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特許7188746化学研磨処理組成物及び金属材料の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-05
(45)【発行日】2022-12-13
(54)【発明の名称】化学研磨処理組成物及び金属材料の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23F 3/06 20060101AFI20221206BHJP
【FI】
C23F3/06
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2018227709
(22)【出願日】2018-12-04
(65)【公開番号】P2020090698
(43)【公開日】2020-06-11
【審査請求日】2021-10-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000232656
【氏名又は名称】日本表面化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】香取 光臣
(72)【発明者】
【氏名】篠崎 和幸
(72)【発明者】
【氏名】長沢 壮平
【審査官】▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】特公昭31-002817(JP,B1)
【文献】特開昭56-029673(JP,A)
【文献】特開2011-038179(JP,A)
【文献】特開平02-225683(JP,A)
【文献】数種のオーステナイト系耐熱合金の高温機械的性質について,日立評論 別冊第24号 金属特集号(第3集),日本,1958年,p.3-6
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23F 1/00-4/04
C23G 1/00-5/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学研磨処理組成物であって、
(1)塩酸
(2)リン酸
(3)過酸化水素、及び、
(4)多糖類増粘剤
を含有する化学研磨処理組成物であって、
金属材料の表面粗化処理に使用するための組成物である、化学研磨処理組成物
【請求項2】
求項1の化学研磨処理組成物であって、
前記金属材料がステンレス合金である、該化学研磨処理組成物。
【請求項3】
請求項1又は2の化学研磨処理組成物であって、前記多糖類増粘剤が、キサンタンガム、カラギナン、グアーガム、ペクチン、CMC(カルボキシメチルセルロース)、及びタマリンドガムから選択される1種以上である、該化学研磨処理組成物。
【請求項4】
請求項1~3いずれか1項に記載の化学研磨処理組成物であって、ペースト状である、該化学研磨処理組成物。
【請求項5】
金属材料の製造方法であって、前記金属材料に請求項1~4いずれか1項に記載の化学研磨処理組成物を塗布した粗化する工程を含む、該方法。
【請求項6】
請求項5の方法であって、
前記金属材料が、光沢度が80以上である領域を表面に含み、
前記塗布する工程が、前記領域の少なくとも一部に塗布することを含む、
当該方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、化学研磨処理組成物、及びこれを用いた金属材料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス合金は、鉄にクロムやニッケルなどの金属を混ぜ、合金化することで
強い耐食性を実現している金属である。ステンレス合金は空気中の酸素と反応する事で表面に強固な酸化膜を形成しており、この酸化膜の存在により、ステンレスは腐食環境下においても高い耐食性を実現することができる。
【0003】
ステンレス合金は高い耐食性と変質しにくい特性から、水周りや飲食関係、医療・衛生関係等で広く使用されている。これらの用途においてはステンレスの表面を何らかの方法で研磨することで、表面を平滑化し、これにより細菌の繁殖を抑制することができる。
【0004】
特に化学研磨や電解研磨による化学的な研磨方法では、ステンレス表面の金属組成が変化し、ステンレス中のクロムやニッケルが表層に多く顕現することで、より一層高い耐食性を実現するものである。
【0005】
一方で、完全に平滑化するのではなく、粗化面を作り出す薬剤を使用し、表面に微細な凹凸を形成してもよい。これにより、メッキや塗装などの更なる後工程処理との密着性を向上させることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開昭55-122872号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したように、ステンレス合金の表面には強固な酸化膜が形成される。従って、ステンレス合金は、化学研磨する際に一般的に使用される酸やアルカリによる浸食に強い。このことが、ステンレス合金の表面加工処理を困難にしているが、ステンレス合金専用の薬剤を使用する事でそれを実現する事が可能である。
【0008】
しかし、上記の技術はステンレス合金をディッピングやスプレーなど一定の大きさのものを処理する事を前提としたものである。ところが、ステンレス合金の使用用途によっては意匠を求める製品や大型製品の一部分のみの処理など局地的な表面処理を求める場合が存在する。
【0009】
従来、その様な要望においては、特許文献1に示すようなショットブラスト等の物理的な処理方法、及び塗布型の薬品を使用する方法が存在した。
【0010】
しかし、物理的な処理では品物の変形の問題や、ごく小さい面積の処理が難しい、求める表面状態が安定して得られない。
【0011】
また既存のステンレス用塗布型薬剤では表面の洗浄や薄い錆びの除去程度しかできず、化学研磨のように表面を改質する事は難しいなどの問題が存在する。
【0012】
こうした問題を鑑み、本開示は、従来のステンレス用塗布型薬剤及びショットブラスト等の物理的な処理方法に代わり、局地的な化学研磨を行なう新たな化学研磨処理組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、鋭意研究した結果、以下の事象を見出した。従来の塗布型薬剤ではステンレス合金の表面を十分に改質する成分が含有されておらず、ステンレス合金表面の酸化膜を除去し、且つ化学研磨をする事が難しい。そこで、本発明者は特定の成分の組み合わせを用いた。これにより、ステンレス合金表面の酸化膜の除去と研磨を同時に実現する事が可能である。
【0014】
これに加えて、本発明者らは、特定の増粘剤を使用することを検討した。その理由として、上記成分だけではステンレス合金を浸漬して処理する事は可能だが、素材表面の特定箇所など一部分を処理する事が難しいからである。
【0015】
こうした問題は、薬剤に粘性を与える増粘剤を併用する事で対応可能である。しかし、従来の塗布型薬剤で使用されているものを含め、一般的な増粘剤では強酸化性薬剤中では増粘剤が分解し粘性を得ることが難しい。
【0016】
本発明者は上記成分に対し、特定の増粘剤を混合する事で薬剤をステンレス表面に塗布できる粘性と、強酸化環境下においても長期間の安定性を実現した。
【0017】
以上の知見に基づいて完成された本発明は、一側面において以下の発明を包含する。
【0018】
(発明1)
化学研磨処理組成物であって、
(1)塩酸
(2)リン酸
(3)過酸化水素、及び、
(4)多糖類増粘剤
を含有する化学研磨処理組成物。
(発明2)
金属材料の化学研磨処理に用いられる発明1の化学研磨処理組成物であって、
前記金属材料がステンレス合金である、該化学研磨処理組成物。
(発明3)
発明1又は2の化学研磨処理組成物であって、前記多糖類増粘剤がペクチン、キサンタンガム、カラギナン、グアーガム、ペクチン、及びCMC(カルボキシメチルセルロース)及びタマリンドガムから選択される1種以上である、該化学研磨処理組成物。
(発明4)
発明1~3いずれか1つに記載の化学研磨処理組成物であって、ペースト状である、該化学研磨処理組成物。
(発明5)
金属材料の製造方法であって、前記金属材料を発明1~4いずれか1つに記載の化学研磨処理組成物を塗布する工程を含む、該方法。
(発明6)
発明5の方法であって、
前記金属材料が、光沢度が80以上である領域を表面に含み、
前記塗布する工程が、前記領域の少なくとも一部に塗布することを含む、
当該方法。
【発明の効果】
【0019】
一側面において、上記発明は、多糖類増粘剤を有する。これにより、局地的な化学研磨を行なうことが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を実施するための具体的な実施形態について説明する。以下の説明は、本発明の理解を促進するためのものである。即ち、本発明の範囲を限定することを意図するものではない。
【0021】
0.定義
本明細書において、粗面化処理は、ステンレス合金を化学研磨し、酸化膜を除去すると共に、金属の表面に微細な凹凸を生み出し、梨の皮の表面のような粗面かつ光沢の低い意匠とを得る処理を意味する。当該処理で得られる「粗面」とは、光沢度計(日本電色工業株式会社製 PG-IIM)による、光沢度(60°)が、20以下であることを意味する。
【0022】
1.化学研磨処理組成物
一実施形態おいて、本開示は、化学研磨処理組成物に関する。前記化学研磨処理組成物は、少なくとも以下の成分を包含することができる:
(1)塩酸
(2)リン酸
(3)過酸化水素、及び
(4)多糖類増粘剤
【0023】
1-1.塩酸
塩酸は加工後の外観に寄与する成分である。塩酸の濃度は特に限定されないが、35%塩酸として50~400g/Lの範囲が好ましく、より好ましくは100~300g/Lである。上記の範囲だと、金属材料の表面の加工状態を制御しやすくなる。
【0024】
1-2.リン酸
リン酸は塩酸と同様、加工後の外観に寄与する成分である。リン酸の濃度は特に限定されないが、75%リン酸として50~400g/Lの範囲が好ましく、より好ましくは100~300g/Lである。上記の範囲だと、金属材料の表面の加工状態を制御しやすくなる。
【0025】
1-3.過酸化水素
過酸化水素は塩酸、リン酸と同様、加工後の外観に寄与する成分である。過酸化水素の濃度は特に限定されないが、35%過酸化水素水を添加したときの濃度に換算して50~300g/Lの範囲が好ましく、より好ましくは100~200g/Lである。上記の範囲だと、金属材料の表面の加工状態を制御しやすくなる。
【0026】
1-4.多糖類増粘剤
多糖類増粘剤は、化学研磨処理組成物に粘性を与え塗布性を寄与する成分である。多糖類増粘剤の濃度は特に限定されないが、1~50g/Lの範囲が好ましく、より好ましくは5~30g/Lである。一方で上記範囲外だと、例えば濃度が低すぎる場合は粘性が不足し塗布性が低下する。濃度が高すぎる場合は粘性が高すぎて化学研磨処理組成物が固まってしまう恐れがある。
【0027】
多糖類増粘剤は、上述した塩酸、リン酸、過酸化水素等の存在下でも安定して存在することができる。多糖類増粘剤の種類としては、例えば、ペクチン、キサンタンガム、カラギナン、グアーガム、ペクチン、CMC(カルボキシメチルセルロース)及びタマリンドガムから選択される1種以上があげられるがこれらに限定されない。好ましくは、キサンタンガムを使用することができる。より具体的には、グルコース2分子、マンノース2分子、グルクロン酸1分子を基礎として高分子化したものを使用することができる。
【0028】
1-5.溶媒
一実施形態において、本開示の化学研磨処理組成物は、溶媒として水を含む。即ち、有機溶媒を用いる必要がない。ただし、溶質の量に対して溶媒の量が多くなりすぎると、加工対象に対して塗布しにくくなってしまう。
【0029】
従って、一実施形態において、本開示の化学研磨処理組成物は、ペースト状である。これにより、金属材料に塗布することが可能となる。
【0030】
上記の化学研磨処理組成物は、局地的に塗布することを可能にする。また、サンドブラスト等の物理的な処理と異なり、上記の化学研磨処理組成物は、製品に変形を生じさせることもない。また、物理的な処理と比べて、上記の化学研磨処理組成物は、安定した表面状態を生み出すこともできる。
【0031】
2.金属材料の製造方法
一実施形態において、本開示は、金属材料の製造方法に関する。より具体的には、本開示は、化学研磨処理組成物を用いた金属材料の製造方法に関する。
【0032】
2-1.研磨の種類
研磨には、化学研磨、物理研磨、電解研磨、化学機械研磨などが挙げられる。一実施形態において、本開示の方法では、化学研磨を行う。より具体的には、金属材料の表面の一部に対して、化学研磨処理組成物を塗布してもよい。
【0033】
2-2.処理対象の金属
本開示の一実施形態において、処理対象の金属の例として、ステンレス合金が含まれる。ステンレス合金はJIS規格で策定されている一般的なオーステナイト系、マルテンサイト系、フェライト系などである。
【0034】
本開示の一実施形態において、処理対象の金属がステンレス合金であり、且つ、光沢度計(日本電色工業株式会社製 PG-IIM)による、光沢度(60℃)が、80以上である(より好ましくは100以上)。例えば、処理対象となる金属製品は、全体的に光沢度が高い製品であってもよい。こうした光沢度の高い金属製品に対して、部分的に印字を行いたいケースがしばしば生じる(なお、本明細書で述べる印字とは、文字を印刷することに限定されず、マーク、模様、バーコード、イラスト等であってもよい)。しかし、直接印字すると、反射光が原因で印字した文字等を読み取ることが困難となる。特にバーコード等を印字する場合には、このような欠陥は致命的である。
【0035】
そこで、化学研磨を行って粗面化することで、印字した文字等が読み取りやすくなる。また、部分的に塗布するだけであるため、製品全体としての光沢性も損なわれないという利点がある。
【0036】
2-3.前処理工程
上述した化学研磨を行う前に、金属材料に対して幾つかの処理を施してもよい。前処理の例としては、界面活性剤、無機酸イオン、水酸化物、及び金属イオンなどを含有する溶液を用いて処理することなどが挙げられる。これにより、金属材料の表面が洗浄され、且つ活性化される。
【0037】
2-4.化学研磨工程
上述したように、化学研磨工程においては、金属材料に、上述した化学研磨処理組成物を塗布することができる。処理時の温度は、特に限定されないが、20~40℃で行なうことが好ましい。また、処理時間も、特に限定されないが、1分~10分で行なうことが望ましい。上記範囲内だと、金属材料の表面の加工状態を制御しやすくなる。一方で、上記温度範囲外だと、素材の表面の過剰な研磨が発生する可能性がある。あるいは、上記温度範囲外だと、反応が進行せず、十分に研磨が行なわれず、これにより不均一な外観となる可能性がある。処理時間が短すぎると、十分に研磨されない可能性がある。処理時間を10分超にしても、素材表面が過剰に研磨され、生産性の低下を招く可能性がある。
【0038】
2-5.後処理工程
上記化学研磨工程を経た後は、更なる表面処理を行ってもよい。表面処理の例としては、耐食性及び外観等の目的から、メッキ処理、化成被膜形成処理、オーバーコート処理、及び塗装処理などが挙げられる。あるいは、粗面化処理した部分に印刷処理を行ってもよい。
【実施例
【0039】
以下、実施例により、上述した実施形態についてさらに詳しく説明する。これらの実施例は、上述した実施形態同様、発明の理解を促進するためのものである。即ち、本発明の範囲を限定することを意図するものではない。
【0040】
3.金属材料の準備及び評価方法
金属材料として、ステンレス合金の試験片(SUS304)を準備した。試験片の光沢度は200以上であった。当該試験片に対し、脱脂などの適当な前処理を施した。その後、化学研磨処理を施した。
【0041】
試験片の評価は、各実施例につき3例実施した。評価内容としては、目視による外観の確認と、光沢度計(日本電色工業株式会社製 PG-IIM)による光沢度の測定を行なった。
【0042】
(1)目視による光沢の評価
目視により、光沢がなく、梨地状の粗面外観は「粗面」、一方、光沢のある場合は「光沢」とした。
【0043】
(2)光沢度の評価
一般的に用いられる光沢度計の60°における数字が大きければ素材に光沢ありとし、光沢度計の示す数字が小さければ素材に光沢なしとした。
【0044】
(実施例1)
適当な前処理を施したステンレス合金板(SUS304、表面積1dm2)に対し、化学研磨処理組成物を刷毛で塗布した。前記組成物の成分は、35%塩酸 300g/L、75%リン酸 300g/L、35%過酸化水素水を200g/L、多糖類増粘剤(キサンタンガム)を10g/Lであった。また、化学研磨処理組成物の温度は25℃に調整した。5分放置後に水洗、乾燥を行ない、外観を評価した。
【0045】
(実施例2)
実施例1のキサンタンガムの代わりに表1に示す化合物を使用して実施例1と同条件で試験を行なった。
【0046】
【表1】
【0047】
(実施例7~18)
実施例7~18については実施例1の化学研磨処理組成物中の各濃度条件を表2に示すように変化させて試験を行った。
【0048】
【表2】
【0049】
(実施例19~20)
実施例19~20については、実施例1の温度の代わりに、温度20℃(実施例19)、40℃(実施例20)で実施した。
【0050】
(実施例21~23)
実施例21~23については、実施例1の処理時間の代わりに、1分(実施例21)、3分(実施例22)、10分(実施例23)で実施した。
【0051】
(比較例1)
適当な前処理を施した市販のステンレス合金板(SUS304、表面積1dm2)に対し、市販のステンレス合金向け塗布型酸洗剤(2E013:製品名、日本表面化学株式会社製、原液使用、成分として硝酸、硫酸、リン酸、増粘剤(ケイ酸ソーダ系)を含む)を温度25℃に調整した処理液を刷毛で塗布、5分放置後に水洗、乾燥を行ない、外観を評価した。
【0052】
(比較例2)
比較例2として、実施例1の化学研磨処理組成物から塩酸を抜いた化学研磨処理組成物を用いた以外は実施例1と同条件で試験を行なった。
【0053】
(比較例3)
比較例3として、実施例1の化学研磨処理組成物からリン酸を抜いた化学研磨処理組成物を用いた以外は実施例1と同条件で試験を行なった。
【0054】
(比較例4)
比較例4として、実施例1の化学研磨処理組成物から35% 過酸化水素水を抜いた化学研磨処理組成物を用いた以外は実施例1と同条件で試験を行なった。
【0055】
(比較例5)
比較例5として、実施例1の化学研磨処理組成物から多糖類増粘剤を抜いた化学研磨処理組成物を用いた以外は実施例1と同条件で試験を行なった。
【0056】
実施例1~18、比較例1~5について、外観及び光沢度を評価した。評価結果を表3に示す。
【0057】
【表3】