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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-29
(45)【発行日】2022-12-07
(54)【発明の名称】オリゴペプチドを含む培地
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/07 20100101AFI20221130BHJP
   C12N 5/071 20100101ALI20221130BHJP
   C12N 5/074 20100101ALI20221130BHJP
   C12N 5/077 20100101ALI20221130BHJP
   C12N 5/0793 20100101ALI20221130BHJP
   C12N 5/12 20060101ALI20221130BHJP
   C12P 21/00 20060101ALI20221130BHJP
   C12P 19/04 20060101ALI20221130BHJP
   C12P 21/08 20060101ALI20221130BHJP
   C12N 7/00 20060101ALI20221130BHJP
   C12N 9/00 20060101ALI20221130BHJP
   C07K 5/068 20060101ALN20221130BHJP
【FI】
C12N5/07
C12N5/071
C12N5/074
C12N5/077
C12N5/0793
C12N5/12
C12P21/00 Z
C12P19/04 Z
C12P21/08
C12P21/00 H
C12P21/00 K
C12N7/00
C12N9/00
C07K5/068
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2019548003
(86)(22)【出願日】2018-03-02
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2020-03-26
(86)【国際出願番号】 EP2018055179
(87)【国際公開番号】W WO2018162346
(87)【国際公開日】2018-09-13
【審査請求日】2020-12-17
(31)【優先権主張番号】17160053.9
(32)【優先日】2017-03-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】519414848
【氏名又は名称】エボニック オペレーションズ ゲーエムベーハー
(74)【代理人】
【識別番号】110002538
【氏名又は名称】弁理士法人あしたば国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ギュンター クナウプ
(72)【発明者】
【氏名】フリードヘルム メルツ
(72)【発明者】
【氏名】クリスティアン ケスラー
【審査官】小金井 悟
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/017925(WO,A1)
【文献】国際公開第2012/019160(WO,A1)
【文献】特開2012-239432(JP,A)
【文献】国際公開第2016/156476(WO,A1)
【文献】Adv. Gerontol.,2014年,Vol.27, No.3,pp.484-487
【文献】AMB Express.,2016年,Vol.6,No.48,pp.1-12
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00- 7/08
JSTPlus/JMEDPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
2アミノ酸長の少なくとも1つのジペプチドを含み、前記アミノ酸は天然アミノ酸であり、前記アミノ酸の1つはリシン(Lys)であり、さらに1つのアミノ酸は、グリシン(Gly)およびグルタミン酸(Glu)を含まず、
前記ジペプチドは、Lys-Xxxであり、
Xxxは、Cyss、Leu、Tyr、ValおよびIleから選択され、
前記ジペプチドは、0.1~10mMの量で存在する、
哺乳動物細胞培地。
【請求項2】
リシンと他のアミノ酸との比率は、0.5である、請求項1に記載の哺乳動物細胞培地。
【請求項3】
少なくとも1つの炭水化物、少なくとも1つの遊離アミノ酸、少なくとも1つの無機塩、緩衝剤および/または少なくとも1つのビタミンをさらに含む、
請求項1又は請求項2に記載の哺乳動物細胞培地。
【請求項4】
成長因子を含まない、請求項1乃至3のいずれかに記載の哺乳動物細胞培地。
【請求項5】
液体形態、ゲル、粉末、顆粒、ペレットの形態、またはタブレットの形態である、
請求項1乃至4のいずれかに記載の哺乳動物細胞培地。
【請求項6】
無血清培地または既知組成培地である、
請求項1乃至5のいずれかに記載の哺乳動物細胞培地。
【請求項7】
使用時の前記哺乳動物細胞培地の濃度に対し、2倍、3倍、3.33倍、4倍、5倍または10倍の濃縮形態である、
請求項1乃至6のいずれかに記載の哺乳動物細胞培地。
【請求項8】
哺乳動物細胞を培養するための請求項1乃至6のいずれかに記載の哺乳動物細胞培地の使用。
【請求項9】
前記哺乳動物細胞は、CHO細胞、COS細胞、VERO細胞、BHK細胞、HEK細胞、HELA細胞、AE-1細胞、線維芽細胞、筋肉細胞、神経細胞、幹細胞、皮膚細胞、内皮細胞およびハイブリドーマ細胞からなるリストから選択される、
請求項8記載の使用。
【請求項10】
哺乳動物細胞を培養するための培地における2アミノ酸長のジペプチドの使用であって、前記アミノ酸は、天然アミノ酸であり、前記アミノ酸の少なくとも1つはリシン(Lys)であり、前記ジペプチドは、Gly、Glu、Asn、Ala、およびGlnを含まず、前記ジペプチドは、Lys-Xxxであり、
Xxxは、Cyss、Leu、Tyr、ValおよびIleから選択され、
前記ジペプチドは、0.1~10mMの量で存在する、
使用。
【請求項11】
前記細胞培養産物を製造することが可能な細胞を提供する工程と、
前記細胞と、請求項1乃至6のいずれかに記載の培地とを接触させる工程と、
前記培地または前記細胞から前記細胞培養産物を得る工程と、
を含む、細胞培養産物を製造する方法。
【請求項12】
前記細胞培養産物は、治療用タンパク質、診断用タンパク質、多糖、抗体、モノクローナル抗体、成長因子、インターロイキン、ウイルス、ウイルス様粒子または酵素からなる群から選択される、
請求項11記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体工学による製造工程に関する。より特定的には、本発明は、生体工学による製造工程に使用するために改良された培地、このような改良された培地を使用する工程、および改良された培地を用いる工程から得られた産物に関する。
【背景技術】
【0002】
生体工学による工程は、生物学的製剤の製造に広く用いられている。これらの工程は、典型的には、培養された細胞による成長および産物生成にとって許容される条件下での培地中の細胞の培養を伴う。生体工学による製造に有用な細胞は、細菌細胞、真菌細胞、酵母細胞、および動物由来または植物由来の細胞である。
【0003】
動物細胞培養物は、生体産物、例えば、治療用タンパク質、ポリペプチド、オリゴペプチドまたは他の生体分子、例えば、治療用多糖の製造に使用されてきた。このような細胞培養工程において、動物細胞は、通常は所望な産物を産生するように遺伝的に改変され、細胞増殖および産物生成のための液体培地、固体培地または半固体培地の中で培養される。細胞培養物の顕著な利点の1つは、動物細胞および植物細胞が、一次産物の翻訳後改変(例えば、フォールディング)およびポリペプチドの翻訳後改変を行うことができるという事実である。
【0004】
生体工学による製造工程において、特に、動物細胞培養物において、細胞培養条件の制御および最適化は、細胞増殖および産物生成にとって重要である。決定的要因の1つは、培地組成である。最終的な細胞培養産物の濃度および品質は、培地組成に大きく依存する。動物細胞および植物細胞の培養物は、必要な栄養組成物および培養条件という観点で、特に要求が厳しい。必要な栄養素は、炭素、窒素およびエネルギーの基本的な供給源、例えば、糖およびアンモニアだけではなく、必須アミノ酸、成長因子およびビタミンなどのもっと複雑な栄養素も含む。この理由のため、広範囲にわたる栄養素を動物細胞に与えるため、動物細胞培地への複雑な栄養組成物(例えば血清)の追加が用いられてきた。しかし、規制および安全性の問題と、血清の入手可能源の多様性を伴う問題によって、産業は、工業的な細胞培養工程から血清および他の非既知組成培地を除外することに対する努力を強いられてきた。しかし、無血清培地中で成長した細胞培養物は、多くは、栄養失調を示す。この理由のため、細胞培養物中の満足な成長およびタンパク質生成に必要な、複雑な培地の栄養構成要素と、その最適濃度を特定するために多くの努力がはらわれてきた。
【0005】
細胞培養物へのアミノ酸の供給は、成長速度および産生に大きな影響があることが知られている。グルタミンは、培養した細胞にとって重要な炭素源、窒素源およびエネルギー源であるため、通常、細胞培地に使用される。動物細胞培養物の最適な成長に必要なグルタミンの量は、他のアミノ酸の量より3倍から10倍多いことが示された(Eagleら、Science 130:432-37)。しかし、栄養素としてのグルタミンは、加熱するとピログルタメートとアンモニアが生成するため、加熱滅菌条件などの高温で水に溶解したときは不安定である(Rothら、1988、In Vitro Cellular & Developmental Biology 24(7):696-98)。この理由のため、多くは、グルタミンの代わりにグルタメートが細胞培地で使用される(Cell Culture Technology for Pharmaceutical and Cell-based Therapies、52、Sadettinら編集、Taylor and Francis Group、2006)。他のグループは、グルタミン含有ジペプチド、例えば、アラニル-グルタミンまたはグリコシル-グルタミンを細胞培地に加えることによって、ピログルタメートおよびアンモニアなどの望ましくない物質の生成を避けようと試みてきた(Rothら(1988)、In Vitro Cellular & Developmental Biology 24(7):696-98)。他のグループは、加熱滅菌条件でさらに安定化させるために、ジペプチドをアシル化することを提案している。US 5,534,538号は、N-アシルジペプチド、および加熱滅菌した経腸または非経口栄養産物および細胞培地におけるその使用を記載する。
【0006】
Franekら(2002、Biotechnol.Prog.18、155-158;US 2004/0072341号)は、無血清培地中のマウス細胞株に対する効果について、種々の合成オリゴペプチド(オリゴ-Gly、オリゴ-Ala)をスクリーニングした。Franekらは、単一のアミノ酸および試験ペプチドは、培地の性能を顕著に変えなかったが、トリグリシン、テトラグリシンおよびペンタグリシンと、トリアラニンおよびテトラアラニンは、生存細胞密度および細胞生存率を向上させたことを報告した。
【0007】
Franekら(2003、Biotechnol.Prog.19、169-174)は、無血清基本培地を用い、ハイブリドーマ細胞に対する効果について、種々の無作為に選択したリシン含有ペプチドも試験した。これらのペプチドは、Gly-Lys、Gly-Lys-Gly、Gly-His-Lys、Lys-Lys-Lys、Gly-Phe-GlyおよびGly-Gly-Lys-Ala-Alaであった。この著者らは、トリペプチド、テトラペプチドおよびペンタペプチドについて、細胞成長の抑制と、力価の増加を見出した。しかし、基本培地はペプチド構成成分も含んでいるため、結論を導くことは困難である。これに加え、この著者らは、濃度0.2%(w/v)を使用し、溶解度に対する潜在的な推測について議論しなかった。
【0008】
WO 2011/133902号は、ジペプチドを含む細胞培地を開示し、ここで、ジペプチドは、水への溶解度が低いアミノ酸を含み、この場合にはチロシンおよびシステインを含む。システインは、水への溶解度が低いではなく、反応性チオール基の存在に起因して、不安定でもある。この著者らは、ジペプチドにチロシンおよびシステインを組み込むことによって、アミノ酸の溶解度および安定性の問題を軽減することができることを見出した。この著者らは、得られた細胞培地の貯蔵寿命の向上も見出した。一実施形態では、ジペプチドの残りのアミノ酸(システインでもなく、チロシンでもない)は、アスパラギンである。
【0009】
WO 2012/019160号は、動物細胞培養物を開示しており、産生段階中に、無血清培地にTyrおよびHisを含有するジペプチドを追加する。TyrおよびHisを含有するジペプチドの添加が、成長および産物生成に及ぼす望ましい効果が記載されている。このジペプチドは、Tyr-Lysも含む。
【0010】
WO 2011/133902号およびWO 2012/019160号には異なるジペプチドが述べられているが、ジペプチドであるL-アラニル-L-チロシンおよびL-アラニル-L-シスチンについてのみ効果が記載されている。これらのアラニル-ジペプチドの溶解度は、それぞれ8.7g/リットルおよび15.3g/リットルであり、対応するアミノ酸よりも高い(シスチン:0.1g/リットル、チロシン:0.4g/リットル)。しかし、これらの値は、他のアミノ酸と比較すると低く、そのため、供給工程で使用されるような高濃度培地への適用は制限される。さらなる欠点として、アラニル-ジペプチドを使用する場合、L-アラニンが放出され、L-アラニンは、従来の細胞培地、例えば、DMEMおよびRPMI 1640(Sigma)には含まれず、細胞に必要ではないと思われる。実際には、細胞培地中でL-グルタミンの代わりにL-アラニル-L-グルタミンを使用すると、4倍高い濃度のアラニンが、細胞培地中で見出された(M.Christie、J.Butler、Biotechnol.37(1994)277)。細胞は、DeBerardinis et al(2007、Proc Natl Acad Sci U S A.104、19345-50)によって報告されるように、L-アラニンを蓄積する傾向があるため、アラニンを含まない生体利用可能なオリゴペプチドが必要とされている。
【0011】
EP 0220379号およびDE3538310号は、細胞培地におけるグルタミン含有ジペプチドおよびトリペプチドの使用を開示する。グルタミンは、高温でグルタミンが不安定であることに基づく問題を避けるために、ジペプチドの形態で加えられる。グルタミン含有ジペプチドは、温度に敏感ではないグルタミン源として使用される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】US 5,534,538号
【文献】US 2004/0072341号
【文献】WO 2011/133902号
【文献】WO 2012/019160号
【文献】EP 0220379号
【文献】DE3538310号
【非特許文献】
【0013】
【文献】Eagleら、Science 130:432-37
【文献】Rothら、1988、In Vitro Cellular & Developmental Biology 24(7):696-98
【文献】Cell Culture Technology for Pharmaceutical and Cell-based Therapies、52、Sadettinら編集、Taylor and Francis Group、2006
【文献】Rothら(1988)、In Vitro Cellular & Developmental Biology 24(7):696-98
【文献】Franekら、2002、Biotechnol.Prog.18、155-158
【文献】Franekら、2003、Biotechnol.Prog.19、169-174
【文献】M.Christie、J.Butler、Biotechnol.37(1994)277
【文献】DeBerardinis et al(2007、Proc Natl Acad Sci U S A.104、19345-50)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
上述の従来技術に記載される細胞培地は、特定の細胞培養工程では満足のいく性能および特性を与えているものの、従来技術の培地は、まだ最適なものとはいえない。生体工学による製造工程において、良好な成長および産物生成を促進するさらに改良された培地が依然として必要である。
【0015】
特に、オリゴペプチド、特に、標準培地(例えば、DMEMおよびRPMI-1640)に含まれるアミノ酸から作られるオリゴペプチドをより高濃度で含む細胞培地が必要とされている。さらに、このようなオリゴペプチドは、特定の保護基を用いる必要なく調製するのが容易であるべきである。
【0016】
既知の培地の上述の欠点は、本発明によって対処される。本発明は、添付の独立項の用語によって定義される。本発明の好ましい実施形態は、従属項によって定義される。
【0017】
したがって、本発明は、培地、好ましくは、細胞培地であって、2-10アミノ酸長の少なくとも1つのオリゴペプチドを含み、前記アミノ酸は天然アミノ酸であり、前記アミノ酸の少なくとも1つはリシン(Lys)であり、さらに1つのアミノ酸は、システイン(Cys)、シスチン(Cyss)、ロイシン(Leu)、チロシン(Tyr)、バリン(Val)およびイソロイシン(Ile)から選択され、前記オリゴペプチドは、少なくとも0.1mMの量で存在する、培地に関する。
【0018】
本発明はさらに、細胞、好ましくは、植物細胞、動物細胞または哺乳動物細胞を培養するための本発明の培地の使用に関する。
【0019】
本発明の別の態様は、細胞培養産物を製造する方法であって、(i)前記細胞培養産物を製造することが可能な細胞を提供する工程と、(ii)前記細胞と本発明の培地とを接触させる工程と、(iii)前記培地または前記細胞から前記細胞培養産物を得る工程と、を含む、方法に関する。
【0020】
本発明の好ましい実施形態は、以下の発明を実施するための形態にさらに詳細に記載される。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明のオリゴペプチドを用いて得られたTC-42培地を用いる最大生存細胞密度を示す。
図2】本発明のオリゴペプチドを用いて得られたTC-42培地を用いる最大生存細胞密度を示す。
図3】本発明のオリゴペプチドを用いて得られたTC-42培地を用いる最大生存細胞密度を示す。
図4】本発明のオリゴペプチドを用いて得られたTC-42培地を用いる最終抗体価を示す。
【発明を実施するための形態】
【0022】
「培地」は、本発明によれば、栄養素を含有する液体培地または固体培地であると理解すべきであり、この培地は、培養物中の細胞に栄養を与え、生命を維持し、および/または産物生成を補助するのに適している。培養した細胞は、本発明によれば、細菌細胞、酵母細胞、真菌細胞、動物細胞、例えば、哺乳動物細胞または昆虫細胞、および/または植物細胞、例えば、藻類であってもよい。典型的には、培地は、必須アミノ酸および非必須アミノ酸、ビタミン、少なくとも1つのエネルギー源、脂質および微量元素を与え、これらは全て、細胞が生命を維持し、成長および/産物生成を維持するのに必要である。培地は、ホルモンおよび成長因子を含め、最小速度を超えて成長および/または生存を向上させる構成要素も含んでいてもよい。培地は、好ましくは、細胞の生命を維持し、成長および/産物生成を維持するpHおよび塩濃度を有する。培地は、本発明によれば、好ましくは、細胞培養物の生命および増殖の維持に必要な全ての栄養素を含む。好ましい培地は、既知組成培地である。
【0023】
「既知組成培地」は、本発明によれば、細胞抽出物、細胞加水分解物またはタンパク質加水分解物を含まない培地である。好ましい既知組成培地は、未知の組成の構成要素を含まない。当業者には一般的に理解されているように、既知組成培地は、通常、動物由来の構成要素を含まない。好ましくは、既知組成培地の全ての構成要素は、既知の化学構造を有する。好ましい既知組成培地は、無血清培地である。他の好ましい既知組成培地は、合成培地である。既知組成培地以外の培地は、「複雑な」培地と呼ばれる。
【0024】
「細胞培地」は、動物細胞および/または植物細胞の生命、増殖および/または産物生成を維持するのに適した培地であると理解すべきである。特定の実施形態では、基本培地とフィード培地とを区別することができる。
【0025】
「基本培地」は、細胞の培養が開始される、栄養素を含有する溶液または物質であると理解すべきである。「フィード培地」は、培養工程が開始した後に細胞に供給される溶液または物質であると理解すべきである。特定の実施形態では、フィード培地は、基本培地には存在しない1種類以上の構成要素を含む。フィード培地はまた、基本培地中に存在する1種類以上の構成要素を欠いていてもよい。好ましくは、フィード培地中の栄養素の濃度は、希釈による生産性の減少を避けるために、基本培地中の濃度を超える。
【0026】
「栄養素」は、本発明によれば、生存し、成長するために細胞が必要とする化学化合物または物質である。栄養素は、好ましくは、環境から細胞によって取り込まれる。栄養素は、「有機栄養素」および「無機栄養素」であってもよい。有機栄養素としては、炭水化物、脂肪、タンパク質(またはこれらのビルディングブロック、例えばアミノ酸)およびビタミンが挙げられる。無機栄養素は、無機化合物であり、例えば、栄養素のミネラルおよび微量元素である。「必須栄養素」は、細胞が合成することができず、そのため、培地によって細胞に与えられなければならない栄養素である。
【0027】
「細胞培養産物」は、本発明によれば、細胞培養物中の細胞によって産生される任意の有用な生体化合物であると理解すべきである。本発明の好ましい細胞培養産物は、治療用タンパク質、診断用タンパク質、治療用多糖類、例えば、ヘパリン、抗体、例えば、モノクローナル抗体、成長因子、インターロイキン、ペプチドホルモン、酵素およびウイルスである。他の実施形態では、限定されないが、治療に使用するための幹細胞の培養を含め、その細胞自体が細胞培養産物と理解されるべきである。
【0028】
「アミノ酸」は、本発明との関連において、それぞれのアミノ酸に特有の側鎖と共に、アミノ官能基(-NH)とカルボン酸官能基(-COOH)とを含む分子であると理解すべきである。本発明との関連において、α-アミノ酸およびβ-アミノ酸の両方が含まれる。本発明の好ましいアミノ酸は、α-アミノ酸であり、特に、以下のようなシスチンを含む20種類の「天然アミノ」酸である。
アラニン (Ala/A)
アルギニン (Arg/R)
アスパラギン (Asn/N)
アスパラギン酸 (Asp/D)
システイン (Cys/C)
シスチン (Cyss/C2)
グルタミン酸 (Glu/E)
グルタミン (Gln/Q)
グリシン (Gly/G)
ヒスチジン (His/H)
イソロイシン (Ile/I)
ロイシン (Leu/L)
リシン (Lys/K)
メチオニン (Met/M)
フェニルアラニン (Phe/F)
プロリン (Pro/P)
セリン (Ser/S)
トレオニン (Thr/T)
トリプトファン (Trp/W)
チロシン (Tyr/Y)
バリン (Val/V)
【0029】
本発明との関連において、ジスルフィド結合を生成するCys-ペプチド、したがって、システインを含むCys-ペプチドは、X-Cyssによって記載されるべきである。
【0030】
本発明との関連において、「天然アミノ酸」との表現は、上に列挙した20種類のアミノ酸のL形態およびD形態の両方を含むと理解すべきである。しかし、L形態が好ましい。一実施形態では、「アミノ酸」との用語は、これらのアミノ酸の類似体または誘導体も含む。
【0031】
「遊離アミノ酸」は、本発明によれば、遊離形態で(すなわち、他の分子に共有結合していない)アミノ官能基およびその(α-)カルボキシル官能基を有するアミノ酸、例えば、ペプチド結合を生成しないアミノ酸であると理解される。遊離アミノ酸はまた、塩として、または水和物形態で存在していてもよい。オリゴペプチドの一部として、またはオリゴペプチド中のアミノ酸について言及する場合、遊離アミノ酸は、生化学およびペプチド生合成の既知の機構にしたがって、それぞれのアミノ酸から誘導されるそれぞれのオリゴペプチド構造のその部分を指すと理解すべきである。
【0032】
「成長因子」は、本発明によれば、細胞成長、増殖および細胞分化を刺激することができる任意の天然に存在する物質であると理解すべきである。好ましい成長因子は、タンパク質またはステロイドホルモンの形態である。本発明の一実施形態によれば、「成長因子」との表現は、酸性FGFおよび塩基性FGFを含む線維芽細胞成長因子(FGF)、インスリン、インスリン様成長因子(IGF)、上皮成長因子(EGF)、神経成長因子(NGF)、血小板由来成長因子(PDGF)、およびTGFαおよびTGFβを含むトランスフォーミング成長因子(TGF)、サイトカイン、例えば、インターロイキン1、2、6、顆粒球刺激因子、および白血病阻止因子(LIF)からなるリストから選択される成長因子に関連するものであると解釈すべきである。
【0033】
「オリゴペプチド」は、本発明によれば、2個から20個のアミノ酸からなるペプチド化合物であると理解すべきである。本発明のより好ましいオリゴペプチドは、2-10アミノ酸、2-6アミノ酸、2-5アミノ酸、2-4アミノ酸、または2-3アミノ酸からなるオリゴペプチドである。本発明の最も好ましいオリゴペプチドは、ジペプチドである。
【0034】
「ペプチド」は、ペプチド結合によって互いに共有結合した少なくとも2つのアミノ酸を含む分子であると理解すべきである(R-CO-NH-R)。
【0035】
「Xxx」との表現は、アミノ酸と組み合わせて本明細書で使用される場合、本明細書で上に列挙した任意の天然アミノ酸を指すと理解すべきである。
【0036】
「Nアシル化」との表現は、ある化学化合物(例えば、アミノ酸)について言及する場合、Nアシル化化合物が、その化合物の窒素官能基にアシル基が付加することによって改変されていることを意味すると理解すべきである。好ましくは、アシル基は、アミノ酸のα-アミノ基に付加される。
【0037】
栄養組成物、培地、細胞培地などの「滅菌形態」は、前記組成物、培地、細胞培地などに生命体が何ら存在しないことを規定すると理解すべきである。
【0038】
「固体培地」は、本発明との関連において、任意の非液体培地または非気体培地であると理解すべきである。本発明の好ましい固体培地は、ゲル様培地であり、例えば、寒天、カラギーナンまたはゼラチンである。
【0039】
「細胞の継代」(細胞の継代培養または分割としても知られる)は、本発明との関連において、少数の細胞を新しい培養容器に移すことを意味すると理解される。細胞は、長期間にわたる高い細胞密度に関連する老化を避けるために、規則的に分割する場合には、さらに長い時間培養してもよい。懸濁培養物は、数個の細胞を含む少量の培養物を大容積の新しい培地で希釈して、容易に継代される。
【0040】
本発明は、一般的に、培地、好ましくは、細胞培地であって、2-10アミノ酸長の少なくとも1つのオリゴペプチドを含み、前記アミノ酸は天然アミノ酸であり、前記アミノ酸の少なくとも1つはリシン(Lys)であり、さらに1つのアミノ酸は、システイン(Cys)、シスチン(Cyss)、ロイシン(Leu)、チロシン(Tyr)、バリン(Val)およびイソロイシン(Ile)から選択され、前記オリゴペプチドは、少なくとも0.1mMの量で存在する、培地に関する。リシンの使用は、細胞培養用途のために市販されている大部分のペプチドの重要な構成成分であるアラニンなどの無駄なアミノ酸の蓄積を回避する。
【0041】
ジペプチドTyr-Lysは、好ましくは、除外される。
【0042】
好ましい実施形態では、C末端またはN末端のいずれかがリシン単位である。C末端配列およびN末端配列は、異なるCAS番号によって示されるように、細胞培養物にある影響を及ぼし得ることを注記しておくべきである。
【0043】
驚くべきことに、リシンペプチドは、公表データ(ScifinderおよびAdvanced Chemistry Development(ACD/Labs)Software V11.02((C)1994-2016ACD/Labs)を用いて計算された)に基づいて予想されるべき値よりも高い溶解度を有することがわかった。ビス-L-リシル-L-シスチン塩酸塩について、50%(w/w)を超える溶解度があることがわかり、これは計算された溶解度である4.2%(w/w)をかなり超える。
【0044】
表1には、異なるアミノ酸およびジペプチドの溶解度がまとめられている。リシンペプチドの好ましい実施形態は、細胞成長を引き起こさなかった他のリシン-ペプチドとは対照的に、さらに細胞を成長させることが可能であることもわかった。このことは、A.NagamatsuおよびT.Hayashida(Chemical & Pharmaceutical Bulletin 22、2680(1974))が、プラスミンおよびトリプシンを用いてLys-Leu、Lys-TyrおよびLys-Lysの加水分解を分析したとき、これらのペプチドはいずれも開裂しなかったため、驚くべきことである。高い溶解度とバイオアベイラビリティを兼ね備えることによって、lys-ペプチドは、高いアミノ酸濃度を有する細胞培地および供給物を調製する問題を解決する新しい様式を与える。
【0045】
【表1】
1) CRC Handbook of Chemistry and Physics、第58版、1977、C-769ページ
2) WO 2011/133902号、Life Techn.、40ページ
3) SciFinder、Advanced Chemistry Development(ACD/Labs)Software V11.02((C)1994-2016 ACD/Labs)を用いて計算された
4) MSDS Bachem AG
5) Product Brochure Peptides, Degussa AD、GB Industrie- und Feinchemikalien、1988
6)塩酸塩として
7)酢酸塩として
表1:アミノ酸およびジペプチドの溶解度(g/1000g溶液)
【0046】
他の好ましい実施形態では、オリゴペプチドは、2-6アミノ酸長、2-5アミノ酸長、2-4アミノ酸長または2-3アミノ酸長である。特に好ましい実施形態では、オリゴペプチドは、ジペプチドである。
【0047】
本願発明者らは、この種の培地が、従来の細胞培地と比較して優れた特性を有することを見出した。
【0048】
ペプチド、特にジペプチドLys-Xxxは、二重にN保護されたリシンと、1つ以上のアミノ酸とを単純にカップリングすることによって合成されてもよい。これは、N保護されたアミノ酸Xxxが必要であるだけではなく、選択的にε-保護されたリシンが必要な逆配列Xxx-Lysの逆合成よりも顕著に容易である。ジペプチドLys-Xxxを合成するためのリシンの一般的な誘導体は、例えば、ビス-N,N-カルボキシベンジル-L-リシン(Z-Lys(Z)-OH)およびビス-N,N-tert-ブチルオキシカルボニル-L-リシン(Boc-Lys(Boc)-OH)である。
【0049】
細胞培地が使用されるpH範囲(通常はpH7.2-7.4)で、リシルジペプチドは、その塩形態であり、アミノ基の1つがプロトン化することによって生じる。塩の生成について、細胞培養物と適合性の全ての酸が使用されてもよい。最も一般的な塩は、塩化物、硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩および炭酸塩である。しかし、例えば、ギ酸、酢酸、乳酸、グルタミン酸またはアスパラギン酸などの有機酸も同様に使用可能である。
【0050】
水へのリシルジペプチドの溶解は、対応するアラニルジペプチドよりも顕著に容易である。
【0051】
一実施形態では、オリゴペプチドは、Lys-XxxまたはXxx-Lysであり、ここで、Xxxは、Cys、Cyss、Leu、Tyr、ValおよびIleから選択される天然アミノ酸である。別の特に好ましい実施形態では、オリゴペプチドは、Lys-Xxxであり、ここで、Xxxは、Cys、Cyss、Leu、Tyr、ValおよびIle、およびこれらの任意の組み合わせから選択される天然アミノ酸である。
【0052】
1つのさらに有利な構造では、オリゴペプチドは、Lys-Cys、Lys2-Cyss、Lys-Leu、Lys-Tyr、Lys-ValおよびLys-Ileから選択される。
【0053】
一実施形態では、限定されないがTyr、Cys、Leu、Ile、Valを含む溶解度の低いアミノ酸は、Lys-XxxまたはXxx-Lysペプチドによって完全に、または部分的に置き換えられる。同時に、リシン(塩形態または無塩形態のいずれかで)の量は、同じ量まで減らされる。リシンに対する細胞の高い需要のため、溶解度が低いアミノ酸をLys-XxxまたはXxx-Lysペプチドと置き換えることは、元々の製剤中のリシン量を過剰にすることなく実現することができる。
【0054】
好ましい実施形態では、オリゴペプチドは、Nアシル化されていない。Nアシル化は、特定のオリゴペプチドの熱安定性を向上させることが知られている。しかし、Nアシル化オリゴペプチドは、生存細胞密度および生存率の悪化も引き起こし得ることがわかっている。
【0055】
一実施形態では、培地は、さらに、少なくとも1つの炭水化物、少なくとも1つの遊離アミノ酸、少なくとも1つの無機塩、緩衝剤および/または少なくとも1つのビタミンを含む。特に好ましい実施形態では、培地は、少なくとも1つの炭水化物、少なくとも1つの遊離アミノ酸、少なくとも1つの無機塩、緩衝剤および少なくとも1つのビタミンの全てを含む。
【0056】
本発明の一実施形態では、培地は、成長因子を含まない。この実施形態によれば、本発明のオリゴペプチドは、培養物中の細胞の成長および/または増殖を促進するために、成長因子の代わりに使用されてもよい。本発明の別の実施形態では、培地は、脂質を何ら含まない。
【0057】
本発明の別の実施形態によれば、培地は、液体形態、ゲル、粉末、顆粒、ペレットの形態、またはタブレットの形態である。
【0058】
好ましい実施形態では、本発明の培地は、既知組成培地または無血清培地である。例えば、本発明のオリゴペプチドは、Miltenyi Biotech(ベルギッシュグラートバハ、ドイツ)のCHOMACS CD培地、LONZA(バーゼル、スイス)から入手可能なPowerCHO-2 CD培地、PAAの抗CHO P培地(PAA Laboratories、パシング、オーストリア)、SAFCから入手可能なEx-Cell CD CHO培地、ThermoFisher(ウォルサム、USA)のSFM4CHO培地およびCDM4CHO培地に追加されてもよい。本発明のオリゴペプチドはまた、DMEM培地(Life Technologies Corp.、カールスバッド、USA)にも追加されてもよい。しかし、本発明は、上述の培地の追加に限定されない。
【0059】
他の好ましい実施形態では、培地は、使用時の培地の濃度に対し、2倍、3倍、3.33倍、4倍、5倍または10倍の濃縮形態(体積/体積)の液体培地である。これにより、濃縮培地をそれぞれの体積の滅菌水で単純に希釈することによって、「すぐに使える」培地を調製することができる。本発明の培地のこのような濃縮形態は、例えば、供給バッチ培養工程で培地に加えることによって使用することもできる。
【0060】
本発明の培地は、好ましくは、持続的な成長および産物生成に必要な全ての栄養素を含む。培地、特に細胞培地を調製する処方は、当業者にはよく知られている(例えば、Cell Culture Technology for Pharmaceutical and Cell-Based Therapies、OeztuerkおよびWei-Shou Hu編集、Taylor and Francis Group 2006を参照)。種々の培地は、種々の供給源から市販されている。
【0061】
本発明の培地は、好ましくは、炭水化物源を含む。細胞培地に使用される主な炭水化物はグルコースであり、通常は5nMから25nM追加される。これに加え、任意のヘキソース、例えば、ガラクトース、フルクトースまたはマンノース、または組み合わせを使用してもよい。
【0062】
培地は、さらに、典型的には、必須アミノ酸(すなわち、His、Ile、Leu、Lys、Met、Phe、Thr、Try、Val)と特定の非必須アミノ酸も少なくとも含む。非必須アミノ酸は、典型的には、細胞株がそのアミノ酸を合成することができない場合、または細胞株が、最大成長を維持するのに十分な量のそのアミノ酸を産生することができない場合に、細胞培地に含まれる。これに加え、哺乳動物細胞は、主なエネルギー源としてグルタミンも使用することができる。グルタミンは、多くは、他のアミノ酸よりも高濃度で含まれる(2mM-8mM)。しかし、前述したとおり、グルタミンは、自然に分解してアンモニアを生成し、特定の細胞株は、毒性であるアンモニアをより早く産生する場合がある。
【0063】
本発明の培地は、好ましくは、塩を含む。塩は、等張状態を維持し、浸透圧の不均衡を防ぐために、細胞培地に加えられる。本発明の培地の浸透圧は、約300mOsm/kgであるが、多くの細胞株は、この値の約10%変動またはもっと高い値に耐えることができる。ある種の昆虫細胞培養物の浸透圧は、300mOsm/kgより高い傾向があり、この浸透圧は、300mOsm/kgより0.5%、1%、2%から5%、5%-10%、10%-15%、15%-20%、20%-25%、25%-30%高くてもよい。細胞培地中で最も一般的に使用される塩としては、Na、K、Mg2+、Ca2+、Cl、SO 2-、PO 3-およびHCO (例えば、CaCl、KCl、NaCl、NaHCO、NaHPO)が挙げられる。
【0064】
培地には、他の無機元素が存在していてもよい。他の無機元素としては、Mn、Cu、Zn、Mo、Va、Se、Fe、Ca、Mg、SiおよびNiが挙げられる。これらの元素の多くは、酵素活性に関与する。これらは、CaCl、Fe(NO、MgCl、MgSO、MnCl、NaCl、NaHCO、NaHPOなどの塩形態、およびセレン、バナジウムおよび亜鉛などの微量元素のイオンの形態で与えられてもよい。これらの無機塩および微量元素は、例えば、Sigma(セントルイス、ミズーリ)から商業的に得てもよい。
【0065】
本発明の培地は、好ましくは、ビタミン類を含む。ビタミン類は、典型的には、補因子として細胞に使用される。各細胞株のビタミン要求は、大きく変動するが、一般的に、細胞培地が血清をほとんど含まないか、または全く含まない場合、または細胞が高密度で成長する場合には、余分のビタミンが必要となる。本発明の培地中に存在する好ましい例示的なビタミンとしては、ビオチン、塩化コリン、葉酸、i-イノシトール、ニコチンアミド、D-Ca++-パントテン酸塩、ピリドキサール、リボフラビン、チアミン、ピリドキシン、ナイアシンアミド、A、B、B12、C、D、E、Kおよびp-アミノ安息香酸(PABA)が挙げられる。
【0066】
本発明の培地は、血清も含んでいてもよい。血清は、凝固血の上清である。血清の構成要素としては、接着因子、微量栄養素(例えば、微量元素)、成長因子(例えば、ホルモン、プロテアーゼ)、および保護要素(例えば、抗毒素、酸化防止剤、抗タンパク分解酵素)が挙げられる。血清は、ヒト、ウシまたはウマの血清を含め、種々の動物源から入手可能である。本発明の細胞培地に含まれる場合、血清は、典型的には、5%-10%(体積)の濃度で加えられる。好ましい細胞培地は、無血清である。
【0067】
血清非存在下、または血清減少培地中で細胞成長を促進するために、以下の1つ以上のポリペプチドを細胞本発明の培地に加えてもよい。例えば、酸性FGFおよび塩基性FGFを含む線維芽細胞成長因子(FGF)、インスリン、インスリン様成長因子(IGF)、上皮成長因子(EGF)、神経成長因子(NGF)、血小板由来成長因子(PDGF)、およびTGFαおよびTGFβを含むトランスフォーミング成長因子(TGF)、任意のサイトカイン、例えば、インターロイキン1、2、6、顆粒球刺激因子、白血病阻止因子(LIF)など。
【0068】
しかし、本発明の培地は、上に列挙した成長因子をどれも含んでいなくてもよい。本発明のこの態様によれば、本発明のオリゴペプチドは、細胞の増殖を促進するために任意の成長因子の代わりに用いられる。言い換えると、本発明のこの態様によれば、本発明のオリゴペプチドの存在によって、成長因子の存在が不必要になる。
【0069】
他の実施形態では、細胞培地は、ポリペプチド(すなわち、20を超えるアミノ酸を含むペプチド)を含まない。
【0070】
1種類以上の脂質も、細胞本発明の培地に加えてもよい。例えば、リノール酸、リノレン酸、アラキドン酸、パルミトレイン酸、オレイン酸、ポリエン酸および/または12、14、16、18、20または24炭素原子の脂肪酸(それぞれの炭素原子は分岐しているか、分岐していない)、リン脂質、レシチン(ホスファチジルコリン)およびコレステロール。これらの脂質の1つ以上が、無血清培地に追加剤として含まれてもよい。ホスファチジン酸およびリゾホスファチジン酸は、特定の足場依存性細胞、例えば、MDCK、マウス上皮および他の腎臓細胞株の成長を刺激し、一方、ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミンおよびホスファチジルイノシトールは、無血清培地においてヒト線維芽細胞の成長を刺激する。エタノールアミンおよびコレステロールは、特定の細胞株の成長を促進することも示されてきた。特定の実施形態では、細胞培地は、脂質を含まない。
【0071】
1種類以上の輸送タンパク質、例えばウシ血清アルブミン(BSA)またはトランスフェリンも、細胞培地に加えることができる。輸送タンパク質は、特定の栄養素または微量元素の輸送を補助することができる。BSAは、典型的には、脂質(例えば、水溶液に不溶性のリノール酸およびオレイン酸)の輸送体として使用される。これに加え、BSAは、特定の金属(例えば、Fe、CuおよびNi)の輸送体としても機能することができる。タンパク質を含まない製剤では、BSAの非動物由来代替物(例えば、シクロデキストリン)を脂質輸送体として使用してもよい。
【0072】
1種類以上の接着タンパク質、例えば、フィブロネクチン、ラミニンおよびプロネクチンも、基質への足場依存性細胞の接着を促進しやすくするために、細胞培地に加えることができる。
【0073】
細胞培地は、場合により、1種類以上の緩衝剤を含んでいてもよい。適切な緩衝剤としては、限定されないが、N-[2-ヒドロキシエチル]-ピペラジン-N’-[2-エタンスルホン酸](HEPES)、MOPS、MES、リン酸塩、重炭酸塩、および細胞培養用途に使用するのに適した他の緩衝剤が挙げられる。適切な緩衝剤は、培養する細胞に対する実質的な細胞毒性がなく、緩衝能を与えるものである。適切な緩衝剤の選択は、細胞培養分野における通常の技術の範囲内である。
【0074】
細胞が凝集するのを防ぎ、懸濁物中の細胞の成長を促進するために、多価アニオン性または多価カチオン性の化合物を培地に加えてもよい。
【0075】
好ましい実施形態では、培地は、液体形態である。しかし、培地は、固体培地であってもよく、例えば、ゲル様培地、例えば、寒天、カラギーンまたはゼラチンを含有する培地であってもよい。
【0076】
好ましくは、培地は、滅菌形態である。
【0077】
本発明の好ましい実施形態では、Lys含有オリゴペプチドは、培地中に、0.01g/l-20g/l、または0.1g/l-10g/l、または0.5g/l-5g/lの濃度で存在する。本発明の他の好ましい実施形態では、Lys含有オリゴペプチドは、0.1mM、0.2mM、0.4mMまたは1mMより高い濃度で存在する。Lys含有オリゴペプチドが50mM、20mM、10mM、5mMまたは2mMより低い濃度で存在する培地も好ましい。好ましくは、Lys含有オリゴペプチドは、培地中に、0.1mM-20mM、または0.1mM-10mM、または0.5mM-10mM、または1mM-10mM、または1mM-8mM、または1mM-6mMの濃度で存在する。
【0078】
上述の濃度は、非濃縮培地中の濃度、すなわち、実際の培養物中に存在する濃度として与えられる。濃縮培地は、X倍高い濃度を有していてもよい。
【0079】
特定の実施形態では、本発明の細胞培地は、Lys含有オリゴペプチドと遊離Lysの両方を含む。ある好ましい実施形態では、Lys含有オリゴペプチドは、市販の培地に、例えば、既知組成細胞培地または複雑な細胞培地に加えられる。
【0080】
本発明の培地は、濃縮形態であってもよい。本発明の培地は、例えば、2倍、3倍、3.33倍、4倍、5倍、10倍、20倍、50倍または100倍の濃縮形態であってもよい(細胞の成長および産物生成を補助する濃度に対して)。このような濃縮培地は、水性溶媒(例えば水)を用いて濃縮培地を希釈することによって使用するための培地を調製するのに有用である。このような濃縮培地は、バッチ培養で使用されてもよいが、有利には、例えば、培養中に細胞によって消費された栄養素を補充するために、濃縮した栄養組成物が、進行中の細胞培養に加えられる供給バッチ培養または連続培養にも使用される。
【0081】
本発明の他の実施形態では、培地は、乾燥形態、例えば、乾燥粉末の形態、または顆粒の形態、またはペレットの形態、またはタブレットの形態であってもよい。
【0082】
本発明はまた、細胞を培養するための本発明の培地の使用に関する。本発明の別の態様は、細胞培養産物を製造するための本発明の培地の使用に関する。
【0083】
本発明の好ましい実施形態は、動物細胞または植物細胞、最も好ましくは哺乳動物細胞を培養するための本発明の培地の使用に関する。特定の実施形態では、培養される細胞は、CHO細胞、COS細胞、VERO細胞、BHK細胞、HEK細胞、HELA細胞、AE-1細胞、昆虫細胞、線維芽細胞、筋肉細胞、神経細胞、幹細胞、皮膚細胞、内皮細胞およびハイブリドーマ細胞である。本発明の好ましい細胞は、CHO細胞およびハイブリドーマ細胞である。本発明の最も好ましい細胞は、CHO細胞である。本発明の特に好ましいCHO細胞は、CHO DG44細胞およびCHO DP12細胞である。
【0084】
細胞と、本発明の細胞培地とを接触させることを含む、細胞を培養する方法も、本発明の範囲に含まれる。本発明の一実施形態では、細胞を培養する方法は、細胞の培養を補助する条件下で細胞と基本培地とを接触させることと、前記基本細胞培地に本発明の濃縮培地を追加することと、を含む。好ましい実施形態では、基本培地に、1日より多い日数、濃縮供給物または濃縮培地を追加する。
【0085】
本発明の別の態様は、本発明の培地を製造する方法であって、前記培地が、少なくとも1つの本発明のオリゴペプチドを含む方法に関する。本発明の培地を製造する方法は、本発明のオリゴペプチドを培地に追加する少なくとも1つの工程を含む。同様に、本発明の一態様は、細胞培地を製造するための本発明のLys含有オリゴペプチドの使用に関する。
【0086】
本発明の別の態様は、培地を改変する方法であって、前記培地の改変が、前記培地への本発明の少なくとも1つのオリゴペプチドの添加を含む、方法に関する。
【0087】
本発明の別の態様は、液体培地を製造する方法であって、前記方法が、本発明の固体培地を例えば乾燥粉末の形態で、または顆粒の形態で、またはペレットの形態で、またはタブレットの形態で提供することと、前記固体培地を水性媒体、例えば水に溶解することと、を含む方法に関する。
【0088】
本発明の別の態様は、細胞を培養するための培地における本発明のオリゴペプチドの使用に関する。本発明の別の態様は、細胞培養のための本発明のオリゴペプチドの使用に関する。
【0089】
本発明はまた、細胞培養産物を製造する方法であって、(i)前記細胞培養産物を製造することが可能な細胞を提供する工程と、(ii)前記細胞と本発明の培地とを接触させる工程と、(iii)前記培地または前記細胞から前記細胞培養産物を得る工程と、を含む方法に関する。同様に、本発明は、細胞培養産物を製造するための本発明のオリゴペプチドの使用に関する。
【0090】
好ましい方法では、細胞培養産物は、治療用タンパク質、診断用タンパク質、多糖、例えば、ヘパリン、抗体、モノクローナル抗体、成長因子、インターロイキン、ウイルス、ウイルス様粒子または酵素である。
【0091】
本発明の細胞の培養は、バッチ培養、供給バッチ培養または連続培養で行うことができる。
【実施例
【0092】
一般的な手順
【0093】
抗体を産生するチャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞(Subclone DG44;Life Technologies Corporation、カールスバッド、USA)の成長に対するL-リシンジペプチドの影響を、対応する遊離アミノ酸または対応するL-アラニンジペプチドのいずれかを含有する培地と比較して観察した。この目的のために、この細胞を、Xell AG(ビーレフェルト、ドイツ)によって製造された、ジペプチドによる実験中に与えられたアミノ酸を欠いたTC-42培地中で培養した。これらのアミノ酸の濃度は、ジペプチドからアミノ酸への完全な加水分解を考慮して、全てのアミノ酸の濃度が、この実験中に試験する全ての培地で同じになるような様式で調節した。
【0094】
予備培養から開始し、振とうフラスコ中、試験培地を加えることによって、初期生存細胞密度(VCD)を0.3×10細胞/mlに調節した。2日後から4日後、細胞培養物の一部を新しい振とうフラスコに移し、新しい試験培地を加えることによって、初期生存細胞密度(VCD)を0.3×10細胞/mlに調節した。これを2回行い、次いで、細胞成長の後、生存細胞密度(VCD)を24日目まで測定した。
実験1:L-システイン/L-シスチンが、ビス-L-アラニル-L-シスチン、ビス-L-プロリル-L-シスチンまたはビス-L-リシル-L-シスチンと置き換えられ、L-ロイシンが、L-リシル-L-ロイシンと置き換えられたTC-42培地を用いて得られた細胞成長の比較
【0095】
この実験のために、L-アラニン、L-リシン、L-プロリン、L-システイン、L-シスチンおよびL-ロイシンが、初期の製剤から意図的に除去されたTC-42培地が、Xell AG(ビーレフェルト、ドイツ)によって製造された。これらのアミノ酸およびジペプチドであるビス-L-アラニル-L-シスチン、ビス-L-プロリル-L-シスチン、ビス-L-リシル-L-シスチン四塩酸塩およびL-リシル-L-ロイシンを、それぞれ、表2に列挙した濃度で試験培地に加えた。
【0096】
【表2】
【0097】
表2の培地を用い、異なる時間に得られる生存細胞密度(VCD)を表3に列挙する。
【0098】
【表3】
実験2:L-チロシンが、L-アラニル-L-チロシンまたはL-リシル-L-チロシンと置き換えられたTC-42培地を用いて得られた細胞成長の比較
【0099】
この実験のために、L-アラニン、L-リシンおよびL-チロシンを欠いた、Xell AG(ビーレフェルト、ドイツ)によって製造されたTC-42培地を使用した。次いで、これらのアミノ酸およびジペプチドであるL-アラニル-L-チロシン二水和物およびL-リシル-L-チロシン酢酸塩を、それぞれ、表4に列挙した濃度で試験培地に加えた。
【0100】
【表4】
【0101】
表4の培地を用い、異なる時間に得られる生存細胞密度(VCD)を表5に列挙する。
【0102】
【表5】
実験3:L-バリンおよびL-イソロイシンがそれぞれ、L-リシル-L-バリンおよびL-リシル-L-イソロイシンによってそれぞれ置き換えられたTC-42培地を用いて得られた細胞成長の比較
【0103】
この実験のために、L-リシン、L-バリンおよびL-イソロイシンを欠いた、Xell AG(ビーレフェルト、ドイツ)によって製造されたTC-42培地を使用した。これらのアミノ酸およびジペプチドであるL-リシル-L-バリンおよびL-リシル-L-イソロイシンを、それぞれ、表6に列挙した濃度で試験培地に加えた。
【0104】
【表6】
【0105】
表6の培地を用い、異なる時間に得られる生存細胞密度(VCD)を表7に列挙する。
【0106】
【表7】
【0107】
参照培地と、ジペプチドの形態で同じモル量のシステインおよびシスチンを含有する他の培地との比較は、ビス-リシル-L-システインが、ビス-アラニル-L-シスチンに匹敵する性能を導くことを示した(図1)。両方の場合に、細胞は、成長のためにペプチドを利用することができた。同じ条件下で、ビス-プロリル-シスチンを用いてほとんど成長を観察することができず、このことは、この細胞がこのジペプチドを利用することができないことを示唆している。このことは、ビス-リシル-L-システインを遊離アミノ酸の置き換えとして使用可能であることを示す。ビス-アラニル-L-シスチンと比較して、ビス-リシル-L-システインは、驚くべきことに、高い溶解度(表1)とバイオアベイラビリティを兼ね備えている。
【0108】
さらに、参照培地中で培養した細胞と、ジペプチドであるビス-アラニル-L-シスチンまたはビス-リシル-L-システインを含有する培地中で成長した細胞とを24日間比較することによって、抗体産生の効果を分析した(図4)。これら両方から、少なくとも30%増加した高い抗体産生が得られた。ビス-リシル-L-システインを用いると、抗体産生はほぼ50%まで増加した。
【0109】
一連の第2の試験において、ジペプチドであるL-アラニル-L-チロシンおよびL-リシル-L-チロシンを含有する培地を、等モル量のチロシンを含有する参照培地と比較した。図2からわかるだろうが、異なる培地の成長曲線は、有意な差を示さない。最大細胞密度に関し、両ジペプチドは、わずかに高い値を与えているようである。このことは、L-リシル-L-チロシンを遊離アミノ酸の置き換えとして使用可能であることを示す。既に報告したL-アラニル-L-チロシンと比較して、リシル-L-チロシンは、驚くべきことに、高い溶解度(表1)と、バイオアベイラビリティとを兼ね備えている。
【0110】
さらなる一連の試験において、L-リシル-L-バリンおよびL-リシル-L-イソロイシンを含有する培地を、L-リシンまたはL-バリンを等モル量で含有する参照培地と比較した。L-リシル-L-バリンは、参照培地にほぼ匹敵する成長曲線および最大細胞密度を与えたが、L-リシル-L-イソロイシンは、成長が遅く、最大細胞密度が低かった(図3)。両方の場合において、遊離アミノ酸を、リシル-ペプチドと置き換えることができた。
【0111】
比較試験から、明らかに、シスチンおよびチロシンのリシルジペプチドが、溶解度が低いアミノ酸の適切な代替物であることがわかる。リシルジペプチドの開発は、少なくとも、商業的に使用されているL-アラニルジペプチドと同様に良好である。リシンは、リシルジペプチドから放出され、アラニンよりもかなり高い濃度で通常の細胞培養物中に存在するため、培地中の望ましくないアミノ酸の増加を生じない。
【0112】
リシルジペプチドは、かなり高い溶解度を示すため、アミノ酸またはアラニルジペプチドよりもかなり容易かつ迅速に溶解することができ、その適用は、使用前に短時間で調製される脱水培地では有益であると思われる。
【0113】
この増加した溶解度は、使用前に望ましい濃度まで希釈することが可能な濃度の製造も容易にする。特に、リシルジペプチドは、今日まで使用されてきた遊離アミノ酸またはアラニルジペプチドよりも高い濃度が可能であり、したがって、高い濃度因子が可能である。例えば、薬理学的タンパク質の製造で使用されるような大スケールでの細胞培養物は、多くは、数週間かけて培養される。この期間中、消費された栄養素は、頻繁に交換される。可能な限り大きな培地の体積増加を避けるために、より高い用量の供給培地が使用される。このような供給培地は、作業培地よりも5倍から1000倍大きな濃度で栄養素を含んでいてもよい。このため、リシルジペプチドは、特に好ましい。
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図2
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