(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-01
(45)【発行日】2022-12-09
(54)【発明の名称】ポリマー分子モデル配置方法、シミュレーション方法、シミュレーション装置、及びプログラム
(51)【国際特許分類】
G16C 10/00 20190101AFI20221202BHJP
【FI】
G16C10/00
(21)【出願番号】P 2019109712
(22)【出願日】2019-06-12
【審査請求日】2021-10-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000002107
【氏名又は名称】住友重機械工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105887
【氏名又は名称】来山 幹雄
(72)【発明者】
【氏名】廣瀬 良太
【審査官】岡北 有平
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-009458(JP,A)
【文献】特開2017-220137(JP,A)
【文献】特開2014-225226(JP,A)
【文献】特開2019-002743(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G16C 10/00 - 99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
各々が複数のモノマー粒子を含む複数のポリマー分子モデルを、シミュレーション対象となる仮想空間内の初期配置領域に配置する方法であって、
前記初期配置領域に1つのモノマー粒子を配置し、
次に配置すべきモノマー粒子の位置の候補を候補位置として決定し、
直近に配置されたモノマー粒子の位置と次に配置すべきモノマー粒子の候補位置とを結ぶ線分の中点から、既に配置されているポリマー分子モデルに含まれる2つのモノマー粒子の位置を結ぶ線分の中点までの距離である中点間距離が許容条件を満たさないとき、直近に決定された候補位置を取り消して、他の位置を新たな候補位置として決定し、中点間距離が許容条件を満たすとき、直近に決定された候補位置にモノマー粒子を配置するポリマー分子モデル配置方法。
【請求項2】
さらに、
直近に配置されたモノマー粒子の位置から、次に配置すべきモノマー粒子の候補位置までの距離が、1つのポリマー分子モデルに含まれる連続する2つのモノマー粒子の間の距離と等しくなるように、次に配置すべきモノマー粒子の候補位置を決定する請求項1に記載のポリマー分子モデル配置方法。
【請求項3】
直近に配置されたモノマー粒子の位置から次に配置すべきモノマー粒子の候補位置に向かう方向をランダムに決定する請求項1または2に記載のポリマー分子モデル配置方法。
【請求項4】
さらに、
直近に決定された候補位置と、既に配置されているモノマー粒子との距離が、粒子間距離の許容条件を満たしていないとき、直近に決定された候補位置を取り消して、他の位置を新たな候補位置として決定する請求項1乃至3のいずれか1項に記載のポリマー分子モデル配置方法。
【請求項5】
全てのポリマー分子モデルの配置が終了した後、モノマー粒子間に作用する汎用相互作用ポテンシャル、及び同一ポリマー分子モデル内の隣り合うモノマー粒子間に作用するポリマー内相互作用ポテンシャルを用いて、ポリマー分子モデルの挙動をシミュレーションする前に、前記汎用相互作用ポテンシャルの第1距離以下の範囲で傾きの絶対値を小さくした変形汎用相互作用ポテンシャルを用い、前記ポリマー内相互作用ポテンシャルの第2距離以上の範囲で傾きを小さくした変形ポリマー内相互作用ポテンシャルを用いて、分子動力学法に基づく緩和計算を行う請求項1乃至4のいずれか1項に記載のポリマー分子モデル配置方法。
【請求項6】
前記緩和計算において、モノマー粒子の速度ベクトルと、当該モノマー粒子に作用する力ベクトルとの内積が負となるモノマー粒子の速度を0に設定する処理を行う請求項5に記載のポリマー分子モデル配置方法。
【請求項7】
前記緩和計算を行った後、ポリマー分子モデルの系の温度を目標値まで上昇させる温度制御を行う請求項5または6に記載のポリマー分子モデル配置方法。
【請求項8】
請求項1乃至7のいずれか1項に記載のポリマー分子モデル配置方法により複数のポリマーをシミュレーション対象の仮想空間内に配置し、
分子動力学法を用いて複数のポリマー分子モデルの挙動を解析するシミュレーション方法。
【請求項9】
シミュレーション対象となるポリマー分子モデルの初期配置領域を定義する情報が入力される入力部と、
前記入力部から入力された情報で定義される前記初期配置領域内に、各々が複数のモノマー粒子を含む複数のポリマー分子モデルを配置する処理部と
を有し、
前記処理部は、
前記初期配置領域内に1つのモノマー粒子を配置する機能と、
次に配置すべきモノマー粒子の位置の候補を候補位置として決定する機能と、
直近に配置されたモノマー粒子の位置と次に配置すべきモノマー粒子の位置とを結ぶ線分の中点から、既に配置されているポリマー分子モデルに含まれる連続する2つのモノマー粒子の位置を結ぶ線分の中点までの距離である中点間距離が許容条件を満たしていないとき、直近に決定された候補位置を取り消して、他の位置を新たな候補位置として決定する機能と
を備えているシミュレーション装置。
【請求項10】
シミュレーション対象となるポリマー分子モデルを配置する初期配置領域を定義する情報を取得する機能と、
前記初期配置領域内に、各々が複数のモノマー粒子を含む複数のポリマー分子モデルを配置する際に、まず1つのモノマー粒子を配置する機能と、
次に配置すべきモノマー粒子の位置の候補を候補位置として決定する機能と、
直近に配置されたモノマー粒子の位置と次に配置すべきモノマー粒子の位置とを結ぶ線分の中点から、既に配置されているポリマー分子モデルに含まれる連続する2つのモノマー粒子の位置を結ぶ線分の中点までの距離である中点間距離が中点間距離の許容条件を満たさないとき、直近に決定された候補位置を取り消して、他の位置を候補位置として決定する機能と
をコンピュータに実行させるプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリマー分子モデル配置方法、シミュレーション方法、シミュレーション装置、及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
高分子材料の挙動を、分子動力学法やくりこみ群分子動力学法(本明細書において、単に「分子動力学法」という。)を用いてシミュレーションする方法が知られている。特許文献1に記載の方法では、各々が複数のポリマー粒子モデル(モノマーに相当する)を含む複数のポリマーモデル(ポリマー分子に相当する)を仮想空間内の初期配置領域に配置する。その後、分子動力学法に基づく緩和計算を行うことにより、複数のポリマー分子モデルの安定な配置を決定する。その後、分子動力学法を用いて複数のポリマー分子モデルの挙動を解析する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ポリマー分子モデルの初期配置領域を公知の技術を用いて複数のボクセルに分割し、ポリマー分子モデルを構成する1つのモノマー粒子を、1つのボクセル内に配置することにより、初期配置を得る方法が知られている。この方法では、例えば、ボクセルの通し番号に応じてそのボクセル内に配置されるモノマー粒子に通し番号を付す。通し番号が連続する複数のモノマー粒子により1つのポリマー分子モデル(1つの高分子に相当)を構成する。ボクセルの分割アルゴリズムによっては、通し番号が連続する2つのボクセルの間の距離が著しく長くなる場合がある。例えば、1列に並ぶボクセルに順番に通し番号を付す場合には、ボクセルの列が変わる箇所で、通し番号が連続する2つのボクセルの間の距離が著しく長くなる。また、ポリマー分子モデルを配置する初期配置領域に穴等の空洞部分が存在する場合には、この空洞部分を跨いで配置される2つのボクセルの間の距離が著しく長くなる。
【0005】
長い距離を隔てて配置された2つのボクセルに連続する通し番号が付され、この2つのボクセルに対応するモノマー粒子が1つのポリマー分子モデルに含まれる場合、このポリマー分子モデルは非常に不安定な状態になる。すなわち、非常に大きなポテンシャルエネルギを持つ状態になる。このため、安定状態に達するまでの緩和計算に長時間を要してしまう。
【0006】
また、ポリマー分子モデルがボクセルの列方向に並んで配置されるため、緩和計算によって安定状態に達した場合にも、ポリマー分子モデルが列方向並んだ初期状態の影響が残ってしまう。
【0007】
特許文献1に開示された手法でポリマー分子モデルを配置すると、モノマー粒子間の距離が著しく長くなってしまうことは避けられる。ところが、本願の発明者による評価実験によると、過度に高いエネルギ状態のモノマー粒子が発生し、緩和計算を行ってもこの状態が解消されないことがわかった。
【0008】
本発明の目的は、エネルギが過度に高いモノマー粒子が発生してしまうことを抑制することが可能なポリマー分子モデル配置方法、シミュレーション方法、シミュレーション装置、及びプログラムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一観点によると、
各々が複数のモノマー粒子を含む複数のポリマー分子モデルを、シミュレーション対象となる仮想空間内の初期配置領域に配置する方法であって、
前記初期配置領域に1つのモノマー粒子を配置し、
次に配置すべきモノマー粒子の位置の候補を候補位置として決定し、
直近に配置されたモノマー粒子の位置と次に配置すべきモノマー粒子の候補位置とを結ぶ線分の中点から、既に配置されているポリマー分子モデルに含まれる2つのモノマー粒子の位置を結ぶ線分の中点までの距離である中点間距離が許容条件を満たさないとき、直近に決定された候補位置を取り消して、他の位置を新たな候補位置として決定し、中点間距離が許容条件を満たすとき、直近に決定された候補位置にモノマー粒子を配置するポリマー分子モデル配置方法が提供される。
【0010】
本発明の他の観点によると、
上述のポリマー分子モデル配置方法により複数のポリマーをシミュレーション対象の仮想空間内に配置し、
分子動力学法を用いて複数のポリマー分子モデルの挙動を解析するシミュレーション方法が提供される。
【0011】
本発明のさらに他の観点によると、
シミュレーション対象となるポリマー分子モデルの初期配置領域を定義する情報が入力される入力部と、
前記入力部から入力された情報で定義される前記初期配置領域内に、各々が複数のモノマー粒子を含む複数のポリマー分子モデルを配置する処理部と
を有し、
前記処理部は、
前記初期配置領域内に1つのモノマー粒子を配置する機能と、
次に配置すべきモノマー粒子の位置の候補を候補位置として決定する機能と、
直近に配置されたモノマー粒子の位置と次に配置すべきモノマー粒子の位置とを結ぶ線分の中点から、既に配置されているポリマー分子モデルに含まれる連続する2つのモノマー粒子の位置を結ぶ線分の中点までの距離である中点間距離が許容条件を満たしていないとき、直近に決定された候補位置を取り消して、他の位置を新たな候補位置として決定する機能と
を備えているシミュレーション装置が提供される。
【0012】
本発明のさらに他の観点によると、
シミュレーション対象となるポリマー分子モデルを配置する初期配置領域を定義する情報を取得する機能と、
前記初期配置領域内に、各々が複数のモノマー粒子を含む複数のポリマー分子モデルを配置する際に、まず1つのモノマー粒子を配置する機能と、
次に配置すべきモノマー粒子の位置の候補を候補位置として決定する機能と、
直近に配置されたモノマー粒子の位置と次に配置すべきモノマー粒子の位置とを結ぶ線分の中点から、既に配置されているポリマー分子モデルに含まれる連続する2つのモノマー粒子の位置を結ぶ線分の中点までの距離である中点間距離が中点間距離の許容条件を満たさないとき、直近に決定された候補位置を取り消して、他の位置を候補位置として決定する機能と
をコンピュータに実行させるプログラムが提供される。
【発明の効果】
【0013】
複数のモノマー粒子を配置した時点で、エネルギが過度に高いモノマー粒子が発生してしまうことを抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1Aは、シミュレーション対象のポリマー分子モデルの初期配置領域内にポリマー分子モデルの複数のモノマー粒子を配置する過程を示す模式図であり、
図1Bは、複数のポリマー分子モデルを配置した後のモノマー粒子の配置の例を示す模式図であり、
図1Cは、緩和計算後において、あるポテンシャルエネルギより高いモノマー粒子のみを示す模式図である。
【
図2】
図2は、実施例によるシミュレーション装置のブロック図である。
【
図3】
図3は、シミュレーション対象の一例として、高分子材料の撹拌機を示す概略図である。
【
図4】
図4は、ポリマー分子モデルを配置する処理のフローチャートである。
【
図5】
図5A及び
図5Bは、既に配置されているモノマー粒子、直近に配置されたモノマー粒子、及び次に配置すべきモノマー粒子の候補位置を模式的に示す図である。
【
図6】
図6は、緩和計算及びシミュレーションのフローチャートである。
【
図7】
図7Aは、汎用相互作用ポテンシャルφ
1及び変形汎用相互作用ポテンシャルφ
m1の形状を示すグラフであり、
図7Bは、ポリマー内相互作用ポテンシャルφ
2及び変形ポリマー内相互作用ポテンシャルφ
m2の形状を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の実施例について説明する前に、
図1A~
図1Cを参照して参考例によるポリマー分子モデルの配置方法について説明する。
【0016】
図1Aは、シミュレーション対象のポリマー分子モデルの初期配置領域内にポリマー分子モデルの複数のモノマー粒子を配置する過程を示す模式図である。直近に配置されたモノマー粒子11から次に配置するモノマー粒子12に向かうベクトルAを決定する。このベクトルAの方向はランダムであり、長さは予め設定されている。次に、新たに配置されたモノマー粒子12の位置を始点とするベクトルAを新たに決定し、同様の操作を繰り返す。順番に配置された所定の個数のモノマー粒子により、1つのポリマー分子モデルを構成する。本明細書において、「モノマー粒子の位置」は、モノマー粒子の中心位置を意味する。
【0017】
図1Bは、複数のポリマー分子モデルを配置した後のモノマー粒子の配置の例を示す模式図である。1つのポリマー分子モデルに含まれる2つのモノマー粒子21、22、他のポリマー分子モデルに含まれる2つのモノマー粒子31、32、及びさらに他のポリマー分子モデルに含まれる2つのモノマー粒子41、42が配置されている。例えば、2つのモノマー粒子21と22とを結ぶ線分と、他の2つのモノマー粒子31と32とを結ぶ線分とが相互に交差する。他の2つのモノマー粒子41と42とを結ぶ線分が、4つのモノマー粒子21、22、31、32で囲まれた領域を貫通する。
【0018】
同一のポリマー分子モデルに含まれる2つのモノマー粒子の間には、通常の粒子間に作用する相互作用ポテンシャルに加えて、有限伸長性非線形ばねポテンシャル(FENEポテンシャル)が作用する。FENEポテンシャルの作用により、同一のポリマー分子モデル内の連続する2つのモノマー粒子の間の距離は、ある上限値以上には長くならない。このため、
図1Bに示したような6個のモノマー粒子21、22、31、32、41、42の配置状態が出現した場合、この状態は緩和計算を行っても解消しない。すなわち、3つのポリマー分子モデルが絡まって離れない状態になる。本明細書において、このような状態を「ロック状態」ということとする。このようなロック状態は確率的に発生し、特に高密度にポリマー分子モデルを配置する場合に発生確率が高まる。
【0019】
図1Cは、緩和計算後のモノマー粒子の配置を示す模式図であり、
図1Cにおいて、あるポテンシャルエネルギより高いモノマー粒子のみを表示している。緩和計算を行うと、モノマー粒子は相互作用ポテンシャルの極小値の位置にほぼ静止し、低いエネルギ状態になる。ところが、
図1Cに示した例では、緩和計算後においてもポテンシャルエネルギの高い状態が解消していないモノマー粒子が存在することがわかる。ポテンシャルエネルギが高いモノマー粒子は6個が一組になって出現しており、ロック状態が発生していると考えられる。
【0020】
ロック状態になっているモノマー粒子を含む3つのポリマー分子モデルは、実質的に重合度が大きな1つのポリマー分子モデルとして振る舞う。従って、粘度等の実際の物性値に基づいて相互作用ポテンシャルを決定してシミュレーションを行う場合、実質的な重合度が変化していることにより解析精度が低下してしまう。また、ロック状態を維持している6個のモノマー粒子はポテンシャルエネルギが高い状態になっているため、緩和計算やシミュレーション計算において計算の破綻を回避するために時間刻み幅を短くしなければならない。
【0021】
次に、
図2~
図7Bを参照して、実施例によるポリマー分子モデル配置方法、シミュレーション方法、シミュレーション装置、及びプログラムについて説明する。以下に説明する実施例では、ロック状態になったモノマー粒子の出現を抑制することができる。
【0022】
図2は、実施例によるシミュレーション装置のブロック図である。実施例によるシミュレーション装置は、入力部50、処理部51、出力部52、及び記憶部53を含む。入力部50から、シミュレーションの条件が入力される。シミュレーションの条件には、例えばシミュレーション対象となる仮想空間の三次元形状を定義する情報、ポリマー分子モデルを配置する初期配置領域の三次元形状を定義する情報、任意のモノマー粒子間の相互作用ポテンシャル(以下、汎用相互作用ポテンシャルという。)を規定するパラメータ、同一ポリマー分子モデル内の連続する2つのモノマー粒子間の相互作用ポテンシャル(以下、ポリマー内相互作用ポテンシャルという。)を規定するパラメータ、ポリマー分子モデルを構成するモノマー粒子の個数(重合度)、ポリマーの密度等が含まれる。さらに、オペレータから入力部50に各種指令(コマンド)等が入力される。入力部50は、例えば通信装置、リムーバブルメディア読取装置、キーボード、ポインティングデバイス等で構成される。
【0023】
処理部51は、入力された条件に基づいてポリマー分子モデルを配置し、シミュレーションを行い、処理結果を出力部52に出力する。処理結果には、ポリマー分子モデルを構成するモノマー粒子の位置情報、モノマー粒子の持つエネルギの情報等が含まれる。処理部51は、例えばコンピュータを含み、記憶部53に格納されているプログラムを実行する。このプログラムは、ポリマー分子モデルを配置する機能、シミュレーションを実行する機能等をコンピュータに実行させる。出力部52は、通信装置、リムーバブルメディア書込み装置、ディスプレイ等を含む。
【0024】
図3は、シミュレーション対象の一例として、高分子材料の撹拌機を示す概略図である。容器60内に回転翼61が収容されている。容器60内に高分子材料を装填し、回転翼61を回転させることによって高分子材料を撹拌する。容器60内の空間が、シミュレーション対象となる仮想空間に相当する。高分子材料であるポリマー分子モデルを仮想空間内に初期配置する際には、回転翼61が静止している。仮想空間内のうち回転翼61を除く領域が、シミュレーション前にポリマー分子モデルを配置すべき初期配置領域62に相当する。
【0025】
図4は、ポリマー分子モデルを配置する処理のフローチャートである。
図4に示した各処理は、処理部51(
図2)によって実行される。
【0026】
まず、シミュレーション対象となる仮想空間(以下、単に「仮想空間」という。)内に1つのモノマー粒子の位置をランダムに決定する(ステップSA01)。モノマー粒子の位置がポリマー分子モデルの初期配置領域62(
図3)内であるか否かを判定し(ステップSA02)、初期配置領域62の外部である場合には、モノマー粒子の位置を決定し直す(ステップSA01)。モノマー粒子の位置が初期配置領域の内部である場合、新たに決定されたモノマー粒子の位置から、既に配置されている他のモノマー粒子の位置までの距離が粒子間距離の許容条件を満たすか否かを判定する(ステップSA03)。例えば、新たに決定されたモノマー粒子の位置から、既に配置されている他のモノマー粒子の位置までの距離が距離r
1未満の場合に許容条件を満たさず、距離r
1以上の場合に許容条件を満たす。距離r
1は、汎用相互作用ポテンシャルから導き出される最も安定な距離と、ポリマーの密度とから決定される。
【0027】
新たに決定されたモノマー粒子の位置から、既に配置されている他のモノマー粒子の位置までの距離が許容条件を満たさない場合には、モノマー粒子の位置を決定し直す(ステップSA01)。新たに決定されたモノマー粒子の位置から、既に配置されている他のモノマー粒子の位置までの距離が許容条件を満たす場合には、ステップSA01で決定された位置に新たにモノマー粒子を配置する(ステップSA04)。
【0028】
直近に配置されたモノマー粒子から、次に配置すべきモノマー粒子に向かう方向を決定する(ステップSA05)。例えば、この方向はランダムに決定される。直近に配置されたモノマー粒子からステップSA05で決定された方向に所定の距離r0だけ離れた位置を候補位置として決定する(ステップSA06)。距離r0として、例えば、汎用相互作用ポテンシャルから導き出される最も安定な距離を採用する。なお、距離r0として、汎用相互作用ポテンシャルとポリマー内相互作用ポテンシャルとの合成ポテンシャルから導き出される最も安定な距離を採用してもよい。
【0029】
次に、候補位置がポリマー分子モデルの初期配置領域62(
図3)の内部か否かを判定する(ステップSA07)。候補位置が初期配置領域62の外部である場合、現在の候補位置を取り消して、新たに候補位置を決定する(ステップSA05、SA06)。候補位置が初期配置領域62の内部である場合、候補位置から、既に配置されている他のモノマー粒子の位置までの距離が粒子間距離の許容条件を満たすか否かを判定する(ステップSA08)。例えば、候補位置から、既に配置されている他のモノマー粒子の位置までの距離が距離r
2未満の場合に許容条件を満たさず、距離r
2以上の場合に許容条件を満たす。距離r
2は、例えば、ステップSA03における判定条件として使用する距離r
1と同一にする。
【0030】
候補位置から、既に配置されている他のモノマー粒子の位置までの距離が許容条件を満たさない場合、現在の候補位置を取り消して、新たに候補位置を決定する(ステップSA05、SA06)。候補位置から、既に配置されている他のモノマー粒子の位置までの距離が許容条件を満たす場合、中点間距離LMが許容条件を満たすか否かを判定する(ステップSA09)。
【0031】
次に、
図5A及び
図5Bを参照して、中点間距離LMが許容条件を満たすか否かを判定する方法について説明する。
図5A及び
図5Bは、既に配置されているモノマー粒子21、22、直近に配置されたモノマー粒子11、及び次に配置すべきモノマー粒子12の候補位置を模式的に示す図である。
【0032】
既に配置されている2つのモノマー粒子21と22との中心同士を結ぶ線分の中点をMP1と表す。直近に配置されたモノマー粒子11の位置と次に配置すべきモノマー粒子12の候補位置とを結ぶ線分の中点をMP0と表す。中点MP1と中点MP0との距離を中点間距離LMと定義する。中点間距離LMが距離r3未満の場合、中点間距離LMは許容条件を満たさず、距離r3以上の場合、中点間距離LMは許容条件を満たす。ここで、距離r3として、例えば上述の距離r0よりも短い距離、例えば距離r0の0.5倍を採用する。距離r0は、モノマー粒子21と22とを結ぶ線分、及びモノマー粒子11とモノマー粒子12の候補位置とを結ぶ線分の長さに相当する。
【0033】
図5Aの例では、中点間距離LMが距離r
0の0.5倍より短いため、許容条件を満たしていない。
図5Bの例では、中点間距離LMが距離r
0の0.5倍以上であるため、許容条件を満たしている。なお、
図5A及び
図5Bでは、モノマー粒子11の位置及びモノマー粒子12の候補位置に対して判定対象となるモノマー粒子のペアとしてモノマー粒子21、22のみを示しているが、判定対象となるモノマー粒子のペアは1つとは限らない。
【0034】
図4のステップSA09において中点間距離LMが許容条件を満たさないと判定された場合、現在の候補位置を取り消して、新たに候補位置を決定する(ステップSA05、SA06)。中点間距離LMが許容条件を満たす場合、現在の候補位置に新たにモノマー粒子を配置する(ステップSA10)。
【0035】
次に、1つのポリマー分子モデル内のすべてのモノマー粒子の配置が完了しているか否かを判定する(ステップSA11)。完了していない場合、次に配置すべきモノマー粒子の候補位置を決定する処理(ステップSA05~SA10)を繰り返す。1つのポリマー分子モデル内のすべてのモノマー粒子の配置が完了した場合は、すべてのポリマー分子モデルの配置が完了したか否かを判定する(ステップSA12)。ポリマー分子モデルの配置が完了していない場合、新たなポリマー分子モデルを配置する処理(ステップSA01~SA11)を繰り返す。すべてのポリマー分子モデルの配置が完了した場合には、ポリマー分子モデルを配置する処理を終了する。
【0036】
ポリマー分子モデルの配置が終了すると、次に緩和計算を行い、その後ポリマー分子モデルの挙動のシミュレーションを行う。次に、
図6~
図7Bを参照して、緩和計算及びシミュレーションについて説明する。
【0037】
図6は、緩和計算及びシミュレーションのフローチャートである。
図6に示した各処理は、処理部51(
図2)によって実行される。
【0038】
まず、シミュレーションで用いる汎用相互作用ポテンシャル及びポリマー内相互作用ポテンシャルに基づいて、緩和計算で用いる相互作用ポテンシャルを定義する(ステップSB1)。
【0039】
汎用相互作用ポテンシャルφ
1として、例えばレナードジョーンズポテンシャルを用いる。この場合、汎用相互作用ポテンシャルφ
1は以下の式で表される。
【数1】
ここで、rはモノマー粒子からの距離であり、ε及びσは、それぞれエネルギの次元及び距離の次元を持つフィッティングパラメータである。
【0040】
図7Aは、汎用相互作用ポテンシャルφ
1の形状を示すグラフである。φ
1(σ)=0である。汎用相互作用ポテンシャルφ
1の深さがεである。汎用相互作用ポテンシャルφ
1が極小値をとる距離より短い範囲において、距離rが0に近付くに従って汎用相互作用ポテンシャルφ
1が大きくなり、r=0で無限大になる。
【0041】
緩和計算において、すべてのモノマー粒子間に作用する相互作用ポテンシャルとして、汎用相互作用ポテンシャルφ1を変形した変形汎用相互作用ポテンシャルφm1を用いる。変形汎用相互作用ポテンシャルφm1は、汎用相互作用ポテンシャルφ1の第1距離以下の範囲で傾きの絶対値を小さくした形状を有する。
【0042】
図7Aに、変形汎用相互作用ポテンシャルφ
m1の第1距離以下の部分を破線で示す。
図7Aに示した例では、第1距離としてr=σを採用している。r≦σの範囲において、変形汎用相互作用ポテンシャルφ
m1は線形であり、その傾きはr=σにおける汎用相互作用ポテンシャルφ
1の傾きと等しい。
【0043】
ポリマー内相互作用ポテンシャルφ
2として、FENEポテンシャルを用いる。この場合、ポリマー内相互作用ポテンシャルφ
2は以下の式で表される。
【数2】
ここで、kはモノマー粒子同士を結合するバネのバネ定数であり、R
oはバネの最大伸長距離である。
【0044】
図7Bは、ポリマー内相互作用ポテンシャルφ
2の形状を示すグラフである。φ
2(0)=0であり、距離rが増加するに従って、φ
2が単調に増加する。r=R
0において、φ
2が無限大になる。
【0045】
緩和計算において、ポリマー内の隣り合う2つのモノマー粒子間に作用する相互作用ポテンシャルとして、ポリマー内相互作用ポテンシャルφ2を変形した変形ポリマー内相互作用ポテンシャルφm2を用いる。変形ポリマー内相互作用ポテンシャルφm2は、ポリマー内相互作用ポテンシャルφ2の第2距離以上の範囲で傾きの絶対値を小さくした形状を有する。
【0046】
図7Bに、変形ポリマー内相互作用ポテンシャルφ
m2の第2距離R
2以上の部分を破線で示す。r≧R
2の範囲において、変形ポリマー内相互作用ポテンシャルφ
m2は線形であり、その傾きはr=R
2おけるポリマー内相互作用ポテンシャルφ
2の傾きと等しい。
【0047】
緩和計算で用いる変形汎用相互作用ポテンシャルφm1及び変形ポリマー内相互作用ポテンシャルφm2を定義した後、これらの相互作用ポテンシャルを用いて分子動力学法による緩和計算を行う(ステップSB2)。緩和計算においては、FIREアルゴリズムを適用してエネルギを散逸させ、複数のポリマー分子モデルからなる系の最安定状態を生成する。
【0048】
次に、FIREアルゴリズムの具体的な適用例について説明する。緩和計算中にモノマー粒子の各々について、当該モノマー粒子に加わる力ベクトルと、当該モノマー粒子の速度ベクトルとの内積が負のとき、当該モノマー粒子の速度を0に設定する。これは、当該モノマー粒子が、最安定位置から遠ざかる向きの速度をもつとき、その速度を0に設定することにより、運動エネルギを散逸させることを意味する。これにより、モノマー粒子を短時間で最安定位置に落ち着かせることができる。
【0049】
緩和計算は、系のエネルギがある基準値より低くなった時点で終了させる。例えば、すべてのモノマー粒子の運動エネルギの平均値から求まる温度が0.1K以下になったら緩和計算を終了させる。緩和計算が終了した時点では、すべてのモノマー粒子が最安定位置にほぼ静止している状態が得られている。
【0050】
緩和計算が終了したら温度制御を行う(ステップSB3)。温度制御においては、汎用相互作用ポテンシャルφ1及びポリマー内相互作用ポテンシャルφ2を用い、例えば速度スケーリング法を適用して分子動力学法による計算を実行する。複数のポリマー分子モデルからなる系の温度が目標値まで上昇した時点で温度制御を終了させる。これにより、ポリマー分子モデルが初期配置領域内に安定して配置された平衡状態が得られる。
【0051】
その後、汎用相互作用ポテンシャルφ
1及びポリマー内相互作用ポテンシャルφ
2を用いて、分子動力学法による計算を実行することにより、ポリマー分子モデルの挙動を解析する(ステップSB4)。このシミュレーションにおいては、例えば回転翼61(
図3)を回転させる。解析が終了すると、解析結果を出力部52(
図2)に出力する。
【0052】
次に、上記実施例の優れた効果について説明する。
図1Bに示したロック状態が発生している箇所においては、ポリマー分子モデル内のモノマー粒子同士を接続する線分の中点が接近している。本実施例においては、モノマー粒子を配置するときに、
図5Aに示したように、次に配置すべきモノマー粒子12の候補位置と直近に配置されたモノマー粒子11とを結ぶ線分の中点MP0と、他の2つのモノマー粒子21、22を結ぶ線分の中点MP1との中点間距離LMが距離r
3より短い場合には、モノマー粒子12の現在の候補位置を取り消し、候補位置を再度設定している。このため、
図1Bに示したようなロック状態の発生を抑制することができる。実際に、本実施例による方法で複数のモノマー粒子を配置し、緩和計算を行ったところ、
図1Cに示したようなポテンシャルエネルギが著しく高いモノマー粒子は発生しなかった。
【0053】
本実施例による方法でモノマー粒子を配置するとロック状態のモノマー粒子が発生しないため、高精度なシミュレーションを行うことが可能になる。
【0054】
ポテンシャルエネルギが著しく高いモノマー粒子が存在する場合(ポリマー分子モデルの系が不安定な場合)、そのモノマー粒子に非常に大きな力が加わるため、緩和計算を破綻させないために、時間刻み幅を短くする必要がある。例えば、安定状態にある系のシミュレーションには、音速や振動の周期から決定される時間刻み幅を用いるが、系が不安定な場合には、この時間刻み幅より短くする必要がある。これに対し、本実施例では、モノマー粒子を初期配置した状態でポテンシャルエネルギが著しく高いモノマー粒子が存在しない。このため、緩和計算の時間刻み幅を実際のシミュレーションを行うときの時間刻み幅と同程度に設定することができる。その結果、緩和計算に要する時間を短縮することができる。
【0055】
実際に、従来のボクセル分割法でモノマー粒子を配置した場合と、上記実施例による方法でモノマー粒子を配置した場合とで、緩和計算を実行した。シミュレーション対象の高分子系として、1つのポリマー分子モデルを構成するモノマー粒子の個数を32個、高分子系のポリマー分子モデルの個数を875個とし、くりこみ回数を19回とした。式(1)で表される汎用相互作用ポテンシャルφ1のフィッティングパラメータεを443Kとし、σを8.48×10-9mとした。式(2)で表されるポリマー内相互作用ポテンシャルφ2のバネ定数kを2.55×10-3J/m2とし、最大伸長距離R0を1.27×10-8mとした。
【0056】
従来のボクセル分割法でモノマー粒子を配置した場合には、計算が破綻しないようにするために、緩和計算の時間刻み幅を6×10-9s程度にしなければならなかった。これに対し、本実施例による方法でモノマー粒子を配置した場合には、緩和計算の時間刻み幅を6×10-6s程度にしても計算が破綻することはなかった。その結果、緩和計算に要する時間を約1/90まで短くすることができた。
【0057】
従来の方法では、計算を破綻させない適切な時間刻み幅を見つけるために、試行錯誤が必要であった。この試行錯誤が必要であるために、緩和計算の自動化を行うことが困難であった。これに対し、上記実施例による方法を適用した場合には、緩和計算の時間刻み幅を見つけるための試行錯誤を行う必要がない。このため、緩和計算の自動化を行うことが可能になる。
【0058】
さらに、上記実施例では、緩和計算時に、汎用相互作用ポテンシャルφ1及びポリマー内相互作用ポテンシャルφ2の傾きが大きい領域において、傾きを小さくした変形汎用相互作用ポテンシャルφm1及び変形ポリマー内相互作用ポテンシャルφm2を用いる。その結果、特定のモノマー粒子に作用する力が過度に大きくなってしまうことが抑制される。これにより、緩和計算の破綻が生じにくくなるという優れた効果が得られる。
【0059】
さらに、上記実施例では緩和計算にFIREアルゴリズムを適用しているため、複数のポリマー分子モデルを含む系が最安定状態に達するまでの時間を短くすることができる。
【0060】
モノマー粒子の初期の配置を決定する上記実施例による方法は、分子動力学法、くりこみ群分子動力学法、粒子動力学法等を用いた粒子系のシミュレーションに適用することが可能である。
【0061】
上記実施例は例示であり、本発明は上述の実施例に制限されるものではない。例えば、種々の変更、改良、組み合わせ等が可能なことは当業者に自明であろう。
【符号の説明】
【0062】
11 直近に配置されたモノマー粒子
12 次に配置すべきモノマー粒子
21、22、31、32、41、42 モノマー粒子
50 入力部
51 処理部
52 出力部
53 記憶部
60 撹拌機の容器
61 回転翼
62 初期配置領域