IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 育材堂(▲蘇▼州)材料科技有限公司の特許一覧

特許7190216高強度鋼を熱処理する方法およびそれから得られる製品
<>
  • 特許-高強度鋼を熱処理する方法およびそれから得られる製品 図1
  • 特許-高強度鋼を熱処理する方法およびそれから得られる製品 図2
  • 特許-高強度鋼を熱処理する方法およびそれから得られる製品 図3
  • 特許-高強度鋼を熱処理する方法およびそれから得られる製品 図4
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-07
(45)【発行日】2022-12-15
(54)【発明の名称】高強度鋼を熱処理する方法およびそれから得られる製品
(51)【国際特許分類】
   C21D 9/02 20060101AFI20221208BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20221208BHJP
   C22C 38/38 20060101ALI20221208BHJP
【FI】
C21D9/02 A
C22C38/00 301A
C22C38/38
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2021573256
(86)(22)【出願日】2019-10-18
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2022-06-14
(86)【国際出願番号】 CN2019111796
(87)【国際公開番号】W WO2020248459
(87)【国際公開日】2020-12-17
【審査請求日】2022-05-18
(31)【優先権主張番号】201910496707.9
(32)【優先日】2019-06-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】519400759
【氏名又は名称】育材堂(▲蘇▼州)材料科技有限公司
【氏名又は名称原語表記】IRONOVATION MATERIALS TECHNOLOGY CO., LTD.
【住所又は居所原語表記】B‐1203, NO. 388 RUOSHUI ROAD, SUZHOU, JIANGSU, 215000, CHINA
(74)【代理人】
【識別番号】110001818
【氏名又は名称】弁理士法人R&C
(72)【発明者】
【氏名】易 ▲紅▼▲亮▼
(72)【発明者】
【氏名】周 ▲シュー▼
(72)【発明者】
【氏名】▲楊▼ ▲達▼朋
(72)【発明者】
【氏名】秦 ▲華▼▲傑▼
(72)【発明者】
【氏名】熊 小川
(72)【発明者】
【氏名】王 国▲棟▼
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-104070(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第108374127(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 9/02
C22C 38/00
C22C 38/38
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
高強度鋼を熱処理する方法において、前記高強度鋼が、重量で、0.30%から0.45%のCと、1.0%以下のSiと、0.20%から2.5%のMnと、0.20%から2.0%のCrと、0.15%から0.50%のMoと、0.10%から0.40%のVと、0.2%以下のTiと、0.2%以下のNbと、を含み、残部Feおよび不純物であり、上記合金元素により、次式(1)に係るEq(Mn)が1.82以上になる方法であって、
Eq(Mn)=Mn+0.26Si+3.50P+1.30Cr+2.67Mo (1)
1)オーステナイト化ステップ:前記高強度鋼を1分から300分間Ac3+20°Cから950°Cに加熱するステップと、
2)炭化物析出ステップ:前記オーステナイト化ステップ後の前記高強度鋼を5分から300分間Ar3-10°Cから870°Cに冷却し、次いで1°C/秒以上である平均冷却速度で100°C以下にさらに冷却するステップと、
3)焼戻しステップ:前記炭化物析出ステップ後の前記高強度鋼を5分から360分間120°Cから280°Cに加熱するステップとを含み、
前記焼戻しステップ後に得られた前記高強度鋼が、面積で、90%以上のマルテンサイト、3%以下のフェライト、5%以下の残留オーステナイト、および10%以下のベイナイトの微細構造を含み、
前記焼戻しステップ後に得られた前記高強度鋼が、0.1重量%から0.5重量%の炭化物粒子を含み、前記炭化物粒子が、VおよびMoの複合炭化物の粒子を含み、前記炭化物粒子が、1nmから30nmの平均粒子径を有し、
前記焼戻しステップ後に得られた前記高強度鋼が、1400MPa以上の降伏強度、1800MPa以上の引張強度、および38%以上の引張試験片の面積の減少を有する方法。
【請求項2】
前記オーステナイト化ステップが、前記高強度鋼を1分から30分間Ac3+30°Cから910°Cに加熱するステップを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記炭化物析出ステップが、前記高強度鋼を5分から60分間Ar3+10°Cから850°Cに冷却し、次いで100°C以下にさらに冷却するステップを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記オーステナイト化ステップ前に前記高強度鋼を予備成形品に成形するステップをさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記炭化物粒子が窒素をさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記炭化物粒子が、1nmから15nmの平均粒子径を有する、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記焼戻しステップ後に得られた前記高強度鋼が、1550MPa以上の降伏強度、1900MPa以上の引張強度、および45%以上の引張試験片の面積の減少を有する、請求項1に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、高強度鋼を熱処理する方法に関する。より具体的には、本開示は、車両サスペンション用ばね部材などのばね部材を製造するのに特に適した、高強度、高延性および高靭性を同時に発揮する熱処理鋼を得るように高強度鋼を熱処理する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
車両サスペンション用ばね部材としては、例えば、リーフスプリング、スタビライザバー、コイルスプリングなどが挙げられる。リーフスプリングは、リーフ・スプリングとも呼ぶが、フレームと車軸の間に取り付けられることが多い。車両の走行時、リーフスプリングは、フレームに対する車輪の衝撃に耐え、車体の激しい振動を減少し、走行安定性および異なる道路状況への適応性を維持する。スタビライザバーはトーションバースプリングである。車両が旋回するとき、スタビライザバーは、バー本体の弾力を利用して、車輪が浮き上がるのを防止し、車体の過度の横揺れを防止し、車体を平衡状態に保とうとする。車両の走行時、前記車両サスペンション用ばね部材は何度も応力負荷に耐える。車両の乗り心地を確保するため、通常は、サスペンションの剛性を減少することが望ましく、そしてこのことにより、応力負荷に耐えるための前記車両サスペンション用ばね部材の能力の増強についての要件がさらに引き上げられている。このため、前記車両サスペンション用ばね部材を製作するための鋼が高い強度を有することができることが求められている。
【0003】
また、エネルギーを節約して排気を減少し、製造コストを減少し、車両安全性を向上させるために、車両の軽量化が益々提案されており、そしてこのことにより、鋼の強度の増強の要件がさらに引き上げられている。
【0004】
しかしながら、鋼の強度の増強とともに、その他の特性(特に延性および靭性)が実質的に悪化し、自動車部品への高強度鋼の適用が制限されてしまう。
【0005】
近年、車両サスペンション用ばね部材を製作するための高性能鋼を開発しようとする多くの試みがなされている。
【0006】
中国特許出願公開第108239726号は、優れた耐水素脆化性を有する高強度ばね用鋼板および当該鋼板を製作する方法に関する。当該鋼板は、重量で、0.45%から0.60%のC、1.40%から1.80%のSi、0.30%から0.80%のMn、0.20%から0.70%のCr、0.05%から0.15%のMo、0.05%から0.20%のV、0.010%から0.030%のNb、0.006%以下のN、0.015%以下のP、0.015%以下のSを含む。関連する熱処理工程は、10秒から30分間880°Cから1000°Cに当該鋼を加熱するステップと、10°C/秒を超える平均冷却速度で冷却するステップと、10秒から40分間380°Cから460°Cに当該鋼板をさらに加熱するステップと、次いで10°C/秒を超える平均冷却速度で60°C以下に冷却するステップとを含む。中国特許出願公開第108239726号は、Nb、VおよびMoなどの強力な炭化物形成元素を添加することによって、平均結晶粒径が10nmから60nmのいくらかの(V、Mo)C粒子または(Nb、VおよびMo)C粒子が当該鋼板中に析出し、旧オーステナイト結晶粒サイズも10以上のグレードに微細化される。当該炭化物粒子は高い界面活性化エネルギーを有し、外部応力によって拡散することのない非拡散性水素の捕捉をもたらすことができる。同時に、前記微細な旧オーステナイト結晶粒ならびに十分な量の前記炭化物ナノ粒子により、前記ばね用の鋼板には、1900MPaを超える引張強度に加えて優れた耐水素脆化性が確保される。
【0007】
中国特許出願公開第106399837号は、ホットスタンピング用鋼および熱間成形工程に関する。当該鋼は、重量で、0.27%から0.40%のC、0%から0.80%のSi、0.20%から3.0%のMn、0.10%から0.4%のV、0%から0.8%のSi、0%から0.5%のAl、0%から2%のCr、0%から0.15%のTi、0%から0.15%のNb、0%から0.004%のB、および合計で2%未満のMo、NiおよびCuを含む。熱間成形工程と組み合わせて、V、Nbなどの強力な炭化物形成元素を添加することにより、前記熱間成形工程におけるVCのナノサイズ粒子および/またはV、TiおよびNbの複合炭化物の粒子の析出が制御されて、析出による強化および結晶粒微細化を促進し、マルテンサイトの炭素含有量を減少し、鋼の靭性を向上させることができる。後続の低温焼戻しにより、鋼の特性をさらに最適化する。得られた鋼は、1350MPaから1800MPaの降伏強度、1700MPaから2150MPaの引張強度、および7%から10%の伸びを有する。
【0008】
車両サスペンションに使用されるばね部品に関しては、引張試験片の面積の減少(面積の減少率とも呼ぶ)が、鋼の延性と靭性の両方が如何に良好であるかを示す重要な指標として使用されることが多い。引張試験片の面積の良好な減少を確保するためには、鋼は高延性と高靭性の両方を有する必要がある。現在開示されている鋼の延性および靭性は、車両サスペンション用ばね部材を製作するための引張試験片の面積の減少についての要件を満足するには不十分である。このため、車両サスペンション用ばね部材の製作に特に適するように、高強度、高延性および高靭性を同時に有し、特に引張試験片の面積の減少が向上した熱処理鋼につながることができる、高強度鋼を熱処理する方法への需要が依然としてある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】中国特許出願公開第108239726号明細書
【文献】中国特許出願公開第106399837号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記問題を解決するため、本開示では、引張試験片の面積の減少を向上させた高強度鋼につながる熱処理方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
一態様において、本開示では、高強度鋼を熱処理する方法において、当該高強度鋼が、重量で、0.30%から0.45%のCと、1.0%以下のSiと、0.20%から2.5%のMnと、0.20%から2.0%のCrと、0.15%から0.50%のMoと、0.10%から0.40%のVと、0.2%以下のTiと、0.2%以下のNbと、Feおよびその他の合金元素および不純物の残部とを含み、上記合金元素により、次式(1)に係るEq(Mn)が1.82以上になる方法であって、
Eq(Mn)=Mn+0.26Si+3.50P+1.30Cr+2.67Mo (1)
1)オーステナイト化ステップ:約1分から300分間臨界オーステナイト化温度(Ac3)を20°C上回る温度(以下、Ac3+20°Cと呼ぶ)から約950°Cに前記高強度鋼を加熱するステップと、
2)炭化物析出ステップ:前記オーステナイト化ステップ後の前記高強度鋼を約5分から300分間フェライト析出開始温度(Ar3)を約10°C下回る温度(以下、Ar3-10°Cと呼ぶ)から約870°Cに冷却し、次いで約100°C以下にさらに冷却するステップにおいて、当該さらなる冷却の平均冷却速度が約1°C/秒以上であるステップと、
3)焼戻しステップ:前記炭化物析出ステップ後の前記高強度鋼を約5分から360分間約120°Cから280°Cに加熱するステップとを含む方法を提供する。
【0012】
別の態様において、本開示では、上記熱処理方法によって得られる鋼において、前記鋼が、面積で、約90%以上のマルテンサイト、約3%以下のフェライト、約5%以下の残留オーステナイト、および約10%以下のベイナイトの微細構造を含むことができ、
前記鋼が、約0.1重量%から0.5重量%の炭化物粒子を含むことができ、前記
炭化物粒子が、VおよびMoの複合炭化物の粒子を含むことができ、前記炭化物粒子が、約1nmから30nmの平均粒子サイズを有することができ、
前記鋼が、約1400MPa以上の降伏強度、約1800MPa以上の引張強度、および約38%以上の引張試験片の面積の減少を有することができる鋼を提供する。
【0013】
さらなる一態様において、本開示では、上記鋼から製作される車両サスペンション用ばね部材を提供する。
【0014】
添付の図面は、本発明の理解をさらに深めるために含まれており、本明細書の一部であり、下記の詳細な説明とともに、本発明の実施形態を例示するが、本発明の範囲を制限するものではない。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明に係る高強度鋼を熱処理する方法の一実施形態で使用する温度時間図を示す。
図2】本発明に係る熱処理方法によって得られる鋼の一実施形態の金属組織写真を示す。
図3】本発明に係る熱処理方法によって得られる鋼の一実施形態の透過型電子顕微鏡写真を示す。
図4】本発明に係る熱処理方法によって得られる鋼の一実施形態における炭化物の化学組成を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
実施例中を除き、本明細書中のパラメータの(例えば、数量または条件の)全ての数値は、如何なる場合も「約」という用語によって修飾されているものとして理解すべきであり、当該数値の前に「約」が実際に現れているか否かは問わない。
【0017】
別段の指示のない限り、本明細書で言及するパーセントは重量パーセントである。
【0018】
本発明に係る一態様において、本開示では、高強度鋼を熱処理する方法において、当該高強度鋼が、重量で、0.30%から0.45%のCと、1.0%以下のSiと、0.20%から2.5%のMnと、0.20%から2.0%のCrと、0.15%から0.50%のMoと、0.10%から0.40%のVと、0.2%以下のTiと、0.2%以下のNbと、Feおよびその他の合金元素および不純物の残部とを含み、上記合金元素により、次式(1)に係るEq(Mn)が1.82以上になる方法であって、
Eq(Mn)=Mn+0.26Si+3.50P+1.30Cr+2.67Mo (1)
1)オーステナイト化ステップ:前記高強度鋼を約1分から300分間約Ac3+20°Cから約950°Cに加熱、好ましくは、前記高強度鋼を約1分から30分間約Ac3+30°Cから約910°Cに加熱するステップと、
2)炭化物析出ステップ:前記オーステナイト化ステップ後の前記高強度鋼を約5分から300分間約Ar3-10°Cから約870°Cに冷却、好ましくは、約5分から30分間約Ar3+10°Cから約850°Cに冷却し、次いで約100°C以下にさらに冷却するステップにおいて、当該さらなる冷却の平均冷却速度が約1°C/秒以上であるステップと、
3)焼戻しステップ:前記炭化物析出ステップ後の前記高強度鋼を約5分から360分間約120°Cから280°Cに加熱、好ましくは、前記炭化物析出ステップ後の前記高強度鋼を約10分から60分間約160°Cから230°Cに加熱するステップとを含む方法を提供する。
【0019】
好ましくは、前記高強度鋼は、重量で、0.32%から0.42%のCと、0.8%以下のSiと、0.2%から1.5%のCrと、0.2%から0.4%のMoと、0.12%から0.3%のVと、Feおよびその他の合金元素および不純物の残部とを含み、上記合金元素により、前記式(1)に係るEq(Mn)が1.82以上になる。
【0020】
本開示で使用する前記高強度鋼の化学組成を下記に詳述する。
【0021】
炭素(C):約0.30%から0.45%
炭素は、鋼中の固溶強化に最も効果的な元素である。1800MPaを超える鋼の引張強度を確保するためには、炭素は約0.30%以上の濃度で存在することになる。炭素含有量が0.45%を超える場合、高炭素含有量のマルテンサイトが形成される場合があり、延性および靭性が乏しくなるとともに、耐水素脆化性が実質的に低下する。このため、本開示で使用する前記高強度鋼の炭素含有量は、約0.30%から0.45%、好ましくは約0.32%から0.42%である。
【0022】
ケイ素(Si):約1.0%以下
ケイ素は、鋼を溶かす際に使用される脱酸剤である。ケイ素は、フェライトマトリックス中に固溶して存在することができ、当該基地の強度を増強することができる。しかしながら、過剰なケイ素は鋼の靭性に有害なだけでなく、熱処理時の深刻な表面酸化および脱炭にもつながる。脱炭層の厚みは、車両サスペンション用ばね部材の疲労性能に関する重要な制御パラメータの一つである。このため、本開示で使用する前記高強度鋼のケイ素含有量は、1.0%以下、好ましくは0.8%以下である。
【0023】
マンガン(Mn):約0.20%から2.5%
マンガンは、鋼の焼入性を向上させるための元素である。マンガン含有量が約0.20%未満であると、鋼の焼入性が不十分になり、それにより、高強度を得ることが困難になる。しかしながら、マンガン含有量が高過ぎると、鋼の延性および靭性が著しく減少するおそれがある。このため、本開示で使用する前記高強度鋼のマンガン含有量の上限は約2.5%である。
【0024】
クロム(Cr):約0.20%から2.0%
クロムは、鋼の焼入性を向上させるための元素であり、鋼の耐酸化性に大きな効果がある。クロム含有量が約0.20%未満であると、上記効果は大きくない。これとは反対に、クロム含有量が2.0%を超えると、クロムを含有する炭化物の粗大な粒子が析出する場合があり、靭性には不都合である。このため、本開示で使用する前記高強度鋼のクロム含有量範囲は、約0.20%から2.0%、好ましくは0.2%から1.5%である。
【0025】
モリブデン(Mo):約0.15%から0.50%
モリブデンは、強力な炭化物形成元素の一つであり、炭素原子との大きな親和力を有しており、炭素原子の拡散を防止し、炭素の拡散係数を減少し、それによって鋼の表面脱炭を効果的に抑制することができる。脱炭層の厚みは、車両サスペンション用ばね部材の疲労性能の重要な制御パラメータの一つである。同時に、モリブデンの添加により、鋼の焼入性を向上させることができる。本願は、熱処理時のナノサイズのモリブデンおよびバナジウムの複合炭化物の粒子の析出を利用するだけである。複合炭化物粒子の析出は、炭化物粒子を均一に分布させ、より微細な炭化物粒子を得るのに有利である。これにより、鋼に超高強度が確保されるだけでなく、引張試験片の面積の減少における良好な性能も付与される。このため、本開示で使用する前記鋼中のモリブデン含有量は、約0.15%以上である。モリブデン含有量が約0.50%よりも高い場合、生産コストが著しく増大するおそれがある。このため、モリブデン含有量は、約0.15%から0.50%、好ましくは約0.20%から0.40%である。モリブデン含有量が約0.20%から0.40%であると、前記ばね部材に良好な耐疲労性を付与するように前記ばね部材の表面脱炭を効果的に抑制または軽減することが可能である。同時に、モリブデンがこのような範囲で添加されると、前記ばね部材に引張試験片の面積の減少における良好な性能を付与するように均一な分布および小さなサイズのモリブデンとバナジウムの複合炭化物の粒子を確保することもできる。
【0026】
バナジウム(V):約0.10%から0.40%
バナジウムは、複合炭化物粒子を形成することができ、析出による強化および旧オーステナイト結晶粒微細化をもたらす。バナジウム含有量が約0.10%未満である場合、炭化物粒子は十分な量だけ形成することができず、したがって上述の効果が大きくない。バナジウム含有量が約0.40%よりも高い場合、生産コストの増大および粗大な炭化物粒子につながるおそれがあり、引張試験片の面積の減少の悪化を招く。このため、バナジウム含有量は、好ましくは約0.10%から0.40%、好ましくは0.12%から0.30%である。
【0027】
チタン(Ti):約0.20%以下、およびニオブ(Nb):約0.20%以下
チタンとニオブは両方とも鋼中に炭窒化物を形成することができ、強度の向上および結晶粒の微細化に効果がある。チタンおよびニオブは強力な炭化物形成元素に含まれる。したがって、それらの含有量が約0.20%を超えると、炭窒化物が高温で大量に析出する場合がある。これは、結晶粒の粗大化および引張試験片の面積の減少の悪化につながるおそれがある。高温での炭窒化物の析出が最小限になるように高温でのチタンまたはニオブからの炭窒化物の析出が前記熱処理によって制御される場合、モリブデンおよびバナジウムと結合した炭窒化物の析出を促進することができ、炭窒化物の粒子サイズはさらに微細化することができる。しかしながら、このような加工制御は複雑過ぎる。このため、チタンの含有量は、約0.20%以下、好ましくは0.05%以下であり、ニオブ含有量は、約0.20%以下、好ましくは約0.05%以下である。
【0028】
上述のように、チタンとニオブは両方とも鋼中に炭窒化物を形成することができ、鋼の総合的な特性を向上させることができる。本発明者には、チタンとニオブを一緒に添加することが相乗効果につながり得ることも分かっている。このため、チタンおよびニオブは、約0.20%以下の合計量で存在する。チタンとニオブの合計量が約0.20%を超える場合、炭窒化物が高温で大量に析出する場合があり、結晶粒の粗大化および引張試験片の面積の減少の悪化を招く。このため、チタンとニオブの合計量は、約0.20%以下、好ましくは約0.08%以下である。
【0029】
リン(P)および硫黄(S):それぞれ約0.025%以下
リンおよび硫黄は、結晶粒界に析出する場合があり、引張試験片の面積の減少の悪化を招く。このため、これらの元素を最小限にすることが望ましい。例えば、リンと硫黄の含有量は、それぞれ約0.025%以下である。
【0030】
Eq(Mn):約1.82以上
Eq(Mn)は、鋼の焼入性の特徴を示すことができる。Eq(Mn)とマルテンサイトの臨界冷却速度(Rc)との間の関係は、次式(2)を満足することができる。
lgRc=3.15-1.73Eq(Mn) (2)
【0031】
鋼に良好な焼入性、すなわち、約1°C/秒以下のRcを確保するために、Eq(Mn)は約1.82以上とすることができる。
【0032】
鉄(Fe)の残部が存在する。しかしながら、原材料または周囲環境からの不純物が従来の製造工程時に導入されてしまう場合があることは一般的に避けられない。このため、これらの不純物の存在は避けられない。これらの不純物は当業者には知られている。
【0033】
図1を参照すると、本発明に係る前記熱処理方法は、前記高強度鋼に、1)オーステナイト化ステップと、2)炭化物析出ステップと、3)焼戻しステップとを施すことを含む。
【0034】
特に、本発明に係る前記熱処理方法では、前記高強度鋼は、約1分から300分間約Ac3+20°Cから約950°Cに当該高強度鋼を加熱することによる前記オーステナイト化ステップが施される。加熱温度がAc3+20°C未満である、または加熱時間が1分未満であると、不溶解フェライトおよびパーライトが残る場合があり、合金元素の不均一性を招く。加熱温度が950°Cよりも高い、または加熱時間が60分よりも長いと、前記鋼の表面酸化および脱炭が深刻になる場合があり、オーステナイト結晶粒が粗大化するおそれがある。このため、前記オーステナイト化の工程条件は、1分から60分間Ac3+20°Cから950°Cに、好ましくは1分から30分間Ac3+30°Cから910°Cに加熱することとして設定される。一般に、前記オーステナイト化は、Ac3+40°Cから約970°Cの炉温の炉内で5分から310分間、好ましくはAc3+50°Cから約930°Cの炉温の炉内で5分から40分間加熱することによって実現する。また、前記オーステナイト化ステップは、誘導加熱または誘導加熱と炉内加熱の組み合わせによって完了することもできる。
【0035】
次いで、前記オーステナイト化後の前記高強度鋼は、前記炭化物析出ステップが施される。当該炭化物析出ステップは、前記高強度鋼を約5分から300分間約Ar3-10°Cから約870°Cに冷却するステップを含むことができる。好ましくは、前記高強度鋼は、5分から30分間約Ar3+10°Cから850°Cに冷却される。次いで、当該高強度鋼は約100°C以下にさらに冷却され、当該さらなる冷却の平均冷却速度は約1°C/秒以上、好ましくは約5°C/秒以上である。当該さらなる冷却の平均冷却速度は、約100°C/秒以下、好ましくは約50°C/秒以下、より好ましくは約20°C/秒以下とすることができる。前記冷却は、約5分から300分間約Ar3-20°Cから約870°Cの炉温の炉内、好ましくは、5分から30分間約Ar3から約850°Cの炉温の炉内で実現することができる。前記さらなる冷却は、油冷、塩水冷などによって完了することができる。前記炭化物析出における前記冷却の温度がAr3-10°Cよりも低いと、過剰なフェライトが形成される場合があり、鋼の強度および疲労特性に有害であるおそれがある。前記冷却の温度が870°Cよりも高いと、前記炭化物が析出しづらく、前記炭化物が粗大化するおそれがある。冷却時間が5分未満であると、前記炭化物は十分に析出されない。冷却時間が300分よりも長いと、オーステナイト結晶粒の成長および炭化物粗大化を招く場合があり、鋼の引張試験片の面積の減少に不利になるおそれがある。また、冷却時間が長いと、鋼の深刻な表面酸化および脱炭にもつながるおそれがある。このため、前記炭化物析出ステップの工程条件は、約5分から300分間約Ar3-10°Cから870°Cで冷却し、次いで約100°C以下にさらに冷却することとして設定される。より好ましくは、前記高強度鋼は、約5分から60分間約Ar3+10°Cから850°Cで冷却され、次いで約100°C以下にさらに冷却される。一変形例において、前記高強度鋼は、約80°C以下、例えば室温にさらに冷却される。前記冷却および前記さらなる冷却によって、確実にフェライトをできるだけ少なく、マルテンサイトをできるだけ多くすることができるように、前記冷却における平均冷却速度は約1°C/秒以上に設定される。前記炭化物析出は、前記オーステナイト化用と同じ炉内で、同じ炉内の異なる部分で、または異なる炉内で、または任意のその他の加熱方法によって完了することができる。好ましくは、本発明によって処理される前記高強度鋼の初期微細構造中には、ナノサイズの炭化物粒子が多くある。前記オーステナイト化ステップ後、これらのナノサイズの炭化物粒子は、前記高強度鋼中にまだ溶解しておらず、前記炭化物析出ステップで析出させる炭化物粒子の量およびサイズを制御するのに好都合である。
【0036】
次いで、前記炭化物析出後の前記高強度鋼は、約5分から360分間約120°Cから280°Cに前記高強度鋼を加熱することによる前記焼戻しステップが施される。焼戻し温度が約120°Cよりも低い、または時間が約5分未満であると、前記焼戻しの効果がマルテンサイトに対して不十分である。これに関して、マルテンサイト変態によって生じる内部応力が十分に解放されることができず、それにより、引張試験片の面積の減少における性能をさらに向上させることができない。焼戻し温度が約280°Cよりも高い、または時間が約360分よりも長いと、多数の鉄炭化物(Fe‐C)が析出する場合があり、鋼の強度の実質的な減少および著しい炭化物の粗大化につながるおそれがある。好ましくは、前記高強度鋼は、約10分から120分間約120°Cから250°Cの温度の炉内で加熱される。一般に、自動車部品を製造する工程は、コーティング後にベーキングステップを含む場合がある。当該ベーキングは、約10分から60分間約150°Cから230°Cで加熱することによって行われる。当該ベーキングステップが上記焼戻しの役割を担うことができるので、追加の焼戻しステップは必要ない場合がある。
【0037】
上記熱処理方法の後、面積で、約90%以上のマルテンサイト、約3%以下のフェライト、約5%以下の残留オーステナイト、および約10%以下のベイナイトの微細構造を含むことができる鋼、好ましくは、約97%以上の量のマルテンサイト、および約2.5%以下の合計量の残留オーステナイト、フェライトおよびベイナイトを含むことができる鋼が得られる。
【0038】
好ましくは、前記鋼は、約0.1重量%から0.5重量%の炭化物粒子を含むことができ、当該炭化物粒子は、VおよびMoの複合炭化物の粒子を含むことができ、当該炭化物粒子の平均粒子サイズは、約1nmから30nmになることができる。
【0039】
好ましくは、前記鋼は、約1400MPa以上の降伏強度、約1800MPa以上の引張強度、および約38%以上の引張試験片の面積の減少を有することができる。より好ましくは、前記鋼は、約1550MPa以上の降伏強度、約1900MPa以上の引張強度、および約45%以上の引張試験片の面積の減少を有することができる。
【0040】
本発明に係る前記熱処理方法によって得られる前記鋼を以下に詳述する。
【0041】
本発明に従って得られる前記鋼は、面積で約90%以上のマルテンサイトの微細構造を含むことができる。マルテンサイトは、高強度を達成するのに必要な微細構造である。マルテンサイトの面積率が約90%未満であると、これは、強度の向上にほとんど寄与しないフェライトおよび残留オーステナイトが多過ぎることを意味する。したがって、高い引張強度を達成するのが困難である。本発明に従って得られる前記鋼は、当該鋼に前記強度を確保するように、面積で約90%以上のマルテンサイトの微細構造を含むことができる。当該マルテンサイトの面積率は、好ましくは約97%以上であり、約99%よりも多くてもよい。
【0042】
本発明に従って得られる前記鋼は、面積で約10%以下のベイナイトの微細構造を含むことができる。ベイナイトの硬さはマルテンサイトの硬さよりも低い。したがって、鋼中のベイナイトの存在により、当該鋼の強度が減少するおそれがある。このため、前記ベイナイトの面積率は10%を超えるべきではない。好ましくは、ベイナイト含有量は約3%以下であり、約0%でもよい。
【0043】
本発明に従って得られる前記鋼は、面積で約3%以下のフェライトの微細構造を含むことができる。フェライトは軟質相である。フェライトがマルテンサイトとともに鋼中に存在すると、硬さに大きな差が生じ、鋼の強度を実質的に悪化させるおそれがある。このため、フェライトの形成はできるだけ避けるべきである。好ましくは、フェライトの面積率は約1%以下であり、約0%でもよい。
【0044】
本発明に従って得られる前記鋼は、面積で約5%以下の残留オーステナイトの微細構造を含むことができる。残留オーステナイトは、鋼の延性および耐水素脆化性を増強することができる。このため、本発明に係る前記鋼は、いくらかの残留オーステナイトを含有することができる。しかしながら、残留オーステナイトは、鋼の強度を減少するおそれがある。したがって、残留オーステナイトは、過度に大量に存在するべきではない。過剰な残留オーステナイトは、鋼の塑性変形時に高い炭素含有量のマルテンサイトを招く場合があり、前記鋼の靭性に有害である。前記残留オーステナイトは、好ましくは3%以下、より好ましくは1%以下である。
【0045】
本発明に従って得られる前記鋼は、約0.1重量%から0.5重量%の炭化物粒子を含むことができ、当該炭化物粒子は、VおよびMoの複合炭化物の粒子を含むことができ、当該炭化物粒子の平均粒子サイズは、約1nmから30nmとすることができる。前記炭化物析出ステップでは、前記炭化物粒子は、オーステナイト結晶粒界に析出して当該オーステナイト結晶粒を固定することができ、それによって当該オーステナイト結晶粒の成長を抑制する。同時に、炭化物粒子は、前記オーステナイト結晶粒中にも析出することができる。前記オーステナイト結晶粒内に析出した炭化物粒子は、それらのより均一かつより微細な第二相粒子であり、析出による強化を生じて鋼の強度を向上させることができる。前記炭化物粒子の平均サイズは、約1nmから30nm、好ましくは約1nmから15nmである。前記炭化物粒子の平均サイズは大き過ぎるべきではなく、さもなければ前記鋼の引張試験片の面積の減少における性能に不都合である。同時に、いくらかの炭化物粒子の析出は、マルテンサイトに関連する引張試験片の面積の減少における性能を向上させるようにマルテンサイト中の炭素含有量を大幅に減少させることができる。本発明に従って得られる前記鋼中には、約0.1重量%から0.5重量%の炭化物粒子が析出される。析出した炭化物粒子の合計量は多過ぎるべきではなく、さもなければ炭化物粒子の粗大化が顕著になり、鋼の強度を減少させて引張試験片の面積の減少における性能を悪化させるおそれがある。
【0046】
鋼は、通常約0.002%から0.008%の量の窒素(N)を含有することが避けられない場合がある。このため、前記析出した炭化物粒子は窒素も含有することが見込まれる。
【0047】
別の変形例では、前記炭化物粒子は、V、Mo、TiおよびNbの複合炭化物の粒子を含むこともでき、任意選択的に窒素を含んでもよい。
【0048】
本発明に従って得られる前記鋼は、約1400MPa以上、好ましくは約1550MPa以上の降伏強度、約1800MPa以上、好ましくは約1900MPa以上の引張強度、および約38%以上、好ましくは約45%以上の引張試験片の面積の減少を有することができる。
【0049】
別の態様において、本開示では、例えば、リーフスプリング、スタビライザバー、コイルスプリングなどを含む、上記鋼から製作される車両サスペンション用ばね部材を提供する。
【0050】
理論に拘束されることを望むものではないが、本発明に係る熱処理後の前記鋼は、高強度、高延性および高靭性を同時に有することができ、特に引張試験片の面積の減少を向上させることができるが、これは、前記合金の前記化学組成に関する前記選択および前記熱処理の前記工程条件に起因すると考えられる。本発明で使用する前記高強度鋼にVおよびMoを導入することによって、平均粒子サイズおよび合計量が制御されたVおよびMoの複合炭化物の粒子が前記熱処理鋼中に形成される。前記複合炭化物粒子は窒素をさらに含有することができる。前記複合炭化物粒子はTiおよびNbをさらに含有することができる。前記複合炭化物粒子の形成により、前記鋼には高強度および引張試験片の面積の減少の向上が付与される。また、前記熱処理鋼中に均一に分散したナノサイズの前記炭化物粒子は大きな表面積を有しており、水素を捕捉するサイトになることができ、それにより、材料の耐遅れ破壊性を向上させるのに有利な場合がある。Vは、その他の炭化物形成元素よりもオーステナイト中の固溶度積が高い。このため、高温では、すなわち前記オーステナイト化ステップでは、V炭化物の粒子は容易に析出しない。しかしながら、比較的低温だと、V炭化物の粒子はオーステナイト中に大量に析出することができ、当該炭化物のサイズは小さくなることができる。Moはオーステナイト中に析出し易くない。しかしながら、Vとともに添加されると、MoはVと複合炭化物を形成することができる。このため、本発明に係る前記熱処理方法は炭化物析出ステップを導入している。このステップにより、VおよびMoの複合炭化物の粒子、またはTiおよびNbとともにVとMoの複合炭化物の粒子が、オーステナイト結晶粒界およびオーステナイト結晶粒内に十分に析出することができるだけでなく、析出した炭化物粒子の平均粒子サイズおよび合計量も制御できるということが確実になる。前記熱処理鋼中のナノサイズの大量の炭化物粒子の均一な分散は、前記鋼の強度だけでなく、マルテンサイトに関連する引張試験片の面積の減少における性能も向上させ、材料の耐遅れ破壊性に有益である。同時に、低温での前記焼戻しステップにより、前記鋼の引張試験片の面積の減少における性能をさらに向上させることができる。
【0051】
性能試験
【0052】
引張特性
引張特性は、GB/T228.1‐2010(金属材料―引張試験―第1部:室温試験方法)に従って試験され、R6丸棒試験片が使用される。
【0053】
-40°CでのUノッチ衝撃エネルギー
-40°CでのUノッチ衝撃エネルギーは、GB/T229‐2007(金属材料―シャルピー振り子式衝撃試験)に従って試験され、試験片は55×10×10mm3のサイズである。
【0054】
脱炭層の厚み
脱炭層の厚みは、GB/T224‐2008(脱炭層の深さの測定)に記載の微小硬さ試験方法に従って試験される。脱炭層の厚みは、試験片の表面からコアの50%硬さに到達する点までの距離として定義される。
【0055】
微細構造特性
マルテンサイト(M)、フェライト(F)およびベイナイト(B)の相比率は、定量金属組織学的に測定される。残留オーステナイト(RA)の面積分率はXRDによって試験される。炭化物粒子の平均粒子サイズおよび合計量は、透過型電子顕微鏡下で五つのフィールドをランダムに撮影し、次いで統計的解析を行うことによって得られる。炭化物の化学組成は、透過型電子顕微鏡下でEDS機能を用いて試験される。
【実施例
【0056】
本発明の特徴および利点は、下記の実施例から明らかである。当該実施例は例示を意図しており、本発明を限定することは全く意図していない。
【0057】
次表1に示す化学組成を有する高強度鋼を製作し、本発明に係る前記熱処理方法で使用した。当該高強度鋼は、次表1に示す化学組成を有するビレットを60分間1200°Cに加熱し、900°Cで圧延し、30°C/分の冷却速度で室温に冷却することによって製作した16mm厚の熱間圧延平鋼だった。A1からA5は本発明に係る前記高強度鋼、B1からB3は比較鋼だった。
【0058】
【表1】
【0059】
上記鋼A1からA5およびB1からB3には、図1に示す工程または類似の工程に従ってそれぞれ熱処理を施し、当該熱処理の各ステップの工程条件を次表2に示した。
【0060】
【表2】
【0061】
前記熱処理鋼に、引張特性、-40°CでのUノッチ衝撃エネルギー、および微細構造特性に関して上記したような性能試験を施した。結果を表3に示す。図2は、実施例1(EX.1)の前記熱処理鋼A1の金属組織写真を示したものであり、当該熱処理鋼A1の微細構造は主にマルテンサイトだった。図3は、実施例1の前記熱処理鋼A1が、平均粒子サイズが8.2nmの炭化物粒子を約0.27%の量含んでいたことを示したものである。図4から分かるように、当該炭化物粒子は、Mo、VおよびNbを含んでいた。
【0062】
【表3】
【0063】
上記表3に示すように、本発明に係る前記鋼A1からA5を熱処理することによって得られた前記鋼は、93%を超えるマルテンサイト、4%未満の残留オーステナイト、2%未満のフェライト、および3%未満のベイナイトの微細構造を含んでいた。一方、VおよびMoを含有する複合炭化物の粒子の平均粒子サイズは5nmから15nmであり、炭化物粒子の量は0.15%から0.40%だった。したがって、本発明に係る前記鋼A1からA5を熱処理することによって得られた前記鋼は、1400MPaから1750MPaの降伏強度、1850MPaから2150MPaの引張強度、および45%から60%の引張試験片の面積の減少を有することができた。このような結果により、合金の前記化学組成ならびに前記熱処理の工程条件を選択することにより、本発明に係る前記熱処理鋼中には、ナノサイズの大量の炭化物粒子が均一に分散して析出し、そしてこのことが、マルテンサイトに関連する引張試験片の面積の減少における良好な性能を確保するようにマルテンサイト中の炭素含有量を減少させたことが示唆された。同時に、炭化物粒子の形成は、結晶粒の微細化および析出の強化につながり、前記鋼の高い強度にさらに寄与していた。このため、本発明に係る前記熱処理鋼A1からA5は優れた総合的性能を得て、車両サスペンション用ばね部材を製作するための要件を十分に満足していた。また、本発明の鋼は、低濃度の炭素とともにMoを含んでいた。これらの鋼における表面脱炭は、本発明に係る熱処理後に効果的に抑制することができた。表面脱炭層の厚みは100μm以下に制御することができた。これは、このような鋼から形成される前記ばね部材の疲労性能を向上させるのに有利であろう。
【0064】
前記比較例1(CE.1)で使用した前記比較鋼B1は、本発明で必要とされる範囲よりも少ない量の炭素を含み、MoおよびVは含んでいなかった。また、前記比較例1における前記熱処理は、本発明で使用する前記炭化物析出ステップおよび前記焼戻しステップを含まなかった。低い炭素含有量により、当該鋼に引張試験片の面積の減少における良好な性能を確保することができた。しかしながら、当該鋼がMo元素、Ti元素およびV元素を含有せず、当該熱処理が前記炭化物析出ステップを含まなかったことにより、結晶粒微細化効果および析出による強化効果は大きくない。したがって、当該熱処理後の前記比較鋼B1は、降伏強度が1214MPaに過ぎず、引張強度が1563MPaに過ぎず、車両サスペンション用ばね部材を製作するための要件を満足しなかった。
【0065】
前記比較例2(CE.2)で使用した前記比較鋼B2は、本発明で必要とされる範囲よりも高い量の炭素を含み、MoおよびVは含まなかった。また、前記比較例2における前記熱処理は、本発明で使用する前記炭化物析出ステップを含まず、温度が本発明の範囲を超える中温から高温の焼戻し工程である焼戻しステップを含んでいた。高い炭素含有量により、当該鋼には高い強度を確保することができた。しかしながら、前記炭化物析出ステップがないことにより、高い炭素含有量のマルテンサイトが形成され、引張試験片の面積の減少が低くなった。当該比較例2で使用した前記中温から高温の焼戻し工程は、当該鋼の引張試験片の面積の減少における性能をある程度向上させることができたが、このような中温から高温の焼戻し工程時にマルテンサイトが軟化した可能性があり、著しい強度の減少を招いた。同時に、前記中温から高温の焼戻し工程は、鋼の靭性に有害であるセメンタイトの析出を伴った可能性がある。このため、前記比較例2における前記熱処理後の前記鋼B2の強度および引張試験片の面積の減少は低く、車両サスペンション用ばね部材を製作するための要件を満足しなかった。
【0066】
前記比較例3(CE.3)で使用した前記比較鋼B3は、いずれも本発明で必要とされる範囲よりも高い量の炭素およびケイ素を含み、当該必要範囲よりも低い量のMoを含んでいた。また、前記比較例3における前記熱処理は、本発明で使用する前記炭化物析出ステップを含まず、温度が本発明の範囲を超える中温の焼戻し工程である焼戻しステップを含んでいた。高い炭素含有量により、当該鋼には高い強度を確保することができた。高いケイ素含有量により、当該鋼中の大量の残留オーステナイトを安定化することができた。塑性変形時、当該残留オーステナイトはTRIP効果を導入し、当該鋼の延性を向上させた。しかしながら、このような中温の焼入れ工程では、マルテンサイトから析出された炭化物粒子が実質的に粗大化して過度に大量に存在し、材料の靭性には不都合だった。また、当該鋼中のより安定した残留オーステナイトが塑性変形時にTRIP効果につながることが、高い炭素含有量のマルテンサイトにつながった可能性があり、鋼の靭性にさらに損害を与えた。このため、前記比較例3における前記熱処理後の前記鋼B3は、高い強度を達成したが、引張試験片の面積の低い減少を示した。同時に、前記比較鋼B3はケイ素の含有量が高く、前記熱処理後の当該鋼B3中に深刻な表面脱炭を生じた。脱炭層の厚みは200μm以上に達し、当該部材の疲労性能を著しく減少させた可能性がある。結論として、前記比較例3における前記熱処理後の当該鋼B3は、車両サスペンション用ばね部材の製作に適さなかった。
【0067】
前記比較例4では、本発明に係る前記鋼A1を使用した。しかしながら、前記比較例4における前記熱処理は、本発明に係る前記炭化物析出ステップを含まなかった。このため、平均粒子サイズが小さな炭化物粒子が析出したが、析出した炭化物粒子の合計量はより少なかった。したがって、マルテンサイトの炭素含有量が大きく減少せず、当該鋼の延性および靭性の向上は不十分だった。同時に、析出による強化に対するその効果が理想的ではなかった。このため、前記比較例4における前記熱処理後の前記鋼A1の強度および引張試験片の面積の減少は低く、車両サスペンション用ばね部材を製作するための要件を満足しなかった。
【0068】
以上、本発明の好ましい実施形態を説明したが、当業者は、本発明の概念から逸脱することなく可能な如何なる変更または置換も本発明の保護範囲に属するということを理解すべきである。
図1
図2
図3
図4