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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-07
(45)【発行日】2022-12-15
(54)【発明の名称】液体吐出装置およびその制御方法
(51)【国際特許分類】
   B41J 2/165 20060101AFI20221208BHJP
   B41J 2/14 20060101ALI20221208BHJP
   B41J 2/18 20060101ALI20221208BHJP
【FI】
B41J2/165 211
B41J2/14 201
B41J2/165 301
B41J2/18
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2018148714
(22)【出願日】2018-08-07
(65)【公開番号】P2020023112
(43)【公開日】2020-02-13
【審査請求日】2021-07-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000001007
【氏名又は名称】キヤノン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003281
【氏名又は名称】弁理士法人大塚国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】亀島 理菜子
(72)【発明者】
【氏名】勅使川原 稔
(72)【発明者】
【氏名】三隅 義範
【審査官】加藤 昌伸
(56)【参考文献】
【文献】特開平03-236964(JP,A)
【文献】特開2008-105364(JP,A)
【文献】特開2017-185659(JP,A)
【文献】特開2018-089834(JP,A)
【文献】特開2012-030580(JP,A)
【文献】特開2003-019811(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B41J 2/01 - 2/215
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
発熱素子が発熱することで液体を吐出する複数の吐出口が配列された吐出口面を有する液体吐出ヘッドと、
前記吐出口面に当接し所定方向に移動しながら吸引する吸引手段と、
前記液体吐出ヘッドへ供給される液体を貯留するタンクと、
前記液体吐出ヘッドと前記タンクとの間において液体を循環させる循環手段と、
前記発熱素子への電圧の印加を行い、前記印加を開始してから所定時間の経過後に、前記吸引手段による吸引動作によって前記発熱素子の周辺に発生するコゲを除去する除去動作を実行する制御手段と、を備え、
前記循環手段は、前記除去動作のタイミングに応じて液体を循環させることを特徴とする液体吐出装置。
【請求項2】
前記制御手段は、前記循環手段による液体の循環が停止した状態で前記除去動作を実行することを特徴とする請求項1記載の液体吐出装置。
【請求項3】
前記循環手段により液体の循環を停止した後、前記制御手段による前記除去動作が行われ、
前記除去動作が終了した後に、前記循環手段により液体の循環が再開されることを特徴とする請求項に記載の液体吐出装置。
【請求項4】
前記吐出口面は、記録媒体の幅に相当するように前記複数の吐出口が第1方向に配列されており、
前記吸引手段は、前記吐出口面に当接し前記第1方向に移動しながら吸引することを特徴とする請求項1乃至のいずれか一項に記載の液体吐出装置。
【請求項5】
前記液体吐出ヘッドは、複数の前記発熱素子を備え、
前記制御手段は、前記複数の発熱素子に対し、所定の数ごとに前記除去動作を行うことを特徴とする請求項1乃至のいずれか一項に記載の液体吐出装置。
【請求項6】
発熱素子が発熱することで液体を吐出する複数の吐出口が配列された吐出口面を有する液体吐出ヘッドと、前記吐出口面に当接し所定方向に移動しながら吸引する吸引手段と、
前記液体吐出ヘッドへ供給される液体を貯留するタンクと、前記液体吐出ヘッドと前記タンクとの間において液体を循環させる循環手段と、を備える液体吐出装置の制御方法であって、
前記発熱素子への電圧の印加を行い、前記印加を開始してから所定時間の経過後に、前記吸引手段による吸引によって前記発熱素子の周辺に発生するコゲを除去する除去工程と、
前記除去工程のタイミングに応じて、前記循環手段により液体を循環する循環工程と、を有することを特徴とする制御方法。
【請求項7】
前記除去工程は、前記循環手段による液体の循環が停止した状態で実行されることを特徴とする請求項に記載の制御方法。
【請求項8】
前記除去工程は、前記循環手段による液体の循環を停止した後に行われ、前記循環工程は、前記除去工程が終了した後に再開されることを特徴とする請求項に記載の制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体吐出装置およびその制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、液体吐出装置において、液室の内部の液体を、発熱抵抗体を通電させることで加熱して液体に膜沸騰を生じさせ、このときの発泡エネルギーによって吐出口から液滴を吐出させる形式がある。このような液体吐出装置では、液体が発泡、収縮、消泡する際に生じるキャビテーションによる衝撃といった物理的作用が発熱抵抗体上の領域に及ぼされることがある。また、液体の吐出が行われる際には、発熱抵抗体は高温となっているので、液体の成分が熱分解し付着して固着・堆積するといった化学的作用が、発熱抵抗体上の領域に及ぼされることがある。これらの発熱抵抗体への物理的作用あるいは化学的作用から発熱抵抗体を保護するために、発熱抵抗体上には、発熱抵抗体を覆う金属材料等で形成された保護層が配置される。
【0003】
ここで、発熱抵抗体上の保護層のうちの、液体に接する熱作用部では、液体に含まれる色材および添加物などが、高温加熱されることにより分子レベルで分解され、難溶解性の物質に変化し、熱作用部上に物理吸着される現象が起こる。この現象は「コゲ」と称されている。このように、保護層の熱作用部上に難溶解性の有機物や無機物が吸着されると、熱作用部から液体への熱伝導が不均一になり、発泡が不安定となる。
【0004】
このようなコゲに対する対策として、特許文献1では、イリジウムやルテニウムで形成された被覆部の表面を電気化学反応によって液体に溶出させることでコゲを除去する方法が開示されている。具体的には、電気化学反応により上部保護層を溶出させるための上部保護層への電圧印加を、インク吸引動作を開始した後に行うクリーニング方法が開示されている。これにより、電気化学反応によって発生する気泡が大きく成長することなく、インク吸引によって排出されるため、均一かつ確実にコゲを除去することが可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2008-105364号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら上記先行技術を、ヘッド内またはタンクとヘッド間におけるインク循環を用いたインクジェットプリンタに適用した場合、インク循環を行う事で電位制御時に発生した泡も循環してしまう。その結果、吐出口からチップ裏面の共通インク流路に泡が流れていく懸念がある。吐出口より奥のインク流路に流れた泡の除去は困難なため、泡による不吐の可能性が高まってしまう。一方で、ヘッド内でのインク循環を用いたインクジェットプリンタでは、安定した吐出の実現やノズル固着の抑制のため、装置が立ち上がっている間は常にインクの循環が行われる場合がある。
【0007】
そこで本発明では、インク等の液体を循環することで安定した吐出を実現しながら、液体吐出ヘッドの素子基板におけるコゲの除去を可能にし、より長期的に安定した吐出を実現する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために本願発明は以下の構成を有する。すなわち、発熱素子が発熱することで液体を吐出する複数の吐出口が配列された吐出口面を有する液体吐出ヘッドと、前記吐出口面に当接し所定方向に移動しながら吸引する吸引手段と、前記液体吐出ヘッドへ供給される液体を貯留するタンクと、前記液体吐出ヘッドと前記タンクとの間において液体を循環させる循環手段と、前記発熱素子への電圧の印加を行い、前記印加を開始してから所定時間の経過後に、前記吸引手段による吸引動作によって前記発熱素子の周辺に発生するコゲを除去する除去動作を実行する制御手段と、を備え、前記循環手段は、前記除去動作のタイミングに応じて液体を循環させる。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、インク等の液体を循環することで安定した吐出を実現しながら、液体吐出ヘッドの素子基板におけるコゲの除去を可能にし、より長期的に安定した吐出を実現することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】記録装置の概略構成図。
図2】記録装置の制御系のブロック図。
図3】第1の循環経路を示す模式図。
図4】第2の循環経路を示す模式図。
図5】液体吐出ヘッドの斜視図。
図6】液体吐出ヘッドの分解斜視図。
図7】流路部材を示す図。
図8】記録素子基板と流路部材との接続関係を示す透視図。
図9図7の断面を示す図。
図10】吐出モジュールの斜視図。
図11】吐出ワイパの斜視図。
図12】記録素子基板の平面図。
図13】記録素子基板の断面を示す斜視図。
図14】第1の実施形態の記録素子基板を示す図。
図15】動作のフローを示す図。
図16】電気熱変換素子の上部保護層の状態を示す説明図。
図17】電位付与動作と吸引動作のタイミングを示す図。
図18】実験結果を説明するための図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を用いて本発明の実施の形態の例を説明する。ただし、以下の記載は本発明の範囲を限定するものではない。
【0012】
以下に示す実施形態では、インク等の液体をタンクと液体吐出装置(液体吐出ヘッド)間で循環させる形態の、サーマル方式のインクジェット記録装置(記録装置)を用いて説明を行う。また、以下に示す実施形態は、被記録媒体の幅に対応(相当)した長さを有する、所謂ライン型ヘッドを用いて説明する。しかし、この構成に限定するものではなく、被記録媒体に対してスキャンを行いながら記録を行う、所謂シリアル型の液体吐出装置にも本発明を適用できる。シリアル型の液体吐出装置としては、例えば、ブラックインク用、およびカラーインク用の記録素子基板を各1つずつ搭載する構成が挙げられる。これに限らず、数個の記録素子基板を吐出口列方向に吐出口をオーバーラップさせるよう配置した、被記録媒体の幅よりも短い、短尺のラインヘッドを作成し、それを被記録媒体に対してスキャンさせる形態のものであってもよい。
【0013】
<第1の実施形態>
(インクジェット記録装置)
図1は、本実施形態に係る、インクを吐出して記録を行うインクジェット記録装置(以下、記録装置とも称す)の液体吐出ヘッド3周りの概略構成を示す。記録装置1000は、被記録媒体2を搬送する搬送部1と、被記録媒体2の搬送方向と略直交して配置されるライン型の液体吐出ヘッド3とを備える。記録装置1000は、複数の被記録媒体2を連続もしくは間欠に搬送しながら1パスで連続記録を行うライン型記録装置である。被記録媒体2は、紙等の記録媒体であり、カット紙に限らず、連続したロール紙であってもよい。記録装置1000は、CMYK(シアン、マゼンタ、イエロー、ブラック)の4種類のインクIにそれぞれ対応した4つの単色用の液体吐出ヘッド3を備えている。なお、液体吐出ヘッド3の数は、上記の4つに限定するものではなく、対応するインクの種類や色の数に応じて増減してよい。また、記録装置1000は、キャップ1007を備えており、非記録時にキャップ1007で液体吐出ヘッド3の吐出口面の側を覆うことで、吐出口からのインクの蒸発を防ぐことができる。なお、キャップ1007の形状は、図1に示すものに限定するものではなく、他の形状であってもよい。また、1つの液体吐出ヘッド3に対して、1つのキャップ1007が対応していてもよいし、まとめて1つのキャップ1007が設けられていてもよい。
【0014】
(制御系)
次に、記録装置1000の制御に係る構成について説明する。図2は、本実施形態に係る記録装置1000の制御ユニット400のブロック図である。制御ユニット400は、外部装置である情報処理装置201に通信可能に接続される。情報処理装置201は、例えば、PC(Personal Computer)であってもよいし、サーバ装置であってもよい。また、装置間の通信方法については、有線/無線のいずれでもよく、特に限定するものではない。
【0015】
情報処理装置201では、記録画像の元になる原稿データが生成、あるいは保存される。ここでの原稿データは、例えば、文書ファイルや画像ファイル等の電子ファイルの形式で生成される。この原稿データは、制御ユニット400で利用可能なデータ形式(例えば、RGBで画像を表現するRGBデータ)に変換される。制御ユニット400は変換された画像データに基づき、記録動作を開始する。
【0016】
本実施形態の場合、制御ユニット400は、メインコントローラ400Aと、印刷部400Bとに大別される。メインコントローラ400Aは、処理部401、記憶部402、操作部403、画像処理部404、通信IF(インタフェース)405、バッファ406および通信IF407を含む。
【0017】
処理部401は、CPU(Central Processing Unit)等のプロセッサであり、記憶部402に記憶されたプログラムを実行し、メインコントローラ400A全体の制御を行う。記憶部402は、RAM、ROM、ハードディスク、SSD等の記憶デバイスであり、処理部401が実行するプログラムや、データを格納し、また、処理部401にワークエリアを提供する。記憶部402のほか、外付けの記憶部が更に設けられていてもよい。操作部403は、例えば、タッチパネル、キーボード、マウス等の入力デバイスであり、ユーザの指示を受け付ける。操作部403は、例えば、入力部と表示部が一体となった構成であってもよい。なお、ユーザ操作は、操作部403を介した入力に限定するものではなく、例えば、情報処理装置201から指示を受け付けるような構成であってもよい。
【0018】
画像処理部404は例えば画像処理プロセッサを有する電子回路である。バッファ406は、例えば、RAM、ハードディスクやSSDである。通信IF405は情報処理装置201との通信を行い、通信IF407は印刷部400Bとの通信を行う。図2において破線矢印は、画像データの処理の流れを例示している。情報処理装置201から通信IF405を介して受信された画像データは、バッファ406に蓄積される。画像処理部404はバッファ406から画像データを読み出し、読み出した画像データに所定の画像処理を施して、再びバッファ406に格納する。バッファ406に格納された画像処理後の画像データは、プリントエンジンが用いる記録データとして、通信IF407から印刷部400Bへ送信される。印刷部400Bは、メインコントローラ400Aから受信した記録データを用いて画像形成を行う。また、印刷部400Bは、後述する液体吐出ヘッド3の吐出制御、および回復制御を行う。
【0019】
(第1の循環経路)
図3は、本実施形態の記録装置1000に適用される循環経路の1形態である第1の循環経路を示す模式図である。図3は、液体吐出ヘッド3、第1循環ポンプ(高圧側)1001、第1循環ポンプ(低圧側)1002、及びバッファタンク1003を含む流体的な接続を示す図である。なお、図3では、説明を簡略化するためにCMYKインクの内の一色のインクが流動する経路のみを示しているが、実際には記録装置1000が対応するインクの数分(ここでは4色分)の循環経路が記録装置1000本体に設けられる。バッファタンク1003は、インクが貯留されるサブタンクとして機能し、メインタンク1006と接続される。バッファタンク1003は、タンクの内部と外部とを連通する大気連通口(不図示)を有し、インク中の気泡を外部に排出することが可能である。バッファタンク1003は、補充ポンプ1005とも接続されている。補充ポンプ1005は、記録や吸引回復等、液体吐出ヘッド3の吐出口からインクを吐出することにより液体吐出ヘッド3でインクが消費された際に、消費されたインク分をメインタンク1006からバッファタンク1003へ移送する際に用いられる。
【0020】
2つの第1循環ポンプ(高圧側)1001、及び第1循環ポンプ(低圧側)1002は、液体吐出ヘッド3の接続部111からインクを引き出してバッファタンク1003へ流す役割を有する。第1循環ポンプとしては、定量的な送液能力を有する容積型ポンプが好ましい。具体的には、チューブポンプ、ギアポンプ、ダイヤフラムポンプ、シリンジポンプ等が挙げられるが、例えば一般的な定流量弁やリリーフ弁をポンプ出口に配して一定流量を確保する形態であってもよい。液体吐出ヘッド3の駆動時には、第1循環ポンプ(高圧側)1001及び第1循環ポンプ(低圧側)1002によって、共通供給流路211、共通回収流路212内をある一定量のインクが流れる。この流量としては、液体吐出ヘッド3内の記録素子基板10間の温度差が、記録品質に影響しない程度以上に設定することが好ましい。なお、あまりに大きな流量を設定すると、吐出ユニット300内の流路の圧損の影響により、記録素子基板10間で負圧差が大きくなり過ぎて画像の濃度ムラが生じてしまう。そのため、記録素子基板10間の温度差と負圧差を考慮しながら、流量を設定することが好ましい。
【0021】
負圧制御ユニット230は、第2循環ポンプ1004と吐出ユニット300との経路の間に設けられている。負圧制御ユニット230は、記録を行うDutyの差によって循環系の流量が変動した場合でも負圧制御ユニット230よりも下流側(即ち、吐出ユニット300側)の圧力を予め設定した一定圧力に維持するように動作する機能を有する。ここでのDutyの差とは、吐出ユニット300による吐出の範囲内において、吐出する量の差分を意味する。
【0022】
負圧制御ユニット230を構成する2つの圧力調整機構としては、それ自身よりも下流の圧力を、所望の設定圧を中心として一定の範囲以下の変動で制御できるものであれば、どのような機構を用いてもよい。一例としては、所謂「減圧レギュレーター」と同様の機構を採用することができる。減圧レギュレーターを用いた場合には、図3に示すように、第2循環ポンプ1004によって、供給ユニット220を介して負圧制御ユニット230の上流側を加圧するようにすることが好ましい。このようにするとバッファタンク1003の液体吐出ヘッド3に対する水頭圧の影響を抑制できるので、記録装置1000におけるバッファタンク1003のレイアウトの自由度を広げることができる。第2循環ポンプ1004としては、液体吐出ヘッド3の駆動時に使用するインク循環流量の範囲において、一定圧以上の揚程圧を有するものであればよく、ターボ型ポンプや容積型ポンプなどを使用できる。具体的には、第2循環ポンプ1004として、ダイヤフラムポンプ等が適用可能である。また、第2循環ポンプ1004の代わりに、例えば、負圧制御ユニット230に対してある一定の水頭差をもって配置された水頭タンクでも適用可能である。
【0023】
図3に示すように、負圧制御ユニット230は、それぞれが互いに異なる制御圧が設定された2つの圧力調整機構を備えている。2つの負圧調整機構の内、相対的に高圧設定側(図3でHと記載)と、相対的に低圧側(図3でLと記載)はそれぞれ、供給ユニット220内を経由して、吐出ユニット300内の共通供給流路211、及び共通回収流路212に接続されている。吐出ユニット300には、共通供給流路211、共通回収流路212、及び記録素子基板10それぞれと連通する個別供給流路213aおよび個別回収流路213bが設けられている。個別供給流路213aおよび個別回収流路213bをまとめて、個別流路213とも称する。個別流路213は共通供給流路211及び共通回収流路212と連通しているので、インクの一部が、共通供給流路211から記録素子基板10の内部流路を通過して共通回収流路212へと流れる流れ(図3の矢印)が発生する。これは、共通供給流路211には圧力調整機構Hが接続され、共通回収流路212には圧力調整機構Lが接続されており、2つの共通流路間に差圧が生じているからである。
【0024】
このようにして、吐出ユニット300では、共通供給流路211及び共通回収流路212内をそれぞれ通過するようにインクを流しつつ、一部のインクが記録素子基板10それぞれの内部を通過するような流れが発生する。このため、記録素子基板10で発生する熱を共通供給流路211および共通回収流路212の流れで記録素子基板10の外部へ排出することができる。またこのような構成により、液体吐出ヘッド3による記録を行っている際に、記録を行っていない吐出口や圧力室においてもインクの流れを生じさせることができるため、その部位におけるインクの増粘を抑制できる。また、増粘したインクやインク中の異物を共通回収流路212へと排出することができる。このため、本実施形態に係る液体吐出ヘッド3は、高速で高画質な記録が可能となる。
【0025】
(第2の循環経路)
図4は、本実施形態の記録装置1000に適用される循環経路のうち、上述した第1の循環経路とは異なる循環形態である第2の循環経路を示す模式図である。前述の第1の循環経路との主な相違点は、負圧制御ユニット230を構成する2つの圧力調整機構が共に、負圧制御ユニット230よりも上流側の圧力を、所望の設定圧を中心として一定範囲内の変動で制御する機構である点である。2つの圧力調整機構は、所謂「背圧レギュレーター」と同作用の機構部品である。また、その他の相違点は、第2循環ポンプ1004が負圧制御ユニット230の下流側を減圧する負圧源として作用するものであることである。また、更なる相違点は、第1循環ポンプ(高圧側)1001及び第1循環ポンプ(低圧側)1002が、インクの循環経路上において、液体吐出ヘッド3の上流側に配置され、負圧制御ユニット230が液体吐出ヘッド3の下流側に配置されていることである。
【0026】
負圧制御ユニット230は、液体吐出ヘッド3により記録を行う際の記録Dutyの変化に伴う流量の変動があっても、自身の上流(即ち、吐出ユニット300)側の圧力変動を、予め設定された圧力を中心として一定範囲内に安定にするように作動する。図4に示すように、第2循環ポンプ1004によって、供給ユニット220を介して負圧制御ユニット230の下流側を加圧することが好ましい。このようにすると液体吐出ヘッド3に対するバッファタンク1003の水頭圧の影響を抑制できるので、記録装置1000におけるバッファタンク1003のレイアウトの選択幅を広げることができる。第2循環ポンプ1004の代わりに、例えば負圧制御ユニット230に対して所定の水頭差をもって配置された水頭タンクであっても適用可能である。
【0027】
第1の循環経路と同様に、図4に示すように負圧制御ユニット230は、それぞれが互いに異なる制御圧が設定された2つの圧力調整機構を備えている。2つの負圧調整機構の内、高圧設定側(図4でHと記載)と、低圧側(図4でLと記載)はそれぞれ、供給ユニット220内を経由して、吐出ユニット300内の共通供給流路211、及び共通回収流路212に接続されている。2つの負圧調整機構により共通供給流路211の圧力を共通回収流路212の圧力より相対的に高くする。これにより、共通供給流路211から個別流路213及び記録素子基板10の内部流路を介して共通回収流路212へと流れるインクの流れが発生する(図4の矢印)。
【0028】
このように、第2の循環経路では、吐出ユニット300内には第1の循環経路と同様のインク流れ状態が得られるが、第1の循環経路の場合とは異なる2つの利点がある。1つ目の利点は、第2循環経路では負圧制御ユニット230が液体吐出ヘッド3の下流側に配置されているので、負圧制御ユニット230から発生するゴミや異物がヘッドへ流入する懸念が少ないことである。
【0029】
2つ目の利点は、第2の循環経路では、バッファタンク1003から液体吐出ヘッド3へ供給する必要流量の最大値が、第1の循環経路の場合よりも少なくて済むことである。その理由は次の通りである。記録待機時に循環している場合の、共通供給流路211及び共通回収流路212内の流量の合計をAとする。Aの値は、記録待機中に液体吐出ヘッド3の温度調整を行う場合に、吐出ユニット300内の温度差を所望の範囲内にするために必要な、最小限の流量として定義される。また、吐出ユニット300の全ての吐出口からインクを吐出する場合(全吐時)の吐出流量をFと定義する。そうすると、第1循環経路の場合(図3)では、第1循環ポンプ(高圧側)1001及び第1循環ポンプ(低圧側)1002の設定流量がAとなるので、全吐時に必要な液体吐出ヘッド3へのインク供給量の最大値はA+Fとなる。
【0030】
一方、第2循環経路の(図4)の場合、記録待機時に必要な液体吐出ヘッド3へのインク供給量は流量Aである。そして、全吐時に必要な液体吐出ヘッド3への供給量は流量Fとなる。そうすると、第2の循環経路の場合、第1循環ポンプ(高圧側)1001及び第1循環ポンプ(低圧側)1002の設定流量の合計値、即ち必要供給流量の最大値はA又はFの大きい方の値となる。このため、同一構成の吐出ユニット300を使用する限り、第2循環経路における必要供給量の最大値(A又はF)は、第1循環経路における必要供給流量の最大値(A+F)よりも必ず小さくなる。そのため、第2の循環経路の場合、適用可能な循環ポンプの自由度が高まる。これにより、例えば、構成の簡便な低コストの循環ポンプを使用したり、本体側経路に設置される冷却器(不図示)の負荷を低減したりすることができる。結果として、記録装置本体のコストを低減できるという利点がある。この利点は、A又はFの値が比較的大きくなるラインヘッドであるほど大きくなり、ラインヘッドの中でも長手方向の長さが長いラインヘッドほど有益である。
【0031】
一方で、第1循環経路の方が、第2循環経路に対して有利になる点もある。すなわち、第2循環経路では、記録待機時に吐出ユニット300内を流れる流量が最大であるため、記録Dutyの低い画像であるほど、各ノズルに高い負圧が印加された状態となる。このため、特に共通供給流路211及び共通回収流路212の流路幅(インクの流れ方向と直交する方向の長さ)を小さくしてヘッド幅(液体吐出ヘッドの短手方向の長さ)を小さくした場合、ムラの見えやすい低Duty画像でノズルに高い負圧が印加される。これにより、サテライト滴の影響が大きくなる恐れがある。一方、第1循環経路の場合、高い負圧がノズルに印加されるのは高Duty画像の形成時であるため、仮にサテライト滴が発生しても視認されにくく、画像への影響は小さいという利点がある。2つの循環経路の選択は、液体吐出ヘッドおよび記録装置1000本体の仕様(吐出流量F、最小循環流量A、及びヘッド内流路の抵抗)に照らして、好ましい選択を採ることができる。このようなインクの流路を設けることにより、記録装置1000において、液体吐出ヘッド3の内部と外部との間で、インクを循環させることが可能となる。
【0032】
(液体吐出ヘッド)
第1の実施形態に係る液体吐出ヘッド3の構成について説明する。図5(a)及び図5(b)はそれぞれ異なる方向から見た、本実施形態に係る液体吐出ヘッド3の斜視図である。本実施形態に係る液体吐出ヘッド3は、1つの記録素子基板10で1色のインクを吐出可能な記録素子基板10が直線上に16個配列(インラインに配置)されたライン型の液体吐出ヘッドである。各色のインクを吐出する液体吐出ヘッド3はそれぞれ同様の構成となっている。なお、記録素子基板10の数は、上記に限定するものではなく、記録装置1000が対応可能な被記録媒体2の幅などに応じて設けられてよい。
【0033】
図5(a)に示すように、液体吐出ヘッド3は、記録素子基板10と、フレキシブル配線基板40と、信号入力端子91と電力供給端子92が設けられた電気配線基板90と、を備える。信号入力端子91及び電力供給端子92は記録装置1000の制御部と電気的に接続され、それぞれ、吐出駆動信号及び吐出に必要な電力を記録素子基板10に供給する。電気配線基板90内の電気回路によって配線を集約することで、信号入力端子91及び電力供給端子92の数を記録素子基板10の数に比べて少なくできる。これにより、記録装置1000に対して液体吐出ヘッド3を組み付ける時又は液体吐出ヘッド3の交換時に取り外しが必要な電気接続部数が少なくて済む。液体吐出ヘッド3の両端部に設けられた接続部111は、記録装置1000のインクの供給系と接続される。記録装置1000の供給系から一方の接続部111を介して液体吐出ヘッド3にインクが供給され、液体吐出ヘッド3内を通ったインクは他方の接続部111を介して記録装置1000の供給系へ回収されるようになっている。このように、液体吐出ヘッド3は、インクが記録装置1000の経路と液体吐出ヘッド3の経路を介して循環可能な構成となっている。
【0034】
図6は、液体吐出ヘッド3を構成する各部品またはユニットの分解斜視図を示す。液体吐出ヘッド3は、吐出ユニット300、供給ユニット220、電気配線基板90、および吐出ユニット支持部81を含んで構成される。
【0035】
本実施形態に係る液体吐出ヘッド3では、吐出ユニット300に含まれる第2流路部材60によって液体吐出ヘッド3の剛性を担保している。本実施形態における吐出ユニット支持部81は第2流路部材60の両端部に接続されており、吐出ユニット300は記録装置1000のキャリッジ(不図示)と機械的に結合されて、液体吐出ヘッド3の位置決めを行う。負圧制御ユニット230を備える供給ユニット220と、電気配線基板90は、吐出ユニット支持部81に結合される。2つの供給ユニット220内にはそれぞれフィルタ(図3図4)が内蔵されている。2つの負圧制御ユニット230は、それぞれ異なる、相対的に高低の負圧で圧力を制御するように設定されている。また、図に示すように液体吐出ヘッド3の両端部にそれぞれ、高圧側と低圧側の負圧制御ユニット230を設置した場合、液体吐出ヘッド3の長手方向に延在する共通供給流路211と共通回収流路212におけるインクの流れが互いに対向する。これにより、共通供給流路211と共通回収流路212の間で熱交換が促進されて、2つの共通流路内における温度差が低減されるので、共通流路に沿って複数設けられる記録素子基板10における温度差が付きにくく、温度差による記録ムラが生じにくくなる。
【0036】
吐出ユニット300は複数の吐出モジュール200と流路部材210とを含み、吐出ユニット300の被記録媒体2側の面にはカバー部材130が取り付けられる。ここで、カバー部材130は図6に示すように、長尺の開口131が設けられた部材であり、吐出モジュール200に含まれる記録素子基板10及び封止部材110(図10(a))が開口131から露出している。開口131の周囲の枠部は、記録待機時に液体吐出ヘッド3をキャップするキャップ1007(図1)と当接する当接面となる。このため、開口131の周囲に沿って接着材、封止材、充填材等を塗布して吐出ユニット300の吐出口面側の凹凸や隙間を埋めて、液体吐出ヘッド3をキャップした状態でキャップ1007の内部側に閉空間が形成されるようにすることが好ましい。
【0037】
次に、吐出ユニット300の流路部材210の詳細について説明する。流路部材210は、第1流路部材50、第2流路部材60を積層したものであり、供給ユニット220から供給されたインクを吐出モジュール200それぞれへと分配する。また、流路部材210は、吐出モジュール200から環流するインクを供給ユニット220へと戻すための流路部材として機能する。流路部材210の第2流路部材60は、内部に共通供給流路211及び共通回収流路212が形成された流路部材であるとともに、液体吐出ヘッド3の剛性を主に担うという機能を有する。このため、第2流路部材60の材質としては、インクに対する十分な耐食性と高い機械強度を有するものが好ましい。具体的にはSUS(ステンレス)やTi(チタン)、アルミナなどを好ましく用いることができる。
【0038】
図7(a)は第1流路部材50の、吐出モジュール200がマウントされる側の面を示し、図7(b)はその裏面である、第2流路部材60と当接される側の面を示す図である。第1流路部材50は吐出モジュール200毎に対応して設けられており、複数の第1流路部材50が配列されている。このように分割した構造を採ることで、複数のモジュールを配列させることで、液体吐出ヘッドの長さに対応することができる。そのため、例えば、B2サイズおよびそれ以上の長さに対応した比較的ロングスケールの液体吐出ヘッドに特に好適に適用できる。図7(a)に示すように、第1流路部材50の連通口51は吐出モジュール200と流体的に連通する。また、図7(b)に示すように、第1流路部材50の個別連通口53は第2流路部材60の連通口61と流体的に連通する。図7(c)は第2流路部材60の、第1流路部材50と当接される側の面を示し、図7(d)は第2流路部材60の厚み方向中央部の断面を示し、図7(e)は第2流路部材60の、供給ユニット220と当接する側の面を示す図である。
【0039】
第2流路部材60の共通流路溝71は、その一方が図3図4に示す共通供給流路211であり、他方が共通回収流路212である。インクは、液体吐出ヘッド3の長手方向に沿って、一端側から他端側に流れる。
【0040】
図8は、記録素子基板10と流路部材210との接続関係を示す透視図である。図8に示すように、流路部材210内には、液体吐出ヘッド3の長手方向に伸びる一組の共通供給流路211及び共通回収流路212が設けられている。第2流路部材60の連通口61は、各々の第1流路部材50の個別連通口53と位置を合わせて接続されており、第2流路部材60の連通口72から共通供給流路211を介して第1流路部材50の連通口51へと連通する供給経路が形成されている。同様に、第2流路部材60の連通口72から共通回収流路212を介して第1流路部材50の連通口51へと連通する回収経路も形成されている。
【0041】
図9は、図8のVIII-VIII線における断面を示す図である。図9に示すように、共通供給流路211は、連通口61、個別連通口53、連通口51を介して、吐出モジュール200へ接続されている。すなわち、個別供給流路213a(図3図4)は、連通口61、個別連通口53、連通口51が含まれる。図9では不図示であるが、別の断面においては、個別回収流路213bが同様の経路で吐出モジュール200へ接続されていることは、図8を参照すれば明らかである。記録素子基板10それぞれには、吐出口13に連通する流路が形成されており、供給したインクの一部または全部が、吐出動作を休止している吐出口13(圧力室23)を通過して、環流できるようになっている。また、共通供給流路211は負圧制御ユニット230(高圧側)と、共通回収流路212は負圧制御ユニット230(低圧側)と供給ユニット220を介して接続されている。その差圧によって、共通供給流路211から記録素子基板10の吐出口13(圧力室23)を通過して共通回収流路212へと流れる流れが発生する。記録素子基板10の構成については、図12等を用いて後述する。
【0042】
(吐出モジュール)
図10(a)は1つの吐出モジュール200の斜視図を示し、図10(b)はその分解図を示す。吐出モジュール200は、記録素子基板10と支持部材30とフレキシブル配線基板40とを含む。
【0043】
吐出モジュール200の製造方法の一例について説明する。まず、記録素子基板10及びフレキシブル配線基板40を、連通口31が設けられた支持部材30上に接着する。その後、記録素子基板10上の端子16と、フレキシブル配線基板40上の端子41とをワイヤーボンディングによって電気接続し、ワイヤーボンディング部(電気接続部)を封止部材110で覆って封止する。フレキシブル配線基板40の記録素子基板10と反対側の端子42は、電気配線基板90の接続端子と電気接続される。支持部材30は、記録素子基板10を支持する支持体であるとともに、記録素子基板10と流路部材210とを流体的に連通させる流路部材であるため、平面度が高く、また十分に高い信頼性をもって記録素子基板10と接合できるものが好ましい。材質としては例えばアルミナや樹脂材料が好ましい。
【0044】
なお、記録素子基板10の複数の吐出口列方向に沿った両辺部(記録素子基板10の各長辺部)には複数の端子16がそれぞれ配置され、それに電気接続されるフレキシブル配線基板40も、1つの記録素子基板10に対して2枚配置されている。このように構成することで、端子16から記録素子(発熱素子)までの最大距離を短くして、記録素子基板10内の配線部で生じる電圧低下や信号伝送遅れを低減することができる。
【0045】
(回復機構)
本実施形態に係る液体吐出ヘッド3に対して、回復ユニット4が設けられている。回復ユニット4は液体吐出ヘッド3の吐出性能を回復する機構を有する。そのような機構としては、上述した液体吐出ヘッド3のインク吐出面をキャッピングするキャップ1007に加えて、液体吐出ヘッド3のインク吐出面をワイピングするワイパ機構、及び、インク吐出面から液体吐出ヘッド3内のインクを負圧吸引する吸引機構がある。
【0046】
上述したように、液体吐出ヘッド3はそれぞれ、被記録媒体2幅方向に沿って、同じ長さの記録幅を有しており、液体吐出ヘッド3において、配列方向に沿って、ピッチで同じ数の記録素子基板10が配列されている。
【0047】
図11は、回復ユニット4として備えられる吸引ワイパの配置構成を示す斜視図である。図11において、X軸は被記録媒体2の搬送方向に平行な方向を示し、Y軸は搬送方向に直交する幅方向を示し、Z軸は搬送方向に直交する上下方向を示す。ここでは、説明を簡単にするために2つの液体吐出ヘッド3それぞれに対応して2つの吸引ワイパ600A、600Bが配置される関係を図示している。なお、ここでは、2つの吸引ワイパを例に挙げて説明するが、液体吐出ヘッド3の数などに応じて設けられる数は変動してよい。
【0048】
ただし、図11に示されているように、吸引ワイパ600Aと吸引ワイパ600BのY軸方向の位置はそれぞれ、Y2、Y1である。そして、これら2つの位置の間は距離Lだけ離されて、2つの吸引ワイパが設けられている。2つの吸引ワイパ600A、600Bはそれぞれ、対応するホルダ601A、601Bに固定される。吸引回復動作(吸引動作)が開始されると、これら2つのホルダは同一の駆動源(駆動モータ:不図示)により同時にY軸方向に液体吐出ヘッド3の一端から他端に向かって移動し、これら2つの液体吐出ヘッド3の吸引回復を行う。
【0049】
より具体的には、2つの吸引ワイパ600が2つの液体吐出ヘッド3の一端において、2つのホルダがZ軸方向に上昇し、2つの吸引ワイパ600の吸引口をそれぞれ、対応する2つの液体吐出ヘッド3のインク吐出面に当接する。その後、吸引ポンプ(不図示)を駆動し、吸引口内に負圧を発生させ、2つのホルダ601A、602BをY軸方向に移動させながら払拭し、且つ、インクを吸引する吸引回復を行う。なお、この吸引回復動作によって、吸引された廃インクは、2つのホルダ601A、601Bにそれぞれ備えられたチューブ602A、602Bを介して排出される。この実施形態では、2つの吸引ワイパに対して共通の負圧発生源として、1つの吸引ポンプ(不図示)が設けられ、吸引力を発生するように構成されている。なお、吸引ワイパ600は、走査方向において、行きと帰りでそれぞれ吸引動作が可能なように構成されてよい。
【0050】
(記録素子基板)
図12(a)は、液体吐出ヘッド用基板としての記録素子基板10の吐出口13が配される側の面の模式図である。図12(c)は、図12(a)の面の裏面を示す模式図である。図12(b)は、図12(c)において、記録素子基板10の裏面側に設けられている蓋部材20を除去した場合の記録素子基板10の面を示す模式図である。図12(d)は、図12(a)の破線XDで囲われた部分の拡大図である。図13は、記録素子基板10の断面を示す斜視図である。
【0051】
記録素子基板10は、シリコン基体120に複数の層が積層されて構成された基板11、感光性の樹脂により形成される吐出口形成部材12、及び、基板11の裏面に接合される蓋部材20を含んで構成される。記録素子基板10の吐出口形成部材12には複数の吐出口列14が形成されている。なお、以後、複数の吐出口13が配列される吐出口列14が延びる方向を「吐出口列方向」と呼称する。基板11には記録素子15が形成されており、裏面側には、吐出口列方向に沿って延在する供給路18および回収路19を構成する溝が形成されている。記録素子15は、液体を吐出するために利用されるエネルギーを発生する素子である。図12(b)に示すように、記録素子基板10の裏面には吐出口列方向に沿って延在する供給路18と回収路19とが設けられており、吐出口列14に対する一方の側には供給路18が、他方の側には回収路19がそれぞれ設けられている。また、供給路18と回収路19とは吐出口列方向に交差する方向において交互に設けられている。
【0052】
また、図12(d)に示すように、吐出口列方向に沿って、供給路18に接続される複数の供給口17aが配列されて供給口列をなしており、回収路19に接続される複数の回収口17bが回収口列をなしている。
【0053】
図12(c)および図13に示すように、基板11の、吐出口形成部材12が設けられる面の裏面にはシート状の蓋部材20が積層されている。蓋部材20には、供給路18及び回収路19に連通する開口21が複数設けられている。蓋部材20に設けられた開口21それぞれは、支持部材30の連通口31を介して第1流路部材50の連通口51と連通している。蓋部材20は、記録素子基板10の基板11に形成される供給路18及び回収路19の壁の一部を形成する蓋としての機能を有する。蓋部材20は、インクに対して十分な耐食性を有しているものが好ましく、また、開口21の開口形状および開口位置には高い精度が求められる。そのため、蓋部材20の材質として感光性樹脂材料やシリコン板を用いることが好ましく、フォトリソプロセスによって開口21を設けることが好ましい。このように蓋部材20は開口21により流路のピッチを変換するものであり、圧力損失を考慮すると厚みは薄いことが望ましく、フィルム状の部材で構成されることが望ましい。
【0054】
なお、本実施形態に係る液体吐出ヘッド3は平行四辺形の形状の同じサイズの記録素子基板10を複数、Y軸方向に繋いで配置して記録幅を長くしたフルラインヘッドを用いている。しかしながら、ヘッド基板の形状は、必ずしも平行四辺形である必要はなく、矩形形状のヘッド基板を複数、Y軸方向に並べて配置してもよい。また、台形形状のヘッド基板を複数、上辺と下辺の位置を互い違いにしながらY軸方向に配置する構成でもよい。
【0055】
図12(d)に示すように、吐出口13に対応した位置にはインクを熱エネルギーにより発泡させるための発熱抵抗体としての記録素子15が配置されている。隔壁22により、記録素子15を内部に備える圧力室23が区画されている。記録素子15は記録素子基板10に設けられる電気配線によって、図12(a)の端子16と電気的に接続されている。記録装置1000の制御回路から、電気配線基板90(図6)及びフレキシブル配線基板40(図10)を介して入力されるパルス信号に基づいて記録素子15が発熱してインクを沸騰させる。この沸騰による発泡の力でインクを吐出口13から吐出する。なお、記録素子15は後述するように基板11に設けられた複数の層で覆われているが、図12(d)や図13では記録素子15を基板11の表面に模式的に図示している。
【0056】
次に、記録素子基板10内でのインクの流れについて説明する。基板11と蓋部材20によって形成される供給路18及び回収路19はそれぞれ、流路部材210内の共通供給流路211と共通回収流路212と接続されており、供給路18と回収路19との間には差圧が生じている。液体吐出ヘッド3の複数の吐出口13からインクを吐出している際に、吐出動作を行っていない吐出口13においては、この差圧によって、供給路18から、供給口17a、圧力室23、回収口17bを経由して回収路19へインクが流れる(図13の矢印C)。この流れによって、記録を停止している吐出口13や圧力室23において、吐出口13からの蒸発によって生じる増粘インクや、泡・異物などを回収路19へ回収することができる。また吐出口13や圧力室23のインクの増粘を抑制することができる。回収路19へ回収されたインクは、蓋部材20の開口21及び支持部材30の連通口31(図9)を通じ、流路部材210の連通口51、個別回収流路213b、共通回収流路212の順に回収され、最終的には記録装置1000の供給経路へと回収される。
【0057】
なお、図3および図4に示すように、吐出ユニット300の共通供給流路211の一端から流入した全てのインクが個別供給流路213aを経由して圧力室23に供給されるわけではない。すなわち、個別供給流路213aに流入することなく、共通供給流路211の他端から供給ユニット220に流動するインクもある。このように、記録素子基板10を経由することなく流動する経路を備えることで、本実施形態のような微細で流抵抗の大きい流路を備える記録素子基板10を備える場合であっても、インクの循環流の逆流を抑制することができる。このようにして、本実施形態の液体吐出ヘッド3では、圧力室23や吐出口13の近傍部のインクの増粘を抑制できるので吐出のヨレや不吐を抑制でき、結果として高画質な記録を行うことができる。
【0058】
図14(a)は、記録素子基板10の熱作用部124aが設けられた面の、熱作用部124aの付近を拡大して模式的に示す平面図である。また、図14(b)は、図14(a)におけるXIIB-XIIB線に沿った模式的な断面図である。なお、図14(a)では図14(b)に示す第2密着層122を省略している。熱作用部124aは、インクを発泡させるためにインクと接し、インクに熱を付与する部分である。
【0059】
記録素子基板10に含まれる基板11は、シリコン基体120上に、複数の層が積層されて形成されている。本実施形態では、シリコン基体120上に、熱酸化膜、SiO(一酸化ケイ素)膜、SiN(窒化ケイ素)膜等によって形成される蓄熱層121が配置されている。また、蓄熱層121上には、記録素子15としての発熱抵抗体126が配置されている。基体133は、シリコン基体120と蓄熱層121とを含み、基体133の表面133a側に発熱抵抗体126が備えられている。発熱抵抗体126には、Al(アルミニウム)、Al-Si(アルミシリコン合金)、Al-Cu(アルミ銅合金)等の金属材料から形成される配線としての電極配線層132がタングステン等で形成されるプラグ128を介して接続されている。プラグ128は、発熱抵抗体126に対して対をなして配置されており、発熱抵抗体126のうちのプラグ128を介して電流が流れる部分がインクの吐出のための発熱部として機能する。プラグ128や電極配線層132は蓄熱層121の内部に形成されている。発熱抵抗体126上には、発熱抵抗体126を覆うように絶縁保護層127が配置されている。絶縁保護層127は、例えば、SiO膜、SiN膜等によって形成されている。
【0060】
絶縁保護層127上には、第1保護層125と第2保護層124とが配置されている。これらの保護層は、発熱抵抗体126の発熱に伴う化学的、物理的衝撃から発熱抵抗体126の表面を保護するための役割を備えている。例えば、第1保護層125はタンタル(Ta)、第2保護層124はイリジウム(Ir)によって形成されている。また、これらの材料によって形成された保護層は、導電性を有している。
【0061】
また、第2保護層124上には第1密着層123と第2密着層122とが配置されている。第1密着層123は第2保護層124と他の層との密着性を向上するための役割を備えており、第1密着層123は例えばタンタル(Ta)によって形成されている。第2密着層122は他の層をインクから保護するためおよび吐出口形成部材12との密着性を向上するための役割を備えており、第2密着層122は例えばSiC(シリコンカーバイト)やSiCN(窒素添加シリコンカーバイト)によって形成されている。
【0062】
吐出口形成部材12は、基板11の第2密着層122側の面に接合されており、基板11との間で圧力室23を含む流路24を形成している。流路24は、供給口17aと回収口17bとを含み、吐出口形成部材12と基板11とで囲われた領域である。また、吐出口形成部材12は、隣接する熱作用部124aの間に設けられた隔壁22を有しており、この隔壁22によって圧力室23が区画されている。
【0063】
インクの吐出が行われる際には、第2保護層124のうちの発熱抵抗体126を覆い、インクと接する熱作用部124a上では、インクの温度が瞬間的に上昇してインクが発泡し、消泡してキャビテーションが生じる。そのため、熱作用部124aを含む第2保護層124は、耐食性が高く、キャビテーション耐性の高いイリジウムによって形成されている。この第2保護層124の熱作用部124aは、基体133の表面133aに直交する方向からみて、供給口17aと回収口17bとの間に配置されている。なお、「供給口17aと回収口17bとの間に配置される」とは、熱作用部124aの少なくとも一部が供給口17aと回収口17bとの間に位置することである。
【0064】
また、後述するコゲ発生抑制処理に用いる電極129aが、流路24内の、供給口17aから回収口17bへ向かうインクの流れ方向における第2保護層124の熱作用部124aよりも下流側に配置されている。言い換えると、電極129は熱作用部124aに対する回収口17bの側に配置されている。また、図12(d)に示すように、複数の熱作用部124aの配列方向における一方の側に供給口17aが配置され、他方の側に回収口17bが配置されている場合、電極129aは熱作用部124aの列に対する回収口17bの側に配置される。なお、製造工程の負荷を抑えるために、電極129aを構成する電極層129も第2保護層124と同じ材料(ここではイリジウム)で形成されることが好ましい。
【0065】
[コゲ発生抑制処理]
本実施形態では、インク吐出動作の際に発熱抵抗体126上の第2保護層124に堆積するコゲを抑制するために、コゲ発生抑制処理を行う。具体的には、第2保護層124の熱作用部124aを第1電極とし、同じ流路24内に設けた電極129aを第2電極とし、これらの対の電極を用いてインクに電界を形成させる。そのため、第2保護層124の熱作用部124aや電極129aは、記録素子基板10内部の配線を介して記録素子基板10の端子16と電気的に接続されており、記録素子基板10の外部から熱作用部124aや電極129aに電位を付与可能な構成である。なお、本実施形態に係るコゲ発生抑制処理では、熱作用部124aと電極129aとの間のインク中に電界を形成させるが、インクを介して熱作用部124aと電極129aとの間に電流が流れていない状態とする。
【0066】
この際、インクに含まれる負電位に帯電した顔料(色材)や添加物等の粒子を第2保護層124の熱作用部124aから反発させるように電界を形成することでコゲの要因となる粒子を熱作用部124aから遠ざける。コゲは、顔料(色材)や添加物が高温加熱されて分子レベルで分解され、難溶性の物質に変化し、第2保護層124の熱作用部124a上に物理吸着される現象である。したがって、第2保護層124の熱作用部124a近傍の負電位に帯電した顔料等の粒子の存在率を低下させることによって、発熱抵抗体126上の第2保護層124の熱作用部124aに堆積するコゲを抑制することができる。なお、インクが正電位に帯電した粒子を含む場合であっても、正電位に帯電した粒子を熱作用部124aから反発させるように、熱作用部124aと電極129aとの間に電界を形成すればよい。
【0067】
上述したように、圧力室23内では供給口17aからインクが供給され、回収口17bへインクが回収されるインクの流れが生じている。すなわち、圧力室23を含む流路24では、供給口17aから供給されたインクが回収口17bを通って回収されるインク循環が行われている。このインク循環は、少なくともインク吐出動作が行われる際に行われる。
【0068】
上述の通り、電極129aは、供給口17aから回収口17bへ向かうインクの流れ方向において第2保護層124の熱作用部124aよりも下流側に配置されている。したがって、第2保護層124の熱作用部124a近傍にあるコゲ原因となる帯電した粒子は、インクに形成された電界による熱作用部124aからの反発力に加え、インクの流れによって電極129aの方向へ向かう慣性力を受ける。そのため、インク吐出の際に加熱される熱作用部124a近傍における帯電粒子の存在率をより低下させることができる。このように、電極129aを熱作用部124aよりもインク循環の流れ方向における下流側に配置し、インクを流しながらインクに電界を形成して帯電粒子を熱作用部124aから反発させるコゲ発生抑制処理を行うことで、コゲ発生を一層抑制できる。
【0069】
また、本実施形態では、電極129aは、第2保護層124の熱作用部124aと回収口17bとの間には配置されておらず、回収口17bの熱作用部124aに近い側の縁部よりも熱作用部124aから離れた位置に配置されている。このように電極129aを配置することで、熱作用部124aと回収口17bとの距離L2が長くなることを抑えることができる。また、熱作用部124aと供給口17aとの距離L1および熱作用部124aと回収口17bとの距離L2が短く、両者を等しくすることができる。これにより、インク吐出のための発泡後、インクが供給口17aと回収口17bとの両方から充填され、インクの充填時間を短くすることができ、液体吐出ヘッド3の高速駆動を実現できる。
【0070】
なお、上述したようにインク吐出のための発泡後、インクが供給口17aと回収口17bとの両方から供給されるため、発泡直後は流路24内におけるインクの流れが一時的に変化する。しかし、その後、インクは供給口17aから回収口17bの方向へ流れる。インクの流れ方向とは、このような一時的に変化したインクの流れ方向ではなく、供給口17aから回収口17bへ向かう定常的な流れ方向のことを称す。
【0071】
また、熱作用部124aから帯電粒子が反発されるように、熱作用部124aと電極129aとの間に電圧を印加すればよい。すなわち、熱作用部124aの側に電位を付与し、電極129aの電位をグランドとしてもよく、また、熱作用部124aおよび電極129aの両方に電位を付与してもよい。
【0072】
なお、負電位に帯電した粒子を熱作用部124aから効率的に反発させるために、熱作用部124aに対する電極129aの電位を+0.50V以上とすることが好ましい。また、熱作用部124aや電極129aがイリジウムを含んで形成されている場合、熱作用部124aに対する電極129aの電位を+2.5V以下とすることが好ましい。+2.5Vよりも大きくすると、電極129aとインクとの間で電気化学反応が生じ、電極129aに含まれるイリジウムがインクへ溶出する恐れがあるためである。その結果、インクを介して熱作用部124aと電極129aとの間に電流が流れることになる。そのため、コゲ発生抑制処理を行う際には、熱作用部124aと電極129aとの間のインクに電界を形成しつつ、インクを介して両電極間に電流が流れない状態とする。
【0073】
[コゲ発生抑制処理時の泡発生]
上記のように、熱作用部上のコゲを除去するために上部保護層107を電気化学反応により溶出させると、反応に伴って気泡が発生する。このように発生した気泡が均一な上部保護層107のインク中への溶出を妨げる原因となる可能性がある。特に近年では、吐出するインクの液滴サイズが数ピコリットル~1ピコリットル、さらには1ピコリットル以下のインクジェットヘッドが実現、あるいは提案されている。このように、インク液滴サイズが非常に小さい場合に、上述したようなコゲ除去方法をそのまま用いると、電気化学反応によって発生した気泡が上部保護層107とインクとの反応を一部阻害し、均一かつ確実なコゲ除去が十分に行えないことがある。
【0074】
そこで、本実施形態では、上部保護層107を電気化学反応により溶出させるための上部保護層107への電圧印加を、インク吸引動作を開始した後に行うクリーニング方法を採用する。これにより、電気化学反応によって発生する気泡が大きく成長することなく、インク吸引によって排出されるため、均一かつ確実にコゲを除去することを可能とする。
【0075】
[コゲ除去実験]
吐出するインク液滴量が5ピコリットルの液体吐出ヘッド3を用いた形態と、比較例に対してコゲの除去動作に関する実験を行い、検証した本実施形態の効果について説明する。上記の液体吐出ヘッド3と、本実施形態のクリーニング方法を用いて、コゲの除去実験を実施した。実験方法は、熱作用部108上にコゲが堆積するように所定条件で発熱部を駆動した後、上部保護層107に通電することによりコゲ除去処理を実施するものとした。インクはBCI-6e M(キヤノン製)を用いた。
【0076】
まず、電圧20Vおよび幅1.5μsの駆動パルスを周波数5kHzで5.0×106回、発熱部(記録素子15)に印加した。図16(a)に示すように、熱作用部108上には、ほぼ均一にコゲと呼ばれる不純物Kが堆積していた。この状態の液体吐出ヘッド3を用いた記録を行うと、コゲKの堆積により記録品位が低下していることが確認された。なお、ここでは説明を簡略化するために熱作用部108上と記載しているが、コゲは熱作用部108の周辺に発生しうる。
【0077】
次に、上部保護層107に接続している接続部111に10VのDC電圧を30秒間印加した。このとき、上部保護層107の領域107aをアノード電極、領域107bをカソード電極とした。さらに、図17(a)のタイミング図に示すように、t=t1でDC電圧を印加することによって電気化学反応が開始する前に、t=t0で回復ポンプを用いた吸引回復を開始した。図17(a)は、横軸が時間の経過を示す。そして、電圧印加に伴って、上部保護層107の領域107aより発生する気泡を、インクと共に強制的に排出させながら、t2まで上部保護層107の溶出によるコゲ除去処理を実施した。なお、吸引回復はDC電圧の印加が終了した後、t3で終了した。つまり、図17(a)において、インク吸引はt0~t3の期間に行われ、DC電圧の印加はt1~t2の期間に行われる。
【0078】
図16(b)に示すように、コゲの除去動作によって熱作用部108上からは、それまで堆積していたコゲKが除去されていることが確認された。この状態の液体吐出ヘッド3を用いた記録を行うと、記録品位は初期とほぼ同等の状態まで回復していることが確認された。
【0079】
この結果から明らかなように、上部保護層107を溶出させるための電気化学反応を、インク吸引中に行うことによって、電気化学反応で発生する気泡が、上部保護層107に付着することなくインクと共に排出される。従って、インク液滴が数ピコリットル以下と小さい場合でも、インクと上部保護層107との電気化学反応が阻害されず、インクへの溶出が均一かつ確実に行われるため、長期の使用においてもコゲ除去が可能となる。
【0080】
次に、比較例としての現象を確認するために、電気化学反応のための電圧印加開始後に、回復ポンプを用いたインク吸引を開始し、コゲ除去処理を実施した。なお、インクの吸引動作は電圧の印加終了まで行った。つまり、図17(a)に示す形態では、インク吸引の期間が電圧印加の期間を包含するような制御を行ったが、比較例では、t1の方がt0よりも時間的に先となるように制御する。まず、電圧20Vおよび幅1.5μsの駆動パルスを周波数5kHzで5.0×106回、発熱部(記録素子15)に印可した。図16(a)に示すように、熱作用部108上には、ほぼ均一にコゲと呼ばれる不純物Kが堆積していた。この状態の液体吐出ヘッド3を用いた記録を行うと、コゲKの堆積により記録品位が低下していることが確認された。そして、上述した条件によりコゲ除去処理を実施したが、本実施形態と異なり、図16(c)に示すように、コゲKが一部堆積したままであった。
【0081】
このような現象が発生するのを確認するため、インク吸引を電圧印加中に停止し、上部保護層107の領域を観察した。その結果、図16(d)から分かるように、電気化学反応で発生した気泡BBが、上部保護層107上に付着していた。この気泡BBが上部保護層107とインクとの電気化学反応を阻害したため、この領域のコゲが除去されなかったと考えられる。一方、上部保護層107の一部の領域には気泡が付着しなかったため反応が進み、この一部の領域に付着していたコゲKは除去できた。しかしながら、インクに触れる箇所、つまり気泡によって阻害されなかった場所に、電気化学反応のための電圧が集中して印加されることとなった。このため、長期の使用を続けた場合、この領域の上部保護層107のインクへの溶出が過剰に進み、均一な上部保護層107の膜厚が維持できないことが明らかになった。
【0082】
以上の実験結果を図18(a)に示す。ここでの記録品位は、所定の基準に従って、記録物としての品質が適切なものか否かを判定している。図18(a)に示す実験結果から明らかなように、上部保護層107の溶出を均一かつ確実に行うためには、インク吸引を実施しながら電気化学反応を実施することが適切であることが分かる。特に吐出するインク液適量が数ピコリットル以下である場合は、発生する気泡を上部保護層107とインクとの反応を阻害するまで成長させることなく、インクと共に排出しながら、上部保護層107を溶出させるコゲ除去方法を選定すべきことが分かる。
【0083】
以上より、インクの回復処理の開始を上部保護層107の電気化学反応を開始する前より行うことで、電気化学反応で発生する気泡による反応阻害を防ぎ、上部保護層107を均一かつ確実に溶出させることができる。図17(a)に示すように、t0<t1となれば上記の効果が得られる。ここで、一般的に電極材料が溶液中に電気化学反応によって溶出する際には、電圧を印加したのとほぼ同時に電極表面の近傍に電気二重層とよばれる層が形成され、その後、溶出反応が進むとされている。この電気二重層を形成するのに要する時間は、概ね0.01秒台である。そのため、図17(a)において、電圧印加を開始する時間t1と、インク吸引を開始する時間t0がt0=t1となった場合においても、上記で示したクリーニング方法の効果を得ることが可能である。
【0084】
[吸引時間の短縮化]
上記のように電圧印加を開始する時間t1と、インク吸引を開始する時間t0がt0<=t1となれば、電気化学反応で発生する気泡による反応阻害を防ぎ、上部保護層107を均一かつ確実に溶出させることが可能となる。しかしながら、電圧印加を終了する時間t2と、インク吸引を終了する時間t3がt2<=t3、つまり、電位付与終了後に排出動作も終了するため、電位付与を実施している間は常にインクを排出することとなる。インク吸引時間が長くなればなるほど、廃インク量は増加してしまうため、本実施形態では、インク吸引動作の時間を減らしつつで反応阻害を防ぐように制御する。
【0085】
(吸引タイミング選定)
最低限のインク吸引動作で、反応阻害抑制が可能である適切な吸引タイミングを探すための実験を行った。具体的には、30秒間コゲ除去処理用の電圧をかけ、インク吸引の有無、及び、そのタイミングによって、コゲ除去処理の反応が十分に行われているかどうかを判定するというものである。その結果を図18(b)に示す。
【0086】
図18(b)に示す実験結果からも分かる通り、インク吸引動作を行わない場合は、反応時に発生する泡が阻害してしまい、焦げ取りの反応が十分に行われない。また電圧を印加してから、5秒後と25秒後では、かけない場合と同様に、発生する泡が大きくなりすぎて反応を阻害してしまう。しかしながら、電圧を印加してから10~20秒後に吸引動作を入れると、泡は反応を阻害するほど大きくならず、コゲ除去制御に必要な反応は十分に行われた。つまり、電圧を印加の開始時間からの経過時間に応じて、コゲ除去制御に必要な反応が十分に行われる場合と行われない場合とがある。
【0087】
上記を踏まえ、本発明では、図17(b)に示すように、電圧の印加の開始タイミングからの経過時間を考慮して制御を行う。図17(b)において、t1~t2の期間は電圧が印加される期間である。また、t0~t3の期間およびt0’~t3’の期間はインク吸引が行われる期間である。t0、t0’のタイミングは、図18(b)に示した結果に基づき、印加の開始タイミングからの所定の時間(10秒~20秒)経過後のタイミングとして規定される。また、t0~t3の期間およびt0’~t3’の期間は、コゲ及び気泡の排出に要する時間として規定される。なお、t0~t3の期間とt0’~t3’の期間は、同じであってもよいし、異なっていてもよい。
【0088】
[コゲ除去処理時の動作フロー]
前述のとおり、コゲ除去処理のための高い電位をかけると多くの気泡が発生する。このような状態のままインク循環を実施してしまうと、その気泡は吐出口裏に回ってしまい、排出することが困難となる。その結果、より長期的な不吐を招く可能性が高くなるため、コゲ除去処理時はインク循環を一度停止させる必要があり、またインク循環開始前には一度気泡を含むインクを排出する必要がある。その排出手段として本実施形態ではインク吸引を実施する。
【0089】
なお、本実施形態では吸引動作を吸引ワイパ600にて行う。以下に説明する図15のS2~S5は3つの記録素子基板10毎に行う。すなわち、3つの記録素子基板10に対して同時に電位付与し、電位付与されている記録素子基板10と当接しながら吸引ワイパ600で順に吐出口に対する吸引を行う。図18(b)に示すように電圧付与開始から所定の時間(10秒~20秒)の期間にて吸引動作を行うのが望ましいため、そのタイミングで3つの記録素子基板10を吸引できるように吸引ワイパ600を走査させる。図15のS2~S5におけるコゲ除去処理を全ての記録素子基板10に対して行ってから、S6で吸引ワイパ600をラインヘッド長手方向の一端から他端まで走査させることで全チップの吸引動作を行う。なお、吸引ワイパ600による吸引対象の記録素子基板10の数は、上記に限定するものではなく、記録装置1000が対応可能な処理速度(走査速度)や記録素子基板10の数などに応じて変動してよい。
【0090】
図15に本実施形態に係る記録装置1000によって実施される記録動作のフローを示す。本動作は、本実施形態に係る印刷部400Bにより動作が制御される。ここでは、説明を簡潔にするために動作の主体を印刷部400Bとして説明する。また、本処理が開始する時点では、液体吐出ヘッド3に対して、キャップ1007が装着されている状態とする。
【0091】
S1にて、印刷部400Bは、記録装置1000にコゲ除去処理の命令が入ると、液体吐出ヘッド3の流路24内におけるインク循環を停止させる。具体的には、図3図4に示した各種ポンプを制御し、液体吐出ヘッド3内へのインクの供給を停止する。
【0092】
S2にて、印刷部400Bは、液体吐出ヘッド3の処理対象の記録素子基板10に電位の付与を順次開始させる。ここでの電位は、コゲ除去処理用の電位であり、本実施形態では、図18(a)に示した電位が印加されるものとする。
【0093】
S3にて、印刷部400Bは、液体吐出ヘッド3からキャップ1007を外した状態とする。
【0094】
S4にて、印刷部400Bは、液体吐出ヘッド3に対する吸引動作を開始させる。ここでの開始タイミングは、図17(b)や図18(b)にて示したタイミングにて行われる。上述したように、複数の記録素子基板10(本例では、3つ)に対して同時に行われる場合には、図18(b)に示した期間内に、吸引動作が行われるように、吸引ワイパ600の走査を制御する。
【0095】
S5にて、印刷部400Bは、液体吐出ヘッド3における全チップでのコゲ除去処理が終了するまで、処理を繰り返す。本実施形態では、記録素子基板10それぞれに対するコゲ除去処理を行う上で、インク吸引と電圧印加の期間の関係性が、図17(b)に示した関係となるように制御する。
【0096】
S6にて、印刷部400Bは、全ての記録素子基板10に対するコゲ除去処理が終了した後、吸引動作を再度開始させ、コゲ除去処理によって発生した気泡の除去を行う。ここでの吸引動作のタイミングは、図17(b)のt0’~t3’にて示したタイミングとなる。
【0097】
S7にて、印刷部400Bは、気泡除去終了後、インク循環を再開させる。具体的には、図3図4に示した各種ポンプを制御し、液体吐出ヘッド3内へのインクの供給を開始する。これにより、液体吐出ヘッド3内にインクを充填・循環させる。
【0098】
S8にて、印刷部400Bは、液体吐出ヘッド3からキャップ1007上にインクを吐出させる。これにより、次回の記録に備えて、液体吐出ヘッド3の吐出口13からインクが吐出可能な状態とする。
【0099】
S9にて、印刷部400Bは、吐出動作終了後、液体吐出ヘッド3にキャップ1007をする。そして、本処理フローを終了する。
【0100】
以上、本実施形態により、循環による安定した吐出を実現しながら、液体吐出ヘッドの素子基板におけるコゲの除去を可能にし、より長期的な安定した吐出を実現することが可能となる。また、吸引動作を制限することで、廃インクのインク量を削減することが可能となる。
【0101】
<その他の実施形態>
本発明は上述の実施形態の1以上の機能を実現するプログラムをネットワーク又は記憶媒体を介してシステム又は装置に供給し、そのシステム又は装置のコンピュータにおける1つ以上のプロセッサがプログラムを読出し実行する処理でも実現可能である。また、1以上の機能を実現する回路(例えば、ASIC)によっても実現可能である。
【符号の説明】
【0102】
2…被記録媒体、3…液体吐出ヘッド、10…記録素子基板、600…吸引ワイパ、1000…記録装置、1007…キャップ
図1
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図3
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