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  • 特許-高強度鋼板およびその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-09
(45)【発行日】2022-12-19
(54)【発明の名称】高強度鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20221212BHJP
   C22C 38/06 20060101ALI20221212BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20221212BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20221212BHJP
【FI】
C22C38/00 301S
C22C38/00 301T
C22C38/06
C22C38/58
C21D9/46 G
C21D9/46 J
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2019168392
(22)【出願日】2019-09-17
(65)【公開番号】P2021046571
(43)【公開日】2021-03-25
【審査請求日】2021-10-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100162765
【弁理士】
【氏名又は名称】宇佐美 綾
(72)【発明者】
【氏名】村田 忠夫
(72)【発明者】
【氏名】池田 宗朗
(72)【発明者】
【氏名】村上 俊夫
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/169837(WO,A1)
【文献】特表2015-517029(JP,A)
【文献】国際公開第2017/208759(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/221307(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/138504(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/179372(WO,A1)
【文献】特表2019-505694(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 8/00 - 8/04
C21D 9/46 - 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.10~0.35%、
Si+Al:0.5~3.0%、
Mn:1.0~3.0%、
P :0%超0.05%以下、および
S :0%超0.01%以下
を夫々含有し、残部が鉄および不可避不純物であり、
面積割合で、フェライト分率:0~10%、MA分率:0~30%、フェライトおよびMA以外の硬質相:70~100%であり、
体積割合で、残留オーステナイト分率:5~30%である金属組織を有し、
bcc構造およびbct構造を有する結晶粒を面積0.05μm2の領域の集合とした場合に、EBSD法によって解析したときのIQの歪度を、下記式(1)で表したとき、この歪度が-1.2~-0.3であることを特徴とする高強度鋼板。
【数1】

式(1)における各変数は、以下を表す(ただしbcc構造およびbct構造を有する領域は、ベイニティックフェライト、ベイナイト、フレッシュマルテンサイトまたは焼戻しマルテンサイトである)
n:bcc構造およびbct構造を有する面積0.05μm2の領域の総数
s:面積0.05μm2の領域のIQの標準偏差
:面積0.05μm2の領域iのIQ
ave:bcc構造およびbct構造を有する面積0.05μm2の領域の平均IQ
【請求項2】
更に、Ti:0%超0.2%以下、Nb:0%超0.2%以下およびV:0%超0.5%以下よりなる群から選択される少なくとも1種を含有する請求項1に記載の高強度鋼板。
【請求項3】
更に、Ni:0%超2%以下、Cr:0%超2%以下およびMo:0%超0.5%以下よりなる群から選択される少なくとも1種を含有する請求項1または2に記載の高強度鋼板。
【請求項4】
更に、B:0%超0.005%以下を含有する請求項1~3のいずれかに記載の高強度鋼板。
【請求項5】
更に、Mg:0%超0.04%以下、REM:0%超0.04%以下およびCa:0%超0.04%以下よりなる群から選択される少なくとも1種を含有する請求項1~4に記載の高強度鋼板。
【請求項6】
鋼板表面にめっき層を有する請求項1~5のいずれかに記載の高強度鋼板。
【請求項7】
請求項1~5のいずれかに記載の高強度鋼板の製造方法であって、
請求項1~5のいずれかに記載の化学成分組成を有する鋼素材を加熱した後、熱間圧延し、前記熱間圧延終了後に冷却して巻取り、次いで酸洗・冷間圧延を施した後、
鋼のAc3変態点以上、950℃以下の温度T1に加熱し、該温度域で5秒以上1800秒以下の時間t1保持してオーステナイト化する工程と、
700℃以上の急冷開始温度T2から10℃/秒以上の平均冷却速度CR2で300℃以上500℃以下の温度域の冷却停止温度T3aまで冷却する工程と、
300℃以上500℃以下の温度域で、平均冷却速度10℃/秒以下で10秒以上300秒未満の時間t3滞留する工程と、
300℃以上の滞留終点温度T3bから100℃以上300℃以下の温度域の冷却停止温度T4まで10℃/秒以上の平均冷却速度CR3で冷却する工程と、
前記冷却停止温度T4から、300℃以上500℃以下の温度域で、下記の要件を満足する再加熱温度T5まで加熱し、該再加熱温度T5の温度域において350秒以上1800秒以下の時間t5保持する工程と、
再加熱温度T5:前記冷却停止温度T3aと滞留終点温度T3bとの平均温度との差が50℃以下である。
をこの順に含むことを特徴とする高強度鋼板の製造方法。
【請求項8】
請求項6に記載の高強度鋼板を製造する方法であって、更に鋼板表面にめっき層を施す工程を有する請求項7に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車部品をはじめとする各種用途に適用される高強度鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車部品等に供される鋼板には、乗客保護のための衝突安全性確保と、環境負荷の低減のための燃費改善に向けた車体軽量化をともに実現するために、強度の向上が求められている。衝突安全性への影響が大きい機械的特性として、例えば、引張強度、降伏強度などが挙げられる。
【0003】
その一方で、複雑な形状の部品用の部材として鋼板を適用するために、優れた成形性も要求されている。成形性への寄与が大きい機械的特性として、例えば、延性、穴広げ性および曲げ性などが挙げられる。しかしながら、衝突安全性の向上および成形性の向上の両立は困難である。
【0004】
これまで衝突安全性の向上または成形性の向上に関する技術は、それぞれ別の技術として提案されている(特許文献1、2)。しかしながら、これまで提案されているこれらの技術によっても、衝突安全性の向上および成形性の向上の両立は困難な状況である。これは、衝突安全性を向上させる要件として、鋼板の高強度化(例えば、引張強度の向上)を必要とするが、成形性を向上させる要件(例えば、延性や穴広げ性)とは相反するためと考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第5610102号公報
【文献】特許第5589893号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
自動車衝突時に乗客を保護するという観点では、衝突により変形した車体と乗客の接触を防ぐことが重要である。本発明者らは、衝突時の変形初期における荷重(初期変形に要する荷重)を高めることで、部品の変形量を低減し、衝突時における車体と乗客の接触を抑制することが可能と考えた。こうした着想に基づき、本発明者らは、自動車用部品をはじめとする各種用途において、成形性に加えて、初期変形に要する荷重が高い高強度鋼板について様々な角度から検討した。
【0007】
上記のような特徴を有する高強度鋼板の要求特性として、具体的には、下記の要件(1)~(5)が挙げられる。
(1)引張強度TS(tensile strength):780MPa以上
(2)引張強度TSに対する降伏強度YS(yield strength)の割合(YS/TS)で表される降伏比YR(yield ratio):0.70以上
(3)引張強度TS×全伸びEL(elongation):13000MPa・%以上
(4)引張強度TS×穴広げ率λ:40000MPa・%以上
(5)ドイツ自動車工業会(VDA)の曲げ試験において、試験片を曲げ角度10°に変形させる荷重/板厚:3.0kN/mm以上
本発明は、上記のような事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、要求特性ののいずれも高いレベルにあり、衝突安全性および成形性のいずれにも優れた高強度鋼板、並びにそのような高強度鋼板を製造するための有用な方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様に係る高強度鋼板は、
質量%で、
C:0.10~0.35%、
Si+Al:0.5~3.0%、
Mn:1.0~3.0%、
P :0%超0.05%以下、および
S :0%超0.01%以下
を夫々含有し、残部が鉄および不可避不純物であり、
面積割合で、フェライト分率:0~10%、MA分率:0~30%、フェライトおよびMA以外の硬質相:70~100%であり、
体積割合で、残留オーステナイト分率:5~30%である金属組織を有し、
bcc構造およびbct構造を有する結晶粒を面積0.05μm2の領域の集合とした場合に、EBSD法によって解析したときのIQの歪度を、下記式(1)で表したとき、この歪度が-1.2~-0.3であることを特徴とする。
【0009】
【数2】
【0010】
式(1)における各変数は、以下を表す。
n:bcc構造およびbct構造を有する面積0.05μm2の領域の総数
s:面積0.05μm2の領域のIQの標準偏差
:面積0.05μm2の領域iのIQ
ave:bcc構造およびbct構造を有する面積0.05μm2の領域の平均IQ
本発明の好ましい実施形態として、上記高強度鋼板には、必要によって更に、(a)Ti:0%超0.2%以下、Nb:0%超0.2%以下およびV:0質量%超0.5質量%以下よりなる群から選択される少なくとも1種、(b)Ni:0%超2%以下、Cr:0%超2%以下およびMo:0%超0.5%以下よりなる群から選択される少なくとも1種、(c)B:0%超0.005%以下、(d)Mg:0%超0.04%以下、REM:0%超0.04%以下およびCa:0%超0.04%以下よりなる群から選択される少なくとも1種、等を含有することも有効であり、含有させる元素の種類に応じて高強度鋼板の特性が更に改善される。
【0011】
本発明の他の実施形態として、鋼板表面にめっき層を有する高強度鋼板も含まれる。
【0012】
本発明の他の態様として高強度鋼板の製造方法も含まれ、この製造方法は、
上記のような高強度鋼板の製造方法であって、上記のような化学成分組成を有する鋼素材を加熱した後、熱間圧延し、前記熱間圧延終了後に冷却して巻取り、次いで酸洗・冷間圧延を施した後、
鋼のAc3変態点以上、950℃以下の温度T1に加熱し、該温度域で5秒以上1800秒以下の時間t1保持してオーステナイト化する工程と、
700℃以上の急冷開始温度T2から10℃/秒以上の平均冷却速度CR2で300℃以上500℃以下の温度域の冷却停止温度T3aまで冷却する工程と、
300℃以上500℃以下の温度域で、平均冷却速度10℃/秒以下で10秒以上300秒未満の時間t3滞留する工程と、
300℃以上の滞留終点温度T3bから100℃以上300℃以下の温度域の冷却停止温度T4まで10℃/秒以上の平均冷却速度CR3で冷却する工程と、
前記冷却停止温度T4から、300℃以上500℃以下の温度域で、下記の要件を満足する再加熱温度T5まで加熱し、該再加熱温度T5の温度域において350秒以上1800秒以下の時間t5保持する工程と、
再加熱温度T5:前記冷却停止温度T3aと滞留終点温度T3bとの平均温度との差が50℃以下である。
をこの順に含むことを特徴とする。
【0013】
上記のような鋼板表面にめっき層を有する高強度鋼板を製造する場合には、上記の製造方法において、更に鋼板表面にめっき層を施す工程を有するようにすればよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、優れた衝突安全性および成形性を両立する高強度鋼板、並びにこうした高強度鋼板を製造するための有用な方法が提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、原板に対して行う熱処理パターンの一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者らは、優れた衝突安全性と成形性を両立する高強度鋼板を実現する組織について鋭意検討した。その結果、bcc構造およびbct構造を有する主要な組織である比較的軟質なベイニティックフェライトおよびベイナイトと、硬質なフレッシュマルテンサイトおよび焼戻しマルテンサイトについて、結晶粒を面積0.05μm2の領域の集合とした場合に、EBSD法によって解析したときのIQの分布状態を適切に規定することにより、優れた衝突安全性および成形性を両立できる高強度鋼板が得られることを見出し、本発明を完成した。
【0017】
[高強度鋼板]
本実施形態の高強度鋼板において、化学成分組成を規定した理由は、下記の通りである。なお、下記の化学成分組成において、%表示はいずれも質量%を意味する。
【0018】
[C:0.10~0.35%]
Cは、残留オ-ステナイトなどの所望の組織を得て、(引張強度TS×全伸びEL)などの特性を高く確保するために有効な元素である。こうした効果を発揮させるためには、C量は0.10%以上とする必要がある。C量は、好ましくは0.13%以上であり、より好ましくは0.15%以上、更に好ましくは、0.18%以上である。しかしながら、C量が過剰になって0.35%を超えると、MA(Martensite-Austenite constituent)および残留オーステナイトが粗大となり、深絞り性、穴広げ率λで評価される穴広げ性のいずれも低下する。またC量が過剰になると、溶接性にも悪影響が生じる。よって、C量は0.35%以下とする必要があり、好ましくは0.33%以下、より好ましくは0.30%以下である。
【0019】
[Si+Al:0.5~3.0%]
SiとAlは、いずれもセメンタイトの析出を抑制し、残留オーステナイトの形成を促進する作用を有する。このような作用を有効に発揮させるためには、SiとAlの合計量(Si+Al)は、0.5%以上とする必要がある。Si+Alは、好ましくは0.7%以上、より好ましくは1.0%以上である。しかしながら、Si+Alが3.0%を超えて過剰になると、焼戻しマルテンサイトやベイナイトを確保できなくなるとともに、MAおよび残留オーステナイトが粗大となる。よって、Si+Alは、3.0%以下とする必要があり、好ましくは2.5%以下であり、より好ましくは2.0%以下である。なお、SiとAlのうち、Alについては、脱酸元素として機能する程度の添加量、すなわち0.1%未満であってもよい。或いは、セメンタイトの形成を抑制し、残留オーステナイト量を増加させる等を目的として、例えばAlを0.6%以上と多く含有させてもよい。
【0020】
[Mn:1.0~3.0%]
Mnは、フェライトの形成を抑制して、フェライト以外の焼戻しマルテンサイトやベイナイト等の確保に必要な元素である。このような作用を有効に発揮させるためには、Mn量を1.0%以上とする。Mn量は、好ましくは1.5%以上、より好ましくは1.7%以上である。しかしながら、Mn量が過剰になって3.0%を超えると、製造過程でベイナイト変態が抑制されて、比較的軟質なベイナイトが十分に得られず、その結果、高い全伸びELを確保できない。よって、Mn量は3.0%以下とする必要があり、好ましくは2.7%以下であり、より好ましくは2.5%以下である。
【0021】
[P:0%超0.05%以下]
Pは、不可避的に混入してくる不純物である。P量が過剰になって0.05%を超えると、全伸びELおよび穴広げ率λが低下する。よって、P量は0.05%以下とする必要がある。P量は、好ましくは0.03%以下である。なお、P量を0%にすることは工業生産上不可能であり、概ね0.001%以上を含有する。
【0022】
[S:0%超0.01%以下]
Sは、不可避的に混入してくる不純物である。S量が過剰になって0.01%を超えると、MnS等の硫化物系介在物が形成され、これが割れの起点となってる穴広げ性が低下する。よって、S量は0.01%以下とする必要がある。S量は、好ましくは0.005%以下である。なお、S量を0%にすることは工業生産上不可能であり、概ね0.0005%以上を含有する。
【0023】
本実施形態の高強度鋼板で規定する化学成分組成は上記の通りであり、残部は鉄、および上記P、S以外の不可避不純物である。この不可避不純物としては、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる元素、例えばAs、Sb、Snなどの微量元素の混入が許容される。なお、例えば上記したPおよびSのように、通常、含有量が少ないほど好ましい不純物であるが、それ以外に、その組成範囲について下記のように別途規定している元素がある。このため、残部を構成する「不可避不純物」という場合は、別途その組成範囲が規定されている元素を除いた概念を意味する。また、不純物としてはNもあるが、その量は下記のようにすることが好ましい。
【0024】
[N:0.01%以下]
Nは、鋼中に混入してくる不純物であり、このNの量が過剰になると、粗大な窒化物を形成して、曲げ性および穴広げ性を劣化させたり、溶接時のブローホールの発生の原因となる。このため、Nは、PやSと同様に少なければ少ないほど好ましく、N量は0.01%以下とすることが好ましい。なお、N量の低減にはコストがかかり、0.0005%未満まで低減しようとすると、コストが著しく増大する。このため、N量の下限は0.0005%以上とすることが好ましい。
【0025】
本発明の好ましい実施形態として、本実施形態の高強度鋼板には、上記元素に加えて、必要によって更に、(a)Ti:0%超0.2%以下、Nb:0%超0.2%以下およびV:0%超0.5%以下よりなる群から選択される少なくとも1種、(b)Ni:0%超2%以下、Cr:0%超2%以下およびMo:0%超0.5%以下よりなる群から選択される少なくとも1種、(c)B:0%超0.005%以下、(d)Mg:0%超0.04%以下、REM:0%超0.04%以下およびCa:0%超0.04%以下よりなる群から選択される少なくとも1種、等を含有することも有効であり、含有させる元素の種類に応じて高強度鋼板の特性が更に改善される。
【0026】
[Ti:0%超0.2%以下、Nb:0%超0.2%以下およびV:0%超0.5%以下よりなる群から選択される少なくとも1種]
Tiは、析出強化および組織微細化の効果を発揮させる元素であり、鋼板の強度向上に寄与する。従って、Tiが含有されていてもよい。こうした効果はその含有量が増加するにつれて増大するが、その効果を有効に発揮させるためには、Ti量は0.01%以上とすることが好ましく、より好ましくは0.02%以上である。しかしながら、Ti量が0.2%を超えて過剰になると、Tiの炭窒化物が過剰に析出して鋼板の成形性が低下する。従って、Ti量は0.2%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.10%以下であり、更に好ましくは0.06%以下である。
【0027】
Nbは、Tiと同様に、析出強化および組織微細化の効果を発揮させる元素であり、鋼板の強度向上に寄与する。従って、Nbが含有されていてもよい。こうした効果はその含有量が増加するにつれて増大するが、その効果を有効に発揮させるためには、Nb量は0.005%以上とすることが好ましく、より好ましくは0.010%以上である。しかしながら、Nb量が0.2%を超えて過剰になると、Nbの炭窒化物が過剰に析出して鋼板の成形性が低下する。従って、Nb量は0.2%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.10%以下であり、更に好ましくは0.06%以下である。
【0028】
Vは、TiおよびNbと同様に、析出強化および組織微細化の効果を発揮させる元素であり、鋼板の強度向上に寄与する。従って、Vが含有されていてもよい。こうした効果はその含有量が増加するにつれて増大するが、その効果を有効に発揮させるためには、V量は0.01%以上とすることが好ましく、より好ましくは0.02%以上である。しかしながら、V量が0.5%を超えて過剰になると、Vの炭窒化物が過剰に析出して鋼板の成形性が低下する。従って、V量は0.125%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.30%以下であり、更に好ましくは0.10%以下である。
【0029】
なお、Ti、NbおよびVは、それぞれ単独で含有させてもよいし、2種または3種を併用して含有させてもよい。
【0030】
[Ni:0%超2%以下、Cr:0%超2%以下およびMo:0%超0.5%以下よりなる群から選択される少なくとも1種]
Niは、鋼板の強度上昇に寄与するとともに、残留オーステナイトを安定化し、所望の残留オーステナイト量を確保するために有効な元素である。従って、Niが含有されていてもよい。こうした効果はその含有量が増加するにつれて増大するが、その効果を有効に発揮させるためには、Ni量は0.001%以上とすることが好ましく、より好ましくは0.01%以上である。しかしながら、Ni量が2%を超えて過剰になると、熱間圧延時の製造性が低下する。従って、Ni量は2%以下とすることが好ましく、より好ましくは1.0%以下である。
【0031】
Crは、Niと同様に、鋼板の強度上昇に寄与するとともに、残留オーステナイトを安定化し、所望の残留オーステナイト量を確保するために有効な元素である。従って、Crが含有されていてもよい。こうした効果はその含有量が増加するにつれて増大するが、その効果を有効に発揮させるためには、Cr量は0.001%以上とすることが好ましく、より好ましくは0.01%以上である。しかしながら、Cr量が2%を超えて過剰になると、熱間圧延時の製造性が低下する。従って、Cr量は2%以下とすることが好ましく、より好ましくは1.0%以下である。
【0032】
Moは、NiおよびCrと同様に、鋼板の強度上昇に寄与するとともに、残留オーステナイトを安定化し、所望の残留オーステナイト量を確保するために有効な元素である。従って、Moが含有されていてもよい。こうした効果はその含有量が増加するにつれて増大するが、その効果を有効に発揮させるためには、Mo量は0.001%以上とすることが好ましく、より好ましくは0.01%以上である。しかしながら、Mo量が0.5%を超えて過剰になると、熱間圧延時の製造性が低下する。従って、Mo量は0.5%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.20%以下である。
【0033】
なお、Ni、CrおよびMoは、それぞれ単独で含有させてもよいし、2種または3種を併用して含有させてもよい。
【0034】
[B:0%超0.005%以下]
Bは、焼入れ性を高めることで、フェライト変態を抑制するために有効な元素である。従って、Bが含有されていてもよい。こうした効果はその含有量が増加するにつれて増大するが、その効果を有効に発揮させるためには、B量は0.0001%以上であることが好ましく、より好ましくは0.0010%以上である。しかしながら、B量が0.005%を超えて過剰になると、熱間圧延の製造性が低下することがある。従って、B量は0.005%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.0030%以下である。
【0035】
[Mg:0%超0.04%以下、REM:0%超0.04%以下およびCa:0%超0.04%以下よりなる群から選択される少なくとも1種]
Mg、REM(希土類元素)およびCaは、微細な酸化物または硫化物を形成し、粗大な酸化物または硫化物による穴広げ性の低下を抑制する。従って、Mg、REMもしくはCaは、これらの任意の組み合わせで含有されていてもよい。こうした効果はそれらの含有量が増加するにつれて増大するが、その効果を十分に得るためには、Mg量、REM量およびCa量は、いずれも0.0005%以上であることが好ましく、より好ましくは0.0010%以上である。しかしながら、Mg量、REM量またはCa量が0.04%を超えて過剰になると、酸化物または硫化物が粗大化することで穴広げ性が低下する。従って、Mg量、REM量およびCa量はいずれも0.04%以下であることが好ましく、より好ましくは0.010%以下である。なお、REMは、Sc、Yの他、La(原子番号57)からLu(原子番号71)までのランタノイド系列希土類元素の合計17種類の元素を含み、REM量はこれら17種類の元素の合計量を意味する。
【0036】
次に、本実施形態の高強度鋼板の金属組織について説明する。下記の面積割合および体積割合は、それぞれ全金属組織に占める割合である。
【0037】
[面積割合で、フェライト分率:0~10面積%]
フェライトは、一般的に加工性に優れるものの、強度が低いという問題を有する。その結果、フェライト量が多いと降伏比YRが低下する。このため、フェライト分率を、面積割合で0~10面積%とした。フェライト分率の上限は、好ましくは5面積%以下であり、より好ましくは3面積%以下である。なお、フェライト分率は、ナイタールエッヂングした鋼板を、走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)で観察し、炭化物を含有しない黒色部を点算法で測定することにより求めることができる。
【0038】
[面積割合で、MA分率:0~30面積%]
MAは、フレッシュマルテンサイトと残留オーステナイトの複合組織である。MAには、残留オーステナイトが含有されるため、MA量を増加させることは全伸びELで示される加工性の向上に有効である。しかしながら、MA中には非常に硬質なフレッシュマルテンサイトも含有されるため、MA分率が増加することで穴広げ率λが低下する。このため、MA分率を、面積割合で0~30面積%とした。MA分率の下限は、好ましくは3面積%以上であり、より好ましくは5面積%以上である。MA分率の上限は、好ましくは25面積%以下であり、より好ましくは20面積%以下である。なお。MA分率は、ナイタールエッヂングした鋼板をSEMで観察し、炭化物を含有しない灰色部を点算法で測定することにより求めることができる。
【0039】
[面積割合で、フェライトおよびMA以外の硬質相:70~100面積%]
硬質相は、所望の引張強度TSおよび降伏比YRを確保するために重要な組織である。本実施形態の高強度鋼板では、硬質相として、例えばベイニティックフェライト、ベイナイト、焼戻しマルテンサイト、フレッシュマルテンサイト等を含有してもよい。本実施形態の高強度鋼板では、所望の引張強度TSおよび降伏比YRを確保するため、フェライトおよびMA以外の硬質相の面積割合を70~100面積%とした。フェライトおよびMA以外の硬質相の面積割合は、75面積%以上が好ましく、より好ましくは80面積%以上である。なお、フェライトおよびMA以外の硬質相の面積割合は、前記のフェライおよびMAを除いた部位の面積割合として求めることができる。
【0040】
[体積割合で、残留オーステナイト分率:5~30体積%]
残留オーステナイトは、プレス加工等においてマルテンサイトに変態するTRIP(transformetion induced plasticity)現象を生じ、大きな全伸びELを得ることができる。形成されるマルテンサイトは高い硬度を有するため、引張強度TS×全伸びEL(以下、TS×ELと略記することがある)を高くすることができる。また残留オーステナイトの降伏比は低いため、所望の高降伏比を確保するためには、残留オーステナイトは過剰に導入しないようにすることが必要である。このため、残留オーステナイトの体積割合は、5~30体積%とした。残留オーステナイト分率は、好ましくは7体積%以上であり、20体積%以下である。
【0041】
なお、残留オーステナイト分率は、例えば、X線回折により測定することができる。この方法では、例えば、鋼板表面から当該鋼板の厚さの1/4までの部分を機械研磨および化学研磨により除去し、特性X線としてCo・Kα線を用いることができる。そして、体心立方格子(bcc:body-centered cubic lattice)相と、体心正方格子(bct:body centered tetragonal lattice)および面心立方格子(fcc:face centered cubic lattice)の回折ピークの積分強度比から、残留オーステナイトの体積分率を測定することができる。
【0042】
[bcc構造およびbct構造を有する結晶粒を面積0.05μm2の領域の集合とした場合に、EBSD法によって解析したときのIQの歪度を下記式(1)で表したとき、この歪度が-1.2~-0.3である]
【0043】
【数3】
【0044】
式(1)における各変数は、以下を表す。
n:bcc構造およびbct構造を有する面積0.05μm2の領域の総数
s:面積0.05μm2の領域のIQの標準偏差
:面積0.05μm2の領域iのIQ
ave:bcc構造およびbct構造を有する面積0.05μm2の領域の平均IQ
上記式(1)は、実験結果に基づいて、解析・規定したパラメータ式である。
【0045】
本実施形態の高強度鋼板において、ベイニティックフェライト、ベイナイトと焼戻しマルテンサイト等のbcc構造およびbct構造を有する金属組織は酷似しており、一義的に定義することは困難である。そのため、SEMを用いた結晶解析手法であるEBSD(Electron Back Scatter Diffraction patterns)法を用い、bcc構造およびbct構造を有する結晶粒のIQ(Image Quality)を解析した。
【0046】
IQは、EBSDパターンの鮮鋭度を示しており、結晶中の転位量に影響を受けることが一般に知られている。具体的には、IQが小さいほど、結晶中に転位が多く存在する傾向にある。本実施形態の高強度鋼板においては、IQとして、各測定点のIQではなく、測定点間の結晶方位差が3°以上である境界で囲まれた領域を結晶粒と定義し、bcc構造およびbct構造を有する結晶粒ごとの平均IQを採用している。
【0047】
なお、IQの解析においては、CI(Confidence Index)<0.1の測定点は信頼性に欠けると考え、解析から除外した。上記CIとは、各測定点で検出されたEBSDパターンが、指定された結晶系(鉄の場合はbccあるいはfcc)のデータベースとどれだけ一致するかを示す指標で、データの信頼度を表すものである。
【0048】
上記式(1)は、bcc構造およびbct構造を有する主要な組織であって、比較的軟質なベイニティックフェライトおよびベイナイトと、硬質なフレッシュマルテンサイトおよび焼戻しマルテンサイトについて、面積とIQの関係を明らかにするため、bcc構造およびbct構造を有する結晶粒を、結晶粒と同じIQを有する面積0.05μm2の領域の集合とした場合に、EBSD法によって解析したときのIQの歪度を、上記式(1)で表した。
【0049】
結晶粒の面積は必ずしも0.05μm2の整数倍とはならないため、結晶粒の面積を0.05μm2で除した値の小数点第一位を四捨五入した値が、結晶粒に内包される面積0.05μm2の領域の数にあたるとした。そして、bcc構造およびbct構造を有する結晶粒における面積0.05μm2の領域の集合について、式(1)で計算されるIQの歪度を-1.2~-0.3に制御することで、優れた衝突安全性と成形性を両立できることが判明した。
【0050】
本実施形態の高強度鋼板が優れた衝突安全性および成形性を示す理由については、その全てを解明した訳ではないが、おそらく次のように考えることができた。すなわち、bcc構造およびbct構造を有する組織の面積と、IQの分布の状態を適切に制御することで、硬度の異なる組織からなる複合組織鋼板において、軟質組織による成形性向上効果を活用しながら、変形初期における軟質組織への歪の集中を抑制できると推察される。
【0051】
IQの歪度が-1.2を下回ると、所望の分布状態に比べて、IQが高い軟質な組織の割合が高く、平均IQが相対的に高いことを意味している。このとき、軟質組織が増大することで、VDA曲げ試験の曲げ角度10°における荷重/板厚が低下し、所望の衝突安全性が得られない。また、組織間の硬度差が大きく、穴広げ試験で割れ起点となる箇所が増加することで、引張強度TS×穴広げ率λ(以下、TS×λと略記することがある)が40000MPa・%以上を確保できない。
【0052】
IQの歪度が-0.3を上回ると、所望の分布状態に比べて、IQが相対的に低い硬質な組織の割合が高いことを表している。このとき、軟質組織の割合が減少することで、成形性、特に全伸びELが低下して、所望のTS×ELが得られない。
【0053】
本実施形態の高強度鋼板は、(1)引張強度TS、(2)降伏比YR、(3)TS×EL、(4)TS×λ、(5)ドイツ自動車工業会(VDA)の曲げ試験において、試験片を曲げ角度10°に変形させる荷重/板厚、などの特性がいずれも高いレベルにある。次に、本実施形態の高強度鋼板におけるこれらの特性について説明する。
【0054】
(1)引張強度TS:780MPa以上
本実施形態の高強度鋼板は、引張強度TSが780MPa以上であることが好ましい。引張強度TSは、より好ましくは880MPa以上であり、更に好ましくは980MPa以上である。引張強度TSは高いほど好ましいが、本実施形態の高強度鋼板の化学成分組成や製造条件を考慮すると、引張強度TSの上限は概ね1600MPa以下である。
【0055】
(2)降伏比YR:0.70以上
本実施形態の高強度鋼板において、引張強度TSに対する降伏強度YSの割合(YS/TS)で表される降伏比YRは0.70以上であることが好ましい。これにより、上述の高い引張強度TSと相まって、高い降伏強度が実現できる。その結果、負荷をかけた際の変形を抑制し、衝突安全性を高めることができる。降伏比YRは、より好ましくは0.75以上であり、更に好ましくは0.80以上である。衝突安全性の観点からは、降伏比YRは高いほど好ましいが、本実施形態の高強度鋼板の化学成分組成や製造条件を考慮すると、降伏比YRの上限は概ね0.95以下である。
【0056】
(3)TS×EL:13000MPa・%以上
本実施形態の高強度鋼板は、TS×ELが13000MPa・%以上であることが好ましい。13000MPa・%以上のTS×ELを有することで、優れた強度と優れたプレス成形性等を両立することができる。TS×ELは、より好ましくは14000MPa・%以上であり、更に好ましくは15000MPa・%以上である。TS×ELは高いほど好ましいが、本実施形態の高強度鋼板の化学成分組成や製造条件を考慮すると、TS×ELの上限は概ね25000MPa・%以下である。
【0057】
(4)TS×λ:40000MPa・%以上
本実施形態の高強度鋼板は、TS×λが40000MPa・%以上であることが好ましい。40000MPa・%以上のTS×λを有することで、優れた強度と優れたプレス成形性等を両立することができる。TS×λは、より好ましくは50000MPa・%以上であり、更に好ましくは60000MPa・%以上である。TS×λは高いほど好ましいが、本実施形態の高強度鋼板の化学成分組成や製造条件を考慮すると、TS×λの上限は概ね150000MPa・%以下である。
【0058】
(5)ドイツ自動車工業会(VDA)の曲げ試験において、試験片を曲げ角度10°に変形させる荷重/板厚:3.0kN/mm以上
本実施形態の高強度鋼板は、VDAの曲げ試験において、試験片を曲げ角度10°に変形させる荷重/板厚の値が、3.0kN/mm以上であることが好ましい。VDAの曲げ試験において、試験片を曲げ角度10°に変形させる荷重/板厚の値が、3.0kN/mm以上であることで、衝突等における鋼板の変形量を低減し、衝突安全性を高めることができる。上記荷重/板厚の値は、より好ましくは3.1kN/mm以上であり、更に好ましくは3.2kN/mm以上である。荷重/板厚の値は、高いほど好ましいが、本実施形態の高強度鋼板の化学成分組成や製造条件を考慮すると、VDAの曲げ試験において、試験片を曲げ角度10°に変形させる荷重/板厚の値の上限は、概ね5.0kN/mm以下ある。
【0059】
[製造方法]
本実施形態の高強度鋼板を製造するには、下記の手順に従えばよい。本発明者らは、所定の化学成分組成を有する原板に対し、下記に詳述する熱処理を行うことにより、上述した所望の鋼組織を有し、その結果、上述の所望の機械的特性を有する高強度鋼板が得られることを見出した。
【0060】
なお、熱処理を施す原板として、鋼素材を熱間圧延して得られる熱延鋼板や、さらに酸洗、冷間圧延して得られる冷延鋼板が挙げられるが、上記熱間圧延や酸洗、冷間圧延の条件は特に限定されない。
【0061】
原板に対して行う熱処理パターンの一例を、模式的に図1に示す。
【0062】
[工程A:鋼板をAc3変態点以上、950℃以下の温度T1に加熱し、該温度域で5秒以上1800秒以下の時間t1保持してオーステナイト化する工程]
図1における工程Aでは、鋼板をAc3変態点以上、950℃以下の温度T1(加熱温度T1)に加熱し、該温度域で5秒以上1800秒以下の時間t1(保持時間t1)保持する。これによって、鋼板組織を十分にオーステナイトへ逆変態させることができる。
【0063】
鋼板をAc3変態点以上、950℃以下の加熱温度T1に加熱するときの平均加熱速度HR1(図1の[1])は、特に限定されず、任意の平均加熱速度HR1で昇温すればよい。例えば、室温から上記加熱温度T1まで、平均加熱速度HR1を1℃/秒以上、100℃/秒以下として昇温することが挙げられる。
【0064】
加熱温度T1(図1の[2])がAc3変態点を下回ると、オーステナイトへの逆変態が不十分となり、フェライトが残存することで、降伏比YRが低下する。従って、加熱温度T1はAc3変態点以上とするのがよく、好ましくはAc3変態点+5℃以上、より好ましくはAc3変態点+10℃以上である。加熱温度T1が950℃を上回ると、鋼板組織の結晶粒が粗大化し、穴広げ率λが低下するおそれがあるため、加熱温度T1は950℃以下とすることが好ましい。
【0065】
加熱温度T1での保持時間t1(図1の[2])が5秒を下回ると、オーステナイトへの逆変態が不十分となり、フェライトが残存することで、降伏比YRが低下する。従って、保持時間t1は5秒以上とするのがよく、好ましくは10秒以上であり、より好ましくは20秒以上である。
【0066】
保持時間t1が1800秒を上回ると、生産性が低下することに加え、鋼板組織の結晶粒が粗大化することで穴広げ率λなどの鋼板特性の低下も生じるおそれがあるため、保持時間t1は1800秒以下とするのがよく、好ましくは1500秒以下であり、より好ましくは1000秒以下である。
【0067】
[工程B:700℃以上の急冷開始温度T2から10℃/秒以上の平均冷却速度で300℃以上500℃以下の温度域の冷却停止温度T3aまで冷却する工程]
図1における工程Bでは、上記工程Aで加熱、保持した鋼板を700℃以上の急冷開始温度T2から10℃/秒以上の平均冷却速度で300℃以上500℃以下の冷却停止温度T3aまで冷却する。これによって、冷却過程におけるフェライトの析出を抑制することができる。
【0068】
本実施形態の製造方法では、加熱温度T1から急冷開始温度T2までの平均冷却速度CR1(図1の[3])は特に限定されない。上記平均冷却速度CR1として、例えば0.1℃/秒以上、5℃/秒以下で冷却することが挙げられる。
【0069】
急冷開始温度T2が700℃を下回ると、フェライトが析出し、降伏比YRが低下する。従って、急冷開始温度T2は700℃以上とするのがよく、好ましくは750℃以上であり、より好ましくは800℃以上である。急冷開始温度T2の上限は特に限定されず、工程Aの加熱温度T1以下であればよい。
【0070】
急冷開始温度T2から冷却停止温度T3aまでの平均冷却速度CR2(図1の[4])が10℃/秒を下回ると、冷却中にフェライトが析出し、降伏比YRが低下する。従って、平均冷却速度CR2は10℃/秒以上とするのがよく、好ましくは15℃/秒以上であり、より好ましくは20℃/秒以上である。平均冷却速度CR2の上限は特に限定されないが、例えば100℃/秒以下であればよい。
【0071】
冷却停止温度T3aは、上記急冷の終点となる温度であり、また後述する工程Cにおける滞留開始温度でもある。この冷却停止温度T3aが300℃を下回ると、後の工程において析出するベイナイトが過度に硬質となることに加えて、炭素濃化部の形成が十分に進行せず残留オーステナイトも減少し、所望のTS×ELが得られない。従って、冷却停止温度T3aは300℃以上とするのがよく、好ましくは320℃以上であり、より好ましくは340℃以上である。
【0072】
冷却停止温度T3aが500℃を上回ると、後の工程において析出するベイナイトが過度に軟質となり、所望の降伏比YRが得られない。また、炭素濃化部が粗大化することで、粗大な残留オーステナイトおよびMAが形成され、TS×λも低下する。従って、冷却停止温度T3aは500℃以下とするのがよく、好ましくは480℃以下であり、より好ましくは460℃以下である。
【0073】
[工程C:300℃以上500℃以下の温度域で、平均冷却速度10℃/秒以下で10秒以上300秒未満の時間t3滞留する工程]
図1における工程Cでは、上記工程Bにて冷却した鋼板を、300℃以上500℃以下の温度域において、平均冷却速度10℃/秒以下で10秒以上300秒未満の時間t3(滞留時間t3:図1の[5])滞留する。これによって、部分的にベイナイトを形成させる。このベイナイトはオーステナイトよりも炭素の固溶限が低いため、固溶限を超えた炭素をはき出す。その結果、ベイナイト周囲に炭素の濃化したオーステナイトの領域が形成される。この領域が、後述する工程Dでの冷却、および工程Eでの再加熱を経て、残留オーステナイトとなる。この残留オーステナイトにより、TS×ELを高めることができる。
【0074】
この工程Cで滞留するときの温度(滞留温度)が300℃を下回ると、前述の通り、析出するベイナイトが過度に硬質となることに加えて、炭素濃化部の形成が十分に進行せず残留オーステナイトも減少し、所望のTS×ELが得られない。従って、滞留温度は300℃以上とするのがよく、好ましくは320℃以上であり、より好ましくは340℃以上である。
【0075】
滞留温度が500℃を上回ると、析出するベイナイトが過度に軟質となり、所望の降伏比YRが得られない。また、炭素濃化部が粗大化することで、粗大な残留オーステナイトおよびMAが形成され、TS×λも低下する。従って、滞留温度は500℃以下とするのがよく、好ましくは480℃以下であり、より好ましくは460℃以下である。
【0076】
工程Cでの平均冷却速度が10℃/秒を上回ると、十分なベイナイト変態が起こらず、その結果、十分な炭素濃化領域が形成されず、残留オーステナイトが減少して所望のTS×ELが得られない。従って、工程Cにおける平均冷却速度は10℃/秒以下とするのがよく、好ましくは7℃/秒以下であり、より好ましくは3℃/秒以下である。或いは、0℃/秒、すなわち一定温度に保持してもよい。上記温度範囲内では、冷却速度を変化させてもよいし、冷却と一定温度での保持を組み合わせてもよい。また、工程Cの滞留において、ベイナイト変態に伴う発熱などにより、300℃以上500℃以下の温度内で鋼板温度が昇温してもよい。
【0077】
滞留時間t3が10秒を下回ると、十分なベイナイト変態が起こらず、その結果、十分な炭素濃化領域が形成されず、残留オーステナイトが減少して所望のTS×ELが得られない。従って、300℃以上500℃以下での滞留時間t3は、10秒以上とするのがよく、好ましくは20秒以上であり、より好ましくは30秒以上である。
【0078】
しかしながら、滞留時間t3が300秒以上となると、工程Cにおけるベイナイト変態が過度に進行して、炭素濃化部が大きくなりすぎて、焼鈍後の鋼板組織における残留オーステナイトおよびMAが粗大化する。その結果、穴広げ率λが低下し、所望のTS×λが得られない。従って、300℃以上500℃以下での滞留時間t3は、300秒未満とするのがよく、好ましくは200秒以下であり、より好ましくは100秒以下である。
【0079】
[工程D:滞留終点温度T3bから100℃以上300℃以下の温度域での冷却停止温度T4までの平均冷却速度を10℃/秒以上として冷却する工程]
図1における工程Dでは、工程Cで滞留させた鋼板を、300℃以上の滞留終点温度T3b(工程Dにおける冷却開始温度に相当)から、100℃以上300℃以下の温度域での冷却停止温度T4までの平均冷却速度CR3(図1の[6])を10℃/秒以上として冷却する。これにより、未変態のオーステナイトの一部をマルテンサイト変態させる。マルテンサイトに変態しない未変態のオーステナイトを微細化することができ、その結果、微細な残留オーステナイトおよびMAが得られる。また、形成したマルテンサイトが後述の工程を経て焼戻しマルテンサイトになることで、降伏比YRおよび衝突安全性を高めることもできる。
【0080】
平均冷却速度CR3が10℃/秒を下回ると、冷却中に炭素濃化領域が必要以上に広がり、MAが粗大となるためTS×λが低下する。従って、平均冷却速度CR3は10℃/秒以上とするのがよく、好ましくは15℃/秒以上であり、より好ましくは20℃/秒以上である。なお、平均冷却速度CR3の上限は特に限定されないが、例えば100℃/秒以下であればよい。
【0081】
冷却停止温度T4(図1の[7])が300℃を上回ると、十分なマルテンサイト変態が生じないため、焼鈍後の鋼板組織におけるMAが粗大化して、所望のTS×λが得られない。同時に、焼鈍後の鋼板組織中に十分な量の焼戻しマルテンサイトを導入することもできず、降伏比YRも低下する。従って、冷却停止温度T4は300℃以下とするのがよく、好ましくは280℃以下であり、より好ましくは260℃以下である。
【0082】
冷却停止温度T4が100℃を下回ると、マルテンサイト変態が過度に進行するため、焼鈍後の鋼板組織に所望の残留オーステナイト量を確保することができない。その結果、全伸びELが低下し、所望のTS×ELが得られない。従って、冷却停止温度T4は100℃以上とするのがよく、好ましくは120℃以上であり、より好ましくは140℃以上である。
【0083】
この工程Dにおいて、冷却停止後は、図1の[7]に示すように、前記冷却停止温度T4で保持してもよいが、保持せずに、後述する再加熱する工程を更に行うことが好ましい。前記冷却停止温度T4で保持する場合は、保持時間t4を1秒以上600秒以下とすることが好ましい。この冷却停止温度T4での保持時間t4が長くても、特性はほとんど影響を受けないが、600秒を超えると生産性が低下する。
【0084】
[工程E:前記冷却停止温度T4から、300℃以上500℃以下の温度域での再加熱温度T5まで加熱し、再加熱温度T5の温度域において350秒以上1800秒以下の時間t5保持する工程]
図1における工程Eでは、工程Dで冷却した鋼板を、300℃以上500℃以下で、下記の要件を満足する再加熱温度T5まで加熱し、再加熱温度T5の温度域において350秒以上1800秒以下の時間(保持時間t5)保持する(図1の[9])。この再加熱温度T5は、工程Bにおける冷却停止温度T3a(工程Cにおける滞留開始温度にも相当)と滞留終点温度T3bとの平均温度[(T3a-T3b)/2]との差が50℃以下であるという要件を満足させる必要がある。
【0085】
この工程Eにより、未変態のオーステナイトの一部がベイナイト変態すると同時に、工程Dで析出したマルテンサイトが焼戻しされる。これにより、bcc構造およびbct構造を有する組織のIQの歪度を所望の値に制御することができる。同時に、ベイナイトおよびマルテンサイト中の炭素が排出されて周囲のオーステナイトへの炭素濃化が促進され、オーステナイトを安定化させることができる。その結果、最終的に得られる残留オーステナイト量を増大させることができる。
【0086】
再加熱温度T5までの加熱速度HR2(図1の[8])は特に限定されず、例えば1℃/秒以上、50℃/秒以下が挙げられる。
【0087】
再加熱温度T5が300℃を下回ると、マルテンサイトを十分に焼戻しすることができず、IQの歪度が-0.3を上回り、所望のTS×ELが得られない。従って、再加熱温度T5は300℃以上とするのがよく、好ましくは320℃以上であり、より好ましくは340℃以上である。
【0088】
再加熱温度T5が500℃を上回ると、炭素がセメンタイトとして析出し、十分な量の残留オーステナイトを確保できなくなる。その結果、全伸びELが低下し、所望のTS×ELが得られない。従って、再加熱温度T5は500℃以下とするのがよく、好ましくは480℃以下、より好ましくは460℃以下である。
【0089】
再加熱温度T5が、冷却停止温度T3aと滞留終点温度T3bの平均温度との差が50℃よりも高温となると、この工程Eで析出するベイナイトが過度に軟質となり、IQの歪度が-1.2を下回る。その結果、所望の衝突安全性を得られない。
【0090】
再加熱温度T5が、冷却停止温度T3aと滞留終点温度T3bの平均温度との差が50℃よりも低温となると、工程Cで析出するベイナイトと工程Eで析出するベイナイトおよび焼戻しマルテンサイトの硬度差が大きくなり、穴広げ率λが低下する。このため、再加熱温度T5は、冷却停止温度T3aと滞留終点温度T3bの平均温度の差が50℃以下であるのがよく、好ましくは40℃以下であり、より好ましくは30℃以下である。
【0091】
この工程Eでの再加熱後の保持時間t5(図1の[9])が350秒を下回ると、マルテンサイト等の硬質組織について所望の焼戻し状態が得られず、bcc構造およびbct構造を有する結晶粒のIQの歪度が-1.2を下回る。その結果、所望の衝突安全性が得られない。従って、再加熱後の保持時間t5は350秒以上とするのがよく、好ましくは380秒以上であり、より好ましくは400秒以上である。再加熱後の保持時間t5が1800秒を上回ると、機械的特性にはほとんど影響を及ぼさないが、生産性の低下が生じる。従って、保持時間t5は1800秒以下とするのがよく、好ましくは1200秒以下であり、より好ましくは600秒以下である。
【0092】
再加熱温度T5で保持した後は冷却されるが、このときの平均冷却速度CR4(図1の[10])は特に限定されず、例えば、平均冷却速度CR4は1℃/秒以上、50℃/秒以下が挙げられる。
【0093】
本実施形態の高強度鋼板では、鋼板に電気めっき処理、蒸着めっき処理等のめっき処理を行ってもよく、更にめっき処理後に合金化処理を行ってもよい。鋼板に、有機皮膜の形成、フィルムラミネート、有機塩類処理、無機塩類処理、ノンクロム処理等の表面処理を行ってもよい。
【0094】
めっき処理として鋼板に溶融亜鉛めっき処理を行う場合、例えば、鋼板の温度を亜鉛めっき浴の温度より40℃低い温度以上、且つ亜鉛めっき浴の温度より50℃高い温度以下の温度に加熱または冷却し、亜鉛めっき浴中を通板する。この溶融亜鉛めっき処理により、表面に溶融亜鉛めっき層を備えた鋼板、すなわち溶融亜鉛めっき鋼板が得られる。
【0095】
溶融亜鉛めっき処理後に合金化処理を行う場合、例えば、溶融亜鉛めっき鋼板を460℃以上600℃以下の温度に加熱する。加熱温度が460℃未満では、合金化が不足することがある。加熱温度が600℃超では、合金化が過剰となって、耐食性が劣化することがある。合金化処理により、表面に合金化溶融亜鉛めっき層を有する鋼板、すなわち合金化溶融亜鉛めっき鋼板が得られる。
【0096】
なお、上記実施形態は、いずれも本発明を実施するにあたっての具体例を示したものに過ぎず、これらによって本発明の技術的範囲が限定的に解釈されてはならないものである。すなわち、本発明はその技術思想、またはその主要な特徴から逸脱することなく、様々な形で実施することができる。
【0097】
本明細書は、上述したように様々な態様の技術を開示しているが、そのうち主な技術を以下にまとめる。
【0098】
本発明の一態様に係る高強度鋼板は、
質量%で、
C:0.10~0.35%、
Si+Al:0.5~3.0%、
Mn:1.0~3.0%、
P :0%超0.05%以下、および
S :0%超0.01%以下
を夫々含有し、残部が鉄および不可避不純物であり、
面積割合で、フェライト分率:0~10%、MA分率:0~30%、フェライトおよびMA以外の硬質相:70~100%であり、
体積割合で、残留オーステナイト分率:5~30%である金属組織を有し、
bcc構造およびbct構造を有する結晶粒を面積0.05μm2の領域の集合とした場合に、EBSD法によって解析したときのIQの歪度を、下記式(1)で表したとき、この歪度が-1.2~-0.3であることを特徴とする。
【0099】
【数4】
【0100】
式(1)における各変数は、以下を表す。
n:bcc構造およびbct構造を有する面積0.05μm2の領域の総数
s:面積0.05μm2の領域のIQの標準偏差
:面積0.05μm2の領域iのIQ
ave:bcc構造およびbct構造を有する面積0.05μm2の領域の平均IQ
このような構成により、衝突安全性および成形性のいずれも優れた高強度鋼板を提供することができる。
【0101】
本発明の好ましい実施形態として、上記高強度鋼板には、必要によって更に、(a)Ti:0%超0.2%以下、Nb:0%超0.2%以下およびV:0質量%超0.5質量%以下よりなる群から選択される少なくとも1種、(b)Ni:0%超2%以下、Cr:0%超2%以下およびMo:0%超0.5%以下よりなる群から選択される少なくとも1種、(c)B:0%超0.005%以下、(d)Mg:0%超0.04%以下、REM:0%超0.04%以下およびCa:0%超0.04%以下よりなる群から選択される少なくとも1種、等を含有することも有効であり、含有させる元素の種類に応じて高強度鋼板の特性が更に改善される。
【0102】
本発明の他の好ましい実施形態として、鋼板表面にめっき層を有する高強度鋼板も含まれる。
【0103】
本発明の他の態様として高強度鋼板の製造方法も含まれ、この製造方法は、上記のような化学成分組成を有する素地鋼板を加熱した後、熱間圧延し、前記熱間圧延終了後に冷却して巻取り、次いで酸洗・冷間圧延を施した後、
鋼のAc3変態点以上、950℃以下の温度T1に加熱し、該温度域で5秒以上1800秒以下の時間t1保持してオーステナイト化する工程と、
700℃以上の急冷開始温度T2から10℃/秒以上の平均冷却速度CR2で300℃以上500℃以下の温度域の冷却停止温度T3aまで冷却する工程と、
300℃以上500℃以下の温度域で、平均冷却速度10℃/秒以下で10秒以上300秒未満の時間t3滞留する工程と、
300℃以上の滞留終点温度T3bから100℃以上300℃以下の温度域の冷却停止温度T4まで10℃/秒以上の平均冷却速度CR3で冷却する工程と、
前記冷却停止温度T4から、300℃以上500℃以下の温度域で、下記の要件を満足する再加熱温度T5まで加熱し、該再加熱温度T5の温度域において350秒以上1800秒以下の時間t5保持する工程と、
再加熱温度T5:前記冷却停止温度T3aと滞留終点温度T3bとの平均温度との差が50℃以下である。
をこの順に含むことを特徴とする。
【0104】
こうした構成により、上記したような優れた衝突安全性および成形性を両立する高強度鋼板を製造することができる。
【0105】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前記、後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例
【0106】
下記表1に示した化学成分組成(残部:鉄、およびP、S以外の不可避不純物)を有する鋳造材(鋼種A~E)を真空溶製で製造した後、この鋳造材を熱間圧延で板厚30mmとし、さらに熱間圧延を施した。下記表1に示した各鋼種のAc3変態点は、「レスリー鉄鋼材料学:1985年、William C.Leslie」の第273頁に記載されたVII-20式を参照した下記式(2)により計算した値である。また表1中、「-」の欄は添加していないこと、または測定限界未満であることを意味する。
【0107】
Ac3変態点(℃)=910-203×[C]1/2-15.2×[Ni]+44.7×[Si]+104×[V]+31.5×[Mo]-30×[Mn]-11×[Cr]+700×[P]+400×[Al]+400×[Ti]・・・式(2)
ただし、上記[C]、[Ni]、[Si]、[V]、[Mo]、[Mn]、[Cr]、[P]、[Al]および[Ti]は、夫々C、Ni、Si、V、Mo、Mn、Cr、P、AlおよびTiの鋼板中の質量%を意味し、含まれない元素は「0質量%」として算出される。
【0108】
【表1】
【0109】
前記熱間圧延では、1250℃に供試材を加熱した後、多段圧延で板厚2.6mmに圧延した。このとき、熱間圧延の終了温度は920℃とした。その後、600℃まで30℃/秒の平均冷却速度で冷却し、600℃に加熱した炉に挿入後、30分保持し、その後、炉冷して熱延鋼板を得た。この熱延鋼板に対し、酸洗を施して表面のスケールを除去した後、冷間圧延を施して厚さ1.4mmの冷延鋼板を原板として得た。
【0110】
得られた原板に対し、下記表2(図1に示した工程A~C)および表3(図1に示した工程D~E)に示す熱処理を行ってサンプルを得た。なお、表2、3の試験No.1では、工程Eの再加熱保持後に、めっき浴への浸漬に相当する460℃における保持と合金化炉に相当する500℃における保持からなる合金化溶融亜鉛めっきを模擬した熱処理を施した。また表2、3において、平均冷却速度CR1、CR2、CR3は、加熱速度と区別するため、マイナス表示とした。
【0111】
【表2】
【0112】
【表3】
【0113】
得られたサンプルの板厚/4位置における金属組織およびIQの歪度を、前述の手法にて測定することで求めた。その結果を、下記表4に示す。
【0114】
また得られたサンプルを用い、下記の各方法によって、引張試験、穴広げ試験、VDA曲げ試験を行い、鋼板の機械的特性を測定した。その結果を下記表5に示す。
【0115】
[引張試験]
上記サンプルから、鋼板の圧延方向に垂直な方向が長手方向となるように、JIS5号引張試験片を鋼板から採取し、JIS Z 2241:2011に規定の方法に従って、測定し、降伏強度YP、引張強度TSおよび全伸びELを測定した。
【0116】
[穴広げ試験]
上記サンプルを、JFS T1001で規定される穴広げ試験に供し、穴広げ率λを測定した。
【0117】
[VDA曲げ試験]
ドイツ自動車工業会で規定されたVDA基準(VDA238-100)に基づいて、以下の条件で曲げ試験を行い、曲げ試験で測定される最大荷重時の変位をVDA基準で角度に変換し、曲げ角度を求めた。そして、曲げ角度10°における荷重を評価した。
【0118】
(測定条件)
試験方法:ロール支持、ポンチ押し込み
ロール径:φ30mm
ポンチ形状:先端R=0.4mm
ロール間距離:2.9mm
ポンチ押し込み速度:20mm/分
試験片寸法:60mm×60mm
曲げ方向:圧延方向に対して直角方向
試験機:SIMAZU AUTOGRAPH(最大荷重:20kN)
【0119】
【表4】
【0120】
【表5】
【0121】
これらの結果から、次のように考察できる。まず試験No.1~4、いずれも本実施形態の高強度鋼板で規定する化学成分組成を満足し(表1の鋼種A~D)、且つ本実施形態の製造方法で規定する製造条件で製造して所望の鋼組織が得られたため、高い引張強度TS、降伏比YRと成形性(TS×EL、TS×λ)に加えて、優れた衝突安全性(VDA曲げ試験の曲げ角度10°における荷重/板厚)を示している。
【0122】
これに対し、試験No.5~7は、本実施形態の製造方法で規定する製造条件を満たさないため、所望の鋼組織が得られず、その結果、機械的特性のいずれかが劣る結果となった。
【0123】
具体的には、試験No.5は、工程Eにおける保持時間t5が所望の条件より短時間であり、IQの歪度が所望の値より低くなった例である。その結果、TS×λおよび衝突安全性について、所望の機械的特性が得られていない。
【0124】
試験No.6は、工程Aにおける加熱温度が低温(Ac3変態点未満)であり、且つ工程Cを含まない例である。工程Cを含まないことによって、軟質なベイナイトが析出せず、その代わりに上記工程Aで多量のフェライト(IQの高い組織)が析出し、IQの平均値が上昇して、IQの歪度が低下している。その結果、フェライト量およびIQの歪度が所望の範囲を外れることで、降伏比YR、TS×λおよび衝突安全性が低下し、所望の機械的特性が得られていない。
【0125】
試験No.7は、工程Cを含まないため、軟質なベイナイトが析出せず、その代わりに工程Dでより硬質なマルテンサイト(IQの低い組織)が増加していることが予想される。その結果、試験No.6とは逆にIQの歪度が所望の値より高くなり、TS×ELが低下している。
図1