IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 新日鐵住金株式会社の特許一覧

<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-05
(45)【発行日】2022-12-13
(54)【発明の名称】ホットスタンプ成形体
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20221206BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20221206BHJP
   C22C 18/00 20060101ALI20221206BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20221206BHJP
   C21D 9/00 20060101ALN20221206BHJP
   C21D 1/18 20060101ALN20221206BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/60
C22C18/00
C22C38/00 301T
C22C38/00 301W
C21D9/46 J
C21D9/46 U
C21D9/00 A
C21D1/18 C
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2021522866
(86)(22)【出願日】2020-05-28
(86)【国際出願番号】 JP2020021138
(87)【国際公開番号】W WO2020241763
(87)【国際公開日】2020-12-03
【審査請求日】2021-10-01
(31)【優先権主張番号】P 2019101987
(32)【優先日】2019-05-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】崎山 裕嗣
(72)【発明者】
【氏名】戸田 由梨
(72)【発明者】
【氏名】匹田 和夫
【審査官】相澤 啓祐
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-197505(JP,A)
【文献】特開2012-233249(JP,A)
【文献】特許第6477978(JP,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C22C 18/00-18/04
C21D 9/46- 9/48
C21D 9/00
C21D 1/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学成分として、質量%で、
C:0.15%以上、0.70%未満、
Si:0.005%以上、0.250%以下、
Mn:0.30%以上、3.00%以下、
sol.Al:0.0002%以上、0.500%以下、
P :0.100%以下、
S :0.1000%以下、
N :0.0100%以下、
Nb:0%以上、0.150%以下、
Ti:0%以上、0.150%以下、
Mo:0%以上、1.000%以下、
Cr:0%以上、1.000%以下、
B :0%以上、0.0100%以下、
Ca:0%以上、0.0100%以下および
REM:0%以上、0.30%以下
を含有し、残部がFeおよび不純物からなる母材鋼板と、
前記母材鋼板の表面に、片面当たりの付着量が10g/m以上、90g/m以下であり、Ni含有量が10質量%以上、25質量%以下であり、残部がZnおよび不純物からなるめっき層と、を有し、
前記母材鋼板の表面から深さ50μmまでの領域である表層領域の金属組織が、面積%で、80.0%以上のマルテンサイトおよび8.0%以上の残留オーステナイトを含み、
前記表層領域のNi濃度が8質量%以上であり、
基準VDA238-100に基づいて、下記の条件で測定された最大荷重時の変位を角度に変換した最大曲げ角度が50度以上である
ことを特徴とする、ホットスタンプ成形体。
条件
試験片寸法:60mm(圧延方向)×60mm(板幅方向に平行な方向)、または、30mm(圧延方向)×60mm(板幅方向に平行な方向)
試験片板厚:1.0mm(表裏面を同量ずつ研削)
曲げ稜線:板幅方向に平行な方向
試験方法:ロール支持、ポンチ押し込み
ロール径:φ30mm
ポンチ形状:先端R=0.4mm
ロール間距離:2.0×板厚(mm)+0.5mm
押し込み速度:20mm/min
【請求項2】
前記母材鋼板が、化学成分として、質量%で、
Nb:0.010%以上、0.150%以下、
Ti:0.010%以上、0.150%以下、
Mo:0.005%以上、1.000%以下、
Cr:0.005%以上、1.000%以下、
B :0.0005%以上、0.0100%以下、
Ca:0.0005%以上、0.0100%以下および
REM:0.0005%以上、0.30%以下からなる群から選択される1種または2種以上を含有する
ことを特徴とする、請求項1に記載のホットスタンプ成形体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホットスタンプ成形体に関する。本願は、2019年5月31日に、日本に出願された特願2019-101987号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境保護および省資源化の観点から自動車車体の軽量化が求められており、自動車用部材への高強度鋼板の適用が加速している。自動車用部材はプレス成形によって製造されるが、鋼板の高強度化に伴い成形荷重が増加するだけでなく、成形性が低下するため、高強度鋼板においては、複雑な形状の部材への成形性が課題となる。このような課題を解決するため、鋼板が軟質化するオーステナイト域の高温まで加熱した後にプレス成形を実施するホットスタンプ技術の適用が進められている。ホットスタンプは、プレス加工と同時に、金型内において焼入れ処理を実施することで、自動車用部材への成形性と自動車部材の強度確保とを両立する技術として注目されている。
【0003】
しかしながら、ホットスタンプにより製造された従来のホットスタンプ成形体は、板厚方向の全域が硬質組織(主にマルテンサイト)で形成されているために、変形能に乏しい。自動車用部材においてさらに優れた衝突特性を得るためには、衝撃エネルギーの吸収能を高める必要がある。衝突時の変形モードを考慮すると、変形能の中でも特に曲げ性を高めることが必要である。
【0004】
特許文献1には、熱間圧延工程における仕上げ圧延から巻取りまでの冷却速度を制御することにより、ベイナイト中の結晶方位差を5~14°に制御して、伸びフランジ性等の変形能を向上させる技術が開示されている。
【0005】
特許文献2には、熱間圧延工程の仕上げ圧延から巻取りまでの製造条件を制御することにより、フェライト結晶粒のうち特定の結晶方位群の強度を制御して、局部変形能を向上させる技術が開示されている。
【0006】
特許文献3には、ホットスタンプ用鋼板を熱処理して表層にフェライトを形成させることにより、熱間プレス前の加熱時にZnOと鋼板との界面やZnOとZn系めっき層との界面に生成する空隙を低減させて、穴あき耐食性等を向上させる技術が開示されている。
【0007】
しかし、上記のような技術では、十分な強度および曲げ性が得られない場合がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】国際公開第2016/132545号
【文献】日本国特開2012-172203号公報
【文献】日本国特許第5861766号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】T.Ungar、外3名、Journal of Applied Crystallography、1999年、第32巻、第992頁~第1002頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、従来技術の課題に鑑み、優れた強度および曲げ性を有するホットスタンプ成形体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは上記課題を解決する方法について鋭意検討した結果、以下の知見を得た。
【0012】
本発明者らは、ホットスタンプ成形体の曲げ性について検討した。その結果、本発明者らは、ホットスタンプ成形体を構成する母材鋼板の、表面から深さ50μmまでの領域である表層領域の金属組織が、面積%で、80.0%以上のマルテンサイトおよび8.0%以上の残留オーステナイトを含み、且つ表層領域のNi濃度が8質量%以上であると、ホットスタンプ成形体の曲げ性が向上することを知見した。
【0013】
更に本発明者らは、ホットスタンプ成形体を構成する母材鋼板の表層領域において上述の金属組織を得るためには、ホットスタンプ前のホットスタンプ用鋼板の表層領域において、平均転位密度を4×1015m/m以上とし、オートテンパを受けていないマルテンサイトおよび下部ベイナイトの1種または2種以上の結晶粒の割合を面積%で15.0%以上とし、且つ所定の条件でホットスタンプを施すことが必要であることを知見した。
【0014】
本発明は上記の知見に基づき、さらに検討を進めてなされたものであって、その要旨は以下のとおりである。
[1]本発明の一態様に係るホットスタンプ成形体は、化学成分として、質量%で、
C:0.15%以上、0.70%未満、
Si:0.005%以上、0.250%以下、
Mn:0.30%以上、3.00%以下、
sol.Al:0.0002%以上、0.500%以下、
P :0.100%以下、
S :0.1000%以下、
N :0.0100%以下、
Nb:0%以上、0.150%以下、
Ti:0%以上、0.150%以下、
Mo:0%以上、1.000%以下、
Cr:0%以上、1.000%以下、
B :0%以上、0.0100%以下、
Ca:0%以上、0.0100%以下および
REM:0%以上、0.30%以下を含有し、残部がFeおよび不純物からなる母材鋼板と、
前記母材鋼板の表面に、片面当たりの付着量が10g/m以上、90g/m以下であり、Ni含有量が10質量%以上、25質量%以下であり、残部がZnおよび不純物からなるめっき層と、を有し、
前記母材鋼板の表面から深さ50μmまでの領域である表層領域の金属組織が、面積%で、80.0%以上のマルテンサイトおよび8.0%以上の残留オーステナイトを含み、
前記表層領域のNi濃度が8質量%以上であり、
基準VDA238-100に基づいて、下記の条件で測定された最大荷重時の変位を角度に変換した最大曲げ角度が50度以上である
条件
試験片寸法:60mm(圧延方向)×60mm(板幅方向に平行な方向)、または、30mm(圧延方向)×60mm(板幅方向に平行な方向)
試験片板厚:1.0mm(表裏面を同量ずつ研削)
曲げ稜線:板幅方向に平行な方向
試験方法:ロール支持、ポンチ押し込み
ロール径:φ30mm
ポンチ形状:先端R=0.4mm
ロール間距離:2.0×板厚(mm)+0.5mm
押し込み速度:20mm/min
[2]上記[1]に記載のホットスタンプ成形体は、前記母材鋼板に、化学成分として、質量%で、
Nb:0.010%以上、0.150%以下、
Ti:0.010%以上、0.150%以下、
Mo:0.005%以上、1.000%以下、
Cr:0.005%以上、1.000%以下、
B :0.0005%以上、0.0100%以下、
Ca:0.0005%以上、0.0100%以下および
REM:0.0005%以上、0.30%以下からなる群から選択される1種または2種以上を含有してもよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係る上記態様によれば、強度および曲げ性に優れたホットスタンプ成形体を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本実施形態に係るホットスタンプ成形体は、ホットスタンプ成形体を構成する母材鋼板の表面、言い換えると、ホットスタンプ後の母材鋼板の表面から深さ50μmまでの領域である表層領域の金属組織が、面積%で、80.0%以上のマルテンサイトおよび8.0%以上の残留オーステナイトを含み、且つ表層領域のNi濃度が8質量%以上であることを特徴とする。この特徴を有することにより、優れた強度および曲げ性に優れたホットスタンプ成形体を得ることができる。なお、本実施形態において「優れた強度を有する」とは、引張(最大)強度が1500MPa以上であることをいう。
【0017】
本発明者らは鋭意検討の結果、以下の方法により上記金属組織を有するホットスタンプ成形体が得られることを知見した。
【0018】
第一段階として、熱間圧延工程において、仕上げ圧延終了後、5秒以内に、母材鋼板表面における平均冷却速度が80℃/s以上となるように冷却を開始し、500℃未満の温度域まで冷却して巻き取る。巻き取った後も室温(40℃程度以下)になるまで水冷を続ける。このように、従来技術よりも平均冷却速度を速くし、且つ巻取り温度を低くすることで、炭化物の生成、フェライト変態およびベイナイト変態を抑制することができる。これにより、ホットスタンプ用鋼板の表層領域の金属組織において、オートテンパを受けていないマルテンサイトおよび下部ベイナイトの1種または2種の結晶粒の割合を面積%で15.0%以上とし、且つ表層領域の平均転位密度を4×1015m/m以上とすることができる。
【0019】
第二段階として、10~25質量%のNiを含むZn系めっき層を、片面当たりの付着量が10~90g/mとなるように母材鋼板表面に形成させて、ホットスタンプ用鋼板とする。
【0020】
第三段階として、ホットスタンプ前の加熱の平均加熱速度を制御することにより、母材鋼板表面に配されためっき層中のNiを母材鋼板の表層領域に拡散させる。
【0021】
一般的に、0.15質量%以上のCを含み、金属組織がマルテンサイトを含み、且つ焼き戻しを施されない高転位密度の熱延鋼板では、延性、靭性および耐水素脆化特性が著しく劣化する。加えて、巻取り後に冷間圧延を施す場合、上記のような熱延鋼板は延性が優れないため、割れが生じやすい。そのため、上記のような熱延鋼板は、熱間圧延後、後工程に行く前に焼き戻しが施されるのが一般的である。熱延鋼板の曲げ性および耐水素脆化特性を向上させるためには、表層領域の延性を向上させることが重要であるため、上記のような鋼板は表層領域を軟化させる処理(例えば表層脱炭処理等)を施すこともある。
【0022】
また、一般的に、0.15質量%以上のCを含む鋼板にホットスタンプを施すと、ホットスタンプ成形体の曲げ性が優れない場合がある。
【0023】
しかし、本実施形態では、ホットスタンプ用鋼板の表層領域の金属組織を好ましい状態とし、ホットスタンプ前の加熱により母材鋼板表面に配されためっき層中のNiを母材鋼板の表層領域に拡散させることで、ホットスタンプ後に焼き戻しを施さなくても、ホットスタンプ成形体の曲げ性または耐水素脆化特性を向上することができる。
【0024】
本実施形態に係るホットスタンプ成形体に適用されるホットスタンプ用鋼板の表層領域の金属組織は、オートテンパを受けていないマルテンサイトおよび下部ベイナイトの1種または2種の結晶粒を面積%で15.0%以上含む。オートテンパを受けていないマルテンサイトおよび下部ベイナイトの結晶粒の内部は転位密度が高く、またこれらの結晶粒は結晶粒径が小さい。そのため、本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板は、ホットスタンプ前の加熱により、めっき層に含まれるNiが母材鋼板の表層領域の結晶粒界および転位を経路として、表層領域に拡散し易い。Niはオーステナイト安定化元素であるため、母材鋼板の表層領域にめっき層中のNiが拡散して、母材鋼板の表層領域のNi濃度が高くなると、ホットスタンプ成形体を構成する母材鋼板の表層領域に残留オーステナイトが残存し易くなる。ホットスタンプ成形体を構成する母材鋼板の表層領域に、CだけでなくNiを用いて所定量の残留オーステナイトを残存させることで、ホットスタンプ成形体の曲げ性を向上することができる。本発明者らは、母材鋼板の表層領域にNiを拡散させて、ホットスタンプ成形体を構成する母材鋼板の表層領域に所望量の残留オーステナイトを残存させるためには、ホットスタンプ前の加熱の平均加熱速度を100℃/s未満とする必要があることを知見した。ホットスタンプ前の加熱の平均加熱速度を100℃/s未満とすることにより、母材鋼板の表層領域における結晶粒界だけでなく、転位までをも経路としてNiが拡散し、表層領域に均一にNiを拡散させることができる。
【0025】
以下、本実施形態に係るホットスタンプ成形体およびその製造方法について詳細に説明する。まず、本実施形態に係るホットスタンプ成形体を構成する鋼板の化学組成の限定理由について説明する。なお、以下に記載する数値限定範囲には、下限値および上限値がその範囲に含まれる。「未満」、「超」と示す数値には、その値が数値範囲に含まれない。化学組成についての%は全て質量%を示す。
【0026】
本実施形態に係るホットスタンプ成形体を構成する母材鋼板は、化学成分として、質量%で、C:0.15%以上、0.70%未満、Si:0.005%以上、0.250%以下、Mn:0.30%以上、3.00%以下、sol.Al:0.0002%以上、0.500%以下、P:0.100%以下、S:0.1000%以下およびN:0.0100%以下、残部:Feおよび不純物を含む。
【0027】
「C:0.15%以上、0.70%未満」
Cは、ホットスタンプ成形体において1500MPa以上の引張強度を得るために重要な元素である。C含有量が0.15%未満では、マルテンサイトが軟らかくなり、1500MPa以上の引張強度を得ることが困難である。また、C含有量が0.15%未満であると、オートテンパを受けていないマルテンサイトおよび下部ベイナイト面積率が小さくなる。そのため、C含有量は0.15%以上とする。C含有量は、好ましくは0.20%以上であり、より好ましくは0.30%以上である。一方、C含有量が0.70%以上では、粗大な炭化物が生成して破壊が生じやすくなり、ホットスタンプ成形体の曲げ性および耐水素脆化特性が低下する。そのため、C含有量は0.70%未満とする。C含有量は、好ましくは0.50%以下であり、より好ましくは0.45%以下である。
【0028】
「Si:0.005%以上、0.250%以下」
Siは、焼入れ性を確保するために含有させる元素である。Si含有量が0.005%未満では上記効果が得られず、ホットスタンプ用鋼板において、転位密度が低下する場合およびオートテンパを受けていないマルテンサイトおよび下部ベイナイトが得られなくなる場合があり、ホットスタンプ成形体において所望の金属組織が得られなくなる。そのため、Si含有量は0.005%以上とする。0.250%超のSiを含有させても上記効果が飽和するため、Si含有量は0.250%以下とする。Si含有量は、好ましくは0.210%以下である。
【0029】
「Mn:0.30%以上、3.00%以下」
Mnは、固溶強化によりホットスタンプ成形体の強度の向上に寄与する元素である。Mn含有量が0.30%未満では、固溶強化能が乏しくマルテンサイトが軟らかくなり、ホットスタンプ成形体において1500MPa以上の引張強度を得ることが困難である。そのため、Mn含有量は0.30%以上とする。Mn含有量は、好ましくは0.50%以上、また0.70%以上である。一方、Mn含有量を3.00%超とすると、鋼中に粗大な介在物が生成して破壊が生じやすくなり、ホットスタンプ成形体の曲げ性および耐水素脆化特性が低下するので、3.00%を上限とする。Mn含有量は、好ましくは2.50%以下、または2.00%以下である。
【0030】
「sol.Al(酸可溶性Al):0.0002%以上、0.500%以下」
Alは、溶鋼を脱酸して鋼を健全化する(鋼にブローホールなどの欠陥が生じることを抑制する)作用を有する元素である。sol.Al含有量が0.0002%未満では、脱酸が十分に行われず上記効果が得られないため、sol.Al含有量は0.0002%以上とする。sol.Al含有量は、好ましくは0.0010%以上、または0.0020%以上である。一方、sol.Al含有量が0.500%を超えると、鋼中に粗大な酸化物が生成し、ホットスタンプ成形体の曲げ性および耐水素脆化特性が低下する。そのため、sol.Al含有量は0.500%以下とする。sol.Al含有量は、好ましくは0.400%以下、または0.300%以下である。
【0031】
「P:0.100%以下」
Pは、粒界に偏析し、粒界の強度を低下させる元素である。P含有量が0.100%を超えると、粒界の強度が著しく低下して、ホットスタンプ成形体の曲げ性および耐水素脆化特性が低下する。そのため、P含有量は0.100%以下とする。P含有量は、好ましくは0.050%以下である。P含有量の下限は特に限定しないが、0.0001%未満に低減すると、脱Pコストが大幅に上昇し、経済的に好ましくないため、実操業上、0.0001%を下限としてもよい。
【0032】
「S:0.1000%以下」
Sは、鋼中に介在物を形成する元素である。S含有量が0.1000%を超えると、鋼中に多量の介在物が生成し、ホットスタンプ成形体の曲げ性および耐水素脆化特性が低下する。そのため、S含有量は0.1000%以下とする。S含有量は、好ましくは0.0050%以下である。S含有量の下限は特に限定しないが、0.00015%未満に低減すると、脱Sコストが大幅に上昇し、経済的に好ましくないため、実操業上、0.00015%を下限としてもよい。
【0033】
「N:0.0100%以下」
Nは、不純物元素であり、鋼中に窒化物を形成してホットスタンプ成形体の靱性および耐水素脆化特性を劣化させる元素である。N含有量が0.0100%を超えると、鋼中に粗大な窒化物が生成して、ホットスタンプ成形体の曲げ性および耐水素脆化特性が著しく低下する。そのため、N含有量は0.0100%以下とする。N含有量は、好ましくは0.0075%以下である。N含有量の下限は特に限定しないが、0.0001%未満に低減すると、脱Nコストが大幅に上昇し、経済的に好ましくないため、実操業上、0.0001%を下限としてもよい。
【0034】
本実施形態に係るホットスタンプ成形体を構成する母材鋼板の化学組成の残部は、Feおよび不純物である。不純物としては、鋼原料もしくはスクラップからおよび/または製鋼過程で不可避的に混入し、本実施形態に係るホットスタンプ成形体の特性を阻害しない範囲で許容される元素が例示される。
【0035】
本実施形態に係るホットスタンプ成形体を構成する母材鋼板のNi含有量は、0.005%未満である。Niは高価な元素であるため、本実施形態では、Niを意図的に含有させてNi含有量を0.005%以上とした場合に比べて、コストを低く抑えることができる。
【0036】
本実施形態に係るホットスタンプ成形体を構成する母材鋼板は、任意元素として、以下の元素を含有してもよい。以下の任意元素を含有しない場合の含有量は0%である。
【0037】
「Nb:0%以上、0.150%以下」
Nbは、固溶強化によりホットスタンプ成形体の強度の向上に寄与する元素であるため、必要に応じて含有させても良い。Nbを含有させる場合、上記効果を確実に発揮させるために、Nb含有量は0.010%以上とすることが好ましい。Nb含有量は、より好ましくは0.035%以上である。一方、0.150%を超えてNbを含有させても上記効果は飽和するので、Nb含有量は0.150%以下とすることが好ましい。Nb含有量は、より好ましくは0.120%以下である。
【0038】
「Ti:0%以上、0.150%以下」
Tiは、固溶強化によりホットスタンプ成形体の強度の向上に寄与する元素であるため、必要に応じて含有させても良い。Tiを含有させる場合、上記効果を確実に発揮させるために、Ti含有量は0.010%以上とすることが好ましい。Ti含有量は、好ましくは0.020%以上である。一方、0.150%を超えて含有させても上記効果は飽和するので、Ti含有量は0.150%以下とすることが好ましい。Ti含有量は、より好ましくは0.120%以下である。
【0039】
「Mo:0%以上、1.000%以下」
Moは、固溶強化によりホットスタンプ成形体の強度の向上に寄与する元素であるため、必要に応じて含有させても良い。Moを含有させる場合、上記効果を確実に発揮させるために、Mo含有量は0.005%以上とすることが好ましい。Mo含有量は、より好ましくは0.010%以上である。一方、1.000%を超えて含有させても上記効果は飽和するため、Mo含有量は1.000%以下とすることが好ましい。Mo含有量は、より好ましくは0.800%以下である。
【0040】
「Cr:0%以上、1.000%以下」
Crは、固溶強化によりホットスタンプ成形体の強度の向上に寄与する元素であるため、必要に応じて含有させても良い。Crを含有させる場合、上記効果を確実に発揮させるために、Cr含有量は0.005%以上とすることが好ましい。Cr含有量は、より好ましくは0.100%以上である。一方、1.000%を超えて含有させても上記効果は飽和するため、Cr含有量は1.000%以下とすることが好ましい。Cr含有量は、より好ましくは0.800%以下である。
【0041】
「B:0%以上、0.0100%以下」
Bは、粒界に偏析して粒界の強度を向上させる元素であるため、必要に応じて含有させても良い。Bを含有させる場合、上記効果を確実に発揮させるために、B含有量は0.0005%以上とすることが好ましい。B含有量は、好ましくは0.0010%以上である。一方、0.0100%を超えて含有させても上記効果は飽和するため、B含有量は0.0100%以下とすることが好ましい。B含有量は、より好ましくは0.0075%以下である。
【0042】
「Ca:0%以上、0.0100%以下」
Caは、溶鋼を脱酸して鋼を健全化する作用を有する元素である。この作用を確実に発揮させるためには、Ca含有量を0.0005%以上とすることが好ましい。一方、0.0100%を超えて含有させても上記効果は飽和するため、Ca含有量は0.0100%以下とすることが好ましい。
【0043】
「REM:0%以上、0.30%以下」
REMは、溶鋼を脱酸して鋼を健全化する作用を有する元素である。この作用を確実に発揮させるためには、REM含有量を0.0005%以上とすることが好ましい。一方、0.30%を超えて含有させても上記効果は飽和するため、REM含有量は0.30%以下とすることが好ましい。
なお、本実施形態においてREMとは、Sc、Yおよびランタノイドからなる合計17元素を指し、REMの含有量とはこれらの元素の合計含有量を指す。
【0044】
上述したホットスタンプ成形体の化学組成は、一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定すればよい。なお、CおよびSは燃焼-赤外線吸収法を用い、Nは不活性ガス融解-熱伝導度法を用いて測定すればよい。表面のめっき層は機械研削により除去してから化学組成の分析を行えばよい。
【0045】
次に、本実施形態に係るホットスタンプ成形体に適用されるホットスタンプ用鋼板を構成する母材鋼板の金属組織およびめっき層について説明する。
【0046】
<ホットスタンプ用鋼板>
「母材鋼板の表面から深さ50μmまでの領域である表層領域の金属組織が、オートテンパを受けていないマルテンサイトおよび下部ベイナイトの1種または2種の結晶粒を面積%で15.0%以上含み、且つ表層領域の平均転位密度が4×1015m/m以上」
母材鋼板の表面から深さ50μmまでの領域である表層領域の金属組織において、オートテンパを受けていないマルテンサイトおよび下部ベイナイトの1種または2種の結晶粒の割合を面積%で15.0%以上とし、且つ表層領域の平均転位密度を4×1015m/m以上とすることにより、ホットスタンプ前の加熱により、めっき層中のNiを鋼板の表層領域に拡散させることができる。表層領域の平均転位密度の上限は、特段制限されず、例えば、5×1017m/m以下であってもよいし、1×1018m/m以下であってもよい。
【0047】
ホットスタンプ前の加熱の平均加熱速度を100℃/s未満とすると、表層領域全体に均一にNiが拡散し、ホットスタンプ成形体を構成する母材鋼板の表層領域の残留オーステナイトを面積%で8.0%以上とすることができる。これにより、ホットスタンプ成形体の曲げ性を向上することができる。
【0048】
上記効果を得るために、表層領域におけるオートテンパを受けていないマルテンサイトおよび下部ベイナイトの1種または2種の結晶粒の割合を面積%で15.0%以上とする。これらの結晶粒の割合は、面積%で、20.0%以上が好ましい。後工程で冷延を施す際の割れの発生を抑制する観点から、これらの結晶粒の割合を面積%で30.0%以上としてもよい。表層領域の金属組織におけるオートテンパを受けていないマルテンサイトおよび下部ベイナイトの1種または2種の結晶粒の割合の上限は、特段制限されず、例えば、面積%で50%以下であってもよいし、90%以下であってもよい。また、表層領域における金属組織は、オートテンパを受けていないマルテンサイトおよび下部ベイナイト以外の残部組織として、フェライト、上部ベイナイト、残留オーステナイト、およびオートテンパを受けたマルテンサイトの1種または2種以上を含んでもよい。
【0049】
母材鋼板中央部の金属組織は特に限定されないが、通常は、フェライト、上部ベイナイト、下部ベイナイト、マルテンサイト、残留オーステナイト、鉄炭化物および合金炭化物の1種以上である。ここで、母材鋼板中央部とは、母材鋼板の一方の表面から板厚中央方向に0.2mmの位置から、母材鋼板の他方の表面から板厚中央方向に0.2mmの位置までの部分を言う。
【0050】
「オートテンパを受けていないマルテンサイトおよび下部ベイナイトの結晶粒の面積分率の測定」
本実施形態に係るホットスタンプ成形体に適用されるホットスタンプ用鋼板を構成する母材鋼板の表層領域における、オートテンパを受けていないマルテンサイトおよび下部ベイナイトの結晶粒の面積分率の測定方法について説明する。
【0051】
まず、ホットスタンプ用鋼板の端面から50mm以上離れた任意の位置から、表面に垂直な圧延方向断面(板厚断面)が観察できるようにサンプルを切り出す。サンプルの大きさは、測定装置にもよるが、圧延方向に10mm程度観察できる大きさとする。上記圧延方向断面に対応するサンプルの測定面を#600から#1500の炭化珪素ペーパーを使用して研磨した後、当該測定面を粒度1~6μmのダイヤモンドパウダーをアルコール等の希釈液や純水に分散させた液体を使用して鏡面に仕上げる。次に、室温においてアルカリ性溶液を含まないコロイダルシリカを用いて8分間研磨し、サンプルの表層に存在するひずみを除去する。その後、日本電子株式会社製のクロスセクションポリッシャを用いて、アルゴンイオンビームにより測定面をスパッタリングする。この際、測定面に筋状の凹凸が発生することを抑制する目的で、日本電子株式会社製の試料回転ホルダを用いて、360度方向から測定面にアルゴンイオンビームを照射する。
【0052】
測定面の圧延方向の任意の位置において、長さ50μm、めっき層と母材鋼板表面との界面から深さ50μmまでの領域を、0.1μmの測定間隔で電子後方散乱回折法により測定して結晶方位情報を得る。測定には、サーマル電界放射型走査電子顕微鏡(JEOL製JSM-7001F)とEBSD検出器(TSL製DVC5型検出器)とで構成された装置を用いる。この際、装置内の真空度は9.6×10-5Pa以下、加速電圧は15kV、照射電流レベルは13、電子線の照射時間は0.5秒/点とする。得られた結晶方位情報をEBSD解析装置に付属のソフトウェア「OIM Analysis(登録商標)」に搭載された「Grain Average Image Quality」機能を用いて解析する。この機能では、結晶方位情報の鮮明度をIQ値として数値化することができ、オートテンパを受けていない組織を判別することが可能である。オートテンパを受けていないマルテンサイトおよび下部ベイナイトは、結晶性が悪いためIQ値が小さい。「Grain Average Image Quality」機能でIQ値が60000以下と算出される領域がオートテンパを受けていないマルテンサイトまたは下部ベイナイトであると定義し、その面積分率を算出する。上述の方法により、表層領域におけるオートテンパを受けていないマルテンサイトおよび下部ベイナイトの結晶粒の面積%を得る。
【0053】
「平均転位密度の測定」
次に、表層領域の平均転位密度の測定方法について説明する。平均転位密度は、X線回折法あるいは透過型電子顕微鏡観察によって測定することができるが、本実施形態ではX線回折法を用いて測定する。
【0054】
まず、母材鋼板の端面から50mm以上離れた任意の位置から、サンプルを切り出す。サンプルの大きさは、測定装置にもよるが、20mm角程度の大きさとする。蒸留水48%、過酸化水素水48%、フッ化水素酸4%の混合溶液を用いて、サンプルの表面と裏面とをそれぞれ25μmずつ減厚し、合計で50μm減厚する。これにより、減厚前のサンプル表面から25μmの領域が露出する。この露出した表面についてX線回折測定を行い、体心立方格子の複数の回折ピークを特定する。これらの回折ピークの半値幅から平均転位密度を解析することで、表層領域の平均転位密度を得る。解析法については、非特許文献1に記載のmodified Williamson-Hall法を使用する。
【0055】
「片面当たりの付着量が10g/m以上、90g/m以下であり、Ni含有量が10質量%以上、25質量%以下であり、残部がZnおよび不純物からなるめっき層」
本実施形態に係るホットスタンプ成形体に適用されるホットスタンプ用鋼板は、ホットスタンプ用鋼板を構成する母材鋼板の表面に、片面当たりの付着量が10g/m以上、90g/m以下であり、Ni含有量が10質量%以上、25質量%以下であり、残部がZnおよび不純物からなるめっき層を有する。これにより、ホットスタンプ前の加熱時に表層領域にNiを拡散させることができる。
【0056】
めっき層の片面当たりの付着量が10g/m未満、またはめっき層中のNi含有量が10質量%未満であると、母材鋼板の表層領域に濃化するNi量が少なくなり、ホットスタンプ後の表層領域において所望の金属組織を得ることができない。一方、片面当たりの付着量が90g/mを超える場合、またはめっき層中のNi含有量が25質量%を超える場合、めっき層と母材鋼板との界面においてNiが過剰に濃化し、めっき層と母材鋼板との密着性が低下し、めっき層中のNiが母材鋼板の表層領域に拡散し難くなり、ホットスタンプ後のホットスタンプ成形体において所望の金属組織を得ることができない。
めっき層の片面当たりの付着量は、好ましくは、30g/m以上であり、より好ましくは、40g/m以上である。また、めっき層の片面当たりの付着量は、好ましくは、80g/m以下であり、より好ましくは、60g/m以下である。
【0057】
ホットスタンプ用鋼板のめっき付着量およびめっき層中のNi含有量は、以下の方法により測定する。
めっき付着量は、JIS H 0401:2013に記載の試験方法に従って、ホットスタンプ用鋼板の任意の位置から試験片を採取して測定する。めっき層中のNi含有量は、ホットスタンプ用鋼板の任意の位置から、JIS K 0150:2005に記載の試験方法に従って、試験片を採取し、めっき層の全厚の1/2位置のNi含有量を測定することで、ホットスタンプ用鋼板におけるめっき層のNi含有量を得る。
【0058】
本実施形態に係るホットスタンプ成形体に適用されるホットスタンプ用鋼板の板厚は特に限定しないが、車体軽量化の観点から、0.5~3.5mmとすることが好ましい。
【0059】
次に、本実施形態に係るホットスタンプ成形体について説明する。
【0060】
<ホットスタンプ成形体>
「母材鋼板の表面から深さ50μmまでの領域である表層領域の金属組織が、面積%で、80.0%以上のマルテンサイトおよび8.0%以上の残留オーステナイトを含む」
ホットスタンプ成形体を構成する母材鋼板の表面から深さ50μmまでの領域である表層領域の金属組織が、面積%で、80.0%以上のマルテンサイトおよび8.0%以上の残留オーステナイトを含むことで、優れた強度と曲げ性とを得ることができる。なお、表層領域におけるマルテンサイトおよび残留オーステナイト以外の残部組織としては、フェライト、上部ベイナイトおよび下部ベイナイトの1種以上を含んでもよい。
【0061】
表層領域の金属組織において、マルテンサイトの割合が面積%で80.0%未満である場合、ホットスタンプ成形体において所望の強度を得ることができず、自動車用部材等に適用することができない。マルテンサイトの割合は、面積%で85.0%以上が好ましい。マルテンサイトの割合は、面積%で、92.0%以下としてもよい。
【0062】
また、残留オーステナイトの割合が面積%で8.0%未満であると、ホットスタンプ成形体の曲げ性が劣化する。残留オーステナイトの割合は、面積%で10.0%以上が好ましい。上限は特に限定する必要は無いが、より高い降伏強度を得ようとする場合には、残留オーステナイトの割合は面積%で15.0%以下としてもよい。
【0063】
次に、表層領域の金属組織の測定方法について説明する。
まず、ホットスタンプ成形体の端面から50mm以上離れた任意の位置から表面に垂直な圧延方向断面(板厚断面)が観察できるようにサンプルを切り出す。サンプルの大きさは、測定装置にもよるが、圧延方向に10mm程度観察できる大きさとする。このような方法で採取したサンプルを用いて、残留オーステナイトおよびマルテンサイトの面積分率を測定する。
【0064】
「残留オーステナイトの面積分率の測定」
上記圧延方向断面に対応するサンプルの測定面を#600から#1500の炭化珪素ペーパーを使用して研磨した後、当該測定面を粒度1~6μmのダイヤモンドパウダーをアルコール等の希釈液や純水に分散させた液体を使用して鏡面に仕上げる。次に、室温においてアルカリ性溶液を含まないコロイダルシリカを用いて8分間研磨し、サンプルの表層に存在するひずみを除去する。サンプルの測定面の圧延方向の任意の位置において、長さ50μm、母材鋼板の表面から深さ50μmまでの領域を、0.1μmの測定間隔で電子後方散乱回折法により測定して結晶方位情報を得る。測定には、サーマル電界放射型走査電子顕微鏡(JEOL製JSM-7001F)とEBSD検出器(TSL製DVC5型検出器)とで構成された装置を用いる。この際、装置内の真空度は9.6×10-5Pa以下、加速電圧は15kV、照射電流レベルは13、電子線の照射時間は0.01秒/点とする。得られた結晶方位情報をEBSD解析装置に付属のソフトウェア「OIM Analysis(登録商標)」に搭載された「Phase Map」機能を用いて、残留オーステナイトの面積分率を算出することで、表層領域における残留オーステナイトの面積分率を得る。なお、結晶構造がfcc構造であるものを残留オーステナイトと判断する。
【0065】
「マルテンサイトの面積分率の測定」
上記サンプル(残留オーステナイトの面積分率の測定に使用したものとは別のサンプル)の測定面を#600から#1500の炭化珪素ペーパーを使用して研磨した後、当該測定面を粒度1~6μmのダイヤモンドパウダーをアルコール等の希釈液や純水に分散させた液体を使用して鏡面に仕上げ、ナイタールエッチングを施す。次いで、観察面における母材鋼板表面側の端部から50μm以内の領域を観察視野として、サーマル電界放射型走査電子顕微鏡(JEOL製JSM-7001F)を用いて観察する。マルテンサイトの面積分率は、焼戻しマルテンサイトおよびフレッシュマルテンサイトの面積分率の合計で求めることができる。焼戻しマルテンサイトはラス状の結晶粒の集合であり、内部に鉄炭化物の伸長方向が二つ以上である組織として区別する。フレッシュマルテンサイトはナイタールエッチングでは充分にエッチングされないため、エッチングされる他の組織とは区別が可能である。ただし、残留オーステナイトもフレッシュマルテンサイト同様に充分にエッチングされないため、ナイタールエッチングでエッチングされない組織の面積分率と上述で算出した残留オーステナイトの面積分率との差分でフレッシュマルテンサイトの面積%を求める。以上の方法で得た焼戻しマルテンサイトおよびフレッシュマルテンサイトの合計の面積%を算出することで、表層領域におけるマルテンサイトの面積分率を得る。
【0066】
「表層領域におけるNi濃度が8質量%以上」
ホットスタンプ成形体を構成する母材鋼板の表層領域のNi濃度は、8質量%である。表層領域のNi濃度を8質量%以上とすることで、表層領域における残留オーステナイトが安定化し、ホットスタンプ成形体の残留オーステナイト量を増加することができる。その結果、ホットスタンプ成形体の曲げ性を向上することができる。表層領域におけるNi濃度は、好ましくは、10質量%以上であり、より好ましくは、12質量%以上である。また、表層領域におけるNi濃度の上限は特段制限されないが、Ni濃度は、例えば、15質量%以下であってもよく、20質量%以下であってもよい。
【0067】
「表層領域のNi濃度の測定方法」
表層領域におけるNi濃度の測定方法について説明する。
まず、ホットスタンプ成形体の端面から50mm以上離れた任意の位置からサンプルを切り出す。サンプルの大きさは、測定装置にもよるが、20mm角程度の大きさとする。Ni濃度の測定はグロー放電発光分析法で、サンプルの表面10点において、母材鋼板表面から板厚方向の深さ方向に分析を行い、母材鋼板表面から板厚方向に25μm深さの位置のNi濃度を求め、10点の平均値を算出する。得られた平均値を表層領域のNi濃度と定義する。
【0068】
「片面当たりの付着量が10g/m以上、90g/m以下であり、Ni含有量が10質量%以上、25質量%以下であり、残部がZnおよび不純物からなるめっき層」
本実施形態に係るホットスタンプ成形体は、ホットスタンプ成形体を構成する母材鋼板の表面に、片面当たりの付着量が10g/m以上、90g/m以下であり、Ni含有量が10質量%以上、25質量%以下であり、残部がZnおよび不純物からなるめっき層を有する。
【0069】
片面当たりの付着量が10g/m未満、またはめっき層中のNi含有量が10質量%未満であると、母材鋼板の表層領域に濃化するNi量が少なくなり、ホットスタンプ後の表層領域において所望の金属組織を得ることができない。一方、片面当たりの付着量が90g/mを超える場合、またはめっき層中のNi含有量が25質量%を超える場合、めっき層と母材鋼板との界面においてNiが過剰に濃化し、めっき層と母材鋼板との密着性が低下し、めっき層中のNiが母材鋼板の表層領域に拡散し難くなり、ホットスタンプ成形体において所望の金属組織を得ることができない。
めっき層の片面当たりの付着量は、好ましくは、30g/m以上であり、より好ましくは、40g/m以上である。また、めっき層の片面当たりの付着量は、好ましくは、80g/m以下であり、より好ましくは、60g/m以下である。
【0070】
ホットスタンプ成形体のめっき付着量およびめっき層中のNi含有量は、以下の方法により測定する。
めっき付着量は、JIS H 0401:2013に記載の試験方法に従って、ホットスタンプ成形体の任意の位置から試験片を採取して測定する。めっき層中のNi含有量は、ホットスタンプ成形体の任意の位置から、JIS K 0150:2005に記載の試験方法に従って、試験片を採取し、めっき層の全厚の1/2位置のNi含有量を測定することで、ホットスタンプ成形体におけるめっき層のNi含有量を得る。
【0071】
次に、本実施形態に係るホットスタンプ成形体に適用されるホットスタンプ用鋼板の好ましい製造方法について説明する。
【0072】
<ホットスタンプ用鋼板の製造方法>
熱間圧延に供する鋼片(鋼材)は、常法で製造した鋼片であればよく、例えば、連続鋳造スラブ、薄スラブキャスターなどの一般的な方法で製造した鋼片であればよい。粗圧延も一般的な方法で行えばよく、特に限定しない。
【0073】
「仕上げ圧延」
仕上げ圧延の最終圧下(最終パス)では、A点以上の温度域で20%未満の圧下率で仕上げ圧延を行う必要がある。仕上げ圧延の最終圧下において、A点未満の温度で圧延したり、圧下率が20%以上であったりすると、表層領域においてフェライトが生成し、オートテンパを受けていないマルテンサイトおよび下部ベイナイトの1種または2種の結晶粒の割合を面積%で15.0%以上とすることができない。なお、A点は下記式(1)により表される。
【0074】
点=850+10×(C+N)×Mn+350×Nb+250×Ti+40×B+10×Cr+100×Mo・・・(1)
上記式(1)中、C、N、Mn、Nb、Ti、B、CrおよびMoは、それぞれの元素の含有量(質量%)である。
【0075】
「冷却」
仕上げ圧延終了後は5秒以内に平均冷却速度が80℃/s以上である冷却を開始し、500℃未満の温度域まで冷却して巻き取る。また、巻き取った後も室温になるまで水冷を続ける。冷却開始時間が5秒を超える場合、平均冷却速度が80℃/s未満の場合、または巻取り開始温度が500℃超の場合、フェライト、パーライト、上部ベイナイトが生成しやすくなり、表層領域において、オートテンパを受けていないマルテンサイトおよび下部ベイナイトの1種または2種の結晶粒の割合を面積%で15.0%以上とすることができない。この時の平均冷却速度は、鋼板の表面の温度変化から算出するものであり、仕上げ圧延温度から巻取り開始温度に到達するまでの平均冷却速度を示す。
【0076】
「めっき付与」
上記熱延鋼板をそのまま、もしくは冷間圧延を施した後、片面当たりの付着量が10g/m以上、90g/m以下であり、Ni含有量が10質量%以上、25質量%以下であり、残部がZnおよび不純物からなる含むめっき層を形成させて、ホットスタンプ用鋼板を得る。めっき付与の前に冷間圧延を行う場合、冷間圧延における圧下率は特に限定しないが、鋼板の形状安定性の観点から、40~60%とすることが好ましい。ホットスタンプ用鋼板の製造においては、めっき付与の前に、その他、酸洗、調質圧延等、公知の製法を含んでもよい。ただし、Ms点-15℃以上の温度で焼戻しを施すと、表層領域において、オートテンパを受けていないマルテンサイトおよび下部ベイナイトの1種または2種の結晶粒の割合を面積%で15.0%以上とすることができず、また平均転位密度を4×1015m/m以上とすることができず、結果として所望の金属組織を有するホットスタンプ成形体を得ることができない。そのため、C含有量が高い等の理由によりめっき付与の前に焼戻しを施すことが必要な場合は、Ms点-15℃未満の温度で焼戻しを施す。なお、Ms点は下記式(2)により表される。
【0077】
Ms=493-300×C-33.3×Mn-11.1×Si-22.2×Cr-16.7×Ni-11.1×Mo・・・(2)
上記式(2)中、C、Mn、Si、Cr、NiおよびMoは、それぞれの元素の含有量(質量%)である。
【0078】
次に、上述の方法により製造したホットスタンプ用鋼板を用いた、本実施形態に係るホットスタンプ成形体の製造方法について説明する。
【0079】
<ホットスタンプ成形体の製造方法>
ホットスタンプ成形体は、上述して得られたホットスタンプ用鋼板を、500℃以上、A点以下の温度域を100℃/s未満の平均加熱速度で加熱した後、A点以上、A点+150℃以下の温度で保持し、加熱開始から成形開始までの経過時間が所定の時間内になるようにホットスタンプし、室温まで冷却することにより製造する。
また、ホットスタンプ成形体の強度を調整するために、ホットスタンプ成形体の一部の領域または全ての領域をMs点-15℃未満の温度で焼戻すことで、軟化領域を形成してもよい。
【0080】
500℃以上、A点以下の温度域を100℃/s未満の平均加熱速度で加熱し、且つ加熱開始から成形開始までの経過時間を240~480秒とすることで、表層領域において所望の金属組織を得ることができる。これにより、ホットスタンプ成形体の曲げ性を向上することができる。平均加熱速度は、好ましくは80℃/s未満である。平均加熱速度の下限は特に限定しないが、実操業において、0.01℃/s未満とすることは製造コストの増加を引き起こす。そのため、平均加熱速度は、0.01℃/s以上としてもよい。加熱開始から成形開始までの経過時間は、280秒以上、また320秒以下とすることが好ましい。
【0081】
ホットスタンプ時の保持温度は、A点+10℃以上とすることが好ましい。また、ホットスタンプ時の保持温度は、A点+150℃以下とすることが好ましい。また、ホットスタンプ後の平均冷却速度は10℃/s以上とすることが好ましい。
【実施例
【0082】
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性および効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0083】
表1および2に示す化学組成の溶鋼を鋳造して製造した鋼片に、表3および4に示す条件で熱間圧延、冷間圧延、めっきを施して、表3および4に示すホットスタンプ用鋼板を得た。得られたホットスタンプ用鋼板に、表5および6に示す熱処理を施して、ホットスタンプを行うことで、表5および6に示すホットスタンプ成形体を得た。部分軟化領域は、ホットスタンプ成形体の一部分をレーザー照射して、当該照射部分をMs-15℃未満にして焼戻すことで形成した。
なお、表中の下線は、本発明の範囲外であること、好ましい製造条件を外れることまたは特性値が好ましくないことを示す。
【0084】
【表1】
【0085】
【表2】
【0086】
【表3】
【0087】
【表4】
【0088】
【表5】
【0089】
【表6】
【0090】
ホットスタンプ用鋼板およびホットスタンプ成形体の金属組織、平均転位密度およびNi濃度(含有量)の測定は、上述の測定方法により行った。また、ホットスタンプ成形体の機械特性は、以下の方法により評価した。
【0091】
「引張強度」
ホットスタンプ成形体の引張強度は、ホットスタンプ成形体の任意の位置からJIS Z 2201:2011に記載の5号試験片を作製し、JIS Z 2241:2011に記載の試験方法に従って求めた。なお、引張強度が1500MPa未満であった場合は不合格と判定し、後述する試験を行わなかった。
【0092】
「曲げ性」
ホットスタンプ成形体の曲げ性は、ドイツ自動車工業会で規定されたVDA基準(VDA238-100)に基づいて、以下の方法により評価した。本実施例では、曲げ試験で得られる最大荷重時の変位をVDA基準で角度に変換し、最大曲げ角度(°)を求めた。
試験片寸法:60mm(圧延方向)×60mm(板幅方向に平行な方向)、または、30mm(圧延方向)×60mm(板幅方向に平行な方向)
試験片板厚:1.0mm(表裏面を同量ずつ研削)
曲げ稜線:板幅方向に平行な方向
試験方法:ロール支持、ポンチ押し込み
ロール径:φ30mm
ポンチ形状:先端R=0.4mm
ロール間距離:2.0×板厚(mm)+0.5mm
押し込み速度:20mm/min
試験機:SHIMADZU AUTOGRAPH 20kN
【0093】
上述の方法により得られた最大曲げ角度が50°以上である場合を、曲げ性に優れるとして合格と判定し、50°未満である場合を不合格と判定した。
【0094】
表5および6において、引張強度が1500MPa以上であり、かつ、曲げ性が合格(50°以上)の場合を、強度および曲げ性に優れるとして、発明鋼と判断した。上記2つの性能のうち、何れか一つでも満足しない場合は、比較鋼と判断した。
【0095】
表5および6を見ると、化学組成、めっき組成および金属組織が本発明の範囲内であるホットスタンプ成形体は、優れた強度および曲げ性を有することが分かる。
一方、化学組成および金属組織のうちいずれか1つ以上が本発明を外れるホットスタンプ成形体は、強度および曲げ性のうち1つ以上が劣ることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0096】
本発明によれば、強度および曲げ性に優れたホットスタンプ成形体を提供することができる。