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特許7191527液晶光学素子およびそれを有する光学機器
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-09
(45)【発行日】2022-12-19
(54)【発明の名称】液晶光学素子およびそれを有する光学機器
(51)【国際特許分類】
   G02F 1/13 20060101AFI20221212BHJP
   G02C 7/06 20060101ALI20221212BHJP
   G02C 7/00 20060101ALI20221212BHJP
   G02B 3/14 20060101ALI20221212BHJP
【FI】
G02F1/13 505
G02C7/06
G02C7/00
G02B3/14
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2018042171
(22)【出願日】2018-03-08
(65)【公開番号】P2018197847
(43)【公開日】2018-12-13
【審査請求日】2021-03-03
(31)【優先権主張番号】P 2017102195
(32)【優先日】2017-05-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001007
【氏名又は名称】キヤノン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110412
【弁理士】
【氏名又は名称】藤元 亮輔
(74)【代理人】
【識別番号】100104628
【弁理士】
【氏名又は名称】水本 敦也
(74)【代理人】
【識別番号】100121614
【弁理士】
【氏名又は名称】平山 倫也
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 聖
【審査官】磯崎 忠昭
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2010/0225834(US,A1)
【文献】特開平06-118416(JP,A)
【文献】特開2009-098644(JP,A)
【文献】特開2005-156990(JP,A)
【文献】特開2009-069486(JP,A)
【文献】特開2009-251067(JP,A)
【文献】特開2004-233659(JP,A)
【文献】特開昭62-235926(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02F 1/13
G02F 1/1333
G02F 1/1337
G02C 7/06
G02C 7/00
G02B 3/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
光学パワーが可変である液晶光学素子であって、
第1の基板および第2の基板と、
前記第1および第2の基板の間に設けられた液晶層と、
前記液晶層に電圧を印加して該液晶層を電気不活性化状態から電気活性化状態に変化させるための電極と、
前記第1の基板と前記液晶層との間に設けられた水平配向処理膜と、
前記第2の基板と前記液晶層との間に設けられた垂直配向処理膜とを有し、
前記第2の基板の前記液晶層の側の面に回折格子が設けられており、
前記電気不活性化状態での液晶層の常光屈折率と前記第1および第2の基板の屈折率との差が0.02以下であり、かつ前記電気不活性化状態での前記液晶層のアッベ数と前記第1および第2の基板のアッベ数との差が5.0以下であることを特徴とする液晶光学素子。
【請求項2】
前記液晶層は、前記水平配向処理膜の側から見たとき、複数の液晶分子の長軸方向が放射状に配向される領域を含むことを特徴とする請求項1に記載の液晶光学素子。
【請求項3】
前記液晶層は、複数の前記領域を含むことを特徴とする請求項2に記載の液晶光学素子。
【請求項4】
前記第1の基板の前記液晶層の側の面は平滑面であることを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載の液晶光学素子。
【請求項5】
前記電極が前記回折格子の凹凸形状に合わせてセグメント化されていることを特徴とする請求項1から4のいずれか一項に記載の液晶光学素子。
【請求項6】
前記液晶層は、負の誘電率異方性を有するネマチック液晶で構成されることを特徴とする請求項1から5のいずれか一項に記載の液晶光学素子。
【請求項7】
前記液晶層は、0.1以上の複屈折率を有することを特徴とする請求項1から6のいずれか一項に記載の液晶光学素子。
【請求項8】
前記電気不活性化状態において、前記液晶層の常光屈折率と前記第1および第2の基板の屈折率とが等しいことを特徴とする請求項1から7のいずれか一項に記載の液晶光学素子。
【請求項9】
前記電気不活性化状態において、前記液晶層のアッベ数と前記第1および第2の基板のアッベ数との差が1.0以下であることを特徴とする請求項1から8のいずれか一項に記載の液晶光学素子。
【請求項10】
前記電気不活性化状態において、前記液晶層のアッベ数と前記第1および第2の基板のアッベ数とが等しいことを特徴とする請求項1から9のいずれか一項に記載の液晶光学素子。
【請求項11】
前記回折格子は、前記第1の基板の厚さ方向において前記水平配向処理膜に面する複数の第1の面と、該複数の第1の面を互いに接続する第2の面とを含み、
前記電極は、前記第1の面に設けられており、かつ前記第2の面には設けられていないことを特徴とする請求項1から10のいずれか一項に記載の液晶光学素子。
【請求項12】
請求項1から11のいずれか一項に記載の液晶光学素子と、
該液晶光学素子を保持するフレームとを有することを特徴とする光学機器。
【請求項13】
前記フレームは、複数の前記液晶光学素子を保持することを特徴とする請求項12に記載の光学機器。
【請求項14】
請求項1から11のいずれか一項に記載の液晶光学素子と、
前記電圧を制御する制御部とを有することを特徴とする光学機器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、可変焦点機能を有する液晶光学素子に関する。
【背景技術】
【0002】
加齢による老視に対して用いられる遠近両用眼鏡として、遠近両用累進レンズや二重焦点レンズを有するものが知られている。ただし、遠近両用累進レンズや二重焦点レンズでは、1つのレンズ内に互いに光学パワー(焦点距離)が異なる複数のレンズ領域が混在しているため、遠方の景色が歪んで見えたり、ピントが合わない部分が生じてぼけて見えたりする等の欠点がある。
【0003】
特許文献1には、老眼用レンズ領域の光学パワーを可変とし、使用者が遠方を見る際は老眼用レンズ領域に光学パワーを付加せず、至近を見る際に光学パワーを付加することが可能な液晶(回折)レンズが開示されている。この液晶レンズを含めて、従来の液晶レンズでは、平坦な両面を有する基板と、レリーフ面を有する基板と、これら基板の間に設けられた液晶材料(液晶層)を有する。各基板における液晶層側の面には、配向処理膜と光学的に透明な電極が形成されている。配向処理膜にはラビング処理が行われる。また、配向処理膜間の配向方向の相対的回転アライメントも必要となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2013-137544号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、レリーフ面へのラビング処理は、レリーフ構造を変形させたり傷付けたりする等の問題を生じさせるため、好ましくない。また、配向処理膜のそれぞれの配向方向の相対的回転アライメントについても、歩留まりを低下させる原因となるため、好ましくない。このように、従来の液晶レンズには、種々の問題がある。
【0006】
本発明は、製造が容易で、光学パワーが可変である液晶光学素子を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一側面としての液晶光学素子は、光学パワーが可変である液晶光学素子であって、第1の基板および第2の基板と、第1および第2の基板の間に設けられた液晶層と、液晶層に電圧を印加して該液晶層を電気不活性化状態から電気活性化状態に変化させるための電極と、第1の基板と液晶層との間に設けられた水平配向処理膜と、第2の基板と液晶層との間に設けられた垂直配向処理膜とを有し、第2の基板の液晶層の側の面に回折格子が設けられている。そして、電気不活性化状態での液晶層の常光屈折率と第1および第2の基板の屈折率との差が0.02以下であり、かつ電気不活性化状態での液晶層のアッベ数と第1および第2の基板のアッベ数との差が5.0以下であることを特徴とする。
【0008】
なお、上記液晶光学素子を用いた光学機器も、本発明の他の一側面を構成する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、光学パワーが可変でありながらも、製造が容易な液晶光学素子を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の実施例である液晶レンズの構造を示す断面図。
図2】実施例の液晶レンズにおける液晶層の屈折率および屈折率分散を示す図。
図3】実施例の液晶レンズの平面図。
図4】実施例の液晶レンズにおいて水平配向処理膜によって配向された液晶分子を示す平面図。
図5】実施例の液晶レンズにおいて垂直配向処理膜によって配向された液晶分子を示す平面図。
図6】実施例の液晶レンズにおける液晶層の電気不活性化状態での配向を示す断面図。
図7】実施例における液晶層の電気活性化状態での配向を示す断面図。
図8】実施例の液晶レンズを用いた光学機器を示す図。
図9】従来の液晶レンズの構成を示す断面図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施例について図面を参照しながら説明する。図1には、本発明の実施例である液晶光学素子としての液晶レンズ100の断面構造(光が伝搬する厚さ方向の断面構造)を示している。本実施例の液晶レンズ100は、互いに光学パワー、すなわち焦点状態が異なる複数の光学的状態に変化可能である。これらの光学的状態は、後述する液晶層130を電気不活性化状態と電気活性化状態にすることによって生じさせることができる。具体的には、例えば、電気不活性化状態において有意な光学パワー(以下、単にパワーという)を有さず、電気活性化状態において有意なパワー(+2D等)を有する。このような液晶レンズ100を老眼鏡に用いると、使用者が遠方を見る際はパワーを付加せず、至近を見る際にパワーを付加することが可能な老眼鏡を実現することができる。
【0012】
液晶レンズ100は、それぞれ平滑な両面を有する第1の基板110と、レリーフ面を有する第2の基板120と、これら第1および第2の基板110,120の間に設けられた液晶層130とを有する。平滑な面は平面であっても曲面であっても良い。第2の基板120における液晶層側のレリーフ面のレリーフ形状は、回折格子を構成するものであって、機械加工、型による転写またはエッチング等を用いて成形することが可能である。レリーフ面は、高さ(深さ)が光の波長の数倍程度の微細な周期的凹凸形状を有する面である。
【0013】
また、第1の基板110と液晶層130との間には、水平配向処理膜140が設けられている。水平配向処理膜140は、液晶層130内の液晶分子を第1の基板110に対して平行(水平)に配向させる機能を有する。水平配向処理膜140は、アゾベンゼン等の光異性化材料に直線偏光にした紫外線を照射してその分子を特定の方向に配向させることにより形成される。さらに、第1の基板110と水平配向処理膜140との間には、光学的に透明な単一の電極160が設けられている。
【0014】
一方、第2の基板120と液晶層130との間には、垂直配向処理膜150が設けられている。垂直配向処理膜150は、液晶分子を第2の基板120に対して垂直に配向させる機能を有する。垂直配向処理膜150は、ポリイミド等の有機材料にアルキル基やフッ素含有基等の疎水構造を導入することにより形成される。さらに、第2の基板120と垂直配向処理膜150との間には、光学的に透明な単一の電極170が設けられている。
【0015】
電極160,170は、例えばインジウム・スズ酸化物(ITO)により形成される。電極160,170は、液晶層130に電圧を印加して、液晶層130を後述する電気不活性化状態から電気活性化状態に変化させて、該液晶層130の屈折率と屈折率分散を変化させるために設けられている。液晶層130は、液晶材料である、誘電率異方性が負のネマチック液晶により形成されている。
【0016】
図2は、液晶層130を形成する液晶材料の屈折率および屈折率分散(アッベ数)の例を示す。この図に示すように、液晶材料は、電気不活性化状態と電気活性化状態とで屈折率および屈折率分散が変化する。具体的には、電気不活性化状態における液晶材料の屈折率および屈折率分散は、第1および第2の基板110,120の屈折率および屈折率分散と同じである。ここにいう「同じ」とは、厳密に一致することだけでなく、一致するとみなせる程度の微差(例えば、5%以内の差)を有することも含む。この電気不活性化状態ではパワーはほとんど発生しない。そして、電気活性化状態において、液晶材料の屈折率および屈折率分散を電気不活性化状態に対して変化させる。この屈折率の変化に起因して第2の基板120との境界において回折が生じることによりパワーを発生させる。すなわち、液晶レンズ100は電圧によって回折によるパワーを変化させることができる。
【0017】
図2に示す例では、第1および第2の基板110,120の屈折率nsubおよび屈折率分散νsubはそれぞれ、nsub=1.528、νsub=28.00である。一方、液晶材料の電気不活性化状態における屈折率n0および屈折率分散ν0はそれぞれ、n0=1.528、ν0=27.57である。また、液晶材料の電気活性化状態における屈折率nおよび屈折率分散νはそれぞれ、n=1.657、ν=16.59である。このような構成とすることで、電気不活性化状態において実質的にパワーを有さず、電気活性化状態において有意なパワーを有する液晶レンズ100を実現することができる。言い換えれば、液晶層130の電気不活性化状態よりも電気活性化状態でのパワーが大きい液晶レンズ100を実現することができる。
【0018】
図3は、液晶レンズ100を光の入射方向から見て示している。液晶レンズ100は、2次元方向に多数の微小領域101を有する。図4は、1つの微小領域101において水平配向処理膜140によって配向された液晶分子を図3と同方向から見て示す。微小領域101内において、水平配向処理膜140に近接した液晶分子は、その長軸方向が第1の基板110の面内方向に平行な水平方向において放射状に配向される。水平配向処理膜140は、アゾベンゼン等の光異性化材料に直線偏光の紫外線を照射して、その分子を特定の方向に配向させることにより形成される。配向処理膜は、直線偏光を照射する位置によってその偏光方向を変化させることで分子配向方向の制御が可能であるため、図4に示したように液晶分子の長軸方向を放射状に配向させることができる。なお、配向処理膜の材料としては、光異性化材料だけでなく、二量化反応材料や分解反応材料を用いることもできる。
【0019】
図5は、本実施例の液晶レンズ100のうち1つの微小領域101において垂直配向処理膜150によって配向された液晶分子を図3と同方向から見て示す。微小領域101内において、垂直配向処理膜150に近接した液晶分子は、その長軸方向が第2の基板120の面内方向に対して垂直となるように配向される。垂直配向処理膜150は、ポリイミド等の有機材料にアルキル基やフッ素含有基等の疎水構造を導入することにより形成される。このように、本実施例では、第2の基板120におけるレリーフ面に、ラビングや光配向処理を必要としない垂直配向処理膜150を形成する。これにより、レリーフ面への配向処理を簡素化することができ、レリーフ面構造を変化させたり傷付けたりすることなく容易に液晶レンズ100を製造することができる。また、水平配向処理膜140と垂直配向処理膜150を組み合わせて用いる構成とすることで、歩留まりの低下の要因となっていた2つの配向処理膜の相対的回転アライメントが不要となる。これにより、液晶レンズ100を製造する際の歩留まりを改善することができる。
【0020】
図9は、従来の液晶レンズ200の断面構造を示している。液晶レンズ200は、平滑な両面を有する基板210と、レリーフ面を有する基板220と、これら基板210,220の間に設けられた液晶材料(液晶層)230を有する。2つの基板210、220における液晶層側の面には、配向処理膜240,250および光学的に透明な電極260,270がそれぞれ形成されている。液晶層230は、コレステリック液晶またはカイラルツイスト剤が添加されたネマチック液晶により形成されている。電極260,270間に印加される電圧によって、液晶層230の屈折率が変化する。この液晶ため、配向処理膜240,250のそれぞれにラビング処理、もしくは紫外線を直線偏光にして照射した光配向処理が必要となる。
【0021】
図9に示すように、電気不活性化状態(初期状態)において、液晶層230の液晶分子のディレクタは各基板に対して平行を向く。また、液晶分子のディレクタが液晶層230の厚さ方向にわたって螺旋状に回転しており、これにより偏光不感受性が実現される。液晶分子のディレクタが360°回転するまでの回転軸に沿った長さをツイストピッチと呼ぶ。コレステリック液晶は、ツイストピッチに相当する波長を有し、液晶分子のディレクタに垂直に伝播する光波に対して、平均屈折率nave=(no+ne)/2を有する。noは常光屈折率であり、neは異常光屈折率である。
【0022】
電極260,270間の電場が十分に強い場合、液晶分子のディレクタは電場の向きと同じとなり、配向方向と垂直になる。コレステリック液晶は、この場合おいて、ディレクタの回転軸に平行に伝播する光波に対して、その偏光状態に依らず、常光屈折率noを有する。このため、液晶層230の屈折率は、印加電圧の大きさに依存して、常光屈折率noから平均屈折率naveまでの間で変化する。コレステリック液晶の屈折率を所望の値にするためには、ツイストピッチを精度良く制御する必要があり、配向処理膜240,250による液晶分子のディレクタの制御が必要となる。このため、配向処理膜240,250のそれぞれにラビング処理、もしくは紫外線を直線偏光にして照射した光配向処理が必要となる。また、配向処理膜240,250のそれぞれの配向方向の相対的回転アライメントも必要となる。
【0023】
前述したように、レリーフ面へのラビング処理は、レリーフ構造を変形させたり傷付けたりする等の問題を生じさせる。特に、回折格子のような微細な構造が設けられている場合にはラビング処理は極めて困難となり得る。また、配向処理膜のそれぞれの配向方向の相対的回転アライメントも容易ではない。
【0024】
一方、図6は、本実施例の液晶レンズ100において、液晶層130が電気不活性化状態にあるときの1つの微小領域101内での液晶分子の配向を図1と同じ断面で示している。なお、図6では、微小領域101を拡大して示している。また、171は電極170において微小領域101ごとに(すなわち、レリーフ面の凹凸に合わせて)セグメント化された電極部を示している。
【0025】
液晶層130において水平配向処理膜140に近接した液晶分子は水平方向において放射状に配向され、垂直配向処理膜150に近接した液晶分子は垂直に配向されている。また、液晶層130のうち第1および第2の基板110,120との界面から十分に離れた領域では、水平および垂直配向処理膜140,150によるアンカリングの効果は消えている。液晶材料は負の誘電率異方性を有するため、電気不活性化状態では、水平および垂直配向処理膜140,150から十分離れた領域の液晶分子はほぼ垂直に配向される。このため、電気不活性化状態の液晶層130は、液晶レンズ100の厚さ方向に伝播する光に対して、その光の偏光方向によらず一定の屈折率を有する。
【0026】
図7は、本実施例の液晶レンズ100において、液晶層130が電気活性化状態にあるときの1つの微小領域101内での液晶分子の配向を図1と同じ断面で示している。なお、図7でも、微小領域101を拡大して示している。図6にも示したように微小領域101ごとにセグメント化された電極部171を設けることで、液晶層130の液晶材料の厚さが異なる微小領域同士で印加電圧を異ならせることが可能となる。これにより、全ての微小領域において液晶材料の厚さが異なっても電場強度を同じにすることができ、液晶層130の屈折率を全ての微小領域において同じにすることができる。
【0027】
電気活性化状態と同様に、液晶層130において水平配向処理膜140に近接した液晶分子は水平方向において放射状に配向され、垂直配向処理膜150に近接した液晶分子は垂直に配向されている。液晶層130のうち第1および第2の基板110,120との界面から十分に離れた領域では、水平および垂直配向処理膜140,150によるアンカリングの効果は消えている。
【0028】
ここで、前述したように液晶材料が負の誘電率異方性を有すると、電気活性化状態では、水平および垂直配向処理膜140,150から十分離れた領域の液晶分子はほぼ水平に配向される。本実施例で用いる液晶材料はネマチック液晶であるため、コレステリック液晶のように、液晶分子のディレクタが厚さ方向にわたって螺旋状に回転することはなく、厚さ方向にわたってほぼ同じ向きとなる。このため、厚さ方向に伝播する光に対する液晶層130の屈折率がその光の偏光方向に応じて異なることになる。すなわち、液晶レンズ100のパワーが偏光依存性を持ち、眼鏡用レンズとしては適さない特性を持つことになる。
【0029】
この問題に対して本実施例の液晶レンズ100では、微小領域101内で液晶分子が水平方向において放射状に配向されるようにしている。これにより、微小領域101内では液晶分子の長軸方向が実質的にあらゆる方向に向いているとみなすことができ、液晶層130がすべての偏光方向の光に対して平均的に一定の屈折率を有することになる。これにより、電気活性化状態での液晶レンズ100の偏光不感受性を実現することができる。
【0030】
液晶レンズ100において、液晶層130を形成する液晶材料は、0.08以上の複屈折率を有することが好ましい。液晶材料を含む一軸性光学材料は、常光屈折率noおよび異常光屈折率neを有し、複屈折率は両者の差分ne-noと定義される。本実施例では、液晶材料として常光屈折率noおよび異常光屈折率neがそれぞれ、no=1.528、ne=1.786の材料を用いる。この場合、液晶材料の複屈折率は、0.258となる。このように、複屈折率が0.1以上の液晶材料を用いることにより、電気不活性化状態から電気活性化状態への変化に伴う屈折率の変化のダイナミックレンジを広くすることができ、電気活性化状態における屈折率を容易に制御することが可能となる。
【0031】
ところで、上記のような液晶レンズ100を用いた老眼鏡においては、故障や電力不足によって液晶層130に電圧を印加することができない場合に使用者に及ぼす影響を低減する必要がある。一般的な老眼鏡は、遠方に焦点が合うように使用者の視力を矯正しつつ、至近に焦点を移した際の調節力の不足分を補うパワーを老眼用レンズ領域に付加している。このため、液晶材料に電圧が印加されていない電気不活性化状態においては液晶レンズ100にパワーを生じさせず、液晶材料に電圧が印加されている電気活性化状態において液晶レンズ100にパワーが生じる構成を採用することが好ましい。このような構成により、故障等で液晶層130に電圧を印加することができない状況でも、液晶レンズ100が遠方に焦点が合う状態に初期化され、使用者に及ぼす影響を低減することができる。
【0032】

このような構成を実現するため、本実施例の液晶レンズ100では、図2でも示したように、電気不活性化状態での液晶層130の屈折率が第1および第2の基板110,120の屈折率と同じであることが望ましい。そして、屈折率が「同じ」とみなせる範囲として、電気不活性化状態での液晶層130の屈折率と第1および第2の基板110,120の屈折率との差が0.02以下であることが望ましく、さらに該差が0.01以下であることがより望ましい。このような構成により、液晶層130の電気不活性化状態において液晶レンズ100にパワーが生じず、使用者は遠方に焦点を合わせることが可能となる。
【0033】
また、本実施例の液晶レンズ100において、電気不活性化状態の液晶層130の屈折率分散が第1および第2の基板110,120の屈折率分散と同じであることが望ましい。そして、屈折率分散が同じとみなせる範囲として、電気不活性化状態の液晶層130の屈折率分散と第1および第2の基板110,120の屈折率分散との差が5.0以下であることが望ましく、さらに該差が1.0以下であることがより望ましい。このような構成により、液晶層130の電気不活性化状態において、設計波長の光(例えば、可視光)だけでなく他の波長の光に対してもパワーが生じず、色収差を低減した液晶レンズ100を実現することができる。
【0034】
なお、本実施例では、液晶層130に対する電圧の印加と非印加により液晶レンズ100をパワーを有さない状態とパワーを有する状態の2つの状態に変化させる場合について説明した。しかし、液晶層130に印加する電圧を制御することで、液晶レンズ100が有するパワーを変化させてもよい。例えば、基板の屈折率を液晶の活性化状態と不活性化状態の屈折率の中間値と一致させれば、0Vで-2D、5Vで0D、10Vで+2Dに設定することが可能である。
【0035】
図8は、本実施例の液晶レンズ100を備えた光学機器としての眼鏡(老眼鏡)10を示している。眼鏡10のレンズとして、液晶レンズ100を用いる。
【0036】
眼鏡フレーム30には、左眼用および右眼用の2つの液晶レンズ100が保持されている。制御部20は、各液晶レンズ100の電極(160,170)を介して液晶層(130)に印加する電圧を制御して、該液晶層を電気不活性化状態と電気活性化状態とに切り替える。すなわち、液晶レンズ100にパワーを付加しない状態とパワーを付加する状態とに切り替える。
【0037】
液晶レンズ100またはこれと同様の構成を有する液晶光学素子は、眼鏡だけでなく、双眼鏡やヘッドマウントディスプレー等、種々の光学機器に用いることができる。本実施例によれば、互いにパワーが異なる複数の状態を有する液晶光学素子およびこれを用いた光学機器を、容易に製造することができる。
【0038】
以上説明した各実施例は代表的な例にすぎず、本発明の実施に際しては、各実施例に対して種々の変形や変更が可能である。
【符号の説明】
【0039】
100 液晶レンズ
110 第1の基板
120 第2の基板
130 液晶層
140 水平配向処理膜
150 垂直配向処理膜
160,170 電極
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9