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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-09
(45)【発行日】2022-12-19
(54)【発明の名称】潜熱蓄熱材組成物
(51)【国際特許分類】
   C09K 5/06 20060101AFI20221212BHJP
【FI】
C09K5/06 J
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2018174363
(22)【出願日】2018-09-19
(65)【公開番号】P2020045411
(43)【公開日】2020-03-26
【審査請求日】2021-06-01
(73)【特許権者】
【識別番号】591167430
【氏名又は名称】株式会社KRI
(72)【発明者】
【氏名】中嶋 孝宏
【審査官】松原 宜史
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-031685(JP,A)
【文献】特開平08-100171(JP,A)
【文献】特開平06-192647(JP,A)
【文献】特開平06-065446(JP,A)
【文献】特開平06-065563(JP,A)
【文献】特開2013-006944(JP,A)
【文献】特開平03-066786(JP,A)
【文献】特開平03-066788(JP,A)
【文献】特開平03-066789(JP,A)
【文献】特開平04-072379(JP,A)
【文献】特開平04-085387(JP,A)
【文献】特開平04-072382(JP,A)
【文献】特開2016-210957(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09K 5/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素数が8以上の脂肪酸(A)と不飽和炭化水素、ならびに、アクリル酸、メタクリル酸およびそれらのエステル類からなる群より選ばれる少なくとも1種を単量体とする高分子(B)とからなる潜熱蓄熱材組成物であって、前記脂肪酸(A)と前記高分子(B)の合計量に対する前記脂肪酸(A)の割合が重量比で50%以上67%以下であり、前記潜熱蓄熱材組成物中の前記脂肪酸の凝固点が低下し、前記脂肪酸の融点と凝固点の温度差が18℃以上であることを特徴とする潜熱蓄熱材組成物。
【請求項2】
前記高分子(B)が、ポリオレフィンの構造を有する高分子であることを特徴とする請求項1に記載の潜熱蓄熱材組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潜熱蓄熱材組成物に関し、とくには、過冷却が促進された潜熱蓄熱材組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
潜熱蓄熱材は、融解と凝固(結晶化)を繰り返すことで蓄熱と放熱を行うもので、蓄熱した熱エネルギーを取り出す温度は、蓄熱材の結晶化の温度で決まる。熱エネルギーをより有効に利用する観点から、熱が必要な温度やタイミングで取り出せるように制御できることが望まれる。結晶化温度の制御に関する従来技術としては、酢酸ナトリウム3水和物等の水和塩系化合物やエリスリトール等の糖アルコールなどの過冷却現象を起こしやすい化合物へ核剤を添加して過冷却を防止する技術が知られている。一方、過冷却を促進するような物質についてはほとんど知られておらず、例えば、特許文献1、2に開示されているようなものが挙げられる。特許文献1、2は、いずれも糖アルコールの過冷却促進に関するものであるが、糖アルコールはもともと過冷却を起こしやすいものであることから、過冷却を更に進めることはできても、結晶化の温度を制御することは困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2015-187230号公報
【文献】特開2011-153206号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、潜熱蓄熱材の過冷却を促進して、結晶化温度を容易に制御できる潜熱蓄熱材組成物を開発することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、上記課題の解決へ向けて鋭意検討した結果、ステアリン酸等の脂肪酸は過冷却現象を起こしにくい潜熱蓄熱材であるが、これに特定の化合物を添加することで過冷却を促進できることを見いだし、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は下記[1]~[3]に記載の事項を特徴とするものである。
[1] 炭素数が8以上の脂肪酸(A)と不飽和炭化水素、ならびに、アクリル酸、メタクリル酸およびそれらのエステル類からなる群より選ばれる少なくとも1種を単量体とする高分子(B)とからなる潜熱蓄熱材組成物。
[2] 前記高分子(B)が、ポリオレフィンの構造を有する高分子であることを特徴とする前記[1]に記載の潜熱蓄熱材組成物。
[3] 前記脂肪酸(A)と前記高分子(B)の合計量に対する前記脂肪酸(A)の割合が重量比で50%以上99%以下であることを特徴とする前記[1]または[2]に記載の潜熱蓄熱材組成物。
【発明の効果】
【0006】
本発明の潜熱蓄熱材組成物は、過冷却現象を起こしにくい化合物に対して過冷却を促進するものであることから、結晶化温度の制御が容易にできる。
【発明を実施するための形態】
【0007】
本発明の潜熱蓄熱材組成物を構成する炭素数が8以上の脂肪酸(A)としては、例えば、オクタン酸、ノナン酸、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸等が挙げられる。
【0008】
本発明の潜熱蓄熱材組成物を構成する高分子(B)について以下に説明する。
前記高分子(B)は、不飽和炭化水素、ならびに、アクリル酸、メタクリル酸およびそれらのエステル類からなる群より選ばれる少なくとも1種を単量体とする高分子である。
不飽和炭化水素としては、例えば、エチレン、プロピレン、ブテン、ペンテン、ヘキセン、ブタジエン、イソプレン、シクロペンテン、シクロヘキセン、ノルボルネン、シクロペンタジエン、シクロヘキサジエン、ジシクロペンタジエン、スチレン等が挙げられる。
アクリル酸のエステルとしては、例えば、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸プロピル、アクリル酸ブチル等が挙げられる。メタクリル酸のエステルとしては、例えば、メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸プロピル、メタクリル酸ブチル等が挙げられる。
これらのうち、本発明の高分子(B)としては、不飽和炭化水素からなる群より選ばれる少なくとも1種を単量体として含んでなる高分子であることが好ましい。不飽和炭化水素としては不飽和の脂肪族炭化水素であることが好ましい。不飽和の脂肪族炭化水素の中でも鎖状のもの、すなわちアルケン(オレフィン)であることがより好ましい。
すなわち、本発明の高分子(B)としては、ポリオレフィンの構造を有するものであることが好ましく、このような高分子としては、ポリエチレン、ポリプロピレンやその他のα-オレフィンを重合したものなどが挙げられる。これらの中でも、本発明の高分子(B)としては、ポリエチレンの構造を有するものであることが好ましい。
【0009】
前記高分子(B)の重合度としては、100以上であることが過冷却促進の効果が高く好ましい。
【0010】
前記高分子(B)は、不飽和炭化水素、ならびに、アクリル酸、メタクリル酸およびそれらのエステル類以外の単量体を共重合したものであっても良い。また、グラフト重合や架橋をしたものであっても良く、前記脂肪酸(A)との相溶性や過冷却促進効果および潜熱蓄熱材組成物としての取り扱い易さや物性などの観点から適切なものを選択できる。また、複数種の高分子を混合したものであっても良い。
【0011】
不飽和炭化水素、ならびに、アクリル酸、メタクリル酸およびそれらのエステル類以外の単量体を共重合成分として用いる場合の単量体としては、とくに限定はされないが、アクリルアミドおよびその誘導体、メタクリルアミドおよびその誘導体、アクリロニトリル、メタクリロニトリル、ビニルエーテル類、ビニルエステル類、ハロゲン化ビニル、マレイン酸およびそのエステルあるいは無水物等が挙げられる。
【0012】
前記高分子(B)は、溶解度パラメータ等で表される極性が前記脂肪酸(A)と近いものを選択すると、前記脂肪酸(A)と前記高分子(B)の相溶性が高くなり、混合し易くなるため好ましい。
【0013】
前記高分子(B)の好適なものの具体例として、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン-アクリル酸共重合体、エチレン-メタクリル酸共重合体、エチレン-グリシジルメタクリレート共重合体、エチレン-酢酸ビニル共重合体、ポリエチレン-graft-マレイン酸無水物、ポリプロピレン-graftマレイン酸無水物などが挙げられる。
【0014】
本発明の潜熱蓄熱材組成物を構成する前記脂肪酸(A)と前記高分子(B)の合計量に対する前記脂肪酸(A)の割合は、重量比で50%以上99%以下であることが好ましい。前記脂肪酸(A)の割合が50%を下回ると、潜熱蓄熱材組成物としての蓄熱量が小さくなり、99%を上回ると前記高分子(B)の添加効果が小さくなる。前記脂肪酸(A)の割合は、60%以上90%以下であることがより好ましい。
【0015】
本発明においては、前記脂肪酸(A)と前記高分子(B)を組み合わせの種類により結晶化温度を容易に制御できる。また、前記脂肪酸(A)と前記高分子(B)が同じ成分であっても、前記脂肪酸(A)の割合を調整することによって、結晶化温度を容易に制御できる。
【0016】
本発明の潜熱蓄熱材組成物は、本発明の目的を損なわない限り、他の潜熱蓄熱材と共存して用いることができる。
【0017】
他の潜熱蓄熱材としては、脂肪族炭化水素、脂肪族アルコール、無機系のものなどが挙げられる。
【0018】
脂肪族炭化水素としては、例えば、n-ドデカン、n-テトラデカン、n-ペンタデカン、n-ヘキサデカン、n-ヘプタデカン、n-オクタデカン、n-ノナデカン、n-エイコサン、パラフィンワックス等が挙げられる。
【0019】
脂肪族アルコールとしては、セチルアルコール、1-オクタデカノール、エリスリトール、ペンタエリスリトール等が挙げられる。
【0020】
無機系のものとしては、硝酸リチウム3水和物、硫酸ナトリウム10水和物、酢酸ナトリウム3水和物、硫酸アルミニウムカリウム12水和物などに代表される無機塩類などが挙げられる。
【0021】
本発明の潜熱蓄熱材組成物を作製する方法としては、とくに限定はされないが、前記脂肪酸(A)と前記高分子(B)を溶媒中で攪拌や超音波等で混合する方法、少なくとも一方が溶融あるいは液体の状態で混合する方法、あるいはボールミルやミキサー、ホモジナイザー等で機械的に混合する方法などが挙げられる
【0022】
本発明の潜熱蓄熱材組成物は、例えば、プラスチックや金属製の袋や容器などに封入して使用したり、溶液を製膜したり、圧縮成形や溶融成形したりして利用することができる。前記高分子(B)が架橋等で3次元的な網目構造を有していると、前記脂肪酸(A)が融点以上で液体となった時の漏出が抑えられるため好ましい。また、前記高分子(B)以外の高分子成分をマトリクスとして用いて、本発明の潜熱蓄熱材組成物を分散して用いることもできる。
【0023】
この場合のマトリクスとなる高分子成分としては、各種の熱可塑性樹脂や熱硬化性樹脂、エラストマー、ゲルなどを用いることができる。
【0024】
熱可塑性樹脂としては、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリビニルアルコール、EVA樹脂、EVOH樹脂、ポリスチレン、AS樹脂、ABS樹脂、ASA樹脂、AES樹脂、PMMA等のアクリル樹脂、MS樹脂、MBS樹脂、SBC樹脂、シクロオレフィン樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリアミド樹脂、ポリエステル樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリウレタン樹脂、液晶ポリマー、PPS、PEEK、PPE、ポリサルフォン系樹脂、ポリイミド系樹脂、フッ素系樹脂、熱可塑性エラストマーなどが挙げられる
【0025】
熱硬化性樹脂としては、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、シリコーン樹脂、熱硬化性アクリル樹脂などが挙げられる。
【0026】
エラストマーとしては、ブタジエンゴム、スチレン-ブタジエンゴム、ニトリルゴム、ブチルゴム等の共役ジエンゴム、EPMやEPDM等のエチレン・α-オレフィン共重合体ゴム、SEBS等の水添共役ジエン重合体などが挙げられる。
【0027】
ゲルとしては、ポリアクリル酸ナトリウム、ポリアクリルアミド誘導体、多糖類、ゼラチンなどが挙げられる。
【0028】
本発明の潜熱蓄熱材組成物は、本発明の目的を損なわない限り、上記した成分以外にも、熱伝導性フィラーなどの成分と共存して用いて、例えば、蓄熱材への伝熱を促進したりすることができる。
【0029】
熱伝導性フィラーの具体例としては、黒鉛、炭素繊維、カーボンナノファイバー、カーボンナノチューブ、グラフェン、ダイヤモンド等の炭素系化合物、酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、酸化ケイ素、酸化チタン、酸化亜鉛、酸化ジルコニウム等の金属酸化物、水酸化アルミニウムや水酸化マグネシウム等の金属水酸化物、炭酸マグネシウムや炭酸カルシウム等の金属炭酸塩、窒化ホウ素、窒化アルミニウム、窒化ケイ素等の窒化物、炭化ケイ素や炭化ホウ素等の炭化物などが挙げられる。
【0030】
これらのフィラーは、本発明の潜熱蓄熱材組成物を作製する過程において添加してもよく、本発明の潜熱蓄熱材組成物と混合して用いてもよい。
【実施例
【0031】
以下、本発明を実施例および比較例を挙げて具体的に説明するが、本発明はもとよりこれらの例に限定されるものではない。
【0032】
各実施例および比較例において、評価は以下のように行った。
(融点および凝固点)
TA Instruments製Discovery DSCを用いて、窒素流通下、10℃から100℃まで10℃/分で昇温し、融解のピークトップ(融点)を測定した。また、100℃から0℃まで5℃/分で降温し、結晶化のピークトップ(凝固点)を測定した。
【0033】
[実施例1]
(a)ステアリン酸50重量部と(b)低密度ポリエチレン50重量部を、160℃にて溶融状態で混合した後、室温まで冷却して潜熱蓄熱材組成物を得た。DSC測定の結果、融点は71℃、凝固点は49℃であった。
【0034】
[実施例2~5、7、参考例、比較例1~4]
表1記載の(a)および(b)を用いたこと以外は、実施例1と同様の操作を行い、潜熱蓄熱材組成物を得た。比較例2のみ、(a)と(b)をテトラヒドロフランに溶解、混合した後、溶媒を留去して作製した。各DSC測定の結果を表1に示す。
【0035】
【表1】
低密度ポリエチレン:アルドリッチ製LDPE、MFR=25g/10min
EVA:エチレン-酢酸ビニル共重合体(酢酸ビニル28%含有)
PE-g-MA:ポリエチレン-graft-マレイン酸無水物 アルドリッチ製、粘度1700-4500cp(140℃)
EGMA:エチレン-グリシジルメタクリレート共重合体 アルドリッチ製、グリシジルメタクリレート8wt%含有
ポリカーボネート:帝人化成製パンライトL-1225L
ポリビニルアルコール:日本合成化学製KL-05
【0036】
各実施例および比較例の比較から、ステアリン酸、ラウリン酸ともに本発明の高分子(B)と組み合わせることで、融点はほぼ変わらずに凝固点が低下しており、過冷却が促進していることがわかる。一方、比較例2、3のように、本発明の高分子(B)とは異なる高分子を用いた場合は融点、凝固点ともに変化しない。また、実施例4~5、参考例から、ステアリン酸の重量比が少ないものほど凝固点が低くなっていることがわかり、潜熱蓄熱材組成物の組成を変えることで、結晶化温度を制御するという本発明の目的が達成可能であることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明の潜熱蓄熱材組成物を用いることで、潜熱蓄熱材の過冷却を促進し、結晶化温度を制御することができるので、任意の温度でエネルギーを取り出したり、蓄熱状態を長期維持したりできるようになり、例えば、低温で発熱する保温材などとして利用できる。
また、蓄熱(吸熱)作用を利用して、電子部品等の冷却、急激な発熱の抑制などに用いることができる。