(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-09
(45)【発行日】2022-12-19
(54)【発明の名称】硬質被覆層が優れた耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20221212BHJP
B23C 5/16 20060101ALI20221212BHJP
C23C 16/36 20060101ALI20221212BHJP
C23C 16/34 20060101ALI20221212BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23C5/16
C23C16/36
C23C16/34
(21)【出願番号】P 2018053449
(22)【出願日】2018-03-20
【審査請求日】2020-09-29
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【氏名又は名称】木村 孔一
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【氏名又は名称】影山 秀一
(72)【発明者】
【氏名】柳澤 光亮
(72)【発明者】
【氏名】石垣 卓也
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 賢一
【審査官】増山 慎也
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-121747(JP,A)
【文献】特開2016-137549(JP,A)
【文献】特開2016-130343(JP,A)
【文献】国際公開第2017/010374(WO,A1)
【文献】特開2016-064485(JP,A)
【文献】国際公開第2017/090540(WO,A1)
【文献】特開2016-030319(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/00 - 29/34
B23B 51/00 - 51/14
B23C 1/00 - 9/00
B23P 5/00 - 25/00
B23F 1/00 - 23/12
C23C 14/00 - 16/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメットまたは立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体のいずれかで構成された工具基体の表面に、硬質被覆層が設けられた表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は、平均層厚1.0~20.0μmのTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層を少なくとも含み、
(b)前記TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層は、NaCl型の面心立方構造を有する複合窒化物または複合炭窒化物の相を少なくとも含み、
(c)前記TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層において、該層は組成式(Al
x1Ti
1-x1)(C
y1N
1-y1)で表される高Al含有領域が組成式(Al
x2Ti
1-x2)(C
y2N
1-y2)で表される低Al含有領域に網目状に囲まれている二相組織を有し、
AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合x
1、x
2およびCのCとNの合量に占める平均含有割合y
1、y
2(但し、x
1、x
2、y
1、y
2はいずれも原子比)が、それぞれ、0.70<x
1<0.93、0.40<x
2<0.85、0.0000≦y
1≦0.0050、0.0000≦y
2≦0.0050を満足し、高Al含有領域のAlのTiとAlの合量に占める含有割合x
1の最小値x
1min、低Al含有領域のAlのTiとAlの合量に占める含有割合x
2の最大値x
2max(但し、x
1min、x
2maxはいずれも原子比)が0.05<x
1min-x
2max<0.30を満足することを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記二相組織は、前記硬質被覆層の縦断面において40面積%以上存在することを特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
硬質被覆層の縦断面における前記高Al含有領域と前記低Al含有領域を含む80nm×80nmの領域において、該低Al含有領域に囲まれた該高Al含有領域の個数が10個以上1000個未満であることを特徴とする請求項1または2に記載の表面被覆切削工具。
【請求項4】
前記TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層において、前記相が柱状結晶組織を有し、その結晶粒の平均粒子幅Wが0.10~3.00μm、平均アスペクト比Aが2.0~10.0であることを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の表面被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱伝導性が悪い切削材を含む高負荷が作用する高速断続切削加工であっても、硬質被覆層が優れた耐チッピング性・耐欠損性を備えることにより、長期の使用にわたって優れた切削性能を発揮する表面被覆切削工具(以下、被覆工具ということがある)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金、炭窒化チタン(以下、TiCNで示す)基サーメットあるいは立方晶窒化ホウ素(以下、cBNで示す)基超高圧焼結体で構成された工具基体(以下、これらを総称して工具基体という)の表面に、硬質被覆層として、Ti-Al系の複合炭窒化物層を蒸着法により被覆形成した被覆工具があり、これらは、すぐれた耐摩耗性を発揮することが知られている。
ただ、前記従来のTi-Al系の複合炭窒化物層を被覆形成した被覆工具は、比較的耐摩耗性に優れるものの、高速断続切削条件で用いた場合にチッピング等の異常損耗を発生しやすいことから、硬質被覆層の改善についての種々の提案がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1には、基材と、その表面に形成された硬質被膜とを含み、
前記硬質被膜は1または2以上の層により構成され、前記層のうち少なくとも1層は、硬質粒子を含む層であり、前記硬質粒子は、第1単位層と第2単位層とが交互に積層された多層構造を含み、前記第1単位層は、周期表の4族元素、5族元素、6族元素およびAlからなる群より選ばれる1種以上の元素と、B、C、NおよびOからなる群より選ばれる1種以上の元素とからなる第1化合物を含み、前記第2単位層は、周期表の4族元素、5族元素、6族元素およびAlからなる群より選ばれる1種以上の元素と、B、C、NおよびOからなる群より選ばれる1種以上の元素とからなる第2化合物を含む、被覆工具により、耐摩耗性と耐溶着性を向上させることが提案されている。
【0004】
また、特許文献2には、基体上に柱状結晶組織を有する窒化チタンアルミニウム硬質皮膜を形成し、該硬質皮膜が、(Tix1Aly1)N(ただし、x1及びy1はそれぞれ原子比でx1=0.005~0.1、及びy1=0.995~0.9を満たす数字である。)で表される組成を有するfcc構造の高Al含有TiAlNと、(Tix2Aly2)N(ただし、x2及びy2はそれぞれ原子比でx2=0.5~0.9、及びy2=0.5~0.1を満たす数字である。)で表される組成を有するfcc構造の網目状高Ti含有TiAlNを有するとともに、前記高Al含有TiAlNが前記網目状高Ti含有TiAlNに囲まれている被覆工具により、優れた耐摩耗性及び耐酸化性を発揮することが記載されている。
【0005】
特許文献3には、工具基体の表面に、硬質被覆層を設け、
(a)前記硬質被覆層は、化学蒸着法により成膜された平均層厚1~20μmのTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層を少なくとも含み、前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層の組成を組成式:(Ti1-xAlx)(CyN1-y)で表した場合、前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層のAlのTiとAlの合量に占める平均含有割合Xavg、および前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層のCのCとNの合量に占める平均含有割合Yavg(但し、Xavg、Yavgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦Xavg≦0.95、0≦Yavg≦0.005を満足し、
(b)前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層は、NaCl型の面心立方構造を有する複合窒化物または複合炭窒化物の相を少なくとも含み、
(c)また、前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層について、電子線後方散乱回折装置を用いて、前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒の結晶方位を前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層の縦断面方向から解析した場合、前記工具基体の表面の法線方向に対して前記結晶粒の結晶面である{100}面の法線がなす傾斜角を測定し、該傾斜角のうち0~45度の範囲内にある傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分して、各区分内に存在する度数を集計して得られた傾斜角度数分布において、0~10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記0~10度の範囲内に存在する度数の合計が、前記傾斜角度数分布における度数全体の35%以上であり、
(d)また、前記工具基体の表面の前記法線方向に沿って、前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層における前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒内に、組成式:(Ti1-xAlx)(CyN1-y)におけるTiとAlの周期的な組成変化が存在し、周期的に変化するxの極大値の平均と極小値の平均の差Δxが0.03~0.25であり、
(e)さらに、前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層中のTiとAlの周期的な組成変化が存在するNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒において、その前記工具基体の表面の前記法線方向に沿った周期が3~100nmである、被覆工具が、耐摩耗性や耐チッピング性に優れていると記載されている。
【0006】
特許文献4には、工具基体の表面に、硬質被覆層を設け、
(a)前記硬質被覆層は、化学蒸着法により成膜された平均層厚1~20μmのTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層を少なくとも含み、組成式:(Ti1-xAlx)(CyN1-y)で表した場合、前記複合窒化物または複合炭窒化物層のAlのTiとAlの合量に占める平均含有割合XavgおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合Yavg(但し、Xavg、Yavgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦Xavg≦0.95、0≦Yavg≦0.005を満足し、
(b)前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、NaCl型の面心立方構造を有する複合窒化物または複合炭窒化物の相を少なくとも含み、
(c)また、前記複合窒化物または複合炭窒化物層について、電子線後方散乱回折装置を用いて、複合窒化物または複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒の結晶方位を、前記複合窒化物または複合炭窒化物層の縦断面方向から解析した場合、工具基体表面の法線方向に対する前記結晶粒の結晶面である{111}面の法線がなす傾斜角を測定し、該傾斜角のうち法線方向に対して0~45度の範囲内にある傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分して各区分内に存在する度数を集計し傾斜角度数分布を求めたとき、0~10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記0~10度の範囲内に存在する度数の合計が、前記傾斜角度数分布における度数全体の45%以上の割合を示し、
(d)前記複合窒化物または複合炭窒化物層について、該層の縦断面方向から観察した場合に、複合窒化物または複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒の平均粒子幅Wが0.1~2.0μm、平均アスペクト比Aが2~10である柱状組織を有し、
(e)また、前記複合窒化物または複合炭窒化物層の前記NaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒内に、組成式:(Ti1-xAlx)(CyN1-y)におけるTiとAlの周期的な組成変化が該結晶粒の<001>で表される等価の結晶方位のうちの一つの方位に沿って存在し、周期的に変化するxの極大値の平均と極小値の平均の差Δxが0.03~0.25である、被覆工具が、耐摩耗性、耐チッピング性、耐欠損性に優れていると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2014-129562号公報
【文献】国際特許公開2017/090540号
【文献】特開2015-193071号公報
【文献】特開2016-64485号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
近年の切削加工における省力化および省エネ化の要求は強く、これに伴い、切削加工は一段と高速化、高効率化の傾向にあり、被覆工具には、より一層、耐チッピング性、耐欠損性、耐剥離性等の耐異常損傷性が求められるとともに、長期の使用にわたって優れた耐摩耗性が求められている。
しかし、前記特許文献1に記載されている被覆工具は、耐酸化性が低く高速断続切削に供したときにはチッピングが発生しやすく、満足できる切削性能を有しているとはいえない。
【0009】
また、前記特許文献2に記載された被覆工具は、高Al含有TiAlNと高Ti含有TiAlNとのAl含有割合の差が大きく、両者の界面における密着力が十分でないため高速断続切削に供した場合にはチッピングが発生しやすく、耐熱亀裂進展性も不十分であって、満足する切削性能を発揮するとは言えないという課題があった。
【0010】
さらに、前記特許文献3および前記特許文献4に記載された被覆工具は、AlとTiの複合窒化物のAlとTiの周期的な組成変化を有し、耐チッピング性に優れるものの、AlとTiの周期的な組成変化の無い方向への耐亀裂伝播性には劣るため、より負荷の高い高速断続切削に供した場合にはチッピングが発生しやすく満足する切削性能を発揮し得ない場合があった。
【0011】
そこで、本発明は、より高負荷の高速断続切削加工に供したときであっても、優れた耐チッピング性、耐欠損性を備え、長期の使用にわって優れた切削性能を発揮する被覆工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、AlとTiの複合窒化物または複合炭窒化物層を含む硬質被覆層(以下、「AlTiCN層」ということがある)を蒸着形成した被覆工具の組織について鋭意検討したところ、高Al含有のAlTiCN領域(以下、高Al含有領域)と低Al含有のAlTiCN領域(以下、低Al含有領域)とのAl濃度差を所定の範囲に抑え、高Al含有領域が低Al含有領域に囲まれた二相組織とすると、高Al含有領域と低Al含有領域との3次元的な密着性が向上し、両者の界面が破壊起点となることを防止できるとの新たな知見を得た。
【0013】
本発明は、前記知見に基づいてなされたものであって、
「(1)炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメットまたは立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体のいずれかで構成された工具基体の表面に、硬質被覆層が設けられた表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は、平均層厚1.0~20.0μmのTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層を少なくとも含み、
(b)前記TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層は、NaCl型の面心立方構造を有する複合窒化物または複合炭窒化物の相を少なくとも含み、
(c)前記TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層において、該層は組成式(Alx1Ti1-x1)(Cy1N1-y1)で表される高Al含有領域が組成式(Alx2Ti1-x2)(Cy2N1-y2)で表される低Al含有領域に網目状に囲まれている二相組織を有し、
AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合x1、x2およびCのCとNの合量に占める平均含有割合y1、y2(但し、x1、x2、y1、y2はいずれも原子比)が、それぞれ、0.70<x1<0.93、0.40<x2<0.85、0.0000≦y1≦0.0050、0.0000≦y2≦0.0050を満足し、高Al含有領域のAlのTiとAlの合量に占める含有割合x1の最小値x1min、低Al含有領域のAlのTiとAlの合量に占める含有割合x2の最大値x2max(但し、x1min、x2maxはいずれも原子比)が0.05<x1min-x2max<0.30を満足することを特徴とする表面被覆切削工具。
(2)前記二相組織は、前記硬質被覆層の縦断面において40面積%以上存在することを特徴とする(1)に記載の表面被覆切削工具。
(3)前記硬質被覆層の縦断面における前記高Al含有領域と前記低Al含有領域を含む80nm×80nmの領域において、該低Al含有領域に囲まれた該高Al含有領域の個数が10個以上1000個未満であることを特徴とする(1)または(2)に記載の表面被覆切削工具。
(4)前記TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層において、前記相が柱状結晶組織を有し、その結晶粒の平均粒子幅Wが0.10~3.00μm、平均アスペクト比Aが2.0~10.0であることを特徴とする(1)~(3)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。」
である。
【発明の効果】
【0014】
本発明の被覆工具は、低Al含有領域に囲まれる高Al含有領域が存在することにより、熱伝導性が悪い切削材を含む高速断続切削加工時であっても3次元的に存在するAl組成が変化する界面において、亀裂進展が抑制され、優れた耐異常損傷性を発揮し、また、高Al含有領域と低Al含有領域とのAlの最小濃度差であるx1min-x2maxが、0.05<x1min-x2max<0.30を満たすことにより、高Al含有領域と低Al含有領域の3次元的密着性が高まり、その界面が破壊起点となることを防止する、という優れた効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明のTiAlCN層の縦断面(層厚方向断面)のHAADF‐STEM像の一例である。
【
図2】本発明のTiAlCN層の縦断面(層厚方向断面)の模式図である。
【
図3】本発明のTiAlCN層の縦断面における粒状結晶粒における二相組織の一例の拡大模式図である。
【
図4】本発明のTiAlCN層の柱状結晶の場合の二相組織の一例の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
次に、本発明について、より詳細に説明する。
【0017】
硬質被覆層の平均層厚:
本発明の硬質被覆層は、後述するように、組成式:(AlxiTi1-xi)(CyiN1-yi)(ただし、i=1または2)で表されるTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物(TiAlCN)層を少なくとも含む。このTiAlCN層は、硬さが高く、優れた耐摩耗性を有するが、特に平均層厚が1.0~20.0μmのとき、その効果が際立って発揮される。その理由は、平均層厚が1.0μm未満では、層厚が薄いため長期の使用にわっての耐摩耗性を十分確保することができず、一方、その平均層厚が20.0μmを超えると、TiAlCN層の結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなるためである。
【0018】
TiAlCN層内のNaCl型の面心立方晶構造を有する結晶相:
前記TiAlCN層において、NaCl型の面心立方晶構造を有する結晶粒を有する相が存在することが必要であり、その面積割合として60面積%以上であることが好ましい。これにより、高硬度であるNaCl型の面心立方晶構造を有する結晶粒の面積比率が六方晶構造の結晶粒に比べて相対的に高くなり、硬さが向上するという効果を得ることができる。この面積率は、85面積%以上がより好ましい。
【0019】
TiAlCN層の組成:
図1は本発明のTiAlCN層の縦断面(層厚方向断面)のHAADF-STEM像を表す。
図2はTiAlCN層の縦断面(層厚方向断面)の模式図を表し、
図3は、この
図2に示すTiAlCN層に存在する二相組織を有する結晶粒を拡大した模式図である。この
図1(
図1の模式図の
図3)に示すように、結晶粒は四角形の結晶相(第1相:HAADF-STEM像では黒または濃い灰色)と、その周囲を取り囲む(例えば、網目状)結晶相(第2相:HAADF-STEM像では白または薄い灰色)が存在する組織である。この第1相、第2相のそれぞれに対して、EDS分析を行ったところ、第1相は高Al含有のTiAlCN相であり、第2相は低Al含有のTiAlCN相であることが判明した。また、
図4は柱状結晶の場合の二相組織の一例を示す模式図である。
ここで、前記TiAlCN層は、第1相を組成式(Al
x1Ti
1-x1)(C
y1N
1-y1)で表わし、第2相を同じく組成式(Al
x2Ti
1-x2)(C
y2N
1-y2)で表わすと、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合x
1、x
2およびCのCとNの合量に占める平均含有割合y
1、y
2(但し、x
1、x
2、y
1、y
2はいずれも原子比)が、それぞれ、0.70<x
1<0.93、0.40<x
2<0.85、0.0000≦y
1≦0.0050、0.0000≦y
2≦0.0050、x
1の最小値をx
1min、x
2の最大値をx
2maxとすると、0.05<x
1min-x
2max<0.30にあることが必要十分である。
これらの数値範囲とする理由は、
x
1については、0.70以下になると硬質被覆層全体の平均Al含有割合が低下することにより硬さが低下し、耐摩耗性が損なわれ、一方、0.93以上になると硬さに劣る六方晶が析出しはじめ、耐摩耗性が低下し、
x
2については、0.40以下になると硬さの低下に伴う耐摩耗性、耐チッピング性の低下の影響が大きくなり、一方、0.85以上になると低Al含有領域がエネルギー的に不安定となり、切削時のように刃先に断続的な機械的・熱的衝撃が加わる環境下において低Al含有領域と高Al含有領域の界面を中心に六方晶が析出するようになり強度低下を招き、破壊起点となってチッピング等の異常損傷を生じ、
x
1min-x
2maxについては、0.05以下ではAl含有割合の差が小さいため、組成変調界面における亀裂伝播抑制が不十分となり、一方、0.30以上ではAl含有割合の差が大きいため、界面に生じる歪が大きくなり過ぎ、切削時に破壊起点となってチッピング等の異常損傷を生じる。
次に、x
1、x
2、y
1、y
2、x
1min、x
2maxの測定方法について説明する。
高Al含有領域と低Al含有領域のそれぞれに、ナノビーム回折を行い、NaCl型の面心立方構造の結晶粒であることを確認するとともに、EDS(ビーム径1nm)を用いて、膜厚方向中心の任意の20の領域で、高Al含有領域と低Al含有領域とを有する粒子の組成を分析して、高Al含有領域の平均Al含有割合x
1および低Al含有領域の平均Al含有割合x
2を求め、各領域のCのCとNの合量に占める平均含有割合y
1、y
2を測定する。そして、測定された20点の高Al含有領域のAl含有割合が1~3番目に小さい測定値を平均し、x
1minとして算出し、同様に測定された20点の低Al含有領域のAl含有割合の1~3番目に大きい測定値を平均し、x
2maxとして算出する。
また、少なくとも、前記任意の20の領域で測定される高Al含有領域のAl含有割合は全て0.7超え、0.93未満であること、または、前記任意の20の領域で測定される低Al含有領域のAl含有割合は全て0.40を超え0.85未満であることが、より望ましい。
なお、高Al含有領域が低Al含有領域に
網目状に囲まれているとは、縦断面において高Al含有領域の周囲長の50%以上が
網目状の低Al含有領域に接していることをいう。
【0020】
二相領域の縦断面における面積割合:
二相領域の縦断面における面積割合は、40%以上とすることが好ましい。その理由は、40%以上であれば、より確実に亀裂伝播の抑制がより一層確実になされるためである。
ここで、縦断面における二相領域の面積割合は、例えば、TiAlCN層の縦断面のTEM像(倍率:50000倍)より幅1μm×1μmの視野において求め、少なくとも5視野の平均値として算出する。
【0021】
縦断面における高Al含有領域と低Al含有領域を含む80nm×80nmの領域において、低Al含有領域に囲まれた高Al含有領域の個数:
縦断面における高Al含有領域と低Al含有領域を含む80nm×80nmの領域において、低Al含有領域に囲まれた高Al含有領域の個数が10個以上1000個未満であることが好ましい。その理由は、10個未満ではひとつの領域の大きさが大き過ぎるため組成変調界面の亀裂伝播抑制が不十分になることがあり、1000個以上では高Al含有領域と低Al含有領域の界面数が増えることにより局所的な密着強度の低下や塑性変形を生じやすくなるため耐チッピング性あるいは耐摩耗性の低下を招くことがあるためである。
【0022】
縦断面における高Al含有領域と前記低Al含有領域を含む80nm×80nmの領域において、低Al含有領域に囲まれた高Al含有領域の個数は以下のように求める。本発明のTiAlCN層の縦断面(層厚方向断面)のTEM像(倍率:500000倍)あるいはそのEDSマッピング像より、80nm×80nmの領域において組成差によるコントラストの違い等を、画像処理を行うことで高Al含有領域と低Al含有領域を特定し、色分けすることが出来る。画像認識により着色された高Al含有領域の数をカウントすることで低Al含有領域に囲まれた高Al含有領域の個数を求める。
【0023】
柱状結晶組織を有し、その結晶粒の平均粒子幅Wが0.10~3.00μm、平均アスペクト比Aが2.0~10.0:
本発明において、TiAlCN層は柱状結晶組織を有し、その結晶粒の縦断面における平均粒子幅Wが0.10~3.00μm、平均アスペクト比Aが2.0~10.0であることが望ましい。その理由は、平均粒子幅Wが0.10μmよりも小さい微粒結晶になると粒界の増加による耐塑性変形性の低下、耐酸化性の低下により異常損傷に至りやすくなる。一方平均粒子幅Wが3.00μmよりも大きくなると粗大に成長した粒子の存在により、靱性が低下しやすくなる。また、平均アスペクト比Aが2.0よりも小さい粒状結晶になると切削時に皮膜表面に生じるせん断応力に対してその界面が破壊起点となりやすくなってしまいチッピングの原因となる。また、平均アスペクト比Aが10.0を超えると、切削時に刃先に微小なチッピングが生じ、隣り合う柱状組織に欠けが生じた場合に、皮膜表面に生じるせん断応力に対しての抗力が小さくなりやすく、柱状組織が破断することで一気に損傷が進行し、大きなチッピングを生じる。したがって、結晶粒の平均粒子幅Wが0.10~3.00μm、平均アスペクト比Aが2.0~10.0であることが望ましい。
次に、結晶粒の平均粒子幅Wと平均アスペクト比Aの算出方法について説明する。まず、硬質皮膜の工具基体に平行な方向の100μmの観察視野において結晶粒界を判定する。結晶粒界の判定方法としては、電子線後方散乱回折装置を用いて縦断面方向から0.01μm間隔の解析を行い、隣接する測定点(以下、ピクセルという)の間で5度以上の方位差がある場合、そこを粒界と定義する。ここで、縦断面方向とは、工具基体表面に垂直な方向を意味する。縦断面とは、工具基体表面に垂直な断面を意味する。そして、粒界で囲まれた領域を1つの結晶粒と定義する。ただし、隣接するピクセル全てと5度以上の方位差がある単独に存在するピクセルは結晶粒とせず、2ピクセル以上が連結しているものを結晶粒として取り扱う。このようにして、粒界判定を行い、結晶粒を特定する。次に、ある結晶粒iの結晶粒の層厚方向の最大長さをHi、結晶粒の面積をSiとして求めて、結晶粒iの粒子幅WiはWi=Si/Hiとして算出する。さらに、結晶粒iのアスペクト比AiはAi=Hi/Wiとして算出する。このようにして、任意の20の結晶粒の粒子幅W1~W20を平均し、前記結晶粒の平均粒子幅Wとする。また、同様にして前記任意の20の結晶粒のアスペクト比A1~A20を平均し、前記結晶粒の平均アスペクト比Aとする。
なお、本発明ではアスペクト比Aが2.0よりも小さい結晶粒を粒状結晶、アスペクト比Aが2.0よりも大きい結晶粒を柱状結晶と、それぞれ、定義する。
【0024】
下部層および上部層:
本発明では、硬質被覆層として前記TiAlCN層を設けることによって十分な耐チッピング性、耐摩耗性を有するが、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、0.1~20.0μmの合計平均層厚を有するTi化合物層を含む下部層を設けた場合、および/または、少なくとも酸化アルミニウム層を含む上部層が1.0~25.0μmの合計平均層厚で設けられた場合には、これらの層が奏する効果と相俟って、一層優れた特性を発揮することができる。
Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、0.1~20.0μmの合計平均層厚を有するTi化合物層を含む下部層を設ける場合、下部層の合計平均層厚が0.1μm未満では、下部層の効果が十分に奏されず、一方、20.0μmを超えると結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなる。また、酸化アルミニウム層を含む上部層の合計平均層厚が1.0μm未満では、上部層の効果が十分に奏されず、一方、25.0μmを超えると結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなる。
【0025】
製造方法:
本発明のTiAlCN層は、例えば、次の条件におけるTiAlCN層の形成の後、一例としてあげるアニール処理工程を行うことによって、作製することができる。
TiAlCN層の形成:
反応ガス組成(容量%):
ガス群A:NH3:2.00~5.00%、H2:60~75%、
ガス群B:AlCl3:0.60~1.00%、TiCl4:0.07~0.40%、
C2H4:0.00~0.50、N2:0.00~12.00%、H2:残、
反応雰囲気圧力:4.0~5.0kPa、反応雰囲気温度:700~850℃、
供給周期1.000~5.000秒、
1周期当たりのガス供給時間0.050~0.120秒、
ガス群Aとガス群Bの供給の位相差0.045~0.115秒
アニール処理:
アニール温度:900~1000℃
アニール時間:1.0~4.0時間
アニール雰囲気圧力:4.0~5.0kPa
ガス組成:H2雰囲気
【実施例】
【0026】
次に、本発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
なお、以下の実施例では、工具基体として、WC基超硬合金を用いた場合について説明するが、TiCN基サーメットおよびcBN基超高圧焼結体を工具基体として用いた場合も同様である。また、被覆工具としてはインサートに限らず、ドリル、メタルソー、リーマー、タップなどの切削工具に、本発明の被覆工具は好適に使用できることは言うまでもない。
【0027】
原料粉末として、いずれも0.1~3.0μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr3C2粉末、TiN粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370~1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、ISO規格SEEN1203AFSNのインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A~CおよびISO規格CNMG120412のインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体D~Fをそれぞれ製造した。
【0028】
次に、これらの工具基体A~Fの表面に、CVD装置を用い、TiAlCN層をCVDにより形成した。
CVD条件は、次のとおりである。
表3に示される形成条件A~I、すなわち、NH3とH2からなるガス群Aと、TiCl4、AlCl3、N2、H2からなるガス群B、および、おのおのガスの供給方法として、反応ガス組成(%は、ガス群Aおよびガス群Bを合わせた全体に対する容量%)を、ガス群AとしてNH3:2.00~5.00%、H2:60~75%、ガス群BとしてAlCl3:0.60~1.00%、TiCl4:0.07~0.40%、C2H4:0.00~0.50、N2:0.00~12.00%、H2:残、反応雰囲気圧力:4.0~5.0kPa、反応雰囲気温度:700~850℃、供給周期1.000~5.000秒、1周期当たりのガス供給時間0.050~0.120秒、ガス群Aとガス群Bの供給の位相差0.045~0.115秒とし、所定時間熱CVD法による蒸着形成を行った。そして、その後、表4に示されるアニール処理条件O~W、すなわち、温度:900~1000℃、時間:1.0~4.0時間、雰囲気圧力:4.0~5.0kPaのH2雰囲気で、アニール処理を行った。
前記の条件でTiAlCN層を形成することにより、表6に示す平均層厚、Alの平均含有割合x1、x2、x1min、x2max、Cの平均含有割合y1、y2を有する本発明被覆工具1~18を製造した。
なお、本発明被覆工具1~6、9、11、12、14、15、18については、表2に示される形成条件で、表5に示される下部層および/または上部層を形成した。
【0029】
また、比較の目的で、工具基体A~Fの表面に、表3に示される形成条件A’~I’で化学蒸着を行うことにより、表7に示される平均層厚(μm)を有し、TiAlCN層を含む硬質被覆層を蒸着形成して比較被覆工具1~18を製造した。
なお、本発明被覆工具と同様に、比較被覆工具1~7、10~15については、表2に示される形成条件で、表5に示される下部層および/または上部層を形成した。
【0030】
また、本発明被覆工具1~18、比較被覆工具1~18の各構成層の工具基体に垂直な方向の断面(縦断面:層厚方向断面)を、走査型電子顕微鏡(倍率5000倍)を用いて測定し、観察視野内の5点の層厚を測って平均して平均層厚を求めたところ、いずれも表6および表7に示される平均層厚であった。また、x1、x2、y1、y2等について、前述の方法にしたがって測定した。
【0031】
【0032】
【0033】
【0034】
【0035】
【0036】
【0037】
【0038】
次に、前記各種の被覆工具をいずれもカッタ径125mmの工具鋼製カッタ先端部に固定治具にてクランプした状態で、本発明被覆工具1~9、比較被覆工具1~9について、以下に示す、合金鋼の高速断続切削の一種である乾式高速正面フライス、センターカット切削加工試験を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
<切削試験A>
本発明被覆工具1~9、比較被覆工具1~9に対して実施した。
カッタ径: 125mm
被削材: JIS・SCM440幅100mm、長さ400mmのブロック材
回転速度: 1146min-1、
切削速度: 450m/min、
切り込み: 1.0mm、
一刃送り量: 0.1mm/刃、
切削時間: 6分、
(通常切削速度は、150-250m/min)
表8に切削試験の結果を示す。なお、比較被覆工具1~9については、チッピング発生が原因で寿命に至ったため、寿命に至るまでの時間を示す。
【0039】
次に、前記各種の被覆工具をいずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、本発明被覆工具10~18、比較被覆工具10~18について、以下に示す、Ni-19Cr-19Fe-3Mo-0.9Ti-0.5Al-5.1(Nb+Ta)合金の4スリット溝入り材の乾式高速断続旋削試験を実施し、いずれも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
<切削試験B>
本発明被覆工具10~18、比較被覆工具10~18に対して実施した。
被削材: Ni-19Cr-19Fe-3Mo-0.9Ti-0.5Al-5.1(Nb+Ta)合金の長さ方向等間隔4本溝入り
切削速度: 100m/min、
切り込み: 0.5mm、
送り: 0.2mm/rev、
切削時間: 7分
(通常切削速度は、60m/min)
表8に切削試験の結果を示す。なお、比較被覆工具10~18については、チッピング発生が原因で寿命に至ったため、寿命に至るまでの時間を示す。
【0040】
【0041】
表8に示される結果から、本発明被覆工具1~18は、低Al含有領域に囲まれる高Al含有領域が存在することにより、亀裂進展が抑制され、優れた耐異常損傷性を発揮し、また、高Al含有領域と低Al含有領域とのAlの最小濃度差であるx1min-x2maxが、0.05<x1min-x2max<0.30を満たすことにより、高Al含有領域と低Al含有領域の3次元的密着性が高まり、その界面が破壊起点となることを防止するため、熱伝導性が悪い切削材を含む高速断続切削加工に用いた場合であってチッピングの発生がなく、長期にわたって優れた耐摩耗性を発揮する。これに対して、本発明の被覆工具に規定される事項を一つでも満足していない比較被覆工具1~18は、熱伝導性が悪い切削材を含む高速断続切削加工に用いた場合にはチッピングが発生し、短時間で使用寿命に至っている。
【産業上の利用可能性】
【0042】
前述のように、本発明の被覆工具は、熱伝導性が悪い被削材を含む高負荷が作用する高速断続切削加工であっても、高速断続切削加工の被覆工具として用いることができ、しかも、長期にわたって優れた耐摩耗性を発揮するから、切削装置の高性能化並びに切削加工の省力化及び省エネ化、さらには低コスト化に十分に満足できる対応ができるものである。