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特許7185930放射性同位体の製造方法、放射性同位体製造装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-30
(45)【発行日】2022-12-08
(54)【発明の名称】放射性同位体の製造方法、放射性同位体製造装置
(51)【国際特許分類】
   G21G 1/10 20060101AFI20221201BHJP
   G21K 5/08 20060101ALI20221201BHJP
【FI】
G21G1/10
G21K5/08 R
【請求項の数】 17
(21)【出願番号】P 2019550421
(86)(22)【出願日】2018-10-30
(86)【国際出願番号】 JP2018040359
(87)【国際公開番号】W WO2019088113
(87)【国際公開日】2019-05-09
【審査請求日】2021-09-14
(31)【優先権主張番号】P 2017210442
(32)【優先日】2017-10-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】301032942
【氏名又は名称】国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】石岡 典子
(72)【発明者】
【氏名】近藤 浩夫
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 茂樹
【審査官】中尾 太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-164477(JP,A)
【文献】特開2016-080574(JP,A)
【文献】Y. Tall et al.,Volatile elements production rates in a proton-irradiated molten lead-bismuth target,Proceedings on International Conference on Nuclear Data for Science and Technology 2007,ドイツ,Springer,2008年06月17日,pp. 1069-1072
【文献】M. Andersson,Measurement of Gas and Volatile Elements Production Rates in Molten Lead Bismuth Target,CERN-THESIS,スイス,PSI, ISOLDE CERN,2008年08月14日,CERN-THESIS-2004-044,pp. 1-65
【文献】E. Noah et al.,Driver Beam-LED EURISOL target design constraints,EPAC'08, 11th European Particle Accelerator Conference,スイス,CERN,2008年09月05日,CERN-AB-2008-052
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G21G 1/10
G21K 5/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
放射性同位体の製造方法であって、
標的物質に放射線ビームを照射すること、および、
前記放射線ビームの照射により生成され気体中に移行した前記放射性同位体を、当該気体から抽出すること、を含み、
前記放射性同位体の抽出は、冷却により行うことを特徴とする
放射性同位体の製造方法。
【請求項2】
前記冷却は、前記放射性同位体を4℃以下に冷却することを特徴とする請求項に記載の放射性同位体の製造方法。
【請求項3】
前記冷却は、冷却水、アセトン-ドライアイス、液体窒素のうちの少なくとも1つを用いて前記放射性同位体を冷却することを特徴とする請求項に記載の放射性同位体の製造方法。
【請求項4】
前記放射線ビームを照射する前または前記放射線ビームの照射中に、前記標的物質を加熱することを含む
請求項1~のいずれか1項に記載の放射性同位体の製造方法。
【請求項5】
前記放射線ビームの照射中において、前記標的物質の少なくとも一部が液体である
請求項1~のいずれか1項に記載の放射性同位体の製造方法。
【請求項6】
前記放射性同位体は、17族又は18族の元素を含むことを特徴とする、
請求項1~のいずれか1項に記載の放射性同位体の製造方法。
【請求項7】
前記元素は、209At、210At、211At、34mCl、75Br、76Br、77Br、82Br、123I、124I、125I、126I、133Xe、211Rnのうちのいずれか1つを含むことを特徴とする請求項に記載の放射性同位体の製造方法。
【請求項8】
前記標的物質は、二種以上であることを特徴とする請求項1~のいずれか1項に記載
の放射性同位体の製造方法。
【請求項9】
前記標的物質は、前記放射線ビームが照射される際の圧力下で気化する際の温度が、前記放射性同位体が前記圧力下において気化する際の温度よりも高い物質であり、
前記放射性同位体を前記気体から抽出する際は、前記放射性同位体が前記圧力下において気化する際の温度以上で、前記標的物質が前記圧力下において気化する際の温度未満の温度範囲内となるように温度が調整されている前記標的物質から生成され気体中に移行した前記放射性同位体を抽出する、
請求項1~のいずれか1項に記載の放射性同位体の製造方法。
【請求項10】
放射性同位体を製造するための装置であって、
標的物質を格納する格納容器と、
放射線ビームを前記標的物質に照射するための前記放射線ビームの通路であるビーム導入部と、
前記放射線ビームにより生成され気体中に移行した放射性同位体を、当該気体中から抽出する抽出部と、を備え、
前記格納容器と前記抽出部とが前記放射性同位体を含む前記気体が導通するように気密に接続されており、
前記抽出部は、冷却により前記放射性同位体を抽出することを特徴とする
放射性同位体製造装置。
【請求項11】
前記冷却は、前記放射性同位体を4℃以下に冷却することを特徴とする請求項10に記載の放射性同位体製造装置。
【請求項12】
前記冷却は、冷却水、アセトン-ドライアイス、液体窒素のうちの少なくとも1つを用いて前記放射性同位体を冷却することを特徴とする請求項10に記載の放射性同位体製造装置。
【請求項13】
前記格納容器を加熱する加熱部を備える、請求項10~12のいずれか1項に記載の放射性同位体製造装置。
【請求項14】
前記格納容器内の標的物質を冷却する冷却手段を有することを特徴とする請求項10~13のいずれか1項に記載の放射性同位体製造装置。
【請求項15】
前記冷却手段は、前記格納容器の周囲に設けられたジャケット内に冷却材を導入して前記格納容器内の標的物質を冷却することを特徴とする請求項14に記載の放射性同位体製造装置。
【請求項16】
前記冷却手段は、前記格納容器内の標的物質を前記格納容器の内外に循環させることを特徴とする請求項15に記載の放射性同位体製造装置。
【請求項17】
前記格納容器内の標的物質を前記格納容器内で対流させることを特徴とする請求項10~16のいずれか1項に記載の放射性同位体製造装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放射性同位体の製造方法、放射性同位体製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
がんの治療方法には、切除、抗がん剤の投与、外部からの放射線照射等があるが、これらの手法を以ってしても治せないがんにより、多くの命が奪われているのが現状である。このようなことから、新たな治療方法の開発は、全世界において喫緊の課題である。
【0003】
アスタチン211(211At)は、細胞を死に至らしめるα線を放出する放射性同位体(RI)であることから、体内に投与する次世代のがん治療薬として期待が高い。211Atの薬剤化研究は、欧米が先行して進めているが、根幹となる211Atの製造では、複数の病院での治療が可能となる放射能量(数十GBq)の供給に応えられていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】渡辺茂樹、石岡典子ら「TIARAにおけるAt-211新規大量製造方法の開発」第16回放射線プロセスシンポジウム、2016年11月、東京
【文献】K. Gagnon, et al., “Design and evaluation of an external high-current target for production of 211At”, Label. Compd. Radiopharm 2012, 55 436-440
【文献】Kotaro Nagatsu, et al., “Production of 211At by a vertical beam irradiation method”, Applied Radiation and Isotopes, 2014, 94, 363-371
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来は、標的の固体金属に放射線を照射することで当該固体金属内に放射性同位体を生成し、当該放射線照射後の固体金属を取り出し別途RIを回収していた。医療用RI製造分野における固体金属を標的とした照射では、照射時に標的が破損(溶解)すると、効率的なRI生成を妨げる上、生成したRIが放出されてしまうおそれがあるため、照射時における標的の健全性を確保することは、最重要課題である。加えて、医療現場では照射後迅速に目的RIが得られる手法の開発が切望されているが、金属を標的とした照射においては、これまで成功例がない。
【0006】
211At製造においては、上記の課題が顕著である。211Atはビスマス(Bi)にアルファ(α)線を照射して生成するが、Biは、標的としてとりわけ融点が低いことから、照射出力に限界があり、大量製造に問題があった。このため、Biが溶融しないような照射方式の開発が行われてきた。また、照射した固体Biを加熱し、211AtとBiとの飽和蒸気圧差を利用して分離する従来の乾式蒸留分離手順では、固体Biの取り出しから211Atの分離、精製までに時間を要し、半減期約7時間の211Atの減衰ロスが生じる問題があった。
【0007】
このように、固体を標的としたRI製造では、照射、標的の取り外し、標的からの目的RIの分離、精製の一連の手順を踏まなければならなかった。
【0008】
本発明は、製造時間を抑制した放射性同位体を製造する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、以下の手段を採用する。
即ち、第1の態様は、
放射性同位体の製造方法であって、
標的物質に放射線ビームを照射すること、および、
前記放射線ビームの照射により生成され気体中に移行した前記放射性同位体を、当該気体から抽出すること、を含む、
放射性同位体の製造方法とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、製造時間を抑制した放射性同位体を製造する方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、実施形態の放射性同位体製造装置の構成例を示す図である。
図2図2は、放射性同位体製造装置の動作フローの例を示す図である。
図3図3は、図3は、14族、15族、16族、17族の元素の飽和蒸気圧と温度との関係の例を示すテーブルである。
図4図4は、実施形態の変形例の放射性同位体製造装置の構成例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照して実施形態について説明する。実施形態の構成は例示であり、発明の構成は、開示の実施形態の具体的構成に限定されない。発明の実施にあたって、実施形態に応じた具体的構成が適宜採用されてもよい。
【0013】
〔実施形態〕
(構成例)
図1は、本実施形態の放射性同位体製造装置の構成例を示す図である。放射性同位体製造装置100は、るつぼ102、ヒーター104、ジャケット106、ビームポート110、ビームウィンドウ112、ビームウィンドウ114、入口122、出口124、トラップ130を含む。
【0014】
るつぼ102は、標的(例えば、ビスマス)となる物質を溶融する耐熱性の容器である。るつぼ102は、標的となる物質を収容する格納容器である。るつぼ102として、例えば、石英、陶磁器、金属等が用いられる。るつぼ102には、少なくとも、標的となる物質の融点の温度に耐えられることが求められる。るつぼ102は、密閉されているが、入口122及び出口124で、気体が内部と外部とで導通可能にされている。るつぼ102には、ビームポート110が接続されている。るつぼ102は、耐熱容器の一例である。
【0015】
ヒーター104は、るつぼ102を加熱する加熱手段である。ヒーター104は、るつぼ102を加熱することで、るつぼ102内の標的となる物質を加熱する。これにより、標的物質の溶融を促進することができる。典型的には標的物質を溶融し液化させる。ヒーター104として、例えば、マイクロシースヒーターが用いられる。ヒーター104は、マイクロシースヒーターに限定されるものではない。るつぼ102内の標的となる物質のすべてが液化しなくてもよい。即ち、標的となる物質の一部が、固体のままであってもよい。ヒーター104によって、標的となる物質が加熱されると、当該物質は液化する。るつぼ102の中には、液化した物質による液相と、入口122から導入される気体などによる気相とが存在する。ヒーター104は、加熱部の一例である。
なお、ここではヒーター104により標的物質を加熱し、当該物質を液化する場合を例として説明したが、加熱手段としてはこれに限定されない。例えば、標的物質に放射線ビームを照射するとビーム照射部分の温度が上昇すること(核反応による熱に起因した温度上昇)を利用してもよい。従来公知の加熱手段を2以上組み合わせても良く、例えば、上記ヒーター104による加熱と、放射線ビーム照射に起因した温度上昇の両方を利用しても良い。
【0016】
ジャケット106は、るつぼ102の周囲に配置される冷却空間である。ジャケット106には、冷却材(例えば空気)の導入口と排出口とが設けられ、ジャケット106内に冷却材を導入口から導入することで、るつぼ102を冷却する。冷却は、ヒーター104の加熱を停止することによっても行われるが、ジャケット106に冷却材を導入することで、より早く冷却を行うことができる。ジャケット106に導入される冷却材は、空気(例えば常温の空気)に限定されず窒素等の他の気体や水等の液体であってもよい。
ここではるつぼ102の冷却方法として、ジャケット106内に冷却材を導入してるつぼ102を冷却する場合を例として説明したが、これに限定されず、従来公知の冷却手段を1または2以上を組み合わせて採用可能である。例えば、ペルチェ素子などの素子が利用されてもよい。
【0017】
ビームポート110は、るつぼ102内の標的となる物質に照射される放射線ビームを導入する通路である。ビームポート110内は、真空にされるまたはガス(例えばHeガスなど)が導入される。ビームポート110は、筒状であって、両端をビームウィンドウ112及びビームウィンドウ114によって塞がれている。ビームウィンドウ112で加速器などの放射線ビーム発生器とつながる。ビームウィンドウ112及びビームウィンドウ114は、例えば、金属板である。放射線ビーム発生器に含まれる加速器などで加速された放射線ビームは、ビームウィンドウ112からビームポート110に入り、ビームウィンドウ114を通って、るつぼ102内に照射される。即ち、標的(典型的には液化した液体標的)に照射される。ビームウィンドウ112及びビームウィンドウ114は、放射線ビームの少なくとも一部が通過しうる物質である。また、ビームウィンドウ114は、るつぼ102内の液体標的の温度でも溶融しない物質である。ビームポート110、ビームウィンドウ112、ビームウィンドウ114は、ビーム導入部の一例である。
【0018】
入口122は、るつぼ102に気体を導入する導入口である。入口122は、例えば、筒状のパイプである。入口122は、るつぼ102の内部と外部を気体の導通可能に接続する。入口122からは、放射性同位体を回収するためのガスが導入される。かかるガスは、後述するトラップ130による冷却により液化または固化しない気体を採用するのが好ましい。当該ガスは、例えば、Heガスである。入口122から気体を導入することで、出口124から気体が排出される。これにより、るつぼ102内の気相において、入口122から出口124に向かう気体の流れが生じる。かかる気体の流れにより、気相中に移行した放射性同位体を出口方向へ運ぶことができる。出口124から排出される気体の量は、入口122から導入される気体の量を調整することで、調整することができる。また、出口124から排出される気体の量を調整する(例えば流量を減少させる、典型的には出口124を塞ぐ)、或いは、トラップ130の排出側を塞ぐことで、導入する気体の量を調整すること等により、るつぼ102内の気相の気圧を制御することができる。出口124から排出される気体量の調整又はトラップ130の排出側から排出される気体量の調整と、入口122から導入される気体量の調整とを組み合わせることで、より高精度にるつぼ102内の気相の気圧を制御することができる。
【0019】
出口124は、るつぼ102からの気体を排出する排出口である。出口124は、例えば、筒状のパイプである。出口124は、るつぼ102の内部とトラップ130とを気体の導通可能に接続する。出口124からは、入口122から導入されたガスと、気化した放射性同位体等が排出される。放射性同位体は、液体標的に放射線ビームが照射されることによって生成される物質である。
【0020】
トラップ130は、るつぼ102から導入されるガスから、放射性同位体を分離、抽出する装置である。トラップ130は、前記放射性同位体を含む気体が導通可能となるよう、るつぼ102と気密に接続されている。トラップ130は、例えば、るつぼ102から導入されるガスを、冷却する。これにより、放射性同位体を液化又は固化させ、放射性同位体を含む気体(典型的にはHeとの混合ガス)から放射性同位体を分離することができる。上記冷却は、放射性同位体を混合ガスより分離可能であれば特に制限されず、例えば放射性同位体の沸点以下の温度、好ましくは放射性同位体の融点以下の温度または凝固点以下の温度とすればよい。より好ましくは、放射性同位体の融点および凝固点よりも低い温度に設定する。例えば4℃(277K)以下、典型的には-10℃(263K)以下、好ましくは-80℃(193K)以下、より好ましくは-196℃(77K)以下とすることができる。冷却手段としては、例えば冷却水、アセトン-ドライアイス、液体窒素などを使用することができる。このとき、Heガスは、液体窒素温度下(77K)で液化および固化しないので、放射性同位体を分離することができる。また、トラップ130から排出される分離された後のガス(例えば、Heガス)は、入口122から再びるつぼ102に導入されてもよい。トラップ130では、周知の乾式蒸留分離と同様の方法により、放射性同位体を分離することができる。トラップ130は、抽出部の一例である。
【0021】
るつぼ102内には、1以上の熱電対などの温度計測手段が設置されていてもよい。温度計測手段により、るつぼ102内の液相位置の温度や気相位置の温度を計測することができる。例えば、液相位置の温度を計測することで、標的となる物質が液化しているか否かを判断することができる。
【0022】
(動作例)
図2は、放射性同位体製造装置の動作フローの例を示す図である。ここでは、るつぼ102内に標的となる物質が既に入れられているとする。また、入口122からは、単位時間あたり所定量のHeガスが導入されているとする。
【0023】
S101では、放射性同位体製造装置100のヒーター104は、るつぼ102を加熱する。ヒーター104は、例えば、コンピュータなどによる制御装置等によって制御されてもよい。るつぼ102が加熱されることにより、るつぼ102内の標的となる物質が加熱される(典型的には溶融して液体になる)。るつぼ102は、標的となる物質の融点以上の温度に加熱されることが好ましい。液体になった標的となる物質を、液体標的ともいう。標的となる物質は、ここでは、ビスマス(Bi)とする。標的となる物質は、例えば、周期律表の14族、15族、16族の元素である。ビスマスの融点は、271℃であることから、るつぼ102は、271℃以上に加熱されればよい。ここでは、るつぼ102は、ヒーター104により300℃に加熱されるとする。標的(液体標的)の温度として、液体標的の飽和蒸気圧に対する生成される放射性同位体の飽和蒸気圧の割合がより大きくなる温度が好ましい。また、目的の放射性同位体を効率よく得るために、液体標的の飽和蒸気圧に対する生成される放射性同位体の飽和蒸気圧の割合がより大きくなる、標的の元素を選択することが好ましい。このとき、照射する放射線ビームの種類は、次に示すように選択される。
【0024】
S102では、るつぼ102内の液体標的は、ビームポート110を介して、放射線ビームを照射される。放射線ビームの放射線は、例えば、α線(He2+)、He2+Li3+等である。放射線ビームの放射線は、ここでは、α線とする。標的となる物質が13族、14族、15族、16族の元素であるとき、He2+He2+Li3+とする。これにより、標的となる物質と放射線ビームとの核反応により生成される主な放射性同位体は、15族、16族、17族、18族の元素となる。また、標的の元素は、金属であることが好ましい。
【0025】
S103では、標的となる物質と放射線ビームとの核反応により、放射性同位体が生成される。標的となる物質がBiであり、放射線ビームがα線であるとき、生成される主な放射性同位体は211Atとなる。また、るつぼ102の液相内では、核反応による熱により温められたBiが上昇し、気相の気体やるつぼ102の壁を通して空気等で冷やされたBiが下降することで、Biの対流が発生する。これにより、液相のBiの温度を一定に保つことができる。
【0026】
S104では、放射線ビームの照射によって生成された放射性同位体が、蒸発する。例えば、Atの融点(302℃)での飽和蒸気圧は、4×10Paである。生成されたAtは、るつぼ102内でAtの分圧が飽和蒸気圧になるまで、蒸発する。また、Biの融点(271℃)での飽和蒸気圧は、1.6×10-5Paである。Biもるつぼ102内でBiの分圧が飽和蒸気圧になるまで、蒸発する。Biの融点(271℃)でのAtの飽和蒸気圧は、Atの融点(302℃)での飽和蒸気圧とほぼ同じとすると、Atの飽和蒸気圧は、Biの飽和蒸気圧に比べて10倍以上大きい。したがって、るつぼ102の液相では、Biに対するAtの割合は非常に少なくても、気相では、Biの分圧は直ぐに飽和蒸気圧に達するため、液面から蒸発する元素(液相から気相に移行する元素)はほとんどがAtとなる。例えば、液体標的の温度が300℃である場合、Biの容積を適切に設定すれば、液面から蒸発する元素におけるAtの割合は99%以上となる。即ち、液面から蒸発する元素は、ほとんどが、Atである。気相に存在するAtの量は、気相に存在するBiの量に比べて非常に大きくなる。これにより、BiからAtが分離される。
【0027】
即ち、標的となる元素の飽和蒸気圧に対して、照射によって生成される元素の飽和蒸気圧が大きい場合に、液相の液面から蒸発する元素の多くが、生成される元素(放射性同位体)となる。標的となる元素に放射線ビームを照射することで、放射性同位体が生成され気相(気体中)に移行する。
【0028】
図3は、14族、15族、16族、17族の元素の飽和蒸気圧と温度との関係の例を示すテーブルである。例えば、14族のGeの2014℃の飽和蒸気圧は、10Paである。元素の飽和蒸気圧は、原則として、温度に対して単調増加することが知られている。ここでは、同周期の元素について飽和蒸気圧を比べる。図3のテーブルでは、同じ飽和蒸気圧で比べると、14族、15族、16族の元素の温度は、17族の温度に比べて高い。即ち、同じ温度で比べると、14族、15族、16族の元素の飽和蒸気圧は、17族の元素の飽和蒸気圧よりも低い。また、18族の元素の沸点は、一般に、他の元素の沸点と比べて非常に低い。そのため、同じ温度で比べると、14族、15族、16族の元素の飽和蒸気圧は、18族の元素の飽和蒸気圧よりも低い。即ち、14族、15族、16族の元素の融点での14族、15族、16族の元素の飽和蒸気圧は、14族、15族、16族の元素の融点での17族、18族の元素の飽和蒸気圧よりも低い。もしくは、14族、15族、16族の元素の融点で、17族、18族の元素は気体である。よって、液体標的を14族、15族、16族の元素とし、生成される元素(放射性同位体)を17族、18族の元素とすることで、液面から蒸発する元素における放射性同位体の割合は高くなる。
【0029】
S105では、液相の液面から気相に蒸発した放射性同位体(例えば、211At)は、気相のHeガス等とともに、出口124を通って、トラップ130に達する。トラップ130は、液体窒素などで冷却することなどにより、放射性同位体を抽出する。液体窒素による冷却では、Heガスは、ガスのまま存在し、トラップ130を通り抜けるが、放射性同位体は、凝固すること等により、トラップ130に残る。これにより、放射性同位体を分離、抽出することができる。
【0030】
放射性同位体製造装置100では、放射線ビームの照射を継続しつつ、トラップ130における放射性同位体の分離、抽出を行うことができる。即ち、放射性同位体製造装置100では、放射線ビームの放射と放射線同位体の抽出とを並行して行うことができる。放射線ビームの放射と放射線同位体の抽出とを並行して行う際、放射線ビームの放射と放射線同位体の抽出とのうち、どちらか一方の処理が停止してもよい。放射性同位体の抽出において、標的元素をるつぼ202から取り外さなくてもよい。このため、放射性同位体製造装置100は、効率的な放射性同位体の生成を行うことができる。
【0031】
(変形例)
図4は、本実施形態の変形例の放射性同位体製造装置の構成例を示す図である。図4の放射性同位体製造装置200は、るつぼ202、ヒーター204、ノズル208、ビームポート210、ビームウィンドウ212、ビームウィンドウ214、入口222、出口224、トラップ230、ポンプ240、熱交換器250を含む。放射性同位体製造装置200は、図1の放射性同位体製造装置100と同様に、るつぼ202を冷却するジャケットを含んでもよい。
【0032】
るつぼ202、ヒーター204、ビームポート210、ビームウィンドウ212、ビームウィンドウ214、入口222、出口224、トラップ230については、放射性同位体製造装置100の対応する部材と同様の構成を有する。
【0033】
るつぼ202の液相の下部には液体標的を排出する通路が設けられ、ポンプ240により、液体標的がるつぼ202から排出される。排出された液体標的は、熱交換器250により冷却される。冷却された液体標的は、るつぼ202内の上部に配置されるノズル208に導入される。ノズル208に導入された液体標的は、ノズル208の下部から滝のように流れ、るつぼ202の液相に達する。ビームポート210は、ノズル208から流れ出た液体標的に放射線ビームが照射されるように設置される。液体標的を強制的に循環することで、核反応により発生する熱を効率的に取り除き、るつぼ202内の温度上昇を抑制することができる。
【0034】
放射性同位体製造装置200は、液体標的を強制的に循環させる部分を除いて、放射性同位体製造装置100と同様に動作する。
【0035】
(実施形態の作用、効果)
従来は、装置に取り付けた固体標的に対して、放射線ビームを照射し、固体標的内に放射性同位体を生成していた。このため、照射後に装置に取り付けた固体標的を取り外し、固体標的の加熱溶解等の乾式蒸留分離を行って、放射性同位体を抽出していた。この固体標的の取り外しから乾式蒸留分離の完了の過程で、時間的ロスが発生していた。また、固体標的に対する照射では、固体標的が溶融しないように照射の出力を抑制することが求められていた。出力を抑制すると、生成される放射性同位体の量が少なくなる。
【0036】
これに対し、本実施形態の装置では、液体標的に放射線ビームを照射し、液体標的内に放射性同位体を生成する。液体標的の液面付近の温度、圧力を適切に調整することで、液相から蒸発する元素における蒸発する生成された放射性同位体の割合を高くすることができる。上記の例では、211Atの飽和蒸気圧はBiの飽和蒸気圧よりも非常に大きいことから、液相から蒸発する元素は、211Atが大半となる。このため、蒸発する元素を回収することによって、放射性同位体の精製を行うことになる。この放射性同位体の生成、分離、精製の過程は、液体標的の液面付近の211Atの分圧が飽和蒸気圧になり、平衡状態に達するまで、自発的に進行する。したがって、連続または適切なタイミングでAtを抽出すれば、連続的または間欠的に211Atを製造し続けることが可能となる。また、本実施形態の装置では、液体標的に対する放射線ビームの照射を止めて液体標的を取り外すことなく、放射性同位体を抽出することができるため、放射性同位体の生成から抽出までの放射性同位体の製造をより短時間で行うことができる。即ち、本実施形態の装置によれば、放射線ビームの照射により生成され蒸発した放射線同位体を含む気体から放射線同位体を抽出することができる。
【0037】
また、本実施形態の装置では、標的が液体であるため、標的が溶融しないように照射の出力を抑制することは求められず、液体標的を対流や強制循環等によって冷却することで、液体標的の温度を上昇させずに、放射線ビームの照射の出力を大きくすることができる。照射の出力を大きくすることで、より多くの放射性同位体を製造することができる。
【0038】
ところで、上記実施形態や変形例では、標的物質をビスマス(Bi)とし、標的物質に照射する放射線ビームをα線とすることにより、放射性同位体として211Atを生成する場合を一例として説明したが、上記実施形態や変形例は、ビスマス(Bi)以外の金属を標的物質としてもよいし、α線以外の放射線ビームを標的物質に照射してもよいし、211At以外の放射性同位体を生成してもよい。
【0039】
下記の表は、上記実施形態や変形例に適用できる標的物質と放射線ビームと放射性同位体との組み合わせパターンを示した表である。
【表1】
【表2】
【表3】
【表4】
【表5】
【表6】
【表7】
【0040】
上記の各表において「標的」と示される欄の記載は、上記実施形態や変形例において標的物質として適用できる元素を例示したものであり、表に記載されているように、例えば、硫黄(S)、ガリウム(Ga)、セレン(Se)、スズ(Sn)、アンチモン(Sb)、テルル(Te)、鉛(Pb)、ビスマス(Bi)が挙げられる。
【0041】
また、上記の各表において「核反応」と示される欄の記載は、上記実施形態や変形例において標的物質に照射する放射線ビームによる核反応の種類を例示したものであり、表に記載されているように、例えば、α粒子を使ったα反応、プロトンを使ったp反応、リチウムを使った核反応が挙げられる。核反応の欄において、コンマ(,)の左側が標的物質に入射するものを表し、コンマ(,)の右側が標的物質から出射するものを表している。
【0042】
また、上記の各表において「子孫核種」と示される欄の記載は、生成物が壊変することにより生成される核種を表している。子孫核種としては、上記の各表に例示されるように、ゲルマニウム(Ge)や臭素(Br)等が例示されているが、表の記載欄に収まらない多種多様な子孫核種が生成されるものについてはアスタリスク(*)で表示している。
【0043】
また、上記の各表において「加熱温度」と示される欄の「標的」欄及び「生成物」欄の記載は、物質の状態を示しており、「Sol」であれば固体、「Liq」であれば液体、「Gas」であれば気体の状態を表している。
【0044】
上記の各表に示される標的と核反応との組み合わせを上記実施形態や変形例に適用することにより、各表の「生成物」の欄に示されるように、様々な放射性同位体を生成することができる。そして、上記の各表では、標的は、放射線ビームが照射される際の圧力下で気化する際の温度が、生成物である放射性同位体が同圧力下において気化する際の温度よりも高い物質となるようになっている。よって、上記実施形態や変形例において、放射性同位体が同圧力下において気化する際の温度以上で、標的物質が同圧力下において気化する際の温度未満の温度範囲内となるように標的物質の温度を調整することにより、標的物質が気化せずに放射性同位体が気化し、トラップ130における気体からの放射性同位体の抽出が可能となる。なお、本願でいう「気化」とは、物質が気体の状態になっていることをいい、例えば、沸点或いは昇華点を超えることによって気相へ移行した状態を含む概念である。よって、上記の「標的物質が同圧力下において気化する際の温度」とは、「標的物質が同圧力下において蒸発する沸点または昇華点」と換言することが可能である。
【0045】
例えば、表のNo.1における組み合わせであれば、標的物質である硫黄(S)の常圧における沸点が約444℃であるのに対し、生成物である塩素(Cl)の常圧における沸点が硫黄(S)よりも低い約-34℃であるため、表の「加熱温度」欄に示されるように、るつぼ102内における温度が350℃の状態で標的に放射線ビームを照射すれば、標的物質である硫黄(S)が液体の状態を保ったまま、生成物である塩素(Cl)だけがるつぼ102内で蒸発し、るつぼ102内で蒸発した塩素(Cl)がトラップ130で凝縮することにより抽出される。
【0046】
また、例えば、表のNo.3やNo.7における組み合わせであれば、標的物質であるガリウム(Ga)の常圧における沸点が約2400℃であるのに対し、生成物であるヒ素(As)の常圧における沸点がガリウム(Ga)よりも低い約613℃であるため、表の「加熱温度」欄に示されるように、るつぼ102内における温度が650℃の状態で標的に放射線ビームを照射すれば、標的物質であるガリウム(Ga)が液体の状態を保ったまま、生成物であるヒ素(As)だけがるつぼ102内で蒸発し、るつぼ102内で蒸発したヒ素(As)がトラップ130で凝縮することにより抽出される。
【0047】
また、例えば、表のNo.12やNo.16、No.22における組み合わせであれば、標的物質であるセレン(Se)の常圧における沸点が約684℃であるのに対し、生成物である臭素(Br)の常圧における沸点がセレン(Se)よりも低い約58℃であるため、表の「加熱温度」欄に示されるように、るつぼ102内における温度が350℃或いは650℃の状態で標的に放射線ビームを照射すれば、標的物質であるセレン(Se)が液体の状態を保ったまま、生成物である臭素(Br)だけがるつぼ102内で蒸発し、るつぼ102内で蒸発した臭素(Br)がトラップ130で凝縮することにより抽出される。
【0048】
また、例えば、表のNo.102やNo.112における組み合わせであれば、標的物質であるアンチモン(Sb)の常圧における沸点が約1587℃であるのに対し、生成物であるヨウ素(I)の常圧における沸点がアンチモン(Sb)よりも低い約148℃であるため、表の「加熱温度」欄に示されるように、るつぼ102内における温度が350℃或いは650℃の状態で標的に放射線ビームを照射すれば、標的物質であるアンチモン(Sb)が固体又は液体の状態を保ったまま、生成物であるヨウ素(I)だけがるつぼ102内で蒸発し、るつぼ102内で蒸発したヨウ素(I)がトラップ130で凝縮することにより抽出される。
【0049】
また、例えば、表のNo.186における組み合わせであれば、標的物質であるビスマス(Bi)の常圧における沸点が約1564℃であるのに対し、生成物であるラドン(Rn)の常圧における沸点がビスマス(Bi)よりも低い約-62℃であるため、表の「加熱温度」欄に示されるように、るつぼ102内における温度が350℃或いは650℃の状態で標的に放射線ビームを照射すれば、標的物質であるビスマス(Bi)が固体又は液体の状態を保ったまま、生成物であるラドン(Rn)だけがるつぼ102内で蒸発し、るつぼ102内で蒸発したラドン(Rn)がトラップ130で凝縮することにより抽出される。
【0050】
なお、上記の各表の「加熱温度」欄では、温度が350℃と650℃の2つ場合を例示していたが、上記の各表に示される標的と核反応との組み合わせを上記実施形態や変形例で実現しようとする場合のるつぼ102内の温度は、350℃と650℃の何れかに限定されるものではない。すなわち、上記の各表に示される標的と核反応との組み合わせを上記実施形態や変形例で実現しようとする場合のるつぼ102内の標的物質の温度は、生成物がるつぼ102内の圧力下において気化する際の温度以上で、標的物質が同圧力下において気化する際の温度未満の温度範囲内で任意の温度にすることができる。例えば、表のNo.1における組み合わせであれば、標的物質である硫黄(S)の常圧における沸点が約444℃であるのに対し、生成物である塩素(Cl)の常圧における沸点が硫黄(S)よりも低い約-34℃である。よって、るつぼ102内を常圧と仮定した場合、るつぼ102内の硫黄(S)の温度が約-30℃から約440℃の範囲内であれば、標的物質である硫黄(S)を気化させずに生成物である塩素(Cl)だけをるつぼ102内で蒸発させ、るつぼ102内で蒸発した塩素(Cl)をトラップ130で凝縮することにより抽出できる。
【0051】
また、上記の各表の「標的」欄では、標的となる元素名のみが記されていたが、るつぼ102内には、各表の「標的」欄に示されるような標的としての物質が含まれていればよく、二種以上の標的物質が入れられた状態であってもよいし、或いは、標的以外の物質が標的物質と共に入れられた状態であってもよい。
【0052】
なお、るつぼ102内に二種類以上の物質が共に入れられて合金を形成する場合、融点は、各物質が単体で存在する場合とは相違することになる。例えば、ビスマス(Bi)とスズ(Sn)を58:42の比率で作製した合金の融点は、常圧では、ビスマス(Bi)の融点である271℃やスズ(Sn)の融点である232℃よりも低い138℃となる。しかし、ビスマス(Bi)に放射線ビームを照射することによって得られる生成物の沸点と、スズ(Sn)に放射線ビームを照射することによって得られる生成物の沸点自体は、合金状態であると否とに関わり無いため、るつぼ102内を適切な温度に調整することにより、各生成物をトラップ130で選択的に抽出することができる。
【0053】
上記の生成物は、医療における診断や治療に用いることができる他に、例えば、農作物における土壌からの物質の移動といった植物の状態を観察するトレーサとしての役割や、工業製品の表面処理の状態を確認するための試薬としての役割等、農作物や工業製品の品質管理といった医療目的以外の各種用途にも用いることもできる。
【符号の説明】
【0054】
100 放射性同位体製造装置
102 るつぼ
104 ヒーター
106 ジャケット
110 ビームポート
112 ビームウィンドウ
114 ビームウィンドウ
122 入口
124 出口
130 トラップ
200 放射性同位体製造装置
202 るつぼ
204 ヒーター
208 ノズル
210 ビームポート
212 ビームウィンドウ
214 ビームウィンドウ
222 入口
224 出口
230 トラップ
240 ポンプ
250 熱交換器
図1
図2
図3
図4