(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-05
(45)【発行日】2022-12-13
(54)【発明の名称】質量分析装置および質量分析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20210101AFI20221206BHJP
H01J 49/14 20060101ALI20221206BHJP
H01J 49/42 20060101ALI20221206BHJP
H01J 49/04 20060101ALI20221206BHJP
【FI】
G01N27/62 C
G01N27/62 G
H01J49/14 500
H01J49/14 700
H01J49/42 150
H01J49/04 220
(21)【出願番号】P 2020511669
(86)(22)【出願日】2019-03-08
(86)【国際出願番号】 JP2019009391
(87)【国際公開番号】W WO2019193926
(87)【国際公開日】2019-10-10
【審査請求日】2020-09-28
(32)【優先日】2018-04-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100108523
【氏名又は名称】中川 雅博
(74)【代理人】
【識別番号】100125704
【氏名又は名称】坂根 剛
(74)【代理人】
【識別番号】100187931
【氏名又は名称】澤村 英幸
(72)【発明者】
【氏名】北野 理基
【審査官】赤木 貴則
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-069516(JP,A)
【文献】登録実用新案第3210394(JP,U)
【文献】特開2008-014788(JP,A)
【文献】特開2006-086002(JP,A)
【文献】特開2003-222613(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2006/0255261(US,A1)
【文献】PREST, H.F. and PERKINS, P. D.,Use of Liquid Reagents for Positive Chemical Ionization on the 5973 MSD,Report,No. 5968-5707E,米国,Agilent Technologies Company,1999年12月,pp. 1-6,http://faculty.fortlewis.edu/milofsky_r/GC-MS-CI.pdf
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/62-G01N 27/70
H01J 49/00-H01J 49/48
G01N 30/72
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン化部を備え、分離カラムで分離された試料を、前記イオン化部でイオン化した後、質量分離に供し、前記質量分離で得られたイオンを検出する質量分析装置であって、
液体を気化させて得られた第1ガスを、第2ガスを用いて前記イオン化部に導入するガス導入部と、
前記液体を気化させて前記第1ガスを得るために前記第2ガスにより前記液体を加圧するガス供給部と、を備え、
前記ガス導入部は、
前記イオン化部に接続され、前記ガス供給部から導入された前記第1ガスを含むガスの圧力を調整する抵抗管を含み、
前記イオン化部は、前記第1ガスをイオン化して得られたイオンと前記試料との反応により前記試料をイオン化する質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載の質量分析装置において、
前記液体に加えられる圧力を制御する圧力制御部を備える質量分析装置。
【請求項3】
請求項2に記載の質量分析装置において、
前記圧力制御部は、前記液体が配置されている密閉された容器に導入される前記第2ガスの圧力を制御することにより前記液体を加圧する質量分析装置。
【請求項4】
請求項1から3までのいずれか一項に記載の質量分析装置であって、
前記ガス供給部は、前記第2ガスの圧力が大気圧を超える所定の圧力よりも高くならないようにする安全弁を、さらに備える質量分析装置。
【請求項5】
請求項1から4までのいずれか一項に記載の質量分析装置において、
前記ガス導入部は、前記第1ガスを含むガスを、1kPa以上の圧力、かつ、1mL/min以下の流量で前記イオン化部に導入する質量分析装置。
【請求項6】
請求項1から4までのいずれか一項に記載の質量分析装置において、
前記液体は、有機溶媒である質量分析装置。
【請求項7】
請求項6に記載の質量分析装置において、
前記有機溶媒が、メタノール、アセトニトリル、アセトン、ヘキサン、イソプロパノール、シクロヘキサンまたはトルエンのいずれかである、質量分析装置。
【請求項8】
イオン化部を備える質量分析装置により、分離カラムで分離され前記イオン化部に導入された試料の質量分析を行う質量分析方法であって、
液体を気化させて第1ガスを得るために第2ガスにより前記液体を加圧することと、
前記液体を気化させて得られた前記第1ガスを、前記第2ガスを用いて前記イオン化部に導入することを備え、
前記第1ガスを、前記第2ガスを用いて前記イオン化部に導入することは、
前記イオン化部に接続された抵抗管を用いて前記第1ガスを含むガスの圧力を調整することを含み、
前記イオン化部では、前記第1ガスをイオン化して得られたイオンと前記試料との反応により前記試料がイオン化される質量分析方法。
【請求項9】
請求項8に記載の質量分析方法において、
前記第1ガスを含むガスが、1kPa以上の圧力、かつ、1mL/min以下の流量で前記イオン化部に導入される質量分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析装置および質量分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ガスクロマトグラフ-質量分析計(GC-MS)等の質量分析装置による分析では、化学イオン化により試料をイオン化することが行われている。化学イオン化では、イオン源を含むイオン化部に導入される試薬ガスのイオン化により生成された反応イオンが、試料を構成する分子(以下、試料分子と呼ぶ)と反応することにより試料分子がイオン化される。化学イオン化では、試料分子が解離しにくく、電子等が付加したイオンが生じやすい等の特徴があり、当該特徴を利用して解析を行うことができる。
【0003】
化学イオン化では、試薬ガスとしてメタンまたはイソブタン等の可燃性ガスが好適に用いられる。しかし、安全性の面から可燃性ガスを含むボンベの設置が困難であったり、コスト面から可燃性ガスの調達が難しい等の問題があった。このため、試薬ガスの供給源として、液相のアセトニトリル等を用いることが提案されている(非特許文献1および非特許文献2)
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Pelt CKV, Brenna JT. "Acetonitrile chemical ionization tandem mass spectrometry to locate double bonds in polyunsaturated fatty acid methyl esters" Analytical Chemistry,(米国), American Chemical Society, 1999年5月15日、Volume 71, Issue 10, pp.1981-1989
【文献】Prest HFP, Perkins PD.“Use of Liquid Reagents for Positive Chemical Ionization on the 5973 MSD”、[online]、1999年、Agilent Technologies Company、[2019年1月29日検索]、インターネット<URL: http://faculty.fortlewis.edu/milofsky_r/GC-MS-CI.pdf>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、液相の物質を気化させて得られた試薬ガスは、室温および大気圧下で気相の試薬ガスと比べ、沸点および蒸気圧が低いため、効率よくイオン化部へと導入することが難しい。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第1の態様は、イオン化部を備え、分離カラムで分離された試料を、前記イオン化部でイオン化した後、質量分離に供し、前記質量分離で得られたイオンを検出する質量分析装置であって、液体を気化させて得られた第1ガスを、第2ガスを用いて前記イオン化部に導入するガス導入部を備え、前記イオン化部は、前記第1ガスをイオン化して得られたイオンと前記試料との反応により前記試料をイオン化する質量分析装置に関する。
本発明の第2の態様は、イオン化部を備える質量分析装置により、分離カラムで分離され前記イオン化部に導入された試料の質量分析を行う質量分析方法であって、液体を気化させて得られた第1ガスを、第2ガスを用いて前記イオン化部に導入することを備え、前記イオン化部では、前記第1ガスをイオン化して得られたイオンと前記試料との反応により前記試料がイオン化される質量分析方法に関する。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、液相の物質を気化させて得られた試薬ガスを、効率よくイオン化部に導入することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】
図1は、一実施形態の質量分析装置の構成を示す概念図である。
【
図3】
図3は、一実施形態に係る質量分析方法の流れを示すフローチャートである。
【
図4】
図4(A)は、ベンゾフェノンを電子イオン化して得られたイオンのピークを含むマススペクトルであり、
図4(B)は、試薬ガスとしてメタノールを用い、ベンゾフェノンを化学イオン化して得られたイオンのピークを含むマススペクトルであり、
図4(C)は、試薬ガスとしてメタンを用い、ベンゾフェノンを化学イオン化して得られたイオンのピークを含むマススペクトルである。
【
図5】
図5(A)は、ベンゾフェノンを電子イオン化して得られたイオンのピークを含むマススペクトルの拡大図であり、
図5(B)は、試薬ガスとしてメタノールを用い、ベンゾフェノンを化学イオン化して得られたイオンのピークを含むマススペクトルの拡大図であり、
図5(C)は、試薬ガスとしてメタンを用い、ベンゾフェノンを化学イオン化して得られたイオンのピークを含むマススペクトルの拡大図である。
【
図6】
図6は、加圧用ガスの圧力と、得られたマススペクトルにおけるm/z 33およびm/z 183のそれぞれに対応するピークの強度との関係を示すグラフである。
【
図7】
図7(A)は、加圧用ガスの種類と、得られたマススペクトルにおける、m/z 183に対応するピークの強度の、m/z 182に対応するピークの強度に対する比率とを示すグラフであり、
図7(B)は、試薬ガスの種類と、得られたマススペクトルにおける上記比率とを示すグラフである。
【
図8】
図8は、キャピラリーチューブの長さおよび加圧用ガスの圧力と、得られたマススペクトルにおける上記比率およびS/N比とを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、図を参照して本発明を実施するための形態について説明する。
【0010】
-第1実施形態-
本実施形態の質量分析装置は、加圧された液体を気化させて得られたガスをイオン化部に導入する。導入されたガスは、化学イオン化の際の試薬ガスとして用いることができる。
【0011】
(質量分析装置について)
図1は、本実施形態の質量分析装置の構成を示す概念図である。質量分析装置1は、ガスクロマトグラフ-質量分析計(以下、GC-MSと呼ぶ)であり、測定部100と情報処理部40とを備える。測定部100は、ガスクロマトグラフ10と、試薬ガス供給部20と、質量分析部30とを備える。
【0012】
ガスクロマトグラフ10は、キャリアガス供給源G1と、キャリアガス流路11と、試料導入部12と、カラム温度調節部13と、分離カラム14と、試料ガス導入管15とを備える。試薬ガス供給部20は、加圧用ガス供給源G2と、第1加圧用ガス流路21と、圧力調整部22と、第2加圧用ガス流路23と、液体Lを格納する液体容器24と、試薬ガス流路25と、安全弁26とを備える。質量分析部30は、真空容器31と、排気口32と、分析対象の試料をイオン化してイオンInを生成するイオン化部33と、イオン調整部34と、質量分離部35と、検出部36と、試薬ガス導入部300とを備える。試薬ガス導入部300は、抵抗管であるキャピラリーチューブ310と、試薬ガス導入口320とを備える。
【0013】
測定部100は、試料の各成分(以下、試料成分と呼ぶ)を分離し、分離された各試料成分を検出する。
【0014】
ガスクロマトグラフ10は、試料成分を物理的または化学的特性に基づいて分離する分離部として機能する。分離カラム14に導入される際に、試料はガスまたはガス状となっているが、これを試料ガスと呼ぶ。
【0015】
キャリアガス供給源G1は、キャリアガスを格納する容器を備え、キャリアガスをキャリアガス流路11に供給する。キャリアガス流路11は、その一端である第1端が、キャリアガス供給源G1にキャリアガスが流れることができるように接続され、他端である第2端が、試料導入部12にキャリアガスを導入可能に接続されている。キャリアガス供給源G1からキャリアガス流路11に導入されたキャリアガスは、キャリアガス流路11の途中に配置された不図示のキャリアガス流量制御部により流量等が調整された後、試料導入部12に導入される(矢印A1)。試料導入部12は、試料気化室等の試料が格納される室を備え、不図示のシリンジまたはオートサンプラー等の注入器により注入された試料を一時的に収容し、試料が液体の場合は気化させて、試料ガスを分離カラム14に導入する(矢印A2)。
【0016】
分離カラム14は、キャピラリーカラム等のカラムを備える。分離カラム14は、カラムオーブン等を備えるカラム温度調節部13により、例えば数百℃以下に温度制御されている。試料ガスの各成分は、移動相と分離カラム14の固定相との間の分配係数等に基づいて分離され、分離された試料ガスの各成分は異なる時間に分離カラム14から溶出し、試料ガス導入管15を通って質量分析部30のイオン化部33に導入される。
【0017】
試薬ガス供給部20は、イオン化部33に導入する試薬ガスを、質量分析部30の試薬ガス導入部300に供給する。試薬ガス供給部20は、液体容器Lに配置された液体Lを加圧することにより、液体Lが気化されて得られた試薬ガスを効率的に試薬ガス導入部300に供給する。
【0018】
加圧用ガス供給源G2は、液体Lを加圧する加圧用ガスを格納する容器を備え、加圧用ガスを第1加圧用ガス流路21に供給する。
【0019】
加圧用ガスは、試料、液体Lまたは試薬ガスとの反応等により質量分析に悪影響を与える分子でなければ、加圧用ガスを構成する分子の種類は特に限定されない。加圧用ガスは、試薬ガスとは異なる組成のガスであることが好ましい。加圧用ガスは、アルゴン、ヘリウムまたは窒素等の不活性ガスを含むことができる。効率よく化学イオン化を行う観点から、加圧用ガスは、アルゴンおよび窒素が好ましい。
【0020】
第1加圧用ガス流路21は、その一端である第1端が、加圧用ガス供給源G2に加圧用ガスが流れることができるように接続され、他端である第2端が、圧力調整部22に加圧用ガスを導入可能に接続されている。加圧用ガスは、加圧用ガス供給源G2から、第1加圧用ガス流路21を通って圧力調整部22に導入される。
【0021】
圧力調整部22は、調圧器を備え加圧用ガスの圧力を制御する。圧力調整部22は、後述の圧力制御部511により制御される。圧力調整部22は、加圧用ガスの圧力を大気圧よりも高い圧力に調整する。加圧用ガスの圧力が高すぎると、加圧用ガスが導入される流路または装置に悪影響を与えたり、試薬ガス導入部300によりイオン化部33に導入されるガスにおける試薬ガスの分圧が低くなり試薬ガスを導入する効率が悪くなる可能性がある。従って、変形例1で後述するように、加圧用ガスの圧力と大気圧との差が500kPa以下等になるように加圧用ガスの圧力が調整される。
【0022】
第2加圧用ガス流路23は、その一端である第1端が、圧力調整部22に加圧用ガスが流れることができるように接続され、他端である第2端が、液体容器24の内部に加圧用ガスを導入可能に接続されている。この第2端は、液体容器24に配置された液体Lの水面よりも上方に位置される。加圧用ガスは、圧力調整部23から、第2加圧用ガス流路23を通って液体容器24に導入される。
【0023】
液体容器24は、液体Lを格納することができ、導入される加圧用ガスの圧力を保持可能に密閉することができれば、容器の種類、形状および材質等は特に限定されない。液体容器24は、例えば、ビーカー、バイアルまたはボトルを用いることができる。
【0024】
液体Lは、液体Lの気化により生じたガスを試薬ガスとして試料の化学イオン化に用いることができれば、その組成は特に限定されない。液体Lを構成する分子は、例えば、分析対象の試料分子よりも低いプロトン親和力を有することが、効率の良い化学イオン化を行う観点から好ましい。液体Lは、室温および大気圧下で液相の物質を含んで構成されることが好ましい。これらの観点から、液体Lは、有機溶媒が好ましく、液体Lは、例えば、メタノール、アセトニトリル、アセトン、ヘキサン、イソプロパノール、シクロヘキサンまたはトルエンとすることができる。効率よく化学イオン化を行う観点から、液体Lは、メタノール、アセトン、ヘキサンまたはイソプロパノールが好ましく、比較的蒸気圧が高く、かつ特にプロトン親和性が低いメタノールがより好ましい。
なお、不図示の温度調節装置を用いて液体容器24の温度を調整し、調整された温度において液相である物質を液体Lとして用いてもよい。
【0025】
試薬ガス流路25は、その一端である第1端が、液体容器24に試薬ガスが流れることができるように接続され、他端である第2端が、質量分析部30の試薬ガス導入部300に試薬ガスを導入可能に接続されている。この第1端は、液体容器24に配置された液体Lの水面よりも上方に位置される。液体Lが液体容器24の内部で気化されて生じた試薬ガスは、液体容器24から、試薬ガス流路25を通って試薬ガス導入部300に導入される。このように、気化された液体Lは、加圧用ガスの流れにのって移動し、試薬ガス導入部300およびイオン化部33へと導入される。加圧用ガスは、試薬ガスを運ぶためのガスとしても機能する。
【0026】
安全弁26は、試薬ガス流路25における試薬ガスの圧力が、大気圧を超える所定の圧力よりも高くならないようにするための弁である。安全弁26は、試薬ガス流路25の途中に設置されている。この所定の圧力は、試薬ガスが導入される流路または装置に悪影響を与えない圧力に設定される。
なお、第2加圧用ガス流路23または試薬ガス導入部300等、加圧用ガスまたは試薬ガスが導入される任意の流路または装置に、当該流路または装置の内部の圧力が所定の圧力よりも高くならないようにするための弁を設けることができる。
【0027】
試薬ガス導入部300は、試薬ガス供給部20から導入された試薬ガスの圧力および流量を調整し、試薬ガスをイオン源33に導入する。試薬ガス導入部300のキャピラリーチューブ310は、その一端である第1端が、試薬ガス流路25と試薬ガスが流れることができるように接続され、他端である第2端が、試薬ガス導入口320に試薬ガスが流れることができるように接続されている。キャピラリーチューブ310の長さおよび内径は、イオン源33に導入された試薬ガスにより化学イオン化が起き、この化学イオン化で得られたイオンInを所望の精度で検出できれば特に限定されない。試薬ガス導入口320は、イオン化部33の不図示のイオン化室の内部に試薬ガスを導入可能に開口しており、試薬ガスをイオン源33に導入する。
【0028】
質量分析部30は、質量分析計を備え、イオン化部33に導入された試料をイオン化し、このイオン化で生成されたイオンInを質量分離して検出する。イオン化部33で生成された試料に由来するイオンInの経路を矢印A4で模式的に示した。
なお、イオンInを所望の精度で質量分離し、この質量分離で得られたイオンを検出することができれば、質量分析部30を構成する質量分析計の種類は特に限定されず、任意の種類の1以上の質量分析器を含むものを用いることができる。また、質量分離部35で原子若しくは原子団のイオンInへの付加またはイオンInの解離等を行ってもよい。上記「質量分離で得られたイオン」には、これらの付加または解離等により得られたイオンも含まれる。
【0029】
質量分析部30の真空容器31は、排気口32を備える。排気口32は、不図示の真空排気系と排気可能に接続されている。この真空排気系は、ターボ分子ポンプ等の、10
-2Pa以下等の高真空が実現可能なポンプおよびその補助ポンプを含む。
図1では、真空容器31の内部のガスが排出される点を矢印A5で模式的に示した。
【0030】
質量分析部30のイオン化部33は、イオン源を備え、イオン化部33に導入された試料を化学イオン化によりイオン化し、イオンInを生成する。このイオン源は、不図示のイオン化室、熱電子生成用フィラメントおよびトラップ電極等を含み、熱電子生成用フィラメントで生成された熱電子を、トラップ電極に印加された電圧で加速し、イオン化室内の試薬ガスに照射して不図示の反応イオンを生成する。生成された反応イオンと試料分子との反応により、試料分子へのプロトンの付加または当該反応イオンの付加等が起こり、試料分子がイオン化される。イオン化部33で生成されたイオンInはイオン調整部34に導入される。
【0031】
質量分析部30のイオン調整部34は、レンズ電極またはイオンガイド等のイオン輸送系を備え、電磁気学的作用により、イオンInの流束を収束させる等して調整する。イオン調整部34から出射されたイオンInは質量分離部35に導入される。
【0032】
質量分析部30の質量分離部35は、四重極マスフィルタを備え、導入されたイオンInを質量分離する。質量分離部35は、四重極マスフィルタに印加された電圧により、m/zの値に基づいてイオンInを選択的に通過させる。質量分離部35の質量分離で得られたイオンInは検出部36に入射する。
【0033】
質量分析部30の検出部36は、二次電子増倍管または光電子増倍管等のイオン検出器を備え、入射したイオンInを検出する。検出部36は、入射したイオンInの検出により得られた検出信号を、不図示のA/D変換器によりA/D変換し、デジタル化された検出信号を測定データとして情報処理部40に出力する(矢印A6)。
【0034】
図2は、情報処理部40の構成を示す概念図である。情報処理部40は、入力部41と、通信部42と、記憶部43と、出力部44と、制御部50とを備える。制御部50は、装置制御部51と、データ処理部52と、出力制御部53とを備える。装置制御部51は、圧力制御部511と、導入制御部512とを備える。
【0035】
情報処理部40は、電子計算機等の情報処理装置を備え、質量分析装置1のユーザー(以下、単に「ユーザー」と呼ぶ)とのインターフェースとなる他、様々なデータに関する通信、記憶、演算等の処理を行う。
なお、測定部100と情報処理部40とが一体の装置として構成してもよい。
【0036】
入力部41は、マウス、キーボード、各種ボタンまたはタッチパネル等の入力装置を含んで構成される。入力部41は、測定部100の制御または制御部50の処理に必要な情報等を、ユーザーから受け付ける。通信部42は、インターネット等の無線または有線接続による通信を行うことができる通信装置を含んで構成され、測定部100の制御または制御部50の処理に関するデータ等を適宜送受信する。
【0037】
記憶部43は、不揮発性の記憶媒体で構成され、制御部50が処理を実行するためのプログラムおよびデータ、ならびに検出部36の検出により得られたデータ(以下、測定データと呼ぶ)等を記憶する。出力部44は、液晶モニタ等の表示装置またはプリンター等を含んで構成される。出力部44は、制御部50の処理に関する情報等を、表示装置に表示したり、プリンターにより印刷したりして出力する。
【0038】
制御部50は、CPU(Central Processing Unit)等の処理装置を備え、当該処理装置は、測定部100を制御したり、測定データを処理する等、質量分析装置1の動作の主体となる。
【0039】
制御部50の装置制御部51は、測定部100の各部の動作を制御する。例えば、装置制御部51は、質量分離部35で通過させるイオンのm/zを連続的に変化させるスキャンモード、または、特定のm/zを有するイオンを通過させるSIM(Selective Ion Scannning)モードによりイオンInの検出を行うことができる。この場合、装置制御部51は、入力部41からの入力等に基づいて設定されたm/zを有するイオンInが質量分離部35を選択的に通過するように、質量分離部35の電圧を変化させる。
【0040】
装置制御部51の圧力制御部511は、圧力調整部22を介し、加圧用ガスの圧力を制御する。液体容器24に配置された液体Lには、加圧用ガスの圧力が加えられるため、圧力制御部511は、液体容器24に加えられる圧力を制御することになる。圧力制御部511は、入力部41からの入力等に基づいて設定された圧力の値に加圧用ガスの圧力を調整するように、圧力調整部22に制御信号を送信する。
【0041】
装置制御部51の導入制御部512は、試薬ガス導入部300を介し、試薬ガスのイオン化部33への導入を制御する。導入制御部512は、例えば、試薬ガス導入部300における試薬ガスの流路に配置された不図示の電磁弁の開閉を制御することによりイオン源33への試薬ガスの導入および非導入を切り替える。
【0042】
制御部50のデータ処理部52は、測定データを処理し、解析する。この解析の方法は特に限定されない。例えば、データ処理部52は、測定データから、マススペクトルまたはマスクロマトグラムに対応するデータを生成し、試料成分のそれぞれに対応するピークのピーク強度またはピーク面積を試料成分に対応する強度として算出する。データ処理部52は、算出された強度から試料成分の試料における濃度等を算出することができる。
【0043】
出力制御部53は、装置制御部51による装置制御の状態を示す情報、または、データ処理部52の処理により得られた解析の結果を示す情報を含む出力画像を生成する。出力制御部53は、出力部44を制御して当該出力画像を出力させる。
【0044】
(質量分析方法について)
図3は、本実施形態に係る質量分析方法の流れを示すフローチャートである。ステップS1001において、液体Lを含む密閉された容器(液体容器24)が用意される。ステップS1001が終了したら、ステップS1003が開始される。ステップS1003において、上記容器に加圧用ガスが導入され、加圧用ガスにより液体Lおよび液体Lが気化したガスが加圧される。ステップS1003が終了したらステップS1005が開始される。
【0045】
ステップS1005において、試薬ガス導入部300は、加圧された液体Lを気化させて得られた試薬ガスを加圧用ガスの流れに乗せてイオン化部33に導入する。ステップS1005が終了したら、ステップS1007が開始される。ステップS1007において、イオン化部33は、分離カラム14で分離された試料と試薬ガスとの反応により試料をイオン化する。ステップS1007が終了したら、ステップS1009が開始される。
【0046】
ステップS1009において、質量分析部30は、イオン化された試料を質量分離に供し、質量分離で得られたイオンを検出する。ステップS1009が終了したら、ステップS1011が開始される。ステップS1011において、データ処理部52は、検出により得られたデータ(測定データ)を解析し、解析で得られた情報を表示する。ステップS1011が終了したら、処理が終了される。
【0047】
次のような変形も本発明の範囲内であり、上述の実施形態と組み合わせることが可能である。以下の変形例において、上述の実施形態と同様の構造、機能を示す部位等に関しては、同一の符号で参照し、適宜説明を省略する。
(変形例1)
上述の実施形態において、試薬ガス導入部300のキャピラリーチューブ310の長さまたは内径を調整することで、効率よく化学イオン化を行うために必要な加圧用ガスの圧力を低くすることができる。
【0048】
試薬ガス導入部300によりイオン化部33に導入される、試薬ガスを含む全ガス流量は、0.1mL/min以上が好ましく、0.25mL/min以上がより好ましく、0.4mL/min以上がさらに好ましい。この全ガス流量が大きい程、試薬ガスの導入量が増加するため、化学イオン化が起こりやすくなる。また、上記全ガス流量は、1.3mL/min以下が好ましく、0.9mL/以下がより好ましく、0.8mL/min以下がさらに好ましい。この全ガス流量が大き過ぎると、加圧用ガスの圧力を高くする必要があり、加圧用ガスまたは試薬ガスの流路または装置等に悪影響を及ぼす可能性がある。
【0049】
加圧用ガスの圧力は、大気圧との差圧で、1kPa以上が好ましく、10kPa以上がより好ましく、20kPa以上がさらに好ましく、30kPa以上がより一層好ましく、40kPa以上がさらに一層好ましく、50kPa以上がさらにより一層好ましい。加圧用ガスの圧力が高いと、試薬ガスの導入量が増加するため、化学イオン化が起こりやすくなる。また、加圧用ガスの圧力は、大気圧との差圧で、500kPa以下が好ましく、400kPa以下がより好ましく、200kPa以下がさらに好ましく、150kPa以下がより一層好ましく、100kPa以下がさらに一層好ましい。加圧用ガスの圧力が高過ぎると、加圧用ガスまたは試薬ガスの流路または装置等に悪影響を及ぼす可能性があったり、イオン化部33に導入されるガスにおける試薬ガスの分圧が低下して試薬ガスを導入する効率が悪くなる場合がある。
【0050】
好適な例として、加圧用ガスの圧力が大気圧との差圧で10kPa以上、かつ試薬ガス導入部300によりイオン化部33に導入される全ガス流量が1mL/min以下とすることができる。さらに好適な例として、加圧用ガスの圧力が大気圧との差圧で20kPa以上、かつ上記全ガス流量が0.8mL/min以下とすることができる。
【0051】
上記のように加圧用ガスの圧力および、試薬ガス導入部300によりイオン化部33に導入される全ガス流量を調整する観点から、キャピラリーチューブ310の長さは50cm以下が好ましく、20cm以下がより好ましく、10cm以下がさらに好ましく、5cm以下がより一層好ましい。キャピラリーチューブ310の長さが短いと、加圧用ガスの圧力の値に対して上記全ガス流量が大きくなり、加圧用ガスの圧力を抑制しつつ効率的に試薬ガスをイオン化部33に導入することができる。この際、キャピラリーチューブ310の内径は例えば0.01mm以上0.1mm以下、好ましくは0.03mm以上0.05mm以下とすることができる。キャピラリーチューブ310の長さは適宜、1cm以上、3cm以上等とすることができる。
【0052】
(態様)
上述した複数の例示的な実施形態または変形例は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0053】
(第1項目)一態様に係る質量分析装置は、イオン化部を備え、分離カラムで分離された試料を、前記イオン化部でイオン化した後、質量分離に供し、前記質量分離で得られたイオンを検出する質量分析装置であって、液体を気化させて得られた第1ガス(試薬ガス)を、第2ガス(加圧用ガス)を用いて前記イオン化部に導入するガス導入部(試薬ガス導入部300)を備え、前記イオン化部は、前記第1ガスをイオン化して得られたイオンと前記試料との反応により前記試料をイオン化する。これにより、液相の物質を気化させて得られた試薬ガスを、効率よくイオン化部に導入することができる。
【0054】
(第2項目)他の一態様に係る質量分析装置では、第1項目に記載の質量分析装置において、前記第2ガスにより前記液体を加圧するガス供給部(試薬ガス供給部20)を備える。これにより、液相の物質の気化が促進されるため、液体を気化させて得られた試薬ガスを、さらに効率よくイオン化部に導入することができる。
【0055】
(第3項目)他の一態様に係る質量分析装置では、第2項目に記載の質量分析装置において、前記液体に加えられる圧力を制御する圧力制御部を備える。これにより、制御された適切な圧力の加圧用ガスを用いて質量分析を行うことができる。
【0056】
(第4項目)他の一態様に係る質量分析装置では、第2項目に記載の質量分析装置において、前記圧力制御部は、前記液体が配置されている密閉された容器に導入される前記第2ガスの圧力を制御することにより前記液体を加圧する。これにより、複雑な装置等を用いたり、煩雑な操作を必要とせず、試薬ガスを効率的にイオン化部に導入することができる。
【0057】
(第5項目)他の一態様に係る質量分析装置では、第1項目から第4項目のいずれかに記載の質量分析装置において、前記ガス導入部は、前記第1ガスを含むガスを、1kPa以上の圧力、かつ、1mL/min以下の流量で前記イオン化部に導入する。これにより、イオン化部に導入されるガスにおける試薬ガスの分圧が低下することを抑制し、試薬ガスをイオン化部に効率的に導入することができる。
【0058】
(第6項目)他の一態様に係る質量分析装置では、第1項目から第5項目までのいずれかに記載の質量分析装置において、前記液体は、有機溶媒である。これにより、有機溶媒の試料との反応性を利用して、効率的にイオン化を行うことができる。
【0059】
(第7項目)他の一態様に係る質量分析装置では、第6項目に記載の質量分析装置において、前記有機溶媒が、メタノール、アセトニトリル、アセトン、ヘキサン、イソプロパノール、シクロヘキサンまたはトルエンのいずれかである。これらの有機溶媒は、蒸気圧またはプロトン親和性の観点から化学イオン化に好適であり、より効率のよいイオン化を行うことができる。
【0060】
(第8項目)一態様に係る質量分析方法は、イオン化部を備える質量分析装置により、分離カラムで分離され前記イオン化部に導入された試料の質量分析を行う質量分析方法であって、加圧された液体を気化させて得られた第1ガス(試薬ガス)を、第2ガス(加圧用ガス)を用いて前記イオン化部に導入することを備え、前記イオン化部では、前記第1ガスをイオン化して得られたイオンと前記試料との反応により前記試料がイオン化される。これにより、液相の物質を気化させて得られた試薬ガスを、効率よくイオン化部に導入することができる。
【0061】
(第9項目)他の一態様に係る質量分析方法では、第8項目に記載の質量分析方法において、前記第1ガスを含むガスが、1kPa以上の圧力、かつ、1mL/min以下の流量で前記イオン化部に導入される。これにより、イオン化部に導入されるガスにおける試薬ガスの分圧が低下することを抑制し、試薬ガスをイオン化部に効率的に導入することができる。
【0062】
本発明は上記実施形態の内容に限定されるものではない。本発明の技術的思想の範囲内で考えられるその他の態様も本発明の範囲内に含まれる。
【実施例】
【0063】
以下に、上述の実施形態に係る実施例を示すが、本発明は下記の実施例における具体的な装置等に限定されるものではない。以下の実施例では、圧力は大気圧との差圧で示される。
【0064】
(実施例1)
ベンゾフェノン(分子量182)を、電子イオン化(比較例)、メタノールを試薬ガスとして用いた化学イオン化(実施例)、およびメタンガスを試薬ガスとして用いた化学イオン化(比較例)のそれぞれの方法によりイオン化を行い質量分析した。液相のメタノールを、アルゴンを加圧用ガスとして用いて加圧した。加圧用ガスの圧力は、400kPaであった。
【0065】
(分析条件)
<システム>
質量分析装置: GC-MS(GCMS-TQ8040(島津製作所))
分離カラム: SH-Rxi-5Sil MS(島津ジーエルシー) (30m x 0.25mmI.D., df=0.25μm)
<ガスクロマトグラフィ>
注入口温度: 250℃
カラムオーブン温度: 60℃ (1min)の後、25℃/minで温度を上昇させ、300℃ (0.4min)。
キャリアガス制御: 線速度一定 (36.5cm/sec)
試料注入モード: スプリットレス
試料注入量: 1μL
<質量分析>
インターフェース温度: 290℃
イオン源温度: 230℃
測定モード: スキャン
スキャン範囲: m/z 50 - 500
イベント時間: 0.2sec
スキャンスピード: 2,500u/sec
試薬ガスが通るキャピラリーチューブの長さ: 50cm
上記キャピラリーチューブの内径: 0.04mm
【0066】
図4(A)は、ベンゾフェノンを電子イオン化して得られたイオンのピークを含むマススペクトル(比較例)であり、
図4(B)は、試薬ガスとしてメタノールを用い、ベンゾフェノンを化学イオン化して得られたイオンのピークを含むマススペクトル(実施例)であり、
図4(C)は、試薬ガスとしてメタンを用い、ベンゾフェノンを化学イオン化して得られたイオンのピークを含むマススペクトル(比較例)である。これらのマススペクトルにおいて、横軸はm/z、縦軸はマススペクトル中ピーク強度が最も高いピークを基準にした相対強度である。
【0067】
図5(A)は、
図4(A)のm/z 182付近の拡大図であり、
図5(B)は、
図4(B)のm/z 182付近の拡大図であり、
図5(C)は、
図4(C)のm/z 182付近の拡大図である。m/z 182に対応するピークは、熱電子によりベンゾフェノンが直接イオン化されて生成された陽イオン(M+)(以下、分子イオンと呼ぶ)である。m/z 183に対応するピークは、化学イオン化によりベンゾフェノンにプロトンが付加して生成された陽イオン(MH+)(以下、プロトン付加イオンと呼ぶ)である。
【0068】
電子イオン化を行った場合(
図4(A)および
図5(A))では、プロトン付加イオン(MH+)よりも分子イオン(M+)の検出強度が顕著に高かった。液相のメタノールを気化させて試薬ガスとして用いた場合(
図4(B)および
図5(B))、メタンガスを試薬ガスとして用いた場合(
図4(C)および
図5(C))と同様、分子イオン(M+)の検出強度よりもプロトン付加イオン(MH+)の検出強度が顕著に高かった。
【0069】
(実施例2)
加圧用ガスの圧力以外は実施例1と同様の分析条件で、液相のメタノールを気化させて試薬ガスとした化学イオン化を用い、ベンゾフェノンを質量分析した。加圧用ガスとして用いるアルゴンの圧力が、100kPa、200kPa、300kPaおよび400kPaのそれぞれの場合について質量分析を行った。
【0070】
図6は、加圧用ガスの圧力と、実施例2で得られたマススペクトルにおけるm/z 33およびm/z 183のそれぞれに対応するピークの強度との関係を示すグラフである。m/z 33に対応するピークはメタノールに対応するピークである。加圧用ガスであるアルゴンの圧力を100kPaから400kPaまで高くしていくと、試薬ガスであるメタノールの検出強度が高くなり、さらに、プロトン付加イオン(MH+)の検出強度も高くなることが観察された。
【0071】
(実施例3)
加圧用ガスの種類以外は実施例1と同様の分析条件で、液相のメタノールを気化させて試薬ガスとした化学イオン化を用い、ベンゾフェノンを質量分析した。加圧用ガスとして、アルゴン、ヘリウムおよび窒素のそれぞれの場合について質量分析を行った。
【0072】
図7(A)は、加圧用ガスの種類と、実施例3で得られたマススペクトルにおける、m/z 183に対応するピークの強度の、m/z 182に対応するピークの強度に対する比率(以下、イオン強度比率と呼ぶ)を示すグラフである。イオン強度比率が高い程、電子イオン化よりも化学イオン化がより優位に起こったことになる。ヘリウムを加圧用ガスとして用いた場合でも、電子イオン化を行う場合(例えば、
図5(A)参照)と比較して、高いイオン強度比率が得られ、化学イオン化が起きていることが示された。アルゴンまたは窒素を加圧用ガスとして用いた場合には、化学イオン化により生じたプロトン付加イオンの検出強度が電子イオン化により生じた分子イオンの強度よりも顕著に高かった。
【0073】
(実施例4)
試薬ガスの種類以外は実施例1と同様の分析条件で、複数の種類の有機溶媒をそれぞれ気化させて試薬ガスとした化学イオン化を用い、ベンゾフェノンを質量分析した。試薬ガスとして、アセトニトリル、メタノール、アセトン、ヘキサンおよびイソプロパノールのそれぞれの場合について質量分析を行った。
【0074】
図7(B)は、試薬ガスの種類と、実施例4で得られたマススペクトルにおける、イオン強度比率を示すグラフである。アセトニトリルを試薬ガスとして用いた場合、電子イオン化を行う場合(例えば、
図5(A)参照)と比較して、高いイオン強度比率が得られた。メタノール、アセトン、ヘキサンおよびイソプロパノールはいずれも1200%を超えるイオン強度比率が観察され、ヘキサンおよびイソプロパノールでは1600%を超えるイオン強度比率が観察された。イオン強度比率は、イソプロパノール、ヘキサン、アセトン、メタノールの順に高かった。実施例4で用いた有機溶媒を試薬ガスとして、化学イオン化が電子イオン化よりもはるかに優位に起こっていることが示された。
【0075】
(実施例5)
キャピラリーチューブの長さならびに加圧用ガスの種類および圧力以外は実施例1と同様の分析条件で、液相のメタノールを気化させた試薬ガスを用い、加圧用ガスとして窒素を用いてベンゾフェノンの質量分析を行った。メタンガス等を試薬ガスとした通常の化学イオン化では、キャピラリーチューブは50cmの長さのものが用いられている。本実施例では、キャピラリーチューブの長さが50cmの場合には、加圧用ガスの圧力を400kPaとして上記質量分析を行った。キャピラリーチューブの長さが10cmの場合には、加圧用ガスの圧力を50kPa、100kPa、150kPaおよび200kPaの各条件で上記質量分析を行った。キャピラリーチューブの長さが5cmの場合には、20kPa、50kPa、100kPaおよび150kPaの各条件で上記質量分析を行った。キャピラリーチューブの長さが3cmの場合には、20kPa、30kPa、40kPaおよび50kPaの各条件で上記質量分析を行った。
【0076】
質量分析で得られたマススペクトルに対応するデータ(以下、マススペクトルデータと呼ぶ)から、イオン強度比率に加え、S/N比(信号対雑音比)を算出した。S/N比は、スムージング処理を行っていないマススペクトルデータについて、ノイズが最も低い1分間に対応するデータを自動探索し、強度の二乗平均平方根により算出した。
【0077】
図8は、キャピラリーチューブの長さおよび加圧用ガスの圧力と、実施例4で得られたマススペクトルにおける、イオン強度比率およびS/N比とを示すグラフ(n=3)である。ハッチングされた棒グラフがS/N比を示し、黒塗りの棒グラフがイオン強度比率を示す。グラフ中の圧力値は、加圧用ガスの圧力を示す。
【0078】
図8では、加圧用ガスの圧力が一定であれば、キャピラリーチューブの長さが短くなるにつれ、電子イオン化よりも化学イオン化がより優位に起こり、S/N比も上昇する傾向にあることが示されている。
【0079】
キャピラリーチューブの長さが10cmかつ加圧用ガスの圧力が50kPa以上150kPa以下の場合、キャピラリーチューブの長さが20cmかつ加圧用ガスの圧力が20kPa以上100kPa以下の場合、および、キャピラリーチューブの長さが3cmかつ加圧用ガスの圧力が20kPa以上40kPa以下の場合では、キャピラリーチューブの長さを一定とすると、加圧用ガスの圧力が高い方がイオン強度比率およびS/N比が高い傾向にあった。しかし、加圧用ガスがこれらの値よりも高くなると、イオン化強度比率またはS/N比が下がる場合があった。このイオン強度比率の低下は、イオン化抑制が一因と考えられた。また、S/N比の低下は、高圧力によるベースラインの上昇が一因と考えられた。
【0080】
温度を25℃として、キャピラリーチューブの長さと加圧用ガスの圧力から算出した、
図8の各条件におけるイオン源へ導入される全ガス流量を以下に示す。
キャピラリーチューブの長さ 加圧用ガスの圧力 全ガス流量
50cm 400kPa 0.53mL/min
10cm 50kPa 0.24mL/min
10cm 100kPa 0.43mL/min
10cm 150kPa 0.66mL/min
10cm 200kPa 0.95mL/min
5cm 20kPa 0.31mL/min
5cm 50kPa 0.48mL/min
5cm 100kPa 0.85mL/min
5cm 150kPa 1.33mL/min
3cm 20kPa 0.52mL/min
3cm 30kPa 0.60mL/min
3cm 40kPa 0.70mL/min
3cm 50kPa 0.80mL/min
【0081】
上記のように、キャピラリーチューブの長さが50cmで加圧用ガスの圧力が400kPaの場合、全ガス流量は0.53mL/minと算出され、キャピラリーチューブの長さが3cmで加圧用ガスの圧力が20kPaの場合、全ガス流量は0.52mL/minと算出された。前者の場合と後者の場合では、イオン源に導入される全ガス流量は略等しい。しかし、後者の場合では、試薬ガスの分圧が大きく向上し、より効率的に化学イオン化が起こり、S/N比が向上したと考えられた。
【0082】
次の優先権基礎出願の開示内容は引用文としてここに組み込まれる。
米国特許仮出願第62/652973号(2018年4月5日出願)
【符号の説明】
【0083】
1…分析装置、10…ガスクロマトグラフ、11…キャリアガス流路、12…試料導入部、14…分離カラム、20…試薬ガス供給部、21…第1加圧用ガス流路、22…圧力調整部、23…第2加圧用ガス流路、24…液体容器、25…試薬ガス流路、26…安全弁、30…質量分析部、31…真空容器、33…イオン化部、35…質量分離部、36…検出部、40…情報処理部、44…出力部、50…制御部、51…装置制御部、52…データ処理部、100…測定部、300…試薬ガス導入部、310…キャピラリーチューブ、320…試薬ガス導入口、511…圧力制御部、512…導入制御部、G1…キャリアガス供給源、G2…試薬ガス供給源、In…イオン、液体L。