(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-28
(45)【発行日】2022-12-06
(54)【発明の名称】クランクシャフト及びクランクシャフト用素形材の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20221129BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20221129BHJP
C21D 8/06 20060101ALI20221129BHJP
C21D 9/30 20060101ALN20221129BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/60
C21D8/06 A
C21D9/30 A
(21)【出願番号】P 2021554936
(86)(22)【出願日】2020-11-02
(86)【国際出願番号】 JP2020041041
(87)【国際公開番号】W WO2021090799
(87)【国際公開日】2021-05-14
【審査請求日】2022-02-24
(31)【優先権主張番号】P 2019202532
(32)【優先日】2019-11-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104444
【氏名又は名称】上羽 秀敏
(74)【代理人】
【識別番号】100174285
【氏名又は名称】小宮山 聰
(72)【発明者】
【氏名】久保田 学
(72)【発明者】
【氏名】前島 健人
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/203348(WO,A1)
【文献】特開2012-219335(JP,A)
【文献】特開2010-242123(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/60
C21D 8/06
C21D 9/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピン及びジャーナルを有するクランクシャフトであって、
化学組成が、質量%で、
C :0.40~0.60%、
Si:0.01~1.50%、
Mn:0.4~2.0%、
Cr:0.01~0.50%、
Al:0.20~0.50%、
N :0.001~0.02%、
P :0.03%以下、
S :0.005~0.20%、
Nb:0.005~0.060%、
Ti:0~0.060%、
残部:Fe及び不純物であり、
前記ピン及びジャーナルの各々において、表層から各々の直径の1/4の深さの位置の硬さがHV245よりも高く、同位置の組織が、フェライト・パーライト
の面積率が90%以上である組織であり、かつ、フェライト分率が16%以上である、クランクシャフト。
【請求項2】
請求項1に記載のクランクシャフトであって、
前記化学組成が、質量%で、
Ti:0.005~0.060%、
を含有する、クランクシャフト。
【請求項3】
化学組成が、質量%で、C:0.40~0.60%、Si:0.01~1.50%、Mn:0.4~2.0%、Cr:0.01~0.50%、Al:0.20~0.50%、N:0.001~0.02%、P:0.03%以下、S:0.005~0.20%、Nb:0.005~0.060%、Ti:0~0.060%、残部:Fe及び不純物である鋼材を準備する工程と、
仕上鍛造直前の温度が800℃超1100℃未満となるように前記鋼材を熱間鍛造する工程と、
前記熱間鍛造後、800~650℃の温度域の平均冷却速度が2.5℃/秒以下になるように前記鋼材を冷却する工程とを備え
、
前記クランクシャフト用素形材は、硬さがHV245よりも高く、組織が、フェライト・パーライトの面積率が90%以上である組織であり、かつ、フェライト分率が16%以上である、クランクシャフト用素形材の製造方法。
【請求項4】
化学組成が、質量%で、C:0.40~0.60%、Si:0.01~1.50%、Mn:0.4~2.0%、Cr:0.01~0.50%、Al:0.20~0.50%、N:0.001~0.02%、P:0.03%以下、S:0.005~0.20%、Nb:0.005~0.060%、Ti:0.005~0.060%、残部:Fe及び不純物である鋼材を準備する工程と、
仕上鍛造直前の温度が800℃超1180℃以下となるように前記鋼材を熱間鍛造する工程と、
前記熱間鍛造後、800~650℃の温度域の平均冷却速度が0.07℃/秒以下になるように前記鋼材を冷却する工程とを備え
、
前記クランクシャフト用素形材は、硬さがHV245よりも高く、組織が、フェライト・パーライトの面積率が90%以上である組織であり、かつ、フェライト分率が16%以上である、クランクシャフト用素形材の製造方法。
【請求項5】
請求項4に記載のクランクシャフト用素形材の製造方法であって、
前記仕上鍛造直前の温度が1100℃以上1180℃以下である、クランクシャフト用素形材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クランクシャフト及びクランクシャフト用素形材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
クランクシャフトは、鋼材を熱間鍛造によって素形材にした後、切削、研削や孔開け等の機械加工を施し、さらに必要に応じて高周波焼入れ等の表面硬化処理を施して製造される。
【0003】
高周波焼入れされて使用されるクランクシャフトの疲労強度を向上させるためには、高周波焼入れされる部分(以下「高周波焼入れ部」という。)だけではなく、高周波焼入れされない部分(以下「非高周波焼入れ部」という。)の硬さも向上させる必要がある。高周波焼入れ部及び非高周波焼入れ部の両方の硬さを向上させるためには、鋼材のC含有量を高くすることが有効である。しかし、C含有量を高くすると、被削性が低下して加工コストが高くなるという問題がある。
【0004】
C含有量の増加によらずに硬さを向上させる方法として、鋼材にVを添加し、VCによる析出強化を利用する方法が知られている。しかし、Vは比較的高価な元素であり価格変動のリスクも大きいため、商業的な観点からはVを用いないことが好ましい。
【0005】
国際公開第2010/140596号には、N、Ti、B、及びAlの4元素を特定の関係を満たすようにバランスさせることによって、被削性及び熱間加工性を改善した機械構造用鋼が開示されている。また、国際公開第2011/155605号には、鋼に含まれるC量に応じて金属組織に含まれるベイナイトの面積率を適切に制御することによって、被削性を改善した高強度鋼が開示されている。
【0006】
特開2009-30160号公報には、所定量のAlを含有する機械構造鋼が開示されている。国際公開第2010-116670号公報には、所定量のAlを含有する浸炭鋼部品が開示されている。特開2012-162780号公報には、一つの部品内に、高強度化させる部分と低強度化させる部分とを非調質で形成することができる鍛造部品の製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】国際公開第2010/140596号
【文献】国際公開第2011/155605号
【文献】特開2009-30160号公報
【文献】国際公開第2010-116670号
【文献】特開2012-162780号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】中名悟ほか、「被削性に優れた高強度高周波焼入れ用鋼」、Sanyo Technical Report Vol. 11 (2004) No.1, pp57-60
【文献】藤原正尚ほか、「加工熱処理を用いた材質制御鍛造技術」、大同特殊鋼技報、第82巻第2号(2011)、pp.157-163
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述した国際公開第2010/140596号及び国際公開第2011/155605号の技術は、具体的な適用対象として歯車を想定しており、クランクシャフトに要求される疲労強度(曲げ疲労強度)については十分な検討がなされていない。
【0010】
本発明の課題は、疲労強度及び被削性に優れたクランクシャフトを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一実施形態によるクランクシャフトは、ピン及びジャーナルを有するクランクシャフトであって、化学組成が、質量%で、C:0.40~0.60%、Si:0.01~1.50%、Mn:0.4~2.0%、Cr:0.01~0.50%、Al:0.20~0.50%、N:0.001~0.02%、P:0.03%以下、S:0.005~0.20%、Nb:0.005~0.060%、Ti:0~0.060%、残部:Fe及び不純物であり、前記ピン及びジャーナルの各々において、表層から各々の直径の1/4の深さの位置の硬さがHV245よりも高く、同位置の組織が、フェライト・パーライトを主体とする組織であり、かつ、フェライト分率が16%以上である。
【0012】
本発明の一実施形態によるクランクシャフト用素形材の製造方法は、化学組成が、質量%で、C:0.40~0.60%、Si:0.01~1.50%、Mn:0.4~2.0%、Cr:0.01~0.50%、Al:0.20~0.50%、N:0.001~0.02%、P:0.03%以下、S:0.005~0.20%、Nb:0.005~0.060%、Ti:0~0.060%、残部:Fe及び不純物である鋼材を準備する工程と、仕上鍛造直前の温度が800℃超1100℃未満となるように前記鋼材を熱間鍛造する工程と、前記熱間鍛造後、800~650℃の温度域の平均冷却速度が2.5℃/秒以下になるように前記鋼材を冷却する工程とを備える。
【0013】
本発明の一実施形態によるクランクシャフト用素形材の製造方法は、化学組成が、質量%で、C:0.40~0.60%、Si:0.01~1.50%、Mn:0.4~2.0%、Cr:0.01~0.50%、Al:0.20~0.50%、N:0.001~0.02%、P:0.03%以下、S:0.005~0.20%、Nb:0.005~0.060%、Ti:0.005~0.060%、残部:Fe及び不純物である鋼材を準備する工程と、仕上鍛造直前の温度が800℃超1180℃以下となるように前記鋼材を熱間鍛造する工程と、前記熱間鍛造後、800~650℃の温度域の平均冷却速度が0.07℃/秒以下になるように前記鋼材を冷却する工程とを備える。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、疲労強度及び被削性に優れたクランクシャフトが得られる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は、本発明の一実施形態によるクランクシャフト用素形材の製造方法のフロー図である。
【
図2】
図2は、熱間鍛造模擬実験のヒートパターンの一つである。
【
図3】
図3は、熱間鍛造模擬実験のヒートパターンの一つである。
【
図4】
図4は、熱間鍛造模擬実験のヒートパターンの一つである。
【
図5】
図5は、熱間鍛造模擬実験のヒートパターンの一つである。
【
図6】
図6は、熱間鍛造模擬実験のヒートパターンの一つである。
【
図7】
図7は、熱間鍛造模擬実験のヒートパターンの一つである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者らは、クランクシャフトの疲労強度及び被削性を改善する手段を検討し、以下の知見を得た。
【0017】
上述のとおり、高周波焼入れされて使用されるクランクシャフトは、高周波焼入れ部と非高周波焼入れ部(母材)とを有している。高周波焼入れ部はマルテンサイト又は焼戻しマルテンサイトを主体とする組織からなり、非高周波焼入れ部はフェライト・パーライトを主体とする組織からなる。
【0018】
高C化で被削性が低下するのは、高C化で硬さが向上することに加えて、フェライト・パーライト中のフェライト分率が低下することにも起因する。一方、C含有量が同じ鋼材間で比較した場合、フェライト分率を高くしても、疲労強度は同等かむしろ向上するという報告がある(中名悟ほか、「被削性に優れた高強度高周波焼入れ用鋼」、Sanyo Technical Report Vol. 11 (2004) No.1, pp57-60)。これは、フェライト分率が高くなることで、実質的に結晶粒が微細化されるためと考えられる。
【0019】
したがって、C含有量が同等の場合における通常のフェライト・パーライト鋼と比較してフェライト分率を高くすれば、被削性及び疲労強度の両方を向上させることができる。C含有量が0.40~0.60質量%の場合、フェライト分率を16%以上にすれば、疲労強度及び被削性のバランスに優れた鋼材が得られる。
【0020】
熱間鍛造工程の仕上鍛造温度を低温化することで、フェライト分率を高くできることが報告されている(藤原正尚ほか、「加工熱処理を用いた材質制御鍛造技術」、大同特殊鋼技報、第82巻第2号(2011)、pp.157-163)。しかし、鍛造温度を低温化すると、金型の寿命が顕著に低下する。生産性の観点からは、鍛造温度を過度に低温下せずに、フェライト分率を高くできることが好ましい。
【0021】
本発明者らは、鋼材に適量のAlとNbとを複合添加することで、鍛造温度を過度に低温下しなくても、フェライト分率を高くできることを見出した。これは、以下の機構によるものと考えられる。
【0022】
熱間鍛造によって加工を受けたオーステナイト粒(以下「γ粒」という。)は、加工によって導入された歪みを解放するために再結晶を起こす。このとき、γ粒内に析出したNbC、NbN、及びNb(CN)によって、再結晶後のγ粒の粒成長が抑制される。これによって、γ粒を微細化することができる。γ粒が微細化することで、フェライトの核生成サイトとなる単位面積あたりの結晶粒界が増加し、フェライト分率が増加する。
【0023】
Alは、フェライト形成元素であり、A3点を顕著に上昇させ、初析フェライトの生成領域を高温側に拡大する。Alはまた、共析炭素濃度を増加させる効果があり、平衡状態から予測される最大の初析フェライト分率を増加させる。適量のAlを含有した鋼は、熱間鍛造後の冷却過程における初析フェライトの析出領域が広く、平衡状態から予測される最大の初析フェライト分率も高いので、熱間鍛造後のフェライト分率が高くなる。
【0024】
このように、Nbはγ粒の微細化によりフェライト分率を増加させ、Alは初析フェライトの析出領域の拡大とAl自体による初析フェライト増化効果によってフェライト分率を増加させる。AlとNbとを複合添加することで、これらの効果が重畳し、フェライト分率を顕著に増加させることができる。
【0025】
本発明者らはまた、Al及びNbに加えて、鋼材に適量のTiを含有させること、並びに800~650℃の温度域の平均冷却速度を小さくすることによっても、フェライト分率をさらに高くできることを見出した。そして、鋼材に適量のAl、Nb、及びTiを複合添加し、800~650℃の温度域の平均冷却速度を0.07℃/秒以下にすることで、鍛造温度をさらに高くしても、所定のフェライト量を確保できることを見出した。
【0026】
本発明は、以上の知見に基づいて完成された。以下、本発明の一実施形態によるクランクシャフト及びクランクシャフト用素形材の製造方法について詳述する。
【0027】
[クランクシャフト]
[化学組成]
本実施形態によるクランクシャフトは、以下に説明する化学組成を有する。以下の説明において、元素の含有量の「%」は、質量%を意味する。
【0028】
C:0.40~0.60%
炭素(C)は、高周波焼入れ部及び非高周波焼入れ部の硬さを向上させ、疲労強度の向上に寄与する。一方、C含有量が高すぎると、耐焼割れ性及び被削性が低下する。したがって、C含有量は0.40~0.60%である。C含有量の下限は、好ましくは0.45%であり、さらに好ましくは0.48%である。C含有量の上限は、好ましくは0.55%であり、さらに好ましくは0.52%である。
【0029】
Si:0.01~1.50%
シリコン(Si)は、脱酸作用及びフェライトを強化する作用を有する。一方、Si含有量が高すぎると、被削性が低下する。したがって、Si含有量は0.01~1.50%である。Si含有量の下限は、好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.40%である。Si含有量の上限は、好ましくは1.00%であり、さらに好ましくは0.60%である。
【0030】
Mn:0.4~2.0%
マンガン(Mn)は、鋼の焼入れ性を高め、高周波焼入れ部の硬さの向上に寄与する。一方、Mn含有量が高すぎると、熱間鍛造後の冷却過程においてベイナイトが生成し、被削性が低下する。したがって、Mn含有量は0.4~2.0%である。Mn含有量の下限は、好ましくは1.0%であり、さらに好ましくは1.2%である。Mn含有量の上限は、好ましくは1.8%であり、さらに好ましくは1.6%である。
【0031】
Cr:0.01~0.50%
クロム(Cr)は、鋼の焼入れ性を高め、高周波焼入れ部の硬さの向上に寄与する。一方、Cr含有量が高すぎると、熱間鍛造後の冷却過程においてベイナイトが生成し、被削性が低下する。したがって、Cr含有量は0.01~0.50%である。Cr含有量の下限は、好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.10%である。Cr含有量の上限は、好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.20%である。
【0032】
Al:0.20~0.50%
アルミニウム(Al)は、フェライト形成元素であり、A3点を顕著に上昇させ、初析フェライトの生成領域を高温側に拡大する。Alはまた、共析炭素濃度を増加させる効果があり、平衡状態から予測される最大の初析フェライト分率を増加させる。一方、Al含有量が高すぎると、アルミナ系介在物の生成量が過大となり、被削性が低下する。したがって、Al含有量は0.20~0.50%である。Al含有量の下限は、好ましくは0.25%である。Al含有量の上限は、好ましくは0.45%であり、さらに好ましくは0.40%である。
【0033】
N:0.001~0.02%
窒素(N)は、窒化物や炭窒化物を形成し、結晶粒の微細化に寄与する。一方、N含有量が高すぎると、鋼の熱間延性が低下する。したがって、N含有量は0.001~0.02%である。N含有量の下限は、好ましくは0.002%である。N含有量の上限は、好ましくは0.015%であり、さらに好ましくは0.01%である。
【0034】
P:0.03%以下
リン(P)は、不純物である。Pは、鋼の耐焼割れ性を低下させる。したがって、P含有量は0.03%以下である。P含有量は、好ましくは0.025%以下であり、さらに好ましくは0.02%以下である。
【0035】
S:0.005~0.20%
硫黄(S)は、MnSを形成し、鋼の被削性を高める。一方、S含有量が高すぎると、鋼の熱間加工性が低下する。したがって、S含有量は0.005~0.20%である。S含有量の下限は、好ましくは0.010%であり、さらに好ましくは0.030%であり、さらに好ましくは0.035%である。S含有量の上限は、好ましくは0.15%であり、さらに好ましくは0.10%である。
【0036】
Nb:0.005~0.060%
ニオブ(Nb)は、NbC、NbN、及びNb(CN)を形成してγ粒を微細化する。これによって、フェライトの核生成サイトとなる単位面積当たりの粒界を増加させ、フェライト分率を増加させる。Nbはまた、高周波焼入れ後の組織、すなわち高周波焼入れ部の組織の微細化にも寄与する。一方、Nb含有量を過剰に高くしても、熱間鍛造の加熱時にマトリックス中に固溶できないNbが粗大な未固溶NbCを形成するため、細粒化に寄与しない。また、過剰なNbの添加は鋳込み段階での割れの原因になる。したがって、Nb含有量は、0.005~0.060%である。Nb含有量の下限は、好ましくは0.008%であり、さらに好ましくは0.010%である。Nb含有量の上限は、好ましくは0.050%であり、さらに好ましくは0.030%である。
【0037】
本実施形態によるクランクシャフトの化学組成の残部は、Fe及び不純物である。ここでいう不純物は、鋼の原料として利用される鉱石やスクラップから混入する元素、あるいは製造過程の環境等から混入する元素をいう。
【0038】
本実施形態によるクランクシャフトの化学組成は、Feの一部に代えて、Tiを含有してもよい。Tiは選択元素である。すなわち、本実施形態によるクランクシャフトの化学組成は、Tiを含有していなくてもよい。
【0039】
Ti:0~0.060%
チタン(Ti)は、TiC、TiN、及びTi(CN)を形成してγ粒を微細化する。これによって、フェライトの核生成サイトとなる単位面積当たりの粒界を増加させ、フェライト分率を増加させる。特にNbとともに含有させるとγ粒の微細化効果が大きくなる。一方、Ti含有量を過剰に高くしてもその効果が飽和する。したがって、Ti含有量は、0~0.060%である。Ti含有量の下限は、好ましく0.005%であり、さらに好ましくは0.020%である。Ti含有量の上限は、好ましくは0.050%であり、さらに好ましくは0.030%である。
【0040】
[組織及び硬さ]
本実施形態によるクランクシャフトは、ピン及びジャーナルの各々において、表層から各々の直径の1/4の深さの位置(以下「1/4深さ位置」という。)の硬さがHV245よりも高く、同位置の組織が、フェライト・パーライトを主体とする組織であり、かつ、フェライト分率が16%以上である。1/4深さ位置を測定位置とするのは、高周波焼入れの影響を受けていない母材の硬さ及び組織を規定するのに好適なためである。
【0041】
1/4深さ位置の硬さは、HV245よりも高い。1/4深さ位置の硬さがHV245以下の場合、必要な疲労強度を得ることが困難になる。1/4深さ位置の硬さの下限は、好ましくはHV250であり、さらに好ましくはHV255である。一方、1/4深さ位置の硬さが高すぎると、被削性が低下する。1/4深さ位置の硬さの上限は、好ましくはHV350であり、さらに好ましくはHV300であり、さらに好ましくはHV280である。
【0042】
1/4深さ位置の硬さは、ピン及びジャーナルから、軸方向と垂直な面が試験面となるように試料を採取し、JIS Z 2244(2009)に準拠して測定する。試験力は300gf(2.942N)とする。
【0043】
1/4深さ位置の組織は、フェライト・パーライトを主体とする組織である。1/4深さ位置のフェライト・パーライトの面積率は、好ましくは90%以上であり、さらに好ましくは95%以上である。
【0044】
1/4深さ位置の組織は、さらに、フェライト分率が16%以上である。1/4深さ位置の組織のフェライト分率の下限は、好ましくは18%であり、より好ましくは20%であり、さらに好ましくは22%である。フェライト分率の上限は特に設定しないが、フェライト分率が高くなり過ぎると必要な疲労強度を得られないとも考えられる。1/4深さ位置の組織のフェライト分率の上限は、好ましくは30%である。
【0045】
1/4深さ位置の組織のフェライト分率は、次のように測定する。ピン及びジャーナルから、軸方向と垂直な面が観察面となるように試料を採取する。観察面を研磨し、エタノールと硝酸との混合溶液(ナイタール)を用いてエッチングする。光学顕微鏡(観察倍率100~200倍)を用いて、エッチングされた面におけるフェライトの面積率を、画像解析を用いて測定する。測定されたフェライトの面積率(%)をフェライト分率と定義する。
【0046】
本実施形態によるクランクシャフトは、好ましくは、ピン及びジャーナルの表面に、マルテンサイト又は焼戻しマルテンサイトを主体とする組織を有する高周波焼入れ層を有する。高周波焼入れ層におけるマルテンサイト又は焼戻しマルテンサイトの面積率は、好ましくは90%以上であり、さらに好ましくは95%以上である。高周波焼入れ層の厚さは、好ましくは2mm以上であり、さらに好ましくは4mm以上である。
【0047】
[クランクシャフトの製造方法]
本実施形態によるクランクシャフトは、これに限定されないが、以下に説明するクランクシャフト用素形材に切削、研削や孔開け等の機械加工を施すことで製造することができる。機械加工後、必要に応じて高周波焼入れを施してもよい。また、高周波焼入れ後、必要に応じて焼戻しを施してもよい。
【0048】
[クランクシャフト用素形材の製造方法]
以下、本実施形態によるクランクシャフトに好適なクランクシャフト用素形材の製造方法を説明する。
【0049】
図1は、本実施形態によるクランクシャフト用素形材の製造方法のフロー図である。この製造方法は、鋼材を準備する工程(ステップS1)、鋼材を熱間鍛造する工程(ステップS2)、及び熱間鍛造した鋼材を冷却する工程(ステップS3)を備えている。
【0050】
まず、上述した化学組成の鋼材を準備する(ステップS1)。例えば、上述した化学組成を有する鋼を溶製し、連続鋳造又は分塊圧延を実施して鋼片にする。鋼片は、連続鋳造又は分塊圧延に加えて、熱間加工や冷間加工、熱処理等を施したものであってもよい。
【0051】
次に、鋼材を熱間鍛造してクランクシャフトの粗形状に加工する(ステップS2)。
【0052】
熱間鍛造の加熱条件は、これに限定されないが、加熱温度は例えば1000~1300℃であり、保持時間は例えば1秒~20分である。加熱温度は、好ましくは1220~1280℃であり、さらに好ましくは1240~1260℃である。
【0053】
本実施形態では、仕上鍛造直前の温度(より詳しくは、仕上鍛造直前の鋼材の表面温度)を800℃超1100℃未満にする。なお、特定の条件下では仕上鍛造直前の温度をさらに高温にすることができるが、これについては後述することとし、先に仕上鍛造直前の温度を800℃超1100℃未満にする場合について説明する。
【0054】
熱間鍛造は、複数回に分けて実施してもよい。この場合、最終の仕上鍛造直前の温度が800℃超1100℃未満になるようにすればよい。
【0055】
仕上鍛造直前の温度(以下、単に「仕上鍛造温度」と呼ぶ。)が1100℃以上になると、γ粒が粗大化し、冷却後にフェライト分率の高い組織を得ることが困難になる。一方、仕上鍛造温度が800℃以下になると、変形抵抗が著しく増大するので金型の寿命が著しく低下し、工業的な生産が不可能ではないものの困難になる。また、パーライト変態温度が上昇してラメラ間隔が増大するため、必要な硬さが得られない場合がある。仕上鍛造温度の下限は、好ましくは850℃であり、さらに好ましくは900℃である。仕上鍛造温度の上限は、好ましくは1075℃であり、さらに好ましくは1025℃である。
【0056】
熱間鍛造後の鋼材を冷却する(ステップS3)。このとき、800~650℃の温度域の平均冷却速度を2.5℃/秒以下にする。800~650℃の温度域の平均冷却速度を2.5℃/秒よりも大きくすると、ベイナイトが生成し、フェライト・パーライトを主体とする組織が得られない場合がある。800~650℃の温度域の平均冷却速度を2.5℃/秒以下にすれば、フェライト・パーライトを主体とし、かつ、16%以上のフェライト分率を有する組織が得られる。
【0057】
なお、熱間鍛造と冷却との前において、鋼材を再加熱しないことが好ましい。熱間鍛造後の鋼材を再加熱すると、熱間鍛造によって微細化したγ粒が粗大化する。これによってフェライトの核生成サイトとなる単位面積あたりの結晶粒界が減少し、16%以上のフェライト分率を有する組織が得られなくなる場合がある。
【0058】
800~650℃の温度域の平均冷却速度を小さくするほど、フェライトの析出量が増え、冷却後のフェライト分率を高くすることができる。この場合、800~650℃の温度域を徐冷することによって平均冷却速度を小さくしてもよいし、800~650℃の任意の温度で鋼材を所定時間保持する保定処理をすることによって平均冷却速度を小さくしてもよい。800~650℃の温度域の平均冷却速度は、好ましくは1.0℃/秒以下であり、さらに好ましくは0.5℃/秒以下であり、さらに好ましくは0.07℃/秒以下である。なお、650℃より低い温度域での冷却速度は任意である。
【0059】
鋼材に0.005~0.060%のTiを含有させ、かつ、800~650℃の温度域の平均冷却速度を0.07℃/秒以下にすれば、仕上鍛造温度をさらに高温にしても、冷却後の組織のフェライト分率を16%以上にすることができる。具体的には、仕上鍛造直前の温度を1100℃以上1180℃以下にしても、冷却後の組織のフェライト分率を16%以上にすることができる。鋼材に0.005~0.060%のTiを含有させ、かつ、800~650℃の温度域の平均冷却速度を0.07℃/秒以下にする場合における仕上鍛造直前の温度の上限は、好ましくは1150℃であり、さらに好ましくは1120℃である。
【0060】
以上の工程によって、クランクシャフト用素形材が製造される。本実施形態によって製造されるクランクシャフト用素形材は、硬さがHV245よりも高く、組織が、フェライト・パーライトを主体とする組織であり、かつ、フェライト分率が16%以上である。
【0061】
以上、本発明の一実施形態によるクランクシャフト及びクランクシャフト用素形材の製造方法を説明した。本実施形態によれば、疲労強度及び被削性に優れたクランクシャフトが得られる。
【実施例】
【0062】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明する。本発明はこれらの実施例に限定されない。
【0063】
表1に示す化学組成を有する鋼を150kg真空誘導溶解炉(VIM)によって溶製し、インゴットを作製した。このインゴットを熱間鍛造によって外径35mmの丸棒に加工した。この丸棒を950℃で30分間保持後、空冷する焼準処理を施して試験用の素材とした。なお、表1中の「-」は、該当する元素の含有量が不純物レベルであることを示す。
【0064】
【0065】
この素材から外径8mm、高さ12mmの試験片を採取し、加工フォーマスターによる熱間鍛造模擬実験を行った。
図2~
図6に、熱間鍛造模擬実験のヒートパターンを示す。
【0066】
図2のヒートパターンは、一般的な鍛造条件を模擬したものである。このヒートパターンでは、試験片を1250℃に10秒間保持後、1100℃で鍛造を模擬した熱間圧縮加工を行って高さ6mmまで加工し、室温まで空冷した。
【0067】
図3のヒートパターンは、
図2の熱間鍛造後、700℃での保定処理を加えたものである。このヒートパターンでは、
図2の熱間鍛造後、700℃で30分間保持する保定処理をしてから室温まで空冷した。
【0068】
図4のヒートパターンは、仕上鍛造温度を低温化したものである。このヒートパターンでは、試験片を1250℃に10秒間保持後、1100℃で粗鍛造を模擬した1段目の熱間圧縮加工を行って高さ9mmまで加工し、さらに1000℃で仕上鍛造を模擬した2段目の熱間圧縮加工を行って高さ6mmまで加工した。
【0069】
図5のヒートパターンは、仕上鍛造温度を低温化し、かつ700℃での保定処理を加えたものである。このヒートパターンでは、試験片を1250℃に10秒間保持後、1100℃で粗鍛造を模擬した1段目の熱間圧縮加工を行って高さ9mmまで加工し、さらに1000℃又は780℃で仕上鍛造を模擬した2段目の熱間圧縮加工を行って高さ6mmまで加工した。その後、700℃で30分間保持する保定処理をしてから室温まで空冷した。
【0070】
図6のヒートパターンは、
図4の熱間鍛造後の冷却速度を大きくしたものである。
【0071】
図7のヒートパターンでは、試験片を1250℃に10秒間保持後、1200℃で粗鍛造を模擬した1段目の熱間圧縮加工を行って高さ9mmまで加工し、さらに1150℃で仕上鍛造を模擬した2段目の熱間圧縮加工を行って高さ6mmまで加工した。その後、700℃で30分間保持する保定処理をしてから室温まで空冷した。
【0072】
鍛造模擬実験の条件を表2に示す。
【0073】
【0074】
冷却後の試験片から試料を採取し、試験片の中心部近傍におけるフェライト分率及びビッカース硬さを測定した。試験結果を表3に示す。
【0075】
【0076】
表3の「組織」の欄の「F/P」は、試験片の組織がフェライト・パーライトを主体とする組織であったことを示す。同欄の「F/P/B」は、試験片の組織がフェライト・パーライトとベイナイトとの混合組織であったことを示す。表3の「Fα」欄の数値は、試験片の組織のフェライト分率である。
【0077】
表3の「ドリル寿命推定値」の値は、外径5mm、SKH51製のドリルで切削速度50m/分、送り0.2mm/rev、切削油なし、穿孔深度15mmの条件で穿孔したときに穿孔不能になるまでの孔数の推定値である。このドリル寿命推定値は、他の実験結果からの推測値である。
【0078】
試験記号1A、1B、2A、2B、2D、1G、及び2Hの試験片は、硬さがHV245よりも高く、フェライト分率が16%以上であった。特に、試験記号2D及び2Hの試験片は、仕上鍛造直前の温度がそれぞれ1100℃及び1150℃と比較的高温であったのにもかかわらず、フェライト分率が16%以上である組織が得られていた。
【0079】
試験記号3B、4B、5B、6A、7B、8Aの試験片は、フェライト分率が16%よりも低かった。これは、鋼番号3~8の鋼のAl含有量及びNb含有量の少なくとも一方が少なすぎたためと考えられる。
【0080】
試験記号9B、10A、10B、及び9Cの試験片は、硬さがHV245以下であった。これは、鋼番号9及び10の鋼のC含有量が低すぎたためと考えられる。
【0081】
試験記号1C、1D、2Cの試験片は、フェライト分率が16%よりも低かった。これは、仕上鍛造直前の温度が高すぎたためと考えられる。
【0082】
試験記号3C及び7Cの試験片は、フェライト分率が16%よりも低かった。これは、鋼番号3及び7の鋼材のAl含有量及びNb含有量が少なすぎるとともに、仕上鍛造直前の温度が高すぎたためと考えられる。
【0083】
試験記号1Eの試験片は、硬さがHV245以下であった。これは、仕上鍛造直前の温度が低すぎたためと考えられる。
【0084】
試験番号1Fの試験片は、フェライト分率が16%よりも低く、さらに組織にベイナイトが混入していた。これは、850~600℃の温度域の平均冷却速度が大きすぎたためと考えられる。
【0085】
以上、本発明の一実施形態を説明したが、上述した実施形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。よって、本発明は上述した実施形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施形態を適宜変形して実施することが可能である。