(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-12
(45)【発行日】2022-12-20
(54)【発明の名称】クランクシャフト及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 22/03 20060101AFI20221213BHJP
F16C 3/06 20060101ALI20221213BHJP
C23C 22/73 20060101ALI20221213BHJP
C10M 141/10 20060101ALI20221213BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20221213BHJP
C22C 38/60 20060101ALN20221213BHJP
C21D 9/30 20060101ALN20221213BHJP
C10N 10/04 20060101ALN20221213BHJP
C10N 40/02 20060101ALN20221213BHJP
C10N 30/06 20060101ALN20221213BHJP
【FI】
C23C22/03
F16C3/06
C23C22/73 A
C10M141/10
C22C38/00 301Z
C22C38/60
C21D9/30 A
C10N10:04
C10N40:02
C10N30:06
(21)【出願番号】P 2019051449
(22)【出願日】2019-03-19
【審査請求日】2021-11-04
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104444
【氏名又は名称】上羽 秀敏
(74)【代理人】
【識別番号】100174285
【氏名又は名称】小宮山 聰
(72)【発明者】
【氏名】安部 達彦
(72)【発明者】
【氏名】久保田 学
【審査官】瀧口 博史
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-069249(JP,A)
【文献】国際公開第2016/114401(WO,A1)
【文献】特表2018-514643(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 22/03
C10M 137/10
C10M 141/10
F16C 3/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンに組み付けられる前のクランクシャフトであって、
クランクシャフトの摺動部の表面に化合物皮膜を有し、
前記化合物皮膜は、エネルギー分散型X線分析によって得られるZn、P、及びOの濃度が、
Zn、P、O及びFeの4元素の検出総濃度を100質量%とし、質量%で、Zn:7.5%以上、P:2.0%以上、O:4.5%以上である、クランクシャフト。
【請求項2】
請求項1に記載のクランクシャフトであって、
前記化合物皮膜は、50nm以上の厚さを有する、クランクシャフト。
【請求項3】
請求項2に記載のクランクシャフトであって、
前記化合物皮膜は、深さ30nm地点でのナノ硬さ及び深さ50nm地点でのナノ硬さが、いずれも7.5GPa以下である、クランクシャフト。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載のクランクシャフトであって、
前記化合物皮膜は、
プローブの先端が表層から10~13nmの位置となる大きさの垂直荷重を負荷したまま前記プローブを水平方向に走査するスクラッチ試験によって得られる摩擦係数が、0.20以下である、クランクシャフト。
【請求項5】
エンジンに組み付けられる前のクランクシャフトを製造する方法であって、
クランクシャフトの中間品を準備する工程と、
前記クランクシャフトの中間品の摺動部の表面に化合物皮膜を形成する工程とを備え、
前記化合物皮膜は、エネルギー分散型X線分析によって得られるZn、P、及びOの濃度が、
Zn、P、O及びFeの4元素の検出総濃度を100質量%とし、質量%で、Zn:7.5%以上、P:2.0%以上、O:4.5%以上である、クランクシャフトの製造方法。
【請求項6】
請求項5に記載のクランクシャフトの製造方法であって、
前記化合物皮膜を形成する工程は、Zn、P、及びOを含む潤滑油の存在下において、前記クランクシャフトの中間品を回転速度2000rpm以上、面圧40MPa以上の条件で5分間以上軸受と回転摺動させる工程を含む、クランクシャフトの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クランクシャフト及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
クランクシャフトには、優れた摺動特性が要求され、特に表面の摩擦の低減が求められる。近年、自動車の省燃費化ニーズを背景に、クランクシャフトの軽量化や潤滑油の低粘度化が進んでおり、クランクシャフトと軸受との摺動条件は過酷になっている。焼付きを防止する観点からも、クランクシャフトには一層の摩擦の低減が求められている。
【0003】
特許第5716550号公報には、クランクジャーナル部の表層部にショットピーニング処理によって改質層を形成したクランクシャフトが開示されている。同公報には、固体潤滑剤によって被覆されたショットを用いてショットピーニングを行うことによって、改質層上に固体潤滑皮膜を形成することも開示されている。
【0004】
クランクシャフトに関するものではないが、特許第5755820号公報には、内燃機関のピストンのスカート部の外面に複層の固体潤滑被膜を形成する被膜形成方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第5716550号公報
【文献】特許第5755820号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記特許文献に記載されているような固体潤滑皮膜は、摩耗によって剥離しやすく、剥離した皮膜が潤滑油中に分散して潤滑油を劣化させるおそれがある。
【0007】
本発明の目的は、摩擦を低減できるクランクシャフトを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一実施形態によるクランクシャフトは、クランクシャフトの摺動部の表面に化合物皮膜を有し、前記化合物皮膜は、エネルギー分散型X線分析によって得られるZn、P、及びOの濃度が、質量%で、Zn:7.5%以上、P:2.0%以上、O:4.5%以上である。
【0009】
本発明の一実施形態によるクランクシャフトの製造方法は、クランクシャフトの中間品を準備する工程と、前記クランクシャフトの中間品の摺動部の表面に化合物皮膜を形成する工程とを備え、前記化合物皮膜は、エネルギー分散型X線分析によって得られるZn、P、及びOの濃度が、質量%で、Zn:7.5%以上、P:2.0%以上、O:4.5%以上である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、摩擦を低減できるクランクシャフトが得られる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、本発明の一実施形態によるクランクシャフトの製造方法を示すフロー図である。
【
図2】
図2は、化合物皮膜が形成されるメカニズムを模式的に示す図である。
【
図3】
図3は、実施例で作製した試験軸のヒートパターンである。
【
図4】
図4は、耐摩耗焼付き性評価装置の模式図である。
【
図5】
図5は、試験軸に加えた面圧の時間変化の模式図である。
【
図6】
図6は、試験軸の摺動面の光学顕微鏡像である。
【
図7】
図7は、摺動痕近傍の走査電子顕微鏡像である。
【
図8A】
図8Aは、EDX分析により得られた酸素の濃度分布である。
【
図8B】
図8Bは、EDX分析により得られたリンの濃度分布である。
【
図8C】
図8Cは、EDX分析により得られた鉄の濃度分布である。
【
図8D】
図8Dは、EDX分析により得られた亜鉛の濃度分布である。
【
図9A】
図9Aは、化合物皮膜の近傍のグラディエント像である。
【
図9B】
図9Bは、化合物皮膜から離れた位置のグラディエント像である。
【
図12】
図12は、スクラッチ試験における、プローブの垂直方向の荷重及び水平方向の変位のプロファイルである。
【
図13】
図13は、化合物皮膜が形成されている位置、及び化合物皮膜が形成されていない位置における、摩擦係数の時間変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者らは、丸棒形状の試験軸を用いて摺動試験を実施し、焼付きが発生する直前で摺動試験を終了した試験軸(途中止め材)の衝動面を光学顕微鏡で観察した。
【0013】
その結果、途中止め材の摺動面には干渉色を示す特徴的な摺動痕が存在することが分かった。この摺動痕に対してエネルギー分散型X線分析を実施したところ、この摺動痕上で亜鉛(Zn)、リン(P)、及び酸素(O)が濃化していることが分かった。このことから、この摺動痕は、摺動試験で使用した潤滑油に含まれるジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP)が、試験軸と高温・高圧の条件下で反応することによって形成された化合物皮膜(トライボフィルム)であると推測された。
【0014】
さらに、この化合物皮膜の特性を調査したところ、この化合物皮膜は試験軸の表面と比較して平滑であり、ナノ硬さが低く、さらに摩擦係数も低いことが分かった。
【0015】
本発明者らは、この化合物皮膜をクランクシャフトの摺動部の表面に予め形成しておくことで、摺動時の摩擦を低減できることに着想し、本発明を完成させた。以下、本発明の一実施形態によるクランクシャフト及びその製造方法について詳述する。
【0016】
[クランクシャフト]
本発明の一実施形態によるクランクシャフトは、エネルギー分散型X線分析(以下「EDX分析」という。)によって得られるZn、P、及びOの濃度が、質量%で、Zn:7.5%以上、P:2.0%以上、O:4.5%以上である化合物皮膜(以下、単に「化合物皮膜」という。)を有する。
【0017】
化合物皮膜は、クランクシャフトの摺動部(例えば、ピン部又はジャーナル部)の表面に存在していればよく、他の部分には存在していなくてもよい。また、この化合物皮膜は、摺動部の全面に存在している必要はなく、一部に存在していればその効果が得られる。
【0018】
化合物皮膜のZn、P、及びOの濃度は、具体的には下記のように測定する。クランクシャフトの表面から、観察用の試験片を採取する。観察面には研磨を実施せず、有機溶媒(例えばアセトン)による洗浄のみを実施する。走査型電子顕微鏡で観察面を観察しながら、EDX分析を実施する。EDX分析は例えば、日本電子株式会社製電界放射型電子顕微鏡JSM-7800F及び同装置に付属のエネルギー分散型X線分析装置を使用して実施することができる。加速電圧は10kV、照射電流は5nA、分解能≦5.0nmとする。
【0019】
分析対象となる元素(O、P、Fe、Zn)へ電界放射電子銃から電子を照射した際に放出される特性X線の強度を定量して、これらの元素の濃度(質量%)を求める。O、P、FeはKα線の検出強度から、ZnはLα線の検出強度から定量する。濃度の計算において、O、P、Fe、及びZn以外の元素は計算に含めないものとする。すなわち、当該4元素の検出総濃度を100質量%とし、各元素の検出量を質量%で規定する。
【0020】
化合物皮膜は、好ましくは、EDX分析によって得られるZn、P、及びOの濃度が、質量%で、Zn:9.6%以上、P:2.5%以上、O:5.9%以上である。
【0021】
化合物皮膜の厚さは、好ましくは50nm以上であり、より好ましくは60nm以上である。ただし、後述するスクラッチ試験の結果から、化合物被膜の厚さがごく僅かであっても(10nm程度であっても)、摩擦低減の効果は得られると考えられる。
【0022】
化合物皮膜は、好ましくは、深さ30nm地点でのナノ硬さ及び深さ50nm地点でのナノ硬さがいずれも7.5GPa以下である。化合物皮膜は、好ましくは、深さ30nm地点でのナノ硬さ及び深さ50nm地点でのナノ硬さがいずれも7.0GPa以下である。
【0023】
ナノ硬さは、バーコビッチ型の圧子(プローブ)を備えたナノインデンテーション装置を用いて、荷重速度200μN/秒で測定したときの値とする。
【0024】
化合物皮膜は、好ましくは0.20以下の摩擦係数を有する。化合物皮膜の摩擦係数は、好ましくは0.18以下である。
【0025】
化合物皮膜の摩擦係数は、次のように測定する。バーコビッチ型の圧子(プローブ)を備えたナノインデンテーション装置を用いて、プローブの先端が表面から10~13nmの位置になるように垂直荷重を調整し、この状態でプローブを水平方向に10μm走査する。水平荷重を垂直荷重で除して摩擦係数を算出する。プローブを走査した期間のうち、速度が安定しない初期の期間(例えば1.5秒程度)を除いた期間の摩擦係数の平均値を、化合物皮膜の摩擦係数とする。
【0026】
クランクシャフトの化学組成は、特に限定されないが、例えば、質量%で、C:0.30~0.80%、Si:0.01~2.0%、Mn:0.1~2.0%、Cr:0.01~0.50%、S:0.20%以下、残部:Fe及び不純物のものを用いることができる。クランクシャフトの化学組成は、上記以外の元素(例えばVやNb等)を含有するものであってもよい。
【0027】
[クランクシャフトの製造方法]
以下、本発明の一実施形態によるクランクシャフトの製造方法を説明する。
図1は、本実施形態によるクランクシャフトの製造方法を示すフロー図である。この製造方法は、クランクシャフトの中間品を準備する工程(ステップS1)と、クランクシャフトの中間品の摺動部の表面に化合物皮膜を形成する工程(ステップS2)とを備える。
【0028】
[準備工程]
クランクシャフトの中間品を準備する(ステップS1)。ここでの「クランクシャフトの中間品」は、化合物皮膜が形成される直前のクランクシャフトを意味する。本実施形態による製造方法では、ほぼ完成品に近いクランクシャフトの中間品に対して上述した化合物皮膜を形成することによって、化合物皮膜が形成されたクランクシャフトを製造する。化合物皮膜を形成する対象となるクランクシャフトは特に限定されず、任意のクランクシャフトを用いることができる。
【0029】
クランクシャフトの中間品は、これに限定されないが、例えば以下のように製造することができる。
【0030】
所定の化学組成を有する素材を熱間鍛造してクランクシャフトの粗形状にする。熱間鍛造は、粗鍛造と仕上鍛造とに分けて実施してもよい。熱間鍛造によって製造された粗形品に対して、必要に応じて焼ならし等の熱処理を実施してもよい。この粗形品に対して、切削加工や研削加工、孔開け加工等の機械加工を実施する。
【0031】
必要に応じて、摺動部に硬化層を形成する。例えば、所定の加熱温度に加熱した後に急冷する焼入れを実施してもよい。このとき、高周波誘導加熱装置によって局所的に加熱してもよいし、熱処理炉によって中間品全体を加熱してもよい。加熱温度は、好ましくはAc3点以上であり、より好ましくは900℃以上である。焼入れ後、必要に応じて焼戻しを実施してもよい。また、焼入れや焼戻しに代えて。他の硬化処理(例えば浸炭窒化やフィレットロール加工)を実施してもよい。
【0032】
機械加工をした後又は硬化層を形成した後、クランクシャフトのジャーナルやピンに研削やラッピングを施して、表面形状を調整する等の仕上げ加工を実施してもよい。
【0033】
[化合物皮膜形成工程]
クランクシャフトの中間品に上述した化合物皮膜を形成する(ステップS2)。
【0034】
化合物皮膜は、これに限定されないが、Zn、P、及びOを含む潤滑油の存在下において、クランクシャフトの中間品を回転速度2000rpm以上、面圧40MPa以上の条件で5分間以上軸受と回転摺動させることで形成することができる。
【0035】
図2は、化合物皮膜が形成されるメカニズムを模式的に示す図である。化合物皮膜は、クランクシャフトの中間品と軸受とが摺動時、潤滑油膜が薄くなって固体接触が発生し、局所的に高温・高圧となることで、クランクシャフトの中間品の摺動面と添加剤とが反応して形成されると考えられる。
【0036】
Zn、P、及びOを含む潤滑油としては、これに限定されないが、例えば、ジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP)を添加剤として含む潤滑油を用いることができる。ZnDTPは、極圧剤や酸化防止剤として潤滑油に添加される。
【0037】
化合物皮膜を十分に形成するためには、比較的過酷な条件で、一定時間以上クランクシャフトの中間品を摺動させる必要がある。回転速度が2000rpm未満、面圧が40MPa未満、又は摺動時間が5分間未満では、化合物皮膜が十分に形成されない場合がある。回転速度の下限は、好ましくは3000rpmであり、さらに好ましくは4000rpmである。面圧の下限は、好ましくは45MPaであり、さらに好ましくは50MPaである。摺動時間の下限は、好ましくは10分間である。また、潤滑油の供給量も、通常の摺動試験の場合よりも少なくすることが好ましい。
【0038】
一方、摺動条件を厳しくし過ぎると、摺動面に塑性変形が生じたり、焼付きが発生したりするおそれがある。回転速度の上限は、好ましくは10000rpmであり、さらに好ましくは9000rpmである。面圧の上限は、好ましくは60MPaであり、さらに好ましくは55MPaである。摺動時間の上限は、好ましくは30分間である。
【0039】
以上の工程によって、表面に化合物皮膜が形成されたクランクシャフトが製造される。この方法によれば、クランクシャフトの摺動面の表面のうち、軸受と接触しやすい箇所に優先的に化合物皮膜が形成される。そのため、実際の運転時においても、この化合物皮膜が軸受と優先的に接触し、摺動時の摩擦を低減できると考えられる。
【実施例】
【0040】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明する。本発明はこれらの実施例に限定されない。
【0041】
[試験軸の作製]
表1に示す化学組成を有する鋼を素材として、焼付き試験用の試験軸を作製した。
図3に、試験軸作製時のヒートパターンを示す。
【0042】
【0043】
具体的には、素材を1250℃に加熱した後、1075℃まで熱間鍛造を実施した。鍛造終了後、室温まで放冷し、外径65mm、長さ750mmの丸棒にした。この丸棒に切断及び切削加工を施して、外径約53mm、長さ328mmにした。この丸棒に対して高周波焼入れを実施して、厚さ約5mm、表層部硬さHV約650の硬化層を形成した。高周波焼入れ後、表面の研削及びラッピングを実施して、最大高さRmaxを1.0μm以下に調整して試験軸とした。試験軸の外径は、次工程で用いる軸受とのクリアランスが約0.080mmになるように調整した。
【0044】
[化合物皮膜の形成]
次に、ZnDTPを含む潤滑油中においてこの試験軸に垂直負荷を加えた状態で軸受と摺動させ、試験軸の表面に化合物皮膜を形成した。
【0045】
この工程は、
図4に模式図を示す耐摩耗焼付き性評価装置20を用いて実施した。試験軸TPを試験軸受21及び保持軸受22に挿入し、試験軸受21に給油しながら、モータ(不図示)によって試験軸TPを7250rpmで回転させた。軸受のメタルは、大同メタル工業株式会社製PB0/CX4Fを使用した。潤滑油はVG22を使用し、潤滑油供給量は75cc/分とした。
【0046】
図5に、試験軸TPに加えた面圧の時間変化を模式的に示す。50分間面圧を加えずに慣らし運転をした後、軸方向と垂直な方向に試験軸受21を移動させ、試験軸TPに加わる面圧を段階的に増加させた。同一面圧での保持時間は10分間、1ステップあたりの面圧増加幅は5MPaとした。面圧が50MPaに達してから10分間経過した時点で、回転を停止させた。
【0047】
[摺動面の観察及び化合物皮膜の分析]
化合物皮膜を形成した試験軸の摺動面から、長さ10mm×幅10mmの試験片を採取した。試験片の光学顕微鏡像を
図6に示す。試験軸の摺動面には、周方向(摺動方向)に延びる、干渉色を示す特徴的な摺動痕が確認された。
【0048】
図7は、この摺動痕の近傍の走査電子顕微鏡像である。
図8A~
図8Dは、
図7と同一視野においてEDX分析を実施して得られた各元素の濃度分布である。
図8A~
図8Dはそれぞれ、酸素、リン、鉄、及び亜鉛の濃度分布であり、明るい箇所ほど当該元素の濃度が高いことを示す。
【0049】
図8A~
図8Dから、この摺動痕に沿ってZn、P、及びOが濃化していることが分かる。このことから、この摺動痕は、試験軸の表面と潤滑油中のZnDTPが反応して形成された化合物皮膜であると推測される。
【0050】
化合物皮膜上の5箇所、及び化合物皮膜から、2μm以上離れた位置の5箇所において、EDX分析による定量分析を実施した。
【0051】
EDXの測定には、日本電子株式会社製電界放出型電子顕微鏡JSM-7800F及び同装置に付属のエネルギー分散型X線分析装置を使用した。加速電圧は10kV、照射電流は5nA、分解能≦5.0nmとした。実施形態で説明した方法に沿って、O、P、Fe、及びZnの濃度(質量%)を求めた。
【0052】
結果を表2及び表3に示す。表2は化合物皮膜上での分析結果であり、表3は化合物皮膜から、2μm以上離れた位置での分析結果である。
【0053】
【0054】
【0055】
表2に示すとおり、化合物皮膜上では、いずれの点においてもZn:7.5質量%以上、P:2.0質量%以上、O:4.5質量%以上であった。これに対し、表3に示すとおり、化合物皮膜から離れた位置では、いずれの点においてもZn:7.5質量%未満、P:2.0質量%未満、O:4.5質量%未満であった。
【0056】
[表面スキャン、ナノ硬さ測定、及びスクラッチ試験]
化合物皮膜が形成されている箇所と形成されていない箇所に対して、BRUKER社製ナノインデンターTI950、バーコビッチ型プローブを用いて、表面スキャン、ナノ硬さ測定、及びスクラッチ試験を実施した。
【0057】
表面に対して微小な垂直荷重(2μN)を加えた状態でプローブを走査して、走査プローブ顕微鏡像を取得した。
図9A及び
図9Bにそれぞれ、化合物皮膜の近傍、及び化合物皮膜から離れた位置のグラディエント像を示す。このグラディエント像では、紙面左右方向の傾きの大きさに比例したコントラストが付されており、紙面左側から右側に向かって高度が上昇する傾きは黒く、下降する傾きは白く表現されている。
【0058】
図9Aから、化合物皮膜上では、鋼材表面に見られる研削痕(
図9Bを参照)は確認されず、非常に平滑な表面になっていることが分かる。また、化合物皮膜の左端が黒く、右端が白くなっていることから、化合物皮膜が形成された箇所は周囲より盛り上がっていることが分かる。
【0059】
次に、
図9Aの点P0~P8、及び
図9Bの点P9~P14のナノ硬さを測定した。これらのナノ硬さは、押し込み荷重を1000μNとしたときの深さの地点でのナノ硬さである。結果を
図10A及び
図10Bに示す。
図10Aに示すとおり、化合物皮膜のナノ硬さは約6GPaであり、鋼材表面のナノ硬さ(10~12GPa、
図10Bを参照)に比べて非常に小さいことが分かる。
【0060】
荷重1000μNでナノインデントしたときの荷重変位曲線を
図11A及び
図11Bに示す。
図11Aは
図9Aの点P4、
図11Bは
図9Bの点P13の荷重変位曲線である。化合物皮膜が形成された点P4の荷重変位曲線の傾きは、深さ60nmにおいても点P13の荷重変位曲線の傾きと一致しないことから、化合物皮膜は60nm以上形成されていると考えられる。この化合物皮膜の正確な厚さは不明であるが、トライボフィルムに関する先行研究の結果及び本実施例における摺動条件等を考慮すると、この化合物皮膜の厚さが100nmを超えていることはないものと推測される。
【0061】
次に、垂直荷重を負荷したままプローブを水平方向に走査するスクラッチ試験を実施して、化合物皮膜が形成されている部分及び化合物皮膜が形成されていない部分での摩擦係数の測定を行った。
図12に、プローブの垂直方向の荷重及び水平方向の変位のプロファイルを示す。垂直荷重の大きさFは、
図11A及び
図11Bに基づき、プローブの先端が表層から10~13nmの位置となる大きさ(100μN及び200μN)に設定した。
【0062】
スクラッチ試験を実施した12~42秒の期間のうち、速度が安定しなかった初期の1.5秒間(12~13.5秒の期間)を除外した、13.5~42秒の期間の摩擦係数の時間変化を
図13に示す。化合物皮膜が形成されていない部分におけるこの期間の摩擦係数の平均は0.18907であったの対し、化合物皮膜が形成された部分におけるこの期間の摩擦係数の平均は0.17674であった。この結果から、化合物皮膜を形成することによって摩擦係数を約6.5%低下できることが分かる。
【0063】
上記と同様にして、化合物皮膜が形成されている部分と形成されていない部分とについて、摩擦係数等の測定、並びにEDX分析を実施した。結果を表4に示す。
【0064】
【0065】
表4の「接触厚さ(nm)」の欄には、荷重1000μNでナノインデントしたときのプローブ先端の位置(表面からの深さ)が記載されている。表4の「30nm硬さ(GPa)」及び「50nm硬さ(GPa)」の欄にはそれぞれ、深さ30nm地点及び深さ50nm地点におけるナノ硬さが記載されている。
【0066】
表4に示すとおり、Zn:7.5質量%以上、P:2.0質量%以上、O:4.5質量%以上の箇所では、接触厚さが55~65nmであり、深さ30nm地点のナノ硬さ及び深さ50nm地点の硬さのいずれも7.5GPa以下であり、摩擦係数も0.20以下であった。これらの箇所には、少なくとも接触厚さ以上の化合物皮膜が形成されていると考えられる。
【0067】
これに対し、Zn:7.5質量%未満、P:2.0質量%未満、O:4.5質量%未満の箇所では、接触厚さが40~55nmであり、深さ30nm地点のナノ硬さ及び深さ50nm地点のナノ硬さのいずれかが7.5GPaを超えていた。これらの箇所には、化合物皮膜は形成されていないか、形成されていても不十分であると考えられる。
【0068】
以上、本発明の一実施形態を説明したが、上述した実施形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。よって、本発明は上述した実施形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施形態を適宜変形して実施することが可能である。