(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-06
(45)【発行日】2022-12-14
(54)【発明の名称】音響処理装置、音響処理方法およびプログラム
(51)【国際特許分類】
G01S 15/36 20060101AFI20221207BHJP
G01S 7/526 20060101ALI20221207BHJP
【FI】
G01S15/36
G01S7/526 J
(21)【出願番号】P 2019223926
(22)【出願日】2019-12-11
【審査請求日】2021-12-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000005326
【氏名又は名称】本田技研工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100126664
【氏名又は名称】鈴木 慎吾
(74)【代理人】
【識別番号】100154852
【氏名又は名称】酒井 太一
(74)【代理人】
【識別番号】100194087
【氏名又は名称】渡辺 伸一
(72)【発明者】
【氏名】中臺 一博
(72)【発明者】
【氏名】岸波 華彦
(72)【発明者】
【氏名】糸山 克寿
(72)【発明者】
【氏名】西田 健次
【審査官】山下 雅人
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-017293(JP,A)
【文献】特開平01-053186(JP,A)
【文献】特開2012-042454(JP,A)
【文献】高尾麻衣子 干場功太郎 中臺一博,可聴音を用いた周波数選択に基づく距離推定法の実環境利用に向けた評価,第49回人工知能学会 AIチャレンジ研究会,日本,人工知能学会,2017年11月25日,29-34
【文献】大亦紀光 上保徹志 中迫昇 森淳,音で距離を測る-帯域信号による実験的検討-, 電子情報通信学会2007年総合大会講演論文集,日本,社団法人電子情報通信学会,2007年03月07日,237
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01S 7/00-17/95
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
音の送信に用いた送信信号と前記音の送信中に受信された音を収音して得られた受信信号との位相差を複数の周波数のそれぞれについて算出する位相差算出部と、
前記位相差に整数周期分の位相を加えて調整した位相差である調整位相差に対応する距離である距離候補のそれぞれに極大値を有する尤度関数を距離候補尤度として前記複数の周波数のそれぞれについて算出する尤度算出部と、
前記距離候補尤度を前記複数の周波数間で統合して統合尤度を算出する尤度統合部と、
前記受信信号のパワースペクトルの周波数変動成分を距離領域に変換して距離スペクトルを算出する距離スペクトル算出部と、
前記距離スペクトルの極大値を与える距離であるピーク距離から所定範囲内における前記統合尤度に基づいて前記音を反射する物体までの距離を推定距離として定める距離推定部と、を備える
音響処理装置。
【請求項2】
前記所定範囲は、前記ピーク距離を中心とする前記統合尤度の半周期である
請求項1に記載の音響処理装置。
【請求項3】
前記尤度統合部は、前記送信信号の周波数ごとの成分比率に比例する重み係数を用いて前記距離候補尤度を周波数間で重み付き加算して前記統合尤度を算出する
請求項1または請求項2に記載の音響処理装置。
【請求項4】
前記距離推定部は、前記所定範囲内における前記統合尤度の最大値を与える距離を前記推定距離として定める
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の音響処理装置。
【請求項5】
前記所定範囲内における前記統合尤度が複数の極大値を有する場合、
前記距離推定部は、前記複数の極大値のそれぞれを与える距離のうち、前記ピーク距離に最も近似する距離を前記推定距離として定める
請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の音響処理装置。
【請求項6】
前記尤度算出部は、
前記距離候補のそれぞれを平均値とする正規分布の総和を前記距離候補尤度として算出する
請求項1から請求項5のいずれか一項に記載の音響処理装置。
【請求項7】
音響処理装置における音響処理方法であって、
音の送信に用いた送信信号と前記音の送信中に受信された音を収音して得られた受信信号との位相差を複数の周波数のそれぞれについて算出する位相差算出ステップと、
前記位相差に整数周期分の位相を加えて調整した位相差である調整位相差に対応する距離である距離候補のそれぞれに極大値を有する尤度関数を距離候補尤度として前記複数の周波数のそれぞれについて算出する尤度算出ステップと、
前記距離候補尤度を前記複数の周波数間で統合して統合尤度を算出する尤度統合部と、
前記受信信号のパワースペクトルの周波数変動成分を距離領域に変換して距離スペクトルを算出する距離スペクトル算出ステップと、
前記距離スペクトルの極大値を与える距離であるピーク距離から所定範囲内における前記統合尤度に基づいて前記音を反射する物体までの距離を推定距離として定める距離推定ステップと、を有する
音響処理方法。
【請求項8】
音響処理装置のコンピュータに、
音の送信に用いた送信信号と前記音の送信中に受信された音を収音して得られた受信信号との位相差を複数の周波数のそれぞれについて算出する位相差算出手順と、
前記位相差に整数周期分の位相を加えて調整した位相差である調整位相差に対応する距離である距離候補のそれぞれに極大値を有する尤度関数を距離候補尤度として前記複数の周波数のそれぞれについて算出する尤度算出手順と、
前記距離候補尤度を前記複数の周波数間で統合して統合尤度を算出する尤度統合部と、
前記受信信号のパワースペクトルの周波数変動成分を距離領域に変換して距離スペクトルを算出する距離スペクトル算出手順と、
前記距離スペクトルの極大値を与える距離であるピーク距離から所定範囲内における前記統合尤度に基づいて前記音を反射する物体までの距離を推定距離として定める距離推定手順と、
を実行させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、音響処理装置、音響処理方法およびプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
周辺環境認識技術は、近年活発に研究されており、自動運転、災害救助、医療など様々な分野で応用されている。その中でも、一次元の距離計測やそれを発展させた二次元の空間認識は基本技術であるとともに応用価値が高い。
距離計測ではレーザ光線や音響を用いる手法がしばしば用いられる。レーザ光線は波長が短く、周囲環境により発生する外乱の影響を受けにくいため、精密な計測を可能とする。しかし、レーザ光線は測定対象物までの伝搬時間が短いため、出射から測定対象物で反射される反射波の到来までのきわめて小さい時間差を検出できる高精度な測定器を要する。また、ガラスなど光を透過する物体、光の反射が少ない黒い物体の検出は困難である。誤作動によるレーザ光線の被曝は危険を招きかねないため、特に人が所在する環境でのレーザ光線の使用は不向きである。
【0003】
受動的な手法として、カメラで撮影した物体の画像を用いる手法がある。この手法は、レーザ光線を用いる手法とは異なり人体には影響を及ぼさない。しかし、環境光の影響を受けやすく、画像処理の計算コストが高い。また、被写体に人物や特定の個人を容易に推測させる物体が含まれる場合にはプライバシーを侵害するおそれがある。そのため、画像を用いる手法も、人が所在する環境での使用には適さない。
【0004】
他方、音響を用いる手法は、環境光の影響を受けにくく、光を透過するガラスなどの物体が存在しても利用可能である。また、カメラや光測定器と比較すれば、音響計測に用いられる機器は比較的安価である。オフィスルームやリビングルームなど、人が日常的に活動している環境では、環境光とともに環境ノイズの変化が生ずる。そのため、環境ノイズの影響を受けにくい手法が期待される。
一般に、音響は人が聴取できる周波数帯域の成分を有する可聴音と、可聴音よりも高い周波数帯域の成分を有する超音波に大別される。超音波は、波長が短いために分解能が高く、より低い周波数帯域の成分を有する環境ノイズの影響を受けにくいため、音響を用いた距離計測では広く用いられている。しかし、超音波の出力開始時には人に不快感を与える立ち上がり音が生じがちである。また、超音波は人が聴取できないために、気づかれずに大音量の超音波を受音してしまう(超音波曝露)ことがある。大音量の超音波曝露は頭痛、吐き気などの身体的に不快な症状を引き起こす原因となる。そのため、超音波を用いる手法も、人が所在する環境での使用には適さない。
【0005】
これに対し、可聴音を距離計測に用いる場合には、超音波とは異なり、不快感を与える立ち上がり音を生じることはまれである。たとえ誤って大音量の可聴音を提示しても、すぐに気づいて可聴音の提示を中断することで長時間曝露されるリスクを低下させることができる。そのため、可聴音を用いる手法は、上記の手法よりも人が所在する環境の使用には適しているといえる。しかし、可聴音は、環境ノイズの影響を受けやすく、超音波よりも波長が長いため、指向性や分解能が低い。そのため、可聴音を用いた高精度な距離計測の手法が期待されている。
【0006】
可聴音を用いた距離計測では、一般には、測定対象物に向けて送信する送信波の送信から、測定対象物で反射される反射波の受信までの時間差を用いて測定対象物の距離を計測する。しかしながら、測定装置から測定対象物までの距離が短い場合には、送信当初の状態から送信波が伝搬により十分に減衰しない段階で反射波が生じうる。そのため、送信波との干渉のために反射波が埋没してしまい、距離計測が不可能または困難となることがある。そこで、可聴音を用いた距離計測では、白色化相互相関法(CSP法:Cross-power Spectrum Phase Analysis法)、重み付き尤度関数法(WELL法:Weighted Likelihood法)、定在波法などの手法が提案されてきた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】高尾麻衣子,干場功太郎,中臺一博,可聴音を用いた周波数選択に基づく距離推定法の実環境利用に向けた評価,人工知能学会資料,一般社団法人 人工知能学会,2017年11月25日,SIG-Challenge-049-5,p.29-34
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のCSP法は、送信信号と受信信号の相互相関をそれぞれの振幅で正規化して得られる位相成分に基づいて相互相関関数を算出し、相互相関関数を最大とする位相差に対応する距離を測定対象物までの距離を推定する手法である。CSP法は、ノイズによる影響を受けやすい送信信号または受信信号の振幅を直接用いずに、送信信号と受信信号の相互相関の位相差を用いるため、単純に相互相関を用いるよりもノイズに対する耐性が高い。しかしながら、全ての周波数成分が平等に扱われるのでノイズの周波数帯域または信号成分が少ない周波数帯域が広い場合には推定精度が劣化する。また、相互相関関数を用いるため、距離の分解能は音速を送信信号と受信信号のサンプリング周波数で割った値の整数倍に制限される。
【0009】
WELL法は、周波数ごとの距離候補尤度を送信信号に含まれる周波数成分にわたり積分して得られる統合尤度を最大とする距離を測定対象物までの距離として推定する手法である。距離候補尤度は、送信信号と受信信号の位相差に整数周期を加算して調整した位相差に対応する距離候補において、測定対象物までの距離である可能性の尤もらしさを示す尤度関数である。WELL法は、ノイズに対する耐性が比較的高いが、統合尤度には距離に対する周期性が残される。つまり、統合尤度が他の周波数よりも高くなるピークが距離に対して周期的に存在するので、推定される距離が一意に定まらないことがある。
【0010】
定在波法は、送信音と測定対象物からの反射音との干渉によって生じる合成音を用いて、測定対象物までの距離を推定する手法である。定在波法では、送信信号を送信するスピーカと受信信号を受信するマイクロホンをほぼ同じ位置に近接して配置し、受信信号として合成音を収音する。合成音のパワースペクトルから平均値を差し引いて得られる距離に関する変動成分を距離領域に変換して距離スペクトルを算出し、距離スペクトルのピークを与える距離が測定対象物までの距離として推定される。定在波法では、測定対象物までの距離は一意に定まるが、送信信号の周波数帯域が十分に広くなければ、推定される距離の分解能が低下する。
【0011】
これらの手法は、距離の分解能が低くノイズの影響を受けやすいという可聴音の特徴に十分に対応できているとは言い難い。そのため、ノイズへの耐性を損なわずに測定対象物までの距離を高精度で推定することが望まれていた。
本発明は上記の点に鑑みてなされたものであり、ノイズへの耐性を損なわずに測定対象物までの距離を高精度で推定できる音響処理装置、音響処理方法およびプログラムを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
(1)本発明は上記の課題を解決するためになされたものであり、本発明の一態様は、音の送信に用いた送信信号と前記音の送信中に受信された音を収音して得られた受信信号との位相差を複数の周波数のそれぞれについて算出する位相差算出部と、前記位相差に整数周期分の位相を加えて調整した位相差である調整位相差に対応する距離である距離候補のそれぞれに極大値を有する尤度関数を距離候補尤度として前記複数の周波数のそれぞれについて算出する尤度算出部と、前記距離候補尤度を前記複数の周波数間で統合して統合尤度を算出する尤度統合部と、前記受信信号のパワースペクトルの周波数変動成分を距離領域に変換して距離スペクトルを算出する距離スペクトル算出部と、前記距離スペクトルの極大値を与える距離であるピーク距離から所定範囲内における前記統合尤度に基づいて前記音を反射する物体までの距離を推定距離として定める距離推定部と、を備える音響処理装置である。
【0013】
(2)本発明の他の態様は、(1)の音響処理装置であって、前記所定範囲は、前記ピーク距離を中心とする前記統合尤度の半周期であってもよい。
【0014】
(3)本発明の他の態様は、(1)または(2)の音響処理装置であって、前記尤度統合部は、前記送信信号の周波数ごとの成分比率に比例する重み係数を用いて前記距離候補尤度を周波数間で重み付き加算して前記統合尤度を算出してもよい。
【0015】
(4)本発明の他の態様は、(1)から(3)のいずれかの音響処理装置であって、前記距離推定部は、前記所定範囲内における前記統合尤度の最大値を与える距離を前記推定距離として定めてもよい。
【0016】
(5)本発明の他の態様は、(1)から(4)のいずれかの音響処理装置であって、前記所定範囲内における前記統合尤度が複数の極大値を有する場合、前記距離推定部は、前記複数の極大値のそれぞれを与える距離のうち、前記ピーク距離に最も近似する距離を前記推定距離として定めてもよい。
【0017】
(6)本発明の他の態様は、(1)から(5)のいずれかの音響処理装置であって、前記尤度算出部は、前記距離候補のそれぞれを平均値とする正規分布の総和を前記距離候補尤度として算出してもよい。
【0018】
(7)本発明の他の態様は、音響処理装置における音響処理方法であって、音の送信に用いた送信信号と前記音の送信中に受信された音を収音して得られた受信信号との位相差を複数の周波数のそれぞれについて算出する位相差算出ステップと、前記位相差に整数周期分の位相を加えて調整した位相差である調整位相差に対応する距離である距離候補のそれぞれに極大値を有する尤度関数を距離候補尤度として前記複数の周波数のそれぞれについて算出する尤度算出ステップと、前記距離候補尤度を前記複数の周波数間で統合して統合尤度を算出する尤度統合部と、前記受信信号のパワースペクトルの周波数変動成分を距離領域に変換して距離スペクトルを算出する距離スペクトル算出ステップと、前記距離スペクトルの極大値を与える距離であるピーク距離から所定範囲内における前記統合尤度に基づいて前記音を反射する物体までの距離を推定距離として定める距離推定ステップと、を有する音響処理方法である。
【0019】
(8)本発明の他の態様は、音響処理装置のコンピュータに、音の送信に用いた送信信号と前記音の送信中に受信された音を収音して得られた受信信号との位相差を複数の周波数のそれぞれについて算出する位相差算出手順と、前記位相差に整数周期分の位相を加えて調整した位相差である調整位相差に対応する距離である距離候補のそれぞれに極大値を有する尤度関数を距離候補尤度として前記複数の周波数のそれぞれについて算出する尤度算出手順と、前記距離候補尤度を前記複数の周波数間で統合して統合尤度を算出する尤度統合部と、前記受信信号のパワースペクトルの周波数変動成分を距離領域に変換して距離スペクトルを算出する距離スペクトル算出手順と、前記距離スペクトルの極大値を与える距離であるピーク距離から所定範囲内における前記統合尤度に基づいて前記音を反射する物体までの距離を推定距離として定める距離推定手順と、を実行させるためのプログラムである。
【発明の効果】
【0020】
上述した(1)、(7)、(8)の構成によれば、ノイズへの耐性を損なわずに高精度で測定対象物までの距離を一意に推定することができる。より具体的には、測定対象物の候補がピーク距離から所定範囲内に限定されるため、顕著なノイズが含まれるためにノイズ源までの距離の誤検出などの外れ値を除外することができる。また、複数の周波数が送信信号に含まれていれば、ピーク距離から所定範囲内の統合尤度を用いて測定対象物までの距離を推定できるため、送信信号の帯域幅が十分に広くなくても測定対象物までの距離の推定精度を確保することができる。
【0021】
上述した(2)の構成によれば、統合尤度から測定対象物までの距離を推定する際に、距離を探索する範囲を、ピーク距離を中心とする前記統合尤度の半周期の範囲内に限定できるため、その範囲から外れた外れ値の発生をより確実に排除することができる。
【0022】
上述した(3)の構成によれば、送信信号に含まれていない周波数成分は距離推定で考慮されず、ノイズの影響を受けやすい成分比率の低い周波数成分が距離推定において相対的に軽視される。そのため、送信信号に含まれていない周波数成分を有するノイズの影響を排除するとともに、信号成分が主な周波数成分が重視されるので、測定対象物までの距離の推定精度を向上させることができる。
【0023】
上述した(4)の構成によれば、統合尤度を基準として測定対象物までの距離である確度が最も高い距離が推定距離として定められるため、測定対象物までの距離の推定精度を向上させることができる。
【0024】
上述した(5)の構成によれば、候補となる複数の距離のうち、距離スペクトルを基準として測定対象物までの距離である確度が高い距離が推定距離として定められるため、測定対象物までの距離の推定精度を向上させることができる。
【0025】
上述した(6)の構成によれば、正規分布を特性パラメータである標準偏差によりノイズ等の誤差要因による推定精度の調整を行うことができるとともに、既存の組み込み関数を用いて調整距離尤度を比較的容易に算出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】本実施形態に係る音響処理システムの構成を示すブロック図である。
【
図2】周波数成分ごとの距離候補尤度の例を示す図である。
【
図6】本実施形態に係る距離推定例の説明図である。
【
図7】定在波法におけるモデリング例の説明図である。
【
図9】WELL法による距離推定例の説明図である。
【
図11】WELL法によるシミュレーション結果の例を示す図である。
【
図12】本実施形態によるシミュレーション結果の例を示す図である。
【
図13】実環境評価に用いた会議室を例示する図である。
【
図14】実環境評価における推定距離の例を示す表である。
【
図15】実環境評価における推定距離の他の例を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態について説明する。
図1は、本実施形態に係る音響処理システムS1の構成を示すブロック図である。
音響処理システムS1は、音響処理装置1と、再生部20と、収音部30と、を備える。
音響処理装置1は、送信音の送信に用いた送信信号と送信音の送信中に受信された受信音を収音して得られた受信信号との位相差を複数の周波数のそれぞれについて算出する。音響処理装置1は、算出した位相差に整数周期分の位相を加えて調整した位相差である調整位相差に対応する距離である距離候補のそれぞれに極大値を有する尤度関数を複数の周波数のそれぞれについて距離候補尤度として算出する。音響処理装置1は、算出した距離候補尤度を複数の周波数間で統合して統合尤度を算出する。音響処理装置1は、受信信号のパワースペクトルの周波数変動成分を距離領域に変換して距離スペクトルを算出する。音響処理装置1は、算出した距離スペクトルの極大値を与える距離であるピーク距離から所定範囲内における統合尤度に基づいて音を反射する物体までの距離を推定距離として定める。
【0028】
再生部20は、音響処理装置1から入力される音響信号である送信信号に基づく音を送信音として再生する。再生部20は、例えば、スピーカである。
収音部30は、自部に到来する音を受信音として収音し、収音した音の時間波形を示す音響信号を受信信号として生成し、生成した受信信号を音響処理装置1に出力する。収音部30は、例えば、マイクロホンである。
再生部20と収音部30は相互に隣接または所定範囲内に近接して設置される。再生部20と収音部30との距離は、再生部20から送信される送信波の波長よりも十分に短いことが望ましい。
本願では、再生部20が再生する音を送信音または送信信号と呼び、収音部30が収音する音を受信音または受信信号と呼ぶことがある。
【0029】
次に、音響処理装置1の機能構成例について説明する。音響処理装置1は、入出力部10と、制御部12と、を備える。
入出力部10は、制御部12から入力される各種の出力信号を自装置の外部に出力する。入出力部10は、自装置の外部から入力される各種の入力信号を制御部12に出力する。入出力部10は、例えば、入出力インタフェースである。入出力部10は、アナログ/ディジタル(A/D:Analog-to-Digital)変換器と、ディジタル/アナログ(D/A:Digital-to-Analog)変換器を備えてもよい。送信音および受信音はアナログ信号であるが、制御部12がディジタル信号として扱うことができる。
【0030】
制御部12は、音響処理装置1が有する各種の機能の実現、その機能の制御に係る処理などを実行する。制御部12は、CPU(Central Processing Unit)などのプロセッサとシステムメモリを含んで構成され(図示せず)、以下に説明する機能部を実現してもよい。制御部12は、予め自装置の記憶媒体(図示せず)から所定の制御プログラムを特定し、特定した制御プログラムを実行して各種の機能を実現するコンピュータシステムを含んで構成される。本願では、プログラムを実行またはプログラムの実行とは、そのプログラムに記述された各種の命令で指示される処理を実行することを意味する。
【0031】
制御部12は、音源処理部120、周波数分析部122、位相差算出部124、尤度算出部126、尤度統合部128、パワースペクトル算出部134、距離スペクトル算出部136、第1距離推定部138、第2距離推定部140および出力処理部142を含んで構成される。これらの機能部のうち、位相差算出部124、尤度算出部126および尤度統合部128は、WELL法の実現に係る構成要素に相当する。パワースペクトル算出部134、距離スペクトル算出部136および第1距離推定部138が定在波法の実現に係る構成要素に相当する。
【0032】
音源処理部120は、少なくとも2以上の周波数の成分(以下、周波数成分)を含む音響信号を音源として取得する。音源処理部120は、取得した音響信号を送信信号として再生部20に入出力部10を経由して出力するとともに、周波数分析部122に出力する。再生部20に出力される送信信号は距離計測に用いられる。音源処理部120は、独自に音響信号を生成してもよいし、他の機器から入力される音響信号を受け付けてもよい。
【0033】
周波数分析部122は、収音部30から入出力部10を経由して入力される時間領域の受信信号と、音源処理部120から入力される時間領域の送信信号のそれぞれに対して周波数分析を行う。周波数分析部122は、受信信号と送信信号のそれぞれに対して所定期間(例えば、10-50ms)のフレームごとにフーリエ変換を行って受信信号変換係数と送信信号変換係数に変換する。受信信号変換係数とは、周波数領域の受信信号の変換係数である。送信信号変換係数とは送信信号の変換係数である。周波数分析部122は、フレームごとに得られた受信信号変換係数と送信信号変換係数を位相差算出部124に出力する。また、周波数分析部122は、受信信号変換係数をパワースペクトル算出部134に出力する。
【0034】
位相差算出部124は、周波数分析部122から入力されるフレームごとの受信信号変換係数の位相と送信信号の変換係数の位相との位相差を各周波数について算出する。位相差算出部124は、周波数fごとに送信信号変換係数Xs(f)と受信信号変換係数Xr(f)との位相差φ(f)を算出する。位相差算出部124は、例えば、式(1)に示すように、送信信号変換係数Xs(f)と受信信号変換係数の複素共役Xr
*(f)との積の実部に対する、その積の虚部の比の逆正接値を位相差φ(f)として算出することができる。
【0035】
【0036】
式(1)において、image(…)、real(…)は、それぞれ複素数…の虚部、実部を示す。位相差算出部124は、算出した位相差を示す位相差情報を尤度算出部126に出力する。
【0037】
尤度算出部126は、位相差算出部124から入力される位相差情報が示す位相差φ(f)に整数周期分の位相2nπ(nは、整数)を加えて調整した位相差(以下、調整位相差)φ(f)+2nπを算出する。この位相差の調整は、位相アンラップ(Unwrapping)を試行することに相当する。
尤度算出部126は、式(2)に示す関係を用いて調整位相差に対応する距離を距離候補dn(f)として周期nごとに算出する。
【0038】
【0039】
式(2)において、λ(f)は周波数fの音波の波長を示す。即ち、式(2)は調整位相差φ(f)+2nπと波長λ(f)の積を1周期分の位相2πで正規化して距離候補dn(f)を算出することを示す。距離候補dn(f)は、測定対象物までの距離の候補に相当する。なお、距離候補dn(f)は正値であり、再生部20からの音波が十分な強度をもって到達する範囲内であることが期待されるため、周期nは0以上であってM(Mは、予め定めた1以上の正の整数)以下の値となる。
【0040】
次に、尤度算出部126は、算出した各周期nの距離候補dn(f)においてそれぞれ極大値(ピーク)を有し、互いに隣接する調整距離dn(f)、dn+1(f)間で極大値よりも十分に0に近似した極小値を有する関数を距離候補尤度pf(x)として周波数fごとに算出する。距離候補尤度pf(x)は、周波数fについて測定対象物までの距離xが距離候補dn(f)である可能性が極大となり、その可能性が波長λ(f)を周期とする周期性を有することをモデリングする尤度関数である。尤度算出部126は、例えば、尤度算出部126は、式(3)に示すように、各周期nの距離候補dn(f)を平均値とする正規分布の周期間の総和を距離候補尤度pf(x)として算出することができる。
【0041】
【0042】
式(3)において、σ(f)は、周波数fにおける距離候補dn(f)の標準偏差を示す。標準偏差σ(f)は、ノイズに由来する位相差の誤差の大きさの指標であり、周波数依存性を有する。尤度算出部126には、実測により位相差と既知の位相差との誤差に基づく標準偏差σ(f)を予め設定しておく。
尤度算出部126は、算出した距離候補尤度pf(x)を示す尤度情報を尤度統合部128に出力する。
【0043】
図2は、周波数成分ごとの距離候補尤度p
f(x)の例を示す図である。距離候補尤度p
f(x)は、周波数f
1、f
2のそれぞれに対応する波長λ(f
1)、波長λ(f
2)を周期とする周期性を有する。各周期nの極大値はほぼ等しい値をとり、隣接する極大値間において0に近似する極小値を有する。測定対象物までの距離d
pの近傍において周波数f
1、f
2のそれぞれの距離候補尤度p
f1(x)、p
f2(x)は、それぞれ極大値とほぼ等しい近似値をとる。
【0044】
尤度統合部128は、尤度算出部126から入力される尤度情報が示す周波数ごとの距離候補尤度pf(x)を、送信信号に含まれる周波数成分間で統合して統合尤度q(x)を算出する。例えば、尤度統合部128は、式(4)に示すように送信信号に含まれる周波数f間で距離候補尤度pf(x)を積分して得られる総和を統合尤度q(x)として算出することができる。
尤度統合部128は、算出した統合尤度q(x)を第2距離推定部140に出力する。
【0045】
【0046】
図3は、統合尤度q(x)の例を示す図である。統合尤度q(x)は距離xに応じて変動し、距離xの変化に対する周期性が残される。この例では、統合尤度q(x)の極大値のうち所定値よりも高い値をとるものは3個ある。3個の極大値l
p1、l
p2、l
p3のそれぞれに対応する距離d
p1、d
p2、d
p3のうち、最大値l
p2に対応する距離d
p2は、測定対象物までの距離(真の距離)d
pに近似する。
【0047】
なお、尤度統合部128は、送信信号の周波数fごとの成分比率に比例する重み係数w(f)を用いて距離候補尤度pf(x)に対して周波数f間で重み付き加算して統合尤度q(x)を算出してもよい。一般に、成分比率の高い周波数成分において信号成分が相対的に多く残されるのでノイズの影響を受けにくい。重み付き加算により成分比率の高い周波数成分が重視されるので、ノイズに対する耐性を向上させることができる。
送信信号が既知である場合には、重み係数w(f)を予め尤度統合部128に設定しておき、設定した重み係数w(f)を統合尤度q(x)の算出に用いる。送信信号が未知である場合には、周波数分析部122は、送信信号変換係数を尤度統合部128にも出力する。尤度統合部128は、周波数分析部122から入力される周波数fごとの送信信号変換係数の絶対値について、その周波数f間の総和に対する比を重み係数w(f)として算出すればよい。
【0048】
パワースペクトル算出部134は、周波数分析部122から入力されるフレームごとの周波数fの受信信号変換係数X(f,0)にその複素共役X
*(f,0)を乗算してパワースペクトルp(f,0)を算出する。パワースペクトル算出部134は、算出したパワースペクトルp(f,0)を距離スペクトル算出部136に出力する。
パワースペクトルp(f,0)は、
図4に示すように周波数領域で与えられ、c/2d周期で変動する(式(12)参照)。
【0049】
距離スペクトル算出部136は、パワースペクトル算出部134から入力されるパワースペクトルp(f,0)から周波数間の平均値<p(f,0)>を差し引いて周波数fに対する変動成分p(f,0)-<p(f,0)>を算出する。距離スペクトル算出部136は、式(5)に示すように算出した変動成分に対してフーリエ変換を行って、距離領域の変数である距離スペクトルP(x)を算出する。距離スペクトル算出部136は、算出した距離スペクトルP(x)を第1距離推定部138に出力する。
【0050】
【0051】
式(5)において、F[…]は、…のフーリエ変換を示す。平均値<p(f,0)>は、式(6)に示すように送信信号に含まれる最低周波数f1から最高周波数fNまでのパワースペクトルp(f,0)の積分値を送信信号の周波数帯域幅fN-f1で除算することによって正規化して算出される。
【0052】
【0053】
図5に例示されるように、距離スペクトルP(x)は、理想的には測定対象物までの距離d
sにおいて極大値を有する。そこで、第1距離推定部138は、距離スペクトル算出部136から入力される距離スペクトルP(x)の極大値(ピーク)を与える距離xをピーク距離d
sとして定める。第1距離推定部138は、定めたピーク距離d
sを示すピーク距離情報を第2距離推定部140に出力する。
【0054】
第2距離推定部140には、第1距離推定部138からピーク距離情報と、尤度統合部128から統合尤度が入力される。第2距離推定部140は、ピーク距離情報が示すピーク距離d
sから所定範囲の距離における統合尤度q(x)に基づいて推定距離x
aを定める。第2距離推定部140は、例えば、式(7)に示すようにピーク距離d
sとの差が所定の距離差L以内となる範囲Deにおける統合尤度q(x)を最大とする距離xを推定距離x
aとして定めることができる(
図6参照)。
【0055】
【0056】
距離差Lは、推定距離xaの候補の範囲を与える。上記のように統合尤度q(x)には周期性が残され、周囲よりも統合尤度q(x)がより高くなる範囲内で推定距離xaが探索されればよい。そこで、推定距離xaを探索する所定範囲を、ピーク距離dsを中心とする統合尤度q(x)の周期の半分(半周期)となるように距離差Lを定めておけばよい。統合尤度q(x)に極大値が生ずる周期Lwは、式(8)に示すように送信信号の波長λ(f)の周波数間の平均値となる。但し、式(8)において、Nは送信信号に含まれる周波数成分の数、λ(fj)は、第j周波数成分の波長を示す。
従って、送信信号が既知である場合には、距離差Lを統合尤度q(x)の周期Lwの半分Lw/2と予め定めておけばよい。
【0057】
【0058】
送信信号が未知である場合には、周波数分析部122は、送信信号変換係数を第2距離推定部140にも出力する。第2距離推定部140は、周波数分析部122から入力される送信信号変換係数から送信信号に含まれる周波数成分を特定し、特定した周波数成分とその周波数に対応する波長について式(8)の関係を用いて周期Lw、ひいては距離差Lを定めればよい。
【0059】
なお、ピーク距離dsから所定範囲内の距離には、統合尤度q(x)に複数個の極大値(ピーク)を有する場合がある。その場合には、第2距離推定部140は、それぞれの極大値を与える距離xのうち、最もピーク距離dsに近似した距離xを推定距離xaとして定めてもよい。
第2距離推定部140は、定めた推定距離xaを示す推定距離情報を出力処理部142に出力する。
【0060】
出力処理部142は、第2距離推定部140から入力される推定距離情報が示す推定距離xaを自装置の外部に出力するための処理を行う。出力処理部142は、例えば、推定距離xaを示す表示画面データを生成し、自装置に無線または有線で接続された表示部(図示せず)に生成した表示画面データを出力してもよい。
出力処理部142は、入力された推定距離情報を他の機器(例えば、パーソナルコンピュータ、携帯電話機、などの情報機器)に通信ネットワークを経由して送信してもよい。
【0061】
なお、定在波法では、
図7に示すように再生部20から測定対象物Ob02に向けて送信音が放音され、入射される音波が測定対象物Ob02の表面で反射され、収音部30が測定対象物Ob02からの反射音を受音する場合を仮定する。ここで、再生部20から収音部30までの距離、再生部20から測定対象物Ob02までの距離を、それぞれl
s、dとする。送信音x
s(t,l
s)と反射音x
r(t,l
s)は、それぞれ式(9)、(10)に示すように第i周波数成分(iは、1からNまでの整数)の振幅A
i、周波数f
i、初期位相θ
iを用いてモデリングされる。
【0062】
【0063】
【0064】
式(10)において、c、γ、φは、それぞれ音速、測定対象物の反射係数、位相差を示す。d、lsは、それぞれ再生部20から測定対象物までの距離、再生部20から収音部30までの距離を示す。再生部20が収音部30と同じ位置に配置されていることを仮定すると収音部30で受信される受信音xは、式(11)に示すように距離ls=0における送信音xs(t,0)と反射音xr(t,0)との合成音xsum(t,0)となる。
【0065】
【0066】
そして、反射係数γが1より十分に0に近似することを仮定すると、パワースペクトルp(f,0)は、式(12)に示すように近似される。式(12)において、ψは、測定対象物による反射係数の位相を示す。
【0067】
【0068】
定在波法による最小探知可能距離dmin、最大探知可能距離dmaxは、式(13)で与えられる。
【0069】
【0070】
この最小探知可能距離d
minは、定在波法により推定される距離の分解能に相当する。このことは、送信信号の周波数帯域が十分に広くなければ測定精度が劣化することを示す。例えば、
図8に示されるように、定在波法により推定された測定対象物までの距離d
sは、その真値d
trから有意に乖離してしまうことがある。
これに対して、本実施形態の第2距離推定部140のように距離d
sから所定の推定範囲Deにおいて重み付き尤度関数の極大値を与える距離を推定値d
pとして定めることで、周波数帯域が十分に広くなくても真値d
trに近似した推定値d
pが得られる(
図6参照)。
【0071】
他方、WELL法では、非測定物体までの距離を一意に定められないことがある。例えば、方向性のノイズが受信信号に加わると、真値から十分に離れた距離で統合尤度q(x)にピークが生じ、その統合尤度q(x)が真値での統合尤度よりも高くなってしまうことがある(
図9参照)。そのような場合には、ピークが生じた距離が推定距離として定めるおそれがある。これに対し、本実施形態の第2距離推定部140は、距離d
sから所定の距離の範囲De内で重み付き尤度関数を参照して、重み付き尤度関数の極大値を探索し、探索した極大値を与える距離d
aを測定対象物までの距離と推定する。これにより、主に方向性ノイズなどのノイズが加わる環境に適用されても、重み付き尤度関数がそのノイズ源までの距離において顕著になるために、その距離を測定対象物までの距離として誤判定する可能性を低くし、ノイズに対する頑健性(robustness)を向上することができる。
【0072】
(シミュレーション評価)
次に、本実施形態の作用効果を検証するための数値シミュレーションについて説明する。シミュレーションでは、既存の手法であるWELL法と推定距離を比較した。但し、再生部20と収音部30の位置を同一とし、再生部20から測定対象物Ob02までの距離を0.95mとした。送信信号として、期間が1sのチャープ信号を用いた。チャープ信号は、最低周波数から最高周波数まで時間経過に応じて周波数が線形に変化する信号である。チャープ信号の最低周波数、最高周波数をそれぞれ750Hz、1250Hzとした。
【0073】
受信信号は、
図10に示すように送信信号に対して距離に反比例する振幅の減衰を与え、伝搬距離に応じた遅延を加えて生成した。遅延量は、再生部20から送信音が測定対象物に向けて放射され、測定対象物から収音部30で受音されるまでの時間と定めた。また、ノイズ源としてホワイトノイズをチャープ信号に重畳して提示した。ホワイトノイズは、周波数に関わらず強度が一定である。信号対ノイズ比(SN比)を-10dBに固定した。
シミュレーションは、WELL法、本実施形態のそれぞれについて100回行った。
【0074】
図11は、WELL法による推定結果を示す図である。
図11は、縦軸、横軸にそれぞれ推定距離、距離の区間ごとの回数を示す。WELL法では、100回中84回は推定距離が0.9-1.0mの範囲内となったが、残りの16回はその範囲を外れている。とりわけ、推定距離が0.2-0.25m、0.7-0.75mの範囲内という顕著な外れ値が発生した。推定距離の分散は92.9cm
2となった。
図12は、本実施形態による推定結果を示す図である。本実施形態では、100回中90回は推定距離が0.9-1.0mの範囲となり、残りの10回は1.0-1.05mの範囲にとどまった。本実施形態では、WELL法を用いた場合とは異なり、顕著な外れ値は発生していない。推定距離の分散は31.9cm
2となった。これらの推定結果は、本実施形態により測定対象物までの距離の推定精度をWELL法よりも有意に向上できることを示す。
【0075】
(実環境評価)
次に、実環境評価について説明する。実環境評価では、現実に再生部20から送信音測定対象物に対して放音させ、測定対象物からの反射音を含む受信音を収音部30に収音させ、受信信号に基づいて測定対象物までの距離を推定させた。比較対象とする既存の手法としてCSP法、WELL法、定在波法を用いた距離推定も行った。
なお、CSP法は、上記のように送信信号と受信信号の相互相関係数C(τ)を算出し、式(14)に示すように相互相関係数C(τ)の最大値を与える時間τ’を再生部20から収音部30までの伝搬時間とする距離を定める手法である。
【0076】
【0077】
相互相関係数C(τ)は、式(14)に示すように送信信号変換係数Xs(f)と受信信号変換係数の複素共役Xr
*(f)の積を、それぞれの絶対値で正規化して得られる位相成分に対して時間領域に逆フーリエ変換して算出される。式(15)において、jは虚数単位を示す。
【0078】
【0079】
実環境評価は、
図13に示す形状の会議室で行った。会議室は、縦、横、高さの寸法がそれぞれ7.9m、6.8m、2.4mのほぼ直方体の形状を有する。但し、縦方向の一端から2.1m離れた位置から3.8m離れた位置にかけて、内壁が内部に0.9m窪んだ部分を有する。
測定対象物として会議室の一端の内壁Ob02を用い、収音部30として2本のマイクロホンを内壁Ob02に対して平行に同じ高さで配置した。2本のマイクロホンのうち一方のマイクロホン30-1を再生部20とするスピーカの真正面に設置した。他方のマイクロホン30-2を再生部20から0.2m離れた位置に設置した。再生部20ならびにマイクロホン30-1、30-2と測定対象物とする内壁までの距離を0.5mまたは1.0mとした。
【0080】
マイクロホン30-1、30-2は、それぞれ送信信号、受信信号を収音し、収音した送信信号と受信信号を距離測定に係る処理に用いるためである。即ち、上記の周波数分析部122は、音源処理部120から入力される送信信号に代え、マイクロホン30-1から入出力部10を経由して入力される音響信号を送信信号として用いた。収音される送信信号には再生部20として用いられるスピーカの入出力特性が含まれるので、スピーカの入出力特性が含まれていない音源処理部120からの送信信号を用いる場合よりも測定対象物までの距離の推定精度を向上させることができる。
【0081】
また、制御プログラムの実行により、音源処理部120が送信信号を送信するための指令(コマンド)を発行する時点から、再生部20が送信信号に基づく送信音を現実に送信する時点までには所定の遅延が生じる。また、マイクロホン30-2が収音したアナログの音響信号をディジタル信号に変換し、さらに変換されたディジタル信号を周波数分析部122が送信信号として取得するまでの遅延も加わる。これらの遅延も距離測定における誤差要因となる。そのため、マイクロホン30-2が収音した送信信号を用いることで、これらの遅延が含まれていない音源処理部120からの送信信号を用いる場合よりも測定対象物までの距離の推定精度を向上させることができる。
【0082】
さらに、収音部30として用いるマイクロホンの個数を1本のみとし、測定対象物に近接している場合には、再生部20とするスピーカから放音される直接音と測定対象物からマイクロホンに到来する反射音がそれぞれ収音される時刻の時間差が短くなる。そのため、マイクロホン30-1を用いて取得した受信信号だけでは直接音と反射音との区別が困難となる。これに対し、マイクロホン30-2は、再生部20から近接しているが、再生部20から放音される音波が直接曝露されない位置に設置されるため、マイクロホン30-2を用いて取得した受信信号によれば、直接音と反射音との区別が容易になる。この点も、2本のマイクロホン30-1、30-2を用いることで測定対象物までの距離の推定精度を向上させることに貢献する。
【0083】
送信信号、受信信号のサンプリング周波数を、それぞれ16kHzとし、量子化ビット数を24ビットとした。ノイズ源としてホワイトノイズをチャープ音に重畳して再生部20から放音させた。但し、事前に周囲に障害物など音を反射する物体を除外した状態で、再生部から送信される送信音を受信音として収音部30で収録した。これは、再生部20から収音部30に到来する直接音の特性を取得することを目的とする。
実環境評価では、SN比を20dB、10dB、0dB、-10dBの4段階とし、送信信号として用いるチャープ音の周波数帯域を1750-2250Hzとし、距離が1.0mの場合には周波数帯域を1000-3000Hzとした。各手法について、距離とSN比の組ごとに距離推定を10回ずつ繰り返した。なお、内壁までの距離が0.2m以下の領域を不感帯として推定距離の候補から除外し、それ以外の領域を推定距離の候補とした。
【0084】
図14は、内壁までの距離が0.5mである場合における実験結果を示す。各行にノイズレベルとしてSN比を示し、各列に手法を示す。実験結果として、各手法で求められた絶対誤差の平均値を示す。絶対誤差は、推定距離と現実の距離との差の絶対値である。
図14は、総じて本実施形態の絶対誤差が最も小さく、定在波法、WELL法、CSP法の順に大きくなることを示す。S/N比が20dBの場合には、本実施形態、定在波法、WELL法、CSP法での絶対誤差は、それぞれ2.075cm、3.669cm、5.765cm、19.28cmとなった。また、本実施形態によれば他の手法とは異なり、S/N比の低下によっても、絶対誤差は有意に増加しない。S/N比が、それぞれ20dB、10dB、0dB、-10dBの場合には、本実施形態での絶対誤差は2.075cm、1.83cm、3.29cm、2.78cmとなった。
【0085】
図15は、内壁までの距離が1.0mである場合における実験結果を示す。
図15も、総じて本実施形態の絶対誤差が最も小さく、定在波法、WELL法、CSP法の順に大きくなることを示す。S/N比が20dBの場合には、本実施形態、定在波法、WELL法、CSP法での絶対誤差は、それぞれ2.845cm、5.537cm、26.69cm、32.67cmとなった。また、本実施形態によれば、S/N比の低下によっても、絶対誤差は有意に増加しない。S/N比が、それぞれ20dB、10dB、0dB、-10dBの場合には、本実施形態での絶対誤差は2.845cm、2.965cm、2.97cm、2.97cmとなった。
これらの測定結果は、本実施形態によれば他の方式よりもノイズへの耐性を損なわずに測定対象物までの距離を高精度で推定できることを示す。
【0086】
以上に説明したように、本実施形態に係る音響処理装置1は、位相差算出部124、尤度算出部126、尤度統合部128、距離スペクトル算出部136および第2距離推定部140を備える。位相差算出部124は、音の送信に用いた送信信号と音の送信中に受信された音を収音して得られた受信信号との位相差を複数の周波数のそれぞれについて算出する。尤度算出部126は、算出した位相差に整数周期分の位相を加えて調整した位相差である調整位相差に対応する距離である距離候補のそれぞれに極大値を有する尤度関数を距離候補尤度として複数の周波数のそれぞれについて算出する。尤度統合部128は距離候補尤度を前記複数の周波数間で統合して統合尤度を算出する。距離スペクトル算出部136は受信信号のパワースペクトルの周波数変動成分を距離領域に変換して距離スペクトルを算出する。距離推定部は算出した距離スペクトルの極大値を与える距離であるピーク距離から所定範囲内における統合尤度に基づいて音を反射する物体までの距離を推定距離として定める。
この構成により、測定対象物の候補がピーク距離から所定範囲内に限定されるため、顕著なノイズが含まれるためにノイズ源までの距離の誤検出などの外れ値を除外することができる。また、複数の周波数が送信信号に含まれていれば、ピーク距離から所定範囲内の統合尤度から測定対象物までの距離を推定できるため、送信信号の帯域幅が十分に広くなくても測定対象物までの距離の推定精度を確保することができる。
【0087】
また、所定範囲は、前記ピーク距離を中心とする前記統合尤度の極大値の半周期であってもよい。
この構成により、統合尤度から測定対象物までの距離を推定する際に、距離を探索する範囲を、ピーク距離を中心とする前記統合尤度の極大値の半周期の範囲内に限定できる。そのため、その範囲から外れた外れ値の発生をより確実に排除できるとともに、探索に係る処理を軽減することができる。
【0088】
また、尤度統合部128は、送信信号の周波数ごとの成分比率に比例する重み係数を用いて距離候補尤度を周波数間で重み付き加算して統合尤度を算出してもよい。
この構成により、送信信号に含まれていない周波数成分は距離推定で考慮されず、ノイズの影響を受けやすい成分比率の低い周波数成分が距離推定において相対的に軽視される。そのため、送信信号に含まれていない周波数成分を有するノイズの影響を排除するとともに、信号成分が主な周波数成分が重視されるので、測定対象物までの距離の推定精度を向上させることができる。
【0089】
また、第2距離推定部140は、ピーク距離から所定範囲内における統合尤度の最大値を与える距離を推定距離として定めてもよい。
この構成により、統合尤度を基準として測定対象物までの距離である確度が最も高い距離が推定距離として定められるため、測定対象物までの距離の推定精度を向上させることができる。
【0090】
また、ピーク範囲から所定範囲内における統合尤度が複数の極大値を有する場合、第2距離推定部140は、複数の極大値のそれぞれを与える距離のうち、ピーク距離に最も近似する距離を推定距離として定めてもよい。
この構成により、候補となる複数の距離のうち、距離スペクトルを基準として測定対象物までの距離である確度が高い距離が推定距離として定められるため、測定対象物までの距離の推定精度を向上させることができる。
【0091】
また、尤度算出部126は、距離候補のそれぞれを平均値とする正規分布の総和を前記距離候補尤度として算出してもよい。
この構成により、正規分布を特性パラメータである標準偏差によりノイズ等の誤差要因による推定精度の調整を行うことができるとともに、既存の組み込み関数を用いて調整距離尤度を比較的容易に算出することができる。
【0092】
以上、図面を参照してこの発明の一実施形態について詳しく説明してきたが、具体的な構成は上述のものに限られることはなく、この発明の要旨を逸脱しない範囲内において様々な設計変更等をすることが可能である。
【0093】
例えば、再生部20は収音部30と一体化された音響ユニットとして構成されてもよい。また、音響処理装置1は、再生部20と収音部30を備え、それらを一体化して構成されてもよい。
音源処理部120は、スイープ音やホワイトノイズなどの専用の試験用の信号に限られず、楽音、発話音声、歌唱、物音などを音源とする音声信号を送信信号として取得してもよい。そのため、音源処理部120は、ネットワークに接続し、音源とする音声信号を取得してもよいし、予め記憶媒体に記憶された音声信号を読み出してもよい。
【0094】
また、送信信号の周波数帯域は、最低周波数から最高周波数まで必ずしも一連に連続していなくてもよく、複数の周波数帯域に分散されてもよい。
音源処理部120は、送信信号を出力しないとき収音部30から入力される受信信号の周波数ごとのレベルを検出し、検出したレベルが所定のレベルの閾値を超える周波数成分を特定してもよい。音源処理部120は送信信号の出力中であっても、送信信号に含まれない周波数成分のうち、検出したレベルが所定のレベルの閾値を超える周波数成分を特定してもよい。
そして、音源処理部120は、特定した周波数成分以外の周波数成分を含む送信信号を距離推定のために取得してもよい。これにより、周囲ノイズによる影響をさらに低減することができる。
【0095】
なお、上述した実施形態における音響処理装置1の一部、例えば、音源処理部120、周波数分析部122、位相差算出部124、尤度算出部126、尤度統合部128、パワースペクトル算出部134、距離スペクトル算出部136、第1距離推定部138、第2距離推定部140、および出力処理部142をコンピュータで実現するようにしてもよい。その場合、この制御機能を実現するためのプログラムをコンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録して、この記録媒体に記録されたプログラムをコンピュータシステムに読み込ませ、実行することによって実現してもよい。
また、上述した実施形態及び変形例における音響処理装置1の一部、または全部を、LSI(Large Scale Integration)等の集積回路として実現してもよい。音響処理装置1の各機能ブロックは個別にプロセッサ化してもよいし、一部、または全部を集積してプロセッサ化してもよい。また、集積回路化の手法はLSIに限らず専用回路、または汎用プロセッサで実現してもよい。また、半導体技術の進歩によりLSIに代替する集積回路化の技術が出現した場合、当該技術による集積回路を用いてもよい。
【符号の説明】
【0096】
S1…音響処理システム、1…音響処理装置、10…入出力部、12…制御部、20…再生部、30…収音部、14…音源位置推定部、16…音源特定部、18…出力部、120…音源処理部、122…周波数分析部、124…位相差算出部、126…尤度算出部、128…尤度統合部、134…パワースペクトル算出部、136…距離スペクトル算出部、138…第1距離推定部、140…第2距離推定部、142…出力処理部