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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-12
(45)【発行日】2022-12-20
(54)【発明の名称】細胞トラップ構造体及びその利用
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/26 20060101AFI20221213BHJP
【FI】
C12M1/26
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2018041100
(22)【出願日】2018-03-07
(65)【公開番号】P2019154241
(43)【公開日】2019-09-19
【審査請求日】2021-01-28
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000110
【氏名又は名称】弁理士法人 快友国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】片平 悟史
(72)【発明者】
【氏名】徳弘 健郎
(72)【発明者】
【氏名】名倉 理紗
【審査官】中野 あい
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第104073428(CN,A)
【文献】特開2015-149986(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0281126(US,A1)
【文献】PLOS ONE, 2014 JUN 20, vol. 9, no. 6, article no. e100042 (pp. 1-10)
【文献】J Appl Phys, 2008, vol. 103, article no. 044701 (pp. 1-6)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00-3/10
C12N 1/00-7/08
C12Q 1/00-3/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の方向性で移動する標的細胞を捕捉するためのトラップ構造体であって、
前記所定の方向性における上流側に開口し前記標的細胞を捕捉する凹状のキャビティを構成する細胞捕捉部と、
前記細胞捕捉部の一部において前記キャビティの内部と前記キャビティの外部とを、前記標的細胞が排出されない程度に連通する連通部と、
前記細胞捕捉部の前記上流側に配置されて前記標的細胞を衝突又は接触させて前記標的細胞の移動方向を変化させる障害部と、
を一単位として備え、
前記障害部は、前記キャビティの略中央部の前記上流側に備えられるとともに、前記標的細胞を衝突又は接触させて前記標的細胞の前記キャビティへの進入をガイド又は促進するガイド部をさらに備え
前記障害部の前記所定の方向性における最も下流側にある端部と、前記細胞捕捉部の最上流側端部との前記所定の方向性に沿う距離が、前記標的細胞の平均的粒径の1倍以上3倍以下である、トラップ構造体。
【請求項2】
前記ガイド部は、前記所定の方向性における下流側に向かってテーパ状となるように構成されている、請求項1に記載のトラップ構造体。
【請求項3】
前記障害部は、前記標的細胞がキャビティの側方側のみから前記キャビティ内に進入するように構成されている、請求項1又は2に記載のトラップ構造体。
【請求項4】
前記障害部は、前記標的細胞が前記キャビティの斜め上流側のみから前記キャビティ内に進入するように構成されている、請求項1~3のいずれかに記載のトラップ構造体。
【請求項5】
前記障害部は、一細胞観察が可能な状態で前記標的細胞を前記キャビティに収容可能に構成されている、請求項1~のいずれかに記載のトラップ構造体。
【請求項6】
前記障害部は、前記キャビティに1個以上3個以下の前記標的細胞を収容可能に構成されている、請求項1~のいずれかに記載のトラップ構造体。
【請求項7】
前記障害部は、前記キャビティに1個以上2個以下の前記標的細胞を収容可能に構成されている、請求項1~のいずれかに記載のトラップ構造体。
【請求項8】
前記細胞捕捉部は、前記所定の方向性における下流側に向かって徐々に前記キャビティが狭くなるように第1の傾斜部分を備える、請求項1~のいずれかに記載のトラップ構造体。
【請求項9】
前記細胞捕捉部は、その外側に前記細胞捕捉部の前記上流側の端部から前記所定の方向性における下流側外方に傾斜する第2の傾斜部分を備える、請求項1~のいずれかに記載のトラップ構造体。
【請求項10】
前記細胞捕捉部及び前記連通部は、平坦な表面を備える基材に立設される併せて2個又は3個のブロック体を有し、前記2個又は3個のブロック体の間隙を前記キャビティ及び前記連通部となるように構成されている、請求項1~のいずれかに記載のトラップ構造体。
【請求項11】
前記障害部は、前記表面に立設されるブロック体である、請求項10に記載のトラップ構造体。
【請求項12】
所定の方向性で移動する標的細胞を捕捉するためのトラップ領域を備えるデバイスであって、
前記トラップ領域には、
請求項1~11のいずれかに記載のトラップ構造体を備える、デバイス。
【請求項13】
複数の前記トラップ構造体を配列した複数の列を、前記所定の方向性に略直交する方向に沿って複数個備えており、
前記所定の方向性に沿って隣り合う前記列においては、前記所定の方向性に沿って前記トラップ構造体が重複しないように配列されている、請求項12に記載のデバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書は、細胞のトラップ構造体及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞をトラップするトラップ構造体を有するマイクロ流路デバイスが知られている。このようなマイクロ流路デバイスは、流路を利用して細胞に培地を供給しつつ、細胞を培養して、単一細胞の分裂、形態、表現型等の状態を観察することを目的とするタイムラプス観察等に用いられる場合がある。また、個々の細胞を観察できることは、細胞を構成要素とするデバイスを適切に構築し、作動させるのにあたっても重要である。
【0003】
例えば、複数の独立したマイクロ流路モジュールを備え、各モジュールが、培地導入部と、培地排出部と、を備えるとともに、これらを連通させる流路(チャネル)と、この流路の途中に細胞をトラップする複数のトラップ構造体をアレイ状に有するチャンバーと、備えるチップ状のデバイスが知られている(特許文献1、非特許文献1)。こうしたデバイスにおけるトラップ構造体は、概して、細胞を捕捉・保持可能に、細胞が到来する方向に向けて開口する凹状の細胞捕捉部を備えるとともに、当該細胞捕捉部の一部には、娘細胞等を排出するために細胞捕捉部外に連通する連通部を備えている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】米国特許公開2016/0281126号明細書
【非特許文献】
【0005】
【文献】PLoS ONE, June 2014, Volume 9, Issue 6, e100042
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、これまで開示されている形状のトラップ構造体では、複数の細胞の積み重なりが生じてしまい、細胞レベルでの経時的観察が困難になる場合が多々あった。また、トラップ構造体による細胞トラップ率が低いため、観察可能なトラップ構造体及び細胞が限定されてしまっていた。こうしたことから、従来のマイクロ流路デバイスでは、一つの細胞を観察するには効率的ではなかった。
【0007】
本明細書は、より実用的なトラップ構造体及びその利用を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、トラップ構造体について種々検討したところ、意外にも、あえて、細胞捕捉部の細胞の到来する上流側に、細胞と衝突又は接触して細胞の移動方向を変化させる障壁部を有する障害部(バッフル)を備えるようにすることで、細胞捕捉部への細胞捕捉を促進し、しかも、過剰な細胞を捕捉せず、細胞分裂等が観察可能な状態で細胞を効率的に捕捉できるという知見を得た。本明細書は、かかる知見に基づき以下の手段を提供する。
【0009】
(1) 所定の方向性で移動する細胞を捕捉するためのトラップ構造体であって、
前記所定の方向性における上流側に開口する凹状のキャビティを構成する細胞捕捉部と、
前記細胞捕捉部の一部において前記キャビティの内部と前記キャビティの外部とを連通する連通部と、
前記細胞捕捉部の前記上流側で、前記細胞を衝突又は接触させて前記細胞の移動方向を変化させる障害部と、
を、備える、トラップ構造体。
(2) 前記障害部は、さらに、前記細胞を衝突又は接触させて前記キャビティへの進入をガイド又は促進するガイド部を備える、(1)に記載のトラップ構造体。
(3) 前記ガイド部は、前記所定の方向性における下流側に向かってテーパ状となるように構成されている、(2)に記載のトラップ構造体。
(4) 前記障害部は、前記キャビティの略中央部の前記上流側に備えられる、(1)~(3)のいずれかに記載のトラップ構造体。
(5) 前記障害部は、前記細胞がキャビティの側方側のみから前記キャビティ内に進入するように構成されている、(1)~(4)のいずれかに記載のトラップ構造体。
(6) 前記障害部は、前記細胞が前記キャビティの斜め上流側のみから前記キャビティ内に進入するように構成されている、(1)~(5)のいずれかに記載のトラップ構造体。
(7) 前記障害部は、前記障害部の前記所定の方向性における最も下流側にある端部と、前記細胞捕捉部の最上流側端部との前記所定の方向性に沿う距離が、前記細胞の平均的粒径の1倍以上3倍以下である、(1)~(6)のいずれかに記載のトラップ構造体。
(8) 前記障害部は、一細胞観察が可能な状態で前記細胞を前記キャビティに収容可能に構成されている、(1)~(7)のいずれかに記載のトラップ構造体。
(9) 前記障害部は、前記キャビティに1個以上3個以下の前記細胞を収容可能に構成されている、(1)~(8)のいずれかに記載のトラップ構造体。
(10) 前記障害部は、前記キャビティに1個以上2個以下の前記細胞を収容可能に構成されている、(1)~(9)のいずれかに記載のトラップ構造体。
(11) 前記細胞捕捉部は、前記所定の方向性における下流側に向かって徐々に前記キャビティが狭くなるように第1の傾斜部分を備える、(1)~(10)のいずれかに記載のトラップ構造体。
(12) 前記細胞捕捉部は、その外側に前記細胞捕捉部の前記上流側の端部から前記所定の方向性における下流側外方に傾斜する第2の傾斜部分を備える、(1)~(11)のいずれかに記載のトラップ構造体。
(13) 前記細胞捕捉部及び前記連通部は、平坦な表面を備える基材に立設される併せて2個又は3個のブロック体を有し、前記2個又は3個のブロック体の間隙を前記キャビティ及び前記連通部となるように構成されている、(1)~(12)のいずれかに記載のトラップ構造体。
(14) 前記障害部は、前記表面に立設されるブロック体である、(13)に記載のトラップ構造体。
(15) 所定の方向性で移動する細胞を捕捉するためのトラップ領域を備えるデバイスであって、
前記トラップ領域には、
(1)~(14)のいずれかに記載のトラップ構造体を備える、デバイス。
(16) 複数の前記トラップ構造体を配列した複数の列を、前記所定の方向性に略直交する方向に沿って複数個備えており、
前記所定の方向性に沿って隣り合う前記列においては、前記所定の方向性に沿って前記トラップ構造体が重複しないように配列されている、(15)に記載のデバイス。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本明細書が開示するトラップ構造体の一例を示す図である。
図2】本明細書が開示するトラップ構造体細胞捕捉部の他の例を示す図である。
図3】本明細書が開示するトラップ構造体を有する細胞トラップ領域の一例を示す図である。
図4】マイクロ流路デバイスの全体構造及び部分構造を示す図である。
図5】実施例で作製したマイクロ流路デバイスにおけるトラップ領域を示す図である。
図6A】実施例で作製したマイクロ流路デバイスにおける他のトラップ領域を示す図である。
図6B】実施例で作製したマイクロ流路デバイスにおける他のトラップ領域を示す図である。
図6C】実施例で作製したマイクロ流路デバイスにおける他のトラップ領域を示す図である。
図7】実施例で評価した各トラップ領域の顕微鏡写真を示す図である。
図8】実施例で評価した各トラップ領域における充填率を示す図である。
図9】障害部の効果を評価するために用いたトラップ構造体B及び同E(a)とその配列状態(b)とを示す図である。
図10】トラップ構造体B及び同Eを備えるマイクロ流路デバイスの全体構造を示す図である。
図11】障害部の効果を評価するために用いたトラップ構造体F及び同G(a)とその配列状態(b)とを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本明細書の開示は、細胞のトラップ構造体及びその利用に関し、より具体的には、所定の方向性が付与されて移動する細胞を捕捉するためのトラップ構造体及びその利用に関する。
【0012】
本明細書に開示されるトラップ構造体(以下、本明細書において、本トラップ構造体ともいう。)は、所定の方向性が付与されて移動する細胞を捕捉するためのトラップ構造体である。本トラップ構造体は、こうした所定の方向性における上流側に開口する凹状のキャビティを構成する細胞捕捉部と、細胞捕捉部の一部においてキャビティとキャビティの外部とを連通する連通部と、を備えることができる。さらに、こうした細胞捕捉部の上流側で、キャビティに進入しようとする細胞を衝突又は接触させて細胞の移動方向を変化させる障害部を備えることができる。障害部を備えることで、追加の細胞がキャビティに進入し堆積することが抑制される。このため、細胞観察に適した状態で細胞をキャビティに充填できるようになる。
【0013】
また、こうした障害部を備えることで、細胞を捕捉するためのキャビティの開口を拡大することができるようになり、その結果、キャビティへの細胞の進入を促進することができ、細胞がキャビティに捕捉される割合を高めることができる。これらの結果、細胞観察に適した状態の細胞のキャビティへの充填率(以下、単に、充填率という。)が向上される。
【0014】
以上のことから、本トラップ構造体を用いることで、細胞タイムラプス観察など、細胞の分離、細胞についての種々の観察や細胞分離を効率的に行うことができる。
【0015】
本明細書において、「トラップ構造体」とは、細胞を捕捉するための1又は2以上の要素からなる構造体を意味している。より好ましくは、一つの標的細胞を捕捉するのに好適な構造体を意味している。
【0016】
また、本明細書において、「細胞の充填率」とは、細胞捕捉部のキャビティに、単一の標的細胞のみ、又は単一の標的細胞と単一の娘細胞とのみが充填(捕捉)されている状態のキャビティ数を分子とし、評価に供した全てのキャビティを分母とした場合の割合(%)をいう。
【0017】
また、本明細書において、「細胞」とは、特に限定するものではなく、動物細胞、植物細胞、これら以外の真核細胞、原核細胞等が挙げられる。なかでも、単一細胞に分離し、捕捉することにより観察等に供することに好適な細胞が挙げられる。かかる細胞としては、その種類や大きさは特に限定されないが、例えば、酵母細胞などの真核微生物、大腸菌、乳酸菌などの細菌、赤血球や白血球などの血球、CTC(血中循環腫瘍細胞)、昆虫細胞などの浮遊細胞等が挙げられる。
【0018】
以下、本明細書の実施形態としての、トラップ構造体、トラップ構造体を複数個備える細胞トラップ領域を備えるデバイス等について適宜図面を参照しながら説明する。
【0019】
(トラップ構造体)
本トラップ構造体は、所定の方向性で移動する細胞を捕捉するためのトラップ構造体である。所定の方向性で移動する細胞とは、例えば、培地などの流動性の媒体を伴って、重力、ポンプ等などによる外力(圧送力)等によって移動方向が規定されて移動開始した細胞を意味している。細胞は、移動開始時には一定の方向性が付与されていても、その後、相互にあるいは他の物体等と衝突又は接触して移動方向が変化する場合があるが、このような場合であっても、依然として、移動開始時とは異なる移動のための異なる方向性が別途規定されない限り、所定の方向性で移動する細胞に該当する。以下の説明において、所定の方向性に沿う軸を軸Aという場合がある。
【0020】
図1には、本トラップ構造体の一例であるトラップ構造体2を示し、図1(a)は、トラップ構造体2の平面図であり、図1(b)は、トラップ構造体2の斜視図である。図1に示すように、トラップ構造体2は、例えば、平坦な表面を有する基材上に、細胞捕捉部4と、連通部16と、障害部20と、を備えることができる。また、図2には、本トラップ構造体における細胞捕捉部の他の例を示す。本トラップ構造体は、これらの図面に限定されるものではないが、以下の説明では、本開示の理解の容易のために基本的にこれらの図面を参照して図面に開示される部材番号を使用して説明する。なお、これらの図面においては、トラップ構造体2は、いずれも、細胞が移動する所定の方向性に正確に沿って備えられている。
【0021】
(細胞捕捉部)
細胞捕捉部4は、細胞が移動する所定の方向性における上流側(以下、単に、「上流側」ともいい、所定方向性における下流側を単に、「下流側」ともいう。)に開口する凹状のキャビティ6を構成することができる。細胞捕捉部4がかかるキャビティ6を有することで、細胞をキャビティ6に捕捉し、安定して保持することができる。
【0022】
(キャビティ)
キャビティ6は、細胞を捕捉可能に構成していればその材料や形状等は特に限定されない。キャビティ6が備える、上流側に開口する部分は、上流側から細胞が進入する細胞進入部を構成することができる。また、当該開口部分は、同時に、余剰の細胞をキャビティ6から排出する細胞排出部も構成することができる。
【0023】
キャビティ6は、標的とする細胞を捕捉するために適したサイズを有することが好ましい。例えば、その上流側の開口部分は、標的とする細胞の直径よりも大きい開口であることが好ましい。例えば、酵母を標的細胞とする場合、キャビティ6の開口サイズ(幅)は、5μm以上15μm以下程度とすることができる。
【0024】
特に限定するものではないが、キャビティ6の開口幅を、後述する障害部20の幅よりも広くすることが障害部20による余剰細胞の堆積抑制効果を発揮させつつ、細胞充填率を高めるのに効果的である。この場合、キャビティ6の開口幅は、細胞の種類や障害部20の幅等によるが、例えば、6μm以上15μm以下、また例えば、7μm以上12μm以下、また例えば、8μm以上11μm以下などとすることができる。
【0025】
また、キャビティ6の奥行き(長さ)も、特に限定するものではないが、標的細胞が堆積しやすい長さであればよく、例えば、酵母細胞を標的細胞とするときには、3μm以上15μm以下程度とすることができる。また、キャビティ6の開口サイズ(深さ)も同様の範囲程度とすることができる。こうした開口サイズは、標的細胞の種類や形状等に応じて、また、キャビティ6の形状等に応じて適宜決定することができる。
【0026】
細胞捕捉部4は、連続するキャビティ内面を有する凹状部を有する一体的な部材として構成されてもよいが、2個又は3個のブロック体の間隙をキャビティ6及び後述する連通部16となるように全体として細胞捕捉部4となるように構成されてもよい。
【0027】
例えば、図1に示すように、2つのブロック体8a、8bを、その対向する側面によって上流側に開いた凹状のキャビティ6となるように配置するようにしてもよい。このような2個のブロック体8a、8bで細胞捕捉部4を構成することで、対向する他の側面との間に容易に連通部16を構築することもできる。図1に示すように、例えば、ブロック体8a、8bは、いずれも、上流側に凸である上流側断面略三角形部分(上流側部分)と断面長方形状部分(下流側部分)が一体となった柱状体であって、左右対称の一対の柱状体とすることができる。これらのブロック体8a、8bを対向配置することで、上流側部分でキャビティ6を形成し、下流側部分で連通部16を形成する。
【0028】
(第1の傾斜部分)
また、図1に示すように、キャビティ6を、キャビティ6の奥側、すなわち、下流側に向かって徐々にキャビティが狭くなるような第1の傾斜部分を有するように構成することで、細胞の捕捉を促進し、過剰な細胞の堆積を回避できる場合がある。キャビティ6の第1の傾斜部分の形態は特に限定しないが、例えば、図1に示すように、ブロック体8a、8bの対向する側面でもあるキャビティ6の内面10のように構成することができる。すなわち、キャビティ6の開口を規定する端縁6aから一定の斜度で傾斜する平坦な斜面部分とすることができる。このような第1の傾斜部分は、図1に示すように、キャビティ6の対向する内面10の全体であってもよいし、その一部、例えば、開口端縁6aからの一定範囲であってもよい。また、第1の傾斜部分は、平面視で円弧状となるような凹状面や凸状面であってもよい。第1の傾斜部分は、好ましくは、キャビティ6の左右で略対称である。
【0029】
キャビティ6の内面10の軸Aに対する第1の傾斜部分の斜度αは、特に限定するものではないが、例えば、5°以上であり、また例えば、10°以上であり、また例えば、15°以上であり、また例えば、20°以上であり、また例えば、30°以上であり、また例えば40°以上である。また、特に限定するものではないが、例えば、60°以下であり、また例えば、50°以下である。なお、第1の傾斜部分が平面視円弧状の場合には、キャビティ6の開口を規定する端縁6aと当該円弧の接線との間の最大角度を斜度αとする。
【0030】
(第2の傾斜部分)
また、図1に示すように、キャビティ6からの外面12に、細胞捕捉部4の上流側端部から下流側外方に傾斜する第2の傾斜部分を備えるようにすることで、キャビティ6への余剰の細胞の進入を抑制及び排出を促進して、細胞の堆積の回避に有利な場合がある。外面12の第2の傾斜部分は、図1に示すように、キャビティ6の端縁6aに始まり外面12の全体であってもよいし、またその一部、例えば、キャビティ6の開口を規定する端縁6aから一定範囲であってもよい。また、第2の傾斜部分は、平面視で円弧状となるような凹状面や凸状面であってもよい。第2の傾斜部分は、好ましくは、細胞捕捉部4の左右で略対称である。
【0031】
外面12の第2の傾斜部分の軸Aに対する斜度βは、特に限定するものではないが、例えば、5°以上であり、また例えば、10°以上であり、また例えば、15°以上であり、また例えば、20°以上であり、また例えば、30°以上であり、また例えば40°以上である。また、特に限定するものではないが、例えば、60°以下であり、また例えば、50°以下である。なお、外面12が平面視円弧状の場合には、キャビティ6の開口を規定する端縁6aと当該円弧の接線との最大角度を斜度βとする。
【0032】
キャビティ6の開口端を構成する細胞捕捉部4の上流側端部の角度、例えば、ブロック体6a、6bの上流側を指向する2つの面10、12によって成される角度は、これらの斜度α、βの合計であり、例えば、10°以上、また例えば、20°以上、また例えば、30°以上、また例えば、40°以上、また例えば、60°以上、また例えば、80°以上であり、また例えば、120°以下であり、また例えば、100°以下である。
【0033】
なお、かかる上流側端部は、例えば、図1に示すブロック体8a、8bにおける端縁6aは、必ずしも先鋭なものでなくてもよく、丸みを帯びていたり、例えば、2μm以下、また例えば、1μm以下、また例えば、0.5μm以下程度の幅の面を備えるものであってもよい。
【0034】
細胞捕捉部4は、また、図2(a)及び同(b)に示すように、平面視で、下流方向に向かってほぼ同一の大きさを備える凹状のキャビティ6を構成可能な2つのブロック体8a’、8b’やブロック体8a’’、8b’’を対向状に配置して構成してもよい。これらのブロック体(8a’8b’)、(8a’’、8b’’)は、例えば、上流側の断面略長方形部分(上流側部分)と下流側の断面略長方形部分(下流側部分)が一体となった柱状体であって左右対称の一対の柱状体とすることができる。これらのブロック体(8a’8b’)、(8a’’、8b’’)を対向配置することで、上流側部分でキャビティ6を形成し、下流側部分で連通部16を形成する。
【0035】
ブロック体8a’’、8b’’は、その開口端縁から下流側に20°傾斜する第2の傾斜部分を備えている。こうした第2の傾斜部分は、既述のように、細胞の捕捉を促進し、過剰な細胞の体積を回避できる場合がある。なお、当該第2の傾斜部分の斜度は、既に説明した、外面12の斜度の態様を同様に適用することができる。
【0036】
さらに、同図(c)に示すように、平面視で、全体として、上流側の左右一対のブロック体9a、9b及び下流側の中央のブロック体9cでこれらの側面で囲繞される空間を凹状のキャビティ6として備えるように構成することもできる。左右のブロック体9a、9bは、左右対称の一対の略台形形状の柱状体である。また、ブロック体9cもまた、略上流側を短辺とする略台形状の柱状体である。キャビティ6は、ブロック体9a、9bの対向する短辺を含む側面と、ブロック体9cの短辺を含む側面とによって規定される間隙である。この態様では、左右のブロック体9a、9bと下流側のブロック体9cとの間で、後述する連通部16を容易に2つ備えることができる。すなわち、3個のブロック体9a、9b、9cで細胞捕捉部4を構成することで、キャビティ6とともに2つの連通部16を備えるように容易に構成することができる。
【0037】
さらに、図示はしないが、さらに、4個以上のブロック体から細胞捕捉部4を構成し、キャビティ6及び連通部16を構成することもできる。
【0038】
以上、例示した細胞捕捉部4が備える特徴である、キャビティ6のサイズ、第1の傾斜部分、第2の傾斜部分、キャビティ6の開口部分を規定する細胞捕捉部4の上流側端部の形状などは、適宜組み合わせて単一の細胞捕捉部4や2以上のブロック体から構成される細胞捕捉部4に適宜適用することができる。
【0039】
(連通部)
トラップ構造体2は、細胞捕捉部4の一部においてキャビティ6の内部とキャビティ6の外部とを連通する連通部16を備えることができる。連通部16は、細胞の培養液のほか、意図しない細胞をキャビティから排出するための部分である。したがって、連通部16は、標的とする細胞は通過しないが、意図しない細胞を通過するサイズに構成されることが好ましい。
【0040】
連通部16の内径は、特に限定するものではないが、例えば、酵母を標的細胞とする場合、意図しない細胞は、標的細胞から出芽した娘細胞であるが、この場合には、連通部の内径(幅)は、2μm以上3μm以下程度とすることができる。また、連通部の奥行き(長さ)も、特に限定するものではないが、意図しない細胞が堆積しづらい長さであればよく、例えば、酵母細胞の娘細胞等を意図しない細胞とするときには、2μm以上5μm以下程度とすることができる。さらに、連通部の内径(深さ)は、同様の範囲程度とすることができるが、記述のキャビティと同等程度であってもよい。こうした連通部の内径は、標的細胞や意図しない細胞の種類に応じて、また、連通部の形状等に応じて適宜決定することができる。
【0041】
キャビティ6における連通部16の形成個所及び個数は特に限定するものではないが、キャビティ6内でもより下流側に1個又は2個程度備えることが好ましい。例えば、キャビティ6の最下流側に1個又は2個備えることができる。
【0042】
例えば、図1に例示するように、単一の連通部16を、キャビティ6の中央最下流側に備えることもできる。この連通部16は、2つのブロック体8a、8bの下流側部分の対向する側面11の間隙を連通部16としている。図2(a)及び(b)に示す連通部16も、2つのブロック体(8a’、8b’)(8a’’、8b’’)の下流側基部の対向する側面を連通部16としている。
【0043】
また、図2(c)に示すように、3つのブロック体9a、9b、9cで細胞捕捉部4を構成している場合には、最下流に配置されるブロック体9cと上流側の一方のブロック体9aとの対向する側面13c、13aによって規定される間隙及びブロック体9cと上流側の他方のブロック体9bとの対向する側面13c、13bによって規定される間隙をそれぞれ連通部16a、16bとすることができる。
【0044】
(障害部)
トラップ構造体2は、細胞捕捉部4の上流側で、キャビティ6に進入しようとする細胞を衝突又は接触させて細胞の移動方向を変化させる障害部20を備えることができる。障害部20を備えることにより、キャビティ6における余剰の細胞の堆積を抑制又は回避できる。加えて、本開示を拘束するものではないが、細胞の進行方向を変化させて移動させることができるため、他のキャビティ6への細胞捕捉率を向上させることができると推測される。
【0045】
障害部20は、例えば、図1に示すように、所定断面形状の柱状体等として平坦な基材表面に立設されることができる。障害部20は、キャビティ6へ余剰の細胞の進入及び堆積を抑制するが、適切な細胞の進入を抑制しないように構成されることが好ましい。より具体的には、例えば、キャビティ6に1個以上2個以下の標的細胞を収容可能に構成されることが好ましい。このため、障害部20は、全体として、キャビティ6の開口部分の幅を超えない幅を有し、キャビティ6への細胞の進入を妨げない奥行きに構成され、そのような位置に備えられる。
【0046】
こうしたことから、障害部20は、例えば、標的細胞を酵母とする場合、その最大幅は、例えば、1μm以上8μm以下であり、また例えば、2μm以上6μm以下であり、また例えば、3μm以上5μm以下である。また、その最大奥行きも3μm以上6μm以下とされる。また、障害部20は、その最下流側位置と細胞捕捉部4の最上流側位置との軸Aに沿う間隔が、例えば、4μm以上、また例えば、4.5μm以上、また例えば、5μm以上となるように配置される。なお、当該間隔は、特に限定するものではないが、例えば、標的細胞の差し渡し径の1倍~3倍程度であることが好ましい。標的細胞が酵母の場合、例えば、約5μm以上約15μm以下であり、同大腸菌の場合、約2μm以上約6μm以下であり、同乳酸菌の場合、約1.5μm以上約4.5μm以下であり、同赤血球の場合、約7.5μm以上約33μm以下であり、同白血球の場合、約14μm以上約42μm以下であり、同CTCの場合、約20μm以上約60μm以下であり、同昆虫細胞の場合、約18μm以上約54μm以下である。
【0047】
障害部20は、細胞捕捉部4の上流側に備えられるが、細胞捕捉部4のキャビティ6の開口部分の上流側に備えられることが、余剰の細胞の堆積を抑制できる点において好適である。また、より好適にはキャビティ6の開口部分の略中央部、さらに好適には、図1に示すように、中央部の上流側に備えられる。こうすることで、キャビティ6における余剰の細胞の堆積を効果的に抑制できる。また、障害部20の両側からキャビティ6へ均等に細胞が進入可能となる。加えて、同時に、キャビティ6の両側から、均等に余剰の細胞の進入の抑制と排出が可能となる。
【0048】
障害部20によって、細胞がキャビティ6の側方側のみから進入するように構成されていることが好適である。このように構成することで、細胞が所定方向性に従ってその正面からはキャビティ6に進入できなくなるため、キャビティ6における所定方向性に従う細胞の堆積を抑制又は回避するとともに細胞の排出を促進できる。また、障害部20によって、細胞がキャビティ6の斜め上流側のみから進入するように構成されていることも好ましい。こうすることで、キャビティ6における所定方向性での細胞の堆積をより効果的に抑制又は回避するとともに、細胞の排出をより一層促進できる。こうした構成については、後述する。
【0049】
(障壁部)
障害部20は、細胞を衝突又は接触させて移動方向を変化させるものであればよく、障害部20は、その全ての側面部分において、細胞を衝突又は接触させて移動方向を変化させることができる。なかでも、障害部20の上流側が、所定の方向性で到来する細胞に対するに主要な障壁部24として機能する。障壁部24は、少なくとも障害部20の最も上流側部分の外面20aに適用することができる。例えば、図1に示すように、障壁部24を、所定方向性に対してほぼ直交する平面である障害部20の外面20aとして構成することができる。また例えば、障壁部24は、上流側に凸状の曲面を有する外面20aとして構成してもよいし、上流側に凸状の略三角形を構成する2つの斜面を有する外面20aとして構成してもよいし、所定方向性に全体として直交する波線状を描く凹凸面を有する外面20aとして構成してもよい。
【0050】
(ガイド部)
障害部20は、さらに、細胞のキャビティ6への進入をガイド又は促進するガイド部26を備えることができる。ガイド部26は、細胞の衝突又は接触によって、細胞をキャビティ6へ誘導することができる。ガイド部26は、キャビティ6内へ細胞の進入を促進することにより、障害部20の存在によって細胞のキャビティ6への進入や排出が抑制されすぎないようにすることができる。
【0051】
(第3の傾斜部分)
ガイド部26は、特に限定するものではないが、例えば、障害部20の下流側において下流側を指向する外面20bに適用することができる。特に限定するものではないが、例えば、図1に示すように、ガイド部26の下流側外面20bを、ガイド部26が下流側に向かって略テーパ状となるように、2つの端縁20cからそれぞれキャビティ6の中心に向かって傾斜する第3の傾斜部分を有するように構成することができる。第3の傾斜部分は、好ましくは、障害部20の左右で略対称である。
【0052】
第3の傾斜部分の形態は特に限定しないが、例えば、図1に示すように、端縁20cから一定の斜度で傾斜して下流側端部20dにまで至る斜面としてもよいし、端縁20cから一定範囲のみの斜面としてもよいし、平面視で下流側に凸状又は凹状となる円弧状面を有するようにしてもよい。
【0053】
なお、第3の傾斜部分の形態は、細胞捕捉部4のキャビティ6における第1の傾斜部分の形態に概ね倣っていることが好ましい。すなわち、第1の傾斜部分が直線的な斜面を有する場合には、第3の傾斜部分は、第1の傾斜部分に倣った斜度の斜面を有することが好ましく、第1の傾斜部分が凹状である場合には、第3の傾斜部分には、当該凹状に倣う凸状であることが好ましい。
【0054】
第3の傾斜部分の軸Aに対する斜度γは、特に限定するものではないが、例えば、A軸に対して5°以上であり、また例えば、10°以上であり、また例えば、15°以上であり、また例えば、20°以上であり、また例えば、30°以上であり、また例えば40°以上である。また、特に限定するものではないが、例えば、60°以下であり、また例えば、50°以下である。なお、外面20bが平面視円弧状面を有する場合には、端縁20cと当該円弧の接線との最大角度を斜度γとする。
【0055】
なお、2つの第3の傾斜部分を備える外面20bによって構成される障害部20の下流側端部の角度は、これらの合計であり、例えば、10°以上、また例えば、20°以上、また例えば、30°以上、また例えば、40°以上、また例えば、60°以上、また例えば、80°以上であり、また例えば、120°以下であり、また例えば、100°以下である。
【0056】
なお、障害部20の下流側端部20dの形状は、図1に示すように、必ずしも先鋭なものでなくてもよく、丸みを帯びていたり、例えば、2μm以下、また例えば、1μm以下、また例えば、0.5μm以下程度の幅の面を備えるものであってもよい。
【0057】
障害部20がこうした第3の傾斜部分を有するガイド部26を備えることにより、既述のように、細胞がキャビティ6の斜め上流側のみから進入するように構成して、キャビティ6への細胞の進入を促進するとともに、余剰の細胞の堆積を抑制できる。
【0058】
障害部20を備えるとき、なかでも、ガイド部26、さらには、第3の傾斜部分を備えるようなガイド部26を備えるとき、キャビティ6の内面10が既述のように第1の傾斜部分を有することで、より一層細胞のキャビティ6への流入方向を規定することができるようになるとともに、キャビティ6からの余剰の細胞を排出しやすくなる。なお、第3の傾斜部分の斜度γとキャビティ6の第1の傾斜部分の斜度αは、同一か又はその差が10°以内、好ましくは5°以内である。さらに、このとき、細胞捕捉部4が第2の傾斜部分を有していれば、一層、余剰の細胞の排出が容易となる。
【0059】
以上説明した障害部20は、全体として、図1に示すように、下流側に三角形の頂点を有する略五角形の柱状体として形成できるほか、下流側を指向する断面略三角形状、断面略円形状、軸Aに沿って長い断面略楕円形状、断面方形状、断面略菱形状、他の断面略多角形形状等の柱状体として構成することができる。
【0060】
トラップ構造体2は、以上説明した細胞捕捉部4、連通部16及び障害部20を備えることができる。トラップ構造体2によれば、細胞捕捉部4のみならず、新たに障害部20を備えることで、より理想的な細胞分離及び捕捉を実現することができる。また、障害部20を備えることのメリットは、細胞の堆積抑制及び充填促進であって、細胞の種類や細胞の形状等にかかわらず発揮されると考えられる。
【0061】
典型的なトラップ構造体2の細胞捕捉部4及び連通部16は、平坦な表面を備える基材に立設される併せて2個又は3個のブロック体を有し、2個又は3個のブロック体の間隙をキャビティ6及び前記連通部16となるように構成されうる。そして、障害部20もまた、表面に立設されるブロック体として構成されうる。
【0062】
本トラップ構造体2及びこれらの構成要素の高さは、トラップ構造体2を作製するのにあたって、概ね同一の高さとなる。当該高さは、特に限定するものではないが、培養液の流動性や標的細胞の種類に応じて適宜決定される。例えば、酵母細胞を標的細胞とする場合は、4μm以上6μm以下とすることができる。
【0063】
また、トラップ構造体2の平面サイズ、すなわち、細胞捕捉部4、連通部16及び障害部20によって規定される最大幅×最大奥行きは、特に限定するものではなく、捕捉しようとする細胞の大きさに基づいて適宜設定される。例えば、概ね、30μm×35μm以内である。また、複数のトラップ構造体2を配列するときには、各トラップ構造体2は幅方向に10μm以上15μm以下間隔を置いて、また、奥行き方向(所定方向性に沿う方向)にも、10μm以上15μm以下間隔を置いて配置することができる。また例えば、特に限定するものではないが、こうした幅方向及び奥行き方向におけるトラップ構造体構造体2の間隔は、標的細胞の差し渡し径の2倍~3倍程度が好ましい。したがって、標的細胞が酵母細胞の場合、約10μm以上15μm以下であり、同大腸菌の場合、約4μm以上約6μm以下であり、同乳酸菌の場合、約3μm以上約4.5μm以下であり、同赤血球の場合、約15μm以上約33μm以下であり、同白血球の場合、約28μm以上約42μm以下であり、同CTCの場合、約40μm以上約60μm以下であり、同昆虫細胞の場合は、約36μm以上約54μm以下である。
【0064】
さらに、例えば、図3に示すように、複数の本トラップ構造体2をアレイ状に配列することもできる。例えば、複数のトラップ構造体2を配列した列が、軸Aに対して直交するように複数列配列されるとき、隣り合う列における個々のトラップ構造体2の位置が、軸Aに沿っては重ならないように配列されることが好ましく、より好ましくは1列おきに(2列毎に)、軸Aにそってトラップ構造体2の位置が重複するように配列される。
【0065】
また、個々のトラップ構造体2は、キャビティ6の開口部分の中心軸が所定方向性に沿う軸Aに沿って配置されることが好ましく、より好ましくは、当該中心軸が軸Aに忠実に沿って配置される。
【0066】
本トラップ構造体2は、特に限定するものではないが、いずれかにポリジメチルシロキサンなどのシリコーンポリマー、ポリメチル(メタ)アクリレートエタノールアミンクリレート、ポリスチレン、ポリカーボネートなどの公知のポリマー、ガラス材料、セラミックス材料等を用いて、これらの要素を備えるように成形することができる。本トラップ構造体2は、概して、後述するマイクロ流路デバイスにおいて細胞トラップ領域内に備えられる。
【0067】
(デバイス)
本明細書に開示されるデバイスは、所定の方向性で移動する細胞を捕捉するためのトラップ領域を備えるデバイスである。かかるデバイスのトラップ領域に、本トラップ構造体を備えることができる。かかるデバイスによれば、本トラップ構造体を備えるために、細胞観察に適した状態で細胞を分離・捕捉でき、また、効率的に細胞を捕捉することができる。このため、細胞タイムラプス観察などに好適に用いることができる。
【0068】
本明細書に開示されるデバイスの一例であるデバイス50を示し、図4(a)は、トラップ領域70を含むマイクロ流路を備えるデバイス50の平面図であり、図4(b)は、マイクロ流路60の拡大図である。図4に示すように、デバイス50は、例えば、平坦な表面を有する基材52で被覆された状態で複数のマイクロ流路60を備えることができる。本デバイスは、これらの図面に限定されるものではないが、以下の説明では、本開示の理解の容易のために基本的にこれらの図面を参照して図面に開示される部材番号を使用して説明する。
【0069】
例えば、図4に示すように、デバイス50は、マイクロ流路60を複数備えている。デバイス50は、基材としてのガラスプレート52と、シリコーンポリマー等を用いて成形した適度な剛性と可撓性を備える約3ミリ厚程度のシート54からなる。ガラスプレート52にシート54を接着剤等が固定されている。
【0070】
シート54は、複数のマイクロ流路60を備えている。マイクロ流路60は、細胞トラップ領域70を備えているほか、培養液を導入するための導入ポート62と、排出ポート64と、細胞(懸濁液)を導入するポート66と、これらを連絡する流路群68と、を備えている。各マイクロ流路60において、所定の方向性とは、流路群68の流路68aにおいて、細胞導入ポート66から排出ポート64に至る経路において細胞トラップ領域70における細胞の移動方向となる。
【0071】
なお、マイクロ流路60の流路高さは特に限定するものではないが、例えば、5μmに設定されている。また、流路群68及び細胞トラップ領域70は、いずれもその幅が210μmに設定されている。流路群68及び細胞トラップ領域70は、シート54の最表面に形成されてガラスプレート52で覆われている。また、各種ポート62、64、66は、シート54のそれぞれ流路群68及び細胞トラップ領域70が形成されている側から、反対側の表面に貫通し、当該反対側において開口するように構成されている。
【0072】
細胞トラップ領域70には、本トラップ構造体が1個又は2個以上、好ましくは3個以上配置されている。本トラップ構造体は、既に図1図3を参照して説明した各種形態で、細胞分離、捕捉、観察に適した状態で配列されている。典型的には、本トラップ構造体は、図3に示すように、アレイ状に配列されている。好ましくは、隣りあう列のトラップ構造体は、所定の方向に沿っては重複しないように、各列が配置される。
【0073】
なお、図4(b)に示す形態では、細胞トラップ領域70は、流路群68の一部として設けたが、これに限定しないで、流路群68に連絡するチャンバーを形成し、当該チャンバーを細胞トラップ領域70とすることもできる。また、細胞トラップ領域70は、1つのマイクロ流路60において2個以上備えることもできる。
【0074】
次に、こうしたデバイス50の使用方法について説明する。例えば、以下には、デバイス50で酵母をトラップ構造体2に捕捉して、タイムラプス解析等に供する過程について説明する。
【0075】
まず、培養液を培養液導入ポート62と排出ポート64のそれぞれにシリコンチューブを接続するとともに、細胞導入ポート66を封止した状態で、培養液導入ポート62にマイクロシリンジポンプを用いて培地を導入した。その後、別のシリンジポンプを用いて、封止を解除しシリコンチューブを接続した細胞導入ポート66から、細胞懸濁液を注入して、細胞を液送する。
【0076】
細胞の液送に伴い、細胞は、細胞トラップ領域70に到達し、一定の方向性でトラップ構造体2を指向して移動する。細胞の移動に伴い、細胞は、障害部20に衝突又は接触し、あるいは、キャビティ6に捕捉され、あるいはキャビティ6から排出されながら、下流方向に移動する。
【0077】
キャビティ6に分離され捕捉された細胞、例えば、1つの母親細胞、又は母親細胞と娘細胞は、細胞トラップ領域70に供給される培地によって培養される。キャビティ6に捕捉された細胞は、単一細胞等として分離されたものとして使用可能であるほか、タイムラプス観察などに供することができる。したがって、デバイス50は、細胞分離デバイス細胞観察デバイスなどとして使用されうる。また、こうしたデバイス50は、診断を含む医療用デバイスとして、また、創薬のためのスクリーニングデバイスとしても有用である。
【実施例
【0078】
以下、本明細書の開示をより具体的に説明するために具体例としての実施例を記載する。以下の実施例は、本明細書の開示を説明するためのものであって、その範囲を限定するものではない。
【実施例1】
【0079】
(酵母を捕捉するためのマイクロ流路デバイスの作製)
本実施例で作製したマイクロ流路デバイス(以下、単にMFDという。)の全体図及びマイクロ流路の詳細図を図4(a)及び同(b)にそれぞれ示す。図4(a)に示すように、MFD上に形成する複数のマイクロ流路のそれぞれにおいて、酵母細胞をトラップする領域を1本に設定し、培養液導入ポート、廃液ポート及び細胞懸濁液導入ポートとして、直径1mmの穴を図に示す位置にそれぞれ一ヵ所ずつ設定した。流路幅および流路深さは210μmおよび5μmに設定した。また、MFDの基材にはシリコーンポリマーであるポリジメチルシロキサン(PDMS)を用いた。MFDの基板には、高倍率での顕微鏡観察を可能とするため、カバーグラス(マツナミC025601)を用いた。基板であるカバーグラスの寸法上の制限から、PDMS基材の外形寸法は縦24mm×横59mmとし、ポートへのチューブ接続のため、PDMSは厚さ3mmとした。
【0080】
評価に供したトラップ構造体を図5及び図6A~6Cに示す。全てのトラップ構造体について、以下の仕様とした。すなわち、各トラップ構造体間の間隔は縦横12μm、流路側壁との間隔は最少13μmとし、隣り合う列のトラップが交互に並ぶように配置した。総トラップ数は520ユニットとなるようにした。なお、連通部間隔について2.5μmを設定した。以下に、各トラップ構造体について説明する。
【0081】
<構造体A>
図5に示すように、上流側に1つのブロック、下流側に2つのブロックを左右に並べた。酵母細胞は下流部の2つのブロックによって捕捉され、娘細胞は下流側のブロック間のスリットから排出される。下流側のブロックの上部には、左右45°ずつ傾斜をつけた。
【0082】
<構造体B>
図6Aに示すように、特許文献1記載のブロック構成とした。
【0083】
<構造体C>
図6Bに示すように、構造体Bについて、左右のブロックの上部に、それぞれ20°の傾斜をつけ、さらに当該傾斜面に続く外側面にも10°の傾斜をつけた。
【0084】
<構造体D>
図6Cに示すように、上流側に左右2つのブロック、下流側に1つのブロックから構成した。
【0085】
こうしたトラップ構造体のアレイを細胞トラップ領域に備えるマイクロ流路を、PDMSを基材として作製し、これをカバーガラスに固定してMFDを作製した。
【実施例2】
【0086】
(マイクロ流路デバイスの評価)
プラスチック製シリンジ(テルモ、5ml容)に5mlのYPD培地(ポリペプトン20g/l、酵母エキス10g/l、グルコース20g/l、アデニン100mg/l)を入れ、マイクロシリンジポンプ(Chemyx社、ヒュージョンタッチ200、CX07200)に装着した。シリンジに濾過滅菌フィルター(ADVANTEC、Cellulose Acetate,Hydrophilic、ポアサイズ0.22μm)を装着し、シリコンチューブ(外径1mm、内径0.5mm)をつないでMFDの培養液導入ポートと接続した。MFDの細胞懸濁液導入ポートには封止用プラグを挿入し、廃液ポートにはシリコンチューブを接続して廃液用チューブに導入した。流速20μl/minでYPD培地を液送してMFD流路に培地を充填した。流路への細胞の導入時は、YPD培地を用いてOD600=0.4に調整した酵母細胞懸濁液1mlを入れた5ml容のシリンジを別のマイクロシリンジポンプに装着し、封止用プラグを取り除いたのちシリコンチューブを細胞懸濁液導入ポートに接続して細胞を液送した。なお、酵母菌株はSaccharomyces cerevisiaeBY4741株をYPD培地で一晩培養して用いた。
【0087】
MFDへの細胞懸濁液の導入の様子は、顕微鏡IX51N-SP(オリンパス株式会社製)もしくはBZ-9000(キーエンス株式会社製)を用い、倍率40倍もしくは60倍(油浸)の対物レンズを用いてガラス基板側から観察した。結果を図7に示す。
【0088】
図7に示すように、構造体Bや構造体Cでは空のトラップが複数見られた。また、構造体Dでは空のトラップは少ないものの、細胞捕捉部への細胞の積み重なりが見られた。一方、上流側に障害部を設定した構造体Aでは、細胞捕捉部への細胞の積み重なりはほとんど観察されず、またほとんどのトラップに酵母細胞が捕捉されていた。
【0089】
また、各トラップ構造体において、細胞分裂が観察可能な状態で捕捉されている率(充填率)を算出した。各トラップ形状につき約200個のトラップを算出に供した。なお、算出条件は以下のとおりとした。結果を図8に示す。
【0090】
<充填率の算出条件>
充填率は、母親細胞のみ、もしくは母親細胞と娘細胞が捕捉されている率とした。ただし、3個以上の細胞が捕捉されている場合は除外した。算出に供したトラップ数は、構造体Aは230個、構造体Bは208個、構造体Cは208個、構造体Dは209個であった。
【0091】
図8に示すように、障害部ブロックを有する構造体Aの充填率は、約90%に達した。評価に供した構造体中、最も高い充填率であり、構造体Aが高効率で細胞を捕捉できることがわかった。また、構造体Bの充填率は約60%となり、その改変型である構造体Cの充填率は約74%であり、斜面構造が一定の効果を奏していることがわかった。
【0092】
以上示したように、障害部ブロックを配置した構造体Aの細胞充填率が最も高くなった。構造体Aは、上流部にあえて邪魔石となるブロックを設置した。これらが細胞の積み重なりを防ぎ、また捕捉部へと細胞を誘導しているものと考えられる。さらに、構造体Aは、下流側のブロックも上部の傾斜をつけた設計としている。構造体Cの結果を考慮すると、こうした傾斜構造も構造体Aにおける細胞の堆積抑制及び充填率向上に貢献しているものと考えられる。
【実施例3】
【0093】
(障害部の効果の評価1)
実施例1で作製した構造体Bと、当該構造体Bの細胞捕捉部の上流側に図9(a)に示すサイズの障害ブロック(高さは、構造体Bと同一である。)を配置した構造体Eと、を、図9(b)に示すように、同一流路内の左右側に配置し、全体として図10に示すMFD(マイクロ流路デバイス)を作製した。
【0094】
実施例2と同様の方法で、YPD培地をMFDの流路に充填して、YPD培地で調製した酵母S. cerevisiaeBY4741株の細胞懸濁液を導入し、トラップ構造体に細胞が捕捉される様子を顕微鏡BZ-9000(キーエンス株式会社製)に60倍(油浸)の対物レンズを装着して観察した。
【0095】
観察された全トラップ数に対する母親細胞のみ、もしくは母親細胞と娘細胞が捕捉されている率を充填率として算出した。算出に供したトラップ数は、構造体Bは300個、構造体Eは188個であった。障害部のない構造体Bの充填率は48%であり、障害部ブロックを配置した構造体Eの充填率は68%(構造体Bにおける充填率に対する%は142%)であり、障害部ブロックを配置することが充填率を高める効果を奏していることがわかった。
【実施例4】
【0096】
(障害部の効果の評価2)
実施例1で作製した構造体Aを、図11(a)に示すように改変して障害部を有しない構造体を構造体Fとし、上流側に障害部ブロックを配置したものを構造体Gとした。構造体F及び構造体Gを、図11(b)に示すように、同一流路内の左右に配置したMFDを作製した。MFD全体構造は図10と同様である。
【0097】
実施例3と同様にYPD培地と酵母細胞懸濁液をMFDに導入し、充填率を算出した。算出に供したトラップ数は、構造体Fは293個、構造体Gは163個であった。障害部のない構造体Fの充填率は61%であり、障害部ブロックを配置した構造体Gの充填率は74%(構造体Fにおける充填率に対する%は121%)であり、障害部ブロックを配置することが充填率を高める効果を奏していることがわかった。
【0098】
1細胞タイムラプス観察においては、一度に計測できる細胞が多いほど実験効率の面で有利である。このため、より多くの細胞が細胞分裂を観察できる状態で捕捉されていることが重要である。トラップへの細胞の積み重なりは流路の目詰まりを引き起こし、また細胞分裂の観察にも障害となることから、構造体Aのように、障害部を配置することで、タイムラプス観察を初めとして細胞分離や細胞観察等において種々の効果を発揮すると期待される。
図1
図2
図3
図4
図5
図6A
図6B
図6C
図7
図8
図9
図10
図11