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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-06
(45)【発行日】2022-12-14
(54)【発明の名称】シールリング
(51)【国際特許分類】
   F16J 15/3284 20160101AFI20221207BHJP
   F16J 15/18 20060101ALI20221207BHJP
   F16J 15/3272 20160101ALI20221207BHJP
【FI】
F16J15/3284
F16J15/18 C
F16J15/3272
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2021044185
(22)【出願日】2021-03-17
(62)【分割の表示】P 2020036296の分割
【原出願日】2015-03-25
(65)【公開番号】P2021099166
(43)【公開日】2021-07-01
【審査請求日】2021-03-22
(31)【優先権主張番号】P 2014062793
(32)【優先日】2014-03-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100174090
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 光
(74)【代理人】
【識別番号】100100251
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 操
(74)【代理人】
【識別番号】100205383
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 諭史
(72)【発明者】
【氏名】安田 健
【審査官】山田 康孝
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-110732(JP,A)
【文献】特表2009-539658(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 15/324-15/3296
F16J 15/16-15/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
相手軸の断面矩形の環状溝に装着され、前記環状溝の側壁と、ハウジングの軸孔内周面と摺接して前記相手軸と前記ハウジングとの間に形成される環状通路を密封するシールリングで、外径寸法がφ20mm~φ50mmであり、シールリング径方向の厚みが2.0~4.0mmであり、前記外径寸法に対する前記シールリング径方向の厚みの比率が8~10%であって、
前記シールリングは、一箇所の合い口を有し、ポリフェニレンサルファイド樹脂を主成分としエラストマーを含むポリフェニレンサルファイド樹脂組成物を成形してなり、
前記ポリフェニレンサルファイド樹脂組成物は、該組成物全体に対して前記エラストマーを1~10体積%、炭素繊維を1~10体積%、ポリテトラフルオロエチレン樹脂を1~30体積%含むことを特徴とするシールリング。
【請求項2】
前記シールリングの内径寸法の拡張率が130%以上であることを特徴とする請求項1記載のシールリング。
【請求項3】
前記ポリフェニレンサルファイド樹脂組成物は、常温時における曲げ弾性率(ASTM D790準拠)が4500MPa以下、曲げ歪み(ASTM D790準拠)が4%以上であることを特徴とする請求項1または請求項2記載のシールリング。
【請求項4】
前記エラストマーは、熱可塑性エラストマーであることを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれか1項記載のシールリング。
【請求項5】
前記炭素繊維が、平均繊維長が0.02~0.2mmのミルドファイバーであることを特徴とする請求項1から請求項4までのいずれか1項記載のシールリング。
【請求項6】
内燃機関の吸気弁および排気弁を駆動するカムシャフトと、該カムシャフトに固定された内側回転体と、前記吸気弁または排気弁のバルブ開閉タイミング変更時に作動油により前記内側回転体に対して相対的に回動運動する外側回転体と、前記内側回転体の内周に、該内側回転体および前記外側回転体と同心に設置された軸体とを備えてなる可変バルブタイミングシステムにおいて、前記内側回転体と前記軸体との間に形成されて作動油の油路となる環状通路を密封するシールリングであって、
前記シールリングは、請求項1から請求項5までのいずれか1項記載のシールリング。
【請求項7】
前記シールリングは、前記内側回転体と前記外側回転体で構成される、前記回動運動を行なうための一対の作動油室のそれぞれに繋がる2本の前記環状通路を仕切る部材であることを特徴とする請求項6記載のシールリング。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、作動油を密閉するシールリングに関し、特に内燃機関の吸気弁および排気弁のバルブ開閉タイミングを制御する可変バルブタイミングシステムの作動油を密閉するシールリングに関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1~3のように、内燃機関の油圧駆動式の可変バルブタイミングシステム(VTC:Valve Timing Control)には、作動油を密封するためシールリングが使用されている。例えば、特許文献1の可変バルブタイミングシステムでは、図1図3に示すように、クランクシャフト側のハウジング(外側回転体)とカムシャフト側のベーン部材(内側回転体)との間に一対の作動油室が形成されている。これらの作動油室に繋がる、カバー側に形成された円柱状の軸体とベーン部材との間に形成される環状通路を、シールリングで密封して仕切ることで、これらの作動油室を区画形成している。作動油室の油圧を制御することで、ハウジングとベーン部材を相対回転させ、クランクシャフトからハウジングに伝わった駆動力をカムシャフト(ベーン部材)に位相を自在に変化させて伝達できる。
【0003】
このような可変バルブタイミングシステムに用いられるシールリングでは、そのシール対象となる部材同士が大きく芯ずれしながら相対回転する。このため、シール対象となる部材間のクリアランスは、芯ずれ量より大きく設定され、上述した部位などに設けるシールリングの径方向の厚みは必然的に厚肉(2.5~3.5mm程度)となる。シールリングの径方向の厚みが厚肉であるため、従来、可変バルブタイミングシステムに用いられるシールリングの材質は、組込み時のリング拡張で破損し難いポリテトラフルオロエチレン(以下、PTFEと記す)樹脂などが使用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2001-059574号公報
【文献】特開2004-143971号公報
【文献】特開2008-255823号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、可変バルブタイミングシステム用のシールリングには、低オイルリーク化、低摩擦化、耐摩耗性向上が要求されている。シールリングの材質が、PTFE樹脂組成物の場合、圧縮成形素材からの機械加工であるため、シールリング形状の自由度に限界があり、合口形状の複雑化による低オイルリーク化や、シールリング側面への潤滑溝付与による低摩擦化が困難である。また、高PV条件(面圧(P)×すべり速度(V))においては、PTFE樹脂組成物の耐摩耗性は、ポリフェニレンサルファイド(以下、PPSと記す)樹脂組成物、ポリエーテルエーテルケトン樹脂組成物、熱可塑性ポリイミド樹脂組成物といった、射出成形可能な他のスーパーエンプラに比べて劣る。
【0006】
本発明はこのような問題に対処するためになされたものであり、厚肉とした場合でも組込み時のリング拡張で破損し難く、射出成形による形状の複雑化が可能で、低オイルリーク化、低摩擦化、耐摩耗性向上を実現できるシールリングを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のシールリングは、断面矩形の環状溝に装着され環状通路を密封するシールリングであって、上記シールリングは、一箇所の合い口を有し、PPS樹脂を主成分としエラストマーを含むPPS樹脂組成物を成形してなり、PPS樹脂組成物は、該組成物全体に対してエラストマーを1~10体積%、炭素繊維を1~10体積%、PTFE樹脂を1~30体積%含むことを特徴とする。
【0008】
上記シールリングの内径寸法の拡張率が130%以上であることを特徴とする。
【0009】
上記PPS樹脂組成物は、常温時における曲げ弾性率(ASTM D790準拠)が4500MPa以下、曲げ歪み(ASTM D790準拠)が4%以上であることを特徴とする。
【0010】
上記エラストマーは、熱可塑性エラストマーであることを特徴とする。
【0011】
上記炭素繊維が、平均繊維長が0.02~0.2mmのミルドファイバーであることを特徴とする。
【0012】
上記シールリングは、内燃機関の吸気弁および排気弁を駆動するカムシャフトと、該カムシャフトに固定された内側回転体と、上記吸気弁および排気弁のバルブ開閉タイミング変更時に作動油により上記内側回転体に対して相対的に回動運動する外側回転体と、上記内側回転体の内周に、該内側回転体および上記外側回転体と同心に設置された軸体とを備えてなる可変バルブタイミングシステムにおいて、上記内側回転体と上記軸体との間に形成されて作動油の油路となる環状通路を密封するシールリングであることを特徴とする。なお、内側回転体と外側回転体は、軸体を回転中心とする(外側回転体は直接には軸体とは摺動しない)ものであり、これら回転体における「内側」および「外側」とは該軸体から見た位置関係を意味する。
上記シールリングは、上記内側回転体と上記外側回転体で構成される、上記回動運動を行なうための一対の作動油室のそれぞれに繋がる2本の上記環状通路を仕切る部材であることを特徴とする。
上記シールリングの外径寸法がφ20mm~φ50mmであり、シールリング径方向の厚みが2.0~4.0mmであり、上記外径寸法に対する上記シールリング径方向の厚みの比率が8~10%であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明のシールリングは、断面矩形の環状溝に装着され環状通路を密封するシールリングとして、一箇所の合い口を有し、PPS樹脂を主成分としエラストマーを含むPPS樹脂組成物を成形してなるシールリングを用いるので、靱性に優れ、厚肉とした場合でも組込み時のシールリング拡張で破損することを防止できる。また、このシールリングは、厚肉化や低オイルリーク化が必須である、回動運動を行なうための一対の作動油室のそれぞれに繋がる2本の上記環状通路を仕切るシールリングとして、好適に利用できる。
【0014】
上記PPS樹脂組成物は、組成物全体に対してエラストマーを1~10体積%、炭素繊維を1~10体積%、PTFE樹脂を1~30体積%含むので、靱性を向上でき、可変バルブタイミングシステム用シールリングとして十分な限界拡径量(シールリングの内径寸法の拡張率が130%以上)を確保できるとともに、限界PV値が高く、摩擦摩耗特性にも優れる。
【0015】
また、上記炭素繊維が、平均繊維長が0.02~0.2mmのミルドファイバーであるので、チョップドファイバーを配合した場合に比べて、低い弾性率となり、組込み時の拡張で破損し難くなる。さらにミルドファイバーは、チョップドファイバーに比べて、同じ配合量では本数が多くなる。そのため、摩擦面の荷重点が多く、油膜形成されやすくなり、摩擦係数が低減する。
【0016】
上記シールリングは、軸体または内側回転体に形成される環状溝に装着され、該溝側面との摺動面となるリング側面の内径側端部の一部に、該溝側面との非接触部となる、リング周方向に沿ったV字状の凹部が設けられているので、作動油がこの凹部を介して摺動面に適度に流入しやすい。このため、低オイルリーク性と、低トルク性をバランス良く兼ね備えたシールリングとなる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明のシールリングを用いる可変バルブタイミングシステムの概略断面図である。
図2図1におけるシールリングの斜視図である。
図3】本発明のシールリングの他の例(V字溝あり)を示す斜視図である。
図4】シールリング拡張試験方法を示す図である。
図5】試験用シールリングとテーパー治具の寸法を示す図である。
図6】シールリング試験機の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明のシールリングを適用する内燃機関の可変バルブタイミングシステムの一例を図1に基づいて説明する。図1は、可変バルブタイミングシステムの概略断面図である。このシステムは、内燃機関の吸気弁および排気弁を開閉させるカムシャフト5と、カムシャフト5に固定された内側回転体(ベーン部材)3と、内側回転体3に対して相対的に回動運動する外側回転体4と、内側回転体3の内周に、内側回転体3および外側回転体4と同心に設置された軸体2aとを備えてなる。外側回転体4は、内燃機関の出力軸であるクランクシャフトからチェーンやベルトを介して回転動力が伝達されて回転する。軸体2aは、内燃機関のシリンダヘッドなどに固定されるフロントカバー2に一体に形成されている。軸体2aは略円柱状であり、その内部に内部通路8a、9aが形成されている。外部の制御部(図示省略)から、内部通路8a、9aを通して作動油の供給や排出がなされる。
【0019】
外側回転体4と内側回転体3との間に形成される一対の作動油室6、7に、作動油通路8、9を介して作動油が供給される。作動油通路8、9は、上述の内部通路8a、9aと、環状通路8b、9bと、内側回転体3の内部の通路8c、9cとにより、それぞれ形成されている。バルブ開閉タイミング変更時には、制御部から作動油の供給・排出を行ない作動油室6、7における油圧を調整し、外側回転体4に対して内側回転体3を相対的に回動運動させる。これにより、内側回転体3に固定されたカムシャフト5の回転位相を、クランクシャフト側の外側回転体4に対して遅角または進角させて、バルブタイミングを変化させている。
【0020】
本発明のシールリング1は、内側回転体3と軸体2aとの間に形成され、作動油の油路となる環状通路8b、9bを密封している。このシールリング1は、一対の作動油室6、7に繋がる2本の作動油通路8、9を構成する環状通路8b、9bを液密に仕切る部材である。このため、作動油室6、7の作動油圧が交番的に変動すると、その変動を受けつつシール性を維持する必要がある。また、作動油通路の大気開放側をシールする補助シールリング10が設けられている。本発明のシールリング1は、この補助シールリング10としても利用できる。各シールリングは、軸体2aに形成された断面矩形の環状溝に装着されている。
【0021】
本発明のシールリングの斜視図を図2に示す。図2に示すように、シールリング1は、断面が略矩形の環状体である。リング内周面1bとリングの両側面1cとの角部は直線状、曲線状の面取りが設けられていてもよく、シールリングを射出成形で製造する場合、該部分に金型からの突出し部分となる段部を設けてもよい。また、シールリング1は、一箇所の合い口1aを有するカットタイプのリングであり、弾性変形により拡径して上述の環状溝に装着される。シールリング1は、合い口1aを有することから、使用時において作動油の油圧によって拡径されて、外周面1dが内側回転体の内周面と密着する。合い口1aの形状については、ストレートカット型、アングルカット型などにすることも可能であるが、オイルシール性に優れることから、図2に示す複合ステップカット型を採用することが好ましい。本発明では、PTFE樹脂組成物ではなく、エラストマーを含む所定のPPS樹脂組成物でシールリングを形成するので、このような複雑な形状の合い口も容易に射出成形で形成でき、低オイルリーク化が図れる。
【0022】
本発明のシールリングでは、上述の芯ずれ等に対応すべく、シールリング径方向の厚み(肉厚)を厚肉とする必要がある。具体的には2.0~4.0mmが好ましく、2.5~3.5mmが好ましい。また、外径寸法はφ20mm~φ50mm程度である。シールする作動油には、エンジンオイルが用いられ、油温として30~150℃程度、油圧として0.5~3.0MPa程度、回転軸の回転数として1000~7000rpm程度の条件を主に想定している。
【0023】
本発明のシールリングの他の例(V字溝あり)を図3に示す。図3に示すように、この形態のシールリング1は、一箇所の合い口1aを有する断面が略矩形の環状体であり、リングの両側面1cの内径側端部に、リング周方向に沿ったV字状の凹部1eが複数設けられている。シールリング1は、リング側面が環状溝の側壁面との摺動面となり、リング側面(摺動面)に形成されたV字状の凹部1eは該側壁面との非接触部となる。凹部1eを設けることで、作動油が該凹部を介して摺動面に適度に流入しやすくなる。詳細には、隣り合う凹部同士の間の摺動面Xと凹部との境界部は連続的な形状となり、凹部の外径側の摺動面Yと凹部との境界部は非連続な形状(段差)となるため、作動油が摺動面Xには流入しやすく、摺動面Yには摺動面Xと比較すると流入しにくい。摺動面XやYに作動油が流入することで、該摺動面で油膜を形成でき、トルクや摩耗の低減が図れる。また、摺動面Yへの流入を抑制することで、低オイルリーク性に繋がる。この凹部は、必要に応じて、リングの一方の側面、または、両方の側面に形成できる。
【0024】
本発明のシールリングは、PPS樹脂を主成分としエラストマーを含むPPS樹脂組成物を成形してなる樹脂成形体である。このPPS樹脂組成物には、PPS樹脂およびエラストマー以外の樹脂などを配合してもよいが、PPS樹脂が主成分(ベース樹脂)となる組成物である。すなわち、PPS樹脂組成物に含まれる樹脂成分のうち、PPS樹脂が最大割合で含まれる。
【0025】
PPS樹脂は、ベンゼン環がパラの位置で、硫黄結合によって連結された下記式(1)に示すポリマー構造を持つ結晶性の熱可塑性樹脂である。PPS樹脂は、融点が約280℃であり、耐薬品性にも優れるため、シールする作動油の油温が高くなる場合でも使用できる。また、PPS樹脂は、低分子量のものを酸化架橋させて得られる架橋PPS樹脂や半架橋PPS樹脂、架橋構造をとらない直鎖状PPS樹脂などがあるが、本発明ではこれらの分子構造や分子量に限定されることなく使用できる。溝への組み込み際に拡径することから、靭性に優れる直鎖状PPS樹脂を用いることが好ましい。
【0026】
【化1】
【0027】
エラストマーは、シールリングの靱性を向上させて限界拡径量を向上させるために配合する。可変バルブタイミングシステム用シールリングでは、径方向の厚みが厚肉となり、それに伴い組み込み時の拡径量も大きくなる。エラストマーを含まないPPS樹脂単独をベース樹脂とする場合、可変バルブタイミングシステム用として十分な限界拡径量を確保できないおそれがあるが、エラストマーを配合することで、これに対応し得る。
【0028】
エラストマーとしては、熱硬化性エラストマー、熱可塑性エラストマーのいずれでもよいが、PPS樹脂の靱性をより高くできる熱可塑性エラストマーが好ましい。熱可塑性エラストマーとしては、例えば、ポリアミド系エラストマー、ポリウレタン系エラストマー、ポリエステル系エラストマー、ポリスチレン系エラストマー、オレフィン系エラストマーなどが挙げられる。なお、分解開始温度がPPS樹脂の成形温度(280~320℃)以上であることが好ましい。ただし、シールリング成形時の低分子量成分の分解は許容するものとする。
【0029】
エラストマーの配合量は、PPS樹脂組成物全体に対して1~30体積%であることが好ましい。より好ましくは、1~10体積%である。エラストマーの配合割合が30体積%をこえると、成形収縮率が大きくなり十分な寸法精度が得られないおそれがある。また、1体積%未満では上述の靱性向上の効果を十分に得られないおそれがある。
【0030】
PPS樹脂にエラストマーが配合された市販ペレットを使用し、成形時において、二軸押出し機などで、さらに別の補強材など(後述の炭素繊維およびPTFE樹脂)をサイドフィードして混練する態様としてもよい。本発明で使用できる、PPS樹脂にエラストマーが配合された市販ペレットとしては、DIC社製:Z-200-E5、FZ-2100-A1、Z-200-J1、Z-300、東レ社製:A670T05、A670X01などが挙げられる。
【0031】
必要に応じてPPS樹脂組成物に、炭素繊維、ガラス繊維、アラミド繊維などの繊維状補強材、球状シリカや球状炭素などの球状充填材、マイカやタルクなどの鱗状補強材、チタン酸カリウムウィスカなどの微小繊維補強材を配合できる。また、PTFE樹脂、グラファイト、二硫化タングステン、二硫化モリブデン、窒化ホウ素などの固体潤滑剤、リン酸カルシウム、硫酸カルシウムなどの摺動補強材、炭素粉末、酸化鉄、酸化チタンなどの着色剤なども配合できる。これらは単独で配合することも、組み合せて配合することもできる。
【0032】
これらの中でも、エラストマー配合PPS樹脂に、繊維状補強材である炭素繊維と、固体潤滑剤であるPTFE樹脂とを含むものが、本発明のシールリングに要求される特性を得やすいので好ましい。炭素繊維を配合することで、曲げ弾性率などの機械的強度の向上が図れ、PTFE樹脂の配合により摺動特性の向上が図れる。
【0033】
炭素繊維は、原材料から分類されるピッチ系またはPAN系のいずれのものであってもよい。その焼成温度は特に限定するものではないが、2000℃またはそれ以上の高温で焼成されて黒鉛化されたものよりも、1000~1500℃程度で焼成された炭化品のものが、高PV下でもシールリングを装着するシールリング溝を摩耗損傷しにくいので好ましい。また、炭素繊維は、チョップドファイバー、ミルドファイバーのいずれであってもよいが、同じ配合量では本数が多く、油膜形成されやすいなどの理由で、ミルドファイバーが好ましい。また、炭素繊維とPPS樹脂との密着性を高め、シールリングの機械的特性を向上させるため、必要に応じて、これらの炭素繊維の表面に、エポキシ系樹脂、ポリアミド系樹脂などを含有した処理剤や、シラン系カップリング剤などにより表面処理を施してもよい。
【0034】
炭素繊維の平均繊維径は20μm以下が好ましい。この範囲をこえる繊維径では、軸体の材質がアルミニウム合金、焼入れなしの鋼材の場合、シールリング溝の摩耗損傷が大きくなるおそれがある。また、炭素繊維の平均繊維長は0.02~0.2mmが好ましい。0.02mm未満では充分な補強効果が得られないため、耐摩耗性に劣る場合がある。0.2mmをこえる場合は、高弾性率となるため、シールリング組込み性の点から好ましくない。
【0035】
本発明に使用できる炭素繊維の市販品としては、ピッチ系炭素繊維として、クレハ社製:クレカ M-101S、M-101F、M-201Sなどが挙げられる。また、PAN系炭素繊維として、東邦テナックス社製:ベスファイト HT M100 160MU、HT M100 40MU、または東レ社製:トレカ MLD-30、MLD-300などが挙げられる。
【0036】
PTFE樹脂は、懸濁重合法によるモールディングパウダー、乳化重合法によるファインパウダー、再生PTFEのいずれを採用してもよいが、PPS樹脂組成物の流動性を安定させるためには、成形時のせん断により繊維化し難く、溶融粘度を増加させ難い再生PTFEを採用することが好ましい。再生PTFEとは、熱処理(熱履歴が加わったもの)粉末、γ線または電子線などを照射した粉末のことである。例えば、モールディングパウダーまたはファインパウダーを熱処理した粉末、また、この粉末をさらにγ線または電子線を照射した粉末、モールディングパウダーまたはファインパウダーの成形体を粉砕した粉末、また、その後γ線または電子線を照射した粉末、モールディングパウダーまたはファインパウダーをγ線または電子線を照射した粉末などのタイプがある。再生PTFE樹脂の中でも、凝集せず、PPS樹脂の溶融温度おいて、全く繊維化せず、内部潤滑効果があり、PPS樹脂組成物の流動性を安定し向上させることが可能なものとして、γ線または電子線などを照射したPTFE樹脂を採用することが好ましい。
【0037】
本発明に使用できるPTFE樹脂の市販品としては、喜多村社製:KTL-610、KTL-450、KTL-350、KTL-8N、KTL-400H、三井・デュポン・フロロケミカル社製:テフロン(登録商標)7-J、TLP-10、旭硝子社製:フルオンG163、L150J、L169J、L170J、L172J、L173J、ダイキン工業社製:ポリフロンM-15、ルブロンL-5、住友スリーエム社製:ダイニオンTF9205、TF9207などが挙げられる。また、パーフルオロアルキルエーテル基、フルオロアルキル基、またはその他のフルオロアルキルを有する側鎖基で変性されたPTFE樹脂であってもよい。
【0038】
炭素繊維およびPTFE樹脂の配合量は、PPS樹脂組成物全体に対して炭素繊維を1~20体積%、PTFE樹脂を1~30体積%含み、残部がエラストマー配合PPS樹脂であることが好ましい。なお、エラストマー配合PPS樹脂中のエラストマーの配合量は、上述のとおり、PPS樹脂組成物全体に対して1~30体積%であることが好ましい。炭素繊維の配合割合が20体積%をこえると、軸体の材質がアルミニウム合金、焼入れなしの鋼材の場合、シールリング溝を摩耗損傷するおそれがある。また、PTFE樹脂の配合割合が30体積%をこえると、耐摩耗性、耐クリープ性が所要の程度より低下するおそれがある。また、PTFE樹脂の配合割合が1体積%未満では、PPS樹脂組成物に所要の潤滑性の付与できず、充分な摺動特性が得られないおそれがある。
【0039】
以上の諸原材料を混合し、混練する手段は、特に限定するものではない。上述のようにPPS樹脂にエラストマーが配合された市販ペレットを使用し、二軸押出し機などで炭素繊維、PTFE樹脂をサイドフィードして混練してもよい。また、粉末原料のみをヘンシェルミキサー、ボールミキサー、リボンブレンダー、レディゲミキサー、ウルトラヘンシェルミキサーなどにて乾式混合し、さらに二軸押出し機などの溶融押出し機にて溶融混練し、成形用ペレット(顆粒)を得てもよい。成形方法は、複雑な合い口形状やリング側面への溝形成が容易であることから、射出成形を採用することが好ましい。なお、成形品に対して物性改善のためにアニール処理などの処理を採用してもよい。
【0040】
シールリングを射出成形により製造する場合、そのゲート位置は特に限定されないが、シール性の確保の観点および後加工が不要になることからリング内周側に設けた方が好ましい。また、ゲート位置は、リング内周側の合い口対向部に設けた方が、射出成形における流動バランスの面から好ましい。
【0041】
本発明のシールリングを形成するPPS樹脂組成物は、常温時における曲げ弾性率(ASTM D790準拠)が4500MPa以下であることが好ましい。4500MPaをこえるとシールリングに油圧が作用した際、内側回転体の内周面とシールリング外周面の間にクリアランスが形成され易く、シール性が低下するおそれがある。また、常温時における曲げ歪み(ASTM D790準拠)が4%以上であることが好ましい。4%未満であると、シールリングの組込み時に破損するおそれがある。
【実施例
【0042】
実施例および比較例に用いる樹脂層の原材料を一括して以下に示した。
(1)エラストマー配合ポリフェニレンサルファイド〔PPS-ER-1〕
DIC社製:Z-200-E5
(2)エラストマー配合ポリフェニレンサルファイド〔PPS-ER-2〕
東レ社製:A670T05
(3)エラストマー配合ポリフェニレンサルファイド〔PPS-ER-3〕
DIC社製:Z-200-J1
(4)エラストマー配合ポリフェニレンサルファイド〔PPS-ER-4〕
東レ社製:A670X01
(5)ポリフェニレンサルファイド〔PPS-1〕 DIC社製:MA-520
(6)ポリフェニレンサルファイド〔PPS-2〕 DIC社製:T-4AG
(7)ピッチ系炭素繊維〔CF〕
クレハ社製:クレカ M101-S(平均繊維長0.13mm、平均繊維径14.5μm)
(8)ポリテトラフロオロエチレン〔PTFE〕 喜多村社製:KTL-610(再生PTFE)
【0043】
以上の原材料を表1および表2に示す配合割合(体積%)で、二軸押出し機を用いて溶融混練しペレットを作製した。
【0044】
【表1】
【0045】
【表2】
【0046】
(1)曲げ試験
上記ペレットを用いて試験片を成形し、曲げ試験(ASTM D790準拠)を実施した。曲げ弾性率、曲げ歪みを表3に示した。
【0047】
【表3】
【0048】
(2)シールリング拡張試験
上記ペレットを用いて、外径Φ29mm×内径Φ24mm(肉厚2.5mm)×幅1.6mmのシールリングを射出成形により製造した。図4に示すように、このシールリング21をテーパー治具19へ速度1mm/sで挿入し、破損したときの内径寸法(=限界拡張量)を測定した。用いたシールリングおよびテーパー治具の詳細な寸法は、図5に示すとおりである。試験結果を表4に示した。
【0049】
【表4】
【0050】
(3)シールリング耐久試験
得られたシールリングの特性について、図6に示す試験機により、シールリングの耐久試験を行なった。図6は試験機の概略図である。この試験機は、モータ18、カップリング16、回転トルク計15、試験ヘッド17から構成される。試験ヘッド17において、相手軸12の環状溝にシールリング11を2つ装着した。シールリング11は、相手軸12の環状溝の側壁と、ハウジング13の軸孔内周面と摺接する態様としてある。装置右側より、油を圧送して、2つのシールリング11の間の環状隙間に供給した。14は油温用の温度計である。詳細な試験条件は、下記表5に示すとおりである。なお、シールリングとしては、外径Φ29mm×内径Φ24mm(肉厚2.5mm)×幅1.6mmのシールリング(図5(a)参照)を用いた。
【0051】
この試験機により、オイルリーク量(ml/min)、相手軸の回転トルク(N・m)、シールリング側面・溝の摩耗量(摩耗深さ、μm)を測定した。オイルリーク量と回転トルクは、初期(試験開始時)と、試験後(試験250時間経過後)において測定した値であり、摩耗量は、試験250時間経過後の量である。この試験の結果を表6に示す。
【0052】
【表5】
【0053】
【表6】
【0054】
表3に示したとおり、実施例a~hは曲げ弾性率4500MPa以下、且つ曲げ歪み4%以上であった。表4に示したとおり、実施例a~hでは拡張率130%以上であり、限界拡張量がΦ35mmより大きい値であった。一方で、比較例a~fでは拡張率130%未満であった。また、表6に示したとおり、実施例a~d、比較例a~dのシールリング側面摩耗、シールリング溝摩耗、オイルリーク量は非常に小さい値であった。ただし、比較例a~dは上述の通り、限界拡張量において実施例a~hに劣る。また、比較例e~fは、シールリング組込み時に破損したため、試験不能であった。なお、表6に示したとおり、実施例e~hではシールリング側面摩耗が9~14μmであったが、試験後のオイルリーク量が1cc/min未満であるため、問題ないと判断した。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明のシールリングは、厚肉とした場合でも組込み時のリング拡張で破損し難く、射出成形による形状の複雑化が可能で、低オイルリーク化、低摩擦化、耐摩耗性向上を実現できるので、内燃機関の吸気弁および排気弁のバルブ開閉タイミングを制御する可変バルブタイミングシステムにおいて、特に環状通路で作動油を密閉するシールリングとして好適に利用できる。
【符号の説明】
【0056】
1、11、21 シールリング
2 フロントカバー
3 内側回転体
4 外側回転体
5 カムシャフト
6、7 作動油室
8、9 作動油通路
10 補助シールリング
12 相手軸
13 ハウジング
14 温度計
15 回転トルク計
16 カップリング
17 試験ヘッド
18 モータ
19 テーパー治具
図1
図2
図3
図4
図5
図6