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特許7192626温度測定装置、温度測定方法、および温度測定プログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-12
(45)【発行日】2022-12-20
(54)【発明の名称】温度測定装置、温度測定方法、および温度測定プログラム
(51)【国際特許分類】
   G01K 11/324 20210101AFI20221213BHJP
【FI】
G01K11/324
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019071344
(22)【出願日】2019-04-03
(65)【公開番号】P2020169889
(43)【公開日】2020-10-15
【審査請求日】2022-01-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000005223
【氏名又は名称】富士通株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100087480
【弁理士】
【氏名又は名称】片山 修平
(72)【発明者】
【氏名】有岡 孝祐
(72)【発明者】
【氏名】宇野 和史
(72)【発明者】
【氏名】笠嶋 丈夫
(72)【発明者】
【氏名】牧原 史弥
(72)【発明者】
【氏名】雨宮 智
【審査官】平野 真樹
(56)【参考文献】
【文献】特開平4-84719(JP,A)
【文献】国際公開第2018/211634(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/181540(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01K 11/32-11/324
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の経路に沿って配置された光ファイバのサンプリング位置について、前記光ファイバからの後方散乱光量の時系列データに対して、第1時点よりも後の所定の時間範囲についてフィッティングを行うことで、時間に対する前記後方散乱光量の変動の低周波成分を抽出するフィッティング部と、
前記フィッティング部の結果を用いて、前記後方散乱光量を補正する補正部と、
前記補正部によって補正された前記後方散乱光量を用いて、前記サンプリング位置の温度を測定する温度測定部と、を備えることを特徴とする温度測定装置。
【請求項2】
前記時系列データについて、前記第1時点よりも前のデータからモデルを作成するモデル作成部を備え、
前記補正部は、前記モデルと、前記フィッティング部によるフィッティングによって得られたフィッティング関数の前記第1時点よりも後の第2時点における値との差分を用いて、前記後方散乱光量を補正することを特徴とする請求項1記載の温度測定装置。
【請求項3】
前記補正部は、フィルタ処理された前記差分を用いて、前記後方散乱光量を補正することを特徴とする請求項2記載の温度測定装置。
【請求項4】
前記光ファイバは、所定区間の前後に、同じ温度分布が得られる第1区間および第2区間を備え、
前記第1区間のストークス成分の対数をST1とし、前記第1区間のアンチストークス成分の対数をAS1とし、前記第2区間のストークス成分の対数をST2とし、前記第2区間のアンチストークス成分の対数をAS2とした場合に、前記第1時点は、(ST1-AS1)-(ST2-AS2)が所定の閾値を上回った時点以降の時点であることを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の温度測定装置。
【請求項5】
前記フィッティング部は、前記フィッティングを行う前記所定の時間範囲、または前記フィッティング関数の周波数を、前記第1時点よりも前における前記光ファイバからの後方ラマン散乱光の時間スペクトルの分布から決定することを特徴とする請求項1~4のいずれか一項に記載の温度測定装置。
【請求項6】
フィッティング部が、所定の経路に沿って配置された光ファイバのサンプリング位置について、前記光ファイバからの後方散乱光量の時系列データに対して、第1時点よりも後の所定の時間範囲についてフィッティングを行うことで、時間に対する前記後方散乱光量の変動の低周波成分を抽出し、
補正部が、前記フィッティング部の結果を用いて、前記後方散乱光量を補正し、
温度測定部が、前記補正部によって補正された前記後方散乱光量を用いて、前記サンプリング位置の温度を測定する、ことを特徴とする温度測定方法。
【請求項7】
コンピュータに、
所定の経路に沿って配置された光ファイバのサンプリング位置について、前記光ファイバからの後方散乱光量の時系列データに対して、第1時点よりも後の所定の時間範囲についてフィッティングを行うことで、時間に対する前記後方散乱光量の変動の低周波成分を抽出する処理と、
前記フィッティングの結果を用いて、前記後方散乱光量を補正する処理と、
補正された前記後方散乱光量を用いて、前記サンプリング位置の温度を測定する処理と、を実行させることを特徴とする温度測定プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本件は、温度測定装置、温度測定方法、および温度測定プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
温度を測定する手法として後方ラマン散乱光を用いた光ファイバ温度計測が開発されている。この温度計測では、光ファイバ中で後方散乱したストークス成分とアンチストークス成分との比から温度が算出される。しかしながら、光ファイバに劣化が生じると、温度測定に誤差が生じる場合がある。
【0003】
そこで、後方ラマン散乱光の劣化による減衰量を推定して補正する試みが行われている。例えば、基準温度計のデータから減衰量を推定する手法が開示されている(例えば、特許文献1参照)。また、波長の異なる光源を複数用いて、後方レイリー散乱光強度から減衰の波長依存性を調べることで、後方ラマン散乱の減衰量を推定する方法が開示されている(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2016-3905号公報
【文献】特開2017-9509号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、基準温度計を用いても、光ファイバ距離に非線形な減衰量を推定することは困難である。光源を複数用いると、それに対応する受光器なども必要となり、コストがかかる。
【0006】
1つの側面では、本件は、光ファイバの劣化に起因する減衰量を低コストで推定することができる温度測定装置、温度測定方法および温度測定プログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
1つの態様では、温度測定装置は、所定の経路に沿って配置された光ファイバのサンプリング位置について、前記光ファイバからの後方散乱光量の時系列データに対して、第1時点よりも後の所定の時間範囲についてフィッティングを行うことで、時間に対する前記後方散乱光量の変動の低周波成分を抽出するフィッティング部と、前記フィッティング部の結果を用いて、前記後方散乱光量を補正する補正部と、前記補正部によって補正された前記後方散乱光量を用いて、前記サンプリング位置の温度を測定する温度測定部と、を備える。
【発明の効果】
【0008】
光ファイバの劣化に起因する減衰量を低コストで推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】(a)は温度分布測定装置0の全体構成を表す概略図であり、(b)は制御部のハードウェア構成を説明するためのブロック図である。
図2】後方散乱光の成分を表す図である。
図3】(a)はレーザによる光パルス発光後の経過時間とストークス成分およびアンチストークス成分の光強度との関係を例示する図であり、(b)は(a)の検出結果を用いて算出した温度である。
図4】光ファイバの温度測定対象区間に劣化が生じて損失が発生した場合の後方散乱光量を例示する図である。
図5】光ファイバの温度測定対象区間外に設ける捲回部を例示する図である。
図6】(a)および(b)は後方散乱光量の劣化に関する部分を抽出する手法の概略を例示する図である。
図7】(a)~(c)は劣化による減衰量を計算する例を説明する図である。
図8】制御部が実行するフローチャートを例示する図である。
図9】(a)~(c)は劣化による減衰と補正のシミュレーションを説明する図である。
図10】(a)~(c)は劣化による減衰と補正のシミュレーションを説明する図である。
図11】後方散乱光量のデータ例である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、図面を参照しつつ、実施形態について説明する。
【0011】
(実施形態)
図1(a)は、温度測定装置100の全体構成を表す概略図である。図1(a)で例示するように、温度測定装置100は、測定機10、制御部20、光ファイバ30などを備える。測定機10は、レーザ11、ビームスプリッタ12、光スイッチ13、フィルタ14、複数の検出器15a,15bなどを備える。制御部20は、指示部21、温度測定部22、記憶部23、劣化判定部24、モデル作成部25、フィッティング部26、補正部27などを備える。
【0012】
図1(b)は、制御部20のハードウェア構成を説明するためのブロック図である。図1(b)で例示するように、制御部20は、CPU101、RAM102、記憶装置103、インタフェース104などを備える。これらの各機器は、バスなどによって接続されている。CPU(Central Processing Unit)101は、中央演算処理装置である。CPU101は、1以上のコアを含む。RAM(Random Access Memory)102は、CPU101が実行するプログラム、CPU101が処理するデータなどを一時的に記憶する揮発性メモリである。記憶装置103は、不揮発性記憶装置である。記憶装置103として、例えば、ROM(Read Only Memory)、フラッシュメモリなどのソリッド・ステート・ドライブ(SSD)、ハードディスクドライブに駆動されるハードディスクなどを用いることができる。CPU101が記憶装置103に記憶されている温度測定プログラムを実行することによって、制御部20に指示部21、温度測定部22、記憶部23、劣化判定部24、モデル作成部25、フィッティング部26、補正部27などが実現される。なお、制御部20の各部は、専用の回路などのハードウェアであってもよい。
【0013】
レーザ11は、半導体レーザなどの光源であり、指示部21の指示に従って所定の波長範囲のレーザ光を出射する。本実施形態においては、レーザ11は、所定の時間間隔で光パルス(レーザパルス)を出射する。ビームスプリッタ12は、レーザ11が出射した光パルスを光スイッチ13に入射する。光スイッチ13は、入射された光パルスの出射先(チャネル)を切り替えるスイッチである。ダブルエンド方式では、光スイッチ13は、指示部21の指示に従って、光ファイバ30の第1端および第2端に一定周期で交互に光パルスを入射する。シングルエンド方式では、光スイッチ13は、指示部21の指示に従って、光ファイバ30の第1端または第2端のいずれか一方に光パルスを入射する。光ファイバ30は、温度測定対象の所定の経路に沿って配置されている。
【0014】
光ファイバ30に入射した光パルスは、光ファイバ30内を伝搬する。光パルスは、伝搬方向に進行する前方散乱光および帰還方向に進行する後方散乱光(戻り光)を生成しながら徐々に減衰して光ファイバ30内を伝搬する。後方散乱光は、光スイッチ13を通過してビームスプリッタ12に再度入射する。ビームスプリッタ12に入射した後方散乱光は、フィルタ14に対して出射される。フィルタ14は、WDMカプラなどであり、後方散乱光から長波長成分(後述するストークス成分)と短波長成分(後述するアンチストークス成分)とを抽出する。検出器15a,15bは、受光素子である。検出器15aは、所定の周期でストークス成分の受光強度を電気信号に変換して記憶部23に記憶させる。それにより、記憶部23は、ストークス成分の光量の時系列データを記憶する。検出器15bは、検出器15aと同じ周期でアンチストークス成分の受光強度を電気信号に変換して記憶部23に記憶させる。それにより、記憶部23は、アンチストークス成分の光量の時系列データを記憶する。温度測定部22は、記憶部23に記憶されているストークス成分の光量およびアンチストークス成分の光量を用いて、光ファイバ30の温度測定対象範囲の各サンプリング位置の温度を測定することで、光ファイバ30の延伸方向の温度分布を測定する。
【0015】
以下、温度分布の測定の詳細について説明する。図2は、後方散乱光の成分を表す図である。図2で例示するように、後方散乱光は、大きく3種類に分類される。これら3種類の光は、光強度の高い順かつ入射光波長に近い順に、OTDR(光パルス試験器)などに使用されるレイリー散乱光、歪測定などに使用されるブリルアン散乱光、温度測定などに使用されるラマン散乱光である。ラマン散乱光は、温度に応じて変化する光ファイバ30内の格子振動と光との干渉で生成される。強めあう干渉によりアンチストークス成分と呼ばれる短波長成分が生成され、弱めあう干渉によりストークス成分とよばれる長波長成分が生成される。
【0016】
図3(a)は、レーザ11による光パルス発光後の経過時間と、ストークス成分およびアンチストークス成分の光強度との関係を例示する図である。経過時間は、光ファイバ30における伝搬距離(光ファイバ30における位置)に対応している。図3(a)で例示するように、ストークス成分およびアンチストークス成分の光強度は、両方とも経過時間とともに低減する。これは、光パルスが前方散乱光および後方散乱光を生成しながら徐々に減衰して光ファイバ30内を伝搬することに起因する。
【0017】
図3(a)で例示するように、アンチストークス成分の光強度は、光ファイバ30において高温になる位置ではストークス成分と比較してより強くなり、低温になる位置ではストークス成分と比較してより弱くなる。したがって、両成分を検出器15a,15bで検出し、両成分の特性差を利用することによって、光ファイバ30内の各位置の温度を検出することができる。なお、図3(a)において、極大を示す領域は、相対的に高温の領域である。また、極小を示す領域は、相対的に低温の領域である。
【0018】
本実施形態においては、温度測定部22は、記憶部23に記憶されているストークス成分の光量およびアンチストークス成分の光量の時系列データから、光ファイバ30内の温度測定対象区間における各サンプリング位置(各区画)の温度を測定する。すなわち、温度測定部22は、光ファイバ30の延伸方向において、温度測定対象区間の温度分布を測定する。なお、両成分の特性差を利用することから、距離に応じて両成分の光強度が減衰しても、高精度で温度を測定することができる。図3(b)は、図3(a)の検出結果を用いて算出した温度である。図3(b)の横軸は、経過時間を基に算出した光ファイバ30内の位置である。図3(b)で例示するように、ストークス成分およびアンチストークス成分を検出することによって、光ファイバ30の温度測定対象区間の各サンプリング位置の温度を測定することができる。
【0019】
レーザ11が光パルスを出力するたびに同様の温度測定を繰り返すことで、温度測定部22は、光パルスの出力周期で、光ファイバ30の温度測定対象区間の温度分布の測定を繰り返すことができる。それにより、温度測定部22は、温度測定対象区間の温度分布の経時変化を取得することができる。
【0020】
しかしながら、時間の経過とともに、光ファイバ30に劣化が生じることがある。例えば、マイクロベンド、ガラス中の水や水素による特定波長光の吸収、放射線による欠陥、高温によるドーパント拡散などに起因して、光ファイバ30に劣化が生じることがある。光ファイバ30に劣化が生じると、損失が発生し、後方散乱光量の減衰幅が大きくなる傾向がある。
【0021】
図4は、光ファイバ30の温度測定対象区間に劣化が生じて損失が発生した場合の後方散乱光量を例示する図である。図4で例示するように、損失が発生すると、光ファイバ30の各サンプリング位置において、後方散乱光量の減衰幅が大きくなる。後方ラマン散乱光を用いた光ファイバ温度計測では、入射光の減衰および戻り光の減衰が、測定される後方散乱光量に影響する。後方ラマン散乱光の2成分であるストークス成分とアンチストークス成分との比から温度を算出する手法においては、劣化に起因するストークス成分の減衰比とアンチストークス成分の減衰比とが異なると、温度測定に誤差が生じる。
【0022】
そこで、本実施形態においては、光ファイバ30の劣化に起因する後方散乱光量の減衰を推定し、推定された減衰に基づいて後方散乱光量を補正する。
【0023】
光ファイバ30の劣化に起因する後方散乱光量の減衰を推定するためには、まず、光ファイバ30に劣化が生じていることを確認することが好ましい。そこで、劣化判定部24は、光ファイバ30に劣化が生じているか否かを判定する。
【0024】
光ファイバ30に劣化が生じていなければ、同じ温度の異なる2つのサンプリング位置において、ストークス成分の光量とアンチストークス成分の光量との比(または対数の差)が略一致する。そこで、本実施形態においては、光ファイバ30において、温度測定対象区間外を基準として、温度測定対象区間に劣化が生じているか否かを判定する。温度測定対象区間外を基準とするために、温度測定対象区間外に捲回部を設ける。
【0025】
図5は、光ファイバ30の温度測定対象区間外に設ける捲回部を例示する図である。図5で例示するように、光ファイバ30の第1端と温度測定対象区間33との間に、第1捲回部31を設ける。また、光ファイバ30の第2端と温度測定対象区間33との間に、第2捲回部32を設ける。第1捲回部31および第2捲回部32は、同じ温度分布が得られるように、同一箇所で捲回されている。この構成では、第1捲回部31および第2捲回部32は、同一の温度を有していると仮定される。したがって、劣化による減衰が捲回部に生じていなければ、ストークス成分の光量とアンチストークス成分の光量との比(もしくは対数の差)が略一致する。この条件から、光ファイバ30の温度測定対象区間33に劣化が起きているかを判定することができる。
【0026】
例えば、第1捲回部31のストークス成分の光量の対数をST1とし、第1捲回部のアンチストークス成分の光量の対数をAS1とする。第2捲回部32のストークス成分の光量の対数をST2とし、第2捲回部32のアンチストークス成分の光量の対数をAS2とする。光ファイバ30の第1端に光入射する場合において、Δ(ST-AS)を(ST1-AS1)-(ST2-AS2)と定義する。Δ(ST-AS)が大きくなれば、第1捲回部31と第2捲回部32とで、ストークス成分とアンチストークス成分との比に乖離が生じることになり、光ファイバ30の温度測定対象区間において劣化が進んでいることになる。そこで、劣化判定部24は、Δ(ST-AS)が閾値αを上回っていれば、光ファイバ30の温度測定対象区間に劣化が生じていると判定する。閾値αは、例えば、光ファイバ30が劣化していないときのΔ(ST-AS)の標準偏差σの3倍の3σとしてもよい。
【0027】
光ファイバ30に劣化が生じていると判定された後、各サンプリング位置について、光ファイバ30の劣化に起因する後方散乱光量の劣化に関する部分を抽出して、後方散乱光量の減衰を推定する。図6(a)および図6(b)は、本実施形態において、後方散乱光量の劣化に関する部分を抽出する手法の概略を例示する図である。図6(a)は、温度測定対象区間の所定のサンプリング位置における後方散乱光量の経時変化を例示する図である。図6(a)の例では、ある時点を境に光ファイバ30に劣化が生じている。ここで、後方散乱光量は、温度に関する成分と劣化に関する成分との和である。温度に関する成分の周波数と、劣化に関する成分の周波数とは異なっている。環境が一定の場合、劣化に関する成分は、温度に関する成分と比較して十分に低い周波数を有している。そこで、図6(b)で例示するように、時間に対する後方散乱光量の変動の低周波成分を抽出することで、後方散乱光量の劣化に関する部分を周波数で切り分けて抽出することができる。切り分けて抽出した部分について劣化に起因する減衰量を推定できれば、当該減衰量に相当する光量を測定された光量に加えることで、温度誤差を解消することができる。
【0028】
図7(a)~図7(c)は、劣化による減衰量を計算する例を説明する図である。図7(a)は、温度測定対象区間の所定のサンプリング位置における後方散乱光量の経時変化を例示する図である。モデル作成部25は、Δ(ST-AS)が閾値αを上回っていない時間区間の後方散乱光量から、劣化前のモデルを作成する。劣化前におけるストークス成分のモデルをSTMと称する。劣化前におけるアンチストークス成分のモデルをASMと称する。新たなSTMおよびASMが作成されるたびに、STMおよびASMが当該新たなSTMおよびASMによって更新される。例えば、図7(a)で例示するように、モデル作成部25は、各サンプリング位置について、後方散乱光量の時間推移に対して、劣化による影響が出ていない時間区間を、例えば平均化してモデルデータとする。それにより、モデル作成部25は、各サンプリング位置について、STMおよびASMを作成する。
【0029】
次に、図7(b)で例示するように、フィッティング部26は、後方散乱光量の時系列データについて、劣化に起因する減衰の周波数を有するフィッティング関数でフィッティングを行い、当該フィッティング関数から最新のフィッティング値を求める。例えば、フィッティング部26は、後方散乱光量の直近過去の時系列データに対して、劣化に起因する減衰の周波数を有するフィッティング関数でフィッティングを行い、当該フィッティング関数から現在時刻のフィッティング値を求める。フィッティングには、線形回帰、曲線回帰などを用いることができる。ストークス成分の現在時刻のフィッティング値をSTFと称し、アンチストークス成分の現在時刻のフィッティング値をASFと称する。フィッティング部26は、各サンプリング位置について、STFおよびASFを取得する。
【0030】
補正部27は、モデルとフィッティング値との差分を、劣化による減衰量推定値とする。例えば、補正部27は、ストークス成分について、(STM-STF)をストークス成分の光量の減衰量と推定する。また、補正部27は、アンチストークス成分について、(ASM-ASF)をアンチストークス成分の光量の減衰量と推定する。補正部27は、この減衰量推定値を温度測定対象区間の各サンプリング位置で求めることにより、減衰量推定値分布を作成する。
【0031】
図7(c)は、減衰量推定分布を例示する図である。図7(c)において、実線が減衰量推定分布を表している。図7(c)で例示するように、減衰量推定値分布は、緩やかな温度変化やフィッティング精度などから誤差を含んでいる。そのため、減衰量推定値分布をフィルタ処理によって高精度化することが好ましい。劣化による減衰量は、光が減衰しながら進むのでレーザ11からの光ファイバ距離に対して必ず増加する。また、劣化の性質(例えば敷設状態に依存する分布)から距離に対して、どのような周波数であるかを予想できるため、得られた減衰量推定値分布に対してローパスフィルタなどのフィルタ処理を行うことで高精度化を図ることができる。図7(c)において、点線がフィルタ処理後の減衰量推定値分布を表している。
【0032】
補正部27は、高精度化した減衰量推定値を、測定された後方散乱光量に加えることで補正を行う。例えば、補正部27は、各サンプリング位置について、測定されたストークス成分の光量に、(STM-STF)を加算する。また、補正部27は、各サンプリング位置について、測定されたアンチストークス成分の光用に(ASM-ASF)を加算する。温度測定部22は、各サンプリング位置について、補正部27によって補正されたストークス成分の光量およびアンチストークス成分の光量を用いて、温度を測定する。
【0033】
温度測定対象区間に同じ温度の複数個所のサンプリング位置を設けた場合には、その条件を使いさらに減衰量推定値を計算することで高精度化することも可能である。また、温度と劣化との間に相関がある場合は、補正後の後方散乱光量から温度を計算し、その温度情報から減衰量推定値を再計算することで高精度化することも可能である。
【0034】
図8は、制御部20が実行するフローチャートを例示する図である。まず、劣化判定部24は、記憶部23から、サンプリング位置ごとに、所定の時間範囲について、後方散乱光量の時系列データを取得する(ステップS1)。次に、劣化判定部24は、取得した後方散乱光量の時系列データのうち第1捲回部31および第2捲回部32の時系列データを抽出し、最新時刻のΔ(ST-AS)を算出する。
【0035】
次に、劣化判定部24は、Δ(ST-AS)が閾値αを超えたか否かを判定する(ステップS2)。ステップS2で「No」と判定された場合、モデル作成部25は、ステップS1で取得した時系列データから、モデルデータ(STMおよびASM)を作成する(ステップS3)。作成済みのSTMおよびASMが有れば、モデル作成部25は、ステップS3で作成したSTMおよびASMに更新する。その後、温度測定部22は、各サンプリング位置について、最新のストークス成分の光量およびアンチストークス成分の光量を用いて、温度測定を行う(ステップS4)。その後、所定時間後に、ステップS1から再度実行される。
【0036】
ステップS2で「Yes」と判定された場合、劣化判定部24は、前回のΔ(ST-AS)であるΔ(ST‘-AS’)と、今回のΔ(ST-AS)との差が、閾値βを超えたか否かを判定する(ステップS5)。閾値βは、例えば劣化していないときのΔ(ST‘-AS’)―Δ(ST-AS)の標準偏差σの3倍の3σとしてもよい。ステップS5の実行によって、光ファイバ30の劣化が進行しているか否かを判定できるようになる。
【0037】
ステップS5で「Yes」と判定された場合、フィッティング部26は、後方散乱光量の直近過去の時系列データに対して、劣化に起因する減衰の周波数を有するフィッティング関数でフィッティングを行い、現在時刻のフィッティング値を求める。それにより、フィッティング部26は、各サンプリング位置について、STFおよびASFを作成する(ステップS6)。
【0038】
次に、補正部27は、各サンプリング位置について、STMとSTFとの差分(STM-STF)を算出することで、ストークス成分の減衰量推定値分布を算出する。また、補正部27は、各サンプリング位置について、ASMとASFとの差分(ASM-ASF)を算出することで、アンチストークス成分の減衰量推定値分布を算出する(ステップS7)。
【0039】
次に、補正部27は、ステップS7で得られた減衰量推定値分布に対して、フィルタ処理を行う(ステップS8)。補正部27は、(STM-STF)のフィルタ処理後の値を補正値として保存し、(ASM-ASF)のフィルタ処理後の値を補正値として保存する。次に、補正部27は、フィルタ処理された減衰量推定値分布を用いて、各サンプリング位置の後方散乱光量を補正する(ステップS9)。例えば、補正部27は、各サンプリング位置について、測定された後方散乱光量に減衰量を加算することで、劣化に起因する減衰を相殺する。その後、温度測定部22は、ステップS4を実行する。この場合、温度測定部22は、補正された後方散乱光量を用いる。
【0040】
ステップS5で「No」と判定された場合、補正部27は、(STM-STF)および(ASM-ASF)の保存された補正値を用いて、各サンプリング位置について、後方散乱光量定の結果を補正する(ステップS10)。その後、温度測定部22は、ステップS4を実行する。この場合、温度測定部22は、補正された後方散乱光量を用いる。
【0041】
図9(a)~図9(c)および図10(a)~図10(c)は、劣化による減衰と補正のシミュレーションを説明する図である。図9(a)で例示するように、光ファイバ30の位置に対して温度が周期的に変化するものとした。さらに、光ファイバ30から得られる温度分布が、平均温度は変わらずに温度変化するものとした。また、図9(b)で例示するように、各サンプリング位置について、測定開始後のある時刻から劣化が始まり後方散乱光量が減衰していくものとした。なお、図9(b)の例は、光ファイバ30において、第1端から25mの位置における後方散乱光量を表している。モデル作成部25は、図9(c)で例示するように、劣化していない時間区間の後方散乱光量を用いて、STMおよびASMを作成した。
【0042】
図10(a)で例示するように、フィッティング部26は、後方散乱光量の直近の過去データに対して、劣化による減衰の周波数をもつフィッティング関数でフィッティングを行い、現在時刻におけるフィッティングデータを求めた。補正部27は、図10(b)および図10(c)で例示するように、減衰量推定値分布を用いて、測定温度分布を補正した。それにより、補正前と比較して温度誤差が改善された。
【0043】
図11は、後方散乱光量のデータ例である。後方散乱光量は、光ファイバ位置ごとに、ある時間間隔で測定される。後方散乱光量データは、ストークス成分およびアンチストークス成分の2種類が同時に得られ、光ファイバの敷設によっては、チャンネルを切り替えることで複数のループの後方散乱光量データを測定することができる。
【0044】
本実施形態によれば、所定の経路に沿って配置された光ファイバ30のサンプリング位置について、光ファイバ30からの後方散乱光量の時系列データに対して、所定の時点よりも後の所定の時間範囲についてフィッティングが行われる。それにより、後方散乱光量の時系列データから、光ファイバ30の劣化に起因する低周波成分が抽出される。この構成では、光ファイバ30の劣化に起因する減衰量を低コストで推定することができる。このフィッティングの結果を用いて、後方散乱光量が補正される。それにより、光ファイバ30の劣化による減衰量を補正することができる。したがって、補正された後方散乱光量を用いてサンプリング位置の温度を測定することで、正確に温度測定を行うことができる。
【0045】
なお、フィッティング部26は、フィッティングを行う所定の時間範囲、またはフィッティング関数の周波数を、光ファイバ30の劣化前における後方ラマン散乱光の時間スペクトルの分布から決定することが好ましい。すなわち、温度変化の周波数よりも低い周波数域でフィッティングを行うことが推奨される。
【0046】
なお、本実施形態においては、フィッティング部26が、所定の経路に沿って配置された光ファイバのサンプリング位置について、前記光ファイバからの後方散乱光量の時系列データに対して、第1時点よりも後の所定の時間範囲についてフィッティングを行うことで、時間に対する前記後方散乱光量の変動の低周波成分を抽出するフィッティング部の一例として機能する。補正部27が、前記フィッティング部の結果を用いて、前記後方散乱光量を補正する補正部の一例として機能する。温度測定部22が、前記補正部によって補正された前記後方散乱光量を用いて、前記サンプリング位置の温度を測定する温度測定部の一例として機能する。モデル作成部25が、前記時系列データについて、前記第1時点よりも前のデータからモデルを作成するモデル作成部の一例として機能する。Δ(ST-AS)が閾値αを上回る時点が、第1時点の一例である。後方散乱光量の時系列データの最新時刻が、第2時点の一例である。第1捲回部31が、光ファイバ30の所定区間の前の第1区間の一例である。第2撒回部32が、光ファイバ30の所定区間の後の第2区間の一例である。
【0047】
以上、本発明の実施形態について詳述したが、本発明は係る特定の実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の要旨の範囲内において、種々の変形・変更が可能である。
【符号の説明】
【0048】
10 測定機
11 レーザ
12 ビームスプリッタ
13 光スイッチ
14 フィルタ
15a,15b 検出器
20 制御部
21 指示部
22 温度測定部
23 記憶部
24 劣化判定部
25 モデル作成部
26 フィッティング部
27 補正部
30 光ファイバ
31 第1捲回部
32 第2捲回部
33 温度測定対象区間
100 温度測定装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11