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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-30
(45)【発行日】2022-12-08
(54)【発明の名称】エッチング液およびエッチング方法
(51)【国際特許分類】
   H01L 21/306 20060101AFI20221201BHJP
   H01L 21/3063 20060101ALI20221201BHJP
   C30B 29/36 20060101ALI20221201BHJP
   C30B 33/08 20060101ALI20221201BHJP
【FI】
H01L21/306 B
H01L21/306 L
C30B29/36 A
C30B33/08
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2019050776
(22)【出願日】2019-03-19
(65)【公開番号】P2020155508
(43)【公開日】2020-09-24
【審査請求日】2021-09-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中嶋 健次
(72)【発明者】
【氏名】石井 栄子
(72)【発明者】
【氏名】明渡 邦夫
(72)【発明者】
【氏名】野田 浩司
(72)【発明者】
【氏名】杉崎 太亮
【審査官】鈴木 智之
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-212262(JP,A)
【文献】特開2015-144230(JP,A)
【文献】特開2015-211047(JP,A)
【文献】国際公開第2018/112297(WO,A1)
【文献】特開2013-055087(JP,A)
【文献】国際公開第2014/171054(WO,A1)
【文献】特開2010-225605(JP,A)
【文献】特表2018-538699(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 21/306-21/3063
H01L 21/308
H01L 21/465-21/467
C30B 1/00-35/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化ケイ素基材の表面を光電気化学エッチングするために用いるエッチング液であって、
フッ酸と、
硝酸と、
界面活性剤とみ、
該界面活性剤は、カチオン性界面活性剤、両性界面活性剤またはノニオン性界面活性剤の少なくとも一種以上を合計で、該エッチング液全体に対して0.001質量%以上含むエッチング液。
【請求項2】
記炭化ケイ素基材に対する前記エッチング液の接触角は10°以下である請求項1記載のエッチング液。
【請求項3】
炭化ケイ素基材の表面を光電気化学エッチングするために用いるエッチング液であって、
フッ酸と、
硝酸と、
界面活性剤とを含み、
界面活性剤は、アニオン性界面活性剤をエッチング液全体に対して0.0001質量%以上含エッチング液。
【請求項4】
前記炭化ケイ素基材に対する前記エッチング液の接触角は23°以下である請求項に記載のエッチング液。
【請求項5】
前記フッ酸は、前記エッチング液全体に対して0.5~10質量%含まれる請求項1~4のいずれかに記載のエッチング液。
【請求項6】
前記硝酸は、合計で前記エッチング液全体に対して6質量%以上含まれる請求項1~5のいずれかに記載のエッチング液。
【請求項7】
請求項1~6のいずれかに記載のエッチング液中に浸漬された炭化ケイ素基材の表面へ光を照射しつつ通電する処理工程を備えるエッチング方法。
【請求項8】
前記処理工程は、波長が150~300nmで照度が1~100mW/cmである光を、前記炭化ケイ素基材の表面へ照射してなされる請求項7に記載のエッチング方法。
【請求項9】
前記処理工程は、電流密度が150~1500mA/cmである直流を、前記炭化ケイ素基材へ通電してなされる請求項7または8に記載のエッチング方法。
【請求項10】
前記処理工程は、前記エッチング液の温度が5~45℃でなされる請求項7~9のいずれかに記載のエッチング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭化ケイ素からなる基材(SiC基板等)の光電気化学エッチングに用いるエッチング液等に関する。
【背景技術】
【0002】
次世代の半導体材料として、バンドギャップや絶縁破壊電界強度等がシリコン(Si)よりも大きな炭化ケイ素(SiC)が着目されている。SiCを用いて各種の素子(トランジスタ等)を製作する場合、所望厚みのSiC基板が必要となる。SiC基板の厚みは、研磨やエッチング等により調整される。機械的な研磨は、処理速度は大きいが、SiC基板へ与えるダメージも大きい。そこで、光電気化学エッチングによりSiC基板を所望厚みにする(つまり薄板化する)ことが提案されている。これに関連する記載が下記の特許文献にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2017-212262号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1では、SiC基板のエッチング液として、フッ酸と硝酸の混酸を用いることを提案している。これにより、高エネルギーな光源を利用せずに、多孔質層の形成を抑制しつつ、SiC基板を比較的高速でエッチングすることが可能となる。
【0005】
もっとも、本発明者が調査研究したところ、特許文献1の混酸を用いて光電気化学(PEC:photo electrochemical)的にエッチングしただけでは、多孔質層自体の形成は抑制されるものの、エッチング面の表面粗さの低減またはその平滑化が十分でないことが新たにわかった。
【0006】
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、炭化ケイ素基材の表面を光電気化学エッチングしたときに、表面粗さの小さいエッチング面が得られるエッチング液等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究した結果、界面活性剤を含むエッチング液を用いて炭化ケイ素基板を光電気化学エッチングすることにより、平滑なエッチング面を得ることに初めて成功した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明が完成されるに至った。
【0008】
《エッチング液》
(1)本発明は、 炭化ケイ素基材の光電気化学エッチングに用いるエッチング液であって、フッ酸と、硝酸と、界面活性剤と、を含むエッチング液として把握できる。
【0009】
(2)本発明のエッチング液を用いて炭化ケイ素基材を光電気化学エッチングすると、界面活性剤の作用等は定かではないが、表面粗さの小さいエッチング面を得ることが可能となる。
【0010】
なお、本発明のエッチング液は、フッ酸に加えて酸化剤である硝酸を含む。このため本発明のエッチング液を用いれば、高エネルギー光源(レーザ等)を用いずに、多孔質層の抑制とエッチング速度の確保を図った光電気化学エッチングも可能となる。勿論、本発明のエッチング液を用いた光電気化学エッチングは、機械的な研磨等と異なるため、炭化ケイ素基材へ与えるダメージも少ない。
【0011】
《エッチング方法》
本発明は、上述したエッチング液中に浸漬した炭化ケイ素基材へ光を照射しつつ通電する処理工程を備えるエッチング方法としても把握できる。
【0012】
《その他》
(1)特に断らない限り、本明細書でいう「x~y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a~b」のような範囲を新設し得る。
【0013】
(2)特に断らない限り、本明細書でいう「α~βnm」はαnm~βnmを意味する。他の単位系(mW/cm、mA/cm等)についても同様である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】エッチング液中の界面活性剤の有無が、エッチング面の表面状態に及ぼす影響を示す顕微鏡写真の一例である。
図2】エッチング液中の界面活性剤の有無が、電流密度とエッチング面の表面粗さの関係に及ぼす影響を示すグラフの一例である。
図3A】エッチング液中におけるカチオン性界面活性剤の濃度と、エッチング面の表面粗さとの関係を示すグラフの一例である。
図3B】エッチング液中におけるカチオン性界面活性剤の濃度と、SiC基板表面上におけるエッチング液の接触角との関係を示すグラフの一例である。
図4】エッチング液中におけるアニオン性界面活性剤の濃度と、エッチング面の表面粗さとの関係を示すグラフの一例である。
図5】光電気化学エッチング装置の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。本明細書で説明する内容は、本発明のエッチング液のみならず、それを用いたエッチング方法等にも適宜該当する。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0016】
《光電気化学エッチング》
炭化ケイ素基材(単に、「基材」または「SiC」ともいう。)の光電気化学エッチングでは、SiCのバンドギャップに相当する波長(例えば、4Hなら380nm)よりも短い光(例えば、紫外線)が照射される。これにより、電子-正孔対がSiC中に生成される。その電子はバイアス印加によって引き抜かれ、残った正孔(ホール:h+)はSiCの表面側(処理面側)に移動する。
【0017】
ホール(h+)は、SiC表面側を酸化し、例えば、次のような反応による酸化物を生成する。
SiC+4HO+8h+ → SiO+CO+8H+ (1)
SiC+2HO+4h+ → SiO +CO +4H+ (2)
【0018】
生成した酸化物(SiO、SiO等)は、エッチング液中に含まれるフッ酸(HF)によって除去される。このように、SiCの光電気化学エッチングは、光照射による酸化反応と、フッ酸によるシリコン酸化物等の除去が繰り返されて進行する。
【0019】
もっとも、フッ酸のみでは、Oが不足してCの酸化が不十分となり、SiC表面近傍には残存したC成分に由来する多孔質層が形成され易くなる。フッ酸に加えて、硝酸(HNO)等の酸化剤(単に「硝酸等」という。)がエッチング液中に含まれると、SiCの酸化が促進される。例えば、上述した反応式が右側へ進行し易くなる。
【0020】
また、硝酸等による酸化促進は、SiC表面に沿った方向(適宜「横方向」という。)へ進行し易い。このため、縦方向(SiCの深さ方向)のみならず、横方向にも形成された酸化物が、フッ酸により剥離・除去される。こうして、フッ酸と硝酸等の混酸からなるエッチング液を用いて光電気化学エッチングすると、多孔質層を抑制しつつ、高速なエッチングが可能となる。
【0021】
ところで界面活性剤は、エッチング液の表面張力(界面張力)を低下させて、フッ酸と硝酸等の混酸をSiC内部へ、より浸透させ易くすると考えられる。これにより、エッチング液とSiCの界面(液浸透界面)において、硝酸等による横方向の酸化と、フッ酸による酸化物の除去(エッチング)がより促進され、多孔質層の抑制、エッチング速度の確保と併せて、エッチング面の表面粗さの低減や平滑化も可能になったと考えられる。
【0022】
《界面活性剤》
(1)種類
エッチング液に含まれる界面活性剤は、通常、親水基と疎水基(または親油基)を有する。界面活性剤は、エッチング液中で電離して親水基がイオン化するイオン性界面活性剤と、イオン化しないノニオン性(非イオン性)界面活性剤とに大別される。
【0023】
イオン性界面活性剤は、親水基側がアニオン(陰イオン)となるアニオン性界面活性剤と、親水基側がカチオン(陽イオン)となるカチオン性界面活性剤と、エッチング液のpHに応じて親水基側がアニオンおよび/またはカチオンとなる両性(双方性)界面活性剤とに分類される。
【0024】
エッチング液に含有させるアニオン性界面活性剤として、例えば、デカン酸、 オクタン酸、ヘキサン酸等のカルボン酸型、1-オクタンスルホン酸、1-デカンスルホン酸、ドデシルベンゼンスルホン酸等のスルホン酸型、ラウリル硫酸アンモニウム、ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸アンモニウム等の硫酸エステル型、ラウリルリン酸、リン酸オクチル等のリン酸型がある。
【0025】
エッチング液に含有させるカチオン性界面活性剤として、例えば、デシルアミン、n-オクチルアミン、n-ヘキシルアミン等のアルキルアミン塩型、ラウリルトリメチルアンモニウムクロライド、ステアリルトリメチルアンモニウムクロライド等の第4級アンモニウム塩型がある。
【0026】
エッチング液に含有させる両性界面活性剤として、例えば、ラウリルスルホベタイン、ラウリルジメチルアミノ酸ベタイン等のカルボキシベタイン型、2-デシル-N-カルボキシ-N-ヒドロキシイミダゾリニウムベタイン等の2-アルキルイミダゾリンの誘導型、ラウリルジアミノエチルグリシン塩酸塩等のグリシン型、ラウリルジメチルアミンN-オキシド、オレイルジメチルアミンN-オキシド等のアミンオキシド型がある。
【0027】
エッチング液に含有させるノニオン性界面活性剤として、例えば、オクチルフェノールエトキシレート、ポリオキシエチレンエチルエーテル等のエーテル型、モノステアリン酸グリセリン、モノステアリン酸ソルビタン等のエステル型、ポリオキシエチレンソルビタンステアリン酸エステル等のエステルエーテル型、ラウリン酸ジエタノールアミド、N-ラウロイルエタノールアミド等のアルカノールアミド型がある。
【0028】
(2)濃度
光電気化学エッチングは、通常、エッチング液に浸漬したSiCをアノード側(陽極側)としてなされる。このとき、エッチング液が電離により親水基が陰イオンとなるアニオン性界面活性剤を含むと、アニオン性界面活性剤のエッチング液中における濃度は、例えば、0.0001%以上、0.0005%以上、0.001%以上さらには0.01%以上であるとよい。その上限値は問わないが、敢えていうなら、アニオン性界面活性剤の濃度は、例えば、1%以下、0.5%以下さらには0.1%以下とするとよい。
【0029】
SiCが正電位にバイアスされているとき、アニオン性界面活性剤は極少量でも、エッチング面の表面に引き寄せられ、その表面粗さ低減等に十分な効果を発揮し得る。ちなみに、(強)酸性域で陰イオンとなる親水基を有する両性界面活性剤を用いる場合、両性界面活性剤の濃度はアニオン性界面活性剤と同様な濃度でもよい。なお、本明細書でいう濃度(%)は、特に断らない限り、エッチング液全体に対する質量割合(質量%)を意味する。
【0030】
エッチング液がカチオン性界面活性剤、両性界面活性剤またはノニオン性界面活性剤の少なくとも一種以上を含む場合、それらエッチング液中における合計濃度は、例えば、0.001%以上、0.01%以上さらには0.1%以上であるとよい。その上限値は問わないが、敢えていうなら、それらの合計濃度は、例えば、1%以下さらには0.5%以下とするとよい。
【0031】
カチオン性界面活性剤、両性界面活性剤またはノニオン性界面活性剤の少なくとも一種以上を含むエッチング液は、炭化ケイ素基材に対する接触角が、例えば、10°以下、8°以下さらには4°以下となり得る。濡れ性が向上(または界面張力が低減)したエッチング液は、SiCの最表面から内部へ浸透し易くなる。これによりエッチング面の表面粗さ低減やエッチング速度の向上が図られる。
【0032】
カチオン性界面活性剤、両性界面活性剤またはノニオン性界面活性剤のエッチング液中における合計濃度と、そのエッチング液の接触角とは相関し得る。この場合、既述した合計濃度に替えて、エッチング液の接触角により、それら界面活性剤の濃度(配合量、添加量)を間接的に規定することも可能となる。さらにいうなら、界面活性剤の種類や濃度を問わずに、端的に接触角でエッチング液自体を特定してもよい。
【0033】
《フッ酸》
フッ酸は、例えば、エッチング液全体に対して0.5~10%、1~5%さらには1.3~3%含まれるとよい。フッ酸が過少ではエッチング速度が低下し得る。フッ酸が過多になると、エッチング面の多孔質化や表面粗さ増大を招き得る。
【0034】
《硝酸等》
硝酸は、例えば、エッチング液全体に対して6%以上、10%以上、20%以上、30%以上さらには40%以上含まれるとよい。その上限値は、敢えていうと、60%以下、55%さらには50%以下とするとよい。いずれの場合でも、硝酸等はフッ酸に対して十分な濃度であるとよい。硝酸等がフッ酸に対して過少であると、酸化反応の促進や多孔質化の抑制が図られず、ひいては、エッチング面の表面粗さの低減や平滑化が阻害され得る。
【0035】
ちなみに、ハンドリング性や安全性の観点から、例えば、硝酸の濃度調整は濃硝酸よりも希硝酸を用いてなされるとよい。同様な観点から、フッ酸の濃度調整もフッ化水素水溶液を用いてなされるとよい。なお、エッチング液の溶媒は、水の他、アルコール類等でもよい。アルコール類は、光電気化学エッチング時に発生する気泡(水素、二酸化炭素等)の基材表面上への滞留を抑制し得る。
【0036】
《エッチング方法》
(1)処理工程
光電気化学エッチングは、上述したようなエッチング液に浸漬したSiC(基材)に対して、特定波長域の光を照射しつつ通電を行う処理工程を伴う。基材表面への照射光は、SiCのバンドギャップを考慮して、例えば、波長が150~300nmさらには200~280nmである紫外光である。その照度は、例えば、1~100mW/cmさらには3~10mW/cmとできる。
【0037】
基材へ通電する電流密度は、例えば、150~1500mA/cm、500~1000mA/cmとできる。
【0038】
なお、エッチング液は、界面活性剤、フッ酸および硝酸等が、変質せずに機能し得る温度域(適正温度域)に保持されるとよい。適正温度域が室温域であると、エッチングが容易となる。室温域は、例えば、5~45℃さらには10~35℃である。換言すると、そのような温度域で光電気化学エッチングを行えるように、界面活性剤を選択すると共に、界面活性剤、フッ酸および硝酸等の濃度が調整されるとよい。
【0039】
(2)基材
エッチング対象であるSiCは、SiとCの結晶体からなる。結晶構造の相違により、多数の種類があるが、いずれのSiCもエッチング対象となり得る。半導体基材(基板)となるSiCは、例えば、六方晶系(2H、4H、6H等)または立方晶系(3C等)である。
【0040】
基材の形態(形状、大きさ等)、エッチングの目的等は問わない。通常、半導体基板の厚さ調整(SiC基板の薄板化等)のためにエッチングがなされる。エッチングされる処理面(エッチング面)は、C面でもSi面でもよい。例えば、六方晶系のSiCなら、Si面は(0001)、C面は(000-1)である。
【実施例
【0041】
種々のエッチング液を用いてSiC基板を光電気化学エッチングした。得られたエッチング面の表面粗さをそれぞれ測定することにより、各エッチング液(特に界面活性剤)を評価した。このような具体例を挙げつつ、以下に本発明をさらに詳しく説明する。
【0042】
《光電気化学エッチング装置》
本実施例で用いた光電気化学エッチング装置1(単に「装置1」という。)の概要を図5に示す。装置1は、ランプ100と、光ファイバー101と、レンズ103と、槽110と、攪拌子111と、スターラー112と、電極121、122と、配線123、124と、電流計130とを備えている。
【0043】
なお、ランプ100には、例えば、波長:254~400nm、パワー密度:600~1400mW/cmの光を照射可能なキセノンランプを用いることができる。また配線123、124には、直流電源(図略)が接続されている。直流電源には、電流計130を兼ねるポテンショスタットやガルバノスタット等を用いることもできる。
【0044】
槽110内には、所望組成に調製されたエッチング液30が入れられている。エッチング液30中には、エッチング対象であるSiC基板20、攪拌子111、電極121、122および配線123、124の一部が浸漬されている。エッチング液30が触れる部材は、少なくとも表面には、エッチング液30に対して耐食性がある材料(例えば、テフロン(登録商標)等のフッ素樹脂)が用いられている。
【0045】
電極121は、SiC基板20に電気的に接続された引出し電極(アノード電極)である。電極122は白金電極(カソード電極)であり、SiC基板20の被処理面(エッチング面)の近傍に配置される。電極121、122は、それぞれ配線123、124を介して電流計130に接続されている。
【0046】
《エッチング液》
フッ酸(HF):1.6%、硝酸(HNO):48%、残部:水(溶媒)および界面活性剤からなるエッチング液を多数調製した(表1の試料11~46)。濃度は、エッチング液(水溶液)全体に対する質量割合である。
【0047】
各エッチング液に含有させた界面活性剤の種類と濃度は表1にまとめて示した。なお、表1中の試料C1は、界面活性剤を含まないエッチング液である。実際に用いた界面活性剤は、次の通りである。
カチオン性界面活性剤:デシルアミン (東京化成工業株式会社製)
ノニオン性界面活性剤:トリトンX-100 (アルドリッチ製)
両性界面活性剤 :ラウリルスルホベタイン(アルドリッチ製)
アニオン性界面活性剤:デカン酸 (東京化成工業株式会社製)
【0048】
なお、デカン酸(アニオン性界面活性剤)はヘキシルアミン(補助剤)を加えてエッチング液(水溶液)中に溶解させた。補助剤は、アニオン性界面活性剤と同量(同濃度)を添加した。例えば、試料42のエッチング液なら、デカン酸:0.000125%、ヘキシルアミン:0.000125%、合計:0.00025%とした。
【0049】
《光電気化学エッチング》
図5に示した装置1と、表1に示した各試料に係るエッチング液とを用いて、4H-SiC(n型)からなるSiC基板20のSi面に対して光電気化学エッチング(処理工程)を、次の条件下で行った。
【0050】
光源:波長:254nmの紫外光、照度:5mW/cm
エッチング液温:室温(約25℃)、エッチング時間:2分間
電流密度:260~780mA/cm
(但し、特に断らないとき、電流密度:780mA/cmとした。)
【0051】
《測定》
(1)表面粗さ
各エッチング面の表面粗さ(Ra:算術平均粗さ)を、原子間力顕微鏡(AFM:Atomic Force Microscope)で測定した。その結果を表1に併せて示した。なお、表面粗さ(Ra)には、視野5μm角におけるAFM(エスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社製 NNREAL/E-SWEEP-TOZM01)に付属している処理ソフトの算出値を採用した。
【0052】
(2)接触角
処理前の各エッチング液を、未処理な4H-SiC表面(Si面)上に滴下して、その接触角を測定した。その結果を表1に併せて示した。なお、接触角の測定は、4H-SiC基板Si面上に4μlのエッチング液を滴下し、1分以内に接触角計(協和界面科学株式会社製DMo-501)にて接触角を直読し、5点の平均をとった。
【0053】
《観察》
試料14と試料C1のエッチング液を用いてエッチングした各基材の断面(エッチング面近傍)を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した様子を図1に示した。
【0054】
なお、各試料に係るエッチング速度(単位時間あたりの厚さの変化量)は2~4μm/minであった。エッチング速度は、SiC基板20の表面にできたエッチング前後の段差を触針式段差計(KLA-Tencor社製 P-2)で測定し、その測定値をエッチング時間で除して求めた。
【0055】
《評価》
(1)界面活性剤の有無
図1から明らかなように、界面活性剤を含むエッチング液で処理すると、界面活性剤を含まないエッチング液で処理したときよりも、表面粗さが大幅に低減され、平滑なエッチング面が得られた。なお、界面活性剤を含むエッチング液を用いた場合、エッチング面に多孔質層は殆ど観察されなかった。これは断面のSEM観察により確認した。
【0056】
(2)電流密度の影響
界面活性剤を含むエッチング液(試料14)と界面活性剤を含まないエッチング液(試料C1)とを用いて、種々の電流密度で処理した。各電流密度で得られたエッチング面の表面粗さ(Ra)を図2にまとめて示した。図2から明らかなように、界面活性剤を含むエッチング液を用いた場合、電流密度が大きいときのみならず、電流密度が小さいときでも、エッチング面の表面粗さは十分に小さかった。
【0057】
一方、界面活性剤を含まないエッチング液を用いた場合、電流密度が増加するにつれてエッチング面の表面粗さは小さくなったが、その表面粗さが十分に小さくなることはなかった。
【0058】
(3)界面活性剤の濃度
カチオン性界面活性剤を含むエッチング液(試料11~15)を用いて処理したときのエッチング面の表面粗さと、その界面活性剤の濃度との関係を図3Aに示した。また、処理前の各エッチング液の接触角と、その界面活性剤の濃度との関係を図3Bに示した。
【0059】
図3Aから明らかなように、エッチング液にカチオン性界面活性剤が僅か(0.001%以上)でも含まれていると、エッチング面の表面粗さが急減(Ra≦20nm)されることがわかった。
【0060】
また図3Bから明らかなように、カチオン性界面活性剤が僅か(0.001%以上)でも、エッチング液の接触角は同様に急減した。両図に基づいて、エッチング液のSiC基板上における接触角と、エッチング面の表面粗さとは相関していると考えられる。このような傾向は、表1から明らかなように、カチオン性界面活性剤に限らず、ノニオン性界面活性剤や両性界面活性剤を用いた場合についても同様に該当すると考えられる。
【0061】
(4)アニオン性界面活性剤の濃度
アニオン性界面活性剤を含むエッチング液(試料41~46)を用いて処理したときのエッチング面の表面粗さと、その界面活性剤の濃度との関係を図4に示した。
【0062】
図4から明らかなように、エッチング液にアニオン性界面活性剤が極僅か(0.0001%以上)でも含まれていると、エッチング面の表面粗さが急減することがわかった。アニオン性界面活性剤が、他の界面活性剤よりも遙かに低濃度で、エッチング面の表面粗さを低減または平滑化させた理由は、アニオン性界面活性剤が正電位が印加されているSiC基板のエッチング面に引き寄せられて、エッチング面近傍で濃化したためと考えられる。
【0063】
なお、アニオン性界面活性剤の場合でも、界面活性剤の濃度とエッチング液のSiC基板上における接触角との関係は、カチオン性界面活性剤等と同様であると考えられる(図3B参照)。なお、表1に示す試料42のエッチング液のように、エッチング面の表面粗さが十分に小さいにも拘わらず、接触角が23°と大きくなっている理由は、アニオン性界面活性剤の濃度がかなり低いエッチング液を用いて、正電位にバイアスされていないSiC基板上で接触角が測定されているためと考えられる。
【0064】
逆にいうと、アニオン性界面活性剤を含むエッチング液は、SiC基板上における接触角が大きくても、エッチング面の表面粗さを十分に低減し得るといえる。
【0065】
【表1】
【符号の説明】
【0066】
1 光電気化学エッチング装置
20 SiC基板
30 エッチング液
図1
図2
図3A
図3B
図4
図5