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特許7185947新生児低酸素性虚血性脳症の重症度判定方法と予後予測方法
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  • 特許-新生児低酸素性虚血性脳症の重症度判定方法と予後予測方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-30
(45)【発行日】2022-12-08
(54)【発明の名称】新生児低酸素性虚血性脳症の重症度判定方法と予後予測方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20221201BHJP
   C07K 14/705 20060101ALN20221201BHJP
【FI】
G01N33/68 ZNA
C07K14/705
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2020511069
(86)(22)【出願日】2019-03-29
(86)【国際出願番号】 JP2019013927
(87)【国際公開番号】W WO2019189725
(87)【国際公開日】2019-10-03
【審査請求日】2022-01-31
(31)【優先権主張番号】P 2018070037
(32)【優先日】2018-03-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】510147776
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 雅之
(72)【発明者】
【氏名】赤松 智久
【審査官】白形 優依
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/125752(WO,A1)
【文献】特表2013-545087(JP,A)
【文献】LOX-1 is a novel therapeutic target in neonatal hypoxic-ischemic encephalopathy,AKAMATSU, T. et al.,THE AMERICAN JOURNAL OF PATHOLOGY,2014年06月,Vol.184, No.6,pp.1843-1852
【文献】YOKOTA, C et al.,High Levels of Soluble Lectin-Like Oxidized Low-Density Lipoprotein Receptor-1 in Acute Stroke: An A,J ATHEROSCLER THROMB.,2016年,Vol.23,pp.1222-1226
【文献】CHAO, L et al.,Correlation between pulse wave velocity and serum sLOX-1 in patients with acute cerebral infarction,Sci Res Essays.,2011年12月16日,Vol.6, No.31,pp.6515-6519
【文献】赤松智久 ほか,新生児低酸素性虚血性脳症(nHIE)の新たな治療ターゲットとしてのLOX-1,日本小児科学会雑誌,2014年01月25日,Vol.118, No.2,p.249-(131)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48 - 33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
医中誌WEB
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
新生児低酸素性虚血性脳症患者における該疾患の重症度を判定するための方法であって、
出生後6時間以内の被験者から採取された血液中に含まれる可溶型LOX-1タンパク質又はその断片からなる新生児低酸素性虚血性脳症マーカーの単位体積あたりの質量を測定し、測定値を得る工程を含み
前記測定値前記被験者における新生児低酸素性虚血性脳症の重症度を示す前記方法。
【請求項2】
前記測定値が330pg/mL以上であることが前記被験者における新生児低酸素性虚血性脳症の重症度が中等度以上であることを示す、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
新生児低酸素性虚血性脳症患者における低体温療法の適用を判定するための方法であって、
出生後6時間以内の被験者から採取された血液中に含まれる可溶型LOX-1タンパク質又はその断片からなる新生児低酸素性虚血性脳症マーカーの単位体積あたりの質量を測定し、測定値を得る工程を含み
前記測定値前記被験者への低体温療法の適用要否を示す前記方法。
【請求項4】
前記測定値が330pg/mL以上であることが前記被験者への低体温療法の適用を要することを示す、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
新生児低酸素性虚血性脳症患者における低体温療法施術後の予後を予測するための方法であって、
出生後6時間以内の被験者から採取された血液中に含まれる可溶型LOX-1タンパク質又はその断片からなる新生児低酸素性虚血性脳症マーカーの単位体積あたりの質量を測定し、測定値を得る工程を含み
前記測定値低体温療法施術後の前記被験者の予後を示す前記方法。
【請求項6】
前記測定値が1650pg/mL未満であることが低体温療法施術後の前記被験者の予後良好であることを示す、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
新生児低酸素性虚血性脳症の重症度を判定する器具であって、
被験者から採取された血液を受容する血液受容部、
可溶型LOX-1検出試薬を含む試薬部、
可溶型LOX-1又はその断片と前記可溶型LOX-1検出試薬とを反応させる反応部、及び
前記反応部における検出結果に基づいて前記被験者における新生児低酸素性虚血性脳症の重症度を提示する提示部
を含む前記器具。
【請求項8】
前記提示部は、前記検出結果である血液中に含まれる可溶型LOX-1又はその断片の量が
330pg/mL以上であるときには中等度以上、又は
330pg/mL未満であるときには軽度
であることを提示する、請求項7に記載の器具。
【請求項9】
新生児低酸素性虚血性脳症患者への低体温療法適用の要否を判定する器具であって、
被験者から採取された血液を受容する血液受容部、
可溶型LOX-1検出試薬を含む試薬部、
可溶型LOX-1又はその断片と前記可溶型LOX-1検出試薬とを反応させる反応部、及び
前記反応部における検出結果に基づいて前記被験者における低体温療法の要否を提示する提示部
を含む前記器具。
【請求項10】
前記提示部は、前記検出結果である血液中に含まれる可溶型LOX-1又はその断片の量が
330pg/mL以上であるときには低体温療法が必要、又は
330pg/mL未満であるときには低体温療法が不要
であることを提示する、請求項9に記載の器具。
【請求項11】
新生児低酸素性虚血性脳症患者の低体温療法施術後の予後を予測する器具であって、
被験者から採取された血液を受容する血液受容部、
可溶型LOX-1検出試薬を含む試薬部、
可溶型LOX-1又はその断片と前記可溶型LOX-1検出試薬とを反応させる反応部、及び
前記反応部における検出結果に基づいて前記被験者における低体温療法施術後の予後を提示する提示部
を含む前記器具。
【請求項12】
前記提示部は、前記検出結果である血液中に含まれる可溶型LOX-1又はその断片の量が1650pg/mL未満であるときには予後が良好であることを提示する、請求項11に記載の器具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被験体である新生児低酸素性虚血性脳症に罹患した新生児におけるその疾患の重症度を判定する方法、及びその疾患に罹患した新生児における低体温療法の施術による予後を予測する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
新生児低酸素性虚血性脳症(neonatal hypoxic-ischemic encephalopathy)(本明細書では、しばしば「nHIE」と表記する)は、重症新生児仮死、急性呼吸循環不全、又は胎児低酸素症等によって、新生児に予期せず発症する脳循環障害である。nHIEは、一般に予後不良の疾患で、発生頻度は0.1~0.6%であるが、致死率は10~60%、脳性麻痺やてんかん等の神経学的後遺症の発生率は25%と非常に高い(非特許文献1~3)。その病態には、低酸素及び虚血によって神経細胞間隙に放出される興奮性神経伝達物質グルタミン酸の神経毒性やサイトカイン等の炎症性物質による神経細胞傷害及び脳浮腫が深く関わっている(非特許文献4及び5)。したがって、nHIEの治療には、不可逆的な細胞傷害を生じる前の潜伏期(latent phase)、すなわち、通常、出生後6時間以内での処置が重要となる。
【0003】
現在までのところnHIEに対して神経保護作用が証明されているのは、低体温療法のみである(非特許文献6~11)。しかし、低体温療法を行うには冷却装置、人工呼吸器、脳波モニター等の特別な機器を必要とし、手技、管理が非常に煩雑であるため、特定の高度医療機関でしか行うことができない。ところが、新生児仮死及びnHIEは、あらゆる出産施設において予期せずに起こり得るものであり、低体温療法を行うためには高度医療機関への新生児搬送が必要となる。一方、nHIEは、出生前又は出生時から進行しており、低体温療法であっても前述のように出生後6時間以内に施術を開始しなければ効果がない。すなわち、低体温療法による有効な治療効果を得るためには、出生後6時間以内に新生児がnHIEに罹患しているか否かを診断しなければならない。しかし、従来、新生児の出生後早期に、かつ迅速に実施可能なnHIEの検出方法は開発されていなかった。
【0004】
本発明者らは、この課題を解決するために、nHIEのモデルラットを作製し、nHIE発症時には発現が有意に増減し、逆に低体温療法処置によってその増減が解消される12種類の遺伝子及びその遺伝子産物を同定し、脳循環障害検出用バイオマーカーとして開発した(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】WO2015/125752
【非特許文献】
【0006】
【文献】Shankaran S, 2009, J Neurotrauma. 26(3):437-443. doi: 10.1089/ neu.2008.0678.
【文献】Gunn AJ., 2000, Curr Opin Pediatr. 12(2):111-115.
【文献】Vannucci RC & Perlman JM, 1997, Pediatrics. 100(6):1004-1014.
【文献】Drury PP, et al., 2010, Semin Fetal Neonatal Med. 15(5):287-292. doi: 10.1016/j.siny.2010.05.005.
【文献】Johnston MV, et al., 2011, Lancet Neurol. 10(4):372-82. doi: 10.1016/S1474-4422(11)70016-3.
【文献】Gluckman PD, et al., 2005, Lancet. 365(9460):663-670.
【文献】Shankaran S, et al., 2005, N Engl J Med. 353(15):1574-1584.
【文献】Azzopardi DV, et al., 2009, N Engl J Med. 361(14):1349-1358. doi: 10.1056/NEJMoa0900854.
【文献】Simbruner G, et al., 2010, Pediatrics. 126(4):e771-778. doi: 10.1542/peds.2009-2441.
【文献】Zhou WH, et al., 2010, J Pediatr. 157(3):367-372, 372.e1-3. doi: 10.1016/j.jpeds.2010.03.030.
【文献】Jacobs SE, et al., 2011, Arch Pediatr Adolesc Med. 165(8):692-700. doi: 10.1001/archpediatrics.2011.43.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
新生児に対する低体温療法の侵襲性は、決して低くはない。それ故に、この療法は、それを必要とするnHIE罹患新生児に対して適用すべきである。ところが、nHIE罹患新生児であっても重症度が軽度の場合には治療適用外となる。また、重度のnHIE罹患新生児の場合は、低体温療法が適用されても改善は限定的で、予後が不良となることが多く、適用後も予断を許さない。したがって、被検者である新生児がnHIEに罹患している場合、その重症度は、低体温療法の適用の要否、同療法適用後の予後を予測する上で極めて重要な情報となる。
【0008】
前記特許文献1に開示の脳循環障害検出マーカーを用いれば、新生児におけるnHIEの罹患の有無を判定することは可能である。しかし、特許文献1に開示の発明では、nHIEの重症度や低体温療法施術後の予後の状態を予測することまではできなかった。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、新生児集中治療室(NICU)に入院した72名の新生児を、米国NICHD(National Institute of Child Health and Human Development)のnHIE診断基準とSarnatのnHIE重症度分類により、正常群、nHIE軽度群、nHIE中等度群、及びnHIE重度群の4群に分類した。各群の新生児から出生後6時間以内に採取された血漿を用いて、その血漿中に含まれるLOX-1タンパク質における可溶型ペプチドの量を測定した結果、nHIEの重症度及び低体温療法施術後の予後と密接に関係していることを見出した。血漿単位容量当たりの可溶型LOX-1タンパク質量をカットオフ値として特定することで、新生児におけるnHIEの重症度、及び低体温療法施術後の予後を高い特異性で的中できることも明らかとなった。本願発明は、これらの新たな知見に基づき開発されたものであって、以下を提供する。
【0010】
(1)nHIE患者における該疾患の重症度を判定する方法であって、出生後6時間以内の被験者から採取された血液中に含まれるsLOX-1タンパク質又はその断片からなるnHIEマーカーの単位体積あたりの質量を測定し、測定値を得る工程、及び前記測定値に基づいて前記被験者におけるnHIEの重症度を判定する工程を含む前記方法。
(2)前記測定値が330pg/mL以上のときに前記被験者におけるnHIEの重症度が中等度以上であると判定する、(1)に記載の方法。
(3)nHIE患者における低体温療法の適用を判定する方法であって、出生後6時間以内の被験者から採取された血液中に含まれるsLOX-1タンパク質又はその断片からなるnHIEマーカーの単位体積あたりの質量を測定し、測定値を得る工程、及び前記測定値に基づいて前記被験者への低体温療法の適用要否を判定する工程を含む前記方法。
(4)前記測定値が330pg/mL以上のときに前記被験者への低体温療法の適用を要すると判定する、(3)に記載の方法。
(5)nHIE患者における低体温療法施術後の予後を予測する方法であって、出生後6時間以内の被験者から採取された血液中に含まれるsLOX-1タンパク質又はその断片からなるnHIEマーカーの単位体積あたりの質量を測定し、測定値を得る工程、及び前記測定値に基づいて低体温療法施術後の前記被験者の予後を予測する工程を含む前記方法。
(6)前記測定値が1650pg/mL未満のときは低体温療法施術後の前記被験者の予後は良好であると予測する、(5)に記載の方法。
(7)nHIE重症度を判定する器具であって、被験者から採取された血液を受容する血液受容部、LOX-1検出試薬を含む試薬部、sLOX-1又はその断片と前記sLOX-1検出試薬とを反応させる反応部、及び前記反応部における検出結果に基づいて前記被験者におけるnHIEの重症度を提示する提示部を含む前記器具。
(8)前記提示部は、前記検出結果である血液中に含まれるsLOX-1又はその断片の量が330pg/mL以上であるときには中等度以上、又は330pg/mL未満であるときには軽度であることを提示する、(7)に記載の器具。
(9)nHIE患者への低体温療法適用の要否を判定する器具であって、被験者から採取された血液を受容する血液受容部、sLOX-1検出試薬を含む試薬部、sLOX-1又はその断片と前記sLOX-1検出試薬とを反応させる反応部、及び前記反応部における検出結果に基づいて前記被験者における低体温療法の要否を提示する提示部を含む前記器具。
(10)前記提示部は、前記検出結果である血液中に含まれるsLOX-1又はその断片の量が330pg/mL以上であるときには低体温療法が必要、又は330pg/mL未満であるときには低体温療法が不要であることを提示する、(9)に記載の器具。
(11)nHIE患者の低体温療法施術後の予後を予測する器具であって、被験者から採取された血液を受容する血液受容部、sLOX-1検出試薬を含む試薬部、sLOX-1又はその断片と前記sLOX-1検出試薬とを反応させる反応部、及び前記反応部における検出結果に基づいて前記被験者における低体温療法施術後の予後を提示する提示部を含む前記器具。
(12)前記提示部は、前記量が1650pg/mL未満であるときには予後が良好であることを提示する、(11)に記載の器具。
本明細書は本願の優先権の基礎となる日本国特許出願番号2018-070037号の開示内容を包含する。
【発明の効果】
【0011】
本発明のnHIE重症度判定方法によれば、被験者であるnHIE罹患新生児におけるnHIEの重症度を判定することができる。
【0012】
本発明の低体温療法適用判定方法によれば、被験者であるnHIE罹患新生児に対して低体温療法を適用すべきか否かを判定することができる。
【0013】
本発明の低体温療法施術予後予測方法によれば、被験者であるnHIE罹患新生児への低体温療法の有効性を予測することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】出生後6時間以内に採取したnHIE罹患新生児の血漿中におけるsLOX-1タンパク質量とnHIE重症度の関連性を示す図である。図中、○はsLOX-1タンパク質量が極めて高いサンプルを表す。図中、††はP<0.01 vs 軽度 nHIEを示す。
図2】出生後6時間以内に採取したnHIE罹患新生児の血漿中におけるsLOX-1タンパク質量とその新生児に低体温療法を施術したときの予後との関連性を示す図である。図中、○はsLOX-1タンパク質量が極めて高いサンプルを表す。図中、††はP<0.01 vs 予後良好を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
1.新生児低酸素性虚血性脳症重症度判定方法(nHIE重症度判定方法)
1-1.概要
本明細書における第1の態様は、新生児低酸素性虚血性脳症(nHIE)の重症度を判定する方法である。本方法は、所定時間内に被験者から採取した血液中に含まれるnHIEマーカーの量を測定することによって、その被験者のnHIEの重症度を判定することができる。
【0016】
1-2.定義
本明細書において使用する以下の用語について定義する。
「新生児低酸素性虚血性脳症(nHIE)」は、前述のように、新生児における脳循環障害の一つであり、重症新生児仮死、急性呼吸循環不全、又は胎児低酸素症等により予期せず発症する疾患である。
【0017】
本明細書において「重症度」とは、評価尺度に基づく疾患の症状の程度をいう。本明細書では、特に断りのない限り「重症度」はnHIEの重症度を意味する。nHIEの重症度は、限定はしないが、例えば、米国NICHDのnHIE診断基準(Shankaran S,et al., 2005, N Engl J Med., 353(15):1574-1584)、又はSarnatのnHIE重症度分類(Sarnat H.B. & Sarnat M.S., 1976, Arch Neurol., 33(10):696-705)に基づけば、4群(正常群、軽度群[stage 1]、中等度群[stage 2]、及び重度群[stage 4])に分類することができる。
【0018】
本明細書において「重症度(を)判定(する)」とは、被験者における疾患の重症度を同定することをいう。本明細書における疾患はnHIEであることから、「重症度を判定する」とは、すなわち、被験者におけるnHIEの重症度を同定することをいう。
【0019】
本明細書において「nHIEマーカー」とは、nHIEを検出するためのバイオマーカーである。本明細書におけるnHIEマーカーは、具体的には、LOX-1タンパク質、特に可溶型LOX-1タンパク質、又はその断片からなるペプチドマーカーをいう。
【0020】
「LOX-1(lectin-like oxidized low-density lipoprotein receptor-1:レクチン様酸化低密度リポタンパク質受容体-1)」タンパク質とは、N末端側を細胞質内に、そしてC末端側を細胞質外に露出させた1回膜貫通型の膜タンパク質である。ジスルフィド結合によりホモ二量体を形成し、酸化低密度リポタンパク質のスカベンジャー受容体として機能する。LOX-1タンパク質は、血小板、内皮細胞、血管平滑筋、ニューロン及びマクロファージにおける虚血再灌流障害、活性酸素、及び炎症性サイトカインによって、その発現が誘導されることが知られている。
【0021】
LOX-1タンパク質をコードするLOX-1遺伝子は、nHIEの発症に伴い、その発現が有意に増加するため、nHIE検出用のバイオマーカーとなり得る(特許文献1)。nHIE患者では、LOX-1遺伝子発現の増加に伴い、その翻訳産物であるLOX-1タンパク質もまた有意に増加する。したがって、LOX-1タンパク質及びその断片もnHIEを検出する上で有用なバイオマーカーとなり得る。
【0022】
本明細書におけるLOX-1タンパク質は、特に断りのない限りヒトLOX-1タンパク質を意味する。LOX-1タンパク質は、野生型及び変異型を包含する。ここでいう「変異型」とは、スプライシングバリアントやSNIPs等に基づく突然変異体等を包含する。野生型LOX-1タンパク質は、具体的には配列番号1で示すアミノ酸配列からなるポリペプチドである。また、変異型LOX-1タンパク質には、限定はしないが、例えば、配列番号1で示すアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたポリペプチド、又は配列番号1で示すアミノ酸配列に対して70%以上、75%以上、80%以上、85%以上、88%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上のアミノ酸同一性を有するポリペプチドが挙げられる。
【0023】
本明細書において「複数個」とは、例えば、2~20個、2~15個、2~10個、2~7個、2~5個、2~4個又は2~3個をいう。また、「アミノ酸同一性」とは、比較する2つのアミノ酸配列において、両者のアミノ酸残基の一致数が最大限となるように、必要に応じて一方又は双方に適宜ギャップを挿入して整列化(アラインメント)したときに、全アミノ酸残基数における一致アミノ酸残基数の割合(%)をいう。アミノ酸同一性を算出するための2つのアミノ酸配列の整列化は、Blast、FASTA、ClustalW等の既知プログラムを用いて行なうことができる。
【0024】
本明細書において「(アミノ酸の)置換」とは、天然のタンパク質を構成する20種類のアミノ酸間において、電荷、側鎖、極性、芳香族性等の性質の類似する保存的アミノ酸群内での置換をいう。例えば、低極性側鎖を有する無電荷極性アミノ酸群(Gly, Asn, Gln, Ser, Thr, Cys, Tyr)、分枝鎖アミノ酸群(Leu, Val, Ile)、中性アミノ酸群(Gly, Ile, Val, Leu, Ala, Met, Pro)、親水性側鎖を有する中性アミノ酸群(Asn, Gln, Thr, Ser, Tyr,Cys)、酸性アミノ酸群(Asp, Glu)、塩基性アミノ酸群(Arg,Lys,His)、芳香族アミノ酸群(Phe,Tyr,Trp)内での置換が挙げられる。これらの群内でのアミノ酸置換であれば、ポリペプチドの性質に変化を生じにくいことが知られているため好ましい。
【0025】
本明細書において「可溶型LOX-1タンパク質」(soluble form of LOX-1 protein:本明細書では、しばしば「sLOX-1タンパク質」と表記する)とは、LOX-1タンパク質の細胞外領域からなるペプチド断片をいう。LOX-1タンパク質は、細胞外ドメインのN末端側に存在するネックドメインにプロテアーゼ感受性の高い部位が存在する。LOX-1タンパク質がこの部位で切断された場合、細胞外領域は、遊離状態となり細胞外に放出され、血液中に現れることが知られている(21,22)。本発明では、血液中に存在するLOX-1タンパク質及び/又はその断片の質量を測定することから、本発明の対象となり得るnHIEマーカーは、必然的にsLOX-1タンパク質及び/又はその断片となる。sLOX-1タンパク質は、野生型であれば配列番号1で示すアミノ酸配列の91位~273位に相当する183個のアミノ酸及び94位~273位からなるポリペプチドが該当する。
【0026】
前記「その断片」とは、前記sLOX-1タンパク質の断片を意味する。具体的には、配列番号2で示すsLOX-1タンパク質に含まれる連続する6~182個、7~182個、8~182個、9~182個、又は10~182個のアミノ酸からなるポリペプチドが該当する。
【0027】
本明細書において「被験者」とは、本発明の方法又は器具に適用され、その対象となるヒト個体であり、より具体的には新生児をいう。本発明の第1態様であるnHIE重症度判定方法、及び後述する第2態様以降の発明では、nHIE患者、すなわちnHIE罹患新生児を対象としている。それ故、原則として、本発明の全ての態様で対象となる被験者はnHIE患者である。ただし、本発明の全ての態様で使用するnHIEマーカーは、nHIE罹患の有無も検出し得るため、nHIE重症度判定等を行うと同時に、その被験者がnHIE患者であるか否かも判定することが可能である。したがって、本発明の全ての態様で被験者は、nHIEの罹患が明らかではない新生児であってもよい。
【0028】
1-3.方法
本発明のnHIE重症度判定方法は、測定値取得工程、及び重症度判定工程を必須工程として含む。以下、各工程について具体的に説明をする。
【0029】
1-3-1.測定値取得工程
「測定値取得工程」は、血液中に含まれるnHIEマーカーの単位体積あたりの質量を測定し、その測定値を得る工程である。
【0030】
本工程で測定に供される血液は、出生後、所定の時間内に被験者から採取された血液である。「所定の時間内」とは、6時間以内、5時間以内、4時間以内、3時間以内、2時間以内、1時間以内、30分以内、又は出生直後(5分以内)をいう。また、本工程で測定に供される血液は、出生時に得られる臍帯血のうち、胎児から母体に向かう臍帯動脈血(出生時臍帯動脈血)であってもよい。ここで言う「血液」とは、全血、血清、又は血漿が該当する。いずれの血液を使用してもよいが、sLOX-1タンパク質の測定は、血液凝固、溶血、間質液の汚染等の影響を受け易い。それ故、好ましい血液は、それらの影響を受けにくく、sLOX-1タンパク質の正確な定量が可能な血漿である。
【0031】
本工程での測定対象となるnHIEマーカーは、前述のように血液中に存在し得るsLOX-1タンパク質及び/又はその断片である。測定すべき値は、単位体積当たりの血液中に存在するnHIEマーカーの質量である。本工程で測定に供する血液の体積は限定しないが、例えば、1μL~10μL、2μL~20μL、5μL~50μL、8μL~80μL、10μL~100μL、20μL~200μL、50μL~500μL、80μL~800μL、100μL~1mL、200μL~2mL、又は500μL~5mLの範囲内の血液量があればよい。
【0032】
血液中のnHIEマーカーの質量を測定する方法は、ペプチドの定量方法であれば、特に限定はしない。例えば、免疫学的検出法、アプタマー解析法、又は質量分析法等の公知の定量方法を利用できる。以下、各定量法について説明をする。
【0033】
(1)免疫学的検出法
「免疫学的検出法」とは、標的分子と特異的に結合する抗体又はその断片を用いて、その標的分子を定量する方法である。免疫学的検出法には、例えば、酵素免疫測定法(ELISA法、EIA法を含む)、蛍光免疫測定法、放射免疫測定法(RIA)、発光免疫測定法、表面プラズモン共鳴法(SPR法)、水晶振動子マイクロバランス(QCM)法、免疫比濁法、ラテックス凝集免疫測定法、ラテックス比濁法、赤血球凝集反応、粒子凝集反応法、金コロイド法、キャピラリー電気泳動法、ウェスタンブロット法又は免疫組織化学法(免疫染色法)のいずれを用いてもよい。
【0034】
本工程では、nHIEマーカーがその標的分子となり得ることから、使用する抗体はLOX-1の細胞外ドメインを認識し、結合し得る抗体であればよい。例えば、抗LOX-1抗体、抗sLOX-1抗体が挙げられる。抗LOX-1抗体又は抗sLOX-1抗体は、sLOX-1タンパク質の全長又はその一部(例えば、細胞外ドメインの全部又は一部)を抗原とし、常法により作製すればよい。市販の抗LOX-1抗体や抗sLOX-1抗体を使用することもできる。抗体は、モノクローナル抗体又はポリクローナル抗体のいずれを使用してもよい。抗体がポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体の場合、それを構成する免疫グロブリンは、任意のクラス(例えば、IgG、IgE、IgM、IgA、IgD及びIgY)、又は任意のサブクラス(例えば、IgG1、IgG2、IgG3、IgG4、IgA1、IgA2)でよい。抗体は、哺乳動物及び鳥を含めたいずれの動物由来でもよい。抗体由来動物として、例えば、ウサギ、マウス、ラット、モルモット、ヤギ、ロバ、ヒツジ、ラクダ、ラマ、アルパカ、ウマ、ニワトリ又はヒト等が挙げられる。
【0035】
免疫学的検出法では、ポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体に基づき、人為的に作製した抗体も使用することができる。そのような抗体として、例えば、組換え抗体、合成抗体、及び抗体フラグメントが挙げられる。
【0036】
「組換え抗体」は、遺伝子組換え技術を用いて作製された抗体であり、キメラ抗体、ヒト化抗体、及び多重特異性抗体等を含む。「キメラ抗体」とは、分子生物学的手法を用いてある抗体の可変領域(V領域)を他の異なる動物由来の抗体のV領域で置換した抗体である。例えば、nHIEマーカーと特異的に結合するマウス抗sLOX-1モノクローナル抗体のV領域をヒト抗体のV領域と置き換えて、V領域がマウス由来、C領域がヒト由来となった抗体が該当する。「ヒト化抗体」とは、ヒト以外の哺乳動物、例えば、nHIEマーカーと特異的に結合するマウス抗sLOX-1モノクローナル抗体又はマウス抗sLOX-1モノクローナル抗体のV領域における相補性決定領域(CDR;CDR1、CDR2及びCDR3)をヒトモノクローナル抗体のCDRとを置換したグラフト抗体である。「多重特異性抗体」とは、多価抗体、すなわち抗原結合部位を一分子内に複数有する抗体において、それぞれの抗原結合部位が異なるエピトープと結合する抗体をいう。例えば、IgGのように2つの抗原結合部位を有する抗体であれば、それぞれの抗原結合部位が同一の又は異なるnHIEマーカーと特異的に結合する二重特異性抗体(Bispecific抗体)が挙げられる。
【0037】
「合成抗体」は、化学的方法又は組換えDNA法を用いることによって合成した抗体をいう。例えば、適当な長さと配列を有するリンカーペプチド等を介して、特定の抗体の一以上の軽鎖可変領域(VL領域)及び一以上の重鎖可変領域(VH領域)を人工的に連結させた一量体ポリペプチド分子、又はその多量体ポリペプチドが該当する。このようなポリペプチドの具体例としては、一本鎖Fv(scFv :single chain Fragment of variable region)(Pierce Catalog and Handbook, 1994-1995, Pierce Chemical Co., Rockford, IL参照)、ダイアボディ(diabody)、トリアボディ(triabody)又はテトラボディ(tetrabody)等が挙げられる。免疫グロブリン分子において、VL領域及びVH領域は、通常別々のポリペプチド鎖(軽鎖と重鎖)上に位置する。一本鎖Fvは、これら2つのポリペプチド鎖上のV領域を十分な長さの柔軟性リンカーによって連結し、1本のポリペプチド鎖に包含した構造を有する合成抗体断片である。一本鎖Fv内において両V領域は、互いに自己集合して1つの機能的な抗原結合部位を形成することができる。一本鎖Fvは、それをコードする組換えDNAを、公知技術を用いてファージゲノムに組み込み、発現させることで得ることができる。ダイアボディは、一本鎖Fvの二量体構造を基礎とした構造を有する分子である(Holliger et al., 1993, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90:6444-6448)。例えば、上記リンカーの長さが約12アミノ酸残基よりも短い場合、一本鎖Fv内の2つの可変部位は自己集合できないが、ダイアボディを形成させることにより、すなわち、2つの一本鎖Fvを相互作用させることにより、一方のFv鎖のVL領域が他方のFv鎖のVH領域と集合可能となり、2つの機能的な抗原結合部位を形成することができる(Marvin et al., 2005, Acta Pharmacol. Sin. 26:649-658)。さらに、一本鎖FvのC末端にシステイン残基を付加させることにより、2本のFv鎖同士のジスルフィド結合が可能となり、安定的なダイアボディを形成させることもできる(Olafsen et al., 2004, Prot. Engr. Des. Sel. 17:21-27)。このようにダイアボディは二価の抗体断片であるが、それぞれの抗原結合部位は、同一エピトープと結合する必要はなく、それぞれが異なるエピトープを認識し、特異的に結合する二重特異性を有していてもよい。トリアボディ、及びテトラボディは、ダイアボディと同様に一本鎖Fv構造を基本としたその三量体、及び四量体構造を有する。それぞれ、三価、及び四価の抗体断片であり、多重特異性抗体であってもよい。
「抗体フラグメント」とは、例えば、Fab、F(ab’2)、Fv等が該当する。
【0038】
(2)アプタマー解析法
「アプタマー解析法」は、立体構造によって標的物質と強固、かつ特異的に結合するアプタマーを用いて、標的分子であるnHIEマーカーを定量する方法である。アプタマーは、その分子の種類により、核酸アプタマーとペプチドアプタマーに大別することができるが、いずれのアプタマーであってもよい。
【0039】
「核酸アプタマー」とは、核酸で構成されるアプタマーをいう。核酸アプタマーを構成する核酸は、DNA、RNA又はそれらの組合せのいずれであってもよい。必要に応じて、PNA、LNA/BNA、メチルホスホネート型DNA、ホスホロチオエート型DNA、2'-O-メチル型RNA等の化学修飾核酸を含むこともできる。
【0040】
核酸アプタマーは、nHIEマーカー、すなわち、sLOX-1タンパク質の全長又はその一部を標的分子として、当該分野で公知の方法、例えば、SELEX(systematic evolution of ligands by exponential enrichment)法を用いて作製することができる。SELEX法は、公知の方法であり、具体的な方法は、例えば、Panら(Proc. Natl. Acad. Sci. 1995, U.S.A.92: 11509-11513)に準じて行えばよい。
【0041】
ペプチドアプタマーとは、アミノ酸で構成されるアプタマーで、抗体と同様に、特定の標的分子の表面構造を認識して、特異的に結合する1~6kDのペプチド分子である。ファージディスプレイ法や細胞表層ディスプレイ法を用いて製造することができる。ペプチドアプタマーの製造法は、当該分野で公知の方法に基づいて作製すればよい。例えば、Whaley, S.R., et al., 2000, Nature, 405, 665-668を参照することができる。
【0042】
上記抗体又はアプタマーは、必要に応じて標識されていてもよい。標識は、当該分野で公知の標識物質を利用すればよい。抗体及びペプチドアプタマーの場合、例えば、蛍光色素(フルオレセイン、FITC、ローダミン、テキサスレッド、Cy3、Cy5)、蛍光タンパク質(例えば、PE、APC、GFP)、酵素(例えば、西洋ワサビペルオキシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、グルコースオキシダーゼ)、放射性同位元素(例えば、3H、14C、35S)又はビオチン若しくは(ストレプト)アビジンにより標識することができる。また、核酸アプタマーの場合、例えば、放射性同位元素(例えば、32P、3H、14C)、DIG、ビオチン、蛍光色素(例えば、FITC、Texas、cy3、cy5、cy7、FAM、HEX、VIC、JOE、Rox、TET、Bodipy493、NBD、TAMRA)、又は発光物質(例えば、アクリジニウムエスター)が挙げられる。標識物質で標識された抗体やアプタマーは、標的タンパク質と結合したアプタマーを検出する際に有用なツールとなり得る。
【0043】
(3)質量分析法
「質量分析法」には、高速液体クロマトグラフ質量分析法(LC-MS)、高速液体クロマトグラフタンデム質量分析法(LC-MS/MS)、ガスクロマトグラフ質量分析法(GC-MS)、ガスクロマトグラフタンデム質量分析法(GC-MS/MS)、キャピラリー電気泳動質量分析法(CE-MS)及びICP質量分析法(ICP-MS)が挙げられる。
【0044】
上記免疫学的検出法、アプタマー解析法、及び質量分析法は、いずれも当該分野に公知の技術であって、それらの方法に準じて行えばよい。例えば、Green, M.R. and Sambrook, J., 2012, Molecular Cloning: A Laboratory Manual Fourth Ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, New York;Christopher J., et al., 2005, Chemical Review,105:1103-1169;Iijima Y. et al., 2008,.The Plant Journal, 54,949-962;Hirai M. et al.,2004, Proc Natl Acad Sci USA, 101(27) 10205-10210;Sato S, et al., 2004,,The Plant Journal, 40(1)151-163; Shimizu M. et al., 2005, Proteomics, 5,3919-3931に記載の方法に準じて行うことができる。また、各メーカーから各種ペプチド定量キットが市販されており、それらを利用することもできる。
【0045】
1-3-2.重症度判定工程
「重症度判定工程」は、前記測定値取得工程で得られた測定値に基づいてnHIEの重症度の判定を補助する工程である。本工程では、測定値における所定の値をカットオフ値と定め、そのカットオフ値以上であれば、前記測定値取得工程で使用した血液の提供者である被験者におけるnHIEの重症度が中等度以上、すなわち中等度又は重度であると判定する。
【0046】
前記カットオフ値は、具体的には、例えば310pg/mL、好ましくは320pg/mL、より好ましくは330pg/mL、さらに好ましくは335pg/mLである。一方、測定値が前記カットオフ値未満の場合には、前記測定値取得工程で使用した血液の提供者である被験者のnHIE重症度は軽度であると判定することもできる。
【0047】
1-4.効果
本発明のnHIE重症度判定方法によれば、出生後の所定時間内に採取された被験者(nHIE患者)の血液を用いることで、高い特異度と的中率で、その被験者が罹患しているnHIEの重症度を判定する上で、医師の診断を補助することができる。また、血液中のnHIEマーカー量により簡易、かつ客観的に判定できることから、従来利用されてきた米国NICHDのnHIE診断基準やSarnatのnHIE重症度分類に代わるnHIE重症度の新たな評価尺度となり得る。
【0048】
2.低体温療法適用判定方法
2-1.概要
本明細書における第2の態様は、nHIE患者への低体温療法の適用の要否を判定する方法である。本方法は、出生後所定時間内に被験者から採取した血液中に含まれるnHIEマーカー量の測定値に基づいて予測する。本発明の低体温療法適用判定方法によれば、その被験者が低体温療法の適用を要しているか否かを容易に判定することができる。
【0049】
2-2.方法
本発明の低体温療法適用方法は、測定値取得工程、及び低体温療法適用判定工程を必須工程として含む。以下、各工程について具体的に説明をする。
【0050】
2-2-1.測定値取得工程
「測定値取得工程」は、血液中に含まれるnHIEマーカーの単位体積あたりの質量を測定し、その測定値を得る工程である。本態様における測定値取得工程は、第1態様のnHIE重症度判定方法における測定値取得工程と同一である。それ故、ここでの具体的な説明は省略する。
【0051】
2-2-2.低体温療法適用判定工程
「低体温療法適用判定工程」は、前記測定値取得工程で得られた測定値に基づいて、被験者に対して低体温療法を適用するか否かの判定を補助する工程である。本工程の基本構成は、第1態様のnHIE重症度判定方法における重症度判定工程と同一である。重症度判定工程が所定の測定値をカットオフ値と定め、そのカットオフ値以上であれば被験者におけるnHIEの重症度が中等度以上であると判定したのに対して、本工程では、重症度判定工程と同じ測定値をカットオフ値とし、その値以上であれば、被験者は低体温療法の適用を要すると判定する。つまり、第1態様の重症度判定工程で被験者の重症度が中程度以上と判定された場合、本態様の本工程では、その被験者は低体温療法の適用を要すると判定されることとなる。
【0052】
一方、測定値が前記カットオフ値未満の場合には、前記測定値取得工程で使用した血液の提供者である被験者は低体温療法を必要としないと判定することもできる。これは、測定値がそのカットオフ値未満であれば、第1態様のnHIE重症度判定方法により被験者のnHIE重症度が軽度だからである。
【0053】
2-3.効果
本発明の低体温療法適用判定方法によれば、出生後の所定時間内に採取された被験者(nHIE患者)の血液を用いることで、その被験者が低体温療法を適用すべきnHIE患者であるか否かを高い特異度と的中率で判定し、医師の診断を補助することができる。
【0054】
3.低体温療法施術予後予測方法
3-1.概要
本明細書における第3の態様は、nHIE患者に対して低体温療法を施術した場合に、その患者の予後を予測する方法である。本方法は、出生後所定時間内に被験者から採取した血液中に含まれるnHIEマーカー量の測定値に基づいて、被験者に低体温療法施術をした場合の予後を予測する。本発明の低体温療法施術予後予測方法によれば、その被験者に対する低体温療法の有効性を予測することができる。
【0055】
3-2.方法
本発明の低体温療法適用方法は、測定値取得工程、及び予後予測工程を必須工程として含む。以下、各工程について具体的に説明をする。
【0056】
3-2-1.測定値取得工程
「測定値取得工程」は、血液中に含まれるnHIEマーカーの単位体積あたりの質量を測定し、その測定値を得る工程である。本態様における測定値取得工程は、第1態様のnHIE重症度判定方法における測定値取得工程と基本的に同一である。それ故、ここでは、本態様の測定値取得工程に特徴的な点のみを説明する。
【0057】
本発明の対象である被験者は、nHIE罹患新生児である。本工程で使用する血液は、第1態様の測定値取得工程に記載の通り、被験者の出生後、所定の時間内に採取された血液である。この血液採取時に、被験者は低体温療法を既に施術されていてもよいし、施術前であってもよい。本態様の低体温施術予後予測方法は、被験者が低体温療法施術前、又は施術開始済みにかかわらず、施術した後の予後を予測することができる。本発明が、被験者に対する低体温療法の有効性を予測する方法であることを鑑みれば、施術前の被験者が対象であることが好ましい。低体温療法を施術しても予後不良と予測される場合、低体温療法以外の他の有効なnHIE治療法を選択する、又は低体温療法と他の有効なnHIE治療法を併用する等の判断をし得るからである。
【0058】
3-2-2.予後予測工程
「予後予測工程」は、前記測定値取得工程で得られた測定値に基づいて、低体温療法施術を行う、又は行った被験者の予後が良好か否かを予測する工程である。
【0059】
本工程では、第1態様の重症度判定工程や第2態様の低体温療法適用判定工程と同様に、所定の測定値をカットオフ値と定め、そのカットオフ値に基づいて予後予測を行う。具体的には、カットオフ値未満であれば低体温療法施術後の前記被験者の予後は良好であると予測する。
【0060】
本工程におけるカットオフ値は、第1及び第2態様で定めたカットオフ値とは異なる。具体的には、例えば1400pg/mL、好ましくは1500pg/mL、より好ましくは1600pg/mL、さらに好ましくは1650pg/mLである。後述の実施例で示すように、測定値が1610pg/mL未満であれば、特異度60%、陽性的中率約86%で、低体温療法を施術した被験者の予後は良好となる。
【0061】
一方、測定値が前記カットオフ値以上の場合には、被験者は低体温療法を施術しても予後不良となる可能性が高い。それ故に、低体温療法を実施する場合、又は実施した後は、退院後の継続的な観察と緊急時の即時対応体制、又は他の有効な治療法の実施を予め検討しておく必要がある。
【0062】
3-3.効果
本発明の低体温療法施術予後予測方法によれば、出生後の所定時間内に採取された被験者(nHIE患者)の血液を用いることで、その被験者に低体温療法を施術した場合、又は既に施術している場合、その後のnHIEに関する予後が良好か否かを予測することができる。
【0063】
4.新生児低酸素性虚血性脳症重症度判定器具(nHIE重症度判定器具)
4-1.概要
本発明の第4の態様は、新生児低酸素性虚血性脳症重症度判定器具(nHIE重症度判定器具;nHIE重症度判定デバイス)である。本発明の判定器具は、出生後、所定時間内に被験者から採取した血液を用いることで、その被験者のnHIE重症度を簡便に、かつ高い的中率で判定することができる。それ故、医師がnHIE患者の重症度を診断する上で有用な補助情報を提供できる。
【0064】
4-2.構成
本発明のnHIE重症度判定器具は、必須構成要件として血液受容部、試薬部、反応部、及び提示部を、また選択的構成要件として展開部を含む。展開部は、さらに標識手段を含むことができる。以下、各構成要件について説明をする。本発明の判定器具は、限定はしないが、被験者一人から1回あたりに採取された血液を検査対象とする。
【0065】
4-2-1.血液受容部
「血液受容部」は、被験者から採取された血液を受容するように構成されている。この部で受容される血液は、限定はしないが、被験者の出生後、所定の時間内、例えば出生後6時間以内にその被験者より採取した血液であることが好ましい。受容する血液の量は、nHIE患者の重症度を判定する上で必要となる最低限の量以上あれば限定はしない。試薬部に含まれるsLOX-1検出試薬の感度にも依るが、通常は50μL以上、100μL以上、200μL以上、500μL以上、800μL以上、又は1.0mL以上、そして1.5mL以下、2.0mL以下、3.0mL以下、4.0mL以下、又は5.0mL以下でよい。
【0066】
血液受容部は、受容した血液を貯留可能なウェル状の容器形状であってもよい。この場合、血液受容部の素材は血液を変性しない、又は血液による変性を受けない素材で構成されていれば限定はしない。ポリプロピレンやポリスチレン等のプラスチック、ガラス、又は表面を特殊コーティングした紙等の素材が挙げられる。また、血液受容部は、対象試料である血液を吸収しやすいシート状又は棒状の形状であってもよい。この場合、不織布やフィルターのように、対象試料である血液を吸収し、血液を変性しない、又は血液による変性を受けない素材で構成されていればよい。
【0067】
本発明のnHIE重症度判定器具を用いてnHIEの重症度を判定する場合、検査すべき血液は、血液受容部に滴下するか又は含浸させればよい。
【0068】
4-2-2.試薬部
「試薬部」は、sLOX-1検出試薬を含むように構成されている。「sLOX-1検出試薬」とは、nHIEマーカーであるsLOX-1タンパク質又はその断片(本明細書では、しばしば「sLOX-1タンパク質等」と表記する)を検出可能な試薬で、LOX-1の細胞外ドメイン及びsLOX-1タンパク質等を特異的に認識し、また結合可能な物質が該当する。具体的には、例えば、第1態様のnHIE重症度判定方法の測定値取得工程において血液中のnHIEマーカーの質量を測定する方法で用いた各種検出薬が挙げられる。具体例として、抗LOX-1抗体若しくは抗sLOX-1抗体等又はその断片、それらの化学修飾誘導体、又はLOX-1の細胞外ドメインに結合するLOX-1アプタマー又はsLOX-1アプタマーが含まれる。sLOX-1検出試薬は、試薬部内の担体表面に固定されていてもよいし、試薬部内で遊離状態であってもよい。
【0069】
試薬部に含まれるsLOX-1検出試薬の量は、血液中に含まれるnHIEマーカーを、nHIE患者の重症度を判定するために必要な最低限の量以上検出できる量であれば限定はしない。
【0070】
試薬部は、nHIE重症度判定器具において、前記血液受容部とは異なる箇所に設置されていてもよい。この場合、血液受容部で受容された血液と試薬部に含まれるsLOX-1検出試薬は、それぞれ流路を通り、後述する反応部へ送達されるように構成される。また、血液受容部と試薬部とを同一箇所に設置し、血液受容部兼試薬部(血液受容部/試薬部)とすることもできる。この場合、血液受容部内にはsLOX-1検出試薬が包含され、受容した血液はsLOX-1検出試薬と直ちに反応する。したがって、血液受容部/試薬部は、次に説明する反応部も兼ね得る。
【0071】
4-2-3.反応部
「反応部」は、前記血液中に含まれるsLOX-1タンパク質等とsLOX-1検出試薬が反応し得る場として機能するように構成されている。両者の反応が進行し得る条件を提供できる部であれば、その構成は特に限定はされない。例えば、sLOX-1検出試薬が抗sLOX-1抗体であれば、抗sLOX-1抗体が受容した血液中に含まれるsLOX-1タンパク質等と結合して、抗原抗体複合体が形成され得る条件を備えた場として機能するように構成されていればよい。
【0072】
4-2-4.展開部
「展開部」は、反応部で生成された反応物が後述の提示部にまで移動する流路となり得る部であり、本発明の判定器具における選択的構成要件である。展開部は、本発明の判定器具において、反応部と提示部が異なる箇所に設置される場合、両部を連絡する部として機能し得る。展開部の構造は、限定はしないが溝状又は管状の流路が挙げられる。
【0073】
(1)標識手段
展開部は、標識手段を包含していてもよい。「標識手段」は反応部で生成された反応物が提示部に到達するまでの間に反応物の標識を行う手段である。標識手段では、反応物が標識物質により標識されるように構成されている。標識手段の具体的な構成は、限定はしないが、例えば、前記反応部で血液中のsLOX-1タンパク質等とsLOX-1検出試薬の結合により形成された複合体が、その複合体におけるsLOX-1検出試薬又はsLOX-1タンパク質等と特異的に結合する標識化二次抗体等によって標識されるように構成されていてもよい。
【0074】
標識物質は、当該分野で一般的な物質を使用すればよく、限定はしない。例えば、蛍光色素(FITC、ローダミン、テキサスレッド、Cy3、Cy5等を含む)、蛍光タンパク質(例えば、PE、APC、GFP、EGFP等を含む)、酵素(例えば、西洋ワサビペルオキシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、グルコースオキシダーゼ等を含む)、又はビオチン、アビジン、若しくはストレプトアビジン等による標識が挙げられる。
なお、標識手段は、前記反応部又は後述の提示部に包含されていてもよい。
【0075】
4-2-5.提示部
「提示部」は、前記反応部における検出結果、すなわち反応部で生成された反応物の量に基づいて前記被験者におけるnHIE重症度を提示できるように構成されている。具体的には、血液中に含まれるsLOX-1タンパク質等の量が330pg/mL以上であるときには、nHIE重症度が中等度以上であることを、例えば、陽性反応として提示できるように構成されていればよい。逆に血液中に含まれるsLOX-1タンパク質等の量が330pg/mL未満であるときには、nHIE重症度が軽度であることを、例えば、陰性反応として提示できるように構成されていてもよい。
【0076】
提示の手段は問わない。例えば、nHIE重症度判定器具が前記標識手段を含む場合、標識物質により複合体が呈色された場合であれば、その発色を、また、標識物質が蛍光物質や発光物質であれば、その蛍光や発光を、nHIE重症度判定器具上の任意の場所で提示できるように構成されていればよい。
【0077】
本態様のnHIE重症度判定器具の具体例として、当技術分野で公知の免疫クロマト用テストストリップ等が挙げられる。市販の妊娠診断薬等は、これと同様の形態と原理を有する。免疫クロマト用テストストリップは、侵襲性がきわめて低く、被験者に対し苦痛や試薬使用による危険性を一切与えない。また、テストストリップは低コストで大量生産できる点でも好ましい。
【0078】
5.低体温療法適用要否判定器具
5-1.概要
本発明の第5の態様は、低体温療法適用要否判定器具(低体温療法適用要否判定デバイス)である。本発明の判定器具は、出生後、所定時間内に被験者から採取した血液を用いることで、nHIE患者である被験者が低体温療法の適用を要しているか否かを簡便に、かつ高い的中率で判定することができる。それ故、医師が被験者に低体温療法を適用すべきか否かを診断する上で有用な補助情報を提供できる。
【0079】
5-2.構成
本発明の低体温療法適用要否判定器具は、必須構成要件として血液受容部、試薬部、反応部、及び提示部を、また選択的構成要件として展開部を含む。展開部は、さらに標識手段を含むことができる。これらの構成は、前記第4態様のnHIE重症度判定器具の各部の構成とほとんど同一である。したがって、両器具で共通する構成を有する部(血液受容部、試薬部、反応部、及び展開部)、及び手段(標識手段)についての説明は省略し、nHIE重症度判定器具とは構成が一部異なる提示部のみを以下で説明する。
【0080】
5-2-1.提示部
本態様の低体温療法適用要否判定器具の提示部も、基本構成は前述のnHIE重症度判定器具の提示部と同一である。ただし、提示する情報がnHIE重症度判定器具とは異なる。すなわち、nHIE重症度判定器具の提示部は、被験者におけるnHIE重症度を提示できるように構成されていたのに対して、本態様の低体温療法適用要否判定器具の提示部は、被験者における低体温療法の要否を提示できるように構成されている。
【0081】
具体的には、血液中に含まれるsLOX-1タンパク質等の量が330pg/mL以上であるときには、血液を提供した被験者が低体温療法の適用を必要としていることを、例えば、陽性反応として提示できるように構成されていればよい。
【0082】
逆に血液中に含まれるsLOX-1タンパク質等の量が330pg/mL未満であるときには、血液を提供した被験者には低体温療法の適用は不要であることを、例えば、陰性反応として提示できるように構成されていてもよい。
【0083】
提示の手段は問わない。例えば、低体温療法適用要否判定器具が前記標識手段を含む場合、標識物質により複合体が呈色された場合であれば、その発色を、また、標識物質が蛍光物質や発光物質であれば、その蛍光や発光を、低体温療法適用要否判定器具上の任意の場所で提示できるように構成されていればよい。
【0084】
6.低体温療法施術予後予測器具
6-1.概要
本明細書における第6の態様は、低体温療法施術予後予測器具である。本態様の低体温療法施術予後予測器具は、出生後、所定時間内に被験者から採取した血液を用いることで、nHIE患者である被験者に対して低体温療法を施術した場合に、その被験者の予後を簡便に、かつ高い的中率で予測することができる。それ故、本態様の低体温療法施術予後予測器具の予測結果に基づいて、低体温療法の施術の必要性や施術した場合であっても退院後の継続観察と異変時の即時対応体制の必要性に関する情報を医師に対して提供することができる。
【0085】
6-2.構成
本発明の低体温療法施術予後予測器具は、必須構成要件として血液受容部、試薬部、反応部、及び提示部を、また選択的構成要件として展開部を含む。展開部は、さらに標識手段を含むことができる。これらの構成は、前記第4態様のnHIE重症度判定器具の各部の構成とほとんど同一である。したがって、両器具で共通する構成を有する部(血液受容部、試薬部、反応部、及び展開部)、及び手段(標識手段)についての説明は省略し、nHIE重症度判定器具とは構成が一部異なる提示部のみを以下で説明する。
【0086】
6-2-1.提示部
本態様の低体温療法施術予後予測器具の提示部も、基本構成は前述のnHIE重症度判定器具の提示部と同一である。ただし、提示する情報がnHIE重症度判定器具とは異なる。すなわち、nHIE重症度判定器具の提示部は、被験者におけるnHIE重症度を提示できるように構成されていたのに対して、本態様の低体温療法施術予後予測器具の提示部は、被験者に低体温療法を施術した後の予後予測を提示できるように構成されている。
【0087】
具体的には、血液中に含まれるsLOX-1タンパク質等の量が1650pg/mL未満のときには、血液を提供した被験者に低体温療法を施術すれば、その被験者の予後は良好であることを、例えば、陰性反応として提示できるように構成されていればよい。
【0088】
逆に、血液中に含まれるsLOX-1タンパク質等の量が1650pg/mL以上のときには、血液を提供した被験者に低体温療法を施術しても、その被験者の予後は不良であることを、例えば、陽性反応として提示できるように構成されていてもよい。この場合、低体温療法以外の他の有効なnHIE治療法を採用する、又は低体温療法と他の有効なnHIE治療法との併用を検討することができる。また、その被験者に低体温療法を施術した場合であっても、被験者の改善徴候は限定的なものと理解し、退院後の被験者の経過観察や再発による異常発症時の即時対応体制を整えておく等の事前準備が可能となる。
【0089】
提示の手段は問わない。例えば、低体温療法施術予後予測器具が前記標識手段を含む場合、標識物質により複合体が呈色された場合であれば、その発色を、また、標識物質が蛍光物質や発光物質であれば、その蛍光や発光を、低体温療法施術予後予測器具上の任意の場所で提示できるように構成されていればよい。
【0090】
本発明は、第4態様~第6態様に記載の器具のいずれか一、又はそれらの組み合わせを含むキットとしての態様も含み得る。この場合、本態様のキットは、前記各態様の器具の他にも標識の検出に必要な基質、担体、洗浄バッファ、試料希釈液、酵素基質、反応停止液、標識二次抗体、及び使用説明書等を含んでいてもよい。
【実施例
【0091】
<方法>
(1)血液サンプルの入手
血液サンプルは、協力施設(埼玉県立小児医療センター、東京都小児総合医療センター、青梅市立総合病院、及び東京大学医学部附属病院)の新生児集中治療室(NICU)に2014年6月から2017年5月までの期間に入院した新生児より入手した。採血対象となる新生児の条件は、妊娠期間36週以上、出生時体重が1800g以上で、かつ染色体異常、先天性感染症、先天性心疾患、及び奇形等の異常がないこととし、これらの条件を満たす72名の新生児から採血した。これらの血液サンプルの使用については、新生児の両親からインフォームドコンセントを得た。また、本実施例で行われた実験は、全て国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター及び施設協力の倫理委員会で承認されている。
【0092】
(2)採血と血漿中のsLOX-1タンパク質量の測定
NICU入院時に、EDTA-2Kチューブを用いて前記72名の新生児の静脈又は動脈から0.5mLを採血した。採血後、直ちに血液を4℃、3000rpmで15分間遠心分離した後、その上清を血漿サンプルとして得た。血漿サンプルは、測定まで-80℃に保存した。出生後0,1,2-4及び5-9日目に、血液サンプリングを行った。
【0093】
血漿サンプル中のsLOX-1タンパク質量は、2種類の抗sLOX-1モノクローナル抗体を用いたサンドイッチELISA法(外部委託)によって、Inoue N,ら(Clin Chem., 2010, 56(4):550-558)に記載の方法に準じて測定した。測定結果は、臨床情報より得られた重症度と退院時の症状、検査データで評価した。
【0094】
(3)被験者の臨床プロファイルと評価
nHIEの診断及びその重症度は、米国NICHDのnHIE診断基準(1. 臍帯血又は生後60分以内の採血で強いアシドーシス(血液ガス分析がpH 7.0以下、あるいは塩基過剰(base excess) 16mmol/L以上); 2.周産期の急性イベント(胎盤剥離など)に加えて、APGARスコア(10分後)5以下、あるいは生後10分以上の蘇生(補助換気)、のいずれかを認める)を用いて、Sarnatの改変型nHIE重症度分類により、被験者としての解析対象である72名の新生児を正常群、nHIE軽度群、nHIE中等度群、及びnHIE重度群の4群に分類した。具体的には、意識レベル、自発的活動、姿勢、筋緊張、原始反射(吸啜反射及びMoro反射等)、及び自律神経系機能(瞳孔及び心拍数等)の6つのカテゴリーにおける神経学的状態を調べ、3カテゴリー以上に異常を有する新生児を中等度nHIE又は重度nHIEに分類し、2カテゴリー以下の異常を有する新生児をnHIE軽度に分類した。中等度及び重度については、それぞれの徴候数によって分類し、徴候の分布が同じ場合には、意識レベルで区別した。
【0095】
その結果、各群の内訳は、正常群45名、nHIE軽度群6名、nHIE中等度群16名、及びnHIE重度群5名であった。正常群45名のうち生後6時間以内のサンプルが得られた38名を対照用として用いた。
【0096】
退院時の結果を評価するために、摂食障害、聴覚障害、発作及び麻痺を重度と定義した。摂食障害は、経管栄養を必要とする場合が該当すると定義し、聴覚障害は、80dBの聴性脳幹反応に無応答又は弱応答の場合が該当すると定義した。
【0097】
(4)統計分析
統計分析には、統計解析ソフト(SPSS Statistics ver.24.0;IBM)を用いた。軽度nHIE群(低体温療法不適応群)と中等度・重度nHIE群(低体温療法適応群)の二群間においてsLOX-1タンパク質量の比較をMann-Whitney検定で行い、受信者動作特定(ROC)曲線を構築し、曲線下面積(AUC)を算出して、軽度nHIEと中等度・重度nHIEとを区分するための、適切なカットオフ値を設定した。カットオフ値は、534pg/mL、382pg/mL、及び334pg/mLとし、血漿中のsLOX-1タンパク質量が各カットオフ値以上を示す陽性被験者と、カットオフ値未満を示す陰性被験者に分類した。
【0098】
本疾患の罹患率とROC曲線より算出された感度及び特異度を用いて、陽性的中率(PPV)及び陰性的中率(NPV)を算出した。具体的には、カットオフ値に基づき陽性と判定された被験者における中等度・重度のnHIE患者の割合を陽性的中率とし、また陰性と判定された被験者における軽度のnHIE患者の割合を陰性的中率として算出した。
【0099】
続いて、退院時の各新生児の予後(転帰)を比較した。sLOX-1タンパク質の退院時の予後マーカーとしての性能を試験するためにROC曲線を構築し、前述と同様に感度と特異度、陽性的中率、陰性的中率を例示した。カットオフ値は、1630pg/mL、1620pg/mL、及び1500pg/mLとし、血漿中のsLOX-1タンパク質量が各カットオフ値未満を示す陽性被験者と、カットオフ値以上を示す陰性被験者に分類した。
【0100】
予後良好予測については、カットオフ値に基づき陽性と判定された被験者において予後が良好であったnHIE患者の割合を陽性的中率とし、また陰性と判定された予後が不良であった被験者におけるnHIE患者の割合を陰性的中率として算出した。
【0101】
<結果>
(重症度と判定結果)
表1~3及び図1に結果を示す。
【0102】
【表1】
【0103】
【表2】
【0104】
【表3】
【0105】
いずれのカットオフ値も、陽性的中率は、85%以上の高い値を示した。また、それぞれの感度も80%以上であり、これは偽陰性率が20%以下であることを示唆している。以上の結果から、カットオフ値を330pg/mLに設定することで、測定値がそれ以上であれば中等度nHIE以上の重症度と判定できることが明らかとなった。
【0106】
(予後良好予測と判定結果)
表4~6、及び図2に結果を示す。
【0107】
【表4】
【0108】
【表5】
【0109】
【表6】
【0110】
いずれのカットオフ値も、陽性的中率は、84%以上の高い値を示した。つまり、出生後所定時間内に被験者から採取した血液中に含まれるnHIEマーカー量が設定したカットオフ値未満であれば、その被験者に低体温療法を施術した場合、84%以上は予後良好となると予測することができる。また、特異度(予後不良となる被験者5名のうち、本発明の方法で陰性、すなわち予後不良と予測される率)は、いずれのカットオフ値も60%であった。以上の結果から、カットオフ値を1650pg/mLに設定することで、測定値がそれ未満であれば低体温療法を施術した後の予後が良好となると判定できることが明らかとなった。
本明細書で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願はそのまま引用により本明細書に組み入れられるものとする。
図1
図2
【配列表】
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