(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-01
(45)【発行日】2022-12-09
(54)【発明の名称】高圧水素ガス用機器の金属材料として用いるCr系ステンレス鋼
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20221202BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20221202BHJP
C21D 8/00 20060101ALN20221202BHJP
C21D 9/46 20060101ALN20221202BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/60
C21D8/00 E
C21D9/46 Q
(21)【出願番号】P 2018239242
(22)【出願日】2018-12-21
【審査請求日】2021-09-02
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】特許業務法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】秦野 正治
(72)【発明者】
【氏名】田村 佑一
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2004/111291(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/130060(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.020%以下、
Si:1.00%以下、
Mn:1.00%以下、
P:0.040%以下、
S:0.0030%以下、
Cr:10.0~18.0%、
N:0.020%以下、
Al:0.10%以下、
Sn:0.001~0.5%、
B:0.0003~0.005%
さらに、Nb:0.5%以下、Ti:0.5%以下の1種または2種を含み、
Ni:0~1%、
Cu:0~1%、
Mo:0~1%、
Sb:0.2%以下、
V:0~0.5%、
W:0~0.5%、
Zr:0~0.5%、
Co:0~0.5%、
Mg:0~0.005%、
Ca:0~0.005%、
Ga:0~0.020%、
La:0~0.1%、
Y:0~0.1%、
Hf:0~0.1%、
REM:0~0.1%、
残部がFeおよび不純物からなり、下記(1)式を満たす
Cr系ステンレス鋼であって、
前記Cr系ステンレス鋼の高圧水素ガス中の引張試験(圧力:20MPa、温度:-10℃、歪速度10
-5
/s)で得られる加工硬化指数:n値において、伸び5%と伸び10%の範囲で求められるn
5-10%
が0.25以下であることを特徴とする
、
高圧水素ガス用機器の金属材料として用いるCr系ステンレス鋼。
Si+0.5Mn+10P+5Nb+2Ti<2.00・・・(1)式
式中の元素記号は当該元素の含有量(質量%)を意味する。
【請求項2】
さらに質量%で、
Ni:1%以下、
Cu:1%以下、
Mo:1%以下、
Sb:0.2%以下、
V:0.5%以下、
W:0.5%以下、
Zr:0.5%以下、
Co:0.5%以下、
Mg:0.005%以下、
Ca:0.005%以下、
Ga:0.020%以下、
La:0.1%以下、
Y:0.1%以下、
Hf:0.1%以下、
REM:0.1%以下
の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の
高圧水素ガス用機器の金属材料として用いるCr系ステンレス鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は耐水素脆性と耐低温脆性に優れたCr系ステンレス鋼に関するものであり、特に、高圧水素ガス用機器の金属材料として好適なCr系ステンレス鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化が一因となる異常気象から、二酸化炭素を主とする温室効果ガスの発生を抑制することが強く求められている。この一環として、燃料電池を電力源とする自動車や輸送機器の開発が進められている。燃料電池は水素を燃料として電力を発生させるため、二酸化炭素が発生せずにエネルギー変換効率も高いので有力な電力源と位置付けられている。
【0003】
水素を燃料とする燃料電池や、それに水素を供給するための水素ステーションを含む機器においては、構成部品が水素ガス環境に曝される。水素ガス環境に曝される金属材料では、材料内に侵入した水素によって引張強さや伸びあるいは絞りなどの機械的性質が低下する現象が知られている。これら現象は水素脆化と呼ばれている。このような水素脆化の問題から、日本自動車研究所技術標準JARIS001では圧力35MPa、KHKS0128では圧力70MPaの自動車用高圧水素容器に対して、オーステナイト系ステンレス鋼SUS316Lとアルミ合金6061-T6の使用を規定している。
【0004】
一般高圧ガス保安規則の例示基準では、圧力20MPa以上、圧力82MPa以下の水素インフラ機器に対して、オーステナイト系ステンレス鋼(SUS316とSUS316L)のNi当量(Ni+0.65Cr+0.98Mo+1.05Mn+0.35Si+12.6C)を高めた材料(例えばNi当量≧28.5)の使用を規定している。使用温度は-45℃以上、250℃以下である。これらオーステナイト系ステンレス鋼において、例えば、特許文献1や特許文献2ではSUS316Lの強度上昇や高価なMoの低下による経済性を改良しようとしたステンレス鋼も開示されている。
【0005】
前記した一般高圧ガス保安規則では、2016年の改正により圧力20MPa以下の水素機器に対する材料規制が撤廃された。これら規制緩和に伴い、高圧水素ガス中においても経済性の高いステンレス鋼の使用ニーズが益々高くなっており、多様な鋼材において高圧水素ガス中での耐水素脆性の評価が望まれている。フェライト系およびマルテンサイト系ステンレス鋼(以下、Cr系ステンレス鋼)はレアメタルであるNiを殆ど含まないことから、オーステナイト系ステンレス鋼と比べて経済性に優れる。従来、例えば、非特許文献1ではステンレス鋼を含む鉄鋼材料全般を対象として、室温・高圧水素ガス中で評価した水素脆化特性が開示されている。代表的なオーステナイト系ステンレス鋼であるSUS304やCr系ステンレス鋼は水素脆化しやすいことが報告されている。そのため、一般的には圧力20MPa程度の高圧水素ガス中においてもSUS316LやSUS316の使用を推奨している。さらに、体心立方構造を有するCr系ステンレス鋼は面心立方構造のオーステナイト系ステンレス鋼と比べて室温以下の低温で靭性が低下する課題(低温脆性)もある。
【0006】
高圧水素ガス環境で使用する材料の拡大を目的として、耐水素脆性に優れるAlまたはAl合金を被覆した材料も考案されている。特許文献3には、AlまたはAl合金で被覆する高圧水素ガス用圧力容器と高圧水素ガス用配管が開示されている。実施例では、オーステナイト系ステンレス鋼とオーステナイト相を含む二相ステンレス鋼への皮膜付与を対象としており、水素脆化しやすい鋼材、例えばCr系ステンレス鋼における皮膜形成や水素侵入特性は示されていない。
【0007】
また、特許文献4には、単体では水素脆化しやすい鋼材に対してSiの添加量1~5%としたAl-Si系合金を用いた溶融めっきにより耐水素透過皮膜を形成した水素機器用の基材が開示されている。基材の鋼材は炭素鋼、低合金鋼、Cr系ステンレス鋼とし、水素脆化を防止して製作コストを低く抑えられるとしている。しかしながら、実施例は、SUS304、SUS630(15Cr-4Ni-3Cu)並びにSCM435(低合金鋼)に限定されており、経済性の高いCr系ステンレス鋼の水素脆化特性やその使用には全く言及されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2014-114471号公報
【文献】特開2016-183412号公報
【文献】特開2004-324800号公報
【文献】国際公開WO2015-098981号
【非特許文献】
【0009】
【文献】PVP2007-26820
【文献】南雲道彦「水素脆性の基礎」内田老鶴圃(2008年12月)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
前記した特許文献1~4に記載されたステンレス鋼はオーステナイト系と二相およびSUS630(析出硬化型)にとどまる。さらに非特許文献1に開示されたCr系ステンレス鋼は、水素脆化しやすいとともにCr系ステンレス鋼であることから低温脆性の課題を有し、高圧水素ガス用途において使用する耐水素脆性と耐低温脆性が両立するものではない。
【0011】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、高圧水素ガス中で使用するための耐水素脆性と耐低温脆性を両立し、高圧水素ガス用機器の金属材料として好適な、耐水素脆性と耐低温脆性に優れたCr系ステンレス鋼を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するため、本発明は以下の構成を採用する。
[1]質量%で、C:0.020%以下、Si:1.00%以下、Mn:1.00%以下、P:0.040%以下、S:0.0030%以下、Cr:10.0~18.0%、N:0.020%以下、Al:0.10%以下、Sn:0.001~0.3%、B:0.0003~0.005%、さらにNb:0.5%以下、Ti:0.5%以下の1種または2種を含み、Ni:0~1%、Cu:0~1%、Mo:0~1%、Sb:0.2%以下、V:0~0.5%、W:0~0.5%、Zr:0~0.5%、Co:0~0.5%、Mg:0~0.005%、Ca:0~0.005%、Ga:0~0.020%、La:0~0.1%、Y:0~0.1%、Hf:0~0.1%、REM:0~0.1%、残部がFeおよび不純物からなり、下記(1)式を満たすCr系ステンレス鋼であって、
前記Cr系ステンレス鋼の高圧水素ガス中の引張試験(圧力:20MPa、温度:-10℃、歪速度10
-5
/s)で得られる加工硬化指数:n値において、伸び5%と伸び10%の範囲で求められるn
5-10%
が0.25以下であることを特徴とする、
高圧水素ガス用機器の金属材料として用いるCr系ステンレス鋼。
Si+0.5Mn+10P+5Nb+2Ti<2.00・・・(1)式
式中の元素記号は当該元素の含有量(質量%)を意味する。
[2]さらに質量%で、Ni:1%以下、Cu:1%以下、Mo:1%以下、Sb:0.2%以下、V:0.5%以下、W:0.5%以下、Zr:0.5%以下、Co:0.5%以下、Mg:0.005%以下、Ca:0.005%以下、Ga:0.020%以下、La:0.1%以下、Y:0.1%以下、Hf:0.1%以下、REM:0.1%以下の1種または2種以上を含有することを特徴とする[1]に記載の高圧水素ガス用機器の金属材料として用いるCr系ステンレス鋼。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、耐水素脆性及び低温靭性に優れたCr系ステンレス鋼を提供できる。また、本発明のCr系ステンレス鋼は、高圧水素ガス用機器の金属材料として好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】水素脆化特性とn
5-10%の関係を示すデータの図面である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者らは、前記した課題を解決するために、Cr系ステンレス鋼において、耐水素脆性及び耐低温脆性に及ぼす合金元素と機械的性質の影響について鋭意検討を行い,下記の新しい知見を得て本発明をなすに至った。
【0016】
(a)上述のように、高圧水素ガス用機器の金属材料に求められる特性は、耐水素脆性及び耐低温脆性がある。Cr系ステンレス鋼は、オーステナイト系ステンレス鋼に比べて高圧水素ガス中から鋼材へ侵入する水素量が結晶構造に由来して低減するものの、高圧水素ガス用途に好適な耐水素脆性を有するものは得られていない。非特許文献2によれば、水素脆化は塑性変形の関与する機械的性質(強度、伸び、絞り)の低下として特徴づけられ、高圧水素ガス中から鋼材へ侵入した水素と塑性変形との相互作用により材料の破壊が進行する事象である。近年の研究成果から、水素脆化のメカニズムは水素と塑性変形との相互作用により鋼中において空孔性格子欠陥の生成を助長して破壊が進行する、水素助長歪誘起空孔理論が有力視されている[非特許文献2]。従って、高圧水素ガス用として好適なCr系ステンレス鋼を実現するためには、水素と塑性変形との相互作用を可能な限り低減させる必要がある。特にCrは水素のトラップ能力が大きいために、Cr量については18%以下に抑制し、Si、Mn、P、Ti、Nbの添加量を所定の範囲に制御することが好ましいことを知見した。
(b)また、高圧水素ガス中から鋼材へ侵入した水素は、結晶粒界を主要な拡散経路として移動する。粒界偏析元素であるSn及びBの微量添加は、水素の結晶粒界における拡散障壁となって水素と塑性変形との相互作用を低減させる。従来、Cr系ステンレス鋼では、結晶粒界にPやSの不純物元素が偏析して低温脆性を助長しやすい。そこで本発明者らはSnとBの微量添加に着目し、所定の範囲で含有させることによりPやS等の悪影響を抑制して耐水素脆性と耐低温脆性の両立が見込まれることを見出した。
(c)さらに、上述した水素と塑性変形との相互作用は、引張試験をした場合、変形初期に流動応力が上昇するという機械的性質に反映されることを突きとめた。水素脆化が顕在化するCr系ステンレス鋼は伸び10%を超えると破壊に至り、伸び5%から10%の範囲の加工硬化指数:n5-10%が水素添加により上昇しやすい特徴を持つ。これより、前記した空孔性格子欠陥は伸び5%から10%の範囲で導入され易く、水素は塑性変形の初期から加工硬化を高めることで材料の早期破壊を促したと考えられる。このような水素脆化の抑制には、前記した合金元素の範囲を調整してn5-10%を低下させることが効果的であり、そのしきい値を見出すに至った。
【0017】
上記(a)~(c)の知見に基づいて成された本発明の要旨は、以下の通りである。
本実施形態のCr系ステンレス鋼は、質量%で、C:0.020%以下、Si:1.00%以下、Mn:1.00%以下、P:0.040%以下、S:0.0030%以下、Cr:10.0~18.0%、N:0.020%以下、Al:0.10%以下、Sn:0.001~0.3%、B:0.005%以下、さらにNb:0.5%以下、Ti:0.5%以下の1種または2種を含み、残部がFeおよび不純物からなり、下記(1)式を満たすことを特徴とする耐水素脆性と耐低温脆性に優れたCr系ステンレス鋼である。
Si+0.5Mn+10P+5Nb+2Ti<2.0・・・(1)式
式中の元素記号は当該元素の含有量(質量%)を意味する。
また、本実施形態のCr系ステンレス鋼は、さらに質量%で、Ni:1%以下、Cu:1%以下、Mo:1%以下、Sb:0.2%以下、V:0.5%以下、W:0.5%以下、Zr:0.5%以下、Co:0.5%以下、Mg:0.005%以下、Ca:0.005%以下、Ga:0.005%以下、La:0.1%以下、Y:0.1%以下、Hf:0.1%以下、REM:0.1%以下の1種または2種以上を含有してもよい。
また、本実施形態のCr系ステンレス鋼は、歪速度10-5/sの引張試験で得られる加工硬化指数:n値において、伸び5%と伸び10%の範囲で求められるn5-10%が0.25以下であることが好ましい。
また、本実施形態のCr系ステンレス鋼は、高圧水素ガス用機器の金属材料として用いられることが好ましい。
【0018】
以下、本発明の各要件について詳しく説明する。なお、各元素の含有量の「%」表示は「質量%」を意味する。
【0019】
C:0.020%以下
Cは、固溶および炭化物の析出により鋼の加工硬化を上昇させて耐水素脆性を劣化させ、更には靱性を低下させて耐低温脆性を悪化させるため、その含有量は少ないほどよく上限を0.020%以下とする。ただし、C量を低減させるには精錬工程が煩雑になりコストが増大する。よってC量は0.001%以上とすることが好ましい。精錬コストも考慮した好ましい範囲は0.003~0.015%であり、更に好ましい範囲は0.003~0.010%である。
【0020】
Si:1.00%以下
Siは、脱酸元素として有効である一方、過剰に含有させると固溶強化と加工硬化を上昇させて耐水素脆性ならびに耐低温脆性の低下を招くため、上限を1.00%以下とする。脱酸能力を確保するために下限を0.01%以上とすることが好ましい。好ましい範囲は、製造性と特性を考慮して0.05~0.50%であり、0.05~0.30%であってもよい。
【0021】
Mn:1.00%以下
Mnは、脱酸元素として有効であり、また、Sを固定して靭性を改善して耐低温脆性を得るために有効な元素でもある。一方、Mnは過剰に含有させると加工硬化を上昇させて耐水素脆性と耐低温靭性の低下を招くため、上限を1.00%以下とする。脱酸やS固定の作用を確保するため、下限は0.01%以上とすることが好ましい。好ましい範囲は、効果と製造性を考慮して0.05~0.50%であり、0.05~0.30%であってもよい。
【0022】
P:0.040%以下
Pは、粒界偏析して耐低温脆性を低下させる元素であり、その含有量は少ないほどよいため、上限を0.040%以下とする。但し、過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、下限を0.005%以上とする。好ましい範囲は、製造コストと特性を考慮して0.010~0.030%であり、0.010~0.020%であってもよい。
【0023】
S:0.0030%以下
Sは、粒界偏析や鋼中に硫化物を形成して耐低温脆性を劣化させるため、その含有量は少ないほどよく、上限を0.0030%以下とする。但し、過度の低減は原料及び精錬コストの増加に繋がるため、下限を0.0001%以上とする。好ましい範囲は、製造コストと特性を考慮して0.0002~0.0015%であり、0.0002~0.0008%であってもよい。
【0024】
Cr:10.0~18.0%
Crは、本実施形態のCr系ステンレス鋼の基本元素であり、鋼の耐食性に加えて耐水素脆性および耐低温脆性を保持するために必須の元素である。本実施形態の高圧水素ガス用途を想定した前記特性を得るために下限を10.0%以上とする。上限は、耐水素脆性と耐低温脆性を両立する観点から18.0%以下とする。水素のトラップ能力が高いCrが18.0%を超えると高圧水素ガス環境から鋼中に侵入する水素量が増加して耐水素脆性が劣化する。より好ましいCrの範囲は、11.0~17.0%未満としてもよく、12.0~15.0%でもよい。
【0025】
N:0.020%以下
Nは、Cと同様に、固溶および炭化物の析出により鋼の加工硬化を上昇させて耐水素脆性を劣化させ、更には靱性を低下させて耐低温脆性を悪化させるため、その含有量は少ないほどよく上限を0.020%以下とする。ただし、N量を低減させるには精錬工程が煩雑になりコストが増大する。よってN量は0.001%以上とすることが好ましい。好ましい範囲は、特性と製造コストを考慮して0.005~0.015%である。
【0026】
Al:0.10%以下
Alは、脱酸元素として極めて有効な元素である。一方、鋼の靭性を低下させて耐低温脆性を劣化させるため、上限を0.10%以下とする。下限は、脱酸効果を考慮して0.005%以上とすることが好ましい。好ましい範囲は、特性と製造性を考慮して0.01~0.07%であり、0.01~0.05%であってもよい。
【0027】
Sn:0.001~0.5%
Snは、本発明の目標とする耐水素脆性と耐低温脆性を向上させるために有効な元素である。粒界偏析元素であるSnは、水素の結晶粒界における拡散障壁となって水素と塑性変形との相互作用を低減させる。また、結晶粒界においてPやSの偏析を抑制して耐低温脆性の悪影響も緩和する。Snを所定の範囲で含有させることにより、耐水素脆性と耐低温脆性の両立が見込まれるので、本発明では0.001~0.5%の範囲で含有させる。Snを0.001%以上含有させることで、前記の効果が発現されて耐水素脆性が向上する。但し、過度な含有は、結晶粒界におけるSn濃度を増大させて耐低温脆性や製造性の低下を招くため、上限を0.5%以下とする。好ましくは0.005~0.3%であり、0.010~0.2%でもよい。
【0028】
B:0.0003~0.005%
Bは、粒界偏析元素であり、Snと同様に耐水素脆性と耐低温脆性を向上させる元素であり、本実施形態のCr系ステンレス鋼に含有させることは有効である。Bの下限は耐水素脆化特性の向上を図るため0.0003%以上とすることが好ましい。しかし、過度のBの含有は、伸びや製造性の低下を招くため、上限を0.005%以下とする。好ましくは0.0005~0.002%とし、0.001~0.002%でもよい。
【0029】
Nb:0.5%以下、Ti:0.5%以下の1種または2種
Nb、Tiは、粒界に偏析することでPやSの粒界偏析を抑制して耐低温脆性の改善を図る作用がある。また、Nb、Tiには、C,N,P,Sを固定する安定化元素としての作用により鋼の加工硬化を抑制して耐水素脆性の改善も見込める。Nb,Tiとも、これら2つの作用を発揮するため、本発明の目標とする耐水素脆性と耐低温脆性の改善に有効な元素となる。含有する場合は、それぞれその効果が発現する0.01%以上とする。但し、過度な含有は加工硬化を高めて耐水素脆性の低下や合金コストの上昇に繋がり、さらに、靱性が低下して耐低温脆性が劣化するため、上限をそれぞれ0.5%以下とする。好ましい範囲は、前記特性の向上効果と合金コストを考慮して、Nb、Tiの1種または2種の合計について0.05~0.5%とする。より好ましい範囲は1種または2種の合計について0.08~0.4%であり、0.1~0.3%であってもよい。
【0030】
Si、Mn、P、Nb、Tiは、前記した含有量の範囲とし、本発明の目標とする耐水素脆性と耐低温脆性を得るために、以下の(1)式を満たすものとする。
Si+0.5Mn+10P+5Nb+2Ti<2.00・・・(1)式
式中の元素記号は当該元素の含有量(質量%)を意味する。
本発明の目標とする前記特性を得るために、(1)式は2.00未満とし、下限は特性と製造性の観点から0.05とすることが好ましい。好ましい範囲は0.35~1.80、より好ましい範囲は0.50~1.50である。
【0031】
上記した元素以外は、Feおよび不純物からなる。但し、本発明の技術特徴が奏する効果を阻害しない範囲で、上記以外の以下に記載する元素を、選択的に含有させることができる。以下に限定理由を記載する。これらの元素の下限は0%である。
【0032】
Ni:1%以下
Cu:1%以下
Mo:1%以下
Ni、Cu、Moは耐食性ならびにNiとCuは耐低温靭性の改善にも有効な元素である。この効果を発揮させるため、Ni、Cu、Moはそれぞれ、0.05%以上の範囲で含有させてもよい。過度の含有は、ステンレス鋼の固溶強化と加工硬化を上昇させて耐水素脆性の低下を招くため、それぞれ上限は1%以下とする。より好ましい範囲はそれぞれ、0.1%以上0.8%以下であり、更に好ましくは0.2%以上0.5%以下である。
【0033】
Sb:0.2%以下
V:0.5%以下
W:0.5%以下
Zr:0.5%以下
Co:0.5%以下
Sb、V、W、Zr、Coは、耐食性の改善とP、Sの粒界偏析を抑制して耐低温脆性の向上に有効な元素であり、必要に応じて含有させる。特にSbは強力な粒界偏析元素であり、SnやBと同様に、P、Sなど不純物元素の粒界偏析を排除する作用を持つ。これらの元素を含有させる場合は、それぞれその効果が発現する0.01%以上とする。過度な含有は製造性や耐低温脆性の低下に繋がるため、Sbを0.2%以下、V、W、Zr、Coをそれぞれ0.5%以下とする。より好ましいSbの範囲は、0.02~0.15%、更に好ましくは0.02~0.1%以下である。V、W、Zr、Coのより好ましい範囲は0.02~0.3%、更に好ましい範囲は0.02~0.2%である。
【0034】
Mg:0.005%以下
Mgは、溶鋼中でAlとともにMg酸化物を形成し脱酸剤として作用する他、TiNの晶出核として作用する。TiNは凝固過程においてフェライト相の凝固核となり、TiNの晶出を促進させることで、凝固時にフェライト相を微細生成させることができる。凝固組織を微細化させることにより、耐低温脆性を向上させることもできる。含有させる場合は、これら効果を発現する0.0001%以上とする。但し、Mgが0.005%を超えると製造性や耐食性が劣化するため、上限を0.005%以下とする。好ましくは0.0003~0.002%とし、更に好ましくは0.0003~0.001%する。
【0035】
Ca:0.005%以下
Ga:0.020%以下
Ca、Gaは、鋼の清浄度を向上させる元素であり、加工硬化の上昇を抑制して耐水素脆性を高めるため必要に応じて含有させる。含有させる場合は、これら効果を発現するためにそれぞれ0.0003%以上とする。しかし、過度の含有は製造性や耐食性の劣化に繋がるため、上限をCaは0.005%以下、Gaは0.020%以下とする。好ましくは、Caが0.0003~0.0030%とし、Gaは0.0030~0.015%する。
【0036】
La:0.1%以下
Y:0.1%以下
Hf:0.1%以下
REM:0.1%以下
La、Y、Hf、REMは、Ca、Gaと同様に鋼の清浄度を向上させる元素であり、加工硬化の上昇を抑制して耐水素脆性を高めるため必要に応じて含有してもよい。含有させる場合は、効果が発現するためにそれぞれ0.001%以上とする。しかし、過度の含有は、合金コストの上昇と製造性の劣化に繋がるため、上限をそれぞれ0.1%以下とする。好ましくはそれぞれ0.001~0.05%とし、更に好ましくは0.001~0.03%とする。
【0037】
REM(希土類元素)は、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)の2元素と、周期律表においてセリウム(Ce)からルテチウム(Lu)までの14元素(ランタノイド)の総称を指す。これらの元素は単独で含有させてもよいし、混合物であってもよい。
【0038】
なお、残部に含まれる不純物とは、鋼を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境などから混入されるものであって、本発明の課題を解決する限度において許容されるものを意味する。必要に応じてTa:0.1%以下、Bi:0.01%以下、Zn:0.05%、H:0.0005%以下を含有してもよい。本実施形態のCr系ステンレス鋼は、フェライトの結晶粒を含有するもので、マルテンサイトの結晶粒を含有するものであってもよい。
【0039】
本実施形態のCr系ステンレス鋼は、耐水素脆性を得るために、高圧水素ガス中の引張試験(圧力:20MPa、温度:-10℃、歪速度10-5/s)で求められる加工硬化指数:n値のn5-10%が小さいことが好ましい。n5-10%は、伸び5%での真応力σ5%と真ひずみε5%、伸び10%での真応力σ10%と真ひずみε10%との間をn乗硬化式で近似し、下記の(2)式により計算することができる。
n5-10%={lnσ10%-lnσ5%}/{lnε10%-lnε5%} (2)式
本発明の目標とする耐水素脆性を得るには、n5-10%を0.25以下とすることが好ましく、より好ましくは0.22以下である。n5-10%の下限は特に規定するものではないが、前記した(1)式で示す合金元素量の制約と製造性の低下から0.15以上であることが好ましい。
【0040】
本発明の目標とする耐水素脆性は、歪速度の比較的小さい低歪速度引張試験で評価するものとし、歪速度は10
-5/sとすることが好ましい。歪速度の大きい10
-4/s以上の場合、鋼中への水素の侵入と拡散が進行せずに鋼の水素脆性が軽減する場合もある。一方、歪速度の小さい10
-6/sの場合、過度な試験時間を要するとともに水素脆化特性への影響も飽和する。耐水素脆性は、前記した低歪速度引張試験において引張強さや破断伸びで評価し、大気中もしくは不活性ガス中の引張強さや破断伸びと比較して高圧水素ガス中での値が低下し難いほど良好である。
本実施形態のCr系ステンレス鋼は、高圧水素ガス中の引張強さを大気中もしくは不活性ガス中の引張強さで除した相対引張強さは0.95以上、高圧水素ガス中の破断伸びを大気中もしくは不活性ガス中の破断伸びで除した相対伸びは0.70以上であることが好ましい。より好ましい範囲は、相対引張強さが0.98~1.05、相対伸びが0.85~1.05である。
図1に、相対伸び(高圧水素中での破断伸び/窒素中での破断伸び)と加工硬化係数n
5-10%の関係を示す。
図1から明らかなように、相対伸びは、n
5-10%の低下とともに上昇する傾向を示す。本発明の目標とする相対伸び0.70以上を達成するにはn
5-10%は0.25以下とすることが好ましい。
Cr系ステンレス鋼が本発明で規定する成分を有し、特に前記(1)式を満足する成分を含有することにより、上記(2)式の加工硬化係数n
5-10%を0.25以下とすることができる。(1)式の値が前記より好ましい範囲にあるとき、上記(2)式の加工硬化係数n
5-10%をより好ましい範囲とすることができる。
【0041】
本発明の目標とする耐低温脆性は、JIS Z 2242に準拠するシャルピー衝撃試験で評価するものとし、例えばVノッチの2mm厚試験片を使用して吸収エネルギーを測定する。耐低温脆性は、前記JISの附属書Dに準拠したエネルギー遷移温度で評価し、エネルルギー遷移温度が低いほど良好である。エネルギー遷移温度とは、延性破壊による破面率100%となる温度における吸収エネルギーの1/2の値に相当する温度である。本実施形態のCr系ステンレス鋼は、屋外や車載用の水素機器での使用を考慮してエネルギー遷移温度が-10℃以下であることが好ましい。より好ましくは寒冷地域での使用に配慮して-40℃以下である。
【0042】
次に、本実施形態のCr系ステンレス鋼の製造方法について説明する。本実施形態のCr系ステンレス鋼は、上記の化学成分を満足すれば、鋳造、熱間加工、冷間加工等の通常のプロセス条件で製造しても本発明の目標とする耐水素脆性と耐低温脆性を確保することが可能である。
より好ましくは、冷間加工してから800℃以上で仕上げ焼鈍を終了後、550℃以下の冷却速度を空冷以上としてもよい。
【0043】
仕上げ焼鈍温度を800℃以上とするのは、冷間加工後の鋼を再結晶させて耐水素脆性と耐低温脆性を確保しやすくするためである。焼鈍温度の過度な上昇は、結晶粒径が粗大化して耐低温脆性および材料強度の低下に繋がる場合がある。好ましくは、焼鈍温度の上限を1000℃とする。
【0044】
仕上げ焼鈍をした後、400~550℃の滞留時間を短くするために、強制風冷や水冷などにより空冷以上の冷却速度としても構わない。400~550℃の冷却速度が遅い場合、PやSの粒界偏析を助長して、SnやBの粒界偏析が抑制されて耐水素脆性や耐低温脆性が低下する場合もある。550℃以下の冷却速度は空冷以上が好ましく、強制風冷により5℃/秒以上とすることがより好ましい。
【0045】
なお、本実施形態のCr系ステンレス鋼は、鋼板、棒鋼、鋼線、鋼管など、特にその形態に限定はない。また、製造方法における熱間加工は、熱間圧延や熱間鍛造ならびに熱間押し出しを例示でき、また、冷間加工は冷間圧延、冷間鍛造等を例示できる。
【実施例】
【0046】
以下、本発明の実施例を説明する。
表1の成分組成を有するCr系ステンレス鋼を溶製し、加熱温度1150~1250℃まで加熱して熱間圧延を行い、板厚4.5mmの熱延鋼板を製造した。熱延鋼板を900~1000℃にて焼鈍し、酸洗後に板厚2.0mmまで冷間圧延して冷間圧延板とした。冷間圧延板に対して850~980℃の仕上げ焼鈍と酸洗を行った、更に、一部の冷延鋼板に対して、仕上げ焼鈍後に、400~550℃を強制風冷として冷却速度を10℃/秒とした。強制風冷の有無は表2に示す。このようにして、Cr系ステンレス鋼板を製造した。得られたCr系ステンレス鋼板は、水素脆性および低温脆性の評価に供した。
【0047】
【0048】
水素脆性の評価は、以下の手順で実施した。
平行部の幅4mm、長さ20mmの引張試験片を作製し、高圧水素ガス中での引張試験直前に表面を乾式#600エメリー紙で研磨後に有機溶剤で脱脂洗浄した。高圧水素ガス中の引張試験は、水素ガスの圧力を20MPaや45MPaとし、試験温度は-10℃または-40℃、歪速度は10-5/sで行った。比較の引張試験は、-10℃または-40℃の0.1MPa窒素中で実施した。耐水素脆性は、高圧水素ガス中の引張強さを0.1MPa窒素中の引張強さで除した相対引張強さとし、高圧水素ガス中の破断伸びを0.1MPa窒素中の破断伸びで除した相対伸びを評価指標とした。評価基準は以下の通りとした。◎および○を合格とした。
◎:相対引張強さ0.98以上かつ相対伸び0.85以上を満たす。
○:上記以外で相対引張強さ0.95以上かつ相対伸び0.70以上を満たす。
×:相対引張強さ0.95未満または相対伸び0.70未満の何れか一方または両方である。
【0049】
さらに、高圧水素ガス中の引張試験(圧力:20MPa、温度:-10℃、歪速度10-5/s)において、前記した加工硬化係数n5-10%を(2)式により算出した。
n5-10%={lnσ10%-lnσ5%}/{lnε10%-lnε5%} (2)式
【0050】
低温脆性の評価は、JIS Z 2242に準拠したシャルピー衝撃試験で行った。試験片は2mm厚×10mm幅×55mm長さのVノッチ形状とし、試験温度は-100℃から室温(20℃)の範囲とした。耐低温脆性は、シャルピー試験で測定した吸収エネルギーから前記したエネルギー遷移温度を求めて評価指標とした。評価基準は以下の通りとした。◎および○を合格とした。
◎:エネルギー遷移温度-40℃以下を満たす。
○:エネルギー遷移温度-40℃超-10℃以下を満たす。
×:エネルギー遷移温度-10℃超である。
【0051】
【0052】
表2に試験結果をまとめて示す。
No.1~12は、何れも本発明範囲の化学成分を有するCr系ステンレス鋼であり、耐水素脆性及び耐低温脆性が良好であった。特に、仕上げ焼鈍後に400~550℃を強制風冷としたNo.7、9、12は、同じ化学成分でありながらNo.6、8、11に比べて、耐水素脆性ならびに耐低温脆性が更に向上した。No.5、9、10は、(1)式の低下による加工硬化係数n5-10%がより好ましい0.22以下に低下しており耐水素脆性が向上したと推測される。
【0053】
No.13~24は、何れも本発明範囲の化学成分もしくは(1)式のいずれか一方を有しないCr系ステンレス鋼であり、耐水素脆性または耐低温脆性のいずれか一方または両方が劣位となった。