(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-07
(45)【発行日】2022-12-15
(54)【発明の名称】同期リラクタンス電動機用の位相推定装置
(51)【国際特許分類】
H02P 6/18 20160101AFI20221208BHJP
H02P 21/18 20160101ALI20221208BHJP
【FI】
H02P6/18
H02P21/18
(21)【出願番号】P 2018165516
(22)【出願日】2018-08-17
【審査請求日】2021-07-17
【権利譲渡・実施許諾】特許権者において、権利譲渡・実施許諾の用意がある。
(73)【特許権者】
【識別番号】596137830
【氏名又は名称】有限会社シー・アンド・エス国際研究所
(72)【発明者】
【氏名】新中 新二
【審査官】若林 治男
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-268998(JP,A)
【文献】特開2002-199799(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 6/18
H02P 21/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ベクトル回転器によって指示された直交のγ軸とδ軸で構成されるγδ回転座標系上で、トルク発生に寄与する固定子電流をγ軸成分とδ軸成分とに分割し制御する電流制御工程を備えた同期リラクタンス電動機の駆動装置において、ベクトル回転器に使用すべき位相の生成を担う位相推定装置であって、
sgn(x)を変数であるxの極性のみを取り出す符号関数とし、同期リラクタンス電動機の電気速度の相当値をω2n^[rad/s]とするとき、
トルク発生に寄与する2×1ベクトル量としての固定子電流と鏡相関係にある2×1ベクトル量
かつ固定子磁束の一部としての鏡相磁束の微分相当値をフィルタリング処理対象とし、かつω2n^の角周波数において-sgn(ω2n^)π/2[rad]の位相変位を示し、かつ安定な、2入力2出力フィルタを備え、
該2入力2出力フィルタによるフィルタリング処理後の信号を少なくとも用いて、ベクトル回転器に使用すべき位相を生成するようにしたことを特徴とする同期リラクタンス電動機の駆動装置のための位相推定装置。
【請求項2】
sを微分演算子とし、aiを次のn次安定多項式のスカラ係数とし、
g1をスカラ係数とし、該2×1鏡相磁束が定義された2軸直交座標系の速度をωγ[rad/s]とし、2×2行列であるD因子を次式で定義し、
D因子による多項式を次式で定義し、
さらに、Gを2×2行列のフィルタゲインとするとき、
該2入力2出力フィルタを次式
または次式
で記述されるフィルタとすることを特徴とする請求項1記載の同期リラクタンス電動機の駆動装置のための位相推定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、同期リラクタンス電動機のセンサレスベクトル制御に必須な回転子位相の推定装置に関するものである。特に、原理的に位相遅れ、位相進みを有しない回転子位相推定装置に関するものである。
【0002】
本発明では、2次元平面を極座標的に捉え、角度、空間的位置、空間的位相の3用語を同義で使用する。これらの単位は「ラジアン(rad)」または「度(degree)」である。本発明における角度、空間的位置、空間的位相の正方向は、左周り(反時計周り)、右周り(時計周り)のいずれに定義してもよい。ただし、本明細書では、説明の簡明性を維持すべく、角度、空間的位置、空間的位相の正方向は左周り(反時計周り)と定義し、本発明を説明する。これにより、本発明の一般性を失うことはない。
【0003】
同期リラクタンス電動機の固定子電流により発生する磁束の名称として、「固定子磁束」、「固定子鎖交磁束」、「固定子反作用磁束」の3用語を同義で使用する。原則として、簡単な名称である固定子磁束を用いる。
【0004】
本発明では、単位[rad/s]の角速度、角周波数を、簡単に、各々、速度、周波数とも略称する。また、フィルタの入力端子数、出力端子数を示す2入力2出力を簡単に「2×2」と略記する。同様に、行列のサイズを示す2行2列を「2×2」と略記し、ベクトルのサイズを示す2行1列を「2×1」と略記する
【0005】
当業者は周知の通り、回転子の回転速度には電気速度と機械速度が存在する。両速度の間には1対1の厳密な関係が存在し、電気速度から機械速度、機械速度から電気速度への一意の変換が可能である。本発明では、当業者間の周知性を考慮し、説明の明瞭性が失われない限り、回転子速度は電気速度を意味するものとして、これを使用する。
【0006】
本発明では、信号に関し「相当値」なる用語を使用している。相当値は当該信号の真値、近似値、推定値、指令値等の総称である。
【0007】
同期リラクタンス電動機をして高い制御性能を発揮せしめるには、固定子電流の制御が不可欠であり、従来よりこのための制御法としてベクトル制御法が知られている。ベクトル制御法は、回転子の順突極(正突極)位相、あるいは逆突極(負突極)位相の情報が必要である。これら位相は、一般に回転子位相と呼ばれる。
図1を考える。回転子位相として、同図(a)は順突極(正突極)位相を採用し、同図(b)は逆突極(負突極)位相を採用している。両図には、同期リラクタンス電動機のための代表的な2軸直交座標系として、dq同期座標系、αβ固定座標系、γδ一般座標系の3座標系を描画している。γδ一般座標系は、dq同期座標系、αβ固定座標系を特別な場合として包含する一般性の高い座標系である。α軸を基準とした回転子位相は「θα」と表現し、γ軸を基準とした回転子位相は「θγ」と表現している。同期リラクタンス電動機のベクトル制御には、基本的に、α軸を基準とした回転子位相「θα」が必要とされる。回転子の順突極あるいは逆突極と同期したdq同期座標系の速度は、回転子の電気速度ω2nと同一である。代わって、γδ一般座標系の速度ωγは、任意である。
【0008】
本願発明では、dq同期座標系へある位相差(ゼロ位相差を含む)をもって収斂を目指した座標系を「γδ回転座標系」と呼称している。dq同期座標系へ位相差のない収斂を目指した座標系を特に「γδ準同期座標系」と呼称している。γδ準同期座標系は、γδ回転座標系に包含される座標系でもある。また、γδ準同期座標系、γδ回転座標系も、dq同期座標系、αβ固定座標系と同様に、γδ一般座標系の特別な場合として、これに包含される。
【背景技術】
【0009】
同期リラクタンス電動機は、高速回転に適する、頑健で耐環境性に優れる、廉価である、リサイクル性が高いといった本質的特長を備える。同期リラクタンス電動機の特性を活かした所期の性能を得るには、この駆動は、固定子電流の制御を伴ったベクトル制御によることになる。同期リラクタンス電動機のベクトル制御には、回転子位相の情報が必要であり、従来これを得るべくエンコーダ等の位置・速度センサが回転子に装着されてきた。しかし、位置・速度センサの回転子への装着は、頑健、廉価等の同期リラクタンス電動機の特長を損ない、さらには、電動機容積を軸方向へ増大させる。同期リラクタンス電動機の特長を活かすには、センサレスベクトル制御による駆動が望ましい。
【0010】
センサレスベクトル制御の中核は回転子位相の推定にある。同期リラクタンス電動機の回転子位相推定法は、大きくは、低速域用と中高速域用とに二分される。高速回転に適した同期リラクタンス電動機のための回転子位相推定法としては、後者がより重要である。中高速域用位相推定法は、駆動用電圧電流を利用するもので、駆動用電圧電流利用法と呼ぶべきものである。先行発明の駆動用電圧電流利用法は、固定子磁束の一部(特許文献1、2)あるいは全部(特許文献3、4)を推定し同推定値を処理して回転子位相推定値を得るものと、拡張誘起電圧を推定し同推定値を処理して回転子位相推定値を得るものとに大別される。
【0011】
「固定子磁束の一部」を推定し同推定値を処理して回転子位相推定値を得る推定方法は、推定対象たる「固定子磁束の一部」の観点から、さらに細分化される。特許文献1は、推定すべき固定子磁束の一部として「鏡相磁束」を選定している。代わって、特許文献2は、推定すべき固定子磁束の一部として「突極磁束」を選定している。本願発明は、特許文献1と同様に、推定すべき「固定子磁束の一部」として鏡相磁束を選定し、鏡相磁束推定値を処理して回転子位相推定値を得るものである。
【0012】
推定すべき「固定子磁束の一部」として「鏡相磁束」を選定し、鏡相磁束推定値を処理して回転子位相推定値を得る、特許文献1に記載された先行発明は、「回転子位相推定の遂行は、αβ固定座標系、γδ準同期座標系のいずれの座標系の上でも可能」という特長を有した。しかし、鏡相磁束推定に固定子磁束の推定が必要であり、固定子磁束推定に純粋積分処理を遂行する不安定な積分器が必要とされた(特許文献1の(24)式、
図7を参照)。実際的には、不安定な純粋積分は利用できず、これは安定な近似積分に置換される必要があった(特許文献1の(24)式下の説明を参照)。しかし、当業者の周知のとおり、「近似積分は、近似効果が期待される低速域において、原理的に、位相誤差をもたらす」ことになる。この結果、先行発明による同期リラクタンスの回転子位相推定においては、「低速域において、理想的条件が整った場合においてさえも、原理的に、位相誤差が発生する」という問題・課題を抱えていた。回転子位相推定において、「低速域において、理想的条件が整った場合においてさえも、原理的に、位相誤差が発生する」という推定特性は、大きな問題・課題である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】新中新二:「同期リラクタンス電動機のベクトル制御方法」、特開第2001-268998号(2000-3-7)
【文献】新中新二:「同期リラクタンス電動機のベクトル制御方法及び同装置」、特開第2006-230174号(2005-2-14)
【文献】チョンダルーホ・オージェ-ユーン・リーキュンフーン:「同期リラクタンスモータの回転速度制御装置及びその方法」、特開第2003-33096号(2002-7-10)
【文献】ウォンジュンヘー・オウジェヨーン・リーキュンホーン・チョンダルホ:「同期リラクタンスモータの磁束測定装置およびそのセンサレス制御システム」、特開第2004-120993号(2003-6-26)
【非特許文献】
【0014】
【文献】新中新二:「永久磁石同期モータのベクトル制御技術、下巻(センサレス駆動制御の真髄)」、電波新聞社(2008)
【文献】新中新二:「永久磁石同期モータのベクトル制御技術、上巻(原理から最先端まで)」、電波新聞社(2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は上記背景の下になされたものであり、その目的は、同期リラクタンス電動機のセンサレス駆動おける上記の問題・課題を解決することにある。より具体的には、推定すべき「固定子磁束の一部」として「鏡相磁束」を選定し、鏡相磁束推定値を処理して回転子位相推定値を得る位相推定装置であって、「低速域においてさえも、原理的に、位相誤差が発生しない位相推定装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記目的を達成するために、請求項1の発明は、ベクトル回転器によって指示された直交のγ軸とδ軸で構成されるγδ回転座標系上で、トルク発生に寄与する固定子電流をγ軸成分とδ軸成分とに分割し制御する電流制御工程を備えた同期リラクタンス電動機の駆動装置において、ベクトル回転器に使用すべき位相の生成を担う位相推定装置であって、sgn(x)を変数であるxの極性のみを取り出す符号関数とし、同期リラクタンス電動機の電気速度の相当値をω2n^[rad/s]とするとき、トルク発生に寄与する2×1ベクトル量としての固定子電流と鏡相関係にある2×1ベクトル量としての鏡相磁束の微分相当値をフィルタリング処理対象とし、かつω2n^の角周波数において-sgn(ω2n^)π/2[rad]の位相変位を示し、かつ安定な、2入力2出力フィルタを備え、該2入力2出力フィルタによるフィルタリング処理後の信号を少なくとも用いて、ベクトル回転器に使用すべき位相を生成するようにしたことを特徴とする。
【0017】
請求項2の発明は、請求項1記載の位相推定装置であって、sを微分演算子とし、aiを次の(1)式のn次安定多項式のスカラ係数とし、
【数1】
g1をスカラ係数とし、該2×1鏡相磁束が定義された2軸直交座標系の速度をωγとし、2×2行列であるD因子を次の(2)式で定義し、
【数2】
D因子による多項式を次の(3)式で定義し、
【数3】
さらに、Gを2×2行列のフィルタゲインとするとき、該2入力2出力フィルタを次の(4)式
【数4】
または次の(5)式
【数5】
で記述されるフィルタとすることを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明の「請求項」の欄、「手段」の欄で繰り返し記述しているように、本発明では、固定子電流の制御は、γδ回転座標系上で遂行される。代わって、本発明による回転子位相推定は、γδ一般座標系に包含される任意の2軸直交座標系の上で遂行されうる。γδ準同期座標系、γδ回転座標系、αβ固定座標系のいずれの座標系の上でも、本発明に基づく回転子位相推定は遂行されうる。本発明の座標系に対する一般性を考慮し、本発明の効果は、γδ一般座標系上で定義された信号を用い説明する。
【0019】
γδ一般座標系上における同期リラクタンス電動機の数学モデル(回路方程式、トルク発生式)は、特に鉄損を無視できる場合には、次式で与えられる。
【数6】
【数7】
【0020】
上式における2×1ベクトルv1、i1、φ1は、γδ一般座標系上で定義された固定子の電圧、電流、磁束である。また、R1は巻線抵抗である。Li、Lmは、d軸インダクタンスLd、q軸インダクタンスLqと次の関係を有する、各々同相インダクタンス、鏡相インダクタンスである。
【数8】
一般に、
図1(a)のように順突極位相をd軸位相とする場合には鏡相インダクタンスLmは正となり、
図1(b)のように逆突極位相をd軸位相とする場合には鏡相インダクタンスLmは負となる。また、2×2行列であるQ行列(鏡行列と呼ばれる)の定義は、次式の通りである。
【数9】
さらには、τは発生トルクであり、Npは極対数である。(7)が明示しているように、鉄損を無視できる同期リラクタンス電動機においては、固定子電流そのものが(換言するならば、固定子電流の全成分が)、トルク発生に寄与している。
【0021】
固定子磁束φ1を構成する磁束φin-i、φmrは、(6c)式の関係に従い、各々「同相磁束」、「鏡相磁束」と呼ばれる。同相磁束は固定子電流と同相の関係にある。半面、鏡相磁束は、固定子電流と鏡相の関係にある。すなわち、鏡相磁束φmrと固定子電流i1は、次式で表現される鏡相関係を満足している。
【数10】
本発明では、トルク発生に寄与する固定子電流に対し、(10)式の関係を満足する磁束を鏡相磁束と定義している。なお、(10)式では、2×1ベクトルが有する位相を、逆正接関数を用いて簡略的に表現している。以降は、本表現方法を採用する。また関数sgnは、関数が対象とする変数の極性のみを抽出する符号関数(シグナム関数)を意味する。符号関数の定義は、当業者公知のものと同一である。(6)式では、2×2D因子が固定子磁束に、ひいては同相磁束、鏡相磁束に作用している。これら磁束に作用している2×2D因子の定義は、(2a)式に従っている。
【0022】
(6)式の回路方程式が明示しているように、回転子位相θγは、鏡相磁束にのみ出現している。本認識の下に、(6)式の回路方程式を、鏡相磁束に着目して整理すると、次式を得る。
【数11】
【0023】
(11)式左辺において、鏡相磁束に作用しているD因子は、ωγ=0の場合より理解されるように、微分的作用を示す。ひいては、(11)式の右辺は、鏡相磁束の微分相当値を意味する。鏡相磁束の微分相当値は、鏡相磁束そのものの位相に対し、電気速度ω2nで回転している場合には、sgn(ω2n)π/2[rad]の位相変位を示す。これは、「鏡相磁束の位相を正しく得るには、電気速度と同一の周波数ω2nにおいて、-sgn(ω2n)π/2[rad]の位相変位示す安定なフィルタで、鏡相磁束の微分相当値を処理すればよい」ことを示唆するものである。なお、(11)式の右辺における頭符*は、関連信号の指令値を意味する。以下、同様の意味で本記号を利用する。
【0024】
請求項1の発明によれば、同期リラクタンスの電気速度の相当値をω2n^[rad/s]とするとき、トルク発生に寄与する2×1ベクトル量としての固定子電流と鏡相関係にある2×1ベクトル量としての鏡相磁束の微分相当値を、ω2n^の角周波数において-sgn(ω2n^)π/2[rad]の位相変位を示す2入力2出力(2×2)安定フィルタで処理して得た信号を少なくとも用いいることになる。本信号の位相は、鏡相磁束の位相と原理的に同一である。固定子電流の位相は、固定子電流自体から直ちに特定できるので、両位相を(10)式に適用すれば、回転子位相θγを、原理的に正しく推定できると言う効果が得られる。
【0025】
以上の効果は、γδ一般座標系上で成立する。したがって、請求項1の発明によれば、γδ一般座標系に包含されるαβ固定座標系、dq同期座標系、γδ回転座標系、γδ準同期座標系の上でも、上記と同様な効果が得られる。換言するならば、請求項1の発明によれば、任意の2軸直交座標系上で定義された鏡相磁束の微分相当値を処理することにより、回転子位相θγを原理的に正しく推定できると言う効果が得られる。
【0026】
つづいて、請求項2の発明の効果を説明する。ω2n^の角周波数において-sgn(ω2n^)π/2[rad]の位相変位を示す2入力2出力(2×2)安定フィルタの設計は、必ずしも容易でない。ω2n^の角周波数において-sgn(ω2n^)π/2[rad]の位相変位のみを追求するのであれば、並列配置の2個の積分器で可能である。しかし、これは不安定であり、実用性はない。一方で、安定性を重視して、2個の積分器を近似積分器に変更すれば、所期の位相特性である-sgn(ω2n^)π/2[rad]が得られない。2×2フィルタ伝達関数を具体的に示した請求項2の発明によれば、所期の位相特性と安定性とを同時に達成できる2×2フィルタを現実的に構成できると言う効果を得ることができる。ひいては、請求項1の効果を高められるという効果を得ることができる。
【0027】
なお、位相特性と安定性とをより良いものとし、請求項2の発明の効果を高めるには、(4)式、(5)式に用いる2×2フィルタゲインGは、次式のように選定するのがよい。
【数12】
また、(3)式、(4)式、(5)式、(12)式に用いるスカラ係数g1は、次の範囲で選定するのがよい。
【数13】
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】 3つの座標系と回転子位相(順突極位相、逆突極位相)の関係を示す図
【
図2】 1実施例にかかわる電動機駆動システムの基本構成を示すブロック図
【
図3】 1実施例における位相速度推定器の基本構成を示すブロック図
【
図4】 1実施例における位相偏差推定器または位相推定器の構成を示すブロック図
【
図5】 1実施例における位相偏差推定器の構成を示すブロック図
【
図6】 1実施例における位相偏差推定器の構成を示すブロック図
【
図7】 D因子の逆行列の1実現例を示すブロック図
【
図8】 1実施例にかかわる電動機駆動システムの基本構成を示すブロック図
【
図9】 1実施例における位相速度推定器の基本構成を示すブロック図
【
図10】 1実施例における位相推定器の構成を示すブロック図
【
図11】 1実施例における位相推定器の構成を示すブロック図
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、図面を用いて、本発明の好適な態様を具体的に説明する。
【実施例1】
【0030】
以下、図面を用いて、本発明の実施形態を詳細に説明する。同期リラクタンス電動機に対し本発明の位相推定装置を備えた駆動装置による駆動システムの1基本的構造を
図2に示す。1は同期リラクタンス電動機を、2は電力変換器を、3は電流検出器を、4a、4bは夫々3相2相変換器、2相3相変換器を、5a、5bは共にベクトル回転器を、6は余弦正弦信号発生器を、7は電流制御器を、8は指令変換器を、9は速度制御器を、10は位相速度推定器を示している。
図2では、同期リラクタンス電動機1を除く、2から10までの諸機器が駆動装置を構成している。この位相速度推定器10が、請求項1、2記載の位相推定装置に該当する。本図では、簡明性を確保すべく、2×1ベクトル信号、3×1ベクトル信号を1本の太い信号線で表現している。以下のブロック図表現もこれを踏襲する。
【0031】
2、3、4a、4b、5a、5b、6、7の6種の機器は、トルク発生に寄与する固定子電流を、γ軸とδ軸の直交2軸で構成されるγδ回転座標系上のベクトル信号として捕らえ、γ軸及びδ軸の各成分を各軸電流指令値に追随するように制御する電流制御工程を確立している。また、位相速度推定器10(請求項1、2記載の位相推定装置に該当)は、ベクトル回転器6a、6bに使用すべき位相の生成を担っている。すなわち、位相速度推定器の出力信号である位相推定値は、余弦正弦信号発生器6で余弦・正弦信号に変換された後、γδ回転座標系を決定づけるベクトル回転器6a、6bへ渡されている。
【0032】
電流検出器3で検出された3相の固定子電流は、3相2相変換器4aでαβ固定座標系上の2相電流(2軸電流)に変換された後、ベクトル回転器5aでγδ回転座標系の2相電流(γ軸電流、δ軸電流)に変換され、電流制御器7へ送られる。電流制御器7は、γδ回転座標系上の2相電流(2軸電流)が、各相・各軸の電流指令値に追随すべくγδ回転座標系上の2相(2軸)電圧指令値を生成しベクトル回転器5bへ送る。5bでは、γδ回転座標系上の2相(2軸)電圧指令値をαβ固定座標系の2相(2軸)電圧指令値に変換し、2相3相変換器4bへ送る。4bでは、2相信号を3相電圧指令値に変換し、電力変換器2への指令値として出力する。電力変換器2は、指令値に応じた電力を発生し、同期リタクタンス電動機1へ印加しこれを駆動する。
図3においては、電圧、電流が定義された座標系を明示すべく、これらを示す脚符r(γδ回転座標系)、s(αβ固定座標系)、t(uvw座標系)を付している。
【0033】
速度制御器9には、位相速度推定器10からの出力信号の1つである回転子速度推定値(電気速度推定値)ω2n^が、極対数Npで除されて機械(角)速度推定値ω2m^に変換された後、送られている。
図2の本実施例では、速度制御系を構成した例を示しているので、速度制御器9の出力としてトルク指令値τ*を得ている。当業者には周知のように、制御目的が発生トルクにあり速度制御系を構成しない場合には、速度制御器9は不要である。この場合には、トルク指令値が外部から直接印加される。
【0034】
本発明の核心は位相速度推定器(請求項1、2記載の位相推定装置に該当)10の内部にある。速度制御、トルク制御の何れにおいても、位相速度推定器10には何らの変更を要しない。以下では、速度制御、トルク制御等の制御モードに関し一般性を失うことなく、位相速度推定器10の実施例について説明する。本位相速度推定器は、電流制御が遂行される直交2軸のγδ回転座標系上で評価された固定子の電圧の推定値である固定子電圧指令値と固定子電流とを入力信号として受け取り、回転子の位相推定値と速度推定値(電気速度推定値)を出力している。換言するならば、本位相速度推定器による位相推定は、電流制御が遂行されるγδ回転座標系と同一の座標系上で、遂行される。なお、本実施例では、γδ回転座標系は実質的にγδ準同期座標系となっている。
【0035】
図3は、
図2におけるγδ回転座標系上の位相速度推定器10の内部構造を示したものである。γδ回転座標系上の位相速度推定器10は、位相偏差推定器10aと位相同期器10bから構成されている。
【0036】
本実施例では、位相偏差推定器10aの入力信号としては、γδ回転座標系上で定義された固定子電流の真値(測定値)と固定子電圧の指令値を利用している。これに応じ、位相偏差推定器は、整合性のよいγδ回転座標系上で評価した回転子位相推定値θγ^を出力している。位相偏差推定器は、γδ回転座標系上の回転子位相推定値を出力すべく、他の入力信号として、γδ回転座標系の速度ωγと回転子速度(電気速度)の推定値ω2n^とを得ている。本発明の核心は、位相偏差推定器10aにある。
【0037】
図4は、γδ回転座標系上の位相偏差推定器10aの1実施例の構造を概略的に示したものである(図の輻輳を避けるため、ω2n^、ωγの速度信号線の描画を省略している)。本位相偏差推定器は、大きくは、2×2安定フィルタ10a-1と位相決定器10a-2から構成されている。2×2安定フィルタ10a-1は、請求項1の発明に基づく安定フィルタである。より具体的には、請求項2の発明に基づき構成している。すなわち、
図4(a)は2×2安定フィルタとして(4)式で記述されるフィルタを用いた例を示し、
図4(b)は2×2安定フィルタとして(5)式で記述されるフィルタを用いた例を示している。2×2安定フィルタへの入力信号は、請求項1の発明に基づき、鏡相磁束の微分相当値としている。また、本実施例においては、鏡相磁束の微分相当値が定義された座標系は、電流制御が遂行されるγδ回転座標系と同一となっている。なお、
図4の例では、(11)式の第3式に基づき、固定子電圧(指令値)と固定子電流(真値)を用いて、鏡相磁束の微分相当値を合成している。
【0038】
図4における位相決定器10a-2は、鏡相特性を数式表現した(10)式を、計算量を低減する形に変更して実装している。具体的実装の1例は以下の通りである。
【数14】
【0039】
図3の後段処理器である位相同期器は、永久磁石同期電動機のセンサレスベクトル制御に関連して開発された一般化積分形PLL法が実装されいる。一般化積分形PLL法に基づく位相同期器の構成は、非特許文献1に詳説されており、当業者には公知であるので、これ以上の説明は省略する。永久磁石同期電動機のための一般化積分形PLL法は、大きな変更なく同期リラクタンス電動機に適用される。
【実施例2】
【0040】
図2~
図4を用いた実施例では、2×2安定フィルタ10a-1は、(4)式あるいは(5)式に基づき構成した。換言するならば、フィルタの次数nは任意に選択できた。(4)式、(5)式の2×2安定フィルタに、フィルタ次数を1次とし、フィルタゲインGに(12)式を適用し、(1)式の安定多項式の0次係数a0を次の(15)式のように選定する場合には、
【数15】
図3の位相偏差推定器10aを構成する2×2安定フィルタ10a-1として、
図5、
図6を得る。
図5が、フィルタゲインが入力端側にある(4)式、
図4(a)に対応している。代わって、
図6が、フィルタゲインが出力端側にある(5)式、
図4(b)に対応している。
図5、
図6の実施例おけるフィルタゲインGは、(15)式に(13)式を考慮すると、次式の簡単なものとなる。
【数16】
図5、
図6に用いられた2×2逆D因子「D-1」は、
図7のように実現されている。なお、
図5、
図6においては、鏡相磁束の微分相当値の合成に一般に必要とされた2×2D因子を2×2安定フィルタ10a-1の2×2逆D因子「D-1」と相殺させている。相殺は、鏡相磁束の微分相当値の信号の一部をフィルタの別箇所から入力することにより達成している。この結果、位相偏差推定器としては、より簡単な構成が達成されている。
【実施例3】
【0041】
図2~
図7を利用して説明した第1、第2実施例では、γδ回転座標系上の鏡相磁束の微分相当値として、換言するならば位相偏差推定器へ入力信号として、γδ回転座標系上で定義された信号を用いた。より具体的には、固定子電流、固定子電圧の信号として、固定子電流の真値(実測値)、固定子電圧の相当値としての同指令値を利用した。これに代わって、γδ回転座標系上の定義された固定子電流の相当値としての同指令値、固定子電圧の真値など、固定子電流、固定子電圧に関する他の相当値を利用して、γδ回転座標系上の鏡相磁束の微分相当値を合成して差し支えないことを指摘しておく。
【実施例4】
【0042】
次に、本発明による別の実施例として、2入力2出力(2×2)安定フィルタで処理すべき鏡相磁束の微分相当値として、電流制御が遂行されるγδ回転座標系とは異なる座標系で定義された信号を用いた例、より具体的には、αβ固定座標系上で定義された信号を用いた例を示す。
図8は、本発明を利用したセンサレスベクトル制御系の構造例を概略的に示したものである。
図2の構造例と
図8の構造例との決定的な違いは、
図8の実施例においては、位相速度推定器10(請求項1、2記載の位相推定装置に該当)への入力信号が、αβ固定座標系上で定義された固定子の電流、電圧の信号となっている点にある。
図8における他の機器に関しては、
図2のものと同一である。
【0043】
図8に明示しているように、位相速度推定器10(請求項1、2記載の位相推定装置に該当)には、αβ固定座標系上で定義された固定子電流の真値(測定値)と固定子電圧の相当値としての同指令値が入力され、ベクトル回転器に最終的に使用される位相推定値(すなわちγδ回転座標系の位相)θα^と回転子速度(電気速度)推定値ω2n^とを出力している。回転子の電気速度推定値は、極対数Npで除されて機械速度推定値ω2m^に変換された後、速度制御器9へ送られている。
【0044】
図9は、
図8における位相速度推定器10の1実施例として、その内部構造を示したものである。位相速度推定器10は、位相推定器10aと速度推定器10cとから構成されている。
【0045】
本実施例では、位相推定器10aへの入力信号としては、αβ固定座標系上で定義された固定子電流の真値(測定値)と固定子電圧の推定値としての同指令値を利用している。これに応じ、位相推定器は、整合性のよいαβ固定座標系上で評価した回転子位相推定値(初期位相推定値)「θγ^=θα^’」を出力している。本実施例のための位相推定器10aの一般的な構成は、
図4となる。本実施例における
図4の2×2安定フィルタ10a-1は、請求項1の発明に基づく安定フィルタである。具体的フィルタとしては、請求項2の発明に基づき構成している。ただし、
図4(a)、(b)における2×2安定フィルタは、各々(4)式、(5)式に、αβ固定座標系の条件(すなわち、座標系の速度はゼロ、ωγ=0)を付加して、実現されねばならない。2×2安定フィルタへの入力信号は、請求項1の発明に基づき、鏡相磁束の微分相当値としている。当然のことながら、この時の鏡相磁束の微分相当値は、αβ固定座標系上で定義されたものでなくてはならない。
図4の例では、(11)式の第3式に基づき、固定子電圧(指令値)と固定子電流(真値)を用いて、鏡相磁束の微分相当値を合成している。αβ固定座標系の条件(すなわち、座標系の速度はゼロ、ωγ=0)を(11)式に適用する場合、(11)式の2×2D因子は、微分演算子を対角要素のみにもつ2×2行列となる。本実施例における
図4の位相決定器10a-2の構成は、
図2~
図7を利用して説明した第1、第2実施例と同一、すなわち(14)式の通りである。
【0046】
図9の後段処理器である速度推定器10cは、永久磁石同期電動機のセンサレスベクトル制御に関連して開発された積分フィードバック形速度推定法が実装されいる。積分フィードバック形速度推定法に基づく速度推定器の構成は、非特許文献1に詳説されており、当業者には公知であるので、これ以上の説明は省略する。永久磁石同期電動機のための積分フィードバック形速度推定法は、大きな変更なく同期リラクタンス電動機に適用される。
【実施例5】
【0047】
図8、
図9、
図4を利用して説明した実施例では、2×2安定フィルタ10a-1は、(4)式あるいは(5)式に基づき構成した。換言するならば、フィルタの次数nは任意に選択できた。(4)式、(5)式の2×2安定フィルタに、フィルタ次数を1次とし、フィルタゲインGに(12)式を適用し、(1)式の安定多項式の0次係数a0を(15)式のように選定する場合には、
図9の位相推定器10aを構成する2×2安定フィルタ10a-1として、
図10、
図11を得る。
図10が、フィルタゲインが入力端側にある(4)式、
図4(a)に対応している。代わって、
図11が、フィルタゲインが出力端側にある(5)式、
図4(b)に対応している。
図10、
図11の実施例おけるフィルタゲインGは、(16)式の簡単なものとなている。また、両図では、αβ固定座標系の条件(すなわち、座標系の速度はゼロ、ωγ=0)の付加により、逆D因子は逆微分器すなわち積分器「1/s」となっている。なお、
図10、
図11においては、αβ固定座標系上の鏡相磁束の微分相当値の合成に必要とされた2×2微分演算子「s」を2×2安定フィルタ10a-1の2×2積分器「1/s」と相殺させている。相殺は、鏡相磁束の微分相当値の信号の一部をフィルタの別箇所から入力することにより達成している。この結果、位相推定器としては、より簡単な構成が達成されている。
【実施例6】
【0048】
図4、
図8~
図11を利用して説明した第4、第5実施例では、αβ固定座標系上の鏡相磁束の微分相当値として、換言するならば位相推定器へ入力信号として、αβ固定座標系上で定義された信号を用いた。より具体的には、固定子電流、固定子電圧の信号として、固定子電流の真値(実測値)、固定子電圧の相当値としての同指令値を利用した。これに代わって、αβ固定座標系上で定義された固定子電流の相当値としての同指令値、固定子電圧の真値など、固定子電流、固定子電圧に関する他の相当値を利用して、αβ固定座標系上の鏡相磁束の微分相当値を合成して差し支えないことを指摘しておく。
【実施例7】
【0049】
実施例1~6においては、本発明を適用する同期リラクタンス電動機は、鉄損考慮を要しない同期リラクタンス電動機として、「トルク発生に寄与する固定子電流」は「固定子電流そのもの」とした。鉄損考慮を要する同期リラクタンス電動機を対象とする場合には、「トルク発生に寄与する固定子電流」は「固定子電流そのもの」と異なる。より具体的には、非特許文献2(本文献では、広く交流電動機を対象)が解説しているように、鉄損考慮を要する同期リラクタンス電動機の固定子電流は、数学モデル上、トルク発生に寄与する成分である固定子負荷電流と、トルク発生に寄与しない成分である固定子鉄損電流に二分される。鉄損考慮を要する同期リラクタンス電動機においては、「トルク発生に寄与する固定子電流」は固定子負荷電流を意味する。請求項1、2の本発明は、「トルク発生に寄与する固定子電流」として固定子負荷電流を用いることにより、鉄損考慮を要する同期リラクタンス電動機にも適用可能であることを指摘しておく。
【実施例8】
【0050】
以上、本発明による位相速度推定器(請求項1、2記載の位相推定装置に該当)に関し、各種の図を利用しつつ複数の実施例を用いて具体的かつ詳しく説明した。本発明の位相速度推定器は、アナログ的に実現可能であるが、最近のディジタル技術の著しい進歩を考えるとディジタル的に構成することが好ましい。ディジタル構成はハードウェア的構成とソフトウェア的構成があるが、当業者にとっては既に自明のように本発明はいずれでも構成できる。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明は、厳しい環境下で高速駆動を求められる同期リラクタンス電動機のための駆動装置に好適である。
【符号の説明】
【0052】
1 同期リラクタンス電動機
2 電力変換器
3 電流検出器
4a 3相2相変換器
4b 2相3相変換器
5a ベクトル回転器
5b ベクトル回転器
6 余弦正弦信号発生器
7 電流制御器
8 指令変換器
9 速度制御器
10 位相速度推定器
10a 位相偏差推定器または位相推定器
10a-1 2入力2出力(2×2)安定フィルタ
10a-2 位相決定器
10b 位相同期器
10c 速度推定器