(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-07
(45)【発行日】2022-12-15
(54)【発明の名称】電気化学的補修方法
(51)【国際特許分類】
E04G 23/02 20060101AFI20221208BHJP
C04B 41/65 20060101ALI20221208BHJP
【FI】
E04G23/02 A
C04B41/65
(21)【出願番号】P 2018188886
(22)【出願日】2018-10-04
【審査請求日】2021-07-21
(73)【特許権者】
【識別番号】303057365
【氏名又は名称】株式会社安藤・間
(74)【代理人】
【識別番号】110001335
【氏名又は名称】弁理士法人 武政国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 淳
(72)【発明者】
【氏名】副島 幸也
(72)【発明者】
【氏名】谷口 裕史
【審査官】清水 督史
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-182333(JP,A)
【文献】特開2015-227578(JP,A)
【文献】特開2006-328886(JP,A)
【文献】特開平08-026856(JP,A)
【文献】特開2009-126728(JP,A)
【文献】特開2001-193288(JP,A)
【文献】特開2003-073891(JP,A)
【文献】特開2004-257021(JP,A)
【文献】特開平10-008423(JP,A)
【文献】特開2002-345133(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E04G 23/02
C04B 41/65
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電極シートを用いて、鉛直又は略鉛直方向に立設された柱状又は円錐台状のコンクリート構造物の電気化学的補修を行う方法であって、
前記電極シートは、水密シートと、該水密シートの片面側の一部に固定された面状の電極と、該水密シートの一端に形成された係止手段と、を有し、
前記電極と前記コンクリート構造物との間に離隔が形成されるように、且つ前記電極側が内周面となるように、前記電極シートを該コンクリート構造物に巻き付けるとともに、前記係止手段によって該電極シートを閉合することで該コンクリート構造物に固定する電極シート設置工程と、
前記電極と前記コンクリート構造物との間に電解質溶液を供給するとともに、該電極を陽極側、該コンクリート構造物の内部鋼材を陰極側として通電する通電工程と、を備え、
前記電極シート設置工程では、複数の前記電極シートを、上下に並ぶように、且つ下方の該電極シートが表面側となるように、上下の該電極シートの一部を重ねて設置し、
前記コンクリート構造物内の塩化物イオンを前記電極側に電気泳動させることで、該コンクリート構造物の脱塩を行う、
ことを特徴とする電気化学的補修方法。
【請求項2】
電極シートを用いて、鉛直又は略鉛直方向に立設された柱状又は円錐台状のコンクリート構造物の電気化学的補修を行う方法であって、
前記電極シートは、水密シートと、該水密シートの片面側の一部に固定された面状の電極と、該水密シートの一端に形成された係止手段と、を有し、
前記電極と前記コンクリート構造物との間に離隔が形成されるように、且つ前記電極側が内周面となるように、前記電極シートを該コンクリート構造物に巻き付けるとともに、前記係止手段によって該電極シートを閉合することで該コンクリート構造物に固定する電極シート設置工程と、
前記電極と前記コンクリート構造物との間にアルカリ性溶液を供給するとともに、該電極を陽極側、該コンクリート構造物の内部鋼材を陰極側として通電する通電工程と、を備え、
前記電極シート設置工程では、複数の前記電極シートを、上下に並ぶように、且つ下方の該電極シートが表面側となるように、上下の該電極シートの一部を重ねて設置し、
前記コンクリート構造物内に前記アルカリ性溶液を浸透させることで、該コンクリート構造物の再アルカリ化を行う、
ことを特徴とする電気化学的補修方法。
【請求項3】
電極シートを用いて、鉛直又は略鉛直方向に立設された柱状又は円錐台状のコンクリート構造物の電気化学的補修を行う方法であって、
前記電極シートは、水密シートと、該水密シートの片面側の一部に固定された面状の電極と、該水密シートの一端に形成された係止手段と、を有し、
前記電極と前記コンクリート構造物との間に離隔が形成されるように、且つ前記電極側が内周面となるように、前記電極シートを該コンクリート構造物に巻き付けるとともに、前記係止手段によって該電極シートを閉合することで該コンクリート構造物に固定する電極シート設置工程と、
前記電極と前記コンクリート構造物との間に陽イオン含有液を供給するとともに、該電極を陽極側、該コンクリート構造物の内部鋼材を陰極側として通電する通電工程と、を備え、
前記電極シート設置工程では、複数の前記電極シートを、上下に並ぶように、且つ下方の該電極シートが表面側となるように、上下の該電極シートの一部を重ねて設置し、
前記陽イオン含有液から析出した陽イオンを、前記コンクリート構造物のひび割れに電着させる、
ことを特徴とする電気化学的補修方法。
【請求項4】
前記電極シート設置工程では、前記コンクリート構造物と前記電極シートとの間の空気を吸引して負圧にする、
ことを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の電気化学的補修方法。
【請求項5】
前記電極シート設置工程では、前記電極シートと前記コンクリート構造物の間にスペーサを配置することによって離隔を形成する、
ことを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の電気化学的補修方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、コンクリート構造物の補修に関する技術であり、より具体的には、容易に電気化学的補修を行うことができる電極シートとこれを用いた補修方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
我が国で建設された多くの鉄筋コンクリート構造物(以下、「RC(Reinforced Concrete)構造物」という。)は、既に長い期間供用されてきた。特に、東京オリンピックを目前にした昭和30年代は、いわゆる建設ラッシュといわれ数多くのRC構造物が建設されたが、これらのRC構造物も現在では50年以上が経過している。一般にコンクリートの耐久性は50年とも100年ともいわれるが、仮に50年とすると、当時建設されたRC構造物は相当に老朽化しているはずであり、必要な耐力が失われていることも考えられる。実際、地方自治体を中心に近年実施された様々な構造物点検では、多くのRC構造物でひび割れ等の損傷が報告されている。
【0003】
RC構造物は主にコンクリートと鉄筋で構成され、コンクリートが引張力に対して脆弱であることから、この引張力は鉄筋が負担し、コンクリートは圧縮力を負担する。したがって、劣化に伴いコンクリートが圧縮力を負担できなくなるか、あるいは劣化に伴って鉄筋が引張力を負担できなくなると、そのRC構造物は当初の要求性能のうち耐荷性能を失うこととなる。これまで種々のRC構造物の破壊メカニズムが解明されており、そのうちのひとつとして鉄筋の腐食が挙げられている。
【0004】
コンクリートは、セメントの水和反応によって水酸化カルシウムを生成しその一部が細孔溶液中に溶出する。健全なコンクリートの細孔は、この水酸化カルシウム水溶液で満たされる。水酸化カルシウム水溶液は強アルカリ(pH12~13)を示し、このような高アルカリ環境下では鉄筋表面に不動態被膜と呼ばれる酸化物の層が形成されることが知られている。そしてこの不動態被膜が、コンクリート中の鉄筋の腐食を防いでいるわけである。
【0005】
ところが、海水や凍結防止剤などからの飛来塩分がコンクリート内部に浸透することによって、あるいは海砂や海砂利など塩分を含む材料を使用したことによって、コンクリート内に許容値以上の塩化物イオン(Cl-)を含むこともある。この場合、不動態被膜が塩化物イオンによって破壊されてしまい、その結果、コンクリート中に含まれる水と酸素により鉄筋の腐食が進行する「塩害」が生ずる。
【0006】
また、塩害と同様、「中性化」による鉄筋の腐食も問題視されている。自動車等の排気ガス中の亜硫酸ガス(SO2)や、亜硫酸ガスを含んだ酸性雨、あるいは近年増加傾向にあるといわれる大気中の二酸化炭素濃度が原因で、コンクリート内に許容値以上の二酸化炭素が浸入することがある。この二酸化炭素と水酸化カルシウムが反応することによってコンクリート内は高アルカリから中性という環境に変化するが、中性環境(pH11未満)では不動態被膜が破壊されることが知られており、その結果、コンクリート中の水と酸素により鉄筋の腐食が進行するわけである。
【0007】
既述したとおり多くのRC構造物が相当の期間を経過しており、すなわち種々のRC構造物の劣化現象が注目されているところである。コンクリート構造物である電柱もその一つで、例えば特許文献1では、プレストレストコンクリート製電柱を対象とした非破壊検査の技術を提案している。具体的には、電柱内の鋼材と外部電極を接続して通電し、電極間のインピーダンス特性を測定することで鋼材の破壊状況を推定するものである。
【0008】
従来、劣化した電柱に対する補修としては、撤去したうえで新たな電柱を設置する取替補修が一般的であった。しかしながら、電柱の撤去~新設には多くの時間と労力を要するうえに、新たに電柱を用意する費用も必要となる。また、電柱の立地条件によっては、そもそも撤去することができないものもある。そのため、既存の電柱をそのまま使用することができる、すなわち長寿命化させることができる好適な補修技術が切望されていた。
【0009】
劣化したRC構造物に対しては、劣化原因ごとに種々の補修工法が開発されてきた。例えば、上記した塩害による鉄筋腐食に関しては電気化学的補修方法のひとつである脱塩工法が、中性化に伴う鉄筋腐食に関しては同じく電気化学的補修方法のひとつである再アルカリ化工法が挙げられる。特許文献2でも、コンクリート構造物の垂直面(鉛直面)に対して行う脱塩工法について提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2002-345132号公報
【文献】特開2006-327905号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
脱塩工法や再アルカリ化工法といった電気化学的補修方法は比較的新しい技術であり、非破壊でコンクリート構造物を健全化させる点において極めて好適な補修工法といえる。反面、外部電極を設置したり、電解質溶液を供給する施設を構築したり、供給した電解質溶液が漏出しない手段を設けるなど、実施にあたってやや手間がかかるという問題もあった。例えば特許文献2では、電解質溶液の蒸発を防止する目的で電解質溶液保持材を表面保護材で覆うこととし、さらにこの表面保護材はアンカーボルトによって構造物に固定することとしているが、アンカーボルトによる固定作業は、高所作業となるため足場を組む必要があるうえに、コンクリート強度によっては困難な作業が強いられることとなる。
【0012】
本願発明の課題は、従来技術が抱える問題を解決することであり、すなわち容易に電気化学的補修を実施することができる技術を提供することである。また、電柱のように無端周面(電柱の側面)を有するコンクリート構造物に対して、好適に電気化学的補修を実施することができる電極シートとこれを用いた補修方法を提供することも本願発明の課題のひとつである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本願発明は、水密シートと電極を一体化した電極シートを対象となるコンクリート構造物に巻き付けて使用する、という点に着目してなされたものであり、これまでにない発想に基づいて行われた発明である。
【0014】
本願発明の電極シートは、コンクリート構造物の電気化学的補修を行う際に、このコンクリート構造物に巻き付けるものであり、水密シートと、電極、係止手段を備えたものである。電極は、面状であって、水密シートの片面側の一部に固定される。係止手段は、水密シートの一端に形成されるもので、コンクリート構造物に巻き付けた状態を維持するものである。電極側が内周面となるように電極シートをコンクリート構造物に巻き付けることで、電極側が電気化学的補修方法における陽極として機能する。
【0015】
本願発明の電極シートは、電極の表面にスペーサが固定されたものとすることもできる。この場合、電極シートをコンクリート構造物に巻き付けると、コンクリート構造物と電極との間に、スペーサによって流入空間(電気化学的補修方法で使用される電解質溶液が流入する空間)が形成される。
【0016】
本願発明の電気化学的補修方法は、電極シートを用いてコンクリート構造物の電気化学的補修を行う方法であり、電極シート設置工程と通電工程を備えた方法である。このうち電極シート設置工程では、電極とコンクリート構造物との間に離隔が形成されるように、電極シートをコンクリート構造物に巻き付けるとともに、係止手段によって電極シートを閉合することによって電極シートをコンクリート構造物に固定する。また通電工程では、電極とコンクリート構造物との間に電解質溶液を供給するとともに、電極を陽極側、コンクリート構造物の内部鋼材を陰極側として通電する。この場合、コンクリート構造物内の塩化物イオンを電極側に電気泳動させることで、コンクリート構造物の脱塩を行うことができる。
【0017】
本願発明の電気化学的補修方法は、通電工程においてアルカリ性溶液を供給する方法とすることもできる。この場合、コンクリート構造物内にアルカリ性溶液を浸透させることで、コンクリート構造物の再アルカリ化を行うことができる。
【0018】
本願発明の電気化学的補修方法は、通電工程において陽イオン含有液(カルシウムイオンやマグネシウムイオンを含む溶液)を供給する方法とすることもできる。この場合、陽イオン含有液から析出した陽イオンを、コンクリート構造物のひび割れに電着させることができる。
【0019】
本願発明の電気化学的補修方法は、電極シート設置工程において、電極シートとコンクリート構造物の間にスペーサを配置する方法とすることもできる。この場合、スペーサを配置した効果で、電極シートとコンクリート構造物の間に離隔を形成することができる。
【0020】
本願発明の電気化学的補修方法は、柱状又は円錐台状であって略鉛直(鉛直含む)方向に立設されるコンクリート構造物を対象とした方法とすることもできる。この場合、電極シート設置工程では、上下に並ぶように複数の電極シートを設置する。このとき、上下の電極シートの一部が重なるように、しかも下方の電極シートが表面側となるように重ねて設置する。
【0021】
本願発明の電気化学的補修方法は、吸引工程をさらに備えた方法とすることもできる。この吸引工程では、電極シートとコンクリート構造物との間の空気を吸引することで、電極シートとコンクリート構造物を負圧にする。そして、電極シートとコンクリート構造物との間が負圧とされた状態で、通電工程を行う。
【発明の効果】
【0022】
本願発明の電極シート、及び電気化学的補修方法には、次のような効果がある。
(1)従来技術に比して容易に、脱塩工法や再アルカリ化工法、電着工法といった電気化学的補修方法を実施することができる。
(2)脱塩工法や再アルカリ化工法によって、塩害や中性化を生じたコンクリートにおける鉄筋の腐食進行を抑制することができ、また電着工法によって、コンクリート表面に生じたひび割れを修復することができる。
(3)取り替えが困難なコンクリートに対しても補修を行うことができ、既設のコンクリート構造物を継続して使用することができることから、補修にかかるコストを抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】本願発明の電極シートを利用した脱塩工法を説明する側面図。
【
図2】本願発明の電極シートを利用した再アルカリ化工法を説明する側面図。
【
図3】本願発明の電極シートを利用した電着工法を説明する側面図。
【
図4】(a)は本願発明の電極シートの裏面側を示す正面図、(b)は本願発明の電極シートの表面側を示す正面図。
【
図5】(a)は柱状のコンクリート構造物を示すモデル図、(b)は円錐台状のコンクリート構造物を示すモデル図。
【
図6】本願発明の電気化学的補修方法の主な工程の流れを示すフロー図。
【
図7】一部重複させつつ上下方向に並べて設置された複数の電極シートを示す側面図。
【
図8】循環方式による電気化学的補修方法を実施している状況を示す側面図。
【
図9】排出循環方式による電気化学的補修方法を実施している状況を示す側面図。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本願発明の電極シート、及び電気化学的補修方法の実施形態の例を図に基づいて説明する。
【0025】
1.全体概要
本願発明の電気化学的補修方法は、本願発明の電極シートを利用して、脱塩工法や再アルカリ化工法、電着工法を行うことを一つの特徴としている。ここで脱塩工法とは、塩害を受けた(あるいは塩害のおそれがある)コンクリート構造物CSから塩分除去する補修(あるいは予防保全)工法であり、再アルカリ化工法とは、中性化された(あるいは中性化のおそれがある)コンクリート構造物CSのアルカリ性を回復する補修(あるいは予防保全)工法であり、電着工法とは、コンクリート構造物CSのひび割れや表層部に陽イオンを電着させる補修(あるいは予防保全)工法であり、いずれもコンクリート構造物CS内の鋼材に直流電流を通電する工法である。以下、
図1~
図3を参照しながら各工法について説明する。
【0026】
はじめに
図1に基づいて、本願発明の電極シート10を利用した脱塩工法について説明する。この工法を行う場合、コンクリート構造物CS表面を覆うように電極シート10が布設される。この電極シート10は、後述するように水密シート11と外部電極12を含むもので、水密シート11の裏面(
図1では左側の面)に外部電極12が固定された構成である。
図1に示すように、布設された電極シート10とコンクリート構造物CS表面との間には離隔30が形成されており、この離隔30部分には電解質溶液ESが供給される。なお
図1では便宜上、離隔30をやや大きな幅寸法で示しているが、実際には電解質溶液ESが入り込むことができる程度の幅寸法で足りる。
【0027】
コンクリート構造物CSに電極シート10を布設すると、電極シート10の外部電極12を電源20の陽極(+極)に接続するとともに、コンクリート構造物CS内の鋼材RBを電源20の陰極(-極)に接続する。通常、コンクリート構造物CS内には、異形棒鋼や丸鋼といった鉄筋や、H形鋼や山形鋼といった形鋼、あるいは鈍し鉄線(いわゆる番線)などの鋼線が含まれており、コンクリートの一部を斫ることで露出したこれら鋼材RBを陰極に接続するわけである。
【0028】
外部電極12と鋼材RBを電源20に接続すると、電解質溶液ESを離隔30部分に供給したうえで直流電流を通電し、コンクリート構造物CSに含まれる塩化物イオンCl-を外部電極12側に電気泳動させていく。この状態を所定期間継続することによって、コンクリート構造物CS(特に鋼材RB周辺)の塩分を除去し、塩害を受けたコンクリート構造物CSを健全な状態に回復させる。
【0029】
次に
図2に基づいて、本願発明の電極シート10を利用した再アルカリ化工法について説明する。この工法を行う場合も、脱塩工法と同様、コンクリート構造物CS表面を覆うように電極シート10が布設される。コンクリート構造物CSに電極シート10を布設すると、電極シート10の外部電極12を電源20の陽極(+極)に接続するとともに、コンクリート構造物CS内の鋼材RBを電源20の陰極(-極)に接続する。外部電極12と鋼材RBを電源20に接続すると、アルカリ性溶液ASを離隔30部分に供給したうえで直流電流を通電し、アルカリ性溶液ASをコンクリート構造物CS内に電気泳動させていく。この状態を所定期間継続することによって、コンクリート構造物CS(特に鋼材RB周辺)内のアルカリ性を向上し、中性化されたコンクリート構造物CSを健全な状態に回復させる。
【0030】
続いて
図3に基づいて、本願発明の電極シート10を利用した電着工法について説明する。この工法を行う場合も、やはり脱塩工法と同様、コンクリート構造物CS表面を覆うように電極シート10が布設される。コンクリート構造物CSに電極シート10を布設すると、電極シート10の外部電極12を電源20の陽極(+極)に接続するとともに、コンクリート構造物CS内の鋼材RBを電源20の陰極(-極)に接続する。外部電極12と鋼材RBを電源20に接続すると、カルシウムイオン(Ca
2+)やマグネシウムイオン(Mg
2+)といった陽イオンを含む溶液(以下、「陽イオン含有液MS」という。)を離隔30部分に供給したうえで直流電流を通電し、陽イオンをコンクリート構造物CS内に電気泳動させていく。この状態を所定期間継続することによって、陽イオンがコンクリート構造物CSのひび割れや表層部に電着し、ひび割れが生じたコンクリート構造物CSを健全な状態に回復させる。
【0031】
2.電極シート
本願発明の電極シート10について、
図4を参照しながら詳しく説明する。なお、本願発明の電気化学的補修方法は、本願発明の電極シート10を用いて行う方法であり、したがってまずは本願発明の電極シート10について説明し、その後に本願発明の電気化学的補修方法について説明することとする。
【0032】
図4(a)は本願発明の電極シート10の裏面側を示す正面図であり、
図4(b)は本願発明の電極シート10の表面側を示す正面図である。本願発明の電極シート10は、
図4(a)に示すように、水密シート11と外部電極12、係止手段13を含んで構成され、水密シート11の片面側(裏面側)に外部電極12と係止手段13が固定されたものである。この水密シート11は、シート状であって、電解質溶液ESやアルカリ性溶液AS、陽イオン含有液MS(以下、これらを総称して「電解質溶液ES等」という。)が漏出しない程度の水密性を有するものであり、例えばビニールシートを利用することができる。
【0033】
外部電極12は、肉厚寸法に比して表面寸法(縦×横)が極端に大きい形状(面状)であって柔軟に変形するものが望ましく、薄肉のシート状、やや厚みのある板状、あるいはメッシュ状など種々の形状とすることができる。また外部電極12は、陽極として機能するため、チタンやスチール、ステンレス、炭素繊維、導電性ゴムなど通電性を有する材質によって形成される。望ましくは、体積抵抗率が1.0×10
-10~10(Ω・cm)の材料からなる外部電極12を採用するとよい。面状の外部電極12は、
図4(a)に示すように、水密シート11の片面側の一部(大部分)に固定される。
【0034】
既述したとおり、電極シート10(外部電極12)とコンクリート構造物CSとの間には電解質溶液ES等が供給され、電極シート10は外部電極12とコンクリート構造物CSとの間に離隔30を設けるよう布設される。そこで、外部電極12とコンクリート構造物CSとの間に所定の離隔30が形成されるように、外部電極12の片面(水密シート11と接触していない面)にスペーサを取り付けるとよい。このスペーサは、点状のものとして外部電極12の複数個所に取り付けてもよいし、親水性の不織布など面状のものを外部電極12に貼付してもよい。面状のスペーサとする場合、保水性の高い材料を採用すれば、スペーサの機能に加え、電解質溶液ES等を湛水(含浸)する機能も備えることとなり好適である。
【0035】
本願発明の電極シート10は、柱状のコンクリート構造物CS(
図5(a))や、コンクリート製電柱のように円錐台状のコンクリート構造物CS(
図5(b))など、無端周面を有するコンクリート構造物CSに特に有効に利用することができる。すなわち、略鉛直(鉛直含む)方向に立設された円錐台状(あるいは柱状)のコンクリート構造物CSの側面(無端周面)に、本願発明の電極シート10を巻き付けて固定することができるわけである。
【0036】
単にコンクリート構造物CSに巻き付けただけでは、電極シート10は固定されず脱落してしまう。そこで電極シート10には、コンクリート構造物CSに巻き付けた状態を維持するための係止手段13が設けられる。この係止手段13は、面ファスナーを利用したものとすることができる。具体的には、
図4(a)に示すように水密シート11の裏面側の端部(この図では左端)に第1の面ファスナー13aを取り付けるとともに、
図4(b)に示すように水密シート11の表面側であって第1の面ファスナー13aとは異なる側の端部(この図では右端)に第2の面ファスナー13bを取り付ける。例えば、電極シート10をコンクリート製電柱に固定する場合、電極シート10の裏面側(つまり第1の面ファスナー13a側)をコンクリート製電柱に向けた状態で、コンクリート構造物CSを締め付けるように電極シート10を巻き付け、第2の面ファスナー13bの表面に第1の面ファスナー13aを重ねて固定するわけである。なお、種々の大きさ(径)のコンクリート構造物CSに対応できるように、第2の面ファスナー13bの幅寸法(
図4では左右方向の寸法)は第1の面ファスナー13aの幅寸法より大きくするとよい。
【0037】
係止手段13は、面ファスナーを利用したもののほか、ボタンやフックを利用する形式や、紐を結ぶことで係止する形式、あるいは粘着テープで係止する形式など、様々な形式を採用することができる。
【0038】
3.電気化学的補修方法
次に本願発明の電気化学的補修方法について図を参照しながら説明する。なお、本願発明の電気化学的補修方法は、ここまで説明した電極シート10を使用して行う方法であり、したがって電極シート10で説明した内容と重複する説明は避け、本願発明の電気化学的補修方法に特有の内容のみ説明することとする。すなわち、ここに記載されていない内容は、「2.電極シート」で説明したものと同様である。また、本願発明の電気化学的補修方法のうちの脱塩工法と再アルカリ化工法、電着工法は、通電に伴う現象やその効果がそれぞれ異なるものの、実施する工程に関しては供給される溶液(電解質溶液ES等)が相違するだけである。そこで、便宜上ここでは脱塩工法を代表例として本願発明の電気化学的補修方法について説明することとする。
【0039】
図6は、本願発明の電気化学的補修方法の主な工程の流れを示すフロー図である。この図に示すように、まず準備工を行う(Step101)。例えば、コンクリート製電柱を対象とする場合、施工手順の確認、電線の盛替えやステップの取り外し、鋼材RBを露出させるためコンクリートの一部(例えば電柱の頂部)を斫る、といった準備を整える。
【0040】
続いて、対象とするコンクリート構造物CSに対して電極シート10を巻き付け、係止手段13を用いて固定する(Step102)。このとき、1枚の電極シート10のみを設置することもできるし、2以上の電極シート10を設置することもできる。コンクリート構造物CSの対象表面積が比較的小さければ1枚の電極シート10で十分覆うことができるし、対象表面積が比較的大きいケースでも相当の面積の電極シート10を用意すれば1枚の設置で足りる。ただし、大きな面積の電極シート10は持ち運びや保管、巻き付け作業などが困難となることから、複数の電極シート10を設置する方式も適宜採用するとよい。
【0041】
例えば、コンクリート製電柱を対象として複数の電極シート10を設置する場合、コンクリート製電柱の側面を上下方向に分割したうえで、電極シート10を巻き付けていくとよい。すなわち、複数の電極シート10を上下方向に並べて設置していくわけである。このとき、
図7に示すように上下に隣接する電極シート10どうしは一部が重なるように、しかも下方の電極シート10が上方の電極シート10よりも表面側(図では右側)となるように巻き付けるとよい。このように重ねて設置することによって、後述するように上方から電解質溶液ES等を流下させたとき、この電解質溶液ES等が電極シート10の外に漏出することを防止できて好適となる。
【0042】
複数の電極シート10を上下方向に並べて設置する場合、
図7に示すように、上下に隣接する電極シート10の外部電極12はそれぞれ接続線ECで連結することができる。このとき、電解質溶液ES等に触れない位置で接続線ECを連結していくとよい。また、特に後述するアクアカーテン(登録商標)工法を併用する場合は、電極シート10と電極シート10の重ね合わせ部や、最上端に設置された電極シート10の上端部、最下端に設置された電極シート10の下端部を粘着テープ等で密閉すると、電極シート10内の気密性が向上して好適となる。
【0043】
既述したとおり、コンクリート構造物CSに巻き付けられた電極シート10は係止手段13の効果で脱落することなく固定される。特に、コンクリート製電柱など円錐台状のコンクリート構造物CSに巻き付けた電極シート10は、
図7から分かるように下方に滑り落ちることがなく、より堅固に固定される。
【0044】
電極シート10(外部電極12)とコンクリート構造物CSとの間には電解質溶液ES等が供給されることから、外部電極12とコンクリート構造物CSとの間に離隔30を設けるように電極シート10を巻き付けるとよい。このとき、外部電極12の片面にスペーサ(例えば、親水性の不織布)が取り付けられた電極シート10を利用すれば、特段の手間をかけることなく所定の離隔30が形成されて好適となる。スペーサ付きの電極シート10を利用しない場合は、あらかじめコンクリート構造物CS表面や電極シート10の裏面側にスペーサ(例えば、親水性の不織布)を設置したうえで、コンクリート構造物CSに電極シート10を巻き付ける。
【0045】
図7に示すように、コンクリート製電柱など略鉛直(鉛直含む)方向に立設された円錐台状(あるいは柱状)の側面に電極シート10を布設する場合、アクアカーテン(登録商標)工法を併用することもできる。アクアカーテン(登録商標)工法は、コンクリートの給水養生工法として広く知られた工法であり、具体的には、脱型後のコンクリート表面を養生シートで覆い、養生シート内の空気を吸引することによって養生シート内を負圧とし、その状態でコンクリート表面と養生シートの間に養生水を流下させる給水養生工法である。当該工法を本願発明の電気化学的補修方法に適用するには、
図8に示すように、ポンプなどの吸気手段PAを用いて電極シート10とコンクリート構造物CS表面との間の空気を吸引することによって、電極シート10とコンクリート構造物CS表面との間の空間を負圧にするとよい(
図6のStep103)。電極シート10とコンクリート構造物CS表面の間を負圧にすることで、電極シート10がコンクリート構造物CSに密着し、これに伴い外部電極12も堅固に固定されるうえ、電解質溶液ES等の漏出をより抑制することができるわけである。
【0046】
電極シート10を設置すると、電極シート10(外部電極12)とコンクリート構造物CS表面との間に形成された離隔30部分に電解質溶液ESを供給する(
図6のStep104)。この電解質溶液ESは当然ながら電解質を含む液体であり、炭酸カリウム水溶液など電解質を比較的多く含むものを電解質溶液ESとして使用することもできるし、水道水など電解質が比較的少ないものを電解質溶液ESとして使用することもできる。なお、本願発明の電気化学的補修方法のうち再アルカリ化工法を実施する場合は、この離隔30部分にアルカリ性溶液ASを供給し(Step104)、本願発明の電気化学的補修方法のうち電着工法を実施する場合は、この離隔30部分に陽イオン含有液MSを供給する(Step104)。
【0047】
離隔30に電解質溶液ES等を供給するにあたっては、離隔30に電解質溶液ES等を直接注水して湛水することもできるし、外部電極12の片面に取り付けたスペーサ(例えば、親水性の不織布)に散水することもできるし、離隔30に別途設置した保水性の高い材料(マットなど)に散水することもできる。また、
図8や
図9に示すように、継続的に電解質溶液ES等を流下させることもできる。以下、
図8と
図9に基づいて、継続的に電解質溶液ES等を流下させる手法について説明する。
【0048】
図8では、対象とするコンクリート構造物CS表面に複数の電極シート10が上下に並んで巻き付けられて固定され、さらに上下に隣接する電極シート10の外部電極12どうしは接続線ECで互いに連結されており、電極シート10内の上方には溶液供給管SPが設置されている。また、電解質溶液ES等を貯留する水槽TWも別に設置されている。この水槽TWに設置された水中ポンプPWが電解質溶液ES等をくみ上げ、溶液供給管SPに送水する。図の奥行方向に延びるように配置された溶液供給管SPには多数の小孔が設けられており、送水された電解質溶液ES等はこれら小孔から放出され、離隔30内を流下していくわけである。なおこの図では、溶液供給管SPを電極シート10内に設置しているが、離隔30内に電解質溶液ES等を流下させることができれば電極シート10の外側(例えば上方)に溶液供給管SPを設置することもできる。例えば、水密シート11の上部に複数の連通孔を設け、溶液供給管SPの小孔から放出された電解質溶液ES等を連通孔から電極シート10内に導入することで、電解質溶液ES等を離隔30内に流下させることができる。
【0049】
離隔30内を流下した電解質溶液ES等は、そのまま排出し常に新たな電解質溶液ES等を供給する方式(以下、「排出方式」という。)とすることもできるし、電解質溶液ES等を循環させることで継続的に利用する方式(以下、「循環方式」という。)とすることもできる。特にアクアカーテン(登録商標)工法を併用する場合は、吸気手段PAを設置することからこの循環方式を採用しやすい。すなわち
図8に示すように、吸気手段PAが吸気管IPを通じて電極シート10内の空気を吸気すると、吸気した空気には電解質溶液ES等も混在していることから、そのうち電解質溶液ES等を選別して水槽TWに送り、再び水槽TWに貯留して継続利用していくわけである。
【0050】
一方、排出方式とする場合、
図9に示すように、水槽TWに貯留される電解質溶液ES等を水中ポンプPWがくみ上げて溶液供給管SPに送水し、溶液供給管SPから電極シート10内(離隔30)を流下した電解質溶液ES等はそのまま電極シート10の外側(下方)に排出される。そのため、電解質溶液ES等が不足する前に水槽TWには新たな電解質溶液ES等が順次追加されていく。
【0051】
電解質溶液を供給する準備が整うと、外部電極12を電源20の陽極(+極)に接続するとともに、コンクリート構造物CSの鋼材RBの一部を電源20の陰極(-極)に接続する(
図6のStep105)。そして、電極シート10とコンクリート構造物CS表面との離隔30部分に電解質溶液ES等を供給した状態で、直流電流を通電する(Step106)。アクアカーテン(登録商標)工法を併用する場合は、離隔30に電解質溶液ES等を供給するとともに電極シート10とコンクリート構造物CSとの間を負圧とした状態で、直流電流を通電する。このとき、コンクリート構造物CSの鋼材RBに対して0.001A/m
2以上、10A/m
2以下の範囲で通電するとよい。
【0052】
計画した期間(例えば数週間~数か月)、あるいは予定した状態(例えば、残存塩分量が基準値を下回る状態)が確認されるまで通電を継続し、塩害を受けたコンクリート構造物CSや中性化されたコンクリート構造物CSを健全な状態に回復させ、あるいはひび割れが生じたコンクリート構造物CSを健全な状態に回復させる。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本願発明の電極シート、及び電気化学的補修方法は、電柱や煙突、サイロ、橋脚など無端周面を有する鉄筋コンクリート構造物に特に有効に利用することができる、本願発明が、社会インフラストラクチャーを支える鉄筋コンクリート構造物の長寿命化に資することを考えれば、産業上利用できるばかりでなく社会的にも大きな貢献を期待し得る発明といえる。
【符号の説明】
【0054】
10 電極シート
11 水密シート
12 外部電極
13 係止手段
13a 第1の面ファスナー
13b 第2の面ファスナー
20 電源
30 離隔
CS コンクリート構造物
RB 鋼材
ES 電解質溶液
AS アルカリ性溶液
MS 陽イオン含有液
EC 接続線
PA 吸気手段
TW 水槽
PW 水中ポンプ
SP 溶液供給管
IP 吸気管