(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-05
(45)【発行日】2022-12-13
(54)【発明の名称】ボルト、及びボルト用鋼材
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20221206BHJP
C22C 38/24 20060101ALI20221206BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20221206BHJP
C21D 9/00 20060101ALN20221206BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/24
C22C38/60
C21D9/00 B
(21)【出願番号】P 2020571306
(86)(22)【出願日】2020-02-07
(86)【国際出願番号】 JP2020004916
(87)【国際公開番号】W WO2020162616
(87)【国際公開日】2020-08-13
【審査請求日】2021-06-28
(31)【優先権主張番号】P 2019021904
(32)【優先日】2019-02-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 真吾
(72)【発明者】
【氏名】梅原 美百合
(72)【発明者】
【氏名】真鍋 敏之
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-233244(JP,A)
【文献】特開2011-047010(JP,A)
【文献】特開平08-225845(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成が、質量%で、
C :0.35~0.45%、
Si:0.02~0.10%、
Mn:0.20~0.84%、
Cr:0.60~1.15%、
V :0.30~0.50%、
Mo:0.25~0.99%、
Al:0.010~0.100%、
N :0.0010~0.0150%、
P :0.015%以下、
S :0.015%以下、
残部:Fe及び不純物からなり、
かつ、下記式(1)及び下記式(2)を満たし、
引張強さが、1200MPa以上1600MPa未満であ
り、
長さ5nm以上のMC型炭化物であって、M(金属元素)に対しVおよびMoを合計で70原子%以上含むMC型炭化物が、単位面積0.01μm
2
当たり10個以上存在する、
ボルト。
0.48≦Mo/1.4+V<1.10・・・(1)
0.80<Mo/V<3.00 ・・・(2)
但し、式(1)、式(2)において、MoとVには、それぞれ、ボルトが含有するMoとVの含有量(質量%)が代入される。
【請求項2】
Ti:0.100%以下、
Nb:0.100%以下、
B :0.0050%以下、
Ni:0.20%以下、
Cu:0.20%以下、
W :0.50%以下、
REM:0.020%以下、
Sn:0.20%以下、
Bi:0.10%以下
よりなる群から選択される少なくとも1種をさらに含有する、請求項1に記載のボルト。
【請求項3】
Pb:0.05%以下
Cd:0.05%以下
Co:0.05%以下
Zn:0.05%以下
Ca:0.02%以下
Zr:0.02%以下
よりなる群から選択される少なくとも1種をさらに含有する、請求項1又は請求項2に記載のボルト。
【請求項4】
3.0質量%の塩化ナトリウム水溶液1L当たり3.0gのチオシアン酸アンモニウムを添加した室温の溶液中で、電流密度0.2mA/cm
2で72時間陰極水素チャージし、室温で48時間静置した後のトラップ水素量が3.0ppm以上である、請求項1~請求項
3のいずれか1項に記載のボルト。
【請求項5】
3.0質量%の塩化ナトリウム水溶液1L当たり3.0gのチオシアン酸アンモニウムを添加した室温の溶液中で、電流密度0.03mA/cm
2で24時間陰極水素チャージした後、水素透過防止めっきを施し、96時間放置した後、引張強さの0.9倍の一定荷重を負荷した時の、破断に至るまでの時間が100時間以上である、請求項1~請求項
4のいずれか1項に記載のボルト。
【請求項6】
請求項1~請求項
5のいずれか1項に記載のボルトの素材であるボルト用鋼材であって、
前記ボルトの組成および引張強さを有するボルト用鋼材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ボルト、及びボルト用鋼材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車及び産業機械の高性能化、自動車及び産業機械の軽量化、土木建築構造物の大型化に伴い、ボルトの高強度化が要求されている。
ボルトには、JIS G 4053:2016で規定されたSCM435、SCM44
0などの機械構造用合金鋼が用いられる。ボルトは、機械構造用合金鋼を所定の形状に成形後、焼入れ-焼戻し処理で強度を調整する。
ボルトを高強度化するためには、鋼材の炭素量を高める、あるいは焼戻し温度を低くすればよい。
【0003】
しかしながら、引張強さが1200MPaを超えるようなボルトでは、水素脆化の一種である遅れ破壊が問題となる。遅れ破壊は、静的応力下に置かれた部品が、ある時間経過後に突然、脆性的に破壊する現象である。
遅れ破壊は、水素の侵入に起因する現象であり、鋼材の強度が高くなるほど、遅れ破壊に至る水素侵入量の臨界値が低下する。
ボルトが屋外、特に、海水、融雪塩などが飛来する環境で使用される場合には、塩分付着によって水素侵入量が多くなり、遅れ破壊の可能性が高まる。
【0004】
そこで、従来から、耐遅れ破壊性に優れたボルトが検討されている。
例えば、特許文献1には、水素のトラップサイトとなるV炭窒化物を活用した、引張強さが1200~1600MPaの、耐遅れ破壊特性に優れたボルトおよび鋼材が開示されている。
また、特許文献2には、引張強さ125kgf/mm2以上を有する耐遅れ破壊特性に優れた高張力ボルト用鋼が開示されている。
また、特許文献3には、引張強度1600MPa以上の、遅れ破壊に代表される水素脆化を有利に防止する、耐遅れ破壊特性に優れた高強度ボルトの製造方法が開示されている。
また、特許文献4には、鋼材の高強度化にともない現出する遅れ破壊現象に代表される水素脆化をより抑制することのできる、耐遅れ破壊特性に優れた高強度鋼およびその高強度鋼からなる高強度ボルトが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
特許文献1:特開2002-276637号公報
特許文献2:特開平7-278735号公報
特許文献3:特開2007-31736号公報
特許文献4:特開2013-104070号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
最近は、特許文献1~4のボルトよりも、さらに耐遅れ破壊特性に優れたボルトが求められている。
そこで、本開示の課題は、一般的に遅れ破壊が生じる可能性が非常に高い、引張強さが1200MPa以上1600MPa未満の強度レベルにおいて、優れた耐遅れ破壊特性を示すボルト、およびその素材となるボルト用鋼材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
発明者らは、ボルトとして所定の化学組成を有し、かつ、MoおよびVの含有量が以下の式(1)、(2)を満たす鋼材を採用することで、水素のトラップサイトとなるMC型炭化物がボルト中に分散することを見出した。
0.48≦Mo/1.4+V<1.10・・・(1)
0.80<Mo/V<3.00 ・・・(2)
その結果、発明者らは、高強度で、かつ優れた耐遅れ破壊特性を有するボルトが得られることを見出した。
上記課題は、以下の手段により解決される。
【0008】
[1]
組成が、質量%で、
C :0.35~0.45%、
Si:0.02~0.10%、
Mn:0.20~0.84%、
Cr:0.60~1.15%、
V :0.30~0.50%、
Mo:0.25~0.99%、
Al:0.010~0.100%、
N :0.0010~0.0150%、
P :0.015%以下、
S :0.015%以下、
残部:Fe及び不純物からなり、
かつ、下記式(1)及び下記式(2)を満たし、
引張強さが、1200MPa以上1600MPa未満である
ボルト。
0.48≦Mo/1.4+V<1.10・・・(1)
0.80<Mo/V<3.00 ・・・(2)
但し、式(1)、式(2)において、MoとVには、それぞれ、ボルトが含有するMoとVの含有量(質量%)が代入される。
[2]
Ti:0.100%以下、
Nb:0.100%以下、
B :0.0050%以下、
Ni:0.20%以下、
Cu:0.20%以下、
W :0.50%以下、
REM:0.020%以下、
Sn:0.20以下
Bi:0.10以下
よりなる群から選択される少なくとも1種をさらに含有する、[1]に記載のボルト。
[3]
Pb:0.05%以下
Cd:0.05%以下
Co:0.05%以下
Zn:0.05%以下
Ca:0.02%以下
Zr:0.02%以下
よりなる群から選択される少なくとも1種をさらに含有する、[1]又は[2]に記載のボルト。
[4]
長さ5nm以上のMC型炭化物であって、M(金属元素)に対しVおよびMoを合計で70原子%以上含むMC型炭化物が、単位面積0.01μm2当たり10個以上存在する、[1]~[3]のいずれか1項に記載のボルト。
[5]
3.0質量%の塩化ナトリウム水溶液1L当たり3.0gのチオシアン酸アンモニウムを添加した室温の溶液中で、電流密度0.2mA/cm2で72時間陰極水素チャージし、室温で48時間静置した後のトラップ水素量が3.0ppm以上である、[1]~[4]のいずれか1項に記載のボルト。
[6]
3.0質量%の塩化ナトリウム水溶液1L当たり3.0gのチオシアン酸アンモニウムを添加した室温の溶液中で、電流密度0.03mA/cm2で24時間陰極水素チャージした後、水素透過防止めっきを施し、96時間放置した後、引張強さの0.9倍の一定荷重を負荷した時の、破断に至るまでの時間が100時間以上である、[1]~[5]のいずれか1項に記載のボルト。
[7]
[1]~[6]のいずれか1項に記載のボルトの素材であるボルト用鋼材であって、
前記ボルトの組成および引張強さを有するボルト用鋼材。
【発明の効果】
【0009】
本開示によれば、高強度で、かつ、優れた耐遅れ破壊強度を示すボルト、およびその素材となるボルト用鋼材を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本開示の一例である実施形態について詳細に説明する。
なお、本明細書中において、化学組成の各元素の含有量の「%」表示は、「質量%」を意味する。
化学組成の各元素の含有量を「元素量」と表記することがある。例えば、Cの含有量は、C量と表記することがある。
「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
「~」の前後に記載される数値に「超」または「未満」が付されている場合の数値範囲は、これら数値を下限値または上限値として含まない範囲を意味する。
「工程」とは、独立した工程だけではなく、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。
【0011】
[ボルトの化学組成]
本実施形態に係るボルトの化学組成は、以下のとおりである。
【0012】
(必須元素)
C:0.35~0.45%
Cは、鋼の強度を向上させる元素であり、ボルトの強度を高める。C量が0.35%未満であると、ボルトとして必要な強度が得られない。一方、C量が0.45%よりも多いと、焼入れの加熱時に合金炭化物が多量に溶け残り、所定の焼戻し温度では強度が低くなるうえ、焼戻し時の合金炭化物の析出量が相対的に減少するため、水素トラップ能も低くなる。
従って、C量は0.35~0.45%とする。なお、好ましいC量は0.37~0.42%、より好ましいC量は0.39~0.41%である。
【0013】
Si:0.02~0.10%
Siは、含有量を低減することで耐遅れ破壊強度を向上させることができる。耐遅れ破壊強度を高めるため、Si量を0.10%以下とする。一方、0.02%未満としても耐遅れ破壊強度の向上は飽和し、また製鋼工程におけるコストが増大する。
従って、Si量は0.02~0.10%とする。なお、好ましいSi量は0.02~0.08%、より好ましいSi量は0.03~0.06%である。
【0014】
Mn:0.20~0.84%
Mnは、Sと結合してMnSを形成し、Sの粒界偏析を防止する。また、焼入れ性向上の作用を有する。Mn量が0.20%未満であると、Sの粒界偏析が大きくなり耐遅れ破壊強度が低下する。一方、Mn量が0.84%を超えると、部品形状に加工する際の冷間加工性が低下するうえ、焼割れが生じ易くなる。
従って、Mn量は0.20~0.84%とする。なお、好ましいMn量は0.30~0.75%、より好ましいMn量0.40~0.70%である。
【0015】
Cr:0.60~1.15%
Crは、鋼の焼入れ性を確保するために有効な元素である。Cr量が0.60%未満であると、焼入れ性向上の効果が不十分となる。その結果、強度不足となる。一方、Cr量が1.15%を超えると、鋼の冷間加工性が低下する。また、Cr量が1.15%を超えると、セメンタイトを安定化させ、焼戻し時に、高い水素トラップ能を有するMC型炭化物((Mo、V)C等)の析出を阻害するため、目的の水素トラップ効果を得ることができない。
従って、Cr量は0.60~1.15%とする。なお、好ましいCr量は0.70~1.00%、より好ましいCr量は0.80~0.90%である。
【0016】
V:0.30~0.50%
Mo:0.25~0.99%
VおよびMoは、本開示において重要な元素である。VおよびMoは、炭化物を形成する元素である。鋼中に、適正量のVをMoと複合して含有させることで、VとMoとを含む炭化物である、MC型炭化物((V,Mo)C等)が析出する。微細なMC型炭化物は、鋼をオーステナイト域から焼入れした後、550~680℃の高温で焼戻しをすることで、多く析出させることができる。この微細なMC型炭化物が析出することで、析出強化により鋼の強度を上昇させることができる。また、微細なMC型炭化物は、VC、M2C型炭化物(Mo2C等)に比べ、高い水素のトラップサイトとして機能し、耐遅れ破壊特性を向上させることができる。トラップ水素とは、前記MC型炭化物によって固定された、鋼中を自由に移動できない水素である。
【0017】
水素トラップ能が高い水素トラップサイトとして機能するMC型炭化物を十分に得るためには、Vを0.30%以上、かつMoを0.25%以上含有させる必要がある。一方、V量が0.50%を超えた場合、またはMo量が0.99%を超えた場合は、焼入れ加熱時に未固溶の粗大な炭窒化物が残存するため、この粗大な炭窒化物をオーステナイト中に固溶させるために焼入れ加熱温度を高くする必要が生じ、焼入れ時の歪み発生、表面の酸化物増加の問題が発生する。
従って、V量は0.30~0.50%、Mo量は0.25~0.99%とする。なお、好ましいV量は、0.32~0.45%、好ましいMo量は、0.40~0.90%、より好ましいV量は0.35~0.40%、より好ましいMo量は0.60~0.80%である。
【0018】
V量およびMo量は、式(1)、(2)を満たす必要がある。
0.48≦Mo/1.4+V<1.10・・・(1)
0.80<Mo/V<3.00 ・・・(2)
式(1)、(2)において、MoとVには、それぞれボルトが含有するMoとVの含有量(質量%)が代入される。
【0019】
引張り強さ1200MPa以上の高強度を有するボルトにおいては、耐遅れ破壊強度を向上させるために、高い水素トラップサイトである微細なMC型炭化物((V,Mo)C等)を大量に鋼中に分散させることが必要である。
【0020】
式(1)の値(Mo/1.4+V)が0.48未満では、MC型炭化物((V,Mo)C等)が十分に析出せず、水素トラップ能が不足して耐遅れ破壊強度が低下する。
一方、式(1)の値(Mo/1.4+V)が1.10以上では、焼入れの加熱時に炭化物が完全に固溶できなくなり、焼戻し後にMC型炭化物((V,Mo)C等)が粗大化して耐遅れ破壊強度が低下する。
耐遅れ破壊特性の向上の観点から、式(1)の値(Mo/1.4+V)は、好ましくは0.60~1.00であり、より好ましくは0.80~0.90である。
【0021】
また、式(2)の値(Mo/V)が0.80以下では、MC型炭化物((V,Mo)C等)が十分に析出せず、水素トラップ能が低下して耐遅れ破壊強度が低下する。
一方、式(2)の値(Mo/V)が3.00以上になると、MC型炭化物((V、Mo)C等)ではなく、水素トラップ能が低いM2C型炭化物(Mo2C等)が析出し、水素トラップ能が不足して耐遅れ破壊強度が低下する。
耐遅れ破壊特性の向上の観点から、式(2)の値(Mo/V)は、好ましくは1.20~2.70であり、より好ましくは1.70~2.50である。
【0022】
Al:0.010~0.100%
Alは、脱酸剤として機能する元素であるとともに、窒化物を形成して焼入れ加熱時のオーステナイト結晶粒の粗大化を抑制する元素である。これらの効果を得るためには、Alを0.010%以上含有させる必要がある。一方、Al量が0.100%を超えると、粗大な酸化物系介在物が鋼中に残存して、ボルトの破壊起点となる。また、MC型炭化物の生成が抑制され、水素トラップ効果を得ることができない。その結果、耐遅れ破壊特性が劣化する。
従って、Al量は0.010~0.100%とする。なお、好ましいAl量は0.012~0.050%、より好ましいAl量は0.015~0.035%である。
【0023】
N:0.0010~0.0150%
Nは、窒化物又は炭窒化物を形成し、焼入れ加熱時のオーステナイト結晶粒の粗大化を抑制する元素である。結晶粒の粗大化を抑制するには、N量を0.0010%以上とする必要がある。一方、N量が0.0150%を超えた場合、粗大な窒化物又は炭窒化物が生成して、破壊起点となる。また、MC型炭化物の生成が抑制され、水素トラップ効果を得ることができない。その結果、耐遅れ破壊特性が劣化する。
従って、N量は0.0010~0.0150%とする。なお、好ましいN量は0.0020~0.0100%、より好ましいN量は0.0030~0.0060%である。
【0024】
P:0.015%以下
Pは、不純物である。P量は極力低いことが好ましい。Pは、オーステナイト粒界に偏析する。P量が0.015%を超えると、焼入れ、焼戻し後の旧オーステナイト粒界が脆化して粒界割れの原因となる。このため、P量を0.015%以下の範囲に制限する必要がある。好ましいP量の上限は0.012%である。Pは不純物元素であるが、上記範囲内であれば、Pは、ボルトに0%超えで含有されていてもよい。
ただし、脱Pコスト低減の観点から、P量の下限は、0.005%以上でもよい。
【0025】
S:0.015%以下
Sは、不純物である。S量は極力低いことが好ましい。Sは、鋼材中でMn硫化物として存在する。Mn硫化物は、鋼表面が腐食する際の化学反応で硫化水素を発生する。この硫化水素が分解して水素を発生することで鋼中へ水素が侵入し、耐遅れ破壊強度を低下させる。また、Mn硫化物が破壊起点となる。このため、S量を0.015%以下の範囲に制限する必要がある。好ましいS量の上限は0.012%である。Sは、不純物元素であるが、上記範囲内であれば、Sは、ボルトに0%超えで含有されていてもよい。
ただし、脱Sコスト低減の観点から、S量の下限は、0.005%以上でもよい。
【0026】
(任意元素)
本実施形態に係るボルトは、任意元素として、Ti、Nb、B、Ni、Cu、W、REM、Sn、Biの少なくとも1種以上を含有してもよい。具体的には、これら任意元素を、各々0%~後述する各元素の上限の範囲で含有してもよい。
【0027】
Ti:0.100%以下
Tiは、鋼材中でN、Cと結合して炭窒化物を形成する元素である。この炭窒化物はオーステナイト結晶粒界をピンニングして組織の粗大化を防止する。この組織の粗大化の防止効果を得るためには、Tiを0.100%以下含有させてもよい。一方、Tiを、0.100%を超えて含有させると、素材硬さの上昇に起因して部品形状に加工する際の冷間加工性が低下する。
従って、Ti量は0.100%以下とすることが好ましく、0%超~0.100%がより好ましく、0.005~0.050%がさらに好ましい。
【0028】
Nb:0.100%以下
Nbは、鋼材中でN、Cと結合して炭窒化物を形成する元素である。この炭窒化物はオーステナイト結晶粒界をピンニングし、組織の粗大化を防止する。この組織の粗大化の防止効果を得るためには、Nbを0.100%以下含有させてもよい。一方、Nbを、0.100%を超えて含有させると、素材硬さの上昇に起因して部品形状に加工する際の冷間加工性が低下する。
従って、Nb量は0.100%以下とすることが好ましく、0%超~0.100%がより好ましく、0.005~0.050%がさらに好ましい。
【0029】
B:0.0050%以下
Bは、オーステナイト中に僅かに固溶させただけで鋼の焼入れ性を高める。Bは、浸炭焼入れ時にマルテンサイトを効率的に得るために鋼材に含有させてもよい。一方、B量が0.0050%を超えると、多量のBNを形成してNを消費するため、オーステナイト粒の粗大化を招来する。
従って、B量は0.0050%以下とすることが好ましく、0超~0.0050%がより好ましく、0.0007~0.0030%がさらに好ましい。
【0030】
Ni:0.20%以下
Niは耐食性と靭性を高める元素であり、ボルトに含有させてもよい。Ni量が多量になると、コストに見合った効果が得られないため、Ni量の上限は0.20%が好ましい。一方、Ni量の下限は0.01%が好ましい。
【0031】
Cu:0.20%以下
Cuは耐食性を高める元素であり、ボルトに含有させてもよい。一方、Cu量が0.20%を超えると、ボルト用鋼材の熱間延性が低下するため、Cu量の上限は0.20%が好ましい。一方、Cu量の下限は0.01%が好ましい。
【0032】
W:0.50%以下
Wは、Moと同様、高温で焼戻した際に顕著な二次硬化を起こす元素である。Wは、MC型炭化物((V、Mo、W)C)として析出することで、析出強化により鋼の強度を上昇させることができる。さらに、Wを含むMC型炭化物は、高い水素トラップ能を有する水素トラップサイトとして機能し、耐遅れ破壊特性を向上させることができる。
従って、W量は0.50%以下とすることが好ましく、0超~0.30%がより好ましく、0.10~0.20%がさらに好ましい。
【0033】
REM:0.020%以下
REM(希土類元素)とは、原子番号57のランタンから原子番号71ルテシウムまでの15元素と、原子番号21のスカンジウム及び原子番号39のイットリウムと、の合計17元素の総称である。ボルトにREMが含有されると、ボルト用鋼材の圧延時及び熱間鍛造時にMnS粒子の伸延が抑制され、冷間鍛造時の割れを抑制する効果が得られる。但し、REM量が0.020%を超えると、REMを含む硫化物が大量に生成され、ボルト用鋼材の被削性が劣化する。
従って、REM量は、前記17元素の合計量で0.020%以下とすることが好ましく、0%超~0.020%がより好ましく、0.001%~0.010%がさらに好ましい。
【0034】
Sn:0.20%以下
Snは耐食性を高める元素であり、ボルトに含有させてもよい。Sn量が多量になると、高温延性が低下し、鋳造時の割れの危険性が高まるため、Sn量の上限は0.20%が好ましい。一方、Sn量の下限は0.005%が好ましい。
【0035】
Bi:0.10%以下
Biは加工性を高める元素であり、ボルトに含有させてもよい。Bi量が多量になると、高温延性が低下し、鋳造時の割れの危険性が高まるため、Bi量の上限は0.10%が好ましい。一方、Bi量の下限は0.005%が好ましい。
【0036】
(その他任意元素)
本実施形態に係るボルトは、任意元素として、次の元素よりなる群から選択される少なくとも1種を含有してもよい。具体的には、これら任意元素を、各々0%~後述する各元素の上限の範囲で含有してもよい。これら任意元素を後述する範囲でボルトに含んでも、ボルトの特性に影響はない。
Pb:0.05%以下
Cd:0.05%以下
Co:0.05%以下
Zn:0.05%以下
Ca:0.02%以下
Zr:0.02%以下
【0037】
本実施形態に係るボルトの化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、鋼の原料として利用される鉱石、スクラップ、又は製造過程の環境等から混入する元素を意味する。
【0038】
(MC型炭化物)
本実施形態に係るボルトは、長さ5nm以上のMC型炭化物が、単位面積0.01μm2当たり10個以上存在することが好ましい。
焼戻し過程で析出する微細な板状のMC型炭化物は、VC、M2C型炭化物(Mo2C等)に比べ、水素トラップ能が高く、耐遅れ破壊特性の向上に寄与する。
ここで、微細なMC型炭化物は、M(金属元素)に対しVおよびMoを合計で70原子%以上含むMC型炭化物である。具体的には、微細なMC型炭化物は、(V,Mo)C、及び(V,Mo,W)Cが該当する。これらMC型炭化物は、VC、M2C型炭化物(Mo2C等)に比べ、水素トラップ能が高く、耐遅れ破壊特性の向上に寄与する。
そのため、長さ5nm以上のMC型炭化物を、所定量存在させることが好ましい。
よって、長さ5nm以上のMC型炭化物の個数密度(単位面積0.01μm2当たりに存在する長さ5nm以上のMC型炭化物の個数)は、10個以上が好ましい。
耐遅れ破壊特性の向上の観点から、MC型炭化物の個数密度は、単位面積0.01μm2当たり15個以上がより好ましく、単位面積0.01μm2当たり20個以上がさらに好ましい。
ただし、MC型炭化物の個数密度の上限は、伸びや靱性の低下抑制の観点から、例えば、単位面積0.01μm2当たり100個以下とする。
【0039】
MC型炭化物の個数密度の測定は、薄膜法により薄膜試験片を作製し、透過型電子顕微鏡で測定する。
MC型炭化物の成分の測定は、抽出レプリカ法により試験片を作製し、エネルギー分散型X線分析装置(EDS)付き透過型顕微鏡(TEM)を用いて行う。
具体的には、次の通りである。
【0040】
測定対象となるボルトの任意の部位から、ボルトの表面から深さ2mmに位置しかつボルトの表面と平行な面(以下「測定面」とも称する)を有する部位を採取し、薄膜法により薄膜試験片および抽出レプリカ法により試験片を作製する。
【0041】
ここで、薄膜法による薄膜試験片の作製は、次の通りである。まず、精密切断機により元材を厚さ0.5mmに切断する。次に、P320~1200のエメリー紙を用いて両側から60μm厚まで切削研磨を行い3mmφの試料を打抜く。その後、両面ジェット電解研磨を行い、中心部に穴が開くまで電解研磨を行い、TEM観察用の薄膜試験片とする。電界研磨はテヌポールで行い、電解研磨液として100ml過塩素酸-800ml氷酢酸溶液-100mlメタノールを用い、電解研磨条件は30V、0.1Aとする。
また、抽出レプリカ法による試験片の作製は、次の通りである。まず、鋼部材から採取した採取物の測定面を電解研磨する。電解研磨後の採取物の測定面を、10%アセチルアセトン-1%塩化テトラメチルアンモニウム(TMAC)-メタノール溶液を用いて-200mVの電位で定電位電解する。これにより、MC型炭化物が採取物の測定面から露出する。通電時間は30~60secである。
電解後の採取物の測定面にアセチルセルロースフィルムを貼り付けた後に、フィルムを剥がし、MC型炭化物をフィルム上に転写する。転写したフィルムにカーボン蒸着を行ない、カーボン蒸着膜を作製する。カーボン蒸着膜を酢酸メチル溶液に浸漬してアセチルセルロースフィルムを溶解し、直径が3mmのCuメッシュですくい上げることで抽出レプリカ膜(抽出レプリカ法による試験片)を得る。
【0042】
次に、MC型炭化物の数密度を次の通り測定する。鉄のマトリクスの{001}面に垂直な方向を電子線の入射方向として、薄膜試験片(その測定面)の任意の視野を倍率400000倍(観察面積0.25μm×0.25μm)で3視野観察する。MC型炭化物は電子線回折パターン解析にて同定した。その後、観察画面の中心部の0.1μm×0.1μmの領域に存在する全てのMC型炭化物の長さと数を測定し、5nm以上の長さを有するMC型炭化物の数を測定し、5つの視野の平均値を「MC型炭化物の個数密度」として求める。
ここで、MC型炭化物の長さとは、観察されるMC型炭化物の最大長さを意味する。
なお、TEM観察は、FE-TEMにて加速電圧200kVにて実施する。
【0043】
また、MC型炭化物の化学成分を次の通り測定する。試験片としての抽出レプリカ膜(その測定面)の任意の視野(観察面積0.5μm×0.5μmの視野)を倍率200000倍で観察する。観察する視野に存在する析出物の成分を、TEMの電子線回折パターンの解析及びEDSによる分析により、MC型炭化物を同定し、EDS分析により、炭化物中の金属元素の原子%を測定する。測定個数は5個とし、金属元素濃度はこれらの平均値を用いる。
TEMの電子線回折パターンの解析及びEDSによる分析は、FE-TEMにて加速電圧200kVにて実施する。
【0044】
(引張強さ)
本実施形態に係るボルトにおいて、ボルトから引張り試験片を採取して測定した引張強さは1200MPa以上、1600MPa未満である。引張強さが1200MPa以上において、ボルトを小型軽量化することができる。一方、引張強さが1600MPaを超えると、侵入水素量が少ない場合でも遅れ破壊が生じる可能性が高まる。
そのため、ボルトの引張強さは1200MPa以上1600MPa未満とする。
ボルトの引張強さは、JIS Z 2241:2011に従って測定される値である。
【0045】
ただし、ボルトの引張強さの測定は、次の通りボルトから試験片を採取して、実施する。
ボルトの軸部から、平行部の直径がボルトの直径の50%となる14A号試験片を切り出し、室温(25℃)の大気中で引張試験を行い、引張強さを求める。
【0046】
(トラップ水素量)
本実施形態に係るボルトにおいて、3.0質量%の塩化ナトリウム水溶液1L当たり3.0gのチオシアン酸アンモニウムを添加した室温(25℃)の溶液中で、電流密度0.2mA/cm2で72時間陰極水素チャージし、室温(25℃)で48時間静置した後のトラップ水素量は3.0ppm以上であることが好ましい。トラップ水素量が3.0ppm未満であると、ボルトに侵入した水素が拡散し、旧オーステナイト結晶粒界に集積して、遅れ破壊が生じる可能性が高まることがある。そのため、トラップ水素量は3.0ppm以上であることが好ましい。
【0047】
トラップ水素量は、ガスクロマトグラフによる昇温水素分析法で測定する。昇温速度100℃/時間で、室温(25℃)から400℃までに試料から放出される水素量を水素トラップ量と定義する。
【0048】
トラップ水素量の測定は、ボルトから採取した直径7mm、長さ70mmの丸棒試験片(トラップ水素量調査用の丸棒試験片)に対して、実施する。
ただし、上記大きさの丸棒試験片を採取できない場合、直径5mm、長さ20mmの丸棒試験片で代用し、同様の水素チャージと整地を行い、同様の昇温分析により、水素トラップ量を測定してもよい。
【0049】
(耐遅れ破壊強度)
本実施形態に係るボルトは、実環境で使用するため、十分な耐遅れ破壊強度を備える好ましい。本実施形態に係るボルトは、3.0質量%の塩化ナトリウム水溶液1L当たり3.0gのチオシアン酸アンモニウムを添加した室温(25℃)の溶液中で、電流密度0.03mA/cm2で24時間陰極水素チャージした後、水素透過防止めっきを施し、96時間放置した後、引張強さの0.9倍の一定荷重を負荷した時の、破断に至るまでの時間が100時間以上であることが好ましい。ここで、水素透過防止めっきは、鋼材中に水素を閉じ込めるために行うものであり、溶融亜鉛めっきを施す。
【0050】
耐遅れ破壊強度の測定は、ボルトから採取した直径7mm、長さ70mmの切欠き(切欠き部直径4.2mm、角度60°)付き丸棒試験片(遅れ破壊試験片)に対して、実施する。
ただし、上記大きさの丸棒試験片を採取できない場合、直径5mmの切欠き(切欠き部直径3.0mm、確度60°)付き丸棒試験片で代用してもよい。長さは、チャッキングできる範囲であれば特に制約はない。
【0051】
<ボルト用鋼材>
本実施形態に係るボルト用鋼材は、本実施形態に係るボルトの素材となる鋼材である。そして、本実施形態に係るボルト用鋼材は、本実施形態に係るボルトと同じ化学組成および引張強さを有する。
なお、ボルト用鋼材の引張強さは、ボルトの引張強さと同じ方法で測定する。
【0052】
<ボルトの製造方法>
以下、本実施形態に係るボルト用鋼材を用いて、本実施形態に係るボルトの製造方法の一例について詳述する。
【0053】
(ボルト形状に成形する工程)
本実施形態に係るボルトの化学組成を有する溶鋼を得た後、溶鋼を鋳造によりインゴットまたは鋳片とする。鋳造されたインゴットまたは鋳片は、熱間圧延、熱間押出、熱間鍛造などの熱間加工によって、丸棒など所要の粗形状を有する鋼材に仕上げる。その後、該鋼材に伸線、焼鈍、冷間加工、ねじ転造などを施して、所定のボルト形状に成形する。複数回の冷間加工の中間に、焼鈍または球状化焼鈍処理を複数回施してもよい。また、成形の工程に熱間加工を含めることもできる。
【0054】
(焼入れ・焼戻しを行う工程)
所定のボルト形状に成形した後、強度を付与するため、鋼をオーステナイト化以上の温度に加熱した後、水冷または油冷によって焼入れ処理を行う。なお、焼入れのための加熱温度(以下、「焼入れ加熱温度」という。)が低すぎると、高い水素トラップ能を有する微細なMC型炭化物((Mo、V)C等)のマトリックス中への固溶が不十分となり、粗大な炭化物が残存する。その結果、焼戻し時に析出する微細なMC型炭化物((Mo、V)C等)の量が少なくなるため、目的の強度及び水素トラップ効果を得ることができない。その結果、耐遅れ破壊特性が劣化する。
【0055】
一方、焼入れ加熱温度を過度に高くすると、結晶粒の粗大化を招き、靭性及び耐遅れ破壊特性の劣化を招き、また、操業熱処理炉の炉体および付属部品の損傷が顕著になり、製造コストが上昇するため、好ましくない。
【0056】
そのため、焼入れ加熱温度は900~960℃とするのが好ましい。また、焼入れ加熱温度での保持時間は30~90分とすることが好ましい。
【0057】
耐遅れ破壊強度を向上させるためには、上記の焼入れ処理を行った後に焼戻しを行う必要がある。本開示では、焼戻しの温度を550~690℃に限定する必要がある。
【0058】
焼戻し温度が550℃未満では温度が低く、十分なMC型炭化物が析出できない。そのため、目的の水素トラップ能、および遅れ破壊限界水素量を達成することができず、耐遅れ破壊特性が劣化する。
一方、焼戻し温度が690℃以上の場合は、MC型炭化物がオストワルド成長し、水素トラップ能が著しく低下する。そのため、目的の水素トラップ能、および遅れ破壊限界水素量を達成することができず、耐遅れ破壊特性が劣化する。
そのため、焼戻し温度は550~690℃に限定する。なお、焼戻し温度の好ましい範囲は、580~660℃である。
また、焼戻し温度での保持時間は30~90分とすることが好ましく、焼き戻し冷却速度50~100℃/sとすることが好ましい。
【0059】
以上の工程により、本実施形態に係るボルトが製造される。
【0060】
以上に示すとおり、本実施形態に係るボルトは、最適な化学組成を備えるボルト用鋼材に、最適な焼入れ焼戻しを施すことで、引張強さ、トラップ水素量及び遅れ破壊限界水素量の好適化を図ったものである。
【実施例】
【0061】
次に、本開示の実施例について説明するが、以下に示す各条件は、本開示の実施可能性及び効果を確認するために採用した一例にすぎず、本開示の条件はこの一例に限定されるものではない。本開示の実施においては、その要旨を逸脱せず、その目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用することができる。
【0062】
<各種試験片の成形>
(棒鋼の準備)
表1-1及び表1-2に示す化学組成を有する鋼(鋼No.A~AQ)をそれぞれ溶製し、熱間鍛造により、直径20mm、長さ1000mmの棒鋼を準備した。なお、表1-1及び表1-2において下線を付した数値は当該数値が本開示の範囲外であることを示す。また、表1-1及び表1-2における符号“-”は、該当する元素が含有していないことを示し、空欄はその他任意元素が含有していないことを示す。
ただし、表1-1及び表1-2に示す化学組成において、酸素(O)は鋼中に不純物として含まれる元素である。
【0063】
【0064】
【0065】
次にボルト製造を再現するため、表2の条件で焼入れ、焼戻しを施し、続いて、焼入れ、焼戻ししたボルト相当品の引張り強度、トラップ水素量の測定、および耐遅れ破壊強度を以下の方法で評価した。
【0066】
(焼入れの実施)
上記のようにして得た直径20mm、長さ1000mmの丸棒を切断し、直径20mm、長さ300mmの丸棒を切り出し、表2に記載の温度で焼入れを行った。焼入れ加熱温度での保持時間は60分とした。その後、60℃に保持した油槽へ焼入れを行った。
【0067】
(焼戻しの実施)
油焼入れ後、表2に記載の温度で焼戻しを行った。焼戻し温度での保持時間は60分とし、焼戻し後の冷却は空冷(冷却速度10℃/s)とした。
【0068】
(引張試験片)
上記の焼入れ焼戻し処理後の直径20mm、長さ300mmの丸棒から、全長70mm、平行部の直径6mm、長さ32mmの平滑引張試験片(14A号試験片)を採取した。
【0069】
(トラップ水素量調査用の試験片作製)
上記の焼入れ焼戻し処理後の直径20mm、長さ300mmの丸棒から、直径7mm、長さ70mmの丸棒試験片を採取し、トラップ水素量調査用の丸棒試験片とした。
【0070】
(遅れ破壊試験片の作製)
上記の焼入れ焼戻し処理後の直径20mm、長さ300mmの丸棒から、直径7mm、長さ70mmの切欠き(切欠き部の、直径4.2mm、角度60°)付き丸棒試験片を採取し、遅れ破壊試験片とした。
【0071】
以上のようにして、製造No.1~38の引張試験片、製造No.1~38のトラップ水素量調査用の丸棒試験片、及び製造No.1~38の遅れ破壊試験片を、それぞれ得た。ただし、製造No.32については焼割れが発生したため、以降の試験を中断した。また、製造No27、28、30、31、33については所定の強度が出なかったため、以降の試験を中断した。
【0072】
<各試験片を用いた性能評価>
【0073】
(長さ5nm以上のMC型炭化物の個数密度)
長さ5nm以上のMC型炭化物の個数密度(単位面積0.01μm2当たりの個数)は、既述の通り測定した。そして、次の基準で評価した。
A:MC型炭化物の個数密度が10個/0.01μm2以上14個/0.01μm2未満
B:MC型炭化物の個数密度が15個/0.01μm2以上20個/0.01μm2未満
C:MC型炭化物の個数密度が20個/0.01μm2以上100個/0.01μm2未満
D:MC型炭化物の個数密度が10個/0.01μm2未満
【0074】
(引張強さ)
引張強さは、既述の通り測定した。
具体的には、上記の手順で作製した引張試験片を用い、JIS Z 2241:2011に準拠して、室温(25℃)の大気中で引張試験を行い、引張強さを求めた。
【0075】
(トラップ水素量)
トラップ水素量は、既述の通り測定した。
具体的には、上記の手順で作製した直径7mm、長さ70mmの丸棒試験片に、3.0質量%の塩化ナトリウム水溶液1L当たり3.0gのチオシアン酸アンモニウムを添加した室温(25℃)の溶液中で、電流密度0.2mA/cm2で72時間陰極水素チャージを行った。その後、室温で48時間静置した。その後、ガスクロマトグラフを用い、昇温速度100℃/ 時間で、室温(25℃)から400℃まで昇温し、試料から放出される水素量を測定した。
【0076】
(耐水素脆化特性)
耐水素脆化特性は、既述の通り測定した。
具体的には、上記の手順で作製した直径7mm、長さ70mmの切欠き(切欠き部の、直径4.2mm、角度60°)付き遅れ破壊試験片に、3.0質量%の塩化ナトリウム水溶液1L当たり3.0gのチオシアン酸アンモニウムを添加した室温(25℃)の溶液中で、電流密度0.03mA/cm2で24時間陰極水素チャージした後、水素透過防止めっき(溶融亜鉛めっき)を施し、96時間放置した後、引張強さの0.9倍の一定荷重を負荷し、破断に至るまでの時間を測定した。100時間破断しなかった場合は試験を打ち切りとした。
【0077】
引張強さ、トラップ水素量、及び遅れ破壊有無の結果を表2に記載する。なお、表2中の下線を付した数値は当該数値が本開示の範囲外であることを示す。また、表2中の符号“-”は、該当する破壊試験片が所定の強度等を満たさなかったため、試験に供しなかったことを示す。
【0078】
【0079】
表1~表2から明らかなように、化学組成、並びに、焼入れ焼戻しの条件について好適化を図った製造No.1~15は、いずれも、引張強さが高く、また、トラップ水素量が高く、遅れ破壊が生じなかったことから、優れた強度と耐遅れ破壊特性が得られていることが判る。
【0080】
これに対し、化学組成、並びに、焼入れ焼戻しの条件について、少なくともいずれかについて好適化を図っていない製造例No.16~38については、いずれも、優れた強度や耐遅れ破壊特性が得られていないことが判る。
【0081】
なお、日本国特許出願第2019-021904号の開示はその全体が参照により本明細書に取り込まれる。
本明細書に記載された全ての文献、特許出願、および技術規格は、個々の文献、特許出願、および技術規格が参照により取り込まれることが具体的かつ個々に記された場合と同程度に、本明細書中に参照により取り込まれる。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本開示によれば、高強度で、かつ、優れた耐遅れ破壊強度を示すボルト、およびその素材となるボルト用鋼材を提供できる。