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特許7187183エコー抑圧装置、エコー抑圧方法およびエコー抑圧プログラム
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  • 特許-エコー抑圧装置、エコー抑圧方法およびエコー抑圧プログラム 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-02
(45)【発行日】2022-12-12
(54)【発明の名称】エコー抑圧装置、エコー抑圧方法およびエコー抑圧プログラム
(51)【国際特許分類】
   H04B 3/23 20060101AFI20221205BHJP
   H04M 1/60 20060101ALI20221205BHJP
【FI】
H04B3/23
H04M1/60 A
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2018113575
(22)【出願日】2018-06-14
(65)【公開番号】P2019216389
(43)【公開日】2019-12-19
【審査請求日】2021-01-05
(73)【特許権者】
【識別番号】391008559
【氏名又は名称】株式会社トランストロン
(74)【代理人】
【識別番号】100170070
【弁理士】
【氏名又は名称】坂田 ゆかり
(72)【発明者】
【氏名】里見 祐樹
【審査官】鴨川 学
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-165301(JP,A)
【文献】特開2010-226629(JP,A)
【文献】特開平04-196624(JP,A)
【文献】特表2002-501336(JP,A)
【文献】特開平05-014131(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04B 3/23
H04M 1/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
スピーカとマイクロホンとを有する端末のうちの前記マイクロホンにより収音された入力信号を伝送する送話側信号経路に設けられるエコー抑圧装置であって、
前記スピーカへ伝送される参照信号の大きさに基づいて、エコーを学習する学習アルゴリズムを選択するアルゴリズム選択部と、
前記アルゴリズム選択部により選択された学習アルゴリズムを用いてエコーを学習するエコー学習部と、
前記エコー学習部による学習結果に基づいて前記入力信号に含まれるエコーを除去するエコー除去部と、
を備え、
前記アルゴリズム選択部は、前記参照信号の大きさが第1閾値以上の場合には非線形処理を用いた学習アルゴリズムを選択し、前記参照信号の大きさが前記第1閾値より小さい場合には線形処理を用いた学習アルゴリズムを選択し、かつ、前記参照信号の大きさが前記第1閾値よりも大きい第3閾値よりも大きい場合には、前記非線形処理を用いた学習アルゴリズムの中から、前記参照信号の大きさが前記第1閾値以上かつ前記第3閾値以下の場合に用いる学習アルゴリズムよりも学習の収束速度より速い学習アルゴリズムを選択する
ことを特徴とするエコー抑圧装置。
【請求項2】
スピーカとマイクロホンとを有する端末のうちの前記マイクロホンにより収音された入力信号を伝送する送話側信号経路に設けられるエコー抑圧装置であって、
前記スピーカへ伝送される参照信号の大きさに基づいて、エコーを学習する学習アルゴリズムを選択するアルゴリズム選択部と、
前記アルゴリズム選択部により選択された学習アルゴリズムを用いてエコーを学習するエコー学習部と、
前記エコー学習部による学習結果に基づいて前記入力信号に含まれるエコーを除去するエコー除去部と、
前記参照信号の大きさに基づいてエコーを除去するか否かを決定する除去要否判定部と、を備え、
前記除去要否判定部は、前記参照信号の大きさが第1閾値より小さい第2閾値であって、環境騒音に基づいて定められた第2閾値より小さい場合には、前記エコー除去部によるエコーの除去をしないことを決定し、
前記アルゴリズム選択部は、前記参照信号の大きさが前記第1閾値以上の場合には非線形処理を用いた学習アルゴリズムを選択し、前記参照信号の大きさが前記第1閾値より小さい場合には線形処理を用いた学習アルゴリズムを選択し、かつ、前記参照信号の大きさが、前記第1閾値より小さく前記第2閾値より大きい第3閾値以下である場合には、前記線形処理を用いた学習アルゴリズムのうち、学習の収束スピードが遅く、推定精度が高い学習アルゴリズムを選択する
ことを特徴とするエコー抑圧装置。
【請求項3】
前記参照信号を周波数領域の関数に変換する変換部をさらに備え、
前記アルゴリズム選択部は、所定の間隔で複数に分けられた周波数帯域ごとに前記学習アルゴリズムを選択し、
前記エコー学習部は前記周波数帯域ごとに前記学習アルゴリズムを用いて前記参照信号に含まれるエコーを学習し、
前記エコー除去部は、前記周波数帯域ごとに前記エコー学習部による学習結果に基づいてエコーを除去する
ことを特徴とする請求項1又は2に記載のエコー抑圧装置。
【請求項4】
前記エコー除去部は、いずれの学習アルゴリズムにより学習された学習結果に対しても同一の計算式を用いて前記入力信号に含まれるエコーを除去する
ことを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載のエコー抑圧装置。
【請求項5】
スピーカへ伝送される参照信号の大きさに基づいてエコーを学習する学習アルゴリズムを選択するアルゴリズム選択ステップと、
前記アルゴリズム選択ステップにより選択される学習アルゴリズムを用いてエコーを学習するエコー学習ステップと、
前記エコー学習ステップにおける学習結果に基づいてマイクロホンにより収音された入力信号に含まれるエコーを除去するエコー除去ステップと、
を含み、
前記アルゴリズム選択ステップは、前記参照信号の大きさが第1閾値以上の場合には非線形処理を用いた学習アルゴリズムを選択し、前記参照信号の大きさが前記第1閾値より小さい場合には線形処理を用いた学習アルゴリズムを選択し、かつ、前記参照信号の大きさが前記第1閾値よりも大きい第3閾値よりも大きい場合には、前記非線形処理を用いた学習アルゴリズムの中から、前記参照信号の大きさが前記第1閾値以上かつ前記第3閾値以下の場合に用いる学習アルゴリズムよりも学習の収束速度より速い学習アルゴリズムを選択する
ことを特徴とするエコー抑圧方法。
【請求項6】
スピーカとマイクロホンとを有する端末のうちの前記マイクロホンにより収音された入力信号を伝送する送話側信号経路に設けられるエコー抑圧プログラムであって、
コンピュータを、
前記スピーカへ伝送される参照信号の大きさに基づいて、エコーを学習する学習アルゴリズムを選択するアルゴリズム選択部であって、前記参照信号の大きさが第1閾値以上の場合には非線形処理を用いた学習アルゴリズムを選択し、前記参照信号の大きさが前記第1閾値より小さい場合には線形処理を用いた学習アルゴリズムを選択し、かつ、前記参照信号の大きさが前記第1閾値よりも大きい第3閾値よりも大きい場合には、前記非線形処理を用いた学習アルゴリズムの中から、前記参照信号の大きさが前記第1閾値以上かつ前記第3閾値以下の場合に用いる学習アルゴリズムよりも学習の収束速度より速い学習アルゴリズムを選択するアルゴリズム選択部と、
前記アルゴリズム選択部により選択された学習アルゴリズムを用いてエコーを学習するエコー学習部と、
前記エコー学習部による学習結果に基づいて前記入力信号に含まれるエコーを除去するエコー除去部と、
して機能させることを特徴とするエコー抑圧プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エコー抑圧装置、エコー抑圧方法およびエコー抑圧プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、遠端話者が無送話状態のときにエコーパス推定/疑似エコー生成回路の学習を停止することが開示されている。特許文献1に記載の発明では、エコー抑圧装置のキャンセル能力の高さを表す指標ERLEが真のエコーと雑音とのS/N比よりある程度以上小さいときは学習アルゴリズムで用いるパラメータα=1にし、ERLEがS/N比に近づきまたはS/N比より大きくなるにつれてαを徐々に小さくする。
【0003】
特許文献2には、受信信号入力側にスピーカアンプが飽和する受信信号レベルを調査する増幅器を設け、その調査結果に応じたクリッピング閾値を持つクリッピング回路を予測フィルタの入力側に設けて、スピーカアンプの出力が飽和してもエコーキャンセル量を悪化させないエコー抑圧装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平7-303068号公報
【文献】特開2003-134004号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1、2に記載の発明では、演算負荷が重くなってしまうという問題がある。
【0006】
本発明はこのような事情を鑑みてなされたもので、演算装置の処理負荷を軽減しつつ、エコーの除去を効果的に行うことができるエコー抑圧装置、エコー抑圧方法およびエコー抑圧プログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明にかかるエコー抑圧装置は、スピーカとマイクロホンとを有する端末のうちの前記マイクロホンにより収音された入力信号を伝送する送話側信号経路に設けられるエコー抑圧装置であって、前記スピーカへ伝送される参照信号の大きさに基づいて、エコーを学習する学習アルゴリズムを選択するアルゴリズム選択部と、前記アルゴリズム選択部により選択された学習アルゴリズムを用いてエコーを学習するエコー学習部と、前記エコー学習部による学習結果に基づいて前記入力信号に含まれるエコーを除去するエコー除去部と、を備え、前記アルゴリズム選択部は、前記参照信号の大きさが第1閾値以上の場合には非線形処理を用いた学習アルゴリズムを選択し、前記参照信号の大きさが前記第1閾値より小さい場合には線形処理を用いた学習アルゴリズムを選択することを特徴とする。
【0008】
本発明によれば、スピーカへ伝送される参照信号の大きさが第1閾値以上の場合には、非線形処理を用いた学習アルゴリズムを選択し、参照信号の大きさが第1閾値より小さい場合には、線形処理を用いた学習アルゴリズムを選択し、選択された学習アルゴリズムを用いてエコーを学習し、学習結果に基づいてマイクロホンにより収音された入力信号に含まれるエコーを除去する。線形処理を用いた学習アルゴリズムは計算量が少ないため、演算装置の処理負荷を軽減することができる。また、非線形処理を用いた学習アルゴリズムを用いることで、非線形の歪みが発生する場合において、エコーの除去を効果的に行うことができる。
【0009】
前記参照信号を周波数領域の関数に変換する変換部をさらに備え、前記アルゴリズム選択部は、所定の間隔で複数に分けられた周波数帯域ごとに前記学習アルゴリズムを選択し、前記エコー学習部は前記周波数帯域ごとに前記学習アルゴリズムを用いて前記参照信号に含まれるエコーを学習し、前記エコー除去部は、前記周波数帯域ごとに前記エコー学習部による学習結果に基づいてエコーを除去してもよい。このように周波数帯域ごとにエコーの除去を行うことで、より確実にエコーを除去することができる。
【0010】
前記参照信号の大きさに基づいてエコーを除去するか否かを決定する除去要否判定部をさらに備え、前記除去要否判定部は、前記参照信号の大きさが前記第1閾値より小さい第2閾値より小さい場合には、前記エコー除去部によるエコーの除去をしないことを決定してもよい。これにより、不要な演算を省略し、演算装置の処理負荷を軽減するとともに、収音された音声を明瞭に送信することができる。
【0011】
前記エコー除去部は、いずれの学習アルゴリズムにより学習された学習結果に対しても同一の計算式を用いてエコーを除去してもよい。この構成によれば、使用する学習アルゴリズムを違和感なく自然に切り替えることができる。
【0012】
本発明にかかるエコー抑圧方法は、例えば、スピーカへ伝送される参照信号の大きさに基づいてエコーを学習する学習アルゴリズムを選択するアルゴリズム選択ステップと、前記アルゴリズム選択ステップにより選択される学習アルゴリズムを用いてエコーを学習するエコー学習ステップと、前記エコー学習ステップにおける学習結果に基づいてマイクロホンにより収音された入力信号に含まれるエコーを除去するエコー除去ステップと、含み、前記アルゴリズム選択ステップは、前記参照信号の大きさが閾値以上の場合には非線形処理を用いた学習アルゴリズムを選択し、前記参照信号の大きさが前記閾値より小さい場合には線形処理を用いた学習アルゴリズムを選択することを特徴とする。
【0013】
本発明にかかるエコー抑圧プログラムは、例えば、スピーカとマイクロホンとを有する端末のうちの前記マイクロホンにより収音された入力信号を伝送する送話側信号経路に設けられるエコー抑圧プログラムであって、コンピュータを、前記スピーカへ伝送される参照信号の大きさに基づいて、エコーを学習する学習アルゴリズムを選択するアルゴリズム選択部であって、前記参照信号の大きさが閾値以上の場合には非線形処理を用いた学習アルゴリズムを選択し、前記参照信号の大きさが前記閾値より小さい場合には線形処理を用いた学習アルゴリズムを選択するアルゴリズム選択部と、前記アルゴリズム選択部により選択された学習アルゴリズムを用いてエコーを学習するエコー学習部と、前記エコー学習部による学習結果に基づいて前記入力信号に含まれるエコーを除去するエコー除去部と、として機能させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、演算装置の処理負荷を軽減しつつ、エコーの除去を効果的に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】第1の実施の形態に係るエコー抑圧装置1が設けられた音声通信システム100を模式的に示す図である。
図2】エコー抑圧装置1の概略構成を示すブロック図である。
図3】エコー抑圧装置1が行う処理の流れを示すフローチャートである。
図4】第2の実施の形態に係るエコー抑圧装置2の概略構成を示すブロック図である。
図5】エコー抑圧装置2が行う処理の流れを示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明に係るエコー抑圧装置の実施形態を、図面を参照して詳細に説明する。エコー抑圧装置は、音声通信システムにおいて、通話の際に発生するエコーを抑圧する装置であり、スピーカおよびマイクが組み込まれてなる製品、例えば電話会議やテレビ会議用のヘッドセット、車載用の通話装置、およびインターホン等に用いられる。
【0017】
<第1の実施の形態>
図1は、第1の実施の形態に係るエコー抑圧装置1が設けられた音声通信システム100を模式的に示す図である。音声通信システム100は、主として、マイクロホン51及びスピーカ52を有する端末50(例えば、車載装置、会議システム、携帯端末)と、2台の通信装置53、54と、スピーカアンプ55と、エコー抑圧装置1と、を有する。
【0018】
音声通信システム100は、端末50(近端端末)を利用する利用者(近端側にいる利用者A)が、通信装置54(遠端端末)を利用する利用者(遠端側にいる利用者B)と音声通信を行なうシステムである。通信装置54を介して入力された音声信号をスピーカ52によって拡声出力し、かつ、近端側にいる利用者の発する音声をマイクロホン51により集音して通信装置54へ伝送することで、利用者Aは、通信装置53を把持することなく拡声通話(ハンズフリー通話)が可能となる。通信装置53と通信装置54とは、一般的な電話回線により接続されており、相互に通話が可能である。
【0019】
エコー抑圧装置1は、マイクロホン51から入力された入力信号を、端末50から通信装置53へ伝送する送話側信号経路に設けられる。
【0020】
エコー抑圧装置1は、例えば、音声通信システム100内の端末50等に搭載される専用ボードとして構築されてもよい。また、エコー抑圧装置1は、例えば、コンピュータのハードウエア及びソフトウエア(エコー抑圧プログラム)によって構成されてもよい。エコー抑圧プログラムは、コンピュータ等の機器に内蔵されている記憶媒体としてのHDDや、CPUを有するマイクロコンピュータ内のROM等に予め記憶しておき、そこからコンピュータにインストールされてもよい。また、エコー抑圧プログラムは、半導体メモリ、メモリカード、光ディスク、光磁気ディスク、磁気ディスク等のリムーバブル記憶媒体に、一時的あるいは永続的に格納(記憶)しておいてもよい。
【0021】
図2は、エコー抑圧装置1の概略構成を示すブロック図である。エコー抑圧装置1は、マイクロホン51と通信装置53の送話側の信号入力端531との間に接続されている。図2において、上側の信号経路は、マイクロホン51から入力された入力信号を伝送する送話側信号経路であり、下側の信号経路は、スピーカ52へ信号を伝送する受話側信号経路である。
【0022】
マイクロホン51で収音される入力信号および通信装置53によって受信された音声信号は、エコー抑圧装置1に入力される。エコー抑圧装置1は、通信装置53に受信され、受話側信号経路を伝達される音声信号である参照信号に基づいて入力信号のエコーを除去し、送話側の信号入力端531へ出力する。
【0023】
エコー抑圧装置1は、主として、エコー除去部11と、除去要否判定部22と、アルゴリズム選択部23と、エコー学習部24と、を有する。
【0024】
エコー除去部11は、マイクロホン51で収音された入力信号からエコーを除去する機能部である。エコー除去部11は、後述するエコー学習部24により生成された疑似エコー信号を用いてエコーを除去する。エコー除去部11の処理は既に公知であるため、説明を省略する。エコー除去部11から出力された信号は、送話側の信号入力端531へ出力され、通信装置53を介して利用者Bが有する通信装置54に伝達される。
【0025】
除去要否判定部22は、参照信号の大きさに基づいて、エコー除去部11によるエコーの除去を行うか否かを判定する機能部である。除去要否判定部22は、参照信号の大きさが閾値T2より小さい場合、エコー除去部11によるエコーの除去をしないことを決定する。除去要否判定部22は、参照信号の大きさが閾値T2以上である場合、エコー除去部11によるエコーの除去を行うことを決定する。
【0026】
参照信号の大きさは、所定時間における参照信号の音圧の総和により求められる。また、参照信号の大きさは、所定時間における参照信号の絶対値を総和することにより求められてもよい。また、単位時間あたりの参照信号の絶対値の平均値を参照信号の大きさとしてもよい。
【0027】
閾値T2は、通信装置54側の環境騒音に基づいて定められる。通信装置54側から常に入力されている環境騒音に関しては、利用者Bからの音声を利用者Aが聞き取る場合に大きな障害にならない場合が通常であるためである。例えば、通信装置54から信号出力端532へ入力される騒音レベルが30dB(SPL)以下である場合における参照信号の最大値を閾値T2とすることができる。また例えば、スピーカ52から1m離れた場所で十分静かな場合(30dB(SPL)以下)である場合における参照信号の最大値を閾値T2とすることができる。
【0028】
エコー学習部24は、エコーの学習アルゴリズムを用いて入力信号に含まれるエコーを学習し、エコー除去部11によりエコーの除去に用いられる疑似エコー信号を生成する機能部である。エコー学習部24は、複数種類の学習アルゴリズムを実行可能に構成されている。エコー学習部24は、非線形処理を用いた学習アルゴリズムと、線形処理を用いた学習アルゴリズムムと、を実行することができる。エコー学習部24は、次に詳述するアルゴリズム選択部23により選択される1の学習アルゴリズムを用いて、エコーを学習する。
【0029】
アルゴリズム選択部23は、エコー学習部24がエコーの学習に用いる学習アルゴリズムを選択する機能部である。アルゴリズム選択部23は、参照信号の大きさに対する少なくとも1つの閾値に基づいてアルゴリズムを選択する。ここでは、アルゴリズム選択部23は、参照信号の大きさが閾値T2より大きい閾値T1以上か否かを判定し、判定結果に基づいてエコーを学習する学習アルゴリズムを決定する。
【0030】
閾値T1は、例えばスピーカ52から1mはなれた場所でスピーカ歪みを測定し、正弦波の歪みレベルが1%以上発生する場合の参照信号の平均値とすることができる。スピーカ歪みの測定は、例えば、「JIS C 5532:2014 音響システム用スピーカ」で定められた方法を用いる。
【0031】
アルゴリズム選択部23は、参照信号の大きさが閾値T1以上の場合は非線形処理を用いた学習アルゴリズムを選択し、参照信号の大きさが閾値T1より小さい場合は線形処理を用いた学習アルゴリズムを選択する。線形処理を用いた学習アルゴリズムは、例えばNLMSやLMSである。
【0032】
除去要否判定部22およびアルゴリズム選択部23は、所定時間間隔ごとに、定期的に参照信号の大きさを判定し、エコー学習の態様を切り替える。すなわち、エコー抑圧装置1は、エコー学習の態様に関して、エコー学習を行わない態様、非線形処理を用いた学習アルゴリズムによりエコーを学習する態様、および線形処理を用いた学習アルゴリズムムによりエコーを学習する態様の3種類から選択可能であり、刻々と変化する参照信号の大きさに基づいて、エコー学習の態様が自動的に相互に切り替わるように構成されている。
【0033】
図3は、エコー抑圧装置1が行う処理の流れを示すフローチャートである。まず、マイクロホン51により入力信号を収音し(ステップS1)、受話側の信号出力端532から参照信号を取得する(ステップS2)。そして、除去要否判定部22は、参照信号の大きさが閾値T2以上か否かを判定する(ステップS3)。
【0034】
参照信号の大きさが閾値T2より小さい場合(ステップS3でNo)は、参照信号が小さい、すなわちエコーも小さく、エコー抑圧自体が必要ない場合である。したがって、この場合には、エコー抑圧装置1は、エコーの除去を行わず、入力信号を信号入力端531へ出力する(ステップS8)。これにより、マイクロホン51から出力された音声が歪まないで、きれいな音声のまま通信装置54へ出力される。
【0035】
参照信号の大きさが閾値T2以上の場合(ステップS3でYes)には、アルゴリズム選択部23は、参照信号の大きさが、閾値T1以上か否かを判定する(ステップS4)。
【0036】
参照信号の大きさが閾値T1以上の場合(ステップS4でYes)は、スピーカ52からの音が大きい、すなわちエコーが大きく、スピーカ52からの音が歪む場合である。歪み成分は非線形であるため、線形処理を用いた学習ではエコーを除去するのが困難である。したがって、この場合には、エコー学習部24は、非線形処理を用いた学習アルゴリズムによりエコーを学習する(ステップS5)。非線形処理を用いた学習アルゴリズムは、計算量が多いが、歪みをより確実に除去することができる。
【0037】
参照信号の大きさが閾値T2以上であって閾値T1より小さい場合(ステップS4でNo)は、エコー成分が気になるが、そのレベルが低い場合である。したがって、この場合には、エコー学習部24は、低演算量の線形処理を用いた学習アルゴリズムによりエコーを学習する(ステップS6)。線形処理を用いた学習アルゴリズムは計算量が少ないため、線形処理を用いた学習アルゴリズムを適用することで演算装置の負荷を低減する。
【0038】
ステップS5又はステップS6によりエコー学習が行われると、エコー除去部11は、学習された結果に基づいて入力信号に含まれるエコーを除去する(ステップS7)。エコー除去部11は、いずれの学習アルゴリズムにより学習された学習結果に対しても同一の計算式を用いて参照信号のエコーを除去する。次いで、エコー抑圧装置1は、エコーが除去されている信号を信号入力端531へ出力する(ステップS8)。
【0039】
本実施の形態によれば、参照信号の大きさに基づいてエコーの学習アルゴリズムを選択するため、演算装置の処理負荷を軽減しつつ、エコーの除去を効果的に行うことができる。
【0040】
また、本実施の形態によれば、参照信号の大きさが大きい場合には非線形処理を用いたアルゴリズムによる学習に切り替えることで、参照信号の大きさが大きい場合に生じる非線形の歪みを確実に除去することができる。
【0041】
また、本実施の形態によれば、いずれの学習アルゴリズムにより学習された学習結果に対しても同一の計算式を用いて前記参照信号のエコーを除去するため、使用する学習アルゴリズムが頻繁に切り替わっても、違和感なく自然にエコーを除去することができる。
【0042】
なお、本実施の形態では、除去要否判定部22およびアルゴリズム選択部23が参照する閾値T1および閾値T2は、あらかじめ定められていたが、過去の参照信号又は入力信号の値に基づいて閾値T1および閾値T2を変動させてもよい。また、エコー抑圧装置1は、適宜接続される外部機器により閾値T1および閾値T2を書き換え可能に構成されていてもよい。
【0043】
また、本実施の形態では、アルゴリズム選択部23が1個の閾値に基づいて学習アルゴリズムを選択するものであったが、アルゴリズム選択部23は複数の閾値に基づいて学習アルゴリズムを選択してもよい。すなわち、エコー学習部24は3種類以上の学習アルゴリズムをそれぞれ実行可能であって、アルゴリズム選択部23は、互いに異なる複数の閾値に基づいて1の学習アルゴリズムを選択するように構成されていてもよい。
【0044】
例えばアルゴリズム選択部23は、参照信号の大きさが大きい場合、例えば閾値T1より大きい閾値T5よりも参照信号が大きい場合は、非線形処理を用いた学習アルゴリズムのうち、参照信号の大きさが閾値T1以上かつ閾値T5以下の場合に用いる学習アルゴリズムよりも学習の収束速度が速い学習アルゴリズムを選択する。閾値T5は、例えばスピーカ52から1mはなれた場所でスピーカ歪みの試験を行い、正弦波の歪みレベルが2%以上発生する場合の参照信号の平均値とすることができる。非線形処理を用いた学習アルゴリズムは、非線形フィルタの設計に用いる数理アルゴリズムにより収束速度及び精度が変わる。したがって、参照信号の大きさが閾値T5よりも大きい場合は、参照信号の大きさが閾値T1以上かつ閾値T5以下の場合よりも収束速度が速い数理アルゴリズムを選択する。このように、大きな歪みが発生する場合には、エコー成分除去の精度よりも速さを優先し、ある程度エコーが除去されている目的音声を早く生成する。
【0045】
また例えば、アルゴリズム選択部23は、参照信号の大きさが小さい場合、例えば参照信号が閾値T1より小さく閾値T2より大きい閾値T6以下である場合は、エコー成分除去の速さよりも精度を優先し、線形処理を用いた学習アルゴリズムのうち、学習の収束速度が遅く、推定精度の高い学習アルゴリズムを選択する。閾値T6は、例えば、スピーカ52から1m離れた場所で十分静かな場合(30dB(SPL)以下)である場合の参照信号の最大値とする。例えば、参照信号が閾値T2より大きくかつ閾値T6以下である場合は精度が高いLMSを用い、参照信号が閾値T6より大きくかつ閾値T1以下である場合は速度が速いNLMSを用いる。このように、エコー成分が小さい場合には、エコー成分除去の速さよりも精度を優先し、エコー成分を確実に除去する。
【0046】
また、アルゴリズム選択部23は、選択される学習アルゴリズムに含まれるパラメータを、参照信号の大きさに基づいて変更できるように構成されていてもよい。パラメータを変えることで、学習アルゴリズムの更新速度が変更される。アルゴリズム選択部23は、参照信号の大きさに比例して当該パラメータを連続的に変化させてもよいし、段階的に切り替えてもよい。またアルゴリズム選択部23は、適宜接続される外部機器により学習速度に関するパラメータを変更できるように構成されていてもよい。この構成によれば、参照信号の大きさに応じてより細かく学習速度を調整することができる。
【0047】
また、本実施の形態では、エコー学習部24が擬似エコー信号の生成を行ったが、エコー学習部24は、擬似エコー信号の生成において、スピーカ52の再生直後から所定期間が経過するまでの入力信号からは擬似エコー信号を生成しないようにしてもよい。スピーカ52の再生直後から所定期間が経過するまでは、スピーカ52等が継続して振動することにより発生した音がマイクロホン51に回り込むため、参照信号に起因しない入力信号が発生してしまうからである。ただし、スピーカ52の再生直後から所定期間が経過するまでに参照信号が入力された場合には、エコー学習部24が擬似エコー信号の生成をしないで、エコー除去部11が振動により発生した音を検知してエコーを抑圧することが望ましい。参照信号が入力されたか否かは、参照信号の大きさに基づいて検知してもよいし、発話検知部が発話を検知するようにしてもよい。発話の検知は既に公知であるため説明を省略する。
【0048】
<第2の実施の形態>
本発明に係るエコー抑圧装置の第2の実施形態について、第1の実施形態と異なる部分を中心に説明する。第2の実施形態にかかるエコー抑圧装置2は、参照信号を周波数領域の関数に変換する変換部、およびエコーが除去されている信号を時間領域の関数に変換する逆変換部を備える点において、第1の実施形態にかかるエコー抑圧装置1とは異なる。なお、以降の説明において、第1の実施形態と同様の構成については同一の符号を付し、説明を省略する。
【0049】
図4は、第2の実施の形態に係るエコー抑圧装置2の概略構成を示すブロック図である。エコー抑圧装置2は、主として、エコー除去部12と、変換部30、31と、除去要否判定部32と、アルゴリズム選択部33と、エコー学習部34と、逆変換部35と、を有する。
【0050】
変換部30は、参照信号を周波数領域の関数に変換する機能部である。変換部31は、入力信号を周波数領域の関数に変換する機能部である。変換部30、31は、本実施形態においてはフーリエ変換を行うが、他の変換手法によって周波数領域の関数に変換してもよい。
【0051】
除去要否判定部32は、所定の間隔で複数に分けられた周波数帯域ごとに、エコー除去部11によるエコーの除去を行うか否かを判定する。除去要否判定部32は、閾値T4に基づいて、エコーの除去を行うか否かを判定する。閾値T4は、周波数帯域ごとに定められている。閾値T4は、閾値T2と同様の方法により求められる。
【0052】
アルゴリズム選択部33は、所定の間隔で複数に分けられた周波数帯域ごとに学習アルゴリズムを選択する。アルゴリズム選択部33は、閾値T3に基づいて、アルゴリズムを選択する。閾値T3は、周波数帯域ごとに定められている。閾値T3は、閾値T4より大きい。閾値T3は、閾値T1と同様の方法により求められる。
【0053】
エコー学習部34は周波数帯域ごとに選択される学習アルゴリズムを用いてエコーを学習する。エコー除去部12は、周波数帯域ごとに得られる学習結果に基づいてエコーを除去する。
【0054】
逆変換部35は、エコーが除去されている信号のパワースペクトル密度を逆変換し、時間領域の関数に変換する機能部である。逆変換部26は、例えば逆フーリエ変換を行う。逆変換部35により変換された時間領域の出力信号は、送話側の信号入力端531に入力され、通信装置53を介して利用者Bが有する通信装置54に伝達される。
【0055】
図5は、エコー抑圧装置2が行う処理の流れを示すフローチャートである。マイクロホン51により入力信号が収音され(ステップS1)、受話側の信号出力端532から参照信号が入力されると(ステップS2)、変換部30は、参照信号を周波数領域の関数に変換する(ステップS10)。また、変換部31は、入力信号を周波数領域の関数に変換する(ステップS11)。これにより、参照信号及び入力信号が複数の周波数帯域に分けられる。
【0056】
除去要否判定部22は、周波数帯域ごとに、エコーの除去を行うか否かを判定する。すなわち除去要否判定部22は、周波数帯域ごとに、参照信号の音圧が閾値T4以上か否かを判定する(ステップS12)。参照信号のパワースペクトル密度が閾値T4より小さい(ステップS12でNo)周波数帯域については、エコー抑圧装置2は、当該各周波数帯域のエコー除去を行わず、後述するステップS18に進む。
【0057】
参照信号のパワースペクトル密度が閾値T4以上(ステップS12でYes)の周波数帯域については、アルゴリズム選択部23は、周波数帯域ごとに、参照信号の音圧が閾値T3以上か否かを判定する(ステップS13)。
【0058】
参照信号のパワースペクトル密度が閾値T3以上(ステップS13でYes)の周波数帯域については、エコー学習部24は、ステップS11で周波数領域の関数に変換された入力信号に基づいて、非線形処理を用いた学習アルゴリズムにより当該周波数帯域のエコーを学習する(ステップS14)。
【0059】
参照信号の大きさが閾値T4以上であって閾値T3より小さい(ステップS13でNo)の周波数帯域については、エコー学習部24は、ステップS11で周波数領域の関数に変換された入力信号に基づいて、線形処理を用いた学習アルゴリズムにより当該周波数帯域のエコーを学習する(ステップS15)。
【0060】
エコー除去部12は、ステップS14、S15で学習された結果に基づいて周波数帯域ごとに入力信号に含まれるエコーを除去する(ステップS17)。
【0061】
逆変換部35は、エコー除去部12によりエコーが除去された周波数領域の関数を時間領域の関数に変換する(ステップS18)。また、逆変換部35は、参照信号のパワースペクトル密度が閾値T4より小さい(ステップS12でNo)周波数帯域については、ステップS11で周波数領域の関数に変換された信号を再び時間領域の関数に変換する(ステップS18)。最後に、エコー抑圧装置2は、逆変換部35により変換された信号を信号入力端531へ出力する(ステップS19)。
【0062】
本実施の形態によれば、周波数帯域ごとにエコーの除去を効果的に行うことができるため、より確実にエコーを除去することができる。
【0063】
なお、本実施の形態では、ステップS10の後にステップS11を行ったが、ステップS11はステップS14、S15の直前に行ってもよい。
【0064】
以上、この発明の実施形態を、図面を参照して詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態に限られるものではなく、この発明の要旨を逸脱しない範囲の設計変更等も含まれる。
【符号の説明】
【0065】
1 :エコー抑圧装置
11、12:エコー除去部
22、32:除去要否判定部
23、33:アルゴリズム選択部
24、34:エコー学習部
26 :逆変換部
30、31:変換部
35 :逆変換部
50 :端末
51 :マイクロホン
52 :スピーカ
53、54:通信装置
55 :スピーカアンプ
100 :音声通信システム
531 :信号入力端
532 :信号出力端
図1
図2
図3
図4
図5