IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ ワッカー ケミー アクチエンゲゼルシャフトの特許一覧

特許7185006発酵法で組換えタンパク質を放出する細菌株
<>
  • 特許-発酵法で組換えタンパク質を放出する細菌株 図1
  • 特許-発酵法で組換えタンパク質を放出する細菌株 図2
  • 特許-発酵法で組換えタンパク質を放出する細菌株 図3
  • 特許-発酵法で組換えタンパク質を放出する細菌株 図4
  • 特許-発酵法で組換えタンパク質を放出する細菌株 図5
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-28
(45)【発行日】2022-12-06
(54)【発明の名称】発酵法で組換えタンパク質を放出する細菌株
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/21 20060101AFI20221129BHJP
   C12P 21/00 20060101ALI20221129BHJP
   C12N 15/70 20060101ALI20221129BHJP
【FI】
C12N1/21 ZNA
C12P21/00 B
C12N15/70 Z
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2021500201
(86)(22)【出願日】2018-07-06
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2021-11-04
(86)【国際出願番号】 EP2018068418
(87)【国際公開番号】W WO2020007493
(87)【国際公開日】2020-01-09
【審査請求日】2021-03-19
(73)【特許権者】
【識別番号】390008969
【氏名又は名称】ワッカー ケミー アクチエンゲゼルシャフト
【氏名又は名称原語表記】Wacker Chemie AG
【住所又は居所原語表記】Hanns-Seidel-Platz 4, D-81737 Muenchen, Germany
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【弁理士】
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100120617
【弁理士】
【氏名又は名称】浅野 真理
(74)【代理人】
【識別番号】100172557
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 啓靖
(72)【発明者】
【氏名】ヨハンナ、コッホ
(72)【発明者】
【氏名】マルクス、ブルンナー
【審査官】原 大樹
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第102827904(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第102827860(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
C12P
MEDLINE/BIOSIS/EMBASE/CAplus(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
組換えタンパク質を産生し、放出する細菌株であって、
前記細菌株は、前記組換えタンパク質をコードするオープンリーディングフレームを機能的プロモーターの制御下で含み、
前記細菌株は、変異型ペプチドグリカン関連リポタンパク質(Palタンパク質)をコードするオープンリーディングフレームを機能的プロモーターの制御下で含み、
前記変異型Palタンパク質は、前記細菌の外膜に対する膜アンカーを有さないように変異しており、
産生される前記組換えタンパク質および前記変異型Palタンパク質の両方のコードDNA配列の5'末端は、前記組換えタンパク質および前記変異型Palタンパク質の両方が細胞質でのタンパク質合成後にペリプラズム内に輸送されるように、タンパク質輸送のためのシグナル配列を3'末端にインフレームで連結されており、
前記細菌株は、野生型Pal遺伝子をさらに含み、
前記細菌株は、大腸菌種の細菌株であることを特徴とする、前記細菌株。
【請求項2】
前記変異型Palタンパク質をコードするオープンリーディングフレームが、アミノ酸位置1~6のうちの1つ以上において変異している変異型Palタンパク質をコードするように変異していることを特徴とし、ここで、アミノ酸位置は、シグナル配列に続くアミノ酸の位置を意味する、請求項1に記載の細菌株。
【請求項3】
前記変異型Palタンパク質をコードするオープンリーディングフレームが、N末端のシステイン残基が置換されている変異型Palタンパク質をコードするように変異していることを特徴とし、ここで、N末端のシステイン残基は、シグナル配列の後に続くアミノ酸位置1のシステイン残基を意味する、請求項に記載の細菌株。
【請求項4】
前記変異型Palタンパク質をコードするオープンリーディングフレームが、N末端のシステイン残基が欠失している変異型Palタンパク質をコードするように変異していることを特徴とし、ここで、N末端のシステイン残基は、シグナル配列の後に続くアミノ酸位置1のシステイン残基を意味する、請求項に記載の細菌株。
【請求項5】
前記変異型Palタンパク質をコードするオープンリーディングフレームが、アミノ酸位置1~6が欠失している変異型Palタンパク質をコードするように変異していることを特徴とし、ここで、アミノ酸位置は、シグナル配列に続くアミノ酸の位置を意味する、請求項に記載の細菌株。
【請求項6】
前記組換えタンパク質が、異種タンパク質であることを特徴とする、請求項1~のいずれか一項に記載の細菌株。
【請求項7】
組換えタンパク質を発酵生産する方法であって、
請求項1~のいずれか一項に記載の細菌株を発酵培地で培養し、
前記発酵培地を発酵後に細胞から分離し、
前記発酵培地から組換えタンパク質を単離する
ことを特徴とする、前記方法。
【請求項8】
前記発酵培地の分離後に、前記発酵培地から前記組換えタンパク質を精製することを特徴とする、請求項に記載の方法。
【請求項9】
前記変異型Palタンパク質の発現を誘導することを特徴とする、請求項またはに記載の方法。
【請求項10】
前記組換えタンパク質の発現誘導後に、前記変異型Palタンパク質の発現を誘導することを特徴とする、請求項のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、組換えタンパク質をコードするオープンリーディングフレームを機能的プロモーターの制御下で含む細菌株であって、該細菌株は、変異型ペプチドグリカン関連リポタンパク質(Palタンパク質)をコードするオープンリーディングフレームを機能的プロモーターの制御下で含み、該Palタンパク質は、細菌の外膜に対する膜アンカーを有さないように変異していることを特徴とする細菌株に関する。本発明はさらに、組換えタンパク質と変異型Palタンパク質とをコードするプラスミド、および本発明の細菌株を使用する組換えタンパク質の発酵生産のための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
哺乳類の細胞培養と比較して、世代時間が短く、取り扱いが簡便であるため、細菌を使用して組換えタンパク質を低コストで生産することができる。遺伝学および生理学が広く研究されているため、グラム陰性腸内細菌である大腸菌(Escherichia coli)は、組換えタンパク質の生産のために現在最も一般的に使用されている生物である。特に魅力的なのは、大腸菌における組換えタンパク質の生産方法であって、目的とするタンパク質が高収量かつ正しいフォールディングで発酵培地に直接放出される該生産方法であり、これにより、複雑な細胞破壊およびタンパク質のフォールディングプロセスを回避することができる。組換えタンパク質の培地への放出を達成するための一連の大腸菌株および大腸菌株を使用した方法が文献に開示されている。
【0003】
i)第一に、いわゆる「リーキー」株を使用することができる。これは、外膜に欠陥があり、それゆえに部分的にペリプラズムタンパク質を培地中に放出する大腸菌の変異体を意味すると理解されるべきである。これは非特異的なメカニズムである。このような「リーキー」変異体の例として、例えば、Tol-Pal複合体に欠陥を有する株、例えば、tol欠失変異体およびpal欠失変異体が挙げられる。tol欠失変異体およびpal欠失変異体は、細胞内在性のペリプラズムタンパク質、例えば、アルカリホスファターゼPhoAまたはRNase Iを発酵培地中に放出することが知られている。そのような株は、EDTA、様々な界面活性剤および抗生物質に対して著しく感受性を有し、増殖不全を示す(Lazzaroni and Portalier 1981, J. Bact. 145, pages 1351-1358; Lazzaroni and Portalier 1992, Mol. Microbiol. 6, pages 735-742; Chen et al. 2014, Microb. Biotechnol. 7, pages 360-370; Bernstein et al. 1972, J. Bacteriol. 112, pages 74-83)。したがって、それらは、高細胞密度の発酵条件下での培養には限定的な適性しかない。
【0004】
ii)組換えタンパク質の放出を達成するためのさらなるアプローチは、大腸菌の細胞エンベロープを透過させ、それによってタンパク質の培地への放出を促進するタンパク質の発現である。バクテリオシン放出タンパク質(BRP:bacteriocin release protein)は、外膜の分解および細胞の溶解を引き起こす小型のリポタンパク質であり、その発現については、よく記載されている。ColE1 BRP(Kilタンパク質)またはクロアシンDF13 BRPの過剰発現により、インターロイキン-2、β-グルカナーゼ、アルカリホスファターゼまたはβ-ラクタマーゼを培地中に放出させることができた(Beshay et al. 2007, Biotechnol. Lett. 29, pages 1893-1901; Robbens et al. 1995, Protein Expr. Purif. 6, pages 481-486; Sommer et al. 2010, J. Biotechnol. 145, pages 350-358)。
【0005】
iii)細胞エンベロープを不安定化するための別のアプローチは、Wan and Baneyx 1998, Protein Expr. Purif. 14, pages 13-22に記載されている。これは、TolAタンパク質の可溶性のC末端ドメイン(TolAIII)を過剰発現させることにより、膜の完全性を破壊することに関する。これにより、tolA欠失変異体と同様の表現型であるタンパク質RNase Iおよびアルカリホスファターゼのペリプラズムから培地への放出の増加をもたらし、ならびにデオキシコレートに対する感受性をもたらした(Levengood-Freyermuth et al. 1993, J. Bacteriol. 175, pages 222-228)。TolAIIIタンパク質の過剰発現により、OmpA-TEM-β-ラクタマーゼタンパク質の放出が明らかに増加した。しかしながら、β-ラクタマーゼの発現は、対照と比較して3分の2~半分まで減少した。さらに、TolAIIIの発現は、tolA変異体と同様に細胞の生命力を大きく損なった。培養物の生命力の指標となるコロニー形成単位(CFU)の数は、TolAIII発現開始から3時間後の振盪フラスコでは、すでに1000分の1まで減少していた。さらに、細胞は低濃度のSDS(0.02%)に対して感受性を有し、これは明らかな膜の欠陥を示している。
【0006】
このような細胞は、複雑な真核生物のタンパク質の生産に必要な比較的長い期間にわたって、高細胞密度で培養するのには不向きである。TolAIIIの共発現のさらなる欠点は、TolAIII自体が培養上清中に多量に見られる場合があり、したがって、外向きに移送された目的のタンパク質を汚染することである。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、強い細胞溶解を起こさずに、増加した収量で、組換えタンパク質を培地中に放出する細菌株を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この目的は、組換えタンパク質をコードするオープンリーディングフレームを機能的プロモーターの制御下で含む細菌株であって、該細菌株は、変異型ペプチドグリカン関連リポタンパク質(Palタンパク質)をコードするオープンリーディングフレームを機能的プロモーターの制御下で含み、該変異型Palタンパク質は、細菌の外膜に対する膜アンカーを有さないように変異していることを特徴とする細菌株によって達成される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、プラスミドpCGT-Palのプラスミドマップを示す図である。
図2図2は、プラスミドpCGT-TolAIIIのプラスミドマップを示す図である。
図3図3は、プラスミドpJF118ut-CD154のプラスミドマップを示す図である。
図4図4は、プラスミドpJF118ut-CD154-Palのプラスミドマップを示す図である。
図5図5は、プラスミドpCGT-Pal22Aのプラスミドマップを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
発酵法におけるこのような細菌株の使用は、追加のタンパク質、すなわちPalタンパク質の変異型が、組換えタンパク質とともに発現されるという利点を有する。変異型Palタンパク質の発現は、細菌の外膜に限定的な透過性をもたらし、その結果、細胞から、該細胞の死を伴わずに、組換えタンパク質が放出され得る。放出の改善の結果として、増加した収量で、組換えタンパク質を単離することができる。本発明は、対応する細菌株、該細菌株を使用した組換えタンパク質の発酵生産方法、および対応するプラスミドを提供する。このようにして、細菌細胞の実質的な死を起こさずに、先行技術と比較して培養上清における生産物の収量の増加を達成することが可能である。
【0011】
好ましくは、細菌株がグラム陰性菌、特に好ましくはEnterobacteriaceae属の細菌株、一層好ましくはEscherichia coli種の細菌株であることを特徴とする。
【0012】
ペプチドグリカン関連リポタンパク質(Pal、Palタンパク質)は、細菌性のペリプラズムタンパク質であり、その脂質化されたN末端を介して細菌細胞の外膜にアンカーされ、C末端を介してペプチドグリカン層と相互作用する。さらに、Palは、Pal-Tolシステムの構成要素であり(Godlewska et al. 2009, FEMS Microbiol. Lett. 298, pages 1-11)、ペリプラズムの様々なさらなるタンパク質、例えば、lppおよびompAと相互作用する(Cascales et al., 2002, J. Bacteriol. 184, pages 754-759; Godlewska,上記参照)。技術的用途において、Palタンパク質は、例えば、Palタンパク質および抗体フラグメントから構成される融合タンパク質の形態で、抗体フラグメントを細菌の細胞表面にアンカーするために使用される(Fuchs et al. 1991, Biotechnology (N Y) 9, pages 1369-1372; Dhillon et al. 1999, Lett. Appl. Microbiol. 28, pages 350-354)。
【0013】
野生型Pal遺伝子とは、進化によって自然に生じたPal遺伝子の形態を指し、野生型細菌ゲノム中に存在する。野生型Pal遺伝子は、シグナルペプチドと、野生型Palタンパク質のアミノ酸配列とを含む野生型Pal前駆体タンパク質(配列番号4)を発現する。21個のアミノ酸であるシグナル配列が切断された後、大腸菌(K-12株)由来の成熟体野生型Palタンパク質は、152個のアミノ酸配列(GenbankエントリーX05123、Uniprot P0A912参照)を含み、アミノ酸位置1に、細菌のリポタンパク質において高度に保存され、アシル化された膜アンカーと結合するアミノ酸システインを有する(例えば、Zuckert et al. 2014, Biochimica et Biophysica Acta 1843, pages 1509-1516またはKonovalova and Silhavy 2015, Phil. Trans. R. Soc. B 370: 20150030参照)。対照的に、変異型Palタンパク質は、細菌の外膜に対する膜アンカーを有さない。
【0014】
Pal前駆体タンパク質(Palタンパク質の前駆体形態)とは、Palタンパク質のアミノ酸配列とシグナル配列とを含み、翻訳後修飾を有さないPalタンパク質を指す。
【0015】
成熟体野生型Palタンパク質とは、野生型Palタンパク質のアミノ酸配列を含み、シグナル配列が切断されているためにシグナル配列を有さず、翻訳後修飾が存在する可能性のあるPalタンパク質を指す。このような翻訳後修飾は、例えば、膜アンカーを有するPalタンパク質のアシル化である。
【0016】
オープンリーディングフレーム(ORF)とは、開始コドンと停止コドンとの間にあり、タンパク質のアミノ酸配列をコードするDNAまたはRNAの領域を指す。ORFはまた、コーディング領域とも呼ばれる。
【0017】
ORFはノンコーディング領域に囲まれている。遺伝子とは、生物学的に活性のあるRNAを産生するためのすべての基本情報を含むDNAセグメントを指す。遺伝子は、転写によって一本鎖RNAコピーが産生されるDNAセグメントと、このコピープロセスの調節に関与する発現シグナル部位とを含む。発現シグナル部位は、例えば、少なくとも1つのプロモーター、転写開始部位、翻訳開始部位およびリボソーム結合部位を含む。さらに、発現シグナル部位としては、ターミネーターおよび1つまたは複数のオペレーターが考えられる。
【0018】
機能的プロモーターの場合には、上記プロモーターの制御下にあるORFがRNAに転写される。
【0019】
モノシストロニックとは、1つのオープンリーディングフレームのみを含むメッセンジャーRNA(mRNA)を指す。
【0020】
オペロンは、複数のORF、プロモーター、および場合によってはさらなる発現シグナル部位を含むDNAの機能的なユニットである。
【0021】
細菌株は、(1)組換えタンパク質をコードする1つのORF、(2)同一の組換えタンパク質をコードする複数のORF、または(3)異なる組換えタンパク質をコードする複数のORFを含むことができる。第2の場合には、例えば、組換えタンパク質の発現量および収量を高めるために使用され、第3の場合には、特に複数のポリペプチド(サブユニット)から構成されるタンパク質の発現に使用される。一例としては、細胞質外への輸送後に組み立てられる抗体フラグメントの発現が挙げられる。
【0022】
これらのORFの各々は、別個の遺伝子内に存在し得る。複数のORFはまた、1つのオペロン内に編成されること、すなわち共通の発現シグナル部位によって制御されることも可能である。
【0023】
さらに、各オペロンは、変異型Palタンパク質をコードするORFを含むことができる。1種または2種以上の組換えタンパク質をコードする1つまたは複数のORFと、変異型Palタンパク質をコードするORFとが1つのオペロン内に存在していても、変異型Palタンパク質をコードするORFは、定義上、それ自身の翻訳開始コドンおよび停止コドンによって区別されるため、変異型Palタンパク質は、常に別個のタンパク質として発現され、融合タンパク質としては発現されない。
【0024】
組換えタンパク質が複数のポリペプチド鎖(サブユニット)から構成される場合には、個々のペプチド鎖(サブユニット)のORFが1つのオペロン内に編成されていることが好ましい。
【0025】
変異型Palタンパク質をコードするORFがモノシストロニックメッセンジャーRNAとして転写されることが好ましい。これは、変異型Palタンパク質が独自の別個の遺伝子によって発現されることを意味する。このような遺伝子は、変異型Pal遺伝子と呼ばれる。
【0026】
組換えタンパク質および変異型Palタンパク質をコードするORFは、染色体性にまたはプラスミドによって発現可能である。別個の遺伝子の場合には、複製開始点および選択マーカーに関して互いに適合性のある別個のプラスミドによって発現させることもできる。ORFは、好ましくはプラスミドにコードされる。
【0027】
本発明で使用され、変異型Palタンパク質をコードするORFは、野生型のPalタンパク質と比較して、アミノ酸配列の変化、例えば、置換、欠失および/または挿入を含む。
【0028】
本発明によれば、変異型Palタンパク質をコードするORFの配列は、好ましくは、変異型Palタンパク質の発現に至るDNA配列であり、変異型Palタンパク質のDNA配列は、組換えタンパク質の生産にも使用される同じ生物に由来する。
【0029】
対応する非変異型のPalタンパク質が、組換えタンパク質の生産に使用される細菌株において機能的である限り、変異型Palタンパク質をコードする本発明のORFのDNA配列の起源は、組換えタンパク質の生産に使用される細菌株に限定されない。これに関連して、機能的とは、組換えタンパク質の生産に使用される細菌株のPalタンパク質のすべての生物学的機能が、上記Palタンパク質によって獲得されることを意味する。特に、このことは、Pal遺伝子の染色体性欠失を有する細菌株の表現型特性が、上記Pal遺伝子の追加的に導入されたコピーによって補完され得ることを意味する。
【0030】
本発明の文脈において単数形で使用される「組換えタンパク質をコードするORF(a/the ORF encoding a recombinant protein)」および「組換えタンパク質(a/the recombinant protein)」という用語は、2つ以上のORFおよび/または2種以上の異なる組換えタンパク質を意味することもできる。好ましくは、1~3種の異なる組換えタンパク質、特に好ましくは1種の組換えタンパク質または2種の異なる組換えタンパク質が関係する。組換えタンパク質の細菌におけるクローニングおよび発現は、先行技術に記載されているように達成される。組換えタンパク質は、例えば、ペリプラズムへの輸送のためのシグナル配列を有する。
【0031】
組換えタンパク質は、野生型細菌ゲノムが自然には全く発現しないか、または異なる量で発現するタンパク質である。細菌は、組換えタンパク質の生産のために機能し、上記タンパク質は、本発明によれば、培地中に放出される。
【0032】
組換えタンパク質の培地への放出を達成するために、組換えタンパク質および変異型Palタンパク質の両方が、細胞質でのタンパク質合成後にペリプラズム内に輸送されることが必要である。ペリプラズムへの輸送のために、産生されるタンパク質のコードDNA配列の5'末端を、タンパク質輸送のためのシグナル配列の3'末端とインフレームで連結する必要がある。この目的に適しているのは、原則として、使用される細菌株においてSecまたはTat装置の補助によって、目的タンパク質のトランスロケーションを可能にするすべてのシグナル配列である。様々なシグナル配列が先行技術に記載されており、例えば、以下の遺伝子:phoA;ompA;pelB;ompF;ompT;lamB;malE;スタフィロコッカスタンパク質A;StII;およびその他の遺伝子のシグナル配列が挙げられる(Choi and Lee 2004, Appl. Microbiol. Biotechnol. 64, pages 625-635)。本発明によれば、組換えタンパク質用に好ましいのは、大腸菌のphoA遺伝子もしくはompA遺伝子のシグナル配列、または肺炎桿菌(Klebsiella pneumoniae)M5a1由来のシクロデキストリン糖転移酵素(α-CGTase)のシグナル配列、または肺炎桿菌M5a1由来の、配列番号1および3としてUS2008/0076157に開示されているシグナル配列である。好ましくは、変異型Palタンパク質は、Chen and Henning (1987, Eur. J. Biochem. 163, pages 73-77)に記載されているように、その前駆体形態において、Palタンパク質の天然のシグナル配列を有する。好ましくは、組換えタンパク質および変異型Palタンパク質は、その前駆体の形態で、異なるシグナル配列を有し、2種のシグナル配列のそれぞれは、タンパク質の輸送をもたらす。
【0033】
変異型Palタンパク質および組換えタンパク質をコードするORFの発現は、1つのプロモーターまたは異なるプロモーターによって制御可能である。変異型Palタンパク質および組換えタンパク質に対するORFは、異なるプロモーターの制御下にあることが好ましい。
【0034】
変異型Palタンパク質をコードするDNAセグメントは、先ず、プライマーとしてのオリゴヌクレオチドと、Palタンパク質をコードするDNAテンプレート(例えば、大腸菌から単離されたゲノムDNA)とを使用するPCRによって増幅され、次いで、一般的な分子生物学的技術を使用して、それぞれの場合において、シグナルペプチドの配列を含むDNA分子であって、類似の方法で生成された該DNA分子と連結され、その結果、インフレーム融合が形成され得る。あるいは、遺伝子合成によってDNA分子全体を生成することも可能である。上記シグナル配列と変異型Palタンパク質のコーディング配列とからなる上記DNA分子を、次いで、ベクター、例えば、プラスミドに導入するか、または既知の方法によって細菌株の染色体に直接組み込むことができる。好ましくは、プラスミド、例えば、既知の発現ベクターの誘導体、例えば、pJF118EH、pKK2233-3、pUC18、pBR322、pACYC184、pASK-IBA3またはpETに、DNA分子を導入する。当業者に既知の方法を使用して、プラスミドを細菌細胞に導入する(形質転換)。
【0035】
使用されるプラスミドは、選択マーカーを有することができる。選択マーカーとして適しているのは、抗生物質、例えば、アンピシリン、テトラサイクリン、クロラムフェニコール、カナマイシンに対する耐性をコードする遺伝子である。好ましくは、プラスミドは、テトラサイクリン耐性を媒介する遺伝子を含む。さらに、選択マーカーとして適しているのは、プラスミドを含む本細菌株において欠失している必須遺伝子をコードする栄養要求性マーカーである。2種のプラスミドを細胞に形質転換する場合には、2種の異なる抗生物質耐性または2種の異なる栄養要求性マーカーを使用して、両方のプラスミドの存在を選択することが好ましい。
【0036】
プロモーターとして適しているのは、当業者に既知のすべてのプロモーター、例えば、構成性プロモーター(例えば、GAPDHプロモーター)、または、例えば、誘導性プロモーター(例えば、Lacプロモーター、tacプロモーター、trcプロモーター、λPLプロモーター、araプロモーター、cumateプロモーター、tetプロモーター、またはそれらに由来する配列)である。組換えタンパク質をコードするORFと、変異型Palタンパク質をコードするORFとは、1つのプロモーターによってオペロンとして制御され得るか、または異なるプロモーターの制御下に存在し得る。好ましくは、組換えタンパク質をコードするORFと、変異型Palタンパク質をコードするORFとは、異なる誘導性プロモーターによって制御される。特に好ましくは、組換えタンパク質はtacプロモーターの制御下で発現され、変異型Palタンパク質はara(アラビノース)プロモーターの制御下で発現される。
【0037】
変異型Palタンパク質のアミノ酸配列は、既知の方法、例えば、保存されているシステイン残基を除去するか、または膜アンカーに関連する修飾を妨げるその他の変異を導入することによって生成することができる。当業者は、導入された変異によって、細菌株での発現後に変異型Palタンパク質がもはや膜アンカーを有さないようになるか否かを確認するための、文献からの方法を認識している(Hayashi and Wu 1990, J. Bioenerg. Biomembr. 22, pages 451-471; Giam et al. 1984, Eur. J. Biochem. 141, pages 331-337; Lazzaroni and Portalier 1992,上記参照;Mizuno 1979, J. Biochem. 86, pages 991-1000)。
【0038】
好ましい実施形態において、細菌株は、変異型Palタンパク質をコードするORFが、アミノ酸位置1~6、好ましくは1~4、特に好ましくは1~2のうちの1つまたは複数において変異している変異型Palタンパク質をコードするように変異していることを特徴とする。これに関連して、アミノ酸位置とは、シグナル配列に続くアミノ酸を指し、すなわち、アミノ酸位置1は、シグナル配列の後に続く最初のアミノ酸である。
【0039】
好ましくは、変異は、欠失(アミノ酸の欠失)または置換(アミノ酸の置換)であり、特に好ましくは欠失である。
【0040】
特に好ましくは、細菌株は、変異型Palタンパク質をコードするORFが、N末端のシステイン残基が置換されている変異型Palタンパク質をコードするように変異していることを特徴とする。
【0041】
さらに好ましい実施形態において、細菌株は、変異型Palタンパク質をコードするORFが、N末端のシステイン残基が欠失している変異型Palタンパク質をコードするように変異していることを特徴とする。好ましくは、アミノ酸は、アミノ酸位置1で、特に好ましくはシステイン残基を欠失している。
【0042】
N末端またはアミノ末端とは、遊離アミノ基(NH)を有するPalタンパク質の末端を指す。N末端のシステイン残基とは、シグナル配列の後に続くアミノ酸位置1のシステイン残基のことである。
【0043】
特に好ましくは、変異型Palタンパク質のアミノ酸配列は、配列番号7に規定されている配列(Pal22A)である。この配列では、N末端のシステインがアミノ酸アラニンと置換され、その結果、アラニンがシグナル配列である最初の21個のアミノ酸の後に続く。
【0044】
好ましい実施形態において、細菌株は、変異型Palタンパク質をコードするORFが、アミノ酸1~6、好ましくは1~4、特に好ましくは1~2が欠失している変異型Palタンパク質をコードするように変異していることを特徴とする。特に好ましくは、変異型Palタンパク質のアミノ酸配列は、配列番号5(PalΔ22-27)に規定されている配列であり、シグナル配列である最初の21個のアミノ酸の後にアラニンが続く配列である。変異型Palタンパク質のシグナルペプチドの後に続く配列は、大腸菌由来の成熟体野生型Palタンパク質のアミノ酸7~152と同一である(野生型タンパク質のアミノ酸配列は、配列番号4を参照)。
【0045】
好ましくは、組換えタンパク質は異種タンパク質である。異種タンパク質は、細菌株、好ましくは大腸菌K12株のプロテオーム、すなわち天然のタンパク質の全セットに属さないタンパク質を意味すると理解されるべきである。使用される細菌株、例えば、大腸菌K12株において天然に存在する全てのタンパク質は、既知のゲノム配列に由来することができる(例えば、大腸菌K12株に対するGenbankエントリーアクセッション番号NC_000913)。
【0046】
異種タンパク質として特に好ましいのは、1つまたは複数のジスルフィド結合を含む真核生物のタンパク質である。特に好ましいのは、機能的な形態で、二量体または多量体として存在する真核生物のタンパク質である。
【0047】
最も重要な異種タンパク質のクラスとしては、抗体およびそのフラグメント、サイトカイン、成長因子、プロテインキナーゼ、タンパク質ホルモン、リポカリン、アンチカリン、酵素、結合タンパク質、分子足場ならびにそれらから誘導されるタンパク質が挙げられる。上記タンパク質クラスの例としては、特に、重鎖抗体およびそのフラグメント(例えば、ナノボディ)、一本鎖抗体、インターフェロン、インターロイキン、インターロイキン受容体、インターロイキン受容体アンタゴニスト、G-CSF、GM-CSF、M-CSF、白血病抑制因子、幹細胞成長因子、腫瘍壊死因子、成長ホルモン、インスリン様成長因子、線維芽細胞増殖因子、血小板由来増殖因子、形質転換増殖因子、肝細胞増殖因子、骨形態形成因子、神経増殖因子、脳由来神経栄養因子(BDNF)、グリア細胞株由来神経栄養因子、血管新生阻害物質、組織プラスミノーゲンアクチベーター、血液凝固因子、トリプシン阻害因子、エラスターゼ阻害因子、補体成分、低酸素誘導ストレスタンパク質、癌原遺伝子産物、転写因子、ウイルス構成蛋白質、プロインスリン、プロウロキナーゼ、エリスロポエチン、トロンボポエチン、ニューロトロフィン、プロテインC、グルコセレブロシダーゼ、スーパーオキシドジスムターゼ、レニン、リゾチーム、P450、プロキモシン、リポコルチン、レプチン、血清アルブミン、ストレプトキナーゼ、テネクテプラーゼ、CNTFおよびシクロデキストリン糖転移酵素が挙げられる。
【0048】
分子足場に由来するタンパク質の例としては、特に、エビボディ(evibody)(CTLA-4由来)、アフィボディ(affibody)(S.aureusのプロテインA由来)、アビマー(avimer)(ヒトAドメインファミリー由来)、トランスボディ(transbody)(トランスフェリン由来)、DARPin(アンキリンリピートタンパク質由来)、アドネクチン(フィブロネクチンIII由来)、ペプチドアプタマー(チオレドキシン由来)、マイクロボディ(マイクロプロテイン由来)、アフィリン(ユビキチン由来)、α-クリスタリン、カリブドトキシン、テトラネクチン、RAS結合タンパク質AF-6のPDZドメイン、タンパク質阻害因子のクニッツ型ドメインが挙げられる。
【0049】
好ましくは、細菌株は、ペプチドグリカン関連リポタンパク質(Pal)をコードする野生型Pal遺伝子をさらに含むことを特徴とする。特に好ましくは、野生型Pal遺伝子は、機能的プロモーターの制御下にある。
【0050】
本発明はさらに、組換えタンパク質をコードするオープンリーディングフレームを機能的プロモーターの制御下に含むプラスミドであって、前記プラスミドは、シグナルペプチドと変異型Palタンパク質とをコードするオープンリーディングフレームを機能的プロモーターの制御下に含み、前記変異型Palタンパク質は、細菌の外膜に対する膜アンカーを有さないように変異していることを特徴とする、前記プラスミドを提供する。
【0051】
本発明の細菌株に対して言及された好ましいおよび特に好ましい事項はまた、本発明のプラスミドにおいて言及された事項にも適用され、本発明の細菌株に対して言及された好ましいおよび特に好ましい実施形態は、本発明のプラスミドにおいてもそれぞれ好ましいまたは特に好ましい。
【0052】
同様に、言及された定義および好ましい実施形態は、シグナルペプチドおよび変異型Palタンパク質をコードするORF、ならびに組換えタンパク質をコードするORFにも適用される。
【0053】
例えば、1種または2種以上の組換えタンパク質をコードする1つまたは複数のORFは、1つのオペロン内に存在し得る。好ましくは、変異型Palタンパク質をコードするORFは、別個の遺伝子内にある。これは、変異型Palタンパク質および組換えタンパク質を互いに独立して発現させることができることを意味する。1種または2種以上の組換えタンパク質のプロモーターが、変異型Palタンパク質のプロモーターとは異なっていて、異なる誘導性を有するという特に好ましい場合には、プラスミドによる細菌の形質転換に関し、タンパク質を互いに独立して発現させるための最適な時期を選択することが可能であるという特別な利点がある。
【0054】
当業者に既知の方法を使用して本発明のプラスミドを細菌株に導入し、上記プラスミドによって組換えタンパク質および変異型Palタンパク質を発現させることは、細菌株の細胞からの組換えタンパク質の放出が改善され、そして組換えタンパク質が増加した収量で単離され得るという利点を有する。
【0055】
組換えタンパク質をコードするORFおよび変異型Palタンパク質をコードするORFの染色体への組み込みと比較して、プラスミドを使用することの利点は、プラスミドを有する細菌株の細胞を選択時に有利であり、標準的な方法で選択することができるということである。
【0056】
各プラスミドは少なくとも1つの複製開始点(ORI)を含むため、プラスミドが自律的に複製することがさらなる利点である。さらに、プラスミドが細菌株の細胞内に高コピー数で存在し得ること、および遺伝することは特に有利である。
【0057】
本発明はさらに、組換えタンパク質を発酵生産する方法であって、本発明の細菌株を発酵培地で培養し、前記発酵培地を発酵後に細胞から分離し、前記発酵培地から組換えタンパク質を単離することを特徴とする、前記方法を提供する。
【0058】
染色体への組み込みにより形質転換された細菌株の細胞、または1もしくは2個の発現プラスミドで形質転換された細菌株の細胞は、当業者に既知の慣用の方法により、振盪フラスコ中またはバイオリアクター(発酵槽)中で培養される。
【0059】
発酵培地(増殖培地、培地)としては、原則として、細菌を培養するための当業者に既知のすべての一般的な培地が該当する。これに関連して、特定の割合の複合成分、例えば、ペプトン、トリプトン、酵母エキス、糖蜜またはコーンスティープリカーが添加された複合培地または最小塩培地を使用することができる。さらに、培地に、細胞増殖を改善する追加の成分、例えば、ビタミン、塩類、アミノ酸、微量元素を添加することもできる。
【0060】
発酵は、好ましくは、通常のバイオリアクター、例えば、撹拌槽、バブルカラム式発酵槽、またはエアリフト型発酵槽で行われる。特に好ましいのは、撹拌式発酵槽である。
【0061】
発酵は、様々なパラメータ、例えば、栄養飼料、酸素分圧、pHおよび培養物の温度を継続的に監視し、精密に制御しながら、増殖培地中でタンパク質生産株の細胞を培養することを含む。培養期間は、好ましくは24~65時間である。
【0062】
発酵に使用される主な炭素源は、原則として、細胞が利用可能なすべての糖類、糖アルコールまたは有機酸もしくはその塩である。これに関連して、グルコース、ラクトース、アラビノースまたはグリセロールを使用することが好ましい。グルコースおよびアラビノースが特に好ましい。また、複数の異なる炭素源を組み合わせて供給することも可能である。この場合には、炭素源を、発酵の開始時に発酵培地中に最初に完全に添加するか、あるいは、最初に全く添加しないで、または最初に炭素源の一部のみを添加して、炭素源を発酵の進行中に供給する。この関連で特に好ましいのは、炭素源の一部を最初に添加し、一部を供給する一実施形態である。特に好ましくは、炭素源グルコースを10~30g/Lの濃度で最初に添加し、発酵の進行において濃度が5g/L未満に低下したときに供給を開始し、濃度が5g/L未満に保持されるようする。
【0063】
組換えタンパク質および/または変異型Palタンパク質の発現が誘導性プロモーターによって制御されている場合には、プロモーターに対応する誘導剤を発酵バッチに添加することによって、その発現を誘導する。誘導剤として好適なものは、例えば、アラビノース、ラクトース、IPTG、テトラサイクリンまたはクメート(cumate)である。発酵の任意の所望の時点で、単回投与または複数回投与として誘導剤を計量添加(meter)してもよい。あるいは、誘導剤を連続的に添加してもよい。好ましくは、組換えタンパク質の発現をIPTGの添加により誘導し、変異型Palタンパク質の発現をアラビノースの添加により誘導する。特に好ましくは、IPTGを単回投与量として計量添加し、グルコース濃度が5g/L未満に低下した後の時点でグルコースおよびアラビノースの混合物を供給して、変異型Palタンパク質の発現を誘導する。これに関連して、混合物中のアラビノースの割合は、好ましくは33重量%~66重量%であり、特に好ましくは33重量%である。
【0064】
好ましくは、ほんの少しの細胞分裂しかしない培養期またはもう細胞分裂しない培養期、すなわち、増殖曲線の定常期の直前または開始時に、変異型Palタンパク質の発現を誘導する。この時点は、OD600値またはCDW値(下記参照)として決定される細胞密度が、わずかな上昇しかしないことまたは全く上昇しないことによって決定される。
【0065】
好ましくは、発酵槽内の培地を播種前に撹拌し、滅菌された圧縮空気でスパージする。これに関連して、酸素含有量は、100%飽和に較正され、発酵中のO飽和度の目標値が選択され、これは、較正された値の10%~70%、好ましくは20%~60%、特に好ましくは30%である。O飽和度が目標値を下回ると、O飽和度を目標値に戻すための調整カスケードが開始され、これは、ガス供給および撹拌速度の調整によって可能となる。
【0066】
培養物のpHは、好ましくはpH6~pH8である。好ましくは、pH6.5~7.5で設定され、特に好ましくは、培養物のpHは、6.8~7.2に保持される。
【0067】
好ましくは、培養物の温度は、15℃~45℃である。好ましくは20℃~40℃の温度範囲、特に好ましくは25℃~35℃の温度範囲、一層好ましくは30℃の温度である。
【0068】
本発明によれば、発酵後に細胞から発酵培地を分離し、発酵培地から組換えタンパク質を単離する。これは、先行技術で知られているように、慣用的な方法によって実施可能である。慣用的には、第一段階で、分離方法、例えば、遠心分離または濾過によって、培地中に放出された組換えタンパク質から細胞を除去する。次いで、例えば、限外濾過によって、組換えタンパク質を濃縮することができる。
【0069】
変異型Palタンパク質の発現は、培養上清への組換えタンパク質の放出を改善する。放出の改善の結果として、増加した収量で組換えタンパク質を単離することができる。
【0070】
収量の増加とは、培地に放出されるものが、組換えタンパク質のための遺伝子を含む野生型細菌株または組換えタンパク質のための遺伝子を含む野生型細菌株であって、さらに細菌の細胞エンベロープの不安定化のためのタンパク質を発現する野生型細菌株を使用する現在の技術状態に従って製造され得る組換えタンパク質の量の好ましくは110%以上、特に好ましくは150%以上、一層好ましくは200%以上であることを意味するものと理解される。このことは、培地に放出される組換えタンパク質の収量が、先行技術からの対応する細菌株で達成され得る収量と比較して、好ましくは1.1倍以上、特に好ましくは1.5倍以上、一層好ましくは2倍以上高いことを意味する。
【0071】
例えば、実施例1では、対応する野生型細菌株またはTolAIII発現細菌株と比較して、PalΔ22-27またはPal22Aを発現させた場合には、同一の培養量における細胞上清中に2~3倍以上のCGTaseを生産可能であることが示されている(表1を参照)。実施例2においても同様に、PalΔ22-27を発現する変異体によるCGTaseの生産は、対応する野生型細菌株またはTolAIII発現細菌株と比較して、2~3倍増加している(表2を参照)。実施例3は、同様に明確な増加を確認している(表3を参照)。
【0072】
加えて、記載のPal変異体のさらなる利点は、培養期間5~24時間の場合の細胞溶解が、対応する野生型細胞と比較してわずかに増加するのみであることである。Wan and Baneyx (1998,上記参照)は、TolAIIIの過剰産生によって、たった数時間後には、非誘導細胞と比較して、CFU数が約1400分の1~3000分の1になることを示し、細菌細胞の長期的な生存率は、外膜への影響のために明確に低下すると結論付けている。対照的に、変異型PalΔ22-27タンパク質の発現を誘導した24時間後には、対応する野生型細菌株と比較して、CFU数が2分の1に低下するのみである(実施例3を参照)。
【0073】
細菌株、好ましくは大腸菌における変異型Palタンパク質の共発現により、細胞外でFab抗体フラグメントを生産することもできる。この場合には、細菌細胞は、抗体のドメインVLおよびCLを含む軽鎖と、抗体のドメインVHおよびCH1を含む重鎖との対応するフラグメントを同時に合成し、それらをペリプラズムに分泌する必要がある。次いで、細胞質の外で2種の鎖は会合して、機能的なFabフラグメントを形成する。対応するORFは、異なる遺伝子に存在していてもよい。軽鎖および重鎖の抗体フラグメントをコードするORFは、オペロン内に編成されていることが好ましい。本発明の変異型Palタンパク質の同時産生の結果として、抗体の重鎖および軽鎖は、増加した濃度で発酵培地に放出される。
【0074】
本発明の方法は、長い培養期間を必要とする組換えタンパク質の生産および高細胞密度の発酵に適しているという大きな利点がある。その結果、複雑な真核生物のタンパク質を組換えタンパク質として生産することができる。
【0075】
好ましくは、発酵培地の分離後に発酵培地から、組換えタンパク質を精製することを特徴とする方法である。
【0076】
標準的な方法、例えば、沈殿またはクロマトグラフィーによって、組換えタンパク質をさらに精製することができる。既に正しく折り畳まれたタンパク質のネイティブコンフォメーションを利用する方法、例えば、アフィニティークロマトグラフィーが特に好ましい。
【0077】
好ましくは、本発明の方法は、変異型Palタンパク質の発現を誘導することを特徴とする。すなわち、変異型Palタンパク質の発現を誘導するか、あるいは、組換えタンパク質の発現および変異型Palタンパク質の発現を誘導する。すなわち、この好ましい実施形態において、変異型Palタンパク質の発現は、いずれにしても、誘導性プロモーターの制御下にある。対照的に、組換えタンパク質の発現は、構成性プロモーターの制御下にあってもよいし、または誘導性プロモーターの制御下にあってもよい。特に好ましくは、組換えタンパク質をコードするORFおよび変異型Palタンパク質をコードするORFの両方が、誘導性プロモーターの制御下にあり、特に好ましくは、異なる誘導性プロモーターの制御下にある。したがって、変異型Palタンパク質および組換えタンパク質の発現は、好ましくは誘導性である。
【0078】
好ましくは、組換えタンパク質をコードする遺伝子および変異型Palタンパク質をコードする遺伝子のプロモーターは、互いに独立して誘導することができるため、組換えタンパク質の発現および変異型Palタンパク質の発現のための最適な時期を、互いに独立して選択することができる。
【0079】
誘導性プロモーターを使用することにより、発酵の任意の所望の時点で対応するタンパク質の発現を誘導することが可能である。好ましくは、組換えタンパク質の発現誘導後に変異型Palタンパク質の発現を誘導する。特に好ましくは、変異型Palタンパク質の発現を、組換えタンパク質の発現の誘導から1時間以上後、特に好ましくは2時間以上後、一層好ましくは15~24時間後、さらに一層好ましくは19時間後に誘導する。
【0080】
組換えタンパク質および変異型Palタンパク質の発現の誘導は、培地への誘導剤の添加によって誘発される。使用される遺伝子に応じて誘導剤を選択することが必要である。変異型Pal遺伝子がアラビノース(ara)プロモーターを含む好ましい実施形態において、培地への誘導剤アラビノースの添加によって、変異型Palタンパク質の発現を誘導する。組換え遺伝子がtacプロモーターを含む好ましい実施形態において、誘導剤ラクトースまたはラクトース類似体であるIPTGの培養物への添加によって、組換えタンパク質の発現を誘導する。
【0081】
本発明によれば、変異型Palタンパク質の発現を誘導した後、さらに細胞を培養しても、本発明の細胞株の細胞密度は、変異型Palタンパク質を発現していない細菌株に匹敵する。特に、細胞溶解による吸光度の強い低下は生じず、コロニー形成単位(CFU)として測定される生細胞数のわずかな低下のみが生じる。
【0082】
測定された吸光度(OD)が高いほど、細胞密度が高くなる。不安定化された細胞エンベロープを有する細菌株は、一般に比較的多くの細胞溶解を示す。細胞溶解が比較的多い場合には、細胞密度は低下し、その結果、OD値も低下する。
【0083】
本発明は、細菌株の細胞が、強い溶解を起こさずに、組換えタンパク質を培地中に放出するという利点を有する。したがって、比較的長い培養期間を必要とする複雑な組換えタンパク質の生産と、高細胞密度の発酵との両方に適していることによって、本発明の方法は際立っている。
【0084】
本発明の文脈において、細胞乾燥重量が>50g/Lに達する発酵は、高細胞密度の発酵であると見なされる。このことは、文献にも反映されている(Bruschi et al. 2014, Microb. Cell Fact. 13:99; Shokri and Larsson 2004, Microb. Cell Fact. 3:9; Knabben et al. 2010, J. Biotechnol. 150, pages 73-79)。
【0085】
培養時間が長いとは、培養時間が24時間以上、好ましくは48時間以上、特に好ましくは72時間以上であることを意味する。
【0086】
本発明の文脈において、比較的少ない(またはわずかに増加しただけの、または強くない)細胞溶解とは、Pal変異を有さない野生型細菌株と比較して、変異型Palタンパク質の発現を誘導してから、好ましくは5~24時間の培養期間のときに決定される、細菌株の培養物のOD600値、CDW値または生細胞数の値が、わずかしか減少しない、または全く減少しないことを意味する。TolAIIIタンパク質を発現する細胞についてWan and Baneyx (1998,上記参照)によって示されたように、細胞エンベロープを不安定化させる改変を含む細菌株の培養物は細胞溶解が明確に増加するが、特にこの培養物に対して、変異型Palタンパク質を発現する細菌株は大きな利点を有する。
【0087】
したがって、本発明の発酵方法による細胞培養物は、変異型Palタンパク質の発現を誘導してから5~24時間後、特に好ましくは7時間後に600nmで測定される吸光度(OD600)が、本発明の方法と異なる発酵方法であって、該発酵方法は、本発明の細菌株と異なる細菌株を培養するという点でのみ本発明の方法と異なり、該細菌株は、変異型Palタンパク質をコードするORFを含まないという点でのみ本発明の細菌株と異なる、該発酵方法からの同一時点での細胞培養物のOD600の値より20%以下、特に好ましくは10%以下、一層好ましくは5%以下だけ低いことを特徴とすることが好ましい。600nmにおける細胞培養物の吸光度は、分光光度法によって決定される。
【0088】
600nmにおいて分光光度計を使用して測定された細胞培養物の吸光度は、単位体積当たりの細胞量(細胞濃度、細胞密度)に依存し、ひいては、これは細胞分裂活性の指標および細胞溶解の指標であり、細胞溶解は細胞密度の減少をもたらす。
【0089】
代替方法として、細胞重量はまた、濾過または遠心分離、好ましくは遠心分離によって規定量の培養物を単離し、次いで、乾燥させ、重量を測定することによって、細胞乾燥重量(CDW)として決定することもできる。
【0090】
変異型Palタンパク質を発現する細菌株と、変異型Palタンパク質を発現していない細菌株との生命力の比較を可能にするさらなる代替方法は、規定された培養量に基づく「コロニー形成単位(CFU)」として生細胞数を決定することである。実験手順は、Wan and Baneyx (1998,上記参照)に記載されている。単位CFUは、培養物中の増殖可能な細胞を特定する。変異型Palタンパク質および組換えタンパク質を発現する細菌株の場合における生細胞数は、変異型Palタンパク質を発現していない細菌株と比較して、最大で100倍、好ましくは最大で10倍、特に好ましくは最大で2倍の割合で減少する。
【0091】
対照的に、Wan and Baneyx (1998,上記参照)では、表2において、IPTGによってTolAIIIの発現を誘導してから3時間後に、1mL当たりのCFU数として測定される生細胞数は、野生型細菌株ではさらに増加するのに対し、TolAIIIを発現している細菌株では明らかに減少することが記載されている。その著者らは、TolAIIIの過剰発現による、その細菌株の対数増殖期の細菌増殖に与える影響は比較的小さいが、長期的には細胞の外膜の透過性上昇により細菌細胞の生存率が明らかに低下すると結論づけた。
【0092】
変異型Palタンパク質の発現による細胞の完全性への影響が無視できる程度であることは、本発明のさらなる重要な利点である。さらに、変異型Palタンパク質をコードするORFであって、誘導性プロモーターの下にある該ORFの好ましいクローニングの結果として、変異型Palタンパク質の発現を制御することが可能であり、したがって所望の効果が生じる培養時間を狭く制限することが可能であり、これにより、細菌細胞の生命力に対する影響の可能性を制限することが可能である。
【0093】
図1は、プラスミドpCGT-Palのプラスミドマップを示す。
【0094】
図2は、プラスミドpCGT-TolAIIIのプラスミドマップを示す。
【0095】
図3は、プラスミドpJF118ut-CD154のプラスミドマップを示す。
【0096】
図4は、プラスミドpJF118ut-CD154-Palのプラスミドマップを示す。
【0097】
図5は、プラスミドpCGT-Pal22Aのプラスミドマップを示す。
【0098】
図中で使用した略号は、以下の機能をコードするDNA領域を表す。
tac p/o:tacプロモーター/オペレーター
pBAD p/o:アラビノースプロモーター/オペレーター
bla:β-ラクタマーゼ遺伝子(アンピシリン耐性)
TcR:テトラサイクリン耐性
lacIq:tacプロモーターのリプレッサー
cgt-SP:CGTaseのシグナルペプチド
CGTase:シクロデキストリン糖転移酵素
ColE1:複製開始点
phoA-SP:phoAのシグナルペプチド
AFA-SP:CGTaseのシグナルペプチドの誘導体
rrnBターミネーター:rrnB遺伝子のターミネーター領域
trpAターミネーター:trpA遺伝子のターミネーター領域
Pal:ペプチドグリカン関連リポタンパク質
Pal-SP:Palのシグナルペプチド
TolAIII:TolAタンパク質のドメイン
OmpA-SP:OmpAのシグナルペプチド
HisTag:ヒスチジンタグ
軽鎖:ドメインVLおよびCLを含む抗体フラグメント
重鎖:ドメインVHおよびCH1を含む抗体フラグメント
ScaI/MauBI/EcoRI:対応する制限酵素エンドヌクレアーゼの制限酵素切断部位
【実施例
【0099】
以下、本発明を、それによって限定されることなく、例示的な実施形態を参照して、より詳細に説明する。
【0100】
使用したすべての分子生物学的方法、例えば、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)、遺伝子合成、DNAの単離および精製、制限酵素およびリガーゼによるDNAの修飾、形質転換などは、当業者に既知の方法、文献に記載された方法または各製造業者によって推奨される方法で実施された。
【0101】
プラスミドの説明
pCGT
プラスミドpCGTの作製は、US2008/0254511A1の実施例4に記載されており、プラスミドマップはUS2008/0254511A1の図4に記載されている。
【0102】
本質的に、このプラスミドは、テトラサイクリンに対する耐性のための遺伝子に加えて、特に天然のシクロデキストリン糖転移酵素(CGTase)シグナル配列を含む肺炎桿菌M5a1由来のCGTaseの構造遺伝子も含む。CGTase遺伝子の発現はtacプロモーターの制御下にある。
【0103】
pCGT-Pal
pCGT-Pal(プラスミドマップは図1を参照)を得るために、ユーロフィンズ・ジェノミクス社の遺伝子合成法によりDNA断片を作製した。このDNA断片xI(配列番号1に記載)は、
アラビノースプロモーター(pBADプロモーター)と、オペレーターO1と、オペレーターI2+I1と、CAP結合部位とを含むGenBankエントリーX81837.1由来のヌクレオチド1136~1304(配列番号1のヌクレオチド10~178)、
シャイン-ダルガルノ配列(配列番号1のヌクレオチド203~208)、および
以下の配列:
(i)大腸菌K12由来のペプチドグリカン関連リポタンパク質のシグナル配列(アミノ酸-21~-1をコードする、GenBankエントリーX05123.1由来のヌクレオチド136~198(配列番号1のヌクレオチド216~278));
(ii)大腸菌K12由来のペプチドグリカン関連リポタンパク質のアミノ酸7~152をコードする、GenBankエントリーX05123.1由来のヌクレオチド217~654(配列番号1のヌクレオチド279~716);および
(iii)大腸菌由来のtrpA遺伝子のターミネーター(配列番号1のヌクレオチド749~774)
の融合配列をコードするヌクレオチド断片
を含んでいた。
【0104】
DNA断片xIを、制限酵素MauBIを使用して切断し、同一の制限酵素を使用して切断した発現ベクターpCGTとライゲーションした。クローニングを無指向性の方法で行った。しかしながら、CGTaseをコードする遺伝子とは反対の読み方向にDNA断片xIが挿入されているプラスミド(制限酵素ScaIの制限酵素切断パターンとシークエンシングとによって確認した)を優先的に使用した。このプラスミドをpCGT-Palと称した。このプラスミドは、タンパク質PalΔ22-27(配列番号5に記載)をコードし、同意語としてPalD22-27とも記載する。
【0105】
pCGT-Pal22A
pCGT-Pal22A(プラスミドマップは図5を参照)を得るために、ユーロフィンズ・ジェノミクス社による遺伝子合成によりDNA断片を作製した。このDNA断片xIA(配列番号6に記載)は、
アラビノースプロモーター(pBADプロモーター)と、オペレーターO1と、オペレーターI2+I1と、CAP結合部位とを含むGenBankエントリーX81837.1由来のヌクレオチド1136~1304(配列番号6のヌクレオチド10~178)、
シャイン-ダルガルノ配列(配列番号6のヌクレオチド203~208)、および
以下の配列:
(i)大腸菌K12由来のペプチドグリカン関連リポタンパク質のシグナル配列(アミノ酸-21~-1をコードする、GenBankエントリーX05123.1由来のヌクレオチド136~198(配列番号6のヌクレオチド216~278));
(ii)大腸菌K12由来のペプチドグリカン関連リポタンパク質のアミノ酸1~152(GenBank:X05123.1を参照、配列番号6のヌクレオチド279~734)であって、アミノ酸1のアミノ酸システインがアラニンに置換されている該アミノ酸1~152;および
(iii)大腸菌由来のtrpA遺伝子のターミネーター(配列番号6のヌクレオチド767~792)
の融合配列をコードするヌクレオチド断片
を含んでいた。
【0106】
DNA断片xIAを、制限酵素MauBIを使用して切断し、同一の制限酵素を使用して切断した発現ベクターpCGTとライゲーションした。クローニングを無指向性の方法で行った。しかしながら、CGTaseをコードする遺伝子とは反対の読み方向にDNA断片xIAが挿入されているプラスミド(制限酵素ScaIの制限酵素切断パターンとシークエンシングとによって確認した)を優先的に使用した。このプラスミドをpCGT-Pal22Aと称した。このプラスミドは、タンパク質Pal22A(配列番号7に記載)をコードする。
【0107】
pCGT-TolAIII
TolAIIIの過剰発現は、先行技術(Wan and Baneyx 1998,上記参照)に対応しており、したがって、先行技術の代表的な比較例として、pCGT-TolAIIIを選択した。先行技術において、このプラスミドを含み、TolAIIIを発現する細菌の外部にある細胞エンベロープは不安定化され、その結果、組換えタンパク質の放出は増加する
【0108】
pCGT-TolAIII(プラスミドマップは図2を参照)を得るために、ユーロフィンズ・ジェノミクス社の遺伝子合成法によりDNA断片を作製した。このDNA断片xII(配列番号2に記載)は、
アラビノースプロモーター(pBADプロモーター)と、オペレーターO1と、オペレーターI2+I1と、CAP結合部位とを含むGenBankエントリーX81837.1由来のヌクレオチド1136~1304(配列番号2のヌクレオチド10~178)、
シャイン-ダルガルノ配列(配列番号2のヌクレオチド203~208)、および
以下の配列:
(i)大腸菌K12由来のompAのシグナル配列(配列番号2のヌクレオチド216~278);
(ii)大腸菌K12由来のTolAタンパク質のアミノ酸291~421(TolAIIIをコードし、配列番号2のヌクレオチド279~671);および
(iii)大腸菌由来のtrpA遺伝子のターミネーター(配列番号2のヌクレオチド714~729)
の融合配列をコードするヌクレオチド断片
を含んでいた。
【0109】
DNA断片xIIを、制限酵素MauBIを使用して切断し、同一の制限酵素を使用して切断した発現ベクターpCGT(上記参照)とライゲーションした。クローニングを無指向性の方法で行った。しかしながら、CGTaseをコードする遺伝子とは反対の読み方向にDNA断片xIIが挿入されているプラスミド(制限酵素ScaIおよびEcoRIの制限酵素切断パターン、またはシークエンシングによって確認した)を優先的に使用した。このプラスミドをpCGT-TolAIIIと称した。
【0110】
pJF118ut-CD154
US2008/076157Aに記載のプラスミドpJF118utを、Karpusas et al. 2001 (Structure 9, pages 321-329)に掲載の配列を有するヒト化モノクローナル抗CD154抗体5c8のFabフラグメント遺伝子のクローニングおよび発現のための出発ベクターとして使用した。pJF118utは、既知の発現ベクターpKK223-3(Amersham Pharmacia Biotech)の誘導体であり、DSMZ-German Collection of Microorganisms and Cell Cultures GmbH(Braunschweig)に番号DSM 18596の下で寄託されている。
【0111】
pJF118ut-CD154(プラスミドマップは図3を参照)を得るために、ユーロフィンズ・ジェノミクス社による遺伝子合成によりDNA断片を作製した。このDNA断片xIII(配列番号3に記載)は、
(i)US2008/076157の配列番号2に記載のシグナル配列であって、肺炎桿菌M5a1由来のCGTaseのシグナル配列に由来する該シグナル配列(配列番号3のヌクレオチド25~114)、
(ii)ヒト化モノクローナル抗CD154抗体5c8のFabフラグメントの重鎖(V-C1ドメイン)に対するリーディングフレームであって、Karpusias et al. 2001の図3に掲載の配列のアミノ酸1~221をコードする該リーディングフレーム(配列番号3のヌクレオチド115~77)、
(iii)phoAのシグナル配列(配列番号3のヌクレオチド800~862)、
(iv)Karpusias et al. 2001の図3に掲載のヒト化モノクローナル抗CD154抗体5c8のFabフラグメントの軽鎖(V-Cドメイン)に対するリーディングフレーム(配列番号3のヌクレオチド863~1516)、および
(v)長さ4アミノ酸のリンカーとヘキサヒスチジンタグとをコードする配列番号3のヌクレオチド1517~1546
からなる融合配列を含んでいた。
【0112】
DNA断片xIIIを、制限酵素EcoRIおよびPdmIを使用して切断し、EcoRIおよびSmaIを使用して切断した発現ベクターpJF118utとライゲーションした。得られたプラスミドは、Fabフラグメントの重鎖および軽鎖の遺伝子発現がtacプロモーターの制御下にある。このプラスミドをpJF118ut-CD154と称した。
【0113】
pJF118ut-CD154-Pal
pCGT-Palについて上述したように、アラビノースプロモーターの制御下にあり、かつtrpAターミネーターに隣接しているPal変異体をコードするDNA断片xIを、MauBI制限酵素切断部位を介してプラスミドpJF118ut-CD154に挿入した。クローニングを無指向性の方法で行った。しかしながら、CD154をコードする遺伝子とは反対の読み方向にDNA断片xIIIが挿入されているプラスミド(制限酵素ScaIの制限酵素切断パターンとシークエンシングとによって確認した)を優先的に使用した。このプラスミドをpJF118ut-CD154-Palと称した(プラスミドマップは図4を参照)。
【0114】
実施例1:振盪フラスコにおけるシクロデキストリン糖転移酵素(CGTase)の生産
肺炎桿菌M5a1由来のCGTaseの生産のために、プラスミドpCGT、pCGT-Pal、pCGT-Pal22AまたはpCGT-TolAIIIで常法(例えば、TSS形質転換)により、大腸菌株W3110(ATCC 27325)を形質転換した。テトラサイクリン(20mg/L)を使用して、プラスミド含有細胞を選択した。大腸菌株をW3110/pCGT、W3110/pCGT-Pal、W3110/pCGT-Pal22AおよびW3110/pCGT-TolAIIIと称した。
【0115】
付加的に1mL/L 微量元素溶液(0.15g/L NaMoO・2HO;2.5g/L NaBO;0.7g/L CoCl・6HO;0.25g/L CuSO・5HO;1.6g/L MnCl・4HO;0.3g/L ZnSO・7HO)、3g/L グルコース、10g/L ラクトース、0.55g/L CaClおよび20mg/L テトラサイクリンを含む10mLのLB培地(5g/L 酵母エキス(Oxoid LP0021)、10g/L トリプトン(Oxoid LP0042)、5g/L NaCl)中で、形質転換株を30℃で培養した。使用した培地は自動誘導培地であった。すなわち、tacプロモーターのための追加の誘導剤を添加する必要はなかった。培地中に存在するグルコースが代謝された後、ラクトースを細胞に取り込ませることができるものであった。これにより、tacプロモーターから進行するタンパク質発現の誘導をもたらした。CGTaseは4つのプラスミド全てにより生産された。
【0116】
48時間後に0.2%(w/v) アラビノースを培地に添加した結果、プラスミド上に存在し、アラビノースプロモーターの制御下にあるPal変異体の発現が、プラスミドpCGT-PalおよびpCGT-Pal22Aによって追加で誘導され、対照として、TolAIIIの発現が、プラスミドpCGT-TolAIIIによって追加で誘導された。プラスミドpCGTを含む対照培養物にもまた、より良い比較のために適切にアラビノースを混合した。
【0117】
72時間の培養期間後、サンプルを回収し、遠心分離により培地から細胞を除去した。以下の酵素アッセイにより、デンプンから酵素的に生成されるシクロデキストリン(CD)の量に基づいて培養上清中のCGTase含有量を測定した。
【0118】
アッセイバッファー:5mM Tris HCl緩衝液、5mM CaCl・2HO、pH6.5
基質溶液:10%デンプン溶液(Merck No.1.01252)を含むアッセイバッファー、pH6.5
アッセイミックス:0.2mLの基質溶液および0.2mLの遠心分離された(5分間、12,000rpm)培養上清
反応温度:40℃
【0119】
酵素アッセイ
基質溶液および遠心分離された培養上清の温度を事前に調整する(40℃で約5分)。
基質溶液および遠心分離された培養上清を高速で混合(ボルテックスミキサー)してアッセイミックスを調製し、必要に応じて、その後のHPLC分析で0.9~1.5g/L CDの値が測定されるように、遠心分離された培養上清をアッセイバッファーで希釈する。
40℃で3分間インキュベートする。
0.6mLのメタノールを添加し、高速で混合(ボルテックスミキサー)することにより、酵素反応を停止させる。
混合物を氷上で冷却する(約5分)。
遠心分離(5分、12000rpm)し、透明な上清をピペットで除去する。
HPLCによってCD生成量を分析する。Nucleodur 100-3 NH2-RP カラム(150mm×4.6mm、Macherey-Nagel)と、移動相として64%アセトニトリル水溶液(v/v)とを使用するAgilent HP 1100 HPLCシステムを使用して、2.1mL/分の流速で分析を行った。RI検出器(1260 Infinity RI、Agilent)によって検出を行い、ピーク面積とα-CD標準物質(Cavamax W6-8 Pharma、Wacker Chemie AG)に基づいて、定量を行った。
【0120】
酵素活性の計算:A=G×V1×V2/(t×MG)[U/ml]
A=活性
G=CD含有量(mg/L)
V1=アッセイミックスの希釈係数
V2=アッセイで使用する前の培養上清の希釈係数;希釈していない場合は、V2=1
t=反応時間(分)
MG=分子量(g/mol)(MGCD=973g/mol)
1ユニット(U)≒毎分1μmol/Lの生成物(CD)
【0121】
表1にそれぞれ得られたCGTaseの収量を示す。
【表1】
【0122】
実施例2:撹拌式発酵槽におけるシクロデキストリン糖転移酵素(CGTase)の発酵生産
実施例1に記載の株であるW3110/pCGT、W3110/pCGT-PalおよびW3110/pCGT-TolAIIIを、肺炎桿菌M5a1由来のシクロデキストリン糖転移酵素(CGTase)の生産に使用した。
【0123】
CGTaseの生産は、撹拌式発酵槽で実施された。
【0124】
1.2Lの発酵培地(1.5g/L KHPO;5g/L (NHSO;0.5g/L MgSO・7HO;0.225g/L CaCl・2HO,0.075g/L FeSO・7HO;1g/L クエン酸三ナトリウム二水和物;0.5g/L NaCl;1mL/L 微量元素溶液(0.15g/L NaMoO・2HO;2.5g/L NaBO;0.7g/L CoCl・6HO;0.25g/L CuSO・5HO;1.6g/L MnCl・4HO;0.3g/L ZnSO・7HO);5mg/L ビタミンB1;3g/L フィトンペプトン(BD 211906);1.5g/L 酵母エキス(Oxoid LP0021);10g/L グルコース;20mg/L テトラサイクリン)で満たした発酵槽に、振盪フラスコを使用して実施例1に記載のLB培地中で7時間培養した前培養物を、OD600が0.1になるように播種した。これにより、発酵を開始した(時点0、発酵開始)。発酵中は、温度を30℃に設定し、NHOHまたはHPOで滴定してpHを7.0の値に維持した。発酵の間のグルコース濃度が5g/L未満で維持されるように、グルコースを計量添加した。22時間後(対数増殖期の終了時)にイソプロピルβ-D-チオガラクトピラノシド(IPTG)を0.15mMになるように添加することにより、CGTaseの発現を誘導した。純粋なグルコースの供給を、グルコース:アラビノースの比が2:1であるグルコース/アラビノース混合物の持続的な供給(1時間に3g/L)に切り替えることにより、発酵開始から24時間後または41時間後にPal変異体の発現を誘導し、発酵開始から41時間後にTolAIIIの発現を誘導した。
【0125】
播種前に、発酵槽内の培地を400rpmで撹拌し、無菌フィルターを介して滅菌した圧縮空気を1.67vvm(1分間にスパージされる、培地の体積当たりの空気の体積)(volume of air per volume of culture medium per minute)でスパージした。これらの開始条件の下で、播種前に光学式酸素センサー(VisiFerm DO225、Hamilton)を100%飽和に較正した。発酵中のO飽和度の目標値は、この値の30%に設定した。発酵中のO飽和度を酸素センサーによって測定し、発酵槽制御DCU(デジタル制御ユニット、Sartorius Stedim)によって捕捉した。O飽和度が目標値を下回ると、O飽和度を目標値に戻すために、ソフトウェア制御下で撹拌速度を最大1500rpmまで連続的に増加させた。
【0126】
発酵48時間後、サンプルを回収し、遠心分離により発酵培地から細胞を除去した。実施例1に記載の活性アッセイにより、発酵上清中のCGTase含有量を測定した。
【0127】
表2にそれぞれ得られたシクロデキストリン糖転移酵素の収量を示す。
【表2】
【0128】
W3110/pCGTおよびW3110/pCGT-Pal(41時間後の誘導)の発酵の進行において、分光光度計(Beckman Coulter DU 730)を使用して600nmにおける吸光度(OD600)を測定することにより、細胞の増殖を測定し、細胞の増殖に及ぼすPal変異体発現の影響を調べた。
【0129】
さらに、培養物の細胞乾燥重量を測定した。細胞乾燥重量の測定のために、予め空重量を測定した反応容器に、発酵培養物1mLを含むサンプルを移した。遠心分離(5分、12000rpm)後、上清を除去し、細胞ペレットをインキュベーター内で乾燥させた(60℃で48時間以上)。次いで、乾燥した細胞ペレットを含む容器を秤量した。乾燥した細胞ペレットを含む容器の重量と、空の容器の重量との差から細胞乾燥重量(CDW)を算出した。それらの結果を表3にまとめた。
【0130】
【表3】
【0131】
実施例3:振盪フラスコにおけるFab抗体フラグメントの生産
大腸菌株W3110/pJF118ut-CD154およびW3110/pJF118ut-CD154-Palを使用して、実施例1に記載の方法と同様に、振盪フラスコにおけるCD154Fabフラグメントの生産を行った。72時間後、サンプルを回収し、遠心分離により培養液から細胞を除去した。上清を分析して、培地中に放出されたCD154Fabフラグメントを測定した。細胞ペレットをPBS緩衝液で回収し、細胞をFastPrepホモジナイザー(MP Biomedicals)で破壊した。こうして得られた細胞溶解液から、細胞内に存在するCD154Fabフラグメントを測定した。
【0132】
CD154 Fabフラグメントは、当業者に既知のサンドイッチELISA法を使用して定量した。捕捉抗体として固定化抗ヒトIgG(Fd)抗体(The Binding Site、製品番号PC075)を、検出抗体としてペルオキシダーゼ標識ヤギ抗ヒトκ軽鎖抗体(Sigma、製品番号A 7164)を使用した。ペルオキシダーゼによる発色基質Dako TMB+(Dako #S1599)の変換と、450nmにおけるそれに伴う吸収変化とによって定量を行った。Fabフラグメント「Human Fab/Kappa」(Bethyl Laboratories、商品番号:P80-115)を使用して、ELISAを較正した。
【0133】
【表4】
【0134】
生産物の収量に加えて、培養物の生細胞数もまた、72時間後に測定した。この目的のために、培養物のサンプルを最終容量1mLのLB培地で10倍希釈し、20mg/L テトラサイクリンを含むLB寒天培地プレートに、100μLの希釈液をそれぞれの場合毎にプレーティングした。増殖したコロニーを計数し、希釈係数を考慮して出発培養物の生細胞数を算出した。これは、株W3110/pJF118ut-CD154では5.5×10細胞/mL、株W3110/pJF118ut-CD154-Palでは2.7×10細胞/mLであった。
図1
図2
図3
図4
図5
【配列表】
0007185006000001.app