する溶接継手を簡便に得ることが可能である。よって、本発明は、自動車等の車両部品の製造工程及び車体の組立工程に好適に使用可能である。
【符号の説明】
【0055】
1 鋼板(下鋼板)
11 表面
12 鋼板相互の重ね合わせ面
13 ナゲット相当表面
2 鋼板(上鋼板)
21 表面
22 鋼板相互の重ね合わせ面
23 ナゲット相当表面
3 ナゲット
4 溶接電極(下電極)
5 溶接電極(上電極)
6 抵抗スポット溶接点
7 音波照射装置