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<図1>
  • -新規誘電材料 図1
  • -新規誘電材料 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-29
(45)【発行日】2022-12-07
(54)【発明の名称】新規誘電材料
(51)【国際特許分類】
   H01C 7/04 20060101AFI20221130BHJP
   C07C 323/58 20060101ALI20221130BHJP
   H01G 4/06 20060101ALI20221130BHJP
   H01L 41/09 20060101ALI20221130BHJP
   H01L 41/193 20060101ALI20221130BHJP
   C07F 1/12 20060101ALN20221130BHJP
   C07F 9/50 20060101ALN20221130BHJP
【FI】
H01C7/04
C07C323/58
H01G4/06
H01L41/09
H01L41/193
C07F1/12
C07F9/50
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2018541057
(86)(22)【出願日】2017-09-19
(86)【国際出願番号】 JP2017033629
(87)【国際公開番号】W WO2018056237
(87)【国際公開日】2018-03-29
【審査請求日】2020-08-26
(31)【優先権主張番号】P 2016182562
(32)【優先日】2016-09-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】503360115
【氏名又は名称】国立研究開発法人科学技術振興機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】特許業務法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】今野 巧
(72)【発明者】
【氏名】山下 智史
【審査官】田中 晃洋
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/148336(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/125527(WO,A1)
【文献】特開2012-240939(JP,A)
【文献】特開昭63-019775(JP,A)
【文献】特開2016-138056(JP,A)
【文献】Raeeun Lee,Asako Igashira-Kamiyama,Mitsutaka Okumura,and Takumi Konno,Extraordinary Aggregration of Inorganic Anions,Bull.Chem.Soc.Jpn.,日本,2013年08月15日,Vol.86,No.8,908-920
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01C 7/04
C07C 323/58
H01G 4/06
H01L 41/09
H01L 41/193
C07F 1/12
C07F 9/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1a)
(M 1 l (M 2 m (X 1 n (X 2a o ・(X 3 p ・qH 2 O ・・・(1a)
(式中、M 1 は、10族及び11族から選ばれる元素を示し;
2 は、6族、9族及び13族から選ばれる元素を示し;
1 は、少なくとも2個のホスフィノ基を有する配位子を示し;
2a は、少なくとも1個のチオール基とカルボキシル基を有する配位子(ペニシラミンを除く)を示し:
3 は、アニオンを示し;
l及びmは、それぞれ2~6の数であって、合計が6~10になる数を示し;
nは1~2の数を示し;oは3~6の数を示し;p及びqは、それぞれ1~16の数を示す。)
で表される多核金属錯体を含有する誘電材料。
【請求項2】
1が、少なくとも2個のジアリールホスフィノ基を有する配位子である請求項1記載の誘電材料。
【請求項3】
2a が、チオール基とカルボキシル基以外に水素結合性官能基を有する配位子である請求項1又は2記載の誘電材料。
【請求項4】
請求項1~のいずれか1項記載の誘電材料を用いた温度計。
【請求項5】
請求項1~のいずれか1項記載の誘電材料を用いたサーミスタ。
【請求項6】
請求項1~のいずれか1項記載の誘電材料を用いたサーモスタットを含む、温度上昇で作動する装置保護回路。
【請求項7】
一般式(1a)
(M 1 l (M 2 m (X 1 n (X 2a o ・(X 3 p ・qH 2 O ・・・(1a)
(式中、M 1 は、10族及び11族から選ばれる元素を示し;
2 は、6族、9族及び13族から選ばれる元素を示し;
1 は、少なくとも2個のホスフィノ基を有する配位子を示し;
2a は、少なくとも1個のチオール基とカルボキシル基を有する配位子(ペニシラミンを除く)を示し:
3 は、アニオンを示し;
l及びmは、それぞれ2~6の数であって、合計が6~10になる数を示し;
nは1~2の数を示し;oは3~6の数を示し;p及びqは、それぞれ1~16の数を示す。)
を含有する電歪材料。
【請求項8】
1が、少なくとも2個のジアリールホスフィノ基を有する配位子である請求項記載の電歪材料。
【請求項9】
2a が、チオール基とカルボキシル基以外に水素結合性官能基を有する配位子である請求項7又は8記載の電歪材料。
【請求項10】
前記多核金属錯体が、電圧印加により等方的に収縮するものである請求項7~9のいずれか1項記載の電歪材料。
【請求項11】
請求項7~10のいずれか1項記載の電歪材料を有するアクチュエータ。
【請求項12】
一般式(1a)
(M1l(M2m(X1n(X2ao・(X3p・qH2O ・・・(1a)
(式中、M1は、10族及び11族から選ばれる元素を示し;
2は、6族、9族及び13族から選ばれる元素を示し;
1は、少なくとも2個のホスフィノ基を有する配位子を示し;
2aは、少なくとも1個のチオール基とカルボキシル基を有する配位子(ペニシラミンを除く)を示し:
3は、アニオンを示し;
l及びmは、それぞれ2~6の数であって、合計が6~10になる数を示し;
nは1~2の数を示し;oは3~6の数を示し;p及びqは、それぞれ1~16の数を示す。)
で表される多核金属錯体。
【請求項13】
1が、少なくとも2個のジアリールホスフィノ基を有する配位子である請求項12記載の多核金属錯体。
【請求項14】
2aが、チオール基とカルボキシル基以外に、水素結合性官能基を有する配位子である請求項12又は13記載の多核金属錯体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な誘電材料及び電歪材料に関する。
【背景技術】
【0002】
誘電体は、コンデンサ、半導体素子、光ファイバー等に広く応用されている。例えば、ペロブスカイト構造を有するチタン酸バリウムは、極めて高い比誘電率を有することからセラミック積層コンデンサの誘電材料として広く使用されている。
【0003】
また、温度の上昇に従って電気抵抗が低下するサーミスタとしては、温度の上昇とともにゆるやかに電気抵抗が低下するNTC(negative temperature coefficient)サーミスタ、及びある温度を超えると急激に抵抗が減少するCTR(critical temperature resistor)サーミスタがある。NTCサーミスタとしては、ニッケル、マンガン、鉄などの酸化物の焼結体が用いられる。CTRサーミスタとしては、バナジウムの酸化物に添加物を加えて焼結したものが用いられる。
しかしながら、NTCサーミスタは、温度の上昇に対して電気抵抗の減少がゆるやかであることから利用分野が限定されている。一方、現在用いられているCTRサーミスタは、初期電気抵抗値が十分に高くないものが一般的であり、種類も少ないため回路の抵抗値によっては動作せず、使用方法が限定的である。また、温度上昇に伴う電気抵抗率の変化は103倍程度であり、サーモスタット等の制御回路としての性能が低い等の問題がある。さらに、これらのサーミスタを温度計として使用する場合、NTCサーミスタは電気抵抗の減少が緩やかであることから精密な温度検出が十分にできず、CTRサーミスタはせまい温度領域で急激な抵抗変化をするため、ある特定の温度領域以外では温度計としての感度が著しく低下するという問題がある。
【0004】
また、誘電材料の一種である圧電材料は、電場を与えたときに歪みを生じる逆圧電型の電歪材料であり、電気-機械エネルギー変換のアクチュエータなどに広く使用されている。そのような電歪材料としては、例えば、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)等が使用されている(非特許文献1)。従来開発されてきた逆圧電型を含む典型的な電歪材料では、電圧印加方向と駆動方向が同方向であり、その他の方向に対して動作させるためにはギア等を組み込む必要があった。
【0005】
一方、本発明者は、全く新しい機能を有するイオン性固体を製造すべく種々検討し、[Au4Co2(dppe)2(D-pen)4](ClO4)2・qH2Oの創製に成功した。このイオン性固体は、自然界に存在するイオン性固体とは相違し、イオンが対になっているのではなく、イオン性クラスターを形成した非クーロンカにより固体になっている電荷分離型イオン性固体であることを見出した(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】機械工学雑誌,53/5/1987,p686-688
【文献】Bull. Chem. Soc. Jpn., 2013, 86, 908-920, CrystEngComm, 2012, 14, 1936-1938
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来の誘電材料や電歪材料は、初期電気抵抗値が高くない、電気抵抗の変化が小さい、電気抵抗が大きく変化する温度域が狭すぎる、機械的変化が小さい、動作方向に制限がある等の欠点があり、更に優れた誘電材料、電歪材料の開発が望まれている。
従って、本発明の課題は、新たな誘電材料及び電歪材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで本発明者は、機能についてはほとんど知られていない前述の電荷分離型イオン性固体の特性及び応用について種々検討したところ、100Kから450Kにかけて極めて大きな誘電率変化を示し、低温電気抵抗率が極めて高く、特に室温付近から400-450K程度にかけて電気抵抗率が1/100000以下に低下するという極めて優れた特性を有し、優れた誘電材料であることを見出した。さらに、このイオン性固体は、従来の電歪材料のように電圧印加により結晶の電圧印加方向が伸縮し、それに伴うポアソン効果により電圧印加方向に直交する方向だけが収縮するのではなく、電圧印加により結晶全体が等方的に収縮するという優れた電歪特性も有することも見出し、本発明を完成した。
【0009】
従って、本発明は、以下の〔1〕~〔21〕を提供するものである。
〔1〕金属元素と配位子からなる錯体カチオンが集積してカチオンクラスターを形成し、当該カチオンクラスターが最密充填構造に配列し、その空孔にアニオンが集積してアニオンクラスターが形成されている電荷分離型の非クーロン力支配型イオン性固体を含有する誘電材料。
〔2〕前記電荷分離型の非クーロン力支配型イオン性固体が、2種類の金属元素と2種類の配位子からなる多核の錯体カチオンが集積してカチオンクラスターを形成し、当該カチオンクラスターが面心立方体に配列し、その四面体孔に対アニオンである無機アニオンが集積してアニオンクラスターが形成されている電荷分離型の非クーロン力支配型イオン性固体である〔1〕記載の誘電材料。
〔3〕前記カチオンクラスターが、10族及び11族から選ばれる元素(M1)と、6族、9族及び13族から選ばれる元素(M2)とが2種の配位子(X1及びX2)を介して結合したM12六~十核錯体カチオンクラスターである〔1〕又は〔2〕記載の誘電材料。
〔4〕前記電荷分離型の非クーロン力支配型イオン性固体が、一般式(1)
(M1l(M2m(X1n(X2o(X3p・qH2O ・・・(1)
(式中、M1は、10族及び11族から選ばれる元素を示し;
2は、6族、9族及び13族から選ばれる元素を示し;
1は、少なくとも2個のホスフィノ基を有する配位子を示し;
2は、少なくとも1個のチオール基とカルボキシル基を有する配位子を示し;
3は、アニオンを示し;
l及びmは、それぞれ2~6の数であって、合計が6~10になる数を示し;
nは1~2の数を示し;oは2~6の数を示し;p及びqは、それぞれ1~16の数を示す。)
で表される電荷分離型の非クーロン力支配型イオン性固体である〔1〕~〔3〕のいずれかに記載の誘電材料。
〔5〕X1が、少なくとも2個のジアリールホスフィノ基を有する配位子である〔1〕~〔4〕のいずれかに記載の誘電材料。
〔6〕X2が、チオール基とカルボキシル基以外に水素結合性官能基を有する配位子である〔1〕~〔5〕のいずれかに記載の誘電材料。
〔7〕前記電荷分離型の非クーロン力支配型イオン性固体が、100Kから450Kの温度変化で電気抵抗値が1/100000以下に低下するものである〔1〕~〔6〕のいずれかに記載の誘電材料。
〔8〕〔1〕~〔7〕のいずれかに記載の誘電材料を用いた温度計。
〔9〕〔1〕~〔7〕のいずれかに記載の誘電材料を用いたサーミスタ。
〔10〕〔1〕~〔7〕のいずれかに記載の誘電材料を用いたサーモスタットを含む、温度上昇で作動する装置保護回路。
〔11〕金属元素と配位子からなる錯体カチオンが集積してカチオンクラスターを形成し、当該カチオンクラスターが最密充填構造に配列し、その空孔にアニオンが集積してアニオンクラスターが形成されている電荷分離型の非クーロン力支配型イオン性固体を含有する電歪材料。
〔12〕前記電荷分離型の非クーロン力支配型イオン性固体が、2種類の金属元素と2種類の配位子からなる多核の錯体カチオンが集積してカチオンクラスターを形成し、当該カチオンクラスターが面心立方体に配列し、その四面体孔に対アニオンである無機アニオンが集積してアニオンクラスターが形成されている電荷分離型の非クーロン力支配型イオン性固体である〔11〕記載の電歪材料。
〔13〕前記カチオンクラスターが、10族及び11族から選ばれる元素(M1)と、6族、9族及び13族から選ばれる元素(M2)とが2種の配位子(X1及びX2)を介して結合したM12六~十核錯体カチオンクラスターである〔11〕~〔12〕記載の電歪材料。
〔14〕前記電荷分離型の非クーロン力支配型イオン性固体が、一般式(1)
(M1l(M2m(X1n(X2o(X3p・qH2O ・・・(1)
(式中、M1は、10族及び11族から選ばれる元素を示し;
2は、6族、9族及び13族から選ばれる元素を示し;
1は、少なくとも2個のホスフィノ基を有する配位子を示し;
2は、少なくとも1個のチオール基とカルボキシル基を有する配位子を示し;
3は、アニオンを示し;
l及びmは、それぞれ2~6の数であって、合計が6~10になる数を示し;
nは1~2の数を示し;oは2~6の数を示し;p及びqは、それぞれ1~16の数を示す。)
で表される電荷分離型の非クーロン力支配型電荷分離型イオン性固体である〔11〕~〔13〕のいずれかに記載の電歪材料。
〔15〕X1が、少なくとも2個のジアリールホスフィノ基を有する配位子である〔11〕~〔14〕のいずれかに記載の電歪材料。
〔16〕X2が、チオール基とカルボキシル基以外に水素結合性官能基を有する配位子である〔11〕~〔15〕のいずれかに記載の電歪材料。
〔17〕前記電荷分離型の非クーロン力支配型イオン性固体が、電圧印加により等方的に収縮するものである〔11〕~〔16〕のいずれかに記載の電歪材料。
〔18〕〔11〕~〔17〕のいずれかに記載の電歪材料を有するアクチュエータ。
〔19〕一般式(1a)
(M1l(M2m(X1n(X2ao・(X3p・qH2O ・・・(1a)
(式中、M1は、10族及び11族から選ばれる元素を示し;
2は、6族、9族及び13族から選ばれる元素を示し;
1は、少なくとも2個のホスフィノ基を有する配位子を示し;
2aは、少なくとも1個のチオール基とカルボキシル基を有する配位子(ペニシラミンを除く)を示し:
3は、アニオンを示し;
l及びmは、それぞれ2~6の数であって、合計が6~10になる数を示し;
nは1~2の数を示し;oは3~6の数を示し;p及びqは、それぞれ1~16の数を示す。)
で表される多核金属錯体。
〔20〕X1が、少なくとも2個のジアリールホスフィノ基を有する配位子である〔19〕記載の多核金属錯体。
〔21〕X2aが、チオール基とカルボキシル基以外に、水素結合性官能基を有する配位子である〔19〕又は〔20〕記載の多核金属錯体。
【発明の効果】
【0010】
本発明の誘電材料又は電歪材料に用いられる電荷分離型イオン性固体は、100Kから450Kにかけて大きな誘電率変化を示し、誘電材料として有用であり、誘電率変化に対応して100Kにおける抵抗率R(100K)に比して450Kにおける電気抵抗率R(450K)の比R(450K)/R(100)Kが1/105以下であるという大きな電気抵抗変化特性を有し、サーモスタットを含む温度上昇で作動する装置保護回路やCTRサーミスタ、温度計などに応用できる。
また、前記の電荷分離型イオン性固体は、従来のチタン酸ジルコン酸鉛等とは全く異なり、電圧印加により結晶全体が等方的に収縮するという特性を有し、新たな電歪材料として有用であり、アクチュエータ等に応用できる。
また、一般式(1a)で表される電荷分離型イオン性固体は、新規化合物である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】実施例1の反応を示す図である。
図2】実施例1で得られた電荷分離型イオン性固体の結晶構造を示す図である。
図3】電荷分離型イオン性固体の誘電率の変化を示す図である。
図4】電荷分離型イオン性固体の誘電損失成分の変化を示す図である。
図5】電荷分離型イオン性固体の交流インピーダンスの温度依存性を示す図である。
図6】電荷分離型イオン性固体のI-V特性を示す図である。
図7】電荷分離型イオン性固体のI-V特性を示す図である。
図8】電荷分離型イオン性固体のI-V特性を示す図である。
図9】電荷分離型イオン性固体のI-V特性を示す図である。
図10】電荷分離型イオン性固体のI-V特性を示す図である。
図11】電荷分離型イオン性固体の電圧印加による結晶の収縮を示す図である。
図12】電荷分離型イオン性固体の結晶の全方位収縮を示す図である。
図13】電歪物質の設計装置の例を示す図である。
図14】電歪物質の電極位置の例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の誘電材料又は電歪材料に用いられる成分は、金属元素と配位子からなる錯体カチオンが集積してカチオンクラスターを形成し、当該カチオンクラスターが最密充填構造に配列し、その空孔にアニオンが集積してアニオンクラスターが形成されている電荷分離型の非クーロン力支配型イオン性固体である。以下、これを電荷分離型イオン性固体と記載する場合がある。
【0013】
従来知られているイオン性固体は、カチオンとアニオンがクーロン力によって直接、近距離で隣接して引き合うことで対になって結合して形成されていることからいわゆるクーロンカ支配型の固体と言えるが、本発明の電荷分離型イオン性固体はカチオン部分とアニオン部分がそれぞれカチオンクラスターとアニオンクラスターを形成しており、正負の電荷が互いに隔てられて分離し、主として非クーロンカによって固体が形成されるイオン性固体である。
【0014】
前記カチオンクラスターは、金属元素と配位子からなる錯体カチオンが集積して形成されている。錯体カチオンは、2種類の金属元素と2種類の配位子からなる多核の有機錯体化合物から得られる。本発明の有機錯体化合物は、金属元素の種類と配位子を変えることで多核の有機錯体化合物の会合状態を変化させることができる。さらに、後述するアニオンを選択した場合において、本発明の錯体カチオンを生成することができる。本発明の錯体カチオンは、集積してカチオンクラスターを形成し、結晶構造においてはカチオンクラスターは最密充填構造に配列する。アニオンはアニオンクラスターを形成し、アニオンクラスターは空孔に集積する。これにより本発明で用いられる電荷分離型イオン性固体を製造することができる。
より好ましいカチオンクラスターは、2個の10族及び11族元素から選ばれる元素(M1)と、2個の6族、9族及び13族から選ばれる元素(M2)とが、2種の配位子(X1及びX2)を介して結合したM12六~十核錯体カチオンクラスターである。ここで、X1は少なくとも2個のホスフィノ基を有する配位子が好ましい。X2は、少なくとも1個のチオール基とカルボキシル基を有する配位子が好ましい。
【0015】
12六~十核錯体の例としては、一般式(A)
(M1l(M2m(X1n(X2o・・・(A)
(式中、M1は、10族及び11族から選ばれる元素を示し;
2は、6族、9族及び13族から選ばれる元素を示し;
1は、少なくとも2個のホスフィノ基を有する配位子を示し;
2は、少なくとも1個のチオール基とカルボキシル基を有する配位子を示し;
l及びmは、それぞれ2~6の数であって、合計が6~10になる数を示し;
nは1~2の数を示し;oは2~6の数を示す。)
で表される錯体が挙げられる。
【0016】
また、電荷分離型イオン性固体中において、前記のカチオンクラスターは、最密充填構造に配列しており、好ましくは面心立方体に配列している。
【0017】
前記電荷分離型イオン性固体において、アニオンクラスターは、カチオンクラスターが最密充填構造に配列することにより形成された空孔に、対アニオンが集積して形成されている。このアニオンとしては、無機アニオンが好ましい。アニオンクラスターは、カチオンクラスターが面心立方体に配列し、その四面体孔に、無機アニオンが集積して形成されているのが好ましい。
【0018】
本発明電荷分離型イオン性固体中のM12六~十核錯体カチオンクラスターの一例([Au4Co2(dppe)2(d-pen)4]2+:実施例1)の分子構造、及びこのカチオンクラスターが面心立方体構造を形成している状態を図1に示す。M12六~十核錯体カチオンクラスターが面心立方体を形成していることがわかる。アニオンクラスターは、この八面体孔に含まれる。
【0019】
本発明に用いられる電荷分離型イオン性固体の好ましい例としては、下記一般式(1)
(M1l(M2m(X1n(X2o(X3p・qH2O ・・・(1)
(式中、M1は、10族及び11族から選ばれる元素を示し;
2は、6族、9族及び13族から選ばれる元素を示し;
1は、少なくとも2個のホスフィノ基を有する配位子を示し;
2は、少なくとも1個のチオール基とカルボキシル基を有する配位子を示し;
3は、アニオンを示し;
l及びmは、それぞれ2~6の数であって、合計が6~10になる数を示し;
nは1~2の数を示し;oは2~6の数を示し;p及びqは、それぞれ1~16の数を示す。)
で表される電荷分離型の非クーロン力支配型イオン性固体が挙げられる。
【0020】
1は、10族及び11族から選ばれる元素を示す。M1の具体例としては、Au、Ag、Cu、Pt、Pd、Niが挙げられるが、このうちAu、Ag、Cuが好ましく、Au、Agがより好ましく、Auがさらに好ましい。
【0021】
2は、6族、9族及び13族から選ばれる元素を示す。M2の具体例としては、Co、Rh、Ir、Cr、Mo、W、B、Al、Ga、In、Tlが挙げられるが、このうちCo、Cr、Ga、Inが好ましく、Co、Crがより好ましく、Coがさらに好ましい。
【0022】
1は、少なくとも2個のホスフィノ基を有する配位子を示す。このようなホスフィノ基含有配位子としては、ジフェニルホスフィノ基に代表されるジアリールホスフィノ基を2~4個有する配位子が挙げられる。X1で示される配位子の例としては、次の態様が挙げられる。
【0023】
【化1】
【0024】
(式中、Ar1~Ar8は、同一又は異なってアリール基を示し、A1は炭素数1~10の直鎖又は分岐鎖のアルキレン又はアルケニレン基、炭素数6~24のアリーレン基、炭素数2~10のアルキレンアミノアルキレン基、炭素数2~10のアルキレンオキシアルキレン基又は炭素数2~10のアルキレンチオアルキレン基を示す。)
【0025】
Ar1~Ar8で示されるアリール基としては、炭素数6~24のアリール基が挙げられ、フェニル基、アルキル置換フェニル基、ナフチル基等が挙げられる。A1で示される炭素数6~24のアリーレン基としては、ビスフェニレン、ビスナフチレン等が挙げられる。炭素数1~10のアルキレン又はアルケニレン基としては、メチレン基、エチレン基、プロピレン基、トリメチレン基、ブチレン基、テトラメチレン基、ペンタメチレン基、ヘキサメチレン基、ビニレン基等が挙げられる。炭素数2~10のアルキレンアミノアルキレン基としては、-CH2-N(CH3)-CH2-、-(CH2)2-N(CH3)-(CH2)2-、-(CH2)3-N(CH3)-(CH2)2-等が挙げられる。炭素数2~10のアルキレンオキシアルキレン基、アルキレンチオアルキレン基としては、-CH2OCH2-、-CH2SCH2-、-(CH2)2O(CH2)2-、-(CH2)2S(CH2)2-等が挙げられる。
【0026】
1で示される配位子の具体例としては、次の化合物が挙げられる。
【0027】
【化2】
【0028】
2は、少なくとも1個のチオール基とカルボキシル基を有する配位子を示す。X2で示される配位子は、チオール基とカルボキシル基とを有する有機化合物であればよいが、さらに水素結合性官能基を有するのが好ましい。ここで、チオール基とカルボキシル基以外の水素結合性官能基としては、アミノ基、ヒドロキシ基、ホルミル基、アルキルアミノ基等が挙げられる。
2で示される配位子としては、炭素数2~18のチオール基含有カルボン酸、炭素数2~18のチオール基含有アミノ酸、炭素数2~18のチオール基含有ヒドロキシ酸が挙げられる。具体例としては、システイン、ペニシラミン(D-pen)、N-メチルシステイン、N-メチルペニシラミン、N,N’-エチレンビスシステイン、N,N’-エチレンビスペニシラミン(D-epen)等が挙げられる。
【0029】
3はアニオンを示す。アニオンとしては、特に限定されないが、ハロゲンイオン、N3 -、NO3 -、ClO4 -、BF4 -、SIF6 2-、SO4 2-、PF-及びIO3 -から選ばれる1種又は2種以上が挙げられる。
【0030】
l及びmは、それぞれ2~6の数であって、合計が6~10になる数を示す。例えばl=2、m=4である。
【0031】
nは1~2の数を示し、oは2~6の数を示し、p及びqはそれぞれ1~16の数を示す。
【0032】
一般式(1)で表される電荷分離型イオン性固体の好ましい例としては、Au2Co4(X1)n(X2)o(X3)p・qH2O、Au2Cr4(X1)n(X2)o(X3)p・qH2O、Au2Ga4(X1)n(X2)o(X3)p・qH2O、Au2In4(X1)n(X2)o(X3)p・qH2O等が挙げられる。
【0033】
本発明に用いられる電荷分離型イオン性固体は、例えばX1配位子にM1ハロゲン化物を反応させ、次にX2配位子を反応させた後、M2ハロゲン化物等を反応させることにより得られる。
1配位子とM1ハロゲン化物との反応は、例えばアルコール類あるいはハロゲン系溶媒中の撹拌操作により行うことができる。次に得られた化合物とX2配位子との反応は、塩基存在下でのアルコール/水混合溶媒中の撹拌操作により行うことができる。さらに、得られた化合物とM2ハロゲン化物等との反応は、塩基存在下でのアルコール/水混合溶媒中の撹拌操作により行うことができる。
【0034】
本発明に用いられる電荷分離型イオン性固体は、非特許文献2に記載のように、自然界に存在するイオン性固体とは相違し、イオンが対になっているのではなく、イオン性クラスターを形成した非クーロンカにより固体になっている電荷分離型イオン性固体である。しかし、この電荷分離型イオン性固体が優れた誘電率変化特性を有すること、電歪特性を有することは全く知られていない。本発明者は、今般電荷分離型イオン性固体が、誘電材料として有用であり、誘電率変化に対応して100Kにおける電気抵抗率R(100K)に比して450Kにおける電気抵抗率R(450K)の比R(450K)/R(100K)が1/105以下であるという大きな電気抵抗変化特性を有し、サーモスタットを含む温度上昇で作動する装置保護回路や温度計、サーミスタなどに応用できることを見出した。
【0035】
また、この電荷分離型イオン性固体は、従来のチタン酸ジルコニウム鉛等とは全く異なり、電圧印加により結晶全体が等方的に収縮するという特性を有し、電圧印加方向とは異なる方向に動作可能であり、新たな電歪材料として有用であり、アクチュエータ等に応用できることを見出した。
【0036】
一般式(1)で表される電荷分離型イオン性固体のうち、一般式(1a)で表される電荷分離型イオン性固体は、非特許文献2に記載のない新規物質である。
【0037】
(M1l(M2m(X1n(X2o(X3p・qH2O ・・・(1a)
(式中、M1は、10族及び11族から選ばれる元素を示し;
2は、6族、9族及び13族から選ばれる元素を示し;
1は、少なくとも2個のホスフィノ基を有する配位子を示し;
2は、少なくとも1個のチオール基とカルボキシル基を有する配位子(ペニシラミンを除く)を示し;
3は、アニオンを示し;
l及びmは、それぞれ2~6の数であって、合計が6~10になる数を示し;
nは1~2の数を示し;oは3~6の数を示し;p及びqは、それぞれ1~16の数を示す。)
【0038】
一般式(1a)においてもM1、M2、X1、X2a、X3、l、m、n、o、p、qは、前記一般式(1)の場合と同様である。これらの元素、配位子の好ましい範囲も、前記一般式(1)の場合と同様である。
【0039】
本発明に用いられる電荷分離型イオン性固体は、100Kから450Kにかけて大きな誘電率変化、ε=2からε=数万程度の誘電率変化を示す。また、誘電率変化に対応して、0.7mm×0.7mm×0.5mmの大きさ程度の単結晶の交流抵抗(交流インピーダンス)も、数T(1012)Ωから10M(107)Ωオーダーへと温度上昇とともに大きく変化するという特性を有する。特に、250Kから450Kの温度変化で250Kにおけるインピーダンス値Z(250K)に比して450Kにおけるインピーダンス値Z(450K)の比Z(450K)/Z(250K)が105分の1以下に、特に交流インピーダンスの低周波極限に対応する直流抵抗に関しては電気抵抗率が106~108分の1に変化するという特性は、交流インピーダンスの温度変化という観点において既存の誘電材料に比べて特に優れている。また、電荷分離型イオン性固体は、CTRサーミスタとして動作させる際などの初期の抵抗率である低温電気抵抗率が極めて高い点においても既存の誘電材料に比べて優れている。
【0040】
本発明に用いられる電荷分離型イオン性固体は、カチオンが作る結晶格子中に、水分子(2~16個)を含むアニオンクラスターが存在する。このクラスター中のアニオンと水分子が、格子振動と連動して、電場により結晶中で変位、配向変化することにより、温度変化に依存した誘電率の大きな変化を示すと考えられる。
【0041】
電荷分離型イオン性固体を用いた温度センサー、サーモスタットとしては、電荷分離型イオン性固体(1)を誘電体・抵抗体又はCTRサーミスタとする温度計、サーモスタットが挙げられる。すなわち、電荷分離型イオン性固体では、図5に示した断面積0.7mm×0.7mm厚み0.5mmの結晶の抵抗値から計算されるように0.1Hz(1V/mm)の交流インピーダンスの値や実効抵抗率は室温で1015Ω/m程度であるが(0.01Hz,100V/mmでは1016-18Ω/m程度)、450Kでは1010Ω/m程度まで急激に減少する。この変化は温度に対して連続的であり、相転移挙動では説明できない状態であり、様々な温度に対応できることを示している。また、急激に抵抗率が減少する特性を有することから、CTRサーミスタとして有用であるが、低温や室温付近での抵抗率が非常に高いため、回路の電気抵抗値を高くして、省エネルギー化を目指した回路に対しても用いることができる。
また、前記の電気抵抗率の温度変化は、そのまま室温付近を含めた広い温度範囲に適用出来る超高感度温度計として利用することができ、また、高い再現性を有していることから、電子機器の管理等における超高抵抗・高感度温度計としても利用できる。
【0042】
電荷分離型イオン性固体を用いたサーモスタットを含む、温度上昇で作動する装置保護回路としては、例えば電荷分離型イオン性固体を用いた回路を用いれば、25℃以下では抵抗率が1015Ω/m以上となり、100℃以上では抵抗値が1010Ω/m以下となるように調整することができ、装置を温度変化から保護することができる。
【0043】
電荷分離型イオン性固体は、100v/mm程度の電圧印加により、結晶全体が等方的に収縮する。その収縮率は、0.07%にも達する。この電歪特性は、広く使用されているチタン酸ジルコン酸鉛(PbZr(TiO4))の収縮率0.02~0.04%に比べて極めて大きな収縮率である。また、既存の電歪材料は、電場印加方向に伸長し、電場直交方向はポアソン効果により僅かに収縮するのに対し、本発明の電歪材料は電場を印加すると全ての方向が等方的に収縮するという特性を有する。このような、全方向に等方的に収縮するという特性は、電極や配線を自由な方向に取れるため、装置設計上、有利となる(例として図13図14)。また、体積収縮という特性は他の誘電材料には無い特性であるため、アクチュエータ等を介さずに動作方向を設定出来るという特性を持っている。これらの特性は、ピエゾ素子等に代表されるような電気駆動型の伸縮素子の応用範囲を広げることが可能であり、装置設計や小型化を後押しする技術となる。
本発明に用いられる電荷分離型イオン性固体は、等方的な立方晶格子をもつ結晶である。この結晶中では、陽イオンが面心立方配列を取り、その空孔に水分子(2~16個)を含む陰イオンクラスターが存在する。このクラスター中の陰イオンと水分子が電場に応答して変位、配向変化をすることにより、等方的な体積収縮を起こすと考えられる。
【0044】
電荷分離型イオン性固体を用いたアクチュエータは、電荷分離型イオン性固体を電圧印加により収縮する電歪材料として利用したアクチュエータである。具体的には、モノモルフ、バイモルフ、積層型等の形態とすることができ、原子間力顕微鏡(AFM)などの駆動素子等として利用することができる。
【実施例
【0045】
次に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明は何らこれに限定されるものではない。
【0046】
実施例1(Au4Co2(dppe)2(D-pen)4(ClO42・qH2Oの合成)
(1)(合成)
1 gの[(AuCl)2(dppe)]を120 mLのエタノールに懸濁させ、これに0.36 gのD-ペニシラミン(D-pen)を24 mLの0.1 M KOH水溶液に溶解させたものを添加し、2時間室温で撹拌すると、無色溶液が得られた。この溶液を濃縮乾固し、残渣をエタノール/水(1:1)混合溶媒に溶かして数日自然濃縮することにより、無色結晶として[Au2(dppe)(D-pen)2]・8H2Oを得た。単離収率は80%であった。
次に、50 mgの[Au2(dppe)(D-pen)2]・8H2Oを6 mLのエタノール/水(1:1)混合溶媒に溶かし、10 mgの酢酸コバルト(II)と100 mgの酸化鉛(IV)を添加した後、2時間水中で撹拌した。得られた反応混合物から未反応の酸化鉛(IV)をろ別し、ろ液に対して1.2 mLの0.1 M過塩素酸ナトリウム水溶液を添加して室温で数日自然濃縮すると、紫色結晶として、目的物質を得た(図1)。単離収率は92%であった。
【0047】
(2)結晶構造解析
(1)の良質単結晶に対して、リガク社製のR-AXIS-RAPIDにより単結晶X線回折を実施した。結晶中、D-pen配位子の硫黄原子が金イオンに連結した[Au(D-pen)]-ユニット2つがジホスフィン配位子dppeに架橋された構造をもつ金二核錯体ユニット([Au2(dppe)(D-pen)2]2-)が形成されており、さらにこの金二核錯体ユニット2つが、D-pen部位を用いて2つの八面体型コバルト(III)イオンに架橋し、Au4Co2六核錯体カチオン([Au4Co2(dppe)2(D-pen)4]2+)を形成していた。この六核錯体カチオンは、分子間のNH---O水素結合とCH---π相互作用により六量体を形成していた(図2)。このカチオンの六量体は、中心部に1つの過塩素酸イオンを包摂していた。さらに、このカチオンの六量体は面心立方格子構造に配列しており、四面体孔に10個の過塩素酸イオンが集積したアニオンクラスターを、八面体孔に1個の過塩素酸イオンをそれぞれ含んでいることが確認された。アニオンクラスター内部あるいは結晶中にあるその他の空間は水分子で満たされていた。
【0048】
実施例2
Au4Co2(dppe)2(D-pen)4の各種アニオン付加体の合成
実施例1において、過塩素酸ナトリウム水溶液に代えて、各種アニオンのナトリウム塩水溶液を用いて次の電荷分離型イオン性固体を合成した。
Au4Co2(dppe)2(D-pen)4Cl2・qH2O
Au4Co2(dppe)2(D-pen)4Br2・qH2O
Au4Co2(dppe)2(D-pen)4(N3)2・qH2O
Au4Co2(dppe)2(D-pen)4(NO3)2・qH2O
Au4Co2(dppe)2(D-pen)4(ClO4)2・qH2O
Au4Co2(dppe)2(D-pen)4(BF4)2・qH2O
Au4Co2(dppe)2(D-pen)4(SiF6)・qH2O
Au4Co2(dppe)2(D-pen)4(SO4)・qH2O
Au4Co2(dppe)2(D-pen)4(Br)(PF6)・qH2O
Au4Co2(dppe)2(D-pen)4(Br)(NO3)・qH2O
Au4Co2(dppe)2(D-pen)4(Br)(BF4)・qH2O
Au4Co2(dppe)2(D-pen)4(I)(IO3)・qH2O
【0049】
実施例3
実施例1において、CoをCr又はGaに代えて、次の電荷分離型イオン性固体を合成した。
Au4Cr2(dppe)2(D-pen)4(NO3)2・qH2O
Au4Ga2(dppe)2(D-pen)4(NO3)2・qH2O
【0050】
実施例4
実施例1において、1,2-ビス(ジフェニルホスフィノ)エタン(dppe)に代えて、次の化合物を用いて、電荷分離型イオン性固体を合成した。
【0051】
【化3】
【0052】
実施例5
実施例1において、D-ペニシラミン(D-pen)をN,N’-エチレンビスペニシラミン(D-epen)に代えて電荷分離型イオン性固体を合成した。
【0053】
実施例6
実施例5と同様に、次の化合物を用いて電荷分離型イオン性固体を合成した。
【0054】
【化4】
【0055】
実施例1及び実施例5で合成したイオン性固体の分子構造を示す数値を表1に示す。
【0056】
【表1】
【0057】
表1より、本発明に用いられる電荷分離型イオン性固体(M12六~十核錯体)のカチオンクラスターのサイズは30Å~35Åであり、カチオンの集積数は6であり、カチオンの構成原子数は182~190であり、カチオンクラスターの構成原子数は1092~1140であり、アニオンクラスターのサイズは10Å~15Åであり、アニオンの集積数は6~10であり、アニオンの構成原子数は1~5であり、アニオンクラスターの構成原子数は6~50であることが判明した。また、総原子数密度(水を除く)は、8×1022~9×1022個/cm3であった。
なお、カチオンクラスターおよびアニオンクラスターのサイズは、おのおののクラスターにおいて最も遠いもの同士の距離を測定した。また、カチオンの集積数は錯体カチオンの金属の集積数を表し、アニオンの集積数はアニオンそのものの集積数を表す。
【0058】
実施例7
(1)誘電率・交流インピーダンスの変化
(方法)
断面積0.7mm×0.7mm厚み0.5mm程度の電荷分離型イオン性固体の単結晶上にグラファイトペーストによって電極を形成し金線を同じくグラファイトペーストによって接着させた後にH2Oの脱離を低減することを目的とした樹脂による厚み約0.2mmのコーティングを施し、一般式(1)に含まれ、[Au4Co2(dppe)2(D-pen)4]とアニオンで形成される電荷分離型イオン性固体の単結晶の誘電率およびインピーダンス特性をSolartoron社製Solartoron1260および1296を用いた交流インピーダンス測定によって調べた。測定に使用したプローブは、IWATANI社製の無冷媒型冷凍機に組み込み、100Kから450Kの温度範囲において、100Hzから0.1Hzまでの周波数の周期電圧を用いて、誘電率およびインピーダンス特性の温度依存性および周波数特性を調べた。
【0059】
(結果)
結果を図3~5に示す。図3は、本発明の電荷分離型イオン性固体の誘電率特性を代表する化合物としての[Au4Co2(dppe)2(D-pen)4](Cl)2・qH2Oの誘電率の温度依存性である。100Kにおける誘電率は、ガラスと同程度の1.7程度であり周波数依存性もほとんどみられないが、320K以上の温度領域において主として100Hz以下の誘電率ε’が急激に上昇し、450K、0.1Hzにおいては70100にまで上昇することを確認した。
また、図4は、本発明の電荷分離型イオン性固体の誘電率特性を代表する化合物としての[Au4Co2(dppe)2(D-pen)4](Cl)2・qH2Oの誘電損失の温度依存性である。直流電気抵抗値に反比例する誘電損失は、100Kにおいては小さい値であるが、320K以上の温度領域において急上昇することを確認した。
温度と抵抗値の対応から温度測定を行う抵抗型温度計の感度は、検出系の精度の高さと抵抗値の温度依存性の大きさによって決定される。また、温度上昇により抵抗値が急激に減少するCTRサーミスタの特性は、温度上昇に伴う抵抗値の減少度合いが高い方が好ましい。本発明の電荷分離型イオン性固体の温度計やCTRサーミスタとしての動作について説明するため、図5に誘電率特性を代表する化合物としての[Au4Co2(dppe)2(D-pen)4](Cl)2・qH2Oの各周波数における交流インピーダンスの温度依存性を示した。0.1Hz(1V/mm)の交流インピーダンスは、1012Ω程度以上であるが、450Kでは107Ω程度まで連続的かつ急激に減少することを確認した。また、10~100Hzにおいても、100Kから450Kへの温度変化で1/103~1/104に連続的に交流インピーダンスが低下することを確認した。本発明の物質の温度変化による抵抗値の変化の連続性と大きさは高感度な抵抗型温度計として使用する場合に十分な性能である。また、抵抗変化率は温度差の範囲を典型的なバナジウム系のCTRサーミスタの作動温度範囲である50Kに限ってもCTRサーミスタとして使用出来る大きさである。
【0060】
(2)I-V特性
(方法)断面積0.7mm×0.7mm厚み0.5mmの電荷分離型イオン性固体の単結晶上に実施例6に記載の方法で配線を施した一般式(1)に含まれ、[Au4Co2(dppe)2(D-pen)4]とアニオンで形成される電荷分離型イオン性固体の単結晶のI-V特性を東陽テクニカ社製FCE測定装置を用いて0.1Hzから100Hzの周期で電圧をスイープしながら測定した。
【0061】
(結果)
図6に420Kにおいて±100Vの電圧を0.1Hzの周期でスイープしながら測定したI-V特性を示す。図6に代表されるように0.1Hzから100Hzの範囲で±100V以下の電圧スイープでは、常にオームの法則に従ったI-V特性が得られた。図7には380Kにおいて、±300Vの電圧を1Hzの周期でスイープしながら測定したI-V特性を示す。高温・低周波・高電圧領域では、I-V特性に従わない挙動が見られることもあったが、1Hz以上かつ±300V以下の電圧スイープにおいては、オームの法則に従った挙動が見られた。図5に示した本発明のインピーダンス特性の温度依存性および周波数特性と併せて、家庭用電源の交流100V、60Hz、50Hzの条件においても抵抗型温度計としての使用が可能である。また、大きな電気抵抗率の変化が幅広い温度領域において生じ、温度計としての感度が最大となる直流駆働による使用も問題とならない。
【0062】
実施例8
(1)電歪特性(I-V特性から)
(方法)
断面積1mm×1mm厚み0.8mm程度の電荷分離型イオン性固体の単結晶上にグラファイトペーストによって電極を形成し、金線を同じくグラファイトペーストによって接着させた後にH2Oの脱離を低減することを目的とした樹脂による厚み約0.2mmのコーティングを施し、一般式(1)に含まれ、[Au4Co2(dppe)2(D-pen)4]とアニオンで形成される電荷分離型イオン性固体の単結晶のI-V特性を東陽テクニカ社製FCE測定装置を用いて測定した。測定プローブに取り付けたヒーターと温度計により温度コントロールを行い300K,380K,420Kにおいて、等電圧スイープ速度で電圧を25秒間の間に0Vから400Vへ上昇させ、次の50秒間の間に400Vから-400Vへ変化させ、25秒間の間に-400Vから0Vへと電圧を変化させ、その間電流値Iを測定することによりI-V特性カーブを測定した。以下において、このような電圧変化を10mHzでの電圧スイープと記述する。
【0063】
(結果)
結果を図8図10に示す。
図8は、本発明の電荷分離型イオン性固体の誘電特性を代表する化合物としての[Au4Co2(dppe)2(D-pen)4](NO3)2・qH2Oの300K,380Kおよび420Kにおける10mHzでの電圧スイープによるI-V特性である。300KのI-V特性は、380K,420Kに比べてIが低い、すなわち高抵抗であり、また、拡大してもオームの法則に従う挙動しか観測されなかった。一方、380Kでは、Iの値が高い、すなわち低抵抗でありダブルヒステリシス挙動が観測され、420Kでは、ダブルヒステリシス挙動がより明確となった。I-V特性においては、オームの法則に従う電流値I特性は、実電荷の移動に該当する実電流と理解され、この実電流の仮定に対して、電圧スイープに対して正負に振動する電流値I特性は分極によって生じる分極電流と理解される。図中の線で示した仮想実電流値との差を求めることにより得られた分極電流の電圧依存性(図8右側図)は、電流値Iが0である点を中心としたダブルヒステリシス構造を示したことより、I-V特性におけるヒステリシス構造は誘電特性に由来するものであり、本物質が電圧印加によって大きく歪む電歪現象を示す可能性を示唆している。
【0064】
また図9及び図10は、それぞれ、本発明の電荷分離型イオン性固体の誘電特性を代表する化合物としての[Au4Co2(dppe)2(D-pen)4](Cl)2・qH2Oの300K,380K,420Kにおける10mHzでの電圧スイープにおけるI-V特性および420Kにおける[Au4Co2(dppe)2(D-pen)4](Cl)2・qH2Oと[Au4Co2(dppe)2(D-pen)4](NO3)2・qH2Oの比較である。図9に示した[Au4Co2(dppe)2(D-pen)4](Cl)2・qH2OのI-V特性においても380Kおよび420Kにおいてダブルヒステリシスは観測された。図10に示した420Kにおける[Au4Co2(dppe)2(D-pen)4](Cl)2・qH2Oと[Au4Co2(dppe)2(D-pen)4](NO3)2・qH2Oの比較では、誘電特性、インピーダンス特性と同じく前者の物質のI値が高いすなわち電気抵抗値が低い結果を得られたが、定性的には両者のI-V特性は一致していることを確認した。
【0065】
(2)電歪特性(原子間力顕微鏡・共焦点顕微鏡から)
(方法)
本発明の電荷分離型イオン性固体の誘電特性を代表する化合物としての[Au4Co2(dppe)2(D-pen)4](Cl)2・qH2Oの電圧印加による歪みを測定するため、グラファイトペーストによって断面積1mm×1mm厚み1mm程度の本物質の単結晶上に電極を形成し金線を同じくグラファイトペーストによって接着させた後にH2Oの脱離を低減することを目的とした厚み0.2mm程度の樹脂によるコーティングを施し、電圧印加および加熱を行えるように加工した試料に原子間力顕微鏡(AFM)の探針をあて変位を測定しながら最大320Vの電圧スイープを10mHzの周波数で行った。また、断面積1mm×1mm厚み1mm程度の本物質の単結晶の形状において対面した最も大きな単結晶試料の面のうち、片側をITO皮膜を施したガラス板にグラファイトペーストを用いて接着し、反対側をグラファイトペーストによって本物質の単結晶上に電極を形成し金線を同じくグラファイトペーストによって接着させた後にH2Oの脱離を低減することを目的とした樹脂によるコーティングを施し電圧印加および加熱を行えるように加工した試料を共焦点型顕微鏡により観察しながら、電圧を印加した。
【0066】
(結果)
結果を図11及び図12に示す。
図11は、本発明の電荷分離型イオン性固体の電歪特性を代表する化合物としての[Au4Co2(dppe)2(D-pen)4](Cl)2・qH2Oに対して420Kにおいて最大320Vを10mHzでの電圧スイープを行った際のAFM探針の変位量である。AFM探針の変位は負の値を示し、最大値と最小値の差は0.7μmとなった。結晶における電極間の厚みは1mmであったことから収縮率に換算すると0.07%となり、代表的な誘電材料であり広く使用されているチタン酸ジルコン酸鉛(PbZr(TiO4))の収縮率0.02~0.04%に比べて極めて大きな変化であり、また変化方向も逆である。
【0067】
図12は、本発明の電荷分離型イオン性固体の電歪特性を代表する化合物としての[Au4Co2(dppe)2(D-pen)4](Cl)2・qH2Oに対して420Kにおいて、電圧を印加しながら共焦点顕微鏡によって観測した結晶の状態である。図中の赤線上の結晶の高さを下図に示している。本測定では、結晶の高さ方向が電圧の印加方向に該当するが、高さ方向ならびに直行する面方向の両方向に関して収縮が観測された。これは、本物質が電圧印加によって全方向に対して等方的に収縮していることを示し、既存の電圧の2乗に比例して電圧印加方向に延びる電歪現象とは異なった挙動であることを意味しており、本物質が既存の物質とは異なった電歪材料として振る舞っていることを示す代表的な観測結果である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14