(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-08
(45)【発行日】2022-12-16
(54)【発明の名称】油圧制御システムにおけるパラメータ同定を行う装置と方法、油圧制御システム、および状態検知方法
(51)【国際特許分類】
G05B 13/02 20060101AFI20221209BHJP
G05B 23/02 20060101ALI20221209BHJP
【FI】
G05B13/02 E
G05B23/02 P
(21)【出願番号】P 2019054232
(22)【出願日】2019-03-22
【審査請求日】2021-12-20
(73)【特許権者】
【識別番号】309036221
【氏名又は名称】三菱重工機械システム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100100077
【氏名又は名称】大場 充
(74)【代理人】
【識別番号】100136010
【氏名又は名称】堀川 美夕紀
(74)【代理人】
【識別番号】100130030
【氏名又は名称】大竹 夕香子
(74)【代理人】
【識別番号】100203046
【氏名又は名称】山下 聖子
(72)【発明者】
【氏名】▲徳▼山 享大
(72)【発明者】
【氏名】粟屋 伊智郎
(72)【発明者】
【氏名】大野 達也
【審査官】大古 健一
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-117627(JP,A)
【文献】特開平6-289179(JP,A)
【文献】特開2017-211829(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G05B 1/00 - 7/04
G05B 11/00 -13/04
G05B 17/00 -17/02
G05B 21/00 -21/02
G05B 23/00 -23/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
油圧機構を制御する油圧制御システムにおけるパラメータ同定を行う装置であって、
前記油圧制御システムの実測された物理的状態量の応答データが、2つの前記物理的状態量からなる位相面データに変換されることで、実測位相面データを取得する実測位相面データ取得部と、
前記油圧制御システムの解析に基づく前記物理的状態量の応答データが、前記2つの前記物理的状態量からなる位相面データに変換されることで、解析位相面データを取得する解析位相面データ取得部と、
前記実測位相面データの軌道と前記解析位相面データの軌道との形状の相違を利用して評価関数を設定する評価関数設定部と、
前記油圧制御システムを示すモデルのパラメータを更新しつつ、前記評価関数を最小化するパラメータ同定部と、を備える、
ことを特徴とするパラメータ同定装置。
【請求項2】
前記評価関数は、
前記実測位相面データの軌道と前記解析位相面データの軌道との所定位置における差分に相当する、
請求項1に記載のパラメータ同定装置。
【請求項3】
前記評価関数は、
前記実測位相面データの極座標表現による軌道と前記解析位相面データの極座標表現による軌道との所定位置における差分に相当する、
請求項1に記載のパラメータ同定装置。
【請求項4】
前記評価関数は、
前記実測位相面データの軌道と前記解析位相面データの軌道との誤差の面積に相当する、
請求項2または3に記載のパラメータ同定装置。
【請求項5】
前記評価関数設定部は、
請求項2に記載の前記評価関数、
請求項3に記載の前記評価関数、
請求項4に記載の前記評価関数、および、
解析に基づく前記物理的状態量の時間応答、のいずれか2以上を成分として含む評価関数ベクトルを設定する、
請求項1に記載のパラメータ同定装置。
【請求項6】
前記位相面データに係る2つの前記物理的状態量は、
前記油圧制御システムを構成するサーボ弁の弁開度または前記サーボ弁に与えられる弁開度指令、
および、前記油圧機構の速度応答である、
請求項1から5のいずれか一項に記載のパラメータ同定装置。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか一項に記載のパラメータ同定装置と、
前記油圧機構と、を含む、
ことを特徴とする油圧制御システム。
【請求項8】
油圧機構を制御する油圧制御システムにおけるパラメータ同定を行う方法であって、
前記油圧制御システムの実測された物理的状態量の応答データから、2つの前記物理的状態量からなる位相面データに変換することで、実測位相面データを取得するステップと、
前記油圧制御システムの解析に基づく前記物理的状態量の応答データから、前記2つの前記物理的状態量からなる位相面データに変換することで、解析位相面データを取得するステップと、
前記実測位相面データの軌道と前記解析位相面データの軌道との形状の相違を利用して評価関数を設定するステップと、
前記油圧制御システムを示すモデルのパラメータを更新しつつ、前記評価関数を最小化するステップと、を備える、
ことを特徴とするパラメータ同定方法。
【請求項9】
前記評価関数は、
前記実測位相面データの軌道と前記解析位相面データの軌道との所定位置における差分に相当する、
請求項8に記載のパラメータ同定方法。
【請求項10】
前記評価関数は、
前記実測位相面データの極座標表現による軌道と前記解析位相面データの極座標表現による軌道との所定位置における差分に相当する、
請求項8に記載のパラメータ同定方法。
【請求項11】
前記評価関数は、
前記実測位相面データの軌道と前記解析位相面データの軌道との誤差の面積に相当する、
請求項9または10に記載のパラメータ同定方法。
【請求項12】
前記評価関数を設定する前記ステップは、
請求項9に記載の前記評価関数、
請求項10に記載の前記評価関数、
請求項11に記載の前記評価関数、および、
解析に基づく前記物理的状態量の時間応答、のいずれか2以上を成分として含む評価関数ベクトルを設定する、
請求項8に記載のパラメータ同定方法。
【請求項13】
前記油圧制御システムは、
位置および速度のうち少なくとも位置を制御する位置制御系を備え、
前記位相面データの位相面をなす2つの物理的状態量は、
前記油圧制御システムを構成するサーボ弁の弁開度または前記サーボ弁に与えられる弁開度指令、
および、前記油圧機構の速度応答である、
請求項8から12のいずれか一項に記載のパラメータ同定方法。
【請求項14】
油圧機構を制御する油圧制御システムにおける物理的状態を検知する方法であって、
請求項8から13のいずれか一項に記載のパラメータ同定方法の処理により前記油圧制御システムの実機に対して同定させた前記パラメータに基づいて前記物理的状態を検知する、
ことを特徴とする状態検知方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、油圧制御システムの実機に対して、油圧制御システムを示す動的モデルのパラメータを精度良く同定させることができる装置と方法、油圧制御システム、および状態検知方法に関する。
【背景技術】
【0002】
油圧アクチュエータ等を備えた油圧機構が、油圧機構の位置、速度、あるいは荷重を制御する制御装置と共に、種々の対象物に荷重を印加する用途等に利用されている。制御装置は、位置や速度等の目標値に対する偏差に応じてサーボ弁に開度指令を与える。
こうした油圧機構および制御装置を含む油圧制御システムは、例えば建造物等に荷重を加えた際の位置や速度等の応答に基づいて建造物等の健全性を評価する用途にも利用されている。
【0003】
特許文献1では、作業機を制御する位置フィードバック制御系における偏差と偏差の微分値とから、作業機の動作中に亘り位相面軌道を求め、予め設定した位相面上の禁止領域に軌道が入ったことを確認することによって異常の検出を行っている。特許文献1によれば、フィードバックループの断線等によって生じる制御系の異常を適確に検出することができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
油圧制御システムのサーボ弁やピストン・シリンダ等には、異物の混入等に起因する動作不良や、摩耗等による経時的な特性変化等を想定することができる。そういった異常を検知するため、例えば、シリンダ速度応答等の物理量の時間的変化に対して閾値を適用すること等が考えられる。特許文献1に記載された異常検出の方法も、位相面軌道に閾値としての禁止領域を適用している。
【0006】
油圧制御システムにおける特性変化の検知精度向上等の観点から、検知対象である油圧制御システムの実機に対して、油圧制御システムを示す動的モデルのパラメータを精度良く同定したい。従来は、実機とシミュレーションとの時間応答の誤差に基づいて、パラメータ同定に用いる指標としての評価関数を設定しているが、時間軸上の物理量変化が僅かであり、また、誤差の平均化処理により、誤差に対する評価関数の感度が小さいため、パラメータの同定精度には改善の余地がある。
【0007】
本発明は、油圧制御システムにおけるパラメータ同定を精度良く行うことを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、油圧機構を制御する油圧制御システムにおけるパラメータ同定を行う装置であって、油圧制御システムの実測された物理的状態量の応答データが、2つの物理的状態量からなる位相面データに変換されることで、実測位相面データを取得する実測位相面データ取得部と、油圧制御システムの解析に基づく物理的状態量の応答データが、2つの物理的状態量からなる位相面データに変換されることで、解析位相面データを取得する解析位相面データ取得部と、実測位相面データの軌道と解析位相面データの軌道との形状の相違を利用して評価関数を設定する評価関数設定部と、油圧制御システムを示すモデルのパラメータを更新しつつ、評価関数を最小化するパラメータ同定部と、を備えることを特徴とする。
【0009】
本発明のパラメータ同定装置において、評価関数は、実測位相面データの軌道と解析位相面データの軌道との所定位置における差分に相当することが好ましい。
【0010】
本発明のパラメータ同定装置において、評価関数は、実測位相面データの極座標表現による軌道と解析位相面データの極座標表現による軌道との所定位置における差分に相当することが好ましい。
【0011】
本発明のパラメータ同定装置において、評価関数は、実測位相面データの軌道と解析位相面データの軌道との誤差の面積に相当することが好ましい。
【0012】
本発明のパラメータ同定装置において、評価関数設定部は、上述した各評価関数、および、解析に基づく物理的状態量の時間応答、のいずれか2以上を成分として含む評価関数ベクトルを設定することが好ましい。
【0013】
本発明のパラメータ同定装置において、位相面データに係る2つの物理的状態量は、油圧制御システムを構成するサーボ弁の弁開度またはサーボ弁に与えられる弁開度指令、および、油圧機構の速度応答であることが好ましい。
【0014】
本発明の油圧制御システムは、上述したパラメータ同定装置と、油圧機構と、を含むことを特徴とする。
【0015】
また、本発明は、油圧機構を制御する油圧制御システムにおけるパラメータ同定を行う方法であって、油圧制御システムの実測された物理的状態量の応答データから、2つの物理的状態量からなる位相面データに変換することで、実測位相面データを取得するステップと、油圧制御システムの解析に基づく物理的状態量の応答データから、2つの物理的状態量からなる位相面データに変換することで、解析位相面データを取得するステップと、実測位相面データの軌道と解析位相面データの軌道との形状の相違を利用して評価関数を設定するステップと、油圧制御システムを示すモデルのパラメータを更新しつつ、評価関数を最小化するステップと、を備えることを特徴とする。
【0016】
本発明のパラメータ同定方法において、油圧制御システムは、位置および速度のうち少なくとも位置を制御する位置制御系を備え、位相面データの位相面をなす2つの物理的状態量は、油圧制御システムを構成するサーボ弁の弁開度またはサーボ弁に与えられる弁開度指令、および、油圧機構の速度応答であることが好ましい。
【0017】
さらに、本発明は、油圧機構を制御する油圧制御システムにおける物理的状態を検知する方法であって、上述したパラメータ同定方法の処理により油圧制御システムの実機に対して同定させたパラメータに基づいて物理的状態を検知することを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、実測位相面データの軌道と解析位相面データの軌道との形状の相違を反映した評価関数を使用することにより、油圧制御システムにおけるパラメータ同定を精度良く行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】第1実施形態に係る油圧制御システムの概略構成を示すブロック図である。
【
図2】
図1に示すパラメータ同定装置の構成要素に係るブロック図である。
【
図3】
図1の油圧制御システムに対応する数式モデル(非線形制御モデル)を示す図である。
【
図5】油圧制御システムにおけるパラメータ同定を行うための手順を示す図である。
【
図6】実測位相面データの軌道と解析位相面データの軌道とを示す図である。これらの軌道の形状の相違を利用して評価関数を設定する。
【
図7】シミュレーションおよび評価関数の計算を行いつつ、パラメータ誤差を収束させる処理の手順を示す図である。
【
図8】第2実施形態に採用した評価関数を説明するための図である。
【
図9】第3実施形態に採用した評価関数を説明するための図である。
【
図10】第4実施形態に採用した評価関数ベクトルの成分としての時間応答を示す図である。
【
図11】本発明の変形例として、
図4とは異なる物理的状態量の位相面データを示す図である。
【
図12】(a)および(b)は、解析結果に基づく時間軸上の物理的状態変化の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、添付図面を参照しながら、本発明の実施形態について説明する。
〔第1実施形態〕
(油圧制御システムの構成)
図1に示す油圧制御システム1は、油圧機構4を含み、油圧機構4を制御するフィードバック位置制御系をなしている。この油圧制御システム1は、例えば、油圧機構4により荷重が印加される図示しない建造物等の健全性の測定、評価が可能である。
油圧制御システム1は、制御部2と、サーボ弁3と、油圧機構4と、位置センサ5とを備えている。
なお、油圧制御システム1は、位置および速度のフィードバック制御系であってもよい。
【0021】
油圧機構4は、ピストンおよびシリンダ等を含む油圧アクチュエータ41と、油圧アクチュエータ41に結合した制御対象42とを含んでいる。
制御部2は、位置センサ5により検出された制御対象42の位置と、目標値との偏差に応じた弁開度指令をサーボ弁3に与える。弁開度指令に応じて動作するサーボ弁3の開度に応じて作動油の流量や流れの向き等が調整されることで油圧機構4が動作する。
【0022】
(パラメータ同定装置の構成)
パラメータ同定装置20は、油圧制御システム1におけるパラメータ同定を行う。本実施形態では、パラメータ同定装置20を用いたパラメータ同定を経て、油圧制御システム1を構成する要素の物理的状態を検知する方法についても後述する。
【0023】
「パラメータ同定」は、現象を最適にするような未知の係数(パラメータ)を決定する逆解析をいう。パラメータ同定の処理としては、未知のパラメータを決定するために設定される評価関数(performance function)を最小化するように、パラメータの調整が行われる。
本実施形態におけるパラメータ同定は、油圧制御システム1の実機と、油圧制御システム1を示す動的な数式モデルM1(例えば
図3)とにおいて、同一の制御により同一の応答が得られるように、評価関数を使用し、実機に対して数式モデルM1の各パラメータを同定する。
【0024】
こうしたパラメータ同定は、油圧制御システム1に備わる要素の物理的状態の検知や、油圧制御システム1による建造物の健全性の診断等を精度良く行うために重要である。
【0025】
パラメータ同定装置20は、演算部および記憶部を備えて情報処理が可能なコンピュータ装置から構成することができる。パラメータ同定装置20が、制御部2の一部に組み込まれていてもよい。
【0026】
パラメータ同定装置20は、
図2に示すように、解析位相面データ取得部21と、実測位相面データ取得部22と、評価関数設定部23と、パラメータ同定部24とを備えている。
解析位相面データ取得部21、実測位相面データ取得部22、評価関数設定部23、およびパラメータ同定部24は、コンピュータ装置により実行可能なプログラムのモジュールとして構成することができる。
【0027】
解析位相面データ取得部21は、油圧制御システム1を示す数式モデルM1(
図3)の解析結果から、油圧制御システム1の解析位相面データDaを取得する。
実測位相面データ取得部22は、油圧制御システム1を実際に動作させた際の応答データから実測位相面データDbを取得する。
【0028】
評価関数設定部23は、数式モデルM1の未知のパラメータを決定するために使用される評価関数を設定する。
パラメータ同定部24は、評価関数を最小化するように、パラメータの調整を行う。
【0029】
本実施形態に限らず、パラメータ同定装置20が、油圧制御システム1とは別の装置として構成されていてもよい。その場合は、既存の油圧制御システムに、パラメータ同定装置20を容易に導入することができる。
【0030】
パラメータ同定装置20は、油圧制御システム1の数式モデルM1を使用した解析(シミュレーション)と、油圧制御システム1の実機の応答の実測とを行い、位相面において、実機に対する数式モデルM1のパラメータ(例えば、
図3に記号や模式的イメージにより示すP
1~P
4)の僅かな誤差を位相面データの形状の相違として顕在化させる。そして、位相面データの形状の相違に基づいて設定される評価関数を利用してパラメータ同定を行う。
なお、パラメータP
1はサーボ弁3の不感帯特性を示し、パラメータP
2はサーボ弁3のオフセットを示し、パラメータP
3は油圧機構4の摺動部の摩擦特性を示し、パラメータP
4はサーボ弁3の流量特性を示している。
【0031】
(位相面データの取得)
図4を参照し、パラメータ同定に用いる位相面データの取得について説明する。
解析位相面データ取得部21は、数式モデルM1を使用して解析を実施することで、解析位相面データDa(
図4)を取得する。このとき、解析位相面データ取得部21は、解析の実施により得られた時系列の位置や速度等の応答データから2つの変数を選んで位相面データDaに変換する。
【0032】
図4に示す例では、位相面をなす2つの変数は、サーボ弁3に与えられる弁開度指令と、油圧機構4の速度応答である。なお、弁開度指令の代わりに、サーボ弁3から検知される弁開度であってもよい。
油圧機構4の速度応答は、制御対象42から制御部2にフィードバックされる位置の微分値である。パラメータ同定装置20には、制御部2から、少なくとも、弁開度指令および速度が入力される。
【0033】
解析の条件としては、例えば正弦波の波形をなす可変の位置指令を目標値として制御部2に与えるものとする。位置指令の周波数としては、制御系に慣性力が殆ど作用しない低い周波数を選定するものとする。
【0034】
実測位相面データ取得部22は、解析時と同様の例えば正弦波の位置指令を与えて実際に油圧制御システム1を動作させた際に実測された物理的状態量としての弁開度指令および速度応答の時系列の応答データを位相面に変換することで、実測位相面データDbを取得する。
実測位相面データDbに係る2変数と、解析位相面データDaに係る2変数とは、同一の組み合わせである。
【0035】
(位相面データの形状)
図4に、解析位相面データDaと、実測位相面データDb(Db1~Db4)の一例を示す。
図4には、実測位相面データ取得部22により、実機について取得された実測位相面データDb1~Db4を重畳して示している。
解析上の位相面データDaは、弁開度指令が0Vのとき速度応答も0mm/sであり、位相面上に線形の軌道を描く。解析位相面データDaは、弁開度指令および速度応答のそれぞれの正負両側に亘り対称である。なお、厳密には、正常な状態であっても、弁開度指令「0」の近傍に速度応答が0であるサーボ弁3の不感帯が存在する。
各実測位相面データDb1~Db4の軌道は、解析位相面データDaの軌道とは形状が異なり、かつ、実測位相面データDb1~Db4のそれぞれの軌道形状に一見して違いを認めることができる。
【0036】
実機の応答と解析の応答との誤差を、仮に、時間軸上の変化により表すとする。その場合は、例えば
図12(a)および(b)に、解析による応答データと、実測による応答データとを重畳して示すように、各データの波形の形状がいずれも正弦波状であって、値の差も僅かであるため、時間軸上に表された各データの形状に違いを見出せない。
図4に示すような位相面表現によれば、解析位相面データDaに対する実測位相面データDb1~Db4の形状の相違に基づいて、実機の応答と解析の応答との誤差が拡大されているため、実機の応答と解析の応答との誤差を形状の変化として把握することができる。
【0037】
(パラメータ同定の手順)
図5~
図7を参照し、パラメータ同定方法を説明する。
まず、パラメータが同定された数式モデルM1を得ることを目的として、数式モデルM1の運動方程式、推定したいパラメータ、実機における油圧機構4の位置応答データ、評価関数について、例えば下記の表1に示すように定義するものとする(数式モデル等定義ステップS11)。なお、運動方程式のUは、モデルM1への入力信号(
図3における目標値Asin(ωt))である。
【0038】
【0039】
モデルの運動方程式や、推定したいパラメータは、解析を行うシミュレータに設定することができる。
なお、P,J,X,Uは上記の通りベクトルまたは行列であるが、本明細書には太字で表記できないため、以下、通常の表記とする。後述するヤコビ行列Aも同様である。
【0040】
まず、評価関数Jを作成するため、解析位相面データの取得(ステップS12)と、実測位相面データの取得(ステップS13)とを実施する。
解析位相面データ取得ステップS12では、シミュレータにより解析を実施し、解析結果から解析位相面データ取得部21により解析位相面データDa(
図4)を取得する。
さらに、実測位相面データ取得ステップS13では、解析時と同様の例えば正弦波の位置指令を与えて実際に油圧制御システム1を動作させ、実測位相面データ取得部22により実測位相面データDbを取得する。
なお、ステップS12およびステップS13のいずれが先に行われてもよい。
【0041】
解析位相面データDaおよび実測位相面データDbが得られたならば、評価関数設定部23により、実測位相面データDbの軌道と解析位相面データDaの軌道との形状の相違を利用して、例えば後述する手法により複数の評価関数J1~Jmを設定する(評価関数設定ステップS14)。m個の評価関数J1~JmのことをベクトルJで表す。
【0042】
(評価関数の設定)
図6に、解析位相面データDaおよび実測位相面データDbの一例と、複数の評価関数(J
1~J
8)の一例を示している。評価関数J
1~J
8のいずれも、同一の変数の組み合わせによる位相面において解析位相面データDaと実測位相面データDbとの形状の相違が表れた範囲の値の演算処理等により、位相面データDa,Dbの軌道の幾何学的情報に基づいて設定されている。数式モデルM1のパラメータPの誤差は位相面データDa,Dbの軌道の形状の相違として表れる。そのため、位相面データDa,Dbの形状の相違から、数式モデルM1のパラメータPと密接な関係のある幾何学的情報を抽出し、幾何学的情報に基づいて、未知のパラメータを決定するための任意の数の評価関数J
1~J
8を適切に設定することができる。
【0043】
評価関数J1,J3~J8はいずれも、破線で示す解析位相面データDaの軌道と、実線で示す実測位相面データDbの軌道との所定位置における差分(誤差)に相当するものである。
例えば、評価関数J1は、位相面データDa,Dbの軌道のそれぞれの弁開度指令の最大値付近における差分X21-X11(距離)に相当する。
評価関数J2は、弁開度指令値「0」の位置から解析位相面データDaに対して正負両側に存在する速度応答「0」の区間の距離(X22-X12)に相当する。
【0044】
また、評価関数J4は、位相面データDa,Dbの軌道の最小値付近における速度応答の差分Y24-Y14(距離)に相当する。
評価関数J6は、第1象限において位相面データDa,Dbの軌道がX軸に対してなす角度の差分(θ26-θ16)に相当する。同様に、評価関数J5,J7,J8も、位相面データDaの軌道と位相面データDbの軌道との所定位置における角度の差分に相当する。
【0045】
(パラメータ同定)
以上により評価関数Jが設定されたならば、パラメータ同定部24により、数式モデルM1のパラメータP(例えば、
図3に示すパラメータP
1~P
4を成分とするもの)を更新しつつ、評価関数Jを最小化することでパラメータ同定を行う(パラメータ同定ステップS15)。
【0046】
図7を参照し、パラメータ同定ステップS15(
図5)の詳細を説明する。以下では、パラメータ同定部24により、パラメータPに変動を与えた際の評価関数Jの変動を計算し、パラメータPの変動および評価関数Jの変動に関係するヤコビ行列Aの逆行列A
-1(または疑似逆行列)を用いることで得られるパラメータの誤差δPを収束させることで、評価関数Jを最小化する。
【0047】
具体的には、
図7に示すように、パラメータPのn個の成分(P
1,P
2,・・・P
n)の値を個別に変動幅δPで更新しつつ(ステップS150)、パラメータPの成分毎に、パラメータ変動に対応する時間応答(X(t))をシミュレーションの実施により取得する(ステップS151)。
なお、Pに付された^(ハット)は、収束計算の過程におけるシミュレーション内での一時的なパラメータであることを意味する。
さらに、シミュレーションに基づく時間的応答データを、規定の物理的状態量(例えば、弁開度指令および速度応答)からなる位相面に変換することで解析位相面データDa0~Danを取得する(ステップS152)。
【0048】
変動するパラメータの成分毎にシミュレーションが行われるため、
図7において、パラメータPのいずれの成分も変動させない時の時間応答がX
0(t)、パラメータPの第1成分P
1が変動した時の時間応答がX
1(t)、パラメータPの第2成分P
2が変動した時の時間応答がX
2(t)、・・・というように、X
0からX
nまで、X(t)に添え字を与えている。時間応答データから変換された解析位相面データDaや、パラメータ成分の変動により値が変動する評価関数J(J
1~J
m)にも同様に添え字を与えている。
【0049】
ステップS150では、予め定められた規定の変動幅δPにてパラメータPの各成分を更新するものとする。
【0050】
ステップS152により解析位相面データDaを取得したならば、その解析位相面データDaと実測位相面データDbとに評価関数J(J1~Jm)を適用し、J1~Jmのそれぞれの値を算出する(ステップS153)。パラメータPの成分が変動すると、変動の幅が微小であっても、解析位相面データDaの軌道の形状が変化し、解析位相面データDaと実測位相面データDbとの差分に相当するJ1~Jmの値も変化する。
このステップS153により、パラメータPの変動する成分(P1,P2,・・・Pn)毎に、かつ評価関数(J1~Jm)毎に、評価関数の値(J0=(J01~J0m),J1=(J11~J1m),・・・・,Jn=(Jn1~Jnm))が算出される。
【0051】
図7において、パラメータの各成分の変動に対応した個別のシミュレーションにより時間応答X
0(t)~X
n(t)を得る複数のステップを便宜上ステップS151と呼び、ステップS152,S153についても、便宜上、添え字の異なる複数のステップをステップS152,S153と呼んでいる。
但し、ステップS151の全体を終えてから次のステップS152に移行し、ステップS152の全体を終えてから次のステップS153に移行する必要は必ずしもない。パラメータPの同一成分に着目した際に、シミュレーションによる時間応答取得、解析位相面データ取得、および評価関数の値の算出の順序で処理が行われる限り、必ずしも、添え字の順序で処理を実施する必要はなく、添え字の順序とは異なるランダムな順序で処理を実施することも可能である。
但し、パラメータPの変動する成分毎かつ評価関数毎に得られる評価関数の値(J
0=(J
01~J
0m),J
1=(J
11~J
1m),・・・・,J
n=(J
n1~J
nm))を集約的に参照するヤコビ行列によりパラメータ誤差δPを求めるステップS154の開始時までに、ステップS151,152,153の全体に亘り処理を終えている必要がある。
【0052】
次に、パラメータPの成分毎の変動に対応する評価関数J(J1~Jm)の値の変動量δJからなるヤコビ行列Aを用いて、未知のパラメータ誤差δPを推定する。
【0053】
【0054】
【0055】
【0056】
これより、Aの逆行列(または疑似逆行列)を用いてパラメータ誤差δPを算出できる。δPに付された~(チルダ)は、推定値の意味で用いている。
【数4】
【0057】
パラメータ誤差δPが得られたならば、そのパラメータ誤差δPが十分に小さいかどうか、つまり、必要な同定精度に対して許容される誤差の大きさであるかどうかを例えば閾値等を使用することで判定する(ステップS155)。
ステップS155でNoの場合は、パラメータ同定処理を続行する。この場合、ステップS150において、パラメータPの成分毎の誤差を示すパラメータ誤差δPを用いて、パラメータPの各成分を更新することができる。例えば、下記に示すように、δPに所定の係数ηを掛けて、パラメータPを更新することができる。
【0058】
【0059】
パラメータ同定のステップS150~S155を繰り返すことで、パラメータの誤差δPが収束するのに伴い、評価関数Jが最小化される。
【0060】
ステップS155でYesの場合は、パラメータ同定の処理が完了する。つまり、現在のパラメータPの値が、実機に対して同定されている。
【0061】
以上で説明した本実施形態によれば、解析位相面データDaの軌道と実機の実測位相面データDbの軌道との形状の相違を利用して設定される評価関数J(J1~Jm)を使用しており、かかる評価関数は、シミュレーションの応答と実機の応答との誤差への感度が高いため、時間応答の誤差に基づいてパラメータ同定を行う場合と比べて、油圧制御システム1におけるパラメータ同定の精度を向上させることができる。
【0062】
以上で述べたパラメータ同定の処理により、油圧制御システム1の実機に対して同定させたパラメータP(例えばP1~P4)を把握できる。このパラメータPを使用して、実機に発生した物理的状態の変化、例えば、異物の混入や経年変化によるサーボ弁3のオフセット特性や不感帯特性、流量特性の変化、あるいは油圧機構4の摺動部の摩擦変化等の状態変化をそれらの事象の特定を含めて、精度良く検知することができる。例えば、パラメータP1~P4毎に閾値を設定し、閾値を超えたら警告の表示や音により報知することができ、僅かな状態変化を捉えて異常の予兆を検知することも可能となる。
【0063】
〔第2実施形態〕
図8を参照し、本発明の第2実施形態を説明する。第2、第3、第4実施形態では、油圧制御システム1におけるパラメータ同定に採用可能な評価関数Jの他の例を説明する。
第2~第4実施形態によれば、第1実施形態(
図6)とは異なる観点により評価関数Jを設定することができる。本明細書に開示する評価関数Jのうち、解析位相面データDaと実測位相面データDbとの誤差をより適切に把握可能な評価関数Jを選択することができる。
【0064】
第2実施形態では、
図8に示すように、解析位相面データDaの軌道と、実測位相面データDbの軌道との間の斜線で示す領域の面積(誤差の面積)を評価関数Jに使用する。
斜線で示す領域全体の面積を評価関数Jに用いることもできるが、
図8に示す例では、第1象限の領域R1において算出した面積を評価関数J
1として使用し、また、第3象限の領域R2において算出した面積を評価関数J
2として使用する。さらに、J
1およびJ
2の和に相当する評価関数J
3と、J
1およびJ
2の差に相当する評価関数J
4も使用することができる。
【0065】
〔第3実施形態〕
あるいは、
図9に示す第3実施形態のように、極座標表現による位相面データDa,Dbの誤差を評価関数Jに用いることもできる。
図9に示す例では、解析位相面データDaと実測位相面データDbとの動径rの誤差に相当する評価関数J
1~J
4が、第1~第4象限毎に誤差が大きい角度θ
1~θ
4を選んで設定されている。
なお、ある角度における誤差の他、誤差の微分値や積分等を用いてもよい。
また、第2実施形態と同様に、極座標表現による位相面データDa,Dbの誤差面積を評価関数に使用することもできる。
【0066】
上述した評価関数を組み合わせて用いることもできる。例えば、
図6に示す評価関数と、
図8に示す誤差面積による評価関数と、
図9に示す極座標表現における評価関数との2種以上から評価関数ベクトルを設定することにより、パラメータPの変動に対して高い感度の評価関数を設定可能となるので、パラメータ同定精度を高めることができる。
【0067】
〔第4実施形態〕
上述した評価関数に対して、
図10に示すように、位置や速度等の時間応答から算出した評価関数を組み合わせることもできる。時間応答y
1は、シミュレーションによる応答データであり、時間応答y
2は、実測による応答データである。
図6に示す評価関数と、
図8に示す誤差面積による評価関数と、
図9に示す極座標表現における評価関数と、
図10に示す評価関数の2種以上から評価関数ベクトルを設定することができる。
図10には、時間応答から算出可能な評価関数の一例として、評価関数J
1~J
3を示している。
時間応答から算出した評価関数によれば、実機に対する数式モデルM1の誤差を把握することができる。
【0068】
〔本発明の変形例〕
図11は、上記の各実施形態における位相面とは変数の組み合わせが異なり、弁開度と、油圧機構4のシリンダの位置応答とからなる位相面を示している。
図11に、解析位相面データDaと、実測位相面データDb(Db1~Db4)とを重畳して示しているように、各実測位相面データDb1~Db4の軌道は、解析位相面データDaの軌道とは形状が異なり、かつ、各実測位相面データDb1~Db4のそれぞれの軌道形状に一見して違いを認めることができる。
したがって、解析位相面データDaと実測位相面データDbとの誤差による評価関数(例えばJ
1,J
2)を用いることにより、パラメータ同定を精度よく行うことができる。
【0069】
さらには、
図4に示す位相面データから算出した評価関数と、
図11に示す位相面データから算出した評価関数との双方を用いることにより、パラメータ同定を精度よく行うことも可能である。
【0070】
上記以外にも、本発明の主旨を逸脱しない限り、上記実施形態で挙げた構成を取捨選択したり、他の構成に適宜変更したりすることが可能である。
本発明は、使用する位相面および評価関数の変更により、荷重制御系にも適用することができる。
また、本発明は、油圧制御システムに限らず、他の制御システムにおけるパラメータ同定にも利用することができる。
【符号の説明】
【0071】
1 油圧制御システム
2 制御部
3 サーボ弁
4 油圧機構
5 位置センサ
20 パラメータ同定装置
21 解析位相面データ取得部
22 実測位相面データ取得部
23 評価関数設定部
24 パラメータ同定部
41 油圧アクチュエータ
42 制御対象
Da 解析位相面データ
Db,Db1~Db4 実測位相面データ
J,J1~Jm 評価関数
M1 数式モデル
P,P1~Pn パラメータ
R1,R2 領域