(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-05
(45)【発行日】2022-12-13
(54)【発明の名称】燃料噴射管用鋼管およびそれを用いた燃料噴射管
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20221206BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20221206BHJP
B21B 23/00 20060101ALI20221206BHJP
C21D 8/10 20060101ALN20221206BHJP
C21D 9/08 20060101ALN20221206BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/58
B21B23/00 B
C21D8/10 C
C21D9/08 E
(21)【出願番号】P 2020572292
(86)(22)【出願日】2020-02-13
(86)【国際出願番号】 JP2020005435
(87)【国際公開番号】W WO2020166638
(87)【国際公開日】2020-08-20
【審査請求日】2021-08-06
(31)【優先権主張番号】P 2019023253
(32)【優先日】2019-02-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000120249
【氏名又は名称】臼井国際産業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】牧野 泰三
(72)【発明者】
【氏名】山崎 正弘
(72)【発明者】
【氏名】大村 朋彦
(72)【発明者】
【氏名】荒井 勇次
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 修
(72)【発明者】
【氏名】芹澤 直樹
(72)【発明者】
【氏名】増田 辰也
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/129617(WO,A1)
【文献】特開2010-106353(JP,A)
【文献】特開2011-084813(JP,A)
【文献】国際公開第2016/038809(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/103538(WO,A1)
【文献】特開2010-024503(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/58
B21B 23/00
C21D 8/10
C21D 9/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃料噴射管用の鋼管であって、
前記鋼管の化学組成が、質量%で、
C:0.17~0.27%、
Si:0.05~0.40%、
Mn:0.30~2.00%、
P:0.020%以下、
S:0.0100%以下、
O:0.0040%以下、
Ca:0.0010%以下、
Al:0.005~0.060%、
N:0.0020~0.0080%、
Ti:0.005~0.015%、
Nb:0.015~0.045%、
Cr:0~1.00%、
Mo:0~1.00%、
Cu:0~0.50%、
Ni:0~0.50%、
V:0~0.15%、
残部:Feおよび不純物であり、
前記鋼管の肉厚中央部における金属組織が、焼戻しマルテンサイト、または焼戻しマルテンサイトおよび焼戻しベイナイトを含み、かつ焼戻しマルテンサイトおよび焼戻しベイナイトの合計面積率が95%以上であり、
前記鋼管の肉厚中央部における硬さが、350~460HV1であり、
CoKα特性X線回折による(211)回折面の格子面間隔が1.1716Å以下であり、かつ(211)回折面の半価幅が1.200°以下であり、
直径が50nm以上のセメンタイトの個数密度が20/μm
2以下である、
燃料噴射管用鋼管。
【請求項2】
前記鋼管の化学組成が、質量%で、
Cr:0.03~1.00%、
Mo:0.03~1.00%、
Cu:0.01~0.50%、
Ni:0.01~0.50%、および
V:0.02~0.15%、
から選択される1種以上を含有する、
請求項1に記載の燃料噴射管用鋼管。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の燃料噴射管用鋼管を用いた燃料噴射管。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料噴射管用鋼管およびそれを用いた燃料噴射管に関する。
【背景技術】
【0002】
将来的なエネルギーの枯渇への対策として、省エネルギーを促す運動、資源のリサイクル運動およびこれらの目的を達成する技術の開発が盛んに行われている。特に近年は、世界的な取り組みとして地球の温暖化を防止するために燃料の燃焼に伴うCO2の排出量を低減させることが強く求められている。
【0003】
CO2の排出量の少ない内燃機関として、自動車などに用いられるディーゼルエンジンが挙げられる。しかし、ディーゼルエンジンには、CO2の排出量が少ない反面、黒煙が発生するという問題がある。黒煙は、噴射された燃料に対し酸素が不足した場合に発生する。すなわち、燃料が部分的に熱分解されることにより脱水素反応が起こり、黒煙の前駆物質が生成して、この前駆物質が再び熱分解し、凝集および合体することにより黒煙となる。こうして発生した黒煙は大気汚染を引き起こし、人体に悪影響を及ぼすことが危惧される。
【0004】
上記の黒煙は、ディーゼルエンジンの燃焼室への燃料の噴射圧を高めることにより、その発生量を低減することができる。しかし、そのためには、燃料噴射に用いる鋼管には高い疲労強度が求められる。このような燃料噴射管または燃料噴射管用鋼管について、下記の技術が開示されている。
【0005】
特許文献1には、熱間圧延したシームレス鋼管素材の内面をショットブラスト処理により、研削・研磨を行った後に、冷間引抜き加工を行うディーゼルエンジンの燃料噴射に用いる鋼管の製造方法が開示されている。この製造方法を採用すれば、鋼管内面の疵(凹凸、ヘゲ、微細クラックなど)の深さを0.10mm以下にできるので、燃料噴射に用いる鋼管の高強度化が図れるとされている。
【0006】
特許文献2には、少なくとも鋼管の内表面から20μmまでの深さに存在する非金属介在物の最大径が20μm以下であり、引張強度が500MPa以上の燃料噴射管用鋼管が開示されている。
【0007】
特許文献3には、引張強度が900N/mm2以上であって、少なくとも鋼管の内表面から20μmまでの深さに存在する非金属介在物の最大径が20μm以下である燃料噴射管用鋼管が開示されている。
【0008】
特許文献3の発明は、Sの低減、鋳込み方法の工夫、Caの低減等によりA系、B系、C系の粗大介在物を排除した鋼材を用いて素管鋼管を製造し、冷間加工によって目的とする径に調整した後、焼入れ、焼戻しによって900MPa以上の引張強度を実現するものであり、実施例では260~285MPaの限界内圧を実現している。
【0009】
特許文献4には、800MPa以上、好ましくは900MPa以上の引張強度を有し、耐内圧疲労特性に優れる燃料噴射管用鋼管およびそれを用いた燃料噴射管が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開平9-57329号公報
【文献】国際公開第2007/119734号
【文献】国際公開第2009/008281号
【文献】国際公開第2015/129617号
【非特許文献】
【0011】
【文献】中山英介、宮原光雄、岡村一男、富士本博紀、福井清之、「超小型試験片による自動車用薄板スポット溶接継手の疲労強度予測」、材料、2004年10月、第53巻、第10号、p.1136-1142
【文献】邦武立郎、熱処理、41(2001)、p.164
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
特許文献1に開示された方法で製造された燃料噴射に用いる鋼管は、高い強度を持つものの、その鋼管材料の強度に見合った疲労寿命を得ることができない。鋼管材料の強度が高くなれば、当然に、鋼管の内側にかかる圧力を高くすることができる。しかし、鋼管の内側に圧力を加えた場合に、鋼管内面に疲労による破壊が発生することのない限界となる内圧(以下、「限界内圧」という。)は、鋼管材料の強度のみには依存しない。すなわち、鋼管材料の強度を大きくしても期待以上の限界内圧は得られない。高い内圧による使用によって鋼管が疲労しやすいため疲労寿命も短くなる。
【0013】
特許文献2および3に開示された燃料噴射管用鋼管は、疲労寿命が長く、かつ信頼性が高いという特長を有する。しかしながら、特許文献2に開示される鋼管の限界内圧は255MPa以下であり、特許文献3においても260~285MPaである。特に自動車業界においてはさらなる高内圧化が要求されており、引張強度が800MPa以上であって、限界内圧が270MPa超の燃料噴射管、特に望ましくは、引張強度が900MPa以上であって、限界内圧が300MPa超の燃料噴射管の開発が要望されている。なお、限界内圧は、一般に燃料噴射管の引張強度に依存して僅かに増加する傾向にあるものの、各種の要因が絡むと考えられ、特に800MPa以上の高強度燃料噴射管においては安定して高い限界内圧を確保することは、必ずしも容易ではない。
【0014】
特許文献4に開示された燃料噴射管用鋼管は、800MPa以上、好ましくは900MPa以上の引張強度(TS)を有し、高い限界内圧特性を有するため、極めて信頼性が高い。しかしながら、近年、燃料噴射管用鋼管には、1100MPa以上といったさらなる高強度化が要求されている。
【0015】
そこで、本発明者らが特許文献4に開示された燃料噴射管用鋼管をベースに、高強度化を行ったところ、鋼管の耐水素脆化性が顕著に低下することが分かった。より高い信頼性を確保するためには、高い強度を付与した場合であっても、製造工程で侵入する水素による脆化を抑制することが要求される。
【0016】
本発明は上記の課題を解決し、高い強度を有するとともに、耐水素脆化性に優れる燃料噴射管用鋼管およびそれを用いた燃料噴射管を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、下記の燃料噴射管用鋼管およびそれを用いた燃料噴射管を要旨とする。
【0018】
(1)燃料噴射管用の鋼管であって、
前記鋼管の化学組成が、質量%で、
C:0.17~0.27%、
Si:0.05~0.40%、
Mn:0.30~2.00%、
P:0.020%以下、
S:0.0100%以下、
O:0.0040%以下、
Ca:0.0010%以下、
Al:0.005~0.060%、
N:0.0020~0.0080%、
Ti:0.005~0.015%、
Nb:0.015~0.045%、
Cr:0~1.00%、
Mo:0~1.00%、
Cu:0~0.50%、
Ni:0~0.50%、
V:0~0.15%、
残部:Feおよび不純物であり、
前記鋼管の肉厚中央部における金属組織が、焼戻しマルテンサイト、または焼戻しマルテンサイトおよび焼戻しベイナイトを含み、かつ焼戻しマルテンサイトおよび焼戻しベイナイトの合計面積率が95%以上であり、
前記鋼管の肉厚中央部における硬さが、350~460HV1であり、
CoKα特性X線回折による(211)回折面の格子面間隔が1.1716Å以下であり、かつ(211)回折面の半価幅が1.200°以下であり、
直径が50nm以上のセメンタイトの個数密度が20/μm2以下である、
燃料噴射管用鋼管。
【0019】
(2)前記鋼管の化学組成が、質量%で、
Cr:0.03~1.00%、
Mo:0.03~1.00%、
Cu:0.01~0.50%、
Ni:0.01~0.50%、および
V:0.02~0.15%、
から選択される1種以上を含有する、
上記(1)に記載の燃料噴射管用鋼管。
【0020】
(3)上記(1)または(2)に記載の燃料噴射管用鋼管を用いた燃料噴射管。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、1100MPa以上の引張強さを有すると共に、耐水素脆化性に優れる燃料噴射管用鋼管を得ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】水素チャージ定荷重試験に用いる試験片の形状を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明者らが上記課題を解決するために検討を重ねた結果、以下の知見を得るに至った。
【0024】
所定の強度を確保するためには、金属組織を実質的に焼戻しマルテンサイト単相、または焼戻しマルテンサイトおよび焼戻しベイナイトからなる複相組織とし、硬さを上げる必要がある。
【0025】
一方、硬さが過剰となると、耐水素脆化性が顕著に低下することが分かった。そのため、鋼の硬さを所定の範囲内に制御する必要がある。
【0026】
さらに、検討を行ったところ、鋼の硬さを低減しただけでは水素脆化を抑制できない場合があることが分かった。固溶Cにより生じる結晶格子のひずみおよび転位が水素を吸収し、耐水素脆化性を悪化させるためであると考えられる。種々の鋼材を用いた調査の結果、格子ひずみおよび転位を低減し、具体的には、(211)回折面の格子面間隔および半価幅を所定値以下に制御することで、優れた耐水素脆化性を確保できることが分かった。
【0027】
また、鋼中に粗大な炭化物が存在すると、水素割れの起点および進展経路となる。また、水素をトラップする微細な炭化物の確保が困難となり、格子ひずみおよび転位への水素の吸収を抑制する効果が得られなくなる。
【0028】
本発明は上記知見に基づいてなされたものである。以下、本発明の各要件について詳しく説明する。
【0029】
1.化学組成
各元素の限定理由は下記のとおりである。なお、以下の説明において含有量についての「%」は、「質量%」を意味する。
【0030】
C:0.17~0.27%
Cは、安価に鋼の強度を高めるのに有効な元素である。所望の引張強さを確保するためにはC含有量を0.17%以上とすることが必要である。しかし、C含有量が0.27%を超えると、加工性の低下を招く。したがって、C含有量は0.17~0.27%とする。C含有量は0.20%以上であるのが好ましい。また、C含有量は0.25%以下であるのが好ましく、0.23%以下であるのがより好ましい。
【0031】
Si:0.05~0.40%
Siは、脱酸作用を有するだけでなく、鋼の焼入れ性を高めて強度を向上させる作用を有する元素である。これらの効果を確実にするためには、Si含有量を0.05%以上とすることが必要である。しかし、Si含有量が0.40%を超えると、靭性の低下を招く。したがって、Si含有量は0.05~0.40%とする。Si含有量は0.15%以上であるのが好ましく、0.35%以下であるのが好ましい。
【0032】
Mn:0.30~2.00%
Mnは、脱酸作用を有するだけでなく、鋼の焼入れ性を高めて強度と靭性とを向上させるのに有効な元素である。しかし、その含有量が0.30%未満では十分な強度が得られず、一方、2.00%を超えるとMnSの粗大化が生じて、熱間圧延時に展伸し、かえって靭性が低下する。このため、Mn含有量は0.30~2.00%とする。Mn含有量は0.40%以上であるのが好ましく、0.50%以上であるのがより好ましい。また、Mn含有量は1.70%以下であるのが好ましく、1.50%以下であるのがより好ましい。
【0033】
P:0.020%以下
Pは、不純物として鋼中に不可避的に存在する元素である。その含有量が0.020%を超えると、熱間加工性の低下を招くだけでなく、粒界偏析により靭性を著しく低下させる。したがって、P含有量は、0.020%以下とする必要がある。なお、Pの含有量は、低ければ低いほど望ましく、0.015%以下とするのが好ましく、0.012%以下とするのがより好ましい。しかし、過度の低下は、製造コスト上昇を招くため、その下限は、0.005%とするのが好ましい。
【0034】
S:0.0100%以下
Sは、Pと同様に不純物として鋼中に不可避的に存在する元素である。その含有量が0.0100%を超えると粒界に偏析するとともに、硫化物系の介在物を生成して疲労強度の低下を招きやすい。したがって、S含有量は、0.0100%以下とする必要がある。なお、Sの含有量は、低ければ低いほど望ましく、0.0050%以下とするのが好ましく、0.0035%以下とするのがより好ましい。しかし、過度の低下は、製造コスト上昇を招くため、その下限は、0.0005%とするのが好ましい。
【0035】
O:0.0040%以下
Oは、粗大な酸化物を形成し、それに起因する限界内圧の低下を生じやすくする。このような観点からO含有量は0.0040%以下とする必要がある。なお、Oの含有量は、低ければ低いほど望ましく、0.0035%以下とするのが好ましく、0.0025%以下とするのがより好ましく、0.0015%以下とするのがさらに好ましい。しかし、過度の低下は、製造コスト上昇を招くため、その下限は、0.0005%とするのが好ましい。
【0036】
Ca:0.0010%以下
Caは、シリケート系介在物(JIS G 0555のグループC)を凝集させる作用があり、Ca含有量が0.0010%を超えると粗大なC系介在物の生成により限界内圧が低下する。したがってCa含有量は0.0010%以下とする。Ca含有量は0.0007%以下とすることが好ましく、0.0003%以下とすることがより好ましい。なお、製鋼精錬に係る設備で長期にわたり全くCa処理を行わなければ、設備のCa汚染を解消することができるため、鋼中のCa含有量を実質的に0%とすることが可能である。
【0037】
Al:0.005~0.060%
Alは、鋼の脱酸を行う上で有効な元素であり、また鋼の靭性および加工性を高める作用を有する元素である。これらの効果を得るには0.005%以上のAlを含有する必要がある。一方、Al含有量が0.060%を超えると、介在物が発生しやすくなり、特にTiを含有する鋼においては、Ti-Al複合介在物が生じるおそれが高くなる。したがって、Al含有量は0.005~0.060%とする。Al含有量は0.008%以上であるのが好ましく、0.010%以上であるのがより好ましい。また、Al含有量は0.050%以下であるのが好ましく、0.040%以下であるのがより好ましい。なお、本発明において、Al含有量は、酸可溶性Al(sol.Al)の含有量を意味する。
【0038】
N:0.0020~0.0080%
Nは、不純物として鋼中に不可避的に存在する元素である。しかしながら本発明では、TiNのピニング効果(pinning effect)による結晶粒粗大化防止を目的として、0.0020%以上のNを残存させる必要がある。一方、N含有量が0.0080%を超えると大型のTi-Al複合介在物が生じるおそれが高くなる。したがって、N含有量は0.0020~0.0080%とする。N含有量は0.0025%以上であるのが好ましく、0.0027%以上であるのがより好ましい。また、N含有量は0.0065%以下であるのが好ましく、0.0050%以下であるのがより好ましい。
【0039】
Ti:0.005~0.015%
Tiは、TiN等の形で微細に析出することで、結晶粒の粗大化防止に貢献する元素である。その効果を得るためには、Ti含有量を0.005%以上とする必要がある。
【0040】
ここで、試料を用いて内圧疲労試験を行うと、高応力となる内表面を起点に疲労き裂が発生および進展し、外表面に達すると同時に破壊に至る。この時、起点部には介在物が存在する場合と存在しない場合とがある。
【0041】
起点部に介在物が存在しない場合、そこにはファセット状破面と呼ばれる平坦な破面形態が認められる。これは結晶粒単位で発生したき裂がその周囲の数結晶粒分にわたり、モードIIと呼ばれる剪断型で進展して形成されたものである。このファセット状破面が臨界値まで成長するとモードIと呼ばれる開口型に進展形態が変化し、破損に至る。ファセット状破面の成長は、初期のき裂発生の寸法単位である旧オーステナイト粒径(以下、「旧γ粒径」と表記する。)に依存し、旧γ粒径が大きいと促進される。これは介在物が起点とならなくても、旧γ粒径が粗大であると、基地組織の疲労強度は低下することを意味する。
【0042】
Ti含有量が高い場合において、内圧疲労試験を行った鋼管の破面観察から直径20μm以下の複数のAl2O3系介在物をTiが主成分のフィルム状の薄い層が架橋する形態の複合介在物(以下、Ti-Al複合介在物という。)が観察された。特に、Ti含有量が0.015%を超えると、大型のTi-Al複合介在物が生じるおそれがある。大型のTi-Al複合介在物は、非常に高い内圧条件下での破損寿命の低下を招くおそれがある。したがって、Ti含有量は0.015%以下とする必要がある。
【0043】
旧γ粒の粗大化を防止するために、Ti含有量は0.006%以上であるのが好ましく、0.007%以上であるのがより好ましい。また、Ti-Al複合介在物の形成を防止する観点からは、Ti含有量は0.013%以下であるのが好ましく、0.012%以下であるのがより好ましい。
【0044】
Nb:0.015~0.045%
Nbは、鋼中で炭化物または炭窒化物として微細に分散し、結晶粒界を強くピン止めすることで、組織の微細化に寄与し、限界内圧を向上させる効果を有する。また、Nbの炭化物または炭窒化物の微細分散により、鋼の靭性が向上する。これらの目的のため、0.015%以上のNbを含有させる必要がある。一方、Nb含有量が0.045%を超えると、炭化物、炭窒化物が粗大化し、かえって靭性が低下する。したがって、Nbの含有量は0.015~0.045%とする。Nb含有量は0.018%以上であるのが好ましく、0.020%以上であるのがより好ましい。また、Nb含有量は0.040%以下であるのが好ましく、0.035%以下であるのがより好ましい。
【0045】
Cr:0~1.00%
Crは、焼入れ性および耐摩耗性を向上させる効果を有する元素であるので、必要に応じて含有させてもよい。しかし、Cr含有量が1.00%を超えると靭性および冷間加工性が低下するため、含有させる場合のCr含有量は1.00%以下とする。Cr含有量は0.80%以下であるのが好ましい。なお、上記の効果を得たい場合は、Cr含有量を0.03%以上とすることが好ましく、0.05%以上とすることがより好ましく、0.20%以上とすることがさらに好ましく、0.30%以上とすることがさらに好ましい。
【0046】
Mo:0~1.00%
Moは、焼入れ性を向上させ、焼戻し軟化抵抗を高めるため、高強度確保に寄与する元素である。そのため、必要に応じてMoを含有させてもよい。しかし、Mo含有量が1.00%を超えてもその効果は飽和する上に、合金コストが嵩む結果となる。したがって、含有させる場合のMo含有量は1.00%以下とする。Mo含有量は0.45%以下であるのが好ましい。なお、上記の効果を得たい場合は、Mo含有量を0.03%以上とすることが好ましく、0.08%以上とすることがより好ましい。
【0047】
Cu:0~0.50%
Cuは、鋼の焼入れ性を高めることで強度および靭性を向上させる効果を有する元素である。そのため、必要に応じてCuを含有させてもよい。しかし、Cu含有量が0.50%を超えてもその効果は飽和する上に、合金コストの上昇を招く結果となる。したがって、含有させる場合のCu含有量は0.50%以下とする。Cu含有量は0.40%以下とするのが好ましく、0.35%以下とするのがより好ましい。なお、上記の効果を得たい場合は、Cu含有量を0.01%以上とすることが好ましく、0.02%以上とすることがより好ましく、0.05%以上とすることがさらに好ましい。
【0048】
Ni:0~0.50%
Niは、鋼の焼入れ性を高めることで強度および靭性を向上させる効果を有する元素である。そのため、必要に応じてNiを含有させてもよい。しかし、Ni含有量が0.50%を超えてもその効果は飽和する上に、合金コストの上昇を招く結果となる。したがって、含有させる場合のNi含有量は0.50%以下とする。Ni含有量は0.40%以下とするのが好ましく、0.35%以下とするのがより好ましい。なお、上記の効果を得たい場合は、Ni含有量を0.01%以上とすることが好ましく、0.02%以上とすることがより好ましく、0.08%以上とすることがさらに好ましい。
【0049】
V:0~0.15%
Vは、焼戻し時に微細な炭化物(VC)として析出して、焼戻し軟化抵抗を高め、高温焼戻しを可能とし、鋼の高強度化および高靭性化に寄与する元素である。そのため、必要に応じてVを含有させてもよい。しかし、V含有量が0.15%を超えるとかえって靭性の低下を招くため含有させる場合のV含有量は0.15%以下とする。V含有量は0.12%以下とするのが好ましく、0.10%以下とするのがより好ましい。なお、上記の効果を得たい場合は、V含有量を0.02%以上とすることが好ましく、0.04%以上とすることがより好ましい。
【0050】
本発明の燃料噴射管用鋼管の化学組成において、残部はFeおよび不純物である。ここで「不純物」とは、鋼を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0051】
2.金属組織
本発明に係る燃料噴射管用鋼管の肉厚中央部における金属組織は、実質的に焼戻しマルテンサイト組織または焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトとの混合組織からなるものである。具体的には、上記金属組織は、焼戻しマルテンサイト、または焼戻しマルテンサイトおよび焼戻しベイナイトを含み、かつ焼戻しマルテンサイトおよび焼戻しベイナイトの合計面積率が95%以上である。
【0052】
組織中にフェライト・パーライト組織が存在すると、介在物起点の破損が解消されたとしても、局所的に硬さの低いフェライト相を起点として破損が生じるため、巨視的な硬さおよび引張強さから期待される限界内圧が得られない。また、焼戻しマルテンサイトを含まない組織またはフェライト・パーライト組織では高い引張強さを確保することが困難になる。
【0053】
また、上述のように、格子ひずみおよび転位に水素が吸収されることによって水素脆化が生じるのを抑制するため、格子ひずみおよび転位を低減する必要がある。具体的には、CoKα特性X線回折による(211)回折面の格子面間隔を1.1716Å以下とし、かつ(211)回折面の半価幅を1.200°以下とする。測定にはX線回折装置を用い、測定条件はCoKα特性X線、管電圧30kV、管電流100mAとする。
【0054】
(211)回折面に着目したのは、炭素が固溶した際に炭素原子が(001)面間に侵入してその格子面間隔を広げること、(001)面そのものは回折面にならず、(001)面の変化が幾何学的には(211)面に影響するためである。格子面間隔dは、回折角(ピークの角度,2θ)から次式のブラッグの式を用いて計算した。
λ=2×d×sinθ
但し、λは回折X線の波長であり、CoKα線では1.789Åである。
【0055】
回折角の較正は、Si標準板を用いて特定面の回折ピーク位置が基準位置に対してずれがないかを確認することにより行う。また、半価幅については、LaB6(六ホウ化ランタン)を標準試料として用い、予め装置の幅広がりを計測することにより、補正を行うこととする。
【0056】
さらに、耐水素脆化性を確保するためには、水素のトラップサイトとなる微細なセメンタイトを分散させる必要がある。一方、粗大なセメンタイトの量が多くなると、粗大なセメンタイト自身が水素割れの起点および進展経路となるだけでなく、微細なセメンタイトの確保が困難になる。そのため、直径が50nm以上の粗大なセメンタイトの個数密度を20/μm2以下とする。
【0057】
本発明において、粗大なセメンタイトの個数密度は、透過電子顕微鏡(TEM)を用いた観察により測定するものとする。具体的には、鋼管の肉厚中央部から、厚さ100nmの薄膜を作製し、30000倍の倍率でTEMによる観察を行う。そして、直径が50nm以上のセメンタイトを特定する。なお、各粒を楕円近似して長径および短径を測定し、その平均値をセメンタイトの直径とする。そして、特定された粗大なセメンタイトの個数を視野面積で除することで、個数密度を求める。
【0058】
3.機械的性質
本発明に係る燃料噴射管用鋼管の肉厚中央部における硬さは、350~460HV1である。上記硬さが350HV1未満では、十分な強度および限界内圧を得ることができない。一方、上記硬さが460HV1を超えると、耐水素脆化性が顕著に低下する。なお、「HV1」は、試験力を9.8N(1kgf)として、ビッカース硬さ試験を実施した場合の「硬さ記号」を意味する(JIS Z 2244:2009を参照)。
【0059】
肉厚中央部における硬さが350HV1以上となることによって、1100MPa以上の引張強さと350MPa以上の限界内圧とが得られる。限界内圧が350MPa以上となることによって、破壊疲労に対する安全性を確保することが可能になる。1200MPa以上の引張強さを得たい場合には、上記硬さは400HV1以上であることが好ましい。
【0060】
なお、本発明において、限界内圧とは、内圧疲労試験において最低内圧を18MPaとして、時間に対して正弦波をとる繰返し内圧変動を与え、繰返し数が107回になっても破損(リーク)が生じない最高内圧(MPa)を意味する。具体的には、縦軸を最大内圧とし、横軸を破損繰返し数としたS-N線図上で、破損が生じた最大内圧の最小値と、107回になっても破損しなかった最大値の中間値を限界内圧とする。
【0061】
4.寸法
本発明に係る燃料噴射管用鋼管の寸法については特に制限は設けない。しかしながら、一般的に燃料噴射管は使用時における内部の圧力変動を少なくするために、ある程度の容量が必要となる。そのため、本発明に係る燃料噴射管用鋼管の内径は2.5mm以上であることが望ましく、3.0mm以上であることがより望ましい。また、燃料噴射管は高い内圧に耐える必要があるため、鋼管の肉厚は1.5mm以上であることが望ましく、2.0mm以上であることがより望ましい。一方、鋼管の外径が大きすぎる場合、曲げ加工等が困難になる。そのため、鋼管の外径は20mm以下であることが望ましく、10mm以下であることがより望ましい。
【0062】
さらに、高い内圧に耐えるためには、鋼管の内径が大きいほどそれに応じて肉厚を大きくすることが望ましい。鋼管の内径が一定であれば、肉厚が大きくなるに従い、鋼管の外径も大きくなる。すなわち、高い内圧に耐えるためには、鋼管の内径が大きいほど鋼管の外径も大きくすることが望ましい。燃料噴射管用鋼管として十分な限界内圧を得るためには、鋼管の外径および内径は下記(i)式を満足することが望ましい。
D/d≧1.5 ・・・(i)
但し、上記(i)式中のDは燃料噴射管用鋼管の外径(mm)、dは内径(mm)である。
【0063】
なお、上記の鋼管の外径および内径の比であるD/dは2.0以上であることがより望ましい。一方、D/dの上限は特に設けないが、その値が過大であると曲げ加工が困難になることから、3.0以下であることが望ましく、2.8以下であることがより望ましい。
【0064】
5.製造方法
本発明に係る燃料噴射管用鋼管の製造方法について特に制限はないが、例えば、継目無鋼管から製造する場合、以下の方法で予め介在物を抑制した鋼塊を準備し、その鋼塊からマンネスマン製管等の手法で素管を製造し、冷間加工により所望の寸法形状にした後、熱処理をすることによって、製造することができる。
【0065】
介在物の形成を抑制するためには、上述のように化学組成を調整すると共に、鋳込み時の鋳片の断面積を大きくすることが好ましい。鋳込み後、凝固するまでの間に大きな介在物は浮上するからである。鋳込み時の鋳片の断面積は200,000mm2以上であることが望ましい。さらに、鋳造速度を遅くすることにより、軽い非金属介在物をスラグとして浮上させて鋼中の非金属介在物そのものを減少させることができる。例えば、連続鋳造においては鋳込み速度0.3~0.7m/minで実施できる。
【0066】
このようにして得られた鋳片から、例えば分塊圧延等の方法で製管用のビレットを準備する。そして、例えば、マンネスマン-マンドレルミル製管法で穿孔圧延、延伸圧延を行い、ストレッチレデューサー等による定径圧延で所定の熱間製管の寸法に仕上げる。次いで、冷間引抜加工を数回繰り返して、所定の冷間仕上げの寸法とする。冷間引抜きにあたっては、その前に、またはその中間で応力除去焼鈍を行うことで冷間引抜加工を容易にすることができる。また、プラグミル製管法等、他の製管法を用いることも可能である。
【0067】
このようにして、最終の冷間引抜加工を行った後、目的とする燃料噴射管としての機械特性を充足させるため、焼入れおよび焼戻しの熱処理を行う。
【0068】
焼入れ処理においては、Ac3変態点+30℃以上の温度に加熱、急冷を行うのが好ましい。加熱温度をAc3変態点+30℃以上とすることで、焼入れによるマルテンサイト形成が十分となり、所望の引張強さを得ることができる。また、粗大なセメンタイトの個数を低減し、微細分散させるためには、加熱時に炭素を完全に固溶させる必要がある。加熱温度がAc3変態点+30℃未満では、炭素を完全に固溶することができないおそれがある。一方、加熱温度は、1150℃以下とすることが好ましい。加熱温度が1150℃を上回るとγ粒の粗大化が生じやすくなるためである。加熱温度は1000℃以上とすることがより好ましい。
【0069】
Ac3変態点は、非特許文献2に記載の下記式に従って算出する。
Ac3(℃)=912-230.5C+31.6Si-20.4Mn-39.8Cu-18.1Ni-14.8Cr+16.8Mo
但し、上記式中の元素記号は、鋼材中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表し、含有されない場合には0を代入するものとする。
【0070】
焼入れ時の加熱方法は、特に限定されるものではないが、高温長時間の加熱は、保護雰囲気でない場合においては、鋼管表面に生成するスケールが多くなり、寸法精度および表面性状の低下に繋がるので、ウォーキングビーム炉等、炉加熱の場合は、10~20min程度の短時間の保持時間にすることが好ましい。スケール抑制の観点からは、加熱雰囲気として、酸素ポテンシャルの低い雰囲気または非酸化性の還元雰囲気が好ましい。
【0071】
加熱方式として高周波誘導加熱方法または直接通電加熱方法を採用すれば、短時間保持の加熱を実現することができ、鋼管表面に発生するスケールを最小に抑制することが可能となるため好ましい。この場合、上記加熱温度での保持時間は1s以下とすることが好ましい。また、加熱時に炭素を完全に固溶させるためには、加熱速度は比較的低くすることが好ましく、20~80℃/sとするのが好ましい。
【0072】
焼入れ時の冷却については、所望の強度を安定かつ確実に得るために、500~800℃の温度範囲における冷却速度を50℃/s以上とすることが好ましく、100℃/s以上とすることがより好ましく、125℃/s以上とすることがさらに好ましい。冷却方法としては、水焼入れ等の急冷処理を用いるのが好ましい。
【0073】
急冷されて常温まで冷却された鋼管は、そのままの状態では硬くて脆い。それに加えて、固溶Cによる格子ひずみおよび転位により、耐水素脆化性が悪化するおそれがある。そのため、焼戻しするのが好ましい。但し、焼戻しの温度が450℃を超えると、硬さの低下が著しく、所望の強度を得ることが困難になる。一方、焼戻し温度が250℃未満では焼戻しが不十分となりやすく、靭性および加工性が不十分になるおそれがある上に、格子ひずみおよび転位の低減が不十分となる。したがって、焼戻し温度は250~450℃とすることが好ましく、300~420℃とすることがさらに好ましい。焼戻し温度での保持時間は特に限定されるものではないが、通常は10~120min程度である。なお、焼戻しの後、適宜ストレートナー等で曲がりを矯正してもよい。
【0074】
本発明の燃料噴射管用鋼管は、例えばその両端部分に接続頭部を形成することで、高圧燃料噴射管とすることができる。
【0075】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0076】
表1に示す化学成分を有する11種の鋼素材を製造した。いずれも、連続鋳造では鋳込み時の鋳造速度を0.5m/minとし、鋳片の断面積を200,000mm2以上とした。
【0077】
【0078】
上記鋼素材から製管用ビレットを製造し、マンネスマン-マンドレル製管法で穿孔圧延、延伸圧延を行い、ストレッチレデューサー定径圧延により、外径34mm、肉厚4.5mmの寸法に熱間製管した。この熱間仕上げされた素管を抽伸するために、まず素管先端を口絞りし、潤滑剤を塗布した。続いて、ダイスおよびプラグを用いて引抜加工を行い、必要に応じて軟化焼鈍を行い、徐々に管径を縮小し、外径8.0mm、内径4.0mmの鋼管に仕上げた。
【0079】
【0080】
そして、表2に示す条件で焼入れ焼戻し処理を行い、外内表面のスケール除去・平滑化処理を行った。この時焼入れ処理は、表2中の試験No.1~8および11~19では表2に示す昇温速度で1100℃まで高周波加熱し、50℃/s以上で急冷(保持時間1s以下)し、試験No.9および10では、それぞれ1000℃および1100℃で10min保持した後、50℃/s以上で水冷する条件で行った。焼戻し処理は、150~640℃で10min保持後放冷の条件で行った。具体的な焼戻し温度は表2に併記する。
【0081】
得られた鋼管に関して、JIS Z 2241(2011)に規定の11号試験片による引張試験を行い、引張強さを求めた。なお、鋼管に十分な長さの直管部がない場合は、非特許文献1に示されるような薄肉ダンベル形状の小型試験片を切り出して引張試験を行ってもよい。
【0082】
また、各鋼管から組織観察用の試料を採取し、管軸方向に垂直な断面を機械研磨した。エメリーペーパーとバフで研磨後、ナイタール腐食液を用いて、実質的に焼戻しマルテンサイト単相または焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトとの混合組織であることを確認した。すなわち、いずれの組織おいても、焼戻しマルテンサイトおよび焼戻しベイナイトの合計面積率が95%以上であった。
【0083】
また、X線回折装置を用いて、(211)回折面の格子面間隔および半価幅の測定を行った。測定条件はCoKα特性X線、管電圧30kV、管電流100mAとした。回折角の較正は、Si標準板を用いて特定面の回折ピーク位置が基準位置に対してずれがないかを確認することにより行い、半価幅については、LaB6(六ホウ化ランタン)を標準試料として用い、予め装置の幅広がりを計測することにより、補正を行った。
【0084】
さらに、走査電子顕微鏡(SEM)を用いて、予備的なセメンタイトの観察を行った。その結果、試験No.7においては、セメンタイトと思われる粒状のコントラストが認められ、それ以外については、認められなかった。そこで、試験No.7に加えて、その他の試料の代表として試験No.4、5および8について、TEMを用いた観察を行った。
【0085】
具体的には、鋼管の肉厚中央部から、厚さ100nmの薄膜を作製し、30000倍の倍率でTEMによる観察を行い、直径が50nm以上のセメンタイトを特定した。なお、各粒を楕円近似して長径および短径を測定し、その平均値をセメンタイトの直径とした。そして、特定された粗大なセメンタイトの個数を視野面積で除することで、個数密度を求めた。
【0086】
試験No.1~3、6および9~19については、TEM観察は行っていないが、焼入れ時の加熱条件が試験No.4および8と同じであることから、粗大なセメンタイトの個数密度については、試験No.4および8の値の範囲と同等であり、少なくとも焼入れ時の昇温速度の高い試験No.5の値を下回るものと考えられる。
【0087】
次に、鋼管の肉厚中央部において、JIS Z 2244(2009)に基づくビッカース硬さの測定を行った。試験力は9.8N(1kgf)とした。
【0088】
内圧疲労試験は、以下の手順により実施した。まず、各鋼管を長さ200mmに切断し、管端加工を施し、内圧疲労試験用噴射管試験片とした。疲労試験は、試料の片側端面をシールし、もう片側端面より試料内部に圧力媒体として作動油を封入し、封入部の内圧を最大内圧から最小18MPaの範囲で、時間に対して正弦波をとるように繰返し変動させるものである。内圧変動の周波数は8Hzとした。内圧疲労試験の結果として繰返し数が107回になっても破損(リーク)が起こらない最大内圧を限界内圧として評価した。
【0089】
さらに、耐水素脆化性の評価のため、以下の方法により、拡散性水素量の測定を行った。まず、各鋼管を長さ10mmに切断し、四重極水素分析計にセットした後、常温から300℃まで昇温し、放出水素の総量を測定し、これを拡散性水素量C0とした。
【0090】
続いて、
図1に示す形状の試験片を作製し、水素チャージしながら試験荷重を最長200時間かけ続ける水素チャージ定荷重試験を行った。なお、
図1に示す寸法の単位はmmである。水素チャージは、試験片を電解液に浸漬し、陰極として電位を付与することにより行った。電解液には、チオシアン酸アンモニウムを添加した食塩水を用い、その濃度および電流密度を調整することで、侵入水素量を調整した。
【0091】
試験荷重については、以下の手順で決定した。鋼管の引張試験を行って得られた応力-ひずみ曲線を入力データとした弾塑性FEM解析を実噴射管に対して行い、その最大応力を明らかにした。次に、試験片の弾塑性解析を行って、試験片切欠き部に生じる最大応力が実噴射管と同じになる荷重を明らかにし、これを試験荷重とした。
【0092】
水素チャージ定荷重試験中に破断した時点、または未破断のまま200時間経過時点で、試験片を取り出し、その拡散性水素量を測定し、これを臨界拡散性水素量Cthとした。但し、未破断の場合のCthは測定値以上ということになる。臨界拡散性水素量Cthを拡散性水素量C0で除したCth/C0を耐水素安全係数と呼び、これを評価指標とした。本発明においては、過去のデータに基づき、耐水素安全係数が2.0以下の場合に水素脆性のリスクがあり、2.0を超える場合に水素脆性のリスクはないと判断した。
【0093】
それらの結果を表2に併記する。
【0094】
表2に示すように、本発明の規定を満足する試験No.3~5、8および11~15では、高い限界内圧と優れた耐水素脆化性とを有することが分かる。これに対して、試験No.1、2、6、7、9、10および16~19は、本発明の規定のいずれかを満足しない比較例である。
【0095】
具体的には、試験No.1および2では、焼戻し温度が高く、硬さが低下したため、限界内圧も劣る結果となった。一方、試験No.6、9および10では、焼戻し温度が低く、格子ひずみが低減できておらず、また試験No.6および10では硬さも過剰であったため、耐水素脆化性が劣化する結果となった。試験No.7では、焼入れ時の昇温速度が高いため、炭素を完全に固溶できず、粗大な炭化物の個数密度が過剰となったため、耐水素脆化性が劣化する結果となった。
【0096】
さらに、試験No.16では、C含有量が低すぎるため、硬さが低く、限界内圧も劣る結果となった。試験No.17では、Ti含有量が高すぎ、試験No.18では、TiおよびNbの含有量がいずれも低く、試験No.19では、Nbを含まなかったため、いずれも限界内圧が劣る結果となった。
【産業上の利用可能性】
【0097】
本発明によれば、1100MPa以上の引張強さを有すると共に、耐水素脆化性に優れる燃料噴射管用鋼管を得ることが可能となる。したがって、本発明に係る燃料噴射管用鋼管は、特に自動車用の燃料噴射管として好適に用いることができる。