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特許7188180石炭専用船又は鉱炭兼用船の船倉用耐食耐摩耗鋼
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-05
(45)【発行日】2022-12-13
(54)【発明の名称】石炭専用船又は鉱炭兼用船の船倉用耐食耐摩耗鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20221206BHJP
   C22C 38/38 20060101ALI20221206BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20221206BHJP
   C21D 8/02 20060101ALN20221206BHJP
【FI】
C22C38/00 301F
C22C38/38
C22C38/60
C21D8/02 A
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019032799
(22)【出願日】2019-02-26
(65)【公開番号】P2020132994
(43)【公開日】2020-08-31
【審査請求日】2021-10-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】澤村 充
(72)【発明者】
【氏名】長澤 慎
(72)【発明者】
【氏名】金子 道郎
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 妃奈
(72)【発明者】
【氏名】鹿島 和幸
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 実
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-150602(JP,A)
【文献】特開2005-298957(JP,A)
【文献】特開2018-009219(JP,A)
【文献】特開2002-088440(JP,A)
【文献】特開2010-100872(JP,A)
【文献】特開2017-128762(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2012/0132322(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 8/00- 8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.01%以上、0.15%以下、
Si:0.05%以上、1.00%以下、
Mn:0.10%以上、2.00%以下、
P:0%超、0.020%以下、
S:0%超、0.010%以下、
Cr:0.05%超、3.00%以下、
Al:0.01%以上、0.10%以下、
B:0.0003%以上、0.0020%以下、
N:0.0020%以上、0.0100%以下
を含有し、残部がFe及び不純物からなり、
下記式(1)によって求められる炭素当量Ceq(%)が0.20%以上であり、
表面から板厚方向に1mm~3mmの表層部において、ラス状組織の面積率が90%以上であり、前記ラス状組織に存在するセメンタイトの長軸/短軸比の平均値が2.00以上である金属組織を有し、
前記表層部のビッカース硬さが200HV5以上である、石炭専用船又は鉱炭兼用船の船倉用耐食耐摩耗鋼。
Ceq(%)=[C]+[Mn]/6+[Si]/24+[Ni]/40+[Cr]/5+[Mo]/4+[V]/4 ・・・ (1)
ここで、[X]は、元素Xの質量%での含有量であり、含有しない元素Xの項には0を代入する。
【請求項2】
さらに、質量%で、
Mo:1.00%以下、
W:1.00%以下、
Ni:1.00%以下、
Cu:1.00%以下、
Sn:0.20%以下、
Sb:0.20%以下
の1種又は2種以上を含有する、請求項1に記載の石炭専用船又は鉱炭兼用船の船倉用耐食耐摩耗鋼。
【請求項3】
さらに、質量%で、
Ti:0.025%以下、
V:0.20%以下、
Nb:0.05%以下
の1種又は2種以上を含有する、請求項1又は請求項2に記載の石炭専用船又は鉱炭兼用船の船倉用耐食耐摩耗鋼。
【請求項4】
さらに、質量%で、
Ca:0.05%以下、
Mg:0.05%以下、
REM:0.1%以下
の1種又は2種以上を含有する、請求項1~請求項3の何れか1項に記載の石炭専用船又は鉱炭兼用船の船倉用耐食耐摩耗鋼。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、石炭専用船又は鉱炭兼用船の船倉用耐食耐摩耗鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
石炭専用船及び鉱炭兼用船の船倉(カーゴホールド)は、石炭を積載している際に、自然発火を防止するために散水が行われ、湿潤状態になり、腐食が進行する。また、船倉は、特に石炭を搬出する際に、重機のバケットなどにより摩耗を受ける。したがって、石炭専用船及び鉱炭兼用船の船倉に使用される鋼材として、耐食性と耐摩耗性とを両立する耐食耐摩耗鋼が提案されている(例えば、特許文献1、2、参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2010-100872号公報
【文献】特開2017-128762号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来、石炭専用船及び鉱炭兼用船の船倉内(カーゴホールド内)では、船倉の側壁部に生じた結露水中に、石炭に含まれる硫黄が溶け出し、温度の上昇によって硫酸が生成し、低pH環境となるため腐食が進行するものと考えられていた。しかし、本発明者らが、カーゴホールド内にて腐食した鋼材を分析した結果、地鉄界面からは塩化物イオン(Cl)が認められたものの、硫酸イオン(SO 2-)は認められなかった。したがって、カーゴホールド内の主要腐食因子は硫酸イオン(SO 2-)ではなく、塩化物イオン(Cl)であると考えられる。
【0005】
このように、従来、カーゴホールド内では硫酸によって鋼材の腐食が進行すると考えられていたが、塩化物イオン(Cl)が腐食の主な原因であることが判明した。したがって、石炭専用船又は鉱炭兼用船の船倉用耐食耐摩耗鋼の成分設計には、従来とは異なるコンセプトが必要になる。さらに、カーゴホールド内、特に底板は、積荷である石炭や鉱石による摩耗損傷、重機のバケットなどによる摩耗損傷が生じる。
【0006】
本発明はこのような実情に鑑み、塩化物イオンによる腐食、積荷である石炭や鉱石、重機のバケットなどによる摩耗による損傷に対する耐性を有する、石炭専用船又は鉱炭兼用船の船倉用耐食耐摩耗鋼の提供を課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、石炭専用船又は鉱炭兼用船の船倉内が、耐酸性ではなく、塩化物イオンに対する耐食性が要求されること、耐摩耗性を高めるためには硬さが要求されることから、鋼の焼入れ性を高めて硬さ向上に寄与する合金元素であるCrに着目した。そして、鋼材の耐食性と耐摩耗性とを両立するため、金属組織についても検討を重ねた。その結果、Cr含有量を0.05%超とし、熱間圧延後の冷却速度を15℃/s超にして、金属組織を、ラス状組織の面積率が90%以上であり、ラス状組織に存在するセメンタイトの長軸/短軸比が2.00以上であるものとし、表層部のビッカース硬さを200HV5以上にすることによって、耐食性と耐摩耗性との両立が可能であることを見出した。ここで、「200HV5」はJIS Z 2244:2009に準拠した表示であり、5kgf(49.03N)の試験力で測定したビッカース硬さが200以上であることを意味する。
【0008】
本発明はこのような知見に基づいてなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
【0009】
[1]質量%で、
C:0.01%以上、0.15%以下、
Si:0.05%以上、1.00%以下、
Mn:0.10%以上、2.00%以下、
P:0%超、0.020%以下、
S:0%超、0.010%以下、
Cr:0.05%超、3.00%以下、
Al:0.01%以上、0.10%以下、
B:0.0003%以上、0.0020%以下、
N:0.0020%以上、0.0100%以下
を含有し、残部がFe及び不純物からなり、
下記式(1)によって求められる炭素当量Ceq(%)が0.20%以上であり、
表面から板厚方向に1mm~3mmの表層部において、ラス状組織の面積率が90%以上であり、前記ラス状組織に存在するセメンタイトの長軸/短軸比の平均値が2.00以上である金属組織を有し、
前記表層部のビッカース硬さが200HV5以上である、石炭専用船又は鉱炭兼用船の船倉用耐食耐摩耗鋼。
Ceq(%)=[C]+[Mn]/6+[Si]/24+[Ni]/40+[Cr]/5+[Mo]/4+[V]/4 ・・・ (1)
ここで、[X]は、元素Xの質量%での含有量であり、含有しない元素Xの項には0を代入する。
【0010】
[2]さらに、質量%で、
Mo:1.00%以下、
W:1.00%以下、
Ni:1.00%以下、
Cu:1.00%以下、
Sn:0.20%以下、
Sb:0.20%以下
の1種又は2種以上を含有する、上記[1]に記載の石炭専用船又は鉱炭兼用船の船倉用耐食耐摩耗鋼。
【0011】
[3]さらに、質量%で、
Ti:0.025%以下、
V:0.20%以下、
Nb:0.05%以下
の1種又は2種以上を含有する、上記[1]又は[2]に記載の石炭専用船又は鉱炭兼用船の船倉用耐食耐摩耗鋼。
【0012】
[4]さらに、質量%で、
Ca:0.05%以下、
Mg:0.05%以下、
REM:0.1%以下
の1種又は2種以上を含有する、上記[1]~[3]の何れか1項に記載の石炭専用船又は鉱炭兼用船の船倉用耐食耐摩耗鋼。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、塩化物イオンによる腐食、積荷である石炭や鉱石、重機のバケットなどによる摩耗による損傷に対する耐性を有する、石炭専用船又は鉱炭兼用船の船倉用耐食耐摩耗鋼の提供が可能になり、産業上の効果が顕著である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本実施形態に係る石炭専用船又は鉱炭兼用船の船倉用耐食耐摩耗鋼(以下、船倉用耐食耐摩耗鋼ということがある。)について詳細に説明する。まず、本実施形態の船倉用耐食耐摩耗鋼の化学組成について説明する。なお、化学組成における各元素の含有量を示す「%」は、質量%を意味する。また、化学組成における数値範囲において、「~」を用いて表される数値範囲は、特に指定しない限り、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。よって、例えば、0.01~0.15%は,0.01%以上0.15%以下の範囲を意味する。
【0015】
<C:0.01%以上、0.15%以下>
Cは、硬度を確保するために有効な元素であり、C含有量を0.01%以上とする。好ましくはC含有量を0.02%以上、より好ましくは0.03%以上とする。一方、C含有量が過剰になると、靱性が低下し、また、製造条件によっては、ラス状組織に存在するセメンタイトが成長し、長軸/短軸比が2.00未満となり、耐食性が低下することがあるため、Cの含有量を0.15%以下とする。好ましくは、C含有量を0.13%以下とする。
【0016】
<Si:0.05%以上、1.00%以下>
Siは脱酸剤であり、また硬度の向上にも有効な元素であり、Si含有量を0.05%以上とする。好ましくはSi含有量を0.10%以上とする。一方、Si含有量が1.00%を超えると、靱性が低下するため、1.00%以下とする。好ましくはSi含有量を0.80%以下、より好ましくは0.50%以下とする。
【0017】
<Mn:0.10%以上、2.00%以下>
Mnは、焼入れ性を高め、硬度を向上させる元素であり、0.10%以上を含有させることが必要である。好ましくはMn含有量を0.20%以上、より好ましくは0.50%以上とする。一方、Mnを過剰に含有させると、靭性が低下し、また、セメンタイトの形成を促進し、結果的に耐食性低下を生じやすくなるため、Mn含有量を2.00%以下とする。好ましくはMn含有量を1.80%以下、より好ましくは1.60%以下とする。
【0018】
<P:0%超、0.020%以下>
Pは不純物であり、靱性や加工性を低下させるため、P含有量を0.020%以下に制限する。好ましくはP含有量を0.015%以下、より好ましくは0.010%以下とする。P含有量の下限は0%が好ましいが、製造コストの観点から0%超とする。P含有量は0.0001%以上であってもよい。
【0019】
<S:0%超、0.010%以下>
Sも不純物であり、靱性を低下させることから、S含有量を0.010%以下に制限する。好ましくはS含有量を0.007%以下、より好ましくは0.005%以下、より一層好ましくは0.003%以下とする。S含有量の下限は0%が好ましいが、製造コストの観点から0%超とする。S含有量の下限は0.0001%であってもよい。
【0020】
<Cr:0.05%超、3.00%以下>
Crは、塩化物イオンによる腐食を抑制し、また、焼入れ性を高め、硬度を上昇させる重要な元素である。カーゴホールド内で鋼材の腐食が進行する主な原因は塩化物イオンであり、耐食性を向上させるために、Cr含有量を0.05%超とする。好ましくはCr含有量を0.10%以上とし、焼入れ性を高めるために、より好ましくは0.20%以上とする。一方、Crを過剰に含有させると、靱性が低下するため、Cr含有量を3.00%以下とする。好ましくはCr含有量を2.00%以下、より好ましくは1.70%以下、さらに好ましくは1.50%以下とする。
【0021】
<Al:0.01%以上、0.10%以下>
Alは、脱酸剤として有効な元素である。また、Alは、NとAlNを形成し、結晶粒を微細化させて、靱性を向上させるため、Al含有量を0.01%以上とする。好ましくはAl含有量を0.02%以上、より好ましくは0.03%以上とする。一方、Alを過剰に含有させると靭性が低下するため、Al含有量を0.10%以下とする。好ましくはAl含有量を0.08%以下、より好ましくは0.07%以下とする。
【0022】
<B:0.0003%以上、0.0020%以下>
Bは、鋼の焼入れ性を顕著に高める元素であり、硬度を確保するために、B含有量を0.0003%以上とする。好ましくはB含有量を0.0005%以上、より好ましくは0.0007%以上とする。より一層好ましくは0.0010%以上とする。一方、Bを過剰に含有すると硼化物を形成して焼入れ性が低下し、硬度を確保できなくなるため、B含有量を0.0020%以下とする。好ましくはB含有量を0.0018%以下、より好ましくは0.0016%以下とする。
【0023】
<N:0.0020%以上、0.0100%以下>
Nは、AlやTiと窒化物を形成し、結晶粒を微細化させて、靱性を向上させる元素であるため、N含有量の下限を0.0020%とする。好ましくはN含有量を0.0030%以上、より好ましくは0.0040%以上とする。一方、Nを過剰に含有する場合は、粗大な窒化物が生成し、靭性を低下させるため、N含有量を0.0100%以下とする。好ましくはN含有量を0.0080%以下、より好ましくは0.0060%以下とする。
【0024】
本実施形態に係る船倉用耐食耐摩耗鋼の化学組成の残部は、Fe及び不純物である。ここで、不純物とは、鋼を工業的に製造する際に、鉱石やスクラップ等のような原料を始めとして、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本実施形態に係る船倉用耐食耐摩耗鋼の特性に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。ただし、本実施形態に係る船倉用耐食耐摩耗鋼においては、不純物のうち、P及びSについては、上述のように、上限を規定する必要がある。
【0025】
さらに、耐食性を向上させるために、Mo、W、Ni、Cu、Sn、Sbの1種又は2種以上を含有させることができる。
【0026】
<Mo:1.00%以下>
Moは、耐食性を向上させ、焼入れ性を高める元素である。Mo含有量は、0%であってもよいが、ラス状組織の生成を促進し、硬度を高めるために、0.05%以上とすることが好ましい。より好ましくは、Mo含有量を0.10%以上とする。一方、Moを過剰に含有させると硬度が高くなり過ぎて靭性が低下するため、Mo含有量を1.00%以下とする。Mo含有量は、好ましくは0.80%以下、より好ましくは0.60%以下とする。
【0027】
<W:1.00%以下>
Wは、Moと同様、耐食性を向上させ、焼入れ性を高める元素である。Wの含有量は、0%であってもよいが、ラス状組織の生成を促進し、硬度を高めるために、0.05%以上とすることが好ましい。より好ましくは、W含有量を0.10%以上とする。一方、Wを過剰に含有させると硬度が高くなり過ぎて靭性が低下するため、W含有量を1.00%以下とする。W含有量は、好ましくは0.80%以下、より好ましくは0.60%以下とする。
【0028】
<Ni:1.00%以下>
Niは、鋼の焼入れ性を高めて、硬度の向上に寄与し、耐食性を向上させる元素である。Niの含有量は0%であってもよいが、0.03%以上とすることが好ましい。より好ましくは、Ni含有量を0.10%以上、さらに好ましくは0.20%以上とする。一方、Niは高価な合金元素であるため、コストの観点から、Ni含有量を1.00%以下とする。好ましくはNi含有量を0.95%以下、より好ましくは0.90%以下とする。
【0029】
<Cu:1.00%以下>
Cuは、鋼の焼入れ性を高め、耐食性を向上させる元素である。Cuの含有量は0%であってもよいが、0.03%以上とすることが好ましい。より好ましくは、Cu含有量を0.10%以上、さらに好ましくは0.20%以上とする。一方、Cuは熱間加工性や溶接性を低下させるため、Cu含有量を1.00%以下とする。好ましくはCu含有量を0.95%以下、より好ましくは0.90%以下とする。
【0030】
<Sn:0.20%以下>
Snは、カーゴホールド内が空荷になり、塩化物イオンが濃化して、pHが低下した際に耐食性を高める元素である。Snの含有量は0%であってもよいが、0.01%以上とすることが好ましい。より好ましくは、Sn含有量を0.05%以上とする。一方、Snを過剰に含有させると製造性や靱性が低下するため、Sn含有量を0.20%以下とする。好ましくはSn含有量を0.15%以下とする。
【0031】
<Sb:0.20%以下>
Sbは、Snと同様、カーゴホールド内が空荷になり、塩化物イオンが濃化して、pHが低下した際に耐食性を高める元素である。Sbの含有量は0%であってもよいが、0.01%以上とすることが好ましい。より好ましくは、Sb含有量を0.05%以上とする。一方、Sbを過剰に含有させると製造性や靱性が低下するため、Sb含有量を0.20%以下とする。好ましくはSb含有量を0.15%以下とする。
【0032】
さらに、靱性などの機械的性質を向上させるために、Ti、V、Nbの1種又は2種以上を含有させることができる。
【0033】
<Ti:0.025%以下>
Tiは、TiNを形成し、結晶粒を微細化させて、靱性を向上させる元素である。Tiの含有量は0%であってもよいが、0.005%以上を含有させることが好ましい。より好ましくは、Ti含有量を0.007%以上、さらに好ましくは0.010%以上とする。一方、Tiを過剰に含有させると靭性を低下させることがあるため、Ti含有量を0.025%以下とする。好ましくは0.020%以下、より好ましくは0.015%以下とする。
【0034】
<V:0.20%以下>
Vは、焼入れ性を高めて硬度の向上に寄与し、靭性を向上させる元素である。Vの含有量は0%であってもよいが、0.01%以上とすることが好ましい。より好ましくは、V含有量を0.02%以上、さらに好ましくは0.05%以上とする。一方、Vを過剰に含有させると、靭性を低下させることがあるため、V含有量を0.20%以下とする。好ましくはV含有量を0.18%以下、より好ましくは0.15%以下とする。
【0035】
<Nb:0.05%以下>
Nbは、窒化物の形成や再結晶の抑制によって結晶粒の細粒化に寄与する元素である。Nbの含有量は0%であってもよいが、靱性を向上させるために、0.005%以上とすることが好ましい。より好ましくは、Nb含有量を0.007%以上、さらに好ましくは0.01%以上とする。一方、Nbを過剰に含有させると靭性を低下させることがあるため、Nb含有量を0.05%以下とする。好ましくはNb含有量を0.03%以下、より好ましくは0.02%以下とする。
【0036】
さらに、介在物の形態等を制御するために、Ca、Mg、REMの1種又は2種以上を含有させることができる。
【0037】
<Ca:0.05%以下>
Caは、酸化物、硫化物を形成する元素である。Caの含有量は0%であってもよいが、熱間圧延によって延伸しにくい介在物を形成させるために、Ca含有量を0.0005%以上とすることが好ましい。より好ましくは、Ca含有量を0.0007%以上、さらに好ましくは0.0010%以上とする。一方、Caを過剰に含有させると、粗大な酸化物を形成して靭性を低下させることがあるため、Ca含有量を0.05%以下とする。好ましくはCa含有量を0.02%以下、より好ましくは0.01%以下とする。
【0038】
<Mg:0.05%以下>
Mgは、酸化物、硫化物を形成する元素である。Mgの含有量は0%であってもよいが、微細な酸化物を形成させて、主に靱性を向上させるために、Mg含有量を0.0005%以上とすることが好ましい。より好ましくは、Mg含有量を0.0007%以上、さらに好ましくは0.0010%以上とする。一方、Mgを過剰に含有させると、粗大な酸化物を形成して靭性を低下させることがあるため、Mg含有量を0.05%以下とする。好ましくはMg含有量を0.02%以下、より好ましくは0.01%以下とする。
【0039】
<REM:0.1%以下>
REMは、酸化物、硫化物を形成する元素である。REMの含有量は0%であってもよいが、熱間圧延によって延伸しにくい介在物を形成させ、また、微細な酸化物を形成させて、主に靱性を向上させるために、REM含有量を0.0005%以上とすることが好ましい。より好ましくはREM含有量を0.001%以上、さらに好ましくは0.002%以上とする。一方、REMを過剰に含有させると、粗大な酸化物を形成して靭性を低下させることがあるため、REM含有量を0.1%以下とする。より好ましくは、REM含有量を0.02%以下、さらに好ましくは0.01%以下とする。ここで、REMは、Sc、Yおよびランタノイドの合計17元素を指し、前記REMの含有量はこれらの元素の合計含有量を意味する。REMは、例えばFe-Si-REM合金を使用して溶鋼に添加され、この合金には、例えば、Ce、La、Nd、Prが含まれる。
【0040】
(炭素当量Ceq:0.20%以上)
炭素当量Ceqは、鋼の硬さに影響を及ぼす焼入れ性の指標であり、耐摩耗性を向上させるために0.20%以上とする。好ましくは0.30%以上、より好ましくは0.35%以上とする。炭素当量Ceqは、加工性や靭性を確保するため、好ましくは0.60%以下とする。より好ましくは0.55%以下、より好ましくは0.50%以下とする。炭素当量Ceqは、合金元素の含有量によって下記(1)式で計算される。
【0041】
Ceq(%)=[C]+[Mn]/6+[Si]/24+[Ni]/40+[Cr]/5+[Mo]/4+[V]/4 ・・・ (1)
ここで、[X]は、元素Xの質量%での含有量であり、含有しない元素Xの項には0を代入する。
【0042】
(金属組織)
次に、本実施形態に係る船倉用耐食耐摩耗鋼の金属組織について説明する。
【0043】
本実施形態に係る船倉用耐食耐摩耗鋼は、硬さを確保するため、板厚方向で表面から1mm~3mmの表層部の金属組織が重要であり、ラス状組織の面積率を90%以上とする。ラス状組織は、炭素当量Ceqを0.20%以上とし、熱間圧延後の冷却速度、又は、焼入れ処理の冷却速度を15℃/s超とした場合に生成する硬質の組織である。ラス状組織は、例えば、自己焼戻しマルテンサイト、下部ベイナイトの一方若しくは両方か、又は、焼戻しマルテンサイトである。ラス状組織の残部は、一般には、ポリゴナルフェライト、パーライト、上部ベイナイトの1種又は2種以上である。自己焼戻しマルテンサイトは、熱間圧延又は焼入れ処理の加熱後の冷却時にセメンタイトが生成したマルテンサイトである。表層部以外の金属組織は、ラス状組織の面積率が50%以上であればよいが、表層部と同様に、90%以上であることが好ましい。
【0044】
ラス状組織の面積率は、板厚断面を観察面とする試料を鏡面研磨し、ナイタールでエッチングして光学顕微鏡で400倍に拡大して金属組織の観察を行い、撮影した写真を用いて測定する。表層部のラス状組織の面積率の測定は、表面から板厚方向に2mmの位置の近傍で行うことが推奨される。表層部以外のラス状組織の面積率の測定は、表面から板厚方向に板厚の1/2の位置の近傍で行うことが推奨される。
【0045】
冷却速度が遅い場合や、焼戻し処理を、高温で長時間保持して行った場合などは、ラス状組織に析出したセメンタイトが成長する。このとき、セメンタイトの成長が過剰に進むと、長軸/短軸比が小さくなる(1に近づく)。そして、セメンタイトの長軸/短軸比が2.00未満になると、カソードサイトとして機能し、鋼の溶解を加速させて耐食性が低下する。したがって、耐食性を確保するためには、ラス状組織に存在するセメンタイトの長軸/短軸比は、2.00以上であることが必要である。すなわち、セメンタイトの長軸/短軸比は、セメンタイトの成長の度合いを示す指標であり、セメンタイトの成長が進むと1に近づくことから、大きい方が好ましいが、5.00以下であってもよい。
【0046】
ラス状組織に存在するセメンタイトの長軸/短軸比は、走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope、SEM)を用いて測定することができる。例えば、船倉用耐食耐摩耗鋼が鋼板である場合、鋼板の板厚断面を観察面とし、鏡面研磨、電解研磨を行い、表面から板厚方向に1mm~3mmの範囲をSEMで10000倍に拡大して撮像する。長軸が30~300nmである100個のセメンタイトの長軸/短軸比を測定し、算術平均をセメンタイトの長軸/短軸比とする。SEMによって撮像された粒子がセメンタイトであるか否かは、SEMに付属するエネルギー分散型X線分析装置(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy、EDS)で確認することができる。セメンタイトの長軸/短軸比の測定は、表面から板厚方向に2mmの位置の近傍で行うことが推奨される。
【0047】
本実施形態に係る船倉用耐食耐摩耗鋼の表層部のビッカース硬さ(以下「表層部硬度」ともいう。)は、耐摩耗性を確保するため、200HV5以上とする。好ましくは250HV5以上とする。船倉用耐食耐摩耗鋼の表層部硬度は、加工性を考慮すると450HV5以下が好ましい。船倉用耐食耐摩耗鋼の表層部硬度は、鋼板の板厚断面を測定面とし、板厚方向で表面から2mmの位置で、JIS Z 2244:2009に準拠して測定する。具体的には、室温で、試験力を49.03N(5kgf)として、鋼板の板厚方向で表面から2mmの位置において、板厚方向と垂直の方向に1mm毎に5点、合計25点におけるビッカース硬さを測定し、これらの平均値(算術平均)として求める。
【0048】
本実施形態において船倉用耐食耐摩耗鋼の形状は特に限定されず、鋼板、鋼帯、形鋼、鋼管、棒鋼、鋼線等であればよい。鋼板、鋼帯、形鋼、鋼管等の鋼材の厚さは、7~50mmである。摩耗による表層部の消失を考慮すると、好ましくは10mm以上である。上限は特に規定しないが、40mm以下が好ましく、より好ましくは30mm以下である。
【0049】
(製造方法)
次に、本実施形態に係る船倉用耐食耐摩耗鋼の好ましい製造方法について説明する。本実施形態に係る船倉用耐食耐摩耗鋼には、熱間圧延を施して製造される鋼板、形鋼、鋼管などが含まれる。
【0050】
本実施形態に係る船倉用耐食耐摩耗鋼は、常法で鋼を溶製し、成分の調整後、鋳造して得られた鋼片を熱間圧延し、そのまま加速冷却を施すか、又は空冷した後、再加熱して焼入れ処理を施して製造される。さらに、焼戻し処理を施してもよい。鋼片は転炉・電気炉等の通常の精錬プロセスで溶製した後、連続鋳造法あるいは造塊-分塊法等の公知の方法で製造することができ、特に制限はない。熱間圧延後は、コイル状に巻き取ってもよい。
【0051】
本実施形態において、鋼管を製造する場合は、鋼板を管状に成形して溶接してもよく、UO鋼管、電縫鋼管、鍛接鋼管、スパイラル鋼管などにすることができる。鋼片に熱間押出や穿孔圧延を施して製造されるシームレス鋼管も本実施形態の船倉用耐食耐摩耗鋼に含まれる。
【0052】
熱間圧延後の水冷及び焼入れ処理の冷却は、冷却速度を15℃/s超にすることが必要である。これは、本実施形態に係る船倉用耐食耐摩耗鋼の金属組織を、面積率で90%以上のラス状組織とするためである。冷却速度は速いほど好ましいが、板厚や冷却設備の能力によって、適宜、決定されるものであり、50℃/s以下であってもよい。熱間圧延後の加速冷却及び焼入れ処理の冷却の停止温度は、炭化物の析出を抑制するために400℃以下にすることが好ましい。
【0053】
さらに、船倉用耐食耐摩耗鋼に加工性や靭性が要求される場合には、400℃以上に加熱する焼戻し処理を施してもよい。焼戻し処理の温度は、セメンタイトの成長を抑制するために、600℃以下とすることが好ましい。焼戻し処理の保持時間は10分間以上、300分間以下であってもよい。
【実施例
【0054】
以下、本発明に係る船倉用耐食耐摩耗鋼の実施例を挙げ、本発明をより具体的に説明する。本発明は、下記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらは何れも本発明の技術的範囲に含まれるものである。
【0055】
表1A、表1Bの鋼No.A1~A12、B1~B11に示す化学組成を有する鋼を溶製した。ここで、表1Bは表1Aの右側に連続する表であり、各鋼についての化学成分のCからNまでを表1Aに記載し、各鋼についての化学成分のMoからREMまで、および各鋼の炭素当量Ceqを表1Bに記載している。表1Aおよび表1Bに示す各鋼の化学成分の残部はFeおよび不純物である。各鋼を溶製後、鋳造して得られた鋼片を加熱して熱間圧延を行い、15℃/s超の冷却速度で水冷し、板厚10mmの鋼板を製造した(表2のNo.1~No12、No.101~No111、No.201)。ここで、比較としてNo.110は熱間圧延後、放冷した。さらに、No.12及びNo.111は水冷後、それぞれ150℃及び610℃で15分間保持する焼戻し処理を施した。
【0056】
ラス状組織の面積率及びラス状組織に存在するセメンタイトの長軸/短軸比の測定は、板厚断面を試験面として、鋼板の板厚方向で表面から1mm~3mmの範囲で行った。金属組織の観察は、試料を鏡面研磨し、ナイタールでエッチングして光学顕微鏡で400倍に拡大して行い、撮影した写真を用いてラス状組織の面積率を測定した。表層部のラス状組織の面積率が90%以上であった試料については、板厚の中心部の金属組織の観察も行い、ラス状組織の面積率を測定した。ラス状組織に存在するセメンタイトの長軸/短軸比の測定は、試料に鏡面研磨、電解研磨を施し、SEM及びEDSを用いて、10000倍で撮像して測定した。長軸が30~300nmのセメンタイトの長軸/短軸比を測定し、100個の測定値の算術平均を求めた。ラス状組織の面積率が90%未満であった場合は、セメンタイトの長軸/短軸比の測定を行っていない。
【0057】
また、得られた鋼板から試験片を採取し、板厚断面を試験面として、鋼板の表面から板厚方向に2mmの位置で、ビッカース硬さを測定した。ビッカース硬さの測定は、JIS Z 2244:2009に準拠し、試験力を49.03Nとして室温で行い、板厚方向と垂直な方向に1mm毎に5点、合計25点の測定値の平均値(算術平均)を求めた。さらに、鋼板からフルサイズのVノッチシャルピー試験片を切り出し、JIS Z 2242:2018に準拠して-20℃のシャルピー吸収エネルギー(KV)を測定した。
【0058】
さらに、長さ100mm、幅60mm、厚み5mmの試験片の表面にSa2.5(ISO 8501-1)以上になるようにブラスト処理を施して耐食性の評価に用いた。耐食性は、人工海水を含有させた石炭粉を試験片上に積載させた状態で、温度40℃、相対湿度98%の試験槽内に1週間保持し、試験槽から取り出して、試験片表面に付着した石炭をスクレイパーで軽く除去し、再び、試験槽内で1週間保持し、これを1サイクルとする腐食試験を6サイクル実施して評価した。6サイクルの腐食試験を行った後、さびをスクレイパーで除去し、クエン酸アンモニウムで除さびした。その後、試験前と後とでの重量変化を腐食量とした。それぞれの腐食量は表2のNo.201の普通鋼を100として相対量で評価した。
【0059】
各評価項目の判断基準は次のとおりである。表層部硬度は、耐摩耗性の観点から200HV5以上、切断加工性の観点から450HV5以下を良好と判断した。またシャルピー吸収エネルギーは40J以上を、耐食性は普通鋼(No.201)を100とした腐食量の相対量で85以下を良好と判断した。
【0060】
評価結果を表2に示す。No.1~12は、化学組成、炭素当量Ceq、表層部硬度、ラス状組織の面積率、セメンタイトの長軸/短軸比が本発明の範囲内である。これらの鋼は、何れもシャルピー吸収エネルギー、耐食性に優れた鋼板である。一方、No.101~111及び201は比較例であり、化学組成、表層部硬度、Ceq、ラス状組織の面積率、セメンタイトの長軸/短軸比の何れか1以上が本発明の範囲外である。なお、表2には示していないが、No.1~No12、No.102~No.106、No.111は、板厚の中心部のラス状組織の面積率が50%以上であることが確認されている。
【0061】
No.101はC含有量が不足し、表層部硬度、ラス状組織の面積率が低下した例である。No.105はCr含有量が不足し、耐食性が低下した例である。No.102、No.103、No.104及びNo.106は、それぞれ、C含有量、Si含有量、Mn含有量、Cr含有量が過剰であり、靭性が低下した例である。No.107はB含有量が不足し、No.108はB含有量が過剰であり、焼入れ性が不十分であるため、表層部硬度、ラス状組織の面積率、靭性、耐食性が低下した例である。
【0062】
No.109は炭素当量Ceqが小さく、表層部硬度、ラス状組織の面積率、耐食性が低下した例である。No.110は、熱間圧延後の冷却速度が遅く、ラス状組織の面積率が低下し、耐食性が低下した例である。No.111は、焼戻し処理の温度が高く、ラス状組織に存在するセメンタイトの長軸/短軸比が小さくなり、耐食性が低下した例である。なおNo.201は、前述のように耐食性の評価基準とした普通鋼であり、No.201よりもNo.1~No.12の耐食性が格段に優れていることが明らかである。
【0063】
このように、化学組成、表層部硬度、Ceq、ラス状組織の面積率、セメンタイトの長軸/短軸比の何れか1以上が、本発明の範囲外である比較例は表層部硬度、靱性、耐食性の少なくとも一つが、良好と判断される評価基準に達しなかった。
【0064】
【表1A】
【0065】
【表1B】
【0066】
【表2】
【0067】
以上、本発明の好ましい実施形態および実験例について説明したが、これらの実施形態、実験例は、あくまで本発明の要旨の範囲内の一つの例に過ぎず、本発明の要旨から逸脱しない範囲内で、構成の付加、省略、置換、およびその他の変更が可能である。すなわち本発明は、前述した説明によって限定されることはなく、添付の特許請求の範囲によってのみ限定され、その範囲内で適宜変更可能である。