(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-05
(45)【発行日】2022-12-13
(54)【発明の名称】方向性電磁鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
C21D 8/12 20060101AFI20221206BHJP
C21D 9/46 20060101ALI20221206BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20221206BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20221206BHJP
H01F 1/147 20060101ALI20221206BHJP
【FI】
C21D8/12 B
C21D9/46 501A
C22C38/00 303U
C22C38/60
H01F1/147 175
(21)【出願番号】P 2020566440
(86)(22)【出願日】2020-01-16
(86)【国際出願番号】 JP2020001139
(87)【国際公開番号】W WO2020149320
(87)【国際公開日】2020-07-23
【審査請求日】2021-07-09
(31)【優先権主張番号】P 2019005128
(32)【優先日】2019-01-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】牛神 義行
(72)【発明者】
【氏名】中村 修一
(72)【発明者】
【氏名】藤井 浩康
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-212637(JP,A)
【文献】特開2003-268451(JP,A)
【文献】特開2008-001980(JP,A)
【文献】特開平11-106827(JP,A)
【文献】特開2002-060843(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 8/12
C21D 9/46
H01F 1/147
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
珪素鋼素材を製造する珪素鋼素材製造工程と、
前記珪素鋼素材を熱間圧延して熱延板を得る熱間圧延工程と、
前記熱延板に一回の冷間圧延もしくは中間焼鈍を挟む複数回の冷間圧延を施して最終板厚の鋼板を得る冷間圧延工程と、
前記鋼板に、加熱帯と均熱帯を備える脱炭焼鈍炉を用いて脱炭焼鈍を施す脱炭焼鈍工程と、
前記鋼板に、アルミナを主成分とする焼鈍分離剤を塗布し、仕上げ焼鈍を施す仕上げ焼鈍工程と、を含み、
前記珪素鋼素材が、質量%で、
Si:0.8~7.0%、
C:0.085%以下、
酸可溶性Al:0.010~0.065%、
N:0.004~0.012%、
Mn:1.00%以下、
S:0.050%以下、および
Cr:0.02~0.50%、
を含有し、残部がFe及び不純物からなり、
前記脱炭焼鈍工程では、
前記珪素鋼素材のCr含有量を質量%でXとしたとき、前記加熱帯の雰囲気ガスの酸化度P1が下記の式1を満足し、かつ前記均熱帯の雰囲気ガスの酸化度P2が下記の式2を満足する
ことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
0.18X-0.008≦P1≦0.25X+0.15≦0.20 (式1)
0.01≦P2≦0.15 (式2)
【請求項2】
前記P1が下記の式3を満足することを特徴とする請求項1に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
0.3X+0.025≦P1≦0.25X+0.15≦0.20 (式3)
【請求項3】
前記P1、および前記P2が下記の式4を満足する
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
P1>P2 (式4)
【請求項4】
前記珪素鋼素材が、さらに、質量%で、
Cu:0%以上0.4%以下、
P:0%以上0.5%以下、
Ni:0%以上1.0%以下、
B:0%以上0.008%以下、
V:0%以上0.15%以下、
Nb:0%以上0.20%以下、
Mo:0%以上0.10%以下、
Ti:0%以上0.015%以下、及び
Bi:0%以上0.010%以下、
を含有する
ことを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項5】
前記脱炭焼鈍工程の前から前記仕上げ焼鈍工程での二次再結晶発現前までに、窒化処理工程をさらに含む
ことを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項6】
前記熱間圧延工程の後、かつ前記冷間圧延工程の前に、前記熱間圧延工程で得られた前記熱延板を焼鈍する熱延板焼鈍工程をさらに含む
ことを特徴とする請求項1から5のいずれか1項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、方向性電磁鋼板の製造方法に関する。
本願は、2019年01月16日に、日本に出願された特願2019-005128号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、軟磁性材料であり、主に、変圧器の鉄心材料として用いられる。そのため、方向性電磁鋼板には、高磁化特性および低鉄損という磁気特性が要求される。磁化特性とは、鉄心を励磁したときに誘起される磁束密度である。磁束密度が高いほど、鉄心を小型化できるので、変圧器の装置構成の点で有利であり、かつ変圧器の製造コストの点でも有利である。
【0003】
磁化特性を高くするためには、鋼板面に平行に{110}面が揃い、かつ、圧延方向に〈100〉軸が揃った結晶方位(ゴス方位)となるように集合組織を制御する必要がある。結晶方位をゴス方位に集積するために、AlN、MnS、および、MnSeなどのインヒビターを鋼中に微細に析出させて、二次再結晶を制御することが、通常行われている。
【0004】
また、磁気特性としては、磁束密度(800A/mの磁場を付与したときの磁束密度B8値で代表される)が高く、鉄損(磁束密度1.7テスラ(T)、周波数50ヘルツ(Hz)のエネルギー損失W17/50(W/kg)で代表される)が低いことが要求される。
【0005】
鉄損とは、鉄心を交流磁場で励磁した場合に、熱エネルギーとして消費される電力損失である。省エネルギーの観点から、鉄損はできるだけ低いことが求められる。鉄損の高低には、磁化率、板厚、皮膜張力、不純物量、電気抵抗率、結晶粒径、磁区サイズなどが影響する。電磁鋼板に関し、様々な技術が開発されている現在においても、エネルギー効率を高めるため、鉄損を低減する研究開発が継続されている。
【0006】
電磁鋼板が積み鉄心として用いられる場合、仕上げ焼鈍後の鋼板にレーザービームを照射して局部的な微小歪を与えることにより磁区を細分化して鉄損を低減させる方法が、特許文献1(特公昭58-26405号公報)に開示されている。
【0007】
また、電磁鋼板が巻き鉄心として用いられる場合には、鉄心に加工した後、歪取り焼鈍(Stress Release Annealing:応力除去焼鈍)を施しても磁区細分化効果が消失しない方法が、特許文献2(特開昭62-86175号公報)に開示されている。これらの技術的手段を用いて磁区を細分化することにより、鉄損は大きく低減される。
【0008】
しかしながら、本発明者らが、上記のような磁区細分化を行った場合の磁区の動きを観察したところ、動かない磁区も存在することが判明した。そこで本発明者らは、方向性電磁鋼板の鉄損値をさらに低減するためには、磁区を細分化すると同時に、鋼板表面のグラス皮膜によって生じる、磁区の動きを阻害するピン止め効果をなくすことが重要であるとの認識に至った。
【0009】
上述のような磁区移動の容易化を図るためには、鋼板表面にグラス皮膜を形成させないことが有効である。その手段として、粗大な高純度アルミナを焼鈍分離剤として用いることにより鋼板表面にグラス皮膜を形成させない方法が、特許文献3(米国特許第3785882号明細書)に開示されている。しかしながら、この方法では表面直下の介在物をなくすことができず、鉄損の向上代は、W15/60で高々2%に過ぎない。
【0010】
この表面直下の介在物を制御し、かつ表面の鏡面化を達成する方法として、仕上げ焼鈍後に化学研磨或いは電解研磨を行う方法が、特許文献4(特開昭64-83620号公報)に開示されている。しかしながら、化学研磨・電解研磨等の方法は、実験室レベルの試料の材料を加工することは可能であるが、上記方法を工業的規模で行うためには、薬液の濃度、温度の管理や、公害対策設備等の設置の問題を解決しなければならない。さらに、生産性の観点から、上記方法を実用化することは大変困難である。
【0011】
この問題点を解消する方法として、脱炭焼鈍を、Fe系酸化物(Fe2SiO4,FeO等)が形成されない酸化度の雰囲気ガス中で行い、板間の焼鈍分離剤としてアルミナを用いる方法が、特許文献5(特開平07-118750号公報)に開示されている。しかしながら、本プロセスを工業的に実施しようとしても、安定的に脱炭を進行させつつ良好な磁気特性を得ることは困難であることが判明してきた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】日本国特公昭58-026405号公報
【文献】日本国特開昭62-86175号公報
【文献】米国特許第3785882号明細書
【文献】日本国特開昭64-083620号公報
【文献】日本国特開平07-118750号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は上述のような問題に鑑みてなされたものであり、脱炭焼鈍における脱炭を良好に実施しつつ、かつ磁気特性が良好である方向性電磁鋼板を製造するための方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
(1)本発明の一態様に係る方向性電磁鋼板の製造方法は、珪素鋼素材を製造する珪素鋼素材製造工程と、珪素鋼素材を熱間圧延して熱延板を得る熱間圧延工程と、前記熱延板に一回の冷間圧延もしくは中間焼鈍を挟む複数回の冷間圧延を施して最終板厚の鋼板を得る冷間圧延工程と、前記鋼板に、加熱帯と均熱帯を備える脱炭焼鈍炉を用いて脱炭焼鈍を施す脱炭焼鈍工程と、前記鋼板に、アルミナを主成分とする焼鈍分離剤を塗布し、仕上げ焼鈍を施す仕上げ焼鈍工程と、を含み、前記珪素鋼素材が、質量%で、Si:0.8~7.0%、C:0.085%以下、酸可溶性Al:0.010~0.065%、N:0.004~0.012%、Mn:1.00%以下、S:0.050%以下、およびCr:0.02~0.50%を含有し、残部がFe及び不純物からなり、前記脱炭焼鈍工程では、前記珪素鋼素材のCr含有量を質量%でXとしたとき、前記加熱帯の雰囲気ガスの酸化度P1が下記の式1を満足し、かつ前記均熱帯の雰囲気ガスの酸化度P2が下記の式2を満足する。
0.18X-0.008≦P1≦0.25X+0.15≦0.20 (式1)
0.01≦P2≦0.15 (式2)
【0015】
(2)上記(1)に記載の方向性電磁鋼板の製造方法では、前記P1が下記の式3を満足してもよい。
0.3X+0.025≦P1≦0.25X+0.15≦0.20 (式3)
【0016】
(3)上記(1)又は(2)に記載の方向性電磁鋼板の製造方法では、前記P1、および前記P2が下記の式4を満足してもよい。
P1>P2 (式4)
【0017】
(4)上記(1)から(3)のいずれか1項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法では、前記珪素鋼素材が、さらに、質量%で、Cu:0%以上0.4%以下、P:0%以上0.5%以下、Ni:0%以上1.0%以下、B:0%以上0.008%以下、V:0%以上0.15%以下、Nb:0%以上0.20%以下、Mo:0%以上0.10%以下、Ti:0%以上0.015%以下、及びBi:0%以上0.010%以下を含有してもよい。
【0018】
(5)上記(1)から(4)のいずれか1項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法では、脱炭焼鈍工程の前から前記仕上げ焼鈍工程での二次再結晶発現前までに、窒化処理工程をさらに含んでもよい。
【0019】
(6)上記(1)から(5)のいずれか1項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法では、前記熱間圧延工程の後、かつ前記冷間圧延工程の前に、前記熱間圧延工程で得られた前記熱延板を焼鈍する熱延板焼鈍工程をさらに含んでもよい。
【発明の効果】
【0020】
本発明の上記態様によれば、脱炭焼鈍における脱炭を良好に実施しつつ、かつ磁気特性が良好である方向性電磁鋼板が得られる、方向性電磁鋼板の製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明の一実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法を説明するためのフローチャートである。
【
図2】実施例3の、Cr含有量X(質量%)と脱炭焼鈍の加熱帯の雰囲気ガス酸化度P1との関係性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
従来、方向性電磁鋼板の磁気特性を改善させるべく、上述のような検討がなされてきたが、依然として解決すべき上記のような課題がある。本発明者らは、このような課題を解決するために種々の実験を行った。その結果、鋼成分としてCrを適量含有させると共に、脱炭焼鈍工程の均熱帯と加熱帯の雰囲気ガスの酸化度(PH2O/PH2)とを制御することによって、脱炭を良好に実施しつつ磁気特性の良好な方向性電磁鋼板を製造することができることを見出した。
【0023】
以下に、本発明の好適な実施形態について説明する。ただし、本発明はこれらの実施形態に開示された構成のみに制限されることなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能であることは自明である。
また、以下の実施形態の独立した各要素は、本発明の範囲において、互いに組み合わせ可能であることも自明である。
【0024】
また、以下の実施形態において、数値限定範囲には、下限値および上限値がその範囲に含まれる。ただし、「超」または「未満」と示す数値は、その値が数値範囲に含まれない。
また、特に断りのない限り、以下の実施形態における化学成分の「%」は「質量%」を意味する。
【0025】
以下に、本発明の一実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法について説明する。
【0026】
以下の実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法は、珪素鋼素材を製造する珪素鋼素材製造工程と、珪素鋼素材を熱間圧延して熱延板を得る熱間圧延工程と、熱延板に一回の冷間圧延もしくは中間焼鈍を挟む複数回の冷間圧延を施して最終板厚の鋼板を得る冷間圧延工程と、鋼板に、加熱帯と均熱帯とを備える脱炭焼鈍炉を用いて脱炭焼鈍を施す脱炭焼鈍工程と、鋼板にアルミナを主成分とする焼鈍分離剤を塗布し、仕上げ焼鈍を施す仕上げ焼鈍工程と、を含み、珪素鋼素材が、質量%で、Si:0.8~7.0%、C:0.085%以下、酸可溶性Al:0.010~0.065%、N:0.004~0.012%、Mn:1.00%以下、S:0.050%以下、およびCr:0.02~0.50%を含有し、残部がFe及び不純物からなり、脱炭焼鈍工程では、珪素鋼素材のCr含有量を質量%でXとしたとき、加熱帯の雰囲気ガスの酸化度P1が下記の式1を満足し、かつ均熱帯の雰囲気ガスの酸化度P2が下記の式2を満足することを特徴とする。また、上述の実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法では、熱間圧延工程の後、かつ冷間圧延工程の前に、熱間圧延工程で得られた熱延板を焼鈍する熱延板焼鈍工程をさらに含んでもよい。
0.18X-0.008≦P1≦0.25X+0.15≦0.20 (式1)
0.01≦P2≦0.15 (式2)
【0027】
[珪素鋼素材の化学成分]
Siは、含有量を多くすると電気抵抗が高くなり、鉄損特性が改善される。しかし、Si含有量が7.0%を超えると冷延が極めて困難となり、圧延時に鋼素材割れてしまう。そのため、Si含有量の上限を7.0%とする。Si含有量の上限は好ましくは4.5%、さらに好ましくは4.0%である。
また、Si含有量が0.8%より少ないと、仕上げ焼鈍時にγ変態が生じ、鋼板の結晶方位が損なわれてしまう。そのため、Si含有量の下限を0.8%とする。Si含有量の下限は、好ましくは2.0%、さらに好ましくは2.5%である。
【0028】
Cは、一次再結晶組織を制御するうえで有効な元素であるが、磁気特性に悪影響を及ぼすので、仕上げ焼鈍前に脱炭処理を施して除去する必要がある。
珪素鋼素材のC含有量が0.085%より多いと、脱炭焼鈍時間が長くなり、工業生産における生産性が損なわれてしまう。そのため、C含有量の上限を0.085%とする。C含有量の上限は、好ましくは0.070%である。
【0029】
酸可溶性Alは、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法において、Nと結合して、(Al,Si)Nとしてインヒビターとしての機能を果たすために必須の元素である。酸可溶性Al含有量は、二次再結晶が安定する0.010~0.065%とする。
酸可溶性Al含有量の下限は、好ましくは0.020%、さらに好ましくは0.025%である。酸可溶性Al含有量の上限は、好ましくは0.040%、さらに好ましくは0.030%である。
【0030】
N含有量が0.012%を超えると、冷延時、鋼板中にブリスターとよばれる空孔が生じるので、N含有量は0.012%を超えないようにすることが好ましい。また、Alと結合してインヒビターとしての機能を果たすためには、N含有量を0.004%以上とする必要がある。N含有量の下限は、好ましくは0.006%、さらに好ましくは0.007%である。N含有量の上限は、好ましくは0.010%、さらに好ましくは0.009%である。
【0031】
Mn、Sは、熱間圧延における割れの発生を防止する観点からMn/S≧4となるような範囲で含有させることが望ましい。一方、Mn含有量を多くすると飽和磁束が低下してしまうので、Mn含有量は1.00%以下とすることが好ましい。S含有量は好ましくは0.050%以下であり、より好ましくは0.015%以下、さらに好ましくは0.010%以下、一層好ましくは0.007%以下の範囲である。
また、Sはその一部をSeで置き換えることができる。そのため、Seを含む場合、S+Se:0.050%以下であることが好ましく、Mn/(S+Se)≧4となる範囲であることが好ましい。
【0032】
MnとSは、二次再結晶のインヒビターとして活用される場合がある。この場合、二次再結晶が安定するMn含有量は、0.02~0.30%の範囲である。Mn含有量の下限は、好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.07%である。Mn含有量の上限は、好ましくは0.15%、さらに好ましくは0.10%である。また、この場合、好ましいS含有量は、0.010~0.050%の範囲である。Sの含有量は、好ましくは0.015%以上、さらに好ましくは0.020%以上である。Sの含有量は、より好ましくは0.040%以下である。また、SをSeで置き換えることもできる。
【0033】
田口・坂倉等による製造法(たとえば特公昭40-15644号公報)においては、MnとSとは、二次再結晶のインヒビターとして活用する。
一方、小松等による製造法(たとえば特公昭62-45285号公報)においては、MnとSとは、二次再結晶のインヒビターとして用いない。
【0034】
Crは、脱炭焼鈍における酸化層形成挙動に影響を及ぼし、脱炭性を改善するとともにその後の表面平滑化を促進する元素である。
Cr含有量は、脱炭性の改善効果が得られる0.02~0.50%とする。好ましくは、Cr含有量の下限は、0.05%であり、好ましくは、Cr含有量の上限は、0.39%である。
【0035】
本実施形態では、珪素鋼素材の成分として、上記成分に加えて、必要に応じて、さらに、Cu、Ni、P、Mo、Bi、B、V、NbおよびTiからなる群から選択される1種または2種以上を、質量%で、Cu:0~0.4%、Ni:0~1.0%、P:0~0.5%、Mo:0~0.10%、Bi:0~0.010%、B:0~0.008%、V:0~0.15%、Nb:0~0.20%、Ti:0~0.015%の範囲で含有してもよい。
【0036】
Cu:0%以上0.4%以下
Cu(銅)は、電気抵抗を高めて鉄損を低減するのに有効な元素である。従って、Cuを0.4%以下の含有量の範囲で含有させてもよい。Cu含有量が0.4%を超えると、鉄損低減効果が飽和してしまうとともに、熱間圧延時に“カッパーヘゲ”という表面疵の原因になることがある。Cu含有量の下限は、0.05%であることが好ましく、0.1%であることがより好ましい。Cu含有量の上限は、0.3%であることが好ましく、0.2%であることがより好ましい。
【0037】
Ni:0%以上1.0%以下
Ni(ニッケル)は、電気抵抗を高めて鉄損を低減するのに有効な元素である。また、Niは、熱延板の金属組織を制御して、磁気特性を高めるうえで有効な元素である。従って、Niを1.0%以下の含有量の範囲で含有させてもよい。Ni含有量が1.0%を超えると、二次再結晶が不安定になることがある。Ni含有量の下限は、0.01%であることが好ましく、0.02%であることがより好ましい。Ni含有量の上限は、0.2%であることが好ましく、0.1%であることがより好ましい。
【0038】
P:0%以上0.5%以下
P(燐)は、電気抵抗を高めて鉄損を低減するのに有効な元素である。従って、Pを0.5%以下の含有量の範囲で含有させてもよい。P含有量が0.5%を超えると、珪素鋼板の圧延性に問題が生じることがある。P含有量の下限は、0.005%であることが好ましく、0.01%であることがより好ましい。P含有量の上限は、0.2%であることが好ましく、0.15%であることがより好ましい。
【0039】
Mo:0%以上0.10%以下
Mo(モリブデン)も、電気抵抗を高めて鉄損を低減するのに有効な元素である。従って、Moを0.10%以下の含有量の範囲で含有させてもよい。Mo含有量が0.10%を超えると、鋼板の圧延性に問題が生じることがある。Mo含有量の下限は、0.005%であることが好ましく、0.01%であることがより好ましい。Mo含有量の上限は、0.08%であることが好ましく、0.05%であることがより好ましい。
【0040】
Bi:0%以上0.010%以下
Bi(ビスマス)は、硫化物等の析出物を安定化してインヒビターとしての機能を強化するのに有効な元素である。従って、Biを0.010%以下の含有量の範囲で含有させてもよい。Bi含有量が0.010%を超えると、磁気特性が劣化することがある。Bi含有量の下限は、0.001%であることが好ましく、0.002%であることがより好ましい。Bi含有量の上限は、0.008%であることが好ましく、0.006%であることがより好ましい。
【0041】
B:0%以上0.008%以下
B(ホウ素)は、BNとしてインヒビター効果を発揮する有効な元素である。従って、Bを0.008%以下の含有量の範囲で含有させてもよい。B含有量が0.008%を超えると、磁気特性が劣化するおそれがある。B含有量の下限は、0.0005%であることが好ましく、0.001%であることがより好ましい。B含有量の上限は、0.005%であることが好ましく、0.003%であることがより好ましい。
【0042】
V:0%以上0.15%以下
Nb:0%以上0.20%以下
Ti:0%以上0.015%以下
V(バナジウム)、Nb(ニオブ)、及びTi(チタン)は、NやCと結合してインヒビターとして機能する、有効な元素である。従って、Vを0.15%以下、Nbを0.2%以下、および/またはTiを0.015%以下の含有量の範囲で含有させてもよい。これらの元素が最終製品に残留して、V含有量が0.15%を超え、Nb含有量が0.20%を超え、またはTi含有量が0.015%を超えると、磁気特性が劣化するおそれがある。
V含有量の下限は、0.002%であることが好ましく、0.01%であることがより好ましい。V含有量の上限は、0.10%であることが好ましく、0.05%であることがより好ましい。
Nb含有量の下限は、0.005%であることが好ましく、0.02%であることがより好ましい。Nb含有量の上限は、0.10%であることが好ましく、0.08%であることがより好ましい。
Ti含有量の下限は、0.002%であることが好ましく、0.004%であることがより好ましい。Ti含有量の上限は、0.010%であることが好ましく、0.008%であることがより好ましい。
【0043】
[方向性電磁鋼板の製造方法]
上述した化学組成の珪素鋼素材から{110}<001>方位に発達した集合組織を有する方向性電磁鋼板を製造するためには、次のような工程を経る。
【0044】
まず、上述の化学成分を有する溶鋼を鋳造して(S100)珪素鋼素材を得て、この珪素鋼素材を通常の熱間圧延工程(S102)により熱延板とする。あるいは、熱間圧延工程(S102)に替えて、溶鋼を連続鋳造して薄帯としてもよい。
【0045】
上記熱延板または連続鋳造薄帯は直ちに、もしくは熱延板焼鈍工程(S104)を経て、冷間圧延工程(S106)に供される。
熱延板焼鈍工程(S104)における焼鈍は、750~1200℃の温度域で30秒~30分間行われてもよい。
【0046】
熱延板焼鈍工程は製品の磁気特性を高めるために有効である。熱延板焼鈍工程の有無は、最終的に製造される方向性電磁鋼板に要求される特性及び製造コストに応じて決定すればよく、熱延板焼鈍工程は省略してもよい。
【0047】
冷間圧延工程(S106)における冷間圧延は、一回もしくは焼鈍を挟む複数の冷間圧延によって行う。一回の冷間圧延を行う場合には、圧下率を80%以上とすることが好ましい。また、焼鈍を挟む複数の冷間圧延を行う場合、最終の焼鈍後の最終の冷間圧延の圧下率が80%以上となることがより好ましい。この工程によって得られる冷延板は、最終板厚の鋼板である。
【0048】
冷間圧延後の材料は、鋼中に含まれる炭素を除去するために、脱炭焼鈍工程(S108)を経る。
【0049】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法では、脱炭焼鈍工程(S108)において、加熱帯と均熱帯とを備える脱炭焼鈍炉を用い、湿水素雰囲気中で脱炭焼鈍を行う。脱炭焼鈍工程(S108)の雰囲気ガスを鉄(Fe)系酸化物が形成されない酸化度に制御して焼鈍する。
【0050】
脱炭焼鈍工程(S108)における加熱帯の雰囲気ガスの酸化度P1は、下記の式1を満足するように制御する。
0.18X-0.008≦P1≦0.25X+0.15≦0.20 (式1)
【0051】
式1中で、Xは珪素鋼素材のCr含有量(質量%)を表し、P1は脱炭焼鈍工程(S108)における加熱帯の雰囲気ガスの酸化度を表す。酸化度P1は、水素、窒素、および水蒸気を含有する雰囲気ガスにおける水素分圧に対する水蒸気分圧の比「PH2O/PH2」で表される酸化度である。
脱炭焼鈍工程(S108)における加熱帯の雰囲気ガスの酸化度P1を上記の式1で規定することで、加熱帯において鋼板最表面にCr酸化物を含有する形態の初期酸化膜が形成され、脱炭が好ましく進行すると考えられる。鉄系酸化膜は、たとえば後工程で塗布されるアルミナなどの焼鈍分離剤と反応して、表面平滑化を阻害すると考えられる。脱炭性は、加熱帯で最初に表面に形成される初期酸化膜に律速されるが、Crを含有させることで、Cr酸化物が初期酸化膜を変質させ、脱炭性が改善されると考えられる。
【0052】
脱炭焼鈍工程(S108)における均熱帯の雰囲気ガスの酸化度P2は、下記の式2を満足するように制御する。
0.01≦P2≦0.15 (式2)
【0053】
酸化度P2は、水素、窒素、および水蒸気を含有する雰囲気ガスにおける水素分圧に対する水蒸気分圧の比「PH2O/PH2」で表される酸化度である。
【0054】
後の工程でアルミナを主成分とする焼鈍分離剤を塗布して鋼板を積層し、仕上げ焼鈍後の鋼板表面を平滑化させるためには、この脱炭焼鈍において、Fe系の酸化物(Fe2SiO4,FeO等)を形成させない酸化度で焼鈍を行うことが好ましい。たとえば、通常脱炭焼鈍が行われる800~850℃の温度域においては、均熱帯の雰囲気ガスの酸化度P2(PH2O/PH2)を0.15以下に調整することにより、Fe系酸化物の生成を抑制することができる。
【0055】
均熱帯の雰囲気ガスの酸化度P2が0.15超の場合、製品の表面下に介在物が生成して、これが鉄損低下の障害となる。ただし、あまりに酸化度P2を下げると脱炭速度が遅くなってしまう。この両者を勘案すると、この温度域においては均熱帯の雰囲気ガスの酸化度P2(PH2O/PH2)は、0.01~0.15の範囲であることが好ましい。
【0056】
脱炭焼鈍工程では、加熱帯の雰囲気ガスの酸化度P1は、下記の式3を満足することがより好ましい。
0.3X+0.025≦P1≦0.25X+0.15≦0.20 (式3)
式3中で、Xは珪素鋼素材のCr含有量(質量%)を表す。
【0057】
また、脱炭焼鈍工程では、さらに良好な鉄損が得られるという観点からは、加熱帯の雰囲気ガスの酸化度P1と均熱帯の雰囲気ガスの酸化度P2とが下記の式4を満足することがより好ましい。
P1>P2 (式4)
【0058】
脱炭工程において、室温から均熱帯の温度までの昇温速度(加熱帯の昇温速度)は、平均7℃/秒以上が好ましく、9℃/秒以上とすることがより好ましい。昇温速度が遅すぎると脱炭性が劣化する。また、上限について規定する必要はないが、速すぎると均熱温度を制御することが難しくなる。
【0059】
均熱帯の温度および均熱帯での保持時間は、750~900℃で、10~600秒とすることが好ましい。均熱帯の温度(焼鈍温度)が750℃未満であると、脱炭速度が遅くなり生産性が低下する。一方、900℃超であると一次再結晶粒径が所望のサイズを超えてしまうため、仕上げ焼鈍後の磁気特性が劣化する。また、保持時間が10秒未満であると、脱炭を充分に行うことができない。一方、600秒超であると生産性が低下する。
【0060】
脱炭焼鈍工程(S108)の前から仕上げ焼鈍工程(S112)における二次再結晶が開始するまでの間に、窒化処理工程(S110)を含んでいてもよい。
【0061】
この窒化処理の方法は特に限定するものではなく、アンモニア等の窒化能のある雰囲気ガス中で行う方法、窒化能のある窒化物を焼鈍分離剤に添加する方法等がある。
たとえば、窒化処理工程(S110)は、小松等による(Al,Si)Nを主インヒビタ-として用いる製造法(特公昭62-45285号公報)等)の窒化処理が好ましく用いられる。
【0062】
仕上げ焼鈍工程(S112)では、鋼板に、アルミナを主成分とする(アルミナを50質量%以上含む)焼鈍分離剤を塗布する。焼鈍分離剤には、アルミナの他に、マグネシアを5~50質量%含有させることが好ましい。マグネシアを含有させると、鋼板表面のムライト(3Al2O3・2SiO2)等の介在物形成が抑制され、鉄損が安定して向上する。
仕上げ焼鈍工程では、酸化層を有する鋼板の表面に、上記のアルミナを主成分とする焼鈍分離剤を塗布して乾燥させ、乾燥後、コイル状に巻き取って、仕上げ焼鈍(二次再結晶焼鈍)に供する。
【0063】
アルミナを主成分とする焼鈍分離剤を用いた場合、仕上げ焼鈍を行っても、鋼板表面にフォルステライトなどの無機鉱物質の皮膜が生成されることを抑制できる。
【0064】
焼鈍分離剤の塗布については、脱炭焼鈍板を積層(コイル)する際に、シリカと反応し難いアルミナを主成分とする焼鈍分離剤を水スラリーで、もしくは静電塗布法等により塗布することが好ましい。
この積層した脱炭焼鈍板を仕上げ焼鈍して、二次再結晶と窒化物や硫化物などの純化とを行う。二次再結晶を、一定の温度で保持する等の手段により所定の温度域で行うことは、磁束密度を上げるうえで有効である。
仕上げ焼鈍は例えば水素及び窒素を含有する雰囲気ガス中で、1150~1250℃まで昇温し、10~30時間焼鈍する条件で行えばよいが、窒化物や硫化物などの純化等を行う場合、二次再結晶完了後、100%水素雰囲気中で1100℃以上の温度で焼鈍することが好ましい。
上記のような仕上げ焼鈍後、表面が鏡面状となり、鉄損を大きく低下させることができる。
【0065】
仕上げ焼鈍工程(S112)の後、絶縁皮膜形成工程(S114)において、鋼板の表面に、鋼板に張力を与える絶縁被膜を形成させる。
【0066】
また、必要に応じて、上述した各工程の間で、歯形などによる機械的手法、エッチングなどによる化学的手法、レーザー照射や電子線の照射などによって磁区細分化処理を施してもよい。
【0067】
以上のように、冷間圧延後の材料の鋼中に含まれる炭素を除去するために、湿水素雰囲気中で脱炭焼鈍を行う脱炭焼鈍工程において、雰囲気ガスを鉄系酸化物が形成されない酸化度に制御して焼鈍することが本発明の実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法の主要な特徴である。
【0068】
また、上述の実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法では、脱炭焼鈍工程の前から仕上げ焼鈍の二次再結晶発現前までに(例えば、600~1000℃の温度域の所定の温度の状態で)、窒化処理工程をさらに含んでもよい。具体的には、窒化処理工程は、脱炭焼鈍工程の前に独立して実施するか、脱炭焼鈍工程において加熱段階、均熱段階、冷却段階の1段階または複数の段階にて実施するか、脱焼鈍工程後に独立して実施するか、あるいは、焼鈍分離剤に窒素化合物を添加して仕上げ焼鈍工程の二次再結晶発現前までに実施してもよい。
【0069】
上述の実施形態の製造方法によって得られる方向性電磁鋼板は、主として変圧器その他の電気機器等の鉄心として利用できる。
【実施例】
【0070】
以下、本発明の実施例を説明するが、実施例で採用した条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するための実施態様であり、本発明は、この実施態様に限定されるものではないことは自明である。
【0071】
本発明者らは、珪素鋼板の表面における脱炭挙動に対し、脱炭焼鈍初期に形成される酸化層が以降の脱炭挙動に大きな影響を及ぼすものと考え、これに関連した種々の実験を行った。
【0072】
<実施例1>
鋳造によって得られた質量で、Si:3.3%、Mn:0.14%、C:0.05%、S:0.007%、酸可溶性Al:0.027%、N:0.008%を含有し、残部Feおよび不純物からなる珪素鋼スラブを加熱後、板厚2.0mmまで熱間圧延した。この熱延板を1100℃に加熱後900℃に降温して30秒保持する焼鈍を実施した後、最終板厚が0.22mmとなるように1回の冷間圧延を行った。
【0073】
この冷延板を、水素75%及び窒素25%を含有する雰囲気ガス中において、露点を変更することにより酸化度(PH2O/PH2)を変え、加熱速度7℃/秒で温度830℃まで昇温して120秒保持する脱炭焼鈍を行った。実施例1では、加熱帯の酸化度と均熱帯の酸化度とは等しい。
【0074】
その後、アンモニアガス中にて鋼中窒素量を0.02質量%まで高め(窒化処理)、インヒビターを強化した。
【0075】
この脱炭焼鈍板に、アルミナを主成分とする焼鈍分離剤(アルミナ80質量%+マグネシア20質量%)を水スラリー状で塗布した後、水素75%及び、窒素25%を含有する雰囲気ガス中で1200℃まで昇温し、水素100%雰囲気ガス中に切り替えた後、1200℃で20時間焼鈍する仕上げ焼鈍を施した。
【0076】
以上の工程により作製された試料につき、水洗、試料剪断の後、さらに歪取り焼鈍を行い、さらに、鋼板に張力を与える絶縁被膜を形成した(張力コーティングを施した)後、レーザー照射を行い、SST法にて磁気測定を行った。脱炭焼鈍後の炭素量及び上記磁気測定によって得られた鉄損(W17/50)の値を表1に示す。
【0077】
【0078】
表1において、「Ex」は良好な結果であることを意味し、「G」は許容可能な範囲であることを意味し、「B」は好ましくない結果であることを意味する。
【0079】
表1より、酸化度が0.01~0.15の湿潤ガス(水蒸気-水素-窒素混合ガス)雰囲気中で焼鈍した場合は、鋼板表面が平滑化しており、また炭素量も0.02%以下に低減されているので仕上げ焼鈍中に変態して結晶方位が損なわれることも無く、0.70W/kg以下の良好な鉄損が得られている。
しかしながら、鋼中炭素量が0.0030%(30ppm)超となっているために、磁気時効(経時変化に伴う磁気特性の劣化)の懸念がある。
また、酸化度が0.20以上の湿潤ガス雰囲気下で焼鈍した場合は、鋼中炭素量は0.0030%以下となるが、良好な鉄損は得られていない。
【0080】
炭素量が0.0030%以下に低減されない原因は、脱炭焼鈍の加熱過程で鋼板表面に形成される酸化物の質と形態とに依存するものと考えられる。脱炭焼鈍の表面においては、一般に脱炭(鋼中炭素の酸化)反応とシリカ等の酸化物形成(鋼中シリコンの酸化)反応が、雰囲気の水分に対して競合して行われている。
実施例1の結果より、鉄系酸化物が形成しないような低酸化度雰囲気ガス中で焼鈍すると、一般に鋼板表面のシリカは稠密な膜状で生成し、脱炭を阻害するものと考えられる。
【0081】
<実施例2>
さらに、他の酸化物形成元素について検討を行い、Crを適量含有させることにより、鋼板表面にCr酸化物を形成させ、シリカ形成反応を抑制することによって脱炭反応を促進させることを検討した。その結果を実施例2として以下に説明する。
【0082】
鋳造によって得られた質量で、Si:3.3%、Mn:0.14%、C:0.05%、S:0.007%、酸可溶性Al:0.027%、N:0.008%、Cr:0.12%を含有し、残部Feおよび不純物からなる珪素鋼スラブを加熱後、板厚2.0mmまで熱間圧延した。この熱延板を1100℃に加熱後900℃に降温して30秒保持する焼鈍を実施した後、最終板厚が0.22mmとなるように1回の冷間圧延を行った。
【0083】
この冷延板を、水素75%及び窒素25%を含有する雰囲気ガス中において、露点を変更することにより酸化度(PH2O/PH2)を変え、加熱速度7℃/秒で温度830℃まで昇温して120秒保持する脱炭焼鈍を行った。実施例2では、加熱帯の酸化度と均熱帯の酸化度とは等しい。
【0084】
その後、アンモニアガス中にて鋼中窒素量を0.02質量%まで高め、インヒビターを強化した。
【0085】
この脱炭焼鈍板に、アルミナを主成分とする焼鈍分離剤(アルミナ50質量%+マグネシア50質量%)を水スラリー状で塗布した後、水素75%及び窒素25%を含有する雰囲気ガス中で1200℃まで昇温し、その後、水素100%雰囲気ガスに切り替えて1200℃で20時間焼鈍する仕上げ焼鈍を施した。以上の工程により作製された試料につき、水洗、試料剪断の後、さらに歪取り焼鈍を行い、さらに、鋼板に張力を与える絶縁被膜を形成した(張力コーティングを施した)後、レーザー照射を行い、SST法にて磁気測定を行った。脱炭焼鈍後の炭素量及び上記磁気測定によって得られた鉄損(W17/50)の値を表2に示す。
【0086】
【0087】
表2において、「Ex」は良好な結果であることを意味し、「G」は許容可能な範囲であることを意味し、「B」は好ましくない結果であることを意味する。
表2より、珪素鋼素材にCrを適量含有させることによって、酸化度が0.01~0.15の湿潤ガス(水蒸気-水素-窒素混合ガス)雰囲気中で焼鈍した場合は、良好な鉄損が得られると共に、鋼中炭素量が0.0030%(30ppm)以下となることが分かる。
【0088】
<実施例3>
実施例2において、含有させたCrは脱炭焼鈍の加熱過程で酸化物を形成して、脱炭反応を阻害するシリカ形成を抑制しているのではないかと推定された。そこで、加熱帯における雰囲気ガスの酸化度(P1=PH2O/PH2)とCr含有量との関係を検討した。
【0089】
鋳造によって得られた質量で、Si:3.3%、Mn:0.14%、C:0.05%、S:0.007%、酸可溶性Al:0.027%、N:0.008%、Cr:0~0.62%を含有し、残部Feおよび不純物からなる珪素鋼スラブを加熱後、板厚2.0mmまで熱間圧延した。この熱延板を1100℃に加熱後900℃に降温して30秒保持する焼鈍を実施した後、最終板厚が0.22mmとなるように1回の冷間圧延を行った。
【0090】
この冷延板を、水素75%及び窒素25%を含有する雰囲気ガス中において、加熱帯の露点を変更することにより酸化度(P1=PH2O/PH2)を変え、加熱速度7℃/秒で温度830℃まで昇温した。雰囲気ガス酸化度(P2)を0.06として、830℃で120秒に保持する脱炭焼鈍を行った。
【0091】
その後、アンモニアガス中にて鋼中窒素量を0.02質量%まで高め、インヒビターを強化した。
【0092】
この脱炭焼鈍板に、アルミナを主成分とする焼鈍分離剤(アルミナ70質量%+マグネシア30質量%)を水スラリー状で塗布した後、水素75%及び、窒素25%を含有する雰囲気ガス中で1200℃まで昇温し、その後、水素100%雰囲気ガスに切り替えて1200℃で20時間焼鈍する仕上げ焼鈍を施した。
【0093】
以上の工程により作製された試料につき、水洗、試料剪断の後、さらに歪取り焼鈍を行い、さらに、絶縁被膜を形成した(張力コーティングを施した)後、レーザー照射を行い、SST法にて磁気測定を行った。
【0094】
脱炭焼鈍後の炭素量が0.0030%以下、及び鉄損(W
17/50)が0.70(W/kg)以下の良好な範囲を、
図2のグラフに点線で囲まれた領域として示す。
図2は、脱炭焼鈍後の炭素量と製品の鉄損とに及ぼす、Cr含有量X(質量%)と脱炭焼鈍の加熱帯の雰囲気ガス酸化度P1との関係性を示す図である。
【0095】
図2において、「〇」のプロットは、炭素量が0.0030%以下、かつ鉄損(W
17/50)が0.65(W/kg)以下の良好な実験例、「□」のプロットは、炭素量が0.0030%以下、かつ鉄損(W
17/50)が0.67(W/kg)以下の良好な実験例、「◇」のプロットは、炭素量が0.0030%以下、かつ鉄損(W
17/50)が0.70以下の良好な実験例を示す。
図2において、「×」のプロットは、炭素量が0.0030%超、あるいは鉄損(W
17/50)が0.70(W/kg)超の実験例を示す。
【0096】
図2から、脱炭焼鈍の加熱帯の雰囲気ガスの酸化度P1(=P
H2O/P
H2)とCr含有量Xとの関係に応じた下記の式1の範囲で、脱炭焼鈍後の炭素量が0.0030%以下、かつ鉄損(W
17/50)が0.70(W/kg)以下の良好な特性が得られることが分かる。
0.18X-0.008≦P1≦0.25X+0.15≦0.20 (式1)
【0097】
また
図2から、脱炭焼鈍の加熱帯の雰囲気ガスの酸化度P1(=P
H2O/P
H2)とCr含有量Xとの関係に応じた下記の式3の範囲で、脱炭焼鈍後の炭素量が0.0030%以下、かつ鉄損(W
17/50)が0.67(W/kg)以下の良好な特性となることがわかる。
図2では、この範囲を実線で囲まれた領域として示す。
0.3X+0.025≦P1≦0.25X+0.15≦0.20 (式3)
【0098】
<実施例4>
さらに、冷間圧延工程の特性への影響について検討した。その結果を以下に説明する。
【0099】
鋳造によって得られた質量で、Si:3.3%、Mn:0.1%、C:0.06%、S:0.007%、酸可溶性Al:0.028%、N:0.008%、Cr:0.11%を含有し、残部Feおよび不純物からなる珪素鋼スラブを加熱後、板厚2.6mmまで熱間圧延した。一部の熱延板については1100℃で焼鈍(熱延板焼鈍)した後、板厚2.0mmまで冷間圧延し、1120℃まで加熱後950℃に降温して30秒保持する焼鈍(中間焼鈍)を行った後、更に最終板厚が0.22mmとなるように冷間圧延した(工程A)。残りの熱延板については、熱延板焼鈍を施すことなく板厚2.0mmまで冷間圧延し、1120℃まで加熱後950℃に降温して30秒保持する焼鈍(中間焼鈍)を行った後、最終板厚が0.22mmとなるように冷間圧延した(工程B)。最終焼鈍後の冷間圧延率は、いずれの場合も89%であった。
【0100】
この冷延板を、水素75%及び窒素25%を含有する雰囲気ガス中において、0.06の酸化度(PH2O/PH2)で、加熱速度30℃/秒で温度830℃まで昇温して120秒保持する脱炭焼鈍を行った。実施例4では、加熱帯の酸化度と均熱帯の酸化度とは等しい。
【0101】
その後、アンモニアガス中にて鋼中窒素量を0.025質量%まで高め、インヒビターを強化した。
【0102】
この脱炭焼鈍板に、アルミナを主成分とする焼鈍分離剤(アルミナ90質量%+マグネシア10質量%)を水スラリー状で塗布した後、水素75%及び窒素25%を含有する雰囲気ガス中で1200℃まで昇温し、その後、水素100%雰囲気ガスに切り替えて1200℃で20時間焼鈍する仕上げ焼鈍を施した。
以上の工程により作製された試料につき、水洗、試料剪断の後、さらに歪取り焼鈍を行い、さらに、鋼板に張力を与える絶縁被膜を形成した(張力コーティングを施した)後、レーザー照射を行い、SST法にて磁気測定を行った。
脱炭焼鈍後の炭素量及び上記磁気測定によって得られた鉄損(W17/50)の値を表3に示す。
【0103】
【0104】
表3において、「Ex」は良好な結果であることを意味する。
表3に示す通り、いずれの工程を経た場合でも、脱炭後の鋼中炭素量が0.0030%(30ppm)以下となるとともに、良好な鉄損が得られた。
【0105】
<実施例5>
さらに、珪素鋼スラブの成分の特性への影響について検討した。その結果を実施例5として以下に説明する。
【0106】
鋳造によって得られた、表4に示す成分を含有し、残部Feおよび不純物からなる珪素鋼スラブを加熱後、板厚2.3mmまで熱間圧延した。この熱延板を1120℃まで加熱後950℃まで降温して30秒保持する焼鈍を実施した後、最終板厚が0.22mmとなるように1回の冷間圧延を行った。
【0107】
この冷延板を、水素75%及び窒素25%を含有する雰囲気ガス中において、0.10の酸化度(PH2O/PH2)で、加熱速度30℃/秒で温度830℃まで昇温した後、0.06の酸化度(PH2O/PH2)に切り替えて120秒保持する脱炭焼鈍を行った。
【0108】
その後、アンモニアガス中にて鋼中窒素量を0.025質量%まで高め、インヒビターを強化した。
【0109】
この脱炭焼鈍板に、アルミナを主成分とする焼鈍分離剤(アルミナ60質量%+マグネシア40質量%)を水スラリー状で塗布した後、水素75%及び窒素25%を含有する雰囲気ガス中で1200℃まで昇温し、その後、水素100%雰囲気ガスに切り替えて1200℃で20時間焼鈍する仕上げ焼鈍を施した。
以上の工程により作製された試料につき、水洗、試料剪断の後、さらに歪取り焼鈍を行い、さらに、鋼板に張力を与える絶縁被膜を形成した(張力コーティングを施した)後、レーザー照射を行い、SST法にて磁気測定を行った。
脱炭焼鈍後の炭素量及び上記磁気測定によって得られた鉄損(W17/50)の値を表4に示す。
【0110】
【0111】
表4に示すように、いずれの組成の珪素鋼スラブを用いた場合でも、脱炭後の鋼中炭素量が0.0030%(30ppm)以下となるとともに、良好な鉄損が得られた。
【0112】
以上の結果より、冷間圧延後の材料の鋼中に含まれる炭素を除去するために、湿水素雰囲気中で脱炭焼鈍を行う脱炭焼鈍工程において、Crを適量含有させるとともに、脱炭焼鈍工程の加熱帯の雰囲気ガスの酸化度P1、さらに、均熱帯の雰囲気ガスの酸化度P2を鉄系酸化物が形成されない酸化度に制御することによって、脱炭反応を安定的に行わせるとともに鋼板表面の平滑化を促進して良好な鉄損特性の製品を製造することが可能となることがわかった。