(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-01
(45)【発行日】2022-12-09
(54)【発明の名称】線虫を用いた個体レベルの健康寿命の評価系
(51)【国際特許分類】
G01N 33/48 20060101AFI20221202BHJP
A01K 67/033 20060101ALN20221202BHJP
【FI】
G01N33/48 N
A01K67/033 501
(21)【出願番号】P 2020123805
(22)【出願日】2020-07-20
【審査請求日】2021-04-08
(31)【優先権主張番号】P 2019142502
(32)【優先日】2019-08-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 国立大学法人熊本大学 大学院自然科学教育部 情報電気工学専攻 博士前期課程 学位審査会における公開
(73)【特許権者】
【識別番号】504159235
【氏名又は名称】国立大学法人 熊本大学
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100120112
【氏名又は名称】中西 基晴
(74)【代理人】
【識別番号】100141265
【氏名又は名称】小笠原 有紀
(72)【発明者】
【氏名】首藤 剛
(72)【発明者】
【氏名】甲斐 広文
(72)【発明者】
【氏名】森内 将貴
(72)【発明者】
【氏名】中野 義雄
(72)【発明者】
【氏名】上瀧 剛
【審査官】小澤 理
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-256164(JP,A)
【文献】特開2012-232951(JP,A)
【文献】特表2001-502181(JP,A)
【文献】森内将貴,線虫の寿命制御因子探索に関する研究:TRPV1の役割の解明および画像解析に基づいた新規健康寿命評価法の構築,学位論文,甲博薬第285号,2019年03月25日,[online], [令和4年3月29日検索], インターネット, <URL:https://kumadai.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=31312&item_no=1&page_id=13&block_id=21>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48
A01K 67/033
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
線虫の健康寿命および寿命の分析方法であって、以下のステップ:
(1)飼育する線虫の初期数Aを記録して保存する;
(2)飼育開始時をt
0、飼育終了時をt
N(Nは整数であり、後述のnの最大数に一致する)、その間の所定の時点をt
1~t
n(nは整数)とし、t
0~t
nの時点のそれぞれにおいて、飼育されている線虫の画像を同視野で撮影し、そして、撮影された画像を保存する;
(3)t
nの時点の画像とt
n-1の時点の画像(nは整数)を比較する;
(4)上記(3)の画像比較に基づき、(i)位置も形状も変化していない線虫の数を、t
nの時点における死線虫の数B
n(nは整数)として記録して保存し、および、(ii)位置は変化していないが形状が変化している線虫の数を、t
nの時点における不動線虫の数C
n(nは整数)として記録して保存する;
(5)(i)t
nの時点における積極的行動状態にある線虫の比率(%)を、次式:
【数1】
により計算して保存し、t
1~t
nの各時点における積極的行動状態にある線虫の比率をプロットして健康寿命曲線としてグラフ化し、および
(ii)t
nの時点における生存状態にある線虫の比率(%)を、次式:
【数2】
により計算して保存し、t
1~t
nの各時点における生存状態にある線虫の比率をプロッ
トして寿命曲線としてグラフ化する;
(6)(i)線虫の健康寿命を、次式:
【数3】
により算出して保存するか、もしくは、上記(5)(i)の当該健康寿命曲線において積極的行動状態にある線虫の比率が50%となった時点の値として記録して保存し、ならびに、
(ii)線虫の寿命を、次式:
【数4】
により算出して保存するか、もしくは上記(5)(ii)の当該寿命曲線において生存状
態にある線虫の比率が50%となった時点の値として記録して保存する;
(7)健康寿命曲線および寿命曲線を表示する、ならびに/または、健康寿命および寿命の値を表示する;
を含む、前記分析方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法であって、さらに以下のステップ:
(8)前記(6)で保存された健康寿命及び寿命の値に基づいて不動期を次式:
【数5】
により算出して保存し、そして、不動期率を次式:
【数6】
により算出して保存する;および
(9)不動期および/または不動期率の値を表示する;
を含み、当該ステップにより線虫の不動期および/または不動期率を分析することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
飼育する線虫の初期数Aが、1つのプレートあたり1~100匹である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
(2)の撮影が、蛍光視野の観察結果を撮影するものである、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
(2)の撮影を、静止画または動画の撮影により行う、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
t
nの時点とt
n-1の時点の間隔が、1~12時間の間から選択される、請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
t
nの時点とt
n-1の時点の間隔が、一定である、請求項1~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
線虫の飼育期間が、線虫の飼育開始から1~80日間である、請求項1~7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
線虫の飼育を、一定の温度条件下で、大腸菌
を均一に塗布した寒天培地上で行う、請求項1~8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
線虫の飼育を、撮影手段を備えたインキュベータ内で行う、請求項1~9のいずれか1
項に記載の方法。
【請求項11】
線虫の健康寿命および寿命と、不動期および/または不動期率を評価する方法であって、
(a)評価対象の線虫を調製し、
(b)上記(a)の線虫について、請求項1~10のいずれか1項に記載の方法により、健康寿命および寿命と、不動期および/または不動期率を分析し、および
(c)(i)上記(a)の線虫について、請求項1のステップ(7)で表示された健康寿命曲線または健康寿命を、比較対照の線虫の健康寿命曲線または健康寿命と比較することにより、評価対象の線虫の健康寿命を評価する、
(ii)上記(a)の線虫について、請求項1のステップ(7)で表示された寿命曲線または寿命を、比較対照の線虫の寿命曲線または寿命と比較することにより、評価対象の線虫の寿命を評価する、および
(iii)上記(a)の線虫について、請求項1のステップ(5)でグラフ化された健康寿命曲線および寿命曲線を重ね合わせたパターンと、比較対照の線虫の健康寿命曲線および寿命曲線を重ね合わせのパターンとを比較することにより、または、上記(a)の線虫について、請求項2のステップ(9)で表示された不動期もしくは不動期率を、比較対照の線虫の不動期もしくは不動期率と比較することにより、評価対象の線虫の不動期および不動期率を評価する、
ことを含む、前記方法。
【請求項12】
評価対象の線虫が、(i)特定の遺伝子を発現するように特定の遺伝子を導入した線虫、(ii)特定の遺伝子について変異を有する線虫、または、(iii)特定の遺伝子が欠損した、もしくは当該遺伝子の発現が抑制された線虫、であり、
比較対照の線虫が野生型の線虫であり、そして、
前記(c)の評価に基づいて、特定の遺伝子の発現、変異または欠損について、健康寿命および寿命と、不動期および/または不動期率に及ぼす効果を評価することをさらに含む、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
評価対象の線虫を、特定の物質、物理刺激または環境変化の存在下で飼育し、比較対象
の線虫を、特定の物質、物理刺激または環境変化の非存在下で飼育する、そして
前記(c)の評価に基づいて、特定の物質、物理刺激および/または環境変化について、健康寿命および寿命と、不動期および/または不動期率に及ぼす効果を評価することをさらに含む、請求項11に記載の方法。
【請求項14】
線虫の健康寿命および/または寿命の変動パターンを分析する方法であって、
(a)評価対象の線虫、および比較対照の線虫を調製し、
(b)上記(a)の線虫について、請求項1のステップ(1)~(6)を行い寿命の値を保存し、ならびに請求項1のステップ(1)~(6)および請求項2のステップ(8)を行い不動期率を算出して保存し、
(c)比較対照の線虫の寿命に対する評価対象の線虫の寿命の変動率を算出して保存し、および、比較対照の線虫の不動期率に対する評価対象の線虫の不動期率の変動率を算出して保存し、および
(d)当該寿命の変動率に対して当該不動期率の変動率をプロットすることにより、評価対象の線虫についての寿命変動または健康寿命変動のパターンを分析する、
ことを含む、前記方法。
【請求項15】
線虫の健康寿命および/または寿命を分析するための装置であって、
線虫を飼育する飼育手段と、
当該飼育手段における線虫の画像を経時的に撮影する撮影手段と、
当該撮影手段によって撮影された画像データに基づいて線虫の健康寿命曲線および寿命曲線、ならびに/または健康寿命および寿命を求める計算手段と、
当該計算手段によって導き出される健康寿命曲線および寿命曲線、ならびに/または健康寿命および寿命を表示する結果表示手段と、
を備え、
当該計算手段は、以下の処理:
(1)飼育する線虫の初期数Aを記録して保存する;
(2)飼育開始時をt
0、飼育終了時をt
N(Nは整数であり、後述のnの最大数に一致する)、その間の所定の時点をt
1~t
n(nは整数)とし、t
0~t
nの時点のそれぞれにおいて、飼育されている線虫の画像を同視野で撮影し、そして、撮影された画像を保存する;
(3)t
nの時点の画像とt
n-1の時点の画像(nは整数)を比較する;
(4)上記(3)の画像比較に基づき、(i)位置も形状も変化していない線虫の数を、t
nの時点における死線虫の数B
n(nは整数)として記録して保存し、および、(ii)位置は変化していないが形状が変化している線虫の数を、t
nの時点における不動線虫の数C
n(nは整数)として記録して保存する;
(5)(i)t
nの時点における積極的行動状態にある線虫の比率(%)を、次式:
【数7】
により計算して保存し、t
1~t
nの各時点における積極的行動状態にある線虫の比率をプロットして健康寿命曲線としてグラフ化し、および
(ii)t
nの時点における生存状態にある線虫の比率(%)を、次式:
【数8】
により計算して保存し、t
1~t
nの各時点における生存状態にある線虫の比率をプロットして寿命曲線としてグラフ化する;
(6)(i)線虫の健康寿命を、次式:
【数9】
により算出して保存するか、もしくは上記(5)(i)の健康寿命曲線において積極的行動状態にある線虫の比率が50%となった時点の値として記録して保存し、ならびに、
(ii)線虫の寿命を、次式:
【数10】
により算出して保存するか、もしくは上記(5)(ii)の寿命曲線において生存状態に
ある線虫の比率が50%となった時点の値として記録して保存する;
を実行し、そして、
当該結果表示手段は、前記計算手段が、上記(5)(i)または(ii)においてグラフ化した健康寿命曲線および寿命曲線を表示する、ならびに/または、上記(6)(i)または(ii)で保存された健康寿命および寿命を表示する、
前記装置。
【請求項16】
請求項15に記載の装置であって、さらに線虫の不動期および/または不動期率を分析するためのものであり、
前記計算手段が、さらに不動期および/または不動期率を求める計算手段であり、
前記結果表示手段が、さらに不動期および/または不動期率を表示する結果表示手段であり、
当該計算手段は、さらに以下の処理:
(7)前記(6)で保存された健康寿命及び寿命の値に基づいて不動期を次式:
【数11】
により算出して保存し、そして、不動期率を次式:
【数12】
により算出して保存する;
を実行し、そして
当該結果表示手段は、さらに、前記計算手段が上記(7)において保存された不動期および/または不動期率を表示する、
前記装置。
【請求項17】
線虫の健康寿命および/または寿命の変動パターンを分析するための装置であって、
線虫を飼育する飼育手段と、
当該飼育手段における線虫の画像を経時的に撮影する撮影手段と、
当該撮影手段によって撮影された画像データに基づいて、評価対象の線虫および比較対照の線虫の寿命、健康寿命および不動期率を求めた上で、比較対照の線虫の寿命に対する評価対象の線虫の寿命の変動率および比較対照の線虫の不動期率に対する評価対象の線虫の不動期率の変動率を求め、そして、当該寿命の変動率に対して当該不動期率の変動率をプロットする計算手段と、
当該計算手段によって導き出されるプロットを表示する結果表示手段と
を備え、
当該計算手段は以下の処理:
(8)請求項15のステップ(1)~(6)を行い、評価対象の線虫および比較対照の線虫それぞれについての寿命および健康寿命の値を保存し、
(9)請求項16のステップ(7)を行い、評価対象の線虫および比較対照の線虫それぞれについての不動期率を算出して保存し、ならびに
(10)比較対照の線虫の寿命に対する評価対象の線虫の寿命の変動率を算出して保存し、および、比較対照の線虫の不動期率に対する評価対象の線虫の不動期率の変動率を算出して保存し、および、当該寿命の変動率に対して当該不動期率の変動率をプロットする、
を実行し、そして
当該結果表示手段は、上記
(10)のプロットを表示する、
前記装置。
【請求項18】
飼育手段が、インキュベータであり、
撮影手段が、静止画または動画の撮影機能を備えた蛍光顕微鏡であり、
計算手段が、コンピュータであり、
結果表示手段がモニターである、
請求項15~17のいずれか1項に記載の装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、線虫の健康寿命、寿命および/または不動期率の分析方法、線虫の健康寿命、寿命および/または不動期率を分析するための装置、ならびに、線虫の健康寿命、寿命および/または不動期率を評価する方法、に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、線虫の寿命(約3週間)はマウスの寿命(約3年)に比べて短期間であることから、線虫は、寿命に関連した分子や薬の一次スクリーニングに広く用いられている。従来、外因的に白金線などで線虫を刺激することによって線虫の生存確認が行われ、その結果得られる生存率曲線を用いて、寿命関連因子・薬物の探索が行われてきた。また、線虫寿命の評価は、一部の機能性食品等の老化・寿命に対する影響の評価にも活用されてきている(非特許文献1)。
【0003】
しかし、従来の線虫の寿命測定法には、煩雑さ、線虫に対する侵襲性、客観性などの問題点もある。このことから、これらを打破するための画像解析による線虫の寿命自動測定系を確立する取り組みが行われてきた(非特許文献2)。一方、非特許文献2に記載の方法による線虫の寿命測定法は、大規模な施設や専門的な工学的知識を用いて線虫評価系の構築を必要としていることから、汎用性に乏しい。
【0004】
寿命とは、生物個体が生まれてから死に至るまでの時間を指す。一方、健康寿命とは、平均寿命から日常的・継続的な医療・介護に依存して生きる期間(フレイル期間)を除いた期間のことを指し、健康寿命の割合が高いほど寿命の質が高い。寿命研究における究極の目標の一つには、健康寿命の延長やフレイル期間の減少に関わる因子を特定することが挙げられる。従来の線虫の寿命測定法は、線虫の寿命のみを評価するシステムであり、健康寿命を評価できるシステムは存在しない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】鹿児島県工業技術センター研究成果発表予稿集;2015, p.2-3
【文献】Nature Methods, Vol.10, p.665-670, 2013
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、線虫の健康寿命、寿命および/または不動期率の分析方法、線虫の健康寿命、寿命および/または不動期率を分析するための装置、ならびに、線虫の健康寿命、寿命および/または不動期率を評価する方法、を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
以上に鑑み、本件の発明者らは、線虫の行動量に焦点を当て、研究を開始した。鋭意検討の結果、線虫の行動状態を、積極的行動状態、無活動生存状態、死亡状態の3つに分けて捉え、この分類を画像上で判別することによる線虫の健康寿命、寿命および/または不動期率の分析および/または評価方法を見出した。当該知見に基づいて、本発明は完成された。
【0008】
すなわち、一態様において、本発明は以下の通りであってよい。
[1] 線虫の健康寿命および/または寿命の分析方法であって、以下のステップ:
(1)飼育する線虫の初期数Aを記録して保存する;
(2)飼育開始時をt0、飼育終了時をtN(Nは整数であり、後述のnの最大数に一致する)、その間の所定の時点をt1~tn(nは整数)とし、t0~tnの時点のそれぞれにおいて、飼育されている線虫の画像を同視野で撮影し、そして、撮影された画像を保存する;
(3)tnの時点の画像とtn-1の時点の画像(nは整数)を比較する;
(4)上記(3)の画像比較に基づき、(i)位置も形状も変化していない線虫の数を、tnの時点における死線虫の数Bn(nは整数)として記録して保存し、および/または、(ii)位置は変化していないが形状が変化している線虫の数を、tnの時点における不動線虫の数Cn(nは整数)として記録して保存する;
(5)(i)tnの時点における積極的行動状態にある線虫の比率(%)を、次式:
【0009】
【数1】
により計算して保存し、t
1~t
nの各時点における積極的行動状態にある線虫の比率をプロットして健康寿命曲線としてグラフ化し、および/または
(ii)t
nの時点における生存状態にある線虫の比率(%)を、次式:
【0010】
【数2】
により計算して保存し、t
1~t
nの各時点における生存状態にある線虫の比率をプロットして寿命曲線としてグラフ化する;
(6)(i)線虫の健康寿命を、次式:
【0011】
【数3】
により算出して保存するか、もしくは、上記(5)(i)の当該健康寿命曲線において積極的行動状態にある線虫の比率が50%となった時点の値として記録して保存し、ならびに/または、
(ii)線虫の寿命を、次式:
【0012】
【数4】
により算出して保存するか、もしくは上記(5)(ii)の当該寿命曲線において生存状態にある線虫の比率が50%となった時点の値として記録して保存する;
(7)健康寿命曲線および/もしくは寿命曲線を表示する、ならびに/または、健康寿命および/もしくは寿命の値を表示する;
を含む、前記方法。
[2] 上記[1]に記載の方法であって、さらに以下のステップ:
(8)前記(6)で保存された健康寿命及び寿命の値に基づいて不動期を次式:
【0013】
【数5】
により算出して保存し、そして、不動期率を次式:
【0014】
【数6】
により算出して保存する;および
(9)不動期および/または不動期率の値を表示する;
を含み、当該ステップにより線虫の不動期および/または不動期率を分析することを含む、上記[1]に記載の方法。
[3] 飼育する線虫の初期数Aが、1つのプレートあたり1~100匹である、上記[1]または[2]に記載の方法。
[4] (2)の撮影が、蛍光視野の観察結果を撮影するものである、上記[1]~[3]のいずれか1項に記載の方法。
[5] (2)の撮影を、静止画または動画の撮影により行う、上記[1]~[4]のいずれか1項に記載の方法。
[6] t
nの時点とt
n-1の時点の間隔が、1~12時間の間から選択される、上記[1]~[5]のいずれか1項に記載の方法。
[7] t
nの時点とt
n-1の時点の間隔が、一定である、上記[1]~[6]のいずれか1項に記載の方法。
[8] 線虫の飼育期間が、線虫の飼育開始から1~80日間である、上記[1]~[7]のいずれか1項に記載の方法。
[9] 線虫の飼育を、一定の温度条件下で、大腸菌を薄く均一に塗布した寒天培地上で行う、上記[1]~[8]のいずれか1項に記載の方法。
[10] 線虫の飼育を、撮影手段を備えたインキュベータ内で行う、上記[1]~[9]のいずれか1項に記載の方法。
[11] 線虫の健康寿命、寿命、不動期および/または不動期率を評価する方法であって、
(a)評価対象の線虫を調製し、
(b)上記(a)の線虫について、上記[1]~[10]のいずれか1項に記載の方法により、健康寿命、寿命、不動期および/または不動期率を分析し、および
(c)(i)上記(a)の線虫について、上記[1]のステップ(7)で表示された健康寿命曲線または健康寿命を、比較対照の線虫の健康寿命曲線または健康寿命と比較することにより、評価対象の線虫の健康寿命を評価する、
(ii)上記(a)の線虫について、上記[1]のステップ(7)で表示された寿命曲線または寿命を、比較対照の線虫の寿命曲線または寿命と比較することにより、評価対象の線虫の寿命を評価する、および/または
(iii)上記(a)の線虫について、上記[1]のステップ(5)でグラフ化された健康寿命曲線および寿命曲線を重ね合わせたパターンと、比較対照の線虫の健康寿命曲線および寿命曲線を重ね合わせのパターンとを比較することにより、または、上記(a)の線虫について、上記[2]のステップ(9)で表示された不動期もしくは不動期率を、比較対照の線虫の不動期もしくは不動期率と比較することにより、評価対象の線虫の不動期および不動期率を評価する、
ことを含む、前記方法。
[12] 評価対象の線虫が、(i)特定の遺伝子を発現するように特定の遺伝子を導入した線虫、(ii)特定の遺伝子について変異を有する線虫、または、(iii)特定の遺伝子が欠損した、もしくは当該遺伝子の発現が抑制された線虫、であり、
比較対照の線虫が野生型の線虫であり、そして、
前記(c)の評価に基づいて、特定の遺伝子の発現、変異または欠損について、健康寿命、寿命、不動期および/または不動期率に及ぼす効果を評価することをさらに含む、
上記[11]に記載の方法。
[13] 評価対象の線虫を、特定の物質、物理刺激または環境変化の存在下で飼育し、比較対象の線虫を、特定の物質、物理刺激または環境変化の非存在下で飼育する、そして前記(c)の評価に基づいて、特定の物質、物理刺激および/または環境変化について、健康寿命、寿命、不動期および/または不動期率に及ぼす効果を評価することをさらに含む、上記[11]に記載の方法。
[14] 線虫の健康寿命および/または寿命の変動パターンを分析する方法であって、
(a)評価対象の線虫、および比較対照の線虫を調製し、
(b)上記(a)の線虫について、上記[1]のステップ(1)~(6)を行い寿命の値を保存し、ならびに上記[1]のステップ(1)~(6)および上記[2]のステップ(8)を行い不動期率を算出して保存し、
(c)比較対照の線虫の寿命に対する評価対象の線虫の寿命の変動率を算出して保存し、および、比較対照の線虫の不動期率に対する評価対象の線虫の不動期率の変動率を算出して保存し、および
(d)当該寿命の変動率に対して当該不動期率の変動率をプロットすることにより、評価対象の線虫についての寿命変動または健康寿命変動のパターンを分析する、
ことを含む、前記方法。
[15] 線虫の健康寿命および/または寿命を分析するための装置であって、
線虫を飼育する手段と、
当該飼育手段における線虫の画像を経時的に撮影する撮影手段と、
当該撮影手段によって撮影された画像データに基づいて線虫の健康寿命曲線、寿命曲線、健康寿命および/または寿命を求める計算手段と、
当該計算手段によって導き出される寿命曲線、健康寿命曲線、健康寿命および/または寿命を表示する結果表示手段と、
を備え、
当該計算手段は、以下の処理:
(1)飼育する線虫の初期数Aを記録して保存する;
(2)飼育開始時をt
0、飼育終了時をt
N(Nは整数であり、後述のnの最大数に一致する)、その間の所定の時点をt
1~t
n(nは整数)とし、t
0~t
nの時点のそれぞれにおいて、飼育されている線虫の画像を同視野で撮影し、そして、撮影された画像を保存する;
(3)t
nの時点の画像とt
n-1の時点の画像(nは整数)を比較する;
(4)上記(3)の画像比較に基づき、(i)位置も形状も変化していない線虫の数を、t
nの時点における死線虫の数B
n(nは整数)として記録して保存し、および/または、(ii)位置は変化していないが形状が変化している線虫の数を、t
nの時点における不動線虫の数C
n(nは整数)として記録して保存する;
(5)(i)t
nの時点における積極的行動状態にある線虫の比率(%)を、次式:
【0015】
【数7】
により計算して保存し、t
1~t
nの各時点における積極的行動状態にある線虫の比率をプロットして健康寿命曲線としてグラフ化し、および/または
(ii)t
nの時点における生存状態にある線虫の比率(%)を、次式:
【0016】
【数8】
により計算して保存し、t
1~t
nの各時点における生存状態にある線虫の比率をプロットして寿命曲線としてグラフ化する;
(6)(i)線虫の健康寿命を、次式:
【0017】
【数9】
により算出して保存するか、もしくは上記(5)(i)の健康寿命曲線において積極的行動状態にある線虫の比率が50%となった時点の値として記録して保存し、ならびに/または、
(ii)線虫の寿命を、次式:
【0018】
【数10】
により算出して保存するか、もしくは上記(5)(ii)の寿命曲線において生存状態にある線虫の比率が50%となった時点の値として記録して保存する;
を実行し、そして、
当該結果表示手段は、前記計算手段が、上記(5)(i)または(ii)においてグラフ化した健康寿命曲線および/もしくは寿命曲線を表示する、ならびに/または、上記(6)(i)または(ii)で保存された健康寿命および/もしくは寿命を表示する、前記装置。
[16] 上記[15]に記載の装置であって、さらに線虫の不動期および/または不動期率を分析するためのものであり、
前記計算手段が、さらに不動期および/または不動期率を求める計算手段であり、
前記結果表示手段が、さらに不動期および/または不動期率を表示する結果表示手段であり、
当該計算手段は、さらに以下の処理:
(7)前記(6)で保存された健康寿命及び寿命の値に基づいて不動期を次式:
【0019】
【数11】
により算出して保存し、そして、不動期率を次式:
【0020】
【数12】
により算出して保存する;
を実行し、そして
当該結果表示手段は、さらに、前記計算手段が上記(7)において保存された不動期および/または不動期率を表示する、
前記装置。
[17] 線虫の健康寿命および/または寿命の変動パターンを分析するための装置であって、
線虫を飼育する手段と、
当該飼育手段における線虫の画像を経時的に撮影する撮影手段と、
当該撮影手段によって撮影された画像データに基づいて、評価対象の線虫および比較対照の線虫の寿命、健康寿命および不動期率を求めた上で、比較対照の線虫の寿命に対する評価対象の線虫の寿命の変動率および比較対照の線虫の不動期率に対する評価対象の線虫の不動期率の変動率を求め、そして、当該寿命の変動率に対して当該不動期率の変動率をプロットする計算手段と、
当該計算手段によって導き出されるプロットを表示する結果表示手段と
を備え、
当該計算手段は以下の処理:
(8)上記[15]のステップ(1)~(6)を行い、評価対象の線虫および比較対照の線虫それぞれについての寿命および健康寿命の値を保存し、
(9)上記[16]のステップ(7)を行い、評価対象の線虫および比較対照の線虫それぞれについての不動期率を算出して保存し、ならびに
(9)比較対照の線虫の寿命に対する評価対象の線虫の寿命の変動率を算出して保存し、および、比較対照の線虫の不動期率に対する評価対象の線虫の不動期率の変動率を算出して保存し、および、当該寿命の変動率に対して当該不動期率の変動率をプロットする、
を実行し、そして
当該結果表示手段は、上記(9)のプロットを表示する、
前記装置。
[18]
線虫を飼育する手段が、インキュベータであり、
撮影手段が、静止画または動画の撮影機能を備えた蛍光顕微鏡であり、
計算手段が、コンピュータであり、
結果表示手段がモニターである、
上記[15]~[17]のいずれか1項に記載の装置。
【発明の効果】
【0021】
本発明の分析方法および評価方法は、(1)従来の線虫の「寿命」に加えて、線虫の「不動期率」に基づいた「健康寿命」の測定を可能とするものであり、および/または、(2)汎用性、低侵襲性、データの客観性・信頼性、多検体測定性に優れて、従来の線虫の寿命測定法を大きく凌駕するものである。また、評価用の線虫にGFP等の導入の必要性はないため、低コストかつ遺伝子組換実験用施設が不要である点なども、本発明の方法の利点の一つである。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】
図1は、本願の寿命および健康寿命測定の手法を示した模式図である。
【
図2】
図2は、本願の方法により得られた寿命曲線および健康寿命曲線である。(a)は、本願の方法により得られた寿命曲線(Automatic count)と従来の方法により得られた寿命曲線(Manual count)の重ね合わせグラフである。(b)は、本願の方法により得られた寿命曲線(Life span)と健康寿命曲線(Health span)の重ね合わせグラフである。
【
図3】
図3は、野生型、タンパク質合成低下(lfe-2変異株)、摂食中枢抑制(eat-2変異株)、およびミトコンドリア膜電位低下(clk-1変異株)について得られた寿命曲線および健康寿命曲線である。(a)は、寿命曲線の重ね合わせグラフである。(b)は健康寿命曲線の重ね合わせグラフである。
【
図4】
図4は、野生型、タンパク質合成低下(lfe-2変異株)、摂食中枢抑制(eat-2変異株)、およびミトコンドリア膜電位低下(clk-1変異株)について得られた寿命曲線および健康寿命曲線を、検討した線虫の株ごとに表示した重ね合わせグラフである。
【
図5】
図5は、野生型、タンパク質合成低下(lfe-2変異株)、摂食中枢抑制(eat-2変異株)、およびミトコンドリア膜電位低下(clk-1変異株)について、寿命および不動期率を表示した棒グラフである。
【
図7】
図7は、野生型、AMPK導入変異、AMPK欠損変異、およびNrf2欠損変異のそれぞれについての、寿命曲線および健康寿命曲線の重ね合わせグラフである。
【
図8】
図8は、野生型、AMPK導入変異、AMPK欠損変異、およびNrf2欠損変異について、寿命および不動期率を表示した棒グラフである。
【
図9】
図9は、50mMメトホルミンを培地上に塗布した場合と培地内に混入させた場合のそれぞれについて、メトホルミンを投与していない対照(野生株)との寿命曲線および健康寿命曲線の重ね合わせグラフである。
【
図10】
図10は、2mMパラコートを投与した場合と、投与していない対照(野生株)との寿命曲線および健康寿命曲線の重ね合わせグラフである。
【
図11】
図11は、野生型、タンパク質合成低下(lfe-2変異株)、摂食中枢抑制(eat-2変異株)、ミトコンドリア膜電位低下(clk-1変異株)、AMPK導入変異、AMPK欠損変異、Nrf2欠損変異、パラコート投与、メトホルミン投与(培地上)、およびメトホルミン投与(培地内)について、横軸に野生型の線虫の寿命に対する検討対象の線虫の寿命の割合(寿命の変動率)をとり、縦軸に野生型の線虫の不動期率に対する検討対象の線虫の寿命の割合(不動期率の変動率)をとって各線虫の値をプロットした二次元プロット図である。
【
図12】実施例7のセグメンテーション結果の一部を示す図である。(a)入力画像、(b)古典的画像処理手法(PreV)、(c)U-Netの出力、(d)正解画像(Ground Truth)である。
【
図14】健康寿命、健康寿命曲線、寿命、寿命曲線、不動期、および不動期率の分析のための処理を示すフロー図である。
【
図15】寿命-不動期率の二次元プロットを作成する処理を示すフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下に本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。本明細書で特段に定義されない限り、本発明に関連して用いられる科学用語及び技術用語は、当業者によって一般に理解される意味を有するものとする。
【0024】
本明細書において「死線虫」とは、死亡状態にある線虫を意味する。死線虫は、ある時点の線虫の画像と、同視野における次の時点の画像を比較して、位置も形状も変化していない線虫として捉えることができる。
【0025】
本明細書において「不動線虫」とは、無活動生存状態にある線虫を意味する。すなわち、生存状態にはあるが、活動性が著しく低下している線虫である。不動線虫は、ある時点の線虫の画像と、同視野における次の時点の画像を比較して、位置は変化していないが、形状が変化している線虫として捉えることができる。
【0026】
本明細書において「生線虫」とは、積極的行動状態にある線虫を意味する。すなわち、生存状態にあり、かつ活動性を有する線虫である。生線虫は、ある時点の線虫の画像と、同視野における次の時点の画像を比較すると、位置が変化するため、そのままではその数を把握することができない。このため、ある時点における生線虫の数は、飼育開始時の線虫の数から、当該時点における死線虫および不動線虫の数を差し引くことで算出できる。
【0027】
本明細書において「寿命曲線」とは、生存状態にある線虫の数を、時間に対してプロットしグラフ化した曲線である。ある時点での生存状態にある線虫の数は、飼育開始時の線虫の数から、当該時点における死線虫の数を差し引くことで算出できる。また、本明細書において「寿命」とは、線虫の集団についての寿命の平均値または中央値である。好ましくは「寿命」は、線虫の集団についての寿命の平均値である。「寿命の平均値」は、各線虫個体が死線虫となった段階の日齢を個体の寿命として算出し、線虫の集団についてすべての個体の寿命の和を個体数で除して算出される。より具体的には、飼育する線虫の初期数をA、飼育開始時をt0、飼育終了時をtN(Nは整数であり、後述のnの最大数に一致する)、その間の所定の時点をt1~tn(nは整数)、tnの時点における死線虫の数Bn(nは整数)、とした場合、寿命の平均値は次式:
【0028】
【数13】
で計算することができる。なお、この「寿命の平均値」は、当該技術分野において「寿命中位数(50% of Life Span (50LS))」や「平均生存期間(Mean survival time (MST))」としても理解される。寿命の中央値は、生存情態にある線虫の比率が飼育開始時の線虫の数に対して50%となった時点として計算される。
【0029】
本明細書において「健康寿命曲線」とは、生線虫、すなわち積極的行動状態にある線虫の数を、時間に対してプロットしグラフ化した曲線である。生線虫の数は、上記「生線虫」の定義に付随して記載した方法により算出できる。また、本明細書において「健康寿命」とは、線虫の集団についての健康寿命の平均値または中央値である。好ましくは「健康寿命」は、線虫の集団についての健康寿命の平均値である。健康寿命の平均値は、各線虫個体が不動線虫となった段階の日齢を個体の健康寿命として算出し、線虫の集団についてすべての個体の健康寿命の和を個体数で除して算出される。より具体的には、飼育する線虫の初期数をA、飼育開始時をt0、飼育終了時をtN(Nは整数であり、後述のnの最大数に一致する)、その間の所定の時点をt1~tn(nは整数)、tnの時点における不動線虫の数Cn(nは整数)、とした場合、健康寿命の平均値は次式:
【0030】
【数14】
で計算することができる。なお、この「健康寿命の平均値」は、当該技術分野において「平均健康生存期間」としても理解される。健康寿命の中央値、積極的行動状態にある線虫の比率が、飼育開始時の線虫の数に対して50%となった時点として計算される。
【0031】
本明細書において、「不動期」とは、寿命から健康寿命を差し引いた期間である。また、本明細書において「不動期率」とは、寿命に対する不動期の割合を意味する。したがって、寿命に対して健康寿命の割合が大きい場合は、不動期は短く、そして不動期率は小さくなる。一方、寿命に対して健康寿命の割合が小さい場合は、不動期は長く、そして不動期率は大きくなる。
【0032】
上記、「死線虫」、「不動線虫」および「生線虫」の関係、「寿命」、「健康寿命」および「不動期」の関係、及び不動期率の計算方法についての模式図を
図1に示した。
【0033】
本発明は、線虫生存の測定のための最適条件(線虫の引数、培養温度、培地の量、食餌条件、撮像間隔、生存判定法)を確立し、線虫の生存を非侵襲的に測定することを可能としたものである。また、本発明の方法では、線虫生存の自動測定や、多検体測定も可能である。
【0034】
本発明者らは、線虫の行動状態を、積極的行動状態、無活動生存状態、および死亡状態の3つに分類し、この分類を画像上で判別する方法を確立した。そして、この3つの線虫の行動状態の観察に基づき、寿命から健康寿命を差し引いた期間を「不動期」と定義し、寿命に対する不動期の割合を「不動期率」と定義してこれらに着目し、寿命および健康寿命の分析および評価が可能な系を確立した。また、この分析および評価系は、寿命を延ばす要因との関係性を探索するのに有用であることを見出した。その結果、以下に詳述する本発明の方法および装置を完成するに至った。
【0035】
線虫の健康寿命および/または寿命の分析方法
一態様において本発明は、線虫の健康寿命および/または寿命の分析方法であって、以下のステップ:
(1)飼育する線虫の初期数Aを記録して保存する;
(2)飼育開始時をt0、飼育終了時をtN(Nは整数であり、後述のnの最大数に一致する)、その間の所定の時点をt1~tn(nは整数)とし、t0~tnの時点のそれぞれにおいて、飼育されている線虫の画像を同視野で撮影し、そして、撮影された画像を保存する;
(3)tnの時点の画像とtn-1の時点の画像(nは整数)を比較する;
(4)上記(3)の画像比較に基づき、(i)位置も形状も変化していない線虫の数を、tnの時点における死線虫の数Bn(nは整数)として記録して保存し、および/または、(ii)位置は変化していないが形状が変化している線虫の数を、tnの時点における不動線虫の数Cn(nは整数)として記録して保存する;
(5)(i)tnの時点における積極的行動状態にある線虫の比率(%)を、次式:
【0036】
【数15】
により計算して保存し、t
1~t
nの各時点における積極的行動状態にある線虫の比率をプロットして健康寿命曲線としてグラフ化し、および/または
(ii)t
nの時点における生存状態にある線虫の比率(%)を、次式:
【0037】
【数16】
により計算して保存し、t
1~t
nの各時点における生存状態にある線虫の比率をプロットして寿命曲線としてグラフ化する;
(6)(i)線虫の健康寿命を、次式:
【0038】
【数17】
により算出して保存するか、もしくは上記(5)(i)の健康寿命曲線において積極的行動状態にある線虫の比率が50%となった時点の値を健康寿命として記録して保存し、ならびに/または、
(ii)線虫の寿命を、次式:
【0039】
【数18】
により算出して保存するか、もしくは上記(5)(ii)の寿命曲線において生存状態にある線虫の比率が50%となった時点の値として記録して保存する;
(7)健康寿命曲線および/もしくは寿命曲線を表示する、ならびに/または、健康寿命および/もしくは寿命の値を表示する;
を含む、前記方法、に関する。
【0040】
本発明の分析方法において、線虫の飼育条件は、いかなる条件であってもよい。通常は、線虫の飼育が可能な条件であることが好ましい。ただし、寿命または健康寿命の延伸に影響を与える環境因子等を検討する目的で、線虫の飼育には一般的に不適と考えられている条件を用いる場合もあり得る。
【0041】
線虫を飼育する培地は特に限定されないが、好ましくは寒天培地上で飼育する。さらに好ましくは、線虫の餌を薄く均一に塗布した寒天培地上で飼育する。線虫の餌として、特に限定されないが、大腸菌またはそれに相当する線虫の餌が挙げられる。線虫の餌として大腸菌を用いて6ウェルプレート(1ウェルの面積は約9.0~10.0cm2)で飼育する場合、例えば80μL/ウェル程度の大腸菌懸濁液を均一に塗布した寒天培地上で、線虫を飼育する。
【0042】
線虫の飼育期間は、線虫が生存している期間であれば特に限定されないが、好ましくは線虫の飼育開始から1~80日間、さらに好ましくは1~50日間、1~30日間であってもよい。
【0043】
飼育する線虫の初期数Aは、飼育が可能な線虫の数である限り特に限定されない。好ましくは、1つのプレートあたり1~100匹、10~100匹、20~100匹、30~100匹、40~100匹、50~100匹、60~100匹、または60~90匹であってもよい。
【0044】
線虫の飼育温度は、1~60℃の範囲であってよく、15~20℃、20~25℃または22℃の範囲であってもよい。さらに好ましくは、飼育温度は、前記の温度範囲内で一定の温度条件である。ここで、一定の温度条件とは、飼育中の温度変化が設定温度±1℃程度の温度変動を許容する条件である。
【0045】
線虫の飼育は、上記の飼育条件を維持できる手段であれば特に限定されないが、好ましくはインキュベータ内で行う。さらに好ましくは、インキュベータは撮影手段を備えたインキュベータである。
【0046】
本発明の分析方法において、ステップ(2)の撮影は、線虫の形状を撮影可能な方式であれば特に限定されないが、好ましくは蛍光視野の観察結果を撮影することで行う。また、撮影は静止画または動画の撮影により行うことができる。
【0047】
分析に用いる画像は、飼育開始時をt0、飼育終了時をtN(Nは整数であり、後述のnの最大数に一致する)、その間の所定の時点をt1~tn(nは整数)とし、t0~tnの時点のそれぞれにおいて、飼育されている線虫の画像を同視野で撮影されたものである。撮影を動画により行う場合は、分析に用いる所定の時点の画像を動画より抽出して分析する。そして、本発明の方法のステップ(3)において、tnの時点の画像とtn-1の時点の画像(nは整数)との画像比較を行う。ここで、tnの時点とtn-1の時点の間隔は、特に限定されないが、好ましくは30分~12時間、1時間~12時間、30分~2時間、30分~1時間、1時間~2時間時間であってもよい。また、tnの時点とtn-1の時点の間隔は、t0~tNにわたって一定であってもよく、一定でなくてもよい。好ましくはtnの時点とtn-1の時点の間隔は、t0~tNにわたって一定である。tnの時点とtn-1の時点の間隔は、t0~tNにわたって一定ではない例としては、飼育初期や飼育終期の段階ではtnの時点とtn-1の時点の間隔を長くとり、不動線虫または死線虫の数の減少が著しい段階ではtnの時点とtn-1の時点の間隔を短くとる、ということが挙げられる。
【0048】
本発明の分析方法において、健康寿命曲線および/または寿命曲線は、それぞれ単独の曲線として表示してもよく、または重ね合わせの曲線として表示してもよい。また、本発明の分析方法において、健康寿命および/または寿命の表示は、数値を示すことで表示してもよく、棒グラフ等のグラフにより表示してもよい。
【0049】
本発明の分析方法において、健康寿命及び寿命が、それぞれ健康寿命の平均値及び寿命の平均値として計算される場合は、ステップ(5)は必ずしも必要ない。これは、健康寿命の平均値及び寿命の平均値を求める際には、寿命または健康寿命について先に定義したとおり、A、Bn、Cn、tnの値から計算することができ、健康寿命曲線および寿命曲線のグラフ化は必ずしも必要ないためである。
【0050】
別の態様において、本発明は、上記の線虫の健康寿命および/または寿命の分析方法であって、さらに以下のステップ:
(8)前記(6)で保存された健康寿命及び寿命の値に基づいて不動期を次式:
【0051】
【数19】
により算出して保存し、そして、不動期率を次式:
【0052】
【数20】
により算出して保存する;および
(9)不動期および/または不動期率の値を表示する;
を含み、当該ステップにより線虫の不動期および/または不動期率を分析することを含む前記方法、に関する。
【0053】
算出された不動期および/または不動期率の表示は、数値を示すことで表示してもよく、棒グラフ等のグラフにより表示してもよい。
【0054】
上記本発明の線虫の健康寿命および/または寿命の分析方法は、本明細書において単に「本発明の分析方法」と記載する場合がある。
【0055】
上記本発明の分析方法のステップ(1)~(4)において、深層学習(Deep learning)を用いた線虫の画像解析を使用してもよい。深層学習を用いた画像解析の具体的な方法は後述する。
【0056】
線虫の健康寿命、寿命、不動期および/または不動期率の評価方法
一態様において本発明は、線虫の健康寿命、寿命、不動期および/または不動期率を評価する方法であって、
(a)評価対象の線虫を調製し、
(b)上記(a)の線虫について、本発明の分析方法により、健康寿命、寿命、不動期および/または不動期率を分析し、および
(c)(i)上記(a)の線虫について、本発明の分析方法のステップ(7)で表示された健康寿命曲線または健康寿命を、比較対照の線虫の健康寿命曲線または健康寿命と比較することにより、評価対象の線虫の健康寿命を評価する、
(ii)上記(a)の線虫について、本発明の分析方法のステップ(7)で表示された寿命曲線または寿命を、比較対照の線虫の寿命曲線または寿命と比較することにより、評価対象の線虫の寿命を評価する、および/または
(iii)上記(a)の線虫について、本発明の分析方法のステップ(5)でグラフ化された健康寿命曲線および寿命曲線を重ね合わせたパターンと、比較対照の線虫の健康寿命曲線および寿命曲線を重ね合わせのパターンとを比較することにより、または、上記(a)の線虫について、本発明の分析方法のステップ(9)で表示された不動期もしくは不動期率を、比較対照の線虫の不動期もしくは不動期率と比較することにより、評価対象の線虫の不動期および不動期率を評価する、
ことを含む、前記方法に関する。
【0057】
上記(c)(i)の評価では、評価対象の線虫と比較対照の線虫の相違点が、健康寿命に及ぼす影響を評価することができる。
【0058】
上記(c)(ii)の評価では、評価対象の線虫と比較対照の線虫の相違点が、寿命に及ぼす影響を評価することができる。
【0059】
上記(c)(iii)の評価では、評価対象の線虫と比較対照の線虫の相違点が、不動期または不動期率に及ぼす影響を評価することができる。また、不動期または不動期率を、寿命曲線と健康寿命曲線を重ね合わせたパターンの差として把握する場合、不動期率が大きい株では寿命曲線に対して健康寿命曲線がシフトする量が大きいが、不動期率が小さい株では寿命曲線に対して健康寿命曲線がシフトする量が小さくなるという指標に基づいて不動期または不動期率を評価できる。
【0060】
評価対象の線虫、および比較対照の線虫は、寿命または健康寿命の延伸効果の検討を行う因子に応じて当業者が適宜選択できる。
【0061】
一態様において、評価対象の線虫は、(i)特定の遺伝子を発現するように特定の遺伝子を導入した線虫、(ii)特定の遺伝子について変異を有する線虫、または、(iii)特定の遺伝子が欠損した、もしくは当該遺伝子の発現が抑制された線虫、であることができる。比較対照の線虫は、上記(i)~(iii)の評価対象の線虫の種類に対応して、同株由来の線虫であって、(i)’当該特定の遺伝子を導入していない線虫、(ii)’当該特定の遺伝子について変異を有しない線虫、または、(iii)’当該特定の遺伝子が欠損していない、もしくは当該遺伝子の発現が認められる線虫、であることができる。好ましい態様において、比較対照の線虫は野生型の線虫である。評価対象の線虫として、上記(i)、(ii)または(iii)を選択することで、特定の遺伝子の発現、変異または欠損が、健康寿命、寿命、不動期および/または不動期率に及ぼす効果を評価することができる。
【0062】
線虫における遺伝子導入や遺伝子ノックアウトは、当業者に公知の手法により行うことができる。
【0063】
別の態様において、評価対象の線虫を、特定の物質、物理刺激または環境変化の存在下で飼育し、比較対象の線虫を、特定の物質、物理刺激または環境変化の非存在下で飼育して、本発明の評価方法により評価する。このように、飼育条件を評価対象の線虫と比較対照の線虫との間で変化させることにより、特定の物質、物理刺激または環境変化が、健康寿命、寿命、不動期および/または不動期率に及ぼす効果を評価することができる。
【0064】
上記本発明の線虫の健康寿命、寿命、不動期および/または不動期率を評価する方法は、本明細書において単に「本発明の評価方法」と記載する場合がある。
【0065】
線虫の健康寿命および/または寿命の変動パターンを分析する方法
一態様において本発明は、線虫の健康寿命および/または寿命の変動パターンを分析する方法であって、
(a)評価対象の線虫、および比較対照の線虫を調製し、
(b)上記(a)の線虫について、本発明の分析方法のステップ(1)~(6)を行い寿命の値を保存し、ならびに本発明の分析方法のステップ(1)~(6)およびステップ(8)を行い不動期率を算出して保存し、
(c)比較対照の線虫の寿命に対する評価対象の線虫の寿命の変動率を算出して保存し、および、比較対照の線虫の不動期率に対する評価対象の線虫の不動期率の変動率を算出して保存し、および
(d)当該寿命の変動率に対して当該不動期率の変動率をプロットすることにより、評価対象の線虫についての寿命変動または健康寿命変動のパターンを分析する、
ことを含む前記方法、に関する。
【0066】
上記本発明の線虫の健康寿命および/または寿命の変動パターンを分析する方法は、本明細書において単に「本発明の寿命等の変動パターンの分析方法」と記載する場合がある。
【0067】
評価対象の線虫、および比較対照の線虫は、寿命または健康寿命の変動パターンの検討を希望する因子に応じて当業者が適宜選択できる。好ましい態様において、比較対照の線虫は野生型の線虫であり、評価対象の線虫は、本発明の評価方法の項目で説明されるような、(i)特定の遺伝子を発現するように特定の遺伝子を導入した線虫、(ii)特定の遺伝子について変異を有する線虫、または、(iii)特定の遺伝子が欠損した、もしくは当該遺伝子の発現が抑制された線虫、あるいは、特定の物質、物理刺激もしくは環境変化の存在下で飼育された線虫であってもよい。評価対象の線虫は、1種であってもよく、2種以上であってもよい。
【0068】
本発明の寿命等の変動パターンの分析方法では、比較対照の線虫の寿命に対する評価対象の線虫の寿命の変動率を算出し、比較対照の線虫の不動期率に対する評価対象の線虫の不動期率の変動率を算出する。寿命の変動率および不動期率の変動率は、例えば百分率(%)として表してもよい。そして、評価対象の線虫について、当該寿命の変動率に対して当該不動期率の変動率をプロットする。例えば、寿命の変動率を横軸(x軸)にとり、不動期率の変動率を縦軸(y軸)としてもよい。なお、比較対照の線虫について、寿命の変動率および不動期率の変動率は、百分率で表す場合、共に100%となる。このようなプロットを「寿命-不動期率の2次元プロット」と称することがある。
【0069】
寿命の変動率および不動期率の変動率を百分率(%)で表す場合、寿命の変動率が100%を超える場合は、寿命を延長するパターンであり、寿命の変動率が100%を下回る場合は寿命延長に効果がないパターンであると分析ないし分類できる。また、不動期率の変動率が100%を下回る場合は、不動期率を短縮する、すなわち積極的行動状態にある期間の比率が高められるパターンであり、不動期率の変動率が100%を超える場合は、不動期率を延長する、すなわち積極的行動状態にある期間の比率が低くなるパターンであると分析ないし分類できる。
【0070】
このような、「寿命-不動期率の2次元プロット」を用いることにより、評価対象の線虫が有する特徴または評価対象の線虫の飼育環境が、寿命または健康寿命の変動に与えるパターンを分析ないし分類し、評価することができる。
【0071】
線虫の健康寿命および/または寿命を分析するための装置
一態様において本発明は、線虫の健康寿命および/または寿命を分析するための装置に関する。
【0072】
図13は、本発明の装置の一形態を示す。本発明の線虫の健康寿命および/または寿命を分析するための装置は、
線虫を飼育する手段1と、
当該飼育手段における線虫の画像を経時的に撮影する撮影手段2と、
当該撮影手段によって撮影された画像データに基づいて線虫の健康寿命曲線、寿命曲線、健康寿命および/または寿命を求める計算手段3と、
当該計算手段によって導き出される寿命曲線、健康寿命曲線、健康寿命および/または寿命を表示する結果表示手段4と、
を備える。
【0073】
線虫を飼育する手段1は、線虫の飼育が可能な手段、すなわち、線虫の飼育条件を維持することができる手段であれば特に限定されないが、好ましくはインキュベータである。線虫を飼育する手段1の内部には、飼育容器10が設置される。線虫の飼育条件は、上記「線虫の健康寿命および/または寿命の分析方法」の項目に記載した条件である。
【0074】
撮影手段2は、線虫の形状についての画像を撮影できる手段であれば特に限定されず、静止画または動画の撮影機能を備えた手段であることができる。好ましくは、撮影手段は静止画または動画の撮影機能を備えた蛍光顕微鏡であってもよい。
【0075】
計算手段3は、下記に説明する処理の実行が可能な手段であれば特に限定されず、好ましくはCPU 30と記録部31を備える計算手段であり、さらに好ましくはコンピュータである。
【0076】
結果表示手段4は、以下に説明する結果の表示が可能な手段であれば特に限定されず、好ましくはモニターである。
【0077】
計算手段3は、以下の処理を実行するものであり、
図14のフロー図を参照しながら説明する:
(1)飼育する線虫の初期数Aを記録して保存する(ステップ1:以下、ステップを「S」と称する);
(2)飼育開始時をt
0、飼育終了時をt
N(Nは整数であり、後述のnの最大数に一致する)、その間の所定の時点をt
1~t
n(nは整数)とし、t
0~t
nの時点のそれぞれにおいて、飼育されている線虫の画像を同視野で撮影し、そして、撮影された画像を保存する(S2);
(3)t
nの時点の画像とt
n-1の時点の画像(nは整数)を比較する(S3);
(4)上記(3)の画像比較に基づき、(i)位置も形状も変化していない線虫の数を、t
nの時点における死線虫の数B
n(nは整数)として記録して保存し、および/または、(ii)位置は変化していないが形状が変化している線虫の数を、t
nの時点における不動線虫の数C
n(nは整数)として記録して保存する(S4、S4A、S4B);
(5)(i)t
nの時点における積極的行動状態にある線虫の比率(%)を、次式:
【0078】
【数21】
により計算して保存し、t
1~t
nの各時点における積極的行動状態にある線虫の比率をプロットして健康寿命曲線としてグラフ化し、および/または
(ii)t
nの時点における生存状態にある線虫の比率(%)を、次式:
【0079】
【数22】
により計算して保存し、t
1~t
nの各時点における生存状態にある線虫の比率をプロットして寿命曲線としてグラフ化する(S5);
(6)(i)線虫の健康寿命を、次式:
【0080】
【数23】
により算出して保存するか、もしくは上記(5)(i)の健康寿命曲線において積極的行動状態にある線虫の比率が50%となった時点の値として記録して保存し、ならびに/または、
(ii)線虫の寿命を、次式:
【0081】
【数24】
により算出して保存するか、もしくは上記(5)(ii)の寿命曲線において生存状態にある線虫の比率が50%となった時点の値として記録して保存する(S6);
を実行する。計算手段が実行する上記ステップ(1)~(6)についての説明は、本発明の分析方法のステップ(1)~(6)について説明したとおりである。上記ステップ(1)~(4)において、後述する深層学習(Deep learning)を用いた線虫の画像解析を使用してもよい。
【0082】
計算手段が実行する上記ステップ(6)において、健康寿命及び寿命が、それぞれ健康寿命の平均値及び寿命の平均値として計算される場合は、ステップ(5)は必ずしも必要ない。これは、健康寿命の平均値及び寿命の平均値を求める際には、寿命または健康寿命について先に定義したとおり、A、Bn、Cn、tnの値から計算することができ、健康寿命曲線および寿命曲線のグラフ化は必ずしも必要ないためである。結果表示手段4は、計算手段が、上記(5)(i)または(ii)においてグラフ化した健康寿命曲線および/もしくは寿命曲線を表示する、ならびに/または、上記(6)(i)または(ii)で保存された健康寿命および/もしくは寿命を表示する(S8)。
【0083】
本発明の装置は、さらに、線虫の不動期および/または不動期率を分析するための装置であることができる。その場合、計算手段3はさらに不動期および/または不動期率を求める計算手段であり、以下の処理:
(7)前記(6)で保存された健康寿命及び寿命の値に基づいて不動期を次式:
【0084】
【数25】
により算出して保存し、そして、不動期率を次式:
【0085】
【数26】
により算出して保存する(S7);
を実行し、結果表示手段4はさらに不動期および/不動期率を表示する結果表示手段であり、上記(7)において保存された不動期および/または不動期率を表示する(S8)。計算手段が実行する上記ステップ(7)についての説明は、本発明の分析方法のステップ(8)について説明したとおりである。
【0086】
別の態様において、本発明の装置は線虫の健康寿命および/または寿命の変動パターンを分析するための装置であることができる。当該装置は、線虫の健康寿命および/または寿命を分析するための装置と同様に、線虫を飼育する手段1、撮影手段2、計算手段3、および結果表示手段4を備えるが、計算手段3および結果表示手段4が以下の処理を行う点に特徴がある。
【0087】
線虫の健康寿命および/または寿命の変動パターンを分析するための装置において、結果表示手段3が行う処理を、
図15のフロー図に照らして説明する。
図15におけるS11~S15は、それぞれ
図14におけるS1~S5に対応する。すなわち、上記(1)~(5)を実行する。但し、線虫の健康寿命および寿命の変動パターンを分析するための装置においては、2以上の線虫、すなわち評価対象線虫および比較対照線虫について処理を実行する。上記(5)(S15)を実行した後、は以下の処理を実行する。
(8)評価対象の線虫および比較対照の線虫それぞれについて、健康寿命及び寿命を計算して保存する(S16)。ここで、線虫の健康寿命は、次式:
【0088】
【数27】
により算出するか、または積極的行動状態にある線虫の比率が50%となった時点の値として記録する。線虫の寿命は、次式:
【0089】
【数28】
により算出するか、または、生存状態にある線虫の比率が50%となった時点の値として記録する;
(9)前記(8)で保存された健康寿命及び寿命の値に基づいて、評価対象の線虫および比較対照の線虫それぞれについて、上記(7)と同様に不動期および不動期率を算出して保存する(S17);
(10)比較対照の線虫の寿命に対する評価対象の線虫の寿命の変動率を算出して保存し、および、比較対照の線虫の不動期率に対する評価対象の線虫の不動期率の変動率を算出して保存し、そして、当該寿命の変動率に対して当該不動期率の変動率をプロットする(S18)。
【0090】
そして、結果表示手段4は、計算手段が上記(10)で作成したプロットを表示する(S19)。S18で作成され、S19で表示されるプロットは、上記「線虫の健康寿命および/または寿命の変動パターンを分析する方法」の項目において説明した「寿命-不動期率の2次元プロット」の形式であってもよい。
【0091】
深層学習を用いた線虫の画像解析
一態様において、本発明の分析方法のステップ(1)~(4)および本発明の装置の計算手段3において実行されるステップ(1)~(4)、特にこれらのうちのステップ(3)の画像の比較において、深層学習(Deep learning)を用いた線虫の画像解析から得られた線虫の輪郭を使用してもよい。まず、線虫を撮影し、撮影した線虫の画像に位置ずれ修正等の前処理を施した後にセグメンテーション(Sematic segmentation)を行い、線虫の輪郭情報を得る。得られた線虫の輪郭を使って、線虫の生存、不動期、死亡を判定する。以下に説明する深層学習を用いた線虫の画像解析により、高いIoU(Intersection over Union)スコアで生線虫、不動線虫、死線虫を自動で識別することが可能となる。
【0092】
まず、テンプレートマッチングの手法を用い、ステップ(2)で撮影した画像の位置ずれ修正を行う。テンプレートマッチングとは、テンプレート画像を被検出画像上でスライドし、テンプレート画像と類似する領域を探索し物体を認識する方法である。
【0093】
次に、線虫の正確な輪郭を取得するために線虫のセグメンテーション(Semantic segmentation)を行う。古典的な画像処理手法(二値化、線強調、膨張収縮など)のみでは、培地上に線虫の餌として塗布した大腸菌が画像に映り込むことによるノイズを消すことができず、線虫の輪郭を自動で正確に得ることは難しかった。深層学習を用いた画像解析手法を取り入れて高精度なセグメンテーションを行うことにより、より正確な輪郭を得ることができるようになった。深層学習には、例えば医療用画像のセグメンテーションタスクのために開発されたU-Netと呼ばれる完全畳み込みニューラルネットワークを用いることができる。まず、ステップ(2)と同様の手法で撮影した線虫の画像を細分し、線虫が映り込んでいる画像を用いて教師画像のデータセットを準備し、学習させる。次いで、学習結果を用いて試料画像のセグメンテーションを行い、線虫の輪郭を得る。
【0094】
線虫は、稀に互いに重なり合ったり、接触している場合がある。重なっている線虫をセグメンテーションした場合、輪郭が繋がってしまい、複数匹が一匹に判定される場合があり、後の死亡判定に支障をきたす場合がある。線虫が重なっているために輪郭が繋がり複数匹が一匹に判定されているなどの線虫同士の分離に失敗した画像に関しては、「膨張収縮処理」と、「細線化してセグメント分割」という二つの後処理を行うことにより、分離することが可能であることを見出した。膨張収縮処理とは、画像上のノイズや細い線を消す処理である。膨張収縮処理により、例えばセグメンテーション後に線虫同士の輪郭が細線で(橋状に)繋がっているものを分離することができる。次に膨張収縮処理でも分離できなかった画像に対して、細線化してセグメント分割を行う。まず膨張収縮で分離できなかった画像を細線化する。次に細線化した画像をセグメント分割する。セグメント分割とは、意味のあるパーツごとに分けることをいい、細線化した画像から分岐点を探して、分岐点で分割させる。細線化すると短いひげが残るため、長さ10ピクセル以下の短いセグメントを削除する。最後に残ったセグメントをそれぞれ元の線虫大まで膨張させてXORで足すことにより、セグメント同士の境界部分のピクセルは0となり、分離が完了する。膨張収縮処理と、細線化してセグメント分割とを組み合わせることにより、セグメンテーションで線虫の重なりを分離できなかった画像の多くを分離することができる。
【0095】
次いで、ステップ(3)において、tnの時点の画像から得られた線虫の輪郭とtn-1の時点の画像から得られた線虫の輪郭とを比較することにより、ステップ(4)における線虫の生存、不動期、死亡を判定することができる(まとめて死亡判定と呼ぶ。)。死亡判定アルゴリズムでは、座標判定と形状判定の2種を用いる。座標判定では、tnの時点の画像の線虫と1つ前のtn-1の時点の画像の線虫の重心座標の位置を比較し、座標が近くてほどんど移動していない線虫を探索する。形状判定では、座標が近い線虫同士の形の類似度から、生死を判定する。
【0096】
線虫の輪郭抽出においては、まず、セグメンテーション画像を、線虫部を白、背景を黒に完全に二値化し、二値化した画像から画像上のすべての白点の集合の輪郭を抽出する。この際、線虫の輪郭のみを取得するために、100~1100ピクセルの面積を持つ輪郭のみを残し、他の輪郭を輪郭リストから削除することができる。線虫の重心座標は、輪郭のモーメントから計算することができる。モーメントは、その輪郭のピクセルすべてを積分または合計することによって計算することができる。求めた線虫の重心座標を使って、tnの時点の画像とtn-1の時点の画像とで差分をとり、画像上で例えば10ピクセルよりも距離が近い線虫がいた場合、その線虫に対し、次の形状判定を行う。
【0097】
形状判定では、Huモーメントを用いて輪郭の類似度を計算することができる。類似度について、不動期閾値と、より類似度の高い死亡閾値との二つの閾値を設ける。輪郭の類似度が不動期閾値から死亡閾値の間の場合、その線虫はほとんど動いていない活動量が落ちた不動線虫と判定することができる。さらに類似度が死亡閾値よりも高い場合、その線虫を死亡と判定することができる。距離が近くても輪郭の類似度が不動期閾値より低い線虫は、生線虫と判定することができる。
【0098】
得られた生線虫の数、不動線虫の数Bn、死線虫の数Cnにより、または線虫の初期数A、死線虫の数Bn、および不動線虫の数Cnを用いて、続くステップ(5)~(9)を実行することができる。
【実施例】
【0099】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、これらは本発明の技術的範囲を限定するためのものではない。当業者は本明細書の記載に基づいて容易に本発明に修飾・変更を加えることができ、それらは本発明の技術的範囲に含まれる。
【0100】
実施例1:寿命測定および健康寿命測定
(1)寿命測定
同調培養のために線虫から卵だけを抽出し、成虫まで成長させ(孵化から3日後)、40匹毎に6ウェルプレートの各ウェルに振り分けた。なお、世代交代を防ぐために、線虫実験で不妊化試薬として使用されるFUDR(5-フルオロデオキシウリジン)を線虫に対して処理している。なお、各ウェルの固体培地量は600μLに設定し、エサである大腸菌はあらかじめ殺菌した状態で(70℃、30分)培地に塗布している。
【0101】
プレート上の線虫を、培養細胞の生細胞イメージングシステムであるIncuCyte(ザルトリウス社)中で30日間飼育し、蛍光観察により飼育中の線虫の形状の画像を12時間毎に経時的に撮影した。
【0102】
ある時点tn(nは整数)で撮影した画像と、その前の時点tn-1(nは整数)で撮影した画像を比較し、位置も形状も変化していない線虫を死線虫として、tnの時点における死線虫の数Bn(nは整数)を計数した。
【0103】
飼育開始時の線虫の数をAとし、tnの時点における生存状態にある線虫の比率(%)を次式:
【0104】
【数29】
により計算した。t
1~t
nの各時点における生存状態にある線虫の比率(生存率)をプロットして寿命曲線としてグラフ化した(
図2(a)、Automatic countと表示されるグラフ)。また、比較のために、飼育中の線虫を外因的に白金線などで刺激することによって線虫の生存確認を行う従来の方法により得られる生存率曲線(
図2(a)、Manual count)と重ね合わせた。
【0105】
その結果、本実施例の画像解析による方法によっても、従来の方法と同様の生存率曲線(寿命曲線)が得られることが明らかとなった。すなわち、本実施例の方法によっても従来の方法によって得られる生存率曲線と同様の信頼性のある寿命曲線が得られた。また、従来の方法は、線虫の生存確認を行うために外因的な刺激を手作業で与える必要があり、煩雑さや線虫に対する侵襲性の問題があるが、本実施例の方法は手作業の煩雑さが少ないために計測時間が短縮するとともに、客観的な寿命データを蓄積できるというメリットがある。
【0106】
(2)健康寿命測定
上記(1)と同様に、線虫を飼育し、蛍光観察により飼育中の線虫の形状の画像を経時的に撮影した。
【0107】
ある時点tn(nは整数)で撮影した画像と、その前の時点tn-1(nは整数)で撮影した画像を比較し、位置は変化していないが形状が変化している線虫の数を不動線虫としてtnの時点における不動線虫の数Cn(nは整数)を計数した。
【0108】
tnの時点における積極的行動状態にある線虫の比率(%)を次式:
【0109】
【数30】
により計算した。t
1~t
nの各時点における積極的行動状態にある線虫の比率をプロットして健康寿命曲線としてグラフ化した(
図2(b)、Health spanと表示されるグラフ)。
【0110】
また、健康寿命曲線と、上記(1)と同様にt
1~t
nの各時点における生存状態にある線虫の比率をプロットした寿命曲線(
図2(b)、Life spanと表示されるグラフ)を重ね合わせて表示させた。寿命曲線と健康寿命曲線を重ね合わせることにより、これら2種の曲線の重ね合わせのパターンの差から、線虫の寿命と健康寿命の関係を分析することが可能となった。
【0111】
実施例2:寿命延長変異に対する健康寿命測定(1)
線虫として、野生型(N2株、WT)、および寿命延長変異として知られる遺伝子変異を有する以下の3種の変異株:
・タンパク質合成低下が知られる、lfe-2変異株
・摂食中枢抑制が知られる、eat-2変異株
・ミトコンドリア膜電位低下が知られる、clk-1変異株
を用いて、実施例1と同様にそれぞれの線虫について寿命曲線および健康寿命曲線をプロットしてグラフ化した。各線虫の寿命曲線を重ね合わせて表示させた。また、各線虫の健康寿命曲線を重ね合わせて表示させた。
【0112】
また、寿命は、寿命の平均値として、各線虫個体が死線虫となった段階の日齢を個体の寿命として算出し、検討した線虫の集団についてすべての個体の寿命の和を個体数で除して算出した。すなわち、寿命の平均値は次式:
【0113】
【0114】
健康寿命は、健康寿命の平均値として、各線中個体が不動線虫になった段階の日齢を個体の健康寿命として算出し、検討した線虫の集団についてすべての個体の寿命の和を個体数で除して算出した。すなわち、健康寿命の平均値は、次式:
【0115】
【0116】
結果を
図3に示す。いずれの変異株も、野生型と比較して寿命及び健康寿命がともに延長していることが明らかとなった。
【0117】
また、それぞれの線虫について、寿命曲線と健康寿命曲線とを重ね合わせた。本実施例ではさらに、線虫が無活動生存状態にある期間を不動期として捉えた。すなわち、不動期は次式:
【0118】
【数33】
により計算した。また、寿命に対する不動期の割合を不動期率とし、次式:
【0119】
【0120】
不動期率を寿命曲線と健康寿命曲線を重ね合わせたパターンの差として把握する場合、不動期率が大きい株では寿命曲線に対して健康寿命曲線がシフトする量が大きいが、不動期率が小さい株では寿命曲線に対して健康寿命曲線がシフトする量が小さくなるという指標に基づいて不動期率を評価できる。
【0121】
結果を
図4および5、ならびに下記表1に示す。タンパク質合成低下が知られるlfe-2変異株は、野生型と比較して不動期率はさほど変動しなかったが、摂食中枢抑制が知られるeat-2変異株およびミトコンドリア膜電位低下が知られるclk-1変異株では不動期率の短縮が観察された。この結果から、寿命および健康寿命が延びた変異においても、不動期率が異なる場合があることが明らかとなった。本願の方法は、寿命のみならず、健康寿命や不動期率を分析または評価できる方法である。
【0122】
【表1】
実施例3:寿命延長変異に対する健康寿命測定(2)
遺伝子導入または遺伝子欠損により変異を導入した線虫について、実施例1および2に記載の方法により健康寿命の分析が可能かどうかを検討した。
【0123】
寿命制御シグナルとして、
図6に示す経路が知られている。本実施例では、AMPK導入変異、AMPK欠損変異、およびNrf2欠損変異のそれぞれについて、寿命、健康寿命および不動期率に及ぼす影響を評価した。
【0124】
遺伝子導入または遺伝子ノックアウトの手法により、AMPK導入変異、AMPK欠損変異、およびNrf2欠損変異のそれぞれを有する線虫を調製した。
【0125】
上記の線虫を用いて、実施例1および2と同様に、寿命曲線および健康寿命曲線をグラフ化するとともに、寿命、健康寿命および不動期率を計算した。
【0126】
【0127】
【表2】
これらの結果から、寿命延長シグナルの中でもAMPKシグナルが不動期率を低下させるのに有効であることが明らかとなった。また、Nrf2は欠損すると健康寿命を延長することが明らかとなった。
【0128】
実施例4:寿命延長因子に対する健康寿命測定
線虫として、野生型(N2株、WT)を用い、線虫の寿命延長因子であるメトホルミン(50mM)を培地上に塗布または培地内に混入させ、それぞれの場合とメトホルミンを投与していない対照(野生型)とについて、実施例2と同様に寿命曲線および健康寿命曲線をプロットしてグラフ化した。
【0129】
結果を
図9に示す。
図9の結果から、いずれの場合においてもメトホルミンは線虫の寿命と健康寿命とを延長することがわかるが、特に培地内に混入させた場合に寿命及び健康寿命の延長効果が高いことが明らかとなった。このように本発明の方法は、化合物の種類やその投与方法に応じた線虫の寿命及び健康寿命の変化を簡便に評価することができるという利点を有する。
【0130】
実施例5:寿命短縮因子に対する健康寿命測定
線虫として、野生型(N2株、WT)を用い、酸化ストレス因子であるパラコート(2mM)を投与したものと、パラコートを投与していない対照(野生型)とについて、実施例2と同様に寿命曲線および健康寿命曲線をプロットしてグラフ化した。
【0131】
結果を
図10に示す。
図10の結果から、酸化ストレス因子であるパラコートは線虫の寿命のみならず健康寿命も短縮することが明らかとなった。酸化ストレスは老化現象と関連すると考えられる。本実験の結果から酸化ストレスや老化を線虫の健康寿命で捉えることが可能であることが示唆された。
【0132】
実施例6:寿命延長制御因子の評価
実施例2および3で得られた結果に基づいて、横軸に野生型の線虫の寿命に対する検討対象の線虫の寿命の割合(すなわち寿命の変動率)をとり、縦軸に野生型の線虫の不動期率に対する検討対象の線虫の寿命の割合(すなわち不動期率の変動率)をとって、検討した各線虫についての値をプロットして二次元プロット図とした。実施例4および5の各線虫についても、実施例2と同様に不動期率を計算し、寿命の変動率と不動期率の変動率とに基づいて、上記と同様に二次元プロット図を得た。結果を
図11に示す。
【0133】
タンパク質合成低下は、線虫の寿命を延長するが、不動期率はさほど変化しない群として捉えることができた。また、ミトコンドリア膜電位低下、摂食中枢抑制、AMPK導入、およびメトホルミンの投与は、寿命を延長するとともに、不動期率を低下する(すなわち、健康寿命が寿命に近づく)群として捉えることができた。このように二次元プロット図として評価することにより、寿命延長制御因子の健康寿命制御における役割を一覧して評価することが可能である。
【0134】
また、実施例2及び3で検討した寿命延長制御因子は、マウスやヒトにおいて寿命延長に関わるものであることが示唆されている遺伝子である。よって、実施例2~4の分析結果に鑑みれば、本願の方法により導き出される線虫の健康寿命は、マウスやヒトへの外挿性が高いものであることを強く示唆している。昨今、「健康寿命」が世界的な重要課題となる中で、これまでの「健康寿命」解析には、マウスまたはヒトを用いた長期間にわたる追跡研究(マウスは約3年、ヒトは約70~80年)が必要であった。本発明の方法による「健康寿命」の測定は、線虫の寿命期間である約3週間の短期間で「健康寿命」を評価できるという点で優れている。
【0135】
実施例7:深層学習を用いた線虫の画像解析
実施例1と同様の方法で、蛍光観察により飼育中の線虫の形状の画像を12時間毎に経時的に撮影した。画像同士を比較する際には、画像のずれを修正するためにシャーレ内に入れた十字型の紙の置き物を使用し、画像上の置き物部分を切り出した画像をテンプレート画像として使用し、テンプレートマッチングによる位置ずれ修正を行った。
【0136】
まず、深層学習用の線虫の教師画像のデータセットを作成した。線虫の画像を切り出した128×128ピクセルの小画像を使用し、線虫の領域を白色、背景を黒色の2クラスに手描きで塗り分けた画像を用意し、これを教師画像とした。線虫が映り込んでいる画像のみをテータセットとして使用し、入力画像と教師画像1656枚ずつのデータセットを作成した。完全畳み込みニューラルネットワークのU-Netを用いて500epoch学習させた。これに要した時間は114分であった。500epoch時点で損失関数(loss)がほぼ収束し、学習が完了したことを確認した。この学習済みモデルについて、3080×3080ピクセルの学習に使用していない画像10枚をテスト画像として用いて、精度を評価した。精度の評価には、IoU(Intersection over Union)スコアを用いた。IoUは、モデルが予想した領域と正しい領域のうち、モデルが正しくクラスを認識できた領域の割合がどの程度かを表す指標である。予想領域と正解領域が完全に一致していればIoUは100%であり、予想領域と正解領域が少しも重複していなければIoUは0%である。U-Netの性能評価のために、古典的な画像処理手法(二値化、膨張収縮、線強調など)でセグメンテーションをする方法(PreV)と比較した。結果は、PreVのIoUの平均スコアが34.43%、標準偏差が15.41%となり、U-Netの平均スコアが87.84%、標準偏差が3.97%となった。この結果から、U-Netが古典的な画像処理手法に比べてかなり正確にセグメンテーション出来ていることがわかる。
【0137】
図12にセグメンテーション結果の一部を示す。それぞれ(a)入力画像、(b)古典的画像処理手法(PreV)、(c)U-Netの出力、(d)正解画像(Ground Truth)である。(a)の入力画像の一部に線虫の餌として与えている大腸菌が繁殖することが原因のノイズが発生していることが確認できるが、(b)はノイズを除去しきれずに大量に残っていることがわかる。それに対し、(c)はほとんどのノイズを低減し、(d)の正解画像とほとんど見分けがつかないレベルの画像が出力されていることがわかる。
【0138】
次に、重なっている線虫についてU-Netを用い、1104枚ずつのデータセットを2000epoch学習させた。損失係数が十分に収束し学習が完了していることを確認した。学習済みモデルでテスト画像20枚のセグメンテーションを行った。その結果、テスト画像20枚中、11枚の画像が境界分離に成功した。一方、失敗した画像を確認すると、線虫同士の境界を完全には分離しきれずに、境界付近に橋が架かったような状態の画像が数枚確認された。分離に失敗した画像に対して膨張収縮処理を施したところ、失敗画像9枚のうち5枚の画像について分離することができた。残りの失敗画像4枚に対し、細線化してセグメント分割を行ったところ、2枚の画像について分離することができ、最終的にテスト画像20枚中18枚の画像を分離することができた。
【0139】
次に、セグメンテーションにより得られる線虫の輪郭を用い、線虫の死亡判定を行った。まず、セグメンテーション結果を完全に二値化し、二値画像から線虫の輪郭を抽出した。この際、線虫ではない小さな点ノイズやシャーレの淵の細長く蛍光している部分を除くために、100~1100ピクセルの範囲外の面積を持つ輪郭を削除した。得られた輪郭について、現在画像とその1つ前の画像とで重心座標の位置の比較を行った。次に、重心座標の差分が画像上で10ピクセルよりも距離が近い線虫に対し、Huモーメントを用いて類似度を計算することにより、形状判定を行った。類似度には死亡閾値と不動期閾値の2種類の閾値を設け、輪郭の類似度が不動期閾値と死亡閾値の間の場合にはその線虫を不動線虫と判定し、また類似度が死亡閾値よりも高い場合にはその線虫を死線虫と判定した。一方、不動閾値よりも低い場合には、生線虫と判定した。得られた判定結果における線虫の死亡数を使用して寿命曲線および健康寿命曲線を作成し、従来の目視で死亡数を計測して作成した寿命曲線と比較した。その結果、本システムにより得られた寿命曲線では、従来の目視による寿命曲線と完全一致はしないものの、時間経過とともに線虫の生存数が徐々に減っていく同様の傾向を確認することができた。また、寿命曲線を2日程度遅れて追いかける健康寿命の形が確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0140】
本発明の分析方法および評価方法を用いて、寿命と不動期率を組み合わせて指標化することにより、単に寿命を延伸するだけではなく、健康寿命の延伸に帰する要素を探索することができる。また、本発明の評価系を用いる事により、健康寿命の延伸が期待できる天然物、化合物、または食品を探索できる可能性がある。