(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-30
(45)【発行日】2022-12-08
(54)【発明の名称】鉄基合金部材
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20221201BHJP
B22F 3/105 20060101ALI20221201BHJP
B22F 3/16 20060101ALI20221201BHJP
B33Y 10/00 20150101ALI20221201BHJP
B33Y 70/00 20200101ALI20221201BHJP
B33Y 80/00 20150101ALI20221201BHJP
C22C 1/10 20060101ALI20221201BHJP
C22C 30/00 20060101ALI20221201BHJP
C22C 33/02 20060101ALI20221201BHJP
【FI】
C22C38/00 304
B22F3/105
B22F3/16
B33Y10/00
B33Y70/00
B33Y80/00
C22C1/10 J
C22C30/00
C22C33/02 103C
C22C38/00 302Z
(21)【出願番号】P 2019138624
(22)【出願日】2019-07-29
【審査請求日】2021-04-28
(73)【特許権者】
【識別番号】000222772
【氏名又は名称】東洋刃物株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100095359
【氏名又は名称】須田 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100143834
【氏名又は名称】楠 修二
(72)【発明者】
【氏名】志村 英幸
(72)【発明者】
【氏名】神尾 大介
【審査官】川村 裕二
(56)【参考文献】
【文献】特開平08-120397(JP,A)
【文献】特開平11-061361(JP,A)
【文献】特開昭64-052046(JP,A)
【文献】特開平10-053802(JP,A)
【文献】特開平06-172915(JP,A)
【文献】特表2003-533593(JP,A)
【文献】特開2016-166387(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C22C 30/00
B22F 3/105
B22F 3/16
C22C 33/02
C22C 1/10
B33Y 80/00
B33Y 10/00
B33Y 70/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:2.5~5.0質量%と、Cr:26~35質量%と、W:5~26質量%と、不可避不純物とを含み、残部がFeから
成る積層造形
体であり、
径、幅または長さが10μm以下の炭化物が
、網目状に繋がって分散された鉄基合金から成
り、
前記炭化物は、CrおよびWの炭化物であることを
特徴とする鉄基合金部材。
【請求項2】
さらにMoを13質量%以下で含
み、
前記炭化物は、Cr、WおよびMoの炭化物であり、
シャルピー衝撃値が14~15J/cm
2
、および、ロックウェル硬度が67~71.8HRCであることを
特徴とする請求項1記載の鉄基合金部材。
【請求項3】
前記鉄基合金は、前記炭化物が立体的
に繋がっていることを特徴とする請求項1
または2記載の鉄基合金部材。
【請求項4】
刃物から成ることを特徴とする請求項1乃至
3のいずれか1項に記載の鉄基合金部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄基合金部材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、硬度や靭性に優れ、耐摩耗性を有する工業用部材として、鉄(Fe)を主成分とした高速度工具鋼(ハイス)が広く使用されており、さらに改良も進められている。このような部材として、例えば、鋳造により製造され、マトリックス中に炭化物が網目状に存在する組織を有し、靭性を向上させたもの(例えば、特許文献1参照)や、粉末冶金法により製造され、粉末ハイスの機械的特性、特に靭性を著しく改善したもの(例えば、特許文献2参照)、HIP法により固化成形を行った後、熱間加工、焼入れ、焼戻しを行って、組織中の粗大炭化物と微細炭化物の面積率を制御することにより、優れた耐摩耗性および靭性を有するもの(例えば、特許文献3参照)、積層造形法により製造され、高い高温強度および熱伝導性能を有するもの(例えば、特許文献4参照)などがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開平8-41593号公報
【文献】特許第2999655号公報
【文献】特開2015-160957号公報
【文献】特開2015-209588号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載の高速度工具鋼は、硬度がHRC(ロックウェル硬さ)66.3~69.5であり、超硬合金(HRC70以上)に近い優れた硬度を有しているが、炭化物の網目間隔が最小で29.9μmと比較的大きく、さらに網目および炭化物を小さくして、靭性を向上させることはできないという課題があった。また、特許文献2に記載の粉末ハイスは、シャルピー衝撃値が11~38J/cm2であり、例えば超硬合金(約3J/cm2)と比べて優れた靭性を有しているが、硬度がHRC62~64程度であると考えられ、超硬合金と比べてやや低いという課題があった。
【0005】
また、特許文献3に記載の粉末高速度工具鋼は、耐摩耗性や耐チッピング性について比較により評価を行っており、具体的な硬度やシャルピー衝撃値等は不明であるが、炭素の含有量が1.8質量%と比較的少ないことから、硬度および靭性のうちの少なくともいずれか一方は、超硬合金と比べて劣っていると考えられるという課題があった。また、特許文献4に記載の金型用鋼は、硬度がHRC30~57であり、超硬合金と比べてかなり低いという課題があった。
【0006】
本発明は、このような課題に着目してなされたもので、超硬合金並みの硬度および鉄鋼材料の靭性を兼ね備えた鉄基合金部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、本発明に係る鉄基合金部材は、C:2.5~5.0質量%と、Cr:26~35質量%と、W:5~26質量%と、不可避不純物とを含み、残部がFeから成る積層造形体であり、径、幅または長さが10μm以下の炭化物が網目状に繋がって分散された鉄基合金から成り、前記炭化物は、CrおよびWの炭化物であることを特徴とする。
【0008】
本発明に係る鉄基合金部材は、10μm以下の炭化物が分散されているため、硬度をHRC70前後まで高くすることができ、超硬合金並みの高硬度を有している。このため、特に刃先などの薄く形成された部分の強度を高めることができる。積層造形法を利用して形成された積層造形体であるため、炭化物などの析出物を10μm以下まで容易に微細化して分散させることができ、硬度(耐摩耗性)を高めることができる。また、各組成をそれぞれの割合で配合することにより、鉄鋼材料の靭性を維持すると共に、さらに向上させることもできる。このように、本発明に係る鉄基合金部材は、超硬合金並みの硬度および鉄鋼材料の靭性を兼ね備えることができる。
【0009】
本発明に係る鉄基合金部材は、鉄基であるため、安価である。また、積層造形法を利用して形成されるため、鍛造、圧延等の機械加工や、原材料からの切り出し工程、生加工(内径孔加工)、焼入れ・焼き戻し等の複雑な製造工程が不要となり、容易かつ安価に製造することができる。また、本発明に係る鉄基合金部材は、積層造形法により、様々な形状・種類のものを製造することができ、多種少量生産を行うことができる。
【0010】
本発明に係る鉄基合金部材は、Cが2.5質量%より少ないとき、Crが26質量%より少ないとき、および、Wが5質量%より少ないときの、少なくともいずれか1つのときには、超硬合金並みの硬度が得られなくなる。また、Cが5.0質量%より多いとき、Crが35質量%より多いとき、および、Wが26質量%より多いときの、少なくともいずれか1つのときには、脆くなって崩れてしまい、構造物として成り立たない。本発明に係る鉄基合金部材で、不可避不純物は、例えば、Si、Mn、N、Ni、Ti、Co、Nb、V、Ta、Moなどである。
【0011】
本発明に係る鉄基合金部材は、さらにMoを13質量%以下で含み、前記炭化物は、Cr、WおよびMoの炭化物であり、シャルピー衝撃値が14~15J/cm
2
、および、ロックウェル硬度が67~71.8HRCであってもよい。この場合にも、超硬合金並みの硬度および鉄鋼材料の靭性を兼ね備えることができる。Moが13質量%より多いときには、脆くなって崩れてしまい、構造物として成り立たない。
【0012】
本発明に係る鉄基合金部材で、前記鉄基合金は、前記炭化物が立体的に網目状に繋がっていることが好ましい。この場合、積層造形法を利用して、電子ビームまたはレーザービームを照射して鉄基合金粉末を焼結溶解し、ニアネットシェイプに成形して仕上げ加工することにより形成することができる。また、炭化物が立体的に網目状に繋がっているため、特に靭性を向上させることができる。
【0013】
本発明に係る鉄基合金部材は、機械部品などの工業用部材等、硬度および靭性を必要とする多様な用途の部材として用いることができる。本発明に係る鉄基合金部材は、超硬合金並みの優れた硬度および鉄鋼材料の靭性を有し、耐摩耗性も高いため、特に刃物として利用されると効果的である。この場合、刃先の強度が高く、刃先が割れたり欠けたりしにくい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、超硬合金並みの硬度および鉄鋼材料の靭性を兼ね備えた鉄基合金部材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の実施の形態の鉄基合金部材に対応する試験試料1の、(a)水平断面、(b)垂直断面の電子顕微鏡写真である。
【
図2】本発明の実施の形態の鉄基合金部材に対応する試験試料2の、(a)水平断面、(b)垂直断面の電子顕微鏡写真である。
【
図3】本発明の実施の形態の鉄基合金部材に対応する試験試料3の、(a)水平断面、(b)垂直断面の電子顕微鏡写真である。
【
図4】(a)
図1に示す試験試料1と同じ成分を有する鋳造材の比較試料1、(b)
図2に示す試験試料2と同じ成分を有する鋳造材の比較試料2、(c)
図3に示す試験試料3と同じ成分を有する鋳造材の比較試料3の断面の電子顕微鏡写真である。
【
図5】
図1~
図3に示す試験試料1~3の、立体的に網目状に繋がった炭化物のイメージを示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、実施例等に基づいて、本発明の実施の形態について説明する。
本発明の実施の形態の鉄基合金部材は、C:2.5~5.0質量%と、Cr:26~35質量%と、W:5~26質量%と、不可避不純物とを含み、残部がFeから成る鉄基合金粉末を材料とし、積層造形法を利用して形成されている。本発明の実施の形態の鉄基合金部材は、積層造形体であり、10μm以下の炭化物が均一に分散された鉄基合金から成っている。なお、不可避不純物は、例えば、Si、Mn、N、Ni、Ti、Co、Nb、V、Ta、Moなどである。
【0017】
本発明の実施の形態の鉄基合金部材は、10μm以下の炭化物が均一に分散されているため、硬度をHRC70前後まで高くすることができ、超硬合金並みの高硬度を有している。このため、特に刃先などの薄く形成された部分の強度を高めることができる。積層造形法を利用して形成された積層造形体であるため、炭化物などの析出物を10μm以下まで容易に微細化して分散させることができ、硬度(耐摩耗性)を高めることができる。また、各組成をそれぞれの割合で配合することにより、鉄鋼材料の靭性を維持すると共に、さらに向上させることもできる。このように、本発明の実施の形態の鉄基合金部材は、超硬合金並みの硬度および鉄鋼材料の靭性を兼ね備えることができる。
【0018】
本発明の実施の形態の鉄基合金部材は、鉄基であるため、安価である。また、積層造形法を利用して形成されるため、鍛造、圧延等の機械加工や、原材料からの切り出し工程、生加工(内径孔加工)、焼入れ・焼き戻し等の複雑な製造工程が不要となり、容易かつ安価に製造することができる。また、本発明の実施の形態の鉄基合金部材は、積層造形法により、様々な形状・種類のものを製造することができ、多種少量生産を行うことができる。
【0019】
なお、本発明の実施の形態の鉄基合金部材で、鉄基合金粉末は、不可避不純物としてではなく、Moを13質量%以下で含んでいてもよい。この場合にも、超硬合金並みの硬度および鉄鋼材料の靭性を兼ね備えることができる。
【実施例1】
【0020】
積層造形法を利用して鉄基合金部材を製造し、シャルピー衝撃値およびロックウェル硬度(HRC)の測定、ならびに、電子顕微鏡による組織観察を行った。まず、積層造形用の粉末試料1として、Cr:27質量%、Mo:12質量%、W:6質量%、Fe:残部を含む鉄基合金組成物に、炭素を3質量%添加した原料を真空溶解し、アトマイズにより、鉄基合金粉末を作製した。これらの粉末の粒径は、アトマイズ条件と、メッシュ篩とを調整することで、1μmから200μmとした。
【0021】
また、積層造形用の粉末試料2として、Cr:27質量%、Mo:6質量%、W:14質量%、Fe:残部を含む鉄基合金組成物に、炭素を3質量%添加した原料を真空溶解し、アトマイズにより、鉄基合金粉末を作製した。これらの粉末の粒径は、アトマイズ条件と、メッシュ篩とを調整することで、1μmから200μmとした。
【0022】
また、積層造形用の粉末試料3として、Cr:27質量%、W:22質量%、Fe:残部を含む鉄基合金組成物に、炭素を3質量%添加した原料を真空溶解し、アトマイズにより、鉄基合金粉末を作製した。これらの粉末の粒径は、アトマイズ条件と、メッシュ篩とを調整することで、1μmから200μmとした。
【0023】
次に、粉末試料1~3を材料として、積層造形法を利用して、それぞれ積層造形体の試験試料1~3を作製した。積層造形法では、電子ビームを用い、さらに仕上げ加工を行って、一辺が10mmの立方体形状の試験試料1~3を作製した。なお、使用した電子ビーム積層造形(EBM)装置は、Arcam EBM A2X system(Arcam AB, Molndal, Sweden)である。なお、ここでは、積層造形に電子ビームを用いたが、レーザービームを用いても同様に試料を作製することができる。
【0024】
また、比較試料1~3として、それぞれ積層造形用の粉末試料1~3の原料と同じ組成の原料を真空溶解し、その溶湯を金型に鋳込んで、一辺が10mmの立方体形状のインゴット(鋳造材)を作製した。作製した試験試料1~3および比較試料1~3の組成を、表1に示す。
【0025】
【0026】
試験試料1~3および比較試料1~3について、シャルピー衝撃値およびロックウェル硬度(HRC)の測定を行った。シャルピー衝撃値は、JIS Z 2242:2018の試験方法により測定を行った。それらの測定結果を、表1に示す。なお、比較試料1~3は、脆くて崩れやすい状態であり、構造物として成り立たず、シャルピー衝撃値および硬度の測定を行うことはできなかった。
【0027】
表1に示すように、試験試料1の硬度がHRC67、試験試料2および3の硬度がHRC71.8であり、超硬合金並みの硬度であることが確認された。また、表1に示すように、試験試料1~3のシャルピー衝撃値は、14~15J/cm2であった。刃物用鉄鋼材のひとつであるSUS440Cのシャルピー衝撃値を測定したところ、6J/cm2であった。このことから、試験試料1~3は、SUS440Cを大幅に上回るシャルピー衝撃値であり、優れた靭性を有し、刃物用素材として十分に使用できることが確認された。
【0028】
次に、試験試料1~3について、積層造形の際の積層面に沿った水平断面、および、積層方向に沿った垂直断面に対して、電子顕微鏡による組織観察を行った。水平断面および垂直断面は、それぞれ一辺10mmの立方体形状を成す試験試料1~3の中心を通る断面とした。試験試料1の水平断面および垂直断面の電子顕微鏡写真を、それぞれ
図1(a)および(b)に、試験試料2の水平断面および垂直断面の電子顕微鏡写真を、それぞれ
図2(a)および(b)に、試験試料3の水平断面および垂直断面の電子顕微鏡写真を、それぞれ
図3(a)および(b)に示す。また、比較試料1~3についても、断面の電子顕微鏡写真による組織観察を行った。比較試料1~3の断面の電子顕微鏡写真を、
図4(a)~(c)に示す。
【0029】
図1~3に示すように、試験試料1~3は、いずれも組織中に析出物として炭化物(図中の「A」の部分;網目状に浮き出て見える部分)が微細化して形成されているのが確認された。また、これらの微細な炭化物は、径や幅や長さが10μm以下であり、Feのマトリックス(図中の「B」の部分)中にほぼ均一に分散されていることも確認された。これらの炭化物は主に、
図1および
図2ではCr、WおよびMoの炭化物であり、
図3ではCrおよびWの炭化物である。
【0030】
さらに、これらの炭化物は、水平断面および垂直断面のどちらにも、10μm以下の幅で網目状にネットワーク化されて微細分散していることから、
図5に示すように、炭化物は立体的に網目状に繋がって強く結びついて存在しているといえる。
【0031】
表1に示す硬度およびシャルピー衝撃値の結果、並びに、
図1~3に示す組織観察の結果から、本発明の実施の形態の鉄基合金部材は、摺動部品(ベアリング、ガイドレール等)や刃物などの機械部品として製作したとき、耐摩耗性や、刃先などの薄く形成された部分の強度(靭性)を高めることができ、長寿命を得ることができると共に、割れたり欠けたりしにくくなるといえる。
【0032】
これに対し、比較試料1~3の鋳造材は、
図4(a)~(c)に示すように、炭化物(図中の「A」の部分)が組織中で粗大化して偏析していることが確認された。なお、図中の「B」の部分は、マトリックスである。比較試料1~3の鋳造材は、脆くて崩れやすい状態のため、構造物としては成り立たず、シャルピー衝撃値を測定することができなかった。これらのことから、同じ成分であっても、鋳造材では靭性は得られず、機械部品として使用することは不可能であるといえる。