(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-05
(45)【発行日】2022-12-13
(54)【発明の名称】セルフシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ
(51)【国際特許分類】
B23K 35/368 20060101AFI20221206BHJP
B23K 35/30 20060101ALI20221206BHJP
【FI】
B23K35/368 C
B23K35/30 320A
B23K35/30 A
(21)【出願番号】P 2018069937
(22)【出願日】2018-03-30
【審査請求日】2020-11-30
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】陳 亮
(72)【発明者】
【氏名】宮田 実
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-301382(JP,A)
【文献】特開2017-196651(JP,A)
【文献】特開2000-126893(JP,A)
【文献】特開昭58-148095(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/368
B23K 35/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製外皮内にフラックスを充填させてなるセルフシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対して、質量%で、
C:0.03~0.60%、
Si:0.01~0.50%、
Mn:0.6~3.0%、
Al:1.5~3.5%、
Mg:0.7~2.5%、
Ni:0.2~1.0%、
S:0.015%以下、
Li:0.05~0.50%、
Zr:0.20%以下、
Ti:0.15%以下、
を含有し、
前記フラックス中に、フラックス全質量あたり、アルカリ金属及びアルカリ土類金属の炭酸塩の1種または2種以上と、アルカリ金属及びアルカリ土類金属のフッ化物の1種または2種以上とが、合計で20~60質量%含有されており、
残部がFe及び不可避的不純物からなり、
かつ、
下記式(1)の関係を満足
し、
単位長さあたりの前記ワイヤの電気抵抗(μΩ/cm)の値と、前記鋼製外皮の断面積(cm
2
)の値との積をYとしたときに、
Yが10~30であるセルフシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
0≦Mn+1.8Ni+8.7Li-Al≦2.0 (1)
【請求項2】
フラックス全質量あたりの前記フラックス中のAlとMgの合計量(質量%)の値をXとし、
単位長さあたりの前記ワイヤの電気抵抗(μΩ/cm)の値と、前記鋼製外皮の断面積(cm
2)の値との積をYとしたときに、
X/Yが1.0~2.0である請求項
1に記載のセルフシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項3】
鋼製外皮内にフラックスを充填させてなるセルフシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対して、質量%で、
C:0.03~0.60%、
Si:0.01~0.50%、
Mn:0.6~3.0%、
Al:1.5~3.5%、
Mg:0.7~2.5%、
Ni:0.2~1.0%、
S:0.015%以下、
Li:0.05~0.50%、
Zr:0.20%以下、
Ti:0.15%以下、
を含有し、
前記フラックス中に、フラックス全質量あたり、アルカリ金属及びアルカリ土類金属の炭酸塩の1種または2種以上と、アルカリ金属及びアルカリ土類金属のフッ化物の1種または2種以上とが、合計で20~60質量%含有されており、
残部がFe及び不可避的不純物からなり、
かつ、
下記式(1)の関係を満足し、
フラックス全質量あたりの前記フラックス中のAlとMgの合計量(質量%)の値をXとし、
単位長さあたりの前記ワイヤの電気抵抗(μΩ/cm)の値と、前記鋼製外皮の断面積(cm
2
)の値との積をYとしたときに、
X/Yが1.0~2.0であるセルフシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
0≦Mn+1.8Ni+8.7Li-Al≦2.0 (1)
【請求項4】
ワイヤ全質量に対して、質量%で、
Ca:1.0~5.0%、
F:1.0~5.0%、及び
O:0.5~3.0%
からなる群から選択される少なくとも1つを含有する請求項1
~3のいずれか1項に記載のセルフシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項5】
フラックス全質量あたりの前記フラックス中のAlとMgの合計量(質量%)の値をXとしたときに、
Xが15~30である請求項1
~4のいずれか1項に記載のセルフシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルフシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
土木工事の鋼管杭などの溶接は、屋外の工事現場で施工するので、耐風性および作業効率の面から、セルフシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを適用することが多い。健全な溶接継手を得るために、良好な溶接ビード形状や外観、気孔などの溶接欠陥のないことはもちろん、ある程度の靱性や良好な曲げ性能が求められる。セルフシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを適用する場合、気孔の発生を防ぐために、ワイヤにAlを大量に添加して、気孔の発生源である窒素を固定するのが必須である。しかし、Alは溶接金属に多く歩留まると、溶接金属のミクロ組織は粗大なフェライトが形成され、溶接金属の靱性および曲げ性能を損なう恐れがある。
【0003】
そこで、優れた溶接作業性を有すると共に、高靱性の溶接金属を得ることができ、しかも、製造コストが低いセルフシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤが提案されている(特許文献1参照)。特許文献1に記載の溶接ワイヤは、ワイヤ全質量に対して、Al:1.5~9%、Mg-Fe系複合酸化物:2.0~15%、Mnおよび/又はNiを合計で0.1~5%、Mg:0.1~4%、Li-Fe系複合酸化物:0.01~10%、金属フッ化物:0.01~5%、炭酸化合物:0.01~5%を含有する。
【0004】
また、溶接作業性および耐気孔性に優れ、かつ、靱性の高い溶接金属を得ることができるセルフシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤが提案されている(特許文献2参照)。特許文献2に記載の溶接ワイヤは、ワイヤ全重量に対する重量%で、C:0.01~0.30%、Si:0.01~0.20%、Mn:0.1~3.0%、Cu:0.05~2.0%、Ni:0.1~3.0%、Al:1.5~4.0%、Mg:0.5~2.0%、Ca、Sr、Baの1種以上:3.0~7.0%、Li:0.05~0.30%、F:0.5~3.0%を含有する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第4881512号公報
【文献】特許第4593699号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、前述した特許文献1及び2に記載のセルフシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤでは、耐気孔性と靱性・曲げ性能との両立には不十分である。即ち、優れた溶接作業性・耐気孔性と良好な溶接金属の靱性・曲げ性能を兼ね備えるようなものではなかった。何れのワイヤも耐気孔性に良い影響を及ぼすAlなどの元素の含有量と、溶接金属の靱性・曲げ性能に良い影響を及ぼすMnやNiなどの元素の含有量とのバランスは適正ではなかった。
【0007】
そこで、本発明は、優れた溶接作業性・耐気孔性と良好な溶接金属の靱性・曲げ性能を兼ね備えたセルフシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち、本発明の一態様に係るセルフシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、鋼製外皮内にフラックスを充填させてなるセルフシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対して、質量%で、C:0.03~0.60%、Si:0.01~0.50%、Mn:0.6~3.0%、Al:1.5~3.5%、Mg:0.7~2.5%、Ni:0.2~1.0%、S:0.015%以下、Li:0.05~0.50%、Zr:0.20%以下、Ti:0.15%以下、及びアルカリ金属およびアルカリ土類金属を含有し、かつ、下記式(1)の関係を満足する。
0≦Mn+1.8Ni+8.7Li-Al≦2.0 (1)
【0009】
本発明の一態様において、上記セルフシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、ワイヤ全質量に対して、質量%で、Ca:1.0~5.0%、F:1.0~5.0%、及びO:0.5~ 3.0%からなる群から選択される少なくとも1つを含有してもよい。
【0010】
本発明の一態様において、上記セルフシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、前記フラックス中に、アルカリ金属及びアルカリ土類金属の炭酸塩と、アルカリ金属及びアルカリ土類金属のフッ化物とが、合計で20~60質量%含有されていてもよい。
【0011】
本発明の一態様において、上記セルフシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、前記フラックス中のAlとMgの合計量(質量%)の値をXとしたときに、Xが15~30であってもよい。
【0012】
本発明の一態様において、上記セルフシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、単位長さあたりの前記ワイヤの電気抵抗(μΩ/cm)の値と、前記鋼製外皮の断面積(cm2)の値との積をYとしたときに、Yが10~30であってもよい。
【0013】
本発明の一態様において、上記セルフシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、前記フラックス中のAlとMgの合計量(質量%)の値をXとし、単位長さあたりの前記ワイヤの電気抵抗(μΩ/cm)の値と、前記鋼製外皮の断面積(cm2)の値との積をYとしたときに、X/Yが1.0~2.0であってもよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明のセルフシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤによれば、優れた溶接作業性および耐気孔性を有すると共に、良好な靱性や曲げ性能を有する溶接金属を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態を詳細に説明する。
本実施形態のセルフシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ(以下、本実施形態のワイヤともいう)は、鋼製外皮内にフラックスを充填させてなるセルフシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対して、質量%で、C:0.03~0.60%、Si:0.01~0.50%、Mn:0.6~3.0%、Al:1.5~3.5%、Mg:0.7~2.5%、Ni:0.2~1.0%、S:0.015%以下、Li:0.05~0.50%、Zr:0.20%以下、Ti:0.15%以下、及びアルカリ金属およびアルカリ土類金属を含有し、かつ、下記式(1)の関係を満足する。
0≦Mn+1.8Ni+8.7Li-Al≦2.0 (1)
【0016】
以下において、本実施形態のセルフシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおける各成分量の数値限定の理由について説明する。なお、ワイヤ組成の残部は、Fe及び不可避的不純物である。また、以下における各成分量は、特に断りの無い限り、ワイヤ全質量あたりの含有量である。ここで、ワイヤ全質量とは、外皮の全質量とフラックスの全質量の総和である。また、本明細書において、質量を基準とする百分率(質量%)は、重量を基準とする百分率(重量%)と同義である。
【0017】
<C:0.03~0.60質量%>
Cの添加目的は、(1)溶接金属の強度を確保すること、(2)溶接金属に適正な焼入れ性を持たせて、粗大なフェライトの形成を抑制することなどである。ただし、C含有量が、ワイヤ全質量あたり0.03質量%未満の場合、これらの目的は十分に達成できない。そのため、本実施形態のワイヤでは、C含有量を0.03質量%以上とし、好ましくは0.10質量%以上とする。一方、C含有量が、ワイヤ全質量あたり0.60質量%を超えると、溶接金属中に歩留まるC量が多くなり過ぎて、硬い組織が形成され、靱性および曲げ性能が劣化する。そのため、本実施形態のワイヤでは、C含有量を0.60質量%以下とし、好ましくは0.50質量%以下とする。
【0018】
<Si:0.01~0.50質量%>
Siを多量に添加すると、溶接金属は硬化して、靱性が劣化する。したがって、本実施形態のワイヤでは、Si含有量を0.50質量%以下とし、好ましくは0.40質量%以下とする。一方、Si含有量が少なすぎるとビードのなじみが劣化するため、本実施形態のワイヤでは、Si含有量を0.01質量%以上とし、好ましくは0.10質量%以上とする。ここで、Siはワイヤ中に含まれるSi元素の合計量を意味し、Si単体、合金中のSi、及び酸化物Siに含まれるSiの合計である。
【0019】
<Mn:0.6~3.0質量%>
Mnは、溶接金属の靱性および曲げ性能の確保の目的で添加される。Mnはオーステナイト安定化元素であり、フェライト組織の粗大化を抑制する効果がある。しかしながら、Mn含有量がワイヤ全質量あたり0.6質量%未満の場合、フェライトの粗大化を抑制する効果が過小である。そのため、本実施形態のワイヤでは、Mn含有量を0.6質量%以上とし、好ましくは0.9質量%以上とする。一方、3.0質量%を超えると、溶接金属の強度が高くなりすぎ、靱性の劣化を起こすおそれがある。そのため、本実施形態のワイヤでは、Mn含有量を3.0質量%以下とし、好ましくは2.5質量%以下とする。ここで、Mnはワイヤ中に含まれるMn元素の合計量を意味している。
【0020】
<Ni:0.2~1.0質量%>
Niは、Mnと同様にオーステナイト安定化元素であり、フェライト組織の粗大化を抑制する効果がある。しかしながら、Ni含有量がワイヤ全質量あたり0.2質量%未満の場合、フェライトの粗大化を抑制する効果が過小で、溶接金属の靱性および曲げ性能が不十分となる。そのため、本実施形態のワイヤでは、Ni含有量を0.2質量%以上とし、好ましくは0.3質量%以上とする。一方、Niは高価であり、Ni含有量が1.0質量%を超えると、ワイヤのコストが必要以上に上昇する。また、溶接金属の強度が高くなりすぎ、靱性の劣化を起こすおそれがある。そのため、本実施形態のワイヤでは、Ni含有量を1.0質量%以下とし、好ましくは0.7質量%以下とする。ここで、Niはワイヤ中に含まれるNi元素の合計量を意味している。
【0021】
<S:0.015質量%以下>
Sは溶接金属の靱性および曲げ性能に対して有害な元素である。したがって、本実施形態のワイヤでは、S含有量を0.015質量%以下とし、好ましくは0.012質量%以下とする。
【0022】
<Li:0.05~0.50質量%>
Liは溶接金属に歩留まるAlおよびNを同時に低減できる元素である。そのメカニズムとしては、LiはAlおよびNと化学反応して、Li3AlNを形成してスラグとなり、溶接金属へのAlおよびNの歩留まりを低減させると考えられる。そして、溶接金属に含まれるAlおよびN量が少なくなると、靱性および曲げ性能が向上する。したがって、Liの添加は、溶接金属の靱性および曲げ性能の向上に顕著な効果がある。溶接金属の靱性および曲げ性能の向上の十分な効果を得るため、本実施形態のワイヤでは、Li含有量を0.05質量%以上とし、好ましくは0.10質量%以上とする。一方、Liの添加により靱性は向上するが、Li系化合物は電子放出しやすく、アークが偏向し、アーク不安定を起こしやすくなる。そのため、本実施形態のワイヤでは、Li含有量を0.50質量%以下とし、好ましくは0.30質量%以下とする。なお、Liの添加形態としては、Al-Li系合金、Li-Fe系複合酸化物、Liのフッ化物、Liの炭酸化合物等の、含有されうる全てのLi系合金およびLi系化合物を対象とする。
【0023】
<Al:1.5~3.5質量%>
Alは強脱酸元素であると共に、窒素による気孔の発生を防ぐために不可欠な元素である。ここで、耐気孔性を向上させる手法としては、(1)大気から溶接金属に侵入した窒素を窒化物として固定して、気孔の発生を防止する手法、及び(2)ワイヤ成分を高温で蒸気化し、或いは、気体に分解して、その蒸気または気体でワイヤ先端の溶けている溶滴をシールドすることで、気孔の発生を防止する手法が挙げられる。一般的に、上記(1)の手法は溶接作業性に対しては大きく影響しないが、靱性および曲げ性能を劣化させる。一方、上記(2)の手法は靱性および曲げ性能に対しては大きく影響しないが、溶接作業性を劣化させる。そして、Alによる耐気孔性の向上は、上記(1)の手法に該当する。
本実施形態においては、溶接作業性、耐気孔性、靱性および曲げ性能のバランスを考慮し、上記(1)及び(2)の手法を併用して、Al含有量を最適な範囲に調整している。すなわち、Al含有量が1.5質量%未満の場合、脱酸および窒素固定効果が不十分であり、気孔が発生することがある。そのため、本実施形態のワイヤでは、Al含有量を1.5質量%以上とし、好ましくは1.7質量%以上とする。一方、Al含有量が3.5質量%を超えると、溶接金属中に固溶されるAl量が過多となり、粗大なフェライト組織が形成され、靱性および曲げ性能が劣化する。そのため、本実施形態のワイヤでは、Al含有量を3.5質量%以下とし、好ましくは3.0質量%以下とし、より好ましくは2.7質量%以下とする。ここで、Alはワイヤ中に含まれるAl元素の合計量を意味している。
【0024】
<Mg:0.7~2.5質量%>
Mgは沸点が低いため、溶接時の高温により蒸発し、ワイヤ先端の溶けている溶滴近辺の窒素分圧を下げ、耐気孔性を向上させる効果がある。当該効果を十分に得るため、本実施形態のワイヤでは、Mg含有量を0.7質量%以上、好ましくは0.9質量%以上とする。一方、Mg含有量が2.5質量%を超えると、溶滴が暴れて、スパッタが多く発生する。そのため、本実施形態のワイヤでは、Mg含有量を2.5質量%以下とし、好ましくは2.2質量%以下とする。ここで、Mgはワイヤ中に含まれるMg元素の合計量を意味している。
【0025】
<Zr:0.20質量%以下>
Zrは、Alと同様に脱酸および窒素固定の効果がある。また、Alの固定しきれなかった窒素を固定し、溶接金属中の固溶窒素を減らして、靱性を向上させる効果がある。ただし、これらの効果は顕著ではないほか、過度に添加すると溶接金属が硬化して、靱性が劣化する傾向がある。そのため、本実施形態のワイヤでは、Zr含有量を0.20質量%以下とし、好ましくは0.10質量%以下とする。
【0026】
<Ti:0.15質量%以下>
Tiは、Zrと同様に固溶窒素を減らして、靱性を向上させる効果があるが、その効果は顕著ではない。また、過度に添加すると、溶接金属が硬化して、靱性が劣化する傾向がある。そのため、本実施形態のワイヤでは、Ti含有量を0.15質量%以下とする。
【0027】
<アルカリ金属およびアルカリ土類金属>
本発明の実施形態に係るセルフシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、アルカリ金属およびアルカリ土類金属を含有する。これらアルカリ金属及びアルカリ土類金属は、フラックス中に含有されるアルカリ金属及びアルカリ土類金属の炭酸塩や、アルカリ金属及びアルカリ土類金属のフッ化物などに由来するものであり、それらについての詳細は、後述する。
【0028】
<0≦Mn+1.8Ni+8.7Li-Al≦2.0>
上述したように、オーステナイト安定化元素であるMnおよびNiの含有量と、溶接金属へのAlおよびNの歩留まりを抑制する元素であるLiの含有量を適正に規定することは、溶接金属の靱性および曲げ性能の向上に有利である。これらの含有量が過小の場合、溶接金属の靱性および曲げ性能の向上効果が不十分である。一方で、これらの含有量が過多であると、溶接金属の靱性が劣化したり、ワイヤの製造コストの大幅な上昇を招くことがある。一方、Alは、靱性および曲げ性能に対して有益な元素ではないが、耐気孔性のために必須の元素である。耐気孔性と靱性および曲げ性能を兼ね備えると共に、ワイヤの製造コストを抑えるためには、これらの元素のバランスを最適にすることが必要である。
Mn+1.8Ni+8.7Li-Alは、このバランスを表すパラメータとして、多くの試験結果から見出された経験式である。ここで、当該パラメータ中のMn、Ni、LiおよびAlは、それぞれ、ワイヤ全質量あたりのMn含有量(質量%)、Ni含有量(質量%)、Li含有量(質量%)およびAl含有量(質量%)を表す。
Mn+1.8Ni+8.7Li-Alが0未満の場合、靱性および曲げ性能は不十分である。したがって、本実施形態のワイヤでは、Mn+1.8Ni+8.7Li-Alは0以上であり、好ましくは0.2以上であり、より好ましくは0.4以上である。一方、Mn+1.8Ni+8.7Li-Alが2.0を超えると、溶接金属の硬化により靱性が劣化したり、ワイヤの製造コストの大幅な上昇を招くことがある。したがって、本実施形態のワイヤでは、Mn+1.8Ni+8.7Li-Alは2.0以下であり、好ましくは1.7以下であり、より好ましくは1.2以下である。
【0029】
(Feおよび不可避的不純物)
本実施形態のフラックス入りワイヤの残部は、Fe及び不可避的不純物である。
残部のFeは、外皮を構成するFe、フラックスに添付されている鉄粉、合金粉のFeが相当する。本実施形態のフラックス入りワイヤは、Feをたとえば75質量%以上含有し、好ましくは80質量%以上含有する。
なお、Feの上限は特に限定されないが、他の成分組成との関係から、たとえば95質量%以下とする。
残部の不可避的不純物とは、前記成分以外の成分(Cr、Mo、Nb、V、Cu、W、P、N等)や、後述する成分であって選択的に添加する成分等が不可避的に含まれるものなども該当し、本発明の効果を妨げない範囲で含有することが許容される。
【0030】
また、本実施形態のワイヤには、必要に応じて下記成分をさらに添加してもよい。
【0031】
<Ca:1.0~5.0質量%>
Caはアーク安定剤として作用するため、適正量添加することによりアーク安定性が向上し、溶接作業性を向上させる効果があるため、添加してもよい。これら効果を良好に得るためには、Caは1.0質量%以上添加することが好ましく、2.0質量%以上添加することがより好ましい。一方、Caが5.0質量%よりも多く含有されている場合、溶滴移行が不安定となり、スパッタ発生量が増加するおそれがあるため、Ca量は5.0質量%以下が好ましく、4.0質量%以下とすることがより好ましい。
【0032】
<F:1.0~5.0質量%>
<O:0.5~3.0質量%>
FおよびOはフッ化物や炭酸塩、酸化物およびこれらの複合化合物として含有される。Fはアーク中のHと反応し、溶接金属中の拡散性水素量を低減する効果があるため、1.0質量%以上添加することが好ましい。一方、Fを多量に添加した場合、吸湿特性が低下し、拡散性水素量が増加してしまうおそれがあるため、5.0質量%以下とすることが好ましい。また、Oについては溶接スラグの発生を促すため、立向溶接等の作業性を向上させるためには、0.5質量%以上添加されていることが好ましい。一方、Oを多量に添加した場合は、溶接スラグ量が多くなりすぎてしまい、スラグ巻き込み等の欠陥が発生しやすくなるため、3.0質量%以下とすることが好ましい。
【0033】
<フラックス中におけるアルカリ金属及びアルカリ土類金属の炭酸塩と、アルカリ金属及びアルカリ土類金属のフッ化物との合計:20~60質量%>
アルカリ金属及びアルカリ土類金属の炭酸塩は溶接中にCOやCO2に分解され、またアルカリ金属及びアルカリ土類金属のフッ化物は溶接中にフッ素に分解され、溶滴近辺の窒素分圧を下げて、耐気孔性を向上させる効果がある。しかしながら、フラックス中における(フラックス全質量あたりの、すなわちフラックス全体:100質量%に対する)これらの合計の含有量が20質量%未満の場合には、この効果は顕著ではないため、含有させる場合には20質量%以上含有させることが好ましく、27質量%以上含有させることがより好ましい。一方、これらの合計の含有量が60質量%を超えると、スパッタおよびヒュームが多く発生して、溶接作業性が悪化するおそれがある。そのため、これらの合計の含有量は60質量%以下とすることが好ましく、50質量%以下とすることがより好ましい。ここで、アルカリ金属及びアルカリ土類金属としては、K、Na、Ca、Mg、Ba、Sr等が挙げられる。炭酸塩としては、Ca系(例えば、CaCO3)、Mg系(例えば、MgCO3)、Ba系(例えば、BaCO3)、Sr系(例えば、SrCO3)等の炭酸化合物が例示される。また、炭酸塩としては1種単独であってもよく、あるいは、2種以上であってもよい。フッ化物としては、Ca系(例えば、CaF2)、Ba系(例えば、BaF2)、Sr系(例えば、SrF2)等のフッ化物が例示される。また、フッ化物としては1種単独であってもよく、あるいは、2種以上であってもよい。
【0034】
<フラックス中におけるAlとMgの合計量:15~30質量%>
また、フラックス中における(フラックス全質量あたりの、すなわちフラックス全体:100質量%に対する)AlとMgとの合計の含有量は、15~30質量%とすることが好ましい。フラックス中におけるAlとMgとの合計の含有量が15質量%以上であれば、AlおよびMgはフープ(鋼製外皮)内で溶融することにより、フラックス中に電流を供給し、ジュール発熱することにより炭酸塩やフッ化物の反応を促進させ、耐気孔性を向上させることができる。一方、30質量%を超えて多量に添加しすぎた場合、炭酸塩およびフッ化物が過剰に反応し、ワイヤ中に空洞が生じてしまい、溶接ワイヤの溶融不安定化が懸念される。フラックス中におけるAlとMgとの合計の含有量は17質量%以上が好ましく、20質量%以上がさらに好ましい。また、フラックス中におけるAlとMgとの合計の含有量は25質量%以下が好ましく、23質量%以下がさらに好ましい。
なお、以下において、フラックス中におけるAl及びMgの合計の含有量をXと表す場合がある。
【0035】
<単位長さあたりのワイヤの電気抵抗(μΩ/cm)×フープ断面積(cm2):10~30)
また、単位長さあたりのワイヤの電気抵抗(μΩ/cm)の値と、フープ(構成外皮)の断面積(cm2)の値との積をYとした場合、Yが10~30の範囲となることが好ましい。Yが10以上であれば、フープからフラックスへ電流が流れやすくなり、AlやMgと同様に、炭酸塩やフッ化物の反応を促進するため、耐気孔性を向上させることが出来る。しかし、Yが30を超えると、フラックスへ流れる電流が過剰となり、ワイヤの溶融不安定化が懸念される。
【0036】
<X/Y:1.0~2.0>
また、上記Yに対する上記Xの比(X/Y)が1.0~2.0であることが好ましい。上述のようにXとYは、いずれも耐気孔性の向上に関連性がある。そして、これらのバランスが上記範囲内である場合、耐気孔性を向上させつつ、良好な溶接作業性とすることが出来る。
【0037】
本実施形態のワイヤは、鋼製外皮にフラックスを充填したものである。なお、フラックス入りワイヤは、外皮に継目のないシームレスタイプ、外皮に継目のあるシームタイプのいずれの形態であってもよい。また、フラックス入りワイヤは、ワイヤ表面(外皮の外側)にメッキ等が施されていても施されていなくてもよい。
【0038】
つづいて、本実施形態のフラックス入りワイヤの製造方法の一実施形態について説明する。
本実施形態のフラックス入りワイヤを製造する際は、先ず、鋼製外皮内にフラックスを充填する。その際、外皮には、伸線加工性が良好な軟鋼や低合金鋼を使用することが好ましい。また、フラックスの組成及び充填率は、ワイヤ全体の組成が前述した範囲になるよう外皮の組成や厚さなどに応じて適宜調整することができる。
次に、外皮内にフラックスが充填されたワイヤを伸線することにより縮径し、所定の外径を有するフラックス入りワイヤを得る。
【0039】
本実施形態のフラックス入りワイヤの外径は、特に限定されるものではないが、ワイヤの生産性の観点から、好ましくは1.6~3.2mmである。
また、フラックス充填率は、ワイヤ中の各成分が本発明の範囲内であれば、任意の値に設定することができるが、ワイヤの伸線性及び溶接時の作業性(送給性など)の観点から、ワイヤ全質量の15~25質量%であることが好ましく、18~22質量%であることがより好ましい。なお、このフラックス充填率は、外皮内に充填されるフラックスの質量を、ワイヤ(外皮+フラックス)の全質量に対する割合で規定したものである。
【0040】
以上詳述したように、本実施形態のセルフシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを用いると、優れた溶接作業性および耐気孔性を有すると共に、良好な靱性や曲げ性能を有する溶接金属を得ることができる。
【実施例】
【0041】
以下、本発明の実施例および比較例を挙げて、本発明の効果について具体的に説明する。表1~2に記載したフラックス入りワイヤの成分となるように、下記成分の軟鋼製外皮にフラックスを充填し、ワイヤ径が約2.4mmになるように伸線してセルフシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを作製した。軟鋼製外皮成分(質量%)は、C:0.02%、Si:0.01%、Mn:0.24%、P:0.007%、S:0.008%である。
【0042】
なお、表1~2に示す各成分量、フラックス中のアルカリ金属及びアルカリ土類金属の炭酸塩と、アルカリ金属及びアルカリ土類金属のフッ化物との合計量(表1~2中「フラックス中の炭酸塩および炭酸塩」と表記)、並びにフラックス中のAl及びMgの合計量(表1~2中「フラックス中のAl+Mg(X)」と表記し、以下において「X」ともいう)は、いずれも質量%基準であり、ワイヤ組成の残部は、Fe及び不可避的不純物である。
【0043】
また、表1~2中における「式1」の値は、下記式(1)に基づいてMn、Ni、Li及びAl量から算出される値である。
0≦Mn+1.8Ni+8.7Li-Al≦2.0 (1)
【0044】
また、表1~2中に、単位長さあたりのワイヤの電気抵抗(μΩ/cm)×フープ断面積(cm2)(表1~2中「単位長さあたりのワイヤの電気抵抗×フープ断面積(Y)」と表記し、以下において「Y」ともいう)の値と、X/Yの値をあわせて示す。
【0045】
また、表1~2に示すNo.1~44は実施例であり、No.45~62は比較例である。
【0046】
【0047】
【0048】
下記に示す溶接条件で溶接を行い、溶接金属のじん性、曲げ性能、溶接金属の衝撃性能、及び溶接作業性を評価し、また、耐気孔性、吸湿性、耐スラグ巻込み性、ワイヤ溶融性等をあわせて評価した。各評価結果を表3~4に示す。
【0049】
(溶接条件)
溶接電流:350A
溶接電圧:28V
極性:DCEN
溶接姿勢:下向溶接
シールドガス:なし
パス間温度:135~165℃
入熱:約1.8kJ/mm
ワイヤ直径:2.4mm
ワイヤ突き出し長さ:30mm
その他:JIS G G3106に規定される溶接構造延鋼材(SM490A)からなる板厚20mm、長さ300mmの試験板を母材とした。
【0050】
溶接金属のじん性の評価は、JIS Z3313に準じて、0℃における衝撃性能の平均値が27J未満の場合を不良(×)、27J以上の場合を良好(○)、更に、38J以上47J未満の場合を良好-優良(○-◎)、47J以上の場合を優良(◎)とした。
【0051】
溶接金属の曲げ性能の評価は、はば10mmに切断後、半径20mm、120°の側曲げ試験を実施し、破断したものを×、2mm以下の微小欠陥が3個以下のものを〇、欠陥が全く無かったものを◎とした。
【0052】
溶接作業性の評価は、スパッタ発生量、ヒューム発生量、アーク安定性を官能評価にて評価した。
【0053】
耐気孔性の評価は、風速10m/秒の環境で溶接を行い、長さ300mmの溶接ビードあたり、気孔発生個数が3個以上の場合を不良(×)、3個未満の場合を良好(○)、更に、0個の場合を優良(◎)とした。
【0054】
溶接金属の吸湿性の評価は、30℃-80%の環境下に168時間ワイヤを放置したのちに、カールフィッシャー法にて抽出ガスをAr、抽出温度を750℃とし測定し、500ppm以下を良好とした。
【0055】
溶接金属の耐スラグ巻込み性の評価は、溶接後の試験体をX線透過試験し、評価した。
【0056】
ワイヤ溶融性の評価は、官能評価により溶接時に周期的なアーク長変動が生じているかどうかで評価を行った。
【0057】
【0058】
【0059】
本発明の要件を満足するNo.1~44は、いずれの評価結果においても良好であった。
一方、C量が少なかったNo.45は、溶接金属の曲げ性能に劣っていた。また、C量が多かったNo.46は、溶接金属のじん性及び曲げ性能に劣っていた。
Si量が多かったNo.47は、溶接金属のじん性に劣っていた。
Mn量が少なかったNo.48は、溶接金属のじん性に劣っていた。また、Mn量が多かったNo.49も、溶接金属のじん性に劣っていた。
Al量が少なかったNo.50は、溶接金属の曲げ性能に劣り、また、曲げ試験時にブローホールが発生した。また、Al量が多かったNo.51は、溶接金属のじん性及び曲げ性能に劣っていた。
Mg量が少なかったNo.52は、溶接金属の曲げ性能に劣り、また、曲げ試験時にブローホールが発生した。また、Mg量が多かったNo.53は、溶接作業性に劣っていた。
Ni量が少なかったNo.54は、溶接金属のじん性及び曲げ性能に劣っていた。また、Ni量が多かったNo.55は、溶接金属のじん性に劣っていた。
S量が多かったNo.56は、溶接金属のじん性及び曲げ性能に劣っていた。
Li量が少なかったNo.57は、溶接金属のじん性及び曲げ性能に劣っていた。また、Li量が多かったNo.58は、溶接作業性に劣っていた。
Zr量が多かったNo.59は、溶接金属のじん性に劣っていた。
Ti量が多かったNo.60は、溶接金属のじん性に劣っていた。
また、式(1)の値が小さかったNo.61は、溶接金属のじん性に劣っていた。式(1)の値が大きかったNo.62も、溶接金属のじん性に劣っていた。