(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-05
(45)【発行日】2022-12-13
(54)【発明の名称】潤滑剤、電気接点、コネクタ端子、およびワイヤーハーネス
(51)【国際特許分類】
C10M 169/04 20060101AFI20221206BHJP
H01R 13/03 20060101ALI20221206BHJP
C10M 101/00 20060101ALN20221206BHJP
C10M 147/02 20060101ALN20221206BHJP
C10N 40/14 20060101ALN20221206BHJP
C10N 30/00 20060101ALN20221206BHJP
【FI】
C10M169/04
H01R13/03 Z
C10M101/00
C10M147/02
C10N40:14
C10N30:00 Z
(21)【出願番号】P 2019065499
(22)【出願日】2019-03-29
【審査請求日】2021-06-25
(73)【特許権者】
【識別番号】395011665
【氏名又は名称】株式会社オートネットワーク技術研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000183406
【氏名又は名称】住友電装株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002158
【氏名又は名称】特許業務法人上野特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】清水 敦
【審査官】澤村 茂実
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-173059(JP,A)
【文献】特開2006-083374(JP,A)
【文献】特開平08-143735(JP,A)
【文献】特開平08-022858(JP,A)
【文献】米国特許第06010984(US,A)
【文献】中国特許出願公開第102618362(CN,A)
【文献】特開2007-326996(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M 101/00-177/00
H01R 13/03
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化水素系油を含む基油と、
3フッ化エチレン樹脂を含む樹脂粒子と、を含有し、
前記樹脂粒子の含有量は、前記基油の質量に対して10質量%超である、潤滑剤。
【請求項2】
前記樹脂粒子の含有量は、前記基油の質量に対して30質量%以上である、請求項1に記載の潤滑剤。
【請求項3】
さらに揮発性溶媒を含有する、請求項1または請求項2に記載の潤滑剤。
【請求項4】
前記揮発性溶媒は、水を含んでいる、請求項3に記載の潤滑剤。
【請求項5】
前記基油は、炭化水素系油である、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の潤滑剤。
【請求項6】
前記3フッ化エチレン樹脂は、ポリクロロトリフルオロエチレンである、請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の潤滑剤。
【請求項7】
前記樹脂粒子の平均粒径は、1μm以上、50μm以下である、請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の潤滑剤。
【請求項8】
前記樹脂粒子の含有量は、前記基油の質量に対して100質量%以下である、請求項1から請求項7のいずれか1項に記載の潤滑剤。
【請求項9】
金属材料を基材とし、他の導電部材と電気的に接触する電気接点であって、
請求項1から請求項8のいずれか1項に記載の潤滑剤の層を前記基材の表面に有する、電気接点。
【請求項10】
加速電圧15kVで電子線を前記電気接点の表面に垂直入射して発生する特性X線を分析して検出される元素存在量を、原子%を単位として、F原子について[F]、前記基材を構成する金属原子について[M]として、
[F]/[M]≧0.2である、請求項9に記載の電気接点。
【請求項11】
前記基材は、Ag、Au、Cu-Sn合金のいずれか少なくとも1種を表面に露出させている、請求項9または請求項10に記載の電気接点。
【請求項12】
加速電圧15kVで電子線を前記電気接点の表面に垂直入射して発生する特性X線を分析して検出される元素存在量を、原子%を単位として、F原子について[F]、前記基材を構成する金属原子について[M]として、
[F]/[M]≦2.0である、請求項9から請求項11のいずれか1項に記載の電気接点。
【請求項13】
相手方コネクタ端子と電気的に接触する箇所に、請求項9から請求項12のいずれか1項に記載の電気接点を有する、コネクタ端子。
【請求項14】
前記相手方コネクタ端子と嵌合接続されるオス型コネクタ端子またはメス型コネクタ端子である、請求項13に記載のコネクタ端子。
【請求項15】
前記電気接点を前記相手方コネクタ端子の表面に接触させて摺動した際に、前記樹脂粒子の粒子形状が破壊される、請求項13または請求項14に記載のコネクタ端子。
【請求項16】
請求項13から15のいずれか1項に記載のコネクタ端子を有する、ワイヤーハーネス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、潤滑剤、電気接点、コネクタ端子、およびワイヤーハーネスに関する。
【背景技術】
【0002】
コネクタ端子等に備えられる電気接点において、基材の表面に、めっき等により、金属層が形成されることが多い。それらの金属層は、電気接点における電気接続特性を向上させる役割を果たす。特に、電気接点に、AgやAuの層を設けておけば、それらの金属は酸化を受けにくいため、電気接点において、安定した電気接続特性が得られる。しかし、電気接点の表面に金属層を設けておくと、電気接点間で摺動が行われた際に、金属層同士が凝着を起こし、電気接点部の摩擦係数を増大させる場合がある。金属層同士の凝着は、金属層の摩耗にもつながる。特に、電気接点の表面に、AgやAuの層が設けられる場合には、AgやAuの表面には酸化皮膜が形成されにくいことにより、凝着による摩擦係数の上昇や金属層の摩耗が深刻になりやすい。コネクタ端子において、電気接点の摩擦係数が上昇すると、摺動によるコネクタ端子の嵌合に要する力(挿入力)が大きくなってしまう。特に、多数のコネクタ端子を備えた多極のコネクタにおいては、極数の増加に伴って、挿入力が増大することになる。
【0003】
そこで、電気接点における摩擦係数を下げることや、摺動に伴う金属層の摩耗を抑制することを目的として、電気接点の表面に、潤滑剤が塗布される場合がある。電気接点に塗布される潤滑剤として、基油に各種添加物を添加し、適宜溶媒で希釈した組成物が用いられている。例えば、フッ素樹脂粒子を添加物として基油に添加した潤滑剤が用いられている。フッ素樹脂粒子は、電気接点間で、摩擦係数を低減するとともに、電気接点表面の金属層の摩耗を抑制する役割を果たす。フッ素樹脂粒子として、十分に粒径が小さいものを用いるとともに、潤滑剤の塗布量を制御することで、電気接点間に良好な電気接続特性を確保し、低摩擦係数と両立することができる。
【0004】
フッ素樹脂粒子を含有する潤滑剤を電気接点に塗布する形態として、例えば、特許文献1に、導電性基材の表面にフッ素系樹脂微粒子とフッ素系油が塗布されたコネクタ電気接点材料が開示されている。ここでは、フッ素系樹脂微粒子として、ポリテトラフルオロエチレン(polytetrafluoroethylene;PTFE)をはじめとするフッ素樹脂の微粒子が用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2005-19103号公報
【文献】特開2012-238584号公報
【文献】国際公開第2010/044386号
【文献】特開2009-062464号公報
【文献】特開2007-326996号公報
【文献】特開2005-19103号公報
【文献】特開2006-173059号公報
【文献】特開2006-241386号公報
【文献】特開2005-232433号公報
【文献】特開2003-073686号公報
【文献】特開平8-02285号公報
【文献】特開昭59-142293号公報
【文献】特開昭59-142292号公報
【文献】特開昭59-142291号公報
【文献】特公昭50-030645号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
フッ素樹脂粒子を含有する潤滑剤においては、多くの場合、特許文献1と同様に、基油として、パーフルオロエーテル系オイル等、フッ素系油が用いられる。フッ素樹脂粒子と基油との間の濡れ性が不十分であると、コネクタ端子の電気接点等、対象物の表面に、樹脂粒子を均一性高く分散させ、付着させた状態を維持することが困難となるが、PTFE等のフッ素樹脂粒子は、フッ素系油との間に、高い濡れ性を示す。そのため、フッ素樹脂粒子を含有する潤滑剤においては、基油としてフッ素系油が多用されてきた。しかし、フッ素系油は、概して高価であり、フッ素系油を潤滑剤に用いることで、潤滑剤や、潤滑剤を塗布したコネクタ端子が、高価なものとなってしまう。
【0007】
そこで、フッ素系油を基油として用いなくても、対象物の表面に、フッ素樹脂を含む粒子を分散させ、付着させることができる潤滑剤、およびそのような潤滑剤を表面に有する電気接点、さらにそのような電気接点を備えたコネクタ端子およびワイヤーハーネスを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示の潤滑剤は、基油と、3フッ化エチレン樹脂を含む樹脂粒子と、を含有し、前記樹脂粒子の含有量は、前記基油の質量に対して10質量%超である。
【発明の効果】
【0009】
本開示にかかる潤滑剤は、フッ素樹脂を含む粒子として、3フッ化エチレン樹脂を含んだ樹脂粒子を含有している。そのため、基油としてフッ素系油を用いなくても、基油と樹脂粒子とを含有する潤滑剤を、対象物の表面に配置することで、樹脂粒子を対象物の表面に分散させ、付着させることができる。また、潤滑剤における樹脂粒子の含有量が、基油の質量に対して10質量%超であることにより、潤滑剤を配置した対象物の表面において、摩擦係数の低減と、表面の摩耗の抑制を、効果的に達成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、本開示の一実施形態にかかる電気接点を、相手方電気接点とともに示す概略断面図である。
【
図2】
図2Aは、本開示の一実施形態にかかるコネクタ端子を示す斜視図である。
図2Bは、本開示の一実施形態にかかるワイヤーハーネスを示す側面図である。
【
図3】
図3は、各種フッ素樹脂の表面での高粘度パラフィンの状態を示す写真である。
【
図4】
図4は、PCTFEおよびPTFEの表面での各種炭化水素系油の状態を示す写真である。
【
図5】
図5は、Ag被覆層の表面に潤滑剤1の塗膜を形成した場合について、元素比[F]/[M]による摩擦係数の変化を示す図である。
【
図6】
図6は、Ag被覆層の表面に潤滑剤1の塗膜を形成した場合について、摺動箇所を観察した走査電子顕微鏡(SEM)像を示している。
【
図7】
図7は、Ag被覆層を有するオス型コネクタ端子に潤滑剤1の塗膜を形成した場合について、メス型コネクタ端子と嵌合させる際の挿入力の変化を示す図である。
【
図8】
図8は、Ag被覆層の表面に潤滑剤2の塗膜を形成した場合について、元素比[F]/[M]による摩擦係数の変化を示す図である。
【
図9】
図9は、Au被覆層の表面に潤滑剤1の塗膜を形成した場合について、100往復の摺動中における摩擦係数の変化を示す図である。
【
図10】
図10は、Au被覆層の表面に潤滑剤1の塗膜を形成した場合について、元素比[F]/[M]による摩擦係数の変化を示す図である。
【
図11】
図11は、Au被覆層の表面に潤滑剤1の塗膜を形成した場合について、100往復の摺動を経た後のSEM像およびEDSによる元素分布像を示している。
【
図12】
図12は、Au被覆層の表面に潤滑剤2の塗膜を形成した場合について、100往復の摺動中における摩擦係数の変化を示す図である。
【
図13】
図13は、Cu-Sn合金を含有する被覆層の表面に潤滑剤1の塗膜を形成した場合について、100往復の摺動中における摩擦係数の変化を示す図である。
【
図14】
図14は、Cu-Sn合金を含有する被覆層の表面に潤滑剤1の塗膜を形成した場合について、元素比[F]/[M]による摩擦係数の変化を示す図である。
【
図15】
図15は、Cu-Sn合金を含有する被覆層の表面に潤滑剤2の塗膜を形成した場合について、100往復の摺動中における摩擦係数の変化を示す図である。
【
図16】
図16は、Ag被覆層の表面に潤滑剤1の塗膜を形成した場合について、SEM像およびEDSによる元素分布像を示している。
【
図17】
図17は、
図16中の矢印の箇所を拡大したSEM像およびEDSによるF原子の分布像である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施形態を列記して説明する。
本開示にかかる潤滑剤は、基油と、3フッ化エチレン樹脂を含む樹脂粒子と、を含有し、前記樹脂粒子の含有量は、前記基油の質量に対して10質量%超である。
【0012】
上記潤滑剤は、フッ素樹脂を含む材料として、3フッ化エチレン樹脂を含んだ樹脂粒子を含有している。3フッ化エチレン樹脂は、PTFE等とは異なり、炭化水素系油等、種々の油脂に対して、高い濡れ性を示す。よって、潤滑剤を構成する基油として、高価なフッ素系油を用いなくても、基油の中に樹脂粒子が均一性高く分散した潤滑剤を調製することができる。そして、調製した潤滑剤を、コネクタ端子の電気接点部等、対象物の表面に、塗布等によって配置することで、対象物の表面に、樹脂粒子を、均一性高く分散させ、付着させることができる。樹脂粒子は、対象物の表面において、摩擦係数の低減、および表面の摩耗の抑制に、寄与するものとなる。さらに、上記潤滑剤においては、樹脂粒子の含有量が、基油の質量に対して10質量%超とされていることにより、潤滑剤が、摩擦係数の低減、および表面の摩耗の抑制において、高い効果を示す。
【0013】
ここで、前記樹脂粒子の含有量は、前記基油の質量に対して30質量%以上であるとよい。すると、潤滑剤による摩擦係数低減および摩耗抑制の効果が、一層高くなる。
【0014】
前記潤滑剤は、さらに揮発性溶媒を含有するとよい。揮発性溶媒による希釈によって、潤滑剤の粘度を調製することができる。潤滑剤が揮発性溶媒によって希釈され、粘度を調整されることにより、塗布等により、潤滑剤を対象物の表面に配置する際に、潤滑剤の層を膜状に形成しやすくなる。また、希釈の程度により、その膜の厚さを簡便に調整することができる。3フッ化エチレン樹脂は、PTFE等とは異なり、種々の溶媒に対して高い濡れ性を有するので、希釈用に、高価なフッ素系溶媒を用いる必要はない。
【0015】
前記揮発性溶媒は、水を含んでいるとよい。揮発性溶媒が水を含んでいることで、樹脂粒子が、揮発性溶媒を含む潤滑剤中で、分散しやすくなる。その結果、潤滑剤を対象物の表面に配置した際に、対象物の表面に、樹脂粒子が、均一性高く分布しやすくなる。
【0016】
前記基油は、炭化水素系油であるとよい。上記のように、潤滑剤に含有される樹脂粒子は、3フッ化エチレン樹脂を含んでいることにより、基油としての炭化水素系油に対して高い濡れ性を有し、基油中に分散されやすい。炭化水素系油は、低価格の材料であり、基油として炭化水素系油を用いることで、潤滑剤を安価に調製することができる。
【0017】
前記3フッ化エチレン樹脂は、ポリクロロトリフルオロエチレンであるとよい。ポリクロロトリフルオロエチレンは、入手しやすい3フッ化エチレン樹脂であり、潤滑剤において、基油に対して高い濡れ性を示すとともに、粒子の状態で高い安定性を示す。
【0018】
前記樹脂粒子の平均粒径は、1μm以上、50μm以下であるとよい。すると、樹脂粒子が、対象物の表面において、摩擦係数の低減および摩耗の抑制に高い効果を示すとともに、対象物の表面で、電気伝導を妨げにくくなる。
【0019】
前記樹脂粒子の含有量は、前記基油の質量に対して100質量%以下であるとよい。すると、潤滑剤に、過剰量の樹脂粒子を含有させることなく、摩擦係数低減および摩耗抑制の効果を得ることができる。
【0020】
本開示にかかる電気接点は、金属材料を基材とし、他の導電部材と電気的に接触する電気接点であって、本開示にかかる潤滑剤の層を前記基材の表面に有する。電気接点の表面に、3フッ化エチレン樹脂を含む樹脂粒子を、基油に対して10質量%超含有した潤滑剤が配置されていることにより、電気接点が、他の導電部材等と接触した状態で摺動を受けた際に、低い摩擦係数が得られるとともに、電気接点の表面を構成する金属材料の摩耗が起こりにくい。潤滑剤に含有される樹脂粒子が、3フッ化エチレン樹脂を含んでいることで、基油としてフッ素系油が含まれていなくても、樹脂粒子と基油の間の濡れ性により、樹脂粒子が、均一性高く分散した状態で、電気接点の表面に付着しやすくなっており、電気接点の表面において、摩擦係数の低減および摩耗の抑制が、効果的に達成される。
【0021】
ここで、加速電圧15kVで電子線を前記電気接点の表面に垂直入射して発生する特性X線を分析して検出される元素存在量を、原子%を単位として、F原子について[F]、前記基材を構成する金属原子について[M]として、[F]/[M]≧0.2であるとよい。すると、電気接点の表面に、十分な量の樹脂粒子が分布することにより、電気接点において、摩擦係数の低減および摩耗の抑制の効果が、高くなる。
【0022】
前記基材は、Ag、Au、Cu-Sn合金のいずれか少なくとも1種を表面に露出させているとよい。すると、それらの金属が露出された電気接点の表面において、潤滑剤に含有される樹脂粒子が、摩擦係数の低減および摩耗の抑制に、効果的に寄与する。
【0023】
加速電圧15kVで電子線を前記電気接点の表面に垂直入射して発生する特性X線を分析して検出される元素存在量を、原子%を単位として、F原子について[F]、前記基材を構成する金属原子について[M]として、[F]/[M]≦2.0であるとよい。すると、潤滑剤に過剰量の樹脂粒子を含有させずに、また、過剰量の潤滑剤を電気接点に配置せずに、電気接点において、摩擦係数低減および摩耗抑制の効果を得ることができる。
【0024】
本開示にかかるコネクタ端子は、相手方コネクタ端子と電気的に接触する箇所に、本開示にかかる電気接点を有する。コネクタ端子の電気接点に、3フッ化エチレン樹脂を含む樹脂粒子を、基油に対して10質量%超含有した潤滑剤が配置されていることにより、そのコネクタ端子を、相手方コネクタ端子との間で、嵌合等のために摺動させる際に、電気接点間の摩擦係数が低減されるとともに、電気接点の表面を構成する金属材料の摩耗が抑制される。樹脂粒子が、3フッ化エチレン樹脂を含有していることにより、基油としてフッ素系油を用いなくても、樹脂粒子と基油の間の濡れ性により、樹脂粒子が、均一性高く分散した状態で、電気接点の表面に付着しやすいため、潤滑剤を塗布したコネクタ端子全体として、製造コストを抑制することができる。
【0025】
前記コネクタ端子は、前記相手方コネクタ端子と嵌合接続されるオス型コネクタ端子またはメス型コネクタ端子であるとよい。すると、本開示にかかるコネクタ端子と相手方コネクタ端子が、嵌合のために摺動される際に、摩擦係数が低減されることで、嵌合に要する力が低減される。また、摺動の際に、相手方コネクタ端子の電気接点にも、樹脂粒子が移着することにより、相手方コネクタ端子の表面の摩耗も、抑制することができる。
【0026】
前記電気接点を前記相手方コネクタ端子の表面に接触させて摺動した際に、前記樹脂粒子の粒子形状が破壊されるとよい。樹脂粒子が破壊され、樹脂粒子の構成材料が、押し広げられた状態で、電気接点の表面に付着することにより、電気接点の表面において、摩擦係数の低減および摩耗の抑制が、特に効果的に達成される。
【0027】
本開示にかかるワイヤーハーネスは、本開示にかかるコネクタ端子を有する。ワイヤーハーネスを構成するコネクタ端子の電気接点に、3フッ化エチレン樹脂を含む樹脂粒子を、基油に対して10質量%超含有した潤滑剤が配置されていることにより、基油としてフッ素系油を用いなくても、ワイヤーハーネスを構成するコネクタ端子の電気接点の表面に、樹脂粒子を分散させ、付着させて、摩擦係数の低減および摩耗の抑制を達成することができる。
【0028】
[本開示の実施形態の詳細]
以下に、本開示の実施形態について、図面を用いて詳細に説明する。本明細書において、組成物または合金の成分組成に関し、特定の成分について、「主成分とする」とは、その成分が全体の50質量%以上含有される形態を指すものとする。
【0029】
<潤滑剤>
まず、本開示の一実施形態にかかる潤滑剤について説明する。本開示の一実施形態にかかる潤滑剤は、基油と、樹脂粒子とを含有し、さらに、必要に応じて揮発性溶媒を含有している。樹脂粒子は、3フッ化エチレン樹脂を含有している。潤滑剤における樹脂粒子の含有量は、基油の質量に対して、10質量%超である。本潤滑剤は、3フッ化エチレン樹脂を含む樹脂粒子を所定量含有していることにより、樹脂粒子が基油中によく分散され、潤滑剤が、金属表面等、対象物の表面に配置された際に、摩擦特性の改良に、高い効果を示す。まず、各成分について説明する。
【0030】
(潤滑剤の構成成分)
(1)基油
基油は、潤滑剤において、樹脂粒子を分散させる基材となる。基油は、潤滑剤の膜を対象物の表面に形成した際に、潤滑作用を発揮するとともに、樹脂粒子を、対象物の表面に付着した状態に保持する役割を果たす。さらに、基油は、金属等よりなる対象物の表面を被覆することで、対象物表面を周囲の環境との直接の接触から遮断し、対象物表面における酸化等の変質を抑制する役割も果たす。なお、本明明細書において、「油」との概念には、常温で液体のもののみならず、常温で固体状態をとる、いわゆる「脂」も含むものとする。
【0031】
基油の種類は特に限定されるものではなく、鉱油、合成油、動植物油等を用いることができる。鉱油は、石油中の成分を、分留・精製し、適宜改質したものであり、パラフィン系鉱油やナフテン系鉱油が挙げられる。合成油としては、炭化水素系油、エステル系油、エーテル系油、シリコーン系油等、多様な化学合成品が挙げられる。動植物油としては、ヒマシ油、パーム油等の植物油、牛脂等の動物油脂を原料とするものが挙げられる。あるいは、鉱油等を原料とするワックスを水素異性化したワックス異性化油を、基油として用いてもよい。
【0032】
基油は、上記のうち、鉱油または合成油として利用できる炭化水素系油を含むものであることが好ましい。炭化水素系油は、蒸気圧が低く、長期にわたり安定な液体であり、3フッ化エチレン樹脂を含む樹脂粒子との反応性も極めて低い。炭化水素系油としては、パラフィン等の直鎖アルカン類、ナフテン等のシクロアルカン類、α-オレフィン重合体またはその水素化物、イソブテン重合体またはその水素化物、ポリブテン、アルキルベンゼン、アルキルナフタレン等を例示することができる。特に、炭素数や重合度により、粘度を制御しやすい等の観点から、パラフィンやテトラデカン等の直鎖アルカン類、またはポリブテンを用いることが好ましい。
【0033】
潤滑剤を構成する基油は、1種類であっても、2種類以上が混合されていてもよい。しかし、基油は、炭化水素系油を主成分とするものであることが好ましく、さらには、炭化水素系油のみよりなることが好ましい。また、基油は、フッ素系油を含まないことが好ましい。フッ素系油は、高価であり、後述するように、樹脂粒子が3フッ化エチレン樹脂を含むことにより、フッ素系油を用いなくても、基油に対する樹脂粒子の濡れ性を確保することができるからである。
【0034】
基油は、2mm2/s以上の粘度を有していることが好ましい。さらに好ましくは、基油は、10mm2/s以上、100mm2/s以上の粘度を有しているとよい。基油がそのような粘度を有していることにより、潤滑剤として適度な粘性が確保され、対象物の表面に配置した潤滑剤が、流出や飛散を起こさず、対象物の表面で、膜状に安定に保持されやすくなる。一方、基油の粘度は、3000mm2/s以下であることが好ましい。さらに好ましくは、粘度は、1000mm2/s以下、500mm2/s以下であるとよい。基油がそのような粘度を有していることにより、適宜揮発性溶媒で希釈した状態で、潤滑剤として適度な流動性を確保し、塗布等により、対象物の表面に膜状に配置しやすくなる。また、膜厚の制御も行いやすくなる。ここで、基油の粘度は、37~40℃で測定される動粘度の値を指す。
【0035】
(2)樹脂粒子
本実施形態にかかる樹脂粒子は、3フッ化エチレン樹脂を含有している。3フッ化エチレン樹脂は、分子構造内に、下の式(1)の構造を有している。3フッ化エチレン樹脂において、式(1)中のXは、F以外の任意の原子、またはFを含有しない原子団である。3フッ化エチレン樹脂は、式(1)の構造を、分子構造の一部として有しているものであってもよいが、末端部を除いて、式(1)の構造のみよりなることが好ましい。末端部を除いて、XをCl(塩素原子)とした式(1)の構造のみよりなる、ポリクロロトリフルオロエチレン(PolyChloroTriFluoroEthylene;PCTFE)が、3フッ化エチレン樹脂として、一般に入手しやすい。
【化1】
【0036】
樹脂粒子は、フッ素樹脂の一種である3フッ化エチレン樹脂を含有していることにより、潤滑剤に含有されて、対象物の表面に配置された際に、対象物の表面の摩擦特性を改良することができる。つまり、樹脂粒子は、対象物の表面と他の物体の表面との間で摺動が行われた際に、摩擦係数を低減するのに寄与する。また、樹脂粒子は、金属等、対象物の表面を構成する材料が、摺動に伴って摩耗されるのを、抑制するのに寄与する。
【0037】
PCTFE以外のフッ素樹脂として、以下のようなものが一般に知られている。
・ポリテトラフルオロエチレン(PolyTetraFluoroEthylene;PTFE)
・テトラフルオロエチレン・エチレン重合体(Ethylene-TetraFluoroEthylene copolymer;ETFE)
・テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル重合体(tetrafluoroethylene-PerFluoroAlkylvinylether copolymer;PFA)
・テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(Fluorinated Ethylene-Propylene copolymer;FEP)
・ポリフッ化ビニリデン(PolyVinylidene DiFluoride;PVDF)
【化2】
【0038】
PTFE、ETFE、PFA、FEP等、4フッ化エチレンを構造単位として含むフッ素樹脂、特に4フッ化エチレンのみよりなるPTFEは、フッ素系油に対しては、高い濡れ性を示すものの、炭化水素系油をはじめ、フッ素を含有しない油に対する濡れ性は低い。一方、PCTFEをはじめとする3フッ化エチレン樹脂は、フッ素系油のみならず、炭化水素系油をはじめとして、フッ素系以外の油に対しても、高い濡れ性を示す。また、PVDF等、2フッ化エチレンを構造単位に含むフッ素樹脂は、粒子状にした際に、安定な状態を維持するのが難しいのに対し、PCTFEをはじめとする3フッ化エチレン樹脂は、粒子化しても、安定な状態を保つ。これらの理由から、本実施形態にかかる潤滑剤に含有される樹脂粒子は、フッ素樹脂として、4フッ化エチレン樹脂や2フッ化エチレン樹脂ではなく、3フッ化エチレン樹脂を含有している。なお、上記のように、3フッ化エチレン樹脂は、式(1)の構造を、分子構造の一部として有しているものであってもよいが、その場合にも、4フッ化エチレン構造および2フッ化エチレン構造は、分子構造内に含まない方がよい。
【0039】
樹脂粒子は、3フッ化エチレン樹脂を含有していれば、他の成分を合わせて含有するものであってもよい。他の成分としては、PTFE、ETFE、PFA、FEP、PVDF等、他のフッ素樹脂や、シリコーン樹脂等、フッ素樹脂以外の樹脂を例示することができる。しかし、樹脂粒子において、基油に対する濡れ性や粒子状態での安定性等、3フッ化エチレン樹脂が有する特性を大きく発揮させる観点から、樹脂粒子は、3フッ化エチレン樹脂を主成分とするものであることが好ましい。さらには、樹脂粒子を構成するポリマー成分が、3フッ化エチレン樹脂のみよりなることが好ましい。
【0040】
本実施形態にかかる潤滑剤において、樹脂粒子の含有量は、基油の質量に対して、10質量%超となっている。潤滑剤が、基油に対して10質量%超の樹脂粒子を含有することで、対象物表面に潤滑剤を膜状等で配置した際に、十分な密度で、樹脂粒子が、対象物の表面に分布するようになる。樹脂粒子が、対象物の表面に十分に高い密度で存在することにより、対象物の表面において、摩擦係数の低減および摩耗の抑制が、効果的に達成される。樹脂粒子の含有量が、基油の質量に対して10質量%以下であれば、実施例に示すように、電気接点等の対象物の表面での摩擦係数低減および摩耗抑制において、顕著な効果が得られない場合がある。さらに、樹脂粒子の含有量が、基油の質量に対して、30質量%以上であれば、摩擦係数低減および摩耗抑制の効果を、一層高めることができる。
【0041】
一方、潤滑剤における樹脂粒子の含有量には、特に上限が設けられるものではない。しかし、樹脂粒子の含有量は、基油の質量に対して、100質量%以下に抑えておくことが好ましい。すると、摩擦係数低減等の効果の飽和を避けて、過剰量の樹脂粒子の含有による潤滑剤の材料コストを抑制することができる。また、対象物の表面において、樹脂粒子が過度に高密度で分散されることで、対象物が電気接点である場合の導電性等、対象物の特性に樹脂粒子が影響を与えるのを、回避しやすくなる。それらの効果を高める観点から、樹脂粒子の含有量は、基油の質量に対して、50質量%以下であれば、さらに好ましい。
【0042】
樹脂粒子の粒径は、特に限定されるものではないが、1μm以上であることが好ましい。粒径を1μm以上とすることで、潤滑剤を膜状等で対象物の表面に配置した際に、樹脂粒子が、対象物の表面の微細な凹凸構造に埋没しにくくなり、摩擦係数の低減や摩耗の抑制に、効果的に寄与することができる。樹脂粒子の粒径は、3μm以上、また5μm以上であれば、摩擦係数低減や摩耗抑制への樹脂粒子の寄与を、さらに高めることができる。
【0043】
一方、樹脂粒子の粒径は、100μm以下であることが好ましい。粒径を100μm以下とすることで、対象物が電気接点である場合の導電性等、対象物の特性に樹脂粒子が影響を与えるのを、抑制することができる。対象物が電気接点である場合に、相手方電気接点との見かけの接触領域の面積は、円の直径にして、数100μm程度であり、その接触領域の中に樹脂粒子が配置された際に、樹脂粒子の粒径が100μm以下であれば、樹脂粒子が、電気接点間の導通を妨げるものとはなりにくい。それらの効果をさらに高める観点から、樹脂粒子の粒径は、50μm以下であると、さらに好ましい。ここで、樹脂粒子の粒径は、中心粒径(D50)として評価でき、例えば、レーザー回折・散乱を用いた粒度分布測定によって、計測される。
【0044】
(3)揮発性溶媒
本実施形態にかかる潤滑剤は、基油と樹脂粒子のみを含むものであってもよいが、さらに揮発性溶媒を含有することが好ましい。揮発性溶媒を含有させることで、潤滑剤の粘度を調整することができる。基油が高い粘度を有する場合でも、揮発性溶媒で希釈して、潤滑剤全体としての粘度を下げれば、塗布や浸漬等により、潤滑剤を対象物の表面に膜状に配置しやすくなる。特に、潤滑剤を揮発性溶媒で希釈することで、対象物上に、厚さが均一で薄い潤滑剤の膜を形成しやすくなり、さらに、潤滑剤を薄い膜とした場合でも、対象物の表面に、高い均一性をもって樹脂粒子を分散させやすくなる。揮発性溶媒は、潤滑剤が対象物の表面に膜状に配置された後、揮発するので、揮発後の潤滑剤の膜は、揮発性溶媒によって希釈されていない高い粘度を有する状態となる。すると、膜が形成された箇所から、潤滑剤が流出や飛散を起こしにくくなり、潤滑剤の膜が、対象物の表面に安定に保持される。
【0045】
揮発性溶媒は、基油より高い揮発性を有する液体であれば、つまり、基油より高い蒸気圧を有するものであれば、特に限定されるものではない。揮発性溶媒は、基油より高い揮発性を有することと対応して、通常は、基油よりも低い粘度を有している。また、揮発性溶媒は、基油との間に高い相溶性を有するものであることが好ましい。炭化水素系基油との間に高い相溶性を有する揮発性溶媒として、炭化水素系、エステル系、エーテル系、ケトン系、アルコール系、ハロゲン化炭化水素系の有機溶媒を例示することができる。これらの有機溶媒の中で、炭化水素系、エーテル系、ケトン系の有機溶媒が、基油との相溶性や揮発性において、特に優れている。炭化水素系有機溶媒としては、(シクロ)ヘキサン、エーテル系有機溶媒としては、ジイソプロピルエーテル、ケトン系有機溶媒としてはアセトン等、炭素数の比較的少ない有機溶媒を用いることが好ましい。特に、高粘度パラフィン等、比較的高分子量の基油を用いる場合には、揮発性溶媒として、ジイソプロピルエーテル等のエーテル系有機溶媒を用いることが好ましい。
【0046】
潤滑剤に添加される揮発性溶媒は、1種類のみであっても、2種類以上が混合されていてもよい。ただし、揮発性溶媒は、フッ素系有機溶媒を含まないことが好ましい。フッ素系有機溶媒は、フッ素系油と同様、高価であり、本実施形態にかかる潤滑剤においては、樹脂粒子が3フッ化エチレン樹脂を含むことにより、フッ素系有機溶媒を用いなくても、樹脂粒子を、溶媒中に十分に分散させることができる。PTFEをはじめとする4フッ化エチレンを構造単位に含むフッ素樹脂とは異なり、3フッ化エチレン樹脂は、フッ素を含まない溶媒に対しても高い濡れ性を示すからである。
【0047】
潤滑剤における揮発性溶媒の含有量は、特に限定されるものではない。基油の粘度や、形成したい潤滑剤層の膜厚等を考慮し、適切な濃度および粘度に潤滑剤を希釈できるように、揮発性溶媒の添加量を設定すればよい。揮発性溶媒の添加量を多くするほど、潤滑剤の粘度が下がり、薄い潤滑剤の膜を形成するのに適したものとなる。
【0048】
揮発性溶媒は、少量の水を含有していることが好ましい。揮発性溶媒中において、樹脂粒子は、凝集や沈降を起こす場合があるが、揮発性溶媒中に水が含有されることで、樹脂粒子の凝集や沈降を抑制し、揮発性溶媒中に、樹脂粒子を均一性高く分散させやすくなる。この現象は、揮発性溶媒に水が含有されることにより、樹脂粒子の表面に水酸基が形成され、樹脂粒子の表面が負電荷を帯びることによると考えられる。樹脂粒子同士が、静電的に反発することで、凝集や沈降を起こしにくくなり、揮発性溶媒中に均一性高く分散されるようになる。
【0049】
水の含有量としては、樹脂粒子の分散促進の効果を十分に得る観点から、揮発性溶媒の質量に対して、0.1質量%以上、さらには0.5質量%以上とする形態を、例示することができる。揮発性溶媒が、ケトン系やエーテル系のものである場合には、0.1質量%以上の水が、不純物として含有されることも多い。一方、対象物の表面への水の残存等、潤滑剤や対象物への水の影響を抑える観点から、水の含有量は、揮発性溶媒の質量に対して、3質量%以下、さらには1質量%以下であることが好ましい。
【0050】
(4)他の成分
本実施形態にかかる潤滑剤は、基油、樹脂粒子、揮発性溶媒に加え、潤滑剤の特性を損なわない範囲において、他の成分をさらに含有していてもよい。潤滑剤に添加しうる添加剤として、酸化防止剤、着色剤、防食剤、防錆剤、界面活性剤等を挙げることができる。
【0051】
ただし、本潤滑剤においては、樹脂粒子が、摩擦特性の改良に高い効果を示すため、摩耗低減剤や、潤滑補助剤等、摩擦特性のさらなる改良のための添加剤は含有されない方がよい。また、樹脂粒子が、基油中、また揮発性溶剤中で、高い分散性を示すため、分散剤等、樹脂粒子の分散を補助するための添加剤も含有されない方がよい。さらに、本潤滑剤においては、基油の粘度の選択や、揮発性溶媒の添加により、粘度を高自由度に調整できるため、粘度調整剤や増稠剤等、潤滑剤の粘性を調整するための添加剤も、含有されない方がよい。好ましくは、潤滑剤は、基油、樹脂粒子、揮発性溶媒(水が含有される場合も含む)以外の添加剤を含有しないことが好ましく、含有する場合でも、添加剤の合計量が、基油の質量に対して、5質量%以下、さらには1質量%以下に抑えられることが好ましい。
【0052】
(潤滑剤の調製方法および使用方法)
本実施形態にかかる潤滑剤は、基油と樹脂粒子、さらに必要に応じて、揮発性溶媒および各種添加剤を、所定の割合で混合することで、調製される。
【0053】
潤滑剤の調製において、各成分を添加する順番は特に限定されるものではないが、揮発性溶媒を用いる場合に、最初に、揮発性溶媒中に樹脂粒子を添加し、撹拌によって、樹脂粒子を分散させておくことが好ましい。樹脂粒子が十分に分散した後、さらに基油を添加して、混合することで、潤滑剤を調製することができる。このようにすることで、樹脂粒子を、潤滑剤中に均一性高く分散させやすい。上記のように、揮発性溶媒に水を添加することで、樹脂粒子の分散性をさらに高めることができるが、この場合には、樹脂粒子を添加する前に、揮発性溶媒中に水を添加し、よく混合しておくことが好ましい。
【0054】
調製した潤滑剤は、対象物の表面に、膜の状態で配置して使用することができる。対象物の表面に潤滑剤の膜を形成する方法は、特に限定されるものではないが、刷毛等を用いた塗布、スプレー等による噴霧、液中への浸漬、液状での滴下等を例示することができる。いずれの方法を用いるかは、潤滑剤の粘度や、形成したい潤滑層の膜厚等に応じて選択すればよい。
【0055】
潤滑剤が揮発性溶媒を含有する場合には、対象物の表面に潤滑剤の膜を形成した後、揮発性溶媒が、揮発によって除去される。この際、適宜、加熱を行ってもよい。揮発性溶媒が水を含有する場合には、水も、揮発性溶媒とともに揮発する。揮発性溶媒との混合による共沸現象により、水の揮発性も高められる。
【0056】
(潤滑剤の特性)
上記のように、本実施形態にかかる潤滑剤は、3フッ化エチレン樹脂を含む樹脂粒子を、基油に対して10質量%超含有している。潤滑剤を、膜状にして、対象物の表面に配置することで、樹脂粒子が、対象物の表面の摩擦特性を改良する役割を果たす。具体的には、潤滑剤の膜を形成した対象物の表面に、他の物体を接触させて、摺動を行った際に、接触箇所に、樹脂粒子が介在されることにより、摩擦係数が低減される。また、対象物の表面に露出している金属等の材料が、摺動に伴って摩耗するのが、抑制される。
【0057】
樹脂粒子に含有される3フッ化エチレン樹脂は、炭化水素系油等よりなる基油に対して、高い濡れ性を示す。よって、樹脂粒子が、基油の中に、高い均一性をもって分散しやすい。そのように樹脂粒子が均一性高く分散した潤滑剤を、膜として対象物の表面に配置すると、樹脂粒子が、対象物の表面に、高い均一性をもって分散されることになる。潤滑剤の膜を薄く形成する場合にも、樹脂粒子が、対象物の表面に均一性高く分散されやすい。
【0058】
樹脂粒子が3フッ化エチレン樹脂を含有することによる基油に対する濡れ性の高さは、対象物の表面に分散した樹脂粒子を、対象物の表面に付着した状態に留まらせることにも、高い効果を示す。基油が、ごく薄い膜となって、樹脂粒子と対象物の間の界面に広がることで、その基油の層を介して、樹脂粒子を対象物の表面に強く付着させられるからである。
【0059】
このように、樹脂粒子が基油に対して高い濡れ性を有することにより、対象物表面において、樹脂粒子の分散性と付着性が高くなり、優れた摩擦特性改良の効果が発揮される。樹脂粒子に含有される3フッ化エチレン樹脂は、基油として炭化水素系油が用いられる場合にも、基油に対して高い濡れ性を示す。炭化水素系油は、フッ素系油をはじめとする各種油脂の中で安価であり、潤滑剤の基油として多用されている。さらに、3フッ化エチレン樹脂は、炭化水素系、エーテル系、ケトン系等の揮発性溶媒に対しても、高い濡れ性を示す。よって、それらの揮発性溶媒が潤滑剤に添加される場合にも、潤滑剤中、また対象物の表面上での樹脂粒子の分散性が確保される。
【0060】
PTFE、またETFE、PFA、FEP等、4フッ化エチレンを構造単位に含むフッ素樹脂は、フッ素系油やフッ素系溶媒に対しては、高い濡れ性を示すものの、炭化水素系油等、フッ素を含有しない各種の油および溶媒に対する濡れ性は、低い場合が多い。よって、それら4フッ化エチレンを構造単位に含むフッ素樹脂よりなる樹脂粒子を潤滑剤に含有させるとすれば、樹脂粒子の分散性を確保するために、フッ素系油やフッ素系溶媒を用いる必要が生じる。すると、フッ素系油やフッ素系溶媒は高価なものであるため、潤滑剤の材料コストが上昇してしまう。一方、本実施形態にかかる潤滑剤においては、3フッ化エチレン樹脂を含有する樹脂粒子を用いることで、樹脂粒子の濡れ性確保のために、フッ素系油やフッ素系溶媒を用いる必要がなくなり、用いるとしても使用量を少なく抑えることができる。その結果、潤滑剤の材料コストを低く抑えることができる。
【0061】
<電気接点>
次に、上記実施形態にかかる潤滑剤を対象物の表面に配置した形態の例として、本開示の一実施形態にかかる電気接点について説明する。本実施形態にかかる電気接点は、金属材料を基材として構成され、他の導電部材と電気的に接触する電気接点であり、基材の表面に、上記で説明した本開示の一実施形態にかかる潤滑剤の層を有している。
【0062】
本実施形態にかかる電気接点は、どのような形状を有するものであっても、またどのような電気部品に設けられるものであってもよい。ここでは、
図1に示す平板状電気接点1を例として説明する。平板状電気接点1は、例えば、
図1に併せて示すエンボス状電気接点2と電気接点対を構成し、平板状電気接点1の表面と、エンボス状電気接点2のエンボス21の頂部との間で、電気的接触が形成される。このような平板状電気接点1とエンボス状電気接点2より構成される電気接点対は、例えば、嵌合型のオス型コネクタ端子とメス型コネクタ端子の組において、採用される。
【0063】
平板状電気接点1は、基材11と、基材11の表面を被覆し、最表面に露出した、潤滑層14を有している。基材11は、単一の金属材料よりなってもよいが、下地材12と、下地材12の表面を被覆する被覆層13を有していることが好ましい。被覆層13は、下地材12と異なる金属材料よりなり、下地材12より厚さの小さい層として形成されている。
【0064】
下地材12を構成する金属種は、特に限定されるものではないが、電気接続部材の下地材12として一般的に用いられる、CuまたはCu合金、AlまたはAl合金、FeまたはFe合金を例示することができる。これらの金属の中で、最も一般的に用いられるCuまたはCu合金を、下地材12として好適に用いることができる。
【0065】
しかし、本電気接点1を構成する基材11は、被覆層13などの形で表層部を構成する材料として、Ag,Au,Cu-Sn合金のいずれか少なくとも1種を含有することが好ましい。被覆層13が、AgまたはAuの少なくとも一方を含有する形態としては、被覆層13は、不可避的不純物を除いてAgまたはAuのみよりなる単体金属、あるいはAgまたはAuを主成分とする合金よりなることが、好ましい。
【0066】
別の形態として、被覆層13が、Cu-Sn合金を含有する場合に、被覆層13の全体がCu-Sn合金よりなってもよいが、例えば特開2009-52076号公報に開示される合金材のように、被覆層13に、Cu-Sn合金よりなる領域と、Snよりなる領域が、混在していることが好ましい。Cu-Sn合金よりなる領域は、薄いSn層に被覆されていてもよい。Cu-Sn合金の組成としては、Cu6Sn5,Cu3Sn,Cu4Snを例示することができる。被覆層13は、複数の層が積層されたものであってもよいが、その場合には、最表層が、AgおよびAuの少なくとも一方を含有する層、またはCu-Sn合金を含有する層であることが好ましい。
【0067】
潤滑層14は、本開示の実施形態にかかる潤滑剤が、膜状に配置された層である。なお、潤滑剤が揮発性溶媒を含有している場合には、電気接点1の表面に潤滑層14が形成された状態において、揮発性溶媒は揮発し、不可避的な残存分を除いて、潤滑層14の中には揮発性溶媒が含有されない。本実施形態にかかる電気接点1においては、基材11の表面を潤滑層14で被覆していることにより、基材11の表面の摩擦特性が改良される。つまり、電気接点1を相手方電気接点2と接触させて摺動させた際に、2つの電気接点1,2の間に樹脂粒子を含有する潤滑層14が介在されることにより、摩擦係数が低減される。また、被覆層13の摩耗が抑制される。
【0068】
潤滑層14による摩擦特性改良の効果は、被覆層13が、上記のように、AgおよびAuの少なくとも一方を含んでいる場合に、大きく発揮される。AgおよびAuは、高い導電性を有するとともに、酸化を受けにくい金属であり、電気接点1の表面を被覆する被覆層13として配置されることで、電気接点1の表面において、相手方電気接点2との間に、良好な電気接続特性を与える。しかし、AgおよびAuは、軟らかいことにより、また酸化を受けにくいことにより、凝着を起こしやすい金属である。そのため、電気接点1の表面において、相手方電気接点2との間で、摺動を受けると、凝着によって、表面の摩擦係数が上昇してしまう。また、被覆層13の表面において摩耗が起こり、被覆層13が摩滅しやすくなる。そこで、AgおよびAuの少なくとも一方を含む被覆層13の表面に、潤滑層14を設けることで、そのような金属の凝着による摩擦係数の上昇および摩耗の進行を、抑制することができる。
【0069】
被覆層13がCu-Sn合金を含有する場合には、Cu-Sn合金は硬い合金であるため、被覆層13がAgやAuを含有する場合のような凝着による摩擦係数の上昇や摩耗は起こりにくい。しかし、被覆層13がCu-Sn合金を含有する場合にも、被覆層13の表面に潤滑層14を設けることで、摩擦係数の上昇および摩耗の進行の抑制において、高い効果が得られる。被覆層13に、Cu-Sn合金よりなる領域と、Snよりなる領域が混在している場合についても、それらの効果が得られる。
【0070】
潤滑層14の厚さは、要求される潤滑性や摩擦特性改良の程度に応じて、適宜設定すればよいが、摺動時等の基材11の露出を抑え、摩擦特性の改良を効果的に達成する観点から、0.1μm以上、さらには1μm以上であることが好ましい。一方、潤滑剤が電気接点1の所定の箇所から流出したり、飛散したりするのを防ぐ観点、また、潤滑剤による電気接続特性への影響を抑える観点から、潤滑層14の厚さは、10μm以下、さらには5μm以下であることが好ましい。特に、電気接点1が、光学部品の近傍に配置される場合には、基油による光学部品への影響を避ける観点から、潤滑層14の厚さを、それらの厚さ以下に留めておくことが好ましい。なお、潤滑層14の厚さが、樹脂粒子の粒径より小さい場合には、基油が広がった膜よりも外側(
図1の上側)に、樹脂粒子が突出する場合があるが、潤滑層14の厚さは、基油が広がった膜の厚さとして評価される。
【0071】
基材11の表面における樹脂粒子の密度も、潤滑層14の特性に影響を与える。基材11の表面における樹脂粒子の密度は、基材11の表面におけるF原子と金属原子の存在比によって、評価することができる。例えば、エネルギー分散型X線分析(energy dispersive x-ray spectrometry;EDS)等、電子線を対象物の表面に入射して発生する特性X線を分析して元素存在量を検出することができる分光法を用いて、評価すればよい。つまり、特性X線を分析して検出される元素存在量を、原子%を単位として、F原子について[F]、基材11の金属材料を構成する金属原子について[M]とし、それらの比率である[F]/[M]を指標として用いればよい。ここで、金属原子の存在量[M]は、基材11を構成する全ての種類の金属原子の存在量の合計とする。なお、基材11として、下地材12の表面に被覆層13が形成されている場合は、通常、EDSによって検出される金属原子は、被覆層13を構成する金属原子のみである。評価に際し、電子線は、加速電圧15kVで、電気接点1の表面に垂直に入射するとよい。
【0072】
元素比[F]/[M]は、0.2以上であることが好ましい([F]/[M]≧0.2)。元素比[F]/[M]が0.2以上であれば、電気接点1の表面に、十分な密度で樹脂粒子が分散していることになり、摩擦係数の低減および摩耗の抑制において、高い効果を得ることができる。元素比[F]/[M]が、0.3以上、さらには0.5以上であると、それらの効果を一層高めることができる。
【0073】
一方、過剰な密度で樹脂粒子を電気接点1の表面に分布させても、摩擦係数低減等の効果が飽和するとともに、潤滑層14の形成に要するコストが高くなる。また、樹脂粒子が、電気接点1,2の間の導通に影響を与える可能性が生じる。それらの事態を回避する観点から、元素比[F]/[M]は、2.0以下、さらには1.0以下に抑えておくことが好ましい。
【0074】
上記のように、本実施形態にかかる電気接点は、どのような形状を有するものであってもよいが、電気接点対を構成する1対の電気接点1,2のうち、平板状電気接点1のように、摺動中に、相手方電気接点(この場合はエンボス状電気接点2)と接触する領域の面積が広い方の電気接点に、潤滑層14を形成しておくことが好ましい。その方が、摺動を受ける広い面積に、潤滑層14が形成され、樹脂粒子が分布することになり、摺動時の摩擦係数の低減および摩耗の抑制に、多数の樹脂粒子が寄与できるからである。平板状電気接点1とエンボス状電気接点2を接触させて摺動を行う際に、エンボス状電気接点2は、常にエンボス21の頂部の狭い領域で平板状電気接点1に接しているのに対し、平板状電気接点1の表面においてエンボス状電気接点2が接触する位置は、摺動に伴って連続的に変化する。平板状電気接点1において、摺動中にエンボス状電気接点2が接触する可能性のある領域全体に、広く潤滑層14を形成し、樹脂粒子を分散させておくことで、狭いエンボス状電気接点2の頂部にのみ潤滑層14を形成する場合よりも、摺動中の摩擦係数低減および摩耗抑制に、高い効果が得られる。ただし、エンボス状電気接点2のように、摺動中に相手方電気接点(この場合は平板状電気接点1)との間で接触する領域の面積が狭い方の電気接点の方に、潤滑層14を形成しても、その電気接点2における摩擦係数低減および摩耗抑制に、ある程度の効果を得ることができる。電気接点対を構成する両方の電気接点1,2に、潤滑層14を設けてもよい。
【0075】
電気接点1において、相手方電気接点2を表面に接触させた状態で、摺動を行った際に、樹脂粒子は、潤滑剤として添加した時の状態を保持しても、状態が変化してもよい。例えば、摺動を経て、樹脂粒子の粒子形状が破壊されてもよい。樹脂粒子の粒子形状が破壊されると、樹脂粒子を構成する材料、つまり3フッ化エチレン樹脂を含む材料が、電気接点1の表面に、広がった状態となる。このように粒子形状が破壊されて広がった樹脂粒子の構成材料も、粒子形状を維持していた時の樹脂粒子と同様に、電気接点1の摩擦係数の低減および摩耗の抑制に寄与しうる。むしろ、樹脂粒子の粒子形状が破壊されることにより、基材11の表面において、樹脂粒子の構成材料に被覆される領域の面積が広がる。また、基材11の表面への樹脂粒子の構成材料の付着が、粒子形状の破壊を経て、強固になる可能性がある。そのような被覆領域の拡大および付着の強化の結果として、樹脂粒子が粒子形状を維持している場合よりも、摩擦係数の低減や摩耗の抑制に、高い効果を示す可能性もある。
【0076】
さらに、表面に潤滑層14を有する電気接点1が、相手方電気接点2と接触して摺動を受ける際に、相手方電気接点2の表面には潤滑層14が形成されていなかったとしても、摺動に伴って、相手方電気接点2の表面に、電気接点1から樹脂粒子が移着することが多い。すると、樹脂粒子は、両接点1,2の間の摩擦係数を低減するとともに、潤滑層14が形成されていた電気接点(平板状電気接点1)のみならず、相手方電気接点(エンボス状電気接点2)においても、基材表面の金属材料の摩耗を抑制する役割を果たす。
【0077】
<コネクタ端子>
次に、本開示の一実施形態にかかるコネクタ端子について説明する。本開示の一実施形態にかかるコネクタ端子は、相手方コネクタ端子と電気的に接触する箇所に、上で説明した本開示の一実施形態にかかる電気接点を有している。
【0078】
コネクタ端子の種類や形状は、特に限定されるものではないが、相手方コネクタ端子と嵌合接続されるオス型コネクタ端子またはメス型コネクタ端子を例示することができる。オス型コネクタ端子としては、上記で説明した平板状電気接点1を有するもの、メス型コネクタ端子としては、エンボス状電気接点2を有するものが、好適な例として挙げられる。
【0079】
本実施形態にかかるコネクタ端子の一例として、嵌合型のオス型コネクタ端子3の概略を
図2Aに示す。オス型コネクタ端子3は、前方に、メス型コネクタ端子(不図示)の嵌合部に挿入され、メス型コネクタ端子との間に電気的接触を形成する平板状のタブ31を有する。また、オス型コネクタ端子3は、タブ31の後方に、電線(不図示)をかしめて、オス型コネクタ端子3と電線との間に電気的接続および物理的接続を形成するバレル部32を有する。
【0080】
オス型コネクタ端子3において、タブ31の表面が、本開示の実施形態にかかる電気接点としての平板状電気接点1となっている。つまり、オス型コネクタ端子3において、少なくともタブ31の表面に、本開示の実施形態にかかる潤滑剤よりなる潤滑層14が設けられている。また、オス型コネクタ端子3を構成する金属材においては、少なくともタブ31の表面に、Au,Ag,Cu-Sn合金の少なくとも1種を含有する被覆層13が形成されていることが好ましい。
【0081】
オス型コネクタ端子3の相手方コネクタ端子としては、筒状の嵌合部の内部に、電気接点として、エンボス状電気接点2を有するメス型コネクタ端子を用いることができる。オス型コネクタ端子3をメス型コネクタ端子に嵌合接続する際に、平板状電気接点1として構成されたオス型コネクタ端子3のタブ31の表面と、メス型コネクタ端子のエンボス状電気接点2の頂部との間で、摺動が起こる。オス型コネクタ端子3のタブ31の表面に潤滑層14が設けられ、摺動箇所に樹脂粒子が分散されていることにより、嵌合接続に伴う摺動中の摩擦係数が低減され、また、被覆層13の摩耗が抑制される。
【0082】
電気接点1の表面において、摩擦係数が低減されることにより、オス型コネクタ端子3をメス型コネクタ端子に挿入し、嵌合させる際に要する力(挿入力)が低減される。挿入力の低減により、コネクタ端子対の嵌合組み立て作業が容易となる。特に、多数のコネクタ端子3を備えたコネクタにおいては、コネクタ端子3の数が増加するのに伴って、相手方コネクタと嵌合させる際の挿入力が大きくなるが、そのような場合にも、電気接点1の表面に潤滑層14を設け、表面の摩擦係数を低減することにより、コネクタの挿入力を低減することができる。特に、コネクタに含まれるコネクタ端子3の数が多いほど、各コネクタ端子3の電気接点1への潤滑層14の形成により、コネクタ全体としての挿入力の低減量が、大きくなる。
【0083】
オス型コネクタ端子3とメス型コネクタ端子の間の摺動に伴って、潤滑層14に含まれる樹脂粒子の粒子形状が破壊されてもよい。上で電気接点1について説明したように、樹脂粒子の粒子形状が破壊されることで、摩擦係数低減および摩耗抑制の効果が、さらに高められる可能性がある。オス型コネクタ端子3とメス型コネクタ端子の電気接点1,2の間に印加される接圧(接触荷重)が大きいほど、摺動時に、樹脂粒子の粒子形状の破壊が起こりやすくなる。接圧は、以下のようなパラメータによって制御することができる。つまり、オス型コネクタ端子3のタブ31の厚さ、メス型コネクタ端子の嵌合部において、オス型コネクタ端子3のタブ31を挟圧保持する空間の高さ(タブ31の厚さに対応する方向の寸法)、メス型コネクタ端子の電気接点2のエンボス21の半径、メス型コネクタ端子の電気接点2をオス型コネクタ端子3のタブ31に押し付けるバネの弾性力の大きさ等によって、接圧を制御することができる。
【0084】
上記のように、本実施形態にかかるコネクタ端子は、嵌合型のオス型コネクタ端子3に限られるものではなく、例えば、嵌合型のメス型コネクタ端子としてもよい。この場合には、メス型コネクタ端子の嵌合部に、エンボス状電気接点2等として形成される電気接点の表面に、潤滑層14を設けておけばよい。また、コネクタ端子対を構成するオス型コネクタ端子3とメス型コネクタ端子の両方の電気接点1,2に、潤滑層14を設けておいてもよい。
【0085】
<ワイヤーハーネス>
最後に、本開示の一実施形態にかかるワイヤーハーネスについて説明する。本開示の一実施形態にかかるワイヤーハーネスは、構成部材として、上で説明した本開示の一実施形態にかかるコネクタ端子を有している。
【0086】
本開示の一実施形態にかかるワイヤーハーネスにおいては、上記オス型コネクタ端子3等、本開示の実施形態にかかるコネクタ端子が、電線の少なくとも一端に接続されて、端子付き電線の形態となっている。ワイヤーハーネスは、複数の端子付き電線を含んでもよい。その場合に、ワイヤーハーネスを構成する端子付き電線の全てが、本開示の実施形態にかかるコネクタ端子を備えるものであっても、一部の端子付き電線のみが、本開示の実施形態にかかるコネクタ端子を備えるものであってもよい。
【0087】
図2Bに、複数の端子付き電線を含むワイヤーハーネスの一例を示す。ワイヤーハーネス5は、メインハーネス部51の先端部から、3つの分岐ハーネス部52が分岐した構成を有している。メインハーネス部51において、複数の端子付き電線が束ねられている。それらの端子付き電線は、3つの群に分けられて、それぞれの群が、各分岐ハーネス部52において束ねられている。メインハーネス部51および分岐ハーネス部52において、粘着テープ54を用いて、複数の端子付き電線を束ねるとともに、曲げ形状を保持している。メインハーネス部51の基端部と各分岐ハーネス部52の先端部には、コネクタ53が設けられている。コネクタ53は、各端子付き電線の端末に取り付けられたコネクタ端子を収容している。
【0088】
ここで、ワイヤーハーネス5を構成する複数の端子付き電線の端末に取り付けられた複数のコネクタ端子のうち、少なくとも一部が、上記本開示の実施形態にかかるコネクタ端子3となっている。そのコネクタ端子3の電気接点においては、本開示の実施形態にかかる潤滑剤よりなる潤滑層14が、被覆層13の表面に設けられている。ワイヤーハーネス5を構成するコネクタ端子として、潤滑層14を電気接点の表面に有する本開示の実施形態にかかるコネクタ端子3が含まれることで、ワイヤーハーネス5において、そのコネクタ端子3を相手方のコネクタ端子に嵌合接続する際に、摺動箇所に樹脂粒子が分散されていることにより、嵌合接続に伴う摺動中の摩擦係数が低減され、また、被覆層13の摩耗が抑制される。
【実施例】
【0089】
以下、実施例を示す。なお、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。以下、特記しない限り、試料の作製および評価は、大気中、室温にて行っている。
【0090】
[1]基油とフッ素樹脂の濡れ性
潤滑剤における樹脂粒子の分散性を確保するための基礎的な情報として、基油とフッ素樹脂の間の濡れ性について調査した。
【0091】
[試験方法]
まず、各種フッ素樹脂と、炭化水素系油の間の濡れ性について調べた。具体的には、各種フッ素樹脂を板状に成形したものの表面に、高粘度パラフィンの液滴を滴下した。フッ素樹脂としては、ETFE,PFA,PTFE,PCTFEを用いた。高粘度パラフィンとしては、以下のものを用いた。
・高粘度パラフィン:ナカライテスク社製 高粘度タイプ流動パラフィン(動粘度100~120mm2/s@37.8℃)
【0092】
高粘度パラフィンの液滴を滴下したフッ素樹脂の表面に対して、側方から写真を撮影した。得られた写真において、液滴の形状から、界面における濡れ性を評価した。液滴がドーム状に高く盛り上がり、接触角が大きくなっているほど、濡れ性が低いと評価され、液滴があまり盛り上がらず、扁平に広がっており、接触角が小さくなっているほど、濡れ性が高いと評価される。
【0093】
さらに、上記フッ素樹脂のうち、PCTFEおよびPTFEについて、同様に、各種炭化水素系油との間の濡れ性を評価した。具体的には、上記高粘度パラフィンの他に、2種のポリブテンを用いて、上記と同様の方法で、液滴の形状に基づく濡れ性の評価を行った。用いたポリブテンは、以下のとおりである。
・低粘度ポリブテン:JXTGエネルギー社製 LV-100(動粘度205mm2/s@40℃)
・高粘度ポリブテン:JXTGエネルギー社製 HV-35(動粘度2300mm2/s@40℃)
【0094】
図3に、各種フッ素樹脂の表面における高粘度パラフィンの液滴の状態を示す。各写真において、下側の平板状の物質がフッ素樹脂であり、その上に滴下されているのが高粘度パラフィンである。
図3によると、ETFE,PFA,PTFEの各表面においては、高粘度パラフィンの液滴は、ドーム状に高く盛り上がっており、大きな接触角を示している。つまり、それらのフッ素樹脂と高粘度パラフィンの間の濡れ性は、低くなっている。
【0095】
一方、PCTFEの表面においては、他の3種のフッ素樹脂の場合と比べて、明らかに、液滴が扁平に広がっており、接触角が小さくなっている。つまり、PCTFEは、高粘度パラフィンに対して、高い濡れ性を示している。ETFE,PFA,PTFEは、いずれも、4フッ化エチレンを構造単位に含んでいるのに対し、PCTFEは、4フッ化エチレンを構造単位に含まず、代わりに、3フッ化エチレンを構造単位に含む3フッ化エチレン樹脂である。
図3の試験結果から、3フッ化エチレン樹脂が、4フッ化エチレンを構造単位に含む樹脂に比べて、高粘度パラフィンに対して高い濡れ性を示すことが確認される。
【0096】
さらに、
図4に、PCTFEおよびPTFEの表面における各種炭化水素系油の液滴の状態を示す。表の左側から、炭化水素系油が、高粘度パラフィン、低粘度ポリブテン、高粘度ポリブテンである場合を示しており、上段がフッ素樹脂がPCTFEである場合、下段がPTFEである場合を示している。
図4によると、3種いずれの炭化水素系油についても、PTFEの表面では、液滴が高く盛り上がっており、接触角が大きくなっているのに対し、PCTFEの表面では、液滴が扁平に広がっており、接触角が小さくなっている。つまり、いずれの炭化水素系油に対しても、PTFEよりも、PCTFEの方が、顕著に高い濡れ性を示している。このことから、4フッ化エチレン樹脂であるPTFEよりも、3フッ化エチレン樹脂であるPCTFEの方が、各種炭化水素系油に対して高い濡れ性を示すと言える。
【0097】
以上の結果より、3フッ化エチレン樹脂であるPCTFEは、炭化水素系油に対して、高い濡れ性を示すことが分かる。このことから、3フッ化エチレン樹脂を粒子状にして炭化水素系油に混合すると、高い分散性を示すはずである。
【0098】
[2]潤滑剤による摩擦特性の改良
次に、上記試験[1]において、炭化水素系油に対して高い濡れ性を有することが示された3フッ化エチレン樹脂を含有する樹脂粒子を、炭化水素系油とともに用いて潤滑剤を調製し、電気接点の摩擦特性に対してどのような影響を与えるかを調査した。また、電気接点の表面における樹脂粒子の密度と、摩擦特性の関係についても調査した。
【0099】
[試験方法]
(試料の作製)
(1)潤滑剤の調製
PCTFEの粗粉(ダイキン工業社製 PCTFE M-300H)を、ジェットミルにて粉砕し、中心粒径5μmの樹脂粒子を作成した。中心粒径は、レーザー回折・散乱によって評価した。この樹脂粒子を、溶媒としてのアセトン(水を含有する)に分散させ、さらに、基油としてのテトラデカン(粘度:2.7mm2/s@37.8℃)を加えて混合撹拌した。得られた組成物を、潤滑剤1とした。潤滑剤1においては、樹脂粒子と基油の混合比率を変化させることで、樹脂粒子の含有量を、基油の質量に対して、0質量%(樹脂粒子無添加)から50質量%の範囲で変化させた。基油と溶媒の混合比は、形成すべき潤滑剤膜の厚さに応じて調整した。
【0100】
(2)電気接点試料の作製
電気接点を模擬する試料として、平板状試料とエンボス状試料の組を作製した。まず、清浄な銅合金板の表面に、厚さ3μmのAgめっき層を形成した。このAgめっき銅合金板を用いて、平板状試料を形成するとともに、プレス加工によって曲率半径3mmの半球状のエンボスを形成し、エンボス状試料を作製した。両試料とも、有機洗浄によって脱脂し、乾燥させた。
【0101】
平板状試料を、潤滑剤1に浸漬した後、溶媒のアセトンを揮発させ、潤滑剤の塗膜を形成した。潤滑剤1と同じ濃度にて、基油をアセトンで希釈したものに、Agめっき銅合金板を浸漬して形成した塗膜の厚さは、希釈濃度により、1~2μmの範囲となっており、潤滑剤1の塗膜も、同程度の厚さを有していると考えられる。試料表面における樹脂粒子の密度は、後に説明するEDS測定によって得られる元素比[F]/[M]が所望の値になるように、使用する潤滑剤における樹脂粒子の濃度(基油に対して0~50質量%)と、溶媒による希釈濃度を選択することで、調整した。エンボス状試料の表面には、塗膜を形成しなかった。
【0102】
(3)端子試料の作製
Agめっき銅合金材よりなるタブ幅0.64mmの嵌合型のオス型コネクタ端子を、潤滑剤1に浸漬した後、溶媒を揮発させ、潤滑剤1の塗膜を形成した。潤滑剤1としては、樹脂粒子の含有量を、基油の質量に対して50質量%としたものを用いた。また、オス型コネクタ端子と嵌合させる相手方コネクタ端子として、同じくAgめっき銅合金材よりなるメス型コネクタ端子を準備した。メス型コネクタ端子には、潤滑剤の塗膜は形成しなかった。
【0103】
(評価方法)
(1)樹脂粒子の密度の評価
潤滑剤の塗膜を形成した試料表面における樹脂粒子の密度を評価するために、EDS測定に基づいて、元素比[F]/[M]の値を見積もった。まず、潤滑剤1の塗膜を形成した平板状試料に対して、溶媒が十分揮発した後、走査電子顕微鏡(scanning electron microscope;SEM)の装置を用いて、EDS測定を行った。測定条件は以下のとおりとした。
・入射角:垂直入射
・加速電圧:15kV
・ワーキングディスタンス(WD):10mm
・X線強度:10~100cps程度
【0104】
EDSの測定結果より、FおよびAgの存在量を見積もった。そして、Fの原子数[F]をAgの原子数[Ag]で除して、元素比[F]/[M]とした。元素比[F]/[M]が大きいほど、平板状試料の表面に分散された樹脂粒子の密度が高いことになる。なお、実際のEDS測定は、次に説明する摩擦係数の計測試験を行った後の平板状試料に対して、エンボス状試料が接触していなかった箇所を選択して行った。
【0105】
(2)摩擦係数の計測と摩耗の評価
各平板状試料に対して、摩擦係数の測定を行った。この際、エンボス状試料の頂部を平板状試料に接触させ、4Nの接触荷重を印加した状態で、0.2mm/secの速度で、200μmの距離の間を往復して摺動させた。摺動中に、平板状試料に取り付けたロードセルにて、横方向に働く動摩擦力を測定した。計測された動摩擦力の値を印加荷重で割った値を(動)摩擦係数とした。摺動中、摩擦係数の変化を記録した。また、摺動中には、摩擦係数の測定を行いながら、電気接点間に電流を流し、接触抵抗を計測した。
【0106】
さらに、摩擦係数を評価した後の平板状試料に対して、摺動を行った箇所を、SEMにて観察し、摺動によるAgめっき層の摩耗の有無等を評価した。
【0107】
(3)端子挿入力の計測
上記にて作製した潤滑剤1の塗膜を有するオス型コネクタ端子を、メス型コネクタ端子に挿入しながら、オス型コネクタ端子に取り付けたロードセルにより、挿入力を測定した。挿入速度は、10mm/minとした。比較のために、潤滑剤に樹脂粒子を添加しない場合、および潤滑剤の塗膜を形成しない場合についても、同様に挿入力を測定した。さらに、挿入完了後のコネクタ端子対に通電し、端子間抵抗を測定した。
【0108】
[試験結果]
(1)摩擦係数および表面の摩耗について
図5に、EDS測定によって得られた元素比[F]/[M]と、計測された摩擦係数の関係を示す。横軸に元素比[F]/[M]をとり、縦軸に摺動中の摩擦係数の最大値を示している。
図5で、[F]/[M]=0のデータ点は、樹脂粒子を含有しない潤滑剤を塗布した場合に対応している。以降の元素比[F]/[M]と摩擦係数の関係を示す各グラフにおいても、同様である。
【0109】
図5によると、樹脂粒子を含有する潤滑剤1の塗膜を平板状試料の表面に形成することで、摩擦係数が低減されている。摩擦係数の低減は、元素比[F]/[M]が0.2以上の領域で顕著になっている。特に、元素比[F]/[M]が0.3以上になると、摩擦係数が0.2程度まで低減されている。この値は、潤滑剤に樹脂粒子を添加しない場合の摩擦係数の約1/5に当たる。
【0110】
図5にデータ点を示したうちの代表的な試料について、
図6に、平板状接点上の摺動箇所を観察したSEM像を示す。各試料について、元素比[F]/[M]および摩擦係数の値と合わせて、摺動箇所全体を低倍率(200倍)で観察した像と、摺動箇所の中央部を高倍率(2000倍)で観察した像を示している。スケールバーは、低倍率像で100μm、高倍率像で10μmを表している。
【0111】
まず、左列の元素比[F]/[M]が0.13の場合の観察像を見る。低倍率像において、中央部に明るく観察されている領域が、摺動痕である。このように、明確な摺動痕が形成されており、高倍率像を見ると、摺動痕の中に、大きな凹凸構造が形成されており、荒れた表面となっていることが分かる。この荒れた表面は、凝着摩耗を起こしたAg被覆層の表面に対応付けることができる。なお、低倍率像において、摺動痕の外に点在しているドット状の構造は、樹脂粒子に対応している。
【0112】
中央列の元素比[F]/[M]が0.23の場合の観察像を見ると、元素比[F]/[M]が0.13の場合と比べて、低倍率像において、摺動痕が目立たなくなっている。また、高倍率像において、特に左上側の領域に、平滑な面が観察されており、表面の荒れが低減されていることが分かる。これらの結果は、樹脂粒子の密度が増加するのに伴って、Ag被覆層の凝着摩耗が抑制されていることを示している。高倍率像において、上方に、横方向に向かって延びたような形状で、ひときわ暗く観察される領域が存在している。この領域は、後の試験[5]において実証するように、粒子形状を破壊された樹脂粒子に対応付けられる。エンボス状試料との間の摺動方向が、画像の横方向に対応しており、粒子形状を破壊された樹脂粒子の構成材料が、摺動によって引き摺るように押し広げられ、横方向に広がって分布しているものと考えられる。Ag被覆層の凝着摩耗の抑制に対応して、摩擦係数も、半分以下に低減されている。
【0113】
さらに、右列の元素比[F]/[M]が0.37の画像を見ると、低倍率像において、摺動痕が、周囲の領域に対して、ほぼ判別できない程度になっている。また、高倍率像においても、画像全域で、凹凸の非常に少ない平滑な面が観察されている。これらの結果は、元素比[F]/[M]にして0.37まで樹脂粒子の密度を増加させることで、摺動痕がほぼ形成されない程度まで、Ag被覆層の凝着摩耗が低減されていることを示している。また、粒子形状が破壊された樹脂粒子に由来する暗い領域が、元素比[F]/[M]が0.23の場合よりも、さらに大きな面積を占めるようになっており、高倍率像だけでなく、低倍率像中でも、顕著に観察されるようになっている。Ag被覆層の凝着摩耗の一層の抑制に対応して、摩擦係数も、さらに半分程度まで低減されている。
【0114】
以上の摩擦係数測定およびSEM観察の結果から、潤滑剤に樹脂粒子を添加し、さらにその樹脂粒子の密度を、試料表面における元素比[F]/[M]で、0.2以上、さらには0.3以上にまで高めることにより、摩擦係数が低減されるとともに、試料表面の摩耗が抑制されることが分かる。さらに、樹脂粒子の密度を、試料表面における元素比[F]/[M]で0.3以上とすれば、摩擦係数が大幅に低減されるとともに、試料表面の摩耗が、ほぼ起こらない水準にまで低減される。
【0115】
このような顕著な摩擦特性の改良は、上記試験[1]で確認されたように、樹脂粒子が3フッ化エチレン樹脂を含んでおり、基油である炭化水素系油に対して高い濡れ性を示すことに起因すると考えられる。樹脂粒子が基油中に均一性高く分散されることにより、試料表面に潤滑剤の塗膜を形成した際に、樹脂粒子が、試料表面に均一性高く分散されるとともに、強く付着されることの結果として、摩擦特性が改良されると解釈できる。さらに、樹脂粒子の粒子形状の破壊が、摩擦係数の低減および摩耗の抑制と密接に関係していると言える。なお、元素比[F]/[M]の全領域において、摺動中に計測した接触抵抗の値は、樹脂粒子を含有しない潤滑剤の塗膜を形成した場合の値と比べて、ほぼ変わらないものであった。つまり、樹脂粒子は、電気接点間の電気伝導を妨げるものとはなっていない。
【0116】
(2)端子挿入力について
図7に、端子挿入力を測定した結果を示す。横軸に挿入距離をとり、縦軸に、各挿入距離において測定された挿入力を示している。樹脂粒子を潤滑剤に添加した場合(粒子あり)と、添加しなかった場合(粒子なし)で、それぞれ、コネクタ端子を新しいものに交換しながら、複数回の測定を行っており、それぞれの回のデータを、図中に表示している。破線で表示するデータは、端子表面に、潤滑剤を塗布しなかった場合(無塗布)のデータである。なお、この端子挿入力の計測試験において、オス型コネクタ端子の表面に形成した潤滑剤の塗膜は、元素比[F]/[M]にして、0.65程度の樹脂粒子密度に対応するものである。
【0117】
図7の結果を見ると、「無塗布」「粒子なし」「粒子あり」のいずれの場合についても、挿入距離2.5mm付近で、挿入力が急峻に立ち上がっている。この立ち上がりは、メス型コネクタ端子の板バネ構造を圧縮する際の反力によるものである。急激な挿入力の立ち上がりは、挿入距離3mm付近で収束するが、「無塗布」および「粒子なし」の場合には、その後も摺動距離が大きくなるのに従い、徐々に挿入力が上昇している。この挿入力の上昇は、電気接点間におけるAg被覆層の凝着と、それに伴う摩擦係数の上昇によるものである。一方、「粒子あり」の場合には、挿入距離3mm付近で急峻な挿入力の立ち上がりが収束した後は、顕著な挿入力の上昇は見られず、挿入力は、ほぼ一定の値をとっている。この結果は、潤滑剤への樹脂粒子の添加により、電気接点間におけるAg被覆層の凝着と、それに伴う摩擦係数の上昇が抑制されたことによると解釈できる。
【0118】
以上の端子挿入力の計測結果は、上記で、電気接点に対する摩擦係数の計測および摺動痕のSEM観察において得られた結果と対応するものとなっている。つまり、潤滑剤に、3フッ化エチレン樹脂を含有する樹脂粒子を添加することで、コネクタ端子の電気接点において、Ag被覆層の表面の凝着摩耗が抑制されるとともに、摩擦係数が低減され、その結果として、コネクタ端子を嵌合させる際の挿入力が低減されている。なお、挿入完了後の端子間抵抗は、3種いずれの場合についても、0.7~1mΩとなっており、潤滑剤の塗布、また潤滑剤への樹脂粒子の添加は、端子間の通電特性に影響を与えないことが確認された。
【0119】
[3]基油の種類の影響
潤滑剤を構成する基油の種類が、電気接点の摩擦特性にどのように影響するのかについて調べた。
【0120】
[試験方法]
(試料の作製)
上記潤滑剤1とは異なる基油を含有する潤滑剤として、潤滑剤2を調製した。この際、基油をテトラデカンから高粘度パラフィン(試験[1]で用いたのと同じ製品)に変更し、溶媒をアセトンからジイソプロピルエーテル(水を含有する)に変更した以外は、上記潤滑剤1の場合と同様にした。なお、溶媒の種類も変更したのは、基油との相溶性を確保するためである。
【0121】
試験[2]において作製したのと同様に、Agめっき銅合金板を用いて、平板状試料とエンボス状試料よりなる電気接点試料を作製した。ただし、潤滑剤1の代わりに、潤滑剤2を用いて、平板状試料の表面に、潤滑剤の塗膜を形成した。
【0122】
(評価方法)
作製した電気接点試料を用いて、上記試験[2]と同様に、摩擦係数の計測と、元素比[F]/[M]の見積もりを行った。
【0123】
[試験結果]
図8に、元素比[F]/[M]と、摩擦係数の関係を示す。横軸に元素比[F]/[M]をとり、縦軸に摺動中の摩擦係数の最大値を示している。
【0124】
図8によると、塗膜の形成に潤滑剤2を用いた場合にも、
図5の潤滑剤1を用いた場合と同様に、潤滑剤への樹脂粒子の添加によって、摩擦係数が顕著に低減されている。しかし、元素比[F]/[M]を変化させた際の摩擦係数の挙動は、潤滑剤1と潤滑剤2で、少し異なっている。つまり、潤滑剤1を用いた場合には、元素比[F]/[M]が0.2以上となる領域で、摩擦係数の大幅な低減が見られたのに対し、潤滑剤2を用いた場合には、元素比[F]/[M]が0.1でも、摩擦係数が大幅に低減されている。また、潤滑剤1を用いた場合には、元素比[F]/[M]を0.3以上とすると、さらに摩擦係数が大幅に低減されるものの、それ以上に元素比[F]/[M]を増加させても、摩擦係数の低減傾向は飽和していたのに対し、潤滑剤2を用いた場合には、元素比[F]/[M]が0.6以上とさらに高い領域でしか、飽和傾向が出現していない。
【0125】
以上の結果から、3フッ化エチレン樹脂を含有する樹脂粒子を潤滑剤に添加することで、基油として用いる炭化水素系油の種類を変更しても、摩擦特性の改良に、高い効果が得られることが分かる。ただし、樹脂粒子密度を変化させた際の摩擦特性の挙動は、ある程度、基油の種類に依存する。
【0126】
[4]基材の金属種の影響
上記試験[2]および試験[3]では、基材として、表面にAgめっき層を有する銅合金板を用いていたが、基材表面の金属種が異なる場合にも、摩擦特性を改良する効果が得られるかどうかを確認した。
【0127】
[試験方法]
(試料の作製)
清浄な銅合金板の表面に、厚さ1μmのNiめっき層と、厚さ0.4μmのCo添加硬質Auめっき層を形成して、Auめっき銅合金板とした。また、粗面化した銅合金板の表面に、厚さ0.5μmのNi層を形成し、さらにCu層とSn層をこの順に形成して加熱を行うことで、Cu-Sn合金とSnをともに最表面に露出させた厚さ1.0μmの層を形成し、Cu-Snめっき銅合金板とした。Auめっき銅合金板とを用いて、試験[2]と同様に、平板状試料と、曲率半径3mmのエンボス状試料の組を作製し、電気接点試料とした。同様に、Cu-Snめっき銅合金板を用いて、平板状試料と、曲率半径3mmのエンボス状試料の組を作製し、電気接点試料とした。
【0128】
作製したAuめっき銅合金板よりなる平板状試料、およびCu-Snめっき銅合金板よりなる平板状試料の表面に、試験[2]と同様にして、潤滑剤1または潤滑剤2の塗膜を形成した。いずれの金属材を用いる場合についても、エンボス状試料の表面には、塗膜を形成しなかった。
【0129】
(評価方法)
作製した各電気接点試料を用いて、摩擦係数の測定を行った。測定は、上記試験[2]と同様にして行った。ただし、ここでは、摺動距離200μmの摺動を、100往復にわたって行い、1往復ごとに、摺動距離の中央での摩擦係数を記録した。また、試験[2]と同様にして、EDSを用いて、元素比[F]/[M]を見積もった。Auめっき銅合金板を用いた試料については、金属原子の存在量[M]として、Auの存在量[Au]を用い、Cu-Snめっき銅合金板を用いた試料については、金属原子の存在量[M]として、Cuの存在量[Cu]とSnの存在量[Sn]の合計を用いた([Cu]+[Sn])。さらに、Auめっき銅合金板を用い、潤滑剤1の塗膜を作製した試料については、100往復の摺動を行った後の平板状試料の表面を、SEMにて観察した。SEM観察と同時に、EDS測定も行い、表面における各元素の分布を評価した。
【0130】
[試験結果]
(1)基材がAu被覆層を有する場合
図9に、Au被覆層を有する平板状試料に、基油としてテトラデカンを含有する潤滑剤1の塗膜を形成した場合について、100往復の摺動中に摩擦係数を計測した結果を示す。ここでは、横軸に摺動の往復回数をとり、縦軸に各回の摺動において得られた摩擦係数の値を示している。図には、調製した潤滑剤における樹脂粒子の含有量を変化させて測定した4とおりの結果を示しており、潤滑剤における樹脂粒子の含有量を、基油の質量に対する質量%を単位として表示している。さらに、
図10に、元素比[F]/[M]と、摩擦係数の関係を示す。横軸に元素比[F]/[M]をとり、縦軸に1往復目の摺動において計測された摩擦係数を示している。
図9に示した各データと、
図10のデータ点の関係は、下のようになっている。
・0質量%:[F]/[M]=0
・10質量%:[F]/[M]=0.13
・30質量%:[F]/[M]=0.61
・50質量%:[F]/[M]=1.65
【0131】
まず、
図9によると、潤滑剤が樹脂粒子を含有しない場合には(0%)、摺動サイクルのごく初期において、摩擦係数が急激に上昇している。この摩擦係数の上昇は、Au層同士を接触させた摺動に伴う、Au被覆層の凝着摩耗によるものである。その後、Au被覆層が摩滅すると、Ni層が露出し、Ni層同士を接触させて摺動が起こることにより、摩擦係数が減少に転じている。一方、樹脂粒子を添加した潤滑剤を用いた場合の各データにおいては、初期の急激な摩擦係数の上昇が見られず、その後の摩擦係数についても、樹脂粒子を含有しない場合と比較して、低い水準を安定に維持している。この現象は、潤滑剤に含有させた樹脂粒子がAu被覆層の表面に分散して付着することで、Auの凝着摩耗が抑制されるとともに、摩擦係数が低減されているものと解釈することができる。特に、潤滑剤の含有量を10質量%を超えて多くすると、摩擦係数低減の効果が、一層顕著になっている。
【0132】
さらに、
図10にも、潤滑剤への樹脂粒子の添加によって、摩擦係数が低減されることが示されている。Au被覆層の表面における元素比[F]/[M]を0.1以上とすると、摩擦係数の低減効果が大きくなっている。さらに、元素比[F]/[M]を0.2以上とすると、摩擦係数の低減が、さらに顕著になっている。なお、硬質金が銀ほどは高い凝着性を示さないことに対応して、
図5のAg被覆層を有する場合と比べて、潤滑剤に樹脂粒子を添加しない場合([F]/[M]=0)の摩擦係数が低くなっているため、樹脂粒子の含有によって低減される摩擦係数の大きさは、比率としては小さくなっている。しかし、樹脂粒子を含有する場合の摩擦係数の絶対値としては、
図5のAg被覆層を有する場合と同程度となっている。
【0133】
図11に、100往復の摺動を経た後の平板状試料のSEM像、およびEDSによって得られたAu,Ni,Fの各元素の分布を示す。
図11によると、潤滑剤に樹脂粒子が含有されていない場合(0%)には、SEM像の中央部に、暗く観察される領域が形成されている。元素分布像によると、このSEMで暗く観察された領域で、Au濃度が低下しているとともに、Ni濃度が上昇している。この結果は、SEMで観察された暗い領域は、摺動痕に対応しており、Auが凝着摩耗によって試料表面から除去され、下層のNiが露出していることを示している。この結果は、
図9の摺動試験で、潤滑剤が樹脂粒子を含有しない場合に、Auの凝着に伴う摩擦係数の急激な上昇と、それに続くNi層の露出による摩擦係数の低下が見られたことと対応している。
【0134】
一方、
図11で、50質量%の樹脂粒子を含有する潤滑剤を用いた場合の結果を見ると、SEM像において、樹脂粒子を含有しない場合に見られたような、大面積の暗い領域は見られていない。EDS像においても、特定の箇所でAu濃度が低くなったり、Ni濃度が高くなったりする挙動は見られない。よって、100往復の摺動を経ても、Auの凝着摩耗は起こっていない。この結果は、
図9の摺動試験で、潤滑剤が樹脂粒子を含有する場合に、100往復の摺動サイクルの全体を通じて、安定して低い摩擦係数が得られたこととも対応している。
図11で、50質量%の樹脂粒子を含有する潤滑剤を用いた場合に、SEM画像で、中央部を囲むようにして、小面積の暗い領域が多数生じている。EDSによると、これらの領域では、Fの濃度が高くなっている。つまり、これらの領域は、3フッ化エチレン樹脂を含む樹脂粒子に対応している。Fの濃度が高くなった領域が、摺動方向に対応する画像横方向に延びたような形で、樹脂粒子の粒径(5μm)よりも広い範囲に広がっていることから、樹脂粒子の粒子形状が破壊されていることが示唆される。
【0135】
以上、摩擦係数測定およびSEM/EDS測定の結果より、Au被覆層を有する電気接点の表面に、テトラデカンを基油とする潤滑剤1の塗膜を形成した際にも、Ag被覆層を有する電気接点を用いた場合と同様に、潤滑剤への樹脂粒子の添加によって、表面の摩耗が抑制されるとともに、摩擦係数が低減されることが確認された。なお、電気接点表面における樹脂粒子の密度は、基油に対する樹脂粒子の含有量や、溶媒による希釈濃度、形成する塗膜の厚さ等によって制御することができるが、
図9の結果から、おおむね基油の質量に対して10質量%を超える樹脂粒子を潤滑剤中に含有させておけば、その潤滑剤を用いて、摩耗の抑制と摩擦係数の低減に高い効果を有する密度で、電気接点表面に樹脂粒子を分布させることができると言える。
【0136】
さらに、
図12に、Au被覆層を有する平板状試料に、高粘度パラフィンを基油とする潤滑剤2の塗膜を形成した場合について、100往復の摺動中に摩擦係数を計測した結果を示す。ここでは、潤滑剤が樹脂粒子を含有しない場合(0%)と、基油に対して50質量%の樹脂粒子を含有する場合について、横軸に摺動の往復回数を、縦軸に、各回の摺動において得られた摩擦係数の値を示している。
【0137】
図12によると、
図9のテトラデカンを基油とした場合と同様に、潤滑剤への樹脂粒子の添加により、100往復の摺動サイクルの全体を通じて、低く安定した摩擦係数が得られるようになっている。つまり、基油の種類によらず、Au被覆層を有する電気接点の表面でも、Ag被覆層を有する電気接点の表面と同様に、潤滑剤への樹脂粒子の添加によって、摩擦特性を改良できることが示されている。
【0138】
(2)基材がCu-Sn合金を含有する被覆層を有する場合
図13に、Cu-Sn合金を含有する被覆層を有する平板状試料に、基油としてテトラデカンを含有する潤滑剤1の塗膜を形成した場合について、100往復の摺動中に摩擦係数を計測した結果を示す。横軸に摺動の往復回数を、縦軸に、各回の摺動において得られた摩擦係数の値を示している。図には、潤滑剤における樹脂粒子の含有量を変化させて測定した4とおりの結果を示しており、潤滑剤における樹脂粒子の含有量を、基油の質量に対する質量%を単位として表示している。さらに、
図14に、元素比[F]/[M]と、摩擦係数の関係を示す。横軸に元素比[F]/[M]をとり、縦軸に1往復目の摺動において計測された摩擦係数を示している。
【0139】
図13によると、
図9のAu被覆層を有する電気接点の場合と同様に、潤滑剤に樹脂粒子を含有させることにより、100往復の摺動サイクルの全体を通じて、摩擦係数が低減されている。特に、樹脂粒子の含有量が10質量%を超えると、摩擦係数の低減が、一層顕著になっている。なお、Au被覆層を有する電気接点の場合とは異なり、摺動のごく初期に摩擦係数の上昇が見られないのは、Cu-Sn合金が、Auとは異なり、凝着摩耗を起こさないからである。
【0140】
さらに、
図14にも、潤滑剤への樹脂粒子の添加によって、摩擦係数が低減されることが示されている。特に、元素比[F]/[M]を0.2以上、さらには0.5以上とすることで、摩擦係数の低減が顕著となっている。Cu-Sn合金が凝着性をほぼ示さないことと対応して、
図5のAg被覆層を有する場合と比べて、樹脂粒子の含有による摩擦係数の低減量は、比率としては小さくなっているが、樹脂粒子を含有する場合の摩擦係数の絶対値としては、同程度となっている。
【0141】
図15にCu-Sn合金を含有する被覆層を有する平板状試料に、高粘度パラフィンを基油とする潤滑剤2の塗膜を形成した場合について、100往復の摺動中に摩擦係数を計測した結果を示す。ここでは、潤滑剤が樹脂粒子を含有しない場合(0%)と、基油に対して、30質量%および50質量%の樹脂粒子を含有する場合について、横軸に摺動の往復回数を、縦軸に、各回の摺動において得られた摩擦係数の値を示している。
【0142】
図15によると、
図13のテトラデカンを基油とした場合と同様に、潤滑剤への樹脂粒子の添加により、100往復の摺動サイクルの全体を通じて、低く安定した摩擦係数が得られるようになっている。つまり、基油の種類によらず、Cu-Sn合金を含有する被覆層を有する電気接点の表面でも、Ag被覆層を有する電気接点、またAu被覆層を有する電気接点の表面と同様に、潤滑剤への樹脂粒子の添加によって、摩擦特性を改良できることが示されている。
【0143】
以上の結果から、電気接点を構成する基材が、表面層として、Ag,Au,Cu-Sn合金を露出させている場合のいずれについても、炭化水素系基油の中に3フッ化エチレン樹脂を含有する樹脂粒子を分散させた潤滑剤の塗膜を形成することで、摩擦係数を低減し、摩擦特性の改良を達成できることが分かる。
【0144】
[5]摺動後の樹脂粒子の状態
最後に、電気接点で摺動を行った際の樹脂粒子の状態について、調べた。既に説明したように、
図6のSEM像、および
図11のSEM/EDS像において、樹脂粒子の粒子形状が破壊されていることが示唆されているが、ここでは、粒子形状が破壊されていることの確認を、さらに詳細に行った。
【0145】
[試験方法]
(試料の作製)
試験[2]と同様に、Agめっき銅合金板を用いて、平板状試料とエンボス状試料よりなる電気接点対を形成し、平板状試料に、テトラデカンを基油とする潤滑剤1の塗膜を形成した。潤滑剤における樹脂粒子の含有量は、基油の質量に対して50%とした。エンボス状試料の表面には、塗膜を形成しなかった。なお、平板状試料の表面に形成した潤滑剤の塗膜は、元素比[F]/[M]にして、0.65程度の樹脂粒子密度に対応するものである。
【0146】
(評価方法)
平板状試料の表面とエンボス状試料の頂部を接触させ、試験[2]で摩擦係数を計測した時と同様に、摺動を行った。摺動回数は、100往復とした。
【0147】
摺動後の平板状試料およびエンボス状試料の表面に対して、SEM観察を行った。また、SEM観察と同時に、EDS測定を行い、F,Cl,Agの各元素の分布を評価した。
【0148】
[試験結果]
図16に、SEM像と、EDSによる元素分布像を示す。左列が、エンボス状試料、右列が平板状試料の観察結果を示している。それぞれ、上段から、SEM像、Fの分布、Clの分布、Agの分布を示している。
【0149】
図16のSEM像においては、エンボス状試料についても、平板状試料についても、大きな凹凸構造を伴う摺動痕は、生じていない。Agの分布像を見ても、摺動箇所で、Agの濃度の大きな低下は見られておらず、摺動に伴ってAgが凝着摩耗を起こし、Agの摩滅を伴って摺動痕が形成される事態は、起こっていないことが確認される。
【0150】
平板状試料のSEM像において、周囲より暗く観察される領域が多数存在している。エンボス状試料においても、密度および面積は、平板状試料の場合よりは小さいものの、同様に暗く観察される領域が存在している。EDSによる元素分布を見ると、これらの暗く観察されている領域において、Fの濃度が高くなっている。Clについても、同じ領域で濃度が高くなっている。この元素分布は、SEM像において暗く観察される領域が、FとClを共に分子構造に含むPCTFEを含有した樹脂粒子に由来するものであることを、示している。
【0151】
図16の平板状試料におけるFの分布像中に、矢印で表示した領域を拡大した像を、
図17に示す。上段がSEM像、下段がFの分布像である。ここでも、SEMで暗く観察される領域において、Fの濃度が高くなっており、SEMで暗く観察される領域が、樹脂粒子に由来するものであることが確認される。
【0152】
SEM像においても、Fの分布像においても、その樹脂粒子に由来する領域は、樹脂粒子の粒径である5μmよりも大きな範囲に広がっている。また、特に画像の上方で顕著であるが、それらの領域は、摺動方向に対応する画像横方向に延びて広がっている。この結果は、摺動を経て、樹脂粒子の粒子形状が破壊され、樹脂粒子を構成する樹脂が、平板状試料の表面において、摺動方向に沿って押し広げられていることを示している。
【0153】
さらに、
図16によると、当初潤滑剤の塗膜を形成した平板状試料のみならず、当初は潤滑剤の塗膜が形成されず、表面に樹脂粒子を有さなかったエンボス状試料の表面にも、樹脂粒子に由来する付着物が検出されている。このことは、摺動に伴って、平板状試料の表面で樹脂粒子の粒子形状が破壊されるだけでなく、相手方電気接点であるエンボス状試料の表面にも粒子形状が破壊された樹脂粒子が移着し、エンボス状試料の表面においても、摩耗抑制に寄与することを示している。
【0154】
以上の結果から、電気接点の表面に分散された樹脂粒子が、摺動に伴って、粒子形状が破壊され、摺動方向に広がった状態で、電気接点の表面に付着されること、また相手方電気接点の表面に移着することが明らかになった。樹脂粒子の粒子形状が破壊され、電気接点の表面に強固に付着されることにより、摺動を経た後も、樹脂粒子による摩擦係数低減および摩耗抑制の効果が維持されると考えられる。
【0155】
以上、本開示の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。
【符号の説明】
【0156】
1 (平板状)電気接点
11 基材
12 下地材
13 被覆層
14 潤滑層
2 エンボス状電気接点(相手方電気接点)
21 エンボス
3 オス型コネクタ端子
31 タブ
32 バレル部
5 ワイヤーハーネス
51 メインハーネス部
52 分岐ハーネス部
53 コネクタ
54 粘着テープ