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特許7190491フッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材及びフッ化物皮膜を有するアルミニウム合金部材
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  • 特許-フッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材及びフッ化物皮膜を有するアルミニウム合金部材 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-07
(45)【発行日】2022-12-15
(54)【発明の名称】フッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材及びフッ化物皮膜を有するアルミニウム合金部材
(51)【国際特許分類】
   C22C 21/06 20060101AFI20221208BHJP
   C22C 21/02 20060101ALI20221208BHJP
   C23C 8/08 20060101ALI20221208BHJP
   H01L 21/02 20060101ALI20221208BHJP
   C22F 1/05 20060101ALN20221208BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20221208BHJP
【FI】
C22C21/06
C22C21/02
C23C8/08
H01L21/02 Z
C22F1/05
C22F1/00 602
C22F1/00 612
C22F1/00 613
C22F1/00 623
C22F1/00 640A
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 686B
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020528694
(86)(22)【出願日】2019-04-19
(86)【国際出願番号】 JP2019016772
(87)【国際公開番号】W WO2020008704
(87)【国際公開日】2020-01-09
【審査請求日】2022-01-19
(31)【優先権主張番号】P 2018127378
(32)【優先日】2018-07-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2018229556
(32)【優先日】2018-12-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002004
【氏名又は名称】昭和電工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100109911
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 義仁
(74)【代理人】
【識別番号】100071168
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 久義
(74)【代理人】
【識別番号】100099885
【弁理士】
【氏名又は名称】高田 健市
(72)【発明者】
【氏名】村瀬 功
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特許第3871544(JP,B2)
【文献】特開平8-92684(JP,A)
【文献】国際公開第2015/060331(WO,A1)
【文献】国際公開第96/15295(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 21/00 - 21/18
C22F 1/04 - 1/057
C23C 8/08
H01L 21/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Si:0.3質量%~0.8質量%、Mg:0.5質量%~5.0質量%、Fe:0.05質量%~0.5質量%を含有し、Cuの含有率が0.5質量%以下であり、Mnの含有率が0.30質量%以下であり、Crの含有率が0.30質量%以下であり、残部がAl及び不可避不純物からなる、フッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材であって、
前記アルミニウム合金部材中のFe系晶出物の平均長径を「D」(μm)とし、前記アルミニウム合金部材中の平均結晶粒径を「Y」(μm)としたとき、下記式(1)の関係式を満たしており、
log10Y < -0.320D + 4.60 … 式(1)
前記アルミニウム合金部材は、半導体製造装置用の部材として用いられるものであることを特徴とするフッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材。
【請求項2】
請求項1に記載のフッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材の表面の少なくとも一部にフッ化物皮膜が形成されていることを特徴とするフッ化物皮膜を有するアルミニウム合金部材。
【請求項3】
前記フッ化物皮膜の厚さが0.1μm~10μmである請求項2に記載のフッ化物皮膜を有するアルミニウム合金部材。
【請求項4】
前記フッ化物皮膜は、前記フッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材の表面に形成された第1皮膜層と、さらに前記第1皮膜層の表面に形成された第2皮膜層とからなり、
前記第1皮膜層は、フッ化マグネシウムを含有する皮膜であり、前記第2皮膜層は、フッ化アルミニウムおよびアルミニウムの酸化物を含有する皮膜である請求項2または3に記載のフッ化物皮膜を有するアルミニウム合金部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面の少なくとも一部にフッ化物皮膜が形成されて半導体製造装置の部材(部品)等として使用されるフッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材、及び半導体製造装置の部材(部品)等として使用される、フッ化物皮膜を有するアルミニウム合金部材に関する。
【0002】
なお、本明細書及び特許請求の範囲において、「フッ化物皮膜」の語は、「少なくともフッ素を含有してなる皮膜」を意味するものであり、「フッ化物のみからなる皮膜」だけを意味するものではない。
【0003】
また、本明細書及び特許請求の範囲において、「平均結晶粒径」は、JIS G0551で規定されている切断法(Heyn法)により測定した平均結晶粒径を意味する。
【背景技術】
【0004】
半導体やLCD等の製造装置を構成するチャンバー、サセプター、バッキングプレート等の部材材料として、アルミニウム合金、特にAl-Mg系のJIS 5052アルミニウム合金や、Al-Si-Mg系のJIS 6061アルミニウム合金からなる展伸材や鋳物材が使用されることが多い。また、これらの製造装置は高温で使用される上にシラン(SiH4)、フッ素系ガス、塩素系のハロゲンガス等の腐食性ガス雰囲気で使用されるため、各部材に陽極酸化処理を施して表面に硬質の陽極酸化皮膜を形成し、耐食性を向上させている。
【0005】
しかし、このような表面処理をしても使用環境や使用頻度によっては早期に表面劣化が起こり、表面処理の更新が必要であった。特に、CVD、PVD処理装置では、使用温度が室温から約400℃までの広範囲にわたり、しかも繰り返し熱応力が加わるため、母材と陽極酸化皮膜との熱変形能の違いにより割れが生じることがある。また長期使用の間には、顕著な損傷はなくてもワークを処理する際に装置表面に接触して陽極酸化皮膜が摩耗することもある。
【0006】
そこで、Al基材表面に耐食性保護皮膜が形成されてなり、該耐食性保護皮膜の表面側は、Al酸化物を主体とする層であるか、或いはAl酸化物とAl弗化物を主体とする層であり、前記耐食性保護皮膜の基材側は、Mg弗化物を主体とする層であるか、或いはMg弗化物とAl酸化物を主体とする層である耐ガス性及び耐プラズマ性に優れた真空チャンバ部材が提案されている(特許文献1)。
【0007】
また、Si:0.2~1.0wt%およびMg:0.3~2.0wt%を含有し、不純物としてのFe、Cu、Mn、Cr、ZnおよびNiの各含有量がそれぞれ0.1wt%以下に規制され、残部がAlおよび他の不純物からなるアルミニウム合金母材の表面に、フッ化処理皮膜等が形成されてなる耐食性に優れたアルミニウム合金材も知られている(特許文献2)。
【0008】
これらの技術は、アルミニウム合金基材をフッ化処理することにより形成されるフッ化不働態膜によって耐食性向上を図るものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開平11-061410号公報
【文献】特開2003-119539号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、アルミニウム合金基材をフッ化処理した際に、形成された耐食性皮膜の表面に黒色の点状隆起部が発生する場合がある。このような黒色の点状隆起部が発生していると、その部分の熱線吸収率が増大するので、例えばCVD装置やPVD装置等での使用中に局所的な温度上昇が起きる。このような局所的温度上昇が生じると、耐食性皮膜に割れが発生し、皮膜が剥離してしまい、これが不純物パーティクルになるという問題がある。
【0011】
本発明は、かかる技術的背景に鑑みてなされたものであって、黒色の点状隆起部の発生がなく、平滑性に優れると共に、腐食性ガスやプラズマ等に対して優れた耐食性を備えたフッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材及びフッ化物皮膜を有するアルミニウム合金部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、黒色の点状隆起部の発生の原因を追究するべく、黒色の点状隆起部及びその周囲部をSEM-EDXマッピングを行ったところ、図5に示すように、正常部110では、アルミニウム合金基材100の表面にフッ化マグネシウム層101、フッ化アルミニウム層102がこの順に積層されて耐食性皮膜が形成されているのであるが、黒色の点状隆起部111は、アルミニウム合金基材100の表面に局所的にフッ化マグネシウム層が生成されなかった部分(欠陥箇所;分断箇所)が存在していて該欠陥箇所においてフッ化アルミニウム102が大きく成長してこのフッ化アルミニウムの隆起部111が生成したものであることが判明した。このような機構で成長する黒色点状隆起部の発生を抑止するべく、更に鋭意研究した結果、アルミニウム合金部材中のFe系晶出物の平均長径と、アルミニウム合金部材中の平均結晶粒径との間の関係性が、黒色点状隆起部の発生と関連があることを見出すに至り、本発明を完成したものである。即ち、前記目的を達成するために、本発明は以下の手段を提供する。
【0013】
[1]Si:0.3質量%~0.8質量%、Mg:0.5質量%~5.0質量%、Fe:0.05質量%~0.5質量%を含有し、Cuの含有率が0.5質量%以下であり、Mnの含有率が0.30質量%以下であり、Crの含有率が0.30質量%以下であり、残部がAl及び不可避不純物からなる、フッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材であって、
前記アルミニウム合金部材中のFe系晶出物の平均長径を「D」(μm)とし、前記アルミニウム合金部材中の平均結晶粒径を「Y」(μm)としたとき、下記式(1)の関係式を満たしており、
log10Y < -0.320D + 4.60 … 式(1)
前記アルミニウム合金部材は、半導体製造装置用の部材として用いられるものであることを特徴とするフッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材。
【0014】
[2]前項1に記載のフッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材の表面の少なくとも一部にフッ化物皮膜が形成されていることを特徴とするフッ化物皮膜を有するアルミニウム合金部材。
【0015】
[3]前記フッ化物皮膜の厚さが0.1μm~10μmである前項2に記載のフッ化物皮膜を有するアルミニウム合金部材。
【0016】
[4]前記フッ化物皮膜は、前記フッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材の表面に形成された第1皮膜層と、さらに前記第1皮膜層の表面に形成された第2皮膜層とからなり、前記第1皮膜層は、フッ化マグネシウムを含有する皮膜であり、前記第2皮膜層は、フッ化アルミニウムおよびアルミニウムの酸化物を含有する皮膜である請求項2または3に記載のフッ化物皮膜を有するアルミニウム合金部材。
【発明の効果】
【0017】
[1]の発明では、上記特定の金属組成からなり、かつ前記式(1)の関係式を満たしている構成であるので、フッ化物皮膜形成用アルミニウム合金材の表面の少なくとも一部をフッ化処理してフッ化物皮膜を形成した際に該フッ化物皮膜に黒色の点状隆起部(以下、単に「黒点部」という場合がある)は認められないものとなると共に、得られたフッ化物皮膜付きアルミニウム合金部材は、腐食性ガスやプラズマ等に対して優れた耐食性を備えたものとなる。
【0018】
[2]の発明では、上記特定の金属組成からなると共に、前記式(1)の関係式を満たしている構成であるので、黒点部の発生がなく平滑性に優れると共に、腐食性ガスやプラズマ等に対して優れた耐食性を備えたフッ化物皮膜を有するアルミニウム合金部材を提供できる。
【0019】
[3]の発明では、フッ化物皮膜の厚さが0.1μm以上であるから、腐食性ガスやプラズマ等に対する耐食性をより向上させることができると共に、10μm以下であるから、生産性を向上できる。
【0020】
[4]の発明では、フッ化物皮膜が、上記特定構成の2層構造からなるので、腐食性ガスやプラズマ等に対する耐食性をさらに向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明に係るフッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材の一実施形態を示す断面図である。
図2】本発明に係る、フッ化物皮膜を有するアルミニウム合金部材の一実施形態を示す断面図である。
図3】本発明に係る、フッ化物皮膜を有するアルミニウム合金部材の一例であるシャワーヘッドを示す斜視図である。
図4】平均結晶粒径(Y)の常用対数(K)を縦軸に、Fe系晶出物の平均長径(D)を横軸にしてプロットしたグラフである。図4において、●でプロットされた部材は、黒点部が全く認められなかったものを示し、▲でプロットされた部材は、黒点部が生じていたものを示している。この図4のグラフにおいて、左上から右下に伸びる実線の斜め直線の左下側の領域が、式(1)で表される領域であり、この式(1)で表される領域にプロットされる部材では黒点部が全く認められていないのに対し、この斜め直線の右上側の領域にプロットされる部材では黒点部が発生していることがわかる。
図5】黒点部発生の説明図(模式的断面図)である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明に係るフッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材1は、Si:0.3質量%~0.8質量%、Mg:0.5質量%~5.0質量%、Fe:0.05質量%~0.5質量%を含有し、Cuの含有率が0.5質量%以下であり、Mnの含有率が0.30質量%以下であり、Crの含有率が0.30質量%以下であり、残部がAl及び不可避不純物からなる、フッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材であって、前記アルミニウム合金部材中のFe系晶出物の平均長径を「D」(μm)とし、前記アルミニウム合金部材中の平均結晶粒径を「Y」(μm)としたとき、
log10Y < -0.320D + 4.60 … 式(1)
上記式(1)の関係式を満たしていることを特徴とする。本発明に係るフッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材1は、半導体製造装置用の部材として用いられる。
【0023】
本発明におけるアルミニウム合金の組成(各成分の含有率範囲の限定意義等)について以下説明する。
【0024】
前記Si(成分)は、Alマトリックス中でMg2Siを生成し、アルミニウム合金部材の強度を向上させることができる。前記アルミニウム合金部材におけるSi含有率は、0.3質量%~0.8質量%の範囲とする。Si含有率が0.3質量%未満になると、Mg2Siの生成が少なく、強度向上の効果を発揮できない。一方、Si含有率が0.8質量%を超えると、Si単体の晶出物が生成するが、このようなSi単体は、SiF4を生成し昇華するために、アルミニウム合金部材の表面における均一なフッ化物皮膜の形成を阻害する。このようなSi単体晶出物の生成を防ぐために、Si含有率を0.8質量%以下に規定している。中でも、前記アルミニウム合金部材におけるSi含有率は、0.35質量%~0.6質量%の範囲であるのが好ましい。
【0025】
前記Mg(成分)は、Alマトリックス中でMg2Siを生成し、アルミニウム合金部材の強度を向上させることができると共に、MgはFと反応して、アルミニウム合金部材の表面に緻密なフッ化マグネシウム(MgF2)層を形成する。前記アルミニウム合金部材におけるMg含有率は、0.5質量%~5.0質量%の範囲とする。Mg含有率が0.5質量%未満になると、緻密なフッ化マグネシウム(MgF2)層を形成できなくなる。一方、Mg含有率が5.0質量%を超えると、合金材料の加工性が悪くなる。中でも、前記アルミニウム合金部材におけるMg含有率は、1.0質量%~2.5質量%の範囲であるのが好ましい。
【0026】
前記Cu(成分)は、添加されることにより前記Mg2SiをAlマトリックス中で均一に分散させる作用効果を発揮し、アルミニウム合金部材の強度を向上させることができる。また、Mg2Siを均一に分散できることで、アルミニウム合金部材の表面に均一なフッ化マグネシウム(MgF2)層を形成できる。前記アルミニウム合金部材におけるCu含有率は、0%以上0.5質量%以下に設定する。Cu含有率が0.5質量%を超えると、Cu系晶出物が生成し、フッ化物層(フッ化物皮膜)の形成が阻害される。中でも、前記アルミニウム合金部材におけるCu含有率は、0.1質量%~0.3質量%の範囲であるのが好ましい。
【0027】
前記Fe(成分)は、Alマトリックス中でFe系晶出物を生成し、粗大な晶出物がアルミニウム合金部材の表面に存在すると、この晶出物がMgの表面への拡散を阻害し、その晶出物が存在する箇所でフッ化マグネシウムの緻密な層が生成されなくなる。その結果、フッ化マグネシウム層が生成されていない箇所でフッ化アルミニウムが大きく成長してフッ化アルミニウムの隆起部(即ち黒点部)となる。このような黒点部の生成を防止するために、Fe含有率は、0.5質量%以下とする必要がある。また、Fe含有率が0.5質量%を超えると、鋳造工程で生成するFe系晶出物の大きさが大きくなり過ぎて、後工程の圧延、鍛造等の塑性加工で微細化できなくなる。一方、Fe含有率が0.05質量%未満になると、鋳造割れ等が発生する。従って、前記アルミニウム合金部材におけるFe含有率は、0.05質量%~0.5質量%の範囲とする。中でも、前記アルミニウム合金部材におけるFe含有率は、0.08質量%~0.15質量%の範囲であるのが好ましい。
【0028】
前記Mn(成分)及びCr(成分)の含有率は、いずれも、0%以上0.30質量%以下に設定する。0.30質量%を超えると、粗大な晶出物を生成する。MnおよびCrの両方を含有しない合金組成(即ち含有率が0%である構成)であってもよいし、Mnを0.30質量%以下の範囲で含有し、Crを含有しない合金組成であってもよいし、或いはCrを0.30質量%以下の範囲で含有し、Mnを含有しない合金組成であってもよい。中でも、前記Mn(成分)及びCr(成分)の含有率は、いずれも、0%以上0.10質量%以下に設定されるのが好ましい。
【0029】
本発明に係るフッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材1は、該アルミニウム合金部材中のFe系晶出物の平均長径を「D」(μm)とし、前記アルミニウム合金部材中の平均結晶粒径を「Y」(μm)としたとき、
log10Y < -0.320D + 4.60 … 式(1)
上記式(1)の関係式を満たしている構成である。
【0030】
図4は、実施例に係るフッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材について、その平均結晶粒径(Y)の常用対数(K)を縦軸に、Fe系晶出物の平均長径(D)を横軸にしてプロットしたグラフである。フッ化マグネシウム層を生成するためには、アルミニウム合金内部のMgが表面へ拡散する必要がある。Mgの拡散速度は、結晶粒内よりも結晶粒界の方が大きい。結晶粒が小さい方が粒界の面積が増え、Mgの表面への拡散が容易化されるため、晶出物の大きさが大きくなっても、フッ化マグネシウム層を生成できる。
【0031】
即ち、アルミニウム合金の組成が上述した各成分の含有率範囲の条件を満たし、且つ上記式(1)の関係式を満たす本発明のフッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材1では、これをフッ化処理してフッ化物皮膜を形成した際に該フッ化物皮膜に黒点部(黒色の点状隆起部)が発生しないので、平滑性に優れている(前述の局所的な温度上昇が生じない)と共に、こうして得られたフッ化物皮膜2を有するアルミニウム合金部材10は、フッ化物皮膜の存在により腐食性ガスやプラズマ等に対して優れた耐食性を備えている。
【0032】
これに対し、図4における左上から右下に伸びる実線の斜め直線の右上側の領域(式(1)を満たさない領域)では、Fe系晶出物の大きさが大きくなり過ぎて、Fe系晶出物がMgの拡散を阻害し、その結果、図5に示すようにフッ化マグネシウム層101が部分的に生成されなくなり、このフッ化マグネシウム層が非生成の欠陥箇所においてフッ化アルミニウム102が大きく成長して黒点部(黒色の点状隆起部)が発生する。
【0033】
また、アルミニウム合金の組成が上述した各成分の含有率範囲の条件を満たしている場合であっても、上記式(1)の関係式を満たさない構成のアルミニウム合金部材では、これをフッ化処理してフッ化物皮膜を形成した際に該フッ化物皮膜に黒点部(黒色の点状隆起部)が発生する。このような黒点部が生じていると、例えば半導体製造装置(CVD装置、PVD装置、ドライエッチング装置、真空蒸着装置等)の部材として使用された場合に、その部分の熱線吸収率が増大し、局所的な温度上昇が起きる結果、フッ化物皮膜に割れが発生して皮膜が剥離してしまい、これが不純物パーティクルになるという問題が生じる。
【0034】
本発明に係るフッ化物皮膜を有するアルミニウム合金部材10は、半導体製造装置(CVD装置、PVD装置、ドライエッチング装置、真空蒸着装置等)の部材(部品)等として使用される。前記部品としては、特に限定されるものではないが、例えば、シャワーヘッド(図3参照)、真空チャンバー、サセプター、バッキングプレート等が挙げられる。前記シャワーヘッド10は、フッ化物皮膜2を有するアルミニウム合金部材10として円盤状に形成されたものにおいてその厚さ方向に貫通する多数の細孔が形成されたものである。
【0035】
次に、上記フッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材1およびフッ化物皮膜を有するアルミニウム合金部材10の製造方法の一例についてまとめて説明する。
【0036】
(鋳造工程)
Si:0.3質量%~0.8質量%、Mg:0.5質量%~5.0質量%、Fe:0.05質量%~0.5質量%を含有し、Cuの含有率が0.5質量%以下であり、Mnの含有率が0.30質量%以下であり、Crの含有率が0.30質量%以下であり、残部がAl及び不可避不純物からなる組成となるように溶解調製されたアルミニウム合金溶湯を得た後、該アルミニウム合金溶湯を鋳造加工することによって鋳造物(鋳造板材、ビレット等)を得る。鋳造方法としては、特に限定されるものではなく、従来公知の方法を用いればよく、例えば、連続鋳造圧延法、ホットトップ鋳造法、フロート鋳造法、半連続鋳造法(DC鋳造法)等が挙げられる。
【0037】
(均質化熱処理工程)
得られた鋳造物に対して均質化熱処理を行う。即ち、鋳造物を450℃~580℃の温度で5時間~10時間保持する均質化熱処理を行うのが好ましい。450℃未満では、鋳塊物の軟化が不十分となり、熱間加工時の圧力が高くなって、外観品質が低下するし、生産性も低下するので、好ましくない。一方、580℃を超えると、鋳塊物の内部に局部溶解が発生するので、好ましくない。
【0038】
(熱間加工工程)
前記鋳塊物に対して熱間加工を行う。前記熱間加工としては、特に限定されるものではないが、例えば、圧延加工、押出加工、鍛造加工等が挙げられる。前記圧延加工時の加熱温度は450℃~550℃に設定するのが好ましい。また、前記押出加工時の加熱温度は450℃~550℃に設定するのが好ましい。また、前記鍛造加工時の加熱温度は450℃~550℃に設定するのが好ましい。
【0039】
(溶体化処理工程)
次に、前記熱間加工して得られた加工物(圧延物、押出物等)を加熱して溶体化処理を施す。前記溶体化処理は、520℃~550℃の温度で2時間~6時間行うのが好ましい。
【0040】
(時効処理工程)
次に、溶体化処理後の前記加工物(圧延物、押出物等)を170℃~210℃の温度で5時間~11時間加熱して時効処理を行う。
【0041】
上記のような鋳造工程、均質化熱処理工程、熱間加工工程、溶体化処理工程、時効処理工程を経て、上記フッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材1を得る。
【0042】
(陽極酸化処理工程)
前記時効処理後のフッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材1に対して陽極酸化処理を行うことによって、前記アルミニウム合金部材の表面に陽極酸化皮膜を形成する。陽極酸化処理の電解液としては、特に限定されるものではないが、例えば硫酸水溶液等が挙げられる。また、電解浴(電解液)の温度を10℃~40℃に制御して陽極酸化を行うのが好ましい。陽極酸化の際の電圧は、特に限定されるものではないが、10V~100Vの範囲に設定するのが好ましく、陽極酸化処理時間は、1分間~60分間に設定するのが好ましい。
【0043】
(フッ化処理工程)
次に、陽極酸化皮膜形成後のアルミニウム合金部材に対してフッ化処理を行う。例えば、前記陽極酸化皮膜形成後のアルミニウム合金部材をチャンバー内にセットして該チャンバー内を真空にした後、チャンバー内にフッ素ガス含有気体を導入し、このフッ素ガス雰囲気下で加熱を行うことによって、アルミニウム合金部材の表面にフッ化物皮膜2を形成する。フッ素ガス雰囲気下での加熱温度は、250℃~350℃に設定するのが好ましい。こうして上記フッ化物皮膜を有するアルミニウム合金部材10を得る。或いは、例えば用途が真空チャンバーの部品である場合には、前記アルミニウム合金部材を真空チャンバーの部品として使用を開始した後、真空チャンバー内を清掃するのにフッ素ガスが使用されるが、このフッ素ガスを使用して清掃するたび毎にアルミニウム合金部材の表面にフッ化物皮膜が再生産されて厚く形成されていく、という製法を採用してもよい。或いは、例えば、前記アルミニウム合金部材をシャワーヘッド形状に加工したものを半導体の生産設備にセットした状態で、フッ素ガス雰囲気下で加熱を行ってフッ化物皮膜2を形成してもよいし、プラズマを用いてフッ化物皮膜2を形成してもよく、こうしてフッ化物皮膜を形成した後、そのまま半導体生産に進むようにしてもよい。
【0044】
なお、上述した製造方法は、その一例を示したものに過ぎず、本発明のフッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材1および本発明に係るフッ化物皮膜を有するアルミニウム合金部材10は、上述した製造方法で得られるものに限定されるものではない。
【実施例
【0045】
次に、本発明の具体的実施例について説明するが、本発明はこれら実施例のものに特に限定されるものではない。
【0046】
<実施例1>
Si:0.50質量%、Mg:1.15質量%、Cu:0.20質量%、Fe:0.07質量%、Mn:0.02質量%、Cr:0.05質量%を含有し、残部がAl及び不可避不純物からなるアルミニウム合金を加熱してアルミニウム合金溶湯を得た後、該アルミニウム合金溶湯を用いてDC鋳造法により厚さ200mmの板状鋳塊物を作製した。
【0047】
次に、前記板状鋳塊物に対して470℃で7時間の均質化熱処理を行った。次いで、所定の大きさに切断した後、500℃での熱間圧延を行った後、常温で冷間圧延を行うことによって、厚さ4mmのアルミニウム合金板を得た。次に、縦50mm×横50mmの大きさに切断した後、このアルミニウム合金板に対して530℃で4時間加熱して溶体化処理を行い、次いで180℃で8時間加熱して時効処理を行った。こうして、図1に示すフッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材1を得た。
【0048】
次に、前記時効処理後のアルミニウム合金板(フッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材)に対して、電解液として濃度15質量%の硫酸水溶液を用い、電解浴(電解液)の温度を25℃に制御し、電圧20Vで2分間の陽極酸化処理を行うことによって、アルミニウム合金板の表面の全面に厚さ2μmの陽極酸化皮膜を形成した。
【0049】
次いで、陽極酸化皮膜形成後の前記アルミニウム合金板をチャンバー内にセットして該チャンバー内を真空にした後、チャンバー内にフッ素含有イナートガスを導入し、この状態で260℃で24時間保持することによって、厚さ2μmのフッ化物皮膜2を形成した。即ち、図2に示すフッ化物皮膜を有するアルミニウム合金部材10を得た。
【0050】
得られたフッ化物皮膜を有するアルミニウム合金部材10において前記フッ化物皮膜2は、フッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材1の表面に形成された厚さ0.5μmのフッ化マグネシウム含有第1皮膜層3と、該第1皮膜層3のさらに表面に形成された厚さ1.5μmの第2皮膜層(フッ化アルミニウムとアルミニウム酸化物を含有する皮膜層)とからなる構成であった。
【0051】
<実施例2~7、11、12>
アルミニウム合金溶湯を形成するためのアルミニウム合金として、表1に示す合金組成のアルミニウム合金(Si、Mg、Cu、Fe、Mn、Crをそれぞれ表1に示す割合で含有し、残部がAl及び不可避不純物からなるアルミニウム合金)を用いた以外は、実施例1と同様にして、図1に示すフッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材1を得、次いで実施例1と同様にして、図2に示すフッ化物皮膜2を有するアルミニウム合金部材10を得た。
【0052】
<実施例8~10>
アルミニウム合金溶湯を形成するためのアルミニウム合金として、表1に示す合金組成のアルミニウム合金(Si、Mg、Cu、Fe、Mn、Crをそれぞれ表1に示す割合で含有し、残部がAl及び不可避不純物からなるアルミニウム合金)を用い、熱間圧延時の圧下率を77%に代えて99%に設定した以外は、実施例1と同様にして、図1に示すフッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材1を得、次いで実施例1と同様にして、図2に示すフッ化物皮膜2を有するアルミニウム合金部材10を得た。
【0053】
<比較例1~3、7~10>
アルミニウム合金溶湯を形成するためのアルミニウム合金として、表1に示す合金組成のアルミニウム合金(Si、Mg、Cu、Fe、Mn、Crをそれぞれ表1に示す割合で含有し、残部がAl及び不可避不純物からなるアルミニウム合金)を用いた以外は、実施例1と同様にして、フッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材を得、次いで実施例1と同様にして、フッ化物皮膜を有するアルミニウム合金部材を得た。
【0054】
<比較例4~6>
アルミニウム合金溶湯を形成するためのアルミニウム合金として、表1に示す合金組成のアルミニウム合金(Si、Mg、Cu、Fe、Mn、Crをそれぞれ表1に示す割合で含有し、残部がAl及び不可避不純物からなるアルミニウム合金)を用い、熱間圧延時の圧下率を77%に代えて99%に設定した以外は、実施例1と同様にして、フッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材を得、次いで実施例1と同様にして、フッ化物皮膜を有するアルミニウム合金部材を得た。
【0055】
上記のようにして得られた各実施例、各比較例のフッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材について、下記測定方法により「平均結晶粒径(Y)」および「Fe系晶出物の平均長径(D)」を求めた。
【0056】
<平均結晶粒径の測定方法>
フッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材の表面をバフ研磨後、Barker法でエッチング処理した。水洗し、乾燥させた後に、エッチング処理面を光学顕微鏡で観察し、切断法により「平均結晶粒径(Y)」を測定した。これらの結果を表1に示す。
【0057】
<Fe系晶出物の平均長径の測定方法>
フッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材の表面をバフ研磨後、SEM(走査電子顕微鏡)観察を行い、反射電子像で白く見える晶出物を抽出し、これら抽出した晶出物の絶対最大長を画像解析装置で測定した。Fe系晶出物の平均長径(D)は、315μm×215μmの長方形の視野領域から任意に抽出した晶出物から円相当直径が0.3μm以下のものを除外し、絶対最大長の大きなものから100個選んだ際のこれら100個のデータの平均値である。これらの結果を表1に示す。
【0058】
【表1】
【0059】
上記のようにして得られた各実施例、各比較例のフッ化物皮膜を有するアルミニウム合金部材について下記評価法に基づいてフッ化物皮膜での黒点部(黒色の点状隆起部)の有無を25倍のマイクロスコープを用いて調べ、下記判定基準に基づいて評価した。その結果を表1に示す。
(判定基準)
「○」…黒点部が認められない(存在しない)
「△」…黒点部が僅かに認められる
「×」…黒点部が顕著に存在する。
【0060】
表1から明らかなように、本発明の実施例1~12のフッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材を用いて得られた本発明に係るフッ化物皮膜を有するアルミニウム合金材は、フッ化物皮膜に黒点部が認められなかった。
【0061】
これに対し、比較例1~10では、フッ化物皮膜に黒点部が顕著に認められた。なお、比較例7~10は、合金組成は、本発明の規定範囲を満たしているものの、式(1)を満たさないものであるために、黒点部が顕著に存在していた。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明に係るフッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材1は、表面の少なくとも一部にフッ化処理がなされてフッ化物皮膜が形成されて、半導体製造装置(CVD装置、PVD装置、ドライエッチング装置、真空蒸着装置等)の部材(部品)等として使用される。
【0063】
本発明に係るフッ化物皮膜を有するアルミニウム合金部材10は、半導体製造装置(CVD装置、PVD装置、ドライエッチング装置、真空蒸着装置等)の部材(部品)等として使用される。
【0064】
前記部品としては、特に限定されるものではないが、例えば、シャワーヘッド(図3参照)、真空チャンバー、サセプター、バッキングプレート等が挙げられる。
【0065】
本出願は、2018年7月4日付で出願された日本国特許出願特願2018-127378号および2018年12月7日付で出願された日本国特許出願特願2018-229556号の優先権主張を伴うものであり、その開示内容は、そのまま本願の一部を構成するものである。
【0066】
ここで用いられた用語及び説明は、本発明に係る実施形態を説明するために用いられたものであって、本発明はこれに限定されるものではない。本発明は、請求の範囲内であれば、その精神を逸脱するものでない限りいかなる設計的変更をも許容するものである。
【符号の説明】
【0067】
1…フッ化物皮膜形成用アルミニウム合金部材
2…フッ化物皮膜
3…第1皮膜層
4…第2皮膜層
10…フッ化物皮膜を有するアルミニウム合金部材
図1
図2
図3
図4
図5