(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-02
(45)【発行日】2022-12-12
(54)【発明の名称】移動用車
(51)【国際特許分類】
B62B 5/02 20060101AFI20221205BHJP
A61H 3/04 20060101ALI20221205BHJP
【FI】
B62B5/02 Z
A61H3/04
(21)【出願番号】P 2018021440
(22)【出願日】2018-02-08
【審査請求日】2020-12-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000000505
【氏名又は名称】アロン化成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100121821
【氏名又は名称】山田 強
(74)【代理人】
【識別番号】100139480
【氏名又は名称】日野 京子
(72)【発明者】
【氏名】土井 健史
(72)【発明者】
【氏名】林田 良太
【審査官】川村 健一
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-007855(JP,A)
【文献】特開2006-341670(JP,A)
【文献】特開2005-118153(JP,A)
【文献】独国特許出願公開第102005008879(DE,A1)
【文献】実開平05-056502(JP,U)
【文献】米国特許第05581843(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62B 5/02
A61H 3/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
前輪を有するキャスタと、前記前輪より後方に配置された後輪と、使用者が握る持ち手と、を備える移動用車であって、
前記キャスタは、前記前輪を後方へ回動可能に支持する回動機構を備え、
前記回動機構により前記前輪を後方へ回動させる前において側面からみて、前記前輪を前進させる場合に前記前輪を回転させる前輪回転軸と、前記前輪を後方へ退避するようにして回動させる前記回動機構の退避回動軸とを結ぶ仮想直線が、上方を後方へ傾けた斜め後方に向いており、
前記仮想直線と前記移動用車の接地面とによって形成される前記移動用車の後方の角度が、60~80度の範囲内に設定されており、
側面からみて、前記仮想直線より後方に前記持ち手の少なくとも一部が配置され
、
前記持ち手は、側面からみて、前記仮想直線の延長線上に配置されていることを特徴とする移動用車。
【請求項2】
前記角度が65~75度の範囲内にある、請求項
1に記載の移動用車。
【請求項3】
前記角度が略70度である、請求項
1に記載の移動用車。
【請求項4】
前記持ち手は、後方へ延びるハンドルであり、
側面からみて、前記仮想直線の延長線上に前記ハンドルの前端部が配置されている、請求項1~
3のいずれか1項に記載の移動用車。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、移動用車に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、高齢者等が買い物や散歩等を行う際の歩行を補助したり、荷物を運搬したりするための補助具として移動用車が知られている。例えば高齢者等の歩行補助具としての移動用車は、一般に、前後の脚部に車輪を備え、本体フレームの上端部に持ち手を備えている。使用者は、持ち手を握って前方へ押すことにより、移動用車によって身体が支持された状態で安全に歩行することが可能となる。
【0003】
使用者が移動用車を用いて歩行する際には、路面上の段差(例えば、車道と歩道との段差や、マンホールと路面との段差等)を車輪が乗り越えなければならないことがある。そこで従来、車輪が段差を乗り越えやすくするための構造を備えた移動用車が種々提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
特許文献1には、車輪(前輪)を支持する車輪ホルダと、補助輪を支持するメインホルダとがサスペンションによって前後方向に接続されたキャスタを備える歩行補助器が開示されている。この特許文献1の移動用車は、車輪が段差に当接した際には、段差に引っ掛かった車輪が、サスペンションの付勢力に抗して、補助輪に対し車輪ホルダごと後方へ移動可能に構成されている。このとき、補助輪は段差の上段に接地し、使用者が移動用車をさらに前進させることにより、車輪が段差を乗り越え可能になっている。また、車輪が段差を乗り越えた後は、サスペンションの付勢力により、車輪が車輪ホルダごと前方に引き戻されて初期位置に戻される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載の移動用車において、車輪がスムーズに段差を乗り越えるようにするには、車輪が段差に当接したときに車輪を後方へ回動させる必要がある。しかしながら、車輪が後方へ回動されやすくすると、段差の乗り越え時以外の状況(例えば、平坦面を走行している通常走行時)において、車輪が意図せず後方に回動してしまい、移動用車の前進が妨げられる等の不都合が生じることが懸念される。また、こうした不都合を回避するべく、車輪が後方へ回動されにくくすると、段差を乗り越えようとしたときに車輪が後方へ回動せず、段差をスムーズに乗り越えることができないおそれがある。この場合、使用者は、大きな力で持ち手を前方へ押したり、移動用車の前方を持ち上げたりして段差を乗り越えることが必要になり、使用者に過度の負荷がかかってしまうことが懸念される。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、車輪を後方へ回動させて段差を乗り越える構造において、段差の乗り越え時には、車輪を後方へ簡単に回動させることができる一方、段差の乗り越え時以外においては、車輪が不意に後方へ回動しないようにすることができる移動用車を提供することを主たる目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決すべく、第1の構成の移動用車は、前輪と、前記前輪より後方に配置された後輪と、使用者が握る持ち手と、を備える移動用車であって、前記前輪を後方へ回動可能に支持する回動機構を備え、前記回動機構により前記前輪を後方へ回動させる前において側面からみて、前記前輪を前進させる場合に前記前輪を回転させる前輪回転軸と、前記前輪を後方へ退避するようにして回動させる前記回動機構の退避回動軸とを結ぶ仮想直線が、上方を後方へ傾けた斜め後方に向いており、前記仮想直線と前記移動用車の接地面とによって形成される前記移動用車の後方の角度が、60~80度の範囲内に設定されており、側面からみて、前記仮想直線より後方に前記持ち手の少なくとも一部が配置されていることを特徴とする。
【0009】
本発明者らは、前輪回転軸と退避回動軸とを結ぶ仮想直線(以下、「仮想直線B」ともいう。)が、移動用車の接地面に対して所定角度範囲で後方に傾斜していることにより、通常走行時において前輪が後方へ回動しにくくなること、及び、仮想直線Bより後方に持ち手の少なくとも一部が配置されることにより、段差に前輪が当接した際に前輪が後方へ回動されやすくなることを見出した。
【0010】
すなわち、仮想直線Bと移動用車の接地面とによって形成される移動用車の後方の角度αを大きくした場合(例えば、90度とした場合)、使用者が持ち手を握って移動用車を前進させている際に、移動用車の全体が前倒れしやすく、また、地面上の小さな凹凸(例えば、小石や、アスファルトの凹凸等)が前輪の外周面に当たった際には、その凹凸からの反発力により前輪が簡単に後方に回動しやすくなる。このため、前輪が意図せず後方に回動してしまうおそれがある。一方、角度αを小さくした場合(例えば、30度とした場合)、段差に前輪が当接した際に、段差からの反発力により前輪が後方へ回動しようとしても、その回動が車輪の接地面によって規制されてしまうことが想定される。この場合、段差を乗り越えようとしたときに前輪が後方へ回動せず、段差をスムーズに乗り越えることができないおそれがある。また、持ち手が仮想直線Bに対し前方に出過ぎると、前輪に対して上方からの力が大きく作用し、前輪が後方に回動しにくくなる。
【0011】
こうした点に着目し、上記構成とすることにより、段差の乗り越え時には、前輪が後方へ簡単に回動するようにできる一方、段差の乗り越え時以外には、前輪が不意に後方へ回動しないようにすることができる。
【0012】
第2の構成の移動用車は、側面からみて、前記仮想直線の延長線上に前記持ち手が配置されていることを特徴とする。この構成によれば、持ち手の前後方向の位置を、上記効果を得るための適切な位置に配置しやすく、段差の乗り越え時には、前輪が後方へ簡単に回動するようにし、段差の乗り越え時以外には、前輪が不意に後方へ回動しないようにするといった効果を両立する上で好適である。
【0013】
第3の構成の移動用車は、第1及び第2の構成において、前記角度が65~75度の範囲内にあることを特徴とする。また、第4の構成の移動用車は、第2及び第2の構成において、前記角度が略70度であることを特徴とする。
【0014】
第5の構成の移動用車は、前記持ち手は、後方へ延びるハンドルであり、側面からみて、前記仮想直線の延長線上に前記ハンドルの前端部が配置されていることを特徴とする。
【0015】
本発明の移動用車を、例えば高齢者等の歩行補助具として用いる場合、足腰の弱い者の歩行を補助するという性質上、使用者は、ハンドルの前端部付近をしっかりと握って移動用車を前方へ進ませることが想定される。この場合、ハンドルの前端部が、使用者によって移動用車を押す力が加えられる前後方向の位置の基準になる。そこで、持ち手のうちハンドルの前端部を基準にして配置するようにすれば、上記効果を得るための移動用車の設計がしやすく好適である。
【0016】
第6の構成の移動用車は、前輪と、前記前輪より後方に配置された後輪と、使用者が握る持ち手と、を備える移動用車であって、前記前輪を後方へ回動可能に支持する回動機構を備え、側面からみて、前記前輪を前進させる場合に前記前輪を回転させる前輪回転軸と、前記前輪を後方へ退避するようにして回動させる前記回動機構の退避回動軸と、前記持ち手とが、前記回動機構により前記前輪を後方へ回動させる前において一直線上に配置されていることを特徴とする。この構成によれば、段差の乗り越え時には、前輪が後方へ簡単に回動するようにできる一方、段差の乗り越え時以外には、前輪が不意に後方へ回動しないようにすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図4】軸ホルダ、車輪ホルダ及びカムホルダが組み付けられた状態を示す側面図。
【
図5】
図4のうち、車輪保持部による車輪保持部分を拡大して示す一部拡大側面図。
【
図6】
図4のうち、回転規制体の取付け部分を拡大して示す一部拡大側面図。
【
図7】キャスタの前後が反転した状態を示す側面図。
【
図8】
図4のうち、ロック部材について拡大して示す側面図。
【
図9】左側のカム板を左側方から見た場合の側面図。
【
図10】カム板を回動可能に保持する構成を示す斜視図。
【
図11】左右の移動体を示す側面図及び正面図であり、(a)は左移動体を、(b)は右移動体を示している。
【
図12】カムホルダの下端部を示す図であり、(a)は正面図、(b)は挿入筒部のみを拡大して示す側面図である。
【
図13】カム板が回転した場合におけるカムホルダ内部を示す斜視図であり、(a)は90度回転した状態、(b)は180度回転した状態、(c)は270度回転した状態を示している。
【
図14】第1段差を乗り越えるキャスタの動作を段階的に説明する説明図であり、(a)は上側角部がロック部材に当たった様子、(b)はロックが解除される様子、(c)はカムホルダが分離してカム板が接地する様子を示している。
【
図15】第1段差を乗り越えるキャスタの動作を段階的に説明する説明図であり、(a)はカムホルダがさらに離間してカム板の回転が進行した様子、(b)は前輪が持ち上げられて車輪ホルダが基本位置に復帰する様子、(c)は基本状態に復帰した様子を示している。
【
図16】第2段差を乗り越えるキャスタの動作を段階的に説明する説明図であり、(a)は車輪の移動が規制された様子、(b)はカム板が接地する様子、(c)はカム板の回転が進行した様子を示している。
【
図17】第2段差を乗り越えるキャスタの動作を段階的に説明する説明図であり、(a)は前輪が持ち上げられた様子、(b)は基本位置に復帰した様子を示している。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、移動用車を、高齢者等の歩行を補助するための歩行車に具体化した一実施形態について、図面を参照しながら説明する。
【0019】
はじめに、
図1を参照して歩行車10についてその基本構成を説明する。
図1は、歩行車10を示す側面図である。以下では、
図1の紙面おける左右方向を前後方向とし、
図1の紙面に直交する方向を左右方向として特定する。また、特に説明がない場合、平坦な地面に車輪が接地されている通常時の歩行車10の構成をいうものとする。
【0020】
図1に示すように、歩行車10は、使用者が持ち手を握って前方へ押すことにより移動する手押し車であり、フレーム11と、前方側に設けられたキャスタ12と、後輪13と、ハンドル14と、ブレーキ機構15とを有している。フレーム11をはじめとするこれら各部材11~15は左右一対設けられており、いずれも同一の構成かつ寸法を備えている。左右一対の各部材11~15は、両者の間に設けられた連結部材16により、所定間隔を隔てた状態で連結されている。そのため、歩行車10は、全部で4つの車輪を有する4輪車となっている。なお、
図1は側面図であるため、
図1では、左右一対の各部材11~15は、左側のものだけが示されている。
【0021】
フレーム11は、アルミニウム等の軽金属製であり、車輪支持フレーム21とハンドルフレーム22とを有している。車輪支持フレーム21は、前方側において前後方向に水平に延びており、後方側においては下方に向かって斜めに延びている。水平な前部21aの後端部には、ハンドルフレーム22が連結されている。ハンドルフレーム22は、第1フレーム23と第2フレーム24とを有している。
【0022】
第1フレーム23は、ハンドルフレーム22の下部を構成する金属製の筒状体であり、その下端部が車輪支持フレーム21に連結されている。第1フレーム23は、その下端部より、斜め後方へ傾いた状態で上方に延びている。第1フレーム23の下端側には、折れ曲がり部22aが設けられている。第1フレーム23は、折れ曲がり部22aよりも上側では、下側よりも、第1フレーム23の地面Gに対する傾きがきつくなっている。第2フレーム24は、ハンドルフレーム22の上部を構成する金属製の棒材であり、第1フレーム23に対して、入れ子式で上方から差し込まれている。第1フレーム23に対する第2フレーム24の差込量を調整することにより、ハンドルフレーム22の上下方向の長さを調整することが可能となっている。
【0023】
キャスタ12は、車輪支持フレーム21の前端部に設けられている。キャスタ12は、車輪(以下「前輪31」という。)と、鉛直方向に延びる金属製の取付け軸32とを有している。キャスタ12は、取付け軸32の軸線方向を回転中心とした回転自在となる状態で、車輪支持フレーム21に取り付けられている。
【0024】
後輪13は、車輪支持フレーム21の後端部に取り付けられている。車輪支持フレーム21の後端部には、左右方向に延びる回転軸部13aが設けられており、後輪13は回転軸部13aを中心として回転可能となっている。後輪13は、キャスタ12が有する前輪31よりも大きい径を有している。
【0025】
ハンドル14は、硬質樹脂により形成され、ハンドルフレーム22の上端部(すなわち、第2フレーム24の上端部)に設けられている。ハンドル14は、使用者が歩行車10を移動させる際に握る部分であり、「持ち手」に相当する。ハンドル14には、使用者がつかみやすいように軟質樹脂のカバーが取り付けられている。ハンドル14は、その前端部14aが、ハンドル基部25を介して第2フレーム24の上端部に連結されている。ハンドル基部25は、弧状をなすように(より具体的には、上方にいくほど後方に位置するように)湾曲して形成されている。ハンドル14は、ハンドル基部25の後端部より後方に向かって延びており、より具体的には、後方に向かって水平方向に延びている。ハンドル14の後端は、後輪13の後端より前方に位置しており、さらに、後輪13の前端より後方に位置している。本実施形態では、ハンドル14の後端は、後輪13の回転軸部13aの位置又はそれより前方に位置している。ハンドル14の前後方向の長さLhは、歩行車10の使用者として想定している65~79歳の女性の掌の大きさを考慮して、15~30cmとされており、より具体的には20cmとされている。
【0026】
ハンドル14は、第2フレーム24を上下方向にスライドさせてハンドルフレーム22の長さを調整することにより、使用者の身長等に合わせてハンドル高さを調整することが可能となっている。ハンドル14の高さ、すなわち、歩行車10の下端からハンドル14の上端までの高さHは、使用者がハンドル14を握って前進する際に前傾姿勢になるのを抑制可能な高さに設定されている。具体的には、ハンドル14の高さHは、歩行車10の使用者として想定している65~79歳の女性の人体寸法を考慮して、60~95cmの範囲内で段階的に(例えば4~6段階に)調整可能とされており、好ましくは、67~86cmの範囲内で段階的に調整可能とされている。これにより、ハンドル14を握った使用者の押す力が前方かつ斜め下方に作用して、前輪31に適度に力がかかるようにすることができる。このため、段差乗り越え時において安定した走行が可能となる。なお、
図1には、ハンドル14につき、高さ調整可能な範囲のうち最も高い位置(最大高さ位置)にハンドル14が配置されている状態を示している。
【0027】
ブレーキ機構15は、ブレーキレバー15aと、ブレーキ作動部15bと、ブレーキワイヤ15cとを有している。ブレーキレバー15aは、ハンドル14の下方に設けられている。ブレーキ作動部15bは、後輪13に設けられ、ブレーキワイヤ15cによりブレーキレバー15aと連結されている。ハンドル14を持った手でブレーキレバー15aを握り、ブレーキレバー15aを上方へ移動操作させることにより、ブレーキ作動部15bによる後輪13の回転が規制される。なお、ブレーキ機構15は、ブレーキレバー15aを下方へ移動させることにより後輪13がロックされる機能も備えている。
【0028】
以上が歩行車10の基本構成である。使用者がハンドル14を握って歩行車10を前方に向かって押すと、左右にそれぞれ設けられたキャスタ12の前輪31及び後輪13が回転し、歩行車10は前方へ移動する。歩行車10が前方へ移動中に、使用者が左右のブレーキレバー15aを握ると、左右の後輪13の回転が規制され、歩行車10が停止する。このようにして、使用者は、歩行車10を歩行時の補助として用いることができる。
【0029】
なお、連結部材16の上方には座部17が設けられ、使用者は、後輪13をロックした状態で座部17に腰掛け、歩行車10を椅子代わりに用いることが可能となっている。左右のハンドル14の下方において、第2フレーム24の間には、上方から見て弧状をなす姿勢保持ベルト18が架け渡されている。姿勢保持ベルト18は、座部17に腰掛けた際の背もたれとして機能する。また、座部17の前方には、左右のフレーム11の間に収納バッグ19が設けられている。収納バッグ19に所望の物を収納することが可能となっている。
【0030】
ここで、上記歩行車10は、車輪支持フレーム21の前端部に設けられたキャスタ12について、従前とは異なる特徴的構成を備え、段差をスムーズに乗り越えるための機能を有している。そこで、キャスタ12の構成と段差を乗り越える際の動作について、図面を参照しながらさらに詳しく説明する。なお、ここでの説明においても、前後方向及び左右方向は、上記歩行車10において説明したのと同じ方向を示すものとしている。その方向は、
図2に示されている。キャスタ12を説明するための各図においては、構成をわかりやすくするために、適宜構成が簡略化されたり省略されたりしている場合がある。
【0031】
図2及び
図3に示すように、キャスタ12は、前述した前輪31及び取付け軸32の他、軸ホルダ33と、車輪ホルダ34と、カムホルダ35と、左右一対のカム板36a,36bとを有している。各カム板36a,36bの外周部81は、前輪31の接地部分よりも上方に設けられており、平坦面を走行する通常時において接地して車輪としての機能を果たすのは前輪31のみとなっている(
図1参照)。なお、カム板36a,36bが「補助輪」に相当する。
【0032】
軸ホルダ33は、硬質樹脂製であり、
図4に示すように、前端側から後端側にかけて湾曲した形状を有している。軸ホルダ33の前端上部41には、鉛直方向に延びる取付け軸32が設けられている。軸ホルダ33の後端部には、回動軸部42が設けられている。回動軸部42は、左右方向に沿って水平に延びる中心軸線を有している。回動軸部42により、車輪ホルダ34及びカムホルダ35が、軸ホルダ33に対して前後方向に回動可能に連結されている。
【0033】
車輪ホルダ34は、硬質樹脂製であり、
図3及び
図4に示すように、ホルダ本体51と、回動連結片52と、車輪保持部53とを有している。
【0034】
ホルダ本体51は、一対の側板部51aと連結板部51bとを有している。各側板部51aは、下方へ行くほど前方へ傾斜する方向に延びており、左右方向に所定間隔を隔てて配置されている。連結板部51bは、各側板部51aの上端部に跨って設けられており、各側板部51aを上端部で連結している。
【0035】
回動連結片52は、ホルダ本体51の上端部において、ホルダ本体51の延びる方向に延長して設けられている。回動連結片52は、所定間隔を隔てて一対設けられ、両回動連結片52は、軸ホルダ33の後端側の内部に下方から挿入されている。各回動連結片52(すなわち、車輪ホルダ34の上部)には、第1軸孔52aが設けられている。第1軸孔52aには、回動軸部42が挿通されている。これにより、車輪ホルダ34は、その上端部において、回動可能な状態で軸ホルダ33に連結されている。車輪ホルダ34は、その下部を、回動軸部42を回転中心として前後方向に回動することが可能になっている。
【0036】
軸ホルダ33と車輪ホルダ34との間には、車輪戻しばね37が設けられている。車輪戻しばね37は、コイルばねよりなる。車輪戻しばね37の一端は、軸ホルダ33における前端下部に取り付けられ、他端は、ホルダ本体51の上端前側に設けられた前側凹部55の底部に取り付けられている。そのため、車輪ホルダ34は、その上端部において、車輪戻しばね37の付勢力によって軸ホルダ33の側へ付勢されている。この場合に、車輪ホルダ34の上端部には、左右両側に係止部56が設けられている。当該係止部56が軸ホルダ33の後端下部43に当接して係止されるため、車輪ホルダ34はそれ以上の軸ホルダ33の側への回動が規制されている。これにより、
図4に示すように、車輪ホルダ34が基本位置に位置決めされている。
【0037】
ホルダ本体51の下部は、車輪保持部53として構成されており、車輪保持部53によって前輪31が左右両側から挟み込まれている。前輪31は、車輪保持部53により、回転軸31bを中心として回転可能に保持されている。回転軸31bは、回動軸部42より前方に位置している。より具体的には、回転軸31bは、回動軸部42より下方において、回動軸部42より前方かつ取付け軸32より後方に位置している。
【0038】
図5の拡大図に示すように、側面視における車輪保持部53の前側外縁部53aは、当該前側外縁部53aが、前輪31の接線Tとなる位置よりも前輪31の回転中心側へ寄った位置に設けられている。
図4及び
図5に示すように、前輪31の接線Tとなる位置よりもさらに前方側では、前側外縁部53aは、円弧状をなすように形成されている。そのため、前輪31の外周面31aは、車輪保持部53の前側外縁部53aよりも若干外側に突出している。車輪保持部53の下端部は、地面Gからの高さが、前輪31の回転軸31bの高さ位置と同程度となる位置まで設けられている。
【0039】
ホルダ本体51の上端部には、
図3及び
図4に示すように、左右一対の取付け片54が、ホルダ本体51の後方側へ突出するように設けられている。取付け片54は、所定間隔を隔てた状態で設けられ、両取付け片54の間には、回動軸部54aと回転規制体38とが設けられている。回動軸部54aは、左右方向に沿って水平に延びる中心軸線を有している。回転規制体38は、回動軸部54aの中心軸線方向を中心として、回動可能に取り付けられている。
【0040】
図3及び
図6の拡大図に示すように、回転規制体38は、側面視において扇形をなし、一対の取付け片54の間に入り込む厚みを有している。回転規制体38において、曲面状をなす外面38aは、円弧に沿ってジグザグ状をなすように形成されている。回動軸部54aの回動中心C1と、ジグザグ状をなす山の頂部までの半径Rは、回動中心C1から前輪31の外周面31aまでの長さL1と略同じとなっている。そのため、回転規制体38が取付け片54に取り付けられた状態では、ジグザグ状をなす回転規制体38の外面38aが、前輪31の外周面31aに軽く当接している。回転規制体38の外面38aの上端側には、当該外面38aから半径方向に突出する突起部38bが設けられている。回転規制体38の回動中心C1から突起部38bの先端までの長さL2は、当該回動中心C1から前輪31の外周面31aまでの長さL1よりも長くなっている。
【0041】
ここで、歩行車10を押して前方へ移動させると、接地状態にある前輪31は、
図4及び
図6に示すように、左側方から見た場合に反時計回り(左回り)となる方向へ向けて回転する。すると、前輪31と外面38aが当接する回転規制体38には、前輪31の回転によって、
図6に示すように、左側方から見た場合に時計回り(右回り)となる方向へ回転する回転力が作用する。当該回転力が作用しても回転規制体38の状態は変わらず、そのため前輪31の回転が規制されることもなく前輪31は円滑に回転し、歩行車10は前方に移動可能となる。このようなキャスタ12の回転状態が正常回転状態である。
【0042】
前述したとおり、キャスタ12は、取付け軸32の軸線方向を回転中心として回転自在に取り付けられている。そのため、
図7に示すように、キャスタ12の前後が反転する場合がある。この場合、車輪ホルダ34の傾きは逆となり、回転規制体38は、前方側に配置された状態となる。この状態で歩行車10を前方へ移動させると、接地状態にある前輪31は、
図7に示すように、左側方から見た場合に反時計回りとなる方向へ回転する。
【0043】
すると、回転規制体38には、前輪31の回転によって、
図7に示すように、左側方から見た場合に時計回りとなる方向へ回転する回転力が作用する。当該回転力の作用により、回転規制体38は回転し、仮想線(二点鎖線)で示すように、突起部38bが前輪31の外周面31aに当接する。この場合、前輪31が回転しようとしても突起部38bが外周面31aに干渉するため、前輪31の回転が規制される。それでも、使用者が歩行車10を前方へ移動させようとすると、キャスタ12は、取付け軸32の軸線方向を回転中心として回転し、元の正回転状態に復帰する。
【0044】
次に、カムホルダ35は、硬質樹脂製であり、
図3及び
図4に示すように、ホルダ本体61と、回動連結部62と、カム保持部63とを有している。
【0045】
ホルダ本体61は、車輪ホルダ34のホルダ本体51と同じ傾斜方向に延び、前面部61a,61bと、前面部61a,61bに対して直角をなす左右一対の側面部61cとを有している。ホルダ本体61は、車輪ホルダ34の前方において、車輪ホルダ34と平行をなし、若干の隙間を隔てた状態で、車輪ホルダ34に積み重ねられている。そのため、前輪31の外周面31aのうち、前面部61a,61bの後方側に存在する部位は、当該前面部61a,61bによって前方が覆われた状態となっている。
【0046】
ホルダ本体61の前面部61a,61bには、その上端部において、前後方向に貫通するばね挿通部61dが設けられている。ばね挿通部61dには、軸ホルダ33と車輪ホルダ34との間に設けられた車輪戻しばね37が挿通されている。ホルダ本体61の下端部は、車輪ホルダ34における車輪保持部53の前側外縁部53aが有する形状に合わせて折れ曲がり、下方を向くように形成されている。前面部61a,61bのうち、折れ曲がり部分よりも上方が前面上部61aであり、当該折れ曲がり部分よりも下方が前面下部61bである。
図4に示すように、ホルダ本体61の下端部は、車輪保持部53の下端部と同様、地面Gからの高さが、前輪31の回転中心の高さ位置と同程度となる位置まで設けられている。
【0047】
回動連結部62は、ホルダ本体61の上端部において、水平方向の後方に向けて突出し、車輪ホルダ34が有する一対の回動連結片52同士の間に嵌め込まれている。ホルダ本体61の上端部及び回動連結部62は、他の部分よりも左右の幅が狭く形成されており、その部分が軸ホルダ33の内部に下方から挿入されている。回動連結部62には、第2軸孔62aが設けられている。第2軸孔62aには、第1軸孔52aと位置合わせされた状態で回動軸部42が挿通されている。そのため、カムホルダ35についても、車輪ホルダ34とは独立して回動可能な状態で軸ホルダ33に連結されている。もっとも、
図4に示すように、車輪ホルダ34が基本位置に保持されている状態では、ホルダ本体61の上端部に設けられた回動規制部61eが、車輪ホルダ34のホルダ本体51に当接しているため、カムホルダ35の下方への回動が規制されている。
【0048】
カム保持部63は、
図3及び
図4に示すように、カムホルダ35の下端部に設けられている。
図4に示すように、カム保持部63は、地面Gからの高さが、前輪31の回転軸31bの高さ位置よりも高い位置に設けられている。カム保持部63を用いて、カムホルダ35の左右両側には、板面が地面Gに対して直交し、かつ前後方向と平行をなす状態で一対のカム板36a,36bが設けられている(
図3参照)。一対のカム板36a,36bは、硬質樹脂製であり、その下端が地面Gから離間した状態で、カム連結軸部64によって一体的に連結されている。左右のカム板36a,36bに回転力が作用した場合には、両カム板36a,36bは、カム連結軸部64を中心として一体的に回転可能となる。そのような挙動を可能とするカム板36a,36bの保持構成については後述する。
【0049】
カムホルダ35の下部には、ロック部材39が取り付けられている。このロック部材39によって、基本位置に保持された車輪ホルダ34及びカムホルダ35は、両者が一体化された状態で保持されている。
図3に示すように、ロック部材39は、上面視においてU字状をなし、前板部71と左右一対の側板部72とを有している。一対の側板部72の間にカムホルダ35の下端部が入り込むように、カムホルダ35の前方からロック部材39がカムホルダ35に取り付けられている。
図4に示すように、ロック部材39は、地面G(すなわち、前輪31の下端)から離間した所定の高さ位置に設けられている。一対の側板部72は、カムホルダ35におけるカム保持部63の下方に配置されている。ロック部材39は、左右方向に沿った水平をなす回動中心を有しており、その回動中心を中心として、カムホルダ35に対して回動可能な状態で取り付けられている。
【0050】
図8の拡大図に示すように、ロック部材39の前板部71は、カムホルダ35の前面下部61bの前方に設けられ、当該前面下部61bと当接している。この当接により、ロック部材39は、それ以上後方側へ回転しないように回転が規制されている。ロック部材39には、この当接状態を維持する方向(
図8における右回転方向)へ付勢するねじりばね(図示略)が設けられている。このため、ねじりばねの付勢力により、ロック部材39は、前板部71がカムホルダ35の前面下部61bから離れた場合でも、もとの当接状態に復帰するようになっている。
【0051】
一対の側板部72の下部には、側面視において略三角形状をなす三角突起部73が形成されている。各側板部72は所定の厚み(例えば数mm)を有し、三角突起部73の前方側の側面は前面部74となり、後方側の側面は後面部75となっている。これらのうち、後面部75は、略鉛直をなすように形成されている。一方、前面部74は、前板部71の下端部から後方かつ下方へ向かって、地面Gとの間で鋭角をなす傾斜面によって形成されている。これにより、前面部74は、斜め前方かつ斜め下方を向いている。前面部74は、上下方向において少なくとも一部が、カム板36a,36bの下端より下方に配置されている。前面部74の下端(すなわち、三角突起部73の下端)は、地面Gより上方の高さ位置に配置されており、より具体的には、3~6cmの高さ位置に配置されている。
【0052】
一対の側板部72の後方には、引っ掛け部76が設けられている。引っ掛け部76は、後方に向かって水平に延び、鉤状をなすように形成されている。引っ掛け部76には、下方に向けて開放された引っ掛け溝77が形成されている。引っ掛け溝77は、三角突起部73の後面部75に続いて形成されている。車輪ホルダ34の下端部には、両側方へ突出する円柱状突起57が設けられている。円柱状突起57が引っ掛け溝77に入り込むことで、引っ掛け部76は円柱状突起57に引っ掛けられている。この引っ掛け状態は、ロック部材39が、
図8における右回転方向へ付勢されることにより保持されている。このとき、ロック部材39はロック状態となっており、車輪ホルダ34とカムホルダ35とが一体化されて両者が分離されない状態が保持されている。
【0053】
これに対し、
図8に仮想線(二点鎖線)で示すように、ロック部材39に作用している付勢力に抗して、ロック部材39を、
図8における左回転方向に回動させると、引っ掛け部76が上方へ持ち上げられる。すると、円柱状突起57は、引っ掛け溝77の外に出て、引っ掛け部76による円柱状突起57の引っ掛けが解除される。この場合、ロック部材39はロック解除状態となっており、車輪ホルダ34とカムホルダ35との一体化が解除可能となり、両者が分離可能な状態となる。なお、このロック部材39の回動に際し、一対の側板部72の上端がカムホルダ35のカム保持部63と干渉して回動が規制されないように、側板部72の上端には干渉回避部78が形成されている。干渉回避部78は、側板部72の上端が地面Gの側に向かって斜めに傾斜する部位であり、干渉回避部78よりも後方側は水平をなすように形成されている。
【0054】
次に、カム板36a,36bは、
図3に示すように、平板状をなすように形成されている。カム板36a,36bは、カムホルダ35の左右両側に設けられている。
【0055】
カム板36a,36bは、カム連結軸部64を中心として回転可能に設けられている。具体的には、
図9に示すように、カム板36a,36bの外周部81は、直線状外周部81aと曲線状外周部81bとを有している。直線状外周部81aは、外周部81が直線状をなす部位であり、外周部81のうち、カム連結軸部64を中心とした第1回転角度範囲の部分を構成している。より具体的には、外周部81の後側下部に直線状外周部81aが配置されている。
【0056】
曲線状外周部81bは、カム板36a,36bの外周部81のうち、第1回転角度範囲の残りの部分(第2回転角度範囲の部分)を構成しており、外周部81の少なくとも前側部分に配置されている。曲線状外周部81bは、カム連結軸部64から外周までの長さL3が異なる外周形状を有し、長さL3が前輪31の半径より短い部分S1と、長さL3が前輪31の半径より長い部分S2とを有している(
図9参照)。部分S1は、部分S2より下方に配置されており、カム板36a,36bが接地した際には、部分S1が部分S2より先に接地するようになっている。本実施形態では、曲線状外周部81bは、その外周形状が、カム連結軸部64を中心とした等角螺旋形状をなしている。そのため、曲線状外周部81bにおいて、長さL3は、下方から上方へ向かうにつれて徐々に(連続的に)長くなっている。
【0057】
長さL3は、直線状外周部81aの一端部との境界部分である第1境界部81cにおいて最も短く、直線状外周部81aの他端部との境界部分である第2境界部81dにおいて最も長くなっている。第1境界部82cが下端に位置している状態では、カム板36a,36bの下端は地面Gから離間しており、第2境界部82dが接地している状態では、カム板36aの下端が前輪31の下端よりも下方に位置するようになっている。第2境界部81dは、第1境界部82cよりも後方に配置されている。第2境界部81dは、カム連結軸部64から外周までの長さが最大となる「最大径部」に相当する。
【0058】
カム板36a,36bは、第1境界部81cが下端に配置され、直線状外周部81aが後方に向かって斜め上方に延びる状態を基本位置にある状態として、カムホルダ35に設けられている。カム板36a,36bの前端は、前輪31の外周部81より前方に配置されており、より具体的には、カム連結軸部64が外周部81より前方に配置されている。また、カム板36a,36bの下端は、前輪31の下端より上方に配置されており、より具体的には、前輪31の回転軸31bの高さ位置又はその近傍に配置されている。なお、カム板36a,36bの外周部81には、その周方向全域に、ゴム等の樹脂よりなる滑り止め部材82が設けられている。
【0059】
以上の構成を備えたキャスタ12を有する歩行車10において、
図1に示すように、側面からみて、前輪31の回転中心(回転軸31b)と、軸ホルダ33に対して回動可能に連結された車輪ホルダ34及びカムホルダ35の回動中心(回動軸部42)とを結ぶ仮想直線Bを想定する。この場合に、仮想直線Bの地面Gに対する角度(後方側の角度)αは、60~80度とされており、より具体的には70度とされている。この角度αは、少なくとも65~75度の範囲内に設定することが好ましく、略70度(70度±1~2度)に設定することがより好ましい。
【0060】
ハンドル14は、少なくとも後部が仮想直線Bより後方に配置されている。これにより、使用者が歩行車10を前進させている場合に前輪31が段差に当接した際には、段差との当接によって前輪31が回動軸部42を中心にして後方へ回動しやすくなっている。本実施形態では、ハンドル14は、前後方向の一部が、仮想直線Bの延長線上に配置されている。具体的には、ハンドル14を高さ調整可能な範囲において上下方向に移動させた場合に、少なくともいずれかの高さ位置(本実施形態では、少なくとも最大高さ位置)において、ハンドル14の前端部14aが仮想直線Bの延長線上に配置されている。この場合、回転軸31bと、回動軸部42と、ハンドル14(より具体的には前端部14a)とが一直線上に配置される。
【0061】
次に、カムホルダ35によって左右のカム板36a,36bを保持する構成について、ここにまとめて詳しく説明する。
【0062】
まず、
図3に示すように、カムホルダ35におけるカム保持部63には、カム保持用軸孔65と挿入筒部66とが設けられている。カム保持用軸孔65は、孔断面が略円形状をなしており、左右方向に沿って形成されている。カム保持用軸孔65は、カムホルダ35のホルダ本体61が有する左右の側面部61cに開口している。挿入筒部66は、円筒状をなすように形成され、カム保持用軸孔65の左右の各開口周縁部からそれぞれ左右方向へ突出するように設けられている。挿入筒部66の筒内面は、カム保持用軸孔65の孔内面と面一になるように形成されている。そのため、左右の挿入筒部66の筒内面からカム保持用軸孔65にかけて同一径をなす貫通孔が形成されている。
【0063】
カム板36a,36bの内側には、カムホルダ35の挿入筒部66を挿入する筒挿入凹部83が設けられている。筒挿入凹部83の孔断面は円形状をなし、挿入筒部66よりも若干大径をなすように形成されている。左右のカム板36a,36bは、筒挿入凹部83に挿入筒部66をはめ込んだ状態で、カムホルダ35に回動可能な状態で取り付けられている。
【0064】
左右のカム板36a,36bを連結するカム連結軸部64は、その両端部に、鉛直方向に沿った面を有して相互に平行をなす平面部67が形成されている。そのため、カム連結軸部64の両端部は、その横断面が略長円形状をなしている。
図9も参照すると、カム板36a,36bには、板面間を貫通する取付け用貫通孔84が設けられている。取付け用貫通孔84は、カム連結軸部64の両端部が有する横断面形状と同じ形状かつ略同一寸法をなす孔断面を備えている。取付け用貫通孔84にカム連結軸部64の両端部を挿入することにより、カム板36a,36bがカム連結軸部64に取り付けられている。カム連結軸部64の両端部及びカム板36a,36bの取付け用貫通孔84の形状により、左右のカム板36a,36bとカム連結軸部64との相対回転が不能となり、それらが一体的に回転するようになっている。
【0065】
図10に示すように、カム保持用軸孔65の孔内及び挿入筒部66の筒内には、一対の移動体91,101が設けられている。
図11に示すように、各移動体91,101は、正面視で直角三角形状をなす基部92,102を備えている。基部92,102には、円形状をなす孔断面を有する軸挿通孔93,103が設けられ、
図10に示すように、軸挿通孔93,103にはカム連結軸部64が挿通されている。軸挿通孔93,103の孔断面は、カム連結軸部64の軸断面よりも若干大径に形成されており、基部92,102はカム連結軸部64の軸方向に沿って移動可能となっている。
【0066】
図10及び
図11に示すように、基部92,102は、円周状をなす外周部94,104を有している。外周部94,104によって形成される円形状の外形は、カム保持用軸孔65及び挿入筒部66によって形成される貫通孔の孔断面よりも、若干小さい径を有している。基部92,102は、当該貫通孔に挿入可能となっている。外周部94,104には、当該外周部94,104から外方へ突出する突起部95,105が設けられている。突起部95,105としては、まず、前端部及び後端部において、前突起部95a,105a及び後突起部95b,105bがそれぞれ設けられている。前突起部95a,105a及び後突起部95b、105bは、外周部94,104においてカム連結軸部64の中心軸線方向に沿って延び、同方向の全域にわたって設けられている。
【0067】
前突起部95a,105a及び後突起部95b,105bに加えて、一対の移動体91,101のうち左側に配置される左移動体91の外周部94には上端部に上突起部95cが設けられている。一方、右側に配置される右移動体101の外周部104には、下端部に下突起部105dが設けられている。そのため、各移動体91,101の基部92,102には、少なくとも3つの突起部95,105が設けられている。上突起部95c及び下突起部105dは、それぞれ、外周部94,104において、カム連結軸部64の中心軸線方向に沿って延び、同方向の略全域に設けられている。上突起部95c及び下突起部105dは、前突起部95a,105a及び後突起部95b,105bよりも周方向に沿う幅が広く形成されている。
【0068】
基部92,102の内側(カム板36a,36bとは反対側)には、中心軸線に対して垂直をなす内側端面96,106が形成されている。左移動体91の上突起部95c及び右移動体101の下突起部105dは、それぞれ基部92,102の外周部94,104から突出した状態で、内側端面96,106よりもさらに内側に向かって、中心軸線方向に沿って突き出た状態で延長されている。上突起部95c及び下突起部105dの当該延長部分は、断面が円弧状をなすように湾曲した形状に形成されている。
【0069】
基部92,102の外側(カム板36a,36bの側)は、端面全体が中心軸線に対して傾斜した外側傾斜面97,107が形成されている。左移動体91における外側傾斜面97は、中心軸線に対して垂直をなす状態から外側へ傾斜し、右移動体101における外側傾斜面107は、中心軸線に対して垂直をなす状態から内側へ傾斜している。いずれの傾斜角度も同じに設定されている。左移動体91では、基部92が有する中心軸線方向の幅は、上突起部95cが設けられた上側の上端部でもっとも大きくなり、下端部でもっとも小さくなっている。逆に、右移動体101では、基部102が有する中心軸線方向の幅は、下突起部105dが設けられた下側の下端部でもっとも大きくなり、上端部でもっとも小さくなっている。
【0070】
このような構成を有する一対の移動体91,101は、カム連結軸部64を挿通した状態で、カム保持用軸孔65及び挿入筒部66によって形成される貫通孔に挿入されている。両移動体91,101の内側端面96,106は対峙しており、上突起部95c及び下突起部105dのそれぞれの延長部分を向き合わせている。この場合に、カム保持用軸孔65及び挿入筒部66は、次の構成を備えている。
【0071】
図12に示すように、カム保持用軸孔65及び挿入筒部66には、軸線方向に沿って延びる4つの凹溝111~114が形成されている。各凹溝111~114のうち、前凹溝111及び後凹溝112は、前端部及び後端部にそれぞれ設けられている。前凹溝111及び後凹溝112は、カム保持用軸孔65及び挿入筒部66の中心軸線方向に沿って、溝内面及び筒内面の全域に設けられている。前凹溝111及び後凹溝112は、一対の移動体91,101の前突起部95a,105a及び後突起部95b、105bがそれぞれ嵌まり込むだけの大きさを有している。また、上凹溝113及び下凹溝114は、上端部及び下端部にそれぞれ設けられている。上凹溝113及び下凹溝114は、カム保持用軸孔65及び挿入筒部66の中心軸線方向に沿って、溝内面及び筒内面の全域に設けられている。上凹溝113及び下凹溝114は、それぞれ前凹溝111及び後凹溝112よりも溝幅が広く形成され、一対の移動体91,101の上突起部95c及び下突起部105dがそれぞれ嵌まり込むだけの大きさを有している。
【0072】
その上で、一対の移動体のうち左移動体91については、前凹溝111、後凹溝112及び上凹溝113に、前突起部95a、後突起部95b及び上突起部95cがそれぞれ嵌まり込んだ状態で、カム保持用軸孔65及び挿入筒部66に挿入されている。また、右移動体101については、前凹溝111、後凹溝112及び下凹溝114に、前突起部105a、後突起部105b及び下突起部105dがそれぞれ嵌まり込んだ状態で、カム保持用軸孔65及び挿入筒部66に挿入されている。そのため、一対の移動体91,101は、両端部にカム板36a,36bが取り付けられたカム連結軸部64を回動可能に保持しつつ、自身は回動不能かつ中心軸線方向に沿ってのみ移動可能な状態となっている。
【0073】
図10に戻り、左右の各カム板36a,36bの筒挿入凹部83には、それぞれ押圧突起85a,85bが設けられている。各押圧突起85a,85bは、円柱状をなす外周部86a,86bを有している。外周部86a,86bによって形成される円形状の外形は、一対の移動体91,101の基部92,102と略同一の径を有している。前述したように、カム板36a,36bには、カム連結軸部64の端部を挿入する取付け用貫通孔84が設けられている。取付け用貫通孔84は、押圧突起85a,85bを中心軸線方向に沿って貫通するように設けられている。
【0074】
押圧突起85a,85bの突出端には、端面全体が中心軸線に対して傾斜した押圧傾斜面87a,87bが形成されている。左側のカム板36aに設けられた押圧突起85aでは、押圧傾斜面87aは、中心軸線に対して垂直をなす状態から外側へ傾斜している。右側のカム板36bに設けられた押圧突起85bでは、押圧傾斜面87bは、中心軸線に対して垂直をなす状態から内側へ傾斜している。いずれの傾斜角度も、一対の移動体91,101が有する外側傾斜面97,107の傾斜角度と同じに設定されている。
【0075】
一対の移動体91,101の内側端面96,106同士の間には、コイルばね121が介在されている。コイルばね121により、一対の移動体91,101はいずれも外側へ向かって付勢されている。そのため、各移動体91,101の外側傾斜面97,107は、カム板36a,36bの側の押圧傾斜面87a,87bに当接した状態が保持されている。このコイルばね121の付勢力に伴う面同士の当接により、カム板36a,36bは、前述した基本状態に配置されている。
【0076】
左右のカム板36a,36bは、以上の構成によりカムホルダ35に保持されている。ここで、カム板36a,36bが接地することにより、当該カム板36a,36bに回転力が作用した場合を想定する。この場合、カム板36a,36bは、
図13に示すように次のような動作をする。
【0077】
なお、
図13では、カム板36a,36bが回転した状態を、左側のカム板36aを左側方から見た場合について示しており、カム板36a,36bは図示の方向(図示において反時計回りとなる方向)に回転する場合を想定している。この回転を正回転とし、反対の回転を逆回転とする。
図13には、左側のカム板36aのみが図示されているが、カム連結軸部64によって連結された左右一対のカム板36a,36bは同じ動きをする。また、
図13の斜視図では、内部の動きをわかりやすくするために、カム板36a,36bの側は、押圧突起85a,85bのみの図示にとどめている。
【0078】
図13(a)に示すように、カム板36a,36bに作用した回転力により、カム板36a,36bが基本位置(
図13(a)中の二点鎖線で示す位置、すなわち
図4の位置)から90度回転すると、カム板36a,36bの90度回転とともに当該カム板36a,36bに設けられた各押圧突起85a,85bも90度回転する。このとき、押圧突起85a,85bの回転に伴い、カム保持用軸孔65及び挿入筒部66の筒内で軸線方向にのみ移動可能に保持された左右の移動体91,101は、押圧突起85a,85bの突出先端部88a,88bに押され、コイルばね121の付勢力に抗して当該コイルばね121を圧縮しつつ内側へ移動している。この状態で、カム板36a,36bに回転力が作用しなくなると、コイルばね121の付勢力が勝り、その付勢力によって左右の移動体91,101は外側へ移動する。すると、押圧突起85a,85bは左右の移動体91,101によって外側に押圧され、カム板36a,36bは逆回転して基本位置に復帰する。
【0079】
カム板36a,36bが90度正回転した状態から、回転力が作用してさらに回転し続け、基本状態から180度回転したとする。すると、
図13(b)に示すように、押圧突起85a,85bも180度回転した状態となり、押圧傾斜面87a,87bは、
図10に示した基本状態と比較して上下反転した状態となる。この場合、左右の移動体91,101は、押圧突起85a,85bの突出先端部88a,88bによってさらに内側に押され、コイルばね121をより圧縮し、最も内側に配置された状態となっている。
【0080】
その後、カム板36a,36bに対してさらに回転力が作用して正回転し続け、基本状態から270度回転したとする。すると、
図13(c)に示すように、押圧突起85a,85bも270度回転した状態となり、押圧突起85a,85bは、90度回転した状態(
図13(a)の状態)と比較して、前後反転した状態となる。この場合、左右の移動体91,101は、180度回転した場合(
図13(b)の状態)よりも外側へ戻り、90度回転した状態の位置と同じ位置に配置されている。
【0081】
カム板36a,36bが180度回転した状態となるまでの間に、カム板36a,36bへの回転力が作用しなくなると、上記90度回転した場合と同様、カム板36a,36bはコイルばね121の付勢力により外側へ移動し、逆回転して基本位置に復帰する。一方、180度回転を超えて回転した状態でカム板36a,36bに回転力が作用しなくなると、この状態では、左右の移動体91,101は、180度回転した状態での位置よりも外側へ戻った状態となっている。そのため、コイルばね121の付勢力によって左右の移動体91,101はそのまま外側へ移動する。すると、押圧突起85a,85bは左右の移動体91,101によって外側に押圧され、カム板36a,36bは正回転して基本位置に復帰する。
【0082】
以上が、キャスタ12の構成に関する説明である。次に、使用者が歩行車10を前進させているときにキャスタ12が段差を乗り越える際の動作について、
図14以下の図面を参照して説明する。ここでは、キャスタ12が乗り越える段差の高さとして、高さの異なる2種類の上り段差(第1段差131、第2段差141)を想定する。
【0083】
図14乃至
図17は、第1段差131を乗り越える場合の動作を示している。各図は、キャスタ12を左側から見た場合の側面視であり、左右のカム板36a,36bについては、左側のカム板36aのみが示されている。また、各図では、わかりやすく図示するために、構成が簡素化されている。なお、ここで示す動作は、想定される一例として説明するものである。
【0084】
第1段差131は、比較的高めの段差であり、より具体的には、2.5~6cmの高さを有する段差である。第1段差131は、キャスタ12が第1段差131に至った場合に、ロック部材39が有する三角突起部73の前面部74に第1段差131の上側角部132が当接可能な高さを有している。この場合、
図14(a)に示すように、使用者が歩行車10を前進させて第1段差131にキャスタ12が至ると、まず、ロック部材39の前面部74が上側角部132に当接する。
【0085】
図14(a)の状態からさらに使用者が歩行車10を前進させると、上側角部132から前面部74に対し、後方かつ斜め上方へ向けた圧力が加わり、ロック部材39を図における左回転方向へ回動させる力が作用する。これにより、
図14(b)に示すように、前面部74が下方に回動するとともに、ロック部材39の引っ掛け部76が上方へ持ち上がり、円柱状突起57の引っ掛けが解除されてロック解除状態となる。また、前輪31が第1段差131に当接し、前輪31のそれ以上の前方への移動が規制される。なお、前面部74が「当接部」に相当する。
【0086】
図14(b)の状態からさらに使用者が歩行車10を前方へ移動させようとして、前方に向けて歩行車10を押すと、軸ホルダ33は前方へ移動する。また、ロック部材39はロック解除状態であるため、カムホルダ35は、車輪ホルダ34から離間して軸ホルダ33と共に前方へ移動する。一方、車輪ホルダ34は、前輪31の移動が第1段差131によって規制されることにより、車輪戻しばね37の付勢力に抗して、回動軸部42を中心にして回動する。より具体的には、車輪ホルダ34の下部が車輪ホルダ34の下部に対し後方へ移動する。これにより、軸ホルダ33と車輪ホルダ34との間の角度が大きくなるとともに、カムホルダ35と車輪ホルダ34とが前後方向に開いた状態となる。この場合、カム板36aに対し、前輪31が後方へ移動する。また、
図14(c)に示すように、カム板36aの外周部81は、基本位置にある状態を維持しつつ、第1段差131の上面133に接地する。
【0087】
使用者が歩行車10をさらに前へ移動させようとして、前方に向かって歩行車10をさらに押すと、前輪31の移動が規制されたまま、軸ホルダ33がさらに前方へ移動する。そのため、軸ホルダ33と車輪ホルダ34との間の角度がさらに開き、カムホルダ35と車輪ホルダ34とが前後方向にさらに大きく開いた状態となる。併せて、
図14(c)に示すように第1段差131の上面133に接地したカム板36aは、当該上面133との間の摩擦力により、図における反時計回りの方向(左回転方向)へ回転する。これにより、
図15(a)に示すように、カムホルダ35が車輪ホルダ34よりさらに離れる。車輪ホルダ34は、前方へ移動する軸ホルダ33に連れられて前方へ移動し、それに伴って、前輪31が第1段差131を乗り越え、第1段差131の上面133に至る。車輪ホルダ34が車輪戻しばね37の付勢力に抗して回動し、車輪ホルダ34の下部がそれ以上後方へ回動しない最大離間位置に配置された状態では、前輪31の回転軸31bが回動軸部42より後方の位置P1に配置された状態になる。
【0088】
このように前輪31が第1段差131を乗り越えた後も、カムホルダ35と車輪ホルダ34とが前後方向に離間したままの状態が継続する。そして、第1段差131の上面133に接地したカム板36aは、さらに回転を継続する。カム板36aの外周部81には、等角螺旋形状をなす曲線状外周部81bが形成されている。そのため、歩行車10の前進によりカム板36aの回転が進むにつれて、カム板36aの回転中心(カム連結軸部64)は、第1段差131の上面133からの高さが徐々に高くなり、それに伴って軸ホルダ33、車輪ホルダ34及びカムホルダ35の高さも徐々に高くなって持ち上げられる。
【0089】
図15(b)に示すように、カム板36aの外周部81における第2境界部81dが第1段差131の上面133に接地するところにまで至ると、最も高いところまで、軸ホルダ33、車輪ホルダ34及びカムホルダ35が持ち上げられる。このとき、車輪ホルダ34の上方への移動に伴い前輪31が上方へ移動して、前輪31の下端が上面133から上方へ離間し、前輪31が第1段差131の上面133より高い位置まで持ち上げられる。これにより、前輪31の下端と、第1段差131の上面133との間に隙間G1が形成される。そうすると、車輪ホルダ34は、車輪戻しばね37の付勢力によりカムホルダ35の側へ引っ張られ、前方へ引き戻される。これにより、車輪ホルダ34がカムホルダ35に近接して、
図15(c)に示すように、前輪31、車輪ホルダ34及びカムホルダ35は基本位置へ復帰する。なお、曲線状外周部81bは、カム板36a,36bの前進に伴い前輪31を上方へ移動させる「上方移動手段」に相当する。
【0090】
復帰に際して、
図15(b)に示すように、車輪ホルダ34の下端部に設けられた円柱状突起57は、カムホルダ35に設けられたロック部材39のうち三角突起部73の後面部75に当接し、そのまま後面部75に案内されて引っ掛け部76の引っ掛け溝77に入り込む。これにより、ロック部材39は再びロック状態となり、車輪ホルダ34とカムホルダ35とが一体にされた状態となる。
【0091】
なお、カム板36aは、第2境界部81dを超える位置まで回転すると、第1段差131の上面133との接地状態が解消される。すると、カム板36aには、それまで作用していた回転力から解放される。この状態では、基本状態から180度以上回転した状態となっている。この場合、カム板36aは270度回転した状態(
図13(c)参照)から基本状態へ復帰するのと同じ動作によって、カム板36aは基本状態に自動的に復帰する。すなわち、カムホルダ35内に設けられた一対の移動体91,101が、コイルばね121の付勢力により外側へ移動することにより、カム板36aは図示における左回転し、
図15(c)に示すように、基本状態に復帰する。
【0092】
以上の動作により、キャスタ12は第1段差131を乗り越え、車輪ホルダ34から離間したカムホルダ35も、回転したカム板36aも元の基本状態に復帰する。その後、後輪13も第1段差131を乗り越えることで、第1段差131があっても、歩行車10をスムーズに前に移動させることが可能となる。
【0093】
次に、歩行車10が第2段差141を乗り越える場合について説明する。第2段差141は、比較的低めの段差であり、より具体的には、3cm以下の高さを有する段差である。第2段差141は、ロック部材39が有する三角突起部73の前面部74の下端よりも低い高さを有している。そのため、
図16(a)に示すように、使用者が歩行車10を前進させて、第2段差141にキャスタ12が至ると、まず、前輪31の外周面31aが第2段差141の上側角部142に当接し、前輪31のそれ以上の前方への移動が規制される。
【0094】
それでも使用者が歩行車10を前方へ移動させようとして、前方に向かって歩行車10を押すと、前輪31の移動が規制されているため、車輪ホルダ34及びカムホルダ35は、ロック部材39がロック状態にされたまま、前輪31の回転軸31bを中心として回動する。併せて、軸ホルダ33が前方へ移動することに伴い、車輪ホルダ34及びカムホルダ35が、車輪戻しばね37の付勢力に抗して回動する。これにより、軸ホルダ33に対し、車輪ホルダ34及びカムホルダ35が一体のまま後方へ移動し、車輪ホルダ34及びカムホルダ35と、軸ホルダ33との間の前後方向の角度が開いた状態となる。また、
図16(b)に示すように、カム板36aの外周部81は、基本位置にある状態を維持しつつ、第2段差141の上面143に接地する。
【0095】
使用者が歩行車10をさらに前へ移動させようと、前方に向かって歩行車10をさらに押すと、上面143に接地したカム板36aは、当該上面143との間の摩擦力により、図における反時計回りの方向(左回転方向)へ回転する。歩行車10の前方への移動が更に進むと、
図16(c)に示すように、前輪31が第2段差141を乗り越えて上面143に至る。なお、このように、前輪31の外周面31aに段差が当接することによってロック部材39がロック状態のまま車輪ホルダ34及びカムホルダ35が一体に後方へ移動することにより段差を乗り越える機構を「第1機構」とする。また、先のように、前面部74に段差が当接することによってロック部材39がロック解除状態になり、車輪ホルダ34が回動して段差を乗り越える機構を「第2機構」とする。
【0096】
その後、さらに歩行車10が押されて前方に進むと、
図17(a)に示すように、カム板36aの回転が進み、カム板36aの回転中心(カム連結軸部64)は、第2段差141の上面143からの高さが徐々に高くなり、それに伴って軸ホルダ33、車輪ホルダ34及びカムホルダ35の高さも徐々に高くなって持ち上げられる。これにより、前輪31も持ち上げられ、前輪31と第2段差141の上面143との間に隙間G2が形成される。そのため、前輪31、車輪ホルダ34及びカムホルダ35は、車輪戻しばね37の付勢力によって、軸ホルダ33の側へ引き戻される。これにより、
図17(b)に示すように、前輪31、車輪ホルダ34及びカムホルダ35は基本位置へ復帰する。
【0097】
この復帰に伴い、カム板36aは第2段差141の上面143との接地状態が解消される。すると、カム板36aには回転力が作用しなくなる。回転力が作用しなくなった状態でのカム板36aは、
図17(a)に示すように、基本位置にある状態からの回転は、未だ180度未満である。この場合、カム板36aが90度回転した状態(
図13(a)参照)から、基本位置にある状態へ復帰するのと同様の動作によって、カム板36aは基本位置に自動的に復帰する。すなわち、カムホルダ35内に設けられた一対の移動体91,101が、コイルばね121の付勢力により外側へ移動することにより、カム板36aは図示における右回転し、
図17(b)に示すように、基本位置にある状態に復帰する。
【0098】
以上の動作により、キャスタ12は第2段差141を乗り越え、軸ホルダ33との角度が開いた車輪ホルダ34及びカムホルダ35も、回転したカム板36aも元の基本状態に復帰する。その後、後輪13も第2段差141を乗り越えることで、第2段差141があっても、歩行車10をスムーズに前方へ移動させることが可能となる。
【0099】
以上詳述した本実施形態によれば、次の優れた効果が得られる。
【0100】
仮想直線Bと歩行車10の接地面とによって形成される角度αを大きくしすぎると、使用者がハンドル14を握って歩行車10を前進させた際に、歩行車10の全体が前倒れになる傾向がある。また、地面上の小さな凹凸(例えば、小石や、アスファルトの凹凸等)が前輪31の外周面31aに当たっただけで、その凹凸からの反発力により前輪31が簡単に後方に回動しやすい。この場合、前輪31が意図せず後方に回動してしまうおそれがある。逆に、角度αを小さくしすぎると、段差に前輪31が当接した際に、段差からの反発力により前輪31が後方へ回動しようとしても、その回動が前輪31の接地面によって規制されてしまうことが想定される。この場合、段差を乗り越えようとしたときに前輪31が後方へ回動せず、段差をスムーズに乗り越えることができないおそれがある。
【0101】
こうした点に鑑み、歩行車10においては、角度αが60~80度の範囲内に設定されているため、角度αが適度に大きく、これにより、段差の乗り越え時には、前輪31が後方へ簡単に回動するようにし、段差の乗り越え時以外には、前輪31が不意に後方へ回動しないようにすることができる。
【0102】
また、ハンドル14の少なくとも後部を仮想直線Bより後方に配置したため、前輪31に対し上方から過度な力が作用するのを抑制することができる。これにより、使用者が歩行車10を前進させている場合に前輪31が段差に当接した際には、段差との当接によって前輪31が回動軸部42を中心にして簡単に後方へ回動させることができる。したがって、歩行車10によれば、段差の乗り越え時には、前輪31が後方へ簡単に回動するようにできる一方、段差の乗り越え時以外には、前輪31が不意に後方へ回動しないようにすることができる。
【0103】
高齢者等の歩行補助具は、足腰の弱い者の歩行を補助するという性質上、使用者は、ハンドル14の前端部14a付近をしっかりと握って歩行車10を前方へ進ませることが想定される。この場合、ハンドル14の前端部14aが、使用者によって歩行車10を押す力が加えられる前後方向の位置の基準になる。そこで、ハンドル14の前端部14aを基準にして、仮想直線Bの延長線上にハンドル14の前端部14aを配置するようにすれば、上記効果を得るための歩行車10の設計がしやすく好適である。
【0104】
歩行車10の前輪31と後輪13とを同じ径にした場合や、前輪31を後輪13より大きい径にした場合、前輪31の重量化に伴い、前輪31を後方へ回動させるためにより大きな力が必要になることが懸念される。これに対し、上記構成のように、前輪31を後輪13よりも小さい径としたことにより、前輪31が段差を乗り越える際に前輪31をより後方へ回動させやすくすることができる。また、前輪31をより小さくすることにより、歩行車10のコンパクト化及び軽量化を図ることができる点で好適である。
【0105】
(他の実施形態)
本発明は上記実施形態に限らず、例えば次のように実施されてもよい。
【0106】
・上記実施形態では、歩行車10の持ち手を後方へ延びるハンドル14としたが、これに限定されず、例えば、持ち手が左右方向に延びるハンドルとしてもよい。この場合、ハンドルの少なくとも後部が仮想直線Bより後方に位置するようにハンドルを配置する。
【0107】
・上記実施形態では、ハンドル14が少なくとも最大高さ位置に配置されている状態において、ハンドル14の前端部14aが仮想直線Bの延長線上に配置される構成としたが、ハンドル14の前端部14aが常に仮想直線Bより後方に配置される構成としてもよい。この場合、ハンドル14の後端が後輪13の後端より前方に配置されるように構成するとよい。
【0108】
・上記実施形態において、ハンドル14が、少なくともその高さ調整可能な範囲の最も低い位置に配置されている状態において、ハンドル14の前端部14aが仮想直線Bの延長線上に配置される構成としてもよい。なお、ハンドル14が、その高さ調整可能な範囲のいずれの位置に配置されている場合にも、ハンドル14の前端部14aが仮想直線Bの延長線上に配置されるようにしてもよい。
【0109】
・上記実施形態では、左右の前輪31のそれぞれに対し、カムホルダ35を挟んで左右両側にカム板36a,36bを設けたが、左右両側のうちいずれか一方のみにカム板を設ける構成としてもよい。
【0110】
・上記実施形態では、ハンドル14の高さ位置を調整可能に構成したが、ハンドル14の高さ位置を調整可能とせずに、ある一定の高さで固定されているものとしてもよい。この場合、ハンドル14の少なくとも後部を仮想直線Bより後方に配置するとともに、ハンドル14の前端部14aを仮想直線B上に配置するようにするとよい。
【0111】
・上記実施形態では、歩行車10が車輪を前後にそれぞれ2つずつ備える4輪の歩行車としたが、車輪の数は4つである必要はなく、それ以外の個数であってもよい。例えば、1つの前輪と2つの後輪とを備える3輪の歩行車としてもよく、あるいは2つの前輪と1つの後輪とを備える歩行車としてもよい。また、前輪を左右それぞれに2つずつ備え、後輪を左右それぞれに1つずつ備える6輪の歩行車に適用してもよい。
【0112】
・上記実施形態では、前輪31が後輪13よりも小さい径を有する構成としたが、前輪31と後輪13とを同じ径にしてもよいし、前輪31が後輪13よりも大きい径を有していてもよい。
【0113】
・上記実施形態では、高齢者等の歩行を補助するための歩行車10に本発明の移動用車を具体化したが、歩行車10に限らず、例えばベビーカーやキャリーカート、車椅子、台車、一輪運搬車等の種々の移動用車に本発明を適用することができる。
【符号の説明】
【0114】
10…歩行車(移動用車)、11…フレーム、12…キャスタ、13…後輪、14…ハンドル、21…車輪支持フレーム、22…ハンドルフレーム、30…ロック部材、31…前輪、31b…回転軸(車輪回転軸)、33…軸ホルダ、34…車輪ホルダ、35…カムホルダ、36a,36b…カム板、37…車輪戻しばね、39…ロック部材、42…回動軸部、57…円柱状突起、74…前面部、76…引っ掛け部、81b…曲面状外周部、B…仮想直線、α…角度。