(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-12
(45)【発行日】2022-12-20
(54)【発明の名称】金属酸窒化物薄膜および金属酸窒化物薄膜の製造方法、並びに、容量素子
(51)【国際特許分類】
H01G 4/33 20060101AFI20221213BHJP
C01G 23/00 20060101ALI20221213BHJP
C01G 33/00 20060101ALI20221213BHJP
C01G 35/00 20060101ALI20221213BHJP
C01G 41/00 20060101ALI20221213BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20221213BHJP
H01B 3/00 20060101ALI20221213BHJP
H01G 4/10 20060101ALI20221213BHJP
H01L 41/187 20060101ALI20221213BHJP
H01L 41/316 20130101ALI20221213BHJP
【FI】
H01G4/33 102
C01G23/00 Z
C01G33/00 Z
C01G35/00 B
C01G35/00 Z
C01G41/00 Z
C23C14/06 K
H01B3/00 F
H01G4/10
H01L41/187
H01L41/316
(21)【出願番号】P 2018196779
(22)【出願日】2018-10-18
【審査請求日】2021-05-21
(31)【優先権主張番号】P 2017217710
(32)【優先日】2017-11-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003067
【氏名又は名称】TDK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001494
【氏名又は名称】前田・鈴木国際特許弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 久美子
(72)【発明者】
【氏名】永峰 佑起
(72)【発明者】
【氏名】芝原 豪
(72)【発明者】
【氏名】梅田 裕二
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 純一
【審査官】鈴木 駿平
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/057745(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/135298(WO,A1)
【文献】特開2018-174305(JP,A)
【文献】特開2018-174303(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01G 4/08
H01G 4/10
H01G 4/33
H01B 3/00
H01L 41/187
H01L 41/316
C01G 23/00
C01G 33/00
C01G 35/00
C01G 41/00
C23C 14/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ペロブスカイト構造を有する金属酸窒化物薄膜であって、
前記金属酸窒化物薄膜が、組成式A
1+αBO
x+αN
yで表される組成を有し、αが0より大きく0.300以下、x+αが2.450より大きく、yが0.300以上0.700以下であり、
前記ペロブスカイト構造のc軸に垂直な面に平行な層状構造であって、一般式AOで表される組成を有するAO構造を有し、
前記AO構造は、前記ペロブスカイト構造中に、前記ペロブスカイト構造と結合して組み込まれていることを特徴とする金属酸窒化物薄膜。
【請求項2】
前記AO構造が、前記ペロブスカイト構造中に点在していることを特徴とする請求項1に記載の金属酸窒化物薄膜。
【請求項3】
前記Aは、Ba、Sr、Ca、LaおよびNdからなる群から選ばれる1種以上であり、前記Bは、Ta、Nb、WおよびTiからなる群から選ばれる1種以上であることを特徴とする請求項1または2に記載の金属酸窒化物薄膜。
【請求項4】
電界強度が0.5Vrms/μm、周波数が1kHzで測定した前記金属酸窒化物薄膜の比誘電率と、電界強度が0.5V/μmで測定した前記金属酸窒化物薄膜の絶縁抵抗率との積が2.0×10
13Ωcm以上であることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の金属酸窒化物薄膜。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載の金属酸窒化物薄膜を備えることを特徴とする容量素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属酸窒化物薄膜および金属酸窒化物薄膜の製造方法、並びに、容量素子に関する。特に、誘電特性が良好でありながら絶縁抵抗率が高い金属酸窒化物薄膜に関する。
【背景技術】
【0002】
デジタル機器の高性能化に伴い、誘電特性を利用する電子部品を構成する誘電体には、高いキュリー温度(Tc)を示し、かつ高誘電率を有することが求められている。しかしながら、これらは同時に達成することは難しい。たとえば、優れた誘電特性を示すチタン酸バリウムは、その高い誘電率を発現するために、構造相転移を利用しているため、Tcは低い。
【0003】
SrTaO2Nに代表されるペロブスカイト構造を有する金属酸窒化物は、その結晶構造に起因して高いTcを示す。また、このような金属酸窒化物は、構造相転移を利用して誘電特性を高めている訳ではないので、高いTcと高誘電率とを両立できると言われているが、実用化はされていない。金属酸窒化物を製造するために、金属酸化物に窒素(N)を導入すると、窒素(N)サイトおよび酸素(O)サイトの空孔が生じやすい。その結果、得られる金属酸窒化物の絶縁特性が低下するので、バルク状の絶縁体すなわち誘電体を作製することが困難であるためである。
【0004】
たとえば、特許文献1には、ペロブスカイト構造を有する金属酸窒化物ABO2Nの粉末を作製する方法が記載されている。しかしながら、特許文献1には、粉末を所定形状に成形して成形体を得ることは記載されているものの、その成形体を焼成して実際に焼結体を得ることは何ら開示されていない。
【0005】
一方、特許文献2には、ペロブスカイト構造を有する金属酸窒化物から構成される誘電体薄膜が記載されている。この金属酸窒化物は、組成式AzBOxNyで表され(特許文献2では、MazMbOxNyで表される)、組成式中のx、yおよびzが所定の範囲内である。特に、金属酸窒化物中の窒素量を示すyは0.005~0.700の範囲内であり、化学量論組成におけるyの値である1よりもかなり小さい範囲である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2013-1625号公報
【文献】国際公開第2017/057745号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献2では、組成式AzBOxNyにおいて、ペロブスカイト構造を維持しながら、窒素量を減らして、薄膜の絶縁特性を確保している。しかしながら、ペロブスカイト構造を有する金属酸窒化物(ABO2N)が発現する高い誘電特性は、ABO3におけるOの一部を、Oよりも共有結合性の強いNで置換することにより生じる分極に起因している。したがって、窒素量を減らすと、絶縁特性の向上には有効であるが、誘電特性(たとえば、誘電率)の低下を招いてしまうという問題がある。
【0008】
そこで、本発明者らは、ABO
2Nとして、Aサイト原子がSrであり、Bサイト原子がTaであるSrTaO
2Nに対して、第一原理計算に基づく電子状態の計算を行った。SrTaO
2Nの結晶構造を
図1に示す。
図1に示すように、SrTaO
2N10は、酸素原子11と窒素原子12とから構成される八面体15の中心にタンタル原子13が位置しており、八面体15の間隙にストロンチウム原子14が充填されている構造を有している。電子状態の計算結果から、結晶構造における電子の存在確率を電子雲として描画した。得られた電子雲の分布を
図2に示す。
図2より、本発明者らは、TaとNとの間において電子雲がつながりやすいことに着目した。
【0009】
電子雲は、電子が存在する確率を示しているので、TaとNとの間において電子雲がつながっているということは、TaとNとの結合に比較的多くの電子が存在する傾向にあることを示唆している。そのため、SrTaO2Nに電圧を印加すると、TaとNとの結合間を通じて電子が移動しやすい、すなわち、電流が流れやすい。このようなTaとNとの結合間における電子の移動経路の存在が、絶縁特性の低下に寄与していると考えられる。
【0010】
絶縁特性を向上させるには、上記のような電子の移動経路をなるべく減らすことが有効である。しかしながら、ABO2Nにおいて、陰イオンのサイトは酸素および窒素のどちらも占有することができるため、上記のような金属と窒素との結合(電子の移動経路)は無指向的(無秩序)に存在している。そのため、このような電子経路を減らすために、特許文献2に記載されているような手法を採用せざるを得ないが、上述したように、誘電特性(たとえば、誘電率)の低下を招いてしまうという問題がある。
【0011】
本発明は、このような実状に鑑みてなされ、誘電特性が良好でありながら絶縁特性が高い金属酸窒化物薄膜およびその製造方法並びに当該金属酸窒化物薄膜を備える容量素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、金属と窒素との結合間に形成されやすい電子の移動経路の一部に指向性を与える、すなわち、電子の移動経路の一部を特定の方向において切断することにより、電子の移動を特定の方向において阻害することができることを見出した。その結果、上記の特定の方向に向かって電子が移動するには、電子の移動経路が切断されていない箇所を通る必要がある。このようにすることにより、電子の迂回距離が長くなり、絶縁特性が向上するのではないかとの考えに至った。
【0013】
上記目的を達成するため、本発明の第1の態様は、
[1]ペロブスカイト構造を有する金属酸窒化物薄膜であって、
前記金属酸窒化物薄膜が、組成式A1+αBOx+αNyで表される組成を有し、αが0より大きく0.300以下、xが2.450より大きく、yが0.300以上0.700以下であり、
ペロブスカイト構造のc軸に垂直な面に平行な層状構造であって、一般式AOで表される組成を有するAO構造を有し、
AO構造は、ペロブスカイト構造中に、ペロブスカイト構造と結合して組み込まれていることを特徴とする金属酸窒化物薄膜である。
【0014】
[2]AO構造が、ペロブスカイト構造中に点在していることを特徴とする[1]に記載の金属酸窒化物薄膜である。
【0015】
[3]Aは、Ba、Sr、Ca、LaおよびNdからなる群から選ばれる1種以上であり、Bは、Ta、Nb、WおよびTiからなる群から選ばれる1種以上であることを特徴とする[1]または[2]に記載の金属酸窒化物薄膜である。
【0016】
[4]電界強度が0.5Vrms/μm、周波数が1kHzで測定した金属酸窒化物薄膜の比誘電率と、電界強度が0.5V/μmで測定した金属酸窒化物薄膜の絶縁抵抗率との積が2.0×1013Ωcm以上であることを特徴とする[1]から[3]のいずれかに記載の金属酸窒化物薄膜である。
【0017】
本発明の第2の態様は、
[5]成膜用原料を用いて、ペロブスカイト構造を有する金属酸窒化物を堆積させて金属酸窒化物薄膜を形成する工程を有し、
成膜用原料として、ペロブスカイト構造のBサイト元素のモル量に対するペロブスカイト構造のAサイト元素のモル量の比が1.00より大きい原料を用い、
金属酸窒化物薄膜を形成する工程において、雰囲気ガスとして、窒素ガスおよび酸素ガスを含む混合ガスを用い、窒素ガスが示す分圧に対する酸素ガスが示す分圧の比が0.2以上であることを特徴とする金属酸窒化物薄膜の製造方法である。
【0018】
[6]金属酸窒化物薄膜が、[1]から[4]のいずれかに記載の金属酸窒化物薄膜であることを特徴とする[5]に記載の金属酸窒化物薄膜の製造方法である。
【0019】
本発明の第3の態様は、
[7][1]から[4]のいずれかに記載の金属酸窒化物薄膜を備えることを特徴とする容量素子である。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、誘電特性が良好でありながら絶縁抵抗率が高い金属酸窒化物薄膜およびその製造方法並びに当該金属酸窒化物薄膜を備える容量素子を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】
図1は、SrTaO
2Nの結晶構造を示す斜視図である。
【
図2】
図2は、第一原理計算に基づく計算結果から得られるSrTaO
2Nの電子雲の分布を示す模式図である。
【
図3】
図3は、本実施形態に係る容量素子の一例としての薄膜キャパシタの断面模式図である。
【
図4A】
図4Aは、SrTaO
2Nにおいて、Nがcis配置であるTaO
4N
2八面体を示す模式図である。
【
図4B】
図4Bは、SrTaO
2Nにおいて、Nがtrans配置であるTaO
4N
2八面体を示す模式図である。
【
図5】
図5は、Sr
2TaO
3Nの結晶構造を示す斜視図である。
【
図6】
図6は、第一原理計算に基づく計算結果から得られるSr
2TaO
3Nの電子雲の分布を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明を、具体的な実施形態に基づき、以下の順序で詳細に説明する。
1.薄膜キャパシタ
1.1.薄膜キャパシタの全体構成
1.2.金属酸窒化物薄膜
1.2.1.金属酸窒化物の組成
1.2.2.ペロブスカイト構造
1.2.3.AO構造
2.薄膜キャパシタの製造方法
2.1.金属酸窒化物薄膜の製造方法
2.1.1.成膜用原料
2.1.2.薄膜形成工程
3.本実施形態における効果
【0023】
(1.薄膜キャパシタ)
本実施形態では、容量素子の一例として、本実施形態に係る金属酸窒化物薄膜を誘電体として有する薄膜キャパシタについて説明する。薄膜キャパシタ以外の容量素子としては、サーミスタ、フィルター、ダイプレクサ、共振器、発信子、アンテナ、圧電素子、トランジスタのゲート材料、強誘電体メモリ等が例示される。
【0024】
(1.1.薄膜キャパシタの全体構成)
図3に示すように、本実施形態に係る容量素子の一例としての薄膜キャパシタ1は、基板51と、下部電極52と、金属酸窒化物薄膜53と、上部電極54とがこの順序で積層された構成を有している。
【0025】
下部電極52と金属酸窒化物薄膜53と上部電極54とはキャパシタ部を形成しており、下部電極52および上部電極54が、図示しない外部回路に接続されて電圧が印加されると、誘電体である金属酸窒化物薄膜53が所定の静電容量を示し、キャパシタとしての機能を発揮することができる。
【0026】
図3に示す基板51は、その上に形成される下部電極52、金属酸窒化物薄膜53および上部電極54を好適に形成できる材料で構成されていれば特に限定されない。このような材料としては、単結晶、アモルファス材料等が例示され、本実施形態では、Si単結晶基板を用いることが好ましい。
【0027】
図3に示すように、下部電極52および上部電極54は、薄膜状に形成され、金属酸窒化物薄膜53を挟み込んでいる。下部電極52および上部電極54を構成する材料は、導電性を有する材料であれば特に制限されない。たとえば、白金(Pt)、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)、イリジウム(Ir)、金(Au)、銀(Ag)、銅(Cu)、ニッケル(Ni)等の金属、または、それらの合金等が例示される。
【0028】
(1.2.金属酸窒化物薄膜)
本実施形態に係る金属酸窒化物薄膜は、後述するが、所定の組成およびペロブスカイト構造を有する金属酸窒化物から構成されている。
【0029】
金属酸窒化物薄膜は、原料粉末を成形した成形体、または、原料粉末を含むスラリー等の塗布により形成された成形体を焼成して得られる焼結体から構成されるのではなく、公知の薄膜成膜法により形成された薄膜状の誘電体堆積膜であることが好ましい。なお、本実施形態では、金属酸窒化物薄膜は結晶質である。
【0030】
金属酸窒化物薄膜の厚みは特に限定されず、所望の特性、用途等に応じて任意に設定することができる。本実施形態では、厚みは、好ましくは10nm以上2μm以下である。
【0031】
(1.2.1.金属酸窒化物の組成)
本実施形態に係る金属酸窒化物薄膜を構成する金属酸窒化物の組成は、組成式A1+αBOx+αNyで表される。組成式中のAは、ペロブスカイト構造およびAO構造のAサイトを占めるAサイト原子を表し、組成式中のBは、ペロブスカイト構造のBサイトを占めるBサイト原子を表す。
【0032】
ペロブスカイト構造において、比較的イオン半径の大きい元素、たとえば、アルカリ金属元素、アルカリ土類金属元素、ランタノイド等はAサイトを占める傾向にあり、比較的イオン半径の小さい元素、たとえば、遷移金属元素等はBサイトを占める傾向にある。本実施形態では、Aは、Ba、Sr、Ca、LaおよびNdからなる群から選ばれる1種以上であることが好ましい。また、Bは、Ta、Nb、WおよびTiからなる群から選ばれる1種以上であることが好ましい。特に、AがSr、BがTaであることが好ましい。
【0033】
組成式から明らかなように、当該金属酸窒化物は、ABOxNyで表される組成に対して、AおよびOがαだけ過剰な組成を有している。したがって、上記の組成式は、ペロブスカイト構造を有するABOxNyに対し、AOをα添加した組成であるということができる。さらに、特定の条件において、AおよびOが過剰に含まれることにより、金属酸窒化物中に後述するAO構造が形成される。このAO構造は、ペロブスカイト構造に組み込まれている。本実施形態では、特定の条件とは、当該金属酸窒化物から構成される薄膜の成膜条件である。Oが過剰でない状況下、例えばOをチャンバー内に導入しない雰囲気下での成膜において、Aサイト成分が過剰となるように金属酸窒化物の組成を調整して薄膜を形成したとしてもAサイト成分は結晶粒外に排出されてしまう。この現象は第一原理計算による計算結果にも対応する現象である。すなわち、第一原理計算によれば、当該金属酸窒化物におけるOもしくはNの空きサイトはAサイト成分が欠損することによって補償されることが最も安定だからである。
【0034】
組成式中の1+αは、金属酸窒化物に含まれるBサイト原子量に対するAサイト原子量の比である。すなわち、1+αは、本実施形態に係る金属酸窒化物において、Aサイト原子が、Bサイト原子よりもαだけ過剰に含まれていることを示している。
【0035】
一方、本実施形態に係る金属酸窒化物中において、この過剰なAサイト原子は、酸素(O)とともにAO構造を形成する。したがって、αは、金属酸窒化物中のAO構造中に存在するAサイト原子および酸素の含有量を示している。本実施形態では、αは0より大きく、0.010以上であることが好ましい。また、αは0.300以下であることが好ましく、0.200以下であることがより好ましい。αが大きすぎると、AO構造がペロブスカイト構造中に組み込まれず、ペロブスカイト構造とは異なる相として析出する傾向にあり、好ましくない。
【0036】
組成式中のx+αは、金属酸窒化物に含まれる酸素の含有量を示している。本実施形態では、x+αは2.450より大きく、2.600以上であることが好ましい。また、x+αは3.350以下であることが好ましく、2.900以下であることがより好ましい。αは、上述したように、AO構造に含まれる酸素の含有量を示しているので、xは、ペロブスカイト構造に含まれる酸素の含有量を示していることになる。なお、xの範囲は、後述するyとの関係により決まる。
【0037】
組成式中のyは、金属酸窒化物に含まれる窒素の含有量を示している。本実施形態では、yは0.700以下であり、0.600以下であることが好ましい。また、yは0.300以上であることが好ましく、0.400以上であることがより好ましい。本実施形態では、窒素の含有量を化学量論比である1よりもかなり少なくしつつ、高い誘電特性と良好な絶縁特性とを両立することができる。
【0038】
本実施形態に係る金属酸窒化物薄膜の組成は、公知の方法により測定することができる。本実施形態では、X線光電子分光法(X-ray Photoelectron Spectroscopy:XPS)により、金属酸窒化物薄膜の組成を測定する。XPSは、試料表面(表面から数nmの深さ領域)の元素情報およびその結合状態の情報を取得する表面分析法であるので、本実施形態では、試料を深さ方向に削るスパッタリングとXPS測定とを交互に行い、試料内部の情報を含む組成分析を行う。
【0039】
(1.2.2.ペロブスカイト構造)
本実施形態に係る金属酸窒化物薄膜はペロブスカイト構造から構成される主相を有している。
図1に示すように、ペロブスカイト構造においては、陰イオン(11,12)が6つの頂点を占め、中心にBサイト原子13が存在する八面体15が頂点を互いに共有して3次元ネットワークを構成しており、このネットワークの間隙にAサイト原子14が配置されている。本実施形態に係る金属酸窒化物薄膜の組成を、組成式A
1+αBO
x+αN
yで表した場合、このペロブスカイト構造中に存在する各元素は、組成式ABO
xN
yで表すことができる。すなわち、ペロブスカイト構造におけるO量およびN量は化学量論組成ではない。以下では、説明を簡略化するために、本実施形態で規定する範囲からは外れているが、ペロブスカイト構造の組成がABO
2Nである場合について説明する。
【0040】
この場合、陰イオンは、OとNとの組成比に応じて配分されるので、上記の八面体はBO4N2八面体である。すなわち、BO4N2八面体において、陰イオンが占める6つの頂点のうち、2つの頂点をNが占める。
【0041】
このとき、BO
4N
2八面体では、
図4Aに示すように、2個の窒素(N)12が互いに隣り合う配置(cis配置)と、
図4Bに示すように、2個の窒素(N)12が互いに隣り合わない配置(trans配置)と、がある。通常、cis配置の方がエネルギー的に安定であるため、薄膜全体としては、trans配置であるBO
4N
2八面体はほとんど存在せず、cis配置であるBO
4N
2八面体が優位である。したがって、本実施形態においても、BO
4N
2八面体におけるNの配置はcis配置が優位である。
【0042】
Nがcis配置であるBO4N2八面体が頂点を共有して連なる場合、BとOとの結合長さと、BとNとの結合長さとの違いに起因して、BO4N2八面体が軸から傾いた状態でネットワークを構成する。このような傾きが生じることにより、局所的な分極が生じると考えられ、この分極に起因して、ペロブスカイト構造を有する金属酸窒化物は優れた誘電特性を有している。
【0043】
しかしながら、AがSr、BがTaである場合、第一原理計算に基づく
図2に示すSrTaO
2Nの電子雲の分布から明らかなように、電子の移動経路となり得るTaとNとの結合(Ta-N鎖)が各方向に存在する。その結果、バルク状のSrTaO
2Nに高い電圧を印加した場合、Ta-N鎖同士が3次元的に導通して、電流が流れやすくなり、良好な絶縁特性(絶縁抵抗率)が得られなくなる。誘電特性は、良好な絶縁特性が得られていること(誘電体であること)を前提とする特性なので、絶縁特性が低い材料はそもそも誘電体であるとは言えず、優れた誘電特性を発揮することができない。そこで、本実施形態では、良好な絶縁特性を得るために、ペロブスカイト構造に、以下で説明するAO構造を導入する。
【0044】
(1.2.3.AO構造)
金属酸窒化物薄膜において、AO構造は、薄膜の主相であるペロブスカイト構造と結合して当該ペロブスカイト構造中に組み込まれている。AO構造は、岩塩型構造を有するAサイト原子と酸素との化合物において、当該岩塩型構造のc軸に垂直な面に平行な層のうち、1層以上からなる層状構造である。
【0045】
「ペロブスカイト構造と結合して当該ペロブスカイト構造中に組み込まれている」とは、AO構造が、ペロブスカイト構造から構成される相とは異なる相として存在しておらず、AO構造が組み込まれたペロブスカイト構造が、ペロブスカイト構造から構成される相として観察されることを意味する。
【0046】
したがって、本実施形態に係る金属酸窒化物薄膜に対してX線回折測定を行うと、ペロブスカイト構造に帰属する回折ピークが観察されるが、AO構造に帰属する回折ピークは存在しない、または、非常に小さい。
【0047】
このようなAO構造は、少なくともc軸方向において、ペロブスカイト構造と整合するように結合している。
【0048】
AO構造とAO構造の近傍に存在するペロブスカイト構造の一部とが含まれる領域に着目すると、AがSr、BがTaである場合、この領域は、Sr2TaO3Nで表される金属酸窒化物の結晶構造に類似している。
【0049】
Sr
2TaO
3Nの結晶構造を
図5に示す。Sr
2TaO
3N25の結晶構造は、K
2NiF
4型構造であり、ペロブスカイト構造を有するSrTaO
2N層21と、岩塩型構造を有するSrO層22と、がc軸方向に交互に積層された構成を有している。したがって、ペロブスカイト構造に組み込まれたAO構造は、
図5に示すSrO層22に類似していると言うことができる。
【0050】
図5から明らかなように、SrO層22は、Nを含まない層である。また、SrO層22は、ペロブスカイト構造を構成するTaO
4N
2八面体とTaO
4N
2八面体との間に存在している。
【0051】
すなわち、
図5に示すSr
2TaO
3Nの結晶構造を参照すれば、本実施形態に係る金属酸窒化物薄膜において、AO構造がペロブスカイト構造と結合し、ペロブスカイト構造中に組み込まれている場合、AO構造(SrO層)は、c軸方向において、Ta-N鎖を含むTaO
4N
2八面体同士の頂点共有(結合)を阻害するように配置されている。
【0052】
ここで、K
2NiF
4型構造を有するSr
2TaO
3Nに対して、第一原理計算に基づく電子状態の計算を行い、結晶構造中の電子の存在確率を電子雲として描画した。得られた電子雲の分布を
図6に示す。
図6から明らかなように、SrO層が存在する面(a軸およびb軸から構成される面に平行な面)と、SrO層のc軸方向(
図6では上下方向)に存在するSrTaO
2N中のTa-N鎖と、の間には、電子の移動経路となるような電子雲の重なりが存在しない。換言すれば、c軸方向において、電子の移動経路となり得るTa-N鎖が、SrO層により切断されている。
【0053】
したがって、AO構造を構成するSrO層により、3次元的に連なってきたTa-N鎖がc軸方向に垂直な面で局所的に切断される。そのため、Ta-N鎖が再びc軸方向に連なって、電子の移動経路を形成するには、SrO層を迂回する必要がある。電子の移動を迂回させることができれば、電子の移動距離が長くなり、その結果、金属酸窒化物の絶縁特性を向上させることができる。
【0054】
以上より、ペロブスカイト構造において、AO構造が、ペロブスカイト構造と結合してペロブスカイト構造中に組み込まれることにより、電圧印加時の絶縁特性(絶縁抵抗率)が向上する。しかも、誘電特性を担うTa-N鎖を全方位的に減らす(N量を減らす)のではなく、c軸方向におけるTa-N鎖を局所的に切断しているだけなので、誘電特性を比較的良好に維持しつつ、絶縁特性を向上させることができる。本実施形態では、上記の構造を有する金属酸窒化物薄膜は、比誘電率と絶縁抵抗率との積が2.0×1013Ωcm以上であることが好ましい。具体的には、金属酸窒化物薄膜は、周波数1kHzにおいて、電界強度が0.5Vrms/μmとなるような交流電圧を印加した際に得られる静電容量から算出される比誘電率と、電界強度が0.5V/μmとなるような直流電圧を印加した際に得られる絶縁抵抗率と、の積が2.0×1013Ωcm以上であることが好ましい。
【0055】
上述したように、本実施形態に係る金属酸窒化物薄膜では、電子の移動経路となりうるTa-N鎖をAO構造の挿入により物理的に切断している。したがって、金属酸窒化物薄膜に印加される電圧が高くなり、Ta-N鎖における電子の移動量が多くなった場合であっても、c軸方向における電子の移動をAO構造が阻害する効果はそれほど変わらない。その結果、電界強度が高くなっても、絶縁特性の低下が抑制され、高い絶縁抵抗率を維持することができる。
【0056】
本実施形態では、ペロブスカイト構造のc軸およびAO構造のc軸に平行な方向に沿って、AO構造が点在していることが好ましい。複数のAO構造が局所的に存在しているよりも、複数のAO構造がペロブスカイト構造中に点在している方が、Ta-N鎖の切断がペロブスカイト構造の全体に渡って生じるため、ペロブスカイト構造の全体において電子の移動距離が長くすることができる。その結果、絶縁特性を効率よく向上させることができる。
【0057】
なお、AO構造が、ペロブスカイト構造と結合し、ペロブスカイト構造中に組み込まれているか否かは、たとえば、金属酸窒化物薄膜をTEMにより観察して確認することができる。
【0058】
(2.薄膜キャパシタの製造方法)
次に、
図1に示す薄膜キャパシタ1の製造方法の一例について以下に説明する。
【0059】
まず、基板51を準備する。基板51として、たとえば、Si単結晶基板を用いる場合、当該基板の一方の主面に絶縁層(たとえば、SiO2)を形成する。絶縁層を形成する方法としては、熱酸化法、CVD(Chemical Vapor Deposition)法等の公知の成膜法を用いればよい。
【0060】
続いて、形成された絶縁層上に、公知の成膜法、たとえば、スパッタリング法を用いて下部電極を構成する材料の薄膜を形成して下部電極52を形成する。
【0061】
(2.1.金属酸窒化物薄膜の製造方法)
続いて、公知の成膜法を用いて、金属酸窒化物薄膜53を下部電極52上に形成する。本実施形態では、後述する条件を採用して成膜することにより、上述したペロブスカイト構造とAO構造とを有する金属酸窒化物薄膜を容易に形成できる。換言すれば、金属酸窒化物がA1+αBOx+αNyで表される組成を有するように、ABOxNyに対して、Aサイト元素および酸素をαだけ過剰に含有させても、AO構造は容易に形成されない。
【0062】
公知の成膜法としては、たとえば、真空蒸着法、スパッタリング法、パルスレーザー蒸着法(Pulsed Laser Deposition:PLD)、有機金属化学気相成長法(Metal-Organic Chemical Vapor Deposition:MOCVD)、有機金属分解法(Metal Organic Decomposition:MOD)またはゾルゲル法、化学溶液堆積法(Chemical Solution Deposition:CSD)等が例示される。
【0063】
これらの成膜法のうち、成膜用原料を一旦原子レベルまたは分子レベルに分離または励起した後に、基板上に堆積させて成膜を行う公知の気相成長法が好ましい。以下では、気相成長法として、PLD法を用いて、金属酸窒化物薄膜を成膜する方法について述べる。
【0064】
PLD法では、成膜する薄膜の構成元素を含むターゲットを成膜室内に設置し、そのターゲット表面上にパルスレーザーを照射する。照射による強いエネルギーがターゲット表面を瞬時に蒸発させることによりプルームを生成し、ターゲットと対向するように配置した基板上に蒸発物を堆積させ薄膜を形成する。
【0065】
(2.1.1.成膜用原料)
成膜用原料としては、各種ターゲット材料、蒸着材料、有機金属材料等が例示される。PLD法を用いて金属酸窒化物薄膜を成膜する場合、成膜用原料として、所定の組成を有するターゲットを用いる。
【0066】
本実施形態では、ペロブスカイト構造のBサイト元素(たとえば、Ta)のモル量に対するAサイト元素(たとえば、Sr)のモル量の比が、1.00よりも大きい組成を有するターゲットを用いる。すなわち、Aサイト元素が、Bサイト元素よりも過剰に含まれているターゲットである。
【0067】
このような組成を有するターゲットを用いることにより、上述したペロブスカイト構造とAO構造とを有する金属酸窒化物薄膜を成膜することが容易となる。
【0068】
なお、ターゲットにおけるBサイト元素のモル量に対するAサイト元素のモル量の比と、成膜して得られる金属酸窒化物薄膜におけるBサイト元素のモル量に対するAサイト元素のモル量の比と、は必ずしも対応しない。これは、成膜時にターゲットから分離された各元素が薄膜中に取り込まれる割合が異なることに起因すると考えられる。
【0069】
Bサイト元素に対するAサイト元素のモル量の比が上記の範囲内であれば、ターゲットとして、酸化物、窒化物、酸窒化物、合金等を用いることができる。また、成膜用原料には微量の不純物、副成分が含まれている場合があるが、本発明の効果を大きく劣化させるものでなければ、特に問題はない。
【0070】
(2.1.2.成膜工程)
金属酸窒化物薄膜を成膜(形成)する工程では、まず、下部電極の一部を露出させるために、メタルマスクを用いて、下部電極上に金属酸窒化物薄膜が成膜されない領域を形成する。
【0071】
本実施形態では、薄膜を結晶化させるために、成膜時に赤外線レーザーにより基板を加熱することが好ましい。成膜時の基板温度は、薄膜の構成元素、組成等に応じて決定すればよいが、AO構造を導入しやすいという観点から、1000℃以下であることが好ましい。さらに、本実施形態では、基板温度は600℃~800℃の範囲内であることが好ましい。基板温度が低すぎると、薄膜が結晶化しない傾向にあり、基板温度が高すぎると、冷却時に基板と薄膜との熱膨張差による割れ等が発生する傾向にある。
【0072】
ターゲットとして、酸化物を用いる場合、成膜工程における雰囲気ガスは、酸素ガスおよび窒素ガスを少なくとも含む。このような雰囲気ガスを用いることにより、得られる薄膜の絶縁特性が確保され、誘電体としての薄膜が得られる。特に、本実施形態では、AO構造をペロブスカイト構造中に導入するために、酸素ガスの分圧(pO2)と窒素ガスの分圧(pN2)との比であるpO2/pN2を0.2以上にする。
【0073】
通常、酸化物のターゲットを用いて、金属酸窒化物薄膜を成膜する場合、ターゲットが蒸発して基板上に堆積する際に窒素を導入する必要があるため、pO2よりもpN2を非常に大きくする。これに対し、本実施形態では、逆に、pO2をpN2に対して比較的大きくしている。
【0074】
pO2/pN2は1.0以上であることが好ましく、2.0以上であることがより好ましい。なお、pO2/pN2の好ましい範囲は、成膜法によって異なる。たとえば、PLD法では、pO2/pN2は比較的大きい方が好ましく、スパッタリング法では、pO2/pN2が比較的小さくても上述した構造が得られやすい。
【0075】
また、本実施形態では、成膜時に、金属酸化物薄膜を経由せず、金属酸窒化物を基板上に直接成膜してもよいし、金属酸化物薄膜を成膜し、成膜した金属酸化物薄膜の結晶構造内に窒素を導入して金属酸窒化物薄膜を得てもよい。どちらの場合であっても、窒化処理として、金属酸化物膜の成膜時に窒素ラジカルを成膜室に導入する方法、窒素ガスなどを用いる反応性スパッタを用いる方法、プラズマ窒化により活性化された窒素を用いる方法等を用いることが可能である。
【0076】
このような方法によれば、毒性のある気体を使用せずに金属酸窒化物薄膜を成膜できるので、好ましい。また、金属窒化物薄膜の部分酸化処理なども用いることが可能である。本実施形態では、金属酸化物の原料を用いて成膜する際に、窒化に用いる窒素を導入して、金属酸窒化物を得ることが好ましい。
【0077】
なお、金属酸窒化物薄膜における窒素の含有量(y)が少ない場合には、酸化物から構成されるターゲットを用いて金属酸化物薄膜を成膜したのちに、金属酸化物膜に対し、窒素ラジカルを導入して窒化処理を行ってもよい。
【0078】
このようにして得られる金属酸窒化物薄膜は、誘電体として働く堆積膜である。
【0079】
次に、本実施形態では、形成した金属酸窒化物薄膜53上に、公知の成膜法を用いて上部電極を構成する材料の薄膜を形成して上部電極54を形成する。
【0080】
以上の工程を経て、
図1に示すように、基板51上に、キャパシタ部(下部電極52、金属酸窒化物薄膜53および上部電極54)が形成された薄膜キャパシタ1が得られる。
【0081】
(3.本実施形態における効果)
本実施形態では、所定の組成を有する金属酸窒化物に、Aサイト元素および酸素を過剰に含有させるとともに、このAサイト元素および酸素から形成されるAO構造を導入している。このAO構造は、金属酸窒化物薄膜の主相であるペロブスカイト構造中においてペロブスカイト構造と結合している。
【0082】
また、このAO構造は、c軸に垂直な面において、窒素を含まない層を有している。この窒素を含まない層を構成する原子間の結合の電子雲は、当該層のc軸方向に存在するBサイト原子と窒素との結合における電子雲と重ならない。したがって、窒素を含まない層と、Bサイト原子と窒素との結合との間では、電子の移動は生じない。
【0083】
その結果、このようなAO構造がペロブスカイト構造中に組み込まれることにより、電圧印加時に電子の移動経路となりうるBサイト原子と窒素との結合が3次元的に連なっていても、その結合の一部をc軸方向において切断することができる。このような切断が存在することにより、電子が再びc軸方向に存在に移動するにはAO構造中の窒素を含まない層を迂回して移動するほかない。したがって、本発明者らは、AO構造が導入されていない場合に比べて、電子の移動距離を長くすることができ、金属酸窒化物の絶縁特性を向上させることができるのではないかと推察している。換言すれば、金属酸窒化物の絶縁特性を向上させるには、金属酸窒化物にAサイト元素および酸素が単に過剰に含有されているだけでは足りず、さらに上述したAO構造が金属酸窒化物中に導入されている必要がある。
【0084】
しかも、高い誘電特性を担うBサイト原子と窒素との結合を減らすことなく、特定の方向における電子の移動経路を阻害しているので、良好な絶縁特性と高い誘電特性とを兼ね備えた金属酸窒化物薄膜を得ることができる。
【0085】
特に、金属酸窒化物薄膜に印加される電界強度が強くなった場合であっても、良好な絶縁特性を得ることができる。Bサイト原子と窒素との結合をAO構造の挿入により物理的に切断しているため、電子の移動経路を阻害する効果はそれほど変わらないからである。換言すれば、本実施形態に係る金属酸窒化物薄膜は、高い電界強度下においても、良好な絶縁特性を維持することができる。
【0086】
電界強度は印加される電圧に比例するので、本実施形態に係る金属酸窒化物薄膜が高い電界強度下において良好な絶縁特性を示すということは、当該金属酸窒化物薄膜を備える容量素子の定格電圧を高めることにつながる。したがって、このような容量素子は、たとえば、従来の容量素子の定格電圧を超える高い電圧が印加される場合においても使用できるという利点を有する。
【0087】
また、ペロブスカイト構造中において、AO構造が分散して存在することにより、上記の効果を高めることができる。
【0088】
以下、本実施形態における特徴的な構成を付記する。
(付記1)
ペロブスカイト構造を有する金属酸窒化物薄膜であって、
前記金属酸窒化物薄膜が、組成式A1+αBOx+αNyで表される組成を有し、αが0より大きく0.300以下、xが2.450より大きく、yが0.300以上0.700以下であり、
電界強度が0.5Vrms/μm、周波数が1kHzで測定した前記金属酸窒化物薄膜の比誘電率と、電界強度が0.5V/μmで測定した前記金属酸窒化物薄膜の絶縁抵抗率との積が2.0×1013以上であることを特徴とする金属酸窒化物薄膜。
【0089】
以上、本発明の実施形態について説明してきたが、本発明は上記の実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の範囲内において種々の態様で改変しても良い。
【実施例】
【0090】
以下、実施例において、本発明をさらに詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0091】
(実験例1)
まず、成膜用原料としてのターゲットの原料として、SrCO3、Ta2O5を準備した。試料番号1、2および5においてはSr:Ta=1.1:1.0になるように秤量し、試料番号3および4においてはSr:Ta=1.0:1.0になるように秤量した。秤量後の原料を、溶媒としてのエタノールとともに湿式ボールミルにて16時間混合を行った。得られた混合スラリーを恒温乾燥機にて80℃で12時間乾燥した。得られた混合物を乳鉢にて軽く解砕し、セラミック製のるつぼにいれ電気炉で1000℃、大気雰囲気中で2時間熱処理し、仮焼物を得た。
【0092】
得られた仮焼物を、溶媒としてのエタノールとともに湿式ボールミルにて16時間粉砕を行い、粉砕後スラリーを恒温乾燥機にて80℃で12時間乾燥し粉砕物を得た。得られた粉砕物に対し、バインダーとしてポリビニールアルコール溶液を溶液中の固形物換算で0.6重量%添加、混合し造粒物を得た。造粒物を直径約23mm、高さ約9mmの円柱形状に成形し成形物を得た。成形物を電気炉にて、大気雰囲気中1400℃で2時間焼成し、焼結体を得た。得られた焼結体の上面および下面を鏡面研磨し、焼結体の高さを5mmとした成膜用ターゲットを得た。このとき得られたターゲットの相対密度は、Sr:Ta=1.1:1.0としたものが80%、Sr:Ta=1.0:1.0としたものが95%であった。
【0093】
上記のように得られた成膜用ターゲットを成膜装置に設置し、続いて、ターゲットに対向するよう表面に下部電極としてPt膜を有するSi基板を設置した。窒素ラジカルを導入したPLD法で厚さ600nmとなるように金属酸窒化物薄膜を成膜した。雰囲気ガスは酸素ガスおよび窒素ガスの混合ガスを用いた。混合ガスにおける酸素ガスの分圧と窒素ガスの分圧との比を表1に示す値とした。
【0094】
得られた試料のX線回折パターンから薄膜が結晶化していることが確認された。また、得られた試料について、XPSによる深さ方向の組成分析を行い、薄膜の組成を測定した。得られた結果より、Bサイト原子(Ta)量に対するAサイト原子(Sr)量からαを算出した。算出されたαを用いて、薄膜に含まれる酸素量からxを算出した。結果を表1に示す。続いて、得られた試料について、比誘電率および絶縁抵抗率を評価した。
【0095】
比誘電率は、以下のようにして評価した。まず、得られた試料の金属酸窒化物薄膜13上に、Agを直径100μmで蒸着し、上部電極とした。続いて、上部電極が形成された試料に対して、基準温度25℃において、周波数1kHzにおいて、上部電極が形成された試料に印加される電界強度が0.5Vrms/μmとなるように交流電圧を印加して測定された静電容量と、誘電体としての金属酸窒化物薄膜の厚みと、から、比誘電率(単位なし)を算出した。結果を表1に示す。なお、参考のため、電界強度が0.1Vrms/μmである場合の比誘電率も同様に測定した。結果を表1に示す。
【0096】
絶縁抵抗率は、デジタル超高抵抗計(ADVANTEST社製R8340A)を用いて、上部電極が形成された試料に印加される電界強度が0.5V/μmとなるように直流電圧を印加して、絶縁抵抗率を測定した。結果を表1に示す。なお、参考のため、電界強度が0.1V/μmである場合の絶縁抵抗率も同様に測定した。結果を表1に示す。
【0097】
また、評価した比誘電率と絶縁抵抗率との積を算出した。結果を表1に示す。
【0098】
【0099】
表1より、試料番号1および2では、組成式Sr1+αTaOx+αNyで表される金属酸窒化物薄膜において、SrOがαだけ過剰に含まれ、かつ成膜時のpO2/pN2を1.0よりも大きくすることにより、高い誘電特性を維持しつつ、絶縁抵抗率が向上した薄膜が得られることが確認できた。これは、薄膜のペロブスカイト構造中に、上述したAO構造が十分に導入され、Ta-N鎖を通じた電子の移動経路が阻害されたためだと考えられる。これは、電界強度が0.5V/μmである場合の絶縁抵抗率が、電界強度が0.1V/μmである場合の絶縁抵抗率よりも10%程度しか低下していないことに対応していると考えられる。
【0100】
これに対し、試料番号3および4では、過剰なSrOが含まれないため、成膜時のpO2/pN2を大きくしても、絶縁抵抗率は低いことが確認できた。これは、過剰なSrOが含まれておらず、AO構造が形成されなかったためだと考えられる。これは、電界強度が0.5V/μmである場合の絶縁抵抗率が、電界強度が0.1V/μmである場合の絶縁抵抗率よりも1桁も低下していることに対応していると考えられる。
【0101】
また、試料番号5では、過剰なSrOが含まれていても、成膜時のpO2/pN2が1.0であったため、絶縁抵抗率は低いことが確認できた。これは、過剰なSrOが含まれていても、AO構造が形成されるほど、PLD法における成膜時のpO2/pN2が高くなかったためだと考えられる。これは、過剰なSrOが含まれているにもかかわらず、電界強度が0.5V/μmである場合の絶縁抵抗率が、電界強度が0.1V/μmである場合の絶縁抵抗率よりも1桁も低下していることに対応していると考えられる。すなわち、試料番号1と試料番号5とでは、組成は同じであるにもかかわらず、比誘電率および絶縁抵抗率が異なることから、試料番号1の金属酸窒化物薄膜にはAO構造が導入され、試料番号5の金属酸窒化物薄膜にはAO構造が導入されていないことが確認できた。
【0102】
(実験例2)
成膜用原料としてのターゲットの原料として、さらに、BaCO3、La(OH)3およびTiO2を準備した。
【0103】
試料番号6においてはSr:Ta=1.2:1.0になるように秤量した以外は、実験例1と同じ方法により、成膜用ターゲットを作製した。作製した成膜用ターゲットを用いて、スパッタリング法により金属酸窒化物薄膜を成膜した。雰囲気ガスは酸素ガスおよび窒素ガスの混合ガスを用いた。混合ガスにおける酸素ガスの分圧と窒素ガスの分圧との比を表2に示す値とした。
【0104】
得られた試料について、金属酸窒化物薄膜の組成、比誘電率および絶縁抵抗率を実験例1と同じ方法により評価した。結果を表2に示す。
【0105】
試料番号7においてはSr:Ta=1.05:1.0になるように秤量した以外は、実験例1と同じ方法で成膜用ターゲットを作製した。作製した成膜用ターゲットを用いて、試料番号1と同じ条件で金属酸窒化物薄膜を成膜した。得られた試料について、金属酸窒化物薄膜の組成、比誘電率および絶縁抵抗率を実験例1と同じ方法により評価した。結果を表2に示す。
【0106】
試料番号8においてはSr:Ta=1.4:1.0になるように秤量した以外は、実験例1と同じ方法で成膜用ターゲットを作製した。作製した成膜用ターゲットを用いて、試料番号1と同じ条件で金属酸窒化物薄膜を成膜した。得られた試料について、金属酸窒化物薄膜の組成、比誘電率および絶縁抵抗率を実験例1と同じ方法により評価した。結果を表2に示す。
【0107】
試料番号9においてはBa:Ta=1.2:1.0になるように秤量した以外は、実験例1と同じ方法で成膜用ターゲットを作製した。作製した成膜用ターゲットを用いて、試料番号1と同じ条件で金属酸窒化物薄膜を成膜した。得られた試料について、金属酸窒化物薄膜の組成、比誘電率および絶縁抵抗率を実験例1と同じ方法により評価した。結果を表2に示す。
【0108】
試料番号10においてはLa:Sr:Ti:Ta=0.2:0.9:0.2:0.8になるように秤量した以外は、実験例1と同じ方法で成膜用ターゲットを作製した。作製した成膜用ターゲットを用いて、試料番号1と同じ条件で金属酸窒化物薄膜を成膜した。得られた試料について、金属酸窒化物薄膜の組成、比誘電率および絶縁抵抗率を実験例1と同じ方法により評価した。結果を表2に示す。
【0109】
【0110】
表2より、αを変化させた場合、AおよびBを構成する元素を変化させた場合であっても、実験例1と同様の効果が得られることが確認できた。なお、試料番号10の金属酸窒化物薄膜の組成は、La0.2Sr0.85Ti0.2Ta0.8O3.055N0.300であった。
【符号の説明】
【0111】
1… 薄膜キャパシタ
51… 基板
52… 下部電極
53… 金属酸窒化物薄膜
54… 上部電極
15… 八面体
11… 酸素
12… 窒素
13… Bサイト原子
14… Aサイト原子
25… Sr2TaO3N
21… SrTaO2N層
22… SrO層