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特許7191266オーステナイト系ステンレス鋼造形物の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-08
(45)【発行日】2022-12-16
(54)【発明の名称】オーステナイト系ステンレス鋼造形物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B22F 10/64 20210101AFI20221209BHJP
   B22F 1/00 20220101ALI20221209BHJP
   B33Y 10/00 20150101ALI20221209BHJP
   B33Y 70/00 20200101ALI20221209BHJP
【FI】
B22F10/64
B22F1/00 T
B33Y10/00
B33Y70/00
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2022132253
(22)【出願日】2022-08-23
【審査請求日】2022-08-23
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】520322509
【氏名又は名称】株式会社エヌ・ティ・ティ・データ・ザムテクノロジーズ
(74)【代理人】
【識別番号】100167988
【弁理士】
【氏名又は名称】河原 哲郎
(72)【発明者】
【氏名】久世 哲嗣
(72)【発明者】
【氏名】蘇亜拉図
(72)【発明者】
【氏名】樋口 官男
(72)【発明者】
【氏名】酒井 仁史
【審査官】池田 安希子
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-210523(JP,A)
【文献】特開平08-176603(JP,A)
【文献】特開平05-263199(JP,A)
【文献】特開2017-008413(JP,A)
【文献】特開2017-213588(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00- 8/00
B22F 10/00-12/90
C22C 1/04- 1/05
C22C 33/02
B33Y 10/00
B33Y 70/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料粉末を準備する工程と、
前記原料粉末を用い、付加製造法によって所定の形状に造形して造形まま材を得る工程と、
前記造形まま材を500℃以上、675℃以下の温度で熱処理する工程とを有し、
前記原料粉末は、フェライト相が混在するオーステナイト系ステンレス鋼からなり、
前記原料粉末のオーステナイト安定度、[Ni]+0.65[Cr]+0.98[Mo]+1.05[Mn]+0.35[Si]+12.6[C]([X]は元素Xの質量%を表す)の値が28.5以上、40以下である、
オーステナイト系ステンレス鋼造形物の製造方法。
【請求項2】
前記原料粉末のNi当量を[Ni]+0.5[Mn]+30[C]、Cr当量を[Cr]+[Mo]+1.5[Si]+0.5[Nb]([X]は元素Xの質量%を表す)としたときに、
Ni当量≦-7.571+0.937×Cr当量、かつ
Ni当量≧-8.408+0.888×Cr当量である、
請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼造形物の製造方法。
【請求項3】
前記原料粉末が、質量%で、
C:0.005~0.10%、
Si:0.1~1.0%、
Mn:3.0~7.0%、
Ni:10~17%、
Cr:20~25%、
Mo:2.0~6.0%、
N:0.10~0.40%、
Nb:0.01~0.50%、
V:0~0.5%、
残部がFeおよび不可避的不純物からなる、
請求項1または2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼造形物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、付加製造および熱処理によって、耐水素脆性および機械的特性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼造形物を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水素容器や水素ガス配管用の材料として、耐水素脆性を有するSUS316Lなどのオーステナイト系ステンレス鋼が用いられている。また、特許文献1および2には、耐水素脆性を有し、より優れた機械的特性を有するオーステナイト系ステンレス鋼が記載されている。特許文献1では、所定の組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼に固溶化熱処理、冷間加工、二次熱処理を行うことにより微細な炭窒化物を析出させ、そのピニング効果によって結晶粒の成長を抑制することで、当該ステンレス鋼の水素環境脆化に対する抵抗性を高めることができるとされる。特許文献2でも同様に、所定の組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼に固溶化熱処理、冷間加工、二次熱処理を行うことにより微細な炭窒化物を析出させ、そのピニング効果によって結晶粒の変形を抑制することで、良好な耐水素脆性及び耐水素疲労特性が得られるとされる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開第2012-132992号
【文献】国際公開第2016-068009号
【非特許文献】
【0004】
【文献】中村潤ら、まてりあ、公益社団法人日本金属学会、2018年2月、第57巻、第2号、頁69~71
【文献】中尾嘉邦ら、溶接学会論文集、一般社団法人溶接学会、1991年2月、第9巻、第1号、頁111~116
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、付加製造の分野では、特許文献1および2に記載されたような耐水素脆性と機械的特性に優れる造形物は従来存在しなかった。本発明は、このような状況を考慮してなされたものであり、付加製造法を利用して、耐水素脆性および機械的特性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼造形物を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明のオーステナイト系ステンレス鋼造形物の製造方法は、原料粉末を準備する工程と、前記原料粉末を用い、付加製造法によって所定の形状に造形して造形まま材を得る工程と、前記造形まま材を500℃以上、680℃以下の温度で熱処理する工程とを有する。そして、前記原料粉末は、フェライト相が混在するオーステナイト系ステンレス鋼からなり、前記原料粉末のオーステナイト安定度、[Ni]+0.65[Cr]+0.98[Mo]+1.05[Mn]+0.35[Si]+12.6[C]、の値が28.5以上、40以下である。ここで、オーステナイト安定度における[X]は元素Xの質量%を表す。
【0007】
上記オーステナイト系ステンレス鋼造形物の製造方法において、好ましくは、前記原料粉末のNi当量を[Ni]+0.5[Mn]+30[C]、Cr当量を[Cr]+[Mo]+1.5[Si]+0.5[Nb]、としたときに、Ni当量≦-7.571+0.937×Cr当量、かつ、Ni当量≧-8.408+0.888×Cr当量である。ここで、Ni当量およびCr当量における[X]は元素Xの質量%を表す。
【0008】
上記いずれかのオーステナイト系ステンレス鋼造形物の製造方法において、好ましくは、前記原料粉末が、質量%で、C:0.005~0.10%、Si:0.1~1.0%、Mn:3.0~7.0%、Ni:10~17%、Cr:20~25%、Mo:2.0~6.0%、N:0.10~0.40%、Nb:0.01~0.50%、V:0~0.5%、残部がFeおよび不可避的不純物からなる。各元素の組成範囲はその両端の値を含む。
【発明の効果】
【0009】
本発明のオーステナイト系ステンレス鋼造形物の製造方法によれば、オーステナイト相とフェライト相の混相からなる原料粉末を用いることによって、オーステナイト相とフェライト相の混相からなる造形物が得られ、オーステナイト相の単相からなるものに比べて、より高い強度が得られる。そして、付加製造法による造形まま材を500℃以上、680℃以下の温度で熱処理することによって、水素雰囲気においても、引張強さが大きく、伸びの大きな造形物が得られる。また、組成のオーステナイト安定度を28.5以上、40以下とすることで、造形物にひずみ誘起マルテンサイト変態が生じにくく、耐水素脆性が損なわれにくい。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】シェフラーの組織図である。
図2】原料粉末AおよびBをシェフラーの組織図上にプロットしたものである。
図3】原料粉末Aを用いた造形物の水素チャージ後の引張試験結果を示す図である。
図4】原料粉末Bを用いた造形物の水素チャージ後の引張試験結果を示す図である。
図5】原料粉末A、原料粉末Aを用いた造形まま材および熱処理後の造形物のX線回折チャートである。
図6】原料粉末Bおよび原料粉末Bを用いた造形まま材のX線回折チャートである。
図7】作製した造形物の引張試験による破面のSEM像である。A、B:実験番号4E、C、D:実験番号14C。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本明細書において、「%」は特に断らない限り質量%を意味する。また、[X]は元素Xの質量%を表す。また、オーステナイトおよびフェライトをγおよびαと略記することがある。なお、フェライトについて、高温でのδ相が常温まで冷却されたものをδ相、材料の冷却時にγ相から変態したものをα相として区別されることがあるが、本明細書では、両方のフェライトを区別せずにどちらもαで表す。
【0012】
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼造形物の製造方法は、原料粉末を準備する工程と、付加製造法によって所定の形状に造形する工程と、造形まま材を熱処理する工程からなる。
【0013】
原料粉末は、フェライト相が混在するオーステナイト系ステンレス鋼からなる。すなわち、原料粉末において、オーステナイト相とフェライト相が混在し、オーステナイト相の体積割合がフェライト相より多い。原料粉末をオーステナイト相とフェライト相の混相とすることによって、造形物の組織をオーステナイト相とフェライト相の混相とすることができ、オーステナイト相のみからなる場合と比べて、より引張強さの大きな造形物が得られる。
【0014】
原料粉末は、アトマイズ法によって製造されたものを好適に用いることができる。付加製造用の原料粉末としては、薄層を形成する際の流動性に優れる球状のものが好ましく、充填率を高められるようにある程度広い粒度分布を有していることが好ましい。アトマイズ法により製造された合金粉末は、このような特性を備える。
【0015】
原料粉末の粒度は、レーザー回折・散乱法によって測定された粒径の体積基準のメジアン値(d50)が好ましくは5~200μm、より好ましくは10~100μmである。また、付加製造用の原料粉末としては、薄層を形成する際の充填率を高められるようにある程度広い粒度分布を有していることが好ましい。粒径の分布幅の指標として、SD=(d84-d16)/2を用いることができ、好ましくはSDがd50の0.2~1.0倍である。なお、d50、d84、d16は、全体積を100%としたときの累積カーブがそれぞれ50%、84%、16%となる点の粒子径を表す。
【0016】
原料粉末のオーステナイト安定度を、γ安定度=[Ni]+0.65[Cr]+0.98[Mo]+1.05[Mn]+0.35[Si]+12.6[C]、とすると、γ安定度の値は28.5以上であり、好ましくは30以上、より好ましくは32以上、さらに好ましくは35以上である。γ安定度の値が大きいほど、オーステナイト相が安定でひずみ誘起マルテンサイト変態が起こりにくく、水素脆化しやすいマルテンサイト相が生成されにくい。一方、γ安定度の値は、好ましくは40以下である。γ安定度の値が大きすぎると、N含有量が高い場合に、かえって水素脆化特性が劣化する可能性があるからである(例えば、非特許文献1)。原料粉末のγ安定度の値を上記範囲とすることによって、ひずみ誘起マルテンサイト変態を起こしにくい造形物を製造することができる。なお、上記γ安定度は一般には「Ni当量」と呼ばれているが、本明細書では後述するシェフラーの組織図に用いるNi当量と区別するために、特に「γ安定度」と呼ぶことにする。
【0017】
また、原料粉末のNi当量を[Ni]+0.5[Mn]+30[C]、Cr当量を[Cr]+[Mo]+1.5[Si]+0.5[Nb]、としたときに、好ましくは、Ni当量≦-7.571+0.937×Cr当量、かつ、Ni当量≧-8.408+0.888×Cr当量である。
【0018】
横軸にCr当量、縦軸にNi当量をとり、オーステナイト、フェライト、マルテンサイトの各組織が現れる範囲を図示したものが、シェフラーの組織図として知られている。シェフラーの組織図は、JISZ3119「オーステナイト系及びオーステナイト・フェライト系ステンレス鋼溶着金属のフェライト量測定方法」でも利用される。非特許文献2によれば、ステンレス鋼の組織は通常その化学組成によって定まるが、レーザー溶接や付加製造のように冷却速度が極めて大きい場合は冷却速度にも依存する。具体的には、冷却速度が大きいほど、オーステナイト単相およびフェライト単相の領域が広がり、両者の混相の領域が狭くなる。
【0019】
図1は、非特許文献2の報告に基づいて作成したものある。図1中の線a~gの意味および数式は下記のとおりである。線a~fの数式は非特許文献2で統計的に導出されたもので、線gは線eと線fの間を等分する直線である。
・線a:一般的な溶接条件でオーステナイト100%となる境界
Ni当量=-8.859+1.176×Cr当量
・線b:一般的な溶接条件でフェライト100%となる境界
Ni当量=-6.100+0.400×Cr当量
・線c:冷却速度が1.9×10K/sの時にオーステナイト100%となる境界
Ni当量=-8.702+1.088×Cr当量
・線d:冷却速度が1.9×10K/sの時にフェライト100%となる境界
Ni当量=-7.814+0.640×Cr当量
・線e:冷却速度が2.0×10K/sの時にオーステナイト100%となる境界
Ni当量=-7.571+0.937×Cr当量
・線f:冷却速度が2.0×10K/sの時にフェライト100%となる境界
Ni当量=-9.244+0.838×Cr当量
・線g:冷却速度が2.0×10K/sの時にオーステナイト:フェライトの体積比が50:50となる線
Ni当量=-8.408+0.888×Cr当量
【0020】
図1より、冷却速度(CR)が大きいほど、オーステナイトとフェライトの混相領域が狭まる。付加製造における冷却速度は10K/s程度と言われているので、原料粉末のNi当量およびCr当量が図1の線eと線gに挟まれた領域(ハッチングされた領域)にあれば、オーステナイトとフェライトの混相で、かつオーステナイトが多い組織を有する造形物が得られる。なお、アトマイズ製法における粉末の冷却速度は10K/s程度と言われている。
【0021】
原料粉末のNi当量およびCr当量の好ましい領域の、図1における左右方向の範囲は、図1には現れないが前述のγ安定度によって規定される。当該好ましい領域の左右方向の範囲を明示的に示すには、例えば、線eと線gに挟まれた領域のうち、Ni当量が12以上、20以下、Cr当量が24以上、32以下の部分を選択してもよい。
【0022】
また、原料粉末の組成は、好ましくは、C:0.005~0.10%、Si:0.1~1.0%、Mn:3.0~7.0%、Ni:10~17%、Cr:20~25%、Mo:2.0~6.0%、N:0.10~0.40%、Nb:0.01~0.50%、V:0~0.5%、残部がFeおよび不可避的不純物からなる。本実施形態の造形物の優れた耐水素脆性と機械的特性は、前述のとおり、原料粉末が混相であることおよびγ安定度が所定の範囲にあることによってもたらされる。合金成分の影響は多方面に及ぶが、各合金成分の特徴を考慮しながら、原料粉末の組成をこの範囲内で調整することによって、所望の混相組織やγ安定度をより簡単に得ることができる。以下に各合金元素の特徴を説明する。
【0023】
Cは、0.005~0.10%であることが好ましい。Cはγ安定度およびNi当量にプラスに作用する。Cが多すぎると造形物の延性や靭性が低下する。一方、Cを0.005%未満とすると原料粉末の製造コストが過大となる。
【0024】
Siは、0.1~1.0%であることが好ましい。Siはγ安定度およびCr当量にプラスに作用する。Siが多すぎると造形物の延性や靭性が低下する。一方、Siを0.1%未満とすると原料粉末の製造コストが過大となる。
【0025】
Mnは、3.0~7.0%であることが好ましい。Mnはγ安定度およびNi当量にプラスに作用する。Mnは機械的特性全般の向上に寄与するが、Mnが多すぎるとオーステナイト・フェライトの混相を得ることが難しくなる。
【0026】
Niは10~17%であることが好ましい。Niは、γ安定度およびNi当量にプラスに作用する。Niは、機械的特性全般の向上に寄与する。
【0027】
Crは、20~25%であることが好ましい。Crは、γ安定度およびCr当量にプラスに作用する。Crは、ステンレス鋼としての耐食性をもたらす。ただし、Crが多すぎると、粗大な炭化物を形成して延性および靱性を低下させることがある。NiとCrの含有量の組み合わせによって、ステンレス鋼の基本的な性質が決まる。
【0028】
Moは、2.0~6.0%であることが好ましい。Moはγ安定度およびCr当量にプラスに作用する。Moは引張強さの向上に寄与する。
【0029】
Nは、0.10~0.40%であることが好ましい。Nは固溶強化元素であり、本実施形態の造形物の引張強さを向上させるために必須の元素である。しかし、Nが多すぎると、粗大な窒化物を形成して靭性が低下する。また、原料粉末に0.40%を超えるNを固溶させることは、製造コストの大幅な上昇を招く。
【0030】
Nbは、0.01~0.50%であることが好ましい。NbはCr当量にプラスに作用する。Nbは靭性の向上に寄与する。ただし、0.50%を超えて含有させてもその効果が飽和する。
【0031】
Vは、0~0.5%以下であることが好ましい。Vは任意元素である。VはNbと同様に靭性の向上に寄与する。ただし、0.50%を超えて含有させてもその効果が飽和する。
【0032】
上記各元素の残部はFeおよび不可避的不純物である。不可避的不純物としては、例えば、P、Sが挙げられる。PおよびSは靭性を損なうため、いずれも0.050%以下で可能な限り少ないことが好ましい。
【0033】
付加製造の方法としては、選択的レーザー焼結法(SLS)や選択的レーザー溶融法(SLM)を好適に用いることができる。SLM法では、原料粉末の薄層を形成する第1工程と、所定経路に沿って薄層にレーザー光を照射して原料粉末を溶融・凝固させる第2工程とを順次繰り返すことによって、造形を行う。
【0034】
付加製造による造形まま材の熱処理温度は500~680℃とする。熱処理温度がこれより低いと、水素雰囲気中で十分な伸びが得られない。また、熱処理温度がこれより高いと、水素雰囲気中での延性が顕著に損なわれて、引張試験における破断伸びが極端に小さくなる。
【0035】
熱処理時間は、好ましくは、1~5h、より好ましくは2~3hとする。熱処理時間が短すぎると、熱処理炉内での位置によって造形物の温度履歴がばらつき、機械的特性がばらつく恐れがある。一方、熱処理時間をこれ以上に長くしても、効果は変わらない。
【0036】
以上のとおり、原料粉末を準備して、付加製造工程、熱処理工程を経ることで、耐水素脆性および機械的特性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼造形物が製造できる。原料粉末の化学組成は造形物においても維持される。
【実施例
【0037】
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼造形物の製造方法を、実施例および比較例によって、さらに詳細に説明する。
【0038】
実施例および比較例の造形物を、原料粉末を用いて付加製造により引張試験片の形状に造形し、種々の条件で熱処理を行うことにより作製した。作製した造形物を高圧水素雰囲気中に保持して水素を固溶させる水素チャージ処理を行った後、引張試験によって機械的特性を測定した。また、いくつかの試料については、比較のために、水素チャージ処理を行わずに引張試験を行った。
【0039】
原料となる粉末は、ガスアトマイズ法によって製造されたもので、アトマイズ処理条件を変えることによって、通常の製法よりN含有量を高くしたものを用いた。表1に粉末の組成を示す。表1中、粉末Aが実施例および熱処理条件が異なる比較例の作製に用いたもの、粉末Bが比較例の作製に用いたものである。図2に、シェフラーの組織図上に粉末Aと粉末Bをプロットしたものを示す。粉末Aはオーステナイト相とフェライト相の混相であり、粉末Bはフェライト相のみからなることを確認した(図5、6参照)。粉末の粒度のd50、d84、d16はそれぞれ、粉末Aが49.7、81.1、16.7μm、粉末Bが50.5、80.6、16.4μmであった。
【0040】
【表1】
【0041】
造形は、Ybファイバーレーザーを用いた粉末積層造形システム(EOS GmbH、M290)を用い、積層厚0.02~0.06mm、レーザー出力200~400Wの条件で、SLM法により行った。
【0042】
熱処理は、造形まま材を電気炉中で所定温度で所定時間保持した後、炉冷によって冷却して行った。一部の試料については、980℃で1時間保持し、不活性ガスを吹き付けて冷却した後、さらに600℃で保持、炉冷することにより、2段階の熱処理を行った。
【0043】
水素チャージ処理は、試料を350℃、水素圧力20MPaの雰囲気中に48h保持することによって行った。いくつかの試料について、水素チャージ後のH濃度を不活性ガス融解法によって分析したところ、粉末Aを用いた試料では79~81ppm、粉末Bを用いた試料では30~33ppmであった。
【0044】
引張試験は、JISZ2241:2011に準拠して、オートグラフを用い、室温で、ひずみ速度0.001/sの条件で行った。試験片の形状は棒状試験片14A号に準拠したミニチュア試験片(φ3×L40mm)とした。水素チャージした試料の引張試験によって、その試料の水素雰囲気中での機械的特性が分かる。
【0045】
なお、原料粉末の化学組成は付加製造時にも維持されるが、Nについて、その存在形態によっては付加製造時に含有量が下がる可能性が考えられた。そこで、造形まま材中のN濃度を酸素・窒素分析装置(LECO Corp.、ON736)を用いて、熱電導度法によって測定したところ、粉末Aを用いた造形まま材では2457ppm、粉末Bを用いた造形まま材では2849ppmで、原料粉末と分析精度の範囲内で一致した。
【0046】
表2に、試料の作製条件と引張試験の結果を示す。実験番号の末尾に「E」を付したものが実施例、「C」を付したものが比較例の造形物である。引張試験結果は2回の結果の平均値である。
【0047】
【表2】
【0048】
表2の結果の中、粉末Aを用いた造形物の水素チャージ後の引張試験を図3、粉末Bを用いた造形物の水素チャージ後の引張試験を図4に示す。
【0049】
図3を参照して、粉末Aを用いた造形物では、熱処理の有無や熱処理条件の違いによらず、1000MPa程度の引張強さと800MPa程度の0.2%耐力を示している。さらに、熱処理温度が500℃から675℃の試料(実験番号2E~7E)では、伸び率が20%程度を示しており、水素雰囲気においても引張強さが大きく、かつ伸びの大きな造形物が得られたことが分かった。ただし、熱処理温度が700℃である試料(実験番号9C)では、伸びが5%以下にまで急落している。このことは表2において、700℃で熱処理して水素チャージ処理をしなかった実験番号8Cの試料が22.9%の伸びを示しているのと対照的である。また、実験番号10Cでは、鍛造材等に対して行われる溶体化処理および時効処理を模した2段階の熱処理を行ったが、試料の伸び率は小さかった。
【0050】
図4を参照して、粉末Bを用いた造形物では、熱処理条件によって引張強さと0.2%耐力が大きくばらつき、また、熱処理の有無や熱処理条件の違いによらず、伸びは約2%以下であった。
【0051】
図5に粉末Aとそれを用いた造形まま材(1C)、熱処理後の造形物(3E、8C)、図6に粉末Bとそれを用いた造形まま材(11C)のX線回折(XRD)チャートを示す。粉末Aは図2においてオーステナイト・フェライト混相領域にあった。図5を参照して、粉末Aおよび粉末Aを用いた造形まま材ともに、オーステナイト(γ)およびフェライト(α)のピークが観測された。また、熱処理温度が600℃(3E)、700℃(8C)と高くなるに従ってフェライト(α)のピークが小さくなっている。一方、粉末Bは図2においてフェライト単相領域にあった。図6を参照して、粉末Bでは、フェライト(α)のピークのみが観測された。一方、粉末Bを用いた造形まま材では、フェライト(α)のピークが支配的であるものの、わずかにオーステナイト(γ)のピークが存在するように見える。この原因は、積層造形時の冷却速度が原料粉末製造時よりわずかに遅かったためと考えられる。
【0052】
表2および図3図6に示した結果から、実施例では、造形物がオーステナイト相とフェライト相の混相からなることによってより高い強度が得られたこと、および、付加製造法による造形まま材を500~675℃で熱処理することによって水素チャージ後でも引張強さが大きく、伸びの大きな造形物が得られたことが確認できた。
【0053】
図7に、水素チャージ後の引張試験での破断面の走査電子顕微鏡(SEM)像を示す。図7AおよびBは、表2における実験番号4Eの破断面で、画像右下のバーの長さがそれぞれ2mm、30μmである。図7CおよびDは、表2における実験番号14Cの破断面で、画像右下のバーの長さは同じく、それぞれ2mm、30μmである。実験番号4Eの試料では、図7Aから断面減少率が大きいことが分かる。また、図7Bから、破面は微細なディンプル状で、延性破面であることが分かる。実験番号14Cの試料では、図7Cから断面減少率がほとんどないことが分かる。また、図7Dから、破面に劈開したような箇所が見られ、脆性破面であることが分かる。
【0054】
本発明は、上記実施形態には限定されず、その技術的思想の範囲内で種々の変形が可能である。
【要約】
【課題】付加製造法を利用して、耐水素脆性および機械的特性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼造形物を製造する方法を提供する。
【解決手段】原料粉末を準備する工程と、前記原料粉末を用い、付加製造法によって所定の形状に造形して造形まま材を得る工程と、前記造形まま材を500℃以上、680℃以下の温度で熱処理する工程とを有し、前記原料粉末は、フェライト相が混在するオーステナイト系ステンレス鋼からなり、前記原料粉末のオーステナイト安定度、[Ni]+0.65[Cr]+0.98[Mo]+1.05[Mn]+0.35[Si]+12.6[C]([X]は元素Xの質量%を表す)の値が28.5以上、40以下であるオーステナイト系ステンレス鋼造形物の製造方法。
【選択図】図5
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7