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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-28
(45)【発行日】2022-12-06
(54)【発明の名称】クリンカの水和反応性の推定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/38 20060101AFI20221129BHJP
   G01N 23/2055 20180101ALI20221129BHJP
   G01N 23/20058 20180101ALI20221129BHJP
【FI】
G01N33/38
G01N23/2055 310
G01N23/20058
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2018214302
(22)【出願日】2018-11-15
(65)【公開番号】P2020085448
(43)【公開日】2020-06-04
【審査請求日】2021-10-15
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 第72回セメント技術大会 講演要旨 2018、発行日:平成30年4月30日 第72回セメント技術大会、開催日:平成30年5月8日
(73)【特許権者】
【識別番号】000000240
【氏名又は名称】太平洋セメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103539
【弁理士】
【氏名又は名称】衡田 直行
(74)【代理人】
【識別番号】100111202
【弁理士】
【氏名又は名称】北村 周彦
(74)【代理人】
【識別番号】100162145
【弁理士】
【氏名又は名称】村地 俊弥
(72)【発明者】
【氏名】引田 友幸
(72)【発明者】
【氏名】中居 直人
(72)【発明者】
【氏名】曽我 亮太
(72)【発明者】
【氏名】野澤 里渚子
【審査官】白形 優依
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-224932(JP,A)
【文献】特開2011-209024(JP,A)
【文献】特開2011-209022(JP,A)
【文献】特開2016-125845(JP,A)
【文献】特開平08-259287(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2002/0094060(US,A1)
【文献】高橋晴香 ほか,ASR抑制効果を支配するフライアッシュキャラクターのSEM-EDS/EBSDによる解析,コンクリート工学論文集,2012年01月,第23巻,第1号,pp.1-11
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/38
G01N 23/00
C04B 7/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
クリンカの水和反応性を推定するための方法であって、
電子線後方散乱回折用の電子線を照射するための平滑な面を有するクリンカ試料を作製する試料作製工程と、
電子線後方散乱回折によって、上記クリンカ試料の菊池パターンをマッピングして、結晶マップを作成する結晶マップ作成工程と、
上記結晶マップを画像処理することによって、上記クリンカ試料の間隙相を構成する鉱物であるアルミネート相(3CaO・Al )、及び/又は、フェライト相(4CaO・Al ・Fe )の各々についての定性・定量情報を得る画像処理工程と、
上記定性・定量情報に基づいて、上記クリンカの水和反応性を推定する反応性推定工程を含むことを特徴とするクリンカの水和反応性の推定方法。
【請求項2】
上記定性・定量情報が、上記アルミネート相、及び/又は、上記フェライト相の各々について、結晶粒径と結晶子径のいずれか一方または両方からなるものである請求項に記載のクリンカの水和反応性の推定方法。
【請求項3】
上記定性・定量情報が、上記アルミネート相の結晶粒径、及び/又は、上記フェライト相の結晶粒径を含むものであり、
上記アルミネート相の結晶粒径が大きいほど、水和反応率が大きいという傾向があること、及び/又は、上記フェライト相の結晶粒径が大きいほど、水和反応率が小さいという傾向があることに基いて、上記反応性推定工程における水和反応性の推定を行う請求項に記載のクリンカの水和反応性の推定方法。
【請求項4】
上記定性・定量情報が、上記アルミネート相の結晶子径、及び/又は、上記フェライト相の結晶子径を含むものであり、
上記アルミネート相の結晶子径が大きいほど、水和反応率が大きいという傾向があること、及び/又は、上記フェライト相の結晶子径が大きいほど、水和反応率が小さいという傾向があることに基いて、上記反応性推定工程における水和反応性の推定を行う請求項2又は3に記載のクリンカの水和反応性の推定方法。
【請求項5】
上記試料作製工程の前に、
上記クリンカと同じ原料組成を有し、かつ、クリンカの製造過程における焼成後のクリンカの冷却条件が異なる2種以上のクリンカを準備するクリンカ準備工程と、
上記2種以上のクリンカの各々について、上記試料作製工程、上記結晶マップ作成工程、及び、上記画像処理工程と同様な一連の操作を行い、上記2種以上のクリンカの各々から作製したクリンカ試料の、間隙相を構成する鉱物であるアルミネート相、及び/又は、フェライト相の各々について、結晶粒径と結晶子径のいずれか一方または両方からなる定性・定量情報を得る定性・定量情報入手工程と、
上記2種以上のクリンカの各々について、その間隙相を構成する鉱物であるアルミネート相、及び/又は、フェライト相の各水和反応率を測定する水和反応率測定工程と、
上記定性・定量情報入手工程で得た上記定性・定量情報と、上記水和反応率測定工程で得た上記水和反応率に基いて、上記定性・定量情報と上記水和反応率の相関関係を決定する相関関係決定工程
を含み、かつ、上記相関関係決定工程で決定された、上記定性・定量情報と上記水和反応率の相関関係を用いて、上記反応性推定工程における水和反応性の推定を行う請求項2~4のいずれか1項に記載のクリンカの水和反応性の推定方法。
【請求項6】
請求項1~のいずれか1項に記載のクリンカの水和反応性の推定方法によって、上記クリンカの水和反応性を推定した後、得られた推定の結果と、クリンカに求める所望の水和反応性に基づいて、クリンカの製造過程における焼成後のクリンカの冷却条件を調整することを特徴とするクリンカの冷却条件の調整方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クリンカの水和反応性の推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セメントの水和熱や流動性等の物性は、セメントに含まれるクリンカの水和反応性と密接な関係がある。クリンカは水和反応機構の異なる複数の鉱物の集合体であることから、セメントの水和反応の進行は、クリンカを構成する複数の鉱物各々の、水和活性及び存在比率や、上記鉱物の分布状態等によって影響を受ける。
複数の鉱物からなるクリンカ組織を、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて分析する方法として、特許文献1には、複数種類の粒子を含有する試料の反射電子像におけるノイズ除去方法であって、前記反射電子像の各粒子について、該粒子内に含まれる各構成相の面積率に基づいて該粒子の構成相を単一の構成相に置き換えることを特徴とする、ノイズ除去方法、および、該方法を使用して、セメント硬化体中の各構成相の水和反応率を推定する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2013-224932号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
走査型電子顕微鏡(SEM)を用いた分析は、クリンカ組織の分析に有効な手法であるが、クリンカ組織のうち、間隙相(アルミネート相(3CaO・Al;以下、「CA」と略すことがある。)、及び、フェライト相(4CaO・Al・Fe;以下、「CAF」と略すことがある。)の微細構造の解析においては、電子線の試料への侵入拡散により表層部分の微細構造が不鮮明になるという問題がある。
そこで、本発明の目的は、走査型電子顕微鏡を用いて、クリンカ組織(特に、間隙相)をより正確に解析することができ、解析結果に基づいて、クリンカの水和反応性を推定することができる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、電子線後方散乱回折用の電子線を照射するためのクリンカ試料を作製する工程と、電子線後方散乱回折によって、クリンカ試料の菊池パターンをマッピングして、結晶マップを作成する工程と、結晶マップを画像処理することによって定性・定量情報を得る工程と、定性・定量情報に基づいて、クリンカの水和反応性を推定する工程を含む方法によれば、上記目的を達成できることを見出し、本発明を完成した。
すなわち、本発明は、以下の[1]~[7]を提供するものである。
[1] クリンカの水和反応性を推定するための方法であって、電子線後方散乱回折用の電子線を照射するための平滑な面を有するクリンカ試料を作製する試料作製工程と、電子線後方散乱回折によって、上記クリンカ試料の菊池パターンをマッピングして、結晶マップを作成する結晶マップ作成工程と、上記結晶マップを画像処理することによって、上記クリンカ試料を構成する鉱物の定性・定量情報を得る画像処理工程と、上記定性・定量情報に基づいて、上記クリンカの水和反応性を推定する反応性推定工程を含むことを特徴とするクリンカの水和反応性の推定方法。
【0006】
[2] 上記定性・定量情報が、上記クリンカ試料の間隙相を構成する鉱物であるアルミネート相(3CaO・Al)、及び/又は、フェライト相(4CaO・Al・Fe)の各々についての定性・定量情報である前記[1]に記載のクリンカの水和反応性の推定方法。
[3] 上記定性・定量情報が、上記アルミネート相、及び/又は、上記フェライト相の各々について、結晶粒径と結晶子径のいずれか一方または両方からなるものである前記[2]に記載のクリンカの水和反応性の推定方法。
[4] 上記定性・定量情報が、上記アルミネート相の結晶粒径、及び/又は、上記フェライト相の結晶粒径を含むものであり、上記アルミネート相の結晶粒径が大きいほど、水和反応率が大きいという傾向があること、及び/又は、上記フェライト相の結晶粒径が大きいほど、水和反応率が小さいという傾向があることに基いて、上記反応性推定工程における水和反応性の推定を行う前記[3]に記載のクリンカの水和反応性の推定方法。
[5] 上記定性・定量情報が、上記アルミネート相の結晶子径、及び/又は、上記フェライト相の結晶子径を含むものであり、上記アルミネート相の結晶子径が大きいほど、水和反応率が大きいという傾向があること、及び/又は、上記フェライト相の結晶子径が大きいほど、水和反応率が小さいという傾向があることに基いて、上記反応性推定工程における水和反応性の推定を行う前記[3]又は[4]に記載のクリンカの水和反応性の推定方法。
【0007】
[6] 上記試料作製工程の前に、上記クリンカと同じ原料組成を有し、かつ、クリンカの製造過程における焼成後のクリンカの冷却条件が異なる2種以上のクリンカを準備するクリンカ準備工程と、上記2種以上のクリンカの各々について、上記試料作製工程、上記結晶マップ作成工程、及び、上記画像処理工程と同様な一連の操作を行い、上記2種以上のクリンカの各々から作製したクリンカ試料の、間隙相を構成する鉱物であるアルミネート相、及び/又は、フェライト相の各々について、結晶粒径と結晶子径のいずれか一方または両方からなる定性・定量情報を得る定性・定量情報入手工程と、上記2種以上のクリンカの各々について、その間隙相を構成する鉱物であるアルミネート相、及び/又は、フェライト相の各水和反応率を測定する水和反応率測定工程と、上記定性・定量情報入手工程で得た上記定性・定量情報と、上記水和反応率測定工程で得た上記水和反応率に基いて、上記定性・定量情報と上記水和反応率の相関関係を決定する相関関係決定工程を含み、かつ、上記相関関係決定工程で決定された、上記定性・定量情報と上記水和反応率の相関関係を用いて、上記反応性推定工程における水和反応性の推定を行う前記[3]~[5]のいずれかに記載のクリンカの間隙相の水和反応性の推定方法。
[7] 前記[1]~[6]のいずれかに記載のクリンカの水和反応性の推定方法によって、上記クリンカの水和反応性を推定した後、得られた推定の結果と、クリンカに求める所望の水和反応性に基づいて、クリンカの製造過程における焼成後のクリンカの冷却条件を調整することを特徴とするクリンカの冷却条件の調整方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明のクリンカの水和反応性推定方法によれば、走査型電子顕微鏡を用いて、クリンカ組織(特に、間隙相)をより正確に解析することができ、解析結果に基づいて、クリンカの水和反応性を推定することができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明のクリンカの水和反応性の推定方法は、クリンカの水和反応性を推定するための方法であって、電子線後方散乱回折用の電子線を照射するための平滑な面を有するクリンカ試料を作製する試料作製工程と、電子線後方散乱回折によって、クリンカ試料の菊池パターンをマッピングして、結晶マップを作成する結晶マップ作成工程と、結晶マップを画像処理することによって、クリンカ試料を構成する鉱物の定性・定量情報を得る画像処理工程と、定性・定量情報に基づいて、クリンカの水和反応性を推定する反応性推定工程を含むものである。以下、工程ごとに詳しく説明する。
【0010】
[試料作製工程]
本工程は、電子線後方散乱回折用の電子線を照射するための平滑な面を有するクリンカ試料を作製する工程である。
平滑な面を有するクリンカ試料を作製する方法の例としては、推定の対象となるクリンカを樹脂に包埋した後、砥粒等を用いて、クリンカの観察する面を研磨してクリンカ試料を得る方法等が挙げられる。
【0011】
[結晶マップ作成工程]
本工程は、電子線後方散乱回折によって、クリンカ試料の菊池パターンをマッピングして、結晶マップを作成する工程である。
電子線後方散乱回折(Electron Back-Scattering Diffraction:以下、「EBSD」と略すことがある。)は、通常、走査型電子顕微鏡にEBSD検出器を装着し、対象となる試料に電子線を照射して、照射によって得られる菊池パターンを分析して、マッピングすることによって行われる。マッピングによって、クリンカ試料の結晶マップ(マップデータ)を得ることができる。
従来の走査型顕微鏡(EBSD検出器を装着しないもの)によって得られる反射電子像では、クリンカ中に分布するCAFの輪郭は明瞭に表れるものの、CAとシリケート相(エーライト:3CaO・SiO(以下、「CS」と略すことがある。)、及び、ビーライト:2CaO・SiO(以下、「CS」と略すことがある。))が隣接した領域における粒界は不明瞭となるため、間隙相の微細構造について、適切に推定することは難しい。
これに対して、電子線後方散乱回折によって得られる結晶マップは、上記粒界が明瞭に表れるため、シリケート相に隣接する、結晶粒径が1μm程度である微小なCAの粒子であっても検出することができ、間隙相の微細構造について、適切に推定することができる。また、同一相であっても、結晶の方位を測定できるため、一つ一つの結晶粒を識別することができる。
【0012】
[画像処理工程]
本工程は、結晶マップ作成工程で得られた結晶マップを画像処理することによって、クリンカ試料を構成する鉱物(CS、CS、CA及びCAF)の定性・定量情報を得る工程である。
本明細書中、「定性・定量情報」とは、定性情報(数値で表すことのできない情報)と、定量情報(数値で表すことのできる情報)のいずれか一方または両方をいう。
画像処理によって得られる、鉱物の定性情報の例としては、鉱物の種類に関するデータが挙げられる。鉱物の定量情報の例としては、鉱物の形態に関するデータ等が挙げられる。
鉱物の種類に関するデータの例としては、R、MIII、MI、TなどのCSの多形の種類や、α、β、γなどCSの多形の種類や、M、O、CII、CIなどのCAの多形の種類等の、多形を含めた鉱物(CS、CS、CA及びCAF)の種類に関するデータや、上記鉱物の種類に関するデータに、別のX線検出器(EDS)を用いることで同時に得られる、鉱物に固溶している成分(Mg、P、S、Na、K等)
の情報を加えて、さらに詳細に分類した鉱物の種類に関するデータ等が挙げられる。
鉱物の形態に関するデータの例としては、結晶粒径、結晶子径、結晶分率、アスペクト比、面積比率等の鉱物の面積に関するデータや、結晶粒界長さ、累帯構造、ラメラ構造等の鉱物の分布状態に関するデータや、結晶ひずみ等の結晶方位に関するデータや、「Mean Angular Deviation(以下、「MAD」ともいう。)」等の電子線後方散乱回折(EBSD)において得られるデータ等が挙げられる。これらは1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0013】
クリンカを構成する鉱物(CS、CS、CA及びCAF)の定性・定量情報の中でも、従来の走査型電子顕微鏡(EBSD検出器を装着しないもの)によって得られる反射電子像では適切に解析をすることができなかった、クリンカの間隙相を適切に解析し、より正確にクリンカの水和反応性を推定することができる観点から、アルミネート相(CA)、及び/又は、フェライト相(CAF)の各々についての定性・定量情報が好ましく、アルミネート相、及び、フェライト相の両方についての定性・定量情報がより好ましい。
また、CA、及び/又は、CAFの各々についての定性・定量情報の中でも、水和反応率との関連性が大きく、より正確にクリンカの水和反応性を推定することができる観点から、鉱物の形態に関するデータが好適であり、結晶粒径と結晶子径の少なくともいずれか一方または両方からなるものがより好適である。
【0014】
[反応性推定工程]
本工程は、画像処理工程で得られた定性・定量情報に基づいて、クリンカの水和反応性を推定する工程である。
クリンカの水和反応性の推定は、例えば、定性・定量情報と、鉱物の水和反応率の相関関係を用いて行うことができる。
より具体的に説明すると、例えば、クリンカ中のCAの結晶粒径や結晶子径が大きくなるほど、CAの水和反応率が大きくなる傾向がある。また、クリンカ中のCAFの結晶粒径や結晶子径が大きくなるほど、CAFの水和反応率が小さくなる傾向がある。すなわち、クリンカ中のCAの結晶粒径や結晶子径とCAの水和反応率は正の相関関係を有し、クリンカ中のCAFの結晶粒径や結晶子径とCAFの水和反応率は負の相関関係を有している。
これらの傾向に基づいて、(a)「画像処理工程で得られた、CAの結晶粒径(例えば、平均結晶粒径)及び結晶子径(例えば、平均結晶子径)の少なくともいずれか一方または両方の数値」、及び/又は、(b)「CAFの結晶粒径(例えば、平均結晶粒径)及び結晶子径(例えば、平均結晶子径)の少なくともいずれか一方または両方の数値」から、CA及び/又はCAFの水和反応率を推測することができ、クリンカの水和反応性を推定することができる。
【0015】
定性・定量情報と、鉱物の水和反応率の相関関係は、例えば、以下の工程(クリンカ準備工程~相関関係決定工程)を試料作製工程の前に行うことによって決定することができる。
[クリンカ準備工程]
本工程は、試料作製工程の前に、水和反応性の推定の対象となるクリンカと同じ原料組成を有し、かつ、クリンカの製造過程における焼成後のクリンカの冷却条件が異なる2種以上(好ましくは3種以上)のクリンカを準備する工程である。
[定性・定量情報入手工程]
本工程は、クリンカ準備工程において準備した、2種以上のクリンカの各々について、上述した、試料作製工程、結晶マップ作成工程、画像処理工程と同様な一連の操作を行い、2種以上のクリンカの各々から作製したクリンカ試料の、間隙相を構成する鉱物であるアルミネート相、及び/又は、フェライト相の各々について、結晶粒径と結晶子径のいずれか一方または両方からなる定性・定量情報を得る工程である。
[水和反応率測定工程]
本工程は、クリンカ準備工程において準備した、2種以上のクリンカの各々について、その間隙相を構成する鉱物であるアルミネート相、及び/又は、フェライト相の各水和反応率を測定する工程である。
[相関関係決定工程]
本工程は、定性・定量情報入手工程で得た定性・定量情報と、水和反応率測定工程で得た水和反応率に基いて、定性・定量情報と水和反応率の相関関係を決定する工程である。
【0016】
さらに、推定工程の前に、XRD/リートベルト法によって、別途、クリンカに関するデータを得てもよい。
推定工程において、XRD/リートベルト法によって得られたクリンカに関するデータと、画像処理工程において得られた鉱物の定性・定量情報を組み合わせてクリンカの水和反応性を推定することで、より正確な推定結果を得ることができる。
XRD/リートベルト法によって得られるクリンカに関するデータの例としては、クリンカに含まれる鉱物の種類やその含有率、格子定数等が挙げられる。
【0017】
また、上述したクリンカの水和反応性の推定方法によって、クリンカの水和反応性を推定した後、得られた推定の結果と、クリンカに求める所望の水和反応性に基づいて、クリンカの製造過程における焼成後のクリンカの冷却条件を調整してもよい。
例えば、焼成後のクリンカの冷却速度が大きくなるほど、クリンカのCA及びCAFの、結晶粒径及び結晶子径が小さくなる傾向がある。
また、上述したように、クリンカのCA及びCAFの、結晶粒径及び結晶子径から、CA及びCAFの水和反応率を推定(推測)しうることから、推定の結果と、クリンカに求める所望の水和反応性に基づいて、クリンカの製造過程における焼成後のクリンカの冷却条件を適宜調整する(例えば、冷却速度を調整する)ことによって、所望の水和反応性を有するクリンカを製造することが可能となる。
【実施例
【0018】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
[クリンカA~Cの製造]
普通ポルトランドセメントクリンカ(太平洋セメント社製)を粉砕し、得られた粉砕物を用いて10×φ30mmのプレス成形体を3個作製した。
上記プレス成形体に対して、以下の熱処理条件及び冷却条件で、加熱及び冷却を行うことで、冷却条件の異なる3種類のクリンカA~Cを作製した。
なお、クリンカA~Cは、いずれも同じ工場(後述の工場F)で製造されたものである。
(i)クリンカA
電気炉を用いて、1,400℃で20分間の加熱処理を行った後、電気炉からクリンカを取り出し、次いで、空冷によって冷却を行い、クリンカの表面温度が室温と同程度になるまで静置することで、クリンカAを得た。
(ii)クリンカB
電気炉を用いて、1,400℃で20分間の加熱処理を行った後、電気炉内で、22℃/分間の降温速度で、電気炉内が1,200℃になるまで降温を行った後、電気炉からクリンカを取り出し、次いで、空冷によって冷却を行い、クリンカの表面温度が室温と同程度になるまで静置することでクリンカBを得た。
(iii)クリンカC
電気炉を用いて、1,400℃で20分間の加熱処理を行った後、電気炉内で、4℃/分間の降温速度で、電気炉内が40℃になるまで降温を行った後、電気炉からクリンカを取り出し、クリンカCを得た。
【0019】
クリンカA~Cの鉱物組成を、XRD/リートベルト法を用いて測定した。
その結果、クリンカA~Cの鉱物組成のうち、CS及びCSの割合は、冷却条件の違いによって変動が認められたものの、CA及びCAFの割合は同程度であった。
また、クリンカA~Cの各々について、クリンカに、セメント中のSO量が2.0質量%となる量の二水石膏(試薬)を添加した後、クリンカと二水石膏の混合物を、ディスクミルによって、ブレーン比表面積が3,300±100cm/gになるまで粉砕してセメントを得た。
得られたセメントと、水とセメントの質量比(水/セメント)が0.5となる量の水を混合してペーストを作製し、XRD/リートベルト法による水和解析により、材齢7日及び28日における、セメントに含まれるクリンカ中のCA及びCAFの水和反応率を測定した。
結果を表1に示す。
なお、表1~5中、エーライトを「CS」、ビーライトを「CS」、アルミネート相を「CA」、フェライト相を「CAF」と示す。
【0020】
【表1】
【0021】
[実施例1]
クリンカA~Cの各々について、クリンカをエポキシ樹脂に包埋した後、SiC砥粒を用いて粗研磨を行った。粗研磨は、3種類の粒度(#400、#800及び#1200)の砥粒を、粒度の大きい順に使用することで行った。次いで、イオンミリング装置(日本電子社製、商品名「CPII」)を用いて、加速電圧6kV-6hrの条件で仕上げ研磨を行い、走査型電子顕微鏡を用いて観察を行う面に、帯電防止の目的で極薄のカーボン膜を、カーボン蒸着によって成膜した。
電界放出型走査電子顕微鏡(日本電子社製、商品名「JSM-7001F」)に、EBSD検出器(Oxford Instruments社製、商品名「Nordlys Nano」)を装着して、電子線後方散乱回折(EBSD)を行い、CA及びCAFの、結晶粒径及び結晶子径の測定を行った(後述)。
【0022】
なお、電子線後方散乱回折(EBSD)における、菊池パターンの指数付けには、Oxford Instruments社製のEBSD分析ソフトウェア「AztecHKL」を使用し、加速電圧20kVにて観察領域のマッピングを行って、結晶マップを作成した。また、上記指数付けには、表2に示す格子定数及び空間群を有する結晶を使用した。
さらに、電子線後方散乱回折(EBSD)における「Band Contrast(表3中、「BC」と示す。)」、及び、「Mean Angular Deviation(表3中、「MAD」と示す。)」の平均値を表3に示す。
なお、「Band Contrast」は、菊池パターンの質を0~255の数値で表したものであり、数値が大きい(例えば、200以上)ほど菊池パターンが良質であることを意味する。すなわち、実施例1において得られた菊池パターンは良質なものであることがわかる。
また、「Mean Angular Deviation」は、菊池パターンの実測値と菊池パターンの理論値の平均角度偏差である。該偏差から菊池パターンの指数付けの良否を判断することができる。具体的には、該偏差が小さいほど(例えば、1°以下)、作成された結晶マップの信頼性が高いことを意味する。すなわち、実施例1において作成された結晶マップは信頼性の高いものであることがわかる。
【0023】
【表2】
【0024】
【表3】
【0025】
[結晶粒径の測定]
観察倍率250倍における、280×350μmの視野領域を1μm間隔でマッピングすることで結晶マップを作成し、次いで、指数付けされたEBSDデータを、Oxford Instruments社製の解析ソフトウェア「Channel5」を使用して画像処理(画像解析)を実施することで、CA及びCAFの結晶粒径を測定した。
なお、結晶粒径は、方位差を考慮せずに、同一結晶の集合体を1粒子とみなした場合における、該粒子の円相当径とした。また、円相当径とは、1粒子とみなされた領域の面積に相当する、真円の直径を意味する。
【0026】
[結晶子径の測定]
観察倍率1,000倍における、72×84μmの視野領域を0.3μm間隔でマッピングすることで結晶マップを作成し、次いで、指数付けされたEBSDデータを、Oxford Instruments社製の解析ソフトウェア「Channel5」を使用して画像処理(画像解析)を実施することで、CA及びCAFの結晶子径を測定した。
なお、結晶子径は、粒界角度10°で解析した結晶粒を1粒子とみなした場合における、該粒子の円相当径とした。
【0027】
なお、得られた結晶マップと、走査型電子顕微鏡(EBSD検出器を装着しないもの)によって得られた反射電子像を比較すると、反射電子像におけるCAとシリケート相が隣接した領域における粒界は不明瞭であったのに対し、結晶マップにおける上記粒界は明瞭であり、結晶マップによれば、シリケート相に隣接する、結晶粒径が1μm程度である微小なCAの粒子までも検出することができた。
【0028】
[参考例1]
クリンカD(早強ポルトランドセメントクリンカ)、及び、クリンカE~I(普通ポルトランドセメントクリンカ)について、実施例1と同様にして、電子線後方散乱回折(EBSD)を行い、CA及びCAFの、結晶粒径の測定等を行った。
さらに、クリンカD~Iにおける、CS、CS、CA及びCAFの「Band Contrast(表5中、「BC」と示す。)」、及び、「Mean Angular Deviation(表5中、「MAD」と示す。)」の平均値、及び、結晶分率を測定した(後述)。
なお、クリンカD~Iは、各々、工場D~Iで製造されたクリンカである。また、クリンカFは、前述のクリンカA~Cと同じ工場(工場F)で製造されたものであり、クリンカFの鉱物組成は、クリンカA~Cの鉱物組成とおおよそ一致する。
【0029】
[結晶分率の測定]
観察倍率250倍における、280×350μmの視野領域を1μm間隔でマッピングし、表2に示す格子定数及び空間群を有する結晶を用いて、Oxford Instruments社製のEBSD分析ソフトウェア「AztecHKL」により、菊池パターンの指数付けを行うことで、CS、CS、CA及びCAFの結晶分率を測定した。
なお、結晶分率とは、結晶マップに占める、CS等の各鉱物の面積割合をいう。また、表5中、ゼロソリューションとは、主に鉱物が存在しない空洞部分や、結晶粒界にあたり判別できない部分を意味している。それぞれの結果を表4~6に示す。
【0030】
【表4】
【0031】
【表5】
【0032】
【表6】
【0033】
表1及び表4から、クリンカA~Cにおいて、CAの結晶粒径が2.5μmから3.9μmと大きくなるにつれて、CAの材齢7日の水和反応率が67%から78%と大きくなっており、かつ、CAの材齢28日の水和反応率が74%から83%と大きくなっていることがわかる。
すなわち、CAの結晶粒径が大きくなるにつれて、CAの水和反応率が大きくなる傾向があり、電子線後方散乱回折を用いて得られた結晶粒径の数値が、クリンカの水和反応性を推定する上の指標となりうることがわかる。
また、表1及び表6から、クリンカA~Cにおいて、CAの結晶子径が0.75μmから0.95μmと大きくなるにつれて、CAの材齢7日の水和反応率が67%から78%と大きくなっており、かつ、CAの材齢28日の水和反応率が74%から83%と大きくなっていることがわかる。
すなわち、CAの結晶子径が大きくなるにつれて、CAの水和反応率が大きくなる傾向があり、電子線後方散乱回折を用いて得られた結晶子径の数値が、クリンカの水和反応性を推定する上の指標となりうることがわかる。
クリンカに含まれるCAの水和反応率が大きいということは、該クリンカを含むセメントは、優れた初期強度発現性を有し、水和熱が高く、流動性が低く、かつ、凝結が早いもの(特に、優れた初期強度発現性を有するもの)であると推定できる。
【0034】
表1及び表4から、クリンカA~Cにおいて、CAFの結晶粒径が2.8μmから3.7μmと大きくなるにつれて、CAFの材齢7日の水和反応率が25%から6%と小さくなっており、かつ、CAFの材齢28日の水和反応率が26%から15%と小さくなっていることがわかる。
すなわち、CAFの結晶粒径が大きくなるにつれて、CAFの水和反応率が小さくなる傾向があり、電子線後方散乱回折を用いて得られた結晶粒径の数値が、クリンカの水和反応性を推定する上の指標となりうることがわかる。
また、表1及び表6から、クリンカA~Cにおいて、CAFの結晶子径が0.85μmから1.09μmと大きくなるにつれて、CAFの材齢7日の水和反応率が25%から6%と小さくなっており、かつ、CAFの材齢28日の水和反応率が26%から15%と小さくなっていることがわかる。
すなわち、CAFの結晶子径が大きくなるにつれて、CAFの水和反応率が小さくなる傾向があり、電子線後方散乱回折を用いて得られた結晶子径の数値が、クリンカの水和反応性を推定する上の指標となりうることがわかる。
【0035】
また、クリンカA~Cの冷却条件と、クリンカA~CのCA及びCAFの、結晶粒径及び結晶子径の比較から、クリンカの冷却速度が大きくなるにつれて、クリンカのCA及びCAFの、結晶粒径及び結晶子径が小さくなる傾向があることがわかる。
【0036】
さらに、表4から、実際に工場Fにおいて製造されたクリンカFのCA及びCAFの平均結晶粒径(CA:2.7μm、CAF:2.9μm)は、クリンカAのCA及びCAFの平均結晶粒径(CA:2.5μm、CAF:2.8μm)に近似した値であることから、クリンカFは、比較的冷却速度の大きい冷却条件で製造されたものであり、かつ、クリンカFの水和反応率は低いと推定される。
クリンカFの水和反応率を高めたい場合には、得られるクリンカの結晶粒径や結晶子形を目安にしながら、クリンカの製造において、冷却速度を小さくする等、クリンカの冷却条件を調整すればよい。
【0037】
なお、表1及び表3から、クリンカA~Cにおいて、CAのMADの数値が大きくなるにつれて、CAの水和反応率が小さくなっていることから、CAのMADの数値とCAの水和反応率は負の相関関係を有していることがわかる。
また、クリンカA~Cにおいて、CAFのMADの数値が大きくなるにつれて、CAFの水和反応率が大きくなっていることから、CAFのMADの数値とCAFの水和反応率は、正の相関関係を有していることがわかる。
すなわち、電子線後方散乱回折において得られるCA及び/又はCAFのMADの数値は、クリンカの水和反応性を推定する上の指標となりうることがわかる。
また、クリンカA~Cの冷却条件と、クリンカA~CのCA及びCAFのMADの数値の比較から、クリンカの冷却速度が大きくなるにつれて、クリンカのCA及びCAFのMADの数値が大きくなる傾向があることがわかる。