(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-01
(45)【発行日】2022-12-09
(54)【発明の名称】防汚塗料組成物、防汚塗膜、防汚塗膜付き基材及びその製造方法、並びに補修方法
(51)【国際特許分類】
C09D 143/04 20060101AFI20221202BHJP
C09D 5/16 20060101ALI20221202BHJP
C09D 7/63 20180101ALI20221202BHJP
C09D 7/65 20180101ALI20221202BHJP
C09D 157/06 20060101ALI20221202BHJP
C09D 157/00 20060101ALI20221202BHJP
C09D 7/61 20180101ALI20221202BHJP
B05D 5/00 20060101ALI20221202BHJP
B05D 3/12 20060101ALI20221202BHJP
【FI】
C09D143/04
C09D5/16
C09D7/63
C09D7/65
C09D157/06
C09D157/00
C09D7/61
B05D5/00 H
B05D3/12 C
(21)【出願番号】P 2020532466
(86)(22)【出願日】2019-07-25
(86)【国際出願番号】 JP2019029220
(87)【国際公開番号】W WO2020022431
(87)【国際公開日】2020-01-30
【審査請求日】2020-11-20
(31)【優先権主張番号】P 2018141778
(32)【優先日】2018-07-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】390033628
【氏名又は名称】中国塗料株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002620
【氏名又は名称】弁理士法人大谷特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】原田 祥太郎
(72)【発明者】
【氏名】筏井 淳内
【審査官】井上 恵理
(56)【参考文献】
【文献】特許第6472562(JP,B1)
【文献】特開平11-263937(JP,A)
【文献】特開2003-176443(JP,A)
【文献】特表2010-532402(JP,A)
【文献】特開2000-017203(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08F 230/00- 230/10
C09D 5/00- 5/46
C09D 143/00- 143/04
C09D 133/00- 133/26
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリルエステル系共重合体(A)と、ロジン類及び/又はモノカルボン酸化合物(B)とを含有する防汚塗料組成物であって、
該シリルエステル系共重合体(A)の固形分酸価が0.1~10mgKOH/gであり、
該シリルエステル系共重合体(A)が、トリイソプロピルシリルメタクリレート(a1)に由来する構成単位と、2-メトキシエチル(メタ)アクリレート(a2)に由来する構成単位と、その他のエチレン性不飽和単量体(a3)に由来する構成単位とを有し、
該ロジン類及び/又はモノカルボン酸化合物(B)の含有量が、該シリルエステル系共重合体(A)の固形分100質量部に対して、100質量部以下であ
り、
防汚塗料組成物の固形分中における該シリルエステル系共重合体(A)の含有量が10~20質量%である、防汚塗料組成物であって、
前記シリルエステル系共重合体(A)の全構成単位100質量部に対する前記トリイソプロピルシリルメタクリレート(a1)に由来する構成単位の含有量が35~75質量部であり、
前記シリルエステル系共重合体(A)の全構成単位100質量部に対する前記2-メトキシエチル(メタ)アクリレート(a2)に由来する構成単位の含有量が15~35質量部である、防汚塗料組成物。
【請求項2】
前記その他のエチレン性不飽和単量体(a3)が酸基を有する単量体を含む、請求項1に記載の防汚塗料組成物。
【請求項3】
前記シリルエステル系共重合体(A)の重量平均分子量(Mw)が12,000以上である、請求項1又は2に記載の防汚塗料組成物。
【請求項4】
防汚塗料組成物が銅又は銅化合物(C)を含有し、かつ、防汚塗料組成物の固形分中の前記銅又は銅化合物(C)の含有量が、50質量%以上である、請求項1~3のいずれか一項に記載の防汚塗料組成物。
【請求項5】
防汚塗料組成物が脱水剤(L)を含有し、前記脱水剤(L)がアルコキシシラン類である、請求項1~4のいずれか一項に記載の防汚塗料組成物。
【請求項6】
前記シリルエステル系共重合体(A)の重量平均分子量(Mw)が12,000以上25,000以下である、請求項1~5のいずれか一項に記載の防汚塗料組成物。
【請求項7】
旧防汚塗膜を補修するための旧防汚塗膜補修用防汚塗料組成物である、請求項1~6のいずれか一項に記載の防汚塗料組成物。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか一項に記載の防汚塗料組成物から形成された防汚塗膜。
【請求項9】
旧防汚塗膜又はエポキシ塗膜(X)と、防汚塗料組成物(y)から形成された防汚塗膜(Y)とが積層された積層防汚塗膜であり、
前記防汚塗料組成物(y)が、シリルエステル系共重合体(A)を含有し、
該シリルエステル系共重合体(A)の固形分酸価が0.1~10mgKOH/gであり、
該シリルエステル系共重合体(A)が、トリイソプロピルシリルメタクリレート(a1)に由来する構成単位と、2-メトキシエチル(メタ)アクリレート(a2)に由来する構成単位と、その他のエチレン性不飽和単量体(a3)に由来する構成単位とを有し、
該ロジン類及び/又はモノカルボン酸化合物(B)の含有量が、該シリルエステル系共重合体(A)の固形分100質量部に対して、100質量部以下であ
り、
防汚塗料組成物の固形分中における該シリルエステル系共重合体(A)の含有量が10~20質量%である、防汚塗料組成物であって、
前記シリルエステル系共重合体(A)の全構成単位100質量部に対する前記トリイソプロピルシリルメタクリレート(a1)に由来する構成単位の含有量が35~75質量部であり、
前記シリルエステル系共重合体(A)の全構成単位100質量部に対する前記2-メトキシエチル(メタ)アクリレート(a2)に由来する構成単位の含有量が15~35質量部である、積層防汚塗膜。
【請求項10】
基材と、該基材の表面に設けられた請求項8に記載の防汚塗膜又は請求項9に記載の積層防汚塗膜とを有する、防汚塗膜付き基材。
【請求項11】
前記基材が表面に旧防汚塗膜を有し、該旧防汚塗膜上に前記防汚塗膜を有する、請求項10に記載の防汚塗膜付き基材。
【請求項12】
下記(1-1)及び(1-2)、又は下記(2-1)及び(2-2)を有する、防汚塗膜付き基材の製造方法。
(1-1)基材の表面に、請求項1~7のいずれか一項に記載の防汚塗料組成物を塗布又は含浸させ、塗布体又は含浸体を得る工程
(1-2)該工程(1-1)により得られた塗布体、又は含浸体を乾燥させて防汚塗膜を形成する工程
(2-1)請求項1~7のいずれか一項に記載の防汚塗料組成物を乾燥させて防汚塗膜を形成する工程
(2-2)該工程(2-1)で得られた防汚塗膜を基材に貼付する工程
【請求項13】
前記工程(1-1)が、表面に旧防汚塗膜を有する基材に前記防汚塗料組成物を塗布又は含浸させ、塗布体又は含浸体を得る工程であり、
前記工程(2-2)が、前記工程(2-1)で得られた防汚塗膜を、表面に旧防汚塗膜を有する基材に貼付する工程である、請求項12に記載の防汚塗膜付き基材の製造方法。
【請求項14】
旧防汚塗膜上に、請求項8に記載の防汚塗膜を形成することによって、旧防汚塗膜を補修する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、防汚塗料組成物に関し、より詳細には、水中に曝される基材表面の防汚に有効な防汚塗料組成物、該防汚塗料組成物から形成された防汚塗膜、該防汚塗膜付き基材及びその製造方法、並びに旧防汚塗膜の補修方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自然環境下で長期間水中(海洋、河川、湖沼等)に曝される基材(船舶、漁網、その他の水中構造物等)の表面には多種多様な水棲生物(カキ、イガイ、フジツボ等の動物類、ノリ、アオサ等の植物類、及びバクテリア等)の付着が起こりやすい。水棲生物が基材表面に付着すると、外観が損ねられたり、様々な不具合が生じたりする。例えば、基材が船舶である場合、水流による抵抗が増大することから、船舶速度の低下及び燃費の拡大を招く場合がある。基材が水中構造物である場合、基材表面に塗布された防食用塗膜が損傷して、強度及び機能の低下、寿命の著しい短縮化といった被害が生ずるおそれがある。基材が養殖網、定置網等の漁網である場合、水棲生物によって網目が閉塞し、養殖生物及び漁獲生物の酸欠致死等の重大な問題を生じることがある。また、工場及び火力、原子力発電所等の海水の給排水管に水棲生物が付着及び繁殖すると、給排水管の閉塞や流速の低下を引き起こす原因となることがある。
【0003】
このような不具合を引き起こす水棲生物の付着を防止するために、通常、その基材の表面に防汚塗料を塗布して防汚塗膜を形成することが行われている。この防汚塗料の中で、優れた防汚性能が発揮できる等の利点から加水分解型防汚塗料が広く用いられており、その一つとしてシリルエステル系共重合体を含む防汚塗料の開発が進められてきた。
【0004】
特許文献1には、トリブチルシリルメタクリレート、メタクリル酸及びその他の重合性モノマーの共重合体が開示されている。この共重合体は、適度な速度で加水分解が進行し、環境に影響を及ぼす有機スズ化合物を用いることなく防汚性に優れた防汚コーティング材を提供することができるとされている。
特許文献2には、トリイソプロピルシリルアクリレートを含む有機シリルエステル基含有の重合性単量体、メタクリル酸2-メトキシエチル、及びアクリル酸の有機シリル基含有共重合体が開示されている。この共重合体は、クラック、剥離等の欠陥を生じず、塗膜消耗性、リコート性及び艤装期間対応海洋生物付着防止性能が良好な塗料組成物を提供することができるとされている。
【0005】
特許文献3には、トリイソプロピルシリル(メタ)アクリレート、メトキシエチルアクリレート、及びその他の重合性モノマーとして(メタ)アクリル酸アルキルエステルの共重合体が開示されている。この共重合体は、貯蔵安定性に優れ、貯蔵後であっても塗装した塗膜が可撓性及び長期防汚性に優れている塗料組成物を提供することができるとされている。
特許文献4には、(メタ)アクリル酸トリイソプロピルシリル、メタクリル酸メチル、及びその他の(メタ)アクリル酸エステルとして、(メタ)アクリル酸2-メトキシエチル等の共重合体が開示されている。この共重合体を含有する防汚塗料組成物は、海水中において、初期から安定した溶解性と良好な防汚効果を発揮し、耐水性に優れ、長期間にわたり防汚効果を効果的に発揮できる塗膜を形成できるとされている。
【0006】
特許文献5には、トリイソプロピルシリルメタクリレート、2-メトキシエチル(メタ)アクリレート、及びその他の重合性モノマーの共重合体と、トリメチルイソブテニルシクロヘキセンカルボン酸を含む防汚塗料組成物が開示されている。この防汚塗料組成物は、長期防汚性、長期耐水性、及び長期間日光に曝された際の耐クラック性に優れた防汚塗膜を提供することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開平1-146808号公報
【文献】特開平10-30071号公報
【文献】特開2001-226440号公報
【文献】特開2011-26357号公報
【文献】特開2016-216651号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
水棲生物付着防止に使用される一般的な防汚塗料は、その防汚塗料から形成された防汚塗膜中に含有される防汚剤成分が徐々に水中に溶出することで防汚性能を発現する。防汚剤成分が溶出し、一定期間が経過した防汚塗膜は細かな空洞のある脆弱な層(脆弱層)が表面に形成された塗膜(旧防汚塗膜)となる。また、その旧防汚塗膜における防汚性能を維持するためには、防汚塗料を再度塗装し防汚剤成分を含む防汚塗膜を形成し直す(補修塗装)必要がある。
この補修塗装時に使用される防汚塗料は、コスト、及び施工面の問題から、旧防汚塗膜を除去したり、下地との付着性を向上させる塗料を塗布したりすることなく、旧防汚塗膜上に直接新たな防汚塗料を塗装することが望まれていた。
防汚塗料としては、前述の通り、トリイソプロピルシリルメタクリレートに由来する構成単位を有する共重合体を含む防汚塗料が、貯蔵安定性、長期防汚性、長期耐水性等に優れた防汚塗膜を提供することが知られている。しかしながら、脆弱層を表面に持つ旧防汚塗膜上に前記防汚塗料を直接塗装すると、前記防汚塗料中のバインダー成分が旧防汚塗膜中に移行(バインダー成分が脆弱層に吸い込まれる)し、防汚性能を十分に発揮できないという問題があった。さらに、得られる塗膜の光沢が低く美観性に劣るという問題もあった。
【0009】
このような課題に鑑み、本発明は長期間水中に暴露され防汚剤成分が溶出した脆弱な層を含む旧防汚塗膜上に直接塗装しても、塗膜に求められる美観性を保ち、長期防汚性能に優れた防汚塗膜を形成できる、防汚塗料組成物を提供することを目的とする。さらに、本発明は、前記防汚塗料組成物から形成された防汚塗膜、防汚塗膜付き基材及びその製造方法、並びに該旧防汚塗膜の補修方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上述の課題を解決するために鋭意研究を進めたところ、トリイソプロピルシリルエステル構造を持ち、かつ特定範囲の固形分酸価を有するシリルエステル系共重合体(A)を含む防汚塗料組成物が、上記課題を解決できることを見出した。すなわち、本発明は以下の[1]~[19]に関する。
【0011】
[1] シリルエステル系共重合体(A)を含有する防汚塗料組成物であって、
該シリルエステル系共重合体(A)の固形分酸価が0.1~10mgKOH/gであり、
該シリルエステル系共重合体(A)が、トリイソプロピルシリルメタクリレート(a1)に由来する構成単位と、トリイソプロピルシリルメタクリレート(a1)以外のエチレン性不飽和単量体に由来する構成単位とを有する、防汚塗料組成物。
[2]前記防汚塗料組成物が、さらにロジン類及び/又はモノカルボン酸化合物(B)を含有し、該ロジン類及び/又はモノカルボン酸化合物(B)の含有量が、該シリルエステル系共重合体(A)の固形分100質量部に対して、100質量部以下である、[1]に記載の防汚塗料組成物。
[3] 前記シリルエステル系共重合体(A)の全構成単位100質量部に対するトリイソプロピルシリルメタクリレート(a1)に由来する構成単位の含有量が35~75質量部である、[1]又は[2]に記載の防汚塗料組成物。
[4] 前記シリルエステル系共重合体(A)が2-メトキシエチル(メタ)アクリレート(a2)に由来する構成単位と、その他のエチレン性不飽和単量体(a3)に由来する構成単位とを有する、[1]~[3]のいずれかに記載の防汚塗料組成物。
[5] 前記シリルエステル系共重合体(A)の全構成単位100質量部に対する2-メトキシエチル(メタ)アクリレート(a2)に由来する構成単位の含有量が15~35質量部である、[4]に記載の防汚塗料組成物。
[6] 前記その他のエチレン性不飽和単量体(a3)が酸基を有する単量体を含む、[4]又は[5]に記載の防汚塗料組成物。
[7] 前記シリルエステル系共重合体(A)の重量平均分子量(Mw)が12,000以上である、[1]~[6]のいずれか一つに記載の防汚塗料組成物。
[8] さらに銅又は銅化合物(C)、有機防汚剤(D)、その他バインダー成分(E)、着色顔料(F)、体質顔料(G)、顔料分散剤(H)、可塑剤(I)、タレ止め剤(J)、沈降防止剤(K)、脱水剤(L)、及び溶剤(M)よりなる群から選択される少なくとも1種を含有する、[1]~[7]のいずれか一つに記載の防汚塗料組成物。
[9] 防汚塗料組成物が銅又は銅化合物(C)を含有し、かつ、防汚塗料組成物の固形分中の前記銅又は銅化合物(C)の含有量が、50質量%以上である、[8]に記載の防汚塗料組成物。
[10] 防汚塗料組成物が脱水剤(L)を含有し、前記脱水剤(L)がアルコキシシラン類である、[8]又は[9]に記載の防汚塗料組成物。
[11]前記シリルエステル系共重合体(A)の重量平均分子量(Mw)が12,000以上25,000以下である、[1]~[10]のいずれか一つに記載の防汚塗料組成物。
[12]旧防汚塗膜を補修するための旧防汚塗膜補修用防汚塗料組成物である、[1]~[11]のいずれか一つに記載の防汚塗料組成物。
[13] [1]~[12]のいずれか一つに記載の防汚塗料組成物から形成された防汚塗膜。
[14] 旧防汚塗膜又はエポキシ塗膜(X)と、防汚塗料組成物(y)から形成された防汚塗膜(Y)とが積層された積層防汚塗膜であり、
前記防汚塗料組成物(y)が、シリルエステル系共重合体(A)を含有し、
該シリルエステル系共重合体(A)の固形分酸価が0.1~10mgKOH/gであり、
該シリルエステル系共重合体(A)が、トリイソプロピルシリルメタクリレート(a1)に由来する構成単位と、トリイソプロピルシリルメタクリレート以外のエチレン性不飽和単量体に由来する構成単位とを有する、積層防汚塗膜。
[15] 基材と、該基材の表面に設けられた[13]に記載の防汚塗膜又は[14]に記載の積層防汚塗膜とを有する、防汚塗膜付き基材。
[16] 前記基材が表面に旧防汚塗膜を有し、該旧防汚塗膜上に前記防汚塗膜を有する、[15]に記載の防汚塗膜付き基材。
[17] 下記(1-1)及び(1-2)、又は下記(2-1)及び(2-2)を有する、防汚塗膜付き基材の製造方法。
(1-1)基材の表面に、[1]~[12]のいずれか一つに記載の防汚塗料組成物を塗布又は含浸させ、塗布体又は含浸体を得る工程
(1-2)該工程(1-1)により得られた塗布体、又は含浸体を乾燥させて防汚塗膜を形成する工程
(2-1)[1]~[12]のいずれか一つに記載の防汚塗料組成物を乾燥させて防汚塗膜を形成する工程
(2-2)該工程(2-1)で得られた防汚塗膜を基材に貼付する工程
[18] 前記工程(1-1)が、表面に旧防汚塗膜を有する基材に前記防汚塗料組成物を塗布又は含浸させ、塗布体又は含浸体を得る工程であり、
前記工程(2-2)が、前記工程(2-1)で得られた防汚塗膜を、表面に旧防汚塗膜を有する基材に貼付する工程である、[17]に記載の防汚塗膜付き基材の製造方法。
[19] 旧防汚塗膜上に、[13]に記載の防汚塗膜を形成することによって、旧防汚塗膜を補修する方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、長期間水中に暴露され防汚剤成分が溶出した脆弱な層を含む旧防汚塗膜上に直接塗装しても、塗膜に求められる美観性を保ち、長期防汚性能に優れた防汚塗膜を形成できる、防汚塗料組成物を提供することができる。さらに、本発明は、前記防汚塗料組成物から形成された防汚塗膜、防汚塗膜付き基材及びその製造方法、並びに該旧防汚塗膜の補修方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明に係る防汚塗料組成物、防汚塗膜、防汚塗膜付き基材及びその製造方法、並びに補修方法について詳細に説明する。
なお、以下の説明において、「(メタ)アクリレート」、「(メタ)アクリロイル」、及び「(メタ)アクリル酸」は、それぞれ「アクリレート又はメタクリレート」、「アクリロイル又はメタクリロイル」、及び「アクリル酸又はメタクリル酸」を意味する。
【0014】
水棲生物付着防止に使用される一般的な防汚塗料は、その防汚塗膜中に含有される防汚剤成分が水中に溶出することで防汚性能を発現する。基材表面に設けられた防汚塗膜は、長期間水中に暴露され防汚剤成分が溶出すると、残された防汚塗膜は細かな空洞のある脆弱な層(脆弱層)を持つ塗膜(旧防汚塗膜)となる。
本発明の防汚塗料組成物は、旧防汚塗膜上に直接塗装しても、塗料に求められる美観性を保ち、長期防汚性能に優れた防汚塗膜を形成することができる。上記効果が得られる詳細な作用機序は必ずしも明らかではないが、一部は以下のように推定される。すなわち本発明の防汚塗料組成物に含まれるシリルエステル系共重合体(A)が特定範囲の酸価を有することにより、該共重合体(A)が旧防汚塗膜中に移行するのが抑制されるため、本発明の防汚塗料組成物を旧防汚塗膜上に直接塗装しても、防汚性能に優れ、さらに、得られる防汚塗膜の光沢が高く美観性に優れると考えられる。
【0015】
[防汚塗料組成物]
本発明の防汚塗料組成物(以下、単に「塗料組成物」ともいう。)は、トリイソプロピルシリルメタクリレート(a1)に由来する構成単位と、トリイソプロピルシリルメタクリレート(a1)以外のエチレン性不飽和単量体に由来する構成単位とを有し、かつ固形分酸価が0.1~10mgKOH/gであるシリルエステル系共重合体(A)を含有する。
【0016】
<シリルエステル系共重合体(A)>
本発明におけるシリルエステル系共重合体(A)(以下、単に「共重合体(A)」ともいう。)は、トリイソプロピルシリルメタクリレート(a1)に由来する構成単位と、トリイソプロピルシリルメタクリレート(a1)以外のエチレン性不飽和単量体に由来する構成単位とを有する共重合体であり、かつその固形分酸価が0.1~10mgKOH/gである。
なお、本発明において、「Xに由来する構成単位を有する共重合体」とは、化合物Xが重合反応等により共重合体中に組み込まれた状態において、共重合体中に化合物Xに由来する構造を有することを意味する。
【0017】
(トリイソプロピルシリルメタクリレート(a1)に由来する構成単位)
シリルエステル系共重合体(A)は、トリイソプロピルシリルメタクリレート(a1)(以下、単に「(a1)」ともいう。)に由来する構造を有する。
共重合体(A)の全構成単位100質量部に対する(a1)に由来する構成単位の含有量は、長期にわたり耐水性及び防汚性が良好な防汚塗膜を得る観点から、好ましくは35~75質量部、より好ましくは40~70質量部、さらに好ましくは45~70質量部である。特に前記(a1)に由来する構成単位の含有量が45~70質量部であれば、得られる防汚塗膜の耐水性がより優れるため耐クラック性が良好である。
なお、共重合体(A)は、その末端に、重合開始剤に由来する部分を有する場合があるが、前記(a1)に由来する構成単位の含有量は、共重合体(A)を構成する全単量体成分中の(a1)の仕込み比(質量比)で近似することができ、他の構成単位の含有量についても、同様である。
【0018】
((a1)以外のエチレン性不飽和単量体に由来する構成単位)
シリルエステル系共重合体(A)は、(a1)と共重合する単量体に由来する構成単位として、(a1)以外のエチレン性不飽和単量体に由来する構成単位を有するものであり、2-メトキシエチル(メタ)アクリレート(a2)に由来する構成単位と、その他のエチレン性不飽和単量体(a3)に由来する構成単位とを有することが好ましい。
【0019】
(2-メトキシエチル(メタ)アクリレート(a2)に由来する構成単位)
シリルエステル系共重合体(A)は、防汚塗膜の防汚性をさらに向上させる観点から、2-メトキシエチル(メタ)アクリレート(a2)(以下、単に「(a2)」ともいう。)に由来する構成単位を有することが好ましい。
(a2)とは、2-メトキシエチルメタクリレート、及び2-メトキシエチルアクリレートのことを示す。(a2)は、2-メトキシエチルメタクリレート、及び2-メトキシエチルアクリレートのうち一方を単独で使用してもよく、又は両方を組み合わせて使用してもよい。
共重合体(A)の全構成単位100質量部に対する(a2)に由来する構成単位の含有量は、安定した消耗性及び防汚性を有する防汚塗膜を得る観点から、好ましくは15~35質量部、より好ましくは20~35質量部、さらに好ましくは20~30質量部である。特に前記(a2)に由来する構成単位の含有量が20~30質量部であれば、得られる防汚塗膜が適度な親水性を有するため、防汚性と耐クラック性の両立が可能である。さらに前記観点から(a2)としては2-メトキシエチルメタクリレートが好ましい。
【0020】
共重合体(A)の全構成単位100質量部に対する(a1)に由来する構成単位及び(a2)に由来する構成単位の総含有量(合計含有量)は、防汚塗膜の防汚性や物性の観点から、好ましくは60~99質量部、より好ましくは70~98質量部、さらに好ましくは75~95質量部、よりさらに好ましくは75~90質量部である。
【0021】
(その他のエチレン性不飽和単量体(a3)に由来する構成単位)
シリルエステル系共重合体(A)は、その他のエチレン性不飽和単量体(a3)(以下、単に「(a3)」ともいう。)に由来する構成単位を有することが好ましい。
ここでいう(a3)は、前記(a1)及び(a2)以外のエチレン性不飽和単量体を意味し、トリイソプロピルシリルメタクリレート(a1)及び2-メトキシエチル(メタ)アクリレート(a2)を除いたエチレン性不飽和単量体であれば特に制限はないが、後述するオリゴマー又はポリマー類は除くものとする。(a3)は、1種でも又は2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0022】
その他のエチレン性不飽和単量体(a3)としては、例えば、不飽和カルボン酸類(a31)、(メタ)アクリル酸エステル類(a32)、(メタ)アクリル酸シリルエステル類(a33)、ビニル化合物類(a34)、及びスチレン類(a35)等が挙げられ、具体例を以下に挙げる。
不飽和カルボン酸類(a31);(メタ)アクリル酸、(メタ)アクリロイルオキシアルキルコハク酸、(メタ)アクリロイルオキシアルキルフタル酸、(メタ)アクリロイルオキシアルキルヘキサヒドロフタル酸、イタコン酸、マレイン酸等
(メタ)アクリル酸エステル類(a32);メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、プロピル(メタ)アクリレート、イソプロピル(メタ)アクリレート、ブチル(メタ)アクリレート、イソブチル(メタ)アクリレート、tert-ブチル(メタ)アクリレート、2-エチルヘキシル(メタ)アクリレート、ラウリル(メタ)アクリレート、トリデシル(メタ)アクリレート、ステアリル(メタ)アクリレート等のアルキル(メタ)アクリレート、シクロヘキシル(メタ)アクリレート、ベンジル(メタ)アクリレート、イソボルニル(メタ)アクリレート、グリシジル(メタ)アクリレート、テトラヒドロフルフリル(メタ)アクリレート、2-ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、ヒドロキシブチル(メタ)アクリレート、メトキシトリエチレングリコール(メタ)アクリレート、エトキシジエチレングリコール(メタ)アクリレート、メトキシジプロピレングリコール(メタ)アクリレート等
(メタ)アクリル酸シリルエステル類(a33);トリメチルシリル(メタ)アクリレート、トリエチルシリル(メタ)アクリレート、トリイソプロピルシリルアクリレート等
ビニル化合物類(a34);酢酸ビニル、プロピオン酸ビニル、ビニルスルホン酸、ビニルホスホン酸等
スチレン類(a35);スチレン、スチレンスルホン酸アンモニウム等
これらの中で、不飽和カルボン酸類(a31)、アルキル(メタ)アクリレート、及びビニル化合物類(a34)等が好ましく、(メタ)アクリル酸、炭素原子数1~4のアルキル基を有するアルキル(メタ)アクリレート、及びビニルスルホン酸等がより好ましく、メチルメタクリレート、ブチルアクリレート、(メタ)アクリル酸、及びビニルスルホン酸等が特に好ましい。
【0023】
共重合体(A)の全構成単位100質量部に対する(a3)に由来する構成単位の含有量は、防汚塗膜の物性を調整する観点から、好ましくは1~40質量部、より好ましくは2~30質量部、さらに好ましくは5~25質量部、よりさらに好ましくは10~25質量部である。
【0024】
((a1)、(a2)及び(a3)以外のその他の成分に由来する構成単位)
共重合体(A)は、(a1)、(a2)及び(a3)以外のその他の成分に由来する構造を有していてもよい。(a1)、(a2)及び(a3)以外のその他の成分としては、例えば、分子鎖の末端に重合可能なエチレン性不飽和基を有しており共重合体(A)の構造中に組み込まれるオリゴマー又はポリマー類等が挙げられる。
オリゴマー又はポリマー類としては、例えば、マクロモノマー類、シリコーン類、ポリマー類等が挙げられる。これらの具体例を以下に挙げる。
マクロモノマー類;AA-6(商品名、東亞合成(株)製、末端メタクリロイル基ポリメチルメタクリレート)、AS-6(商品名、東亞合成(株)製、末端メタクリロイル基ポリスチレン)等
シリコーン類;サイラプレーン FM-0711(商品名、JNC(株)製、片末端メタクリロキシ基ポリジメチルシリコーン)、KF-2012(商品名、信越化学工業(株)製、片末端メタクリロキシ基ポリジメチルシリコーン)等
ポリマー類;不飽和基をもつアルキド樹脂等
該オリゴマー又はポリマー類の数平均分子量は、通常500~30,000、好ましくは1,000~20,000である。該オリゴマー又はポリマー類は、1種でも又は2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0025】
(共重合体(A)の固形分酸価)
共重合体(A)は0.1~10mgKOH/gの固形分酸価を有する。「酸価」とは、試料1g中に存在する遊離酸を中和するのに必要な水酸化カリウムのmg数であり、単位として「mgKOH/g」で表される。この固形分酸価は、具体的には、実施例に記載の方法で測定することができる。
【0026】
共重合体(A)の固形分酸価が0.1mgKOH/g以上であると、本発明の効果を発揮することができる。共重合体(A)の固形分酸価が10mgKOH/gより大きいと、共重合体(A)を含む防汚塗料組成物の粘度が高くなり塗装が難しくなることがあり、粘度調整のため溶剤が大量に必要となり環境規制への対応が難しくなる場合がある。共重合体(A)の固形分酸価は、好ましくは1~10mgKOH/g、より好ましくは1~8mgKOH/gである。共重合体(A)の固形分酸価が1mgKOH/g以上であると、本発明の効果をより一層発揮することが可能となる。
【0027】
共重合体(A)に酸価を持たせる酸基としては、特に制限されないが、カルボキシ基、スルホン酸基、及びリン酸基等が挙げられ、中でもカルボキシ基が好ましい。
共重合体(A)に酸価を持たせる酸基を導入する方法としては、例えば、酸基を有する単量体を共重合する方法、酸基を有する重合開始剤等を用いる方法等が挙げられるが、これらの方法に限定されるものではない。共重合体(A)の酸価は、例えば、共重合体(A)の構造に組み込まれる酸基を有する成分の種類や量を変更することにより所望の値とすることができる。所望の酸価を有する共重合体を容易に製造する観点から、酸基を有する単量体を共重合する方法が好ましい。
【0028】
酸基を有する単量体は、その他のエチレン性不飽和単量体(a3)に含有されることが好ましい。酸基を有する単量体としては、不飽和カルボン酸類、ビニルスルホン酸、及びビニルホスホン酸等が挙げられ、中でも、不飽和カルボン酸類、ビニルスルホン酸が好ましく、(メタ)アクリル酸、ビニルスルホン酸がより好ましく、(メタ)アクリル酸が特に好ましい。酸基を有する単量体は、1種でも又は2種以上を組み合わせて使用してもよい。
酸基を有する単量体の含有量は、酸価を所望の値とするように調整すれば特に限定されないが、共重合体(A)の全構成単位100質量部に対し、好ましくは0.01~5質量部である。
【0029】
(共重合体(A)の重量平均分子量)
共重合体(A)の重量平均分子量(Mw)は、特に制限はないが、好ましくは60,000以下、より好ましくは40,000以下である。Mwが40,000以下である共重合体(A)を含む防汚塗料組成物から形成された塗膜は、加水分解性が良好であり、塗膜の研掃性(塗膜消耗性)も良く、防汚性が一層向上し、優れた長期耐久性を発揮することができる。
共重合体(A)の重量平均分子量(Mw)は、防汚塗膜の強度、長期耐久性等に優れる観点から、好ましくは12,000以上、より好ましくは13,000以上である。
共重合体(A)の重量平均分子量(Mw)は、塗料組成物の低粘度化、塗装作業性の観点から、好ましくは12,000以上、25,000以下、より好ましくは12,000以上、20,000以下である。
重量平均分子量(Mw)は、ゲルろ過クロマトグラフィー(GPC)によって測定することができる、GPCによって得られる値は、ポリスチレンを標準物質として作成された検量線を使用して求めた値(ポリスチレン換算値)である。
【0030】
(共重合体(A)の製造方法)
共重合体(A)は、(a1)と(a1)以外のエチレン性不飽和単量体とを公知の重合方法によって重合させることで得られる。重合方法としては、溶液重合、塊状重合、懸濁重合、乳化重合、リビング重合等が挙げられる。中でも、共重合体(A)の生産性及び製造作業性を考慮すると、ラジカル重合開始剤を用いた溶液重合が好ましい。前記重合方法においては、溶剤、ラジカル重合開始剤、連鎖移動剤等を必要に応じて用いてもよい。
【0031】
溶剤としては、例えば、芳香族炭化水素系溶剤(キシレン、メシチレン等)、エステル系溶剤(酢酸ブチル、酢酸イソブチル等)、ケトン系溶剤(メチルイソブチルケトン、メチルアミルケトン等)等が挙げられる。これらの溶剤については、単独あるいは2種類以上を組み合わせて使用してもよい。
共重合体(A)の製造において溶剤を用いる場合、その使用量に特に制限はないが、前記(a1)、(a2)及び(a3)の合計100質量部に対して、好ましくは5~150質量部である。
【0032】
ラジカル重合開始剤としては、例えば、2,2'-アゾビスイソブチロニトリル、2,2'-アゾビス-2-メチルブチロニトリル、2,2'-アゾビス-2,4-ジメチルバレロニトリル、4,4'-アゾビス-4-シアノ吉草酸等のアゾ系化合物;t-ブチルペルオキシ-2-エチルヘキサノエート、t-ブチルペルオキシベンゾエート、ジ-t-ブチルペルオキシド等の有機過酸化物;過硫酸アンモニウム、過硫酸ソーダ等の過硫酸塩等が挙げられる。ラジカル重合開始剤は、単独あるいは2種類以上を組み合わせて使用してもよい。
なお、これらのラジカル重合開始剤は、重合反応における反応開始時にのみ反応系内に添加してもよく、また反応開始時と反応途中との両方で反応系内に添加してもよい。
共重合体(A)の製造においてラジカル重合開始剤を用いる場合、その使用量に特に制限はないが、前記(a1)、(a2)及び(a3)の合計100質量部に対して、好ましくは0.1~20質量部である。
【0033】
連鎖移動剤としては、例えば、芳香族系化合物(α-メチルスチレンダイマー等)や有機硫黄系化合物(チオグリコール酸、メルカプトプロピオン酸、メルカプトプロピオン酸2-エチルヘキシル、チオフェノール等)等が挙げられる。連鎖移動剤は、単独あるいは2種類以上を組み合わせて使用してもよい。
共重合体(A)の製造において連鎖移動剤を用いる場合、その使用量は、前記(a1)、(a2)及び(a3)の合計100質量部に対して、好ましくは0.1~5質量部である。
【0034】
長期に亘り耐水性及び各種物性(塗膜の耐クラック性、防汚性)が良好な防汚塗料組成物を得る観点から、本発明の防汚塗料組成物の固形分中における共重合体(A)の含有量は、好ましくは5~50質量%、より好ましくは10~20質量%である。
【0035】
本発明において成分の含有量を規定する際の基準となる質量は、成分が希釈用溶剤等の揮発性成分を含む場合には、揮発性成分を除いた乾燥塗膜を構成しうる成分、すなわち「固形分」の質量である。固形分とは、溶剤等の揮発成分が含まれた成分ないし組成物を、105℃の熱風乾燥機中で3時間乾燥して溶剤等の揮発成分を揮散させたときの残分をいう。
【0036】
<任意成分>
本発明の防汚塗料組成物は、さらにロジン類及び/又はモノカルボン酸化合物(B)、銅又は銅化合物(C)、有機防汚剤(D)、その他バインダー成分(E)、着色顔料(F)、体質顔料(G)、顔料分散剤(H)、可塑剤(I)、タレ止め剤(J)、沈降防止剤(K)、脱水剤(L)、及び溶剤(M)よりなる群から選択される少なくとも1種の成分を含有していてもよい。以下これら(B)~(M)について詳細に説明する。
【0037】
<ロジン類及び/又はモノカルボン酸化合物(B)>
本発明の防汚塗料組成物は、防汚塗膜の防汚性をさらに向上させるために、ロジン類及び/又はモノカルボン酸化合物(B)を含有してもよい。ロジン類及び/又はモノカルボン酸化合物(B)は、それが含有される防汚塗膜の水中での表面からの更新性を促進し、また、その防汚塗膜が防汚剤を含む場合には、防汚剤の水中への放出を促進することで防汚塗膜の防汚性を高めるものであり、さらに防汚塗膜に適度な耐水性を付与する機能も有している。また特に静置防汚性を向上させるという観点から、ロジン類及び/又はモノカルボン酸化合物(B)を含有することが望ましい。
【0038】
ロジン類及び/又はモノカルボン酸化合物(B)としては、例えば、炭素原子数10~40の飽和若しくは不飽和の脂肪族炭化水素にカルボキシ基が1つ置換した化合物、又は炭素原子数3~40の飽和若しくは不飽和の脂環式炭化水素にカルボキシ基が1つ置換した化合物、あるいは脂肪族炭化水素又は脂環式炭化水素の変性物にカルボキシ基が1つ置換した化合物が好ましい。
これらの中でも、アビエチン酸、ネオアビエチン酸、デヒドロアビエチン酸、パラストリン酸、イソピマル酸、ピマル酸、トリメチルイソブテニルシクロヘキセンカルボン酸、バーサチック酸、ステアリン酸、ナフテン酸等が好ましい。
【0039】
また、アビエチン酸、パラストリン酸、イソピマル酸等を主成分とするロジン類も好ましい。ロジン類としてはガムロジン、ウッドロジン、トール油ロジン等のロジン、水添ロジン、不均化ロジン、ロジン金属塩等のロジン誘導体、パインタール等が挙げられる。
また、トリメチルイソブテニルシクロヘキセンカルボン酸としては、例えば、2,6-ジメチルオクタ-2,4,6-トリエンとメタクリル酸との反応生成物が挙げられ、これは1,2,3-トリメチル-5-(2-メチルプロパ-1-エン-1-イル)シクロヘキサ-3-エン-1-カルボン酸、及び1,4,5-トリメチル-2-(2-メチルプロパ-1-エン-1-イル)シクロヘキサ-3-エン-1-カルボン酸を主成分(85質量%以上)とするものである。
ロジン類及び/又はモノカルボン酸化合物(B)は、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0040】
本発明の防汚塗料組成物がロジン類及び/又はモノカルボン酸化合物(B)を含有する場合、その含有量は防汚塗料組成物の固形分中、好ましくは1~50質量%、より好ましくは2~20質量%、さらに好ましくは3~10質量%である。また、形成される塗膜の防汚性と物性が良好である観点から、シリルエステル系共重合体(A)の固形分100質量部に対して、好ましくは5~150質量部、より好ましくは10~150質量部、さらに好ましくは15~100質量部である。ロジン類及び/又はモノカルボン酸化合物(B)の含有量が過剰であると耐クラック性の低下につながり、少ないと塗膜光沢(美観性)が低下するおそれがある。
【0041】
<銅又は銅化合物(C)>
本発明の防汚塗料組成物は、防汚塗料組成物から形成された防汚塗膜の防汚性をさらに向上させるために、銅又は銅化合物(C)(ただし、銅ピリチオンを除く)を含有してもよい。銅化合物としては、有機系又は無機系のいずれの銅化合物であってもよく、銅又は銅化合物(C)としては、例えば、粉末状の銅(銅粉)、亜酸化銅、チオシアン酸銅(ロダン銅)、キュプロニッケル等が挙げられる。
銅又は銅化合物(C)は、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
前記銅又は銅化合物(C)の中では、形成される防汚塗膜の防汚性、特に水棲生物のうち動物類に対する防汚性、及び耐水性を向上させる観点から、亜酸化銅を含むことがより好ましい。
前記亜酸化銅としては、平均粒子径が1~30μm程度のものを含むことが好ましく、形成される防汚塗膜の防汚性と耐水性を向上させる観点から、2~10μmのものを含むことがより好ましい。
前記亜酸化銅としては、グリセリン、ステアリン酸、ラウリン酸、ショ糖、レシチン、鉱物油等によって表面処理されているものが、防汚性や貯蔵時の長期安定性の観点から好ましい。
このような亜酸化銅としては市販されているものを用いることができ、例えば、エヌシー・テック(株)製「NC-301」(平均粒子径:2~4μm)、エヌシー・テック(株)製「NC-803」(平均粒子径:6~10μm)、Nordox Industrier AS製「NORDOX」、AMERICAN CHEMET Co.製「Red
Copp97N Premium」、AMERICAN CHEMET Co.製「Purple Copp」、AMERICAN CHEMET Co.製「LoLoTint97」等が挙げられる。
【0042】
本発明の防汚塗料組成物が銅又は銅化合物(C)を含有する場合、その含有量は、防汚塗料組成物から形成される防汚塗膜の防汚性能及び耐水性の観点から、防汚塗料組成物の固形分中、好ましくは20~80質量%、より好ましくは40~70質量%、さらに好ましくは50~65質量%である。
【0043】
<有機防汚剤(D)>
本発明において、防汚塗膜に防汚性を付与する目的から、本発明の防汚塗料組成物は前記の銅又は銅化合物(C)を除く有機防汚剤(D)を含んでいてもよい。
有機防汚剤(D)としては、例えば、銅ピリチオン、亜鉛ピリチオン、4,5-ジクロロ-2-n-オクチル-4-イソチアゾリン-3-オン(別名:DCOIT)、4-ブロモ-2-(4-クロロフェニル)-5-(トリフルオロメチル)-1H-ピロール-3-カルボニトリル(別名:トラロピリル)、4,5-ジメチル-1H-イミダゾール、(+/-)-4-[1-(2,3-ジメチルフェニル)エチル]-1H-イミダゾール(別名:メデトミジン)、ボラン-窒素系塩基付加物(ピリジントリフェニルボラン、4-イソプロピルピリジンジフェニルメチルボラン等)、N,N-ジメチル-N’-(3,4-ジクロロフェニル)尿素、N-(2,4,6-トリクロロフェニル)マレイミド、2-メチルチオ-4-tert-ブチルアミノ-6-シクロプロピルアミノ-1,3,5-トリアジン、2,4,5,6-テトラクロロイソフタロニトリル、ビスジメチルジチオカルバモイルジンクエチレンビスジチオカーバメート、クロロメチル-n-オクチルジスルフィド、N',N'-ジメチル-N-フェニル-(N-フルオロジクロロメチルチオ)スルファミド、テトラアルキルチウラムジスルフィド、ジンクジメチルジチオカーバメート、ジンクエチレンビスジチオカーバメート、2,3-ジクロロ-N-(2',6'-ジエチルフェニル)マレイミド、及び2,3-ジクロロ-N-(2'-エチル-6'-メチルフェニル)マレイミドが挙げられる、有機防汚剤(D)は、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0044】
これらの有機防汚剤(D)の中でも、銅ピリチオン、4,5-ジクロロ-2-n-オクチル-4-イソチアゾリン-3-オン、(+/-)-4-[1-(2,3-ジメチルフェニル)エチル]-1H-イミダゾールが好ましく、銅ピリチオンが特に好ましい。
本発明の防汚塗料組成物が有機防汚剤(D)を含有する場合、その含有量は、防汚塗料組成物の塗装作業性や防汚塗膜の防汚性能及び耐水性の観点から、防汚塗料組成物の固形分中、好ましくは0.5~10質量%、より好ましくは1~5質量%である。
【0045】
<その他バインダー成分(E)>
本発明において、防汚塗膜に静置防汚性や耐水性、耐クラック性や強度を付与する目的から、本発明の防汚塗料組成物は、前記シリルエステル系共重合体(A)以外のその他バインダー成分(E)を含んでいてもよい。
その他バインダー成分(E)としては、例えば、アクリル系共重合体(アクリル樹脂)、ビニル系重合体、n-パラフィン、テルペンフェノール等が挙げられる。その他バインダー成分(E)は、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0046】
前記アクリル系共重合体としては、エチレン性不飽和単量体を重合して得られるものを用いてよく、静置防汚性の観点から、前記(メタ)アクリル酸エステル類(a32)、及び金属エステル基含有不飽和単量体(e1)よりなる群から選択される少なくとも1種に由来する構成単位を含むことが好ましい。
金属エステル基含有不飽和単量体(e1)とは、金属とカルボン酸とが結合することにより生成した金属エステル基を含有する単量体を指す。後述する多価金属エステル基又は二価金属エステル基とは、多価金属又は二価金属とカルボン酸とが結合することにより生成した基を指す。金属エステル基としては多価金属エステル基が好ましく、二価金属エステル基がより好ましい。
金属エステル基を構成する金属としては、例えば、マグネシウム、カルシウム、ネオジム、チタン、ジルコニウム、鉄、ルテニウム、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、及びアルミニウム等が挙げられる。
【0047】
上述した金属の中から、二価金属を適宜選択して用いることができる。これらの中でも、ニッケル、銅、及び亜鉛等の第10~12族の金属が好ましく、銅及び亜鉛よりなる群から選択される金属がより好ましく、亜鉛がさらに好ましい。
このような単量体としては、例えばジ(メタ)アクリル酸亜鉛、ジ(メタ)アクリル酸銅、アクリル酸(メタクリル酸)亜鉛、アクリル酸(メタクリル酸)銅、ジ(3-アクリロイルオキシプロピオン酸)亜鉛、ジ(3-アクリロイルオキシプロピオン酸)銅、(メタ)アクリル酸(ナフテン酸)亜鉛、(メタ)アクリル酸(ナフテン酸)銅等が挙げられる。金属エステル基含有不飽和単量体(e1)は、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0048】
前記アクリル系共重合体としては、その他のビニル化合物(e2)に由来する構成単位を含んでいてもよい。
前記その他のビニル化合物(e2)としては、例えば、スチレン、α-メチルスチレン、酢酸ビニル、安息香酸ビニル、ビニルトルエン、アクリロニトリル、ビニルピリジン、ビニルピロリドン、塩化ビニル等が挙げられる。
その他のビニル化合物(e2)は、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0049】
その他バインダー成分(E)としては市販品を用いてもよく、例えば、三菱ケミカル(株)製「ダイヤナールBR-106」(アクリル系重合体)が挙げられる。
【0050】
その他バインダー成分(E)としては、上記の他に、例えば国際公開第2014/010702号に記載のような、2以上の酸基を含有する重合体と前記ロジン類及び/又はモノカルボン酸化合物(B)と金属化合物とを反応させることによって得られる酸基含有重合体が挙げられる。
2以上の酸基含有重合体としては、ポリエステル系重合体やアクリル系重合体が挙げられ、好ましくはポリエステル系重合体である。
ポリエステル系重合体としては、固形分酸価が50~250mgKOH/gのものが好ましく、80~200mgKOH/gのものがより好ましい。
ポリエステル系重合体は1以上の多価のアルコールと1以上の多価カルボン酸及び/又はその無水物との反応により得られ、任意の種類を任意の量で用いることができ、その組み合わせにより酸価や粘度を調整できる。
【0051】
ポリエステル系重合体としては、例えば、三価以上のアルコールと、二塩基酸及び/又はその無水物と、二価のアルコールとを反応させた後、さらに脂環式二塩基酸及び/又はその無水物を反応させて得られるものが好ましい。
2以上の酸基を含有する重合体と反応させるロジン類及び/又はモノカルボン酸化合物(B)としては、前述と同じものを用いることができ、中でもロジン類を用いることが好ましい。
2以上の酸基を含有する重合体と反応させる金属化合物としては、例えば酸化亜鉛や亜酸化銅等の金属酸化物を用いることができ、中でも酸化亜鉛を用いることが好ましい。
【0052】
本発明の防汚塗料組成物がその他バインダー成分(E)を含有する場合、その含有量は、防汚塗料組成物の固形分中、好ましくは1~20質量%である。
【0053】
<着色顔料(F)>
本発明の防汚塗料組成物は、防汚塗料組成物から形成される防汚塗膜の色調を調節したり、任意の色調を付与したりするために、着色顔料(F)を含んでいてもよい。
着色顔料(F)としては、公知の有機系又は無機系の各種着色顔料が挙げられる。有機系の着色顔料としては、Pigment Black 7(カーボンブラック)、Pigment Red 170(ナフトールレッド)、Pigment Blue 15(フタロシアニンブルー)等が挙げられる。また、無機系の着色顔料としては、赤色酸化鉄(赤色弁柄)(Fe2O3)、黒色酸化鉄(Fe3O4)、酸化チタン(チタン白/TiO
2)、黄色酸化鉄等が挙げられる。
【0054】
また、本発明の防汚塗料組成物には、着色顔料(F)とともに、あるいは着色顔料(F)の代わりに、染料等の、着色顔料(F)を除く着色剤が含まれていてもよい。
本発明の防汚塗料組成物が着色顔料(F)を含有する場合、その含有量は、形成される防汚塗膜に求められる隠ぺい性や、防汚塗料組成物の塗布形態等に応じた所望の粘度によって好ましい量が決定されるが、防汚塗料組成物の固形分中、好ましくは0.5~10質量%である。
【0055】
<体質顔料(G)>
本発明の防汚塗料組成物は、該防汚塗料組成物から形成された防汚塗膜の耐クラック性等の塗膜物性を向上させることを目的として、体質顔料(G)を含有してもよい。
体質顔料(G)としては、例えば、タルク、酸化亜鉛、シリカ(珪藻土、酸性白土等)、マイカ、クレー、カリ長石、炭酸カルシウム、カオリン、アルミナホワイト、ホワイトカーボン、水酸化アルミニウム、炭酸マグネシウム、炭酸バリウム、硫酸バリウム、硫化亜鉛等が挙げられる。これらの中でも、タルク、酸化亜鉛、シリカ、マイカ、クレー、炭酸カルシウム、カオリン、硫酸バリウム、カリ長石が好ましい。体質顔料(G)は、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
本発明の防汚塗料組成物が体質顔料(G)を含有する場合、その含有量は、形成される防汚塗膜に求められる隠ぺい性や、防汚塗料組成物の塗布形態等に応じた所望の粘度によって好ましい量が決定されるが、防汚塗料組成物の固形分中、好ましくは1~50質量%である。
【0056】
<顔料分散剤(H)>
本発明の防汚塗料組成物が着色顔料(F)や体質顔料(G)を含有する場合、着色顔料(F)や体質顔料(G)の分散性を向上させる観点から、顔料分散剤(H)を含有してもよい。
顔料分散剤(H)としては、公知の有機系又は無機系の各種顔料分散剤が挙げられる。顔料分散剤としては、脂肪族アミン又は有機酸類、BYK(株)製「Disperbyk-101」が挙げられる。
【0057】
<可塑剤(I)>
本発明の防汚塗料組成物は、得られる防汚塗膜の耐クラック性を向上させるために、可塑剤(I)を含んでいてもよい。
可塑剤(I)としては、例えば、トリクレジルホスフェート(TCP)、塩化パラフィン(塩素化パラフィン)、石油樹脂類、ケトン樹脂、ポリビニルエチルエーテル、ジアルキルフタレート等が挙げられる。可塑剤(I)としては、これらの中でも、防汚塗料組成物から形成された防汚塗膜の塗膜耐水性、塗膜加水分解性(消耗性)という観点から、塩化パラフィン(塩素化パラフィン)、石油樹脂類、及びケトン樹脂が好ましい。可塑剤(I)は、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
塩素化パラフィンの具体例としては、東ソー(株)製「トヨパラックス A-40/A-50/A-70/A-145/A-150」等が挙げられる。また、石油樹脂類としては、C5系、C9系、スチレン系、ジクロロペンタジエン系、及びこれらの水素添加物等が挙げられる。石油樹脂類の具体例としては、日本ゼオン(株)製「クイントン 1500/1700」等が挙げられる。
本発明の防汚塗料組成物が可塑剤(I)を含有する場合、その含有量は防汚塗料組成物の固形分中、好ましくは0.1~10質量%、より好ましくは0.5~5質量%である。可塑剤(I)の含有量が前記範囲内であると、防汚塗膜の可塑性を良好に保つことができる。
【0058】
<タレ止め剤(J)>
本発明の防汚塗料組成物は、防汚塗料組成物を基材に塗布する際に、該塗料組成物によるタレの発生を低減できるという観点から、タレ止め剤(J)(流れ止め剤ともいう)を含有してもよい。
タレ止め剤(J)としては、アマイドワックス(脂肪酸アマイド等)、水添ヒマシ油ワックスや、これらの混合物、合成微粉シリカ(アエロジル(登録商標)等)等が挙げられ、これらの中でも、アマイドワックス又は合成微粉シリカであることが好ましい。
タレ止め剤(J)としてアマイドワックス又は合成微粉シリカを用いると、防汚塗料組成物の貯蔵安定性を向上させることや、防汚塗膜を形成した後、該防汚塗膜上に同種塗料組成物(防汚塗料組成物)又は異種塗料組成物からなる塗膜(上塗塗膜)を形成した場合、該防汚塗膜と上塗塗膜との間の密着性(層間密着性、塗り重ね性)の低下を防ぐことが可能になるので好ましい。
なお、タレ止め剤(J)の市販品としては、楠本化成(株)製「ディスパロンA630-20X」や伊藤製油(株)製「A-S-A T-250F」が挙げられる。タレ止め剤(J)は、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
本発明の防汚塗料組成物がタレ止め剤(J)を含有する場合、その含有量は、防汚塗料組成物の固形分中、好ましくは0.01~10質量%、より好ましくは0.1~3質量%、さらに好ましくは0.3~2質量%である。
【0059】
<沈降防止剤(K)>
本発明の防汚塗料組成物は、貯蔵中の塗料組成物において沈殿物の発生を防止し、撹拌性を向上する観点から、沈降防止剤(K)を含有してもよい。
沈降防止剤(K)としては、Al、Ca、又はZnのステアレート、ポリエチレンワックス、酸化ポリエチレンワックス等が挙げられ、中でも、酸化ポリエチレンワックスが好ましい。酸化ポリエチレンワックスの市販品としては、楠本化成(株)製「ディスパロン4200-20X」が挙げられる。沈降防止剤(K)は、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
本発明の防汚塗料組成物が沈降防止剤(K)を含有する場合、その含有量は、防汚塗料組成物の固形分中、好ましくは0.01~10質量%、より好ましくは0.1~3質量%、さらに好ましくは0.2~2質量%である。
【0060】
<脱水剤(L)>
本発明の防汚塗料組成物は、貯蔵安定性が良好なシリルエステル系共重合体(A)を含有しているために優れた貯蔵安定性を有するが、必要に応じて脱水剤(L)を添加することによりさらに優れた長期貯蔵安定性を得ることが可能となる。脱水剤(L)としては、無機系脱水剤及び有機系脱水剤が挙げられる。
無機系脱水剤としては、合成ゼオライト、無水石膏及び半水石膏が好ましい。有機系脱水剤としては、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、テトラプロポキシシラン、テトラブトキシシラン、テトラフェノキシシラン、メチルトリエトキシシラン、ジメチルジエトキシシラン及びトリメチルエトキシシラン等のアルコキシシラン類、並びにその部分加水分解縮合物であるポリアルコキシシラン類、並びにオルト蟻酸メチル及びオルト蟻酸エチル等のオルト蟻酸アルキルエステル類が好ましい。特に好ましくはアルコキシシラン類のテトラエトキシシランである。脱水剤(L)は、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
本発明の防汚塗料組成物が脱水剤(L)を含有する場合、その含有量は、防汚塗料組成物の固形分中、好ましくは0.01~10質量%、より好ましくは0.1~3質量%、さらに好ましくは0.15~1質量%である。脱水剤(L)の含有量が前記範囲内であると防汚塗料組成物の貯蔵安定性を良好に保つことができる。
【0061】
<溶剤(M)>
本発明の防汚塗料組成物は、シリルエステル系共重合体(A)等の分散性を向上させ、該塗料組成物の粘度を低く保ち、スプレー霧化性を向上させることを目的として、必要に応じて溶剤(M)を含んでいてもよい。溶剤(M)は、シリルエステル系共重合体(A)を調製する際に使用した溶剤であってもよく、シリルエステル系共重合体(A)と必要に応じてその他の成分とを混合する際に、別途添加された溶剤であってもよい。
【0062】
溶剤(M)としては、芳香族炭化水素系、脂肪族炭化水素系、脂環族炭化水素系、ケトン系、エステル系、アルコール系の有機溶剤を用いることができ、好ましくは芳香族炭化水素系の有機溶剤である。
芳香族炭化水素系の有機溶剤としては、例えば、トルエン、キシレン、メシチレン等が挙げられる。
脂肪族炭化水素系の有機溶剤としては、例えば、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン等が挙げられる。
脂環族炭化水素系の有機溶剤としては、例えば、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、エチルシクロヘキサン等が挙げられる。
ケトン系の有機溶剤としては、例えば、アセチルアセトン、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、炭酸ジメチル等が挙げられる。
エステル系の有機溶剤としては、例えば、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート等が挙げられる。
アルコール系の有機溶剤としては、例えば、イソプロパノール、n-ブタノール、プロピレングリコールモノメチルエーテル等が挙げられる。
溶剤(M)は、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0063】
本発明の防汚塗料組成物が溶剤(M)を含有する場合、防汚塗料組成物中の好ましい含有量は塗料組成物の塗布形態等に応じた所望の粘度によって決定されるが、好ましくは50質量%以下、より好ましくは10~40質量%、さらに好ましくは15~35質量%である。溶剤(M)の含有量が多すぎる場合、タレ止め性の低下等の不具合が発生することがある。
【0064】
[防汚塗料組成物の製造方法]
本発明の防汚塗料組成物は、公知の方法を適宜利用して製造することができる。例えば、シリルエステル系共重合体(A)と、必要に応じて他の成分とを、一度に又は任意の順序で撹拌容器に添加し、公知の撹拌及び混合手段で混合して製造することができる。
なお、各成分を混合した後、最後に、タレ止め剤(J)(例えば、アマイドワックス(ディスパロンA630-20X)等)を添加し、例えば混合物を10~20分間程度撹拌することにより分散させて、防汚塗料組成物を調製することが好ましい。このような調製方法により得られた防汚塗料組成物は、基材に塗布した際に、タレの発生を低減できる。
撹拌及び混合手段としては、ハイスピードディスパー、サンドグラインドミル、バスケットミル、ボールミル、三本ロール、ロスミキサー、プラネタリーミキサー、品川式万能混合撹拌機等が挙げられる。
また、上記のような方法で製造された塗料は、貯蔵安定性に優れるため、長期貯蔵後であっても問題なく使用できる。
【0065】
[防汚塗膜/防汚塗膜付き基材]
本発明の防汚塗膜は、本発明の防汚塗料組成物から形成される。本発明の防汚塗膜は、前記防汚塗料組成物の固形分からなり、例えば、本発明の防汚塗料組成物が溶剤(M)を含む場合であれば、基材上に塗布又は含浸された防汚塗料組成物を、例えば自然乾燥又はヒーター等の乾燥手段を用いて乾燥させる(すなわち、前記溶剤(M)を除去する)ことにより、防汚塗膜を形成することができる。
【0066】
本発明の防汚塗膜付き基材は、少なくとも、基材と、該基材の表面に設けられた本発明の防汚塗膜とから構成されてなる。本発明の防汚塗膜付き基材は、前記防汚塗料組成物を、基材(目的物、被塗装物)に、例えばエアスプレー、エアレススプレー、刷毛、ローラー等の塗装手段を用いて塗布するか、又は含浸させて、基材に塗布された又は含浸された塗料組成物を、例えば自然乾燥(室温程度の温度)又は、ヒーター等の乾燥手段を用いて乾燥させて、基材上に防汚塗膜を形成することにより製造できる。
【0067】
本発明の防汚塗膜の乾燥後の厚さは、防汚塗膜の更新速度や、使用される期間等に応じて任意に選択されるが、例えば30~1,000μm程度が好ましい。この厚さの塗膜を製造する方法としては、塗料組成物を1回の塗布あたり、好ましくは10~300μm、より好ましくは30~200μmの厚さで、1回~複数回塗布する方法が挙げられる。
【0068】
なお、本発明の防汚塗膜付き基材は、前記防汚塗料組成物から形成された防汚塗膜で基材の少なくとも一部の表面が被覆されており、前記防汚塗膜を基材上に有するものである。
【0069】
本発明の防汚塗膜付き基材は、前記のような方法により基材上に前記防汚塗膜を形成することで製造することができる。
本発明の防汚塗膜付き基材の製造方法は特に限定されないが、例えば、本発明の防汚塗料組成物を基材の表面に塗布又は含浸し、塗布体又は含浸体を得る工程(1-1)、及び前記塗布体又は含浸体を乾燥させて防汚塗膜を形成する工程(1-2)を有する製造方法により得ることができる。
前記工程(1-1)において、塗料組成物を基材に塗布する方法は、前述の塗布方法を採用することができる。また、含浸させる方法に特に制限はなく、含浸させるのに十分な量の塗料組成物中に基材を浸すことにより行うことができる。さらに、前記塗布体又は含浸体を乾燥させる方法に特に制限はなく、防汚塗膜を製造する際の方法と同様の方法で乾燥させることができる。
【0070】
また、本発明の防汚塗膜付き基材は、本発明の防汚塗料組成物を乾燥させて防汚塗膜を形成する工程(2-1)、及び前記工程(2-1)で得られた防汚塗膜を基材に貼付する工程(2-2)を有する製造方法により得ることもできる。
工程(2-1)において塗膜を形成する方法に特に制限はなく、防汚塗膜を製造する際の方法と同様の方法により製造することができる。
工程(2-2)において塗膜を基材に貼付する方法に特に制限はなく、例えば、特開2013-129724号公報に記載の方法により貼付することができる。
【0071】
本発明の防汚塗料組成物は、船舶、漁業、水中構造物等の広範な産業分野において、基材の防汚性を長期間にわたって維持するために利用することができる。そのような基材としては、例えば、船舶(コンテナ船、タンカー等の大型鋼鉄船、漁船、FRP船、木船、ヨット等の船体外板、これらの新造船又は修繕船等)、漁業資材(ロープ、漁網、漁具、浮き子、ブイ等)、石油パイプライン、導水配管、循環水管、ダイバースーツ、水中メガネ、酸素ボンベ、水着、魚雷、火力・原子力発電所の給排水口等の水中構造物、海底ケーブル、海水利用機器類(海水ポンプ等)、メガフロート、湾岸道路、海底トンネル、港湾設備、及び運河・水路等における各種海洋土木工事用構造物等が挙げられる。
これらの中でも、基材は、船舶、水中構造物、及び漁業資材よりなる群から選択されることが好ましく、船舶及び水中構造物よりなる群から選択されることがより好ましく、船舶であることがさらに好ましい。
【0072】
本発明の防汚塗料組成物から形成される防汚塗膜を表面に形成する対象の基材は、防錆剤等のその他の処理剤により処理された面や、表面にすでにプライマーやバインダーなどの防食塗膜が形成されているものであってもよく、本発明の防汚塗料組成物及び/又は本発明以外の防汚塗料組成物が既に塗装され、その防汚塗膜が形成されている面に上塗りするものでもよく、本発明に係る防汚塗膜が直接に接する塗膜の種類は特に限定されるものではない。
【0073】
それら基材の材質としては、特に船舶外板では、鋼、アルミニウム、木材、FRP等が挙げられ、漁網等では、天然又は合成繊維が挙げられ、また、浮き子、ブイ等では、合成樹脂製のものが挙げられ、水中にあって防汚性等が求められる基材である限り、その材質は、特に限定されない。
【0074】
これらの基材の表面に、特に基材が船底等の場合には、通常、鋼製基材の表面に防錆塗料等のプライマーを下塗りした後のプライマー処理基材の表面に、上記のような方法で、1回又は複数回、本発明の防汚塗料組成物(防汚塗料)を塗布し、塗布又は含浸(特に、基材が漁網等の場合)させた防汚塗料組成物を乾燥させて防汚塗膜を形成すると、アオサ、フジツボ、アオノリ、セルプラ、カキ、フサコケムシ等の水棲生物の付着を長期間に亘って防止する特性(防汚性、特に静置防汚性)に優れ、特に防汚塗膜に防汚剤成分(例:銅又は銅化合物(C))が含まれる場合、長期に亘って防汚剤成分を徐放することができる。
【0075】
前記防錆塗料としては、ジンク系ショッププライマー、エポキシ樹脂系ジンクリッチプライマー、エポキシ樹脂系防食塗料が挙げられる。前記エポキシ樹脂系防食塗料には、通常、樹脂分のエポキシ系樹脂、エポキシ樹脂用アミン系硬化剤が含まれ、その他に、必要により、熱可塑性樹脂(例:ビニル系共重合体)、ロジン類、可塑剤、体質顔料、着色顔料、防錆顔料、溶剤、硬化促進剤、カップリング剤、タレ止め剤、沈降防止剤などが含まれていてもよい。
【0076】
[旧防汚塗膜補修用防汚塗料組成物/補修方法]
本発明の防汚塗料組成物は、旧防汚塗膜を補修塗装する用途において好適に使用することができる。すなわち、本発明の防汚塗料組成物は、旧防汚塗膜を補修するための旧防汚塗膜補修用であることが好ましい。
本発明は、防汚塗膜の補修塗装用途において、前記基材の表面に旧防汚塗膜を有し、該旧防汚塗膜上に本発明の防汚塗膜を有する、防汚塗膜付き基材を提供することができる。
このような防汚塗膜付き基材の製造方法としては、前記で述べた防汚塗膜付き基材の製造方法において、工程(1-1)又は工程(2-2)で使用する基材として、表面に旧防汚塗膜を有する基材を使用する方法が挙げられる。当該方法により、旧防汚塗膜上に本発明の防汚塗膜が積層されてなる、積層防汚塗膜付き基材を得ることができる。
さらに、本発明は、旧防汚塗膜上に、本発明の防汚塗料組成物から形成される防汚塗膜を形成することによって、旧防汚塗膜を補修する方法を提供する。
本発明の防汚塗料組成物は、旧防汚塗膜の補修塗装時に旧防汚塗膜を除去したり、下地との付着性を向上させる塗料を塗布したりすることなく、旧防汚塗膜上に直接本発明の防汚塗膜を形成することができる。
【0077】
<旧防汚塗膜>
本発明における旧防汚塗膜とは、防汚塗料組成物を乾燥させて得られた塗膜を海水や真水などの水中にある所定の期間曝された後の塗膜を指す。
一般的に船舶の船底部に塗装される防汚塗料は、各々の運航形態に見合った耐用期間を定め、耐用期間経過後に再塗装されることが知られている。具体的な耐用期間としては、漁船やプレジャーボートなどに代表される小型船舶では3ヶ月から6ヶ月である。原油タンカーやコンテナ船などに代表される大型船舶では12ヶ月から90ヶ月である。このように、耐用期間は船舶の航路などの運航形態によって多岐に渡り特に限定されるものではない。本発明において、前記の通り、ある一定期間水中に曝された防汚塗膜を旧防汚塗膜という。また防汚塗料が塗装されている船舶の種類についても日本標準商品分類で示されている、商船(分類番号501)、特殊用途船(分類番号502)、漁船(分類番号503)、艦艇(分類番号504)に分類されるいずれの船舶の種類においても特に限定されるものではない。
【0078】
旧防汚塗膜を形成する防汚塗料組成物としては、本発明のシリルエステル系共重合体(A)を含有する防汚塗料組成物に限らず、例えば、酸価を有さないシリルエステル系共重合体、ポリシロキサンブロック含有加水分解性共重合体、その他バインダー成分(E)に示されるような、金属エステル基含有共重合体及びポリエステル系重合体等から選ばれる少なくとも1種を含有する加水分解型防汚塗料組成物が用いられてもよい。他の態様としては、アクリル系共重合体(アクリル樹脂)又はビニル系重合体をバインダー成分とし、ロジン類及び/又はモノカルボン酸化合物(B)を含有する自己崩壊型(水和型)防汚塗料組成物が用いられてもよい。なお、ポリシロキサンブロック含有加水分解性共重合体を含有する加水分解型防汚塗料組成物としては、国際公開第2018/087846号が参照される。
旧防汚塗膜の厚さは、使用される耐用期間に応じて任意に選択できる。
酸価を有さないシリルエステル系共重合体における、固形分酸価は0.1mgKOH/g未満であり、例えば0mgKOH/gが挙げられる。
水中に曝された旧防汚塗膜の表面は、防汚剤成分が水中に溶出し、細かな空洞のある脆弱層が形成される。この脆弱層は本発明に係るシリルエステル系共重合体(A)を含有する防汚塗料組成物から形成される防汚塗膜に限らず、防汚剤を含有するあらゆる防汚塗料組成物から形成される防汚塗膜においても形成されることが一般的に知られており、特に限定されるものではない。
【実施例】
【0079】
以下、本発明を実施例により、さらに具体的に説明するが、本発明はかかる実施例により何ら制限されるものではない。以下では、特にその趣旨に反しない限り、「部」は質量部の意味である。後述する共重合体、防汚塗料組成物、防汚塗膜等の評価は以下のように行った。
【0080】
[共重合体の分析方法]
<共重合体溶液中の固形分(加熱残分)の含有率の測定方法>
質量の分かっている金属製試験皿に共重合体溶液を量りとり、底面に広げ、温度105~110℃に保った恒温槽に入れて3時間加熱し、取り出して室温まで冷やしたのち、再び質量を量って、金属製試験皿の中の残量を求めた。固形分の含有率(質量%)は次式によって計算した。
固形分の含有率(質量%)=金属製試験皿の中の残量(g)×100/量りとった共重合体溶液の質量(g)
【0081】
<共重合体溶液中の樹脂(固形分)酸価の測定方法>
シリルエステル系共重合体の酸価の測定方法は以下の通りである。
まず、試料であるシリルエステル系共重合体溶液2.0gをビーカーに秤量した(秤量した重さ:p(g))。次に、このビーカーに以下に示した希釈液60mLを量りとり、シリルエステル系共重合体溶液を希釈した。その後、以下に示した装置と滴定溶液(モル濃度:s(mol/L)、ファクター:f)を用いシリルエステル系共重合体(A)混合溶液の電位差滴定を行い、滴定曲線の最大傾斜点を終点(滴定量:q(mL))とした。
同様の操作でブランクの測定を行い(滴定量:r(mL))、以下の式に従って固形分酸価を算出した。
なお、本測定により得られた酸価は溶液酸価であるため、シリルエステル系共重合体(A)の固形分で除する必要がある。
【0082】
希釈液:トルエン:エタノール:超純水=100:95:5(体積比)で混合した溶液
装置:「自動滴定装置CPM-1750」(平沼産業(株)製)
滴定溶液:エタノール性水酸化カリウム溶液(純正化学(株)製)(s=0.1mol/L,f=1.001、又はs=0.01mol/L,f=1.005)
【0083】
測定固形分酸価(mgKOH/g)={(q-r)×s×56.11×f}÷(p×共重合体溶液中の固形分の含有率÷100)
f: 水酸化カリウム溶液のファクター
p: シリルエステル系共重合体(A)溶液を秤量した重さ(単位:g)
q: 滴定曲線の最大傾斜点を終点とした滴定量(単位:mL)
r: ブランク測定の滴定量(単位:mL)
s: 滴定溶液のモル濃度(単位:mol/L)
【0084】
<共重合体の重量平均分子量(Mw)の測定方法>
共重合体の重量平均分子量(Mw)を下記条件でゲル透過クロマトグラフィー(GPC)を用いて測定した。
GPC測定条件
装置:「HLC-8320GPC」(東ソー(株)製)
カラム:「TSKgel guardcolumn SuperMP(HZ)-M+TSKgel SuperMultiporeHZ-M+TSKgel SuperMultiporeHZ-M」(東ソー(株)製)
溶離液:テトラヒドロフラン(THF)
流速:0.35mL/min
検出器:RI
カラム恒温槽温度:40℃
検量線:標準ポリスチレン及びスチレン単量体
サンプル調製法:各製造例で得られた共重合体溶液にTHFを加えて希釈した後、メンブレンフィルターで濾過して得られた濾液をGPC測定サンプルとした。
【0085】
<共重合体溶液の粘度の測定方法>
共重合体溶液の粘度を下記条件でE型粘度計を用いて測定した。
粘度測定条件
装置:「TVE-25形粘度計 TV-25」(東機産業(株)製)
使用ロータ:標準ロータ(1°34´×R24)
測定温度:25℃
【0086】
[防汚塗料組成物及び塗膜の評価]
<塗膜試験板の作製方法>
(旧防汚塗膜試験板の作製方法)
サンドブラスト板(300mm×100mm×2.3mm)上に、エアスプレーを用いて、エポキシ系塗料(エポキシAC塗料、商品名「バンノー500」中国塗料(株)製)を乾燥膜厚で150μmになるように塗布し、23℃にて1週間乾燥させて硬化塗膜を形成させた。次いで、該硬化塗膜上にエアスプレーを用いて、ビニルバインダー塗料(商品名「シルバックスSQ-K」、中国塗料(株)製)を乾燥膜厚で40μmになるように塗布し、23℃にて24時間乾燥させた。
次いで、上記ビニルバインダー塗料から形成された乾燥塗膜表面に、比較例1で示される防汚塗料組成物を乾燥膜厚で200μmになるように塗布し23℃にて1週間乾燥させて防汚塗膜を形成し、防汚塗膜試験板を作製した。
この防汚塗膜試験板を、広島県廿日市市沖の瀬戸内海に水面400mm以下に、静置状態で12ヵ月間懸垂浸漬した。
浸漬開始から12ヶ月後に、上記防汚塗膜試験板を海水から引き上げ、高圧水洗(圧力:6.9MPa)を実施し、23℃にて24時間乾燥させることで旧防汚塗膜試験板を作製した。なお、以下の説明において旧防汚塗膜を「旧塗膜」ともいう。
【0087】
(防汚塗膜付き試験板の作製方法)
(1)旧塗膜上の防汚塗膜付き光沢評価試験板の作製方法
実施例及び比較例で製造された各塗料組成物を、アプリケーターを用いて、乾燥膜厚で150μmとなるように旧塗膜試験板の旧防汚塗膜の表面に塗布して、23℃にて72時間乾燥させて防汚塗膜を形成し、旧塗膜上の防汚塗膜付き光沢評価試験板を作製した。
【0088】
(2)旧塗膜上の防汚塗膜付き50℃促進劣化試験板の作製方法
実施例及び比較例で製造された各塗料組成物を、アプリケーターを用いて、乾燥膜厚で300μmとなるように旧塗膜試験板の旧塗膜の表面に塗布して、23℃にて7日間乾燥させて防汚塗膜を形成し、旧塗膜上の防汚塗膜付き50℃劣化促進試験板を作製した。
【0089】
(3)旧塗膜上の防汚塗膜付き静置防汚性試験板の作製方法
実施例及び比較例で製造された各塗料組成物を、アプリケーターを用いて、乾燥膜厚で150μmとなるように旧塗膜試験板の旧塗膜の表面に塗布して、23℃にて7日間乾燥させて防汚塗膜を形成し、旧塗膜上の防汚塗膜付き静置防汚性試験板を作製した。
【0090】
(4)エポキシ塗膜上の防汚塗膜付き静置防汚性試験板の作製方法
サンドブラスト板(300mm×100mm×2.3mm)上に、エアスプレーを用いて、エポキシ系塗料(エポキシAC塗料、商品名「バンノー500」中国塗料(株)製)を乾燥膜厚で150μmになるように塗布し、硬化塗膜を形成させた。次いで、該硬化塗膜上にエアスプレーを用いて、エポキシ系バインダー塗料(商品名「バンノー500N」、中国塗料(株)製)を乾燥膜厚で100μmになるように塗布してエポキシ塗膜を形成した。
上記実施例及び比較例の各塗料組成物を、アプリケーターを用いて、乾燥膜厚で150μmとなるように上記エポキシ塗膜の表面に塗布して、23℃にて7日間乾燥させて防汚塗膜を形成し、エポキシ塗膜上の防汚塗膜付き静置防汚性試験板を作製した。
【0091】
<防汚塗膜の光沢評価方法>
(1)にて作製した試験板の旧塗膜上に形成された防汚塗膜の鏡面光沢度を測定した。測定はJIS Z 8741:1997に基づき実施し、以下のように評価を行った。また、測定は、(株)東洋精機製作所/BYKガードナー・マイクロ-トリ-グロスを用いて実施した。
測定した85度光沢度の数値を以下の通り点数化を行った。
【0092】
(評価基準)
0:85度光沢度が、25以上である。
1:85度光沢度が、25未満20以上である。
2:85度光沢度が、20未満15以上である。
3:85度光沢度が、15未満10以上である。
4:85度光沢度が、10未満である。
【0093】
<旧塗膜上の防汚塗膜付き50℃促進劣化試験板(塗膜外観の評価)>
(2)で作製した旧塗膜上の防汚塗膜付き試験板を50℃の人工海水に浸漬し、浸漬開始から1ヶ月毎に、下記評価基準に基づいて塗膜外観を調査した。
旧塗膜上の防汚塗膜付き試験板の防汚塗膜面を目視で割れの度合いを観察し、JIS K5600-8-4:1999に準拠して、下表に示すように割れの密度等級付けを行った。前記外観評価により、防汚塗膜及び防汚基材の長期耐久性を評価することができる。(評価基準)
評価点:割れの密度の等級
0:割れがない
1:密度1
2:密度2
3:密度3
【0094】
<旧塗膜試験板上の防汚塗膜静置防汚性試験板評価方法>
(3)、(4)にて作製した旧塗膜上の防汚塗膜付き静置防汚性試験板とエポキシ塗膜上の防汚塗膜付き静置防汚性試験板を、広島県廿日市市沖の瀬戸内海に水面400mm以下に、懸垂浸漬し静置状態とし、浸漬開始から1ヶ月毎に、試験板の海水常時没水部の防汚塗膜の全面積を100%とした場合における、防汚塗膜上の水棲生物が付着している部分の面積(以下「付着面積」ともいう。)(%)について測定し、下記評価基準に基づいて静置防汚性を評価した。
(評価基準)
0 :付着面積が1%未満である。
0.5:付着面積が1%以上~10%未満である。
1 :付着面積が10%以上~20%未満である。
2 :付着面積が20%以上~30%未満である。
3 :付着面積が30%以上~40%未満である。
4 :付着面積が40%以上~50%未満である。
5 :付着面積が50%以上~100%である。
【0095】
<揮発性有機化合物(VOC)評価>
(1)揮発性有機化合物(VOC)質量測定
下記の塗料比重及び質量NVの値を用いて下式から算出した。
VOC(g/L)=塗料比重×1000×(100-質量NV)/100。
(2)比重
25℃において、内容積が100mLの比重カップに充満した防汚塗料組成物の質量を量ることにより、比重(塗料比重)を測定した。
(3)加熱残分(質量NV)
防汚塗料組成物1gを平底皿に量り採り、質量既知の針金を使って均一に広げ、125℃で1時間乾燥後、残渣及び針金の質量を量り、加熱残分(質量%)を算出した。
【0096】
<初期粘度(製造後1週間)評価>
実施例及び比較例で製造された各防汚塗料組成物を製造直後に25℃の恒温室内に1週間放置し、25℃における貯蔵後の粘度(単位:KU)を、JIS K 5600:2014に基づいてストーマ粘度計を用いて測定した。
【0097】
<スプレー作業性>
実施例及び比較例で製造された各防汚塗料組成物を23℃に保ち、エアレススプレーで噴霧することで、スプレーパターンの広がりを目視により確認した。また評価は以下の基準に従って実施した。
(評価基準)
A:防汚塗料組成物を、エアレススプレーを用いて基材に塗装した際に、防汚塗料組成物が微細な粒子として霧状で噴霧され、かつ、スプレーパターンがスジ等を生じることなく、均一なパターンであり、霧化性が良好である。
B:防汚塗料組成物を、エアレススプレーを用いて基材に塗装した際に、防汚塗料組成物が微細な粒子として霧状で噴霧され、スプレーパターンは広がるが、わずかながらテールが認められる。
C:防汚塗料組成物を、エアレススプレーを用いて基材に塗装した際に、防汚塗料組成物が微細な粒子として霧状で噴霧され、スプレーパターンは広がるが、テールが認められる。
D:防汚塗料組成物を、エアレススプレーを用いて基材に塗装した際に、防汚塗料組成物が微細な粒子として霧状で噴霧され、スプレーパターンは広がるが、パターン幅が狭く、霧化性が不良である。
E:防汚塗料組成物を、エアレススプレーを用いて基材に塗装した際に、防汚塗料組成物が微細な粒子として霧状で噴霧されず、スプレーパターンが全く広がらず塗装が不可能であり、霧化しない。
なお、「テール」とは、スプレーパターンの両端に太い線が生じる現象である。
【0098】
<共重合体溶液の合成:製造例A1>
反応は常圧、窒素雰囲気下で行った。撹拌機、還流冷却器、温度計、窒素導入管及び滴下ロートを備えた反応容器に、キシレン 428.6部とトリイソプロピルシリルメタクリレート(TIPSMA) 100部を仕込み、撹拌機で撹拌しながら、液温が80℃になるまで加熱した。反応容器内の液温を80±5℃に維持しながら、TIPSMA 500部、2-メトキシエチルメタクリレート(MEMA) 250部、メチルメタクリレート(MMA) 98部、ブチルアクリレート(BA) 50部、メタクリル酸(MAAc) 2部、及び2,2’-アゾビスイソブチロニトリル(AIBN) 13部からなる混合物を、滴下ロートを用いて2時間かけて反応容器内に滴下した。滴下終了後、反応液を80℃で1時間、80~95℃で1時間30分撹拌した。その後、95℃を保ちながら反応液にAIBN 1部を30分毎に4回添加し、105℃まで液温を上昇させ重合反応を完結した。次いで反応容器内にキシレン 238部を添加し、液が均一になるまで撹拌して共重合体溶液(A1)を得た。各種物性値を表1に示す。
【0099】
<共重合体溶液の合成:製造例A2~A7、A10~A17、A19~A21及び比較用製造例Z1、Z3~Z6>
製造例A1において使用したモノマー混合物の代わりに、表1、2に示した組成を有するモノマー混合物を使用し、適宜反応温度、滴下時間、開始剤量などを調整しつつ、製造例A1と同様の方法で反応を行うことにより、共重合体溶液(A2)~(A7)、(A10)~(A17)、(A19)~(A21)及び(Z1)、(Z3)~(Z6)を得た。各種物性値を表1、2に示す。
【0100】
<共重合体溶液の合成:製造例A8>
反応は常圧、窒素雰囲気下で行った。撹拌機、還流冷却器、温度計、窒素導入管及び滴下ロートを備えた反応容器に、キシレン 428.6部とTIPSMA 100部を仕込み、撹拌機で撹拌しながら、液温が80℃になるまで加熱した。反応容器内の液温を80±5℃に維持しながら、TIPSMA 500部、MEMA 250部、MMA 95部、BA 50部及びAIBN 12.5部からなる混合物を、滴下ロートを用いて2時間かけて反応容器内へ滴下すると同時に、4,4’-アゾビス-4-シアノ吉草酸 0.5部を10分毎に10回反応容器内へ添加した。滴下終了後、反応液を80℃で1時間、80~95℃で1時間30分撹拌した。その後、95℃を保ちながら反応液にAIBN 1部を30分毎に4回添加し、105℃まで液温を上昇させ重合反応を完結した。次いで反応容器内にキシレン 238部を添加し、液が均一になるまで撹拌して共重合体溶液(A8)を得た。各種物性値を表1に示す。
【0101】
<共重合体溶液の合成:製造例A9>
反応は常圧、窒素雰囲気下で行った。撹拌機、還流冷却器、温度計、窒素導入管及び滴下ロートを備えた反応容器に、キシレン 538.5部を仕込み、撹拌機で撹拌しながら、液温が80℃になるまで加熱した。反応容器内の液温を80±5℃に維持しながら、TIPSMA 500部、MEMA 300部、MMA 95部、BA 100部、MAAc 5部及びAIBN 13部からなる混合物を、滴下ロートを用いて2時間かけて反応容器内へ滴下した。滴下終了後、反応液を80℃で1時間、80~95℃で1時間30分撹拌した。その後、95℃を保ちながら反応液にAIBN 1部を30分毎に4回添加し、105℃まで液温を上昇させ重合反応を完結した。次いで反応容器内にキシレン 128.1部を添加し、液が均一になるまで撹拌して共重合体溶液(A9)を得た。各種物性値を表1に示す。
【0102】
<共重合体溶液の合成:製造例A18及び比較用製造例Z2>
製造例A9において使用したモノマー混合物の代わりに、表1、2に示した組成を有するモノマー混合物を使用し、適宜反応温度、滴下時間、開始剤量等の反応条件を調整しつつ、製造例A9と同様の方法で反応を行うことにより、共重合体溶液(A18)及び(Z2)を得た。各種物性値を表1、2に示す。
【0103】
【0104】
【0105】
【0106】
【0107】
なお、表1及び表2中で使用している略称の意味は以下の通りである。
TIPSMA:トリイソプロピルシリルメタクリレート
MEMA:2-メトキシエチルメタクリレート
MEA:2-メトキシエチルアクリレート
MMA:メチルメタクリレート
BA:n-ブチルアクリレート
MAAc:メタクリル酸
AAc:アクリル酸
VSA-H:商品名、旭化成ファインケム(株)製、ビニルスルホン酸
TIPSA:トリイソプロピルシリルアクリレート
【0108】
下記の防汚塗料組成物の調製に用いた各配合成分を表3に示す。
【0109】
【0110】
<防汚塗料組成物の調製:実施例1>
ポリ容器に、溶剤としてのキシレン 8.5質量部、ソルベッソNo.100(芳香族系炭化水素溶剤、エクソンモービル社製) 1.0質量部、ガムロジン 2.5質量部、エチルシリケート28 0.5質量部、及び共重合体溶液(A1) 21質量部を添加して、各成分が均一に分散又は溶解するまでペイントシェーカーを用いて混合した。その後、さらにポリ容器に、タルク 4質量部、酸化亜鉛 4質量部、亜酸化銅(NC-301) 50質量部、赤色弁柄 1.5質量部、酸化チタン 2.5質量部、銅ピリチオン(Copper Omadine Powder) 2質量部、及び酸化ポリエチレン(ディスパロン4200-20X) 1.0質量部を添加して、1時間ペイントシェーカーを用いて撹拌してこれらの成分を分散させた。
【0111】
分散後、さらに脂肪酸アマイド(ディスパロンA630-20X) 1.5質量部を添加して、20分間ペイントシェーカーを用いて撹拌した後、混合物を濾過網(目開き:80メッシュ)で濾過して、残渣を除いて濾液(塗料組成物Aa1)を得た。得られた塗料組成物Aa1の各種特性を評価した。結果を表6に示す。
【0112】
<防汚塗料組成物の調製:実施例2~28及び比較例1~7、10、11>
配合成分の種類及び量を表4、表5に示されるように変更したことを除いては実施例1と同様にして、防汚塗料組成物を調製し、各種特性を評価した。結果を表6、表7に示す。なお、表6、表7で示される塗料組成物Aa2~Aa28及び塗料組成物Zz1~Zz7は、それぞれ、実施例2~28及び比較例1~7、10、11で得られた防汚塗料組成物を表す。
【0113】
<防汚塗料組成物の調製:比較例8~9>
配合成分の種類及び量を表5に示されるように変更し、メタクリル酸を共重合体溶液と同時に添加したことを除いては実施例1と同様にして、塗料組成物を調製し、各種特性を評価した。結果を表7に示す。なお、表7で示される塗料組成物Zz8~Zz9は、比較例8~9で得られた塗料組成物を表す。表5中で使用している略称MAAcは、メタクリル酸を意味する。
【0114】
【0115】
【0116】
【0117】
【0118】
【0119】
【0120】
【0121】
【0122】
実施例及び比較例の結果より明らかなように、本発明によれば、長期間水中に暴露され防汚剤成分が溶出した脆弱な層を含む旧防汚塗膜上に直接塗装しても、塗膜に求められる美観性を保ち、長期防汚性能に優れた防汚塗膜を形成できることが分かる。さらに、本発明によれば、優れた美観性(光沢)や防汚性を発揮する防汚塗膜付き基材を提供することができる。