(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-09
(45)【発行日】2022-12-19
(54)【発明の名称】予後不良のがん細胞の増殖抑制剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/7105 20060101AFI20221212BHJP
A61K 31/711 20060101ALI20221212BHJP
A61K 31/713 20060101ALI20221212BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20221212BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20221212BHJP
【FI】
A61K31/7105 ZNA
A61K31/711
A61K31/713
A61K48/00
A61P35/00
(21)【出願番号】P 2020550471
(86)(22)【出願日】2019-10-01
(86)【国際出願番号】 JP2019038825
(87)【国際公開番号】W WO2020071392
(87)【国際公開日】2020-04-09
【審査請求日】2021-09-25
(31)【優先権主張番号】P 2018198764
(32)【優先日】2018-10-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】519310953
【氏名又は名称】小胞体ストレス研究所株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100118382
【氏名又は名称】多田 央子
(74)【代理人】
【識別番号】100094477
【氏名又は名称】神野 直美
(74)【代理人】
【識別番号】100078813
【氏名又は名称】上代 哲司
(72)【発明者】
【氏名】親泊 政一
【審査官】高橋 樹理
(56)【参考文献】
【文献】特表2006-507841(JP,A)
【文献】MARCEL, V. et al.,p53 Acts as a Safeguard of Translational Control by Regulating Fibrillan and rRNA Methylation in Can,Cancer Cell,2013年,Vol.24,p.318-330,ISSN 1535-6108
【文献】SU, H. et al.,Elevated snoRNA biogenesis is essential in breast cancer,Oncogene,2014年,Vol.33,p.1348-1358,ISSN 0950-9232
【文献】KOH, C.M. et al.,Alterations in Nucleolar Structure and Gene Expression Programs in Prostatic Neoplasia Are Driven by,The American Journal of Pathology,2011年,Vol.178, No.4,p.1824-1834,ISSN 0002-9440
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 45/00
A61K 31/00
A61K 48/00
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フィブリラリンを標的とする、配列番号1:ggucgaggcggaggcuuuaの塩基配列からなるsiRNA、配列番号1:ggucgaggcggaggcuuuaの塩基配列からなるアンチセンスRNA、又は配列番号2:ggtcgaggcggaggctttaの塩基配列からなるアンチセンスDNAを有効成分とする、がん細胞の増殖抑制剤。
【請求項2】
上記がん細胞が、フィブリラリン高発現のがん細胞である、請求項1に記載のがん細胞の増殖抑制剤。
【請求項3】
上記フィブリラリン高発現のがん細胞が、フィブリラリンRNA発現量が、がん種毎の患者データベースから決定したフィブリラリンRNA発現量の中央値以上のがん細胞である、請求項2に記載のがん細胞の増殖抑制剤。
【請求項4】
上記がん細胞が、大腸がん細胞、卵巣がん細胞、乳がん細胞、肺腺がん細胞、神経膠腺がん細胞、及び腎がん細胞のいずれかである、請求項1または2に記載のがん細胞の増殖抑制剤。
【請求項5】
上記がん細胞が、腎がん細胞である、請求項4に記載のがん細胞の増殖抑制剤。
【請求項6】
上記請求項1~
5のいずれかに記載のがん細胞の増殖抑制剤を有効成分とする、がん治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、予後不良のがん細胞の増殖抑制剤に関するものである。特に、フィブリラリンが高発現している各種のがん(大腸がん、卵巣がん、乳がん、肺腺がん、神経膠腺がん、腎がんなど)に対する効果的な増殖抑制剤とそれを用いるがん疾患の治療剤に関するものである。また、本発明は、がんの予後の検査方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
フィブリラリン(Fibrillarin)は、細胞核の中の核小体に局在するsnoRNP(核小体低分子リボ核酸タンパク質)の構成成分であり、その役割としては、rRNAのメチル化に関与し、DNAから転写後のrRNA前駆体のメチル化を行うことが知られている。そして、多くの脊椎動物のフィブリラリンのアミノ酸配列は公知であり、それらは脊椎動物間で広く保存されている。
特に、ヒト由来のフィブリラリンは321個のアミノ酸からなる蛋白質(National Center for Biotechnology Information(NCBI)http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)であり、サル、ウシ、イヌ、ラット、及びマウス等の哺乳動物のフィブリラリンとの間で、アミノ酸配列において約90%以上の相同性がある。その機能としては、リボソーム生合成、核小体低分子リボ核酸タンパク質の生合成やmRNAのプロセッシングに関与することが知られている(特許文献1)、
【0003】
フィブリラリンの上記機能を抑制又は阻害する化合物として、典型的なものは抗フィブリラリン抗体である。また、フィブリラリン蛋白由来の、フィブリラリン活性を有さないペプチド断片もフィブリラリンの活性抑制剤として働くことが多いと報告されている(特許文献1)。最近では、天蚕由来のペプチドであるヤママリンとその誘導体が、フィブリラリンと複合体を形成し(非特許文献1、特許文献2)、フィブリラリンの作用を阻害し、細胞増殖抑制効果を示すと共に、ミトコンドリアNADH呼吸を阻害することが報告されている(非特許文献2、3)。
フィブリラリンの作用の阻害によって起きる細胞増殖抑制活性は、DNA複製期に相当するS期を短縮し、静止期を延長することで細胞の増殖を抑制するものであり、アポトーシスを引き起こすことで細胞の増殖を抑制するものではない。即ち、細胞周期を制御することによって細胞の増殖を抑制していることが報告されている(特許文献2)。
フィブリラリンの発現や活性を抑制する物質は、ES細胞やiPS細胞の未分化幹細胞の増殖抑制又は死滅化の試剤(特許文献1)、更に、赤芽球前駆細胞の増殖に起因する真性多血症又は巨核球前駆細胞の増殖に起因する本態性血小板血症などの治療剤(特許文献2)として使用できると報告されていた。しかし、フィブリラリンを制御しても、細胞周期の制御にとどまり、がん細胞等の死滅にまで誘導することは困難であると考えられ、そのため、がん細胞とフィブリラリンの機能または作用の関連が充分に検討されてはいなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2009-072186号
【文献】特開2011-051917号
【非特許文献】
【0005】
【文献】北大神谷昌克平成26年5月26日科研費研究成果報告書「天蚕由来生理活性ペプチドの細胞増殖抑制活性の分子基盤の解明と応用」
【文献】生物系産業創出のための異分野融合研究支援事業(2011年度終了課題)研究成果集47~48頁「天蚕由来のヤママリンをリード化合物とした細胞増殖抑制剤の開発」
【文献】天蚕・昆虫バイオテック 82(2),73-78(2013年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、予後の悪いがん細胞の増殖抑制剤、及びそのがん細胞疾患の治療剤を提供することを課題とする。また、本発明は、がんの予後を簡単に予測できる検査方法を提供することを課題とする
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、フィブリラリンの発現量(産出量)が高いがん細胞の場合、がん患者の治療開始後の予後が悪い(生存率が低い)ことを見出した。そこで、フィブリラリンのsiRNAを使用して、フィブリラリンの発現量(産出量)を抑制することを検討した。
本発明者は、siRNAを使用して、フィブリラリンの発現量(産出量)を抑制すると、がん細胞の増殖を抑制できることを見出した。更に、移植したがん細胞に対してフィブリラリンsiRNAを投与することにより、がん細胞の増殖抑制が達成できた。即ち、フィブリラリンの発現又は活性を抑制することにより、がん細胞、特に予後不良ながんのがん細胞(フィブリラリンの発現量(産出量)が高いがん細胞)の増殖をも抑制でき、がん疾患の治療が可能であることを見出した。
本発明者は、以上の知見に基づいて本発明を完成した。
【0008】
即ち、本発明の要旨は以下の通りである。
〔1〕 フィブリラリンの発現又は活性の抑制剤を有効成分とする、がん細胞の増殖抑制剤。
〔2〕 上記がん細胞が、フィブリラリン高発現のがん細胞である、〔1〕に記載のがん細胞の増殖抑制剤。
〔3〕 上記フィブリラリン高発現のがん細胞が、フィブリラリンRNA発現量が、がん種毎の患者データベースから決定したフィブリラリンRNA発現量の中央値以上のがん細胞である、〔2〕に記載のがん細胞の増殖抑制剤。
〔4〕 上記がん細胞が、大腸がん細胞、卵巣がん細胞、乳がん細胞、肺腺がん細胞、神経膠腺がん細胞、及び腎がん細胞のいずれかである、〔1〕又は〔2〕に記載のがん細胞の増殖抑制剤。
〔5〕 上記がん細胞が、腎がん細胞である、〔4〕に記載のがん細胞の増殖抑制剤。
〔6〕 上記フィブリラリンの発現又は活性の抑制剤が、フィブリラリンのsiRNA、shRNA、若しくはアンチセンス、又はこれらの修飾体である、〔1〕~〔5〕のいずれかに記載のがん細胞の増殖抑制剤。
〔7〕 上記フィブリラリンのsiRNAが、ヒトフィブリラリン遺伝子の塩基配列の103~121位の塩基配列に対応するRNA塩基配列(配列番号1:ggucgaggcggaggcuuua)を含むもの、又は配列番号1において、1若しくは2個の塩基が置換、挿入、若しくは欠失されたRNA塩基配列を含み、かつヒトフィブリラリンの発現を抑制するものである、〔6〕に記載のがん細胞の増殖抑制剤。
〔8〕 フィブリラリンのsiRNAの塩基数が、19~25個である、〔7〕に記載のがん細胞の増殖抑制剤。
〔9〕 上記〔1〕~〔8〕のいずれかに記載のがん細胞の増殖抑制剤を有効成分とする、がん治療剤。
〔10〕 配列番号1:ggucgaggcggaggcuuuaの塩基配列を含む最大25塩基の塩基配列からなる、フィブリラリンのsiRNA、又はその修飾体。
〔11〕 がん細胞の増殖抑制に有効な量の、フィブリラリンの発現又は活性の抑制剤を、がん患者に投与する、がん細胞の増殖抑制方法。
〔12〕 がん治療に有効な量の、フィブリラリンの発現又は活性の抑制剤を、がん患者に投与する、がん治療方法。
〔13〕 フィブリラリンの発現又は活性の抑制剤の、がん細胞の増殖抑制剤の製造のための使用。
〔14〕 フィブリラリンの発現又は活性の抑制剤の、がん治療剤の製造のための使用。
〔15〕 がん細胞の増殖抑制における使用のための、フィブリラリンの発現又は活性の抑制剤。
〔16〕 がん治療における使用のための、フィブリラリンの発現又は活性の抑制剤。
〔17〕 がん患者のがん組織のフィブリラリン発現量を測定する工程と、その測定値を、がんの種類ごとに予め決定したフィブリラリン発現量の中央値と比較する工程と、その測定値が中央値以上である場合に予後が悪いと判定し、その測定値が中央値より低い場合に予後が良いと判定する工程とを含む、がんの予後の検査方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明のフィブリラリンの発現又は活性の抑制剤は、フィブリラリンが高発現で予後のよくない悪性のがん細胞であっても、がん細胞の増殖を抑制することができ、がん細胞を死滅させることができる。その結果、本発明のフィブリラリンの発現又は活性の抑制剤を使用することにより、予後不良で生存率の低いがん疾患でも、がん疾患の治療を行うことが可能になった。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】様々な担がん患者のがん組織におけるフィブリラリン遺伝子の発現量を示す図である。
【
図2】大腸がんでのフィブリラリン発現量と患者生存率の推移との関係を示す図である。
【
図3】卵巣がんでのフィブリラリン発現量と患者生存率の推移との関係を示す図である。
【
図4】乳がんでのフィブリラリン発現量と患者生存率の推移との関係を示す図である。
【
図5】肺腺がんでのフィブリラリン発現量と患者生存率の推移との関係を示す図である。
【
図6】神経膠腺がんでのフィブリラリン発現量と患者生存率の推移との関係を示す図である。
【
図7】腎細胞がん株でのフィブリラリンsiRNAによるフィブリラリン発現量(産生量)抑制効果を示す図である。
【
図8】フィブリラリン発現量(産生量)抑制による異種移植腎細胞がんの増殖抑制試験法を示す図である。
【
図9】フィブリラリン発現量(産生量)抑制による異種移植腎細胞がんの増殖抑制試験結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の「フィブリラリンの発現又は活性の抑制剤」とは、がん細胞内でのフィブリラリンの発現を抑制できる薬剤又はフィブリラリンの機能や活性を抑制又は阻害できる薬剤のことを言う。
フィブリラリンの発現を抑制できる薬剤、即ち、フィブリラリン遺伝子の発現を抑制できる薬剤としては、フィブリラリン(例えばヒトフィブリラリン)を標的とするアンチセンス、siRNA、shRNA(以上、mRNAを標的とする又は結合する核酸化合物)、miRNA、デコイ、アプタマー、CpGオリゴヌクレオチドなどの核酸化合物、例えばアクチノマイシンDなどのrRNAの転写制御を行う低分子化合物を挙げることができる。
使用されるアンチセンスやsiRNA等の核酸化合物の塩基数は、14~45個とすればよく、核酸化合物の種類によって適宜好ましい塩基数のものを使用することができる。例えばアンチセンスの塩基数は14~30個、siRNAの塩基数は19~25個、miRNAの塩基数は19~25個、デコイの塩基数は16~24個、アプタマーの塩基数は26~45個、CpGオリゴヌクレオチドの塩基数は16~24個が、それぞれ望ましい。
【0012】
フィブリラリンを発現抑制するための核酸化合物の核酸配列は、特に限定はなく、使用する核酸化合物の種類に対応して適宜適切なものを使用することができる。例えばsiRNAの場合、ヒトフィブリラリンの遺伝子配列の中で、103~121位の塩基配列に対応するRNA塩基配列(配列番号1:ggucgaggcggaggcuuua)からなるものが挙げられる。また、配列番号1の塩基配列を含む19~25塩基のRNA塩基配列からなるものも挙げることができる。更には、これらの塩基配列を含むshRNAも使用でき、細胞内でフィブリラリンを発現抑制するためのsiRNAにして使用することができる。
また、アンチセンスRNAとして、配列番号1の塩基配列又はその塩基配列を含む19~30塩基の塩基配列からなるものを挙げることができる。アンチセンスDNAとしては、ヒトフィブリラリンの遺伝子配列の中で、103~121位の塩基配列(配列番号2:ggtcgaggcggaggcttta)からなるもの、又はその塩基配列を含む19~30塩基の塩基配列からなるものが挙げられる。
また、siRNAとしては、配列番号1において、1~2個、特に1個の塩基が置換、挿入、又は欠失されたRNA塩基配列や、それを含む19~25個のRNA塩基配列からなるものも、フィブリラリンの発現を抑制する限り使用できる。また、アンチセンスRNAとしては、配列番号1において、1~2個、特に1個の塩基が置換、挿入、又は欠失されたRNA塩基配列や、それを含む19~30個のRNA塩基配列からなるものも、フィブリラリンの発現を抑制する限り使用できる。アンチセンスDNAとしては、配列番号2において、1~2個、特に1個の塩基が置換、挿入、又は欠失されたDNA塩基配列や、それを含む19~30個のDNA塩基配列からなるものも、フィブリラリンの発現を抑制する限り使用できる。フィブラリンの発現を抑制することは、発現しなくなることの他、発現量が低減することも含む。
【0013】
核酸化合物がRNAである場合は、生体内で生成し得るようにデザインされたものであってもよい。例えば、そのRNAをコードしているDNAを哺乳動物細胞用の発現ベクターに挿入したものとすることができる。このような発現ベクターとしては、ウイルスベクターや動物細胞発現プラスミドなどが挙げられる。
【0014】
また、核酸化合物がRNAである場合は、安定性改善のために化学修飾が施されたものであってもよい。化学修飾RNAとして、例えば、ホスホロチオエート、モルフォリノホスホロジアミデート、ボラノホスフェート、LNA(Locked Nucleic Acid)のような核酸アナログを含むRNAや、2’-O-メチル化RNA、2’-O-メトキシエチル化RNA等が挙げられる。
【0015】
フィブリラリンの機能や活性を抑制又は阻害できる薬剤とは、フィブリラリンの機能を抑制又は阻害する薬剤と、フィブリラリンの活性を抑制又は阻害する薬剤のことを言う。なお、フィブリラリンは、rRNAのメチル化修飾を行う機能を有しており、rRNAは、メチル化修飾を受けて成熟し、タンパク質の工場であるリポソーム形成に関与する。従って、rRNAのメチル化修飾を阻害すれば、リボソーム形成ができず、フィブリラリンの機能を阻害したことになる。
なお、ヒトrRNAには、約200カ所のメチル化修飾部位が存在する。導入されるメチル基は、一般的に、局所的な疎水環境を提供したり、水素結合を弱めたりする効果がある。リボースの2’-O-メチル化は、リボースのねじれ構造をC3’-end型に固定する役割があり、rRNAの局所的な構造形成に寄与している。このようにrRNAのメチル化修飾の化学的な性質がリボゾームの生合成や機能に関して色々な役割を果たしている(生化学第85巻第10号896~908頁2013年)。このrRNAのメチル化修飾反応のメカニズムは、下記の通りである。即ち、Box C/Dと呼ばれる共通配列を有するsnoRNAがrRNAと塩基対を形成し、さらにフィブリラリン、Nop58p,Nop56p,及びSnu13p(ヒトでは15.5k)の4種のタンパク質(主成分はフィブリラリン)が結合したBox C/D snoRNP複合体を形成して、ターゲットrRNAのメチル化部位を決定するためのガイドになりrRNAがメチル化修飾される。導入されるメチル基の供与体は、S-アデノシルメチオニン(SAM)であり、メチルトランスフェラーゼの働きにより、メチル化修飾が行われる。
従って、フィブリラリンの機能を抑制又は阻害する薬剤とは、上記のメチル化修飾のメカニズムを抑制又は阻害する薬剤のことを言う。例えば、アプタマーなどの核酸化合物又はペプチドを挙げることができる。
【0016】
フィブリラリンの活性を抑制又は阻害する薬剤とは、フィブリラリンの標的に結合するが活性は有さないためにフィブリラリンの活性を抑制又は阻害する分子、或いはフィブリラリンと結合又は相互作用し、フィブリラリンの活性を抑制又は阻害する薬剤のことを言う。例えば、特許文献1に記載のフィブリラリン由来のペプチド断片は、フィブラリンの標的に結合するがフィブリラリンの活性は有さないため、フィブリラリンと競合してその活性を阻害する。また、非特許文献1、特許文献2に記載のヤママリン(C末端がアミド化されたペプチド(Asp-Ile-Leu-Arg-Gly)-NH2)及びそのN末端がアシル化(特に、C6~28アシル化)された誘導体はフィブリラリンに結合してその活性を阻害する。また、フィブリラリンに対する抗体もフィブリラリンに結合してその活性を阻害する。
【0017】
本発明の「がん細胞」とは、フィブリラリン高発現のがん細胞のことを言う。がん細胞の種類によって、
図1に示すようにフィブリラリンの発現量に高低はあるが、各種がん細胞の発現量の中央値又はそれより高い発現量のがん細胞を、フィブリラリン高発現のがん細胞と言う。各種がん細胞のフィブリラリン発現量の中央値は、少なくとも50人、中でも50~150人のがん患者のがん組織のフィブリラリン発現量の中央値を言い、例えば、米国国立がん研究所米国国立ヒトゲノム研究所によるがんゲノムアトラスプロジェクトで収集したデータから算出すればよい。
【0018】
がん細胞の中でも、
図2~7に示されるように、例えば、大腸がん、卵巣がん、乳がん、肺がん(特に、肺腺がん)、神経膠腺がん、腎がんでは、がん組織におけるフィブリラリンの発現量が高い場合、がん細胞の転移を起こし易く、術後の予後が不良で生存率の低いがん疾患となる。
【0019】
従って、フィブリラリン高発現のがん細胞は、各種がん患者の生存率の中央値又はそれより低い生存率を示すがん患者のがん細胞と捉えることもできる。各種がん患者の生存率の中央値は、少なくとも50人、中でも50~150人のがん患者の生存率の中央値を言い、例えば、米国国立がん研究所米国国立ヒトゲノム研究所によるがんゲノムアトラスプロジェクトで収集したデータから決定すればよい。
生存率は、がん治療(がん切除などの手術を含む外科的治療、放射線治療、化学療法などを含む)を開始した日から、例えば、50~3000日後、中でも300~1500日後の生存率とすることができる。生存率は、がん治療を開始した日から、大腸がんでは50~150日(特に50日)後、卵巣がんでは50~150日(特に50日)後、乳がんでは50~150日(特に100日)後、肺がん(特に、肺腺がん)では1000~3000日(特に1500日)後、神経膠腺がんでは300~1000日(特に500日)後の生存率とすることができる。
本発明のフィブリラリンの発現又は活性の抑制剤は、予後の悪いフィブリラリン高発現のがん細胞に対して、より有効なものである。
【0020】
本発明の「がん治療剤」は、フィブリラリンの発現又は活性の抑制剤の有効量が機能を発揮する態様で存在する限り、添加物や担体を含んでいてもよい。例えば、投与経路や薬物放出様式などに応じて、時限崩壊性の材料で被覆してもよく、また、適切な薬物放出システムに組み込んでもよい。標的がん組織に送達するために標的化剤と共に製剤化してもよい。
本発明のがん治療剤は、経口および非経口の両方を包含する種々の経路、例えば、限定することなく、経口、静脈内、筋肉内、皮下、局所(特に、腫瘍内)、リンパ管又はリンパ節内、髄腔内、直腸内、動脈内、門脈内、心室内、経粘膜、経皮、鼻内、腹腔内、肺内および子宮内等の経路で投与することができ、各投与経路に適した剤形に製剤化することができる。かかる剤形および製剤方法は任意の公知のものを適宜採用することができる(例えば、標準薬剤学、渡辺喜照ら編、南江堂、2003年などを参照)。
フィブリラリンの発現又は活性の抑制剤の有効量とは、例えば、がんの増殖を抑制し、症状を軽減し、または進行を遅延もしくは停止する量であり、好ましくは、がんの進行を阻止し、またはがんを治癒する量である。また、投与による利益を超える悪影響が生じない量が好ましい。かかる量は、培養細胞などを用いたin vitro試験や、マウス、ラット、イヌまたはブタなどのモデル動物における試験により適宜決定することができ、このような試験法は当業者によく知られている。また、添加物や担体の用量も当業者に公知であるか、または、上記の試験等により適宜決定することができる。
【0021】
本発明は、がん細胞の増殖抑制に有効な量の、フィブリラリンの発現又は活性の抑制剤を、がん患者に投与する、がん細胞の増殖抑制方法を提供する。がん細胞の増殖抑制とは、薬剤を投与しない場合のがん細胞に比べて増殖の程度を低減させることを言う。
また、本発明は、がん治療に有効な量の、フィブリラリンの発現又は活性の抑制剤を、がん患者に投与する、がん治療方法を提供する。がん治療には、がんの治癒、寛解、改善、軽減、進行遅延、進行停止などが含まれる。
上記の通り、本発明の「がん細胞」は、フィブリラリン高発現のがん細胞を言い、従って、本発明の「がん患者」は、フィブリラリン高発現のがん細胞を有する患者、即ち、予後不良のがん患者である。
フィブリラリンの発現又は活性の抑制剤は、添加物や担体と共に製剤化して投与すればよい。投与経路は、剤型により異なり、経口、静脈内、筋肉内、皮下、局所(特に、腫瘍内)、リンパ管又はリンパ節内、髄腔内、直腸内、動脈内、門脈内、心室内、経粘膜、経皮、鼻内、腹腔内、肺内、子宮内などの経路とすることができる。
【0022】
がん細胞の増殖抑制又はがん治療に有効な、フィブリラリンの発現又は活性の抑制剤の量は、種々の条件、例えば、がんの種類、症状の重篤度、一般健康状態、年齢、体重、性別、食事、投与の時期および頻度、併用している医薬、治療への反応性、治療に対するコンプライアンス、剤型、投与経路などを考慮して、当業者が決定することができる。
がん細胞の増殖抑制又はがん治療に有効な、フィブリラリンの発現又は活性の抑制剤の量は、上記の種々の条件により異なるが、例えば、1日当たり、0.00001mg~100g、中でも0.0001mg~10g、中でも0.001mg~1g、0.01mg~100mg、中でも0.1mg~10mgとすることができる。この投与量は、ブリラリンの発現又は活性の抑制剤が修飾された核酸化合物である場合は、核酸化合物に換算した量である。また、毎日投与しない場合や投与頻度が経時的に変化する場合は、総投与量から算出した1日当たりの投与量である。
【0023】
投与頻度又はスケジュールは、上記の種々の条件により異なるが、例えば、1日多数回(すなわち1日2、3、4回、または5回以上)、1日1回、数日毎(すなわち2、3、4、5、6、7日毎など)、1週間に数回(例えば、1週間に2、3、4回など)、1週間毎、数週間毎(すなわち2、3、4週間毎など)であってよい。また、症状に応じて経時的に投与頻度が変わってもよい。
投与期間は、がんが治癒または寛解するまでとすることができる。
【0024】
本発明は、がん患者のがん組織のフィブリラリン発現量を測定する工程と、その測定値を、がんの種類ごとに予め決定したフィブリラリン発現量の中央値と比較する工程と、その測定値が中央値またはそれより高い場合に予後が悪いと判定し、その測定値が中央値より低い場合に予後が良いと判定する工程とを含む、がんの予後の検査方法を提供する。
【0025】
フィブリラリン発現量、即ちフィブリラリン遺伝子の発現量は、がん患者から採取されたがん組織から、常法に従いRNAを抽出し、例えばRT-qPCRにより定量することができる。
【0026】
各種がん細胞のフィブリラリン発現量の中央値は、少なくとも50人、中でも50~150人のがん患者のがん組織のフィブリラリン発現量の中央値を言い、例えば、米国国立がん研究所米国国立ヒトゲノム研究所によるがんゲノムアトラスプロジェクトで収集したデータから決定すればよい。
【0027】
予後が悪いとは、がん治療(がん切除などの手術を含む外科的治療、放射線治療、化学療法などを含む)を開始した日後の生存率が低いことを言い、予後が良いとは、このようながん治療を開始した日後の生存率が高いことを言う。
生存率は、例えば、がん治療を開始した日から50~3000日目、中でも300~1500日目の生存率とすることができる。特に、大腸がんではがん治療開始日から50~150日(特に50日)後、卵巣がんではがん治療開始日から50~150日(特に50日)後、乳がんではがん治療開始日から50~150日(特に100日)後、肺腺がんではがん治療開始日から1000~3000日(特に1500日)後、神経膠腺がんではがん治療開始日から300~1000日(特に500日)後の生存率とすることができる。
【0028】
本発明のがんの予後の検査方法において、フィブリラリン発現量の測定は、がん治療開始日の前後の何れに行ってもよい。中でも、がん治療開始前にフィブリラリン発現量を測定することが好ましく、フィブリラリン発現抑制によるがん治療である場合は、がん治療開始前にフィブリラリン発現量を測定すればよい。
【実施例】
【0029】
以下、実施例および試験例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれによってなんら限定されるものではない。
【0030】
(実施例1)様々な担がん患者におけるフィブリラリン遺伝子の発現量
a)材料・試薬:
米国国立がん研究所米国国立ヒトゲノム研究所によるがんゲノムアトラスプロジェクトで収集した、さまざまな組織におけるがんのゲノムやエピゲノム、トランスクリプトーム、変異情報などの公開データ
b)方法:
公開データ内のRNA-seqにより解析されたフィブリラリン遺伝子のRNA発現データ(RPKM値:Reads per kilobase of exon per million mapped reads)を取得し、全遺伝子の発現量を用いてフィブリラリンRNA発現量の相対値(AU)を正規化法により算出し、患者毎のフィブリラリン遺伝子発現量の相対値をlog2表示した。
c)結果:
図1に示すように、多くのがんでフィブリラリン遺伝子が高発現していることが明らかとなった。
【0031】
(実施例2)様々な担がん患者におけるフィブリラリン遺伝子の発現量と担がん患者の生存率の相関
a)材料・試薬:
米国国立がん研究所米国国立ヒトゲノム研究所によるがんゲノムアトラスプロジェクトで収集した、さまざまな組織におけるがんのゲノムやエピゲノム、トランスクリプトーム、変異情報などの公開データ
b)方法:
公開データ内の担がん患者におけるがん組織のフィブリラリン遺伝子の発現量と、治療開始後の生存日数を収集した。
大腸がん、卵巣がん、乳がん、肺腺がん、神経膠腫の患者の各がん組織について、フィブリラリンRNA発現量の中央値を算出し、中央値以上の値をhigh、それより低い量をlowと区分した。各がん患者をhigh群、low群に分類し、各群患者の術後の生存率を経時的に算出し、カプランマイヤー法によりグラフ化した。コックス比例ハザードモデルによる統計解析を行った。
c)結果:
図2~6に示されるように、大腸がん、卵巣がん、乳がん、肺腺がん、神経膠腺がんの担がん患者において、フィブリラリン発現量(産生量)の高い担がん患者の生存率が良くないことが示された。
図2~6中の実線は中央値、2本の破線はそれぞれ最高値及び最低値を示す。
【0032】
(実施例3)腎細胞がん株でのフィブリラリンsiRNAによるフィブリラリン発現量(産生量)抑制効果
a)材料・試薬:
腎細胞がん: 7860株
フィブリラリンsiRNA:ヒトフィブリラリン遺伝子の塩基配列中の103~121位に対応するRNAの塩基配列(配列番号1:ggucgaggcggaggcuuua))を使用。
b)方法:
7860株を24穴プレートに培養後、5μMのフィブリラリンsiRNAを5μLのDharmafect試薬(GE-healthcare)を用いて細胞内に導入した。72時間培養後、RNAを抽出しRT-qPCRによりフィブリラリン発現量を解析した。フィブリラリン発現量を、siRNAを導入しないコントロール細胞のフィブリラリン発現量に対する相対値として表した。
c)結果:
図7に示されるように、フィブリラリンsiRNAを使用することにより、腎細胞がん株のフィブリラリン発現量(産生量)が、約10分の1に減少した。
【0033】
(実施例4)フィブリラリン発現量(産生量)抑制による異種移植腎細胞がんの増殖抑制試験
a)材料・試薬:
・異種移植用のヒト腎がん細胞株:786O mock
・フィブリラリンsiRNA:ヒトフィブリラリン遺伝子の塩基配列(103~121位の塩基配列に対応する塩基配列(配列番号1:ggucgaggcggaggcuuua))を使用。
・EGFPsiRNA:MISSION siRNA(SIGMA)を使用。
b)方法:
ヌードマウス(雄性、4週令)の皮下に、ヒト腎がん細胞株(786O mock)を、5x10
6個注入した。
図8に示されるスケジュールで、アテロコラーゲンと混合したフィブリラリンsiRNA(1nM)を、ヒト腎がん細胞株注入部位に注入した。また、コントロールとして、その反対側の体側に同様にヒト腎がん細胞株を注入し、同様のスケジュールで、アテロコラーゲンと混合したEGFPsiRNA(1nM)をヒト腎がん細胞株注入部位に注入した。
フィブリラリンsiRNAの投与開始当日、その後5日目、10日目、17日目、25日目、32日目の移植腎細胞の直径を計測した。
c)結果:
図9に示されるように、フィブリラリンsiRNAを投与した箇所では、腎がん形成が抑制されていた。また、siRNAの投与開始17日目までは、移植腎がんの直径は明らかに減少しており、がんが死滅したと考えられる。一方、コントロールとしてEGFPsiRNAを投与した箇所では、移植腎がんの直径が増大していた。
【0034】
以上のように、ヒト腎がん細胞株では、フィブリラリンsiRNAを投与してフィブリラリンの発現を抑制することにより、ヌードマウスに対するがん細胞の生着・増殖を顕著に抑制することができた。このことは、がん細胞、特にフィブリラリンを高発現するがん細胞において、フィブリラリンの発現抑制又はフィブリラリンの作用抑制により、がん細胞の増殖抑制ができることを示している。即ち、フィブリラリンの発現抑制又はフィブリラリンの作用抑制により、がん治療が可能であることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明のフィブリラリンの発現又は作用の抑制剤は、がん細胞、特にフィブリラリンが高発現するがん細胞において、効果的にがん細胞の増殖を抑制し、がん治療を新たな作用機序で行うことが出来る。本発明のフィブリラリンの発現又は作用の抑制剤は、単剤で使用することができ、更には他のがん治療剤と併用することができる。
【配列表】