(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-06
(45)【発行日】2022-12-14
(54)【発明の名称】視覚異常検出方法、視覚異常検出装置及び操縦支援システム
(51)【国際特許分類】
A61B 3/10 20060101AFI20221207BHJP
【FI】
A61B3/10
A61B3/10 ZDM
(21)【出願番号】P 2021121247
(22)【出願日】2021-07-26
【審査請求日】2021-07-26
(73)【特許権者】
【識別番号】390014306
【氏名又は名称】防衛装備庁長官
(74)【代理人】
【識別番号】100067323
【氏名又は名称】西村 教光
(74)【代理人】
【識別番号】100124268
【氏名又は名称】鈴木 典行
(72)【発明者】
【氏名】鳥畑 厚志
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 俊一
(72)【発明者】
【氏名】川内 聡子
【審査官】▲高▼木 尚哉
(56)【参考文献】
【文献】特表2011-515189(JP,A)
【文献】特開2012-081285(JP,A)
【文献】特開2014-217440(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 3/00-3/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
加速度環境下にある航空機の搭乗員において虚血により発生する視覚異常を非侵襲的にリアルタイムで検出する視覚異常検出方法であって、
被験者の眼球に計測光
として無害な近赤外線を照射し、網膜からの反射光の信号強度を測定し、前記信号強度が所定の基準を越えて増加した場合に被験者に
加速度による虚血を原因とする視覚異常が発生したと判定することを特徴とする視覚異常検出方法。
【請求項2】
加速度環境下にある航空機の搭乗員において虚血により発生する視覚異常を非侵襲的にリアルタイムで検出する視覚異常検出装置であって、
計測光
として無害な近赤外線を発生させる光源と、
前記光源からの計測光を被験者の眼球に誘導するとともに、網膜からの反射光を眼球外で誘導する光誘導路と、
前記光誘導路によって誘導された反射光の信号強度を測定する受光素子と、
前記受光素子によって測定された反射光の信号強度を解析し、反射光の信号強度が所定の基準を越えて増加した場合に被験者に
加速度による虚血を原因とする視覚異常が発生したと判定する解析装置と、
を有することを特徴とする視覚異常検出装置。
【請求項3】
前記解析装置は、前記信号強度のS/N比が3倍以上となった場合に、被験者に視覚異常が発生したと判定する判定部を有することを特徴とする請求項2に記載の視覚異常検出装置。
【請求項4】
環境光を計測する環境光計測素子を有し、
前記解析装置は、前記環境光計測素子が計測した環境光の信号強度を用いて、前記受光素子によって測定された反射光の信号強度を補正することを特徴とする請求項2又は3に記載の視覚異常検出装置。
【請求項5】
航空機の搭乗員に視覚異常が発生した際に航空機の操縦を支援する操縦支援システムであって、
計測光を発生させる光源と、前記光源からの計測光を搭乗員の眼球に誘導するとともに、網膜からの反射光を眼球外で誘導する光誘導路と、前記光誘導路によって誘導された反射光の信号強度を測定する受光素子と、前記受光素子によって測定された反射光の信号強度を解析し、反射光の信号強度が所定の基準を越えて増加した場合に搭乗員に視覚異常が発生したと判定する解析装置と、を有する視覚異常検出装置と、
搭乗員に視覚異常が発生したことを前記視覚異常検出装置が検出した視覚異常検出時に航空機に対して加速度を減じるような運動制御を行わせる航空機運動制御装置と、前記視覚異常検出時に搭乗員の視覚異常の発生を搭乗員に警告する警報装置と、前記視覚異常検出時に搭乗員の視覚異常の発生を外部指揮所に通知する外部通信装置を含む操縦支援装置群から選択された1以上の操縦支援装置と、
を有することを特徴とする操縦支援システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加速度環境下において被験者に発生した視覚異常を検出する方法及び装置に係り、特に、典型的には航空機の加速度環境下において、操縦者の眼球で発生する虚血を原因とした視覚異常を非侵襲的にリアルタイムで検出する方法及び装置と、同装置を利用した航空機の操縦支援システムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
下記非特許文献1には、近赤外分光法を利用して脳中酸素飽和度を計測することにより、航空機の搭乗員に発生する加速度誘発性意識消失の検出を目指す技術について記載されている。
【0003】
下記非特許文献2には、近赤外分光を用いた拡散反射光計測による低酸素性低酸素下の脳活動度の計測法について記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Cerebral Near-Infrared Spectroscopy to evaluate anti-G straining maneuvers in Centrifuge Training, A Kobayashi et al, Avia. Space and Environ. Med. 2012
【文献】Light-scattering signal may indicate critical time zone to rescue brain tissue after hypoxia, S. Kawauchi et al, J. Biomed. Optics, 2011
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記非特許文献1に記載の技術によれば、低酸素症に関連して、脳内酸素化ヘモグロビン量の変化を計測できるものの、加速度負荷に伴う視覚異常や意識消失自体を計測することはできないため、現時点では実用性に乏しい。
【0006】
上記非特許文献2に記載の技術によれば、低酸素性低酸素下の脳の生死の判定に用いることは可能であるものの、視覚異常や意識消失自体を検出することはできない上、計測時に、頭皮を切除し、頭蓋骨を露出する侵襲性を伴うため、疾病や外傷のない健全な人体に適用することはできない。
【0007】
本発明は、以上説明した従来の技術に鑑みてなされたものであり、飛行中の航空機内のような加速度環境下において、搭乗員の眼球で発生する虚血を原因とした視覚異常を非侵襲的にリアルタイムで検出する方法及び装置と、同装置を利用した航空機の操縦支援システムを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
請求項1に記載された視覚異常検出方法は、
加速度環境下にある航空機の搭乗員において虚血により発生する視覚異常を非侵襲的にリアルタイムで検出する視覚異常検出方法であって、
被験者の眼球に計測光として無害な近赤外線を照射し、網膜からの反射光の信号強度を測定し、前記信号強度が所定の基準を越えて増加した場合に被験者に加速度による虚血を原因とする視覚異常が発生したと判定することを特徴としている。
【0009】
請求項2に記載された視覚異常検出装置は、
加速度環境下にある航空機の搭乗員において虚血により発生する視覚異常を非侵襲的にリアルタイムで検出する視覚異常検出装置であって、
計測光として無害な近赤外線を発生させる光源と、
前記光源からの計測光を被験者の眼球に誘導するとともに、網膜からの反射光を眼球外で誘導する光誘導路と、
前記光誘導路によって誘導された反射光の信号強度を測定する受光素子と、
前記受光素子によって測定された反射光の信号強度を解析し、反射光の信号強度が所定の基準を越えて増加した場合に被験者に加速度による虚血を原因とする視覚異常が発生したと判定する解析装置と、
を有することを特徴としている。
【0010】
請求項3に記載された視覚異常検出装置は、請求項2に記載の視覚異常検出装置において、
前記解析装置は、前記信号強度のS/N比が3倍となった場合に、被験者に視覚異常が発生したと判定する判定部を有することを特徴としている。
【0011】
請求項4に記載された視覚異常検出装置は、請求項2又は3に記載の視覚異常検出装置において、
環境光を計測する環境光計測素子を有し、
前記解析装置は、前記環境光計測素子が計測した環境光の信号強度を用いて、前記受光素子によって測定された反射光の信号強度を補正することを特徴としている。
【0012】
請求項5に記載された操縦支援システムは、
航空機の搭乗員に視覚異常が発生した際に航空機の操縦を支援する操縦支援システムであって、
計測光を発生させる光源と、前記光源からの計測光を搭乗員の眼球に誘導するとともに、網膜からの反射光を眼球外で誘導する光誘導路と、前記光誘導路によって誘導された反射光の信号強度を測定する受光素子と、前記受光素子によって測定された反射光の信号強度を解析し、反射光の信号強度が所定の基準を越えて増加した場合に搭乗員に視覚異常が発生したと判定する解析装置と、を有する視覚異常検出装置と、
搭乗員に視覚異常が発生したことを前記視覚異常検出装置が検出した視覚異常検出時に航空機に対して加速度を減じるような運動制御を行わせる航空機運動制御装置と、前記視覚異常検出時に搭乗員の視覚異常の発生を搭乗員に警告する警報装置と、前記視覚異常検出時に搭乗員の視覚異常の発生を外部指揮所に通知する外部通信装置を含む操縦支援装置群から選択された1以上の操縦支援装置と、
を有することを特徴としている。
【発明の効果】
【0013】
請求項1に記載された視覚異常検出方法によれば、被験者の眼球に計測光を照射し、網膜からの反射光の信号強度を測定し、その信号強度が所定の基準を越えて増加した場合には、被験者の眼球でブラックアウト等の視覚異常が発生したものと判定することができる。本発明が適用される典型的な例としては、加速度環境下にある航空機の搭乗員の眼球に虚血が発生し、これを原因としてブラックアウト等の視覚異常が発生した場合を挙げることができる。このような虚血に起因する視覚異常は、網膜の神経細胞に形態的な変化を生じさせるものと考えられるところ、本発明は、網膜の神経細胞の係る形態的変化を、光学的手法を用いて非侵襲的にリアルタイムで検出できる。従って、飛行中の航空機内のような加速度環境下において、搭乗員の眼球で発生する虚血を原因とした視覚異常を、搭乗員に負担をかけることなくリアルタイムで客観的に検出することができ、その検出結果を利用して種々の対策を実行することにより、航空機の操縦に危険が及ばないようにすることができる。
【0014】
請求項2に記載された視覚異常検出装置によれば、光源からの測定光を光誘導路で被験者の眼球に確実に導き、被験者の網膜からの反射光を光誘導路で受光素子に確実に導くことができ、受光素子によって測定された反射光の信号強度を解析装置で解析することにより、被験者の網膜において虚血を原因として発生する視覚異常を光学的な手段で確実に検出して請求項1に記載された視覚異常検出方法と同様の効果を得ることができる。
【0015】
請求項3に記載された視覚異常検出装置によれば、受光素子によって測定された反射光の信号強度が所定の基準値を越えた場合、すなわち当該信号強度がそのS/N比の3倍以上の増加を示した場合に、被験者に視覚異常が発生したものと判定することができる。すなわち、予め行われた動物実験の際には、網膜からの反射光の信号強度を受光素子により測定するとともに、併せて網膜電位計測も行い、受光素子の信号強度が前記基準値を越えて増大したタイミングで、網膜電位計測による電位の変化がゼロになったこと、すなわちブラックアウト等の視覚異常が実際に起きていることを確認しているので、反射光を受けた受光素子が出力する信号強度が所定の基準値を越えて増大したときに、ブラックアウトが実際に起きていることを確実に判定することができる。
【0016】
請求項4に記載された視覚異常検出装置によれば、環境光計測素子によって計測した環境光の信号強度を用いて網膜からの反射光の信号強度を補正することができるため、被験者に発生する視覚異常の判定を正確かつ確実に行うことができる。
【0017】
請求項5に記載された操縦支援システムによれば、飛行している航空機の搭乗員の眼球に、光源からの測定光を光誘導路で確実に導き、また搭乗員の網膜からの反射光を光誘導路で受光素子に確実に導くことができるので、飛行中の航空機内の加速度環境下において、搭乗員の眼球で発生する虚血を原因とした視覚異常を、搭乗員に負担をかけることなくリアルタイムで客観的に検出することができる。そして、搭乗員に視覚異常が発生したと判定された場合には、その情報を用いて1又は複数の操縦支援装置を機能させることによって航空機の操縦に危険が及ばないようにすることができる。具体的には、操縦支援装置としての航空機運動制御装置を作動させ、航空機に対して加速度を減じるような運動制御を行わせることができる。また、操縦支援装置としての警報装置を作動させ、搭乗員の視覚異常の発生を本人及び他の搭乗員(操縦者を含む)に警告することができる。さらにまた、操縦支援装置としての外部通信装置を作動させ、搭乗員の視覚異常の発生を外部指揮所に通報することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】加速度負荷が人体に与える影響を説明する概念図である。
【
図2】実施形態の操縦支援システムによって網膜の神経細胞の形態変化を検出する原理を説明する図であって、操縦者の眼球に計測光が入射し、網膜で反射して反射光として眼球から出射する状況を示す模式図である。
【
図3】実施形態の操縦支援システムの構成を示す機能ブロック図である。
【
図4】実施形態の操縦支援システムの研究において動物実験により得られた視覚異常の発生を示すデータの一例であって、被験体の眼球に加える圧力を変化させることによって再現した変化する加速度環境と、被験体の網膜からの反射光の信号強度との関係を示すグラフである。
【
図5】実施形態の操縦支援システムの研究において、所定の計測期間において被検体の動物の網膜に2秒に1回の割合で所定の光刺激を与えて網膜電位を測定し、光刺激を与えるごとに得られる複数の測定結果について、光刺激を与えてから300ミリ秒の間の網膜電位の時間変化を加算平均したデータの一例であって、分図(a)は、
図4における被験体の動物の眼球に圧力を加えない状態(加速度1G相当)を維持した0秒から120秒の計測期間(2分間)において得られた網膜電位の加算平均を示すグラフであり、分図(b)は、
図4における被験体の動物の眼球に圧力を加えた状態(加速度6G相当)に至った120秒から180秒の計測期間(1分間)において得られた網膜電位の加算平均を示すグラフであり、分図(c)は、
図4における被験体の動物の眼球に圧力を加えた状態(加速度6G相当)に至った180秒から420秒の計測期間(4分間)において得られた網膜電位の加算平均を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態を
図1~
図5を参照して説明する。
本実施形態は、加速度環境下にある航空機の搭乗員(操縦者を含む)の眼球に測定光を照射し、網膜で反射して戻ってきた測定光の信号強度を測定し、その信号強度の変化を用いて搭乗員の視覚異常を非侵襲的にリアルタイムで検出する視覚異常検出装置と、同装置を利用して航空機の操縦の安全を図る航空機の操縦支援システムに関するものである。
【0020】
航空機の旋回時、搭乗員は、足から頭の方向に向かう加速度を受け、頭から足に向かう方向の強い力を受けて座席に押し付けられる。このような加速度環境下では、搭乗員の頭部の血流は減少し、脳や眼球への動脈血の供給が急激に不足する高度の局所的貧血、すなわち虚血の状態となる場合がある。酸素のみが減少する低酸素症とは異なり、加速度による虚血の場合には、脳細胞にエネルギーを供給するグルコースと酸素の両方が不足するため、より重大な結果をもたらす場合が多い。特に、眼圧は脳圧よりも大きく、加速度環境下での虚血の場合には脳に先駆けて視覚に異常が出る場合が多い。
【0021】
図1は、加速度負荷が人体に与える影響を説明する概念図である。この図に示すように、地上の重力加速度下では脳も眼球も正常な機能を示すが、加速度が大きくなるにつれてグレイアウト(Gray-out)、ブラックアウト(Blackout)といった視覚異常が出現し、加速度環境への曝露がさらに持続すると、全ての感覚が失われる加速度誘発性意識消失(Gravity induced Loss of Consciousness: G-LOC)に至る。事故防止の観点から、「背景技術」の項で説明したように、これら危険な症状の検出については様々な試みがなされているが、実用的で有効な手段の確立には至っていない。
【0022】
本発明の発明者等は、研究の開始にあたり、加速度環境下にある航空機の搭乗員において虚血のために発症する視覚異常を検出するための実用的な方法及び装置の開発を目標とした。そして、本発明者等は、そのような実用的な方法・装置としては、搭乗員にとって非侵襲的であり、かつ視覚異常をリアルタイムで検出できるものでなければならないと考え、これを実用化すべく鋭意研究を続けてきた。そのような研究の試行錯誤の過程において、本発明者等は、加速度環境下で虚血に陥った搭乗員の網膜の神経組織には視覚異常に伴う何らかの形態変化が起きているのではないか、という発想に到達し、さらに、仮に航空機の搭乗員(被験者)の網膜の神経組織に形態変化が起きているのであれば、これを光学的な手段で検出することができるのではないかとの着想に至った。
【0023】
図2は、本発明者等の上記着想を説明する図であって、同時に、以下に説明する実施形態の操縦支援システムにおいて、神経組織(網膜、視神経等)の形態変化を非侵襲的な手段である光学的手法で検出する原理を説明する図でもある。この図に示すように、搭乗員の眼球に、不可視光である近赤外光を計測光として入射させると、入射光は神経組織の網膜で反射し、反射光として眼球から出射してくる。
【0024】
本発明者等の研究によれば、加速度環境下で虚血に陥った搭乗員の網膜の神経組織では、ミトコンドリアの少なくとも一部が破壊されており、高分子構造のミトコンドリアが多数の低分子に分解することで、特に可視光に較べて波長の長い近赤外光は散乱されやすくなり、反射光の信号強度が増大するものと考えられる。従って、航空機の加速度環境下の虚血によって搭乗員の網膜に上述のような形態的変化が生じている場合には、搭乗員の眼球に無害な近赤外光を測定光として照射し、網膜で反射して戻ってきた測定光(散乱光)の信号強度を測定すれば、その信号強度は増大しているはずであり、その信号強度の有意の変化を捉えることで、搭乗員の視覚異常を検出することができる。
【0025】
図3は、実施形態の操縦支援システムの構成を示す機能ブロック図であり、この図を参照して操縦支援システムの構成及び機能を説明する。この操縦支援システムは、航空機に搭載されるシステムであって、視覚異常検出装置100と、視覚異常検出装置100に接続された操縦支援装置90を備えている。
【0026】
視覚異常検出装置100の構成は次の通りである。
光源1は、制御器10の制御により計測光11を発生させる。計測光11は不可視である近赤外線光(波長780nm以上)であり、搭乗員40の活動の妨げになることはない。また計測光11の照射強度は、制御器10の制御により搭乗員40にとって非侵襲的なレベルに設定、維持される。搭乗員40に対する光源1から照射された計測光11は、光誘導路としての光ファイバー20に誘導されて、搭乗員40が装着しているゴーグル3に設けられた照射部31から、搭乗員40の眼球の網膜4に向けて照射される。網膜4で反射した計測光11は、反射光(散乱光)41として照射部31に入射し、光ファイバー20に誘導されて反射光分離光学フィルター2に入り、計測光11と分離され、光ファイバー20を経て受光部6の受光素子60に入射する。受光素子60は、反射光の信号強度を測定する。
【0027】
受光素子60が測定した反射光の信号強度のデータは、記憶装置7に記憶されるとともに、解析装置80に送られて解析される。解析装置80は演算部81と判定部82を有している。演算部81は、信号強度のデータを数値微分解析法等の手法で必要な演算を加え、判定部82は、演算部81による演算処理を受けた信号強度のデータを所定の基準に従って判定し、反射光の信号強度が基準を越えて増加した場合には、搭乗員に視覚異常が発生したと判定する。
【0028】
本実施形態の解析装置80の判定部82における信号強度の判定基準、すなわち搭乗員に視覚異常が発生したか否かを反射光41の信号強度に基づいて判断するための基準値は、信号強度のS/N比で3倍とする。すなわち、反射光41の信号強度のS/N比が3を越えた場合に、搭乗員に視覚異常が発生したと判定する。
【0029】
上述した判定の基準値としてS/N比=3を設定したのは次の理由による。分析化学の分野では、分析対象の検出限界を求める方法として、シグナルに対するノイズの比率を基準とすることが、有効な方法の一つとして推奨されており、その検出限界設定には3~2:1のシグナル対ノイズ比が一般的に許容されている。ところで、加速度環境下での虚血の場合には、通常は血圧よりも低い眼圧が上昇し、血圧に一致した辺りで視覚異常が出現して一気に状態が悪化し、これに対応して反射光の信号強度も急激に上昇する。このため、本実施形態において視覚異常の出現を判定するためには、被験者の個人差を考慮して大きめの数値を採用して3とすれば、誤判断することなく確実かつ速やかに視覚異常の発生を判定することができる。なお、この手法で行った視覚異常の判定が誤っておらず、実際に視覚異常が発生していることは、
図4及び
図5を参照して後述するように動物実験で確認されている。
【0030】
解析装置80には、環境光を計測する環境光計測素子50が接続されている。解析装置は、環境光計測素子50が計測した環境光51の信号強度を用いて、受光素子60によって測定された反射光の信号強度を補正する。
【0031】
なお、以上説明した視覚異常検出装置100は、その構成の全部又は一部を搭乗員40のヘルメットに搭載することができる。例えば、ヘルメットの一部であるゴーグル又はヘルメットとは別体であるゴーグルの適切な位置に照射部31を設けることで、搭乗員40がヘルメット又はゴーグルを装着するだけで、当該搭乗員40の網膜4に対して計測光11を適切な態様で照射し、また反射光41を照射部31で適切な態様で受光できるようにすることが好ましい。なお、照射部31以外の構成部分(記憶装置7、解析装置80等)をヘルメットに搭載することも可能であるが、これらは航空機内に設けておき、搭乗のたびにヘルメットの照射部31とこれらの機器を光ファイバー20で接続するようにしてもよい。
【0032】
視覚異常検出装置100の解析装置80には、ケーブルを介して操縦支援装置90が接続されている。操縦支援装置90は、航空機運動制御装置91と、警報装置92と、外部通信装置93の3つの装置を含んでいる。
【0033】
航空機運動制御装置91は、航空機の操縦システムに接続されており、搭乗員40に視覚異常が発生したことを視覚異常検出装置100が検出した時(視覚異常検出時)に、航空機の操縦システムを制御して機体に生じる加速度を減じるような運動制御を航空機に行わせる。これによって、前記搭乗員の視覚異常が解消され、航空機の飛行を安定化させることができる。
【0034】
警報装置92は、視覚異常検出時に、搭乗員40の視覚異常の発生を、当該搭乗員40及び他の搭乗員に警告する。航空機の搭乗員は、警報に対応して必要な措置をとることにより、航空機の飛行の安全を保持することができる。
【0035】
外部通信装置93は、視覚異常検出時に、搭乗員40の視覚異常の発生を遠隔の外部指揮所200に通知する。通知を受けた外部指揮所200が、当該航空機の搭乗員と連絡をとる等、必要な措置をとることにより航空機の飛行の安全を保持することができる。
【0036】
図4は、実施形態の操縦支援システムの研究・開発において動物実験により得られた視覚異常の発生を示すデータの一例であり、このデータにより、実施形態の視覚異常検出装置100によって航空機の搭乗員40に視覚異常が発生したことを確実に検出できていることが証明されている。
【0037】
前記動物実験では、雄性SDラット(16-17 週齢、n=5 、日本SLC )を吸入麻酔(2%イソフルラン、アッヴィー)下に固定し、自作ビニールマスクにより自発呼吸させた。右眼を散瞳(散瞳薬トロピカミド、0.2 mg/kg 、日本点眼薬研究所)し、右眼上に光学顕微鏡用カバーガラスを置き、CCD カメラ(XCHR-57、ソニー) により網膜に焦点を合わせた。また、右眼に生理食塩水を注入することにより、眼圧を制御できるように構成し、右眼の眼圧を重力加速度の1倍の圧力(1G相当)から、6倍の圧力(6G相当)まで調節できるようにした。そして、右眼の眼圧を1G相当から6G相当まで変化させ、再び1G相当に戻すように制御しつつ、ハロゲン光源(400-900nm) とバンドフィルターにより、近赤外光(780nm )を右眼に照射して網膜画像の撮影を行い、網膜で反射した反射光(散乱光)の信号強度のデータを取得した。
【0038】
図4のグラフから理解されるように、眼圧が1G相当の圧力から6G相当の圧力になると、反射光の信号強度は短時間で一気に増大し、約5%増大した。この増加量は、グラフから明らかなように、反射光の信号強度のS/N比で3を優に越えており、このデータ基づいて判定部82は搭乗員に視覚異常が発生したものと判定することができる。なお、増加量の5%なる数値は一実験例であり、他の複数の実験例を総合すると、6G相当の圧力での信号強度は、1G相当の圧力での信号強度よりも4~15%増大することが判明している。所定時間経過後、右眼への生理食塩水の注入を停止し、右眼の眼圧が1G相当の圧力まで低下すると、反射光の信号強度は徐々に低下していく。
【0039】
図5は、実施形態の操縦支援システムの研究・開発において動物実験で得られたデータであって、前述した動物実験の雄性SDラットの左眼を対象とし、その網膜に2秒に1回の割合で所定の光刺激を与えて網膜電位を測定し、得られた複数の測定結果を平均化したものであり、網膜電位の時間変化を示している。実験条件は概ね前述した通りであり、左眼の眼圧を生理食塩水の注入により1G相当から6G相当まで調節できるようなっているが、反射光の信号強度は測定せず、網膜電位を測定するものとした。
【0040】
図5(a)は、被験体のラットの左の眼球に圧力を加えない状態(加速度1G相当)において得られた網膜電位の時間変化のグラフであり、測定開始から2分間、すなわち
図4の横軸(時間/秒)における0秒から120秒の時間帯でのデータである。加速度1G相当では、網膜電位が上昇しており、光刺激に対して網膜の神経細胞が正常に反応していることが分かる。すなわち、ここでは視覚異常は起きていない。
【0041】
図5(b)は、測定開始後2分が経過し、被験体のラットの左の眼圧を加速度6G相当に上昇させてから、さらに1分が経過するまでに得られた網膜電位の時間変化のグラフであり、
図4の横軸(時間/秒)における測定開始後120秒から180秒の時間帯でのデータである。加速度6G相当の眼圧では、網膜電位の上昇は抑制され、光刺激に対して網膜の神経細胞が正常に反応していないことが分かる。これに対し、
図4では前述したように反射光の信号強度がS/N比で3を優に越えて増加している。すなわち、加速度6G相当の眼圧では、グレーアウト、ブラックアウト等の視覚異常が起きていることが分かる。
【0042】
図5(c)は、測定開始後2分が経過し、被験体のラットの左の眼圧を加速度6G相当に上昇させてから1分経過後、さらに4分経過するまでの4分間に得られた網膜電位の時間変化のグラフであり、
図4の横軸(時間/秒)における測定開始後180秒から420秒の時間帯でのデータである。加速度6G相当の眼圧が4分以上継続したことにより、網膜電位はほぼ0の状態となり、光刺激に対して網膜の神経細胞が反応していないことが分かる。これに対し、
図4では前述したように反射光の信号強度がS/N比で3を優に越えて増加した状態が継続している。すなわち、加速度6G相当の眼圧では、その継続時間が長くなるほど、網膜の神経細胞の機能が低下し、グレーアウト、ブラックアウト等の視覚異常が継続することが分かる。
【0043】
以上説明したように、実施形態の視覚異常検出装置及び操縦支援システムによれば、航空機の加速度環境下で生じる視覚異常の発生自体を非侵襲的な光学的手法により、リアルタイムで正確に検出できるので、虚血により生じる意識消失の前駆症状である視覚異常を確実に検出して危険回避の措置を遅滞なく実施できる。このため、搭乗者が意識消失に陥ることが防止され、航空機の飛行の安全性を担保することが可能となる。なお、この発明は、旋回する航空機で生じる加速度環境以外の加速度環境下においても同様に適用することができる。
【符号の説明】
【0044】
1…光源
2…反射光分離光学フィルター
3…ゴーグル
4…網膜
6…受光部
7…記憶装置
10…制御器
11…計測光
20…光誘導路としての光ファイバー
31…照射部
40…被験者としての搭乗員
41…反射光
50…環境光計測素子
51…環境光
60…受光素子
80…解析装置
81…演算部
82…判定部
90…操縦支援装置
91…操縦支援装置としての航空機運動制御装置
92…操縦支援装置としての警報装置
93…操縦支援装置としての外部通信装置
100…視覚異常検出装置
200…外部指揮所
【要約】
【課題】飛行中の航空機内の加速度環境下で搭乗員の眼球に発生する虚血を原因とした視覚異常を非侵襲的にリアルタイムで検出する装置と、これを利用した航空機の操縦支援システムを提供する。
【解決手段】操縦支援システムは、視覚異常検出装置100と操縦支援装置90からなる。視覚異常検出装置は、搭乗員40の網膜4に計測光11を照射する光源1と、網膜からの反射光41の信号強度を測定する受光素子60と、反射光の信号強度を解析し、反射光の信号強度が所定の基準を越えた場合に搭乗員の視覚異常を判定する解析装置を有する。視覚異常検出時には、航空機運動制御装置93、警報装置92、外部通信装置93が作動して航空機の安全に必要な措置がとられる。
【選択図】
図3